長野県経済の将来構想 ―海外をモデルにした地域経済再生

2012.04.27
長野県経済の将来構想
―海外をモデルにした地域経済再生のシナリオ―
太 田
目
勉1・木内 俊介2
次
1.はじめに ―― 目的、要旨、構成 ------------------------------2.長野県経済の現状とその背景 ---------------------------------(1)人口、経済規模
(2)産業構造の特徴
(3)産業構造の変遷と歴史的背景
3.長野県経済の課題 -------------------------------------------(1)少子高齢化・人口減少に伴う経済停滞
(2)新興国台頭・円高による産業の空洞化
(3)観光業の長期低迷
4.海外から学ぶ長野県経済再生のシナリオ ----------------------(1)スイスの産業モデル
(2)フィンランドの教育モデル
5.長野県経済の再生に向けて -----------------------------------
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松本大学総合経営学部教授
長野県警察
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1. はじめに ―― 目的、要旨、構成
長野県は日本のほぼ中央に位置し、美しく豊かな自然に恵まれた県である。産業面では、
第二次世界大戦前には「製糸王国」と呼ばれ、戦後製糸産業が廃れた後は諏訪盆地周辺に
精密機械工業が発展し「東洋のスイス」として甦り、さらに情報機器(ハイテク)分野で
世界一のシェアを誇る製品(部品)を数多く供給する地位を築き上げてきた。一方、恵ま
れた自然環境と豊富な観光資源に支えられ、観光産業がリゾート地として注目を集めると
ともに、縮小傾向をたどる農業も園芸作物の分野で高い全国シェアを誇るなど、長野県は
全体として「比較的バランスの取れた産業構造」を形成してきた。
しかし、少子高齢化・人口減少やグローバル化・新興国急成長・円高進行などを背景と
して、2000 年頃を境にそれまで基幹産業として県内経済を牽引してきた製造業の海外シフ
ト(生産拠点の海外移転)が進行したほか、外国人を含む観光・宿泊客の減少などの問題
が発生したことなどから、県内経済の規模は縮小傾向をたどり、雇用喪失が深刻な社会問
題となっている。
長野県経済の将来を考えるうえでは、雇用確保の問題も含め、県内産業の活性化が不可
欠である。そのためには、「中長期的な経済再生戦略」、すなわち長野県経済をまとめ上げ
るための方向性を示した「アイデンティティ」が必要となってくる。
本稿では、こうした課題に答えるための手掛かりを海外事例の中に求めていきたい。参
考となる海外事例として、「スイスの産業モデル」と北欧「フィンランドの教育モデル」を
選んだ。まずスイスは 1 人当たり国民所得が世界トップクラスで、長野県と地勢、都市の
集積、産業の歴史などの面で類似点が多いため、長野県の「産業モデル」になると考えら
れる。また教育は長期的にみて経済に大きな影響を与える人的資本の基礎となるため、か
つての「教育県長野」と共通点があり、高度な教育として世界各国から注目を浴びている
フィンランドの「教育モデル」が示唆に富むといえる。
上述のような長野県経済が抱える課題の把握や海外の事例研究を踏まえて、長野県が経
済再生に向けて今後とるべき基本戦略(将来構想)を考えてみると、まず産業面では、自
然環境や技術力を活かした「高品質+コスト・パフォーマンス」という「ナガノブランド」
の確立が望まれる。「ナガノブランド」を確立することにより、「現在の」所得(賃金)上
昇が見込まれ、雇用吸収効果も期待できる。その結果として、高所得と雇用安定という安
心感から消費増大による経済拡大効果につながり、地域経済再生のための良いサイクルが
できる。一方、教育面では、知識重視の教育から「知識を活かす」ための論理的な思考力
や分析力・問題解決能力・高度な専門性重視の教育への転換などにより、「将来の」長野県
経済を支える人材を育成することが重要である(かつての「教育県長野」の再生)。
本稿の構成は、次のとおりである。まず2.では長野県経済の現状とその歴史的背景(産
業構造の成り立ち)を確認し、次いで3.では長野県経済の課題を指摘する。そのうえで4.
では海外から学ぶべき長野県経済再生へのシナリオ(産業・教育モデル)を紹介する。以
上の考察を踏まえ、5.では長野県経済の再生に向けた基本戦略を提示する。
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2.長野県経済の現状その背景
(1)人口、経済規模
長野県は周囲を急峻な山々に囲まれ、面積は全国第 4 位で南北に長く、気候は場所によ
り多様である。県内は、山岳などの地理的条件によって、北信(善光寺平)、東信(佐久平)、
中信(松本平、諏訪盆地)、南信(伊那谷)と呼ばれる比較的独立した地域に分断され、各
地域がそれぞれ特色のある文化、経済圏を形成してきた。
長野県経済の現状を把握するに際して、まず長野県の人口を確認しておこう(図表1参
照)。長野県の人口は、2012 年 1 月 1 日現在で 214 万人(2009 年 10 月 1 日現在 216 万人)
と、全国シェア 1.7%を占めている。全国 47 都道府県の中では第 16 位に位置しており、人
口同規模の都道府県としては、第 15 位の宮城県(約 234 万人)、第 17 位の岐阜県(209 万
人)がある。
次に、長野県の経済規模として、国のGDP(国内総生産)に相当する県内総生産(G
PP3)をみると、2000 年度に 8 兆 9,007 億円とピークを記録した後、急速に減少し、2009
年度は 7 兆 9,185 億円とピークの 89%の水準で低迷しており、全国シェア(長野県のGP
P/日本のGDP)は 1.7%である。1人当たり県内総生産(GPP)・国内総生産(GD
P)で比較すると(2009 年度)、長野県は約 367 万円と全国の約 372 万円より少し低い水
準である。この背景には、川下(大手企業や行政)に部品や製品等を供給する川上型企業
が多く、下請け比率が高い(低付加価値)という産業構造が影響しているとみられる。
一方、県経済全体の所得水準を表す 1 人当たり県民所得(家計や企業に分配された所得
で県外からの純所得を含む)でみると(2009 年度)、長野県は約 270 万円(前年度比△1.1%)
とリーマン・ショック(2008 年秋)後の落ち込みが大きい全国の約 279 万円(同△4.3%)
を下回り(全国比 96.8%)、ピークの 2000 年度(約 313 万円)に比べると 86%の水準に低
迷している。また、家計の所得水準を表す月額賃金(残業代などを差し引いた基本給であ
る所定内給与額、2011 年 6 月分)は 273,600 円と都道府県別では第 20 位、全国平均(296,800
円)の 92%に止まっている。
(図表1)長野県の人口と経済規模
人口(2009 年 10 月 1 日)
GPP・GDP(2009 年度)
長野県(A)
全国(B)
全国比(A/B)
216 万人
1 億 2,751 万人
1.7%
7 兆 9,185 億円
474 兆円
1.7%
1 人当たりGPP・GDP(2009 年度)
約 367 万円
約 372 万円
98.6%
1 人当たり県民所得(2009 年度)
約 270 万円
約 279 万円
96.8%
月額賃金(2011 年の賃金統計調査)
273,600 円
296,800 円
92.2%
3
GPP は、Gross provincial products(県内総生産)の略。
2
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(2)産業構造の特徴
日本の産業構造は、経済・産業社会の発展(経済の成熟化)につれて、農業を中心とし
た第一次産業(農林水産業)から次第に製造業を中心とした第二次産業(鉱業、製造業、
建設業)にシフトし、さらにサービス業を中心とした第三次産業(サービス業等その他の
産業)へと重点が移行してきた。
同様に長野県も、時代の変遷とともに、農林業などの第一次産業を中心とした産業構造
からの転換が進み、第二次世界大戦前は製糸産業、戦後は諏訪・岡谷地域のカメラ・腕時
計・オルゴール等の精密機械工業、さらにはプリンター・パソコン等情報機器(ハイテク)
や自動車部品等の分野への進出が活発化するなど、第二次産業が飛躍的に発達した。しか
し、円高の進行や新興国の急成長などを背景として、2000 年頃を境に輸出比率の高い加工
組立型の精密・電気機械を中心とする生産拠点の海外移転が活発化したことから、県内製
造業は縮小に転じ、技術・知識集約型へのシフトが進行している。その半面、観光業・医
療福祉分野を中心に第三次産業への移行が徐々に進んでいる。
ちなみに、県内総生産(2009 年度)を産業別にみると(図表2参照)4、第一次産業 2%
(全国 1%)、第二次産業 32%(同 24%)、第三次産業 70%(同 75%)となっている。こ
のように長野県は、第二次産業の構成比が 32%と全国(24%)より 8 ポイント高く、製造
業が基幹産業として県内経済を牽引しているのが特徴であるが、2010 年度(38%)に比べ
6 ポイント低下しており、その牽引力は後退してきている。他方、第一次産業の構成比(2%)
は全国(1%)より高く、また観光産業と農業が相互に補完しながら発展するなど、長野県
は全体として「比較的バランスの取れた産業構造」を形成してきたといえる。
(図表2)産業別県内総生産(生産側・名目)の推移
2000 年度(A)
2009 年度(B)
B-A
金額
構成比
金額
構成比
金額
構成比
(億円)
(%)
(億円)
(%)
(億円)
(%)
第一次産業
1,897
2.1
1,595
2.0
△ 302
△ 0.1
第二次産業
34,149
38.3
25,234
31.9
△ 8,915
△ 6.4
第三次産業
56,387
63.4
55,167
69.7
△ 1,220
6.3
△ 3,425
△ 3.8
△ 2,811
△ 3.5
614
0.3
89,007
100.0
79,185
100.0
△ 9,822
その他
県内総生産
-
(出所)長野県企画部「長野県の県民経済計算の概要」(2009 年度)より筆者作成
4
分類不能が存在するため、構成比は 100%にはならない。
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(3)産業構造の変遷と歴史的背景
それでは、長野県がこのような産業構造を構築してきた歴史的背景を振り返っておこう5。
①製造業が飛躍的に発展(図表 3 参照)
長野県は周囲を高い山に囲まれ、農業生産に適した土地が少なく、また海に面しておら
ず物流面でも不利なため目立った産業が育たず、低所得で貧しい地域であった。こうした
厳しい条件の下で県内の所得を増やし貧困から抜け出すために、中世以降、長野県は製糸
(蚕糸)産業の育成に取り組んだ。これが県内製造業発達の原点である。
その後、明治時代になると、開国により生糸は国際市場で取引されるようになって長野
県経済を世界につなげる契機となり、銀色の光沢を放つ生糸は人びとの視野を国内から海
外へまで広げるのに役立った。このように県内の製糸産業を発展させるうえで大きな役割
を果たしたのは、蚕業教育の充実である。具体的には、小県蚕業学校(現在の上田東高校)
や上田蚕糸専門学校(現在の信大繊維学部)がいち早く開校されたことを挙げることがで
きる。
長野県は、外国との交流が始まると全国に先駆けて器械製糸を取り入れ、養蚕や蚕種業
の技術開発や改良に注力しため、日本一の「製糸王国」としての地位を築くことができた。
全盛期には、国内製糸生産量の約 3 割、また県内工業生産額の約 8 割を占めるほどの基幹
産業となった。県内各地の農家で養蚕が営まれたが、蚕は病気に弱く、えさの桑も気象災
害を受けやすかったので、養蚕の出来具合は年によって振れが大きく、養蚕農家の生活を
左右した。長野県の近代のあゆみは、養蚕や製糸産業の盛衰と深くかかわっていたといえ
る。
製糸産業は、大正時代(1910 年代~1920 年代前半)から昭和初年(1920 年代後半)に
かけて全盛期を迎えるが、1929 年に勃発した世界大恐慌の影響を受けた繭価の大暴落のた
め製糸業者の倒産が相次ぎ、養蚕農家も大打撃を被った。その後、第二次世界大戦が始ま
ると、生糸輸出が途絶え製糸産業は急速に縮小したが、この間、航空機部品、光学機器、
通信機、バルブ等の工場(約 400 社)が相次いで県内各地へ疎開移転してきた6。
長野県は、戦前から産業育成の重点を養蚕・製糸業に代えて精密機械工業へと移してい
たが、戦後になると「工業立県」の目標を掲げ、工場誘致条例を制定するなど、工業化政
策を推進した。戦時中に疎開してきた工場の大部分は、戦後に引揚げないし解散していっ
たが、これら工場が残した技術遺産が地元に定着し、県の工業化政策とも相まってその後
の精密機械工業勃興の基礎になった。
1960 年代以降の高度経済成長期には県内でも商工業が著しく発展したが、重化学工業全
5
長野県ホームページ及び日本銀行松本支店ホームページを参照。
当時、県内への工場疎開が盛んに行われた背景としては、①京浜・中京地区に比較的近い
こと、②製紙工場跡がそのまま利用できたこと、③製糸女工を中心に良質な労働力が豊富
であったこと、などが指摘されている。
6
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盛の時代には海がないことが立地上の不利となって機械工業が注目を浴びることはなかっ
た。しかし、1970 年代後半の第一次石油危機を契機に日本の産業構造が変化し、従来の牽
引役であった「重厚長大型」産業に代わって「軽薄短小型」産業が急成長を遂げる局面に
なると、長野県経済は技術革新の波に乗って電気・精密機械を始めとする加工組立型産業
の集積が進むなど、機械工業を中心に全国を上回る飛躍的な発展を遂げた。製品が軽薄短
小であるため、長野県に海がないことも物流面のマイナスにならず、元来の立地条件の良
さ(良質・廉価な労働力、豊かな水資源、乾燥した空気)がプラスに働いたためである。
かつて県内製糸業の中心であった岡谷・諏訪地域は、精密機械工業の中心地として発展し、
「東洋のスイス」と呼ばれるようになった。
このように長野県の製造業には、製糸業から精密・電気機械工業、さらには情報機器(ハ
イテク)分野へと展開してきた「優れた転換能力」がある。環境変化に対応し比較優位性
を活かして新たなものに挑戦する企業家精神(チャレンジ精神)の発揮といってもよい。
海外との取引拡大は、こうした進取創造の精神によるものであり、新たな発展のチャンス
をつかむことになる。その半面で、グローバル化の進展に伴う海外シフトにより地域経済
の空洞化が進行するという脆弱性をはらんでいることにも留意する必要がある。
(図表3)長野県の産業構造(製造品出荷額構成比)の長期的な変化
1909年
1935年
食料品
繊維
機械
その他
1948年
1975年
2000年
2009年
0%
20%
40%
60%
80%
100%
(出所)日本銀行松本支店、長野県「工業統計調査結果報告書」
(注)統計改訂が行われているため、2009 年は 2000 年以前とは接続しない。
②農業生産は 1980 年代央から縮小傾向:園芸作物への転作に成功
一方、農山村では農業基盤整備や機械化が行われたが、都市部への人口流出により過疎
化も進行した。戦後、養蚕が急激に衰退する中で、危機感を抱いた農家が米作から気候や
立地条件の活かせる園芸作物(野菜、果樹、花卉、きのこ)への転作を進めたのが奏功し
て、高原野菜などで産地ブランド化にある程度成功し、高い全国シェアを誇るまでに至っ
ている。
5
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しかし、全体としての農業生産(農業総生産額)は 1984 年をピークに減少を続けており、
アジア太平洋地域の成長力を取り込もうとする環太平洋経済連携協定(TPP)参加を見据
えて、農業経営の効率化・競争力強化が喫緊の課題となっている。
③観光産業もバブル経済崩壊後長期低迷
また、長野県は美しい自然環境に恵まれた山・高原・歴史的建造物などの観光地、温泉、
スキー場など観光資源が豊富である。長野県の観光産業は、こうした好条件を背景に、農
村の素朴で美しい田園風景が観光資源となるなど農業(農村)と相互に補完するかたちで
発展した。とりわけ 1980 年代後半のバブル経済期には、観光・スキーのブームや高原リゾ
ートの追い風に乗って絶好調で、製造業に次ぐ基幹産業とみられた。
しかし、1990 年代初頭のバブル経済崩壊や少子高齢化・人口減少、さらには長野冬季五
輪開催(1998 年)特需の剥落などに伴って観光・宿泊客が低迷しており、成長著しいアジ
アを中心とする外国人を含む観光客の誘致が課題となっている。
④高速交通網整備・公共投資変動による影響
山岳などの地理的条件によって地域が分断されている長野県にとって、交通網の整備は
大きな課題であったが、長野冬季五輪開催(1998 年)を契機とした高速自動車道や新幹線
などの開通は、県内のみならず東京など県外各地との交流にも大きな変化をもたらしてい
る。
一方で、長野冬季五輪施設の建設や高速交通網整備という特需が剥落した後、県内公共
投資が減少傾向を示しており(建設工事費総額のピークは 1995 年)
、長野県経済が 2000
年頃をピークに活力喪失状態に陥っている一因となっている。
3.長野県経済の課題
このように、長野県経済は、近年、少子高齢化・人口減少やグローバル化・新興国高成
長・円高進行などを背景として、県内経済を牽引してきた製造業が縮小に転じ、また観光
業も消費者のニーズの変化に対応しきれていない状況で、公共投資にも景気浮揚効果を期
待できないとあって、県内経済・産業の活性化が課題となっている。
以下では、長野県経済にとっての主要な課題として、少子高齢化・人口減少に伴う経済
停滞、新興国台頭・円高進行による産業の空洞化、観光業の長期低迷を取り上げる。
(1)少子高齢化・人口減少に伴う経済停滞
今後の長野県経済にとって最大の課題は、少子高齢化・人口減少に伴う経済停滞への対
応である7。
7
白川(2011)、太田(2012)を参照。
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日本の総人口は 2000 年代半ば頃に増加が止まった後もほぼ横ばいで推移してきた(人口
静止社会)が、少子高齢化の進行で働き手である生産年齢人口(15~64 歳)がバブル経済
崩壊後の 1990 年代半ばから減少に転じ、労働供給面から潜在成長力の押し下げ(潜在成長
力の低下)に作用してきた(人口オーナス)。
世界人口の拡大が続く中で、今後日本は消費を始めとする国内需要が収縮する「人口減
少社会」に移行する。日本の総人口(2010 年、約 1 億 2800 万人)は 50 年後(2060 年)
には 3 割減となり、年齢別構成では生産年齢人口がほぼ半減となる一方、老年人口(65 歳
以上)は 2 割近く増加し、その総人口に占める割合(高齢化率)が 4 割を占める超高齢社
会になると推計されている8。
こうした中、大都市圏を除く多くの地域では全国に先駆けて「人口減少社会」を経験し
ている。都道府県別の人口統計(国勢調査)をみると、直近 5 年間(2005 年→2010 年)
で人口が増えたのは東京都、神奈川県など 9 都府県で、兵庫県、静岡県など 6 府県では減
少に転じ、それ以外の長野県など 32 道県のほとんどで人口減少のピッチが早まっている(図
表 4 参照)。
長野県の人口は、2000 年頃(約 220 万人)をピークに、自然減(出生率<死亡率)に県
外への人口流出(社会減)が加わって「人口減少社会」に入っている。上述の国勢調査の
結果によれば、長野県人口(2010 年、215 万人)の直近 5 年間変化率(2005 年→2010 年)
は全国第 30 位で、人口減少率は△2.0%、人口減少の 32 府県中第 18 位と落ち込みが大き
い。また高齢化率は 26.5%と全国(23.0%)を上回り、都道府県別では第 11 位(2005 年
調査では第 14 位)と全国の中でも高齢化が一段と進行している。こうした中で、長野県は
高齢者の就職率が全国一と高く、健康長寿県となっているのが特徴である。
今後は、人口減少のピッチが早まり(2030 年の人口は 185 万人、2010 年対比△13.8%)、
高齢化もさらに進む(2030 年の高齢化率 34%、全国は 32%)と予測されており、経済停
滞が懸念されるほか、将来的には介護分野を中心とした労働力不足も大きな課題になって
くるとみられる9。
人口問題への処方箋の一つは、地域の人口減少を緩和し、働き手となる労働力人口の減
少を抑制することなどである。具体的には、魅力的な街づくりや企業誘致などによる他地
域からの転入(社会増)促進、高齢者や女性が働きやすい環境の整備による就業者数の減
少抑制(労働力率の向上)、などが挙げられる。このほか、外国人を含む観光客誘致により
交流人口の増加を図ることも重要な課題である。
また地域経済を成長させるためには、労働生産性を高めることも重要である。具体的な
方策としては、企業内における人材・資本の有効活用や企業の新陳代謝促進、内需面にお
ける復興需要への対応や高齢者向け(シニア・マーケット)を中心とした潜在ニーズの掘
8
9
国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2012 年 1 月推計)を参照。
粂井(2011)を参照。
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り起こし、成長著しい新興国を始めとする海外需要の積極的な取り込み、さらには将来の
地域社会を担う人材育成などが挙げられる。
(図表4)都道府県別人口増減率(2000 年→2005 年、2005 年→2010 年)
(出所)総務省統計局(2010 年国勢調査の結果)
(2)新興国台頭・円高進行による産業の空洞化
第2の課題は、新興国台頭・円高進行による第二次産業の空洞化への対応である。
前述のように、1990 年代以降、それまで県内経済を牽引してきた製造業の海外シフト(生
産拠点の海外移転)が進み、2000 年頃を境に長野県の製造品出荷額が急激に減少した。
この急減の要因としては、グローバル化が進展する中で、
「世界の工場」と呼ばれるよう
になった中国や東アジアの国々など新興国の台頭と円高の進行が挙げられる。円高と製造
業の海外シフトの関連は、円高による輸出減で説明ができる。円高ということは、すなわ
ち、輸出が不利ということになる10。したがって、円高になると、国内で製品を製造して輸
出するより海外で生産して海外で販売することで価格競争力が上がるため、成長著しい新
興国への海外シフトが進む。このように円高により国内からの輸出が不利となり、県内中
核企業においても価格競争力の維持のため、輸出比率の高い加工組立型の精密・電気機械
を中心として生産拠点の海外移転が進展した。それまでに例をみないほど海外シフトが進
んだ背景としては、取引先の海外への生産拠点展開に伴うユーザー企業追随型の海外シフ
例えば、1 ドル=100 円の時は 100 万円の車を日本から輸出すると、ドル建て価格は 1 万
ドルになる。しかし、1 ドル=90 円に円が値上がりすると、100 万円の車のドル建て価格が
1.1 万ドルと 0.1 万ドル高くなるため、市場の原理により以前より売れにくくなり、輸出が
減ってしまう。
10
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トが進展した面もある。
近年の動向をみると、リーマン・ショック(2008 年秋)後の世界的な金融経済危機や欧
州政府債務(ソブリン)問題の再燃などの影響で資金の逃避先として日本円が買われたこ
となどから、2011 年には 1 ドル=70 円台の歴史的な円高が進行し、長野県経済も大きな打
撃を受けている。すなわち、県内企業においても新興国との激しい競争にさらされている
加工組立型の精密・電気機械を中心とした海外シフトが一段と進んでいる。その結果、製
造業を中心とした県内産業の空洞化が進行し、雇用喪失が深刻な社会問題となっている。
グローバル化の時代には、地域の企業にも、価格競争を出来るだけ回避し、顧客のニーズ
を踏まえた製品差別化のための革新を持続する経営戦略が求められる。
(3)観光業の長期低迷
第3の課題は、観光業の長期低迷への対応である。経済の成熟化に伴う国民の価値観や
意識の多様化が進むにつれて産業構造の転換が進み、雇用の吸収先としても第三次産業が
重要になってくる。長野県の第三次産業として、今後とも重要な位置を占めると考えられ
るのが観光業である。
しかし、前述のように、長野県の観光産業は、観光・宿泊客の低迷が続いている。その
原因を長野県の二大観光資源である温泉とスキーを例に考えてみよう11。近年、その両者共
に集客力を低下させており、県内経済にとって大きな打撃となっている。スキー観光によ
る経済効果は、直接的な消費に止まらず、近隣農村・地域における雇用や周辺産業への波
及効果など広範囲にわたった。スキーブーム期には安定的な雪さえ確保できれば、あとは
次々と訪れるスキー客をさばくだけで収益を上げることができた。そうした成功体験が、
現在要求されるスキー客の視点に立ったサービスや施設の設備・投資を遅らせることとな
った。温泉地観光でも、同様に、団体客から個人客へのウエイトの変化、温泉プラス α の
要素への期待など、観光客の多様化するニーズの変化に対応した受け入れ態勢やサービス
づくりができていない面があったため、観光・宿泊客の減少につながった。
こうしたことから、近年、豊富な観光資源を活かし、成長著しいアジアを中心とする外
国人を含む観光客の誘致に期待をかけてきた。しかし、昨今の円高の進行は、2011 年 3 月
に発生した東日本大震災・原子力発電所事故、長野県北部地震などによる風評被害とも相
まって、観光業界の努力を削ぐ結果となっている。
長野県は、東京・名古屋・大阪などの首都圏、大都市圏が近く高速自動車道や新幹線な
どの高速交通網も整備されてきたため、今後観光業が基幹産業として発展する素地(可能
性)は十分にある。今後長野県の観光業の発展には、外国人を含む観光客の視点に立った
サービスや施設整備などの対応が課題である。とりわけ、
「見る」観光から「体験型」さら
には「滞在型」の観光へという観光客のニーズの変化・多様化に対応することが必要であ
11
長野経済研究所(2005)を参照。
9
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る。具体的には、環太平洋経済連携協定(TPP)参加を見据えて農業再生が進む農業(農
村)とのコラボレーションである「観光農業」の開拓が挙げられる。また「物づくり」の
強みを活かした産業遺産(産業文化財)の再発見と観光資源化による「産業観光」も発展
の可能性があろう12。さらに、第一次、二次、三次の産業を掛け合わせた六次産業化13と絡
めた観光資源の発掘も検討に値しよう。このように、観光客のニーズの多様化や環境変化
に対応した新たな視点で、観光客を受け入れる態勢・サービスづくりや魅力的な街づくり
に取り組むなど、観光のあり方を問い直すことが求められている。
4.海外から学ぶ長野県経済再生のシナリオ
それでは、これまでみてきた長野県が直面する課題に答えるための手掛かりを海外事例
の中に求めていくことにしよう。長野県が経済再生のシナリオを海外から学ぶ前提条件と
して、まず地勢・物流・産業・文化の各面で類似している国を選ぶことが重要である。長
野県は四方を 8 つの県に囲まれ海に面しておらず、県内の地域が高い山によって分断され、
各地域がそれぞれ隣接した他県と文化、方言、発音などの面で類似性がある。また物流面
でも、海に面していない(海から遠い)ため陸運に頼るしかなく、大きな物を運ぶことが
できない、一度に大量の物を運ぶことができない、物流コストが割高など、競争条件が不
利であった。
以上のような厳しい条件にあてはまる国として、まず「スイス」がある。スイスは四方
を他国に囲まれているうえ、高いアルプス山脈により国内も分断され、各地域は隣接した
ドイツ、フランス、イタリアの文化の影響を受けて地域ごとに話す言語も違い、公用語も
ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4か国語としている。また海に面し
ていないためもっぱら陸運に依存しており、物流面で不利な地勢である。こうした条件の
下で、産業は、小さいが付加価値の高い腕時計や医薬品の製造業、物流の発生しない金融
業、観光業が発展してきた。長野県が戦後「東洋のスイス」と呼ばれるようになったのは、
地勢・物流・産業・文化の各面におけるこうした両国の類似性を背景としていると考えら
れるため、「産業モデル」としてスイスを選んだ。
次に、長野県がかつて「教育県」と呼ばれたという切り口から、類似性のある国として
「フィンランド」を挙げることができる。OECD(経済協力開発機構)によるPISA
(学習到達度調査)、すなわち義務教育終了段階(15 歳児)での思考力や問題解決能力の調
査で、フィンランドは毎年好成績を上げ、大学進学率では 2007 年時点で 94%と世界第 3
位である。ちなみに、日本の 2007 年時点の大学・短大進学率が 58%であるのに比べると、
かなり高い水準であることがわかる。なぜ経済戦略のうえで教育に着目したのかというと、
12
須田(1999)を参照。
一般的に農林漁業者が農水産物の生産(第一次産業)だけでなく、食品加工(第二次産
業)や流通・サービス(第三次産業)にもかかわって業務展開していく経営形態。1 次×2
次×3 次=6 次ということで六次産業化と呼ばれる。
13
10
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国の富を決定するのは人的資本であり、国際的な競争力の源泉もまた人的資本であるとい
えるからである。人的資本を創造するうえでは教育が不可欠であり、大学教育が大きな役
割を担っている。こうした経済に与える教育の性質を考慮し、教育先進国であるフィンラ
ンドを選んだ。
(1)スイスの産業モデル
スイスの経済、産業を長野県のモデルとして取り上げるうえでは、歴史的背景という視
点が必要である。その理由は、各国の経済は歴史の影響を色濃く受け、産業は第一次産業
から経済の成熟につれて第二次産業、さらには第三次産業へ移るという性質をもつためで、
現在の産業は過去の産業とストーリーで繋がっているからである。
①スイスの特徴
スイス(正式名称はスイス連邦)は、ヨーロッパの中心に位置しながらEU(欧州連合)
に加盟しておらず、ヨーロッパの中ではユニーク存在である(図表 5)。風光明媚な観光地
としての側面をもつ一方、国民皆兵の永世中立国でもある。多言語、多文化の連邦国家で
あり、各カントン(州)の自治権が強い。また中央集権に対する国民の反発もあり、EU だ
けではなく、国連にも加盟していない。このように、スイスがヨーロッパの中で例をみな
い個性的な国家として形成されたのは、内部分裂の危機と周囲の国からの侵略にさらされ
続けたためである14。
(図表5)スイス地図
(出所)World Map finder HP
14
森田(2000)を参照。
11
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②スイス経済・産業構造の歴史的背景
スイス経済の歴史をひも解くと15、長野県と同じく繊維産業から始まった。スイスの中で
も山奥に位置するグラルース州が繊維産業の中心地となり、スイスの産業革命を牽引した。
繊維産業が発展する前のスイスは、急峻なアルプスの山々に囲まれ、農業生産力が極め
て低く、放牧ができる牧草地も乏しかっため、ヨーロッパの中でも所得が低く貧しい国で
あった。そのため、男子は成人すると外国で出稼ぎをするのが一般的で、その多くが傭兵
として外国に仕えて外貨を獲得することによって、スイスの経済を支えていた。スイスの
傭兵は、雇用主に対する忠誠心が高く、勇猛果敢なため人気が高かった。このため戦争の
両陣営にスイス人傭兵が雇われ、時にはスイス人同士が戦場で敵味方に分かれて殺し合う
こともあった。このような惨劇から何とかして逃れたいという願望が、スイスの産業化の
第一の原動力になったとされている。
第二に、スイス発展の原動力となったのが、外国人移民の存在である。現在スイスで繁
栄する産業や大企業のルーツは、外国人移民といってもよい。例えば、スイスの代表産業
である時計産業の発展に寄与したのは、隣国フランスの亡命者技術者集団の新教徒ユグノ
ーであった。その後、フランスが 1844 年の特許法で発明者ではなく製造企業を保護するよ
うになると、多くの科学者がスイスに亡命したことで染色工業が定着し、この動きが後に
バーゼルの化学薬品・医薬品産業の発展につながった。また、第二次世界大戦時のナチス
によるユダヤ人迫害のため、当時のドイツ政府による資金の没収を恐れたユダヤ人の莫大
な資金が、安全な逃避先として信用が高く、秘密厳守が徹底されているスイスの銀行に流
入した。スイスは、その資金の一部を自国の高山鉄道などの観光分野に投資し、観光立国
としての地位を築いた。
このように、スイスと長野県とは歴史的背景をやや異にしてはいるが、貧困から繊維産
業へ、次いで精密機械産業、さらには医療・化学産業や観光産業へという産業構造転換の
ストーリーは、非常に類似している。
③スイス経済と日本・長野県経済の比較
スイスは、アルプスの谷あいに位置する四方を他国に囲まれた人口 730 万人余の資源の
少ない小国である。スイス経済は、高等教育を受け、勤勉で熟練された労働者によって支
えられている。特にマイクロテクノロジー、バイオテクノロジーなど先端技術や銀行・保
険、製薬、時計などが主要産業分野である。スイスでは、サービス産業に従事する人の割
合が多く、ほとんどの人がスイス経済を支える中小企業に勤めている16。
スイスと日本・長野県を比較すると(図表 6 参照)、スイスの人口は、日本の 6%弱、長
野県の 3.3 倍であるが、人口密度は長野県とほぼ同じで、都市の集積も類似している。経済
15
16
磯山(2006)、森田(2000)を参照。
スイス連邦ホームページを参照。
12
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規模の指標でもあるGDPは 5,003 億ドルで、日本円換算(1 ドル=90 円)すると約 45 兆
円に相当する。当時の日本のGDP(513 兆円)と比べると 1/10 以下の水準(長野県の
1.3 倍)であるが、1人当たりGDPは 6.5 万ドル(約 580 万円)と世界トップクラスで、
日本の約 4 万ドル(約 400 万円)の 1.5 倍(長野県の 1.6 倍)である。また国民 1 人当た
り月額賃金は 5,823 スイスフランで日本円換算すると約 56 万円に相当し、日本(約 29 万
円)の 1.9 倍(長野県の 2.1 倍)に上る。このようにスイスは、1 人当たりの財の生産も所
得(賃金)も、日本に比べかなり高水準といえる。このような生産・所得の水準は、物価
の高さを勘案しても、日本の中でも全国平均を下回っている長野県経済にとって魅力的で
ある。
(図表6)スイス・日本・長野県の経済指標(換算為替レート:1 ドル=90 円)
スイス(A)
日本(B)
730 万人
1 億 2,700 万人
218 万人
5.7%
3.3 倍
180 人
336 人
159 人
54%
1.1 倍
GDP
約 45 兆円
約 513 兆円
8.0 兆円
8.8%
1.3 倍
1 人当たりGDP
約 580 万円
約 400 万円
368 万円
1.5 倍
1.6 倍
1 人当たり月額賃金
約 56 万円
約 30 万円
約 27 万円
1.9 倍
1.9 倍
人口
人口密度(人/km²)
長野県(C) A/B
A/C
(出所)世界銀行データ(2008)等
(注)前掲図表 1 の数値との違いは、年度の違いによる。
④スイスのブランド力
長野県がスイスをモデルにするうえで重要なキーワードはブランド力である。ブランド
は、すべての製品・サービスに共通するからである。
スイスは、赤地に白十字の国旗が製品になる国である。スイスのほかに国旗が製品にな
るのは、アメリカの星条旗、イギリスのユニオンジャックぐらいであろう。さらに、スイ
スに特徴的なのは、国旗をあしらったヴィクトリー・ノックス社のアーミナイフのように、
意匠としても国旗が効果的に使われていることである。こうしたスイスのブランド力の源
泉はイメージにある。スイスの国旗をあしらったデザインやスイス・メイドの刻印は、日
本人を含め世界中の人たちにある種共通のイメージを持たれている。それは、時計に代表
される「精密さ」、「正確さ」、またスイス・アーミーナイフに代表される「切れ味のシャー
プさ」、「堅牢さ」、国土でいえば「美しい山岳都市」、「清浄な空気」である。換言すれば、
「スイス」という国自体が、「品質の高さ」、「精密さ」、「清廉さ」といった「クオリティ=
品質の良さ」を連想させるブランドになっているということである17。
17
磯山(2006)を参照。
13
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⑤スイスの経済・産業から何を学ぶべきか
長野県がスイスの経済・産業から学ぶべき点は、高付加価値型経済の実現である18。スイ
スは日本(長野県)と同じく、外国から原材料を輸入しそれに付加価値をつけて輸出する
加工貿易国である。スイスに輸入された材料・素材は加工され、平均約 2.25 倍の付加価値
を付けて輸出される。
長野県の製造業が県外または海外への加工輸出型産業である以上、製品の付加価値を高
めること、すなわちブランド価値を高めることに注力しなければ、安価な労働力を抱え価
格(コスト)競争力の強いアジアの新興国に負けてしまう。実際、かつて日本(長野県)
を成功に導いた「良い物を安く大量に」生産して世界に輸出する経済モデルは、現在では
韓国や中国などにその役割を奪われている。したがって、日本(長野県)の企業は価格競
争に陥ることなく、
「高品質の物をいかに利益を確保して売るか」を考えなくてはいけない。
こうした観点からみると、スイスの産業の多くは、ブランド・マネージメントに優れ、
「機
能」や「価格」のみに左右されないブランドを築きあげている。例えば、スイスの時計産
業は、日本が開発したクオーツとデジタル技術の普及で価格競争が激しくなり、採算がと
れなくなってしまったかにみえた時計市場において、単純な性能・価格競争を回避する方
法を見出した。すなわち、低価格品ではファッション性を徹底的に打ち出した「スウォッ
チ」、また高級品では老舗ブランドの知名度と機械式ムーブメントの精密さ・斬新なデザイ
ンをセールスポイントに輝きを取り戻した高級時計ブランドがある。いずれも単純な価格
競争を回避し、新たな「価値」を消費者に提案・提供することによってブランドの確立に
成功している19。
このように、高付加価値型の経済を実現するうえで重要なのは、
「価格」ではなく「価値」
である。すなわち、過度な価格競争に陥ることなく、新たな価値を消費者に提案・提供す
ること(製品差別化)によるブランド構築が重要である。このことは、製品だけではなく、
サービスにもいえることである。観光面においても、消費者(観光客)の立場に立ってサ
ービスを提供し、消費者の満足感を高めるようなホスピタリティ(おもてなしの心)のブ
ランド化が求められているといえよう。
(2)フィンランドの教育モデル
教育は「国のかたち」を作る要素の一つであり、経済の競争力の源泉である「人的資本」
を形成するうえでとても重要な役割を担っている。フィンランドのヘイノネン教育大臣が
「経済不況の中での、限られた予算を投資するのであるなら、いちばん有効なのは子ども
たちへの教育だ20」と訴えて教育改革を進めたように、教育は国(県)の経済への長期的投
18
19
20
磯山(2006)を参照。
磯山(2006)を参照。
リッカ・パカラ(2008)の 22 頁から引用。
14
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資になるといえる。
①フィンランドの特徴
フィンランドは、ヨーロッパでも北に位置するノルウェー、スウェーデンと並ぶ北欧 3 国
の一つであり、人口はわずか 520 万人余(日本の 4%、長野県の 2.4 倍)の小国である。フ
ィンランドは、近年、教育で注目を集めている国で、前述のとおり、PISA(学習到達
度調査、3 年ごとに実施)で子供たちの学力が 3 回連続世界一、大学進学率でも世界第 3
位(2007 年)であり、世界でもトップクラスの学力を誇っている国である。
②PISAにみるフィンランドの教育力
PISAの調査結果(2006 年)をみると、日本は世界で第 15 位と決して他国に大きく
劣っているということはない。とくに科学リテラシー分野では、第 1 位のフィンランドに
は及ばないものの、日本は第 6 位と比較的良好な成績を収めている。科学リテラシーの調
査項目は、「科学的な証拠を用いること」、「現象を科学的に説明すること」、「科学的な疑問
を認識すること」という3つの単元に分かれている。この中で、日本は「科学的な証拠を
用いること」については、フィンランドに次いで第 2 位という良好な結果を残しているが、
「現象を科学的に説明すること」は第 7 位、
「科学的疑問を認識すること」では第 8 位と順
位を落としている。
この結果は、フィンランドに比べ、日本では知識のインプット(暗記)を中心とした教
育が主体で、アウトプット(思考・表現)して活用する習慣・技術を身に付ける機会が少
なかったことが原因であると考えられる。知識中心の教育ではなく、
「なぜ?」という疑問
をもつ習慣(批判的思考)が身に付いていることが、アウトプット(表現)に大きな影響
を及ぼしている。また、フィンランドは「幼稚園から大学まで授業料無料」といった教育
基盤があり、日本のような良い学校、悪い学校という概念がなく、特別な才能を持った学
生も地元の学校に通うので、学校間の格差が少ない。そのため教育の平等性が保たれ、全
体の学力の向上につながっており、フィンランドの学力世界一に結びついているといえる21。
③フィンランドの教育から何を学ぶべきか
このようなフィンランドの教育から長野県が学ぶべき点は、インプット(暗記)
・知識中
心の教育からアウトプット(表現)
・思考力中心の教育に重点を移すことである。知識中心
の教育は、与えられた情報・知識に依存し過ぎてしまうという傾向を生み出し、柔軟な発
想を阻害してしまう側面があるため、今後、常に「なぜ?」という疑問をもつ習慣、すな
わち批判的思考を教育に取り入れていき、ディスカッションなど表現の機会を増やしてい
くことが重要であるといえる。また学校間の格差是正も大いに参考とすべきであろう。
21
リッカ・パカラ(2008)を参照。
15
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5.長野県経済の再生に向けて
以上の考察を踏まえ、今後人口減少・少子高齢化が進み、日本の成長率が新興国を下回
るという状況の下で、長野県が経済再生に向けてとるべき基本戦略(将来構想)を考えて
みよう。
まず産業面では、自然環境や技術力を活かした、より付加価値の高い製品・サービスの
開発、高品質の維持によって、消費者に対して新たな価値を提供するという高付加価値経
済を実現するためのブランド化(製品・サービスの差別化)、すなわち「ナガノブランド」
の確立が望まれる。長野県の産業は、前述のように、元来の立地条件の良さ(良質・廉価
な労働力、豊かな水資源、乾燥した空気)を背景として、戦時中の疎開工場の技術遺産を
活かして精密機械工業が「東洋のスイス」と呼ばれるようになったのを始め、観光面にお
いては自然環境や観光資源に恵まれて高原リゾート地として注目され、さらに農業でも高
原野菜の産地ブランド化にある程度成功している。こうした各分野における成功事例を長
野県の産業全体としてのブランド・イメージにまとめ上げる力(ブランド・マネジメント)
が試されている。
「ナガノブランド」を確立するには、長野県の産業全体に共通する「アイデンティティ」
の設定が必要となる。例えば、その「アイデンティティ」としては、スイスの「クオリテ
ィ=品質の良さ」(品質の高さ、精密さ、清廉さ)に、長野県独自の「コスト・パフォーマ
ンス」を組み合わせてはどうであろうか22。ここでいう「コスト・パフォーマンス」とは、
値下げ競争によるものではなく、例えば日本の高級車レクサスと海外の高級車ベンツ・B
MWを比較した場合、レクサスの方が技術的に優れているのにベンツ・BMWより割安と
いうイメージによる「コスト・パフォーマンス」である。高品質の製品・サービスを割安で
製造・提供するには、高い技術力と創意工夫する力が必要である。
このように県内産業が全体として、恵まれた自然環境・高い技術力・創意工夫する力に
支えられた「高品質+コスト・パフォーマンス」という「ナガノブランド」を確立するこ
とにより、世界的にも高水準な所得をもつスイスのように、「現在の」所得(賃金)の上昇
が見込まれ、雇用吸収効果も期待できる。その結果として、高所得と雇用安定による安心
感から消費増大による経済拡大効果につながり、地域経済再生のための良いサイクルがで
きると考えられる。
次に教育面では、知識重視の教育から「知識を活かす」ための論理的な思考力や分析力・
問題解決能力・高度な専門性重視の教育に転換していくことにより、
「将来の」長野県経済
を支える人材を育成することが重要である。例えば、現在の小学校から大学までの全課程
において表現力・思考力向上の機会を増やすとともに、義務教育から外れ、ある程度自由
な高校・大学教育においてそれぞれの大学や学部の教育目標に照らした基礎教育の充実な
どによる学力向上を目的とした教育分野への公的投資が望まれる。
22
磯山(2006)を参照。
16
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長野県には、前述のように、「教育県」としての伝統の下、戦前に「製糸王国」に導いた
先駆的な蚕業教育の実績、さらに製糸業を起点に精密・電気工業から情報機器(ハイテク)
分野へと産業構造転換を成功させた企業家精神(チャレンジ精神)がある。フィンランド
をモデルとした教育改革は、これまで企業家精神を育んできた、かつての「教育県長野」
の再生といってもよいであろう。
このように「ナガノブランド」の確立により「現在」の長野県経済のパフォーマンスを
最大化すること、及び「将来」的な経済成長のために教育による人的資本に投資すること、
という 2 つの課題の両立・バランス確保が、長野県経済の再生に向けて取るべき基本戦略
であると考えられる。このような基本戦略を実現するためには、長野県の行政機関による
適切な「アイデンティティ」の設定と行政が中心となった「高度な産学官連携」が不可欠
であるといえよう。
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(2012 年 4 月 27 日記)
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