Ⅲ.血清学的診断の方法 1.抗血清の作り方 動物はウイルスや細菌に感染すると、その病原体の表面に存在するタンパク質や多糖 類(抗原)を認識して、その病原体に特異的に結合する抗体を産生して自らを守ろうと する免疫系を作動させる。この動物の免疫系を利用して、植物病原体に特異的に反応す る抗体を得ることができる。 具体的には、精製し た植物ウイルスや、培 養した細菌を抗原とし て、ウサギなどの実験 動物に筋肉、皮下ある いは静脈に注射(投与) して一定期間経過後に 血液を採取し血清を得 る。この血清中には、 注射した抗原(植物ウ 抗体は免疫グロブリンと呼ばれる Y 字状のタンパク質で、H 鎖(重鎖) と L 鎖(軽鎖)計 4 個のポリペプチ ドからなる。H 鎖の先端は可変部と 呼ばれ、決まった抗原の特定部位と 結合する。この反応を抗原抗体反応 と呼ぶ。抗体は血清中に含まれ、免 疫グロブリン G(IgG)が多数を占め る。 イルスなど)に特異的 に反応する抗体が含ま れていて抗血清と呼ばれる。 2.抗血清の利用 この抗血清を利用して、植物の病原体を検出・診断する方法を血清学(免疫学)的診 断法という。植物病原体の中では、ウイルスや細菌の検出・診断に主に用いられている が、糸状菌では疫病菌の診断に実用的に利用されている。 血清学的診断法は、抗血清(抗体)を準備しておけば、大掛りな設備のない実験室に おいても、簡便、迅速、比較的安価に植物のウイルス病や細菌病などの診断ができると いう特徴がある。 植物病の血清診断法は多種多様であるが、大まかに分類すると、抗原抗体反応を、 ① 直接的に肉眼で観察する方法 スライド凝集反応、ゲル内拡散法、リングテスト ② 顕微鏡や電子顕微鏡で拡大して観察する方法 蛍光抗体法、免疫電子顕微鏡観察法 ③ ラテックス、酵素、放射性物質などを利用し反応を増幅して観察する方法 ラテックス凝集反応、ELISA などに分類することができる。普通③の方法が最も高感度である。 1 ◆スライド凝集反応◆ スライドガラス上で抗原‐抗体の凝集反応の有無を観察する方法で、最も単純で簡易 な方法である。ただ、貴重な抗血清を多量に消費するため、現在ではほとんど使用され ないが、抗原抗体反応を直接、肉眼で見ることが出来る。 材料:Xanthomonas oryzae pv. oryzae Pseudomonas syringae 抗 Xanthomonas oryzae ウサギ生血清 方法:①スライドガラスに生理食塩水(0.85 % NaCl 水溶液)を 50 µl 乗せ、白金 耳でかきとった菌体を懸濁する。 ②2 倍希釈した血清を一滴(50 µl)スライドガラスに乗せ、菌液と混合する。 ③凝集反応を確認する。 図 12 凝集反応 ※抗原・抗体いずれかが過剰な場合、凝集反応が起こりにくいことがある。 ※1, 2 分以内に現れるものが陽性で、3 分以上過ぎて起こる凝集は目的とする抗原 抗体反応によるものではないことがあるので注意する。 図 13 左:陽性 右:陰性 2 ◆ゲル内拡散法◆ ゲル平板の穴に抗血清と抗原を入れ、それらが拡散してゲル内で反応したときに生じ る沈降帯を観察する方法。二重拡散法を用いると、形成される沈降帯パターンにより、 血清学的に同種か近縁であるかが推定できる。 図 14 ゲ ル内 拡散 例 A=抗原 S=抗 A 抗体 a=A と同等の抗原 W=MQ 水 材料:TMV(Tabaco mosaic virus)感染タバコ(Nicotiana tabacum cv. White Burley) 健全タバコ(Nicotiana tabacum cv. White Burley) 抗 TMV ウサギ生血清 方法:①0.1 M Tris-HCl 緩衝液(pH 8.0)120 ml に、ゲランガム 0.36 g(0.3 %)と 塩化マグネシウム六水和物(MgCl2・6H2O)0.24 g(0.2 %)を加え、電子レ ンジで溶解する。 ②溶解したゲル 10ml を熱いうちに駒込ピペットで 5 cm シャーレに流し広げる。 ③固まったら図 16 の上にシャーレをのせ、図に従っ てコルクボーラー(No.3)で7か所打ち抜き、打 ち抜いたゲルを柄付針で取り除き穴を空ける。 ④TMV 感染タバコ葉、健全タバコ葉を磨砕してサン プル液を調整する。約 5 図 15 穴 の空 け方 10cm 程度の葉を磨砕袋に入れ、リン酸バッファー 1ml を加える。乳棒でよく磨砕する。 サンプル液は 2ml ずつ作製する。 ⑤磨砕液をピペットで 1.5ml チュー ブに回収し、15000rpm、室温(20℃) で 5 分遠心分離する。この上清をサ ンプル液として使用する。 ⑥図 16 を参考に、サンプルを 100 μl ずつ滴下する。血清(4 倍希釈)を 中央の穴に 100μl 滴下する。 図 16 3 ⑥シャーレは湿らせた紙をしいたタッパーに入れ、室温で静置する(調査作業室の 25℃ インキュベーターに入れておく)。4 日後(月曜日)に反応を観察する。 ◆ELISA◆(Enzyme-Linked Immunosorbent Assay, 酵素結合抗体法) ダブルサンドイッチ法 double antibody sandwich method: DAS-ELISA マイクロプレートにウイルスを抗原とする抗体を吸着させ(コーティング)、試料汁 液を添加する。もしウイルスが存在すればウイルスは抗体に捕捉される。これにコンジ ュゲート抗体を添加し、捕捉されたウイルスに結合させ、基質を添加すると酵素によっ て基質が分解され、溶液の色が変化することでウイルスを検出することができる。 図 17 ELISA 法の原理 ★コンジュゲート(酵素標識された抗体) 抗体に酵素(アルカリフォスファターゼ)を結合させたもの。アルカリフォスファ ターゼは基質溶液(p-ニトロフェニルフォスフェート:無色透明)を分解し黄色に変 化させる、これを波長 405 nm の吸光度で測定し分解された基質の量を計る。分解量 は、試料中に含まれる抗原(ウイルス)の量に比例する。 材料:蘭(カトレア、シンビジュウム、オンシジュウム、デンファレ、デンドロビ ウム、コチョウラン) 抗 ORSV(Odontoglossum ringspot virus)DAS-ELISA キット (コーティング用抗体、コンジュゲート抗体) 抗 CymMV(Cymbidium mosaic virus)DAS-ELISA キット (コーティング用抗体、コンジュゲート抗体) 試薬:●10 PBS(0.02M リン酸緩衝液生理食塩水 pH 7.4) 300ml/班 塩化カリウム(KCl)̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 0.6g リン酸二水素カリウム(KH2PO4)̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 0.6g リン酸水素二ナトリウム(Na2HPO4・12H2O)̶̶̶ 8.7g 4 塩化ナトリウム(NaCl)̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 24g 蒸留水 300ml に溶解する。300ml メディウム瓶に入れる。 ●PBS-T(PBS+0.05% Tween 20) 10 PBS̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 100ml Tween 20̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 500μl 蒸留水̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 900ml 足りなくなったら随時作製し、専用の洗瓶に補充する。 ●磨砕用緩衝液 PBST-PVP(PBS-T+2% PVP) 100ml/班 10 PBS̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 10ml Tween 20̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 50μl 蒸留水̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 90ml PVP(polyvinilpyrrolidone)̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 2g よく撹拌して PVP を溶解する(発泡注意)。100ml ボトルに入れる。 ●コーティング用緩衝液(0.05M 炭酸緩衝液 pH 9.6) 30ml/班 炭酸ナトリウム(Na2CO3)̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 0.048g 炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶̶ 0.087g 蒸留水 30ml に溶解し、pH を確認する。50ml チューブに入れる。 ●10%ジエタノールアミン水溶液 30ml/班 ①ジエタノールアミン 3ml を蒸留水 20ml に溶解する。 ②HCl で pH 9.8 に調整する。 ③調整後、蒸留水で 30ml にメスアップする。 ④塩化マグネシウム六水和物 3mg を加える。 50ml チューブに入れる。 ●3N NaOH 水溶液 10ml/班 NaOH 1.2g を蒸留水 10ml に溶解する。15ml チューブに入れる。 方法: 1.コーティング(第 1 日目) ① コーティング液(抗体)を 0.05 M 炭酸緩衝液(pH 9.6)で 500 倍に希釈(6ml +12μl)し、マイクロプレートの各ウエルに 200 µl ずつ分注する。(ORSV、 CymMV をそれぞれ一枚のプレートに半分ずつ分注する。外周一列を除き、各 5 24 ウエルずつにコーティングする。液が混入しない様に注意すること) ② マイクロプレートを、濡らした紙を敷いたタッパーに入れて湿室に保ち、4℃で 一晩静置する。 第 1 日目ここまで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ③ マイクロプレートを PBS-T(PBS+0.05 % Tween 20)で洗浄する。バットに プレート内のコーティング液を捨て、キムタオルで水分を切ってから PBS-T を それぞれのウエルいっぱいに注ぐ。1~2 分置いてから液をバットに捨て、キム タオルで水分を切る。PBS−T での洗浄は計 3 回おこない、最後に水分をよく切 る。ラップに包んで-80℃で保存する。(金曜日に代表者が洗浄する) 図 18 ELISA サ ンプ ル 分 注図 2. 試料処理(試料をウエルに入れる)(第 2 日目) ① 試料(約 1 cm 2 cm)を 20 倍量(約 3 ml)の PBST-PVP(PBS-T+2 % PVP) 中で摩砕し、上清を検定試料として各ウエルに 200 µl ずつ分注する。(分注の 位置は図 18 参照。1 サンプルに 4 穴、コントロールは 2 穴使用する。何番のラ ンサンプルをどのウエルに入れたか、必ずメモしておくこと) ② マイクロプレートを、濡らした紙を敷いたタッパーに入れて湿室に保ち、4 ℃ で一晩静置する。 第 2 日目ここまで・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ③ マイクロプレートを PBS-T で洗浄する。バットにプレート内のサンプル液を捨 て、キムタオルで水分を切ってから PBS-T をそれぞれのウエルいっぱいに注ぐ。 6 1~2 分置いてから液をバットに捨て、キムタオルで水分を切る。PBS−T での洗 浄は計 4 回おこない、最後に Milli Q で 1 回洗浄する。水分をよく切ってラッ プにつつみ、‐80℃で保存する。(湿室中 4℃で保存も可)(金曜日に代表者が 洗浄する) 3. コンジュゲート処理(第 3 日目) 第 3 日目実習前に事前作業・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ① コンジュゲート液(抗体)を PBS-T で 500 倍に希釈 (6ml+12μl) し、マイク ロプレートの各ウエルに 200 µl ずつ分注する。 ② マイクロプレートを、濡らした紙を敷いたタッパーに入れて湿室に保ち、37 ℃ で 2 時間静置する。 第 3 日目実習・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ③ マイクロプレートを PBS-T で洗浄する。バットにプレート内のサンプル液を捨 て、キムタオルで水分を切ってから PBS-T をそれぞれのウエルいっぱいに注ぐ。 1~2 分置いてから液をバットに捨て、キムタオルで水分を切る。PBS−T での洗 浄は計 5 回おこない、最後に水分をよく切る。 4. 基質溶液添加 ① 10 %ジエタノールアミン溶液に p-ニトロフェニルフォスフェート(基質、4℃ 保存)を 1 mg/ml (約 12ml に 12mg 溶かす) 溶解し、基質溶液とする。 ② 基質溶液を 200 µl ずつ各ウエルに分注する。 ③ 基質溶液の添加から 15∼30 分後に 3 M NaOH 水溶液を各ウエルに 50 µl ずつ 分注し、反応停止を行う。 ④ プレートリーダーで 405 nm の吸光度を測定し、試料のウイルス感染の有無を 判定する。感染の有無は肉眼でも判断することが可能である。 注意点 1.コーティング溶液、コンジュゲート溶液は必ず同じウイルス用を用いること。 すなわち、ORSV 抗体でコーティングしたウエルには、必ず ORSV コンジュ ゲートを使用すること。誤って、ORSV 抗体を処理したウエルに、CymMV 用 コンジュゲートを用いると結果は得られない。 2.マイクロプレートの洗浄は丁寧に行うこと。 7 ◆イムノクロマト法◆ CMV Immuno Strip(金コロイド免疫クロマト法、Agdia 製) 図 19 イ ムノ クロ マト 原 理 材料: CMV 感染タバコ(Nicotiana benthamiana) 健全タバコ(Nicotiana benthamiana) 8 方法:①抽出袋の上部をハサミで切り、袋をあける。磨砕液がこぼれない様に注意する。 ②サンプル(約 2 cm 2 cm)を抽出用袋に入れ、上からペンの先などで葉をす りつぶす。 ③テストストリップを抽出用袋の透明な部分に挿しこみ、そのまま 15 分程静置 する。ストリップを挿しこみすぎると検出がうまくいかないので、かならずスト リップの先端部分だけを抽出液に触れさせておく。 ◆電子顕微鏡における免疫染色(免疫電顕)◆ ウイルスなどの特定の抗原を、その特異抗体によってコーティングし、電子線の透過 を妨げることで可視化させる方法。組織中の抗原(ウイルス)局在や、観察された抗原 が目的の抗原であることを確認するために用いられる。 ウイルス粒子に抗体がついた場合、ウイルス粒子の周りに暗い影ができる(図 19)。 たとえば、形態では区別できない 2 種のウイルスが重複感染している試料の場合、一方 のウイルスに対する抗血清を処理すれば 1 種類の粒子だけが修飾を受け、抗体が結合し ていないもう一方のウイルスと明確に区別ができるようになる。 材料:Potato virus Y(PVY) Helleborus net necrosis virus(HeNNV) 抗 HeNNV 抗体 方法:パラフィルムに液滴をのせ、作業をおこなう。 先に抗体とウイルスのどちらをグリッドに吸着させ るかで、二種類の手法に分けられる。 図 19 抗 体結 合し た PPV 粒 子 ●デコレーショントラップ法(今回使用した手法) グリッドにあらかじめウイルスを吸着させ、その周りに抗体を結合させる方法。 ①試料となるウイルス感染植物片を、生理食塩水中でカミソリを用いて刻む。この 抽出液にグリッドを浸けて、15 分吸着させる。余分な水分は濾紙で吸い取る。 ②MQ 水の水滴にグリッドを浸けて、濾紙で余分な水分を吸い取る。この洗浄を 9 回繰り返す。 ③抗ウイルス抗体液にグリッドを浸けて、15 分吸着させる。余分な水分は濾紙で 吸い取る。 ④MQ 水の水滴にグリッドを浸けて、濾紙で余分な水分を吸い取る。この洗浄を 5 回繰り返す。 ⑤洗浄後、PTA 1%液にグリッドを浸ける。すぐに濾紙で液を吸い取り、乾燥。 9 ●トラップ法 まずグリッドに抗体を吸着させ、そこに抗原となるウイルスをトラップする方法。 ①抗ウイルス抗体液にグリッドを浸けて、15 分吸着させる。余分な水分は濾紙で 吸い取る。 ②MQ 水の水滴にグリッドを浸けて、濾紙で余分な水分を吸い取る。この洗浄を 5 回繰り返す。 ③試料となるウイルス感染植物片を、生理食塩水中でカミソリを用いて刻む。この 抽出液にグリッドを浸けて、15 分吸着させる。余分な水分は濾紙で吸い取る。 ④MQ 水の水滴にグリッドを浸けて、濾紙で余分な水分を吸い取る。この洗浄を 9 回繰り返す。 ⑤洗浄後、PTA 1%液にグリッドを浸ける。すぐに濾紙で液を吸い取り、乾燥。 10
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