Research and Medical Activities 2013–2014 研究と医療 2013–2014 NCNP が挑戦するさまざまな研究と医療から、最新の取り組みを ご紹介します。 IBIC(P.26-27)ホットラボにて。GMP 基準で PET 薬剤が合成できるようになりました。 8 National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP) NCNP ANNUAL REPORT 2013–2014 9 多発性硬化症・視神経脊髄炎に 対する新規治療の開発 神経研究所 免疫研究部 病院 神経内科診療部 URL: http://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_men/ 多発性硬化症・視神経脊髄炎に対する新規治療の開発 免疫系の異常によって発症する免疫性神経疾患のなかで、多発性硬化症(MS)と視神経脊髄炎(NMO) は難治例が多く、視力障害、歩行障害、高次脳機能障害が大きな問題になっています(図1)。私たち は MS と NMO の根本的な治療法の開発を目指していますが、この数年、研究所で開発した治療法を NCNP 病院で評価する体制の整備が進み、マウスで検討が進んでいた薬剤の効果をヒトで検証する医 師主導治験や、他の疾患の治療薬を NMO の治療に応用する試みが進んでいます。既に NMO に対する 抗 IL–6 療法の有効性を実証することに成功しており、NCNP で開発している新しい治療法に期待が集 まっています。 MS の脳病変 MS の新薬開発 MS は脳や脊髄の炎症病変と瘢痕(脱髄斑)が徐々に増加する難病です。 フローサイトメーターを使用し、リンパ球の変化を追う 右から免疫研究部 山村隆部長、中村雅一研究員、能登大介研究員 NMO の抗 IL-6 受容体抗体治療 NMO は視神経炎や脊髄炎を繰り返す難病で、アストロサイトを傷害する抗アクアポリン4抗体が 終生の治療が必要になり、安全性と有効性に優れた薬剤が待ち望まれていま 診断のマーカーです。我々は NMO 患者では抗アクアポリン4抗体を産生するプラズマブラストとい す。糖脂質 OCH は NKT 細胞というリンパ球を刺激する薬剤ですが、免疫研 うリンパ球の一種が異常に増加することを発見し(Chihara ら PNAS 2011) 、プラズマブラストを標的 究部で探索研究を行い、2001 年にはその薬効を動物モデルで証明しました NMO の視神経病変 (図 2) (Miyamotoら、Nature 2001) 。OCH を投与されたマウスでは、NKT とする治療法の開発に取り組んできました。基礎研究の結果から、プラズマブラストの栄養因子 IL-6 を阻害する薬物が NMO 治療に有用であることを予測してきましたが、関節リウマチの治療薬である 細胞から炎症を抑制する物質(サイトカイン IL-4)が分泌され、炎症を引き 抗 IL-6 受容体抗体(トシリズマブ)が NMO の難治例に対して有効であることを示しました(図3:図 起こすリンパ球(Th1 細胞)の機能を抑え、病気が軽くなります(図3) 。既 4) 。最初の7例では、再発頻度の著明な減少、NMO に伴う痛みや疲労感の軽減が確認され(Arakiら に準備段階の研究を終了し、ヒトでの薬効を検証する医師主導治験が NCNP Neurology 2014) 、内外で期待される治療法になっています。 病院で進んでいます。免疫研究部では、OCH を服用したヒトの体内でどの 再発 ような変化が起こっているか、フローサイトメーター(細胞培養解析装置) 研究を進めています。 5 10 4 10 10 3 10 2 10 10 10 A: OCH 刺激による NKT 細胞の選択的 IL-4 産生 B: OCH 経口投与による EAE の発症抑制 α-GalCer 刺激 IL-4 炎症を抑える OCH 刺激 IFN- IL-4 炎症を促す IFN- NKT 細胞 α-GC OCH 脂肪鎖を短縮 臨床 EAE スコア(麻痺の程度) ※炎症を抑える IL-4 を選択的に産生→治療効果が高い 2 0 National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP) OCH 治療群 0 5 10 15 20 25 2 10 3 10 4 10 5 Miyamoto, Miyake and Yamamura Nature 413: 531-534, 2001 MS の動物モデルであるマウス実験的自己免疫性脳脊髄炎 (マウス EAE)では、中枢神経系の炎症にともなって、四 肢の麻痺が出現します。この図では OCH を経口投与され たマウスで麻痺が軽くなることが示されています。 5 10 4 10 10 3 10 3 10 2 10 2 10 2 10 3 10 1 4 週間後 4 10 5 再発 2 5 再発 4 3 再発 4 再発 10 2 10 3 10 4 10 5 CD19 図3:抗 IL-6 受容体抗体投与による末梢血プラズマブラストの減少 我々はトシリズマブを難治性 NMO 患者に投与する臨床研究を進めていま す。トシリズマブは、関節リウマチ薬として認可されている抗 IL-6 受容体抗 体です。リンパ球のフローサイトメーター解析では、トシリズマブを投与 される前(左)に比べて、投与5日後(中)では、CD27 bright で CD19 int のプラズマブラスト(ピンク色の細胞集団)が顕著に減少することが確認さ れました。なお投与後4週間(右)では、一部が投与前の状態に戻っています。 30(日) 感作後日数 図2:糖脂質医薬 OCH の概要 10 a-GalCer 治療群 1 抗原提示細胞 OCH は NKT 細胞を活性化する糖脂質α -galactosylceramide(α GalCer)の脂肪鎖を短縮した改変物質です。α -GalCer には NKT 細胞を強く活性化する能力がありますが、活性化された NKT 細胞 は、炎症を抑えるサイトカイン IL−4とともに、炎症を促すサイト カインであるインターフェロンγ(IFN- γ)を産生します。一方、 OCH で活性化された NKT 細胞は、IL−4を選択的に産生するので、 より高い治療効果が期待されます。 対照群 3 5 日後 患 者 図1:MS と NMO の代表的 MRI 画像 MS の多発性脱髄病変(上:主に赤丸で囲ん だ部分)と NMO の視神経病変(下:矢印) が白く描出されています。 CD27 や DNA マイクロアレイの技術によって詳しく調べ、OCH の薬効を証明する 初回治療前 5 発症 6 発症 7 再発 再発 トシリズマブ投与開始 36 30 24 18 12 6 0 6 12 18 24 初回トシリズマブ治療の前後期間(ヶ月) 図4:抗 IL-6 受容体抗体の NMO における有効性 個々の症例で再発が起こった時点を赤いカラムで示し、横軸の0 (月)はトシリズマブを投与した時点を表しています。トシリズ マブを開始してから、難治性 NMO 患者7例中5例で再発が見ら れなくなりました(Araki ら 2014)。 :トシリズマブの投与日、 :ステロイドパルス :経口パルス、 :血液浄化療法、 :免疫グロブリン療法 今後の展開 10 年前には MS と NMO は区別されていませんでしたが、今では、それぞれに別の治療を行うことに よって、治療成績が明らかに向上しています。この事実は、個々の患者さんの病態を正確に把握して、もっ とも相応しい治療を実践する医療(テイラーメイド医療:精密医療)が重要であることを示しています。 この流れは加速し、MS や NMO の医療現場を大きく変えることになるでしょう。我々は、NCNP の研 究成果がテイラーメイド医療を進化させ、近未来の医療現場に活用されることを祈っています。 NCNP ANNUAL REPORT 2013–2014 11 NCNPが提案する神経筋疾患の ナショナルレジストリー:Remudy トランスレーショナル・メディカルセンター(TMC) 次世代シークエンサー URL: http://www.remudy.jp NCNPが提案する神経筋疾患のナショナルレジストリー: 私たち NCNP は、患者さんの数が少ない難治性疾患の治療法開発のために、 全国の患者さんが自分自身で登録する情報を、新薬の開発に役立てるシステ ムを提案しています。筋ジストロフィーに代表される、希少な神経筋疾患の 研究を進めるための患者情報登録 Remudy(レムディー)を紹介します。 Remudy 患者登録部門 左から、中村治雅室長、森まどか医師、 竹内芙実研究員、事務局 海老澤洋子、木村円室長 国際協調による臨床研究を推進する 神経筋疾患レジストリー 遺伝子解析部門:正確な登録情報を支える役割 2009 年7月から、Remudy による登録は始まりました。日本に おける神経筋疾患のナショナルレジストリー(国に一つの疾患レ 遺伝性筋疾患の診断には遺伝子の塩基配列や構造を知るこ ジストリー)として国際的な協調のもと運営されています。全国 とが必要です。遺伝子解析部門では、神経研究所 疾病研究 の先生方の協力のもと、患者さん自身の意志により正確な病気の 従来のサンガーシークエンス法を用いて、2013 年 3 月末まで 型筋ジストロフィー(DMD/BMD) :1,314 名、縁取り空胞を伴う に、ジストロフィン遺伝子だけでも 347 検体を解析してきま 遠位型ミオパチー(DMRV/hIBM、GNE ミオパチー) :155 名か にすべく、次世代シークエンサーなどの最新技術の取り入れ 床研究の計画のために対象疾患の疫学データを提供し 2)登録者 へ情報提供と効率的な試験参加者のリクルートに貢献しています。 や、サザンブロット法などの改良を精力的に行っております。 Remudy ホームページ これによって、多くの患者さんの遺伝子解析を可能にし、将 来の治療法開発に貢献できると考えています。 DMD/BMD 1,314 名 総数 1000 2013 年、Remudy に登録された 791 人の臨床情報(2009 年 600 7月〜 2012 年6月)を解析し、デュシェンヌ型筋ジストロ フィー(DMD)におけるステロイド治療の歩行機能延長効果 400 を我が国で初めて明らかにしました(図3) 。これは DMDに 200 2010.1 2011.1 都道府県別 2012.1 2013.1 180 160 協力施設数 255 120 協力医師数 469 100 2014.1 月別数 関する世界最大規模の横断的観察研究であるとともに、昨年 9月に公知申請により承認されたプレドニゾロンによるDMD 治療の根拠を示しています。疾患レジストリーを構築するこ DMRV 155 名 140 ∼5 5∼ 10∼ 20∼ 40∼ 100 0 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 4 6 8 10 12 2 2009 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 図 2 累積ジストロフィン遺伝子解析数 とによって、難治性疾患に対する治療薬の有用性を示すこと 総数 ができました。NCNP が運営するナショナルレジストリーは、 希少な難治性疾患の研究基盤整備のプロトタイプを提示して 80 います。 60 % 100 歩行機能維持の割合 R e mu d y 800 2009.7 200 疾患レジストリーの情報を解析することで、 疾患の自然歴や治療薬の効果もみえてきます 1200 0 300 した(図2) 。さらに、さまざまな筋疾患の遺伝子解析を可能 ら登録依頼を受けています(図1) 。当初からの目的である 1)臨 月別数 359 (2014 年 3 月時点) 400 第一部の協力により、遺伝子の解析をおこなっております。 情報が登録され、2014 年8月末現在で、デュシェンヌ型 / ベッカー 1400 最新技術を駆使した遺伝子解析を実施 80 中央値 (25%75%) 60 40 プレドニゾロン 未使用群 n=315 20 0 5 プレドニゾロン 未使用群 プレドニゾロン 使用群 121m(10y1m) (120126) 132m(11y0m) (126138) ログランク検定 P=0.0002 ハザード比 0.665 プレドニゾロン 使用群 n=245 10 15 20 年齢 図 3 ステロイドによる歩行機能の延長効果 40 注 釈 20 0 図 1 Remudy の登録依頼数 (2014 年8月末現在) 12 National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP) 2012.6 2013.1 2014.1 ■サンガーシークエンス法:DNA 塩基配列の解読方法 ■サザンプロット法:目的の DNA 断片を特異的に検出する方法 NCNP ANNUAL REPORT 2013–2014 13 抗精神病薬減量を安全で 現実的に行うために 精神保健研究所 社会精神保健研究部 URL: http://www.ncnp.go.jp/nimh/syakai/01_project06.html 抗精神病薬減量を安全で現実的に行うために 日本では統合失調症患者さんの治療に使われる抗精神病薬は、種類も多くかつ大量に使用されていると 言われてきました。2012 年の調査では、40% を超える患者さんが 3 種類以上の抗精神病薬を服用しており、 高齢化の進行により社会移行の遅れなどに課題を抱えています。当研究部では、163 例の臨床研究結果に 裏付けられた 「ゆっくり、 ひとつずつ、 休んでもいい」 抗精神病薬の減量法の普及を Web 公開しました。今後、 センター病院と共同で研究成果のさらなる精緻化を図っていきます。また、こういった処方の最適化を はじめとした、精神科医療の質のインディケーターとなるような統合的な指標の開発も行っています。 抗精神病薬の多剤大量処方はいけないのか ? げになっていると言われています。一方で、抗精神病薬は治療に使われるようになってまだ 60 年 当研究部ではこの臨床研究の結果を受け、その成果を普 しか経っておらず、汎用性のある画期的な薬剤は開発されていません。そのため、患者さんを良く 及すべく、まずは医療従事者が無理なく安全に減量が行え する一心で処方を工夫するうちに、種類や量が増えてしまったというやむを得ない事情もあります。 るようWeb で減薬支援シートを 2013 年 10 月に公開しまし 昨年発表されたナショナルデータベースを解析した 2012 年 た(図4) 。減量前に処方している薬物を入力するとどれだ 時点の統合失調症患者さんへの抗精神病薬の使用状況による 処方は普通に行われていますが、3剤以上が4割を超えるの 1剤 27.3% 42.1% 以上飲んでいました(図1) 。諸外国でも、複数の抗精神病薬 2剤 3剤 22.5% は日本の特徴です。その多くは、長年3剤以上投与されたこ 4剤 30.6% 行の妨げになってはいけないと思います。 同でこれら課題に応えるべくさらなる研究を進めています。 Web で公開中(タイトル下 URL をご覧ください) 多剤大量処方をゆっくりと安全に 減らしても何も変わらなかった 2010 年から 2013 年まで行われました。すでに多剤大量処方さ ゆっくり 3-6 か月 減量 れている全国 50 余施設 163 例の患者さんに対して、 「ゆっくり ( 週 あ た り 25–50mg 結果、精神症状・副 作用・QOLも、変わ らないことが示され ました(図 3)。 14 薬だけじゃない ?! 医療の質の「見える化」を目指して 減量群 101 例 で、多剤大量処方の安全で効果的な是正に関する臨床研究が ました(図 2) 。その 減らしたまま 3 か月 経過観察 おり、これに抗精神病薬処方などのプロセス指標やきちんと治って退院したのかなどのアウトカ 減量群 101 例 対照群 62 例 ム指標を加えた、統合的・現実的・簡便なクオリティーインディケーターの開発を、OECD など 処方を変えずに 3 か月経過観察 8 抗精神病薬の最適な処方は、よりよい精神医療につながるひとつの側面だと考えています。当 研究部では、2006 年から精神科医療の質の向上に向けた取り組みを行っています。精神病床での 隔離・拘束といった行動制限最小化のベンチマークを目指した eCODO システムの開発を行って 対照群 62 例 10 の国際機関と協調して進めています。 症状測定 6 0週 12 週 24 週 4 図 2 ゆっくりと減薬する臨床研究の経過概要 2 0 図 4 Web 上での減薬支援シートの入力画面と結果画面イメージ ゆっ くり 、減 薬 そこで、藤田保健衛生大学や鳥取医療センターなどが共同 6か月かけて減量し 薬を選べばよいか、どこまで減らせばいいかなど)との声 信していく必要があります。2014 年度には NCNP 病院と共 奥村ら 臨床精神薬理 16(8):1201-1205 2013 より改変 図 1 抗精神病薬の処方剤数(出来高入院患者) 休んでもよく」3〜 課題として、使用法などの説明やガイドがほしい(どの 究データの精緻な解析や追試等を通じた成果を継続的に発 していく中、多剤を飲んでいることが身体的な負荷や社会移 12 力すると、どれだけ減量が達成されたかが示されます。 をいただいており、これらの声に応えるためには、臨床研 とで安定している患者さんです。これらの患者さんが高齢化 14 Web 上で情報入力すると 達成結果を確認できます。 けのペースで減らせばよいかが示され、減量後の結果を入 19.6% と、出来高病棟において 42.1% の患者さんが抗精神病薬を3剤 研究室メンバーとのミーティング風景 Web で減薬支援シートを公開 多剤大量処方は、副作用が数多く出現したり過剰に鎮静されたりして、患者さんの社会移行の妨 ずつ) 、ひとつずつ、 山之内芳雄室長 0週 12 週 24 週 36 週 図 3 減薬による精神症状の推移 36 週 注 釈 ■マンチェスタースケール:統合失調症の症状の重症度を測定する心理検査 32 点満点で値が大きいほど重症 ■ eCODO システム:当研究部が中心となって開発している精神科医療の質を高めあうための IT ツールとそれを利用した仕組み 縦軸は、マンチェスタースケール(低いほど軽症を表す) National Center of Neurology and Psychiatry (NCNP) NCNP ANNUAL REPORT 2013–2014 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