p 11

物理学 第 11 回
11
11.1
原子と電子
古代原子論
古代ギリシャのデモクリトスの原子論。物質は全て原子 (Atom) からなる。
ここでギリシャ語の原子 (Atom) とは「それ以上分割できないもの」という
意味。原子は空間を運動し 、物の性質はその原子の運動によって決まるとさ
れた。むろんデモクリトスはこの「原子」を実証したわけではない。この説
に対し 、アリストテレスは思弁的との批判を加えた。アリストテレスの学問
は経験を重視するものであり、その存在を確かめられない「原子論」は受け
入れられないものだった。
近代になって、ボイルやニュートンによる原子論的な仮説が唱えられたが 、
それも実験事実に依るものではなかった。
11.2
化学反応にみられる離散構造
近代化学はラボアジエ (Lavoisier) によってうち立てられた。彼は「質量保
存の法則」を提唱し 、物体が燃焼することを「酸素」という元素と物体とが
結合することだと見抜いた。物体が燃焼すると物体の質量が増える。酸素の
分だけ増えたのである。それ以前には、物体の燃焼は物体から「フロジスト
ン 」という元素が抜けることだと考えられていた。
定比例の法則とは、化学反応において、反応する物体の質量比が一定とな
ることを言う。例えば水素と酸素が結合して水が生じるが 、水素と酸素の質
量比は 1:8 である。
倍数比例の法則とはドルトンが 19 世紀初頭に見出したもので、例えば 、現
在使われている化学記号で表すと
C2 + 2O2 ! 2CO2
C2 + O2 ! 2CO
という 2 つの化学反応を考えよう。前者の化学反応 (2 酸化炭素) に参加酸素
と、後者の化学反応 (1 酸化炭素) に参加する酸素の割合は、水素の量は同じ
とすると,
「 2:1 」と整数比になる。窒素の酸化でも同様に
2N2 + aO2 ! N O
ここで、a は化学記号でなく数だが 、それが
1 から 5 までの整数となり、そ
れに伴い反応に酸化する酸素の質量の比も 1:2:3:4:5 という整数比になる。今
の化学式を見れば「当たり前」と思えてしまうかもしれないがそれは「後知
1
恵」というものであって、このドルトンの実験結果を上手く説明するために、
化学記号や化学式が考案されたのである。ちなみにド ルトンの化学記号は図
に示すように、現在使われているものとは全く違っている。また、化合物の
構成も現在のものと違っている点に注意すること。
近代原子論
11.3
近代原子論は、前節の実験事実を説明するためにド ルトンが唱えた原子仮
説に始まる。
原子仮説 物質は、一定質量の原子から構成される。また、化合物は原子が結
合して作られる。
ドルトンは原子を「見た」のではない。前節の化学反応に表れる離散的 (整
数的) な構造を説明するモデルとして「原子」を考えたのである。
一方、前節で述べた物体の「質量の比」だけでなく、
「体積の比」にも離散
的な関係があることが分かってきた。それは気体の反応で表れる。
一つの化学反応に参加する気体の体積は簡単な整数比になる。
生成物が気体のとき、その体積は反応前の気体の体積と整数比になる。
例えば
1l の酸素と 2l の水素で 2l の水蒸気ができる、ということを言ってい
る。これを説明するため、次の気体の法則が考えられた。
同温、同圧、同体積の気体中には同数の「原子」が含まれる。
2
しかし 、この法則は矛盾していることが分かる。水の例で考えよう。水素 2l
2n 個の水素原子がある。これは酸素 1l と反応するが 、酸素原子の数は 、
体積が半分だから個数も半分で、n 個である。これから、その体積が 2l の水
蒸気 (その原子数は 2n 個) ができる。だとすると、酸素の原子が半分に割れ
に
て,水蒸気を作る、ということになるが 、これでは原子仮説に反する。そこ
で、アボガド ロは次の「分子」という概念にたど り着いた。
分子仮説 分子とは一定数の原子が結合してできたものである。同温、同圧、
同体積の気体中には同数の「分子」が含まれる。
先の水の場合には、2 個の水素分子と
1 個の酸素分子で 1 個の水の分子がで
きる、とすればよい。
こうして、化学反応に参加する元素の質量の比から原子の相対質量が決定
された。例えば酸素原子の質量は水素原子の質量の 16 倍である。また、
「水
素分子の質量を 2 」として、それに含まれる水素分子の数を「 1 モル」という
が 、これは温度が
0 ℃、圧力が 1 気圧、体積が 22:4l の気体に含まれる分子
数である。
11.4
電子の発見
古代ギ リシャのデモクリトスの原子論において 、
「 原子」とは「 分割不可
能」を意味した。しかし 、近代の「原子」は分割不可能ではなく、その内部
に構造がある。これは、
「電子」(electron) という、原子より質量の軽い、負
の電荷を持つ粒子が発見されたことから始まる。
電気には正と負の 2 種類のものがある。同じ電気は反発し ,違う電気同士
は引き付け合う力が働く。しかし 、この「互いに働く力」という事実だけな
ら正も負も対称であって、正を負、負を正と呼びかえても変わらない。
しかし 、正と負の電気が対称とならない実験事実が「真空放電」において
表れた。ここで、真空放電というのはガラス管内部に 2 個の電極を入れ 、ガラ
ス管の圧力を下げて、その電極に高い電圧をかける。雷のように放電し電流
が流れるのであるが 、空気を抜いて圧力を下げると、放電の様子が様々に変
化する。非常に低くすると図に示すように負の電極付近のガラスが青く発光
する。これは負の電極 (陰極) から何かが飛び出し 、それがガラス管に当たっ
てガラス管を刺激して蛍光 (残光ともいうが 、刺激を受けた物質がしばらく
出す光) を発していると考えられた。
3
この「陰極から出ている何か」を「陰極線」と呼んだが 、これは
圧力を持つ。これは陰極線が風車を回すという事実から確かめられた。
また、圧力があるということは、陰極線に「質量がある」ことを示した。
電気を持つ。これは磁場でまがることから確かめられた。負の電気を
持っている。
この陰極線の正体を「電子」という粒子にした。電子は電荷
;e と、質量 m
を持つ。その質量の値は原子よりずっと軽い。
11.5
原子構造
物質は原子からできている。そして、原子よりずっと軽い電子が存在する。
すると、電子は原子に含まれていることになる。電気的に中性の原子に負の
電荷の電子が含まれるのだから、正の電荷の物体と負の電子とで原子が構成
されることになる。これについては図に示すような「トムソン模型」と「長
岡模型」が考えられた。
「トムソン模型」というのは原子全体に正の電荷が広
がり、その中に電子が埋め込まれている、というものである。一方の「長岡
模型」(日本人の長岡半太郎氏が考えた) は、太陽の周りをまわる惑星に該当
するのが電子であり,太陽に該当する正の電気を持つ核が存在する、という
ものである。長岡模型では原子はスカスカで、その質量の大部分が中心の核
に集中することになる。
この原子構造に関して決定的な実験はラザフォード によって行われた。彼
は 、薄く延ばした金箔にアルファ線という放射線 (これは正の電荷を持って
4
いる) を当て、そのアルファ線が金箔でど のように曲げられるかを見たので
ある。
もし 、原子内部が「トムソン模型」のように一様な正電荷で満たされてい
るのなら、そこを通過するアルファ線は極端に強い力を受けないで 、真っ直
ぐ 通り抜けるはずである。しかし 、
「長岡模型」のようになっているのなら、
正の電荷を持つ「核」の直ぐ そばを通るアルファ線は「核」から強い力を受
け,大きく曲げられるはずである。そして実験事実は、大きく曲げられるア
ルファ線もあったのである。ラザフォード は長岡模型でアルファ線の曲げら
れ方を計算し 、それが実験に良くあっていることを示した。こうして原子は、
中心に正の電荷を持つ核 (原子核) と、その周りを回る電子で構成されること
が分かった。
5