アジア・ゲートウエイ戦略会議が描く 留学生戦略と UMAP の役割

[特集:アジアにおける留学の新段階―アジア諸国の高等教育戦略と留学生政策]
アジア・ゲートウエイ戦略会議が描く
留学生戦略と UMAP の役割
「域内留学交流計画」の可能性を中心として
二宮 皓
はじめに
安倍晋三元内閣総理大臣(以下、総理と略)は、第 165 回国会(2006 年 9 月 26 日∼ 12 月 19 日)
での所信表明演説で大変興味深く重要な意味をもつ政策提言を行った。
「活力に満ちた
オープンな経済社会」を構築するために「日本がアジアと世界の架け橋となる『アジア・
ゲートウエイ構想』を推進」するという所信表明である。そうした総理の指示を受けて根
本匠経済財政担当総理補佐官がこのアジア・ゲートウエイ戦略構想の担当官として、構想
1)
を具体的な政策に結びつけるための「アジア・ゲートウエイ戦略会議」 を組織し、審議
を重ねた。そして 2007 年 5 月 16 日に答申『アジア・ゲートウエイ構想』(以下、『構想』と
いう)が公表されたのである(内閣府、2007b)
。これは後述するようにわが国の留学生政策
の機軸を変化させるほどの重要なものである。
本稿では、アジア・ゲートウエイ戦略会議の『構想』が描いた留学生政策・戦略のいく
つかの特色を浮き彫りにするとともに、その意味や意義を明確にしたい。次いで『構想』
がその後の福田康夫前総理のリーダーシップの下で急激に展開することになった国家の留
学生政策(国家戦略)にどのようなインパクトと論議の方向性を与えたかについて論じて
みたい。
加えて本稿では、アジア・ゲートウエイ戦略会議が描いた留学生戦略の特色のひとつが
短期交流型留学の強調にあることを論じる。短期交流型留学とは、学位取得を目指す長期
間の留学ではなく、1 年以内(1 学期でも可)の大学間協定に基づいて留学する相互交流型
留学をいう。望ましい交換留学は、学生が単位を取得し、その単位が帰国後大学で互換・
認証されるという単位互換スキームのある留学である。このことから、後述する福田前総
理の「アジア版エラスムス計画」発言から、EU において展開されてきたエラスムス計画
2)
(ERASMUS, European Action Scheme of the University Students Mobility) のような「域内短期交流型
留学」政策構想に対して、UMAP(ユーマップと発音。University Mobility in Asia and the Pacific、
3)
アジア・太平洋大学交流機構の略称) がどのように活用されうる可能性をもつのかを吟味し
たい。つまりアジアにおいても近代型留学(海外で学位を取得し、高度な人材として帰国し、
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母国の発展に貢献するための留学)から、異なる文化の中で学ぶことを目的のひとつとする
短期交流型留学、そして「域内短期交流型留学」(特定地域において共通のシステムとルール
に基づいて学生が自由に海外の大学に移動できる仕組みをいう)へと留学モデルが変化する可能
性について論議し、そのことの望ましさを提言してみたい。
Ⅰ 『構想』にみられる留学生政策・戦略の特色
1. 『構想』
『構想』が描いた留学生施策・戦略の特色と意義を明らかにしたい。これまでの留学生
政策を根本的に見直した、したたかな戦略が見て取れるが、その際の分析の焦点は、
「ア
ジアの中の日本」であると同時に「世界の中のアジアの日本」をどう描いているのか、ま
たそのイメージが「新たな留学生戦略策定」と意気込む『構想』のそれにどのように反映
されているかにある。
『構想』の狙いは、根本補佐官によれば、
「アジアなど海外の成長や活力を取り込むため、
人・モノ・資金・文化・情報の流れにおいて、日本がアジアと世界の架け橋となることを
目指す」ことにあると明確に説明されている。さらに根本は、
「世界の文化や情報が融合
した新たな価値を生み出す国。アジアの人々が世界に新しい情報を発信できる、世界の
人々がアジアの様々な情報を入手できる、知的な交流の場を提供する国。世界の人々が訪
れたい、学びたい、働きたい、住みたいと思う国。そうした国を目指して、スピーディか
つ実効性のある政策決定が行われるよう、全力で取り組んでいく決意です」と述べている
(首相官邸ホームページ「根本内閣総理大臣補佐官からのメッセージ」より。http://www.kantei.go.jp/
jp/singi/asia/message.html、2008 年 7 月 26 日最終アクセス)
。
「世界の人々が、……学びたい、働きたい」と思えるような国にするための政策に留学
生政策が組み込まれるのは理の当然であるといえる。そこでアジア・ゲートウエイ戦略会
議は、
「人流・物流」
「金融資本市場の機能強化」
「アジアの活力を取り込む地域戦略」
「日
本の魅力の向上」
「アジアの共通発展基盤整備」など重点 7 分野のひとつとして、
「国際人
材受入・育成戦略―日本をアジアの高度人材ネットワークのハブに」を定めている。そ
こでは、留学生政策を「国際貢献」だけでなく「国家戦略」として位置づけ」
、同時に「大
学間競争のフィールドを国内から世界へ」とその軸を移すべきであるとする「基本理念」
を提示し、
「国際化に遅れた日本の大学」を改革し、
「国際化を出島的に捉える閉鎖性」を
打破すべきであると提言している。
この重点 7 分野はアジア・ゲートウエイ会議構想として「特に推進すべき政策分野」で
あるとされたものであり、大学の国際化の一般化・日常化(出島的国際化の克服)と留学生
政策の戦略転換を強調するものである。つまりこれは留学生政策が長い間、ODA 的発想
で展開されてきたことから決別し、新たに「国家戦略」としての留学生政策へ転換すべき
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であるという画期的な提言である。
戦略会議はさらにそれぞれの分野の中から「特に重要なもの」として、航空政策、貿易
手続き改革、金融資本市場構築、農業改革、日本文化産業戦略、日本の魅力の海外発信、
アジア研究の中核機能の強化などの「最重要項目 10」をとりあげ、その戦略を提言してい
る。10 項目のリストの中で、留学生政策と大学の国際化が 3 番目と 4 番目に位置づけられ
ているということは、最重要課題の中でもさらに重視されるべきであることを暗示してい
るといえる。
「アジアの中の日本」という理念を具現するためにもまさに留学生政策や大
学の国際化の戦略性や方向性が重要であると位置づけられたことは評価しなくてはならな
い。
2. 『構想』にみられる留学生政策・戦略からみた特色
(1)国家戦略としての留学生政策
『構想』が描く留学生戦略の特色には従来の戦略と明らかに異なる顕著な特色がある。
まず第 1 の特色は、すでに言及したことでもあるが、留学交流を「国家戦略課題」として
位置付けたことにある。戦略会議は、
「留学生交流の拡大は、人材ネットワークの構築に
向けた将来への大いなる投資であり、産業界や地域社会を含め、外国人に魅力ある環境を
社会全体で創っていく上での試金石である」と述べ、さらに「将来の日本やアジアのイノ
ベーションの担い手、日本の魅力の理解者・発信者、日本のサポーターを育てるという意
義を踏まえ、国家戦略的課題として再認識すべきである」と指摘している。これまでの留
学生政策は、ODA 大綱のスキームの中で途上国支援という要素が非常に色濃くでていた。
国費留学生(政府の定義では文部科学省の「日本政府奨学金」受給留学生のみをいう)政策はま
さにそれを物語るものであった。誰しも国費留学生や各国政府派遣留学生(たとえばマレー
シア政府派遣留学生、インドネシア政府派遣留学生など)が ODA スキームの一環であることを
4)
疑わない 。大学の教授会の議論においてもかつて「国費留学生は将来国を背負って立つ
重要な役割が期待されるエリートであるので、是非とも親切に受け入れたい」
「国費留学
生であるので特別の配慮をいただきたい」あるいは「国費留学生を引き受けるよう頼まれ
たので」といった発言が後を絶たなかったし、誰しもそれを疑問に思う者はいなかった。
わが国の留学生政策と大学の受け止め方の特徴は、海外の政府や大学のそれと比較して
みるとその違いが浮き彫りになる。政府奨学金留学生(外国政府の奨学金受給留学生)とい
う意味では各国でもそれぞれそうした政府奨学金が用意されている。その意味でのわが国
の政府奨学金としての国費留学生も外交政策であり、安全保障政策であり、途上国支援政
策でもある。ところが、わが国ではそうした政府奨学金としての国費留学生のみならず、
「私費(自費)留学生」さえもが、ODA スキームの中で捉えられ、国の留学生支援策の重
要な対象となってきた。私費留学生に学習奨励費などが支給されるように、さまざまな支
援策が講じられている。こうした私費留学生を支援する政策も ODA による支援であると
解されてきたのである。この点はわが国の留学生政策の非常に大きな特徴であり、留学生
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政策や大学における留学生受入れ方針(授業料徴収・授業料免除などの問題)を難しくしてい
る理由でもある。つまり私費留学生はイギリスやオーストラリアでは、大学の収入源のひ
とつとして理解され、国内の学生より高い授業料を課すような戦略が駆使されるが、ODA
であれば途上国の私費留学生の授業料を免除したり、不徴収にしたりする援助として考え
なくてはならなくなる。誰がそのコストを負担するのかを考えると、大学での受入れが難
しくなる。
しかし政策的にはそのように理解され、取り扱われてきたとしても、大学の現場で国費
留学生は ODA スキームとして理解され、時には「特別の配慮」の対象として取り扱われ
てきたが、私費留学生に対しては政府と大学の理解の違いがあり、大学の現場では「特別
の配慮」の対象とは思われなかったともいえる。国費留学生と私費留学生の間にはその扱
いにおいて一線が画されていたといっても過言ではない。繰り返しになるがそれでも私費
留学生もわが国では ODA スキームの対象であり、途上国援助の施策であった。
こうした ODA 的留学生政策を転換し、わが国の大学の国際化を進め、競争力を高め、
アジアと世界の架け橋になるための留学生政策を「国家戦略」として理解するということ
は極めて画期的なことである。つまりすぐれた人材、イノベーションを担う人材、研究を
担う人材を、世界から、とりわけアジアから、わが国に惹きつけるという人材獲得競争の
グローバル化が進む中で、留学生政策は単に ODA 的高等教育政策ではなく、わが国の国
際競争力を高める国家戦略として見直すべきであるという重大な提言である。
(2)留学生受け入れ目標における「シェア」論の導入
第 2 の特色は、留学生受入れ政策において、
「シェア」論を初めて採用したことにある。
留学生 10 万人計画(1983 年中曽根康弘元総理の提唱。2003 年に目標を達成)に代表されるよう
に留学生政策における目標は人数を基礎とする数値目標であった。しかし『構想』では次
のような表現で、これまでなかった、まったく新しい留学生数に関する数値目標を提言し
ている。
「世界の留学生市場の急拡大(2015 年には 500 万人、2025 年には 700 万人規模との試算もあり)
を踏まえ、世界への知的貢献・影響力を維持するため、質の確保との両立を前提に、今
。
後とも、少なくとも現行の受入シェア(5% 程度)の確保を目指す」
留学生 10 万人計画がなぜ 10 万人かを問われて、その回答として当時のフランス並みあ
るいはドイツ並みという判断から 10 万人となったという説明(たとえば文部科学省の資料)
もあるが、その根拠は必ずしも明確であるわけではない。
アジア・ゲートウエイ戦略会議はもちろん実数でもって留学生受入目標を提示すること
もできたし、そうであっても誰も疑問に思うことはない。しかし実数というよりはむしろ
シェア(5%)論を展開したのである。このことはわが国の留学生政策において非常に重要
な意味を持っている。あたかも外国為替が固定相場制から変動相場制に変革されたことに
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5)
アナロジーを求めることができるほどに興味深いことであると言わなくてはならない 。
筆者は多くの留学生戦略について意見を述べながら「ポスト 10 万人計画の必要性」とそ
こに盛り込むべき内容として「留学生の国際市場の規模の拡大(200 万人から 500 万人へ)
に応じた日本のシェア」を「10% から 15% にまで高める必要性があること」を提言した。
これは非常に重要な提言である。筆者は従来の人数で目標を定める方式ではなく、為替の
変動相場と同様に、絶えず変動する「留学生の国際市場」の中で日本は絶えず一定の役割
と責任を果たすべきであるとして、世界の留学生市場におけるわが国の「留学生のシェア」
という考え方を導入すべきであると提案したのである。ODA は GDP の 1% とするという
責任の定め方にみられるように、他の分野では分担という意味でよくあることであるが、
留学生政策にそれを応用しようとしたのは初めてである。
こうしたシェアを分担率という視点から捉えることもさることながら、販売市場におけ
る「シェア」という考え方を導入する必要があると想定していた。留学生教育や留学生を
受け入れるということは、日本の高等教育を海外に輸出し、それによって収益・利益(留
学生が支払う授業料収入など)を得ると考える、後述するような意味での「高等教育サービ
ス貿易」であるという考え方を無視することができなくなったということを強調したかっ
たからである。
周知のとおり、留学生の場合は、WTO/GATS(General Agreement on the Trade in Service)の議
論の中で、高等教育もサービスであり、貿易可能(tradable)なサービスであり、自由化問
6)
題を避けて通れないという国際的議論がそれである 。つまり教育サービス貿易(利益を得
ることのできる教育サービス貿易であり、輸出入という貿易の概念で留学生の受入・派遣を捉える
という意味)の自由化の観点から、わが国が留学生市場において高等教育サービスを輸出
し、一定の「シェア」を確保することでもって、相当の利益を得ることができるという意
味でも、
「シェア」という考え方が提案されているといえる。
アジア・ゲートウエイ戦略会議はそこで、初めてそうしたシェアという方程式を取り入
れ、わが国の留学生政策の数値目標に新しい変動性の高い「シェア」(5% 程度)論を提示
したのである。留学生の国際市場が拡大すればそれに応じてわが国の留学生受入も当然に
拡大路線に転じるが、市場が縮小すれば逆にわが国も受入数を縮減することとなる。
もちろんこのような考え方には大きな問題が残る。つまり「シェア」を拡大する、高め
るという視点が欠落することになるからである。わが国が果たすべき知的国際貢献として
の留学生政策(文部科学省、1999)という視点からは「シェア」論は一定の貢献をするとい
う意味でそれほど問題もなく、受け入れられるが、高等教育サービス貿易という視点から、
可能な限り「シェア」を高め、わが国の大学が一定の収益を獲得するという点では、5%
程度に固定するシェア論には検討すべき課題が残ることになる。大学が留学生の授業料収
入を別収入として(国立大学でも日本人学生による授業料収入は入学定員・収容人員の範囲内で一
定額を確保しながら、留学生の授業料はそれに上乗せする収入とみなす)大学の経営を安定化さ
せ、新たな投資を可能とする財源となる。その意味で留学生を多数獲得することは大学の
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財政にとっても重要なファクターとなる。日本の大学も留学生「シェア」を高めることで
どのように収入を増やし、その収入をどのように活用するかを戦略的に考えることが重要
となる。
さらに問題を複雑にするのは、大学の収容定員という考え方である。収容定員をある一
定割合超過すると、認証評価でも問題であると指摘されるし、国の補助金が減額される。
国立大学にあっても、未充足も問題であるが、10% を超える収容定員超過は授業料収入相
当分の運営費交付金を返納・減額させられることになる。留学生は収容定員の外数なの
か、内数なのか。内外人を問わず、収容定員の一定の範囲内で学生を教育することが教育
の質保証という点で重要であるとすれば、日本人であれ、留学生であれ、定員を超えるこ
とは許されない。大学は利益を得る組織ではないので当然かもしれないが、他方で留学生
の授業料収入でもって大学の国際化を促進するという大学経営や大学政策もあるのではな
いか。変動制の留学生受入れ「シェア」論は、これからの留学生政策において多面的に議
論されなくてはならない。
(3)
「短期交流型留学」を機軸とする留学生政策・戦略の提言
第 3 の特色は、短期留学生受入れをあらためて重要視した点にある。欧米諸国では短期
留学交流プログラムが留学政策の中核を占めるようになってきている。EU のエラスムス
計画がその最も代表的な政策であるが、アメリカでも、IIE(Institute of International Education)
が “Short-term Study-Abroad” という報告書を出すようになるなど、短期留学(海外学習)プ
7)
ログラムが拡大している 。海外の大学で学位を取得するための長期留学に加えて、国際
化する社会における新たな人材育成や高等教育のプログラムとして重要視されている。
アジア・太平洋地域においてもこうしたグローバル化する地域ニーズに応えるべく短期
留学への関心が高まりつつあるといえる。UMAP の UCTS(UMAP Credit Transfer Scheme)と
8)
いう UMAP 単位互換方式の開発と普及活動などはその典型的な現れである 。UCTS は、
卒業や修了に必要な総単位数を 1 年間の必要な単位数に分割し、1 年で取得する単位数を
60 単位ポイントとして換算することで、それぞれの 1 単位の重さ(学習量)を UCTS ポイ
ントに変換することで、各国の制度間の単位互換を可能とする仕組みである。また上述の
福田前総理のアジア版エラスムス計画の提唱もそうした動向の反映であるといえる。
アジア・太平洋地域におけるそれぞれの国の高等教育の量的拡充も進み、大学等へのア
クセスビリティの大幅な改善が続いている。高等教育への進学の機会が制限されていた時
代には、高等教育進学熱は海外の大学への留学によって冷ます以外に方法はなかった。こ
れからのアジアの高等教育は教育の質を高め、より時代の進展にあった教育サービスを提
供するというニーズに応えるべく、短期型留学プログラムへの投資を増やすことになるだ
ろう。そうなるとアジアの国々の大学等における交換留学に関する大学間協定の締結、英
語によるコース、単位互換スキームの活用、あるいは留学生の受入れ態勢の整備など、新
たな留学生政策が求められるようになる。
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(4)その他の特色
①現代日本文化を機軸とする日本留学の魅力論の展開
その他上記のような画期的で顕著な特色とはいかないが、それでもこの『構想』にみら
れるいくつかの特色を列挙することができる。たとえば現代日本文化を機軸とする日本留
学の魅力論を展開している点も特色としてあげることができる。つまり日本文化の魅力を
活かして留学生を獲得するという戦略に特色がある。高等教育サービス貿易という観点か
らみると、大学等における「ポップカルチャーをはじめとする日本文化」に対する学習
ニーズに応える留学交流プログラムを開発・促進するという新たな施策の提案となってい
る。文化産業戦略と結びつく留学生戦略という考え方が、今後の留学生政策に大きな影響
を及ぼすものと考えられる。とりわけ留学交流においてアニメなどの日本の専門学校の果
たす役割を高く評価しているようである。
②競争的資金の戦略的活用の提言
また大学教育の国際化プログラムを加速するような留学生・高等教育政策を促進するよ
う提言している点も特色としてあげることができよう。とりわけ競争的資金の戦略的活用
を行うことでもって大学の国際化を加速することを述べている点は、その後の文部科学省
の高等教育国際化支援策(GP 型の競争的資金。GP とは Good Practice の略。たとえば多様な学生
ニーズに対応した高等教育 GP や大学院 GP など)の変化を促すなど大変重要な提言であったと
もいえる。
③海外拠点の積極的設置の提言
あるいは留学生獲得を目的とする海外拠点を設置・拡充し、国家戦略的に取り組むべき
であると提言している点も特色としてあげてみたい。イギリスやドイツの事例から海外に
日本へのゲートウエイとなる拠点を整備し、組織的に展開すべきであるとしている。
Ⅱ 政府の重要な会議(閣議決定等)における
留学生政策提言等に対する影響
1. 「留学生 30 万人計画」への影響―国家戦略としての留学生政策
(1)
『長期戦略指針「イノベーション 25」
』
2007 年 5 月 16 日に決定されたアジア・ゲートウエイ戦略構想に続いて、6 月にはイノ
9)
ベーション 25 戦略会議の『長期戦略指針「イノベーション 25」
』が閣議決定され 、また
同月、教育再生会議の第 2 次報告が提出され(内閣府、2007c)、経済財政諮問会議の『基本
方針 2007』が確定した。さらに 2007 年 11 月には総合科学技術会議から「大学・大学院の
研究システム改革」が出されるなど、留学生政策に対して重大な影響を与える決定が行わ
れた。留学生政策に関する国家の政策で最近年のものといえば、2003 年の中央教育審議会
の答申であったことを考えれば、2007 年は留学生政策の再活性化の年でもあるといえよう。
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「イノベーション 25」の留学生戦略提言は、海外の大学等との単位互換の促進、複数学
位の拡大等による国際的な大学間コンソーシアムの形成の促進、海外からの優秀な人材を
受入れるための支援、より多くの日本人学生が海外の大学で学び、苦心なく「異」と触れ
あう機会を得ることで、広い視野や知識を身につけ、国際的な人的ネットワークを構築す
る機会を提供するなどを提言している(内閣府、2007a)。
『骨太方針 2007』(2007 年 6 月閣議決定)は「国家戦略としての留学生政策を平成 20 年度
より推進」すること、
「各大学による国際化に関する評価の充実を平成 20 年度に図る」こ
と、
「平成 20 年度から、……日本人学生の短期留学生の機会を拡充」すること、さらに「海
外の有力大学等との連携強化、留学生・教育交流の充実」を図ることを定めた。
(2)福田前総理の施政方針演説―留学生 30 万人計画
2008 年 1 月 18 日、第 169 回国会(2008 年 1 月 18 日∼ 6 月 21 日)における福田前総理の「施
政方針演説」で「新たに日本への『留学生 30 万人計画』を策定し、実施に移すとともに、
産学官連携による会議や優秀な人材の大学院・企業への受入れの拡大を進めます」という
10)
「日本を世
発言は、関係者に大きな驚きと期待をもって受け止められた 。その主旨は、
界により開かれた国として、アジア、世界との間のヒト・モノ・カネ・情報の流れを拡大
する『グローバル戦略』の展開」にある。それを機に留学生政策のあり方論議が本格化し、
文部科学省の高等教育政策の重要な一部を占めるようになる。
(3)教育再生会議
教育再生会議は、2008 年 1 月に『社会総がかりで教育再生を(最終報告) ∼教育再生の
実効性の担保のために∼』をとりまとめたが、留学生戦略を「教育改革のみならず、産業
政策、外交政策を含めた国家戦略として再構築し、積極的に展開」すべきであること、
「国
は、戦略的・機動的な留学生政策のため有効活用する観点から国費留学生制度の改善を図
るとともに、ODA 予算の活用などにより、アジア諸国等からの優秀な留学生の受入れを
促進」することを提言している。
(4)中教審及び教育振興基本計画と留学生政策
2007 年 12 月には中央教育審議会(中教審と略)大学分科会に留学生ワーキング・グルー
プ(後に留学生特別委員会に改組)が設置され、急遽留学生政策の見直しがスタートしてい
る(文部科学省、2008b)。福田前総理の留学生 30 万人計画方針が公表されてからの中教審
の審議は、2020 年までに留学生 30 万人を実現するための施策を検討している。
そして 2008 年 6 月の『骨太方針 2008』(閣議決定)はさらに留学生政策を加速するため、
「留学生 30
「平成 20 年度中に、グローバル 30(国際化拠点大学 30)(仮称)」を始めとする、
万人計画」を策定し、具体化を進めることを決定している。また中教審特別委員会の論議
を経て「2020 年を目途に留学生数を 30 万人とすることを目指す」と決定した(内閣府、
2008)
。
そこで文部科学省は 2008 年 6 月に『教育振興基本計画』を策定し、その中に「留学生
30 万人計画」を重要施策として位置づけることとなった(文部科学省、2008a)。これにより
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国家戦略としての「留学生政策」が展開されることが約束されたのである。
2. アジア版エラスムス計画(福田前総理の講演)への影響―短期留学交流戦略
を機軸化
加えて 2008 年 5 月 22 日、福田前総理は国際交流会議「アジアの未来」2008 でのスピー
チ「太平洋が『内海』となる日へ―『共に歩む』未来のアジアに 5 つの約束―」にお
いて、アジア版エラスムス計画の実現を目指すという約束を行った。
「第四(約束)は、若者の交流に力を入れていくということです。あらゆる協力に必要な
前提として、アジア・太平洋の知的・世代的交流のインフラを育成し、強くしていくと
いうことであります。日本は留学生 30 万人計画に着手しました。……
わたくしは、アジア・太平洋域内の大学間交流を飛躍的に拡大していきたいとも考え
ておりまして、年来の東アジア首脳会議までに結論が得られるように、内外の方々と知
恵を絞っていきたいと思っております。ここでは 1980 年代以来欧州で続いてきた『エ
ラスムス計画』というものがありますけども、そのアジア版とでも呼ぶべきものを目指
しております。
」
アジア版エラスムス計画の実現とはまさに、アジア・太平洋地域をひとつの「内海」と
考え、そのネットワークを構築するための具体的な方策のひとつ(5 つの約束のひとつ)と
して「域内留学交流」スキームを約束したことになる。これは大変なことで、アジア・太
平洋諸国が「域内留学交流」計画という大学交流スキームの構築に協働し、域内高等教育
システムを調整しながら、学生のモビリティを高めるという約束である。わが国単独でで
きるものではなく、多くの国の賛同と協力を得て初めて実現に近づくものであるといえ
る。
他方で留学生政策を国家戦略として捉え、日本の国際競争力の強化のために優れた留学
生を多数わが国に招聘できるような留学生戦略が必要であるという意見や答申も少なくな
い。イノベーションを担うような優れた留学生をどうすれば日本に招聘できるのか。留学
生を増やすにはどのような施策を展開すればいいのか。この数年は留学生が国家政策の主
要な関心事のひとつとなったという意味で、かつての留学生 10 万人計画以来、久方ぶり
に「留学生政策」に期待が寄せられ、その施策のあり方が問われるようになった。
以上のように詳細に分析してみると、こうした政府の一連の政策決定の背後にあって、
アジア・ゲートウエイ戦略会議の『構想』で描かれた国家戦略としての留学生政策構想(特
色)が大きなインパクトを与えてきたことがよく理解される。その意味で、アジア・ゲー
トウエイ戦略会議で展開された留学生政策・戦略がいかに画期的であり、これからの留学
生政策の基調を定めたともいえる。もちろん以降の留学生政策はさらに具体的な施策を提
言したり、新たな戦略を考案したりしていることも間違いない。その点で何もアジア・
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アジア研究 Vol. 54, No. 4, October 2008
ゲートウエイ戦略会議がすべてを規定したというつもりはない。
Ⅲ 期待される UMAP の役割と域内留学交流スキーム
―
「アジア版エラスムス計画」の可能性
1. UMAP
エラスムス計画が EU 政府主導で展開され、予算的裏付けをもって政策的に実施されて
きたことに比べれば、UMAP は政府間協議というよりはむしろ、大学の自主的な団体であ
り、それを政府が支援するという形で運営されてきたこともあり、EU のように各国加盟
政府の政策に直接的に影響を及ぼす力はない。しかし大学関係者が政府の関係者とも同じ
席で大学間交流を論議し、大学が主体的に取り組むのを政府が支援するという協働関係の
中で UMAP の留学生施策や方針は実施・展開されてきたといえる。
UMAP が最も力を入れて取り組んだことは、域内における 1 学年未満の短期型留学交流
の促進であり、エラスムス計画において開発された ECTS(European Credit Transfer System、
ヨーロッパ単位互換システム)をモデルとして、アジア・太平洋地域の高等教育の多様性を
考慮した UCTS(UMAP 単位互換スキーム)を開発し、試行を繰り返してきた。わが国も政
府の支援と UMAP 日本国内委員会の先導の下に UCTS の試行に積極的に取り組んできた。
また学生が海外の協定大学に短期留学するにあたり、大学が責任をもって当該学生の
「学修計画」を留学先大学と協議し、帰国後の単位互換についての計画も整備し、透明性
の高い交換留学プロセスを確保することで、責任ある交換留学を行うことが UMAP によ
る留学スキームの根幹となっている。
繰り返しになるが、UMAP は政府間合意に基づく機構ではないため、大学の自主的・主
体的な取組に依存したものである。もちろん政府は留学生奨学金政策の中に UMAP 型短
期留学交流を積極的に活用し、単位互換を前提とする派遣や受入れ政策を実施してきてい
る(オーストラリア、日本、タイ、台湾、メキシコでは UMAP 優先型奨学金プログラムが開発・実
施されている)
。
アジア・太平洋地域の域内すべての国・地域のすべての大学が参加する域内留学交流の
仕組みを構築することはほとんど不可能に近い。アジア・太平洋地域の場合、ヨーロッパ
に比してその多様性が大きすぎ、歴史的過去を克服するにはさらなる時間が必要であろう
し、政治的合意を形成するにはあまりにも利害が対立するような地政学的状況にある。
しかし UMAP 参加国・地域のすべての大学という前提を取り除き、参加する国・地域
の、限定された参加する大学における「アジア版エラスムス計画」を開発・実施すること
はできるだろう。周知のとおり EU では、エラスムス計画やジョイント・プログラム(Joint
Programs)を開発し、EU 域内は当然のこと、EU 域外の国(たとえばアメリカ、オーストラリア、
インド、中国、日本など)の大学との間でもそうした留学生交流を推進するエラスムス・ム
アジア・ゲートウエイ戦略会議が描く留学生戦略と UMAP の役割
65
11)
ンドス計画(ERSMUS-MUNDOS)がある 。UMAP でも EU で展開されているような英語に
よる共同カリキュラム開発を基盤とするジョイント・プログラムやジョイント学位(Joint
Degree)を目指す取組が開発されようとしている。アジア・太平洋地域でもすでにいくつ
かの国の大学で短期型留学交流プログラムの一環として「英語による特別プログラム」を
実施している。こうした実績を基礎に、修士プログラムを中核とするジョイント・プログ
ラム開発に UMAP 参加大学が共同で取り組めるようになれば、
「アジア版エラスムス計画」
も夢物語ではない。UMAP にはそれだけの経験の蓄積と実績がある。たとえばすでにメキ
シコ、タイ、マレーシア、日本などの大学間でジョイント・プログラムの開発について協
議が進もうとしている。すでにタイ(たとえばマヒドン大学など)とアメリカやオーストラ
リアなどの間にはジョイント・プログラムを開発し、ダブル・ディグリーを授与するとい
う新たなプログラムが進んでいることは注目に値する。
2. 域内留学交流構想と UMAP
「アジア版エラスムス計画」が教育の質を保証し、学修成果が正当に評価される仕組み
のある本当に学生のための計画になるよう構想されるのであれば、UMAP こそがその機能
や役割を引き受けることのできる母体であると思われる。その理由は UMAP こそが単位
互換スキームを開発してきていること、域内での短期留学交流のスキームを開発してきた
こと、オーストラリア、日本、タイ、メキシコ、台湾など各国・地域が短期留学の奨学金
プログラムを推進してきたことなどの実績を有する唯一の機構であり、団体であることに
ある。
しかしその意図が政治的に別のところにあるのであれば、単位互換のスキームも機能し
なくなり、形式のみが先行する質の低い留学交流となってしまう。あるいは UMAP の対
象国・地域があまりにも多く、多様でありすぎることから、域内留学交流の計画と実施が
非常に難しいという意見もあろう。その場合、わが国はどの国との間で「域内」留学交流
スキームを開発することになるのか。ASEAN と日本なのか。ASEAN プラス 3 間であろう
か。あるいは日本と中国と韓国といった限られた国での「域内」留学交流スキームになる
のか。今のところ誰にもわからない。
結び
以上、本稿はアジア・ゲートウエイ戦略会議の『構想』が描いた留学生戦略の特色を分
析し、それがいかに画期的で重大な留学生政策の転換を主張するものであったかを指摘
し、その後のわが国の政策に多大なインパクトを与え、その論議の基調を形成したもので
あるかを示した。本稿はまた短期留学交流を中核とする「アジア版エラスムス計画」が福
田前総理によって主唱されたのを受けて、UMAP がどこまでその構想を引き受けることが
66
アジア研究 Vol. 54, No. 4, October 2008
できるか、その可能性をみてきた。
留学の目的は、これまでと同様に海外で学位を取得することにあるが、それ以上にこれ
からは、学生の異文化理解を高め、国際化する時代にふさわしい人材養成の観点から、短
期留学交流型、異文化体験型、異文化交流型、異人間交流型などの体験の機会を提供する
という点にある。アジア地域における留学交流も新時代を迎えつつある。多くのアジアの
人々はこれまで日本の大学で学び、学位を取得し、高度人材として帰国し、母国の発展に
貢献してきた(近代型留学)。しかしこれからは、相互理解の増進を掲げ、共生を望み、グ
ローバル化するアジアの明日を担う人材を育成するために、アジア諸国が相互に学生を派
遣する「域内短期交流型留学計画」にその軸足を移すことが求められている。
留学生 30 万人計画の達成年の 2020 年頃になると、各国の高等教育機関の拡充も進み、
大学院も整備されつつあることに鑑みると、伝統的な学位取得を目的とする長期留学より
は短期留学へのニーズが高まる。そのように考えると留学生 30 万人の 3 分の 1 は、短期交
換留学生によって占められるようになるに違いない。アジアでも Study Abroad 型プログラ
ムが積極的に開発されるだろう。他方、日本の学生も英語によるコースが整備されたり、
海外研修型プログラムの開発が進んだりと、アジアで学ぶ環境も整備され、アジアで学ぶ
学生が増えるだろう。そうなってはじめて、アジアを世界に発信できるグローバル時代に
活躍する日本人を増やすことができる。
(注)
1) アジア・ゲートウエイ戦略会議は、2006 年 10 月 27 日内閣総理大臣決済によって設置された。目的は
総理の「アジア・ゲートウエイ構想を取りまとめる」ことで、構成メンバーは、内閣総理大臣、内閣官
房長官及び内閣総理大臣補佐官(経済財政担当)並びに有識者である。有識者委員は伊藤元重(東京大
学教授)
、氏家純一(野村ホールディングス会長)
、白石隆(政策研究大学院大学副学長)
、中北徹(東洋
大学教授)
、中村邦夫(松下電器会長)
、深川由紀子(早稲田大学教授)
、宮田亮平(東京芸術大学長)で
ある。根本は議長代理として取りまとめの責任者となる。
2) エラスムス計画とは、EU の高等教育協力と交流政策の計画(プログラム)であり、1987 年に策定され
た。計画の名称はロッテルダムのヒューマニストで宗教者であった D. エラスムスにちなんで名付けられ
たもので、域内の学生の交流・モビリティを高めることを意図したものである。毎年およそ 10 万人の学
生が移動しているが、2012 年までに域内の留学交流を 300 万人まで増やすという数値目標を掲げている。
エラスムス計画は、学生は他の国の大学に 3 カ月から 12 カ月の範囲内で留学し、異文化を理解すること
を意図して、学生に奨学金を支給する、EU 政府による短期留学交流プログラムである。学生の国際移動
を保障するために ECTS(ヨーロッパ単位互換計画)が開発され、実施されている。アジア版エラスムス
とはまさにこうした域内の学生の短期留学を促進する仕組みを指すことになる。
(http://ec.europa.eu/
education/lifelong-learning-programme/doc80.en.htm)(http://ec.europa.eu/education/external-relationsprogrammes/doc72.en.htm)
3) UMAP はアジア・太平洋地域の 34 の国・地域・特別行政区の政府、大学協会・団体あるいは大学が組
織する学生や教員の交流を促進することで地域における国際理解を増進する目的で組織された任意の機
構である。1991 年に発足した。地域内のすべての国・地域が加盟対象であるが、実際には分担金を拠出
している国・地域が UMAP 国際理事会を構成し、UMAP 議長国(大学)が 2 年の任期で理事会の議長を
務める。事務局機能として、国際事務局が設置(5 年間)される。最初は日本に設置されたが、現在はタ
イに設置されている。各国・地域には、UMAP 国内委員会が設置され、運営されている。
わが国でも日本 UMAP 国内委員会が、国立大学協会、公立大学協会、私立大学団体連合会(私立大学
連盟、私立大学協会)
、日本政府(文部科学省)
、日本学生支援機構で構成されている。委員長は国立大
学協会の国際交流委員会委員長(大学の学長)が務める。予算は各団体の拠出金からなっている。した
がって日本ではすべての大学団体加盟大学が UMAP に参加する大学であるが、その中から UMAP の単位
アジア・ゲートウエイ戦略会議が描く留学生戦略と UMAP の役割
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互換方式などを活用するなど積極的に参画する大学でもって「UMAP 参加大学」
(約 90 大学)に登録し、
公開している。
4) 文部科学省の留学生の分類は少し日常生活における理解の仕方と異なる。
「国費留学生」とは、日本政
府(文部科学省)の奨学金をもらって日本の大学等に留学する外国人留学生のことを指すのであり、そ
れ以外の留学生はすべて「私費留学生」として扱われている(統計上もそのような扱いである)
。したがっ
て、各国政府の奨学金をもらって日本に留学する学生(
「政府派遣留学生」という呼称もある)も、都道
府県から奨学金を受けて留学している学生も、日本の財団等から奨学金をもらっている留学生もすべて
「私費留学生」であり、日本学生支援機構の学習奨励費を受けている留学生や短期留学奨学金を受けてい
る留学生も、あるいは国際協力機構(JICA)の長期研修留学生もすべて「私費留学生」である(たとえ
その原資が国の税金であっても)
。完全に自分のお金で留学している学生を「自費留学生」と呼ぶことも
あるが、それは一般的カテゴリーとしてはあまり使用されていない。
国費留学生には、研究留学生(大使館推薦と大学推薦がある)
、学部留学生、日本語・日本文化研修留
学生、教員研修留学生、高等専門学校留学生、専修学校留学生がある。文部科学省の留学生関係予算は
ODA 枠の中で扱われているので、国費留学生のみならず、私費留学生に支給される学習奨励費予算など
もこの枠の中にあり、私費留学生支援策も含めて国の留学生政策は総体として ODA 関係予算による政策
となる。つまり留学生政策は ODA 政策の一部であると位置づけられている。
またマレーシア、インドネシアなど各国政府奨学金留学生(外国政府の奨学金受給留学生)は、区分
上は私費留学生の扱いとなるが、派遣する費用の多くは国際協力銀行の円借款や世界銀行からのローン
によっている。その意味でも ODA スキームであり、開発援助スキームであるという扱いになる。
自費による私費留学生は、学生が自らの意思で自己の将来への投資として留学しているといえるが、
日本政府の私費留学生の援助(学習奨励費、宿舎補助、保険補助などの制度)の予算はこれまた留学生
関係経費であり、ODA スキームの中で獲得される予算であることから、私費留学生支援政策も ODA と
して位置づけられる。
5)「アジア・ゲートウエイ構想について―留学生問題を中心として」というタイトルで、私見を述べ
たもの(www.kantei.go.jp/jp/singi/asia/kondaikai/daigaku/Ninomiya_1.pdf、及び www.kantei.go.jp/jp/singi/asia/
kondaikai/daigaku/Ninomiya_2.pdf、2008 年 7 月 26 日最終アクセス)を参照。
6) GATS によると「教育サービスについての貿易モード」は 4 モードに大別されている。第 1 モードが「国
境を越える取引」
(遠隔教育、ヴァーチャル教育など)
、第 2 モードが「海外における消費」
(留学生など
他の国のサービスを受ける)
、第 3 のモードが「業務上の拠点を通じてのサービスの提供」
(現地校、オ
フショアープログラムのように海外に拠点を設けてサービスを提供する)
、及び第 4 の「自然人の移動に
よるサービスの提供」
(客員教授など教員などが海外に行ってサービスを提供する)となっている。留学
生はまさに第 2 モードの典型であり、教育サービスを消費・購入するために留学することになる。留学
生を受け入れる国は、当該留学生の国に高等教育サービスを輸出していることになり、海外に留学生を
派遣する場合は留学先の国から高等教育サービスを輸入していることになる。これが高等教育サービス
のひとつの貿易である。オーストラリアにおける留学生の受入れによる輸出は、羊のお肉の輸出額より
大きいという(二宮、2003; 2006)
。
7) アメリカの IIE は、フルブライト計画などアメリカの連邦政府の留学生や研究者交流を実施する機関で
あり、留学生統計も公表しているニューヨークに本部をおく重要な団体である。短期留学については、
th
th
たとえば Short-Term Study Abroad 2008 (58 Edition), Academic Year Abroad 2008 (37 Edition), Study Abroad
funding: A Guide for U.S. Students and Foreign Students といった短期留学に関する調査結果や短期留学の機
会に関する情報を提供している(www.iie.org 参照)
。
8) UMAP が開発した単位互換スキームである UCTS の利用状況については、堀田泰司氏の調査(堀田、
2008)がある。それによるとわが国の 171 大学の 2005 年度のデータでは、UCTS を利用する大学は 19 大
学のみであり、利用度は低い。利用されない理由としては、既存の互換方式で十分に対応できる、やり
方がわからない、といったことにある(それぞれ 62 大学、47 大学が回答)
。
9)「イノベーション 25」とは、安倍元総理の政策で、2025 年までの「成長に貢献するイノベーションの
創造」のための長期的戦略の指針を示したもの。イノベーション担当大臣として高市早苗内閣府特命担
当大臣が任命され、内閣府に「イノベーション 25 特命室」が設置された。2007 年 5 月に公表された『長
期戦略指針』では「イノベーション立国に向けた政策ロードマップとして、①社会システムの改革戦略、
②技術革新戦略ロードマップが示されている。
10) 福田前総理は、
「第二は、日本を世界により開かれた国とし、アジア、世界との間のヒト・モノ・カネ・
情報の流れを拡大するグローバル戦略の展開であります」として、そのために経済、投資、空の自由化、
金融などの国際競争力強化などに加えて、
「新たに日本への留学生 30 万人計画を策定し、実施に移すと
ともに、産学官連携による海外の優秀な人材の大学院・企業への受入れの拡大を進めます」と述べた。
11) EU 域内留学交流に加えて、学生が域外の大学等との留学交流を支援するために、2001 年 7 月に
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アジア研究 Vol. 54, No. 4, October 2008
ERASMUS-MUNDUS 計画(
「エラスムス - 世界」計画)が新しく開発され、2004 年から施行されている。
第 1 期計画は 2008 年までの 5 年間計画である。計画では EU の複数大学が域外の(アメリカ、オースト
ラリア、南アフリカ、ブラジル、中国など)大学と修士プログラムを共同で開発し、学生の移動を活性
化するというもので、105 のマスタープログラムが開発されることになっている。
(参考文献)
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(平
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成
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(2)
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文部科学省(2008b)
、
『
「
〈留学生 30 万人計画〉の骨子」取りまとめの考え方に基づく具体的方策の検
討(とりまとめ)
』
(中央教育審議会大学分科会留学生特別委員会、平成 20 年 7 月 8 日)
。
(にのみや・あきら 広島大学 E-mail: [email protected])
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