ブッシュ政権と京都議定書

三田祭論文集 2002
ブッシュ政権と京都議定書
∼議定書離脱から代替案へ∼
黒崎
目次
祐介
序章
第 1 章 ブッシュ大統領と京都議定書
第 2 章 京都議定書の離脱理由
第 3 章 京都議定書代替案
終章
今後の展望
序章
2001 年 3 月 28 日、ブッシュ大統領は、京都議定書からの離脱を表明した。二酸化
炭素最大排出国であるアメリカの離脱は、全世界に衝撃を与え、多くの批判を生んだ。
このような批判にもブッシュは耳を傾けず、その後も経済優先主義的な行動を取り続
けた。京都議定書の発効が危ぶまれる中、ブッシュ政権が今後、地球温暖化問題にど
のように対処していくかに注目が集まる。
本論文では、現ブッシュ政権の京都議定書に対する考え方を深く掘り下げていきた
い。これを分析するに当たって、まず第 1 章で、ブッシュ大統領と京都議定書の経緯
を見ていきたい。就任から離脱までにあった経緯を分析していく。第 2 章では、ブッ
シュ大統領が京都議定書を離脱した理由を検証していきたい。ブッシュ自身の強固な
る政策から京都議定書の科学的不確実性までいくつもの理由がある。第 3 章では、今
年の 2 月に提出された京都議定書の代替案を取り上げ、その意義や効果を見ていきた
い。そして終章では、今後の展望を予測してみたい。
第 1 章 ブッシュ大統領と京都議定書
第 1 節 ブッシュ政権発足
クリントン=ゴア政権はビジネス界の反対にもかかわらず、議定書を積極的に推進
していた。一方、共和党は、民主党との「党派対立」により、徹底的に京都議定書に
反対している。この反対姿勢を表すものとして、1997 年 7 月に上院に提出され、採択
された「バード=ヘーゲル決議」1が挙げられる。この決議は、95 対 0 の全会一致で採
択され、クリントンの試みをふいにした。共和党の上院における議席数は 55 議席であ
るため、この決議に対し共和党上院議員ほぼ全員が賛成したことが分かる。よって共
和党の環境問題に関する保守化傾向が進んでいることが分かる。またバード=ヘーゲ
ル決議は京都議定書によって引き起こされる経済的損失を重視しており、産業界に配
慮した内容になっていることからも従来の共和党の環境政策が引き継がれていると言
える。
そして、2001 年 1 月 20 日、ジョージ・W・ブッシュが大統領に就任した。2002 年
の大統領選挙において、民主党ゴア候補の、企業の自主的対策を促進するとの温暖化
対策公約に対して、共和党ブッシュ候補は京都議定書については途上国が入っていな
いことなどを理由に反対の態度をとっていたものの、火力発電所からの4種類の汚染
物質(SOx、NOx、水銀、CO2)について直接規制を行うことを選挙公約に掲げてい
90
[京都議定書]
た2。
また、米環境保護局(EPA)長官に共和党内で穏健派のクリスティ・ホイットマン
を任命し、環境保護団体に期待を持たせようとした。そのホイットマン長官は、2001
年 3 月 2 日∼4 日にイタリアのトリエステにて開催された G8 環境大臣会合で、新政権
の温暖化政策の見直しは京都議定書を放棄するためではない、と約束した。この際に
は CO2 規制には前向きであった。国民は、ブッシュの環境保護政策に注目し、少なか
らず期待もしていた3。
第 2 節 ブッシュの離脱表明
意外な方向に進んでいたブッシュの環境保護政策には、やはり落とし穴が存在した。
ブッシュ大統領は、3 月 13 日、ヘーゲル上院議員宛ての書簡で、火力発電所の二酸化
炭素の排出を規制する選挙公約を撤回し、温暖化の科学に疑問を表明した。なお、中
国、インドなどの途上国が参加していない不公平なもので、米国経済に悪影響を与え
る「京都議定書に反対」である旨も記述した4。
これに対して、各国から憂慮の意見や書簡が数多く提出された。EU 代表国のスウェ
ーデンを始め、ドイツ、デンマーク、フランス、オーストラリア、中国、EU 外相会議
が 、国際機関では、トプファーUNEP 事務局長、アナン国連事務総長、クタヤール気
候変動枠組条約事務局長、更にプロンク COP6 議長、国際 NGO も数々と意見書を発
表した。また、 川口順子環境大臣も記者会見で「残念」と述べ、ホイットマン米環
境保護局長官に書簡を送付した。
そして3月28日、フライシャー報道官の記者会見によって、京都議定書からの事実上
の離脱を表明した。そこでは、大統領が、中国やインドを含む途上国を免除しており、
米国経済に深刻な影響を与え得るため京都議定書に対して反対していることを明らか
にした。また、気候変動問題への取り組みについては、検討中であり、京都議定書の
署名を撤回するかを検討しているわけではない、と述べた。更に、大統領は、友好国
と協力しつつ、国際的なプロセスを通じて、気候変動問題を解決するための技術や市
場原理に基づくインセンティブ、その他の創造的なアプローチを開発できると考えて
いることも表明した。翌日の29日、ブッシュ大統領は、プレスカンファレンスにおい
て、同じ内容を発表した5。
ブッシュ大統領の京都議定書離脱の発言により、各国政府・国際機関・NGO などか
ら批判が続出。アンブレラグループの加・豪、露なども非難した。しかし、
「バード=
ヘーゲル決議」から見ても分かるように、批准の可能性は署名当初から低く、ブッシ
ュ大統領自身も選挙戦から反対の立場を明確にしてきたことを考えると、予期してい
た行動、あるいは当然の結果であると言える。
第 2 章 京都議定書の離脱理由
ブッシュ大統領の京都議定書離脱表明は、多くの人に衝撃を与え、批判を生んだ。
彼は、なぜ離脱をしたのか。この章では、ブッシュ大統領が離脱表明に踏み切った理
由を分析していきたい。
第 1 節 環境より経済
ブッシュ大統領は、経済重視の現実主義的な政策を支持していることもあり、アメ
リカ経済に著しいダメージを与える京都議定書には懐疑的だった。彼は、3 月 29 日の
プレスカンファレンスにおいても「わが国の経済にとって害となる行動は取るつもり
91
三田祭論文集 2002
はありません」とはっきり断言をして、京都議定書に反対の意を表明している6。
ここでブッシュ大統領が言及した、米国経済に与えうる影響とは、共和党のシンク
タンクであるヘリテージ財団が理論的根拠にしている ACCF の報告によると、京都議
定書に記されている削減条件に沿うと、アメリカの GDP は 2010 年には 1000 億から
4000 億ドルほど低下し、エネルギー税によってガソリンの価格は 30∼50%(約 50 ㌣
/ガロン↑)
、電気料金は 50∼80%高騰するだろうと予測している。また、240 万人の
失業者をもたらし、平均的な家庭の年収は 2700 ドルほど落ち込むだろうと予測してい
る7。
前節に挙げた「途上国の京都議定書不参加」もアメリカ経済に大きなダメージを与
えると予測されている。アメリカが排出規制を行うとエネルギー価格は高騰し、製品
コストを跳ね上げることになる。京都議定書において、今後経済的なライバルとして
意識されている中国やインドなどの途上国は全く排出規制を課されないため、更なる
経済発展を遂げることになる。その結果、アメリカ経済の国際的競争力が脅かされる
ことになるのである。
第 2 節 途上国の不参加
ブッシュ大統領は、発展途上国の京都議定書の不参加について大きな不満を抱いて
いる。彼が注目するのは中国とインドである。下のグラフ(図 1)8は、二酸化炭素国
別排出状況を示したものである。これを見ても分かるように、世界の二酸化炭素排出
量の約 4 分の 1 近く(22.2%)を占めているのはアメリカだが、その次に中国(14.1%)
が大きな割合を占めている。また、日本に次いで、インド(4.2%)も世界で 5 番目に
排出量が多い。これらの国は、人口が多いため、1 人当たりの排出量(図 2)9が低い
ことから、周りから注目を集めていない、とブッシュは述べている。
しかし、途上国も条約の義務の下、自国の二酸化炭素排出量を減らす努力はしてい
る。また、途上国は、
「アメリカをはじめとする先進国は、1 人当たりの二酸化炭素排
出量が貧しい国の 20 倍近くある」と述べ、「共通だが差異ある責任」として先進国に
批判を投げかけている10。
二酸化炭素国別排出量
アメリカ
22%
その他
44%
ドイツ
4%
インド
4%
日本
5%
ロシア
7%
図 1 二酸化炭素国別排出量
92
世界の一人当たりCO2排出量
中国
14%
米
豪
加
先進国平均
独
露
日本
英
EU諸国
伊
仏
世界平均
中国
途上国平均
インド
ネパール
0
20.09
17.27
16.21
12.61
10.16
9.72
9.2
8.84
8.04
7.11
5.83
4.14
2.75
2.06
1.06
0.07
5
10
15
20
25
CO2換算
図 2 世界の 1 人当たりの CO2 排出量
[京都議定書]
第 3 節 オイルマン政権
ブッシュ大統領の環境政策が、エネルギー業界を優先した政策であるのは疑う余地
もない。この傾向は、「経済活動の自由」を追求する共和党保守派議員についても言
える。
まず、ブッシュ大統領の人事を見てみることにする。チェイニー副大統領、エバン
ズ商務長官、ノートン内務長官、ライス大統領補佐官など、主要閣僚に石油間連業界
の出身者が多いことに気づく。また、大統領自身が 1975 年に石油・天然ガス採掘会社
を設立し、1986 年まで経営に携わり、その後同掘削・製造大手のハーケン・エネルギー
の重役を務めるなど、石油実業家として有名であったことも無視できない。また大統
領になる前に知事を務めていたテキサス州は石油産業の中心地であり、大気中に放出
する有害大気汚染物質の排出量は全米でトップ、州立公園に対する財政支出も全米 50
州中 49 位である11。
次に、ブッシュ大統領のエネルギー業界優先の政策について見てみる。ブッシュ大
統領は、カリフォルニア州を中心に続く電力供給不足に対応するため、発電所をどん
どん作る計画を打ち出しているが、その柱として原子力発電を重視する方向性が含ま
れている。アメリカでも環境保護意識が高まっているため、稼働中の原発の寿命を延
ばすことはできても、新しい原発を作ることは非常に難しい。むしろ、既存の原発の
発電効率を上げることが政策の中心となりそうで、すでに3月には議会上院で原発の
改良工事に対して補助金を出す法案が提出されている12。ブッシュ政権のエネルギー政
策では原発の重視と並び、石油・石炭の火力発電を増やすことも盛り込まれている。
現政権の人事を見ても分かるように、露骨に石油火力発電所などの増加を打ち出す
と、環境問題を重視する人々から「やはりブッシュは石油業界と癒着している」とい
う攻撃が強まるので、それを和らげるために二酸化炭素の排出が少ない原発に対する
重視を強調した、という可能性もある。カリフォルニアの電力危機はアメリカの政権
が交代する直前に起きたが、これは新政権にとって、発電所を次々に作らせて石油の
使用増につなげられる良い口実ともなっている。
新政権のエネルギー政策は、今後 20 年間で 1300 ヵ所の発電所を建設するというも
ので、チェイニー副大統領は「毎週 1 基ずつ発電所を作らねばならない」と発表した13。
しかし原発だけでなく、火力発電所に対しても各地の地域住民の反対が強いため、そ
うした計画の実行自体が危ぶまれている。
第 4 節 科学的不確実性
ブッシュ大統領は、京都議定書の科学的不確実性についても述べている。地球温暖
化の傾向があることは認めているが、温暖化がどこまで進むのかについて疑問を持っ
ている。これについては様々な見解がある。
地上気温は過去 100 年間に世界全体で 0.6 ±0.2 ℃上昇した。IPCC 14の予測では、
このまま対策がなされなければ、地表の平均気温は、21 世紀末までに 1.4 ∼5.8 ℃も
上昇すると言われている。このままいけば、100 年後の二酸化炭素排出量は産業革命
以前の 2 倍になるが、二酸化炭素だけの効果なら、気温上昇はせいぜい 1 度くらいだ
という。ところが、そこに水蒸気の影響が加わると、大変なことになりかねない、と
も予測している15。これは IPCC だけでなく、多くの気候変動モデルが予測しているケ
ースである。
しかし、ブッシュ政権の要請で作成された報告書の執筆にも加わっているマサチュ
ーセッツ工科大学教授のリチャード・リンゼンは違った見方をしている。彼は、今の科
93
三田祭論文集 2002
学は二酸化炭素の増加が大気に及ぼす影響を正確に把握できておらず、彼の試算によ
れば今後 100 年間の気温上昇は 1 度未満であるという。また、リンゼンは、水蒸気の
影響については、まだ不明な点が多く、温暖化が進むと大気中に含まれる水蒸気が増
えるという仮定も怪しいものだ、と言っている16。
このようなリンゼンの報告を理由として、ブッシュ大統領は、IPCC 報告書が CO2
削減に熱心な国々に歪められている可能性があると推測。彼は、全米科学アカデミー
に対して IPCC 報告書を分析するよう求めたが、分析の結果、歪められていない事実
が判明し、ブッシュの立場が厳しくなったかのように思えた。しかしながら、この答
申を受けてもブッシュ政権が京都議定書への姿勢を変えるような行動に出ないことは
確かである。
第 5 節 共和党の環境政策
共和党の環境政策を決定する内部要因としては共和党に伝統的にある政府規制への
反発と、国連への不信感が挙げられる。
政府規制への反発はレーガン政権において小さな政府、規制緩和が政策目標として
掲げられたことからも共和党内に存在していたことが分かる。これらの要因の存在は
1996 年の共和党の政策綱領からも明らかである。その中で政府について共和党は、
「今
の政府は大きすぎ」
「規制が多すぎる」とし、古い規制や矛盾した規制を廃止するため
に定期的に規制の見なおしをすることや、連邦政府機関に新しい規制によって個人や
中小企業が負担する費用の公開を求めることなどを提言している。
また国連についてはアメリカの国益が常に国連などの他の国際機関に優先すると述
べており、ボスニア問題においてクリントン大統領は国益を国連の下位に置いたとし
て批判している。共和党は米軍が国連の指揮下に入ることに反対し、国連において無
駄な行為、誤った運営が行われているとして批判している。
このことからも、この 2 つの要因は共和党内に現在も根強く存在していることが分
かる。
そして共和党の保守化傾向の原因として 1994 年の中間選挙での共和党の圧勝が挙
げられる。このとき共和党を率いていたニュート・ギングリッジ前下院議長をはじめ
として環境政策において保守派が主流となり、1998 年の中間選挙で共和党は議席数を
減らしたとはいえ、その影響は大きかったと言える。
第 3 章 京都議定書代替案
ブッシュ大統領は、2002 年 2 月 14 日、京都議定書に変わる気候変動対策提案17を
提出した。この章では、まず、アメリカの京都議定書による影響について述べ、次に
この案について紹介し、分析していきたい。
第 1 節 京都議定書離脱による影響
アメリカの離脱は、京都議定書をただの紙切れにしてしまう可能性がある。京都議
定書の発行の条件として、55 カ国以上の批准と、批准した先進国の 1990 年度におけ
る二酸化炭素排出量が全先進国の排出量の 55%以上になることを定めている18。
先進国の排出量のうち約 36.1%を占める米国が離脱をすれば、議定書の発効が難し
いだけではなく、たとえ他の先進国がそろって批准して発効したとしても、排出ガス
削減の実効性は低い。更に、排出規制を敷かない米国の産業だけ競争力をもつことに
なれば、各国においても議定書の批准は難しいし、かといって先進国が足並みをそろ
94
[京都議定書]
えて米国の産業に対して輸入制限措置などの罰則をとることも非現実的である。
また、ロシア・ウクライナ等の旧ソ連諸国と比べて、すでに 3 億トン、16%の排出
超過となっているアメリカは、2008 年に排出量取引が行われるようになれば、市場の
3 分の 2 の需要者になると予想されている19。つまりアメリカが議定書を批准するか離
脱することによって、排出量取引市場の成否が大きく左右される。この排出枠は、市
場の動向によっては数十億ドルの売買収入となるとも見られる。経済的疲弊から抜け
出せないロシアにとって、最大の顧客が排出量取引に参加することが不可欠であるか
ら、アメリカ抜きの議定書発効に動く誘因はない。
このように、アメリカの離脱によって、京都議定書の存在意義が危ぶまれている。
長年の温暖化防止への取り組みをふいにするアメリカの単独主義行動に、周りが激し
く批判をしているのが現状である。
第 2 節 米国の気候変動対策提案概要
この対策の目標は、温室効果ガス集約度を基礎とし、具体的には、2012 年までの 10
年間で、GDP 当たりの排出量を 18%削減することである。具体的に説明すると、2002
年の GDP 百万ドル当たりの温室効果ガス排出量は、183 炭素 t と推計されるが、これ
を 2012 年には 151 炭素 t 以下にする、ということである。米国は、10 年後の 2012
年に上記目標値まで達成できたかどうかを見直し、その際に対応が不十分で、科学的
に正当であれば必要な措置をとることとした。
また、開発途上国対策として、
・ 途上国に対する USAID 20の援助計画に 1 億 5500 万ドルを計上、GEF 21へは 1
億 7800 万ドルを拠出する
・ 「自然保護スワップ」には 4000 万ドルを計上
・ 途上国での観測システム整備のため、約 2500 万ドルの予算を要求
を掲げた。
ブッシュ大統領は、提案提出翌日のプレスカンファレンスで、「我々は、我々の環
境を保護する方法で経済成長を促進しなければならない」、「経済成長は環境面での
進歩のための鍵をなすものだ」、「京都議定書の下でのアプローチは恣意的な目標を
達成するために米国経済に深く、かつ直接の後退を求めるだろう」と述べていて、依
然、京都議定書に対して不支持の意向を示した。
第 3 節 提案の分析
<対策の目標>
ブッシュ大統領は、GDP 当たりの排出量を 18%削減し、温室効果ガスの成長を著し
く遅くすることによって、当分の間、大気中の温室効果ガス集中を安定させ、経済成
長を促すことが出来ると述べた。また、アメリカは既にその温室効果ガス強度を改善
しているとも表明。この新しい政策およびプログラムは、次の 10 年にわたって温室効
果ガス放射を 5 億トン以上回避して、そのプログラムを強化する。これは 7000 万台の
自動車相当の温室効果ガス排出量を防ぐとされている22。
ブッシュ大統領は、この提案によって「米国史の発電所放射の中で最大の縮小」を
要求していると述べた。また、もしアメリカがこの提案に参加するために開発途上国
を含むグローバルコミュニティーを得ることができれば、温室放射の実際の削減は京
都議定書の下でよりも大きいと予測している23。
しかし、今回の提案には様々な問題がある。下の表1で明らかなように、この提案
95
三田祭論文集 2002
で目標の指標に利用した「GDP 当たりの温室効果ガス排出量の割合」24は、過去 10
年で約 16.7%改善している。しかし、米国は 1999 年までに温室効果ガス排出量を 90
年レベルから約 12%増加(2000 年推計値では 13%増)させた。つまり、GDP 比で温
室効果ガス排出量の割合を減らすことは、排出量の絶対値そのものを減らすこととは
直接関係しないことが分かる。
また、今後 10 年で GDP 当たり
の温室効果ガス排出割合を 17.5%
1990∼2000 年 2002 年∼2012 年
改善することは、過去 10 年のトレ
ンド(16.7%)とほとんど変わらな
GDP成長率
36%(年率 3.1%)36%(年率 3.1%)
い。その結果、米国は今後 10 年で、
GDP 当たりの温室
17.5%改善
16.7%改善
温室効果ガスの排出量を現在から
効果ガス排出割合
(米国提案)
更に 12%程度増加させることがで
温室効果ガスの
1990 年から
2002 年から
きる。これは、2012 年には 1990
排出量
13%増
12%増
年比で 30%増を容認するもの(京
都議定書の第 1 約束期間平均で
表 1 過去の 10 年のトレンド
27%増)で、京都議定書の目標と
比較して 34%増の目標となる
(表 2)25。
京都議定書の目標
−7%(90 年比)
ブッシュ提案の内容には、明ら
かに大手石油産業の意向が反映さ
米国提案 2012 年(単年)
+30%(90 年比)
れている。ブッシュ GDP と排出量
の連動、強制力のない自主的な削 米国提案 2008∼2012 年の平均 +27%(90 年比)
減といったアイデアは、エクソン
京都議定書と米国提案の差
34%
の首脳が 2 年前から唱えていたも
のである。民主党は、ブッシュ「対
策案」が「温暖化対策」ではなく、
表 2 米国提案による今後 10 年の予測
「温暖化促進案」であることは一目
瞭然だと反対しており、ここに示されているのは、経済成長主義そのものであると述
べている。「環境を守る」などと言いつつ、しかし、「経済成長があってはじめて環
境も守れる」と言うのであり、経済成長最優先であることは否めない。
<開発途上国対策>
ブッシュ政権は、環境政策における「ブロック化政策」とでも言うべきものを追求
し始めている。上記したように、「政策」には、発展途上国へ USAID による1億 5500
万ドルの援助供与が含まれている。また、「自然保護スワップ」に 4000 万ドル、途上
国での観測システム整備に 2500 万ドルを計上している。
このうち、USAID の援助に関しては、中米諸国との共同研究が、日本、イタリアと
の共同研究とあわせて挙げられている。また「自然保護スワップ」については、ベリ
ーズ、エルサルバドル、バングラデシュ、タイなどでのプロジェクトが具体的に挙げ
られている26。
この援助供与等の政策は、発展途上国の中に「アメリカ支持勢力」を作り出そうと
している。2008 年∼2012 年の第 1 約束期間に続く、第 2 約束期間の温室効果ガス削
減目標の交渉が 2005 年には始まり、そこでは発展途上国の削減義務もテーマになるで
あろうことを考え合わせれば、アメリカが中南米を中心に発展途上国を分断・囲い込
みし、気候変動問題に関する国際レジュームを解体する方向に突き進もうとしている
96
[京都議定書]
事が見られる。
<なぜこの時期の提案か>
ブッシュがこの時期に提案を出したのは、一つには世論の圧力が強まっているから
と見られる。上院では、ブッシュ提案よりもはるかに厳しい環境基準を超党派で支持
しており、ブッシュとしては、この時期に提出する必要があった。
もう一つの理由は、提案提出直後のアジア訪問である27。日本は自国経済への悪影響
にもかかわらず、京都議定書の批准に努力している有力国の一つである。アメリカの
離脱後は、ボンとマラケシュの温暖化防止会議で合意の取りまとめに奔走した。した
がってブッシュ政権が、妥協のシグナルを送って日本の反応を探った可能性は十分に
ある。もし日本がブッシュ案に同調すれば、京都議定書は事実上、死文化する。アジ
ア訪問では、京都議定書で排出削減義務を免除された中国も訪れる。もし中国が「創
造的な計算方法」に賛成すれば、京都議定書をめぐる政治力学は一変する。このよう
な思惑があり、ブッシュはこのような時期に提案を発表した。
終章
今後の展望
以上の論文を見て分かる通り、アメリカの京都議定書離脱によって、今まで世界が
年月を積み重ねて取り組んでいた「地球温暖化防止政策」が白紙に戻されようとして
いる。第 2 章で考察したように、ブッシュ大統領がいかなる説得によっても、京都議
定書を支持する立場にはならない。しかしながら、アメリカ抜きでの京都議定書発効
は、無意味であることも判明している。このように、今後の CO2 最大排出国アメリカ
の対応は、地球温暖化問題に大きな影響を与えることは否めない。
そこで今年の 2 月に提出された京都議定書の代替案の内容に、全世界が注目した。
しかし、第 3 章で述べたように、その内容は期待に応えるものではなく、ブッシュ政
権の経済優先主義、温暖化に対する関心の無さをむき出しにした結果となった。それ
以降も、ブッシュ政権は環境保護政策に消極的な姿勢を見せ続けており、今年の 8∼9
月にヨハネスブルグで行われた環境サミットにも出席しなかった。
このような状況を打破する為には、他国や国際機関のブッシュ政権との交渉が不可
欠である。ブッシュ政権が京都議定書を支持する可能性が限りなく低いため、両者で
妥協案を見つけ出すべきである。京都議定書には参加しないにせよ、アメリカの CO2
排出量を削減する独自の案を見出し、地球温暖化防止に向けてのベクトルを働かせる
べきである。当初の目標(京都議定書で設定された目標)は満たされないものの、大
きな一歩を踏み出すことになるのは間違いないだろう。
しかし、現実的には、このような妥協案によって問題が落ち着く可能性は低い。第 1
章の経緯や第 2 章の離脱理由を見ても分かる通り、ブッシュ大統領のエネルギー政策
への強固な姿勢は崩れないと予想できる。そこで、
「2005 年」という年に注目したい。
これはアメリカが京都議定書に参加する可能性がある年とされている。2005 年とは、
第一に、第 2 約束期間(2013∼17 年)の数値目標の議論がスタートする年である。こ
れは、先進国の新たな数値目標設定と途上国の削減義務への参加が議論される。
第二に、先進国が「明らかな進捗」を条約事務局に報告する年である。ここで先進
国が明らかな進捗・具体的な削減傾向を示せない場合や、この時期に米国が参加して
いない場合、次期数値目標の議論において、途上国の参加の議論をすることは難しい
とされる。
第三に、第 1 約束期間(2008 年)開始の 3 年前である。復帰がこれ以上遅れてしま
うと、第 1 約束期間の目標達成へ備えるのは難しいとされる。
97
三田祭論文集 2002
そして、第四に、新しい大統領が就任する年(次期大統領選挙・2004 年)である。
ブッシュ、あるいは共和党が政権を支配する可能性もあるし、あるいは民主党が政権
を奪還する可能性もある。この四つの理由により、2005 年は注目される年である。
国際交渉によって妥協案が見出されるのか。2005 年まで進展は無く、政権交代する
のか。それとも、共和党政権がしばらく続き、地球温暖化防止に無関心のままなのか。
いずれにせよ、アメリカの今後の動向は注目される。
【註】
1 バード民主党上院議員とヘーゲル共和党上院議員が中心となって提出した決議で、アメリカ経済に
深刻な被害を与えるようなもの、またアメリカに温室効果ガス排出量の制限ないし削減を課す一方、
同期間内に発展途上国に対し特に予定を定めて温室効果ガスの制限ないし削減を課さないものに
ついて、アメリカは署名すべきでないとしたものである。
2 http://aec.jst.go.jp/jicst/NC/teirei/siryo2001/siryo15/siryo2.htm
3 阿部斉、久保文明『国際社会研究Ⅰ
現代アメリカの政治』放送大学教育振興会、2002 年
4 http://www.whitehouse.gov/news/releases/2001/03/20010314.html
5 http://www.env.go.jp/council/06earth/y061-02/mat01.pdf
6 http://www.valdes.titech.ac.jp/~tanaka/jugyo/sogob01a/wakabayasijuniti.htm
7 http://www.heartland.org/studies/ieguide.htm
8 阿部斉、久保文明『国際社会研究Ⅰ
現代アメリカの政治』放送大学教育振興会、2002 年
9 http://www.jccca.org/education/kyozai/factsheet/factsheet_04.pdf
10 http://www5b.biglobe.ne.jp/~change-c/pdf/news18.pdf
11中尾豊・中尾文子「アメリカの環境政策 クリントン政権からブッシュ政権へ」
『環境情報科学』30
巻 2 号 2001 年 7 月 11 日
12 http://tanakanews.com/b0507energy.htm
13 同上
14 温室効果ガスの大気中濃度、温度上昇の予測、気候変動によって人間社会や自然が受ける影響、
対策などの最新の知見のとりまとめを行っている団体。
15 http://www.rivm.nl/env/int/ipcc
16 http://210.160.208.40//search/20010801/wa_ntr1.html
17 http://www.env.go.jp/info/kaiken/h14/s0215-1.html
18 http://www.jccca.org/education/kyozai/factsheet/factsheet_08.pdf
19 http://www.pem.u-tokai.ac.jp/~kawanobe/sub111.htm
20 United States Agency for International Development の略
21 Global Environment Facility(地球環境ファシリティ)の略
22 http://www.cnn.com/2002/ALLPOLITICS/02/13/bush.global.warming/index.html
23 http://www.whitehouse.gov/news/releases/2002/02/20020214.html
24 http://www.jca.apc.org/~kikonet/2001/change-c/Bush/USproposal.html
25 同上
26 http://www.kyoto-seika.ac.jp/newdi/kankyo/maga/magazine122.htm
27 http://210.160.208.40//search/20020227/wa_wam.html
【参考文献】
マイケル・グラブ他『京都議定書の評価と意味 歴史的国際合意への道』松尾直樹監訳、省エネルギ
ーセンター、2000 年
高村ゆかり、亀山康子編『京都議定書の国際制度 地球温暖化交渉の到達点』信山社出版、2002 年
諏訪雄三『アメリカは環境に優しいのか』新評論、1996 年
朝日新聞
日本経済新聞
http://www.cnn.com
http://www.globalclimate.org
http://www.whitehouse.gov
http://www.nytimes.com
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[京都議定書]
http://www.washingtonpost.com
http://www.senate.gov
http://www.nwj.ne.jp
http://www.time.com/time
http://www.findarticles.com
http://www.stopesso.com
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