「世界を結ぶ 七飯町 北緯4 2度の里」づくり 渡島管内 いる無添加ワイン「コンコード」は、同町が姉妹都市提携し 歴史の土壌に根ざした国際化 ている米国のコンコード町原産のぶどうがルーツという奇縁 『七飯町は明治以来、異国文化に接する機会が多く、西洋 となっている。 農業、農法の北海道における発祥地として、今もその影響は さらに、中国山東省に端を発した外国人宣教師の師弟のた 随所に残されております。昭和39年(1964年)国際福音宣教 めの「チーフスクール」が、64年(昭和39年)に同町でも開 団チーフスクールが設立され、宣教師の子女と地域との交流 設された。言ってみれば、インターナショナル・スクールの も自然発生的に進み、昭和54年には、オレゴン州立大学の日 日本版で、他にアジアではマレーシアに1校あっただけとい 本留学生のホームステイによる町民レベルの交流を深めて以 う、それ自体が珍しい“国際的な存在”だった。 "北海道国際交流センターの活発な活動により全道的な 来、 同町では英語、中国語、韓国語、日本語などで教育し、チー 草の根交流事業として、定着しております。これらの国際交 フスクールの子供たちは同町の峠下小、中学校の運動会に参 流の定着は、町民にとっても国際性が培われつつある状況と 加するなど、地域交流も盛んだった。 なってきております。』 98年(平成10年)に閉鎖されたが、近くに住んでいたとい やや長い引用だが、1993年(平成5年)同町が自治省のリー う同町の磯場嘉和・国際交流係長は「よく遊んだし、外国人 ディングプロジェクト「国際都市整備」の指定を受けて、作 という違和感は子供の頃からなかった」と話す。 成した「世界を結ぶ北緯42度の里」推進計画書での金沢・七 同町には日常の中で異文化と接し、国際性が“自生”する 飯町長(当時)のまえがきの一節である。 という独特の歴史があったわけだ。 引用したのは同町が国際化を積極的に推進している背景と その土壌が、その後の「国際交流のつどい」や「世界を結 基盤が分かり易く表現されているからだ。 ぶ北緯42度の里」づくり、米マサチューセッツ州コンコード 江戸幕府は1854年(安政元年)の箱館(現在の函館)開港 町との姉妹都市提携――といったさまざまな国際交流の取り と同時に、七重(現在の七飯町)を外国人の限られた遊歩地 組みを生み出していったといえる。 に指定し、寄港する外国船、乗組員の需要を満たす目的で食 糧供給地域づくりにも着手した。 生き続ける「国際交流のつどい」の精神 「七重で欧州型の農業法を導入したい」というプロシャ(現 在のドイツ)商人のR・ガルトネルが榎本武揚・蝦夷臨時政 函館市の項で財団法人北海道国際交流センターについては 権総裁との間で七重の土地を99年間租借した“ガルトネル事 詳しく触れているが、ホームステイによるボランティアの国 件”は有名だが、明治政府は1870年(明治3年)に七重官園 際交流は同町で始まった。79年(昭和54年)同町に在住し、 で気候や土地の似た米国農法の実験を開始、 「西洋農業発祥 カナダの永住権も持っていた秋尾晃正さんが外国人留学生を の地」として、現在の北海道農業の基礎を作った。 2週間、同町でホームステイをさせたのが、そもそものきっ かけ。 「北海道酪農の父」といわれる米国人のエドウィン・ダン が七重官園にいたのもこの頃で、津軽出身の松田鶴と国際結 「ホームステイで地域を変える。無形の学園を創る」とい 婚、七重ではいち早く国際化の花が開いていた証しともいえ う秋尾さんの呼びかけに、同町の農協青年部、教育関係者ら る。 が立ち上がり、翌年には任意団体の南北海道国際交流セン ターを発足させた。 1908年(明治41年)川田龍吉男爵(函館ドック社長)が、 米マサチューセッツ州原産のジャガイモ「アイリッシュ・コ その活動は86年(同61年)に財団法人として再スタートを プラー」を買い入れ、七飯村(1902年=明治35年=から村制 切った北海道国際交流センター(函館市)に引き継がれ、全 を敷き七重から七飯村に)の自家農園で栽培、普及させたの 道規模の広がりを持ってきている。 以来、「国際交流のつどい」発祥の地・七飯町は同センター が、有名な「男爵イモ」。 から毎年20人前後のホームステイを受け入れ、同つどいでの また、明治初期からワイン用のぶどう栽培も試験的に行わ !はこだてわいん」が現在生産して ホームステイ実施は2005年で27回目を数える。 れたが、七飯町にある「 148 力して地場産品の紹介などを行っているほか、絵手紙や押し 花、七宝焼きなどの体験教室も開いて、参加・体験型の観光 対策にも力を入れている。 同町の国際化には歴史の流れだけでなく、大沼国定公園と いった恵まれた自然が大きくプラスに作用しており、外国人 観光客による国際交流、経済効果が自然に生まれる―という 他地方にはうらやましいほどの土壌となっている。 道は05年(同17年)7月に体験型観光を推進するモデル団 体として道内3団体を選定した。そのうちの1つが駒ケ岳・ 大沼ツーリズム実行委員会。道内でも有数の国際観光ゾーン が今後さらに「国際交流の町」をどう大きく成長させていく のか―が試されているといえる。 コンコード町から11人の教師が七飯町の峠下小学校を訪れ、子供た ちと和やかな交歓を行った=2005年6月 交流の拠点 ―「大沼国際セミナーハウス」 活動は自然な形で引き継がれているわけで、町では「町民 の国際交流の意識向上に果たした役割は大きく、心温まる 1985年(昭和60年)度に策定された七飯町総合計画は「豊 数々のエピソードは、そのまま町民が豊かに生きる財産に かな緑につつまれた魅力あるあすのまちづくり」を目指し、 なっている」という。 その中心に「人」を据え、国際交流の拠点づくりの推進に取 り組んできた。 「国際観光ゾーン」が持つ“財産” その発想の基盤には前述した「国際交流のつどい」があっ 前述したように、自然が作り出した造形美ともいえる活火 たというが、その延長線上にある「世界を結ぶ北緯42度の里」 山の駒ケ岳、その麓の大沼、小沼、じゅんさい沼などを含む の拠点構想が89年(平成元年)、自治省のリーディングプロ 緑豊かな一帯は、明治維新前から外国人の遊歩地に指定され ジェクト(国際都市整備)の指定を受け、91年から5カ年計 たほどだ。1903年(明治36年)には道立公園として自然保護、 画で構想の具体化が始まった。 総事業費は約14億円。約54ヘクタールの土地に「国際交流 公園整備がさらに進められ、全国でも最古の自然公園の1つ の森」と「国際自然の森」を設け、約24ヘクタールの「国際 となった。 交流の森」の中に「世界を結ぶ北緯42度の里」を実現する拠 58年(昭和33年)には全国で13番目の国定公園に昇格、86 点施設を整備・建設した。 年に同町国道5号線沿いの「赤松街道」が「日本の道百選」 92年(同4年)にオープンした北海道大沼国際セミナーハ に選ばれたこともあって、国際観光地としての同町の大きな ウス(写真)は、3カ国語の同時通訳が可能な80席の国際会 財産になった。 議場、3つの研修室、和風研究棟などを備えた堂々たる施設。 具体的には、翌87年大沼は函館と共に、外国人観光客が1 !数理科学振興会主催の日米JAMSセミナー、国際啄木学 人歩き出来る「函館大沼国際観光モデル地区」の指定を受け たのを皮切りに、96年(平成8年)には運輸省の「ウェルカ ムプラン21(訪日観光交流倍増計画)」、続く97年には自治省 の「国際交流の町推進プロジェクト」にも相次いで指定され た。 大沼国定公園への観光客の入り込み数は年間2 00万人を超 え、宿泊者も約20万人、うち外国人は約3千人。外国人が安 心して散策できるように英語などのパンフレット、案内標識 の作成だけでなく、多様化するニーズに対応することでリ ピート観光につながるよう、情報提供とガイド機能、国際交 流と参加体験機能の充実を図っている。 その中心になっているのが、町が20 00年(同12年)、JR大 沼公園駅前に開設した「七飯町大沼国際交流プラザ」。 英語の出来る職員を配置し、写真パネル、インターネット 「世界を結ぶ北緯42度の里」の拠点となっている北海道大沼国際セ ミナーハウス などを活用した情報の提供、さらに、各種ボランティアと協 149 姉妹都市国際交流員のバートン・ベイツさん(中央)が大沼国際セミナーハウスとその周辺で開いた「ネ イチャー・スクール」=2005年4月 会北海道大会、第13回国際地球内部電磁誘導研究集会、環境 北緯4 2度同士のコンコード町(米国) との姉妹都市提携 問題を考える日米高校生会議など参加者が1 00人を超える国 際会議が、例年開かれている。 また、財団法人北海道大沼国際交流協会(職員4人)も翌 「北緯42度の里」づくりと並行して1992年(同4年)、北海 93年、七飯町を中心に函館市、上磯町、大野町の1市3町の 道庁の紹介で米マサチューセッツ州のコンコード町との交流 協力体制で設立され、同セミナーハウスの管理・運営に当 が始まった。 前述したように七飯町発祥の男爵イモや同町特産のリンゴ たっている。 などは同州から取り入れたものだし、明治初期の「七重官園」 同交流協会主催のダニエル・カール、ケント・ギルバート 氏らによる国際理解講演会も例年のように開かれ、さらに、 はコンコード町出身のホイラー氏が設計、そこでの米国農業 町民から通訳・翻訳、ホームステイ、茶道、華道などの文化 実験も同州と深いつながりがある。 いわば七飯町の「国際化の歴史」が呼び込んだ姉妹都市提 交流ボランティアの登録を受け、さまざまな国際交流イベン 携といっても過言ではない。 トを実施している。 緑の森に囲まれた同セミナーハウスを文字通り国際交流の 同町と同じ北緯42度、州都ボストンの北西約30キロに位置 拠点にしようと、元山口大学学長で世界的な数学者の広中平 するコンコード町は、人口約1万6千人の町。独立戦争勃発 祐氏が世界の頭脳を集めた「湧源大学」開設を提唱、その後 の地で同町生まれの作家ルイザ・オルコットが書いた「若草 これとは別にはこだて未来大学が実現するが、2004年(同16 物語」の舞台であり、ヘンリー・ソロの「森の生活」も大沼 年)8月には同セミナーハウス内に広中氏の研究室「湧源室」 に似たコンコードのウォールデン湖を舞台にしている。 歴史的なつながりに加え、気候、農作物、風土などが七飯 の開設をみた。 米田力・同セミナーハウス事務局長心得は「まだ利用者が 町と類似していることもあって、両町の相互訪問、小学生の 少ないので、さらにアイデアを凝らして、利用者増に努めた 作品の交換・展示など交流が一気に加速、 94年には民間の「コ い」と語るが、年間の利用者は02年(同14年)度から連続し ンコードと仲良くする会」も結成された。 両町が七飯町で正式に姉妹都市提携の調印をしたのは、97 て200件、1万人を超えてきた。 利用者増は当然国際観光地区としての同町の発展と経済効 年(同9年) 11月のこと。道内では滝川市とスプリングフィー 果に波及していくわけで、 「世界を結ぶ北緯42度の里」は、 ルド市に次いでマサチューセッツ州の自治体とは2番目の姉 その存在感を維持し続けているといえる。 妹都市提携となった。 150 交流内容は中、高校生の海外交流研修が主。毎年10月に中 学生5人、高校生2人、引率教諭、町職員、町民代表がコン コード町を訪れ、5泊のホームステイで授業参観などの交流 を図る。町が全額助成(2005年からは1人3万円の自己負担) してきた。 また、2004年(同16年)度から町が半額助成して、町民レ ベルの人的、文化的交流によって相互理解を深める姉妹都市 交流町民派遣事業もスタートさせた。 コンコード町の方からは、中学生や高校生、さらには教師 が来町しているが、大規模な訪問団としてはコンコード・ カーライル高スクールバンドの生徒が1998年(同10年)に79 人、2004年には93人が七飯町を訪れ、地元の七飯中、七飯高 との合同演奏会を開いたり、近隣の高校生と日米環境問題討 論会を催すなど中身の濃い交流となっている。 もう1つの特徴は1998年以降、七飯町独自でコンコード町 から国際交流員を採用していること。 国際交流員は町民を対象に初級、中級、上級の10クラスの 英会話講座、年4回の野外活動講座「ネイチャー・スクール」、 姉妹都市提携5周年でいつものようにホームステイによる温かいも てなしが待っていた=2002年10月 各種国際イベントへの参加などで“親善大使”の役割を果た している。 2代目の国際交流員のモニカ・テリーさんは日本人と国際 結婚したし、4代目のバートン・ベイツさんは小樽商大に1 年間留学したこともある親日家。 「人々が親切で、七飯町が 大好きだ。コンコードとの絆をもっと強めたい」という。 人口3万人にも満たない七飯町だが、以前から町には国際 交流係があり、国際交流に力を入れてきた。「スクールバン ドの100人近い高校生でも、町の人々がホームステイを引き 受けてくれる。国際交流のつどいの経験からでしょうか…」 と磯場・同町国際交流係長も感心する。 国際観光を標ぼうできる恵まれた自然と国際性豊かな歴史 があるものの、同町の自然体ともいえる国際交流は、これら に加え、財団法人北海道国際交流センターの発祥地として 培ったボランティアの高い国際意識と、国際化の土壌をさら 1998年に次いでコンコード・カーライル高校スクールバンドのメン バー93人が来町し、七飯中、七飯高との合同演奏会で親交を深めた =2004年4月 に豊かに拡大しようという、町ぐるみの前向きな姿勢が、相 乗効果になって現れていることは間違いないようだ。 七飯町 ! http : //www.town.nanae.hokkaido.jp/ 人口:約2万9千人 七飯はもともと七重と書かれていたが、1902年(明 治35年)の2級町村制の施行で七飯村となり、1957 年(昭和32年)に現在の七飯町の名称となった。人 口は59年の精進川鉱山の閉山で一時減少したが、函 館市、上磯町、大野町との1市3町で形成する函館 圏の一翼を担い、1975年以降函館市のベッドタウン として人口増加が続いている。明治初期の七重官園 面積:2 1 6. 6 での西洋農業発祥の地という歴史を持つ農業、酪農 に加え、「大沼国定公園」による国際観光で今後、 通過型から滞在型への展開が課題になっている。 国際交流の問い合わせ先 七飯町企画財政課国際交流係 ℡(0138) 65―2511 北海道大沼国際交流協会 ℡(0138) 67―3950 " 151
© Copyright 2024 Paperzz