平成24年1月25日 もの忘れ?もしかして認知症? 早く気づくコツと新しいお薬の話 中西 亜紀先生 (皆様こんにちは。過分なご紹介どうもありがとうございます。今日は福島区の方にお 招きいただきましてありがとうございます。 ご存知の方もたくさんいらっしゃると思いますが、まず、認知症とは何か復習させて いただき、その後、認知症について順番にお話しさせていただきたいと思います。 ) <認知症のイメージ> 初めに、認知症のイメージについて、皆様は認知症と聞いて、まず何を思い浮かべら れますか?いかがでしょうか? 認知症と言うと、まず“もの忘れ”です。認知症のもの忘れと、普段私たちがしてい るもの忘れとの違いというあたりを、今日はちょっとつかんで帰っていただければ早期 発見に役立つのではないかと思っています。 もうひとつ、認知症をイメージするとアルツハイマーと言う名前が浮かびます。アル ツハイマーと言うのは病気を発見した先生の名前です。今日は新薬のこともタイトルに あがっておりますので、のちほどアルツハイマー病について少しお話させていただこう と思います。アルツハイマー博士は100年ほど前の先生ですが、50 歳過ぎに亡くな られました。 次に認知症というと、徘徊と言うような困った症状を思い浮かびます。実は、この徘 徊というのは大阪のような都会、福島区も大きな道路が多いですね、そういうところで 徘徊されると非常に危険で困ったことになります。こういう症状と言うのは、認知症に なった方が必ずみんななるというわけではなくて、1人1人かなり病状が違います。 「認知症というと、治らない。」最近こういう言葉がポンと出てくることは減ったの ですが、認知症は基本的には治りません。現時点では治らないのです。ただ、よく似た 治る病気をみのがさない、あるいは治らないにしても上手にコントロールしてあげると いうことが非常に重要です。この1年間、認知症というと新しい薬の発売が話題になっ ていると思います。これはすべてアルツハイマー病のお薬です。今年できた薬は認知症 全てに聞くわけではないのです。 認知症を呈する疾患とは、つまり認知症の状態を起こしうる病気です。たくさんありま す。アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)、レビー小体型認知症、前頭側頭葉 変性症、てんかん性認知症、特殊なものはたくさんあるのですが大体この4つで大多数 になります。 <認知症とは何か?> 認知症というこの病気は非常に一言でいいにくいと思います。たとえば、高血圧と言 ったら血圧がいくつ以上とか、わりあいクリアカットな基準があるのですが、認知症に ついては説明が非常に難しいところがあります。認知症は病気です。年のせいだけでは ないというのが大前提です。今まで出来ていたことができなくなる、一度獲得された能 力が落ちてくる。最後に社会的に支障をきたす。つまり、認知症になると今まで出来て いた生活ができなくなる。やがて一人では暮らせなくなっていく病気です。もうひとつ 肝心な事ですが、認知症と言うのはグループの名前です。原因は何であれ、こういうこ とが起こってきたものをまとめて認知症と呼んでいるのです。少なくとも年のせいとか 気持ちの持ち方でなるものではなく、一度発達したものが落ちるので発達障害とも違う。 徐々に必ず進み、1人ではやがて生活が難しくなる、認知症の定義はこのようなことで す。 <どれくらいの人が認知症になるか> いろいろな所で認知症の講演会が開催され、テレビでも放送されています。これは実 は認知症がものすごく増えているためです。国が過去に推計したものでは、どんどん右 肩上がりに増えていくだろうと言われています。まず、なぜ認知症が増えているのでし ょうか。私の大学時代は、認知症の授業そのものがあまりなく、アルツハイマー病と脳 血管性認知症があって、その中間に混合型というのがありますというぐらいしかたぶん 教わりませんでした。近年、 非常に細かく診断が出来るようになりました。20年前は、 あまり話題になっていなかった認知症がなぜ増えているのか。人口10万あたりどれく らい認知症の方なのかというグラフにすると、65歳からどんどんどんどん増えていっ ている。60歳以下のところは、グラフに出ないくらいです。ということは、もし人生 が50年だったらと考えると認知症の方というのは、割合はぐっと低くあまり目立たな くない。長生きするということは、つまり認知症になりやすくなるのです。人生が短け ればあまり認知症にかかることなく人生が全うできる場合が多いのです。つまりこのよ うに認知症の方が社会に増えてきているのは、やはり我々人間が長生きをするようにな ったからということになります。 ある偉い先生が体の寿命が頭の寿命に追いついたのだという言い方をされていたか と思います。 <男性と女性ではかかり方が違うのだろうか> 特別養護老人ホームに行くとおばあちゃんが非常に多いですね。これは、ひとつは女 性が長生きをするということです。認知症のなりやすさはどうかというと、75歳では だいたい男女は7%でほぼ同率です。超高齢者になると女性の方が認知症になる確率が 増えていきます。比較的若い世代では、男性のほうが女性の倍程リスクが高いです。こ れはなぜか。認知症にはいろいろな病気があるといいましたが、認知症によってなりや すい年齢、あるいは男性がなりやすいのか女性がなりやすいのかは違うということです。 比較的若い男性になりやすい認知症は、脳血管性や前頭側頭型です。女性が長生きする ほどなりやすいのはアルツハイマーです。女性は平均寿命85歳くらいです。このあた りになると、3人に1人くらい認知症になる。その多くはアルツハイマーの可能性が高 いということになります。85歳までいきると2∼3人に1人は認知症になりますから、 必ず今日こられている方の中からもなる。私も含めてですけれども。 まとめると男性は比較的若い頃に脳血管性、前頭側頭型、女性にはアルツハイマーの リスクが高いということです。 では、どのくらいの人がなるかというと、 厚生労働省の本には、 65歳以上8∼10% と書かれています。それでも結構多いです。65歳以上の10%、実際にはもっと多い と専門学会では言われています。昨年、全国5か所の地域で調査がされ、数字を統計処 理し、最終的には現在の日本の高齢者人口の中では14∼15%くらいではないかとい う結論になりそうだということです。おそらく後期高齢者の割合が増えればもっと増え てきます。つまり、確率からいうと、一家に 1 人くらいは認知症にかかられているとい うことになります。大阪市で考えた時、人口が大体266万人くらいで、高齢者が60 万人くらいです。大阪市の健康福祉局が出している統計では、平成16年から21年の 5 年間で認知症の方が40%ふえているということです。全国的に行政が出しているの は介護保険の日常生活自立度のⅡa 基準に出しています。大阪で認定のついている方が 5年間で40%増えている数字です。すごく増えているということです。介護保険Ⅱa 以下の方、介護保険を使っていない方、病院にも行っていない方もいれると、おそらく もっともっと多く、倍くらいいらっしゃるのではないかと思います。弘済院附属病院で も初診の段階で介護保険を使っている人は半分以下です。おそらく大学病院ではもっと 少ないということになると思います。 <大阪の特徴と認知症> 全国的に高齢者が増えて、認知症の方はおそらく国や行政が考えるより多いと考えら れています。特に大阪市は独居高齢者が非常に多いです。全国の都市で65歳以上の高 齢者独居ランキングということがあり、50位以内に大阪16区入っています。多いの は西成区で、西成区、浪速区、6番目以降では西区、北区、住吉区です。16区入ると いうことは、24区の半分以上は全国でも独居高齢者が非常に多い地域と言うことにな ります。 もうひとつの特徴は、大阪は精神科の病院が非常に少ない。入院しようと思うと遠く の病院に行かざるを得ない。これは、医師があえて遠くの病院を紹介しているのではな くて、大阪市内には精神科の病院がないのです。全国平均1万人当たり32くらいのベ ッドがあるのに、大阪市は0.9です。桁が全然違うということです。全国で見ても、 高齢者独居の割合がどんどん増えています。大阪市は、平成22年最新の国勢調査で独 居と老老世帯が高齢者世帯の6割を超えます。認知症というのは、最初に言いましたが、 いずれ 1 人で暮らせなくなるというのが病気の特徴ですから、ひとり暮らしの高齢者の 方が認知症になった時はどうするか非常に大きな問題です。大阪府全域でみると、地域 によって違いがあり、堺市は独居の方が少ないです。 地方はどうなのか。実は私、生まれは東京ですが中学・高校時代を岩手県で過ごしま した。岩手県といえば本州で一番広く、埼玉・千葉・東京・神奈川を足しただけの広さ のところに大阪の半分の人口が住んでいます。それを考えると大阪は過密地域ですね。 高齢者人口は24.5%ですが、独居高齢者16.4%、老老世帯は20.1%ですか ら、独居が少ない。ご家族が一緒に住んでいるところが多いということになります。全 国の統計を見て言えることは、高齢化とともに、どの地域でも認知症の方は確実に増え ているけれども、地域によって状況が違うので、対策は異なるものが必要であろうとい うことがおわかりいただけると思います。 <認知症をどんな時に疑ったらいいのか> 東京都が出した認知症に気がつく日常の変化です。認知症と診断された方のご家族の 方に、振りかえってどんな症状に気づかれたかを聞いたものです。記憶障害に関係する ものが圧倒的に多いです。 「また同じことを言っている。」ある程度若い方は自覚が無いと思うのですが、40代、 50代になってくるとどうも同じような事を言うことが増えるようです。私もよく息子 に「さっきも言っていた」といわれます。ただ、そういう風に同じことを言うというこ とと、程度と質が変わってくるという話です。最近はもの忘れがひどくなったら、みな さん認知症じゃないかというのは知られてきているのですが、それ以外に日課をしなく なった、興味や関心が失われたということも、非常に大事な症状です。アルツハイマー 病の方は、初期に、今までしていたことをしなくなることが非常に多いです。気がつく とお稽古にもいかなくなる、地域やいろいろな活動もしなくなる、新聞も読まなくなる。 「何でいかないの?」と言うと、 「ひざがいたい」とか「お友達が来ないから」とか、 なんとなく「あっそうなのか。」と言う納得のいくような理由をいわれる。けれども、 気がつくとあれよあれよと何もしなくなっていって、じーっとしている。もの忘れで同 じことばかり言うというところばかり注目しないで、今までとどうも生活が変わってき たなと言うところに注目するのも大事です。 性格変化と言われているものはアルツハイマーより前頭側頭型などにみられる場合 が多いものです。 「ものを盗まれた」この言葉が出てくればやっぱり変だ、おかしいと言うのは感じる と思います。この症状はアルツハイマー病の比較的初期に出る方が結構いらっしゃいま す。もの忘れや記憶障害が高じておこるものです。大事な物をしまう、なおした場所が 判らなくなってまたしまう。もっとわかりにくいところにしまう、そうするともっとみ つけられない。盗ったのではないかという。主たる介護者の方が対象になるのです。犯 人にされる方というのは。一番一生懸命介護されている方です。だから、その犯人にさ れた方は、「あなた頑張っているからよ」と、言うことになります。これは記憶障害に よる妄想ですので、薬というよりは対応の仕方が非常に重要です。 「きっとあそこにお 財布入っているな」って思ってもみつけてはいけません。本人にみつけさせてあげるよ う工夫してください。対応の仕方で状況はだいぶ違ってきます。 “認知症の方と家族の会”という組織が全国的にあります。大阪は阿倍野に本部があり ます。そこが出している、早期発見の目安をお示しします。 ・もの忘れがひどい ・不安感が強い ・意欲がなくなる ・判断力が衰える ・時間場所がわからない ・人柄がかわる こういうものを目安にされるのも一つだと思います。 もの忘ればかりではなくて、後でいろいろと「そう言えばあの頃から・・・」というこ とがわかりますので、皆さんは是非活用していただけたらと思います。 <認知症のもの忘れといわゆるもの忘れの違い> 体験全体を忘れることと一部を忘れることについて。例えば、私が今日の勉強会で「認 知症のもの忘れと加齢によるもの忘れの話」をしました。家に帰るころには、「そうい えば聞いたなと思うけれども、実際どう違ったのかな?」と思われる方もいらっしゃる でしょう。経験した中の一部を忘れるというのは加齢によるものです。けれども、家に 帰ってから「私は認知症の勉強会に行っていない」という方は、診療予約をとっていた だいた方がいいです。つまり、ある経験したエピソード、時間帯、それがスポンとぬけ てしまうということは、健康な方はしないはずのもの忘れです。認知症の方が、「ご飯 を食べていない」とかどこかに行っても「私は行っていない」とか「その話を聞いてい ない」といわれる。それは、ある部分の経験がポーンと真っ白にぬけてしまうものです。 こういうもの忘れ問題です。エピソードや時間帯が抜けてしまうようなもの忘れをされ るようになったら、認知症の始まりに気がついてあげなければならないです。思いだせ るかどうかについては、 「今日の福島区の勉強会で、右のページの上にメモしていまし たよ」と言われたら「そうだ。そうだ。」と思い出します。これは普通のもの忘れです。 認知症の方で勉強会に参加していたのに「福島区の勉強会に行っていない」という方に、 「右のページにメモしていましたよ」と言っても思い出せないのです。そこの部分がス ポンとぬけているわけです。これが認知症によるもの忘れです。だから、「言ったでし ょう」とか「私今朝何時に説明したでしょう」とか言っても駄目です。そこが全くの空 白になってしまっているのです。ですから、初期の認知症の方は不安を訴えられる。記 憶がポコポコポコポコぬけてつながらなくなっていて、そういう壊れていく自分が怖い、 不安だ、助けてほしいと言われる方が最近結構いらっしゃいます。 もの忘れの自覚の有無については、自覚があるかないかは、ちょっと取り扱いが難し いです。みなさん40歳位から、もの忘れがひどくなってきているという自覚があるの ではないでしょうか。忙しかったり疲れていたらもの忘れが増えてきます。これは注意 力がおちているからです。認知症の方が自覚があるのかというと、初期の方は、壊れて いく自分、もの忘れがひどくなってくる自分については自覚されている方が多いです。 ただ、何を忘れたのか中身を思い出せないのです。自分のようすが変だということは分 かっているのでそこを傷つけないようにしてあげるということは非常に重要になりま す。つまり、もう少し正確にいうと、何を忘れたのかを覚えていないけれども、もの忘 れをして壊れていく自分に対しては自覚がある場合が多いという表現が正しいと思い ます。認知症によるもの忘れと、年をとると増えるもの忘れのイメージがわかっていた だけたでしょうか。 記憶がポロポロとぬけていくのが我々毎日やっているもの忘れです。 認知症になられた方は記憶がスポンとぬけてしまう。認知症の方のもの忘れは、病気が 進むと段々段々増えていって時間も短くなります。困ったもの忘れに気づいたら、すぐ にお医者さんにかかることが大切です。 <医者はどうやって診断するのか> 気づかれた時に、医者はそれが意識がはっきりしている状態でもおこっていて、段取 りや判断が悪くなってきて生活がうまくいかなくて、かつ頭の中に病気があってうつで はない。筋道を追って整理していって、認知症という診断をしていきます。原因はいろ いろなものがあるので、その方が何という認知症でどの程度で、治療はどうするかを考 えます。 <中核症状と周辺症状について> 中核症状は認知症であればどれか必ず組み合わせて出てくるものです。記憶障害が非 常に目立つのがアルツハイマー病の特徴で、その他複数の症状が組み合って進行してい きます。そういう中核になる症状が進んでいくとき、もの忘れがひどくなる自分に不安 になって落ち込んだり、もの忘れをする自分を何とかしようと思って頑張ってイライラ する人もいる。どのような症状が二次的におこるのかは人によっても状況によっても病 気によっても違いますが、それを周辺症状(最近では BPSD)と言います。生活がうま くいかなくなるのは周辺症状によることが多いので、それをいかに上手に調整していく かが、在宅を続けていかれるかどのかの一つのポイントになると思います。 <認知症の診断> 病院へ行くと最初に認知症と紛らわしいものを除きます。代表はうつです。これは専 門家でも非常にむつかしいです。例えるなら、うつというのはコンピューターのスイッ チが入らない状態、認知症はコンピューターそのものの具合が悪いということです。せ ん妄というのは、スイッチがついたり消えたりしている状態です。結果的にはどれもコ ンピューターがうまく働かない状態ですので、その3つの区別が必要です。 よく似た治るものは、例えば甲状腺機能低下症です。甲状腺の働きが悪くなると元気 が無くなりうつのようになったり、もの忘れが出てきます。慢性硬膜下血腫は脳の外側 に血液がたまってくるものです。それから薬が合わずに具合が悪いのかなどと除外して いきます。たくさんある中のどれにあてはめるのかを医者はみているのです。 次に診断してどうするかというと、アルツハイマー病では、認知症が少しずつ進むの を遅らせる、あるいは状態を良くする薬があります。認知症の種類によって看護や介護 の仕方が違います。レビー小体型認知症などは転びやすいということがわかっているわ けですので転んでも怪我をしないようにベッド回りの環境調整をしましょうというこ とになります。診断に基づいた治療方針やケアプランを決めていくということになりま す。 <アルツハイマー病について> 認知症の代表的な病気であるアルツハイマー病です。アルツハイマー病は初期には圧 倒的にもの忘れが目立ってきます。記憶の問題が非常に目立つのがこの認知症の特徴で す。記憶障害のほかに、言葉とか行動、家事がそれまでと変わっていないか、お料理を する方の場合はお料理の味がかわってきていないか、パターン化されていないか、ある いは非常に不安がるようになっていないかなどに注目すると症状をとらえやすいかも しれません。特にアルツハイマー病の方が記憶力が悪くなると、さっき話していたこと がわからない経験したことが思い出せなくなります。同じものを何回も買う。冷蔵庫の 中に牛乳ばかり入っている。キャベツが 10 何個買ってあって、冷蔵庫に入らなくて部 屋の中にもキャベツが一杯あった方もいらっしゃいました。料理が手抜きになったり、 本人は手抜きのつもりではないのですがどうしてもいつも同じパターンになってしま う。方向感覚が悪くなる方もいらっしゃいます。自信が無くなってくる方もあります。 年齢を聞くと、 「お父さん、いくつやったかなあ」 「今日は何月何日ですか」と尋ねると 「今日は新聞見て来なかったから」とか取り繕うような態度をとられる。初期に、体重 が減ってくる方もいます。ごそごそ探し物をなさってばかりいて「食べている」と言っ ても実際食べていないということがあります。 アルツハイマー病の方の脳を見ると、海馬というところが小さくなってきて周りにす き間が出来てきます。海馬は、ものを覚えるときに働く場所です。この変化は年をとっ ただけでは起こらないものです。アルツハイマー病の方の脳の中では、特定の分野の脳 神経細胞が段々死んでしまって、脳が縮むせいで病的なもの忘れが始まってしまうので す。 アルツハイマー病では、初期には記憶障害が目立ってきます。しかし、基本的に初期 にからだの症状はありません。歩きにくいとか、排泄の問題は、これは初期のアルツハ イマー病ではないはずです。ただし他の病気が合併している場合は別です。進行すると、 徐々にもの忘れがひどくなって、ご自分が娘時代に気持ちが戻られたりし、そういう変 化に伴って、食べることも障害されます。最初は食べ過ぎたり食べなかったりというこ となのですが、段々と口の中にためたり、さらに進行するとゴクンと飲み込むこと、つ まり嚥下が悪くなります。認知症のむつかしいところは、ひとつは精神的な問題、体の 内科的な問題、こういったいろいろな症状が時期によって様々でてくることです。初期 に非常に精神症状が強くて、精神科医が頑張らなければならない方もいますし、体の問 題が強くでてくる方もいます。軽度認知障害もあります。 アルツハイマーだけではありませんが、認知症の前の段階を軽度認知障害と言います。 以前に比べてもの忘れがひどい、 けれども認知症という状態ではないという状態を言い ます。 認知症の進行については、初期はだいたいいつものことはできて、家の中の生活もだ いたいできます。徐々に家の中のことにも支障をきたすようになり、最終的には身の回 りも動作も支障をきたすというように進んでいきます。 <アルツハイマー病の原因> アルツハイマー病にかかると、脳では何が起こっているのかというと、アミロイド仮説 が言われています。βアミロイドがたまってくると老人斑というシミのようなものがで きる。それとともにタウ蛋白が変化をきたして神軽原線維変化という変化がでてくる。 こういうことが頭の中で起こってくると、どんどん神経細胞が死んでいってアルツハイ マー病が起こるのではないかと考えられています。そこでアミロイドをやっつけたら認 知症が治るのではないかということで、アミロイドワクチンというものが開発されて、 ずいぶんマスコミでも取り上げられました。ところが残念なことにシミは消えたけど認 知症は治らなかったのです。 80歳で認知症になった方がいらしたとすると、アミロイドはいつから溜まっていた のか、実は40歳ごろからたまっているらしいようです。そうすると、80歳で治療し はじめたのが遅かったのではないかという考え方が一つあります。軽度認知障害の70 歳の頃に治療をしたらよかったのか、あるいは40歳の溜まりはじめた頃に治療しなけ ればならないのかという考え方があります。でも、40歳で大勢の発症前の人に治療と いうと現実的には不可能です。そのほかの考え方としては、オリゴマー仮説があります。 アミロイドというのはベターッとした形でたまるのですが、ベターッとしたポリマーに なる少し前の繊維が数本の状態のオリゴマーが真犯人ではないかという説です。また、 もうひとつはタウが犯人ではないかという説です。真犯人は何か?そういう意味ではア ルツハイマー病の根本的治療にはまだちょっと時間がかかりそうだというのが現状で す。 <アルツハイマー病の BPSD> 周辺症状どの認知症であってもだいたい一定すすんできた時期に生じやすくなりま す。困った症状が急にひどくなってきたときはアミロイドの問題ではありません。アミ ロイドは急に増えるわけではありません。実際に多いのは脱水や便秘であるとか体の調 子が悪いために精神症状が出てくることがよくあります。認知症の方が自分でどこが悪 いかがはっきり言えずに不機嫌になることがあります。数週間単位で認知症そのものが 悪くなるということは基本的にありません。数週間前からふらつくようになったとか、 急に認知症がひどくなってきた時に疑わなくてはいけないものに、例えば慢性硬膜下血 腫というものがあって、転んだあとなどに脳の外側に血がたまってくるものです。数週 間とか何日という単位で病状が悪くなる時は、先生に相談していただくことが大事です。 精神症状が出てきた時、今の話のように原因を正さなければいけないのですが、精神 的な問題が大きい時は、精神科の薬や睡眠薬などを使います。こういうものは絶対悪い という考え方の方もいらっしゃいますが必ずしもそうではなくて、必要な量を必要なだ け必要な時期きちんととるということが大切です。薬は人によって必要な量が様々です。 1錠で効く人もいるし、ふらふらになる人もいるけれどもさっぱり効かない人もいるの で、担当の先生とよく話してから誤解がないようにしていく必要があります。1錠飲ん だから安心というものではなく、調整が非常に大切な薬ということです。また、認知症 の薬が複数でてきましたので、合うものを選ぶことが可能になりました。 薬を使わない治療法を組み合わせることも有効です。これは中核症状を和らげるとい うだけでなく、精神的な安定を図るなど、いろいろな効果があります。デイサービスな どではこういうものを上手に組み合わせています。ただ、問題はどの人にどの治療をど れくらいやればいいのかというエビデンスがまだないことです。それぞれの施設がやれ ることをしているというのが現状なので合うものを選んでいく必要があります。 弘済院附属病院では回想法をやっています。週1回1時間を10回で1クールで行い ますが、参加された方は、とてもお元気になります。前頭葉が活発になってくるという ことが言われています。 昔は、 「認知症になったら何もわからなくて幸せだ」とおっしゃる方が結構いらして、 私もそのように習いました。でも、そうではありません。そして、諦めてはいけないの です。大事に一生懸命やってあげるとずいぶん変わることがたくさんあると思います。 本人の気持ちやプライドというのは全く変わっていない。それだけ本人も非常につらい 状況であるということもわかってあげなくてはいけない。本人は、病気になってからほ められたり感謝されることが少なくなってくる状況です。いつも怒られる。そういう状 況にいるというのはとても辛いということを理解してあげる必要があると思います。ど うやって生きていったらいいのか、その困っている事さえもうまく伝えられない状況に あるということが認知症の方の状況だということです。 ただ、介護している方も大変な状況です。チームで対応していくことが非常に大事で す。かかえ込まないということも大切です。 <アルツハイマー病の治療薬> 治療薬が複数になってきたので治療方針が変わってきました。医療のかかわりが大き くなり、早期診断の意味が大きくなってきました。ドネべジルはアリセプトのことです。 これは平成11年12月から使っています。ガランタミンが、商品名レミニ―ル。メマ ンチン(商品名メマリー)は震災で3ヶ月ほど販売が延期になりました。7月にリバス チグミン(商品名:イクセロンパッチ、リバスタッチパッチ)。これは張り薬です。ア ルツハイマー病の方には4つの薬の選択肢が出来ました。ただ、実は欧米ではこれだけ の薬がとっくに使われていたのでやっと欧米に追いついたというのが現状です。 ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3つが同じグループで、アセチルコリ ンエステラーゼ阻害薬といいます。正確に言うとリバスチグミンはアセチルコリンだけ ではなくプチリルコリンというものにも働くと言われています。 治療薬としては3つの中のどれかとメマンチンという組み合わせは可能です。けれども 3つの中の2つを選ぶことはできません。また、アルツハイマー病の重症度によって使 える薬が違います。程度が違います。アリセプトはすべての時期に使えます。リバスチ グミン・ガランタミンの2つは重度になると使えません。メマンチンは中度から高度で 使います。ただ、軽度・中度・高度というのは、厳密に今日から高度になります、とい うわけではないですから、そこは主治医の先生に判断していただくということになりま す。剤形はいろいろありますが、リバスチグミンは貼り薬になります。飲む回数は、ガ ラタミンは2回のむことになるので、独居の人には難しいかもしれません。4つとも使 い方が違うので、薬が変わった時はよく先生の説明を聞くようにしてください。 アルツハイマー病の脳ではアミロイドがたまりますが、その時同時に、アセチルコリ ンという物質を使う神経の働きが悪くなっているということがわかっていました。アセ チルコリンの働きを良くするために開発されたのがアリセプトとリバスチグミンとガ ラタミンの3つになります。アセチルコリンが増えると頭が元気になります。アリセプ トを飲むと元気が出すぎてかえって具合が悪くなったという経験がある方もいらっし ゃるかと思いますが、効き方によっては、期待する元気とはちょっと違う場合もあると いうことです。貼り薬は、蚊に刺された時に貼るパッチ剤によく似た形になっています。 欧米ではカプセル剤で発売されたのですが、日本では消化器症状が出るということで貼 り薬として開発されました。かぶれないように同じところに貼らずに、右、左と1日ご とに貼り替えます。パッチ剤は小さいものから1ヶ月ずつ大きいものに変えていき、3 ヶ月で1番大きいものになります。副作用はかぶれ以外には比較的気持ち悪さや下痢を するという症状はでにくいかもしれません。ただ向き不向きがありますので先生と相談 していただいた方がいいと思います。 メマリーというのは、少し種類が違います。他の3つと比べるとどちらかというと気 分が落ち着く効き方をすることの多い薬です。アリセプトと一緒につかえるというのも 特徴です。今までアリセプトでうまくいかなかった人がこれを併用もしくはこれに変え ることによって落ち着くというようなこともあります。ただ、目が回るとか、逆にボー っと眠くなるなどの副作用がでる方もあります。 まとめると、新しい薬もそれぞれ良い点と悪い点があります。アリセプトは元気が出る けどイライラする場合がある。メマンチンは落ち着くけれども眠くなることもある。2 回飲む薬もあれば貼り薬もある。どれが良いかはそれぞれで、例えばアリセプトでイラ イラしてメマンチンでめまいがでてガラタミンをとってよかったとか、リバスチグミン の貼り薬はよかったという人もいる。このように薬を変更することによって合うものを 見つけることが可能になったので、4つになったということは患者さんにとって良かっ たと思います。 ただ、認知症というのは、ただ薬物だけではダメです。非薬物療法、ケアと一緒に取 り組む必要があります。時期によってメインが薬物であったりケアになる時もある。こ ういうものを上手に組み合わせて治療していく、生活していくことが非常に大切である といえます。 <アルツハイマー病以外の認知症> 脳血管認知症というのは、脳血管障害があって認知症になるものを言います。男性に 多いと言われ、若い人に多くみられます。症状は、もともと脳梗塞や脳出血を起こした 場所によってそれぞれ違います。この認知症のための治療薬はありませんが、再発しな いということが大事です。 レビー小体型認知症は、日本の小阪先生が発見したものです。脳にレビー小体という ものがたまってきますが、これはパーキンソン病の方にもたまってくるもので、今日で はパーキンソン病と関連する病気と考えられています。パーキンソン病のようなからだ の動きが悪くなる症状のほかに、 「こどもが3人来ているからご飯を作らなくてはいけ ない。」といった、非常にはっきりした幻覚がでてくるのもこの認知症の特徴です。そ のほか転びやすいなどの特徴もみられます。薬は、アルツハイマー病に使うものを、や や使い方を工夫して使われていることが多いです。もの忘れがあってもアルツハイマー 病とは限りませんので素人判断は危険です。 もうひとつは、前頭側頭葉変性症です。前頭葉というのは、人間が社会生活を行う上 で非常に重要な場所です。この前頭葉が主に壊れてくる認知症というのもあります。記 憶力は維持されているけれども、同じことばかり繰り返す、同じものばかり食べる、ど ちらかというと性格が変わってきた、何か今までと少し違う人になったというような症 状を呈してくるような認知症になります。どうも介護の方が、こういう認知症があると いうことを知っているかどうかで、対応はずいぶん違ってくると思います。この認知症 を治療していくときに、アリセプトを飲むとかえって具合が悪い場合あるので、診断は 大切です。 最後は予防です。基本的には認知症を防ぐ方法はありません。ただ、これがあると認 知症になりやすいというものを減らすということはできます。高血圧、糖尿病、脂質異 常があると認知症、なかでもアルツハイマー病、脳血管性認知症は悪くなりますので、 きちんと治療することが大事です。閉じこもりについては、都会でマンションの高層階 に住んでい場合など、ほとんど人に会わないないで1日が過ぎてしまうという方が少な くありません。大阪のような都会では、週に1回以上どこにも行かない高齢の方がたく さんいます。誰とも話さないと認知症になる確率が増えてきます。いろんなネットワー クを持つことは大切です。いろんなことを積極的にやることはやらない人より認知症に なりにくいとも言われています。です。さまざまな地域のプログラムに参加することは、 参加しないよりずっといいと言われています。いつまでも元気に過ごせるよう、心がけ ていきましょう。
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