発表要旨 - 日本語教育学会

〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
国際バカロレアの普及に教育現場はどう対応するか
―教員養成との関わりから,
「日本語 A:文学」を事例として―
半田淳子
(2014.12.20)
国際バカロレア(以下,IB)とは,主としてインターナショナルスクールの卒業生に,
国際的な基準で大学入学資格を与えるもので,日本でも,1979 年以降,IB の資格を持つ者
で 18 歳に達した者は,大学入学に関して,高等学校卒業と同等以上の学力があると認めら
れるようになった。ここ数年,教育のグローバル化,国際化の流れを受けて,IB への関心
が高まっている。文部科学省によると,2013 年 9 月の時点で IB に認定されている学校(以
下,IB 認定校)の数は 27 校であるが,今後の 5 年間で IB 認定校の数を 200 校程度まで増
やしたいと考えているようである。IB 認定校が増えれば,当然,IB の各科目を教えること
のできる教員も必要になってくるが,今のところを,教員養成を行っているのは,玉川大
学大学院のみであり,日本語あるいは国語の IB 教員の資格が取得できる教員養成課程を有
している大学は皆無である。
本発表では,DP(Diploma Programme,16 歳~19 歳)コースの選択科目の一つ「日本語 A:
文学(Japanese Language A: Literature)
」を事例にして,今後,IB が普及した教育現場
で,日本語あるいは国語を担当する教員に必要な知識や能力とは何かについて考察する。
「日本語 A:文学」では,
「文学批評に関する文学的な技法」や「文学作品を独自に批評す
る能力」の指導が求められている。現行の日本語教師が文学批評を扱う機会は多くない。
また,IB 教員全般に求められているのは,IB の「カリキュラムを解釈し,開発し,遂行す
る」能力であり,IB のカリキュラムに即した「独自教材」の開発である。更に,「多様な
文化の理解と尊重の精神」を持って「より平和な世界を築くこと」や「探究心,知識,思
いやりに富んだ若者の育成」を目的とした IB の理念や使命にも精通していなければならな
い。そのため,今後の教員養成においては,IB 教育に関するコースの開設を提案したい。
(国際基督教大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
接触場面の職場における台湾人ビジネス関係者の日本語習得とその過程
―インタビューの質的分析から―
服部明子
(2014.12.20)
台湾の日系企業で就労する台湾人ビジネス関係者2名へのインタビュー資料をもとに,
接触場面の職場における日本語習得とその過程について,質的分析を試みる。
服部(2012)では,日本企業で働く中国人ビジネス関係者を対象にロールプレイによる
調査を行った。調査対象者にはコミュニケーションを円滑に進める言語行動が観察された
が,インタビューを行ったところ,就労先で日本語研修を受けた者はわずかで,ほとんど
が就職した当初は困難を抱えていたことが明らかになった。
本研究の目的は,接触場面の職場で働く日本語非母語話者がどのようにビジネスコミュ
ニケーションを学習していくか,その習得過程に焦点をあて,質的に分析することで,ビ
ジネス日本語教育に寄与する知見を得ることである。そこで,まず,外国人ビジネス関係
者および日本人ビジネス関係者に半構造化インタビューによる調査を行い,職場における
コミュニケーションの阻害と円滑なやりとりに関する体験の語りから,日本語習得の過程
に共通した要因が見出せるかを検討する。
調査は,2014年8月,台湾において,企業5社および3名の合計13名を対象に実施した。
企業では,各社台湾人1名と日本人1名の10名から協力を得た。本発表で用いるのは,そ
のうち2名の台湾人ビジネス関係者のデータである。2名はともに,教育機関での学習経
験を有さない,日本語自然習得者である。
分析の結果,1)日本語学習の動機づけ,2)複数のコミュニケーション・チャネルの使
用,3)仕事における役割の明確な認識という3つの要因が共通して見られることが分かっ
た。
※本発表は,科学研究費助成事業若手研究(B)(課題番号25770189)による研究成果の一部である。
(三重大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
日本留学経験のあるキャリア成功者が描いたGood learner像
―PAC分析の手法で―
三浦香苗・松田真希子・渡部倫子
(2014.12.20)
現在,日本留学経験を有しキャリア上の成功者となった元留学生の成功要因と日本語教
育との関係を研究している。本発表では,PAC 分析の手法を用いて,トルコ出身留学生が考え
る Good learner(GL と略す)像を質的に明らかにする。対象者は 2003 年に文科省国費留学
生として来日し金沢大学で大学院入学前予備教育を受講した。その後隣地の大学院に進学
し博士号を取得した。専門は Knowledge management で,現在トルコの大学の准教授である。
調査にあたって,PAC 分析の開発者である内藤(2002)を参考に,具体的には丸山(2007) の
方法を援用し,次のことを英語で行った。①研究の趣旨と方法等の説明 ②調査対象者への
聞き取り調査 ③連想刺激(GL から連想する言葉を 10 個あげてもらう)④連想語のカード
記入 ⑤カードの並べかえ(重要度順)⑥各カードの組み合わせ(45 組)の距離感の 7 段階
評価 ⑦重要度と連想項目間の類似度距離行例のデータ入力と樹形図の作成(調査者)⑧樹
形図を見ながら調査対象者が自由に話す(この時のみスカイプを使用)。
⑦では支援ツール「PAC アシスト」と統計分析ソフト「R」を用いて分析し、三つのクラ
スターABC をもつ樹形図を得た。⑧で調査対象者は ABC に名前をつけ,連想語間の関係を考
えていった。その結果,Aは“Learning cycle”(探求心,良い資料へのアクセス,学ぶこと
ができ学び方を知っている,学んだことが活用できる),Bは“Supportive function”(家
族,必要時に集中して働ける,時間), Cも“Supportive function”(技術的支援,良い先生,
カネ
金)となった。GL にとって大切なことは,「探求心」をもつことで,しかも「学び方を知り」
「学んだことを活用できる」という自分自身の特質・能力を備えていることである。それ
カネ
によって「良い資料へのアクセス」もできる。それを支えるのが,時と金を媒介とした
Supportive function(支援機能)である。以上が調査対象者の描いた GL の構造である。
(三浦・松田-金沢大学,,渡部-広島大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
CLD 児童に対する日本語・教科指導に関する研究
―達成感・満足感を伴った「学級の授業に参加できる」取り出し指導を目指して―
藤井雛
(2014.12.20)
日本語指導が必要な児童生徒を対象とした「特別の教育課程」が平成 26 年4月1日から
施行され,公立義務教育諸学校における年少者日本語教育の需要が高まっている。また,
外国人児童生徒の増加と定住化に伴い,児童生徒らは日本語を用いて学校生活を営み,学
習に取り組む力の向上が求められている。
現在,私は愛知県内の公立小学校にて週2回 CLD 児童(Culturally Linguistically
Diverse Children:文化的言語的に多様な子どもたち)への日本語・教科指導を行ってい
る。そこでの経験から,多忙な公立小学校の現場では在籍学級と日本語適応指導教室との
連携が難しく,CLD 児童に対する取り出し指導と学級の授業とのつながりに課題があると感
じた。また,学級での教科学習に困難を感じ,達成感・満足感が得にくい CLD 児童の実態
を多面的に把握し,取り出し指導においてどのような支援が効果的かを検討することが必
要であることも感じた。
そこで,本発表では以下の3点について報告したい。
①在籍学級と日本語適応指導教室との連携の現状と課題を教員アンケート調査から明らか
にすること。
②CLD 児童の実態を多面的に把握するために行った「保護者アンケート調査」「外国人児童
生徒のための JSL 対話型アセスメント(DLA)」「自己肯定度インベントリー」の結果から
CLD 児童の実態や課題を明らかにすること。
③CLD 児童の実態や課題を踏まえて行った,日本語学習・教科学習の土台となるアイデンテ
ィティ形成と自己肯定感に着目した授業実践を報告するとともに,達成感・満足感を伴
った「学級の授業に参加できる」効果的な取り出し授業のモデルについて提案すること。
(愛知教育大学大学院生)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
日本語母語話者及び日本語学習者による動詞中止形の使用状況
―「YNU 書き言葉コーパス」の調査を通じて―
宮崎聡子
(2014.12.21)
動詞の中止形には、
「駅前に大きいビルが{あり/あって}、その1階に銀行がある。」の
ように、第1中止形(いわゆる連用形)と第2中止形(いわゆるテ形)の二つの形式が存
在する。日本語教育において、この二つの形式の違いについては概ね、第1中止形の方が
書き言葉的であるという説明がなされている。しかし、実際の書く場面での使用において、
日本語母語話者がどのような割合で両者を使い分け、また学習者の使用は、それと比較し
どのような違いが見られるかについての詳細は明らかになっていない。
本発表では、
『日本語教育のためのタスク別書き言葉コーパス』(金澤裕之編、「YNU 書き
言葉コーパス」
)の日本語母語話者及び非母語話者(韓国人・中国人上級日本語学習者)に
よる作文データを用い、二つの動詞中止形の使用状況について、量的・質的に観察するこ
とで母語話者と学習者の使用傾向の違いについて明らかにする。
調査の結果、日本語学習者は、書き言葉において第1中止形を用いることを意識はして
いるが、日本語母語話者と比較するとその割合には違いがあることが明らかになった。日
本語話母語者の第1中止形の使用頻度の割合は、中止形全体の約半数になっているのに比
べ、学習者の場合は、韓国・中国いずれも2~3割程度にとどまっており、日本語母語話
者の書き言葉における第1中止形の積極的な使用が伺えた。またその傾向は、読み手の親
疎・上下関係や、レポート、新聞投書、物語説明といったテキストのタイプの違いにも強
く相関していることがわかった。
(岡山大学大学院生)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
日本語母語会話における話題転換時の談話標識の使用に関する一考察
―男女別初対面会話のデータを基にして―
田中奈緒美
(2014.12.20)
接触場面の会話において,話題の転換が唐突だと感じたり,会話の進め方に違和感を覚
えたりすることがある。このような話題転換時のコミュニケーション摩擦の原因を解明す
るには,日本語会話の話題転換方法を明らかにする必要がある。本研究では,日本語母語
会話で多く用いられる話題開始ストラテジーの一つである談話標識に焦点をあて,日本語
母語話者による男女別二者間の初対面会話 24 サンプルから得られた 289 回の話題転換部に
ついて,新規話題導入表現で用いられた談話標識の種類と使用回数を調べ,男女別,年齢
区分別の分析を行った。
その結果,全体で,
「あの」
「その」
「なんか」
「えっと」「やはり」
「えー」「いや」「へえ」
「おお」
「まあ」
「こう」
「ねえ」
「もう」
「んー」「そう」「ちょっと」
「なに」
「そんな」とい
う 18 種類の談話標識の使用が見られ,使用回数としては,男性年長者では「えー」「あの」
「いや」
,男性年少者では「やはり」
「あの」
「その」
,女性年長者では「あの」
「なんか」
「ま
あ」
,女性年少者では「なんか」
「あの」「やはり」の順に使用が多かった。
データの分析から,話者の属性や会話相手との関係,あるいは個人差によって,使用さ
れる談話標識が大きく異なることが示唆された。しかし,その中でも,「あの」は使用の個
人差が小さい談話標識であり,日本語学習者への指導に際し,話題開始ストラテジーとし
て優先的に教えるべき表現の一つであると考えられる。
(島根大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
N1 デノ N2 についての一考察
―連語論的観点より―
大平真紀子
(2014.12.20)
N1 デノ N2 には次のような例文が見られる。
(1)日本での開催が決定した。
(2)校庭での練習が禁止された。
これらは N1 デノ N2 の中でも「場所名詞デノ動作名詞」というくみあわせで,修飾名詞は
被修飾名詞の動作の起こる場所である。つまり,
「大阪で開催する」「校庭で練習する」と
いった文から容易に推測できる形である。
しかし用例を見ていくと,連用からの類推ではすぐに推測できない例も多く見られる。
(3)インドネシアのスラバヤでのエキシビジョンマッチだった。
(4)釜山での内藤はコーラをラッパ呑みにして平然としていた。
(5)そのひとことで,インドネシアでの日々がなつかしくなったのかもしれない。
(6)事業での信用は傷つき,明朗と活気で手をつなぎあった販売網はずたずたにされ…
本稿では「N1 デノ N2」をデノで結ばれた名詞と名詞の連語と考え,これらがどのような
意味的タイプとして一般化できるのか考えたい。
(3)~(5)は,修飾名詞は場所を表しているが被修飾名詞が動作性の名詞でなく,
連用で表そうとすると動詞を補わねばならない。一方,被修飾名詞には出来事,人,時と
様々な名詞が来ている。しかしそれらがデノで結べるのは,これらの例文に「一時的にそ
の場に存在していた何か」という共通した意味があるからだ。これは(1)
(2)の連語の
タイプとは異なるものである。さらに(6)では,修飾名詞「事業」は場所ではなく活動
を表し,
「その活動の中での立場」という意味的タイプへの広がりを見せる。この研究を進
めることによって N1 デノ N2 の意味的タイプの広がり,体系を見つけられると考える。
(岡山大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
実現態「た」の多義性
−−「V-ta ほうが~」構文をめぐって−−
薛芸如
(2014.12.20)
日本語においていわゆる過去形「た」はしばしばテンスとして扱われている。
「た」は比
較構文「~ほうが好きだ」においても,アドバイス・すすめを表す(以下)提議構文「~
ほうがいい」においても生起することがある。ただし,比較構文の場合,過去形の「た」
形の生起が制限される。例えば,
「テレビを見{る/*た}ほうが好きだ」では「た」形が許
されず,「鰹は炙ったほうが好きだ」では「た」形が許される。これに対して,提議構文の
場合は過去形「た」も非過去形の「る」も使うことが可能である。比較構文の場合,「た」
の生起はアスペクト的な特性にあると主張する。[V-Ta] のアスペクトの意味は,持続性の
あるものだけで「すきだ」と共起する。即ちアスペクト的な特性と主文の述語「すきだ」
のアスペクト的な特性との間に一致現象が窺われる。一方,提議構文はこのアスペクト的
な制限は見られない。この構文の意味の違いはアスペクト的な意味というよりも,提議ま
たは主張の強さにある。
「た」形は実現態の用法があり,それに対する「る」は未然であり,
非実現である。同じ比較構文に置いても,実現したほうが,未然の自体より勧められると
示唆する。よって,
「た」は構文「~ほうがすきだ」におけるように実現態が中心的であり,
そして文構造における要素との相互作用によって,ムードの意味を読み取れる。
「た」は中
心的なアスペクトの意味から,
「た」の統語的位置から,テンスないしムードの解釈が得ら
れると論じる。
(台湾・元智大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
シャドーイング練習を利用した日本語音声指導の効果
加藤佳寿美
(2014.12.20)
日本語習得において困難とされる点の一つに,発音や発話に関する問題がある。日本
語学習者に発音の指導を受けた経験を問うと,ほとんどが単音や限られた語アクセント
の指導で,文のイントネーションやポーズ,リズムなどの指導は受けていないと答える。
しかし佐藤(1995)では日本語音声の評価には単音より韻律の影響が上回るとし,また
峯松(2014)では「発話の自然さ・日本語らしさを上げるためには,フレージング(句
を単位として「へ」の字型ピッチパターンを意識して発声させる)+ポージング(「へ」
と「へ」の間には意識的なポーズを置く)の習得が重要になる」としている。
本発表では,プロソディー習得において,ある一定の効果が報告されているシャドー
イング練習を利用して,音読時にシャドーイングのモデル音と同じフレーズ(句)の構
成やポーズの長さ等が再現できるか調査した結果を報告する。調査は岡山大学・大学院
で学ぶ日本語中上級レベルの留学生 10 名を対象に行った。期間は 2014 年6月〜7月の
7週間,週3回(1回 15〜20 分)のシャドーイングを行い,練習前後の音読データを収
録し,比較,考察を行った。その結果,文中のポーズの位置と数,1フレーズの拍数や
発話速度,単音の発音がより自然になり,モデル音声の発話に近づくことが認められた。
また,発音矯正を受けることで,発話に不安を抱えた調査対象者にどのような心理的変
化が見られるかを測るため,調査前・中間・調査後にアンケートを行った。その結果,
調査対象者が自身の音声的な誤りや,発音の向上を認識することに対しプラスの意識を
持ち,さらに音声・音韻的な問題を克服したいとするポジティヴな意識を生み出してい
ることが示唆された。以上の調査結果を踏まえ,日本語の音声指導に,より効果的にシ
ャドーイング練習を取り入れるための一指導案を提示したい。
(岡山大学大学院生)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
コーパスに見られる類義語「抱く」と「抱える」の異同について
中溝朋子・坂井美恵子・金森由美
(2014.12.20)
本発表では類義語「抱く」と「抱える」について「(気持ちを)持つ」という意味を中心
にコーパス(主に『現代日本語書き言葉均衡コーパス』
(国研 2011)
)を用いてその異同を
検討する。分析の観点は①共起する名詞,②実質的意味(具体名詞と共起する場合)と抽
象的意味(抽象名詞と共起する場合)の特徴とその関係,③統語的特徴で,主な結果は以
下の通りである。①「抱く」は人・物のほか,主に思考や(特に人や物,将来に対する感
情や不信などの)気持ちを表わす名詞と共起し,
「抱える」は(主にマイナスの)気持ちの
ほか,問題(債務,心身の不調など)を表わす名詞と共起する。②具体的な動作は「抱く
(実質的意味では「抱(だ)く」
)
」は,腕で通常胸に包み込むように持ち,「抱える」は,腕
を回して胸,膝などに持つことを表わす。このように「抱く」は通常胸のあたりに持つこ
とから気持ちを表わす名詞と,
「抱える」は対象が通常ある程度の大きさで動作主に負担と
なることから,不安などマイナスの気持ちや問題を表わす名詞と主に共起すると考えられ
る。また③「抱える」は程度の大きいことを表わす修飾語が前接する名詞や副詞と多く共
起し,使役形,受身形,過去形の言い切りはほぼ見られず,短期的・一時的な時間を表わ
す副詞句の後や前件の成立後に継起的に生じる内容を表わす後件でも用いられにくい。ま
た「抱く」は気持ちを向ける対象には助詞「に」の使用が多いが(制度に疑問を抱く),こ
れを名詞の修飾語(制度への/に対する疑問」
)とすることにより「抱える」との互換性が
高まる。これらのことから調査したコーパスでは「抱える」は変化ではなく状態を表わす
場合が多いこと,また「抱く」はある対象についての気持ちという側面が,
「抱える」は厄
介な何かを持っている状態という側面が特徴的と考えられる。発表ではこれらの結果から
両語を学習者に導入する際の方法や注意点についての試案も述べる。
(中溝-山口大学,坂井・金森-大分大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
中国語母語話者に対する漢字字形指導に関する一考察
―日本語の手書き場面と日本人の理解度・許容度に着目して―
向井留実子・高橋志野・串田真知子
(2014.12.20)
中国語母語話者に対する漢字指導において日中で字形が異なる日本語漢字(以下,異
字形漢字)の指導が重要であることは中川(1991)などによって指摘されてきたが,近年の
手書き場面の減少とともに,CNS の漢字指導における異字形漢字への関心は薄らいできたよ
うに見える。しかしながら,そのような現状においても,手書き場面は限定的ではあるも
のの存在し,そこでは重要な意味のある情報のやりとりがあることから,今なお異字形漢
字の指導は必要であることが指摘されている(向井 2014)。本発表は,向井(2014)の,手書
き場面と簡体字に対する日本人の理解度・許容度に関わる調査結果をもとに,効率的な指
導の具体的な検討を行うものである。
常用漢字の約 40%を占める異字形漢字を,限られた学習時間内で,すべて習得することは
難しく,指導にあたっては,優先度の高い字に重点を置くことが有効である。優先度の指
標を何に求めるかについては,大北(2001) ,藤山(2002)などに,中国語の漢字に対する日
本人の理解度に関する言及が見られるものの,それ以上の発展的な議論はなされていなか
った。その後,向井(2014)が簡体字に対する日本人の理解度と許容度という観点から,日
本人を対象とした調査を行っており,その結果として,日本語の文中で簡体字が使われた
場合,負の印象をもつ人が多く,理解できる簡体字であっても日本語で書くべきであると
する,許容度が低い傾向が見られたことを報告している。
本発表では,この報告で示された日本人の理解度と許容度が低い簡体字について,その
特徴を明らかにするとともに,CNS が日本語を手書きする場面において使われる可能性の高
い語彙との照合を行い,指導が優先されるべき異字形漢字を検討する。
(向井-東京大学,高橋-愛媛大学,串田-桃山学院大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
留学生と小学校児童との文化交流に期待すること
―授業担当者・留学生・小学校担当者,3者からの視点を通じて―
立部文崇・山本晋也
(2014.12.20)
本発表では,徳山大学にて実施した留学生による小学校児童への「絵本読み聞かせ」を
中心とした異文化交流授業を取り上げる。この交流授業は,留学生が日頃,触れ合うこと
が少ない小学校児童を対象に約 4 ヶ月に渡って実施された。この授業を企画した目的は,
留学生は,発信者として「伝える」ことの楽しさや難しさを学ぶ。そして,小学校児童は,
外国語や異文化に触れ,子供たち自身の世界を広げることができると考えたからである。
このような趣旨は,この取り組みへの参加者全員にある程度共有されていると担当者は感
じていた。しかし,全 15 週にわたる授業の終了後に,実際にこの授業に何を期待していた
のかを調査した結果,授業担当者,留学生,小学校担当者の三者間でその期待は少しずつ異
なっていたことが明らかになった。本発表では,この期待の違いに注目し,今後増えると予
想される留学生と地域社会との交流を軸とした実践のあり方について,考察する。
一例を挙げると,授業担当者は,小学校児童との交流に,留学生にとって「大学では学べ
ない日本語」の習得を期待する一方で,小学校担当者は,小学校児童全員に異文化を体験し
てもらいたいと期待していた。このような「日本語習得」と「異文化体験」という期待の
ずれが,当初の授業計画や,企画の趣旨そのものにも少なからず影響を与えていた。例えば,
授業担当者は,留学生が児童を対象とした交流において,どのような日本語を用いるべきか
を自ら能動的に学んでほしいとの思いから,対象児童を固定した上での交流を計画してい
た。しかし,小学校担当者の「児童全員に異文化交流を」との希望から,実際の授業では,
毎回学年の異なる児童との交流となった。そして,このような計画段階と実施段階の違いは,
授業を通じた留学生の学びにも影響を与えたのであった。
本発表では,上記を一例として,三者それぞれの授業の振り返りから,留学生と地域との
交流の中で得られた学びについて発表を行う。
(徳山大学)
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
年少者日本語教育とキャリア教育の関係性の考察
―「主体性」と「自りつ」を視点に―
人見美佳
(2014.12.20)
近年,年少者日本語教育では,ライフコースやキャリア形成に着目し,その子どもの人
生や生き方を支える日本語教育のあり方についての議論が広がりを見せている(齋藤・佐
藤 2009 等)
。つまり,子どもの心身及び認知的な発達段階そして人間形成の途中段階とい
うことを考慮した年少者日本語教育の重要性が認められ,単に日本語を体系的に学習すれ
ばうまくキャリア形成していけるわけではないということは支持されてきているというこ
とである。そして,心身及び認知的発達段階を鑑みた,年少者日本語教育のあり方が指摘
され,
「ホリスティック」で「ボーダレス」な「年少者日本語教育学」として捉えられてき
ている(川上他 2014)
。
これは,心身及び認知的発達段階を考慮し,人生をよりよく生きるための教育であるキ
ャリア教育と通ずる。言い換えれば,年少者日本語教育がキャリア教育であるということ
を指し示している。だが,依然として,キャリア教育としての年少者日本語教育が何であ
るかという議論には余地がある。
発表者は年少者日本語教育=キャリア教育という立場から,
「移動」を観点にその両者の
関係性を考察する。この考察を通して見えてくるキーワードは,
「主体性」と「自りつ」で
ある。
これらのキーワードを基に,今後のキャリア教育としての年少者日本語教育を「動態的
キャリア教育」としての年少者日本語教育と定義する。
(東京都目黒区教育委員会)
【参考文献】
・川上郁雄・野山広・石井恵理子・池上摩希子・齋藤ひろみ(2014)
「
「特別の教育課程」化は子どもたち
のことばの教育に何をもたらすのか―年少者日本語教育のこれまでの成果と教育実践から考える―」
『2014 年度日本語教育学会春季大会予稿集』pp35-46.
・齋藤ひろみ・佐藤郡衛(2009)
『文化間移動をする子どもたちの学び
ひつじ書房.
教育コミュニティの創造に向けて』
〔2014(平成 26 年度) 第 9 回日本語教育学会研究集会(岡山・岡山大学)発表要旨〕
「~ておく」についての意味分析
―三要素の基盤から―
徐梓競
(2014.12.20)
日本語教育の初級文型である「~ておく」は一般に「準備」として教えられてきた。し
かし,日本語教科書として現在最も多く使用されている『みんなの日本語』を見ると,こ
の「準備」のほかに,
「放置」という用法も同じ課で教えられている。たが,
「準備」と「放
置」ではあまりに意味がかけ離れており,学習者には理解し難いとなっている。しかし,
この「準備」と「放置」という用法の間には,何らかの関連性があるはずだ。その関連性
とは一体どのようなものなのだろうか。
日本語の「~ておく」に関する先行研究は今までに数多くなれてきた。鈴木重幸(1973)
は,
「~ておく」について「後のことを考えに入れて。動作を行うことを表すもくろみ動詞」
としている。吉川武時(1969)は,
「準備」
,
「処置行為」,
「放置」以外にも,他の用法がある
ことを指摘している。本稿では,先行研究を調査し,さらに用例を収集し,先行研究にな
い用法も明らかにすると同時に,これらの用法に共通するものは何であるのか,あるいは,
そこにはどんな関連性があるのか,それらを明らかにしようとするものである。
本稿では,さまざまな用例を収集し,
「~ておく」の意味,用法から各形式の構文を考察
し,
「~ておく」の用法を五つに分け,「~ておく」の用法には「目的」
,
「行為」,
「(行為の
結果の)維持」という三要素があることを明らかにした。更に,三要素の基盤から,それ
ぞれを焦点化したり,消却したりすることによって,第一の用法から,第二,第三,第四,
第五への五段階の意味拡張が行われることが明らかにした。
今後の課題として「~てある」,
「~ている」などの比較を行っていく。
(拓殖大学大学院生)
以上