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第82回 Y社(退職金減額の有効 性)事件

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第82回 Y社(退職金減額の有効
性)事件
Y社(退職金減額の有効性)事件(東京地裁 平27.7.17判決)
Xの遅刻の期間・回数、上司に対する反抗的態度の内容、またはこれら
の言動が戒告処分や出勤停止処分によってもなお改まる兆候が見られな
かったこと等に照らせば、Xの勤務態度は、長年の勤労の功を抹消する
程度に背信的なものであったとされ、退職金支給額を3分の1に減額し
た決定は有効であり、未払退職金はないとされた事例
※本判決文を「労働法ナビ」でご覧いただけます ⇒こちらをクリック
掲載誌:労経速2253号18ページ
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
平成22年9月30日にY社(以下「Y」)から懲戒解雇(以下「本件懲戒
解雇」)された原告(以下「X」)が、退職金の支給額を本来の支給額の3
分の1とする退職金減額決定(以下「本件退職金減額決定」)の有効性を
争い、労働契約に基づき退職金の未払部分の支払いを求めた事案である。
なお、Xは、本件に先立ち、①Yによる本件懲戒解雇は権利の濫用に当たり
無効であるとして、Yにおける労働契約上の権利を有する地位の確認およ
び平成22年11月分から判決確定の日までの賃金等の支払いを求める訴
訟、ならびに②在籍中に、上司および同僚から継続的にいじめやハラスメ
ント等を受けたとして、債務不履行または不法行為に基づき、Yに対して
損害200万円等の支払いを求める訴訟も提起していたが、いずれもYが勝
訴している。
[1]本判決で認定された事実
Yの就業規則は始業時刻を午前8時50分、終業時刻を午後5時25分と定
めている(19条1項)ほか、懲戒処分の一つとして懲戒解雇を設け、「懲
戒解雇 解雇予告をしないで即時解雇する。この場合、所轄労働基準監督
署長の認定を受けたときは、解雇予告手当を支給しない。また、退職金は
原則として支給しない。ただし、情状により減額して支給することがあ
る」と規定している(41条オ)。また、Yの退職金規程13条は「社員が懲
戒解雇に処せられた場合は、原則として退職金は支払わない。ただし、情
状によって一部を減じて支払うことがある」と規定している。
本判決で認定されたXの遅刻の状況は以下のとおり(なお、Yにおいて、
公共交通機関発行の遅延証明書を伴う遅刻を有償遅刻と呼び、同証明書記
載の最大遅延時間に10分間を加算した限度では実質的には遅刻と扱わず、
不労回数に算入しないものとしていた)。
年月日
事 実
H20.12.11~
H21.2.10
有償遅刻24回、単純遅刻12回。
H21.2.11~11.10 有償遅刻114回、単純遅刻24回。
H21.11.11~
H22.3.10
H22.3.11~
有償遅刻26回、単純遅刻20回。
有償遅刻60回、単純遅刻30回。
H22.8.10
その他、認定された事実の概要は以下のとおり。
年月日
H1.7.21
事 実
X、Yとの間で労働契約を締結。
H21.12.21 Yは、異常な回数の無届遅刻を繰り返し、Yの就業規則に違反した
として、Xに対し、始末書をとって将来を戒める旨の戒告処分(以
下「本件戒告処分」)をした。
H21.12.22 Xは、以下の言動をした。
~
①直属の上司である総務人事部長付のAから、遅刻の理由を尋ねら
H22.4.26
れた際、謝罪せず無言でその場を立ち去ったり、携帯電話がないか
ら連絡できないとか、自宅の電話を止められているから連絡できな
いといった言い訳をしていた。
②Aから、Yの事務所の移転に伴う引っ越し作業を進めるよう指示
されると、弁護士と話してくれ、社長としか話さないなどと述べ
た。
③Aから朝の挨拶をされたのに対して「うるさい。」と述べた。業
務を指示された際、「Aさんが発注したのだからAさんがやれ
ば。」「私より給料の高い人が他にたくさんいるんだから、その人
たちに頼んでください。」などと言って指示を拒否したりするなど
した。
④Aから、セキュリティをかけるべき扉を椅子等を用いて開放状態
のままにしたことを注意された際、その注意が嫌がらせである旨な
どを述べた。
H22.4.27
Yは、①Xが、上長の指示に従わず反抗的な態度をとり、誹謗(ひ
ぼう)中傷を繰り返した、②Xが、本件戒告処分以後も、異常な回
数の遅刻を繰り返した旨を理由として、Xに対し、7労働日の出勤
停止とする懲戒処分(以下「本件出勤停止処分」)をした。
H22.4.28
Xは、以下の言動をした。
~
①Aから、遅刻の理由を尋ねられた際、無視したり、お金がないと
H22.9.29
か携帯電話を持っていないとの言い訳に終始したり、遅刻に関する
勤怠の起票をその都度するよう指示された際には、「会社が家宅捜
索を受けている。社長と話をするか(筆者注:ら)もういいで
す。」と言った。
②Aから、前日の郵便物が残っていることについて尋ねられると、
「誰かが、嫌がらせで、一度私が出したものを袋から出して棚に戻
したのです。」と言ったりした。
③Aに対し、本件出勤停止処分に伴う始末書について、「始末書は
出しません。」「これはいじめです。」と言ったり、「会社が家宅
捜索を受けている。」「社長と直接話をする。」などと一方的に話
したり、出勤停止期間中IDカードの一時返却を要求された際に、
「何に使われるか心配なので返しません。」と返事をするなど、本
件出勤停止処分を無視するかのような態度を示していた。
H22.9.30
Yは、Xに対し本件懲戒解雇の意思表示をした。この時点で、上記
退職金規程13条を考慮せずに自己都合退職の基準によって計算し
た場合のXの退職金の額は528万6160円であった。
H22.10.13 Yは、Xの退職金528万6160円を3分の1に減額して支払う旨決定
し、減額後の退職金176万2054円から源泉所得税を控除した額をX
の預金口座に振り込んだ。
[2]争点
本件の争点は、未払退職金の有無(本件退職金減額決定の有効性)であ
る。
2 判断
本判決は、以下の理由により、本件退職金減額決定は有効であり、未払
退職金はないと判断した。
[1]Yにおける退職金の性格について
Yの退職金規程が、4条以下で退職金の額を一義的に算定することができ
る計算方法を具体的に規定していることに照らせば、Yにおける退職金が
「賃金の後払いとしての性格を有するというべき」としつつも、同規程13
条が懲戒解雇の場合の退職金の不支給を定めていることに照らし、「功労
報償的性格をも有することは否定できない」と判示した。
その上で、原則として、Yは、本件退職金規程により算定される退職金
の支払義務を負うが、「懲戒解雇による退職の場合で、かつ、退職者にお
いて長年の勤労の功を減殺し、又は抹消する程度に背信的な事情がある場
合には、退職金を減額し、又はこれを支給しないことが許されるというべ
きである」という規範を立てた。
[2]背信的な事情の検討
認定事実記載の①遅刻の期間・回数、②上司に対する合理的な理由のな
い反抗的態度、乱暴な言葉遣いで誹謗中傷やおよそ趣旨の不明瞭な反論を
するなど、職場環境に悪影響を与えるような言動を繰り返しており、③こ
れらの言動が本件戒告処分および本件出勤停止処分によってもなお改まる
兆候が見られなかったことなどに照らせば、原告の勤務態度は、長年の勤
労の功を抹消する程度に背信的なものであったと評価するほかない旨判断
した。
また、Xは、Yによる転居を伴う転勤の内示やハラスメントにより能力発
揮の機会を奪われ、職場において孤立させられたという事実が最大限考慮
されるべきであると主張したが、Xによる遅刻や反抗的態度がこれらの処
遇によって正当化されるものではないとして、Xの主張を排斥した。
3 実務上のポイント
懲戒解雇の場合に、就業規則や退職金規程等の規定に基づきなされた退
職金減額・不支給処分が有効であるといえるためには、①退職金に功労報
償的性格があり、②懲戒解雇の原因となった行為が過去の会社に対する功
労を抹消する程の背信的なものであることを要するとする考えは裁判例・
通説として定着しており、全額不支給が許されるか、それとも減額にとど
まるかは、背信性の程度に応じて判断される傾向にある(小田急電鉄〔退
職金請求〕事件 東京高裁 平15.12.11判決 労判867号5ページ)。
本件も、従来の裁判例と同様の判断枠組みで、退職金を自己都合退職の
場合の支給額の3分の1に減額した本件退職金減額決定が有効とされてお
り、従来の裁判例に一例を付け加えるものである。
[1]退職金の性格について
退職金には、賃金の後払い的性格と功労報償的性格が混在しているとさ
れるが、裁判例を踏まえると、退職金に以下の要素が認められる場合に功
労報償的性格が認められる傾向にある(荒木尚志『労働法(第2版)』
[有斐閣]120ページ)。
① 勤続年数が増えるにつれて支給率が上昇すること
② 自己都合退職より会社都合退職のほうが支給率が高いこと
③ 懲戒解雇事由がある場合や競業避止義務違反の場合など使用者に不利
益を与え得る事由がある場合に減額・不支給が予定されていること
④ 勤務成績の勘案がなされていること
⑤ 算定基礎賃金が退職時の基本給であること
退職金が実質的には賃金に当たるとされた裁判例としては、中部ロワイ
ヤル事件(名古屋地裁 平6.6.3判決 労判680号92ページ)があるが、
この事案では、退職金が、パンの販売個数に応じて統一的かつ形式的に算
出される実績点数に対し、一定の金額を乗じて支払われることとされてお
り、労働の対償として労働基準法の賃金に当たると評価され、不支給を定
める条項は賃金全額払いの原則(労働基準法24条)に照らして無効と判断
されたものであって、やや特殊な事例であるといえよう。
本件では、上記③の要素のみに着目して、功労報償的性格をも有するこ
とは否定できないと評価されているが、Yの退職金規程の退職金ポイント
の内容として、資格の有無や成績が含まれていることも、功労報償的性格
を認める事情としてよかったように思われる。
[2]背信的な事情の検討について
刊行されている裁判例に多い懲戒解雇に伴う退職金の不支給・減額の懲
戒事由には、競業避止義務違反(イーライフ事件 東京地裁 平25.2.28
判決 労判1074号47ページ)、強制わいせつ・痴漢(前掲小田急電鉄事
件)、横領(千代田事件 東京地裁 平19.5.30判決 労判950号90ペー
ジ)、酒気帯び運転(三重県・県教委〔県立A高校職員・酒気帯び運転〕
事件 津地裁 平25.3.28判決 労判1074号5ページ、郵便事業社事件 東京高裁 平25.7.18判決 判時2196号129ページ)、一斉退職・職場放
棄(キャンシステム事件 東京地裁 平21.10.28判決 労判997号55ペ
ージ、日本高圧瓦斯工業事件 大阪高裁 昭59.11.29判決 労判453号
156ページ)、会社の重要なデータ等の漏えい・持ち去り(ヤチヨコアシ
ステム事件 大阪地裁 平16.8.6判決 労経速1888号3ページ)が多く、
本件のような継続的な勤務態度の不良を懲戒事由とする懲戒解雇に伴う退
職金減額の事案はあまり見受けられないため、同様の事例における退職金
の不支給・減額決定において、実務上参考になる。
また、裁判例によれば、背信的な事情を判断する際、①行為の性質・態
様(業務関連行為か私的行為か、事案の悪質性など)、②会社に与えた損
害の有無・程度(報道等により会社の社会的評価が毀損〔きそん〕した
か、被害弁償の有無など)、③労働者の過去の勤務態度・実績・功労(勤
務期間、業務に必要な資格の獲得、出勤状況、表彰の有無など)、④当該
会社における退職金(一部)不支給の他事案との比較などの考慮要素が検
討されている(前掲小田急電鉄事件等参照)。
本件ではXが、上記③や④の考慮要素に関する主張をしておらず、詳細
な検討がなされていないが、Yがそもそも退職金を全額不支給とするので
はなく3分の1に減額したのも、在籍期間の長さ(約22年間)を考慮した
可能性がある。
[3]その他判示事項について
本判決は、Yによる転居を伴う転勤の内示やハラスメントにより能力発
揮の機会を奪われ、職場において孤立させられたという事実が最大限考慮
されるべきであるとするXの主張につき、Xによる遅刻や反抗的態度が、Y
によるこれらの処遇によって正当化されるものではないとして、Xの主張
を排斥している。本件は、Xによる遅刻の期間・回数および反抗的態度の
内容が詳細かつ具体的に認定されているという特徴があり、Yが出退勤状
況や言動を正確に管理・把握しつつ、段階的な処分を行っていたことは、
実務上参考になるといえる。
【著者紹介】
坂本 萌 さかもと もえ 森・濱田松本法律事務所 弁護士
2011年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2013年慶應義塾大学法科
大学院修了、2014年弁護士登録。WEB労政時報において、「日本航
空等(親会社による子会社従業員所属組合への不当労働行為)事件」
(東京地裁 平26.9.22判決)、「コンチネンタル・オートモーティ
ブ(休職期間満了による退職の取り扱い)事件」(横浜地裁 平
27.1.14決定)を執筆。
◆森・濱田松本法律事務所 http://www.mhmjapan.com/
■裁判例と掲載誌
①本文中で引用した裁判例の表記方法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは支部名(3)判決・決定言渡日(4)判
決・決定の別(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)小倉電話局事件(1)最高裁(2)三小(3)昭43.3.12(4)判決(5)民集22
巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最高裁 → 最高裁判所(後ろに続く「一小」「二小」「三小」および
「大」とは、それぞれ第一・第二・第三の各小法廷、および大法廷に
おける言い渡しであることを示す)
高裁 → 高等裁判所
地裁 → 地方裁判所(支部については、「○○地裁△△支部」のよう
に続けて記載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五十音順)
刑集:『最高裁判所刑事判例集』(最高裁判所)
判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
民集:『最高裁判所民事判例集』(最高裁判所)
労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労民集:『労働関係民事裁判例集』(最高裁判所)
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