法政大学大学院理工学・工学研究科紀要 Vol.55(2014 年 3 月) 法政大学 Ge イオン注入 ZnO バルク単結晶の 低抵抗化とその起源 THE ORIGIN OF THE LOW RESISTIVITY IN Ge-ION IMPLANTED ZnO BULK SINGLE CRYSTALS 上岡一馬 Kazuma KAMIOKA 指導教員 栗山一男 法政大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程 The origins of low resistivity in Ge ion-implanted ZnO bulk single crystals are studied by Van der Pauw methods, photoluminescence (PL), Rutherford backscattering spectroscopy (RBS) and Nuclear reaction analysis (NRA). The resistivity decreases from ~103 Ωcm for un-implanted samples to 1.45 × 10-2 Ωcm for as-implanted, and 6.26 × 10-1 Ωcm for 1000 ºC annealed samples. In RBS and NRA measurements, the Zn interstitial acts as shallow donor and the O interstitial acts as acceptor are observed. A new PL emission appears at around 372 nm (3.33 eV) after annealing at 1000 ºC, suggesting Ge donors with an activation energy of 100 meV. This value corresponds to the activation energy (102 meV) of Ge donors estimated from the temperature dependence of carrier concentration. The origin of the low resistivity in as-implanted samples is attributed to the Zni (~30 meV). In contrast, the origins of the low resistivity in 1000 ºC annealed samples are assigned to both the Zni related defects and the electrically activated Ge donor. Key Words : ZnO, electro properties ,lattice defect 1. 序論 高抵抗の ZnO バルク単結晶(~103 Ωcm)に C[10]、Si[11]、 酸化亜鉛(ZnO)は直接遷移型のワイドギャップ化合物 Al[12]イオンを注入することにより、注入直後において 半導体であり、室温で Eg=3.37 eV のバンドギャップを有 比抵抗が~10-1 および~10-3 Ωcm に低抵抗化し、n 型伝 しており、励起子の束縛エネルギーが 60 meV と非常に大 導を示したことを明らかにした。これは注入により誘起 きいため、室温において励起子発光を用いた高効率な紫 された亜鉛原子のわずかな変位(Zni:~30 meV[13])がド 外領域のオプトエレクトロニクスデバイスなどの様々な ナーとして働いたことが考えられる。 アプリケーションにおける実現が期待されている[1-3]。 本研究では亜鉛原子の変位を増大させるため、ZnO バ また、現在青色発光ダイオードとして実用化されている ルク単結晶に C、Si、Al よりも原子番号の大きい Ge のイ 窒化ガリウム(GaN)と同じウルツ鉱型を有しており、格子 オン注入を行い、電気伝導特性から Ge ドナーの活性化エ 不整合が a 軸、c 軸に対してそれぞれ小さく GaN の基板 ネルギーを算出し、フォトルミネッセンス法(PL)による としての可能性も期待されている。また、ZnO は GaN と 光学的特性、ラザフォード後方散乱法(RBS)、核反応分析 比べ、比較的単結晶の成長が容易であることが知られて (NRA)から Zn および O 原子の格子変位の評価を行った。 いる[4]。さらに ZnO は酸素原子空孔(VO)[5,6]や格子間 亜鉛(Zni)[7,8]などの真性格子欠陥がドナーとして作用 するため、成長直後 n 型伝導を示すことが知られている。 2. Ge イオン注入 本研究では東京電波(株)製[14]の水熱合成法で[0001] そのため安定した p 型伝導の作成が困難とされており、 面方向に成長させた ZnO バルク単結晶に 100~250 nm ま デバイスの実現化のために大きな課題となっている。 で均一な濃度プロファイルが得られるように Ge イオン ZnO 中の Ge は Zn サイトに置換し、浅いドナーとして を注入し、人工的に欠陥を誘起させた。イオン注入は法 作用し n 型伝導を示すことが理論的に報告されている 政大学イオンビーム工学研究所のタンデム加速器を利用 [9]。しかし、ZnO 中の Ge のエネルギー準位に関してほ した。Ge イオンの注入エネルギーは 160、270、520 keV とんど報告例がない。また、これまで我々の研究では、 の三段注入、Ge のピーク濃度は 2.6×1020 ㎝-3 である。 3. 電気伝導特性 トルは 368 nm における中性ドナーに束縛された励起子 表 1 に Ge イオン注入 ZnO バルク単結晶の電気伝導特性 (D0X)に起因したピークで規格化を行った。全ての試料に の結果を示す。全ての試料において n 型伝導を示した。 おいて、自由励起子の LO フォノンに起因するピークが 各試料の比抵抗の値に着目すると、注入直後の試料にお 374、383、391 nm に観測された。また、800 ℃アニール いて比抵抗が 5 桁も低下する低抵抗化が観測されたこと 試料において束縛励起子(BX)に起因したピークが 369 nm から、注入により誘起された Zni の存在が示唆される。 に観測された。さらに 1000 ℃アニール試料において新 800 ℃アニールを行うことにより、注入直後の試料に比 たなピークが 372 nm に観測された。このピークは伝導帯 べさらに 1 桁低下した。これはアニールを行ったことに 下約 100 meV の準位からの発光に相当するものであり、 より、Ge が Zn サイトに置換したことで電気的に活性化 キャリア濃度の温度依存性測定から算出した活性化エネ し、ドナーとして作用したことが考えられる。しかし、 ルギーの値と一致していることから、Ge に関係した発光 1000 ℃アニール試料では比抵抗が 2 桁上昇した。これは ピークであることが考えられる。この発光は Johnston 1000 ℃アニールを行と一部の Zni 欠陥が回復したと考え らの PL 測定からも観測されている[15]。 られる。 表1 電気伝導特性 sample resistivity [Ωcm] mobility carrier concentration [cm2/Vs] [cm-3] un-implanted 2.7 x 103 81.9 2.9 x 1013 as-implanted -2 3.8 1.1 x 1020 -3 1.5 x 10 800 °C annealed 9.1 x 10 10.3 6.7 x 1019 1000 °C annealed 6.3 x 10-1 3.6 1.8 x 1018 図 1 に 1000 ℃アニール試料のキャリア濃度の温度依 存性測定の結果を示す。測定温度は 90~360 K である。 得られた結果のアレニウスプロットにより活性化エネル 図2 PL スペクトル(波長範囲 360~400 nm) ギーを算出すると、高温領域で 102 meV、低温領域で 54 meV であった。高温領域における活性化エネルギーは電 図 3 に測定波長範囲 450~650 nm の PL スペクトルを示 気的に活性化した Ge に関係したエネルギーであること す。未注入試料以外のスペクトルにおいて、グリーン帯 が考えられる。一方、低温領域における活性化エネルギ 発光が 550 nm 付近に観測された。ZnO 中のグリーン帯発 ーは Zni に起因したエネルギーであることが考えられる。 光は亜鉛原子空孔(VZn:490 nm)、酸素原子空孔(VO:527 nm)、 格子間酸素(Oi:580 nm)が起源であることが知られてい る[16-18]。したがって、注入試料において亜鉛および酸 素原子に関する欠陥が存在していることが明らかとなっ た。 図1 キャリア濃度の温度依存性測定 (1000 ℃アニール試料) 4. フォトルミネッセンス(PL)測定 PL 測定は 20 K で測定を行い、励起光として He-Cdーザ ー(λ=325 nm)を用いて行った。図 2 に測定波長範囲 360 ~400 nm の PL スペクトルを示す。それぞれの PL スペク 図3 PL スペクトル(波長範囲 450~650 nm) 5. ラザフォード後方散乱(RBS)測定 未注入および注入試料の RBS 測定を行った。入射イオ 4 + 在(Zni)が明らかとなった。さらに、1000 ℃アニール試 料において、Zn 原子の変異量が減少したことから、アニ ンは He を用い、加速エネルギーは 1.5 MeV である。図 ールを行ったことにより一部の Zn 原子の変位が回復し 4 に未注入および注入試料のアライン・ランダムスペク たと考えられる。 トルを示す。170 ch に酸素の微量な立ち上がり、384 ch に Zn の立ち上がりが観測された。得られたスペクトルか ら、表面直下 40 ch(~180 nm)の幅で最小収量χmin(ア ライン、ランダムスペクトルの収量比)を算出したとこ ろ、未注入、注入直後、1000 ℃アニール試料のχmin は それぞれ 3.8、50.8、40.4 %であった。この結果から、 注入試料において Zn 原子の変位の存在が明らかとなり、 1000 ℃アニール試料ではわずかに変位の回復がみられ た。 図 5 チャネリングディップスペクトル 6. 核反応分析(NRA) RBS 測定において、Zn より軽い原子である O は Zn によ るスペクトルの低エネルギー側に重なってしまい両者を 分離して測定できないため、O の評価は困難である。と ころが、通常分析に使用する数 MeV のエネルギーのビー ムに対しては比較的に軽い元素との間に多くの核反応が 存在する。したがって、核反応分析(NRA)法は通常の RBS 測定では測定が困難な物質中の軽元素の分析に有効な手 図4 アライン・ランダムスペクトル 段として利用されている。本研究では、重水素(D+)を試 料に入射させることで生じる O の核反応 16O(d,p)17O を利 図5に未注入および注入試料のチャネリングディップ 測定の結果を示す。チャネリングディップ測定は表面か 用し、核反応により放出されたプロトンを検出すること で O の格子変位の評価を行った。 ら 60~180 nm の領域で評価を行った。得られたスペクト D+の加速エネルギーは 2.6 MeV である。検出器の前に ルから半値角を求めると未注入で 0.83°、注入直後で は、後方散乱された重水素の侵入を防ぐために 12μm の 0.71°、1000 ℃アニール試料で 0.75°と算出された。 マイラー膜を設置している。図 6 に未注入および注入試 この半値角から、c 軸列からの Zn の格子変位量を算出す 料のアライン・ランダムスペクトルを示す。全ての試料 ると、注入直後の試料で 0.08Å、1000 ℃アニール試料 において 12C(d,p)13C、16O(d,p0)17O、16O(d,p1)17O に起因し で 0.06Åであった。変位量の算出は以下の(1)式[19]を たピークが 730、600~470、400~230 ch にそれぞれ観測 用いて算出をした。 された。12C(d,p)13C のピークは表面に付着した C が起因 [ [ ] ] ψ i ln (Ca / rx ) + 1 = ψ c ln (Ca / ρ)2 + 1 2 していることが考えられる。16O(d,p1)17O に関する 2 のピ (1) ークが 400 ch および 290 ch 付近に観測されている。こ れらのスペクトルは D+ビームに対する 16 O の断面積の違 いに起因している[21]。2 つのピークのうち 1 つは表面 ψi は注入試料の半値角、ψc は未注入試料の半値角、a 付近における反応であり、その核反応エネルギーは 1.3 はトーマスフェルミ遮断半径、ρは熱振動振幅、C は定 MeV、もう 1 つは表面から深い位置における反応で、その 数(~3)、rx は Zn の変位量である。デバイ温度(800 K) ため D+ビームのエネルギー損失が生じ、核反応エネルギ を用いて計算された熱振動振幅[20]は室温で 0.05Åで ーは 1.0 MeV である。16O(d,p1)17O のピークからχmin を算 ある。算出した変位量の値が熱振動振幅の値より高い値 出した結果、未注入試料で 24 %、注入直後試料で 78 %、 を示していることから、Zn 原子が変位していることが分 1000 ℃アニール試料で 69 %であった。このことから、 かり、Zn の列から垂直方向にわずかに変位した Zn の存 注入試料では Ge イオン注入により誘起された格子間酸 素 Oi の存在が示唆される。また Oi はアクセプターとして 作用することが知られている[22]。すなわち、Oi アクセ 7. 結論 プターは Zni および Ge ドナーとの補償が起きていること 電気伝導特性の結果より、Ge イオン注入直後において が考えられる。しかし表 1 より、800 ℃アニール試料の 低抵抗化が観測された。RBS 測定の結果から、注入直後 比抵抗は注入直後試料と比べて低い値を示している。し の試料において、浅いドナー(30 meV)として作用する Zni たがって、800 ℃アニール試料における低抵抗化は O に の存在が明らかとなった。注入直後の試料における低抵 関する欠陥に起因していないことが明らかとなった。 抗化の起源として、Zni が寄与していることが考えられる。 800 ℃アニールを行と、注入直後の試料と比べ比抵抗 はさらに低下した。RBS の結果から 1000 ℃アニール試料 において Zni の存在が確認されたため、800 ℃アニール 試料においても Zni が存在していると考えられる。さら にアニールを行ったことによる Ge が電気的に活性化し たことが考えられる。したがって、800 ℃アニール試料 における低抵抗化の起源として Zni ドナーおよび Ge ドナ ーが寄与していることが考えられる。 1000 ℃アニール試料の比抵抗は 800 ℃アニール試料 に比べ 2 桁上昇し、注入直後の試料よりも高い比抵抗の 値を示した。RBS 測定から一部の Zni が回復していること が明らかとなり、NRA 測定よりアクセプターとして働く Oi の存在が明らかとなった。Zni の回復および Oi アクセ プターの補償が低抵抗化の上昇に寄与していることが考 えられる。また、PL 測定において Ge に関係するピーク が観測され、伝導帯下約 100 meV 位置する準位からの発 光であることがわかり、キャリア濃度の温度依存性から も Ge の活性化エネルギー102 meV が算出されている。し たがって、Zn サイトに置換した Ge ドナーは伝導帯下約 100 meV に形成していることが明らかとなった。 謝辞: 本研究を進めるにあたり、ご指導を頂いた指導 教授の栗山一男教授に深く感謝いたします。また、研究 生活を送るにあたり様々なアドバイスや、京都大学での 共同研究で実験等サポートして下さいました、大阪教育 大学教育学部 串田一雅准教授に感謝いたします。本学イ オンビーム工学研究所にて加速器の運転やオペレータ業 務などご指導して頂きました西村智朗准教授に感謝いた します。NRA 測定にご協力して下さった、産総技術総合 研究所の木野村惇博士に感謝いたします。最後に、共に 研究生活を過ごした電気工学専攻 栗山研究室の諸氏に 心から感謝いたします。 参考文献 1)A. 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