北海道聖書研究学院 Ecclesiology 教会学 ジョン・R・ハイムズ著 By John R. Himes, MA 第1課 教会とは何ですか エペソ3:20∼21 初めに 教会学は聖書に基づいていないと、いけません。人間の考えは足りないので す。したがって、 「教会」は聖書の中でどう用いられているかは、とても大事な勉強です。 では、聖書の教える教会はどういうものですか。 I 「教会」の意味 エ ク レ シ ア A ギリシャ語の !""#$%&' の語源は、「呼び出された集会」です。 1 この意味の教会は建物ではありません。人々の集まりです。 2 1世紀まで、用法によって、この集まりは呼び出された者ではなかった時 もありました。 B エクレシアは、いろいろな用法はありました。 1 「それぞれの家から呼び出されて集まった市民たちの集まり、集会、会衆、 行伝19:39。」 (「新約聖書ギリシャ語小辞典」、織田昭編、105 ページ) 2 元々、ギリシャの都市国家の議会の意味をしていました。したがって、 会員制は当然ありました。そして、民主主義でした。この用法は新約聖書 にもあります。(使徒19:32∼41) 3 エクレシアは、他の呼び出された集会の用法もありました。たとえば、 ある時、リラ(古代ギリシャのたて琴)の名手デアルオルフェウスは、 無人のトラキア山脈で、音楽を聞いてくれる動物のエクレシアを集めた、 と言う伝説があります。 C 70人訳(ギリシャ語の旧約聖書翻訳)では、 1 エクレシアはイスラエルの集まりを意味していました。新約聖書にも、そ の意味は一回出ます。(使徒7:38) 2 「LXX(70人訳、旧約聖書のギリシャ語の翻訳)では、イスラエルの 人々の集まり、集会、会衆、イスラエル人の社会、イスラエル人が形成し ていた宗教的集団 。」「 ( 新約聖書ギリシャ語小辞典 」、織田昭著、 105 ㌻) II 教会の定義 A では、これらの言語学の意味と、歴史的な意味を考えると、教会の定義ができ ます。 B 教会とは、 1 キリストは「わたしの教会」(マタ16:18)と言われたので、旧約聖書 のユダヤ人の集まりや、都市国家の議会と違うものです。 2 キリストの御名によって集まるから、キリストを中心にして、キリストに 栄光を捧げる集まりです。 3 会員制度があり、民主主義です。(使徒2:47,1テモ5:9) -1- C 4 日曜日に、定期的な集まりです。 5 キリストが命じられた二つの礼典(バプテスマと主の晩餐)を守っていま す。 教会ではないもの 1 教会とは、決して建物の意味をしません。初代教会は信者の家で集まって いました。 (ロマ16:5,1コリ16:19,コロ4:15,ピレ1:2) 2∼3世紀まで、教会の会堂はありませんでした。 2 制度、すなわち教派ではありません。聖書時代のギリシャ語では、教会と は、一つだけの集まりの意味をしていました。 3 ただの集まりではなく、目的を持つ集まりです。新約聖書の教会は会員 制度があり(使徒2:47)、定期集会がありました。(使徒20:7, 1コリ16:2) 最後に 教会は、神のこの時代のためのご計画です。制度ではなく、生きているもので す。他の宗教には、比べものになる集まりは決してありません。 -2- 第2課 教会の始まり マタイ16:15∼19 初めに 教会はいつ、どういうふうに始まりましたか。これはとても難しい問題で あり、神学者たちは賛成していない教理です。しかし、新約聖書を研究すれば、教会の 始まりを理解することができるでしょう。 I キリストご自身は教会の創設者です。(マタ16:18) A キリストは教会の土台です。(1コリ3:11∼15) 1 ペテロの証(16節)はこの「岩」です。(マタ16:15∼19) 2 教会のために、イエスの力は無限です。(エペ1:19∼23) B ハデスの門もそれには打ち勝てません。(18節) 1 ハデスとは、死人が行く場所であり、多くの場合は地獄の意味をします。 2 この箇所によると、ハデスの門は守り、教会は攻撃する方です。 3 教会は人を地獄の門から救えます。(ユダ22∼23節) II 12使徒と預言者たちは教会を始めました。(19節,エペ2:19∼22) A 12使徒は神の王国の鍵を持っていました。 B ペテロはこの鍵を、異邦人へ福音を宣べ伝えるために使いました。 (使徒10章, コルネリオ;11:18) 1 しかし、ペテロは最初の法王であったという証拠はありません。 2 教会の土台、また礎はペテロではなく、キリストです。 C その鍵はイエスに戻りました。(黙示1:18) おも III A B C 教会の歴史的な始まり――主に、学説は二つあります。 教会はエデンからあり、旧約聖書の聖徒たちも含みます。 1 キリストの体は一つだけであり(1コリ12:12∼27 )、キリストの 贖いは全ての時代の信者のためです。(エペ3:21) 2 キリストの教えでは、教会はもう存在していたと考えられます。(マタ 16:13∼19,18:16∼18) 3 しかし、このほか、この学説を教える聖書の箇所はありません。 ごしゅんせつ せつり 教会は五旬節の日に始まりました。ディスペンセーション主義(摂理主義)の 立場です。 ごしゅんせつ 1 使徒2章の五旬節の日までは前の時代でした。 ごしゅんせつ 2 使徒2章の五旬節より現在までは教会時代です。そのときまで 、「教会」 と呼ばれる集まりはなかったのです。 では、教会はいつ始まりましたか。イエスの教会に関する教えを考えましょう。 1 ヨハネは浸礼のバプテスマを教えました。キリストはバプテスマを受けら -3- D れました。(マタ3:13∼17) 2 キリストは教会の形を教えられました。(マタ16章、18章) 3 キリストは主の晩餐を教えられました。(ルカ22:19) 4 キリストは十字架上で教会を可能にされました。(エペ5:25) 5 キリストは復活で、集まる日を日曜日にされました。イエスはその日に 弟子たちと共に集まったから(ヨハ20:26 )、教会が集まる日になり ました。 (使徒20:7,1コリ16:2)信者たちは日曜日を「主の日」 と呼ぶようになりました。(黙示1:10) 6 キリストは大命令によって、教会の教えと最も大事な目的を決められまし た。(マタ28:18∼20) 7 日曜日に集まった弟子たちは聖霊の力を受けました。 ごしゅんせつ 8 五旬節の日に、集まりは初めて教会と呼ばれました。(使徒2:47) こうして、キリストと弟子たちを、元始教会と呼ぶことができます。しかし、 ごしゅんせつ 教会の完全な始まりは、使徒2章の五旬節の日でした。 最後に この課で教会の始まりを勉強しましたが、それより教会が活躍することは大事 です。世界宣教で努力しましょう。 -4- 第3課 集まりは教会になるとき 黙示録1:4∼5 初めに クリスチャンの集まりと言えば、すべては教会ではありません。家庭礼拝、 家庭聖書勉強、神学校のチャペルなどあります。実は、クリスチャンの集まりが教会と して認められるために、いろいろの資格あります。集まりは教会になることを聖書的に 勉強しましょう。 I 集まりは教会になる時(マタ18:20) A 集まりはどういうふうに教会になりますか。 1 キリストの御言葉からすれば、二人か三人でも教会になれます。 2 キリストの御名によって集まれば、教会になれます。 3 エクレシアの意味からすれば、会員制は必要です。 B 教会の定義――イエスの御名によって、日曜日に集まっている信者たちのこと です。キリストが復活された日曜日、主の日の集まりです。(マル16:9∼ 14,ヨハ20:19,使徒20:7,1コリ16:2) C そして、教会は二つの礼典(バプテスマと主の晩餐)を行なうべきです。 D 牧師や執事がいなくても、教会として認められます。 1 最初の教会には、執事はいませんでした。 2 日本の多くの小さい教会は、執事がいないのに、教会と呼べます。 3 牧師がいない集まりとしても、教会です。 II 開拓伝道の二つのパターン A エルサレム教会のパターン(使徒8:4∼8,14∼17) 1 伝道者はエルサレム教会に頼みました。 2 エルサレム教会の使徒、宣教師、牧師たちは新しい教会を助けました。 3 このパターンでで、開拓の教会を「伝道所」や「ミッション」と呼ぶ 宣教師はいます。 B アンテオケ教会のパターン(使徒13:1∼4) 1 アンテオケの教会は宣教師を通して新しい教会を支援しました。 2 新しい教会は最初から独立していました。宣教師自身は牧師任命まで、 伝道し、教会の新しい指導者を訓練しました。 C 開拓伝道の場合、最初から「教会」と呼んだ方がいいでしょう。 1 そうしないと、会員制度は難しくなる場合はあります。 2 最初から教会と呼ばなければ、他の教会から来る信者は混乱するかも知れ ません。 3 特に、母教会が遠い場合、伝道所のパターンの会員制度は難しくなります。 -5- 最後に ただの家庭聖書研究や、他のバイブル・スタディーは、聖書的な地区教会にな りません。キリストが認める地区教会になるため、キリストが教会に与えられた命令に 従うべきです。 -6- 第4課 教会の職務 使徒6:1∼4 初めに 聖書的な教会に、二つの職務しかありません。それは牧師と執事です。牧 師は祈りと御言葉の奉仕によって教会を指導する職務です。執事は牧師、また教会全体 に仕える職務です。 聖書によると、伝道者(説教者、全時間奉仕者)は神の教会に与えられた賜物です。 (エペ4:8∼11)ですから、牧師、教師の位、使徒(宣教師)、預言者、伝道者(巡 回伝道師)、を尊敬すべきです。 I 牧師(エペ4:11∼16,1テモ3:1∼7) A 牧師は教会の指導者であり、しもべです。神からの賜物です 。(エペ4:8) ) 1 「監督」(1テモ3:1)の原語は !(&%")($ です。意味は、「監督、監視、 管理(配慮、世話等の意味を含む)。」「 ( ギリシャ語小辞典」、織田昭編、 129 ㌻)つまり、牧師は教会の霊的な指導者です。 2 しかし、牧師は独裁者になってはいけません。(1ペテ5:2∼3) B 牧師のほかも、伝道者(説教者)は四つの種類がいます――使徒、巡回伝道師、 預言者、教師。しかし、聖書の中、牧師だけは地区教会を指導します。 C この説教者(伝道者とも言う)の仕事は―― 1 奉仕(12節a) a 神のための奉仕は特権です。重荷だと思う人は遠慮した方がよいで しょう。(1コリ3:9、1テサ5:12∼13) b いつも神に祈るべきです――「神のために、何がすべきですか。」 2 励み(12節b) a これは教会の全員が一致するためです。(13節) b 教会員、そして出席者として、決して他人に不満、文句、疑問を 言ってはいけません。「いつも喜んでいなさい。」( 1テサ5:16) ① 未信者に文句を言えば、イエスの信仰がよくない、キリスト教が 役に立たない、と伝えるようになるでしょう。 ② 他の信者に文句を言えば、キリストの体である教会に分離がある と教えることになるでしょう。 3 成長(13∼16節) a クリスチャンの成長とは何ですか。 「かしらなるキリストに達すること」 です。(15節) b イエスはあなたの人生の中心ではないならば、自分が霊的に成長して いないと認めてください。イエスに対して、無礼です!(1コリ6: 19∼20) D 牧師だけの仕事(2テモ4:1∼5)――御言葉を宣べ伝えること、教え、 -7- 責め、戒め、また勧め、伝道 II 執事 A 最初の執事はエルサレムの教会に、選挙によって選ばれました 。(使徒6:1 ∼6) 1 牧師を助けるためでした。 2 信者を助けるためでした。 3 教会の具体的な仕事をしていました。 B 執事の資格(1テモ3:8∼13) 1 一般の信者より、忠実に神とともに歩むべきです。 2 牧師の資格(1テモ3:1∼7)とほとんど同じです。 3 ですから、ピリポはその後伝道師になったことは驚くべきではありません。 (使徒8:5∼6,21:8∼9) C 執事は教会のリーダーになることは当然でしょう。しかし、牧師を助けるため の奉仕ですから、決して教会を支配しようとしてはいけません。 最後に 聖書的な教会は簡単です。牧師と執事、この二つの職務だけで礼拝を行なうこ とができます。もちろん、日曜学校の先生、アッシャー(案内人)、伴奏などの奉仕もで きますが、教会はキリストの体であり、牧師は指導者であり、キリストご自身はその頭 でおられます。 -8- 第5課 教会会員 使徒2:47,マタイ18:15∼20 初めに 古代ギリシャの都市国家では、議会に参加する人はまず市民であり、そし て男だけでした。誰でも議会員になるわけではありませんでした。同様に、キリストの 教会も、会員になるための資格は当然あるはずです。 I 教会は信者のみの集まりです。 A 未信者を会員として認める教会は、いくつかの種類があります。 ようじせんれい 1 幼児洗礼を行なう教会では、信じない子どもも、教会員のままで大人にな ります。 2 洗礼による再生を教える教会も、未信者を会員として認めます。 3 しかし、聖書の中、信じない人は決して教会員になりませんでした。 B 教会は主イエスの御名によって集まる人々です。 1 神、キリストの教会です。(1コリ1:2,2コリ1:1) 2 キリストは教会のかしらです。(エペ5:23∼25) 3 イエスの御名以外、救いは決してありません。(使徒4:12) 4 したがって、キリストの信者しか教会員になってはいけません。 C 聖書的な教会は、信者のみ会員として認めます。(使徒2:47)バプテスト 教会は最初から信者のみの会員制度を守っています。 II バプテスマを受けた信者のみは教会員になります。 A 宗教改革時代では、いろいろな宗派はカトリック教から出ました。 1 新しい教派はカトリック教の多くの間違いを捨てました。例えば―― しゃめんけん 神父の制度、修道院、シスターの制度、赦免券、法王の制度など ようじせんれい 2 しかし、ほとんどの宗派は幼児洗礼を捨てませんでした。 3 その結果は、プロテスタント教では、未信者の会員は増えました。 4 1734年より、アメリカのプロテスタント教の中、Great Awakening (覚せい大運動)を通して、多くの教会員は救われました。 B バプテスト教会は最初から、信者のみの会員制度を守ってきました。 1 15∼16世紀のアナバプテスト教会は、信者のみの会員でした。 2 17世紀の初めごろの、英国バプテストの各教会は信者のみの会員制度を 守っていました。 3 こうして現代まで、世界中のバプテスト教会は信者のみの会員制度を 守っています。 C 新約聖書では、教会会員はいつも救われている人でした。 1 神ご自身は救われた人たちを教会員にされました。(使徒2:47) 2 エルサレムの教会の会員は弟子と呼ばれていました 。(使徒6:1)弟子 -9- D III とは、当然キリストの信仰を言い表す人のことをしめしています。 3 初代教会では、信者はキリスト者と呼ばれるようになりました。 (使徒11:26)これはアンテオケの教会の弟子たちでした。 4 パウロの手紙では、教会員は聖徒と呼ばれていました。(ロマ1:7, 1コリ1:2,エペ1:1,コロ1:2)聖徒とは、明らかに救われて いる人のことです。 また、新約聖書では、教会員はバプテスマを受けた人でした。 1 最初のキリスト教の教会であったエルサレムの教会は、キリストを受け 入れた人たちにバプテスマを授けて、集まりに受け入れました。(使徒 2:41) 2 コリント人への手紙は、バプテスマを受けた会員たちに書かれました。 (1コリ1:13∼16) 3 聖霊は信者を一つの体に浸されます。(1コリ12:13) 新約聖書の中、会員の呼び方 1 信者(使徒2:44,4:32) 2 兄弟姉妹(使徒12:17,ロマ1:13) 3 平等(マタ23:8∼10) 4 キリスト者(使徒11:26,26:28) 5 聖徒(使徒9:13,1コリ1:2,黙示13:7) 6 選ばれた者(マル13:27,ロマ8:33,エペ1:4) 7 弟子(使徒6:2,11:26と29など) 最後に 教会員はその特権を、心の中で大事にすべきです。 - 10 - 第6課 教会の集まる目的 エペソ書3:21 初めに 教会とは宮、神殿、寺、神社のような建物ではありません。教会はクラブ でもない、サークルでもありません。人間が考え出した宗教では、教会のようなものは 決してありません。真の神を誉めたたえるユニークな集まりです。 では、教会の集まる目的は何ですか。聖書によると、なぜ集まるべきですか。集ま った教会は何をすべきですか。 I 合同の礼拝(ヨハ4:21∼24) A 信者は毎日一日中、神を礼拝すべきです。(ロマ12:1)しかし、日曜日の 集会では、信者たちは合同に礼拝をします。 B では、礼拝の目的は何でしょうか。合同の礼拝は何を含みますか。 1 祈り、賛美、聖書を読むことは合同礼拝になります。 2 言語的にいえば、説教、弟子訓練などは礼拝ではありません。 3 しかし、集会をすべて「礼拝」と呼んでも、間違いではないでしょう。 4 個人にも礼拝すべきであると覚えてください 。(ピリ3:3,マタ8:2 など) C イエスと弟子たちは模範です。(マタ26:30) II 互いの励み(ヘブ10:25) A 教会は霊的な家族ですから、互いに励まし合うべきです。 B 互いに仕えることは、イエスの教えの特徴です。(ルカ22:24∼27) III A B IV 神に仕える奉仕の訓練(エペ4:11∼13) 牧師、伝道者の一つの仕事は、弟子訓練です。 1 個人伝道の訓練 2 教師の訓練 3 教理の訓練 訓練の方法 1 教会内の神学校(2列王2:15,使徒2:42,ロマ6:17) 2 特別な訓練集会 3 他の教会の教師や伝道師の講演 交流(詩篇133) A 教会の指導者との交流(使徒2:42) B 「福音にある交流」(ピリ1:5,ギリシャ語からの直訳) C 神との交流(ピリ2:1,1ヨハ1:3) - 11 - V 霊的な学習と成長(1コリ4:17) A 教会は人生の教室、そしてクリスチャンの幸せの塾です。 B 愚か者は教会の教えを受け入れません。(箴言12:15など) VI キリストを宣べ伝える世界宣教(ルカ24:33,46∼48) A 文法的に、48節のギリシャ語は命令法ではありません。普通の直接法です。 つまり、信者の人生は証をしています。(マタ5:16) B いい証人ですか、悪い証人ですか、と信者は全員考えるべきです。 VII A B 悪魔と戦う事(マタ16:15∼18) 教会は神の霊的な軍隊です。(エペ6:12) 1 ハデスの門は動かないものですから、教会は責める方です。 2 イエス・キリストの教会はハデス(地獄)を倒します。 一人の罪人が救われるとき、イエスのこの預言は成就されます。 最後に 自分の教会を、どのぐらい支えていますか。人を教会によく誘うことがありま すか。神が祝福してくださったほど、献金をしていますか。牧師、また教会の全員のた めに祈っていますか。 - 12 - 第7課 教会と聖書 使徒17:10∼12 初めに この世で変わるものは多くあります。変わらないものは聖書だけです。従 って、キリストの認めてくださる地区教会は、教理を聖書に基づく教会です。 では、どうすれば聖書に基づく教会になれるでしょうか。 I 「テサロニケにいる者たちよりも良い人たち」 A ベレアは、 1 マケドニアの南部にあった古い町でした。 2 人口は6千人ぐらいでした。 3 テサロニケから80キロぐらい離れていました。 4 この町の一人の市民、ソパテロは後でパウロと共に宣教旅行をしました。 (使徒20:4) B 聖書を愛する人は、いい弟子です。(詩編119:9∼11) II 「非常に熱心にみことばを聞き」 A 地区教会の信者たちは御言葉を熱心に勉強すべきです。 1 エルサレムの教会の牧師たちは御言葉の奉仕に励んでいました。(使徒6: 1∼4) 2 パウロは若い牧師のテモテに、聖書を重んじるように勧めました。 (2テモ2:15∼17,3:14∼17,4:2) 3 パウロによると、「みことばと教えのためにほねおっている長老(牧師)」 は特にほめるべきです。(1テモ5:17) B 地区教会では、礼拝の中、御言葉のメッセージは最も大事です。 (使徒5:42, ロマ1:15,1コリ1:17∼18,テト1:3) C ユテコにならないように気をつけましょう。(使徒20:9) III A B 「はたしてそのとおりかどうかと毎日聖書を調べた。」 牧師の言うことをそのまま信じ込んではいけません! 1 一人一人の信者は祭司であり、自ら聖書を勉強すべきです。(黙示1:6, 5:10,20:6) 2 したがって、信者たちは自分で聖書を解釈する権威があるだけではなく、 解釈する責任があります。 3 聖書の解釈が自分でできるように、牧師は信者を訓練すべきです。 聖書で信者は偽物のキリスト教会を知ることができます。(ルカ21:8)多く の場合、異端は教会の教理を間違っています。 1 統一教会――信者たちには権威がなく、信者たちを奴隷にする - 13 - D 2 モルモン教会――宮でいろいろな異様な儀式 3 エホバの証人――王国会館 4 ウィトネス・リーのローカル・チャーチ――1つの地域に1つだけの教会 聖書に基づいていない地区教会は、教理的に迷いやすい教会です。ですから、 聖書的な教会は、そういう教会から分離すべきです。 1 キリストの教理を間違う教会(2ヨハ9∼11) 2 分裂を起こす教会(ロマ16:17∼18) 3 異端的な教理を教える教会(テト3:10∼11) 4 未信者と協力する教会(2コリ6:14∼18) 最後に 聖書を自ら解釈する責任を重んじていますか。毎日個人デボーションをしてい ますか。自分の教会の教理を知っていますか。 - 14 - 第8課 教会の政治 エペソ3:21 初めに キリスト教のいろいろな教派はいろいろな政治をしています。最も非聖書 きょうこう すうきけい 的なのは、カトリック教会の政治です。法王(教 皇)、枢機卿、司教、神父などは、カ トリック教で権威を持っています。しかし、そういう制度は新約聖書にありません。バ プテスト教会は聖書に基づいて、初代教会が行われた通りに政治をしています。 I 聖書的な教会の政府は民主主義です。 A 最初の執事は選挙で選ばれました。(使徒6:1∼6) B 牧師は教会の指導者です。(1テモ3:1,監督) 1 牧師も地区教会の選挙によって選ばれていました 。(使徒14:23; きょしゅ さいけつ 「選び」とは、ギリシャ語の *!&+),)-!., 挙手で採決することの意味をし ます。) 2 従って、地区教会は罪を犯した牧師を首にする権威をもっています。(1テ モ5:19∼20) II 長老とは、牧師と執事に並んで、教会の職務でしょうか。 A 長老教会では、牧師と長老は、教会を指導する二つの職務です。 1 牧師は教会に御言葉を教える職務です。 2 長老は教会を支配する職務です。 B 20世紀の1970年頃から、長老教会と同じ制度によって教会を支配する バプテスト教会は増えてきました。しかし、これはバプテスト的ではありませ ん。歴史的に、バプテスト教会は最初から長老制度がなかったのです。 C 長老教会のこの制度は聖書的でもありません。新約聖書の用法―― 1 4福音書では、長老はいつもユダヤ教の先祖や指導者です。 2 使徒のある箇所も(4章と6章、22∼25章 )、長老の用法はユダヤ教 の指導者でした。 3 他の場合、使徒の働きの用法は各教会の指導者です。そして、それはいつ も教会の指導者の意味をしますが 、「牧師」という単語は決して長老と共 に新約聖書に出ません。 4 他の箇所も、長老は牧師と同様に、教会の指導者であると教えています。 (1テモ5:17∼20,テト1:5,ヤコ5:14) 5 エペソ4:11には、長老はリストされていませんから、教会の監督であ る「牧師」と同じであるといえます。 6 ペテロの用法では、牧師と長老は明らかに同じです。 (1ペテ5:1∼4) - 15 - III A B C 教会鍛錬 教会鍛錬とは、罪を犯した会員をただす方法です。教会鍛錬の目的は2つあり ます。 1 教会を罪から守ること 2 罪を犯した信者を悔い改めに導くこと(1コリ5:1∼5,2コリ2:4 ∼8,ガラ6:1) イエスは鍛錬の方法をはっきりと教えられました。(マタ18章) 1 証人と相手は、二人だけで相談します。(15節)罪を犯した信者は悔い 改めなければ、 2 証人は他の信者を連れて、再び相談します。(16節)これでも罪を犯した 信者は悔い改めなければ、 3 全教会の前で取り調べます。(17節) 4 これは失敗で終われば、最後の段階は脱会になります。(17節) 5 教会は神の地上の権威を持っています。(18∼20) 鍛錬すべき者 1 悪い罪を犯した者(1コリ5:1∼5) 2 分派を起こそうとする者(テト3:10、ロマ16:17) 3 イエス・キリストの教会に恥をかける者(2テサ3:6∼15) 4 キリストの教理を間違う者、異端者(2ヨハ9∼11) 最後に キリスト教には、多くの教派があります。しかし、聖書的な教会は独立し、民 主主義で自らを支配し、本部は天国にあり、イエスは教会の頭であることを信じて、ま た実行しています。 - 16 - 第9課 教会の礼典 エペソ2:8∼9 初めに れいてん ひせき 礼典と秘蹟の違い――カトリック教の秘蹟は救いの助けのためですが、礼 典は救いの助けになりません。もしバプテスマ、または主の晩餐は救いのためであれば、 キリスト教は、仏教や神道との違いは何ですか。聖書的なキリスト教は恵みによる救い を信じ、行ないや儀式による救いに堅く反対します。 では、聖書的な教会の礼典を勉強しましょう。 I バプテスマ A キリストが教会に命じておられることです。(マタ28:19) B 信者は証として、キリストに対して従順を表して、バプテスマを受けます。 (使徒8:12と35∼39,9:17∼18,10:44∼48,16: 30∼34) C バプテストは幼児洗礼を授けません。カトリック、長老派、あるメソジスト派 の教会は授けます。この点で、バプテストが昔、最も迫害された理由の一つで す。 1 聖書の中に、幼児洗礼の前例は一度もありません。 2 救われるためにバプテスマを受けるべきではなく、救われているからバプ テスマを受けるべきです。 D 聖書のなか、バプテスマの唯一の方法は浸礼です。(ロマ6:3∼4,マタ3: 16,ヨハ3:23,使徒8:38∼39など) II 主の晩餐――主の晩餐は何のためですか。コリント市の教会はとても間違った主 の晩餐をしていました。通常の食事にしましたから、信者たちは偶像の捧げ物も食べた り(1コリ10:20∼21)、食べすぎたり酔っ払ったりしていました。(11:20 ∼21)それを正すために、パウロは第1コリント書を書きました。 では、主の晩餐は何のためですか。 A 記念(1コリ11:25∼26、ルカ22:19) 1 イエスのすばらしい贖いを主の晩餐を通して覚えるべきです。 2 主の晩餐の物の意味―― a キリストの尊い血――腐ったワインではなく、葡萄の果汁にすべきで す。(1ペテ1:18∼19) b 種なしパン(パン種)――これはキリストの犠牲を象徴しますから、 種なし(イーストなし)パンです。イーストも腐らせます。 B 礼拝(1コリ11:23∼27)――信者の一人だけではなく、共に記念する 主の晩餐です。 C 交流(1コリ10:16∼17,11:33∼34) - 17 - 1 2 D III A B 信者たちは共に主の晩餐を頂きますから、聖い交流です。 プリニー 例話 Pliny という歴史家は、紀元105年ごろ、教会の中にスパイを送り プリニー トレージャン ました。それで、Pliny がローマの Trajan 皇帝に出した報告によると、 教会は夜の礼拝で、簡単に賛美を歌ったり、御言葉を勉強したり、励みの 言葉を言ったりしていました。これは現代のバプテスト教会」と同じ交流 の方法でした。 吟味(1コリ11:28∼32) 1 コリント市の教会のある人は、主の晩餐を軽く見ていましたから、酔っ 払ったり食べすぎたりしていました。 2 イエスは私たちのために命まで犠牲して下さいましたから、イエスのため に聖い生活をしましょう。(ヨハ15:13) 3 どういう吟味をすべきですか。 a 赦されていない罪がありますか。(1ヨハ1:9) b 救われていますか。(2コリ13:5) 他の儀式 バプテスト教会でも、他の儀式を行ないますが、礼典と呼びません。 例えば、このような儀式は可能です。 1 結婚式 2 葬式 けんじしき 3 捧児式 4 建堂式 最後に 神を礼拝するためには、カトリック教のような多くの儀式は必要としません。 儀式はだんだん信者の心を奪い、礼拝する意味を誤解させるものです。儀式より、信者 は心からの純粋な礼拝を求めるべきです。 - 18 - 第10課 ふへんてききょうかい 地区教会と普遍的教会 マタイ18:18∼20 初めに 地区教会の教理は明らかに聖書的です。ピレモン書を除いて、パウロの手 紙はすべて地区教会に書かれました。また、黙示録2∼3章の七つの教会はすべて地区 教会です。 ふへんてききょうかい しかし、聖書の中に、他の教会は教えられていますか。普遍的教会とは、地上のす かけんきょうかい べての信者、と言う意味をします。全キリスト教教会、また可見教会とも言われていま す。この教理は聖書的ですか、非聖書的ですか。これを研究することはとても大事です。 I 地区教会 A 新約聖書では、「教会」はほとんどいつも、一つの町の地区教会を示している わけです。 B 使徒の働きでは、地区教会は―― 1 エルサレムの教会(2:47,5:11,8:1∼3など) 2 ユダヤ、ガリラヤ、サマリヤの教会(複数;使徒9:31) 3 アンテオケ(11:26,13:1) 4 シリヤとキリキヤの諸教会(15:41) 5 エペソ(20:17) C パウロの言い方 1 「コリントにある神の教会」(1コリ1:2,2コリ1:1) 2 「ラオデキアの教会」(コロ4:16,1テサ1:1) 3 「キリストにあるユダヤの諸教会」(ガラ1:22) 4 「神の諸教会」(2テサ1:4) D 黙示録2∼3の言い方(2:1と8など) E 教会(複数)は36回新約聖書に書かれています。この場合は、明らかにすべ ては地区教会を示しています。 II 普遍的教会( Universal Church) A これは地上の信者全員のことを言います。全キリスト教教会という言い方も かけんきょうかい かけんてききょうかい あります。可見教会、可見的教会、地上の教会( visible church) とも言います。 1 地上では、私たちは人の心を見ることができません。 かけんきょうかい 2 従って、可見教会はクリスチャンの信仰告白をする全員のことです。しか し、人の信仰告白と心は違うかも知れません。 3 この教理は教派の必要性を教えると思われています。また、エキュウメニ カル運動を教えていると思われています。 B この教理はバプテストの間で議論されています。 C 聖書の中、地上の信者全員は決して教会と呼ばれていません。 ふへんてききょうかい - 19 - D III A B C D 教会は集まりです。しかし、この世では、世界中の信者全員は集まることが ありません。 聖書的な立場 ふへんてききょうかい 新約聖書は普遍的教会や可見的教会の言い方をしません。 地上の真の信者全員を言う場合、聖書は「キリストの体」と呼びます。(エペ 4:11∼12) すべての真の信者を愛しましょう。しかし、一人一人の信者は自分の地区教会 を一番大事にすべきです。 全キリスト教の信者は、天国で始めて集まります。(ヘブ12:22∼24) 最後に 毎週礼拝を守っていますか。教会の他の集会に忠実に出席していますか。牧師 ご夫妻を支えていますか。十一献金をしていますか。教会の兄弟姉妹を愛していますか。 - 20 - 第11課 教会経済 2コリント9:6∼8 初めに 献金について、多くの人は聖書を深く研究せずに、いろいろな間違いをし ます。しかし、聖書は教会の経済について明白に教えています。 では、教会の経済はどういうふうに行なうべきですか。 I 献金 A 献金を受けることは聖書的ですか。 1 聖書に献金箱はない、と教える教会はあります。 2 しかし、ユダヤ教は献金箱を用いて、イエスはその献金を誉められました。 (ルカ21:1∼4) 3 そして、初代教会は明らかに、日曜日の献金を受けていました。(1コリ 16:1∼2,ロマ15:26など) B 信者は喜んで献金すべきです。(2コリ9:7) C 十一献金の問題 1 ユダヤ教の律法では、十一献金は命じられていました。(レビ27:30, マラ3:8∼10,など) 2 しかし、律法の前にも、信者は十一献金をしていました。 (創世14:20, 28:20∼22,ヘブ7:1∼4) 3 そして、キリストは十一献金を認められました。(マタ23:23,ルカ 11:42) 4 実は、新約聖書の信者は、十分の一どころか、すべて捧げるべきです。 (ロマ12:1,6:13,1コリ6:19∼20など) 5 ですから、十一献金は律法ではなく、すばらしい特権です。 D 教会の経済のため、神のご計画は献金であり、商売ではありません。(ルカ19 :45∼46,2コリ2:17) II 全時間奉仕者 A 全時間奉仕者は聖書的ですか。 1 教会の職務は聖書的です。(エペ4:11∼12) 2 使徒パウロによると、伝道者は教会から給料を受けることは、正しいです。 (1コリ9:6∼14,ガラ6:6,ロマ15:26∼27) B 場合によって、牧師や宣教師は普通の仕事をしなければなりません。(使徒 18:1∼3,1テサ2:9,1コリ4:12)これを tent-making(天幕づく り)と言います。 1 しかし、天幕づくりは理想的ではありません。なぜなら、牧師は神の奉仕 のために、すべての時間を捧げようとすべきです。 - 21 - 2 III A B 独立する教会は、かならず牧師に給料を支払うべきです。 教会の福祉 教会の福祉はまず信者のためです。(ガラ6:10) 1 初代教会は信者の未亡人を支えていました。(使徒6:1∼4) 2 エルサレムのききんのとき、他の教会は献金を受けました。(1コリ16: 1∼3) 教会は貧しい人たちを助けるべきです。(ガラ2:9∼10)しかし、それは 第二次的です。大命令は教会の主要な目的です。 最後に 「金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。」(1テモ6:10)です から、喜んで献金をし、金銭を神のために用い、キリストの教会を金銭の愛から守りま しょう。 - 22 - 第12課 間違った教会学 マタイ16:13∼18 初めに 今までは、正しい教会学を聖書より勉強してきましたが、間違った教会学 をも理解しないといけません。教会はキリストのからだですから、教会学の間違った教 理は、地区教会に大変な傷をつける可能性があります。 では、間違った教会学にはどんなものがあるでしょうか。 I カトリック教の制度 A カトリック教の政治的な支配は非聖書的です。(ルカ22:24∼27)国家の 宗教はいつも他の宗教や教派を迫害します。 B 聖書は法王の制度を教えていません。 1 カトリック教の法王は、全キリスト教を支配していると教えられています。 しかし、キリストは教会のかしらと呼ばれています。 2 カトリック教はペテロを最初の法王と呼びます。しかし、ペテロはローマ で牧会した歴史的な証拠はありません。 3 バチカンは都市国家ですが、聖書によると、この時代に、キリストの王国 は地上のものではありません。(ヨハ18:36) C カトリック教の政府は聖書に基づいていません。 すうききょう 1 枢機卿は決して聖書に出ません。 2 カトリック教の意味で、監督は聖書に出ません。聖書の監督は、牧師の 意味をします。(1テモ3:1∼7) 3 神父の制度は非聖書的です。(マタ23:9,1テモ3:2∼5) II 教派主義 A 教派主義では、各教会は律法によって繋がって、本部は一つの政府で各教会を 支配しています。しかし、聖書には教派は一つもありません。 B エルサレムの教会は他の教会を支配とせず、ただアドバイスを与えました。 (使徒15:22∼29) C パウロも、自分の開拓した教会を支配しようとしませんでした。 D 歴史的に、初代教会の会議はただの牧師交流会にすぎませんでした。 1 教理の問題を論争して、結果を教えただけです。 2 初代教会の会議は決して諸所の地区教会を支配しようとしませんでした。 III A 無教会 歴史 かんぞう 1 1901年 内村鑑三によって創立されました。 2 1年間忠実なクリスチャン生活をして、禁煙禁酒を認める信者だけは会員 - 23 - になっていました。 B C IV 教理 1 按手礼を受けた伝道者を認めません。 2 最初は礼典を行ないませんでした。 3 教会と呼ばずに、集会、または聖書集会と言います。 4 指導者の訓練を認めませんでした。 現在 1 指導者の訓練、また亡くなった指導者の後継ぎの制度はなかったから、 1950年ごろから、人数は3万人より、現代の3∼4千人に経てきま した。 2 結局、無教会は全日本のキリスト教を影響せずに、運動としてなくなるか も知れません。 他のグループ A キリスト信徒の集会(プレマス・ブレゼレン) 1 一般の信者と全時間奉仕者の区別はしません。 2 長老会は教会を指導します。 B 友和会(フレンズ) 1 牧師や執事はいません。 2 月に一回しか集まりません。しかし、年に4回と、特別に年に一回の会議 はあります。 3 会員の子供は、生まれる時から会員ですから、未信者の会員はいます。 最後に 教会に関して間違った教派や異端は多くありますから、信者は引っ越しすると き、十分気をつけるべきです。すべての教会の教会学の教理を、聖書に比べましょう。 信仰と教理の土台は聖書のみです。 - 24 - 参考文献 Bibliography Anderson, S. E. The Meaning and Use of Ekklesia in the First Christian Century. Little Rock: The Challenge Press, nd. Berkhof, Louis. Systematic Theology . Grand Rapids: Wm. B. Eerdmans Publ. Co., 1953. Carroll, B. H. Ecclesia-The Church. Little Rock: The Challenge Press, nd. Clearwaters, Richard V. The Local Church of the New Testament. Minneapolis: Central Press, 1954. nd Erickson, Millard J. Christian Theology, 2 ed. Grand Rapids: Baker Books, 1998. Evans, William. The Great Doctrines of the Bible. Chicago: Moody Press, 1912. Lockyer, Herbert. All the Doctrines of the Bible. Grand Rapids: Zondervan Publ. House, 1964. Mead, Frank. Handbook of Denominations, 6th edition. Nashville: Abingdon, 1975. Regular Baptist Press. God's Church. Regular Baptist Press, Schaumburg, IL: 2003. Rice, John R. Churches and the Church. Murfreesboro: Sword of the Lord Publ., 1957. Strong, Augustus H. Systematic Theology. Old Tappan, NJ: Fleming H. Revell Co., 1907. Thiessen, Henry Clarence. Introductory Lectures in Systematic Theology. Grand Rapids: Wm. B. Eerdmans Publ. Co., 1949. - 25 - Ecclesiology 「教会学」 ジ 著者 ョ ン ハ John R. イ ム ズ Himes,MA JAPAN 2010年 発行者 北海道聖書研究学院 HBRI Hokkaido Bible Research Institute 勝利バプテスト教会内 旭川市旭神1条5丁目5の15、〒078−8371 ℡ (0166)66−2008 - 26 -
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