National Trust for Historic Preservation

National Trust for Historic Preservation
~その役割
その役割と
役割と政治参加~
政治参加~
東京大学法学部 2 類 3 年
2003 年度久保ゼミ
年度久保ゼミ
澤田 斉司
【目次】
目次】
序章
なぜ“historic preservation”が必要なのか?
第1章
National Trust for Historic Preservation とは?
第1節
NTHP の歴史
第2節
NTHP の活動
第2章
更なる目的へ
第1節
企業、他団体とのリンク
第2節
コミュニティの再建
第3章
NTHP の政治参加
第1節
NTHP のロビー活動
第2節
ケーススタディー:Section 4(f)
終章
まとめ
1
序章 なぜ“historic preservation”が必要なのか?
“historic”―― この言葉にはどのような意味があるのだろうか?辞書で引いてみると、
「歴史上重要な・有名な」とある。通常、
“歴史上”と言うと、中世に建てられた建造物や、
何百年も前から変わらないような風景など、文字通り歴史の古いものをイメージしがちで
あるが、この National Trust for Historic Preservation においてはこの限りではない。
では“historic”とは何なのか?そして、それは誰が historic であるものとないものを見
極めるのか。これはとても複雑な問題である。この場合、厳密にその意味を追求するより
も“worth saving”、つまり「保護に値する」かどうかを考えてみれば良い。アメリカ国民
一人一人、ひいては合衆国自体にとって重要なもの。より具体的に言えば、それが無くな
ってしまうとそのコミュニティの魅力が薄れてしまうような建物・風景である。それを決
めるのは、他でもない、コミュニティの住人自身、アメリカ国民自身である、と NTHP は
考えるi。
それでは一体何がその建物や土地を historic にするのだろうか?第一にその景観が挙げ
られる。やはり目に見て美しいものはそれだけで価値があるし、保存していくべきだろう。
2 つ目はその有用性である。元の形のままでは使えないような建物でも、他の使い道があ
れば改装・改修を加え、再び利用していこうというものである。これは“adaptive use”と
呼ばれるが、要するにリサイクルである。例えば、過去の職人技によって建造された建物
を新しくマンションなどに利用する際に、全部壊してしまうとコストが莫大にかかってし
まうし、そのような建築様式を再現するのは困難、若しくは不可能な場合が多いので、そ
れなら外観はそのままにして内装だけを新しくすれば、古き良き建造物を今後も有効に利
用できる、というものである。無駄に廃棄物を出さない点で、環境にも優しいと言えよう。
それから第三に、「歴史」を感じさせ、教えてくれるような要素があることもポイントに
なるだろう。つまり自分と祖先たちとのリンクである。アメリカはまだまだ歴史の浅い国
だ。しかしそれでも、今の我々に合衆国の成り立ちを教えてくれるような場所は数多く存
在する。そういう建物や土地を残していくことは、我々自身が母国について知るためにも
必要であるし、今を生きる人類としての使命と言えるかも知れない。
それだけではない。自分たち自身が、生まれてからずっと生活してきた風景をいつまで
も見続けたいと思うのはごく当然のことではないか?幼少時代を過ごした街が、都会の大
学へ出たり、郊外で働いたりしている内に、ちょっと帰省したら昔の面影が無い、という
ことも良くある時代。自分の思い出の場所を残すのは、自分がどのような青春時代を送っ
てきたかを子供に伝えるためにも重要である。老いてから人生を振り返りたくなる時など
も、過去を過ごした場所が無いよりはある方が感慨も一入だろう。
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つまり一個人として、そして一アメリカ国民として将来もずっと残していきたい、そう
思えるものが“historic”な建物であり風景であり、アメリカそのものなのである。そのた
めに National Trust for Historic Preservation は日々活動を続けている。
●historic preservation のポイント
✯景観の美しさ
✯有用性=再利用できるかどうか
✯「歴史」とのリンク
⇒保護に値するかどうかを、住民の一人として自ら判断
この論文では、上のようにアメリカ国民の精神的作用に働きかけている National Trust
の歴史、活動を見ていくと共に、この団体がどのようにアメリカ政治に関わっているかを
検証した。これまで日本ではそれほど注目されていない団体であるだけにそれなりの価値
があると思われる。
第 1 章 National Trust for Historic Preservation とは?
第 1 節 NTHP の歴史ii
史跡保護(historic preservation)自体は長い歴史を持っている。そしてそれが無ければ
今の合衆国は無い、と言っても過言ではない程の重要性も持っている。約 2 世紀前、1812
年にマサチューセッツのウスターで最初の国立機関が設立された。American Antiquarian
Society である。植民地時代からの長い歴史を知るうえで重要な蔵書を数多く保管する図書
館だ。フィラデルフィア市が Independence Hall を取り壊しから守るために買収したのも
この頃である。1872 年には Yellowstone がアメリカ、そして世界で、最初の国立公園に指
定された。1896 年には Gettysburg 電気鉄道会社 vs.連邦政府の訴訟で、初めて最高裁に史
跡保護を含む事件が持ち込まれた。
そして 1947 年、National Trust の前身である National Council for Historic Sites and
Buildings が、全国初の私立保護組織として形成された。
National Trust for Historic Preservation の創設は 1949 年、ちょうど国内で景観保存運
動の気運が高まっていた時だった。そのような運動に参加していた人々は、グラスルーツ
での活動を支援してくれるような団体を必要としており、NTHP の設立を求めていたが、
時の大統領・トルーマンが National Trust 設立法案にサインした事により、その努力が実
る。10 月 26 日のことだった。
この NTHP の当初の目的は、史跡(historic sites)を獲得し、管理していくことにあっ
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た。とにかくその建物・土地の「保護」を行っていこうということを、主眼に置いていた
のである。最初の団体財産として NTHP は、1951 年に北ヴァージニアの Woodlawn
Plantation を引き取り、その後も様々な sites を自身の管理下においてきた。
時が進み、Trust は一般の人々に対する働きかけもその任務に含めるようになった。1969
年には Preservation Services Fund を設立。各地域における保護活動に対し、財政的援助
を提供する機関である。そして国内中の活動家が直にその援助の恩恵を受けられるように、
1971 年サンフランシスコに初めて地方事務所を開いた。他にもいろいろなプロジェクトが
順次進行していった。例えば、伝統的な商業区を再活性化させるためのツールとしての保
存運動を推進する National Main Street Center は 1980 年に設立され、歴史的(historic)
な居住区近隣における同じようなアプローチを採用していく Community Partners は 1994
年に開始された。
常にこの Trust の業務の中心的位置を占めているのが、史跡保護に関する教育だ。1952
年には、現在の機関紙 Preservation の前身となる、Historic Preservation を創刊。そして
1971 年には賞与制度も始めた。Preservation Honor Awards と呼ばれるもので、保護活動
において最も活躍・貢献した個人や団体、プロジェクトに与えられる。1973 年からは
Preservation Week という、毎年アメリカ全土で史跡の保護を賞賛するイベントのスポンサ
ーも務めている。また、1988 年以来 America’s 11 Most Endangered Historic Places とい
うリストを年 1 回発行しているが、そのような危険に晒されている建造物・風景や、それ
を守っていこうとする人々の努力にスポットライトが当たるようになったのにも、このリ
ストは実に大きな役割を果たしている。
National Trust はその資金を会員からの年会費や、個人、企業、財団などからの寄付に
よって賄っている。1966 年制定の史跡保護法(National Historic Preservation Act)のお
かげで連邦政府からの財政援助が得られていたが、その予算も 1998 年には双方の合意によ
り打ち切りになり、それ以降はプライベートセクターからの寄付金に頼っている。
創設から半世紀が経ち、そのスタッフ数は 300 人以上で、毎年の予算も 4000 万円に達す
る程になっている。国内各地に地方事務所を抱え、所有する史跡も 21 を数える。更に優に
25 万人を超える会員数を誇り、その活動は全米国民の知るところとなっている。そして
National Trust for Historic Preservation は今、設立当初に設立者たちが思い描いていた通
りの姿に成長した。史跡保護運動の主導者として、政府の規制緩和政策に反対し、多くの
人々にとって魅力のある団体になったと言えよう。
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●NHTP の組織概要iii
✯設立:1949 年
✯職員:308 人
✯予算:約 4000 万円
✯会員:25 万人以上
✯所有遺跡:23
第 2 節 NTHP の活動
前節にも記した通り、National Trust for Historic Preservation の活動内容は実に多岐に
渡っている。
その中でもメインに据えられるのは、やはり史跡の獲得、管理、保存だろう。他にも数
多くの活動を行っているが、すべて史跡保護が最終的な目的であり、史跡を自らの手で保
護していく活動が最も重要と言える。現在 23 の遺跡を所有している。
●NTHP の所有する Historic Sites 一覧
名称
所在地
African Meeting House and Abiel Smith School
Boston, MA
African Meeting House and Higginbotham House
Nantucket, MA
Belle Grove Plantation
Middletown, VA
Brucemore
Cedar Rapids, IA
Chesterwood
Stockbridge, MA
Cliveden
Philadelphia, PA
Cooper-Morela Adobe
Monterey, CA
Decatur House
Washington, DC
Drayton Hall
Charleston, SC
Filoli
Woodside, CA
Frank Lloyd Wright's Home and Studio
Oak Park, IL
Frank Lloyd Wright's Pope-Leighey House
Alexandria, VA
Frederick C. Robie House
Chicago, IL
Gaylord Building
Lockport, IL
Kykuit
Tarrytown, NY
James Madison's Montpelier
Montpelier Station, VA
Lower East Side Tenement Museum
New York, NY
Lyndhurst
Tarrytown, NY
5
Oatlands
Leesburg, VA
Shadows-on-the-Teche
New Iberia, LA
Touro Synagogue
Newport, Rhode Island
Woodlawn
Alexandria, VA
Woodrow Wilson House
Washington, DC
(アルファベット順、2004 年1月現在)
※現在調整中の史跡
President Lincoln and Soldiers’ Home National Monument
Washington, DC
NTHP の会員になると、上記の遺跡を無料、若しくはかなりの低価で訪れることができ
る。また、どの遺跡でも一年中各種イベントを開催し、訪れる人々に憩いの場を提供して
いる。例えばクリスマスイベント ―― Brucemore ではその大邸宅のホリデーツアー、
サンタクロースとの対話、音楽コンサート、そして軽食の提供などを行っている。
Shadows-on-the-Teche では“Charlie at the Shadows”という演劇を、地元の生徒たち
が公演する。これは 1840 年代、この Shadows がサトウキビの収穫に追われて祝う暇
も無かったクリスマスの、8 歳の少年の生活を再現したもので、現在の子供たちの生活
とは全く異なっていることを私たちに教えてくれる。
最近の活動としては、2003 年 5 月 13 日にアフロ-アメリカン歴史博物館とのパートナ
ーシップを結び、2 つの史跡 ―― African Meeting House and Abiel Smith School
と African Meeting House and Higginbotham House ――
を NTHP の Historic
Sites リストに加えた。今後は展示、講演や様々なイベントを通して、19 世紀のアメリ
カの歴史を伝えていく。この 2 つの遺跡を保存する事は、アフリカから奴隷として連れ
て来られ、搾取されていた黒人たちが、全てのアメリカ人にとっての自由、尊厳、そし
て正義を獲得するためにもがき苦しんみ、ついにコモンコーズを設立するに至った過程
を、アメリカ国民に忘れさせないようにするために重要である。
また 10 月 20 日、Montpelier Foundation は James Madison's Montpelier の修復を
宣言した。これは NTHP の前の持ち主である duPont 家が増築してしまった部分を、
マディソン大統領が住んでいた頃の面影に戻そうとする計画で、4 年間の工事期間中も
訪問客にその模様を公開するというものである。National Trust の会長リチャード・モ
ー(Richard Moe)はこれに対し、「保存、財産管理、そして歴史の解釈において最高
の実施モデルを提供することは、常に我々の“historic sites”の目標である」と絶賛し、
「Montpelier はその目標をまさに実現しようとしている」ところであり、人々は是非
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とも「この美しい場所を訪れ、その目で見てみる」べきである、とコメントしているiv。
現在リストに加えるべく調整を行っている遺跡としては、上記の President Lincoln
and Soldiers’ Home National Monument 以外にも、コロラド州ジョージタウンにある
Hotel de Paris Museum がある。
このように National Trust for Historic Preservation は各地の史跡を手に入れ、管理し
ているが、そのためには莫大な費用が必要だ。そしてこの費用を集めるために重要なのが、
グラスルーツでの活動である。
NTHP の資金の約半分を占めているのが、個人、企業、そして財団からの寄付金である。
●NTHP への寄付の方法
✯寄付計画(Planned Giving)
:個人的に National Trust 内に基金を設立
✯証券寄付(Gifts of Securities):株式の譲渡、電子フォームが一般的
なぜこれほどまでに寄付が集まるのか?最大の理由は免税にある。この Trust は内国歳
入庁規則の 501(c)(3)団体に該当するv。これに該当する団体に対しては税制上の保護が最も
厚く、その団体自身の所得には非課税の優遇措置が採られ、当該団体に寄付した者に対し
てはその寄付金を所得税から控除するという措置が採られる。この資格のおかげで、NTHP
はより多くの、そしてより大口の寄付が期待できるのである。特に財団は政治活動を行う
団体には寄付できないため、このような財団からの多額の寄付も流れ込んでくる。
また、建国以来持ち合わせている愛国心がそうさせているというのもあるだろう。自分
たちの慣れ親しんだ国を守りたい、この意識は対外的なもののみならず、国内の伝統ある
風景が破壊されていく事に対しても持たれるのではないか。そういう意識から、史跡保護
の主導者である National Trust に寄付をしてくる人、団体も少なくはないはずだ。
寄付計画に関連するものとして、2 つのプログラムが組まれている。一つはレガシーサー
クル(Legacy Circle)というもので、寄付者のサークルである。このサークルに入ってい
ることで、いくつかの特典が与えられる ―― NTHP の最新の活動についての特別発行
書、NTHP の年次報告内でのリストアップ、寄付者の居住地域でのイベントへの特別招待、
などである。
もう一つは、歴史的な家屋の所有者からの寄付に対して、Trust がその住居の保存と将来
的の利用を引き受ける文化遺産寄付(Gifts of Heritage)プログラムだ。
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●文化遺産寄付(Gifts of Heritage)プログラム
✯特典:①キャピタルゲインにかかる税の控除
②連邦所得税から慈善事業税を控除
✯適格:①経済的に妨げの無いこと(留置権・抵当権の設定が無いこと)
②$10 万以上の価値があること(見積価格)
③築 50 年以上であり、かつ歴史上・建築学上重要な特徴があること
✯方法:①完全な贈与…所有権の完全移譲
②生涯不動産を残しての贈与…一部利益の以上&慈善事業税控除
③慈善の残余委託…Trust スタッフの保護計画協力&受託者へ引渡し
⇒
売却利益から年金受給
④遺贈
✯補足:このプログラムに参加した寄付者もレガシーサークルのメンバーとみなさ
れる
寄付金には及ばないものの、会員からの会費も National Trust for Historic Preservation
の財政を支える大きな要素である。会費を集めるには会員を募集しなければいけない。会
員としての特典には次のようなものがある。
●NTHP 会員特典
✯隔月発行の Preservation 購読権
✯Historic Sites への無料 or 低額での入場権
✯博物館内の店や Preservation 内のカタログ販売の割引
✯会員のみのスタディーツアーへの招待
✯国内登録ホテルの会員特別料金
✯ウェブサイト上メンバーセンターへのアクセス権
会員には、条件に応じて 2 つのサークルに参加できる ―― ヘリテージソサイエティ
(Heritage Society)と 1785 ソサイエティ(1785 Society)だ。
前者は年会費$1000 以上を納めている人のサークルである。このサークルに入っていれ
ば、普段めったに一般公開されなかったり、一般には公開されなかったりするような史跡
を訪れる事もできる。このヘリテージソサイエティの会員は、その納付額によって更に 3
つのグループに分けられる。
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●Heritage Society 内での分類
✯$1000~$2499 ⇒ 会員(Members)
✯$2500~$4999 ⇒ プレジデンツサークル(President’s Circle)
✯$5000~ ⇒ チェアマンズサークル(Chairman’s Circle)
チェアマンズサークルが一番新しくできたグループで、段階が上がるに連れてレベルア
ップした特典を受けることができる。
後者の 1785 ソサイエティは、毎月 NTHP を援助してくれるメンバーのみの特別なサー
クルで、今やそのサポートは NTHP の活動にとって無くてはならないものにまでなってい
る。なぜ“1785”という数字がサークル名になっているかと言うと、National Trust の本
部がワシントン DC 北西部のマサチューセッツ通り 1785 番にあるからで、そのメンバーが
Trust の中心的役割を担っていくように、との意味を込めてつけられた名前なのである。
NTHP は賞与制度も設けている。National Preservation Awards と呼ばれるこの賞与制
度は、6 つのカテゴリーに分けられており、2003 年の各受賞者は 10 月 2 日にデンバーで開
かれた全国保護会議viで発表された。
序章でも述べたとおり、National Trust for Historic Preservation の活動において重要な
位置にあるのが、史跡保護についての教育である。史跡を守っていくことは、一アメリカ
人として、そして合衆国に生きる一個人として、今ある自分を見つめ、そして後世に伝え
ていくためにしなければいけない義務なのである。そのために National Trust ができるこ
と、それが教育 ―― つまり、史跡保護の必要性を合衆国国民に伝えることなのだ。
第一に出版がある。どうしたらより多くの人に遺跡保護の大切さを分かってもらえるか、
それには活字と絵、
写真で伝えるのが一番だ。
NTHP の発行する機関紙 Preservation には、
史跡保護に関する情報が数多く掲載されている。それは Trust のスタッフが書いた記事で
あったり、著名な学者のコラムであったりするが、多くの読者にとってほとんどが初めて
見聞きすることばかり。興味のある内容であれば、次回もまた読みたいと思うだろう。そ
してそのような連載記事、コラムをまとめて編集された本なども出版するなど、会員のみ
ならず、様々な人に NTHP の活動や考え方を知ってもらう努力もしている。
第二にスタディーツアーである。非常に多くのツアーが企画されており、その行き先も
実に多様である。5 つのカテゴリーがあり、会員であれば好きなツアーに応募でき、条件に
よっては割引価格で参加することもできる。
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●NTHP のスタディーツアー
✯Family Tours:家族で参加できるツアー
✯Hidden Treasures:秘境・秘宝探索ツアー
✯Private Jet Tours:チャーター機で行くツアー
✯America and Close to Home:合衆国とその周辺ツアー
✯Distant Shores:遠距離ツアー
2004 年も 85 以上のツアーが予定されているが、国内よりも国外へのツアーの割合のほ
うが高い。National Trust そのものは世界的なネットワークを持っており、世界中で史跡
の保護が謳われているが、合衆国内の遺跡保護をメインとする NTHP としては、国内の史
跡を目的地にするのがその主眼に適っているのではないか?その方が、伝統あるアメリカ
を守ろうという愛国心を高められるだろうし、費用も安くつくため多くの参加者を募るこ
とができる。現在の状況では「スタディーツアー」というよりむしろ、ただの「観光旅行」
である。会員を集めるための手段に過ぎない気がする。
そもそもこの 2 つ ――
機関紙 Preservation&スタディーツアー ――
は会員限定
のもの。つまり会費を払っていない人はその提供を受けることができない。ここで、まだ
会員でない人にその存在意義をアピールする必要が出て来る。
それが各地のミュージアムストア(Museum Stores)であり、新聞、テレビなどメディ
アでの広告なのである。ミュージアムストアでは、本やビデオなどその内容が教育に関わ
るものから、宝石や家具などその史跡のシンボルなどをイメージしたものまで非常に多く
のグッズを販売している。これらの商品を購入すること自体が NTHP に貢献することにな
り、ここで非会員の人々にも NTHP の存在を知ってもらうことができる。
そしてより重要なのが広告である。National Trust は広告評議会と協力して、
“History Is
in Our Hands”キャンペーンを展開している。これは史跡保護におけるコミュニティへの
参加の重要性を推進しようとするもので、テレビ、ラジオ、そして印刷物に掲載される多
くの広告が、このキャンペーンの中心的役割を果たしている。これらの広告は、史跡が破
壊されることで一体何が失われていくのかを指摘したものであり、視覚と聴覚に訴える最
も効率の良いアピール方法である。
他にも、ダイレクトメールなどで住民に直にアピールしていく活動も行われている。
次章では NTHP の目指す、より大きな目標について考えてみたい。
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第 2 章 更なる目的へ
第 1 節 企業、他団体とのリンク
第 1 章で National Trust for Historic Preservation の活動について簡単に記したが、こ
れが全てではない。史跡保護は非常に大きな問題であり、NTHP 単体で全て解決できるよ
うなものではないからだ。アメリカ全土に広がる伝統ある建造物、歴史に残る風景を隈な
く保存、管理していくためには多くの団体の協力が必要となる。
まず NTHP は多数の企業の協力を得ている。なぜビジネス界が史跡保護に関心を持つの
だろうか?その答えは次のように導き出される。
●企業が遺跡保護に関心をもつ理由
歴史的、建築学的に重要な建物、土地を保護、管理する
⇒ その史跡を一目見ようと、観光客が集まる
⇒ 周辺のコミュニティが活気付き、消費活動が盛んに
⇒ そのコミュニティの住民の、生活の質が向上する
⇒ より大きな消費活動が見込める
⇒ 企業の売上アップ
必ずしもここまで上手くいくとは限らないが、このようにして企業は NTHP に協力を提
供してくるのである。そしてこの続きとして、コミュニティの連帯感が強まることにより、
住民は自分たちのコミュニティを守っていこうという意識を持ち、その中心にある史跡の
保存、維持にまた繋がっていくと考えられる。
企業からの寄付・援助が National Trust の活動を支えていることは言うまでも無いだろ
う。大なり小なり、企業からの寄付金は個人の寄付と比べて遥かに高額である。そしてそ
のような企業のリーダーは、その卓越した才能と豊富な経験から、NTHP の理事会として
今日の厳しい経済状況を切り抜けるアドバイスを与えてくれるのだ。
このように NTHP はビジネス界の協力により大いに助けられている。しかし逆に企業の
側も、援助することによって何かしら利益を得ているはずである。それは上に示したよう
に、遺跡保護に関心を持っていると世間に知らせることで、各地の保護コミュニティ
(preservation community)に対するイメージをアップさせ、それがそのコミュニティで
の事業展開の成功に大きく貢献するのだ。
ではどのような企業が NTHP に寄付しているのだろうか?
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●NTHP のパートナー企業
Corporate Leaders
Corporate Patrons
Corporate Preservationists
ERA Franchise Systems, Inc.
Filter Queen
Avon
OSRAM SYLVANIA
Old-House Journal Christie's
The Unico System
Carol M. Highsmith Photography, Inc.
The Valspar Corporation
The History Channel
Time & Place Homes
どの企業も金銭のみでなく、自身の製品やサービスを National Trust に提供している
―― 例えば OSRAM SYLVANIA なら史跡をライトアップする照明器具を、
Unico System
なら史跡の美観を損なわないような空調設備を、Carol は自ら撮影した建物や風景の写真を。
面白いのは、ERA の提供する歴史的不動産プログラム(Historic Real Estate Program)
だ。これは不動産業者や専門家を訓練するプログラムで、アメリカの主流建築様式の歴史
や、史跡保護の背景など様々な範囲をカバーしている。史跡も一つの不動産である限り、
この業界の人には避けて通れない問題である。だからこそ、利便性や、より近代的なスタ
イルを求める今の時勢でも、伝統的な建築様式や歴史ある土地の重要性を、不動産の販売
者側にしっかり植付けておく必要があるのだ。
他の団体とのリンクと言っても、National Trust for Historic Preservation は史跡保護の
リーダー格であるから、その傘下に数多くの地方団体を抱えている、と言うのが妥当だろ
う。州・地域協力(Statewide & Local Partnerships)プログラムにより、NTHP は全州
的、若しくは地域的な非利益保護団体がより効率的に活動できるよう支援してきた
――
補助金の付与、組織開発援助、それからワークショップやトレーニングなどである。こう
してフルタイムで働くスタッフを抱える団体に成長したものが、1993 年には 17 だったの
に対し、2003 年には 42 にまで増えている。このような地方組織が、National Trust の末
端部として活動し、史跡保護を全国の隅々にまで広めている。
これ以外の団体では、様々な財団が NTHP に対して多額の寄付金を提供している。フォ
ード財団やロックフェラー財団などが有名な例である。前章第 2 節でも述べたように、こ
の Trust は内国歳入庁規則 501(c)(3)に該当する団体であるため、これらの財団は喜んで資
金援助してくれる。
この他にも NTHP は様々な基金を抱えている。
このように National Trust for Historic Preservation は、企業や財団から資金、物品、
サービスなどを提供してもらうことで、より拡大した保護を推進できる。またアメリカ各
地に点在する保護組織と協力し、援助することによって、“アメリカ全体を変えてしま”お
うというその設立当初の目的を果たそうとするのである。
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第 2 節 コミュニティの再建
以上で National Trust の主な活動、そしてその全国的な拡がりを記述してきたが、NTHP
が最終的に求めるもの、それは“コミュニティの再建”なのである。
これまで見てきたことは全てここにつながる。アメリカの歴史は 1492 年にコロンブスが
新大陸を発見し、17 世紀初頭に入植が始まって以来続いている。独立以降、西へ南へ、更
には太平洋を越えて、その領土を拡大してきた。この開拓精神(frontier spirit)が、アメ
リカ人の新しいものを求める向上心、チャレンジ精神を良く表していると言えよう。しか
し旧来アメリカ人は未知のものを開拓すると同時に、古き良きものを守り伝えていこうと
いう温故知新の心も持ち合わせていた。それもそのはず、永遠のライバルであるヨーロッ
パ大陸諸国とはその歴史の重みがまるで違うのだ。古代ローマ以来の長い歴史を持つ大陸
文化に対し、アメリカはまだ 4 世紀弱、合衆国にしてみれば 250 年も経っていない。だか
らこそ、これまでの短い歴史の中でも重要な役割を果たしてきた場所を残し、自分たちア
メリカ国民がいったい何者であるかを知る手がかりにしていかねばならないのだ。
史跡を保存していくことは、伝統あるダウンタウンに活力を与え、木陰の無い遊歩道や
舗装されてしまった草地の別の利用法を提示し、そのままそれが所在するコミュニティの
活性化につながる。National Trust はこのような古くからある地域に再び活気と美しさを
取り戻すために活動している。そしてより大きなコミュニティ
――
つまり合衆国その
ものの再活性化へと結びついていけば良い、それが NTHP の願いなのである。
だから Trust の活動はただ史跡の保護、管理のみにとどまらない。例えば今、アメリカ
全土で小規模学校が廃校、統合される傾向にある。しかしそれでは NTHP の目指すコミュ
ニティ像とは逆の方向へ進んでしまう。コミュニティに根付き、子供たちが歩いて通える
ような学校こそ、そのコミュニティを元気付けてくれる。そこに歴史的に重要な学校があ
れば、新しい学習用品を提供し、その学校の存続を支援していくこともこの Trust の重要
な役割である。
他にはスマートな発展(Smart Growth)というプログラムがある。これはそのコミュニ
ティが無駄で非効率的な開発をせず、価値あるものを残しつつ成長していけるように、
National Trust が培ってきた知識や技術を提供していくものだ。
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●11 の最も危険に晒された史跡(America’s 11 Most Endangered Historic Places)
名称
所在地
Urban Houses Of Worship
Nationwide
Bathhouse Row
Hot Springs, AR
Little Manila
Stockton, CA
Ocmulgee Old Fields
Macon, GA
Michigan Boulevard Garden Apartments
Chicago, IL
East Side and Middle Schools
Decorah, IA
America Earhart Memorial Bridge
Atchison, KS
U.S. Marine Hospital
Louisville, KY
Minute Man National Historical Park and environs
Concord, Lexington, Lincoln & Bedford, MA
Zuni Salt Lake and Sanctuary Zone
Catron and Cibola counties, NM
TWA Terminal at JFK International Airport
New York, NY
上のリストは、アメリカ国内でも最も退廃の危機に晒されている遺跡を人々に知っても
らうために、1988 年から National Trust が毎年発表しているものである。この中にはまさ
にアメリカ独立の舞台となった Minute Man National Historical Park のようなものから、
隠れた秘跡とでも言うべき Bathhouse Row のようなものまで、実に様々な表情を持ってい
る。これらは保存、修繕、そして管理していくことがそれを有するコミュニティ、引いて
はアメリカ合衆国の歴史を次世代に伝えるために、最も必要であると NTHP が考えた史跡
群である。
このリストは決して NTHP への入会や寄付を募るものではなく、ただ単に史跡保護の必
要性にスポットライトを当て、国民全員にそれを知ってもらおうとするものなのだ。
コミュニティの復活を考える上で、National Main Street Centerviiの果たす役割を外す
ことは出来ない。第 1 章第 1 節でも書いたように 1980 年に NTHP が設立したこのセンタ
ーは、商業地区の再活性化を図る団体であり、4 つのポイントからなるアプローチによって
これまで 1600 以上ものコミュニティとその商業地区を再建してきた。
●National Main Street Center の 4 点アプローチ
✯組織(Organization):私人や団体の間に共通のコンセンサスや協力関係を築き、
資金源を確定させる
✯構想:(Design)
:建設による復興、調和するような新造建築物などによりその地
区の実質的外観を高め、管理体制をデザインする
✯促進(Promotion):イベントや広告によるマーケティングを行い、客や投資家、
新ビジネスなどの注目を集める
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✯経済復興(Economic Restructuring)
:慎重な分析と適切な複合開発を重ね、地区
の経済基盤を強め、新しい機会を生み出す
商店街はその街の顔である。つまりメインストリート(main street)を復興することが、
コミュニティそのものを復活させるのには最も手っ取り早い方法なのだ。それぞれの地域
に見合った計画を立て、地元のスタッフやボランティアが主体的に活動を行うことで、そ
の目標はより迅速に達成することができる。
また別の側面として、スプロール現象(sprawl)を阻止することも NTHP にとって重要
な命題となっているviii。車社会の発達により、郊外にも巨大ショッピングセンターやレジャ
ー・娯楽施設が進出するようになった。それと共に、郊外のコミュニティの商店街から客
足が遠退き、また景観の面でも調和しないことが多くなっている。この問題には環境保護
などの他の争点を扱う団体も関わっており、それらの団体とも協力しながら、行政や企業
のスプロール政策の阻止を行っている。
コミュニティの再建 ――
それには National Trust を中心として、数多くの団体、企
業、そして数え切れないほどの個人が尽力している。しかし、権威や資金さえあればどん
な史跡でも手に入れ、管理していけるわけではない。コミュニティをより良くするために
何かプロジェクトに着手しようとしても、それが法律などで禁止されていては元も子もな
い。
次章では、そのような問題を解決するために、NTHP がどのような活動を行っているか
を見てみよう。
第 3 章 NTHP の政治参加
第 1 節 NTHP のロビー活動
政府の政策も史跡保護に大きく関わってくる要素である。税制、目的別地域区分法、基
金決定などがダウンタウンの活性化、歴史的、建築学的に重要な建造物の保護、そして国
立公園の改善に影響する。それは良い方向への影響かも知れないし、もしかすると史跡や
その近隣への被害などといった悪影響であるかも知れない。
National Trust はこのような政府の決定をコントロールし、良い影響を与えるような政
策を法制化し、被害を与えるようなものは廃案にするべく、あらゆるレベルの政府
連邦、州、都市など
――
――
の要人に対する、グラスルーツの主張活動ネットワークを展
開している。
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なぜ今このようなアドボカシーがこれほど重要になってきているのだろうか?それは、
現在の停滞する経済情勢の中で、政府の予算が大幅にカットされ、保護活動に関する政策
がその埋め合わせとして次々に削られていく状況にあるからである。この状況を止めるた
めにも、Trust がその唱導者となって主張を行っていかねばならないのである。
しかし NHTP は 501(c)(3)団体に当たるため、最小限のロビー活動しかできない。それで
も Trust は多数の法案を実現させることに成功してきた。
National Trust の活動は“開発”よりも“保護”にある。そしてその保護は前章第 2 節
でも述べたように、
“コミュニティ”の再活性化を最終目的としている。それと政治参加に
どのような関係があるだろうか?
議員にとって、地元の住民からの支持を得ることは最も大きな関心事項の一つである。
それは議員の活動は主として次期選挙戦での勝利、つまり再選を勝ち取るために行われて
いるからである。地元の人々からより大きな信頼を得るには、そのコミュニティへのサー
ビスが重要になってくる。各コミュニティによってその内容は異なってくるが、共通して
言えるのは、住民がより活発に活動し、コミュニティ自体が活気付くことは多くの人が望
むところだろう。史跡を保護、管理、運営していくことで、そこには観光客が訪れるよう
になり、それと共に街全体に活気が溢れ、経済活動が盛んになる。例えば行政の施策によ
ってその史跡が危険にさらされる虞がある場合、そのコミュニティ出身の議員が為すべき
は、当該政策に反対し、即時中止させることでコミュニティの復興に当たることであろう。
それによって住民からの支持はより大きなものとなる。
NTHP が付け入る隙はここにある。議員の最大の目標である「再選」を目の前にちらつ
かせることによって、史跡保護運動を規制するような政策や、無分別な開発計画を推進す
るような法案に反対させるような方向へ各議員を導くのである。
現在 National Trust が関心をもっている問題には次のようなものがある。
●NTHP の現在の関心事項
✯historic preservation tax credits
✯遠くの大規模校より、近くの小規模校を
✯大型チェーン SC の進出阻止
✯バランスの取れた交通システム
このように、やはり史跡保護やコミュニティの復興といった問題に焦点を絞ってアドボ
カシーやロビー活動を行っている。
次節では、上記の中から「バランスのとれた交通システム」について、実際のケースを
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もとに、National Trust がどのように政策決定に介入しているかを見ていく。
第 2 節 ケーススタディー:Section 4(f)ix
Section 4(f)とは、1966 年に制定されたアメリカ交通省条例(the Department of
Transportation Act)の一部である。
その内容は、
「より慎重を期した(prudent)実現可能な(feasible)代替策が他に無い限
り、交通整備計画は史跡を避けて為されなければならず、その史跡への被害をできる限り
最小限に止めるよう求める」といったものである。
35 年以上もの間、この明白な“不干渉”命令は再度に渡って発動され、アメリカ国内の
数多くの文化遺産を開発から守ってきた。
その例をいくつか紹介しよう。
●Section 4(f)の適用例
✯Fort McHenry(Baltimore, Maryland)x
1776 年にバルティモア湾口の防衛の為に建造された要塞で、当時の陸軍長官 J.マ
クヘンリーから取ってその名がつけられた。米英戦争の戦跡として有名なこの要
塞は、1933 年にその軍事的供用を終え、国立公園局に管理される。しかし’70 年
代初めにインターステート 95(Interstate 95)というハイウェイの建設が計画さ
れ、湾を横断する巨大な吊橋が架けられることになった。もしこの橋が完成する
とランドマークであるマクヘンリー要塞がその陰に隠れてしまうため、そのシン
ボルである米国旗も見えなくなる、と危惧した人々は、Section 4(f)を持ち出して
アドボカシーを行い、吊橋ではなくトンネルを通させることに成功した。
✯Michigan Street Bridge(Sturgeon Bay, Wisconsin)xi
ミシガンストリートブリッジは 1930 年に完成し、付近のコミュニティの象徴とな
っていた。その 2 車線の上を無数の自動車が通り、更に夏にはほぼ 1 時間毎に開
き、ミシガン湖とグリーン湾をつなぐ運河に船舶を通す役割を果たしている。1970
年代にウィスコンシン州交通省が、この橋の取り壊し、並びに新たに 4 車線の橋
を建設する計画を立てた。史跡保護法の Section 106 によって検証されたが、連邦
史跡保護顧問評議会(Advisory Council of Historic Preservation)はこれを認可。
しかし National Trust はこれに Section 4(f)を以って応じ、法廷に持ち込まずに連
邦、及び州の交通省に圧力をかけ、更に専門家を通して橋がまだまだ丈夫である
ことを訴えかけた。そして数年の再評価の後に、ウィスコンシン州交通省はスト
リートブリッジの修復と新たに 2 車線の橋を側に建設するように計画を変更した。
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以上のように、交通省条例 Section 4(f)はアメリカの歴史的建造物を保護する運動にとっ
て、重要なツールとして用いられてきた。そしてミシガンストリートブリッジの例に見ら
れるように、NTHP 自身もこのツールを最大限に活用してきたと言える。
しかし、現在の大統領ジョージ・W・ブッシュ政権は、この Section 4(f)を骨抜きにする
交通再委任法案(transportation reauthorization bill) ―― SAFETEA ―― を提出
した。この SAFETEA は、
「より慎重を期した実現可能な代替策が他に無い限り」という文
言は保持しながらも、多くの例外も含み、更に道路建設業者が Section 4(f)の法の網の目を
簡単にすり抜けられるような定義のし直しも予定している。例えば、何が歴史的な史跡が
果たして重要なのかどうかを判断する権限を交通整備計画者に与える、といったものだ。
その場合、その史跡が国の史跡登録簿(National Register of Historic Places)に登録され
ていたとしても、Section 4(f)を無視して道路を建設できることになる。
これではこれまでの史跡保護の努力が蔑ろにされてしまう。National Trust はこの改正
案を何とか廃案にしようと手を尽くした。
まず、SAFETEA の理由を攻撃したxii。改正の動機となったのは、自然遺産や文化遺産を
守ろうとする動きが道路整備計画に大きな遅れをもたらしている、というものである。し
かしこれを覆す 2 つのレポートが発表された。一つは 2002 年の一般会計局(General
Accounting Office)のもので、保護・環境レビューを弱める為の証拠として繰り返し引用
されてきた研究は事実よりむしろ逸話的証拠に基づいている、と証明した。もう一つは連
邦高速道路局(Federal Highway Administration)自身による報告xiii。こちらは道路建設
の遅延原因を多数挙げ、中でも資金不足が最も多い理由であり、環境や史跡保護の問題は
リストの遥か下位にランクされているに過ぎない、ということを示した。
また、Section 4(f)は現在でも議会で議論の的となっているxiv。2004 年 1 月末、上院で再
委任法案を審議する。前年 11 月 12 日に環境・公共事業委員会(Environment and Public
Works Committee)に承認された S.1072 は、Section 4(f)の内容に修正を加えるものでは
なかったため、オハイオ州選出のヴォイノビッチ(Voinovich)議員は 1 月の審議で Section
4(f)の効力を弱める修正案を追求すると誓った。彼は「重要な悪影響を与えない(no
significant adverse effects)」
、若しくは「最小限の影響に過ぎない(only minor impacts)」
ハイウェイプロジェクトに関しては、Section 4(f)の規定を免除しても良いのではないか、
と主張する。
同時期に開かれる下院運輸・基幹施設委員会(House Transportation and Infrastructure
Committee)は、H.R.3550 ―― S.1072 と同様に Section 4(f)の変更を含まない案 ―
―
を下院の考察として 2 月初頭に報告するものと見られている。行政側も道路敷設業者
団体も、委員会のメンバーに対し Section 4(f)を弱める条項を盛り込むよう活発にロビーイ
ングを行っている。逆に保護運動家たちはこのような変更に反対するよう、全ての委員を
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説得する必要がある。
このように、Section 4(f)を巡って、云わば“ロビーイング合戦”が目下繰り広げられて
いる真最中である。NTHP も史跡保護運動のリーダーとして、上下両院でこれらの委員会
の委員に対して働きかけ、何とかしてこの連邦法における最強力の史跡保護規定を変更か
ら守ろうとしている。
そのアドボカシーの主な内容は、以下の通りである。
●Section 4(f)を守るためのロビーイング
✯史跡保護はコミュニティとその経済活動を再活性化するための重要なツール
✯コミュニティの住民は再活性化を望んでいる
✯コミュニティの復興に尽力すれば、地元住民からの支持が増大
✯Section 4(f)が史跡保護において果たす大きな役割
✯コミュニティ同士を結びその活性化を担うはずの道路が、逆の効果をもたらす
という風に、地元のコミュニティを復興するための起爆剤となり得る史跡保護を、開発
の魔の手から救ってくれる Section 4(f)を支持することが、その地域出身の議員への住民の
信頼をより大きなものにし、議員の最大の目標である「再選」をより確実なものに近づけ
る、ということを委員会の各メンバーにとことん理解させることが、Trust を始めとした保
護団体のロビーイング活動の主眼に置かれている。
この問題はまだ解決の日の目を見ていないが、National Trust for Historic Preservation
は出来る限りの努力を Section 4(f)の保持に注いでいる。次の委員会で S.1072 及び
H.R.3550 がどうなるかが一つの節目になるだろう。
終章 まとめ
以上に見てきたように、National Trust for Historic Preservation は企業や他団体と連携
し、議院委員会をロビーイングすることによって、
“コミュニティの再建”という課題に立
ち向かっている。その為のツールとなるのが“historic preservation”、つまり史跡の保護
なのだ。
この問題は今やアメリカ国内全土での関心事項となっており、支持する人は多い。アメ
リカ草創期の、文字通り歴史のある史跡の多い東海岸から始まった保護運動は、南部、そ
して西部へと拡大する国土と共に、次第に全国に広まっていった。そして繁栄の表舞台に
立った白人のコミュニティのみでなく、第 1 章第 2 節にも記したように、かつては奴隷と
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して冷遇されてきたアフロ-アメリカンたちのコミュニティも保護の対象として注目を集
めるようになっている。
しかしそれとは逆に、より効率的な開発を求める側の人々からの批判の対象となってい
ることも事実である。特に交通網の整備、自由経済の拡大などといった分野では、保護運
動との衝突も多く見られる。
現ブッシュ政権の下では、史跡保護の強力な守り手である Section 4(f)が修正の危機に晒
されるなど、保護活動に対して様々に規制が為されているが、それでも National Trust は
“より良いアメリカ”を目指して努力を怠らない。その為にはコミュニティに活力を取り
戻すことが最重要、最優先課題なのである。
未来のアメリカはどうなるのか、今後も NTHP の活動に注目していく必要がある。
【脚注】
i “Why Preserve?”, <http://www.nationaltrust.org/> NTHP ホームページ
ii “History of the National Trust” 前掲ⅰホームページ
iii Public Interest Profiles 2001-2002, 及び前掲ⅰホームページ
iv “President's Note”, the November/December 2003 issue of Preservation
v 前掲ⅲ
vi <http://www.nthpconference.org/> 全国保護会議ホームページ
vii <http://www.mainstreet.org/> NMSC ホームページ
viii Alternatives to Sprawl, 1995, Lincoln Institute of Land Policy
ix “Issues and Initiatives, Transportation”, 前掲ⅰホームページ
x 前掲ⅸ
xi 前掲ⅸ
xii “Your Neighborhood Highway”, New York Times, Aug. 9. 2003, by Richard Moe
xiii “Reasons for EIS Project Delays”, Sep. 2000 FHWA review of 89 EIS Projects in
progress 5 years or more without a ROD
xiv “LEGISLATIVE UPDATE-DECEMBER, 2003”, 前掲ⅰホームページ
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