植民地主義のなかの帝国 - 同志社大学 人文科学研究所

Doshisha University Institute for Study of Humanities and Social Sciences
International Symposium “East Asia as a Magnetic Field”
同志社大学人文科学研究所
国際学術シンポジウム 磁場としての東アジア
入場無料
申込不要
同時通訳あり
植民地主義のなかの帝国
日時:10月26日
(土) 13:00∼18:00(開場 12:30)
会場:同志社大学今出川キャンパス 良心館305番教室
1.基調講演
More questions about colonialism
Frederick Cooper (New York University)
司会:水谷智(同志社大学)
2.植民地主義のなかの日本
「アジア的/民族的」、固有なコミュニズムから韓国的民主主義まで
ファン ホ
ドク
黄鎬徳 (成均館大学校)
事実と規範のはざまで:帝国日本の法、
言語、
肉体
キム ハン
金杭(延世大学校)
帝国のアンダーグラウンド:革命の法域と境界
チャ スン
ギ
車承棋(聖公会大学校)
司会:冨山一郎(同志社大学)
3.総合討論
キム
ウ ヂャ
討議者:藤井たけし(成均館大学校)、金友子(立命館大学)、永原陽子(京都大学)
司会:冨山一郎(同志社大学)、板垣竜太(同志社大学)
会場への最寄駅:京都市営地下鉄烏丸線
「今出川」
駅
主催・お問合せ
同志社大学人文科学研究所
Tel : 075-251-3940 E-mail : [email protected] http://jinbun.doshisha.ac.jp/
共催: 科研プロジェクト
「兵士・労働者・女性の植民地間移動にかんする研究」
(基盤研究A 代表 永原陽子)、同志社コリア研究センター
植民地主義のなかの帝国
いそげいそげ。独立を与えよう。コンゴがアルジェリアにならぬうちに独立を与えよう。…まず独立を与えてやること
だ、独立を…(フランツ・ファノン『地に呪われる者』)
これは、ファノンが植民者の口をまねて記した箇所である。記述からわかるように、この植民者は複数の独立国家を越境
する統治者でもある。またこの者は、
「アルジェリア」といういい方において表現される何かを恐れている。そしてその何か
が現実化するのを回避し、怖れを解消するために、独立を語っているのである。脱植民地化のプロジェクトには、こうした
植民者の怖れと保身が紛れ込んでいるのであり、したがって戦後世界における独立は、脱植民地化の経過点にすぎないと
いえるだろう。脱植民地化は、表面上の帝国の崩壊において終結させてはならないのであり、帝国の残存そして姿を変えた
延命を、どこまでも脱植民地化の問題として思考し続けなければならないのだ。
「植民地主義のなかの帝国」とは、かかる課
題を含意している。あるいはそれは、誰が脱植民地化を語るのか、さらには植民地支配責任とは何かという問いでもあるだ
ろう。そしてなによりもそれは、かつて大東亜の地図を書き、1945年を境にして突然小さな島に自画像を作り上げた戦後
日本の問題でもある。日本を考えるとは、今日においても依然として、植民地主義の中の帝国を問うことであり、脱植民地
化のプロジェクトを検討する作業に他ならない。
*
「アフリカ史」および「帝国・植民地研究」の両分野で世界的な権威であるニューヨーク大学のフレデリック・クーパー氏
による『植民地主義を問う―理論・知・歴史』
(カリフォルニア大学出版局、2005年)がアメリカで刊行されて8年になる。
以来、この書は英語圏で頻繁に参照され、植民地研究の今後の展開を考える上で重要な理論的文献であり続けてきた。ポス
トコロニアル論やサバルタン研究といった欧米の学問潮流が日本や韓国でも大きな影響をもっている昨今の状況を考え
ると、<植民地近代性><アイデンティティー><グローバリゼーション>といった重要概念に関するクーパー氏の議論
は、東アジアにおいて植民地主義を再考するにあたって、
またとない刺激となるであろう。第一部の基調講演では、
『植民地
主義を問う』で展開された議論に加え、ここ数年の植民地研究の動向、日本の植民地主義、2014年刊行予定の氏の新著な
どについても言及される予定である。
*
こうしたクーパー氏の議論が、日本帝国にかかわる脱植民地化への問いであることはまちがいない。第二部では、いま
もっとも力のある若手研究者である黄鎬徳氏、金杭氏、車承棋氏の三人を韓国から招聘し、脱植民地化への問いを日本帝国
の問題として、より具体的に検討する。現在東アジアにおいて日本を研究する者は多い。そしてその多くの人たちが、日本
研究を、
「植民地主義のなかの日本」として行う。それは研究の前提であり、出発点なのだ。対して日本の日本研究では植民
地主義を、戦前の帝国史や戦後の在日研究、あるいは外国史研究として外部化し、限定している。そこには日本の日本研究
に潜む、上に記した植民者の怖れと保身があるのだろう。また植民地主義が主権的国家を前提にした政治・経済・文化の区
割りに収まりきらない統治であるならば、この「植民地主義の中の日本」は、何を政治といい何を文化というのかという理
論的問いでもある。すなわち、政治を構成する公の空間が構成されていないところに植民地主義があるとするならば、国民
国家の政治制度を想定した研究区分自体が問われなければならないのだ。今回招聘する三者とも、実証史学と同時にポス
トコロニアル理論、国家論、美学理論をはじめとする理論的枠組みに極めて精通している研究者であり、この理論的側面
は、既存の学知の領域区分をいかに横断するのかという具体的問題と深くかかわっているのである。
*
第三部では二つのセッションを受けて、脱植民地化について総合的に検討する。報告者に加え、藤井たけし氏、金友子氏、
永原陽子氏らとともにラウンドテーブルを構成し、
「植民地主義のなかの帝国」という課題にかかわる複数の問いを確認
し、徹底的に議論する。