2015 年 5 月 30 日 「和歌山地裁 27 年 1 月 30 日受付意見書」に対する意見書 (4) 京都大学工学研究科 教授 河合 潤 ㊞ 2.平成 26 年 12 月 18 日付中井泉意見書が間違いであること(続き) 「和歌山地裁 27 年 1 月 30 日受付意見書」に対する 2015 年 4 月 25 日付の私(河合)の意 見書(3)の続きとして,中井意見書の誤り・事実に反する記述・虚偽・公判での偽証等 を指摘する. 2.18.中井泉 現代化学 8 月号 21-31 (2013)(p.8 末尾) これは中井意見書の唯一の引用文献である.この引用論文の著者は,中井泉と寺田靖子 2 名であって, 「中井泉 現代化学 8 月号 21-31 (2013)」とあるような中井単独の論文ではな い.また掲載ページは「21-31」ではなく,正しくは 25-31 である.これらの事実は上記引 用論文の内容には影響しないが,東京理科大学中井泉教授は,この論文を単独で執筆後, 論文に権威をつけるために広島大学や兵庫県警科捜研関係者に共著者になってほしいと頼 んだが断られたという経緯がある.単著論文のように引用しているのはこの伝聞を裏付け るものであり,共著者名の引用を忘れたという事実はそれなりに意味のあることである. 共著者寺田靖子は高輝度光科研センター(SPring-8)の所属であり,中井鑑定人は SPring-8 を自著論文の権威づけのために利用している. この現代化学誌 8 月号中井・寺田論文には,私(河合)の論文には無い文章「軽元素に着目 したら一致しなかったので,無罪である」を,括弧「」で引用して,私がこの文章を私の 論文に記載しているかのように偽った引用 (これは引用とは言わない.捏造と言う)などが あったので,外形的に明らかに誰もが虚偽・捏造と分かる 3 点を,河合潤著「論点,中井 論文の誤りを指摘する」 (現代化学,No.511,p.68,10 月号 (2013))として出版してある. 私(河合)は現代化学誌の執筆においては「無罪」と「無実」とを厳密に区別して執筆した. 「無罪である」とは書かなかった.有罪・無罪は裁判所が判断する.また,私の現代化学 誌の論文では, 「もし一つでも違っていたら洗浄によって成分比が変化したことを証明しな いかぎり,逆に無実の証明になります.」と条件を明らかにした上で慎重に記述したもので ある. 「河合さんは再審弁護団側からレクチャーを依頼された立場ですので,法廷外で議論す ることは本来は望ましいことではありません」と,私が現代化学誌に論文を執筆したこと が,倫理的もしくは法的に問題があるかのような印象を読者に与える記述もある.さらに, 「その後,谷口一雄氏と早川慎二郎氏によって再鑑定がなされ,より定量的で学術的な検 討がなされ,筆者らの鑑定結果を支持する結果が報告されました.」と結論しているが,谷 口・早川によって中井鑑定より「定量的で学術的な検討」をした結論は,「鑑定資料 6 は 2 35 種類あり,そのいずれもがその量が極めて少ないために鑑定資料 1~5 との間で含有量を用 いた議論をすることができないために異同識別の判断をすることができない」, 「鑑定資料 7については(中略)鑑定資料 1~5 と同種である」(本意見書(3)p.27 に記載の通り)とい うものである.ここで鑑定資料 6 とは林真須美台所プラスチック容器,鑑定資料 7 とは紙 コップ付着亜ヒ酸である.このように谷口・早川鑑定の結論は,中井鑑定人の鑑定結果「同 一物」を覆すものである.これを「筆者らの鑑定結果を支持する」というのは虚偽である. 以上 3 点が現代化学誌 10 月号「論点」の限られた紙面で私が指摘した点であるが,中井・ 寺田論文にはこれ以外にも専門家にしかわからない虚偽は多い. 和歌山地方検察庁検察官山口真司検事が和歌山地裁へ提出した平成 26 年 12 月 18 日付中 井泉意見書が唯一引用する文献「中井泉 現代化学 8 月号」は,このように軽率な虚偽や捏 造を含む論文である.山口真司検事は,それと知ってか知らずか,このような虚偽・捏造 論文を引用し根拠とした中井意見書を平成 27 年 1 月 30 日付で和歌山地方裁判所へ提出し たと言う事実を重くとらえるべきである. 現代化学誌編集部は中井教授に対して,「中井泉 現代化学 8 月号」の訂正記事執筆を要 請したが,それを中井教授が断ったために,私が「論点」として虚偽・捏造を指摘した論 文を出版した.中井鑑定人は自分の論文に虚偽や捏造の文章があり,それを指摘されてい ることを和歌山地検には言いづらかったことであろうが,平成 27 年 1 月 30 日和歌山地方 検察庁検察官 山口真司検事の意見書は杜撰すぎる.平成 26 年 12 月 18 日付中井意見書が 和歌山地方検察庁へ提出された後,平成 27 年 1 月 30 日付山口真司検事意見書が提出され るまで 1 か月以上あった.この間に中井意見書が虚偽・捏造論文を引用したことさえ見抜 けずに裁判所へ提出した和歌山地検 山口真司検事はこれをどう弁明するつもりか. 和歌山地方裁判所山田平書記官は,平成 25 年 11 月 26 日付で,和歌山地方検察庁検察官 上坂和央検事作成の平成 25 年 11 月 19 日付意見書を再審請求弁護団宛に送付した.上坂和 央検事の意見書には,現代化学誌 2013 年 6 月号掲載の河合論文「和歌山毒物カレー事件の 鑑定の信頼性は十分であったか」(pp.42-46)と,ここで軽率な虚偽・捏造論文として問題に している中井泉・寺田靖子論文「放射光 X 線分析による和歌山毒カレー事件の鑑定-鑑定 の信頼性に対する疑問に答える-」(現代化学誌 2013 年 8 月号 pp.25-31)が添付された.私 の「論点,中井論文の誤りを指摘する」が掲載された現代化学誌同年 10 月号の発行は上坂 和央検事が意見書を提出した 11 月の前々月(9 月中旬)である.どうやら上坂和央検事は,9 月に発行された私の「論点」の存在について中井鑑定人から聞かされていなかったと思わ れる.調査不足と言わざるを得ない.なお上坂和央検事は,現代化学誌 6 月号の私の論文 と,8 月号中井・寺田論文を裁判所に提出することによって,「現代化学」誌 2013 年 6 月 号の私の論文および 2013 年「X 線分析の進歩」誌第 44 集の「和歌山カレーヒ素事件鑑定 資料の軽元素組成の解析」と題する私の論文(弁 29)が間違いであると主張したかったよう である.すなわち,上坂和央検事は平成 25 年 11 月 19 日付意見書で, 「しかしながら,弁 29 号証の河合文献は,中井鑑定で得られているスペクトルデータの うちの鉄,亜鉛などのピーク強度を用いて,資料の異同識別を試みているものであるが, 36 そこで指標として用いている元素は,本件資料内で均一に混ざり合っている保証がなく, 本来,異同識別の指標となり得ない元素であり,明らかに誤った分析方法を用いている。 したがって,これによって得られた結論には何らの信用性もなく,これに論拠を置く弁護 人の主張が失当であることは明らかである(なお,弁 29 号証の河合文献については,ほぽ同 一の内容が一般向けの化学雑誌に掲載されており,中井鑑定人は,これに対して同雑誌に, 上記と同趣旨の反論論文を掲載している。該当する記事は,現代化学 2013 年 6 月号の「和 歌山毒カレー事件の鑑定の信頼性」及び同 8 月号「和歌山毒カレー事件放射光 X 線分析に よる鑑定の全容」であるが,該当する記事の写しを資料 1,2 として本意見書末尾に添付す るので,本論点に係る専門家としての意見の限度で参照願いたい。)。 加えて,そもそも上記異同識別の指標元素の選択については,確定審において審理・ 判断されている内容であり,その他に弁護人が上記反論書で縷々述べるものも,いずれも 既に確定審において審理・判断されているものであって,いずれも確定審の蒸し返しに過 ぎない。」 と述べている.中井捏造論文を根拠にして,私の論文「によって得られた結論には何らの 信用性もなく」と和歌山地方検察庁上坂和央検事は述べるが,和歌山地検は虚偽・捏造論 文を根拠にして私の論文の信用性がないと断じたことになる.上坂和央検事は, 「スペクト ルデータのうちの鉄,亜鉛などのピーク強度を用いて,資料の異同識別を試みているもの であるが」と私の論文の趣旨を鉄・亜鉛のみへ矮小化させているが,私の現代化学誌の論 文では,「Ba は Ca(セメント)の不純物成分です.科学警察研究所の別の鑑定で 10000ppm 以上も混入していることがわかっている高濃度 Ca のピークは,SPring-8 を用いた分析で は検出されませんでした.」(p.45 左)と,大量に混入したセメント成分の重要性を指摘した. 中井鑑定では高濃度カルシウムは検出できず,ヒ素より若い原子番号の元素で検出できた のは鉄と亜鉛だけであった.中井鑑定書の信頼性の低い鉄や亜鉛のデータをカルシウムの 代わりにやむをえず用いても,大部分の証拠亜ヒ酸が,紙コップ亜ヒ酸のルーツたりえな いことが証明できることを易しく解説したのが,私の現代化学誌 2013 年 6 月号の論文であ る.「しかしそのためには,Fe,Zn だけでなく,Ca,P,Al,Mg,Na などの軽元素や小 麦粉成分についても異同を示す必要があります.もし一つでも違っていたら洗浄によって 成分比が変化したことを証明しないかぎり,逆に無実の証明になります.1998 年当時,世 界に誇る SPring-8 で犯人が確定したということになってしまったので,こうした軽元素の 分析が軽視されたのは残念なことでした.」(p.46)と私は現代化学誌の結論に述べた.上坂 和央検事は,セメントやデンプンを考慮すれば,当時関係者から押収されたほとんどの証 拠亜ヒ酸が紙コップ亜ヒ酸のルーツから除外されることに気づき,意見書では敢えてセメ ントやデンプンに触れなかったと言わざるを得ない.調査不足であるばかりでなく,姑息 である.確定審和歌山地方裁判所小川育央裁判長裁判官,遠藤邦彦裁判官,藤本ちあき裁 判官はこの濃度の矛盾に気付かず,セメントやデンプンで薄められた関係者宅の亜ヒ酸を, 紙コップに移すと 99%に高純度化するという矛盾を含んだ事実認定をして死刑判決を下し 37 た.確定審では,誰も気付かなかったとはいえ,裁判官としてあってはならない判決文を 書いたことになる. 和歌山地方検察庁検察官上坂和央検事と山口真司検事は,2013 年の「中井泉 現代化学 8 月号」論文が,私の現代化学誌と X 線分析の進歩誌 44 集の論文の間違いを指摘したもので あると考え違いしているようなので,この際,現代化学誌の中井・寺田論文についてその 主要な問題点を本意見書(4)で明らかにしておくことにする. 2.19.私の行ったような分析も、異同識別と呼ぶのが法科学では通例である。そもそも「起 源解析」という言葉は法化学では市民権を得ていない。百歩譲って、 「起源解析」という言 葉を受け入れるとしても、分析結果の意味するところは後述の第 5 の 1 の通りで、私の分 析の目的も分析によって得られる結論も変わらない。(中井意見書,p.4) 中井鑑定人は, 「私の行ったような分析も、異同識別と呼ぶのが法科学では通例である。」 と平成 26 年 12 月 18 日付意見書で主張している.しかし,中井鑑定人の現代化学誌(2013 年 8 月号 pp.25-31)の論文では以下のような記述がある. ・「したがって,カレーA,紙コップ B,プラ容器 C,ドラム缶 D の亜ヒ酸が同一の起源か どうかを異同識別することが,筆者らに検察庁から依頼された鑑定嘱託の内容です.」(p.26 左) ・「鑑定では,A,B,C の亜ヒ酸が D の亜ヒ酸と同一の起源かどうかを異同識別により明 らかにすることを目的としました. 」(p.26 右) ・ 「つぎの問題は,異同識別でその物質の起源を表す元素として何に着目するかでした.」(p. 27 左) ・「一方,われわれの異同識別では」(p.30 右) ここで,下線で強調したように,「同一の起源かどうかを異同識別する」などと繰り返さ れる表現は, 中井鑑定書(甲 1170)の結論(Fig.13 に示す)において「鑑定資料 1~鑑定資料 7, 鑑定資料 10-1 は同一物,すなわち,同一の工場が同一の原料を用いて同一の時期に製造し た亜ヒ酸であると結論づけられた」という結論を正当化しようとする牽強附会であり,一 般常識にも科学常識にも反している.もともと「起源解析」は中井鑑定人が言い訳として 言い始めたものであり, 例えば 2013 年 5 月に函館市で開催された分析化学討論会において, 中井泉鑑定人は,自分の鑑定は異同識別を鑑定嘱託されたものではなく,「起源分析」を嘱 託されたものであると私の講演に対して多数の分析化学研究者を前にして発言している. 2013 年 5 月函館市の分析化学討論会が開催された北大の私の講演会場は,朝一番の発表 であったにもかかわらず開始 30 分前には満室となり,座長の提案で机を教室の片側に寄せ て立ち見の聴衆をぎっしり講演会場に詰め込んだ.聴衆には科警研から鈴木真一ら,弁護 人として安田好弘弁護士,小田幸児弁護士,和歌山事件の複数の鑑定人など,関係者も多 数出席していた.その会場で中井鑑定人は「起源分析」を嘱託されたと明瞭に発言した. 38 Fig.13 中井鑑定書甲 1170 の結論部分. 39 Fig.14.和歌山地方検察庁検察官大谷晃大検事の平成 10 年 12 月 2 日付鑑定嘱託書(甲 1169). Fig.15.中井鑑定書甲 1170 の鑑定事項の部分. 40 和歌山地方検察庁検察官大谷晃大検事の平成 10 年 12 月 2 日付鑑定嘱託書は Fig. 14 に示 したとおり,鑑定事項は「起源分析」ではなく「異同識別」であって,「同一の起源かどう かを異同識別」するとはどこにも書かれていない.したがって,この中井・寺田著「現代 化学」誌の記述は虚偽である.一歩ゆずって大谷晃大検事が口頭で「同一の起源かどうか を異同識別」するように鑑定嘱託したならば,中井鑑定書の鑑定嘱託事項にはそう書くべ きである.しかし,中井鑑定書甲 1170 の鑑定事項は Fig.15 の通りであって, 「同一の起源 かどうかを異同識別」したという記述はない. 異同識別とは,証拠物が同じか違うかを見分けることである.ナイフと日本刀を一つの 鉄塊(すなわち同一の起源)から製造した場合,中井鑑定の「同一物」の用法では,このナイ フと日本刀が同一物であることになる.このナイフで殺人事件が起こった時,「同一物」の 日本刀を持っていた無関係の人を殺人犯と決めつけることになる.それは即ち鑑定に失敗 したことを意味する.SPring-8 では異同識別に失敗したのであって,この失敗を隠ぺいす るために「同一物」という文言を鑑定書に記載したものである.「異同識別」鑑定のために は大量に混在するケイ素(Si)やカルシウム(Ca)やデンプンなどの「軽元素」の分析が必要で あることを私が論文で指摘すると,甲 1170 鑑定書の虚偽記載(起源が同一であることを鑑 定したに過ぎないにもかかわらず, 「同一物」と結論したこと)を言い逃れるために,現代化 学誌などにおいて,「同一の起源かどうかを異同識別する」と記述しはじめたものである. 「Na, Mg, Al, P, Ca などの軽元素や,有機物成分の化学状態分析によって,本報告と同 様の資料 6 と資料 7 の異同識別を行わなければ有罪の決定的な証拠とはならなかったはず である」(X 線分析の進歩,44,p.178)と私は述べたが,中井・寺田論文(現代化学誌 8 月号) では, 「Na, Mg, Al, P, Ca などの軽元素や,有機物成分」の部分は引用せず,Fe,Zn,Ba(鉄, 亜鉛,バリウム)だけを私が重視しているかのような論旨にすり替えて,言い訳を繰り返し た.すなわち「河合さんは,筆者の鑑定で必要としない異同識別のテーマ ii)を別に設定さ れて,異同識別にふさわしくない偏在する Fe,Zn,Ba などの元素に着目され,筆者らの 分析データを使って解析され,それらが一致しないことから被告人は無罪であると主張さ れています.」(中井・寺田著,現代化学,p.26 右)と,Fe,Zn,Ba よりもはるかに高濃度 の「Na, Mg, Al, P, Ca などの軽元素や,有機物成分」を削除して引用している. ここで「筆者の鑑定で必要としない異同識別のテーマ ii)」とは,私が,現代化学誌同年 6 月号で, 「ここで問題となるのが,鑑定の目的,すなわち「異同識別」・「同一」・「同じ」とは何を 意味するかです. i ) 表 l の亜ヒ酸すべて(試料 2-7,10)が緑色ドラム缶(試料 1)に由来するものなのか,そう ではないのか,を調べることが異同識別の目的だったのでしょうか? ii)どの家(試料 1-6)に保管されていた亜ヒ酸が, 紙コップ付着(試料 7)やカレー鍋の亜ヒ酸(試 料 10)と一致し,どれが違うものだったかを調べるのが異同識別の目的だったのでしょう か?」 41 と述べた ii)のことである.中井鑑定人は, 「河合さんは」, 「異同識別にふさわしくない偏在 する Fe,Zn,Ba などの元素に着目され」たと言うが,「Na, Mg, Al, P, Ca などの軽元素 や,有機物成分の化学状態分析によって,本報告と同様の資料 6 と資料 7 の異同識別を行 わなければ有罪の決定的な証拠とはならなかったはずである」(X 線分析の進歩,44,p.178) という私の主張を故意に捻じ曲げたものである. このように,既に私(河合)は,和歌山カレーヒ素事件裁判においては,異同識別と起源解 析を混同した鑑定書の問題点を指摘したが,今後も起源解析を異同識別だとする中井意見 書の牽強付会を認め続けるならば,将来のあらゆる裁判において,上述したようにナイフ で殺人事件が起こっても日本刀の所有者を殺人犯とするがごとき誤りが続くであろう. 中井鑑定人は,「私の行ったような分析も、異同識別と呼ぶのが法科学では通例」(平成 26 年 12 月 18 日付中井泉意見書 p.4)と言うが,ナイフと日本刀を「同一物」であると断定 する「法科学」は,一般常識としても科学常識としても容認できないことは明らかである. そんな学説を主張する「法科学」は中井・寺田の 2 名を除いて私は知らない.なお日本に は法科学会という名称の学会は私の知る限り存在しない. 「一方,われわれの異同識別では」 (現代化学 8 月号,p.30 右)と中井・寺田が述べるように, 「法科学では通例」ではなく, 「わ れわれ」だけの「異同識別」の定義であったことを認める記述である. ところで和歌山地方裁判所 小川育央裁判長裁判官,遠藤邦彦裁判官,藤本ちあき裁判官 は,判決「第 4 各異同識別鑑定の総合的検討,2 本件における異同識別の意義,(1) 製造 段階における同一性」(p.194)において以下のように述べている. 「そもそも本件における関係資料の異同識別は,東カレー鍋に混入された亜砒酸(以下, 「本 件犯行の凶器」ともいう。)の出所を解明するのが最終的目標であるが,そのためにはカレ ー内の亜砒酸(若しくはそれと同視できる亜砒酸)中の微量元素の含有状況と,関係箇所 から収集された亜砒酸中の微量元素の含有状況とを比較することが有効な方法であるとこ ろ,微量元素は本来的に環境からの汚染が十分に考えられるから,信頼性の高い異同識別 を行うには,環境からの汚染を排除する必要がある。 そのためには,現時点で含有されているすべての微量元素を指標として同一性を判断す ることでカレー鍋に混入された亜砒酸を特定するというアプローチではなく,原始的に混 入している微量元素を用いて,製造段階での同一性,すなわち,同一工場で同一原料鉱石 を用いて,同一工程で,同一機会に製造された亜砒酸かどうかを判断し,東カレー鍋に混 入された亜砒酸の範囲を限定していくという方法論が適切である。 そして,工業製品である亜砒酸については,原料鉱石や製造方法が異なれば,製品であ る亜砒酸中の微量元素の含有状況は異なってくる(同一工場で,同一製造方法で,製造時 期が近接していても,製造日が異なると微量元素の含有状況が異なることは,中井教綬に よる分析〈甲1300〉によっても裏付けられている。)し,逆に,原始的に混入している 微量元素の含有状況が同じであれば,それらは,同一工場で,同一原料鉱石を用いて,同 一工程で,同一機会に製造された亜砒酸である(以下,「製造段階における同一性」ともい 42 う。)可能性が高まり,その同一性は,一致する微量元素の数が多く,ほかの資料との違い が明確になればなるほど,高くて確実なものになっていく。 そのような検討により,東鍋カレー内の亜砒酸(若しくはそれと同視できる亜砒酸)と, 関係箇所から別個に収集きれた亜砒酸の由来が異なるのであれば,その関係箇所から収集 された亜砒酸が本件犯行の凶器である可能件は否定されるし,製造段階での同一性が認め られれば,その亜砒酸が本件犯行の凶器である可能性が高くなり,さらに製造段階での同 一性が肯定されるばかりか,その後の汚染の状況も一致するものがあれば,さらに凶器と しての亜砒酸を絞り込むことができるのである。 そして,異同識別の分析結果と,ほかの情況証拠等を合わせ検討し,最終的に東カレー 鍋に混入された亜砒酸を特定しようというものである。 以上のとおりであって,異同識別の分析でまず判断すべきは,関係資料の製造段階にお ける同一性である。」 これが確定審における「異同識別鑑定の総合的検討」である. 判決で言う「微量元素は本来的に環境からの汚染が十分に考えられるから,信頼性の高 い異同識別を行うには,環境からの汚染を排除する必要がある」として,亜ヒ酸保管の段 階で自然に混入した物質や,シロアリ駆除業等の亜ヒ酸の用途に応じて故意に混入させた 物質を排除する場合には,凶器の亜ヒ酸を特定するに際して,次の2つの段階を経なけれ ばならないことを指摘したい. 第1段階として,多数の亜ヒ酸から,「製造段階における同一性」によって亜ヒ酸を絞り 込む(必要条件).第2段階として,後天的に混入した(混入させた)物質が因果関係を満たし ているかを確認する(十分条件).もし,後天的な混入物が因果関係を満たしていない場合に は,その理由を明らかにしなければ,凶器の証明とはならない. Fig.16 は和歌山地裁判決 p.895 であるが,亜ヒ酸Ⓐ,Ⓑ,Ⓒ,Ⓓ,Ⓔ,Ⓕの「いずれか の亜ヒ酸を」カレー鍋に投入したと結論した.亜ヒ酸Ⓐ,Ⓑ,Ⓒ,Ⓓ,Ⓔ,Ⓕをそのまま 紙コップに汲んだのか,あるいは,別の操作(例えば,砂の入った紙コップに亜ヒ酸を汲ん だり,デンプンの混ざった亜ヒ酸を化学的に精製したりするなどの裁判では未解明の操作) を行ったのかは,判決文で明言していない.例えば亜ヒ酸Ⓔは Fig.16 のごとく「いずれか の亜ヒ酸」の一つに含まれているが,亜ヒ酸としての濃度は 64%で,残りの 36%は後天的 に混入されたセメントやデンプン粉末であったことが科警研の分析でわかっている(甲 1168).一方で,紙コップの亜ヒ酸濃度は 99%だったので,林真須美が亜ヒ酸の精製技術を 持ち,かつ高純度化を実行した機材と時間を特定しなければ,「いずれかの亜ヒ酸」の一つ に含めることはできなかったはずである.そういう意味で確定審判決は杜撰である. 43 Fig.16.和歌山地裁判決 p.895.M,T等はプライバシー保護のために河合が修正した. Fig.16 の和歌山地裁判決を言葉通り受け取るならば,亜ヒ酸Ⓐ,Ⓑ,Ⓒ,Ⓓ,Ⓔ,Ⓕそ のままを紙コップに汲んでカレー鍋に混入したことになるので,本意見書や弁号証として 提出された私の論文・鑑定書で「セメントやデンプンの存在や亜ヒ酸純度の大小関係をみ ると,亜ヒ酸証拠 6 点のすべてにおいて紙コップとの同一性という十分条件を満たしてい ないことを私(河合)は証明した(意見書(1)表 1 の弁 29,32,32 付録,33)」(本意見書 (2)p.16) と記載のとおり,この判決は第2段階によって破綻している.すなわち大量に セメントやデンプンが紛体として混ぜられた亜ヒ酸Ⓒ,Ⓓ,Ⓔ,Ⓕを紙コップに汲んだら 99%に高純度化するという科学的にありえない事実を認定したのが確定審判決である.これ は自然科学に反する現象の存在を判決で事実と認定したことになるので,判決には重大な 過誤があることは明らかである.高純度化という自然科学に反する現象を認定したついで に,いっそのこと量子テレポーテーションやタイムトラベルも裁判で認定してはいかが か? 上述したように,林真須美が亜ヒ酸の高純度精製技術を持っていた可能性もある.ある いは,例えば 100%亜ヒ酸にセメントやデンプンを大量に混ぜてⒺとする直前の段階の亜ヒ 酸が,未発見ではあるが,どこかに存在して,その未発見で純度の高い亜ヒ酸(これを本意 見書ではⓆと呼ぶことにする)を紙コップに入れてカレーに投入した可能性も否定できない. その場合には第2段階は重要ではなく,確定審判決の通り,第1段階「製造段階における 同一性」が重要となる.理論的には,第1段階と第2段階の優先順序は,どちらが先でも 構わないが,地裁判決で「製造段階における同一性」を重視したと言うことは,捜査によ って発見できなかったⓆを仮定した上での判決であったことを意味している.すなわち判 決は捜査の杜撰さを容認したものである. Ⓐ,Ⓑのヒ素濃度は紙コップよりわずかに高い.紙コップにはバリウムが見つかったが 亜ヒ酸Ⓐ,Ⓑにはバリウムは含まれていなかった.したがって,亜ヒ酸Ⓐ,Ⓑが何らかの 過程を経た後に紙コップに移動し,カレー鍋に投入されたと認定するためには,第1段階 44 「製造段階における同一性」の証明が重要で,確定審判決は,未発見亜ヒ酸Ⓠを暗に仮定 しながら,そんなⓆは発見しなくても良い,とするに等しいものである. 私の論文と鑑定書(弁 29,32,32 付録,33)(本意見書(1)表 1 参照)の主張は,Ⓠが 存在しなかった場合に,地裁判決が間違っていることを主張したものであった.一方,本 意見書(2)と(3)では未発見亜ヒ酸Ⓠが存在したとして, Se,Sn,Sb,Pb,Bi,As という「原子レベルで均一」な 6 元素によってルーツ解析を新たに行ない,第1段階「製 造段階における同一性」の鑑定をやり直したものである.その結果,以下の 4 点を結論し ても矛盾はないことを示した. (i) Ⓑ(M ミルク缶),Ⓓ(M タッパー),Ⓔ(T ミルク缶)のルーツはⒶ(緑色ドラム缶)である. (ii) 紙コップのルーツはⒶではない. (iii) Ⓒ(重記載缶)のルーツがⒶであるかどうかは不明である. (iv) 紙コップのルーツはⒸではない. さらに,第 2 段階(後天的混入物質の分析)の鑑定を行うことによって,次の1点が結論され ている. (v) Ⓒ,Ⓓ,Ⓔ,Ⓕ(本件プラスチック製小物入れ)は亜ヒ酸が低濃度なので紙コップのル ーツではない. (i)~(iv)を総合すれば,未発見亜ヒ酸Ⓠの存在を仮定した場合には,詳細な分析結果が存在 しないⒻだけが紙コップのルーツたる可能性は残るが,現在までになされている科学鑑定 書からはその蓋然性は判断できない.データがないからである.Ⓠの存在を仮定しないな らば,Ⓐ,Ⓑ,Ⓒ,Ⓓ,Ⓔ,Ⓕのいずれも,紙コップの(直接の)ルーツであることは否定 できる. 確定審判決は要するに,同一物の証明になっていない中井鑑定を同一物の証明だと取り 違えたものであり,SPring-8 での鑑定失敗を隠すための中井鑑定書の虚偽記載に起因して いる.和歌山カレーヒ素事件では,中井鑑定に使用したシンクロトロン放射光施設のビー ムタイム電気代などとして,数千万円が税金から支出された.中井鑑定は失敗を許されな かったはずである.このように出鱈目な鑑定書が裁判で通用している現実を知ると,鑑定 書であっても学術論文と同様に,専門家によるピア・レビュー制度を導入し,その妥当性 を審査することが必要であると考える. 以上のように私の意見書は,中井意見書の誤り・事実に反する記述・虚偽・公判での偽 証等を指摘するにとどまらず,確定審判決の事実認定の誤りをも指摘するものである.和 歌山地裁は本意見書を和歌山地検へ送付し,和歌山地検は中井泉鑑定人に送付して中井泉 鑑定人に反論を書かせるであろうが,それを行っても私の意見書には部分的な反論しか得 られないことは明白である.和歌山地裁の「異同識別鑑定の総合的検討」や最高裁の上告 45 棄却理由が事実誤認によるものであることの指摘に対しては中井鑑定人は反論できないか らである. 「中井泉 現代化学 8 月号 21-31 (2013)」で中井・寺田は, 「筆者らは,尾形光琳の国宝「紅白梅図屏風」の分析や,国外ではエジプト「ルクソール 王家の谷の壁画の分析」 ,「大英博物館の古代ガラスの展示品の分析」など,数々の難易度 の高い複雑系試料の分析をこれまで行ってきましたが,本分析は特にサンプリングが難し く,かつそれまで誰も使ったことがない 115keV の高エネルギーX 線を蛍先 X 線分析に導 入し,装置をその場で組立て,起訴のために鑑定の依頼から 3 週間という限られた時間で 結果を出さねばならなかったことから,振返ってみても最も難易度が高い分析でした.」 (p.31 右) と述べている.2015 年 3 月発行の「X 線分析の進歩」誌第 46 集にはこの「紅白梅図屏風」 の中井鑑定が間違いであるという論文が発表された(野口康著「尾形光琳作国宝《紅白梅図 屏風》の蛍光 X 線分析による解析の問題点と制作技法の解明」pp.97~110). 本意見書(3)で示した中井泉著「蛍光 X 線分析の実際」の初心者なみの間違いに加え て,文化財鑑定に対しても中井鑑定の信頼性は低下し続けている. 私の 4 ページ半の「現代化学」誌 6 月号の論文に対する言い訳を 7 ページにわたって縷々 述べたものが「中井泉 現代化学 8 月号 21-31 (2013)」である.その 7 ページの言い訳の 中から 3 例を挙げる: ・「この間,ベッドで眠ることはなくハードな測定でした.」(p.27 右) ・ 「放射光による蛍光 X 線分析は 2mm 角の小さなビームで分析しているので,このような 混合物の分析では偏在の影響を受けやすくなります.」(p.30 右) ・ 「起訴のために鑑定の依頼から 3 週間と言う限られた時間で結果を出さなければならなか ったことから,振返ってみても最も難易度が高い分析でした.」(p.31 右) ベッドで眠ることなくハードな測定だったことや限られた時間しかなかったことを殊更強 調するのは,結果が杜撰でもやむをえないという言い訳である.2mm 角の小さなビームで 分析すれば偏在の影響を受けることは X 線分析技術者なら周知の事実である.わざわざ偏 在の影響を受けやすい小さなビームを使ったのは中井・寺田による鑑定が杜撰だったこと を示しているにすぎない. 科学警察研究所 瀬田季茂 元副所長が私の論文と中井・寺田論文とを読んで中立の立場 から意見を述べた記事が 2013 年 8 月号「現代化学」誌の中井・寺田論文の次に掲載されて いる(p.32~34).瀬田氏は以下のように述べている. 46 ・ 「単一の分析データだけ(河合註:SPring-8 だけのこと)ではまず解決できることはほとん どありません.一つの分析データだけでこの物件の異同性を決めてしまおうとすると無 理(河合註:中井鑑定のこと)が生じます」(p.34 右). ・ 「物の同一性(河合註:中井鑑定書の「同一物」のこと,科警研の鑑定書は通常「同一と考 えても矛盾はない」と表現し「同一物」とは断定しない)を決めるというのは一番難しく て」(p.34 右). ・ 「証拠物件にはピュアなものはありません(河合註:セメントか砂かデンプンが混ざってい たこと)」. これらのコメントは,ことごとく中井鑑定に否定的である. 意見書(5)へつづく.2015 年 6 月 27 日(土)に提出予定. 47
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