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9.
パンと馬
ソフィーは食いしん坊でした。ママは、食べすぎは健康に悪いと知っていました。だからソフィー
には、間食をしてはいけませんと言っていたのです。でもソフィーはおなかをすかしていて、手あた
り次第、何でも食べていました。
レアン夫人は毎日、昼食の後、2時ごろになると、レアン氏の馬にパンと塩をやりに行っていまし
た。レアン氏は百頭以上馬をもっていたのです。
ソフィーは、ふすま入りのパン切れでいっぱいのかごをもってママについて行き、一頭ずつ馬がい
る仕切りに入るごとにママに一切れを渡しました。でもママはソフィーに、それを食べてはいけませ
んと厳しく言っていました。その黒くてきちんと焼けていないパンを食べたりしたらおなかが痛くな
るからです。
最後はポニーの厩舎でした。ソフィーは自分のポニーをもっていました。パパがくれたのです。ほ
んの小さな黒い馬で、子ロバくらいしかありませんでした。ソフィーのポニーには、ソフィー自身が
パンをやってもいいことになっていました。パンをポニーにやる前に、ソフィーはしばしば厩舎の中
に入りこんだりしていました。
ある日、ソフィーはいつもよりもこのふすま入りのパンが食べたくなったので、パン切れをとり、
はじっこが少しだけ見えるくらいに指でつまみました。
「ポニーは指からでているところだけかじるでしょうから」とソフィーは言いました、「残りは私
が食べることにしよう。」
ソフィーはパンをポニーに差し出しました。するとポニーは、パンだけでなくソフィーの指までい
っしょに思いきりかんだのです。ソフィーは叫んだりはしませんでしたが、痛くてパンを放したので、
パンは地面に落ちました。それでポニーは、パンを食べようとして、ソフィーの指をかむのをやめた
のです。
ソフィーの指から血がたくさん出て、地面にしたたり落ちました。ソフィーはハンカチを取り出し、
指にきつく巻いたので、血は止まりましたが、ハンカチは血だらけになってしまいました。ソフィー
はハンカチをまいた手をエプロンで隠したので、ママには見つかりませんでした。
でも、食事のためにテーブルについたとき、ソフィーは手を見せなけらばなりませんでした。その
手はまだ、血が止まるところまではなおっていませんでした。それで、スプーンやコップやパンをと
るとき、テーブルクロスにしみをつけてしまいました。ママがそれに気づきました。
「ソフィー、その手はどうしたの?」とママが言いました。「あなたの皿のまわりのテーブルクロ
スに血がいっぱいついているじゃありませんか。」
ソフィーはなにも答えませんでした。
レアン夫人 私の言っていることが聞こえないの? どうしてテーブルクロスに血がついているの?
ソフィー ママ……、それは……、つまり……、わたしの指が。
レアン夫人 指をどうしたの? いつから痛いの?
ソフィー 今朝から、ママ。わたしのポニーにかまれたの。
レアン夫人 なんであのポニーが、子羊みたいにおとなしいのに、あなたをかんだりしたの?
ソフィー パンをやろうとしてときなの、ママ。
レアン夫人 じゃあ、ママが何度も言ったように、手を大きく広げてパンをのせたのじゃなかったの
ね?
ソフィー はい、ママ。パンを指でつまんでいたの。
レアン夫人 あなたがそこまでおばかさんだとしたら、もうあなたのポニーにパンをやらせるわけに
はいきません。
ソフィーは答えずにいました。馬にやるためのパンを入れたかごは今までどおりもたせてもらえる
だろうし、そのなかから一切れとることだってできるだろうと思ったからです。
それで次の日、ソフィーはママについて厩舎に行ったとき、パン切れをママにわたしながら、一切
れを取ってポケットの中にかくし、ママが見ていないあいだにそれを食べました。
最後の馬のところにきたとき、もう馬にやるパンがありませんでした。馬丁は、ちゃんと馬の数だ
けパン切れをかごに入れましたよ、と言いました。ママは馬丁に一切れ足りないことをわからせよう
としましたが、そう話しながらソフィーを見ました。ソフィーは、口にいっぱいほおばっていたパン
の最後の一口を、急いで呑みこもうとしていたところでした。でも、よくかむひまもないまま、大急
ぎでパンを呑みこみましたが、むだでした。ママはソフィーが何かを食べていること、それがまさに
足りないパン切れであると、しっかり見て取ったのです。馬はパンがほしくて、足で地面をひっかき、
ヒンヒン鳴きながら、せかしていました。
「この食いしん坊は」とレアン夫人が言いました。「私が見ていないあいだに、馬にやるパンを盗
んだりして、また言いつけを守らなかったのね。食べてはいけないと何度も言っておいたのに。さあ、
部屋に行きなさい。馬に食べものをやるためにママと一緒にくることは、もうありません。ソフィー
はパンが大好きのようだから、夕食はパンとパンを入れたスープだけにします。」
ソフィーは悲しそうにうなだれて、とぼとぼとした足取りで家にもどり、自分の部屋に帰りました。
「おや、まあ!」とばあやが言いました。「また悲しそうな顔をして! また罰ですか? 今度は
どんなばかのことをしたんです?」
「馬のパンを食べただけよ」とソフィーは泣きながら答えました。「だって、ほしかったんだもの!
かごはいっぱいだったから、ママは気づかないと思ったの。私の夕食は、罰としてスープとパンだけ
ですって」とソフィーはさらに大きな声で泣きながら言いました。
ばあやは気の毒そうにソフィーを見て、ため息をつきました。ばあやはソフィーをとてもかわいが
っていたいたのです。ばあやには、ママはときどき厳しくしすぎる、と思えるのでした。それで、ソ
フィーをなぐさめ、罰がつらくなりすぎないようにするのでした。そういうわけで、召使いがソフィ
ーの夕食になるスープとパンと水が入ったコップを持ってきたとき、ばあやはそれを不機嫌そうに受
け取り、テーブルに置くと、戸棚のところに行って中を開け、そこから大きなチーズとジャムの瓶を
取り出して、ソフィーに言いました。
「さあ、まずチーズをパンといっしょに食べるのですよ、それからジャムを。」
そして、ソフィーがためらっているのを見て、こう付け加えました。
「おかあさまはパンだけしかもってこさせませんでしたが、わたしがそれに何かつけたすのもだめ
とはおっしゃいませんでした。」
ソフィー でも、もしも、パンといっしょに何かをもらいましたかってママに聞かれたら、ちゃんと
いわなくちゃいけないでしょう、だから……
ばあや だから、わたしにチーズとジャムをもらったって言えばいいのですよ。それを食べなさいっ
てわたしに言われたって。あとはわたしがお母様に説明しますからね。ソフィーお嬢さまがパンだけ
しか食べないのは良くありません、それではおなかにも悪いし、囚人だってパンのほかにも何か食べ
るものをもらいますからって。
ママが禁止したものをソフィーにこっそり食べるよう言ったりして、ばあやはとても悪いことをし
ていたのでした。でもソフィーはまだ子どもでしたし、大好きなチーズや、それよりもっと大好きな
ジャムが食べたかったので、よろこんでばあやの言うとおりにし、すばらしい夕食をとりました。ば
あやが水に少しワインを加え、またデザートの代わりに水と甘いワインを入れたコップをだしてくれ
たので、ソフィーはそれにパンの残りをひたして食べました。
「今度はどうすればいいか、わかりましたね。罰をうけたり、なにか食べたいと思ったときは、わ
たしに言うのですよ。なにかおいしいものを見つけてきてあげますからね。こんな馬や犬が食べるま
ずくて黒いパンよりももっといいものを。」
ソフィーはばあやに約束しました。なにかおいしいものが食べたくなったら、いつも忘れずにばあ
やの言うとおりにすると。