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論文
ケーヒン技報 Vol.3 (2014)
位置センサレス制御用 IPMSM に関する研究※
Study on IPMSM for Position Sensorless Control
木 村 洋 介*1
Yohsuke KIMURA
式 根 洋一郎*2
Youichiro SHIKINE
阿 部 優 樹*1
Yuki ABE
Improvements of systems have always focused on higher reliability and lower cost. In the field of PMSM,
in order to reduce the costs, the control method without magnetic pole position sensors has become common in
industry. To increase the reliability, the “Saliency” which would contribute the output torque and the accuracy
of the rotor position sensing should be adjusted so as not to make magnetic saturation when the motor would
produce higher torque. This paper describes design approaches in IPMSM for automotive use where motor torque
and inductance saliency are optimized in order to counter the magnetic saturation.
Key Words: in-vehicle, position sensorless control, saliency, inductance, IPMSM, magnetic saturation
1.まえがき
影響によりその両立は困難となっている(2).
本稿では,突極性に基づいた磁極位置セン
近年,生産設備等の産業界を中心に信頼性
サレス運転に適応する埋め込み型永久磁石同
向上,小型化,低コスト化をねらいとして磁極
期モータ(IPMSM)の設計手法と,その試作機
位置センサレス運転の活用が普及し始めてい
による評価結果について述べる.
る.一方,自動車業界においては燃費向上をね
らった電動デバイスの採用が加速するなか,
システム機能の多様化と,それを満たす構造
の簡素化といった,相反した課題が顕在化し
2.モータ磁気回路に対する制御側
からの要求
始めている(1).
今回センサレス運転をおこなうにあたり,
自動車の電動デバイスは,コンプレッサ,
F i g . 1 のようにモータの運転速度に対し,停
ウォータポンプなどに代表される速度制御を
止低速域と中高速域で制御ロジックを切り替
用いて駆動されるものと,スロットルバルブや
えており,前者は回転子の位置によるインダ
可変動弁機構のように,主として位置制御に
より駆動されるものに大別できる.本研究で
は,位置制御を用いた車載製品群のなかでも,
Speed [rpm]
特に負荷条件,応答性,保持性の要求が厳しい
Control logic by inductance
と想定される機構を題材として,磁極位置セ
ンサレスサーボモータの適用可能性を制御設
計とモータのハードウェア設計の観点で検討
Control logic by BEMF
Switching point
をおこなっている.モータの磁気回路に対し
Time [sec]
てはセンサレス運転への制御適合性と高出力
密度化が求められるが,鉄心の磁気飽和等の
Fig. 1
Sensorless control logic to running speed
※2014 年 6 月 6 日受付,電気学会の許諾を得て,電気学会研究会資料回転機研究会 RM-13-115 より加筆修正して転載
*1 先進技術研究部 *2 開発本部 システム PF 開発室
-5-
位置センサレス制御用 IPMSM に関する研究
クタンスの変化(以下突極性)から,後者は誘
Table 1
起電圧の変化から磁極位置の推定をおこなっ
Constraints
ている.よってモータ磁気回路としては,これ
ら二つのセンサレス制御ロジックに対応する
Requirements
ため,インダクタンスと誘起電圧の波形を理
想に近づけるための設計手法が必要となる.
Table 2
磁 気 回 路 の 設 計 を お こ な う 前 に ,シ ス テ
Constraints and requirements for design
Inverter bus voltage Vdc
Max phase current
Outer diameter of stator
Position error (absolute value)
Starting torque
Peak-to-peak cogging torque
Specification of First stage type motor
Phases and poles
Diameter of stator, Core length
Type of lamination steel
Number of stator slot
Number of turns/slot
Type of magnet
Magnetic thickness (r direction)
Inverter
Magnetic pole position sensor type
ムの動作要求(応答性,保持性)から,制御と
モータに対する要件を設定する必要がある.
Fig. 2 はその設定した要件の項目を体系化し
たものである.
また,制御やモータの要件に関しては,負
12.5 V
50 Apeak
φ 70 mm
≦ 10 deg
0.90 Nm ≦
≦ 60 mNm
3 phases, 6 poles
φ 70 mm, 20 mm
50A800
9 slot
28 turns
Nd-Fe-B
3.1 mm
fc = 10 kHz
Resolver
荷,モータ,減速機構を含むプラント部と,電
源,インバータ,制御を含むコントローラ部
のレシオ,イナーシャ,フリクション,伝達効
のシミュレーションモデルを Math Works 社
率などを考慮した内容となっている.センサ
の提供する MATLAB/Simulink と株式会社
レス運転時における角度推定性能は位置誤差
JSOL の JMAG-RT により作成し,その連成
(電気角)で± 10 deg 以内とし,起動トルクは
解析結果から導出した.このような連成解析
0.90 Nm 以上とした.またコギングトルクは,
は,非線形性をもつ材料特性などを考慮した
位置制御用途で定出力特性を得るために重要
過渡的なシステム動作のシミュレーションに
となるトルクリップルの支配的な要因となる
有効と考える.試作機のシステム評価試験に
ため,60 mNm
(peak-to-peak 値)
以下とした.
は dSPACE 社の RCP 開発環境を活用した.
3.2. モータ設計
Response of system
Angular estimation
performance
Retention property
of system
Starting torque
Cogging torque
Fig. 2
今回の試作機であるセンサレス仕様モータ
Inductance
(stop-low speed region)
(以下,改良型モータと定義)の設計は,センサ
レス制御適応前の仕様(以下,初期型モータと
BEMF
(medium-high speed
region)
定義)をベースに改良をおこなった.T a b l e 2
に初期型モータの仕様を示す.初期型モータ
Requirement definition for system
の磁気回路は高出力密度に特化させており,
リラクタンストルクを積極的に活用するため,
3.試作モータの設計
Lq-Ld で表される突極差の増加を図った仕様
となっている.ここで Lq は q 軸インダクタン
3.1. 制約条件と設計要件
ス,L d は d 軸インダクタンスを表し,d 軸は
位置センサレスモータを想定した機構に適
永久磁石における磁束の中心軸,q 軸はそれと
電磁気的に直交する軸を表す.
用するため,Table 1 のように制約条件と設計
要件を設定した.制約条件としては,車載用と
F i g . 3 は,初期型モータの線間インダク
しての使い勝手から,電源電圧は 12.5 V,相電
タ ン ス 波 形 を 示 し て い る .高 負 荷( 相 電 流
流は最大 50 Apeak とし,レイアウトの制約とし
50 A p e a k)時においてインダクタンス波形の周
てはステータ外径をφ 70 m m に設定した.設
期性や振幅が著しく乱れており,位置センサ
計要件は題材とした機構の負荷や,減速機構
レス制御への適合が困難であることがわかっ
-6-
ケーヒン技報 Vol.3 (2014)
ている.JMAG による磁場解析の結果から,こ
Table 3
の原因としては,負荷の増加とともにステー
Specification of Advanced type motor
Phases and poles
Diameter of stator, Core length
Type of lamination steel
Number of stator slot
Number of turns/slot
Type of magnet
Magnetic thickness (r direction)
Inverter
Magnetic pole position sensor type
タおよびロータバックヨークの鉄心部分に
磁気飽和が生じたためと推測できる.初期型
モータの磁気回路断面(1/3 モデル)における
高負荷時の磁束密度分布を Fig. 4 に示す.
3 phases, 6 poles
φ 70 mm, 47 mm
50A1300
9 slot
12 turns
Nd-Fe-B
2.0 mm
fc = 10 kHz
Resolver or Sensorless
次に今回の改良型モータの仕様を T a b l e 3
①低 インダクタンス化による,高磁界領域に
に示す.
おけるインダクタンス波形および誘起電圧
連成解析の結果から,位置センサレス制御
波形の低歪率化と突極比確保
によりシステム要件である応答性,保持性を
②選 択した電磁鋼板の動磁場における最大磁
満たすためには全運転域において,Lq/Ld で表
束密度利用上限値の設定
される突極比が 1.3 以上必要であり,かつ,そ
③磁気飽和を考慮した磁路断面積の最適設計
のインダクタンス波形が基本波に近い理想の
形状を維持する必要性があることがわかった.
①に関しては,ステータコイルのターン数
そこで,改良型モータではインダクタンス波
を 28 ターンから 12 ターンに積極的に減ら
形の高磁界領域ロバスト設計手段として,V 字
し,永久磁石の仮想的起磁力が支配的となる
型磁石配置の I P M S M を採用し,その解決を
磁気回路にすることで低インダクタンス化を
図った.設計のポイントは以下の三つである.
図った.ここで仮想的起磁力とは,電磁石磁気
回路の電流起磁力に対する,永久磁石回路の
仮想的な起磁力として扱っている(3).F i g . 5
200
に一般的な d-q 軸における電流,磁束,誘起電
Inductance [µH]
10A
圧の基本ベクトル図を示す.v o は誘起電圧,i a
160
は電流,Ψ a は永久磁石による磁束,Ψ 0 は全鎖
50A
120
交磁束,θ は Ψ a と Ψ 0 の位相差を表している.
低インダクタンス化を図ることで,高磁界領
80
40
域の q 軸電機子反作用 L q i q による突極比低下
を抑制した.また起動トルクは,コイル起磁力
0
30
60
90
120
150
180
を減らした分,磁気回路をモータの回転軸線
Electrical angle [deg]
Fig. 3
方向へサイズアップすることで確保した.
First stage type motor inductance waveform
in magnetic field analysis
q-axis
contour plot [T]
2.5
5 [mm]
2.0
1.5
1.0
Ψ0
3.5 [mm]
v0
1.9 [T]
ia
2.0 [T] or more
0.5
θ
1.5 [T]
Ψa
0.0
Fig. 4
Lqiq
Magnetic flux density distribution of first
stage type motor (Phase current 50 Apeak)
Fig. 5
-7-
d-axis
Fundamental vector figure (Id = 0)
位置センサレス制御用 IPMSM に関する研究
②に関しては,利用上限となる磁束密度が
120
10A
とから,今回は 50A1300
(JIS C 2552-1986)
の
無方向性電磁鋼板を選定した.Fig. 6 に今回使
用した 50A1300 電磁鋼板の B-H 曲線を示す.
ここでは,磁化力に対する磁束密度の変化量
Inductance [µH]
材料の電磁鋼板が持つ磁気特性に依存するこ
100
80
50A
が大きく減少し始める 1.4 T を動磁場におけ
60
る最大磁束密度の利用上限として設定した.
0
30
③に関してはステータ,ロータバックヨー
60
90
120
150
180
Electrical angle [deg]
クともに磁路断面積を拡大し,高負荷時の磁
Fig. 8
束密度を 1.4 T 以内に抑制した.特にロータ
Advanced type motor inductance waveform
in magnetic field analysis
バックヨークの磁路面積拡大においては,V
字型磁石配置による設計自由度の向上によ
4.実験結果
るところが大きいと考えられる.F i g . 7 に同
モータの磁気回路断面(1/3 モデル)における
高負荷時の磁束密度分布を示す.また,Fig. 8
今回試作した改良型モータの概観写真を
には低負荷時と高負荷時の線間インダクタン
Fig. 9 に示す.改良型モータでは,磁極位置セ
ス波形を示す.
ンサレス運転の成立性を,磁極センサ有無に
よる特性比較により見極めをおこなうため,
制御性の比較用にレゾルバを取り付けられる
仕様とした.
2.5
50A1300
Flux density B [T]
2.0
Fig. 10,11 は,停止低速域のセンサレス制
御ロジックを用いて 5 rpm でモータを運転し
1.5
た際の実測結果である.センサレス制御によ
1.0
る推定角度とレゾルバによる実角度をそれぞ
Threshold 1.4 [T]
0.5
0.0
れ負荷違いで示している.また Fig. 12 はその
際の位置誤差(実角度と推定角度の差)を電気
10
100
1000
10000
角で表したものである.
100000
Magnetizing force H [A/m]
Fig. 6
B-H curve
contour plot [T]
2.5
4 [mm]
2.0
8 [mm]
1.5
1.0
0.5
0.0
1.4 [T] or less
Fig. 7
Magnetic flux density distribution of advanced
type motor (Phase current 50 Apeak)
Fig. 9
-8-
Advanced type motor general view
ケーヒン技報 Vol.3 (2014)
突極性に基づくセンサレス制御ロジックに効
位置誤差は,低負荷時(相電流 10 A p e a k)で
果的に作用した結果と考えられる.
± 5.0 deg 以内,高負荷時(相電流 50 A peak)で
Fig. 13,14,15 にはモータの単体性能であ
± 6.5 d e g 以内であり,いずれも設計要件の
± 10 d e g 以内を達成している.この結果は,
る起動トルク,コギングトルク,誘起電圧につ
前項の 3.2. で述べた三つの設計ポイントが,
いて,実測とシミュレーションの比較結果を
示している.
300
10 [A]
1.2
240
1.0
180
Torque [Nm]
Electrical angle [deg]
360
120
Estimated
60
0
Actual
0
2
4
6
Measured
0.6
8
Designed
Time [sec]
Fig. 10
Requirement
0.8
0.4
0
60
Angle estimation performance at low speed
(Phase current 10 Apeak)
120
180
240
300
360
300
360
Electrical angle [deg]
Fig. 13
Starting torque
60
300
50 [A]
Cogging torque [mNm]
Electrical angle [deg]
360
240
180
120
Estimated
60
0
Actual
0
2
4
6
8
20
0
-20
-60
0
Angle estimation performance at low speed
(Phase current 50 Apeak)
120
180
240
Fig. 14
Cogging torque
2.0
15
1.5
Requirement
1.0
5
0.5
BEMF [V]
10
0
-5
-10
0.0
-0.5
-1.0
Position error at 50 [A]
Position error at 10 [A]
-15
-20
60
Electrical angle [deg]
20
Electrical angle [deg]
Measured
Designed
-40
Time [sec]
Fig. 11
Requirement
40
0
2
4
6
Measured
Designed
-1.5
-2.0
8
0
Time [sec]
Fig. 12
60
120
180
240
300
Electrical angle [deg]
Position error at low speed
Fig. 15
-9-
Back electromotive force
360
位置センサレス制御用 IPMSM に関する研究
・ 耐久性劣化や温度変化に対する位置センサ
Fig. 13 に示す起動トルクは,トルクリップ
レス制御のロバスト性確保.
ルのボトムにおいても 0.95 Nm を確保してお
り,設計要件の 0.90 Nm 以上を達成している.
参考文献
また,このときのトルクリップル peak-to-peak
値は 0.13 Nm である.
F i g . 14 のコギングトルクに関しては,
(1)工藤弘康 ほか1名:自動車の補機向け正
peak-to-peak 値で 46 mNm であり,設計要件
弦波位置センサレス制御法,デンソーテ
の 60 mNm 以下を満たしている.
クニカルレビュー,Vol.17, p.41-47(2012)
F i g . 15 はモータ回転速度 1000 r p m にお
(2)加納善明 ほか3名:産業用集中巻埋込み
ける U 相の誘起電圧波形である.連成シミュ
磁石同期モータの位置センサレス指向
レーションの結果から,磁極位置の推定に基
設計,電学論 D,V o l .130, N o .2, p .119-
づく制御性に対し,問題無い範囲の高調波成
128(2010)
分であることを確認した.
(3)大川光吉:永久磁石磁気回路入門,総合電
今回の比較結果より,いずれの単体性能に
子出版社,258 p.(1994)
おいてもシミュレーション結果が実測値から
(4)武田洋次 ほか3名:埋め込み磁石同期
大きく外れていない結果を得ることができた
モータの設計と制御,オーム社,167p .
ため,目的に合った高い設計精度(モデル精
(2001)
度)を実現できたといえる.
(5)本田幸夫 ほか1名:松下の省エネモータ
開発物語,オーム社,205p.(2007)
5.まとめ
(6)齋藤憲一 ほか2名:磁気回路法に基づ
いた埋込磁石同期モータの動的解析,日
本稿では試作機による評価結果をとおし,
本応用磁気学会誌,Vol.28, No.4, p.615619(2004)
位置センサレス制御に適応する IPMSM の設
計手法と,その効果を確認した.突極性に基づ
著 者
く位置センサレス制御と高出力密度化の両立
を図る場合,動磁場における最大磁束密度利
用上限値の見極めと,それを実現する磁気回
路(材料特性や形状)のバランス設計が重要と
なる.しかしながら,題材とする機構に応じ求
められるモータ単体性能は異なり,またその
多くはトレードオフ関係にあるため,より効
木村洋介
率的な設計プロセスが必要と考える.また今
式根洋一郎
阿部優樹
回はモータのハードウェア設計について論じ
本プロジェクトにかかわっていただいた社
たが,システムにおいては,制御設計とモータ
内関連部門,協力会社様に深く感謝致します.
ハードウェア設計との複合的な設計が重要で
また,今回は制御設計者と時間軸を同期させ
ある.今後は実用化へ向け,計算,計測精度の
ながら密に開発をおこない,モータハード領
更なる向上はもとより,下記課題へも取り組
域,制御領域のそれぞれが抱える課題に対し,
んでいきたい.
効果的かつ効率的に取り組むことで,一つの
・ 磁場解析の応用高度化による磁気回路の更
目的を達成することができました.今後も各
なる小型化.
専門領域の垣根を越え,自由度の高い柔軟な
- 10 -
ケーヒン技報 Vol.3 (2014)
製品開発を目指し,気づき・達成感を共有しな
がら技術者として成長していきたいと思いま
す.
(木村)
今回の研究成果は社内関係者様のご協力・ご
理解なくしては達成できなかったことですの
で,担当 L P L として深く感謝申し上げます.
引き続き,本プロジェクトで得た知見および
技術者同士のつながりをいかして,燃料供給
系や吸排気系のデバイスの製品に関する技術
開発に貢献できるよう努めていきたいと思い
ます.
(式根)
チームはもとより社内外の方々に支援して
頂くことで本テーマを進めることができまし
た.また,本件に携われたことで,磁気回路設
計の面白さと難しさに気づき,非常に有意義
な経験をすることもできました.今回の経験
を今後の糧とし,喜ばれる製品を心がけ日々
精進を重ねて参りたいと思います.
(阿部)
- 11 -