環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー § 4.2 エントロピー (熱力学第二法則) 1. 永久機関 熱機関は燃料を入れなければ動かない、というのは経験的事実である。これに反して、燃料なしに 永続的に動く機関が実現可能である、と主張する一群の人々がいる。このような仮想機関を永久機関 (perpetuum mobile) という。 第一種の永久機関 いわゆる永久機関には 2 種類ある。ひとつは「外部から仕事も熱も供給されないで永久に仕事をする機 関」である。あるいは「外部から与えられた熱と仕事の総和よりも大きな仕事をする機関」でもいい。こ の種の永久機関は、第一種の永久機関 (perpetuum mobile of the first kind) と呼ばれる。 しかしながら、第一種の永久機関の存在は熱力学第一法則、(4.19) 式により否定される。すなわち永 久に運動を続けるためには、ある時間後に元の状態に戻らねばならないが、このとき (4.19) 式の左辺、 R R R ∆ U = dU = 0 である。したがって正味仕事 ∆ W = dW は、正味の熱 ∆ Q = dQ と等しく、それ以上 になることはない。 第二種の永久機関 もうひとつの永久機関は、「外部から熱を供給され、そのすべてを力学的エネルギーに変換できる機関」 である。これを第二種の永久機関 (perpetuum mobile of the second kind) という。このような機関は熱力学 第一法則には矛盾しない。 もしこのような機関が実現できれば、エネルギー問題はすべて解決である。力学的エネルギーは電気エ ネルギーや化学エネルギーに容易に変換でき、それらは最終的には熱エネルギーになるので、これをまた 力学的エネルギーに循環させればよい。 しかしこれまた現実には存在できない架空の存在である。それは以下に述べる熱力学第二法則の存在が あるからである。 2. エントロピー 不可逆変化と可逆変化 温度の異なった 2 つの物体を接触させると、熱は温度の高い方から低い方へと移動し、両者の温度差を 小さくしようとする。いったん両者の温度が等しくなれば、決してもとの状態に戻らない。すなわち温度 差を大きくする方向には熱は移動しない。熱現象に限らず、一般にこのような変化を元へ戻らないと言う 意味で不可逆変化 という。 不可逆でない変化を可逆変化 という。これは状態 (1) から状態 (2) に変化した後、周囲に何の変化も与 えず系がもとの状態 (1) に戻ることのできる変化のことである。これは「摩擦のない運動」と同様に理想 化されたものであり、現実の現象は全て多かれ少なかれ不可逆な変化である。 エントロピー 19 世紀に、Clausius はこの不可逆さの度合いを示す量として、エントロピー (entropy) を導入した。エ ントロピーは以下のように、その変化量 dS で定義される。 dS = dQ T (4.22) 状態 (1) から状態 (2) に変わるときの総エントロピー変化 ∆ S は、可逆変化のとき次の式で計算される。 Z (2) Z (2) dQ ∆ S = dS = (4.23) (1) (1) T − 79 − 環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー 可逆変化に伴うエントロピー変化 (4.22) 式を具体的に計算する。いま、状態 (1)、(2) での温度、体積、気圧をそれぞれ T1 、V1 、P1 、およ び T2 、V2 、P2 とする。独立変数は 3 個あるが、状態方程式 (4.3) により 1 つは消去できるので、気圧 P を 消去し、T と V の関数で表すことにする。 (4.23) 式に、熱力学第一法則を適用して、 ∆ S = Z (2) dU + dW (4.24) T (1) (4.18) 式を代入して、 ∆ S = Z (2) CV dT + P dV (4.25) T (1) である。さらに状態方程式 (4.3) 式を第 2 項に代入することにより、 Z V2 Z T2 dT dV ∆ S = CV +R T1 T V1 (4.26) V という式に帰着する。∆ S を求めるにはこの積分を計算すればよい。 不可逆変化に伴うエントロピー変化 次に、状態 (1) から状態 (2) へと不可逆な過程で遷移したときのエントロピー変化について考察する。 この場合も (4.25) 式は成立する。すなわちエントロピー変化は保存力と同様に、状態 (1) と状態 (2) を指 定すれば定まり、途中の経路にはよらない。このような量を化学では 状態量 という。ただし、不可逆変 化では (4.23) 式は成り立たない。すなわち dQ/T を積分しても、∆ S にはならない。 それではどうしてエントロピー変化を計算するかというと、仮想的に可逆過程により状態 (1) から状態 (2) へと遷移したときの ∆ S を計算し、それを不可逆過程でのエントロピー変化とするのである。エント ロピーは状態量であるから、両者は一致する。 ¶例題 4-3 ³ 右図のように、1 モルの理想気体を封入したピストンを考える。ピ ストンの初期状態を、圧力 P1 、温度 T1 、体積 V1 とし、次の操作を 行ったときのエントロピー変化 ∆ S を計算しなさい。 1) 定積変化:初期状態から、ピストンを固定して熱を加え、気体の 理想気体 1モル 温度を 2 T1 に上げる。 2) 定圧変化:初期状態から、ピストンを自由に動くようにして熱を加え、体積を 2V1 にする。 3) 定温変化:初期状態から、内部の温度を T1 に保ったままゆっくり引き、体積を 2V1 にする。 4) 断熱変化:初期状態から、ピストンを断熱的に引いて、体積を 2V1 にする。 ☞ 1) 定積変化:第 2 項は 0 だから、 ∆ S = CV log 2 2) 定圧変化:∆ S = (CV + R ) log 2 = CP log 2 3) 定温変化:第 1 項は 0 だから、 ∆ S = R log 2 R/CV 4) 断熱変化:問題 3.6 の 4) より、T1 V1 → ∆ S = CV ( −R ) log 2 + R log 2 = 0 CV R/CV = T2 V2 → T2 = T1 T2 V1 R/CV = 2−R/CV → V2 T1 R ( 別解 ) dQ = 0 より、定義式より dS = 0 → ∆ S = dS = 0 µ − 80 − ´ 環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー 3. 熱力学第二法則 このように定義されたエントロピーを用いて、不可逆性に対して次の熱力学第二法則が Clausius によっ て導かれた。 法則 4.3 熱力学第二法則 すべての可逆変化について、系の総エントロピー ∆ S は、 ∆ S = 0 (4.27) である。すなわちエントロピーは不変である。また、すべての不可逆変化について、 ∆ S > 0 (4.28) である。すなわちエントロピーは増大する。 この法則により、第二種の永久機関の存在は否定される。すなわち、閉鎖系を考えると、現実の運動はす べて不可逆過程であるから、エントロピーは増加する一方であり、元の状態には戻り得ない。したがって 運動を永久に続けることはできない。 熱力学第二法則の表す意味 図 4.2 のように、最初 2 つに仕切られた箱を考える。仕切りの 両側には異なった気体が封入されている (成分の異なった気体と i 考えても、温度が違う同一の気体と考えてもよい)。図中の白黒 の玉はこの気体分子を表わしていて、その数は N = 8 個である。 いま両者を隔てる仕切りをはずすと、気体はその温度によって運 i y y i i 動をおこなうから 2 種類の気体は混合し、図 4.3 のようになる。 y y 図 4.2 この混合した気体が、元の図 4.2 のように、片方ずつに偶然分 かれる確率を考えてみる。圧力は容器内で一定とすると、個数は半分ずつに分かれるとみてよい。すると 場合の数は 8C4 = 70 だから、左右逆の場合を考えても 35 分の 1 となる。 N を変えてこの確率を計算してみると、N = 4 で 3 分の 1、 N = 6 で 10 分の 1、また N = 10 で 126 分の 1、N = 12 で 462 分の 1 と、N が大きくなるにつれて急激に確率は減少する。N が i アボガドロ数の大きさになる頃にはほとんどゼロに近くなる。し たがって 1 度混合したものが再び分離して元の状態に戻るという ことは、現実には観測されないといってよい。このように熱力学 第二法則とは確率的法則なのである。 − 81 − y y i y 図 4.3 i y i 環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー 4. 熱機関 熱エネルギー (内部エネルギー) から力学的エネルギーを得るための仕組みを熱機関 (heat engine) とい う。現実的な熱機関は、継続的にこのエネルギー変換を行う必要があるので、いくつかのプロセスを経た 後に、元の状態に復帰しなければならない。この元に戻るまでの一連のプロセスをサイクルという。 外燃機関 気体に、外部から熱を与えて膨張、収縮させて、その際にピストンなどで運動エネルギーを得る仕組み を外燃機関 という。外燃機関の 1 サイクルを詳しくみると、 1) 高温(熱源)側から作業流体が熱を吸収する。 2) 膨張して外部に仕事をする。 3) 低温(環境)側に作業流体が熱を放出する。 4) 収縮して外部から仕事をされ、元の状態に戻る。 という複数のプロセスで構成される。このために使われる気体を作業気体という。 外燃機関の代表としては蒸気機関があげられる。また、最近では環境を配慮してスターリング・エンジ ン も実現されている。 内燃機関 一般に、変化が可逆的に近いほど、熱エネルギーは有効に運動エネルギーに変換できる。とはいえこれ が絶対的な指標というわけではない。可逆的であるためには、ごくゆっくりとした変化しか許されない。 すると単位時間当たりに取り出させるエネルギーは、むしろ減少してしまうからである。このため機関は どうしても大型化する。発電所のような固定した設備ならばそれでもよいが、特に移動を目的とする機関 に対して致命的な弱点である。 このため、効率は多少犠牲にしても機関を小型化するために内燃機関 が使われる。これは作業流体その ものを燃焼させて熱源とするものである。移動機関のエンジンは主にガソリン・エンジン、ディーゼル・ エンジンなどの内燃機関である。 − 82 − 環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー 5. カルノー・サイクル 熱機関の効率 熱機関が、1 サイクルに ∆ Qin の熱量を吸収し、∆ Win の仕事を外部から受け取り、∆ Qout の熱量を放出 し、∆ Wout だけの仕事を外部に対して行ったとする。すなわち、 ∆ Q = ∆ Qin − ∆ Qout (4.29) ∆ W = ∆ W − ∆ W in out である。1 サイクルでは ∆ U = 0 だから、∆ Q = ∆ W である。いま必要とされた熱量 ∆ Qin に対して、取 り出された仕事 ∆ W の比 η を、熱機関の効率 という。 η = ∆W ∆ Qin (4.30) カルノー・サイクル カルノー (Carnot) は、理想的な機関の場合に、効率 η がどのよ うな値をとるかを考察した。 p A やはり 1 モルの理想気体を封入したピストンを考え、初期状態 T = TH X @ X B の温度を TH 、体積を VA とする (気圧は R TH /VA )。これに以下の プロセスを連続しておこなう。 (1) A→B:初期状態から等温的にピストンを引き、T = TH のま dQ = 0 ま、体積が VB になるまで準静的に膨張させる。 (2) B→C:次に温度が TL (< TH ) になるまで、準静的に断熱膨張 dQ = 0 D h h E E J J T = TL させる。このときの体積を VC とする。 C V (3) C→D:等温的にピストンを引き、T = TL のまま、体積が VD になるまで準静的に圧縮する。 図 4.4 (4) D→A:温度が TH になるまで準静的に断熱圧縮し、元の状態に戻す。 このサイクルを、カルノー・サイクル といい、高熱源から熱をもらい、その一部を仕事に変え、残りを 低熱源に放出する熱機関である。 また、もしサイクルを回る向きを逆にすれば、逆の動きをする。すなわち外部から仕事を受け取り、低 熱源から高熱源にと、通常とは逆の向きに熱を輸送することができる。そのようなサイクルを逆サイクル という。∗2 カルノー・サイクルでは各プロセスはすべて準静的に行われるので、もしサイクルを逆にすれば、気 体の外部も含めて完全に元の状態に戻る。このような理想的な機関を 可逆機関 という。カルノーはすべ ての可逆機関の効率 η がその機関の種類によらず、高温側の絶対温度を TH 、低温側の絶対温度を TL と して、 TH − TL η < = (4.31) TH であることを示した。たとえば TH = 300 ℃、TL =15 ℃のときの η は、0.497 となる。 (4.31) 式の η は理論的に可能な最大値であり、実際の熱機関には損失があるのでこれより低い値とな る。このような機関を 不可逆機関 という。 ∗2 これがヒートポンプ式暖房の原理である。 − 83 − 環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー 4 章 の 練 習 問 題 A 【 問題 4-7 】 1 モルの理想気体が封入されたピストンがある。初期の温度を T1 、圧 理想気体1モル 力を P1 、体積を V1 とする。 今ピストンをゆっくり押して、体積が半分 になるまで等温的に圧縮した。 (1) このとき気体が外部から吸収した熱量 ∆ Q を求めなさい。 (2) このときの気体のエントロピー変化 ∆ S を求めなさい。 x 【 問題 4-8 】 (混合に伴う不可逆変化) 固定した熱をよく通す板で、中央で仕切られたシリンダーを考える。 シリンダー全体は断熱材で覆われているので外界との熱の交換は無視し てよい。また仕切り板や容器の熱容量も無視してよい。この両側にそれ TA TB ぞれ絶対温度 TA および TB の、1 モルの理想気体を封入する。ただし、 TB > TA とする。 このシリンダーを放置しておくと、仕切り板を通して、TB (高温) 側か 図 4.5 ら TA (低温) 側に熱が移動する。いま、TA 側が TA + ∆ T に変化したとすると、TB 側の温度は、熱力学第一 法則により TB − ∆ T になる。このとき以下の設問に答えよ。 1) 初期状態からの系全体のエントロピー全変化量 ∆ S は、2 つの部分それぞれのエントロピー変化 ∆ SA 、 ∆ SB の和になる。前問の 1) で求めた定積変化の結果を使って、∆ S を求めよ。 2) ∆ T を変数と見て、∆ S が正になるような ∆ T の範囲を示せ。 3) 最終的に両者の温度は等しくなるが、この状態が ∆ S が最大値をとるときであることを示せ。 ✌ log y > 0 という条件は、y > 1 と いう条件と同値である。 log は単調増加関数なので、log f (x) が最大値をとる x で、 f (x) も最大値をとる。 − 84 − 環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー 4 章 の 練 習 問 題 B 【 問題 4-9 】 中央で仕切られたシリンダーの右側を真空にして、左側に気体 1 モ ルを、(絶対) 温度 T1 、圧力 P0 (=大気圧) で封入した (右図 A)。ここで中 央の仕切りを取り去ると、気体は真空であった右側に流入して全体が一 P0 A 様になる (右図 B)。このときの気体のエントロピー変化 ∆ SA→B を求め B たい。 ただ、この変化は不可逆過程なので、dS > T1 , P0 真空 T1 dQ であり、直接には計算 T - できない。そこで次のような思考実験を行う。 (i) 右側の端をはずして、仕切りにかかる圧力を大気圧と同じにする。 (ii) 仕切りを自由に動かせるようにして、気体をヒーターで熱して膨 C T2 張させ、仕切りを右に移動させる (右図 3 番目)。 (iii) 仕切りが右端に達したところで仕切りを固定する (右図 C)。 (iv) 体積一定のまま、もとの温度 T1 まで冷却する。 エントロピーは状態量だから、∆ SA→B = ∆ SA→C→B = ∆ SA→C + ∆ SC→B である。また A → C 、C → B は可逆過程であるから、それぞれエントロピー変化は計算できる。これより ∆ SA→B を求めなさい。ただ し、気体は理想気体とみなし、定圧モル比熱を Cp 、定積モル比熱を Cv 、気体定数を R とする。 − 85 − 環境基礎物理学演習 2009 第 4 章 熱エネルギー 【 問題 4-10 】 (カルノー・サイクル) p A カルノーが、前記の結論を導いた理論的なサイクルを考察する。 T = TA X @ X B すでに何度も出てきた、1 モルの理想気体を封入したピストン を考え、これに以下のプロセスをおこなう。 (1) A→B 初期状態から、T = TA のまま膨張させる。 dQ = 0 (2) B→C 次に温度 TC まで、断熱的に膨張させる。 (3) C→D 温度を TC に保ったまま圧縮する。 (4) D→A 温度を TA まで断熱的に圧縮し、元の状態に戻す。 理想的な最大効率 η を、以下の手順にしたがって求めなさい。 dQ = 0 D h h E E J J T = TC C V ピストンの初期状態を PA 、TA 、VA とする (PA = R TA /VA )。 ○プロセス A→B 等温的にピストンを引き、TA 、VB にまで膨張させる。 1) 外部からの熱エネルギーの吸収 ∆ QA−B を求めなさい。 2) 外部に対してした仕事 ∆ WA−B を求めなさい。 ○プロセス B→C 断熱的にピストンを引き、TC 、VC にまで膨張させる。外部からの熱エネルギーの吸 収 ∆ QB−C は 0 である。 3) 外部に対してした仕事 ∆ WB−C を求めなさい。 ○プロセス C→D 等温的にピストンを押し、TC 、VD にまで収縮させる。 4) 外部からの熱エネルギーの吸収 ∆ QC−D を求めなさい。 5) 外部に対してした仕事 ∆ WC−D を求めなさい。 ○プロセス D→A 断熱的にピストンを押し、もとの PA 、TA 、VA にもどす。外部からの熱エネルギーの 吸収 ∆ QD−A は 0 である。 6) 外部に対してした仕事 ∆ WD−A を求めなさい。 7) 総仕事 ∆ W = ∆ WA−B + ∆ WB−C + ∆ WC−D + ∆ WD−A を求めなさい。 ∆W の式を求めなさい。 ∆ QA−B 9) 断熱変化のときの V 、T の関係式を使って、VC 、VD を消去して、8) の分子を、TA 、TC 、VA 、VB の式で 8) η = 表しなさい。 10) η を、TA 、TC だけの関数として求めなさい ( (4.11) 式の導出)。 11) TA = 300 ℃、TC =15 ℃のとき、(4.11) 式により η の値を求めなさい。ただし、0 ℃=273.15K とする。 ※)実際の熱機関には損失があるので、η はこれより低い値となる。 − 86 −
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