医原性リスク低減戦略としての ICUケアの可能性

2014年2月(京都)
第41回日本集中治療医学会学術集会
教育セミナー記録集
医原性リスク低減戦略としての
ICUケアの可能性
Possibility of ICU Care as Iatrogenic Risks Reduction Strategy
演者
古賀 雄二 先生
山口大学医学部附属病院集中治療部
急性・重症患者看護専門看護師
医原性リスク(Iatrogenic Risks)とは医療行為が原因で生じるリスクである。ABCDEバンドル
以外にも医原性リスクの低減策は存在する。本セミナーでは、ICUにおける医原性リスクの見出
し方、医原性リスク低減策としての非薬理学的ケアの重要性、医療安全全国共同行動とABCDE
バンドルの関係性などを通してICUケアの可能性について考察する。
本記録集に掲載されている薬剤の使用にあたっては、各薬剤の添付文書をご参照ください。
第 41 回日本集中治療医学会学術集会教育セミナー記録集 2014 年 2 月
(京都)
医原性リスク低減戦略としての ICUケアの可能性
Possibility of ICU Care as Iatrogenic Risks Reduction Strategy
山口大学医学部附属病院集中治療部 急性 ・ 重症患者看護専門看護師
古賀 雄二 先生
PAD ガイドラインと ABCDE バンドルの関係
2013 年に策定された PAD ガイドラインは、P(Pain:痛
せん妄には、活発型、不活発型、それらを繰り返す混合型
み)、A(Agitation:不穏)、D(Delirium:せん妄)のケア
の 3 つのタイプがある
(表 1) 。活発型だけでも多様な特徴が
である。
「P」の痛みの項目を要約すると、ICU において患者
あり、不活発型も同様である。米国精神医学会の定義(DSM-
の痛みは軽視されているため、定期的に評価を行う。そのた
IV-TR)
では、注意力の障害、認知の変化、知覚障害の発現、
めに BPS(behavioral pain scale)や CPOT(critical-care
変動性があるといわれている。したがって、せん妄モニタリング
pain observation tool)などのツールを使うことが推奨され
ツールによる連続的なモニタリングが欠かせない。
ている。また、予想できる痛みは痛みが生じる前に鎮痛す
1)
2001 年以降、2 つの簡便なせん妄モニタリングツールの
る(preemptive analgesia:先制鎮痛)
。
「A」の不穏の項
開発を契機として、ICU せん妄ケアは進展してきた。大きな
目では浅めの鎮静治療(light sedation)が提案され、RASS
流れとしては、症状管理(事後対応)から、今日における原因
(Richmond agitation-sedation scale)0 ~ -2 で鎮静す
管理
(予防)
の概念の方向に進んできたといえる
(図 1)
。
ることにより、過剰鎮静を減らせるとしている。「D」のせん妄
2010 年、Chest 誌 に Vasilevskis、Ely らによる 論 文
の項目では、せん妄の定期的なモニタリング、早期離床、環
「Reducing Iatrogenic Risks」が掲載され、初めて「ABCDE
境・睡眠調整を推奨している。薬剤に関してはベンゾジアゾ
バンドル」というケアプランが提案された。ABCDE バンドルと
ピン系薬よりも非ベンゾジアゼピン系薬(プロポフォール・デ
は、A:毎日の鎮静覚醒トライアル、B:毎日の人工呼吸離
クスメデトミジン)
を推奨している。
2)
脱トライアル、C:A と B の調整および鎮静剤の選択、D:
このように、PAD ガイドラインの非薬理学的ケアには、早
せん妄管理、E:早期離床のケアプランの組み合わせ策であ
期離床、環境・睡眠調整が挙げられているが、ガイドライン
る。論文タイトルからもわかるように、主目的はあくまでも「医
にはエビデンスを示せるものしか記載されないため、医療現
原性リスクの低減」
である。ABCDE バンドルのケアプランのみ
場で行われている大部分の看護ケアが記載されていない。で
が注目されがちであるが、これ以外にも医原性リスクの低減
は、そこをどう可視化するかというときに、PAD ガイドライン
策は存在すると考えられる
(後述)
。
の背景にある ABCDE バンドルによる医原性リスク低減という
考え方が重要である。
表 1 せん妄の種類と特徴 1)
活発型の特徴
1. 活動水準の上昇
2. 動作速度の上昇
3. 無目的な動作
4. 活動性制御の喪失
5. 落ち着きのなさ
6. 徘徊
7. 会話速度の上昇
8. 会話量の増加
9. 大声
10.発言内容の変調
11.過覚醒/過活動
12.注意力散漫
13.恐怖
14.易怒性
15.高揚感
16.協調性のなさ
17.攻撃的
18.悪夢
19.幻覚
20.固執思考
21.脱線思考/無関係な会話
不活発型の特徴
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
活動量の低下
動作速度の低下
無関心
発語量の減少
発語速度の低下
小声
注意力・集中力の低下
引きこもり/無認識
傾眠
図 1 ICU せん妄ケアの変遷
2001 年CAM-ICU, ICDSC 発表
ICU 患者用のせん妄モニタリングツールが開発
人工呼吸管理中、鎮静中にも使用可能
2002 年SCCM ガイドライン
鎮痛・鎮静・せん妄 (PAD) を区別した
モニタリングとゴール設定管理
2007 年人工呼吸中の鎮静ガイドライン
(日本)
2010 年ABCDE バンドル
包括的医原性リスク管理
(人工呼吸、鎮静、せん妄、ICU 無力症)
2013 年PAD ガイドライン発表
痛みと不穏、せん妄のマネジメントガイドライン
2014 年J-PAD ガイドライン作成
(日本)
症状管理
(事後対応)
原因管理
(予防)
ABCDE バンドルの効果
scale)や RASS を用いる。当院でも、鎮痛・鎮静指示書を
バンドルは ABCDE の各プランを実践するだけでなく、医原
使い、目標鎮静深度を設定し、調整管理することにより、フラッ
性リスクを減らすことが主旨である。ICU における敗血症患者
シュ回数が低下した。最大の効果は、鎮静目的や目標鎮静
例で説明すると、人工呼吸や鎮静はメリット、デメリットの両
深度、鎮静管理上の注意点を医師と看護師がディスカッショ
方がある。人工呼吸、鎮静、せん妄や ICU 神経筋障害
(ICU
ンするようになり、鎮静管理への共通認識が高まったことで
acquired weakness:ICU-AW)が負のサイクルを形成するこ
ある。
とにより(図 2) 、患者予後の悪化、QOL の低下を招く。し
疼痛評価ツールには、主観的な評価ツールと客観的な評
たがって、そのサイクルを断ち切るため ABCDE バンドルのプ
価ツールがある。客観的なツールについては PAD ガイドラ
ラン
(図 3)
が大切である。さらには、これら以外の医原性リス
インでは BPS と CPOT が紹介されている。私見であるが、
ク
(後述)
も併せた包括的な患者管理が必要と考える。
BPS は人工呼吸中のみ使用可能で、CPOT は挿管前後も含
2)
ABCDE バンドルの効果とは、次のようなものである。
めた評価が可能になるため、CPOT の方が臨床上使用しや
「A」の毎日の鎮静覚醒トライアルの効果は、必ずしも鎮静
すいと考える。CPOT の評価項目は表情、体動、筋緊張、
剤を中断するだけでなく減量するだけでも、過剰鎮静が減少
挿管中は呼吸器との同調、挿管前後は発語のセルフレポート
し、様々な合併症の減少が期待できる。
による評価であるが、BPS と比べ、スタッフ間の評価の信頼
「B」の毎日の人工呼吸器離脱トライアルにより、人工呼吸
期間の短縮ができ、医師以外のスタッフの自律性が向上する
とされる。さらに、
「A」と「B」を組み合わせることで、効果は
相乗的に高まり、1 年死亡率を 14%減少できる 。
2)
性(再現性)が高かったため、当院では 2013 年から採用して
いる。
「D」のせん妄モニタリングとマネジメントに関しては、ツール
は CAM-ICU(confusion assessment method for the ICU)
「C」は、鎮静剤の選択により、せん妄のリスクを減らすこ
か ICDSC(intensive care delirium screening checklist)を
とができる。 鎮 静 評 価のために SAS(sedation-agitation
用いる。せん妄は疾患ではなく症候群であり、原因は様々であ
る。その原因のうち医原性のものは医療者がコントロールし得
図 2 敗血症患者の ICU せん妄、ICU-AW の関係 2)
B
C
せん妄のリスク因子は、直接因子、誘発因子、促進因子
という分類もあるが、Smith らによる分類は宿主因子、重症
敗血症患者
人工呼吸
る余地もあるので、そこに介入することは非常に重要である。
疾患因子に加えて、医原性因子を明示している
(表 2)3)。例
A
鎮静
表 2 せん妄のリスク因子 3)
負のサイクル
ICU-AW
宿主因子
D
E
せん妄
認知障害、
機能障害、
長期 ICU 収容、
死亡率上昇
図 3 ABCDE バンドルによる ICU せん妄・ICU-AW の
低減戦略図 2)
・鎮静剤量の半減 or 漸減
・鎮静・せん妄のモニタリング継続
毎日の運動
(Daily exercise)
患者
I
C
U
鎮静・
せん妄の
評価
モニタリング
非効果的な
SAT、SBT、抜管
・抜管
P
P
P
毎日の A 毎日の A 抜管の A・運動
SAT S SBT S 検討 S・鎮静・せん妄
S
S
S モニタリング継続
時間
・アポリポ蛋白 E4 多型
・認知障害
・抑うつ
・てんかん
・脳卒中既往
・視力障害 / 聴力障害
増悪因子
重症疾患因子
・アシドーシス
・貧血
・中枢神経異常
・電解質異常
・内分泌異常
・発熱
・肝機能異常
・疾患スコアの上昇・悪化
・脱水
・低血圧
・低体温
・低酸素血症 / 低酸素症
・頭蓋内出血
・感染 / 敗血症
・栄養障害
・代謝異常
・心筋障害
・中毒
・呼吸不全
・ショック
・外傷
医原性因子
・社会的関わりの不足
・過剰な看護ケア
・治療的安静
・投薬
・過剰鎮静
・不適切な鎮痛管理
・睡眠障害
・血管カテーテル類留置
第 41 回日本集中治療医学会学術集会教育セミナー記録集 2014 年 2 月
(京都)
えば、不適切な鎮痛管理、過剰鎮静、過剰な看護ケアなど
訴えられない患者の need を追求し discomfort の緩和を図っ
がある。2 時間ごとのルーチンの吸引や体位変換で、ようや
ている。それ以外にも、感染対策、皮膚ケア、ポジショニング、
く就眠した患者をわざわざ覚醒させたり、感染、社会的な関
面会調整、不安・尊厳ケアなどを通して行う comfort ケアこそ、
わりの不足、ICU の不慣れな環境による不安や恐怖が、交
交感神経と副交感神経の安定をもたらす看護師の行う非薬理
感神経系、副交感神経系の変調につながっている可能性が
的ケアの要点だと考える。
ある。治療が成功して重症疾患因子が改善したときには、医
非薬理学的ケアの方向性(可能性)として重要なのは、医
原性因子により患者が「悪くない」状態であることがベストであ
原性リスクの低減を支えている看護ケアの促進である。患者
る。そのためには、集中治療における意識評価を昏睡
(coma)
を「良くする」こととは異なり、「悪くしない」ことは、変化が見
だけでなく、鎮痛、鎮静、せん妄の要素を併せることで看護
えにくいため軽視されがちだが、ここを担う看護ケアの重要
師の中枢神経機能評価の質を高めて、潜在的な因子の検索、
性を意味付けて戦略的に促進する必要がある。看護臨床家
再検索を促進する必要がある。
は、非薬理学的ケアの大部分を担うプロとして、普段スタッ
また、CAM-ICU は RASS と併用することで、せん妄の 3 型
フが行っていることを意味付け、促進、承認してほしい。ま
(活発型、不活発型、混合型)が判別できる。また、CAM-
た、看護研究者は非薬理学的ケアの効果を可視化すること
ICU は 4 所見すべての評価を行うが、日本語版 CAM-ICU
で、臨床家の後押しをしてほしい。医原性リスク低減戦略と
はフローシートを使用することで、評価手順を効率化し、患
しての ICU ケアの可能性は、結局のところ看護師が左右する
者負担を減らすことができる 4)。
といっても過言ではないと考える。
「E」の早期離床については、ICU-AW の原因に医原性リス
クが含まれている。ICU-AW は、選択的に白筋が壊れたり、
ミオシンだけが壊れたり、筋膜の興奮性が失われるものだが、
これらの変化はサイトカインだけで起こっているわけでなく、過
剰鎮静、過剰な安静、血糖管理の失敗、コルチコステロイド
の使用、筋弛緩薬などが原因で起こっている場合がある 5)。
これらを観察して、原因を見極めることが重要である。
非薬理学的ケアはどうあるべきか
ABCDE バンドルには、ベッドサイドプロトコルがあるが、こ
れに米国並みのマンパワーで取り組めば ICU ケアは表現可
能かというと、そうではない。薬理学的ケアだけでなく、非薬
理学的ケアによる医原性リスクの低減策を考える必要がある。
図 4 修正可能な原因か否かで分類したせん妄リスク因子
(文献 6 を一部修正して引用)
年齢
アルコール
性別
独居
喫煙
緊急入院
転室
隔離
時計がない
日光が入らない
孤立
ICU のオープンフロア
身体抑制
修正不可能
または
限定的
患者特性
慢性病歴
環境
急性疾患
より修正可能
(modifiable)
心疾患
認知機能障害
肺疾患
入院期間
発熱
高い死亡リスク
内服薬
治療食
(非通常食)
点滴の数
向精神薬
鎮静
重症度スコア
チューブ・カテーテル類
PAD の非薬理学的ケアは早期離床と環境・睡眠調整が示さ
れているが、それだけでは不十分である。
引用文献
せん妄を軸に考えると、リスク因子を修正可能な原因か否か
の視点(図 4) と、医原性リスク管理の視点(表 2) という 2
6)
3)
つの視点でとらえるべきであろう。
修正可能な因子としては、環境(身体抑制、時計がない、日
光が入らないなど)や急性疾患によるものである。修正が不可
能、あるいは限定的な要因としては、慢性疾患であることや患
者特性
(年齢、性別、喫煙その他)
の部分である。看護師が関
与できるのは、修正可能な部分のさらに一部ということになる。
医原性リスク管理の例としては、人工呼吸ケアにおいても単
に VAP の予防だけでなく、挿管チューブによる不快感などを
1)
Meagher D:Motor subtypes of delirium: past, present and future. Int
Rev Psychiatry 21 : 59-73, 2009
2)
Vasilevskis EE, Ely EW, Speroff T, et al. : Reducing iatrogenic risks: ICUacquired delirium and weakness-crossing the quality chasm. Chest
138 : 1224-1233, 2010
3)
Smith HA, Fuchs DC, Pandharipande PP, et al. : Delirium: an emerging
frontier in the management of critically ill children. Crit Care Clin 25 :
593-614, 2009
4)
古賀雄二ほか:日本語版 CAM-ICU フローシートの妥当性と信頼性の検証,山口
医学 63
(2)
:93-101,2014
5)
Schefold JC, Bierbrauer J, Weber-Carstens S, : Intensive care unit-acquired weakness (ICUAW) and muscle wasting in critically ill patients
with severe sepsis and septic shock. J Cachexia Sarcopenia Muscle 1 :
147-157,2010
6)
Van Rompaey B, Elseviers MM, Schuurmans MJ, et al. : Risk factors
for delirium in intensive care patients: a prospective cohort study. Crit
Care 13 : R77, 2009
1407.3,000