日常生活の情報探索を用いて組織行動を説明する: 理論の構築をめざして

日常生活の情報探索を用いて組織行動を説明する:
理論の構築をめざして
マイア−レーナ・フオタリ
永田
治樹(訳)
問題の背景と導入
社会に存在する公企業も私企業もその目的は価値の創造にあることは一般に認めら
れているところである。価値創造活動の成果には、物理的な製品、人の世話をするタイ
プのサービス、知的なタイプのサービス、製品とサービスを組み合わせたもの、あるい
は、経済的・金融的な価値、社会的・文化的価値、顧客価値やその他の便益など、さま
ざまな形がありうる。
戦略という言葉の源を、ギリシャ語の strategos、そして約紀元前 300 年のアレクサン
ダー大王の戦闘にまでさかのぼることができることもよく知られている。彼の軍事的征
服は伝説となっている。しかし敵軍の普通の兵隊や指揮官の心理や文化の綿密な知識に
基づいた情報についての扱いはあまり知られていない。軍事的諜報に、彼に敵対する者
が持っている信念、世界観、動機、行動のパターンについての情報を組み込んでいたの
である(Patton, 1990, 35)
。さらに、人々が分別をわきまえて無理なく彼の支配に従える
条件を提案できるように、自らの政策を政治的、経済的、文化的に適合させた。
今日の組織の運営環境では、戦略的プロセスには、将来つまり必ずしも全部がわかっ
ておらず十分に予測できないという状況において行為者コミュニティに価値創造を準
備させるかどうかの判断や行動が含まれている。それが不確実性の原因であり、これに
関連して、情報量が増大し、あいまいさや多義牲が高まる。したがって、取得した情報
の内容分析が必要であるのに加えて、内的・外的な情報の出所を管理しておくという条
件も増える。このことは、センスメーキングや意味の共有を通じて内容理解を可能にす
るために不可欠である。
センスメーキングと意味の共有は、日常生活における情報探索(ELIS)に関する研究
領域の関心事で、1970 年代から進展した、仕事とは関係のない、あるいは市民の情報
探索としても知られているものである (例: Chen と Hernon, 1982; Dervin, 1983, 1992;
Pettigrew と McKechnie, 2001; Savolainen, 1993, 1995; Wilson, 1999) 。それは、情報探索
や日常の生活活動に関連する行動に注目してきた。一方、組織内での情報行動に注目し
た研究は、人々の仕事上の通常の行動や組織活動の実績への影響にはあまり関心を向け
てこなかった。
この講演では、日常生活における情報探索を仕事に関連した情報ニーズや探索研究の
領域にまで拡張しようとする。このことは、人々が自分の世界でどのようにふるまうか、
そして組織内にあるときにはどのように情報を評価するかを示すために提案された理
論的枠組みに基づく検討となる。さらに、ネットワーク設定においては、組織の戦略的
活動に関してそのふるまいがどのようなことと折り合っているかを把握するように試
みる。理論的な背景はチャットマン(Elfreda Chatman)の日常生活の情報探索の理論に
よる。すなわち、彼女の「小さな世界」という概念(Chatman, 1991, 1996, 1999)と、とく
に組織的行動(Allen, 1977; Chatman, 1992, 1996; Haythornthwaite & Wellman, 1998; Huotari,
1999; Sonnenwald, 1999)を説明するための社会ネットワーク理論(例:Alba, 1982; Burt,
1992; Granovetter, 1973; Wasserman & Faust, 1994)である。さらに、合同価値創造という考
え方がネットワーク化した企業の戦略的マネジメントの基本的な考え方として採用さ
れる(Normann & Ramírez, 1994;Wikström et al.,1994)1。
情報行動を検討するときには、たいていは意識していない行動を方向づける共通の信
条体系や期待を人々の通常の生活がどのように培われるかを理解することは重要であ
る。これは、組織的な実践の中に組み込まれた暗黙知といったものである。この種の行
動は、エドガー・H・シャイン(Edgar H. Schein)によって把握された組織文化の隠さ
れた側面につながっていよう(1992)。
これらの行動を理解することは、すくなくとも二つの理由で非常に重要であると考え
られる。一つの理由は、例えば組織改変のプロセスといった達成すべき行動の隠された
構造や型を明らかにするためである。もう一つは、仕事の性質に関してもっと人間的な
見方の設定を考えるためである。戦略策定における隠された構造あるいは慣習を計算に
入れておくことによって、あるいは、それらをもっと可視化することによって、こうし
た点の理解が戦略的マネジメントに貢献するだろう。加えて、三つ目となる理由で、そ
してもっとも重要な課題としては、ネットワーク環境における情報に関わる人々の行動
の理解を深めることがある。
人々の通常の生活において明白なように、共有する信条とか、価値とか、世界につい
ての集団的な受け止め方とかへの依存は、小さな生活世界の本質的な性質であるという
ことができる。小さな世界が機能する理由は、それが人々に類似の文化や知的空間の共
有を可能にするからである。すなわち、世界をまとめるこれらのことがらには、注目に
値する情報に対する共通評価、構成員を情報に近づけるあるいは無視させる社会的規準、
他の人々がこの世界に適切であると判断する行動が含まれている。(Huotari & Chatman,
2001, p.352)
1
この講演は、フオタリとチャットマン(2001)、フオタリとイーボネン(2004, 2005)および
フィンランドのアボ・アカデミ大学社会政治科学・情報学科で 2003 年に開催された「組織な
らびに日常生活におけるナレッジ・マネジメントの実際」というワークショップに提出され
た論文に基づく。
チャットマンの日常生活情報探索の理論
「小さな世界」の理論の四つの概念は次のようなものである:
1)構成員を情報に近づけるあるいは無視させる社会的規準:社会的な意味がどのよう
に展開され保護されるかを示すものである。いいかえれば社会的な規準とは、好ま
しい行動の基準や規範を示すパラメータを設定するものである。それらは、秩序の
意識を与え、構成員が越えることに抵抗を感じる境界を設定することによって、バ
ランスの取れた生活を保つのに役立つものである。
2)基本的な現実を示唆し、信条や価値の体系を形作る世界観:生活で共有される見解
で、その知的な構成が情報である。
3)もっとも明白なものとして、インサイダーとアウトサイダー(Merton, 1968 を参照)
といった社会的類型(この類型によって、情報がその共通世界に入ってくるか、あ
るいは妨害されてしまう):インサイダーは「小さな世界」に適合したメンバーで
ある。そしてアウトサイダーはその世界にとってよそ者である。アウトサイダーの
価値や信条体系は構成員となっていない「小さな世界」にはほとんど影響しない。
4)「小さな世界」の構成員がなぜある情報を受け取り、なぜ他の情報を重要ではない
とみるかということを説明する情報行動:信頼は情報行動にとって重要な要素であ
る。そして信頼を得ることは、ある程度社会資本がからんでくる。社会資本は、知
識の品質にとって決定的であるネットワーキングに役立つ、そしてそうしたことが
優れた組織である証明となる。
信頼と社会資本
信頼は、行動の社会的規準もしくは価値に基づいているから、情報行動に結びついて
いるし、少なくとも意味共有につながっている。共有/非共有価値やセンスメーキン
グ・プロセスと同様、信頼は互恵関係に基づく合同価値創造に関して分析されよう。一
方向の関係性は、それに対して、価値を付加するために用いられ、そして関連した情報
行動はもっとゆるくつながっている可能性があり、情報の伝達に基づいており、共有し
ているのではない。したがって、個人間の信頼は情報伝達ではさほど重要な役割をなさ
ない。しかし、伝達される情報の品質を信頼しないわけにはいかない。この信頼は、認
知的なもので、いわば計算づくのタイプである。(Huotari & Iivonen, 2004, 2005 を参照)
互恵的な関係における情報行動は、共有した世界観や意味に基づいているといえる。
このことは、しばしば規準的な信頼と呼ばれる価値に基づく信頼をいっている。さらに
また、情緒に基づく信頼が円滑な協力において必要とされる (例えば、 Fukuyama, 1996;
Nooteboom, 2002; Sonnenwald, 2004 を参照) 。それゆえに、信頼のさまざまな類型やイ
ンサイダー/アウトサイダーの社会的類型に関連づけて共有されている情報や知識の
パターンが十分に吟味されねばならない。インサイダーの生の経験は、個別社会の統合
性概念で説明できる、共通の文化的、社会的、職業的視点から構成される。一般に認め
られている社会規準は、インサイダーに規準に則った行動(例えば、情報を収集する際
の行動)かどうかを判断する基準を与える。このことは、インサイダーが戦略的な連携
や協力の集まりを構成するとき、共通の世界観を持つことを意味する。それに反してア
ウトサイダーはこの世界観に反する。それゆえに、知識関連のプロセスへの信頼のさま
ざまな類型への影響について理解を高めることは重要である。例えば、最近出現した類
型、いわゆる迅速な信頼は、価値に基づく規準的な信頼を築くには時間が短い場合、脆
弱性、不確実性、それに短期間の共同のリスクを最小限にする必要を示している。(例
えば、 Davenport, E. & McLaughlin, L., 2004 を参照)
さらに社会資本の概念(例えば、Adler & Kwon, 2002; Nahapiet & Ghoshal, 1998 を参照)
は、ネットワーク化状況での情報行動の理解を促すのに用いられる。社会資本の結合や
橋渡しの類型は、協同と情報関連の行動を説明するインサイダー/アウトサイダーの描
写によって明らかにできる。社会資本の結合は、組織内の知識生成を促すが、インサイ
ダーの相互の信頼やその能力を通じて、協力によって新たな知識を創造することが体現
される。同様に、社会資本の橋渡しにおいては、組織を他の外側の組織とつなぐために
設定された信頼関係に基づく社会的ネットワークが存在する。さらに社会資本の概念は、
各組織で異なる組織文化・風土や情報倫理にも関係する。
社会ネットワーク理論
社会ネットワーク理論の概念は、情報交換のパターンや情報探索における人間の関係
のあり方を分析するものである。
1.ネットワーク内で、例えば専門的・職業的な同一性を有するネットワークの構成員
についての構造的な属性。そのグループ内には同質性がある。もっとも望ましいネ
ットワークはワークチームに似ている。分散がネットワーク構成員の間の社会的な
距離を示す。
2.ネットワークの構成に言及しうる密度。チャットマンの考え方(1992, 36)では、密
度は、個人的なネットワークにおける人間間の接触の頻度を調べる。ネットワーク
構成員同士、相互作用をいかに頻繁に行うかをみることが、情報や社会的支援など
の交換にどれほど乗り気かどうかを示している。これはまた、潜在的には成果の品
質を示す合同価値創造の状況における密度に関連している。
これらの考え方を基盤にして、戦略的情報マネジメント(SIM)の新しい理論を提案
することができよう。この新しい戦略的情報マネジメントの理論は、次のような統合拡
張モデルに向けて努力するという点で、情報科学に対して貢献する。既存の情報行動の
理論やモデルを、
(パーマー(C. Palmer)が 1999 年示唆したように)情報利用や知識創
造のプロセスや結果において一体となっている行為者、境界、相互作用(そしておそら
く語彙さえ)ばかりでなく、情報の流れやニーズを明らかにするという新たな領域ダイ
ナミックスと統合するものである。そのねらいは、戦略的情報マネジメントのモデルの
主要な理論的要素を把握することである。この要素や提案された戦略的情報マネジメン
トの理論の関連は下の図1に示される。
ジェルベリン(K. Järvelin)やウィルソン (T. D. Wilson)(2003)によれば、概念モデル
は科学的な理論よりももっと広くもっと基本的なものである。概念モデルは、理論の定
式化の必須条件を設定し、仮説や理論の構築概念的方法的ツールを提供する。もし考え
方の潮流、年代を超えた継続性、あるいは研究コミュニティの原理や信条や価値を表現
しているものと見られるならばパラダイムとなる。提案したモデルの類型の詳しい検討
や、パーマーやジェルベリンやウィルソンの議論に照らし、ヒオルランド(B. Hjorland)
やアルブレヒトセン(H. Albrechtsen)(1995)による領域分析という考え方へ関連を検
討するのはこの論文の範囲外である。
戦略的マネジメントの考え方
このモデルにおける戦略的マネジメントの要素は、ノーマン(R. Normann)とラミレ
ス(R. Ramírez)(1994)による価値配置(コンステレーション)の考え方である。価値配置
では、行為者コミュニティあるいは組織やそのステークホルダー(利害関係者)は、組
織やさまざまなステークホルダーの共同生産や合同活動によって費用を最小化し顧客
価値を最大化する戦略的な思考への転換に関する価値創造ネットワークとしてとらえ
られている。共同生産は、組織の境界をなくするような相互関係を求める。
合同知識活動(プロセス)は三つの類型の知識活動(プロセス)に基づきさまざまなス
テークホルダーの共同生産のための基盤を形成する。三つのタイプの類型とは、発生的、
生産的、表現的な知識活動である。これらのプロセスにおいて知識インプットは、その
成果、すなわち、顧客自身の価値創造プロセスでインプットとして使われる製品やサー
ビスの組み合わせで表現される知識に移転される。知識活動(プロセス)は、同時的で
あり、多面的なものであり、一部重なりあっている。つまり、ステークホルダーの数や
その接触の密度は、最終の成果の品質を示唆する。コミュニケーションや情報技術の活
用は、行為者の間の接触の数を増やすことによって密度を上げることができる。
成果の品質は、共同生産のために行われた接触の密度による。密度は時間・空間の単
位内でおきる作用と相互作用のためのオプション数として定義される。ここにおいて経
済価値の創造は、時間・空間の特性がどのように他の経済的なプレーヤーとの行動に対
して可能性を与えるかにかかっている。それゆえ、成果の価値は、一定の時間と空間に
顧客に提供される知識や資源や活動の量とともに出現するオプションの密度として測
定される。成果の品質や価値を示すための前提は知識と資源と活動の間の同義性である。
それゆえに、ビジネスや実績の展開の鍵は、時間と空間におけるそれぞれのこれら三つ
の要素の関係である。個々の行為者の知識や経験を実際に集め、それによってそのネッ
トワークの価値創造の可能性を増大させる。したがって、ステークホルダー間の資源と
事業の割り当ては、その相対的な優位性に基づく。これは顧客ニーズ概念を、そして顧
客ニーズを検討する伝統的なマーケティングのアプローチを廃棄させる。しかし、この
ことは顧客価値の創造プロセスに責任を伝統的な経済の立場よりももっと負わせるこ
とを意味する。また合同活動計画は、もっとリスクを含む。かくして相互信頼の形成は
不可欠となる。
情報行動
社会
戦略的
ネットワーク
マネジメント
理論
価値ネットワーク
小さな
世界
理論
構想的
社会的
属性
類型
社会的
ステークホルダー
コンテンツ
共同生産
規準
情報
密度
世界観
ニーズ
知識プロセス
と成果
密度
図1
戦略的情報マネジメントのためのモデルの主要な要素
情報行動
チャットマンの「小さな世界の理論」の四つの概念に加えて、社会的接触の検討は、
社会的コミュニティで起きている価値創造論理のわれわれの理解を進める。関係性の本
質は異なったオントロジーのレベルの情報行動に関係する。同質性の概念、社会的ネッ
トワークの理論の密度と分散は成果の品質の分析に応用できるかもしれない。社会的類
型の概念、社会的規準そして「小さな世界の理論」の世界観は、合同価値創造における
情報行動の説明を与える。
密度は、互恵的な関係と同質的なグループのどちらにも関係した概念である。このグ
ループは、類似の世界観、価値、社会的規準を共有する。社会的類型の概念の適用性が
示されたけれども、それは、ネットワーク化された組織の状況で価値創造の論理を説明
し、さらにそれを検証するという、さまざまな用途をもつ概念である。合同の価値創造
におけるイノベーションにとって、境界線が新しい外的な情報にアクセスするためにア
ウトサイダーを含めるように拡張されねばならない。しかし、これらのアウトサイダー
は、うまく成果を共同で生産する共通の世界観や価値を認めてインサイダーになる必要
がある。かくして、境界に架橋する(Tushman & Scanlan, 1981)、あるいはゲートキー
パー(Allen, 1977)の概念は、戦略的な能力や組織的な優位性を指示する不可欠な活動
であり行動パターンである、境界を越えての情報の伝達や共有を説明するために付加さ
れるべきだろう。
研究のための示唆
今後、社会資本と知的資本の概念をさらに統合した知識をモデルに加えるような研究
がなされるべきである。それは、組織文化や組織風土そして情報倫理に関係する問題だ
けでなく、境界の架橋、ゲートキーパそして信頼の概念をいれて拡大された「小さな世
界の理論」によって示される情報行動を取り込んだものである。組織的な情報行動の戦
略能力に対する効果は、同質性の概念、社会ネットワーク理論の分散、密度の説明力を
規定して、経験的に検証されるべきである。
これらの理論を統合して、その枠組みや概念によってわれわれは戦略情報マネジメン
トのモデルをつくることができよう。ただし、ナレッジ・マネジメントへの関連につい
てはやりがいのある課題である。ナレッジ・マネジメントが、知識の創造者としての人々
のマネジメントとすべての知識活動の原材料としての情報のどちらも関連するものと
して定義づけられるときには、このモデルには違った名称を与えるべきかどうか、ナレ
ッジ・マネジメントや情報管理の補完的(任意的あるいは排他的ではなく)な本質をも
っと強調すべきかどうかを考えることとなるかもしれない (Huotari & Iivonen, 2004
を参照) 。
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