全文(6.8MB) - 産学官の道しるべ

2015
1
Journal of Industry-Academia-Government Collaboration
Vol.11 No.1 2015
http://sangakukan.jp/journal/
結城 章夫 山形大学 前学長/独立行政法人科学技術振興機構 上席フェロー
山形大学の有機エレクトロニクス研究 伝統の強み生かし
世界と戦う拠点整備
特集1
大学特許を強くする
■
歯科用 CT 装置 最強特許群の秘密 研究者・大学・企業で“特許のはしご ”登る
■「マグマ特許」核に広い分野で知財形成
特集 2
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地方産業創生 連携の力
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巻 頭 言
高度人材循環の環境整備を
松本洋一郎… ……… 3
山形大学の有機エレクトロニクス研究 伝統の強み生かし世界と戦う拠点整備
結城章夫… ……… 4
特 集 1
大学特許を強くする
歯科用 CT 装置 最強特許群の秘密
研究者・大学・企業で“特許のはしご”登る
「マグマ特許」核に広い分野で知財形成
金澤良弘… …… 11
渡邊 裕… …… 14
特 集 2
地方産業創生 連携の力
CONTENTS
朝日ラバー
東北電子産業
栃木県・鹿沼ものづくり技術研究会
産学連携は人で決まる
産学連携でニーズにマッチした技術開発
計測・分析機器のニッチな市場を攻略
松村 隆… …… 26
倉敷市・ふなおワイナリー
産学官金で金時にんじんスムージー開発
狩山恭三… …… 28
体験的「博士」のキャリアパス考
片桐大輔… …… 29
文理融合の万引対策研究の大きな成果
永冨太一… …… 32
連載
松本隆史/深見克哉/三島美佐子… …… 34
各国の研究開発戦略
第 6 回 英国(後編)
高価値製造業へ研究開発推進
視点 / 編集後記
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… …… 24
―コンソーシアムは組織と役割を明確に―
博物館標本 3D データの
MTA(有体物移転契約)による提供
2
山田理恵… …… 21
研究者と二人三脚で技術力磨く
髙木和久… …… 18
津田憂子… …… 36
… …… 39
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巻
頭
言
■高度人材循環の環境整備を
松本 洋一郎
まつもと よういちろう
東京大学 理事・副学長
日本は世界との競争にどう勝っていくのか――。わが国の主要産業の国際競争力が低下してい
る中で、大学の力が問われている。世界が知識集約社会に入り、博士を中心とした高度人材の役
割が大きくなっているからである。世界トップクラスの大学群にもっと多くの日本の大学が入っ
ていくには、やはり「研究」で勝たないといけない。世界の研究コミュニティーの中で日本の研
究者が主要な地位を占めることが大事なのである。
課題は少なくない。まず、「ポスドク」問題に象徴される、若手研究者の不安定な雇用環境があ
る。外部資金で雇われる任期付き教員・研究者が一段と増えており、特に 20 代、30 代では圧倒
的多数である。若手研究者が将来のキャリアパスを描けないから、それを見ている学生らは大学院、
特に博士課程への進学をますます敬遠する。この悪循環を断ち切るには、学術界だけでなく産業
界への人材循環も活発化させて高度人材の雇用“市場”が確立されることが必要である。
雇用制度も課題を抱えている。わが国では、長期にわたって同じ組織に勤めればまとまった退
職金が得られる。国立大学間では行き来できるが、私学や企業、あるいは海外の大学・研究機関
を含めて移動しようとすると退職金等の問題がネックになる。海外に行って活躍していた日本の
研究者が、帰国してきちんと遇してもらえるような環境にあるのか。研究人材にとって、わが国
は働きにくい雇用制度になっているのである。
こうした課題を解決するため、大学・機関・企業間の人材流動化を促進する体制をつくらなけ
ればならないという議論がわが国で本格的に始まった。クロス・アポイントメント制度やスプリッ
ト・アポイントメント制度などである。この議論を加速させ、人材の流動化を担保するような制度、
社会システムを整備する必要があるだろう。
本学は 2013 年 4 月からクロス・アポイントメント制度を導入した。これは、卓越した教授が
本学教授の身分の他に他機関の身分を併せ持つもので、高い教育研究を発展させることと、浮い
た人件費差額分を若手研究者のポストの確保に充当しようというものである。独立行政法人、国
立大学、私立大学、海外の大学等の間で 13 件の実績がある。また、2014 年 4 月からはスプリッ
ト・アポイントメント制度もスタートさせた。
日本の研究者が国内外の多くの場で国際的に高い評価を得ていくと同時に、世界の優秀な研究
者を呼び寄せられるような社会経済システムの構築も急がれる。
産業界・官界等への高度人材循環、国際的な人材循環を可能にする環境を整備することが、若
い研究者のキャリアパスをつくり、日本の大学の研究力強化に結び付く。産学官各界の意識改革
と連携が問われている。
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結城章夫
山形大学 前学長/独立行政法人科学技術振興機構 上席フェロー
山形大学の有機エレクトロニクス研究
伝統の強み生かし世界と戦う拠点整備
1971 年 7 月 科学技術庁入庁、82 年 2 月 在オース
トラリア日本大使館一等書記官、87 年 6 月 科学技
術庁原子力局核燃料課長、98 年 7 月 文化庁長官官
房審議官(著作権担当)
、2000 年 6 月 科学技術庁研
究開発局長、01 年 1 月 文部科学省大臣官房長、05
年 1 月 文部科学事務次官、07 年 9 月 国立大学法人
山形大学長に就任、
14 年 3 月 山形大学長を任期満了、
退任、同 4 月 山形大学名誉教授。
現在、独立行政法人科学技術振興機構上席フェロー、
公益財団法人山形県産業技術振興機構顧問、文部科
学省科学技術・学術審議会委員など。
シリコン半導体も、青色LEDの材料である窒化ガリウムも「無機」だが、「有機半導体」をベースとしたエレ
クトロニクス(有機エレクトロニクス)という新領域の研究、開発競争が世界的に激しくなっている。有機EL、
有機太陽電池、有機トランジスタなどである。低分子や高分子などの有機半導体材料を、極薄の曲げられるプラ
スチック基板の上に、蒸着または塗布してつくる。この有機エレクトロニクスの国内有数の研究拠点が山形大学
にある。大型外部資金を獲得して、人材獲得、施設整備を大胆に進め、研究を強化してきた。
伝統の強みを生かして、日本一、そして世界と戦う研究拠点をどうつくり出してきたのか。「学長」の決断
と、その後の展開を聞いた。
(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)
法人化で独立した経営体に
― 結城先生が学長だったのは 2007 年 9 月から 2014 年 3 月まででした。山形大学に
おける有機エレクトロニクスの研究体制、その産学官連携による産業化への取り組み
などについてお聞きしたいと思います。
結城 国立大学の法人化というところからお話しします。今から 11 年近く前の
2004 年 4 月に、全国の国立大学が法人化されました。国立大学にとっては本当
に革命的なことだったと思います。
憲法で学問の自由が保障されていますので、以前から国立大学には学問の自由
がありました。教育や研究をどう行うかは、大学の自治の問題だったのです。一
方で、法人化される前の国立大学は、文部科学省に附属する国の機関でした。毎
年の予算編成や幹部事務職員の人事といった経営的なことは文部科学省が担って
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いて、国立大学は経営のことを考える必要がなかったのです。それが法人化され
て独立した経営体となり、各国立大学は、経営もしなさいということになりまし
た。従来からあった「学問の自由」に加えて、
「経営の自由」も与えられたとい
うことだと思っています。同時に、経営をした結果の責任も厳しく問われること
になりました。今、国立大学を経営していく権限と責任は、学長に集中されてい
ます。
全国には 86 の国立大学法人があります。それぞれの国立大学法人が自らを改
革して、その機能を強化することが求められています。国立大学は、国民の大事
な税金で賄われていますから、与えられた予算を最大限に有効活用して、アウト
プットを最大にしていかなければいけないのです。
― 当時は文部科学省で法人化の方針を進める立場でした。
結城 私は、この法人化と非常に深く関わってきました。国立大学を法人化する
ための「国立大学法人法」という法律は 2003 年の通常国会で審議されたのです
が、その時の遠山敦子文部科学大臣の下で官房長をしておりました。国会の中を
飛び回って、法案を通してもらう努力をしてきたのです。従って、この法人化に
ついては強い責任を感じています。法人化して良かったのか、悪かったのか、う
まくいっているのかどうかということを非常に心配しておりました。
法人化して 1 年ほどたった 2005 年 1 月から文部科学事務次官になりましたの
で、法人化した後の国立大学がうまくいっているかどうかが非常に気になって、
事務次官の立場で全国の国立大学を回って、その状況を見たり、聞いたりしました。
法人化して、経営陣つまり学長や理事・副学長の意識は大きく変わり、どんどん
経営マインドになってきているんですけれども、現場の学部・学科、さらには一
人一人の教員や職員を見てみると、なかなか意識改革が進んでいない。まだまだ
国の時代、国家公務員であった時代の発想、あるいは「官庁の文化」から抜け出
せないでいるなというふうに、心配しながら見ていたんです。
世界と戦う研究分野
― それから山形大学の学長になられたわけですね。
結城 事務次官を退官した後、ご縁があって、私の生まれ故郷にある山形大学の
学長に就任しました。山形大学は、典型的な地方の総合国立大学です。全国に同
じような大学が 30 ぐらいあると思います。その標準的なというか、典型的な地
方総合国立大学の一つである山形大学を、自ら経営することになりました。
― どんな方針で臨まれましたか。
結城 着任して考えたことは、次のようなことでした。大学の使命は、教育、研
究および地域貢献と三つあります。その中の研究ということで言いますと、国立
大学であれば、この分野はここでしかやっていない、この分野では日本一だ、日
本を代表して世界と戦うという研究分野を幾つか持っていなければいけない。も
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しそれが一つもなければ、国立大学でいる資格はないと思っていました。では、
山形大学ではそれは何かということをずっと考えていたわけです。そして浮かび
上がってきたのは、有機エレクトロルミネッセンス(以下「有機 EL」
)をはじめ
とする「有機エレクトロニクス」というテーマだったんです。
― 山形大学工学部のもとは、官立の高等工業学校の一つ米沢高等工業学校ですね。
結城 工学部は米沢市にありますけれども、1910(明治 43)年に米沢高等工業
学校として発足しています。米沢は、
昔から繊維産業が盛んな場所だったんです。
そういうことがあって、米沢高等工業学校も繊維から始まりました。帝人という
会社をご存じですね。帝人株式会社はあそこから生まれてきています。繊維でス
タートしたということで、工学部の教員が 200 人ほどいますが、今でもその半
分近くが高分子やプラスチックなどの分野を研究しています。
そういう伝統から、
繊維、高分子、プラスチックといったことが強いという特徴を持った工学部だっ
たんです。
そして、城戸淳二先生という教授がおられた。この方は 1993 年、世界で初め
て白色有機 EL を光らせる発明をしました。白色ですから、太陽光に近い光を出
す面光源の素子を世界で初めて開発したということで、この分野では長く世界を
リードしてきた方です。山形県庁も、有機 EL の開発・実用化に非常に熱心で、
山形県が米沢市の工業団地に有機 EL 研究所というのをつくりました。県の予算
で 40 億円余りの研究資金を用意して、白色照明を実用化するための研究所でし
た。この研究所は、2003 年から 2010 年までの 7 年間続き、城戸先生がその所
長になり、
「米沢を有機 EL のバレーにしよう」そんな構想で進めていたんです。
そんなこともあって、この分野が山形大学の強み・特徴であり、まさに先ほどの
日本を代表して山形大学が世界と戦うべき研究開発だと思いました。
米沢高等工業学校からの伝統
― 選択と集中は企業では当たり前ですが、一般的に大学というと、妙な平等意識があっ
て“うちの強みはこれだ”となかなか絞り込めないという声を聞きます。
結城 それは決断の問題です。大学全体を見回して、うちはここを伸ばすんだと
決めれば、それはそれで進んでいくことだと思います。学長の決断一つじゃない
でしょうか。
― なるほど。それで山形大学は有機 EL を中心とする有機エレクトロニクスが強みであ
ると判断された。
結城 そうです。学長になってから「結城プラン」というのを毎年つくっていま
した。
― 毎年、課題と目標を掲げて山形大学の改革を進めていこうというものですね。当時話
題になり、大学のホームページで拝見しました。
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結城 2009 年 1 月につくったのが「結城プラン 2009」です。結城プランとし
ては 2 回目のもので、着任して 1 年ちょっとたったところでした。このプラン
の「研究」の項目のトップに、新たに「有機エレクトロニクスに関する世界的な
研究拠点を整備する」ということを掲げて、これに取り組んでいくと宣言をした
わけです。地方国立大学としてどこまでできるか、選択と集中によってどこまで
やれるかという一大実験に挑戦してみようというような気持ちでした。
次々に大型資金を獲得
― 大学の目標、戦略に明確に位置付けられたわけですね。
結城 有機エレクトロニクスの世界的な研究拠点整備に向けた取り組みがスター
トして、その後、それが次々と具体化していきました。一つは、科学技術振興機
構(JST)の当時の北澤宏一理事長のイニシアチブで始まった「地域卓越研究者
戦略的結集プログラム」に採択されました。2009 年度のことでした。採択され
たのは全国で山形大学と信州大学の 2 カ所です。
もう一つは、2009 年の夏に国の大型補正予算があり、文部科学省から「有機
エレクトロニクス研究センター」という新しい建物の建設に 16 億円ほどを付け
ていただきました。この研究施設は 2011 年に完成しています。
― 研究の対象を有機 EL だけでなく有機エレクトロニクスに広げているわけですね。
結城 そうです。県が支援していたときは有機 EL――EL というのは、光らせる
方です。これはかなりいいところまで来ているんですが、ご存じのように LED
が出てきたでしょう。LED との競争になってきて、今は性能とか寿命では遜色
ないのですけれども、問題はコスト、経済性です。
山形大学有機エレクトロニクス研究センターでは、研究対象を光らせる EL だ
けではなく、
「有機エレクトロニクス」に広げています。有機化合物に電気を通
して光らせるのが有機 EL ですけれども、その逆のプロセスもできるわけで、有
機化合物に光を当てて電気を起こす。これは有機太陽電池ということに
なります。また、
有機化合物をシリコンの代わりに半導体として使って、
有機トランジスタとか有機集積回路というものをつくっていく分野もあ
ります。有機化合物を使ったエレクトロニクス全般という構えにして裾
野を広くし、総合的、相乗的に取り組んでいくことにしたんです。
― 研究強化の資金獲得、体制整備が進みました。
結城 有機エレクトロニクス研究センターができたあたりから好循環を
し始めまして、その後も次々といろんな競争的資金が獲得でき、新しい
建物を付けていただいて、だんだんと大きくなってきたというのが今の
状況です。人も資金も集まってきて、いわば雪だるまが転がり始めたと
いうような状況です。研究設備というハード面と研究者や研究資金とい
うソフト面の両方がだんだんと充実し、研究開発のための舞台装置は整っ
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てきました。あとは、成果を出していくことがこれからの課題だと思っています。
今、有機エレクトロニクスという研究分野では、山形大学の工学部は、間違い
なく日本一になっていると思います。次は、世界一を目指すわけですが、その仕
事は、2014 年 4 月に次の小山清人学長にバトンタッチをいたしました。
実用化、応用研究のイノベーションセンター
― かつての県の研究所はどうなったのですか。
結城 県の研究所は 7 年間で廃止になって、その設備などは、山形大学の「有
機エレクトロニクスイノベーションセンター」という、もう一つの研究施設に引
き取りました。このイノベーションセンターは、工学部キャンパスが手狭だった
ので、大学の外のビジネスパークに建設しました。その用地は、米沢市が無償で
提供してくれました。米沢市も山形大学のプロジェクトへの期待が非常に強く、
とても協力的です。このセンターの建物は、経済産業省の補助金によるもので、
規模は 15 億円です。しかし、経済産業省の補助金は 3 分の 2 しか出ませんので、
残りの 3 分の 1、5 億円は自分で調達しなければいけなかったんです。5 億円の
半分、2.5 億円を山形県が出してくれました。残りの 2.5 億円は、山形大学が自
力で用意しました。従って、イノベーションセンターは山形大学の施設ですが、
国、山形県、米沢市、山形大学の合作の施設です。
― 有機エレクトロニクス研究センターと有機エレクトロニクスイノベーションセンター
はそれぞれどんな役割があるのですか。
結城 工学部のキャンパスにある研究センターは基礎研究を、学外のビジネス
パークにあるイノベーションセンターは応用研究と実用化研究をやるという、車
の両輪体制になっています。
― 補助金の出どころが違うので、切り分けしているというところはありますね。
結城 基礎研究は文部科学省、実用化は経済産業省が支援してくれています。ま
ず基礎研究のための研究センターができて、2 年ぐらいたって応用・実用化のた
めのイノベーションセンターができたということです。基礎から応用・実用化ま
でを一貫して取り組んでいく体制をつくったところです。
企業との共同研究費で維持
― 産業界、企業の動きも出てきていますか。
結城 イノベーションセンターでは、企業との共同研究を中心に運営をしています。
今、20 社ぐらい来ているんじゃないでしょうか。建物は国の補助金でつくりまし
たが、ここの運転維持費は、民間企業との共同研究で賄っていこうと思っています。
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― 企業から研究者が来ているのですか。
結城 イノベーションセンターには教授、准教授が 10 人ほどいるんですけれど
も、全員民間企業から来てもらいました。スーパーイノベーターと言っています。
任期付きですけれども、山形大学で雇用して、山形大学の教授や准教授になって
もらっています。
― 大阪大学など大手の大学では新しい産学連携の仕組みが広がりつつありますが、山形
大学のこのイノベーションセンターも非常に新しい形ですね。
結城 そうですね。大学がここまで実用化研究に乗り出すというのはあまり例が
ないと思います。これは山形だからできたのかなという気もするんですね。とい
うのは、大学の周りに大きな企業はいないんです。基礎研究をしてもその成果を
渡す相手がいなかったので、
それならもう思い切って実用化研究まで自分でやる。
そのための研究者は民間企業から引っ張ってくる。民間企業と組んで、研究資金
も持ってくるという形をつくったということだと思います。
― 運転資金は共同研究で賄うのですか。
結城 運転資金は、企業と共同研究契約を結んで負担してもらったり、民間企業
を数十社集めてコンソーシアムをつくり、年会費を 100 万円ずつ負担してもら
うなどして確保しています。
三つ目の COI の建物
― 有機エレクトロニクスの分野で、比較的出口、産業化に近いのはどの分野ですか。
結城 まずは有機 EL ですね。照明やディスプレーへの実用化が一番進んでいま
す。次に来るのが有機トランジスタだと思います。ぺらぺらの薄いフィルム上に
インクジェットとかロール・ツー・ロールという方法で塗布・印刷して、有機化
合物を載せていくんです。そうすると、非常に安く電子回路ができます。
― PET のフィルムの上に材料を載せる……。
結城 塗布や印刷法で有機半導体の回路を描いていく。真空蒸着とかエッチング
とかをしないで、非常に大量に、しかも低い温度でつくれます。さっき有機 EL
では城戸先生だと言いましたが、もう 1 人の立役者が有機トランジスタ研究の
第一人者である時任静士先生です。この方は、NHK 技術研究所から来ていただ
きました。城戸教授と時任教授が JST の事業で支援していただいた地域卓越研
究者で、おかげさまでこのお二人には破格の処遇をすることができました。
― トランジスタ回路は具体的にどんな使い方が想定されますか。
結城 有機半導体の電子回路が非常に安くつくれるようになって、1 個 1 円以下
ぐらいのチップになってきますと、
それを例えばスーパーマーケットの野菜とか、
お菓子の袋とかに張りつけていく。そうすると、通信ができるわけですから、商
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品をゲートに通すだけで全部集計ができる。レジでいちいち値段を打ち込まなく
てもよくなります。そういう使い道があり、
まさに革命が起こると思っています。
― 大学として研究開発を維持するのは大変ですね。
結城 企業の方々が、有機エレクトロニクスの将来の有望性に着目して、また、
山形大学の研究のポテンシャルを評価してくださって、米沢に来てくれているん
だと思いますね。
現在、もう一つ建物を建てています。COI(センター・オブ・イノベーション)
のための建物で、これも 50 億円ほどの予算を文部科学省からいただきました。
ここでは、まさに民間企業が中心になって研究開発をすることになります。企業
にここに来てもらって、山形大学の研究でつくった技術の芽を一つ屋根の下で実
用化する。そのための場所が、この三つ目の建物です。
― テーマを設定して経営資源を集中し、その成果が評価されて、また COI につながった
ということになりますか。
結城 そうです。山形大学の工学部がある米沢は、有機エレクトロニクスの研究
と開発の世界的な拠点になってきました。思い切って選択と集中をしてきた結果
だと思います。
― ありがとうございました。
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特 集1
大学特許を強くする
特集
歯科用 CT 装置 最強特許群の秘密
研究者・大学・企業で“特許のはしご”登る
最初の装置の発売から13年経過しているが、現在まで継続してロイヤルティー収入
を得ている。産学は連携して毎年のように関連する特許を出し続け、関連特許は国
内外合わせておよそ100件。この最強特許群を生み出した知財戦略とは?
■はじめに
日本大学は 1998 年 11 月に国際産業技術・ビジネス育成センター(当時。現
産官学連携知財センター)(NUBIC)を学内 TLO として設立した。翌 12 月に
は大学技術移転促進法に基づく承認 TLO 第 1 号として本格的な産学連携への取
り組みを開始し、現在 17 年目を迎えている。これま
でに国内外特許出願件数累計約 2,550 件、特許実施
許諾契約件数累計約 330 件、特許に基づくライセン
金澤 良弘
かなざわ よしひろ
日本大学 産官学連携知財
センター 副センター長
日本大学大学院 知的財産
研究科 教授
ス収入累計約 8 億円と着実に成果を上げてきている。
本学におけるライセンス収入に最も貢献しているの
は、
本学歯学部新井嘉則特任教授(当時助手)
(写真 1)
が開発し、京都にある株式会社モリタ製作所が製造・
販売している歯科用 CT 装置(写真 2)である。
写真 1 新井嘉則特任教授
■歯科用 CT 装置の開発経緯
歯科用 CT 装置の開発当時、医科では既に頭部を含む全身用 CT
が全盛を迎え、歯科に用途を限定した CT 装置のニーズはないと考
えられていた。一方、歯科には口腔(こうくう)内に直接フィルム
を挿入する特殊な撮影法があった。この撮影法は非常に高い鮮鋭度
(写真像の鮮明さ)と低被ばくが同時に要求されたため、この撮影
法の代替になる CT 装置の開発は技術的に不可能と考えられていた。
これに対して新井教授は、CT 装置が良質な断層面を得るためには
頭部全体に X 線を照射する必要があるとの常識を覆し、図 1 に示
すように局所に X 線を照射する装置を開発することにより、X 線の
照射領域を大幅に減少させ、結果として高画質と低被ばくを実現す
ることを可能とした(特許 3919048 ほか)
。
新井教授は歯科用パノラマ画像撮影装置のデジタル化に続き、
1992 年から歯科用 CT 装置の開発に着手した。技術的検討と試作
を繰り返して試作機を完成させ、その技術がモリタ製作所に移転さ
れ、臨床研究に供する装置が完成した。そして、倫理委員会の許可
写真2 歯科用CT装置「3DXマルチイメージマイクロCT」
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を得て日本大学歯学部付属歯科病院において臨床研究
が開始された。臨床研究では装置の医学的有効性を証
明するため、3 年間に 3,000 症例を超える検査を行い、
その成果を基に 2000 年末に一般的名称「歯科・頭頸
部用小照射野 X 線 CT」が新設され、その第 1 号の承
認を得て、2001 年 5 月に発売を開始した。
製品発売後は、歯科用の中では高額な装置であるに
もかかわらず、その高い有用性から国内外の市場に広
く受け入れられ、現在も性能の向上、価格の低減等と
ともに市場の拡大が続いている。モリタ製作所の製品
は、その後国内外の 20 を超える企業が装置の製造・
販売に参入する中にあっても、継続した技術開発によ
る機能向上と巧みな知財戦略により、現在も業界を先
図 1 歯科用 CT 装置原理図
導する位置を占め続けている。
なお、本製品は、2003 年に第 1 回産学官連携功労者表彰の科学技術政策担当
大臣賞を、また、2007 年には近畿地方発明表彰文部科学大臣発明奨励賞を受賞
している。
■歯科用 CT 装置に関する知財戦略
歯科用 CT の市場において、各社の競争力の源泉は技術力である。モリタ製
作所の製品が現在まで国内外市場において競争力を維持し続けている最大の理由
は、新井教授とモリタ製作所が連携して性能向上につながる研究開発を継続し、
その成果を次々に製品に実装していることによる。
歯科用 CT 装置に係る主要な技術課題は、先に述べた放射線被ばく量低減と高
解像度に加え、利用の簡便性、歯科医院に設置するための省スペース化、処理速
度の短時間化、低コスト化等多岐に及ぶ。これらに対応するため、各社が装置の
ソフトおよびハード両面から研究開発にしのぎを削っているが、本学とモリタ製
作所は、毎年のように関連する特許を出願し続け(新井教授は「特許の梯子(は
しご)
」と呼ぶ)
、それらを活用して製品の機能向上を進めている。
例えば、2012 年に発売された最新の製品では、パノラマ画像と CT 画像の両
方を一つの装置でストレスなく撮影する機構(既に広く歯科医院に普及している
パノラマ画像撮影装置をリプレイスすることにより CT 装置の導入が可能)
、撮
像領域を歯列の形に沿って限定する機構(放射線感受性の高い唾液腺やリンパ節
が分布する部分に照射される被ばく線量を低減するとともに、顎の大きな人でも
検出器を大型化することなく歯列全体の撮影を可能とする)など、他社に先駆け
た、製品の世代を画する新技術が搭載されている。
本学の歯科用 CT 装置に関する出願件数は現在までに国内外合わせて約 100
件(全てモリタ製作所との共願)に達しており、これらにより構築された強固な
知財群が製品の技術的優位の源泉となっている。歯科用 CT 装置の発売以来既に
13 年が経過しているが、
本学は現在まで継続してロイヤルティー収入を得ている。
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特集
■大学発技術によるイノベーションを成功させる要因
歯科用 CT 装置の成功には、二つの要因があると考えている。
第 1 に、事業化後も継続する研究者の熱意と貢献である。
本件の場合、新井教授は独自に歯科用 CT 装置に関する研究を継続しており、
事業化後も、先に述べた特許技術をはじめ、数多くの画期的な技術を発明・提供
している。また、新井教授は、CT 装置による画像診断をサポートするための民
間初の歯科用 CT 装置による画像センター「北千住ラジスト歯科 i-VIEW 画像セ
ンター」を 2005 年 4 月開院している。これは、歯科医院への装置の普及に貢献
するものであるとともに、歯科医師である発明者が装置のユーザーとして実際に
装置の使用・診断を積み重ねることを通じて、改善すべき点や新たな開発課題の
発見と新しい発明の創出に生かされている。
第 2 に、大学、大学研究者および企業の良好な関係がある。
知的財産の維持・活用の戦略は、事業を実施する企業が主体となるのは当然で
あるが、本件は全てを企業に任せ放しにするのではなく、大学や研究者も事業の
パートナーとしてそれぞれの立場から参画している。特許費用や海外ライセンス
費用等についても、大学は持ち分に応じて負担している。
また、企業と大学・研究者の関係について、新井教授が所属する日本大学歯学
部とモリタ製作所とは、歯科用 CT 装置の開発が行われる以前から、さまざまな
連携・交流を積み重ねており、両者の深い信頼関係が醸成されていることを付言
したい。
■おわりに
大学の研究成果の事業化はイノベーションの出発点にすぎない。事業化後の国
内外市場における他社製品との厳しい競争を経て製品の性能が格段に向上し、そ
れが歯科医療技術の向上と新しい歯科医療機器産業分野の創出という社会貢献と
なって実を結び、その果実の一部が大学にロイヤルティー収入として還元された
ものと考えている。
今後とも大学の研究成果による社会貢献の使命を果たすべく、積極的に産学連
携に取り組んでいきたい。
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特 集1
大学特許を強くする
「マグマ特許」核に広い分野で知財形成
岡山大学は、革新的な材料の発見や、原理原則的な発見に起因する特許を「マグ
マ特許」というものに指定している。その研究者の異分野との共同研究などを重
点的に支援し、広い分野での知的財産形成を目指す。同大学研究推進産学官連携
機構副機構長・知的財産本部長の渡邊裕氏に知財戦略について聞いた。
(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)
渡邊 裕
■7年前から本格的な活動
― 証券会社で大学のシーズを探している人と意見交換をしていたときのこと。「大学には
変な平等意識があって特許の重点化ができないですね」と言うので、
「岡山大学には“マ
わたなべ ゆたか
岡山大学 研究推進産学官
連携機構 副機構長
知的財産本部長
グマ特許”という戦略があります」と紹介しました。その方は「そうですか。株式会
社パテント・リザルトの調査によると岡山大学の特許は“強い”ですね」と言う。ラ
イバル大学と比較してみると、確かに同大学の知財戦略はユニーク。そこで、今日は
マグマ特許などについての考え方をお聞きしたいと思います。まず、体制ですが、大
学のいわゆる知的財産本部が発足したのは 2003 年ですね。
渡邊 大学の産学連携活動がスタートして 10 年余り経過しているのですが、知
財本部が基本方針を策定し、現在の活動形態で取り組むようになったのはおよそ
7 年前です。
― 大学の知財の基本方針には、研究成果の産業界や社会への貢献を最大化するため、「大
学が基本特許を確保」し、多分野で活用していただく、と書かれています。
渡邊 企業には、
「大学はなるべく早く企業と手を組んで、企業に特許の育成を
任せるべきだ」という意見があります。逆に言うと、
「大学は特許を持つという
よりも、企業と共同研究して企業の特許形成に協力すべき」という考え方です。
文部科学省、あるいは JST( 科学技術振興機構 ) の立場は違うと思います。私
がいつも言っているのは、基本的な特許は大学が持つべきだということです。基
本的な特許とは、革新的な材料の発見とか、原理原則的な発見に起因した根本的
な知財、特許です。そうした基本的な特許はいろんな産業に使える可能性があり
ます。岡山大学ではそれをマグマ特許と呼んでいます。
■大学が基本的な特許を持つ
渡邊 われわれは年に 1 回、各学部の教授会に行って知財の方針説明をします。
先生方の仕事は真理の発見、それを特許にするのは知財部の仕事であること、ま
た、先生方は無理して特許にしなくてもいいということを説明します。真理の発
見と発明は違います。特許は、企業が販売する製品を守る役割ですが、大学の使
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特集
命は、製品を守るのではなくて、その発見を多くの分野の製品として社会に還元
していくことです。
大学が基本的な特許、つまりマグマ特許を持って、この分野はあなたの会社、
この分野はこちらの会社というように、分野ごとに研究成果を展開していく。そ
れは、お金を稼ぐためではなくて、技術展開のレフェリーを行い研究成果による
社会貢献を最大化するためです。
― 技術発展に関するレフェリーという役割ですか。
渡邊 それが本来の大学の使命。特に公立の大学の使命だと思います。こういう
考えで、岡山大学の知財運営というのをやっています。
― 実用的な特許、企業との共同研究から生まれる新技術と区別するわけですね。
渡邊 企業との共同研究から出てきた特許は原則としてその企業が使うのだか
ら、極端な話ですけど、不実施補償等を求めるのではなくて、むしろ出願前に企
業に譲渡する方が合理的です。ただ、企業としては、マグマ的な根本的な特許を
自社が持って、将来の事業展開のために囲い込んでおきたいという要望はあるの
で、そこに大学とのせめぎ合いがあります。
■五つをマグマ特許に指定
― マグマ特許の仕組みはいつごろからあるのですか。
渡邊 7 年ほど前からです。先ほど話が出ました本学の知財の「基本方針」の下
に「少数精鋭」
「マグマ特許」
「海外権利確保」の三つの戦略を立てました。
― 私が渡邊先生に最初にお目にかかったのは、2011 年夏、岩手県庁や岩手大学の東日
本大震災復興プロジェクトについてのヒアリングにご一緒した時でした。2012 年夏、
岡山大学大学院自然科学研究科の髙田潤教授(当時)にインタビューした際、渡邊先
生をお訪ねしたら「髙田先生の発明はマグマ特許に指定している」とのことでした。
その時、マグマ特許という考え方を初めて知りました。
渡邊 髙田先生の特許は代表的なマグマ特許です。微生物由来の新材料が持つポ
テンシャルはマグマ構想にピッタリ合致すると気付かされたわけです。大学はそ
の発展性を見込んで研究支援に力を入れています。
髙田先生の研究テーマを含め、
マグマ指定の研究は五つあります。
― 髙田先生の記事は小誌 2012 年 9 月号で掲載しました。髙田先生の研究は酸化鉄の独
創的な材料研究開発で、テーマは ①高機能先進セラミックスや ②ベンガラ ③微生物
由来酸化鉄の創製と機能開拓、および微生物の単離・培養の三つ。①では、フェライ
ト酸化鉄の研究成果の一部が炭素系電磁波吸収体材料として企業で事業化されている。
注目されているのが③の道路の側溝などで見られる微生物がつくる褐色の酸化鉄。通
常の酸化鉄は直径約 0.2 ミクロンの微細粒子だが、微生物由来は直径 1 ミクロンほど
のチューブ状であることを明らかにし、Biogenous Iron Oxide(BIOX)と命名。人
工合成では作れない酸化鉄で、
“従来材料を大きく超える触媒の機能”、“リチウムイオ
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ン二次電池負極材として、グラファイトの約 3 倍の容量”、
“ヒト細胞との高い親和性”
といった驚くべき新機能を発見した――とのことでした。
渡邊 その後、研究は進んでいます。鉄を食う微細バクテリアが一生懸命自分の
巣というか、自分の体の周りに酸化鉄をつくる。そこにシリカが入っていて、そ
れが非常に細かな結晶というか粒子なんです。材料としてとても面白い。それか
ら、BIOX を使うと iPS 細胞の三次元培養ができることが分かってきました。
理由がよく分からないんですが、BIOX を水につけて、その上澄み液を、例え
* 1
ばタバコの葉っぱにかけると病原菌が葉っぱに侵入せずに発病しない。病原菌に
戦略的創造研究推進事業
(CREST)
対する保護材として特許を申請しました。
― マグマ特許をどう支援し、強い特許、あるいは特許群にしていくのですか。
渡邊 マグマ特許を核にして、関連する異分野の研究者を集め、その共同研究を
支援します。また、研究担当理事枠の資金を充当します。髙
田先生の場合、非常に人望があって、周りの先生方もよく集
マグマ技術(特許)が社会デビューするまでのイメージ
まる。こうした中で、髙田先生の研究は、JST の CREST * 1
にも採択されました。その結果、説明しましたように沢山の
販売
関連特許が派生しています。
マグマ特許(構想)
― 研究強化にも結び付いているわけですね。マグマ特許はホーム
ページ等で公開していますか。
渡邊 載せていません。大発見であっても、その後の研究の
進捗状況が違うので……。
モジュール特許
コア特許
共同研究領域
システム特許
制御技術特許
製造・製品特許
企業中心の作業、知財化
大学単独発明、知的財産
マグマ特許
コア特許
モジュール特許
システム特許
制御特許
[email protected]
製品、製造特許
1
■多い「他者特許の拒絶引用件数」
― 株式会社パテント・リザルトの大学・TLO を対象にした調査の『他者特許の拒絶引用
件数ランキング』や『特許総合力ランキング』では岡山大学がトップクラスの分野が
少なくないですね。マグマ特許を育てていくことと、岡山大学がライバル大学と比較
してパテント・リザルト社の評価が高いことは関係がありますか。
渡邊 直接的な関係はないと思います。
パテント・リザルト社は独特の基準を持っ
ています。ただ、われわれが先生方に、
“真理の発見があなた方の仕事だ、無理
して特許にしなくたっていい、基本的なところをぜひ見つけて相談してほしい”
と話をしていることが少しは影響しているかもしれません。
― パテント・リザルト社の他者特許の拒絶引用件数は、要するに、他の人の特許をつぶ
した件数ですよね。
渡邊 そうです。
“あなたの出願内容は、既にここに書いてある”
、そういうこと
で、引用された件数が多いので点数が上がったわけです。応用面の広い書き方を
しているというのが岡山大学の特徴ですけど、それが請求項の中に入っていれば
一番いい。
それともう一つ、パテント・リザルト社の評価に通じているとすれば、早期審
査への取り組みでしょうか。審査請求は 3 年間にすればいいんですが、岡山大
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特集
学では、早期審査を心掛けています。パテント・リザルト社からすると、早期審
査するということは権利化に積極的と考えているかもしれません。
― パテント・リザルト社の調査では、岡山大学はどんな分野が強いのですか。
渡邊 遺伝子関係ですね。遺伝子関連の技術を治療に使う研究をされる先生が多
いんです。
■複数の技術移転会社と提携
― 現在、連携している技術移転機関は?
渡邊 複数の技術移転の会社にお願いをしています。テックマネッジ株式会社、
関西 TLO 株式会社、日本製薬工業協会と関係が深い知的財産戦略ネットワーク
株式会社(IPSN)や大阪商工会議所が運営している創薬シーズ・基盤技術アラ
イアンスネットワーク(DSANJ)などの機関です。IPSN と DSANJ は大学か
らお金を取りません。その代わり生きのいい情報を企業に流します。そして、企
業との面談をセットしてくれます。また、JST の海外出願支援で、指定国移行が
3 カ国といったとき、
IPSN は 20 カ国分の費用を出すというような支援をします。
― 海外との連携はどこまで進んでいますか。
渡邊 アメリカでは、昨年の 10 月 1 日付でフォーサイトという技術移転会社と
契約しました。また IPI 社というシンガポール政府が設立した技術移転会社との
契約交渉を始めています。
― どういう契約内容ですか。
渡邊 フォーサイトが持っているウェブに岡山大学の特許情報を載せ、関連企業
にメルマガ配信をしてもらいます。これに加えて、特許のマーケット調査と、関
連するライバル技術、実際にその分野で特許がどのくらいの価格で売買されたか
という調査報告をもらえることになっています。
シンガポールの IPI 社は、シンガポールに事務所のある企業等を含め千数百の
企業に本学の知財情報を流してくれます。
― シンガポールの産業の技術力、競争力を高めるのが狙いですね。科学技術で生きるシ
ンガポールならではの戦略です。
渡邊 そうだと思います。それともう一つ、本学は文科省の「研究大学強化促進事
業」に採択されましたが、その原動力の一つは医療系の研究成果でしょうね。この
分野は世界的に評価が高くて、海外の技術移転機関も無視できないと思います。
その一方で医療の領域は、製品化段階での許認可を念頭においた対応が不可欠
です。研究の 5 ~ 6 年ぐらいのところで企業と連携する仕組みをつくらなけれ
ばいけない。その辺が一つ大きな課題です。
― ありがとうございました。
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特集2
地方産業創生 連携の力
朝日ラバー
産学連携でニーズにマッチした技術開発
株式会社朝日ラバーは 1970 年創業。価格競争に陥りやすい工業用ゴム製品の分
野で、大学の知見を活用した付加価値戦略を進めてきた。人材育成に力を入れ、
社員に博士号取得を奨励している。一代で JASDAQ 上場企業にまで育て、先日
亡くなられた創業者の伊藤巌氏の経営哲学はどう生きているのか。
■ LED 用のシリコーンゴム製キャップなど
株式会社朝日 FR 研究所(以下「弊社」
)の前身は、工業用ゴム製品製造・販
髙木 和久
たかぎ かずひさ
売を行っている株式会社朝日ラバーが 1987 年に株式会社として独立させた研究
株式会社朝日 FR 研究所
代表取締役社長
開発の研究所である。2012 年に現商号に変更した。
* 1
朝日ラバーは 1970 年創業で、本社はさいたま市大宮区にある。工場は三つで、
すべて福島県に立地している
。年間売上高は 56 億 7,700 万円(2013 年度)
、
*1
社員数は 249 名(2014 年 3 月末)である。
主要製品は ① LED 用のシリコーンゴム製キャップ(商品名「ASA COLOR
LED」)。蛍光体を配合したシリコーンゴムを青色 LED にかぶせることで、青色
3 工場があるのは福島県南
部の泉崎村と白河市。営業
拠点はさいたま市と大阪市。
関連会社は研究開発の朝日
FR 研究所の他、アメリカに
販 売 拠 点 ARI International
Corporation、中国に製造会
社や販売会社を持つ。
の光を波長変換して色調や輝度を調節
し、1 万色以上の光を出すことができ
る。自動車内装照明の光源として採用
されている(図1)
。また照明関係の
応用製品では耐紫外線性のある高透明
のシリコーンレンズ等、シリコーンゴ
ム製品 ②卓球ラケット用ラバー、自
動車用キーボードスイッチ、
Oリング、
IC タグなどの工業用ゴム製品 ③プレ
フィルドシリンジ用ガスケットなどの
医療用ゴム製品各種──である。
図 1 車載スピードメーターのバックライトとして採用さ
れている ASA COLOR LED
■大学等の研究者と連携した研究開発
現在は、岩手大学名誉教授の森邦夫先生の開発した技術である分子接着技術を
導入し、事業展開している。
力を入れている応用製品はマイクロ流体デバイスである。マイクロ流体デバイ
スとは、微細加工技術を用いて、流路等を基板に集積化するものである。微細流
路の目的はバイオ、化学合成、化学分析およびそのシステムをマイクロスケール
化することで、微量のサンプルでもハイスピードで結果が得られ、POCT(医
療現場での臨床検査)など、現場ですぐに医療の診断結果が出せるものなどへの
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特集
応用が成されている。
マイクロ流体デバイスはガラスやプラスチック、金属
の基板などに液体を流す溝をつくる。その溝をシールす
るためにもう一層の基板が必要で、その基板同士を貼り
合わせる技術に分子接着技術が応用されている。この基
板は 3 次元に積層されていくもので、その相間の接着
が重要である(図2)。
分子接着は化学結合による接着なので、流路をふさい
だり、接着剤層が流れ出したりすることが全くない。
従っ
図 2 マイクロ流体デバイス作製工程
てこの用途にぴったりの接着技術である。分子接着は高温・高圧にする必要がな
いので、プラスチックが変形することなくゴムとの積層ができる。
現在進めている製品は日本電気株式会社と共同開発しているポータブル DNA
解析装置で、犯罪捜査などへ活用される。朝日ラバーが担当するのは、その装置
のディスポーザブルとなる DNA 検出用の DNA チップの供給で、今年度から納
入が始まった。
マイクロ流体デバイスの分野ではその他多くの企業との開発を進めており、朝
日ラバーは一つの柱にしていきたいと考えている。
上記の分野に限らず、この技術を応用した製品で朝日ラバーの事業は支えられ
ている。
産学連携のきっかけは、1980 年頃、創業者の伊藤巖(故人)が母校日本大学
の恩師後藤尚名誉教授にシリコーンゴムからの揮発成分の分析を相談し、課題を
解決したこと。その時は顧客から絶大な信頼を勝ち取ることができた。
1995 ~ 2008 年に、千葉工業大学の戸田善朝名誉教授、橋本和明教授と顔料
や蛍光体の開発を共同研究させていただいた。2000 ~ 2012 年には、福島県ハ
イテクプラザとの共同研究や委託研究などを進めた。
さらに独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)のプロジェ
クトに参画したり、最近では独立行政法人科学技術振興機構(JST)の「復興促
進プログラム(マッチング促進)
」にも参画している。
北海道大学、日本大学医学部やその他大学との共同研究等も行い、岩手大学の森
先生をはじめ同大学の大石好行教授、平原英俊教授との共同研究を継続している。
■なぜ大学の知見を活用するのか
大学等の研究者と連携して製品開発をする理由は大きく二つある。
(1)社 内の技術リソースで解決できない技術課題について、時には外部の研
究機関や研究者に教えを請うのは当然の流れである。
(2)朝 日ラバーはゴム業界では後発なので、既存の市場に参入するのは難し
い。このため、新しい分野、変化している分野、独自技術の応用できる
分野、先行メーカーの見逃している分野等の、いわゆるニッチな分野を
攻略している。先行事例の少ない分野なので、それぞれの分野の専門家
である大学を含めた研究機関との調査検討、新しい技術導入が必要になる。
新たな知見を得られることで、製品の差別化や付加価値化が達成される。
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■創業者の故伊藤巖の哲学
一人一人が個性を生かせる仕事の内容、やり方、環境を整え、社員が全力を尽
くして働けるような会社にしていく、人が会社の宝であることを会社も社員もお
互い認識し、個性的な人間集団が個人と会社の目的に向かって力を合わせながら、
地域社会にも貢献していこうとする考え方を社訓に表している。得意先をはじめ、
全てに対し誠意を持って接し、人とのつながり、縁を非常に大事にした経営である。
伊藤は、現状に安んずることなくいつも緊張感を持って社業の発展にまい進する気
持ちを持ち続けていた。いわゆるハングリーさである。一方で、新しいものが好きであ
るということが新製品開発に対する意気込みに表れていた。その延長線上に良い会
社、良いものと触れ合おうと、自らが他の先進企業や新技術に触れ合うことを好んだ。
また、全て自分でやろうとは思わない。自分のできないことを認識している。
謙虚さがある。だから他人に任せる。ドラッカーが言っている、真摯(しんし)
さであろう。
「学ぶことのできない資質、習得することができず、もともと持っていなけれ
ばならない資質がある。他から得ることができず、どうしても自ら身につけてい
なければならない資質がある。
才能ではなく真摯さである」
(ピーター・ドラッカー
著『現代の経営』より)
真正面から正直に進む。マネージャー、経営者としての伊藤の姿勢であった。
この姿勢は、現伊藤潤社長および経営幹部に引き継がれる。
■朝日 FR 研究所の研究開発
故伊藤巖は「研究開発は、社内の雑音に左右されない、自由な雰囲気の下に行
うことが望ましい」と考え、研究所を作った。
朝日 FR 研究所は、将来の朝日ラバーの柱になる技術や製品を生み出す組織で
ある。弊社のリーダーは技術だけでなく、大学・研究機関との窓口業務、知財業
務にも精通していることが求められる。また、朝日ラバーグループを俯瞰(ふか
ん)できることも必要だ。
会社経営にとって良い技術開発や開発製品を求められた。それは技術的に良い
ということではない。あくまでも技術は手段である。だから顧客、世の中との接
触を奨励した。学会活動も新しい科学技術や、素晴らしい企業と触れ合うことが
その意義である。最近では、人材育成、ベンチャースピリット、チェック機能も
望まれている。
■人材育成
上述のような基本精神の下、学ぶ意欲のある社員にその機会を与えるため、大
学博士課程に送り込み、博士号の取得を奨励している。科学技術を深く学ぶこと
で、より高い技術力で顧客の課題を解決できるようになり、企業の価値が上がる。
現在、経営学の大学院で学んでいる者もおり、今後も大学や研究機関とのつな
がりを強固に保ち続けていく。
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特集2
地方産業創生 連携の力
特集
東北電子産業
計測・分析機器のニッチな市場を攻略
計測、分析機器の市場において、産学官連携を積極的に活用して新製品開発に挑
戦し続けている東北電子産業。山田社長が見る、地方創生の課題は?
(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)
山田 理恵
やまだ りえ
東北電子産業株式会社 代表取締役社長
■物質の微弱な光を検出
― 御社は NEC(日本電気株式会社)の研究者だった前社長の佐伯昭雄会長が設立され、
産学連携も活用した研究開発型の企業として知られています。
山田 1968 年に電子通信機器の製造・販売、家電商品を開始。現在の事業は、
ものづくりをやっている部門と、物を仕入れて販売する商社営業部門の二つに大
きく分かれます。ものづくり部門は、お客様が新しいものを開発したいというと
き、試作開発して納品するというのが主な仕事です。自社開発の製品もあります
が、流れていても月に何十台という程度のものです。仕入れて販売する部門は、
大学・研究機関の研究者向けの計測機器や分析機器です。
― 自社ブランド製品では「極微弱発光計測装置」が知られています。
山田 この製品は、1970 年代後半、東北大学電気通信研究所の稲場文男教授(当
時)の依頼により稲場先生と共同で開発したものです* 1。物質は酸化すると、
つまり劣化するとごく微弱な光を発します。この光はフォトン(光子)レベル、
分かりやすく言いますと蛍の光の 1 万分の 1 程度の光ですが、これを検出する
世界最高感度の発光検出装置です。
* 1
東北大学の稲場文男教授は独
立行政法人科学技術振興機
構「創造科学技術推進事業
(ERATO)
」
(2002 年 度 から
戦略的創造研究推進事業・総
括実施型研究(ERATO)
)の
「稲場生物フォトンプロジェク
ト」
(1986 年 10 月 ~ 91 年
9 月)の総括責任者。山田理
恵社長は 4 年間、同プロジェ
クトの研究員だった。
「最先
端、高感度の装置を使い、さ
まざまな分野の方が集まって
微弱発光の研究をやっていま
した。当時一緒に研究をして
いたメンバーは国内外の研究
拠点で活躍しています」とい
う。
― どんな用途があるのですか。
山田 最初の応用は食用油の劣化評価の装置です。その後、
この装置はプラスチック、ゴムなどの高分子をはじめ、食品、
薬、化粧品、医療、生体試料などの広い分野で、酸化劣化度
の検出や添加剤評価、品質管理、新素材開発などのために使
用されています。最近はほとんどが高分子です。
― 具体的には?
山田 プラスチックが酸化すると、変色したりぼろぼろになっ
たりしますが、初期の段階でどれくらい酸化しているのかを
検出します。まず、
原材料の段階。その次は成形加工の工程で、
加工の条件を検討します。製品になってからは、将来的にど
れだけ安定して使えるかを酸化の面から見ます。さらに、添
加する安定剤の効果がどのくらい持続しているか、どんな組
山田理恵社長(極微弱発光計測装置の前で)
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み合わせで入れたらいいか、また、市場から戻ってきたリサイクル品にバージン品
をどのくらい入れたらいいか――なども調べます。
最近は、クレーム対応にもこの装置が使われています。クレームで戻ってきた
ものが、原料から悪かったのか、つくり方が悪かったのか、どこの影響だったの
か、または本当に酸化しているのかといったことを調べるためです。
― 極微弱発光計測装置の新タイプは何ですか。
山田 生化学とか食品ですと、試料は高くても 120 ~ 130 度まで加熱できれば
よかったのですが、高分子では 200 度、300 度で測定したいという方が多いので、
試料室の温度を 350 度まで上げられるタイプを出しました。
― こういう計測の装置は競合するものがあるのですか。
山田 国内にはほとんどありません。要はニッチな市場なんですね。まだ知られ
ていないんです。
― 極微弱発光計測装置はものづくり部門でどのくらいの比率を占めていますか。
山田 売り上げはものづくり部門の 4 分の 1 くらいでしょうか。10 年ほど前か
ら輸出もしています。台湾、韓国、オーストラリア、アメリカ、スウェーデン、
イギリスなどです。輸出を強化したいと思っています。
■相次いで産学官連携プロジェクト
― 御社は 1990 年ごろから、科学技術振興機構、経済産業省、宮城県などの支援でさま
ざまな産学官連携プロジェクトによる新製品開発等に取り組んできました
。最近の
*2
動向は?
山田 石巻専修大学の若月昇教授の技術を活用して、新しいタイプの振動粘度計
を開発し、最近売り出しました。粘度計用振動子として水晶振動子がよく知られ
ていますが、わが社では新しい素材の振動子を使用しています。この振動子を液
体につけて電気を通すと、さらさらの状態だと普通に振動するのですが、粘性が
あって、だんだん固まっていくようなものですと、電気的な抵抗が上がってきま
* 2
科学技術振興機構(前身の新
技術開発事業団、科学技術振
興事業団を含む)
の委託開発、
独創的研究成果育成事業、地
域イノベーション創出総合支
援事業、経済産業省の地域
新生コンソーシアム研究開発
事業、ものづくり中小企業製
品開発等支援補助金、さらに
宮城県のさまざまな支援事業
など。
す。縦軸に粘度、横軸に時間の経過をとり、サンプルの硬化過程をリアルタイム
にモニターできます。
エポキシ樹脂の硬化状態の粘度変化の測定などに使います。
この製品の特徴は、微量の試料での測定が可能、温度設定(マイナス 20 度~プ
ラス 120 度)ができる、さらにセンサー部が交換可能(固まったら捨てられる)
の三つです。
― 今年度の「宮城県地域イノベーション創出型研究開発支援事業費補助金」にも採択さ
れています。
山田 はい。北陸先端科学技術大学院大学と連携しています。従来、金属だった
部材に機能性樹脂が使われるようになり、高安定で長寿命な樹脂の開発が望まれ
ています。そのためには最適な安定化剤の組み合わせを探る必要があります。し
かし、複数の安定化剤が異なる濃度で配合された樹脂材料の寿命を評価するには
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特集
数百時間~数カ月かかります。この長い開発期間を短縮するのが、このプロジェ
クトの狙いです。具体的には、寿命測定時間そのものの短縮化と 100 検体同時
測定を可能にする装置の開発を目指しています。
― 次から次への開発ですね。ものづくりの中小企業が事業を続けていくのは大変ですね。
山田 本当に大変です。今お話ししたものとは別に、新製品を開発するプロジェク
トを社内で立ち上げていまして、そろそろ一つ、二つ出るところです。当社は、こ
うした装置の電気設計から始まって、最終的にお客様が使うソフトまで全部つくれ
ますから、装置をつくるのは別に難しくないわけです。一番問題なのは、市場でど
んな装置がお客様に求められているかなんですよ。今はアイデア勝負なんです。
■課題は補助金終了後の支援
― 地方創生といっていますが、地域の中小企業を強くし、産業を活性化するには何が必
要ですか。
山田 中小企業が補助金を使って開発をするのは挑戦的でいいと思いますが、問
題はその補助金が終わった後です。わが国では、こういうところには金融機関の
資金があまり回っていかないので、どうやってその先の金銭的なサポートをする
かが課題でしょう。お金が止まると、研究開発が止まってしまうので、公的な補
助金が生かしきれていないと思います。
― 掛け声とは裏腹に、金融機関との連携による新産業創出のエコシステムがうまく回っ
ていないので、官製ファンドが出てきました。
山田 ファンドは何をもって成果とするのかというと、ベンチャーを生み、育て
て何社上場させたかということです。東北地方で今まで何十社か支援していると
思うんですが、上場したのが 1 社か 2 社という話でなかなか成果が出ないとい
われています。しかし、上場しようと思わない企業も多いと思います。ファンド
は、今ある企業のシーズをどう伸ばすかというところをサポートする方向に行く
べきだと思います。上場だけを目的にしていると、そこに頼もうという中小企業
は少なくなるのではないでしょうか。
― わが国は欧米に比べて産業構造の転換が大幅に遅れていますから、起業、新産業創出
は絶対に必要です。しかし一方で、下請けから抜け出すため自社製品開発に挑戦する
ものづくり中小企業の力も見逃せません。世界と戦える独自技術を持っている、従業
員数十人の企業が地域に 10 とか 20 あれば、その技術集積って強いですよね。
山田 私もそう思います。革新的な技術を持つベンチャーを大きくするのも一つ
ですが、当社みたいに 50 人とか 100 人クラスの企業がそれぞれ雇用を 10%ず
つ増やすことができれば地域創生には大きな力になります。ある程度の経営基盤
がある中小企業の「強みの 1 点」を伸ばすためにどうしたらいいか、その対策
がポイントだと思います。
― ありがとうございました。
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特集2
地方産業創生 連携の力
栃木県・鹿沼ものづくり技術研究会
研究者と二人三脚で技術力磨く
地域のものづくり中小企業が技術の勉強会を長期間継続させるのは大変なこと
だ。ガラスを割らずに切削する「引き切り」という技術などを研究してきた鹿沼
ものづくり技術研究会は、大学の研究者との運命的な出会いが発足のきっかけ
だった。
栃木県・鹿沼商工会議所の「鹿沼ものづくり技術研究会」は 1999 年 4 月に
発足して以来、毎月 1 回の研究会を続けている。この研究会からさまざまな産
学官連携、産官プロジェクトが誕生し、国内外にネットワークを広げてきた。
■研究者との運命的な出会い
鹿沼はかつて木工業で栄えた所だ。しかし、産業構造が変化する中で木工業だ
けでは将来の発展が見込めず、
商工会議所が着目したのが金属の微細加工だった。
栃木県は隣の群馬県などと共に戦後、自動車や電機産業の加工組み立て産業が発
展し、鹿沼地域にも下請けの中小企業が多くあったからだ。そして、
「鹿沼を微
細加工技術の集積地に」を合言葉に、精密機械企業 8 社でスタートしたのが鹿
沼ものづくり技術研究会だ。
中長期で取り組む戦略的な研究テーマと、連携してくれる大学の研究者を探す
ため、東京大学、東北大学、群馬大学、宇都宮大学など多くの大学を訪問したが、
メンバーの関心と強みにマッチする研究者はなかなか見つからなかった。
2004 年 9 月 30 日、研究会メンバーは、東京都内で開かれていた大きな産業
展示会に行く途中に寄った独立行政法人科学技術振興機構(JST)の「第 1 回イ
ノベーション・ジャパン」で東京電機大学工学部の松村隆教授に出会い、相談を
持ち掛けると、松村教授は快諾。以来、今日まで技術面だけでなく、海外の情報
提供などさまざまな面で松村教授に研究会を支えてもらっている。
「松村先生との出会いは運命的だった。これを機に研究会の活動に火が付き、
翌 2005 年の地域新生コンソーシアム研究開発事業への申請・採択へと一気に進
んだ」(鹿沼商工会議所事務局次長兼総務課長の入江史朗さん)
。
■海外にも技術を紹介
「地域新生コンソーシアム研究開発事業」は産学連携による新技術・新製品開
発を支援する経済産業省の事業で、採択された鹿沼ものづくり技術研究会のテー
マは「ガラス等硬脆(こうぜい)材料の高効率切削加工技術の装置の開発」
。硬
脆材料とはガラス、石材、セラミックスのように硬いが、半面、衝撃に弱く割れ
やすい素材の総称。
同研究会が実現を目指したのはガラスを割らずに切削する
「引
き切り」という技術である。
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特集
商工団体が管理法人となって地域新生コンソーシアム採
択を受けるのは栃木県内で初めてだった。このプロジェク
トで開発した技術は、2007 年の「第 19 回中小企業優秀
図
鹿沼ものづくり技術研究会のあゆみ
平成11年度
鹿沼商工会議所「鹿沼ものづくり技術研究会」発足
◎鹿沼に微細加工技術の産業集積を目指して発足
平成15年度
ジェトロ ミニLL(Local to Local)事業に採択
◎イタリア・ミラノ近郊との技術交流開始
新技術・新製品賞」の奨励賞を受賞している。
研究会は、この他さまざまな産学官連携プロジェクトに
取り組んだ(図)。
国内展示会へ
研究会メンバー出展
海外への売り込みも積極的に行ってきた。技術交流先を
探すため、研究会メンバーが 2002 年からオランダ、スイ
ス、ドイツなどを視察。こうした意欲的な取り組みが評価
され、2003 年に独立行政法人日本貿易振興機構(ジェト
平成17年度
平成18年度
地域新生
コンソーシアム
研究開発事業
(平成17年度~
平成18年度採択)
ロ)の「ローカル・トゥ・ローカル産業交流事業 (LL 事業 )」
に採択され、国際交流に弾みがついた。
海外基礎調査
海外出張調査
支援事業」の補助を受け、同年、金属加工の“本家”ドイ
平成20年度
開発した硬脆材料の切削加工技術を紹介した。こうした活
動によりドイツ企業とのネットワークを構築した。
■若手会員増え、研究テーマに「経営」も
研究会のメンバー企業は、現在 9 社。創業した経営者
が高齢化し、
この数年、
事業の承継が相次いでいる。
「30 代、
平成21年度
ミッション派遣
有力企業招聘
ツ・ベルリンで、地域新生コンソーシアム研究開発事業で
産学官連携による
さらなるステップアップ
ガラス等硬脆材料の
高効率切削加工技術と装置の開発
JAPANブランド育成支援事業
(平成19年度~平成21年度採択)
平成19年度
2007 年には日本商工会議所の「JAPAN ブランド育成
ドイツ企業との技術交流開始
・ドイツにおける市場動向調査
・ドイツ企業へプレゼンテーション開始
要求される技術ニーズの確認
マッチング候補企業の発掘
・技術ノウハウの提供
・新製品の共同開発(マイクロTAS等)
・ビジネスモデルの構築
・ドイツ側企業とのネットワーク構築
自立したビジネスとする
—ドイツを拠点とした精密医療機器進出モデル—
平成22年度
国際医療福祉大学技術情報交流会でのニーズ発表より
福祉機器等の共同開発を開始。
・ワゴン車
・洗髪車⇒ディスポーザブル洗髪用具
・手浴器
40 代の若手会員も多くなり、研究会のテーマも技術経営
や、神奈川県川崎市などの産学官連携・新産業創出の先進
・車いす体重測定計 など
地についての勉強などが増えている」
(同会議所振興課長
の大橋昭彦さん)という。
東京東信用金庫若手経営者の会ラパン
との交流
平成23年度
授を招いて技術動向について勉強した。
平成24年度
設立時から同研究会を引っ張ってきた株式会社スズキプ
レシオンの鈴木庸介会長や、現在、同研究会会長の株式会
社マルイテクノの倉澤安行代表取締役は「新分野進出 ・ 第
二創業等を促進する施策、特にそういう取り組みに挑戦す
る若い世代に光を当ててほしい」としている。
(本誌編集長 登坂和洋)
メンバー企業の事業承継により
企業体質強化事業へ
京千住キャンパスを視察。秋には研究会の定例会に松村教
継続して開発中
今年度に入ってからは、松村教授のいる東京電機大学東
加須市商工会ものづくり企業との交流
セミナー:知能機構の開発で国内外の技術
競争力を高めよう
講
師:香取 英男 氏
秋季研修会「新分野への挑戦~県外企業
に学ぶ~」
講
師:渡辺 伸治 氏(㈱渡辺製作所)
藤井 秀美 氏(㈱藤井製作所)
かぬま木工新製品開発研究会との懇談会
!!
平成25年度
視察研修会
(公財)川崎市産業振興財団
新分野・新技術支援研究会と広域連携模索
㈱整電社
視察
◆ものづくり中小企業・小規模事業者試作開発等支援補助金
個別相談会(年度初め、年度終わりの2回実施)
◆かぬま木工新製品開発研究会との合同工場見学会・懇談会
◆川崎市産業振興財団との地域連携事業
◆東京電機大学/松村 隆教授 技術講演会
平成26年度
◆東京電機大学
千住キャンパス視察研修
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特集2
地方産業創生 連携の力
産学連携は人で決まる
―コンソーシアムは組織と役割を明確に―
1999 年から活動を続けてきた「鹿沼ものづくり技術研究会」のパートナーが東
京電機大学工学部機械工学科教授の松村隆氏だ。国内外の大企業、中小企業と多
くの共同研究等を行っており、産学連携に一家言を持つ。産学連携を成功させる
ポイント、鹿沼ものづくり技術研究会の成果などについて聞いた。
(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)
■世界に一つのマイマシン
― 先生のご専門は機械加工学ですね。
松村 私の研究室は加工機から作る加工技術がテーマです。研究室がスタートし
松村 隆
まつむら たかし
東京電機大学 工学部
機械工学科 教授
たのが 1993 年 4 月なので 20 年たちました。現在、
修士 7 人(うち留学生 1 人、
社会人学生 2 人)
、学部生 14 人(うち社会人学生 1 人)
、研究生 3 人の規模です。
「学生が作る世界に一つしかないマイマシン」が基本で、ゼミはすべて英語、生
産技術は海外展開を目指しています。
― 企業との共同研究、企業からの委託研究が多いそうですね。
松村 1998 年ごろから本格的に取り組んでいます。連携先は自動車、自動車部
品、航空機、工作機械、ガラス、鉄鋼などのメーカーや、重電、エンジニアリン
グなど多岐にわたります。現在は、コンソーシアムの中でボーイング 787 の炭
素繊維強化プラスチックの穴開けの技術を担当しています。国内の多くの中小企
業ともお付き合いしています。
― 大企業と中小企業では大学との連携に違いがありますか。
松村 私は「砂時計型の産学連携」と言っています。大企業の技術および中小企
業が開発した挑戦的な技術は、
砂時計の砂が上から下に落ちるように、
相互に徐々
に影響し伝わっていきますが、連携の機能が優れていればもっと全体の水準は上
がると思います。大企業と中小企業の連携の要が大学だと思います。中小企業は
「他社ができないもの」
「ナンバーワンでなく、オンリーワン」に興味を持ってい
ます。中小企業には実際にものを見せ、かつ、それでどういうことができるかを
示さないと納得しません。これに対し、大手企業が大学の研究者と連携する目的
は主としてコストダウンと人材獲得です。
■出口のない産学連携に成果はない
― 産学連携で大事なことは何ですか。
松村 第1に出口、目的を持つこと。 出口のない産学連携に成果はありません。 第
2 に産学連携は人で決まるということ。 技術の高さより技術を作る人、使う人が重
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特集
要です。 第 3 に人材育成も産学連携であること。 人材が育つことがお互いの信頼
関係を築き、継続的な技術の向上、連携の発展の元になります。第 4 に産学連携
には期限を付けるということ。第 5 に連携とお付き合いを区別せよということです。
― 複数の企業、大学研究者等が参画するコンソーシアムの場合、何がポイントですか。
松村 成功するコンソーシアムのポイントは、第 1 に組織と役割が明確なことで
す。
「産」側にリーダーは必要です。大学の研究者は少ない方がいいでしょう。組
織と役割がはっきりしていることがメンバーをやる気にさせます。第 2 に、成果
が目に見えることです。
「学」のシーズを実用的なものに仕上げるのが「産」ですが、
出口、目的がはっきりしていることが成果に結び付きます。第 3 に、成果を発展
させられることです。コンソーシアムの期間で生み出した成果を、その後、売り
込めるような連携組織だと素晴らしいですね。要するに、成功するコンソーシア
ムは「メンバーが仲良しになれるコンソーシアム」と言っていいと思います。
― 鹿沼ものづくり技術研究会の場合はいかがですか。
松村 鹿沼ものづくり技術研究会は紛れもない成功例だと思います。発足初期の
頃から長年、会長を務められた株式会社スズキプレシオンの鈴木庸介社長(現・
代表取締役会長)のリーダーシップがありました。大学で関わってきたのは基本
的には私一人です。目的が明確で、成果が目で見えました。また、成果を発展さ
せるという点でも好例で、海外へ積極的に技術を売り込みましたし、国内でも広
報活動に取り組みました。いろいろな賞も受賞しました。人材育成ということで
は、研究会の最初の大きなプロジェクトである地域新生コンソーシアムの新技術
開発に関わった栃木県産業技術センターの研究員が、その後私の研究室の研究生
になり、今年度に博士号を取得する予定です。
■「学」のポテンシャルを発見
― その地域新生コンソーシアムによるプロジェクトはビジネスにつながったのでしょうか。
松村 ガラスの引き切り技術の開発は、必ずしも大きなビジネス、利益に結び付
いたとは言えないかもしれませんが、宣伝効果があり、
「やればできるんだ」と
いう自信を生み、メンバーの結束が強まりました。そもそもこの産学連携による
研究開発で、中小企業の方々は「学」に利益を求めませんでした。連携による研
究開発を通じて、メンバーは「学」のポテンシャル、自分たちの秘めた可能性を
見つけたといえます。その後、メンバー企業は鹿沼ものづくり技術研究会として
の活動の他、独自の研究開発も進め、それぞれオンリーワンの分野を切り開いて
います。特に、スズキプレシオンは新規分野である医療分野で活用できる技術を
確立し、その後の戦略的基盤技術高度化支援事業では歯科用のインプラントの部
品の高能率・短納期化を図りました。さらに、このプロジェクトの中で開発され
た増速スピンドルは、現在、多くのユーザーから注文を獲得し、事業としても大
きな成果を挙げました。
― ありがとうございました。
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特 集2
地方産業創生 連携の力
倉敷市・ふなおワイナリー
産学官金で金時にんじんスムージー開発
岡山県の伊東香織倉敷市長が2014年9月、第1回「まち・ひと・しごと創生会
議」に提出した資料の中に、「産学官金連携」の成功事例が紹介されている。
「ふなおワイナリー有限会社」(倉敷市船穂町)の新商品開発や施設整備だ。狩
山恭三所長に聞いた。
(聞き手:本誌編集長 登坂和洋)
狩山 恭三
かりやま すみぞう
ふなおワイナリー有限会
社 所長
― 倉敷市特産のぶどう「マスカット・オブ・アレキサンドリア」を使ったワインを製造
したそうですね。
狩山 マスカットは桃などとともに岡山県の特産品の一つで、日本中のほとんど
の人がその名前を知っている果物です。優れた栽培技術がこの地域には蓄積され
ています。しかし担い手不足などにより栽培面積は大幅に減少しました。なんと
かマスカット生産を盛り上げたいが、出荷時期は年間 4 カ月しかない。そこで、
ワインなら年間を通じて販売できると考え、第三セクターとして 11 年前にワイ
ン生産に乗り出しました。工場に併設した店舗で販売しています。
― 「産学官金連携」で新商品開発、施設整備を行ったとのことですが。
狩山 総務省の「地域経済循環創造事業」
(2012 年度補正)に採択されたこと
がきっかけです。くらしき作陽大学の学生らに 1 年間かけて「金時にんじん」を
使ったスムージーの新商品を開発してもらいました。スムージーというのは、凍
らせた果物または野菜を使ったシャーベット状の飲み物です。金時にんじんもこ
の地域の在来品種でニンジン臭さがないのが特徴で、ミキサーで白桃のコンポー
ト(シロップ)などと混ぜて飲みます。2014 年夏から弊社の店舗
で提供しています。また、倉敷芸術科学大学には、現在弊社が開
発中のスパークリングワインの瓶のラベルデザインをお願いしまし
た。2014 年末にラベルが仕上がり、販売を始めました。地元の玉
島信用金庫(本店:倉敷市玉島)には無担保で融資してもらいました。
― 伊東市長の資料では、
「直近 3 年で売上高は倍増、
来客数は 4 倍に増加」と書かれています、土日、祝
日には観光客が多いようですね。
狩山 はい。弊社の施設(店舗)は、愛宕山公園に
隣接しています。この公園とその周辺は、桜、新
緑、紅葉と四季の自然を楽しむことができるばかり
でなく、弊社の工場の隣にマスカット農園、また同
公園の一角にもマスカット農園があります。訪れた
人々は、マスカットの栽培風景を見学できます。こ
れからマスカットを栽培したい人を対象とした研修
上 金時にんじんのスムージー
も行っています。
下 ふなおワイナリー
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中 マスカット・オブ・アレキサンドリアを使ったワイン
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体験的「博士」のキャリアパス考
大学の薬学部から大学院に進み「薬学博士」を取得した筆者には、進路として「製
薬会社の研究員」か「米国の大学のポスドク」の二つの選択肢が存在した。しかし、
実際に選んだのは、恩師の大学教授と共にベンチャーを起業し、経営人材として
経営全般を担当することだった。
■千葉大学発ベンチャー・アミンファーマ研究所
株式会社アミンファーマ研究所は 2007 年 4 月、千葉大学大学院薬学研究院の
五十嵐一衛教授(当時。現千葉大学名誉教授)の研究成果を基に千葉大学発ベン
チャーとして設立された。現在、血液だけで脳梗塞のリスクが安価、簡便に分か
る「脳梗塞リスク評価」を主力事業としており、全国 200 以上の医療機関、複
数の健康保険組合、共済組合に導入していただいている。年間の利用者はおよそ
片桐 大輔
かたぎり だいすけ
株式会社アミンファーマ
研究所 専務取締役
(兼任:千葉大学 学術研
究推進機構 産業連携研究
推進ステーション 特任准
教授)
1 万 7 千人である。社員は常勤 7 名。代表取締役は研究シーズの出し手の五十
嵐が務め、私は専務取締役として経営全般を担っている。
当社の脳梗塞リスク評価では細胞が壊れると血液中に出てくる
「アクロレイン」
という物質と 2 種の炎症性マーカー(IL-6、CRP)を測定し、独自の解析手法
により脳梗塞のリスク値を算出する** 1、2。脳梗塞リスクは高、中、低の 3 段階
で示され、リスクが高い方には脳ドックなど、より詳細な検査を薦めている。倒
れる前のリスクチェックとして、また、脳ドックなどの画像検査のファーストス
クリーニングとしてこのリスク評価が活用されることで、脳梗塞の発症を未然に
防ぎ、国の医療費削減や個人の健康に貢献できればと思っている。2014 年、当
社に対して「第 39 回発明大賞本賞」を、個人(五十嵐一衛、片桐大輔、蒲池孝一)
に対して「第 12 回産学官連携功労者表彰(経済産業大臣賞)
」を頂いた。当社
のような小さなベンチャー企業が各方面から応援していただけることに、この場
をお借りして心より御礼を申し上げる。
** 1
Igarashi, K., and Kashiwagi,
K.: Protein- conjugated
acrolein as a biochemical
marker of brain infarction.
(Review article) Molecular
nutririon & food research.
2011, Sep;55(9), p.13321341.
**2
片桐大輔,五十嵐一衛.
脳梗塞バイオマーカーの開
発(総説).未病と抗老化.
2007,16,1,p31-35.
五十嵐教授と共に
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■研究者から経営者、産学連携人材へ
さて、このようなアミン
ファーマ 研 究 所 の 経 営 を
担っている私ではあるが、
ベンチャー企業の経営者に
なろうと思っていたわけで
はない。むしろ、まったく
経営など 考 え た こ と も な
かったが、自身の「思い」
に対して真剣に取り組んだ
結果、気付いたら経営とい
う役割を担っていたという
のが正直なところだ。
アミンファーマ研究所が入る千葉大亥鼻イノベーションプラザ
私は、1978 年に長野県に生まれ、長野県飯田高等学校を卒業後、千葉大学薬
学部総合薬品科学科へ進学した。その後、千葉大学大学院医学薬学府に進学し
博士課程を経て、2006 年に薬学博士となった。大学院博士 1 年時には独立行政
法人理化学研究所の技術研究生として週の半分ほどを理化学研究所にお世話に
なり、大学院博士 2 年時、3 年時は独立行政法人学術振興会特別研究員として研
究に没頭した。博士取得後は独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機
構(NEDO)の NEDO フェロー事業* 1 に採択され、NEDO フェローとして活
動した。研究をする側から、研究成果を活用する側へのキャリアの転換がここで
あった。NEDO フェローとして千葉大学産学連携・知的財産機構(現・学術推
進機構 産業連携研究推進ステーション)へ派遣され、研究成果の実用化のため
* 1
研究成果を事業化する人材
を育成するため、研究者が専
門分野を超えて経営学等を
学ぶ事業。
の経営マネジメント、知財管理、大学発ベンチャー起業に関わる業務などに取り
組み、大学の研究成果の実用化に関わる能力の研さんに励んだ。千葉大学発ベン
チャーである当社の設立、経営支援もこのとき行った。NEDO フェロー後から
現在にかけては、当社の専務取締役として経営を実践する傍ら、千葉大学学術推
進機構において、研究成果の実用化事例を数多く輩出するべく、特任准教授とし
て活動している。
■研究成果の実用化事例を作りたい
博士課程修了後のキャリアチェンジには唐突の感があり、驚かれる方も多いと
思う。事実、私の周囲の友人も驚いていたし、このようなキャリアは薬学ではま
れであった。当時、製薬企業の研究職、または米国西海岸の大学でのポスドクと
いう選択肢が私にはあったが、起業、マネジメントの道を選んだ。
選択の理由はいくつかあるが、代表的なものの一つは「大学の研究成果の実用
化事例を作りたい」という思いであった。これは、当時われわれが置かれていた
研究環境に影響を受けている。研究助成申請などを通して感じていたことは「こ
の研究はどんな意味があるのか、どんな役に立つのか」ということを日に日に求
められるようになっていったということだ。若い生意気な私は「基礎研究にそん
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な短期的なことを求めてどうするんだ。人類の英知がここまで到達したというこ
とだけでもいいじゃないか」と憤る反面、大学の基礎研究は本当に役に立つのだ
ということを証明し、実用化事例を作ることで社会に貢献したいという気持ちも
芽生え始めていた。
この時、五十嵐教授から長年の研究成果を基に起業される予定であることを教
えていただき、声を掛けていただいた。尊敬する先生からのお声掛けにすぐに気
持ちは決まったが、先生のお仕事にご一緒させていただくということは、上述の
私の思いである「大学の研究成果の実用化事例を作りたい」というものを実現で
きる機会を先生からいただいたということでもあった。
しかしながら、私は二人三脚で始めるスタートアップに研究者は 2 人はいら
ないと考えた。先生のお役に立ち、なおかつ「大学の研究成果の実用化事例を作
る」ためには何が最善か?私が研究で先生とご一緒するよりも、マネジメント人
材としてご一緒することの方が重要と考え、ここで私のキャリアチェンジが起こ
り NEDO フェローへとつながる。こうして、私個人の思いや恩師からいただい
た機会を主な理由として、私個人を「社会的な役割を果たす機能の一つ」として
少し視点を変えて見つめたとき、新しいキャリアが開け、経営者、産学連携人材
への道を歩み始めたのだと思う。
■博士人材は新しい領域に果敢に挑戦できる
私は博士について、自ら課題を見つけ仮説を立て、実験し、結果を考察して課
題にフィードバックし、またそこから仮説を立て実験し、と知の創造のためのサ
イクルを回すプロフェッショナルだと考えている。新しい領域に果敢に挑戦で
きる、高度な科学知識と哲学的思想を併せ持った貴重なイノベーション人材だ。
NEDO フェローで一緒だった博士の方々もその後、経営者や産学連携人材にな
られた方が多くおられる。
産学連携分野はまだ新しい領域で、コーディネーター、URA、知財管理スタッ
フなど大学に存在する複数の職名を見ても、まだまだこれから成熟が進む分野だ
と思っている。経営というものも決められた解答やゴールがなく、常に新しいこ
とを開拓するようなものだと感じており、成熟前の分野の仕事と似ている点が多
い。このような領域には「やりながら、理解して、自ら先頭に立って進む」こと
ができる人材が必要であり、研究活動を通じてその能力を身に着けてきた博士人
材には、他の方たちよりもその素養があるように思える。博士人材には自身の
「思
い」に従って、時に専門を深め、時に専門を飛び越えて、さまざまな領域で活躍
してほしいと思っている。私もそのような活躍ができるように、今後も大学の研
究成果の実用化の領域で、経営者、または産学連携人材として社会に貢献してい
きたいと思う。
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文理融合の万引対策研究の大きな成果
万引を減らしたいと県警から大学に協力要請があり、文理のさまざまな領域の研
究者によるチームを編成。県教育委員会など外部機関の協力も得て、最終的に万
引防止のための教材を作成し、大きな効果を発揮した。プロジェクトをコーディ
ネートした産学官連携部門にとって大きな課題は、文化、スピード感の違う異分
野の研究者を融合させることであった。
「香川県での万引の認知件数が 2003
(平成 15)年から 7 年連続でワースト1
永冨 太一
である」と、にわかには信じ難い話を聞いたのは 2009 年の冬のことだった。
ながとみ たいち
2008 年秋に九州から赴任し、とても穏やかな風土に暮らしやすさと愛着が湧い
香川大学 社会連携・知
的財産センター 副セン
ター長 准教授
たことを実感していた私にとって、この事実はとてもショックなことであった。
■重要な互助関係の構築
香川大学では 2008 年秋から文部科学省の委託事業で地域に根差した総合大学
としての力を結集すべく、社会ニーズに対応した文理融合型の研究プロジェクト
を創出する新たな試みを始めていた。そのような折に、香川県警察本部から万引
ワースト 1 の汚名を早く返上したいと香川大学に実態調査から防止対策までの
視野に入れた協力要請が寄せられた。
そこで社会連携・知的財産センターが受け皿となり、香川大学の総合大学の利
点を生かした文系、理系の両分野の研究者で構成するプロジェクトチームを編成
した。
調査対象である被害店舗、被疑者、教育現場、家庭環境に対し、産学官の連携
の下に教育学部、経済学部、工学部それぞれの視点から考察と解決に向けたアプ
ローチを試みたところ、最も必要な対策は防犯装置の開発のようないわゆるハー
ド面による対策ではなく、声掛け運動などのソフト面での対策に解決の糸口があ
るという結論に至った。
そこで教育学部において調査結果を基に店舗での万引防止対応マニュアルを
作成したのを皮切りに、DVD * 1 による世代ごとの万引の実態と対応策を考え
る教育プログラムを作成するなどし、これらにより検証を行った結果、万引防
止には周囲に対する関心や気配り、実態の理解、防犯対策─いわゆる意識、
知識、行動─に地域全体で取り組む互助関係の構築こそが重要であることが
示された。
* 1
DVD 教材はポリスチャンネ
ルでも視聴可能。
ポリスチャンネル
「万引きにレッドカード!」
http://www.cmfm2.jp/
movie/play/146/21342/
10/20
その後、県教育委員会、万引 Gメン等も参画し、新たな協力体制の下で万引
防止のための教材作成にまで至った。
この効果は実践により早速実を結び、実際に年間 1,000 万円にも及ぶ被害に
悩んでいた店舗で 30%近く被害を抑えるなどの成果が得られ、また万引の認知
件数の県別ランキングも年を重ねるごとに下がり続けたことから他の県警からも
モデルケースとして注目されるようになった。
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現在では愛媛県、高知県、奈良県、岩
手県等の県警との協働による実例集の作
香川大学万引き防止対策事業
(文部科学省 大学等産学官連携自立化促進事業)
成がスタートし、県外へと展開が広がり
始めている。
香川県警察本部
共同研究依頼
香川大学
社会連携・知的財産センター
日本全国で年間 4,600 億円もの被害
額が報告されている中、本取り組みによ
香川大学万引き防止対策チーム
る地域社会や経済へ与えるインパクトの
大きさから、各自治体だけでなく国から
教育
経済
工学
も非常に高い評価を頂いている。
そして 2013 年 3 月に本事業の社会的
貢献が認められ、香川県警本部が 2012
(平成 24)年度の警察庁長官賞を受賞し
た(図)。
■異分野の研究者の融合
図 香川大学万引き防止対策事業
ここまでの取り組みは、まさに人文社会系ならではの発想で地域の課題に応え
る一つの道筋を示すことができたわけであるが、ここに至るまでの道のりには文
理融合型の研究プロジェクトならではの問題点が多々あったことも事実である。
代表的なものとしては「研究者間のマネジメント」が挙げられる。
複数の研究者が参画するプロジェクトでは多少なりとも双方の文化、価値観、
スピード感の相違が存在することは確かであるが、特に理系と文系のその差異は
極めて大きく、両者のストレートな主張は不協和音を生じさせるきっかけとなっ
た。そこで、双方の意見が直接ぶつかるのを避けるため、当センターが相互に納
得しやすい言葉に翻訳しつつ、早い情報収集による不満の吸収と対立の緩和に努
めた。こうした工夫が異分野の研究者の融合を進め、プロジェクトの目標達成ま
で先導した。
本プロジェクトは、毎年度新規外部資金を複数獲得しながら現在まで継続発展
しており、矯正管区や少年院、地元商店街等との連携の拡大や全国での経済効果
等を検証しながら事業を進展させている。
今後はさらに地域住民の居場所づくり、情報共有の場づくり等の地域全体で見
守る環境づくりを、他の地域活動と連動する仕組みを確立するところにまで発展
させ、社会全般のさまざまな問題との結び付きと相乗効果が生まれることを期待
している。
大学の産学官連携活動に身を置く者として、ハード面での研究開発が中心であ
る産学官連携の世界で今回、人文社会系を中心としたソフト面での成功事例を創
出したことは、人文社会系による産学官連携の今後の可能性を予感すると同時に
地方大学の社会貢献活動における新たな方向性が示されたと実感している。
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博物館標本 3D データの
MTA(有体物移転契約)による提供
九州大学総合研究博物館は収蔵品のデジタルデータ保存やデジタルコンテンツで
の活用のため、骨格標本の 3D データ化を進めてきた。博物館の権利を保護しな
がら、営利利用等も含めた幅広い利用者のニーズに応えるには、従来の知的財産
権の考え方では不十分である。
■はじめに
近年、3D プリンターをはじめとするデジタル造形技術が普及の兆しを見せ、
家庭や学校などでも、立体物の製造が可能になってきている。立体物の形状デー
タ(3D データ)をインターネット経由で提供することで、利用者は個々にデー
松本 隆史
まつもと たかし
九州大学 高等研究院/
総合研究博物館 助教
タを取得し、加工・出力し、目的に応じた活用をすることが可能となる。また、
部品設計図や教材を 3D データによって販売するなど、商業的利用による経済的
効果も予想できる。
博物館においても、収蔵品の形状を 3D データとして配信する事例は出てきて
おり、スミソニアン博物館などが収蔵品データの配信を始めている** 1。このよ
うな事例では、原則として、私的利用・教育目的などの非営利利用に限って、収
蔵品データの利用を許可しているケースが多い。それでは、営利利用等も含め、
より幅広い利用者のニーズに対して、博物館の権利を保護しながら 3D データを
提供するにはどのようにすればよいだろうか。どうやら、
博物館収蔵品の 3D デー
タの提供においては、従来の知的財産権の考え方では、データの権利を保護しな
深見 克哉
ふかみ かつや
九州大学 有体物管理セン
ター 教授
がら提供するのに不十分なようである。
■九州大学総合研究博物館の標本資料
九州大学総合研究博物館には、自然史標本など多数
の標本資料があり、動物骨格標本も自慢のコレクショ
ンの一つである。これらの標本資料は、長年をかけて
三島 美佐子
収集・管理されてきたものであり、約 100 年前の開
みしま みさこ
学間もない頃から受け継がれてきたものも多くある。
九州大学 総合研究博物館
准教授
当館では、収蔵品のデジタルデータ保存やデジタルコ
ンテンツでの活用** 2 のため、骨格標本の 3D データ
化を進めてきた。最近では、3D プリンターでの出力
に適したデータの生成も行っており、キリン、バビル
** 1
写真 1 サル(マカク属)頭骨の 3D
データを 3D プリンターに
よって出力したもの
サ、マレーグマなどの頭骨の 3D データが出来上がっている(写真 1)
。
■収蔵品 3D データの保護における課題
これからデジタルデータによる立体物の流通が広がっていく中で、教育・研究
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Smithsonian Institution.
“Smithsonian X 3D”
.
http://3d.si.edu, (accessed
2014-07-24)
** 2
三島美佐子、他.骨格標本を
用いた AR 教材の有効性(予
報)
.大 学 博 物 館 等 協 議 会
2013 年度大会・第 8 回博物
科学会案内・要旨集.2013, p.
23.
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のためにデータを広く一般に公開していくことは、大学博物館の重要な役割であ
る。同時に、研究や教育の成果物を元にした、産業的な活用を促進することも、
大学にとって大事な役割である。大学博物館が標本データを営利利用に対して提
供する際には、利用に対する相応な対価を標本資料のさらなる保護・管理に生か
すことが、持続的な教育・研究活動のために必要と考えられる。
それでは、骨格標本の 3D データを提供する場合の権利について検討してみよ
う。多くのデータ配信サービスでは、立体物の著作権を元にして考えているケー
スが多いようであるが、3D データそのものは設計図とも解釈でき、著作権の対
象となるか不明である。特に、骨格標本などを忠実にスキャンしたものは、自然
物の複製であり、ますます著作物と見なすのは難しくなる。また意匠権などの工
業所有権ともなじまない。大学による通常の知的財産権活用の枠組みでは、3D
データの利用許諾や移転の実施は難しい。
** 3
九 州 大 学 総 合 研 究 博 物 館.
“九州大学総合研究博物館所
蔵品の 3D データの提供”.
h t t p : // w w w. m u s e u m .
kyushu-u.ac.jp/3d/indexja.html, (accessed 201405-14)
** 4
■ MTA による収蔵品 3D データの提供実験
検討を重ねた結果、標本の3D データを大学の財産として産業的に活用する
際には、有体物移転契約(Material Transfer Agreement:MTA)を応用して、
九州大学有体物管理センター.
“有体 物管 理センターマテリ
アル 管 理システム”
.http://
m m c - u .j p , ( a c c e s s e d
2014-07-24)
その利用の範囲を定めるのが適当ではないかという考
えに至った。インタンジブルなデータに対して、
「有
体物」の考え方を応用するのは一見奇妙に思えるが、
データの生成源が自然物であり、その産業的利用や研
究目的利用の範囲を契約によって定めて提供するとい
う点で、考え方に共通する部分が多い。
そこで、九州大学有体物管理センターでは、総合研
究博物館の標本3D データを MTA により提供する
実証実験を開始した** 3。同センターのマテリアル管
理システムから、標本3D データの利用申込を受け
付けている ** 4(図 1)
。この実験では、まず基本的
な MTA の枠組みを 3D データのライセンスに適用す
ることから始め、利用希望者から寄せられるニーズを
精査して、さまざまなケースに対応できる 3D データ
の提供方法を検討・整備していきたい。教材の開発や、
造形技術のベンチマークなどへの利用を想定している
が、われわれが考えつかないような独創的な利用の提
案も期待している。
図 1 マレーグマ頭骨 3D データのマテリアル情報
■謝辞
動物骨格標本の取り扱いについて、九州大学大学院 比較社会文化研究院 田中
良之教授、総合研究博物館 舟橋京子助教に専門的知見をご提供いただいた。デー
タ化作業では、総合研究博物館 瀬戸浩貴氏にご協力いただいた。ここに謹んで
感謝を申し上げる。
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連載
第6回
各国の研究開発戦略
英国(後編)
高価値製造業へ研究開発推進
強い製造業を復活させるため、大きな資金を投入した研究開発プロジェクトが進
められている。目指しているのは高価値製造業。人材育成と併せて、次世代の英
国経済を担うのは製造業だとして政府がかじを切ったとも考えられる。
■製造業に関する研究開発の推進
津田 憂子
つだ ゆうこ
独立行政法人科学技術
振興機構 研究開発戦略
センター 海外動向ユ
ニット フェロー
2011 年度には製造業における研究開発推進のための投資策も幾つか発表さ
れた。 そ の 中 で も、2011 年 10 月 に 設 立 さ れ た 高 価 値 製 造 業(High Value
Manufacturing)のカタパルト・センターは特筆すべき取り組みである。カタ
パルト・プログラムでは、特定の技術分野において世界をリードする技術・イノ
ベーションの拠点構築を目指している。この拠点を産学連携の場として、企業や
科学者、エンジニアが協力して最終段階に近い研究開発を行い、アイデアを新た
な製品やサービスに転換することが期待されている。Innovate UK(2014 年夏
から用いられている通称。以前の名称は「技術戦略審議会」
)が同プログラムの
管理・運営を行っている。高価値製造業は、カタパルト・プログラムの最初の例
として実施され、6 年間で 1.4 億ポンドを超える公的投資が予定されている。具
体的には、既存の七つの製造関連の研究・技術センター(先進成型、先進製造、
プロセスイノベーション、複合材料等)を統合し、個々の企業や大学だけでは投
資できないような最新の研究設備を整備することにより、
多様な製造業(医薬品・
バイオテクノロジー、食物・飲料、ヘルスケア、航空機、
自動車、エネルギー、化学、電子等)を幅広く支援し、
研究成果の迅速な商業化を目指す。
高価値製造分野のカタパルト・センターの運営を最初
に開始したことは、経済の成長を目指す英国政府の製造
業への期待が大きいことの表れであり、前編で言及した
人材育成と併せて、次世代の英国経済を担うのは製造業
だとして政府がかじを切ったとも考えられる。
Innovate UK は、イノベーションを通じた成長の期
待が高い主要・優先 13 分野の一つに高価値製造業を含
めており、また、高価値製造業、デジタル経済、宇宙応
用、資源効率性を 4 能力領域(competence areas)と
して設定している。とりわけ、
高価値製造業に関しては、
技術(の成果)を市場に結び付け、製造業の高価値要素
に焦点を当てることで、英国の産業界と世界の競争相手
との差別化を図ることを目指している。
Innovate UK の 2012 ~ 2015 年 の 高 価 値 製 造 業
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図 1 ポテンシャルの高い魅力的な産業セクターの分類
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図 2 持続可能な高価値製造業のモデル
戦略では、①高価値製造業のイノベーションを促すための直接投資額を倍増
し、年間約 5,000 万ポンドにまで引き上げ、②最も魅力的な技術および英国
が、グローバル市場において重要なプレーヤーとなり得るような、市場のさま
ざまなセクターへの投資を集中して行い、③ 22 の製造業能力(manufacturing
competencies)
(図 1)を用いて投資先の選択を行うことが示されている。
Innovate UK の高価値製造業プログラムのアクションプラン(2014 - 2015
年)では、2014 年度予算で 7,200 万ポンドの措置が予定されている。内訳
は、前述の高価値製造業のカタパルト・プログラムに 3,000 万ポンド、研究会
議と共同で取り組んでいる産業バイオテクノロジー・カタリスト(Industrial
Biotechnology Catalyst) プ ロ グ ラ ム に 1,500 万 ポ ン ド、 産 業 界 や 研 究 コ
ミュニティが共同で R&D プロジェクトに従事するのを支援する共同研究開発
(Collaborative R&D)プログラムに 2,300 万ポンド等である。
Innovate UK が目指す持続可能な高価値製造業のモデルとは、前編(2014
年 12 月号)の「製造業の将来」フォーサイトプロジェクトや後述する Institute
for Manufacturing(以下「IfM」
)の製造業に対する捉え方と同様、単なる「も
のづくり」から「プロセス」や「サービス」を含むバリュー・チェーン全体を想
定し得るものである(図 2)。
■ケンブリッジ大学・IfM の取り組み
ケンブリッジ大学工学部内に 1998 年に設立された IfM は、年間 600 万~
700 万ポンドの予算規模を持ち、約 230 名のスタッフと研究員および 100 名
程度の学生が在籍している。主な財源は、①ケンブリッジ大学から配賦される
運営費(教育)②公的ファンディング機関(主として
工学・物理科学研究会議〔Engineering and Physical
Sciences Research Council:EPSRC〕
)からの競争
的資金 ③産業界との連携(マッチングファンド)の 3
種類から成り立っている。それ以外に、企業へのコンサ
ルティングサービスからも収入を得ている。IfM のコン
セプトは、①研究と教育の統合的な推進を図り、②産業
界との密なコミュニケーション・連携をとり、③経営、
図 3 IfM の活動領域
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表 1 IfM の研究活動
【技術開発テーマ】
・Design Management
・Distributed Information &
Automation Laboratory
・Fluids in Advanced
Manufacturing
・Industrial Photonics
・Industrial Sustainability
・Inkjet Research
・International Manufacturing
・NanoManufacturing
・Strategy and Performance
・Technology Enterprise
・Technology Management
【政策研究関連】
・Centre for Science, Technology & Innovation
Policy (CSTI)
科学技術イノベーションを推進するための政策研究
ユニット。ポリシー・メーカーへの提言を目的とする。
【コンソーシアムへの参加】
・EPSRC Centre for Industrial Sustainability
・Cambridge Service Alliance
・Smart Infrastructure
【教育システムの研究】
・Manufacturing Industry Education Research
教育における製造業の課題を研究
科学技術・政策の知見を融合して、産業界のさまざまな課題解決に貢献し、政府
の製造業政策への提言を行うことである。実際、IfM 所長のマイク・グレゴリー
教授は、Innovate UK の高価値製造業戦略や「製造業の将来」フォーサイトプ
ロジェクトの策定に有識者の一人として参画してきた。
IfM の活動は、大きく研究、教育、サービスの三つに分かれている(図 3)
。
研究に関しては、IfM が抽出した 11 の技術開発テーマに基づく R&D や政策研
究等が実施されている(表 1)。このように、IfM では、技術開発、政策研究、
教育システムの研究等、製造業に関する多様なアプローチをアンダー・ワン・ルー
フで実施している。
■まとめ
英国の製造業は、19 世紀半ばからの第二次産業革命以降、技術教育の遅れ等
の理由により、その技術力は衰退し、降下の一途をたどった。しかし現在、産業
によっては競争力を維持しているものや、回復しているものもある。例えば、医
薬品産業、自動車産業、航空機産業、軍需産業等、GDP に対する付加価値が高
いハイテク産業において、英国は存在感を示している。本稿で見てきたように、
リーマンショック後、英国政府は製造業を長期的なチャンスとして見据え、経済
戦略に活用しようという試みを本格的に開始した。世界的潮流を見ても、現在は
製造技術のデジタル化によって第三の産業革命が進みつつあるとの指摘もあり、
製造業は、3D プリンター等を用いた付加製造技術(Additive Manufacturing
technologies)による開発・試作・製造プロセスの革新の可能性も含め、より
スマートでフレキシブルなものづくりに移行していくことが予測される 。ただ、
英国には製造業を軽視する伝統的な考えからなかなか抜け切らない側面もある。
政府や大学が主導するさまざまな政策や取り組みが実を結び、実際に製造業時代
の再到来となるのかどうかについては、今後注視していく必要があるだろう。
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視 点
産学官連携従事者の役割
大学のサステイナビリティの知見
★大学の研究成果の技術移転は、ライセンス
★先日、ブリティッシュ・コロンビア大学(カナダ・
だけでなく、共同研究や受託研究、サンプル
提供から技術指導に至るまで多岐にわたる。
今後の研究開発を最も加速する選択肢はどれ
なのか、状況を踏まえて熟考し決断すること
が、産学官連携従事者の役割のように思う。
国立大学の法人化以降、産学官連携従事者
の名称やその像は、国の実施する事業に伴い
変遷した。産学官連携従事者の多様化は、研
究成果に対する多角的な視点を有することに
つながっているが、現状、そのポストの継続
性は確保されていない。今後は、目指すイノ
ベーションのライフサイクルを考慮した人員
配置を行う必要があるだろう。
大西 由香 静岡大学 イノベーション社会連携推進機構
知的財産管理室 室長、准教授
編 集 後 記
バンクーバー)の CIRS(Center for Interactive
Research on Sustainability)を訪問した。4 階建
ての講義棟で、教員の研究室やカフェテリアも併設
されている。自然光の採り入れや自然換気を積極的
に行い、太陽光発電、太陽光温水器、地中熱、排
熱利用等を進めている。また、半年以上が雨季とい
うバンクーバーの特徴を生かし、雨水で飲み水、手
洗いの水等、建物で使用する全ての水を賄っている。
ここで得たサステイナビリティの知見を社会移転するこ
とが CIRS の目的である。
東北の被災地もさまざまな再生可能エネルギー・プ
ロジェクトに取り組んでいる。あらためて学の力が不
可欠だと感じた。
西山 英作 一般社団法人東北経済連合会 産業経済部長
東経連ビジネスセンター センター長
おかげさまで 10 周年
創刊 10 周年を迎えました。小誌がスタートしたのは、国立大学が法人化した翌年の
2005 年 1 月。TLO 法(1998 年)
、産業活力再生特別措置法(日本版バイドール条項、
1999 年)等を背景に技術移転のための仕組みの改革――大学にとっては仕組みづくり―
―が急速に進んでいるときでした。以来、各セクターが試行錯誤を繰り返し、産・学・官
の連携の姿は目まぐるしく変化してきました。小誌が焦点を当てたテーマも移り変わりま
したが、情報発信を続けてこられたのは読者の皆さまの励ましのおかげです。
課題を挙げれば切りがありませんが、産学官連携は深化しています。例えば、大学の知
財戦略。出願する特許の選別はどの大学も強化していますが、一歩進んで、特に有望な特
許をさらに強いものにしようという取り組みも見られます。今号では 2 例紹介しました。
他にもいろいろ発掘したのですが、ある私立大学からは「
(記事にするのは)まだ早いで
すね」とやんわり断られてしまいました。その特許(およびその教員の研究)を静かに育
てたいということなのでしょう。この分野でも選択と集中は進んでいるのです。次号では
TLO(技術移転機関)の今後を展望する座談会をお送りします。
本年もよろしくお願いいたします。
産学官連携ジャーナル(月刊)
2015 年 1 月号
2015 年 1 月 15 日発行
PRINT ISSN 2186 - 2621
ONLINE ISSN 1880 - 4128
Copyright ©2015 JST. All Rights Reserved.
編集・発行:
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編集責任者:
野長瀬 裕二
山形大学大学院 理工学研究科 教授
(編集長・登坂和洋)
問合せ先:
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〒 102-0076
東京都千代田区五番町 7
K’s 五番町
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