13 オオカミ

13
オオカミ
ソフィーが人の言うことをよく聞く子ではないことは、今まで読んできた話からもよくわかるこ
とです。もういいかげんに良い子になっていてもよかったはずですが、まだそうなってはいません
でした。それで、またいくつも失敗をしでかすのでした。
ソフィーが4歳になった日の翌日、ママがソフィーを呼んで言いました。
「ソフィー、あなたに約束しましたね、4歳になったらわたしと一緒に夕方の遠出に来てもいいと。
いまから森を通ってスヴィティーヌの農場に出かけます。一緒に来なさい。でも、ひとつだけ気を
つけなさい、遅れてはいけませんよ。わたしが速く歩くことは知ってますね。だから、もしも立ち
止まったりしたら、わたしが気づかないうちにずっと後ろの方においていかれてしまうでしょう。」
ソフィーはこの遠出ができるのがとてもうれしくて、ママのすぐそばについていきます、森の中
で迷子になったりはしませんと約束しました。
ちょうどそのときポールがやってきて、一緒に連れていってと頼んだので、ソフィーは大喜びで
した。
二人はしばらくのあいだはお利口にレアン夫人の後ろについて歩き、レアン夫人がいつも一緒に
連れてゆく大きな犬たちが走ったり跳びはねたりするのを見て楽しんでいました。
森に入ると、子供たちは通り道に咲いている花をつんだりしましたが、立ち止まらずにつんでい
ました。
ソフィーは、道のすぐ近くにイチゴの実がいっぱいなっているのに気付きました。
「りっぱなイチゴ!」と彼女はさけびました。「あれが食べられないなんて残念だわ!」
レアン夫人はその叫び声を聞き、振り返りながら、立ち止まってはいけませんよと言いました。
ソフィーはため息をつき、残念そうにりっぱなイチゴを眺めました。食べたくてしかたがなかっ
たのです。
「見ちゃいけないよ」とポールが言いました。「もう考えないで。」
ソフィー あんなに赤くて、りっぱで、よく熟しているから、きっとおいしいでしょうね!
ポール 見れば見るだけ食べたくなるよ。おばさまがとってはいけないって言ってるんだから、見
てもしょうがないだろう?
ソフィー ひとつだけでいいからほしいわ。それならあんまり遅れないでしょう。わたしといてち
ょうだい、一緒に食べましょうよ。
ポール だめだよ。おばさまの言うことはちゃんと聞きたいし、森の中で迷子になったりしたくな
いもの。
ソフィー でも、危ないことなんてないわ。ママはわたしたちを怖がらせようとしてあんなことを
言ったのよ。後ろについていれば、ちゃんと道はわかるでしょうから。
ポール 違うって。森はとても深いから、道がわからなくなってしまうかもしれないよ。
ソフィー だったら好きなようにすればいいわ、意気地なし。わたし、いま見たようなイチゴをこ
んど見つけたら、いくつか食べてやる。
ポール ぼくは意気地なしじゃありません。きみこそ、人の言うことを聞かない食いしん坊じゃな
いですか。それなら、森の中で迷子になればいい。ぼくは、おばさまの言うことを聞くことにし
ますからね。
そしてポールはそのままレアン夫人の後についていきました。レアン夫人はずいぶんと速足で前
を歩いていて、後ろを振り返ったりしませんでした。犬たちはレアン夫人をかこむようにして、そ
の前と後を歩いていました。ソフィーはまもなく、最初に見たのと同じくらいりっぱなイチゴがな
っている場所を見つけました。ひとつ食べると、それがとてもおいしかったので、ふたつ、みっつ
と食べました。ソフィーはもっと楽にはやくとろうとしてしゃがみました。そしてときどきママと
ポールの方に目をやりましたが、二人はどんどん遠ざかっていっていました。犬たちは心配そうに
していて、森の方に行ったり来たりしていましたが、とうとうレアン夫人のすぐ近くまで寄ってき
ました。それでレアン夫人は犬たちが何を恐れているのかとおもって見ると、森の中の木の葉越し
に獰猛な目が光っているではありませんか。それと同時に、木の枝が折れて枯れ葉がかさかさいう
音がしました。それで子どもたちに前を歩くように言おうとして振り返ると、恐ろしいことにポー
ルしかいなかったのです。
「ソフィーはどこにいるの?」とレアン夫人は叫びました。
ポール イチゴを食べたいから後に残るんですって、おばさま。
レアン夫人 なんて子でしょう! どうしてこんなことを? オオカミに後をつけられているわ。
あの子を助けに戻りましょう、まだ間に合うものなら!
レアン夫人はソフィーがいるはずの場所に走っていきました。犬たち、そしてかわいそうにパニ
ック状態になったポールも後に続きました。遠くの方に、ソフィーがイチゴのまんなかにすわって、
のんびりとイチゴを食べているのが見えました。突然、犬たちのうちの二匹が悲しげに吠えて、ソ
フィーにむかって全速力で走っていきました。ちょうどそのとき、大きなオオカミが、目をギラギ
ラさせ、口をあけたまま、用心深そうに木のかげから首をだしました。犬たちが走ってくるのを見
て、オオカミは一瞬ためらいましたが、犬たちがくる前にソフィーをつかまえて森の中に連れ去り、
食べてしまえるだろうと思い、大きくジャンプしてソフィーにとびかかりました。犬たちは、ソフ
ィーが危険にさらされているのを見て、それにレアン夫人とポールが恐怖の叫びをあげるのを聞い
てふるいたち、さらにスピードをあげて走り、オオカミがソフィーのペチコートをかんで森の中に
引きずっていこうとしたまさにその瞬間に、オオカミにおそいかかりました。犬たちにかみつかれ
たので、オオカミはソフィーをはなし、犬たちとすさまじい戦いをはじめました。犬たちの形勢は
とても危険になりました。別の二匹のオオカミがレアン夫人の後をつけて走ってきたからです。け
れども犬たちがじつに勇敢に戦ったので、まもなく三匹のオオカミは逃げていきました。犬たちは、
血まみれ傷だらになって、レアン夫人と子供たちのところにきて手をなめました。三人とも、戦い
のあいだじゅう、ふるえていたのです。レアン夫人は犬たちをやさしくなでてやり、ソフィーとポ
ールの二人と手をつなぎ、勇敢に戦った犬たちに囲まれて、ふたたび歩きはじめました。
レアン夫人はソフィーには何も言いませんでした。ソフィーはといえば、歩くのもやっとでした。
恐ろしい目にあったので足がふるえていたのです。ポールはかわいそうに、ソフィーと同じくらい
真っ青になってふるえていました。ようやく森をぬけて小川の近くまできました。
「ここで一休みしましょう」とレアン夫人が言いました。「みんなで少しこの水をのみましょう。
いつまでも怖がってばかりいてはいけませんからね。」
そう言ってからレアン夫人は、小川のほうに身をかがめ、二口三口水をのんでから、顔と手に水
をかけました。子供たちも同じようにしました。レアン夫人は子供たちの顔を水につけました。子
供たちは元気をとりもどし、ふるえもおさまりました。
犬たちはみな水の中にとびこみ、水をのんだり、傷をあらったり、川の中でころげまわったりし
ていました。そしてさっぱりときれいになって水からあがりました。
15 分ほどして、レアン夫人は立ちあがり、出発しました。子供たちもそのそばを歩きました。
「ソフィー」とレアン夫人が言いました。「とまってはいけませんとママが言ったわけがわかった
でしょう?」
ソフィー ええ、ママ。ママの言うことを聞かなくてごめんなさい。それに、ポール、あなたのこ
と意気地なしだなんて言ったりして、ごめんなさい。
レアン夫人 意気地なしですって! ポールにそんなことを言ったの! いいこと、ママたちがあ
なたのところに走っていったとき、前を走っていたのはポールだったのよ。あなたも見たでしょ
う、別のオオカミたちが仲間を助けにきたとき、ポールは走りながら拾った棒をもってオオカミ
の前にたちはだかって防ごうとしたから、ママはポールを抱きかかえてとめなくてはならなかっ
たし、ポールが犬たちを助けに行かないよう、あなたのそばにひきとめておかなければならなか
ったのよ。あなたも気がついたでしょうね、犬たちが戦っているあいだ、ポールはいつもあなた
の前にいて、オオカミたちがくるのを防ごうとしていたのですよ。そのポールが意気地なしです
って!
ソフィーはポールの首に抱きつき、なんどもなんどもキスして言いました。「ありがとうポール、
大好きなポール、あなたのことほんとうにいつまでも大切にするわ。」
ソフィーたちが家に帰ってくると、みなびっくりしました。三人とも真っ青な顔をしているうえ
に、ソフィーの服はオオカミにかまれてやぶれていたからです。
レアン夫人は恐ろしい出来事のことを話して聞かせました。みながポールを、言うことをよく聞
くし勇気があるといって、とてもほめました。みながソフィーを、言うことを聞かないし食いしん
坊だといって、とがめました。みなが勇敢な犬たちをほめそやしました。そして犬たちは、やさし
くなでてもらい、肉の残りと骨がたっぷりの豪華な夕食にありつきました。
次の日、レアン夫人はポールにズワーヴ兵の制服ひとそろいをプレゼントしました。ポールは大
喜びで、すぐにそれを着てソフィーのところにいきました。それを見て、ソフィーは恐怖の叫び声
をあげました。ターバンをまき、サーベルを手にもち、帯にはピストルをはさんだトルコ人が入っ
てきたからです。でも、ポールが笑いながらとびはねたので、それがだれだかわかり、制服姿のポ
ールがすてきだと思いました。
ソフィーには、言うことを聞かなかった罰はありませんでした。ママは考えたのです。あれだけ
怖いめにあったのだから罰はそれでじゅうぶんでしょうし、もう二度とあんなことはしないでしょ
うと。