円偏光二色性測定と示差走査蛍光定量法を用いた BPTI 変異体の熱安定性評価 黒田研究室 学籍番号:10251019 小須田 慧司 [背景・目的] プロテオミクス研究において多数の蛋白質を迅速に解析することが求められているなか、最近開発 された示差走査蛍光定量法 (Differential Scanning Fluorimetry, DSF) は、低コストかつ多数の蛋白 質の熱安定性を評価するのに適した手法である。一方、DSF で測定される熱力学安定性の正確さは保 証されていないことが短所として挙げられる。そこで、本研究では DSF による熱安定性評価の正確性 を検討するため、熱安定性測定に従来から用いられている円偏光二色性 (CD) 測定と、新規手法であ る DSF との結果を比較した。モデル蛋白質として、当研究室で長く研究されてきた BPTI 変異体を用 いた。 [研究方法] BPTI-19 の C 末端にリンカーとしてグリシン 2 残基を付加した変異体 (C2G)、リンカーに続いてア ラニン、リシン、スレオニン、バリン、イソロイシンをそれぞれ 5 残基付加した変異体 (C5A, C5K, C5T, C5V, C5I) を測定対象とした。C5A, C5T, C5V は QuikChange により既存変異体遺伝子に変異を入れて 作製した。全変異体を大腸菌に発現させ、HPLC で精製した。CD 測定では 光路長 1cm のセルを用 いて 1.5 mL の試料 (20 µM) を用いて温度変性を測定した。DSF では, 96 ウェルプレートを用いて、 1 ウェルにつき 20 µL の試料 (20 ~ 160 µM) に対し温度変性を測定した。それぞれの測定から変性中 点温度を算出し、熱安定の指標とした。 [結果・考察] CD 測定・DSF の両方で得られた各変異体の変性中点温度 (Tm) を比較したところ、CD 測定と DSF で同様の値を得られた (表 1)。また、CD 測定では測定できない 50 ~ 180 µM の高蛋白質濃度の 熱安定性を DSF によって測定した結果、C5I の Tm が高蛋白質濃度で低下していた。これは先行研究 による C5I の示差走査熱量測定 (DSC) の結果と一致しており (図 1)、これらの結果から、DSF によ る熱安定性評価は信頼できると判断した。さらに DSF において、昇温時の変性曲線と降温時の変性曲 線の比較から、BPTI 変異体の変性が可逆であることが示された (図 2)。このときヒステリシスが観測 されたことから、変性反応よりもフォールディング反応のほうが遅いことが確認された。この結果と 濃度依存的な変性温度の低下から、BPTI 変異体は高温変性状態で不可逆な凝集をするのではなく、可 逆的に会合していることが強く示唆され、DSC 測定で示されているとおり、C5I が nN Dn のよ うな熱力学的平衡モデルに従っていると考えられる。DSF によって変性の可逆性を検証した報告例は なく、本研究により、今後 DSF を熱安定性評価のみならず蛋白質安定性の熱力学的解析にも応用でき ると期待される。 DSCの結果より作製した近似曲線 forward (5℃→65℃) DSF reverse (65℃→5℃) 45 Fluorescence (x1000) 40 40 Tm (℃) 30 35 20 30 10 25 20 0 40 80 濃度 (µM) 図1 120 160 0 10 20 30 40 50 60 温度 (℃) 図2 表 1:CD 測定と DSF によって得られた 各変異体の Tm の比較。 図 1:C5I における Tm の濃度依 存的変化 (DSC の結果より近似曲線を作製)と DSF によって得られた Tm との比較。図 2:DSF によ る C5I 変性の可逆性。 デングウイルス由来エンベロープ糖タンパク質第 3 ドメインの尿素変性を用いた変異体解析 黒田研究室 学籍番号 : 10251025 櫻井 博光 【背景・目的】 デングウイルスは、熱帯地方において公衆衛生上の問題となっているデング熱/デング出血熱の原 因となっているウイルスである。デングウイルスは 4 つの血清型に分類される。デングウイルスのエ ンベロープ糖タンパク質はウイルスの宿主細胞への侵入に関わるタンパク質で、三つのドメインから 構成されている。特に、その第 3 ドメイン ( 以下、 ED3) には中和抗体の認識部位と宿主細胞膜上 の受容体結合部位が存在するとされており、ED3 の構造や物性を解明することはデングウイルスの研 究に対して重要な意味を持つ。本研究で用いる ED3 配列の 310 番目、387 番目の内部残基を置換さ せた 1 ~ 2 残基置換体は、デング 3 型 ( DEN3) と 4 型 ( DEN4) の分子進化を議論した先行研究に おいて、その置換が ED 3 の熱安定性と抗体との相互作用に大きく影響することが明らかにされている。 その過程で、構造モデルにおいて側鎖の衝突が予測された変異体は、変性温度及び常温で測定した ELISA による抗体との相互作用強度が低下しており両者が相関することが示された。本研究では抗体 相互作用強度と安定性、及び置換による原子間の衝突の関係をより詳細に議論するため、変性剤によ る変性曲線の解析から ED3 変異体の常温での安定性を評価した。 【方法】 DEN3 ED3, DEN4 ED3 について、野生型配列とそれぞれ 310 番目、387 番目の残基を置換した 5 種 類の変異体の計 12 種類のタンパク質 ( DEN3 wt, II, ML, IL, VL, MI / DEN4 wt, II, IL, VI, MI, VL) を研 究対象とした。これらのデング変異体を大腸菌で発現させ精製した。精製したサンプルは、変性剤尿 素に対する安定性の評価のため CD 測定を行った(タンパク濃度は 10 µM 、変性剤尿素の濃度が 0 ~ 8 M、 10 mM 酢酸緩衝液 ( pH 4.5)、 25 C)。得られた各スペクトルで、楕円率の差の大きかった 231 nm のシグナルを尿素濃度に対して表示し、その解析から 25 °C の水溶液中(尿素濃度 = 0 M )での 安定性を評価した。 【結果・考察】 各変性剤濃度での CD スペクトルに等吸収点が見られたことから ED3 変異体は二状態変性している と仮定した。スペクトル差の大きい波長 ( 231 nm )でのモル楕円率の変化を尿素濃度に対してプロ ットし、変性曲線を作成した(図 1) 。変性曲線から変性中点の尿素濃度( Cm)を求め、先行研究で CD の熱変性曲線から得られた熱変性中点温度( Tm)の比較から、両者が示す安定性の順序に相関が 見られた。さらに、25 C における尿素濃度ゼロでの安定性を評価するため、変性曲線から得られた各 濃度での変性タンパク質の割合から平衡定数 KD を求め、各濃度での変性ギブズエネルギー ΔGD を 求めた。各濃度での ΔGD を変性剤濃度に対してプロットすることで、濃度ゼロの時のギブズエネルギ ー ΔGDH2O の値を外挿した。25 °C で得られた ΔGDH2O と ELISA 強度を比較したところ、 Tm 値と ELISA 強度との相関と同様の相関が見られた(図 2)。以上のことから、DEN3, 4 各変異体の常温・非 変性剤条件の安定性を示すことができ、変異体の構造変化が安定性及び抗体との相互作用に影響する ことが推測できた。 図1 DEN3, 4 の尿素濃度に対する変性曲線 図2 各変異体の Tm, ΔGDH2O と ELISA 比較 タンパク質の末端に付加した少数残基が凝集体形成に及ぼす影響の解析 黒田研究室 学籍番号:10251032 如澤浩樹 [背景・目的] 疾病の原因になり得るタンパク質凝集のメカニズムを理解することは、タンパク質工学や医学およ び創薬の分野にまたがる重要な研究テーマである。本研究では、モデルタンパク質として、ウシ膵臓 トリプシン阻害タンパク質 (BPTI)の末端に付加したアミノ酸がタンパク質の塩依存的凝集体形成に 及ぼす影響と、凝集体形成機構を解析することを目的とした。 [研究方法] BPTI の C 末端にグリシン 2 残基を付加した変異体 (C2G) と、その先に同一のアミノ酸を 5 個付加 した変異体(C5A (疎水性) 、C5S (親水性) 、C5D (負電荷) )を蛍光色素 (FAM) で標識したものを 用いた。これらの変異体は、先行研究により溶解性が異なることが示されている[1]。本研究では、動 的光散乱測定 (DLS) と光散乱測定 (LS) および蛍光測定を行うことで、凝集体形成の NaCl 濃度依存 性および時間依存性を解析し、変異体間で比較した。また、異なる蛍光色素 (FAM, Cy3) で標識した BPTI 変異体を用いた FRET 測定により、NaCl 非存在下の可溶性状態におけるタンパク質間の相互作 用を調べた。 [結果・考察] まず、DLS、LS により凝集性の塩濃度依存性を調べたところ、各変異体はある塩濃度以上で凝集体 の形成が始まり、塩濃度依存的に凝集量が増加し、最終的に 1500nm を超える巨大な凝集体を形成し た。凝集のしやすさは、FAM-C2G > FAM-C5A = FAM-C5S > FAM-C5D となった。1.5M NaCl 存在 下では、FAM-C2G、FAM-C5A および FAM-C5S の凝集量は同程度であったが、FAM-C5D は凝集し なかった。これは、アスパラギン酸の負電荷によるタンパク質同士の反発によるためであると考えら れる。 次に、NaCl 非存在下の可溶性状態における FRET 測定を行うことで、溶液中での単量体タンパク 質同士の相互作用の強さを調べた (図 1) 。FAM-C2G、FAM-C5A および FAM-C5S の FRET 効率は FAM-C5D のそれよりも高かったことから、はじめの 3 つの変異体は、FAM-C5D よりも相互作用が強 いことが分かった。このことは、溶液中での単量体タンパク質同士の相互作用の違いがタンパク質の 塩存在下における凝集体形成に影響を与えることを示唆している。 さらに、1.5M NaCl 存在下での凝集形成の初期における時間変化を蛍光測定 (図 2) 、DLS、LS に より調べたところ、凝集体形成過程には「会合体形成過程」と「凝集体成長過程」の 2 つが存在する ことが分かった。 「会合体形成過程」とは、塩添加直後にタンパク質同士の相互作用が増加して会合体 が形成される過程であり、開始 10 分後までの蛍光強度の低下によって観測された。 「凝集体形成過程」 は、これらの会合体が組み合わさることで 1500nm を超える巨大な凝集体を形成する過程である。会 合体形成の段階で蛍光強度の低下が大きかった FAM-C2G は、非常に大きな会合体を形成していたた め、その後の凝集体成長が早く進んだ。一方、蛍光強度低下が最も少なかった FAM-C5D に関しては、 会合体形成は起きているがその会合体が小さかったため、凝集が進行しなかったと考えられる。 1. Khan, M.A., M.M. Islam, and Y. Kuroda, Analysis of protein aggregation kinetics using short amino acid peptide tags. Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Proteins and Proteomics, 2013. 1834(10): p. 2107-2115.
© Copyright 2024 Paperzz