プール学院大学研究紀要 第54号 2013年,31∼45 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 ―器楽作品に見られる音楽表現― 作 野 理 恵 序 J. S. Bach(1685−1750)、L. v. Beethoven(1770−1827)、J. Brahms(1833−97)という正統派ド イツ音楽の流れを汲む最後のロマン主義作曲家として位置付けられる一方、「R. Wagner(1813− 83)の後継者」として、新ロマン主義(=新ドイツ楽派)と言われる急進的ロマン主義のH. Berlioz (1803−69)やF. Liszt(1811−86)等の標題的音楽の発展・改革者として、或いはW. A. Mozart (1756−91)からF. Schubert(1797−1828)、R. Schumann(1810−56)へと引き継がれた旋律音楽の 継承者として、また原点回帰という観点から新古典主義作曲家として、ひいてはG. Puccini(1858 −1924)やG. Mahler(1860−1911)、C. Debussy(1862−1918)等と共に1890−1914年の19世紀末作 曲家の一人として、この時代の多種の西洋音楽思潮を網羅・集約した作曲家という評価を受けるR. Strauss(1864−1949)について、彼がその作曲活動において最も拠り所とした主義主張が何かを探 り、彼の音楽の本質についての理解を深めたいと考えた。 一般的には、ミュンヘン宮廷管弦楽団ホルン奏者であった父親の保守的姿勢の影響から、J. Haydn(1732−1809)、Mozart、Beethoven等ウィーン古典主義作曲家や、C. M. v. Weber(1786− 1826)、F. Mendelssohn-Bartholdy(1809−47)、Shumann、Brahms等のドイツ・ロマン主義作曲 家同様、絶対音楽作曲家として歩み始めたStraussが、彼が1886年より指揮者として就任したマイ ニンゲン宮廷管弦楽団ヴァイオリン奏者である、Liszt=Wagner派のA. Ritter(1833−96)の影響 や、バイロイトでのWagner楽劇との出会い等から、Liszt風交響詩やWagner風楽劇の作曲家として、 標題的傾向の音楽創作に踏み出していったと言われている。 確かにStraussは、オーケストラ編成の拡大や別調性のホルン、クラリネット等多種の管楽器多 用という構成上の改革に加え、和声の近代化や半音階、多調、複合リズム等の使用、C. Franck(1822 −90)等のzyklische Form i を取り入れた交響詩の単一楽章化、転調の連続による切れ目ない旋律(= 無限旋律)音楽の進展、WagnerがGrundthemaと呼んでいたLeitmotiv ii の援用と発展、調性によ るLeitmotiv化等を実践し、一旦新ドイツ主義の多大な影響下に入ったと思われる。しかしその後、 32 プール学院大学研究紀要第54号 それらをStrauss流に咀嚼し、調性感が明快で安定した、小編成音楽へと進展させていったのだ。 彼の音楽において、その根底に横たわっている南独バイエルン人特有のZutraulichkeit、率直さ は重要な特質であると言える。それに加え、彼の幼少期の恵まれた音楽・家庭環境や、そこから彼 に備わった聡明さによる自己肯定感が、彼独自の温かみとユーモアを含有した流麗な旋律、そして 決然とした力強い音楽を生み出していると思われる。Straussは主に、交響詩、歌劇、歌曲作曲家 とされており、これらの作品に対する研究が進められているが、それらの作品と、彼の作品群の中 では少数派となるピアノ作品の分析を通して、彼の音楽語法の変遷とその本質について考察したい と考える。 また彼の音楽人生の後半において、常に暗い影を落とし、有形無形に創作活動と作品内容に影響 を及ぼしたナチスとの関係についても探っていきたいと考える。 Ⅰ 楽曲分析 䠍䠊 㡪リ Straussの 代 表 作 と 言 わ れ る15曲 の 歌 劇 作 品 創 作 の 基 礎 と な っ た と 言 わ れ る 全7曲 の Tondichtungを分析し、それらの包含している特質、及び背後にあるものを探りたい。 䠄㻝䠅 㡪リ㻌䠩㼍㼏㼎㼑㼠㼔䚷㼛㼜㻚㻞㻟 䠄㻝㻤㻤㻢㻙㻤㻥㻛㻥㻝䠅 使用和音や和声進行にLiszt−Wagnerの流れが感じ取れるものの、Beethovenの『エグモント 序曲』を彷彿とさせる冒頭に始まり、リズム、管弦楽器の使用法において、ドイツ古典・初期ロ マン主義の影響の濃く感じられる作品である。展開部のヴァイオリンによる広がりある流麗な旋 律と、低弦と管楽器の掛け合いにより音楽を高みへと導く展開力に、Straussの純粋で崇高な精神 を窺い知ることができる。旋律を支えるコントラバスのピツィカート使用法は、イギリス作曲家 R. Vaughan Williams(1872−1958)を想起させるものがある。悲劇の勇将マクベスの野望と不安、 狂乱という心理状態を、トランペット等の金管楽器奏する不協和音が見事に表現している。提示 部、及び終結部の弦楽器使用法と和声進行においては、後期ロマン主義のスラブ民族主義作曲家A. Dvorák(1841−1904)の着想も見られる。 䠄㻞䠅 㡪リ㻌㻰㼛㼚㻌㻶㼡㼍㼚䚷㼛㼜㻚㻞㻜 䠄㻝㻤㻤㻤䠅 トライアングル、グロッケンシュピール等小物打楽器使用法においてはMahlerの、またハープ 伴奏上のヴァイオリン独奏旋律にはN.A.Rimsky-Korsakov(1844−1908) 『シェエラザード』の着想 を連想させるが、 『ローエングリン序曲』を想起させる高音ヴァイオリン上行旋律の冒頭部に始まり、 クラリネットの対旋律を伴う弦楽器群の動きや第二主題のホルンの登場の仕方等、終始Wagnerの 影響を強く感じさせる作品である。しかし、その旋律と和声の響きは、Wagnerよりも遥かに甘美 でロマンチシズムに溢れている。 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 33 䠄㻟䠅 㡪リ㻌㼀㼛㼐㻌㼡㼚㼐㻌㼂㼑㼞㼗㼘㽯㼞㼡㼚㼓䚷㼛㼜㻚㻞㻠 䠄㻝㻤㻤㻥䠅 高潔な芸術家の死の床を表す低弦による重々しい冒頭部の和声と共に、その後に紡がれるハープ 伴奏上のフルート、オーボエそしてヴァイオリン独奏旋律による音楽は、Strauss独特の甘さと優 雅さを含んでいる。低音弦等によるagitatoの激しさの中に現れる決然とした金管群の動機、その 後に続くフルートとヴァイオリンの甘い旋律の絡み合いと弦楽全体による発展、並びに清らかさと 大らかさを併せ持った「浄化の動機」等で埋め尽くされているこの作品は、高邁な理想を掲げて真 摯に人生を生きる人への賛歌だと考えられる。その様な人の死は天国において浄化されるという、 希望に満ちた平安な心理が、終結部の研ぎ澄まされた弦の響きによってよく表わされている。 䠄㻠䠅 㡪リ㻌㼀㼕㼘㼘㻌㻱㼡㼘㼑㼚㼟㼜㼕㼑㼓㼑㼘㼟㻌㼘㼡㼟㼠㼕㼓㼑㻌㻿㼠㼞㼑㼕㼏㼔㼑䚷㼛㼜㻚㻞㻤 䠄㻝㻤㻥㻡䠅 Straussの 自 己 肯 定 心 と、 そ の 根 底 に 横 た わ っ て い る 南 独 人 特 有 の ユ ー モ ア 感 全 開 の、 Gemächlichkeitが全編を支配している作品である。またヴァイオリン独奏使用法にはウィーン民族 主義のFritz Kreisler(1875−1962)の書法が看取され、斬新で華やかな管弦楽的色彩が採り入れら れている。この原作本はD. Erasmus(1466−1536)主義の影響が有るとされている。つまり本作品 は単に愉快さのみを追求した音楽ではなく、「反戦平和思想」が込められているのである。 䠄㻡䠅 㡪リ㻌㻭㼘㼟㼛㻌㼟㼜㼞㼍㼏㼔㻌㼆㼍㼞㼍㼠㼔㼡㼟㼠㼞㼍䚷㼛㼜㻚㻟㻜 䠄㻝㻤㻥㻢䠅 有名な自然賛歌動機末尾のパイプオルガンの長い響きが、荘厳さと、巨大な自然への畏怖の念 を表現している。その後に登場する人間賛歌動機に続く讃美歌調mit Andacht部は、人知を超え た神への畏敬とStrauss特有の温かみある人間への眼差しが感じられる。その後に現れるヴァイオ リン独奏を初めとする弦楽器のワルツ風民謡調和声進行には、彼とほぼ同年代のH. Wieniawski (1835−80)やM. Bruch(1838−1920)のヴァイオリン曲の響きが看取できる。冒頭の決然さからは 予想できない繊細で抒情豊かなKreisler風ヴァイオリン旋律によって、「神と人間の知」というF. Nietzsche(1844−1900)の提示した難問に対峙した標題音楽を、静穏に締めくくっている。多神教 のWagnerと道徳者「超人」を強者とするNietzscheから示唆を得た作品であるが、 「能力は神から の賜物だと実感している。私に与えられた至高の義務はこの賜物を最大限に活かすこと」iii という、 唯一神を意識した26∼8歳時のStraussの言葉から、思想的には彼らと一線を画していることが解る。 䠄㻢䠅 㡪リ㻌㻰㼛㼚㻌㻽㼡㼕㼤㼛㼠㼑䚷㼛㼜㻚㻟㻡 䠄㻝㻤㻥㻣䠅 優雅で神秘的な哀愁を帯びたドン・キホーテ自身とその性質を表す動機が、色々な形に変形して 紡ぎ出され、その動機旋律が上へ上へと発展していく音楽は、正しくWagner手法を踏襲している。 滑稽味を含んだドン・キホーテとサンチョ・パンサの動機の掛け合い音楽は、起伏に富んだ二人の 今後の旅物語を示唆していると思われる。タンブリンが民族舞曲風音楽を編み出している第6変奏 に続き第7変奏では、ウインドマシーンを使用し、幻想的な世界を作り出している。クライマック スの決闘シーンを終えた第10変奏の終結部から終曲にかけて、ドン・キホーテのThemaが憂いを 含んだチェロによって切々と奏でられる。この祈り心の伴った優美な旋律こそが、Straussの本質 34 プール学院大学研究紀要第54号 であると思われる。また本作品には既に、国家統制が個人に及ぼす精神的危害への警告が含まれて いると言われている iv。 䠄㻣䠅 㡪リ㻌㻱㼕㼚㻌㻴㼑㼘㼐㼑㼚㼘㼑㼎㼑㼚䚷㼛㼜㻚㻠㻜 䠄㻝㻤㻥㻤䠅 Straussにとって彼の交響詩歴の集大成ともいえる本作は、健全な自己受容型作曲家であった 彼の自画像的作品の一つと言われている。第1部では、チェロやヴィオラによって「英雄」の Themaが朗々と歌い上げられている。第2部の「英雄の敵」では、主人公の人生の不協和的状況 や心情が、不協和音や半音階により描かれている。彼の全作品の主要動機の絡ませ合いは、「英 雄」を称える甘美で雄大な今作品のThemaに見事に融和している。第6部は、彼の交響詩結尾の 特性とも言える平穏で安定した音楽の中、清らかで優美なヴァイオリン独奏と共に静かに幕が閉じ られる。これはStrauss自身の「静謐な将来」への願望的表現であり、野心よりも家族愛と平和を 優先する気負いない心情の表れであると思われる。この作品には同時に、新政体制に入った皇帝 WilhelmⅡ世(1859−1941)の、 「帝国主義を基調とする軍国気質」v への抵抗が込められていると考 えられる。「反英雄主義」であったStraussが自身を「英雄」と称えた訳ではなく、本作品を通して「真 の英雄」とは何かを問い、汎ゲルマン主義、 「封建的反動主義」vi への抗議と「自由と平和」への啓 蒙を発信しているのである。これこそが今作品の精神的主題であると考える。 䠎䠊 㡪᭤䚸 ⟶ᘻᴦ᭤ 䠄㻝䠅 㡪ⓗᗁ᭤㻭㼡㼟㻌㻵㼠㼍㼞㼕㼑㼚䚷㻳㻙㼐㼡㼞䚷㼛㼜㻚㻝㻢 䠄㻝㻤㻤㻢䠅 全編が抒情的なヴェールで覆われている本作品の第1楽章では、コントラバスの深い下支えの上 にロマンティシズム溢れる美しい旋律と、Brahmsを彷彿とさせる弦楽器に拠る重厚な和音進行が、 眼前の美しい朝焼けへの感動を表している。その後に続くヴァイオリンによる跳躍旋律の掛け合い はMendelssohnを想起させるが、和音の展開手法には近代的な斬新さが感じられる。中間部の弦楽 器による甘美な旋律の明朗さや、金管楽器による堂々とした歯切れ良さ、それらを繋ぐヴァイオリ ンの旋回する動き等は、音楽的発想豊かなStraussの本領発揮を思わされる。Strauss自身が「悲哀 と苦悩の感情」と説明文を付けている第2楽章は、時折、オーボエの第2主題が哀しみを表現し、 Tchaikovsky(1840−93)のバレエ音楽を連想する感傷的な旋律が奏でられるとは言え、総じて、 強い灼熱の太陽の光が降り注ぐローマから得た、華やかで明るい楽想で占められている。第3楽章 では、常に凪状態の、真っ青なあの地中海ソレント海岸を目前にした静穏な感動を、弦楽器が優し さに溢れる美しい音楽で表現している。時折旋律を担当するクラリネット等の木管楽器の音色が、 イタリア的な「奥行きのある愉快さと軽やかさ」を、またオーボエ等が「郷愁」を醸し出している。 ドイツ和声的な重厚さと幅広さを伴って編曲された『フニクリ・フニクラ』が第1主題として登場 する第4楽章では、Wagner調の曲想を挟み、弦によるMendelssohn調の第2主題提示の後、金管 楽器群と弦楽器群が掛け合いながら第1主題を奏する華やかな楽想が再三繰り返される。その後の 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 35 音楽も、終結部に至るまでロマンチックな美しさとドイツ的な重々しさ、そしてラテン的な陽気さ を融合させながら、感動の高みへと駆け上っていく趣向が採られている。Straussの温かさと独自 性の横溢する作品となっている。 䠄㻞䠅 㻿㼥㼙㼜㼔㼚㼕㼍㻌㼐㼛㼙㼑㼟㼠㼕㼏㼍䚷㼛㼜㻚㻡㻟 䠄㻝㻥㻜㻟䠅 単一楽章から成っている標題的交響曲である本作品は、Straussの自画像的作品でありながら、 彼特有の飄軽さは影を潜め、 「結婚の厳粛さと和合の神聖な喜び」vii を真摯に表現した作品だと思わ れる。Straussの几帳面で優等生的な性質を窺い知ることのできる作品である。 神聖ローマ帝国(962−1806)に次いで登場したドイツ第二帝国(1871−1918)の統治者である WilhelmⅡ世の在位中、Wagner後継者として期待を置かれつつもその意に染まらず、Straussが 「平和主義」を伸びやかに謳った作品である。全編を通して平和な日常の健全な家庭愛を描写した、 Straussらしい穏やかな美しさに満ち満ちた曲想となっている。権力に屈従せず、 「国家の利害より も個々人の生活の大切さを訴える」viii 姿勢を堂々と貫いている作品だと言える。Wagner手法の影 響から各登場人物のLeitmotivとして管弦楽器を駆使しているが、低弦の半音階上行進行と甘美な ヴァイオリン旋律との組み合わせや、管弦旋律の展開と収め方には、交流の深かったMahler音楽 との共通点を看取できる作品である。この作品の完成直後の1903年に着手した画期的楽劇『サロメ』 の斬新さと比較して、全面に「平和」を打ち出した安定感のある交響曲となっている。 䠄㻟䠅 㻱㼕㼚㼑㻌㻭㼘㼜㼑㼚㼟㼕㼙㼒㼛㼚㼕㼑䚷㼛㼜㻚㻢㻠 䠄㻝㻥㻝㻡䠅 1914年に突入した第一次世界大戦下にあってStraussは、芸術家の使命として黙々と作曲活動に 勤しみ、楽劇『サロメ』『エレクトラ』 『ばらの騎士』の作曲によって、オペラ作曲家として世界 に名を馳せることになった。巷間のStrauss熱の中、日常的に眺めているアルプスを少年期の登山 体験を基に描写している本作品は、愛する大自然と穏やかな精神生活の下に静かに立ち返った、 Straussの源流的音楽と考える。 第1部「Der Anstieg」の低弦の動きは、イギリスの田園風景を彷彿とさせる牧歌的な作風で知 られるV. Williamsを想起させるものであり、全曲を通してカウ・ベル等の音響効果も手伝い、牧 歌色濃い、多彩な温かみと雄壮さの相俟った作風となっている。第2部「Auf dem Gipfel」では、 第1部でも登場したBruchヴァイオリン協奏曲op. 26第3楽章に聴かれる旋律が金管楽器によって 繰り返し使用され、同時にコラール旋律も登場し、厳粛さと感傷さを併せ持ったStrauss独自の音 楽世界を創出している。 「Ausklang」では、パイプオルガンの和音と木管旋律が静粛な雰囲気を作り、 Bruchの牧歌的旋律も再度現れ、平和、自然という人知を超えた遠大なものへの賛歌的な楽曲となっ ている。 ドイツを愛し、ドイツ文化隆盛の為に人生を賭したStraussであったが、その精神の根底には汎 ゲルマン主義ではなく、汎ヨーロッパ主義、ひいては汎世界主義が根座っていたと思われる。彼は ヨーロッパの、及び世界の共有財産である自然と文化を称え、守り抜くことを自身の生涯の使命と 36 プール学院大学研究紀要第54号 考えていたのである。彼の作品の中では珍しい、短調での重苦しい終曲になっているが、そこに彼 の強い「反戦平和主義」主張が込められていると考えるのである。 䠄㻠䠅 㼀㼍㼚㼦㼟㼡㼕㼠㼑㻌㼚㼍㼏㼔㻌㻷㼘㼍㼢㼕㼑㼞㼟㼠㾇㼏㼗㼑㼚㻌㼢㼛㼚㻌㻲㼞㼍㼚㽲㼛㼕㼟㻌㻯㼛㼡㼜㼑㼞㼕㼚 䠄㻝㻥㻞㻟䠅 1919年のウィーン国立歌劇場音楽監督就任時代に、古典主義への懐古主義思潮の中、古き良きハ プスブルク時代の栄華を誇っているウィーン文化をStraussが愛して作・編曲した作品であると思 われる。落ち着いたバロック音楽の原形は崩さないながらも、グロッケンシュピールやチェレスタ の効果的な使用法や、第7曲における弦楽器による三連符伴奏リズム、また管弦打楽器の組み合わ せ方等に、Strauss独自の試みが現れている。 䠏䠊 ⊂ዌ䛝⟶ᘻᴦ᭤ 䠄㻝䠅 㻷㼛㼚㼦㼑㼞㼠㻌㼐㻙㼙㼛㼘㼘㻌㼒㾇㼞㻌㼂㼕㼛㼘㼕㼚㼑㻌㼙㼕㼠㻌㻮㼑㼓㼘㼑㼕㼠㼡㼚㼓㻌㼐㼑㼟㻌㻻㼞㼏㼔㼑㼟㼠㼑㼞㼟䚷㼛㼜㻚㻤 䠄㻝㻤㻤㻞䠅 Mendelssohn−Brahms−Bruch路線をいく正統派ドイツ・ロマン主義作品として、それらの作 曲家の手法が散見できる、甘美で感傷的な音楽となっている。第1楽章の跳躍旋律や第3楽章の重 音下行旋律には、Bruchの影響が色濃く見られる。しかし初期作品であるにも拘らずヴァイオリン 独奏旋律の半音階や重音間の不協和音等には、甘さに流されないStraussの理性が垣間見られる作 品ともなっている。第1、2楽章はメランコリックな曲調であるが、第3楽章の無窮動的展開部や、 その後に続く民謡風音楽の中に、彼の喜劇好きの陽気さが見え隠れしている。 䠄㻞䠅 㻮㼡㼞㼘㼑㼟㼗㼑㻌㼐㻙㼙㼛㼘㼘㻌㼒㾇㼞㻌㻷㼘㼍㼢㼕㼑㼞㻌㼡㼚㼐㻌㻻㼞㼏㼔㼑㼟㼠㼑㼞 䠄㻝㻤㻤㻢䠅 「ブラームス的なものを濃く出している最後の作品」ix と言われている本作品は、管弦楽使用 法やピアノ独奏旋律は確かにBrahmsの踏襲を感じさせるが、ピアノ部の動きや和声にはむしろ、 LisztやDebussyの影響が見られる。煌びやかな超絶技巧を要する本作品の斬新なリズムや拍子の x 取り方に、Straussの独創的な知性と「弾けるようなユーモア」 の両面が窺い知れる。終結部のカ デンツァ的用法は、F. Chopin(1810−49)の『ピアノ・ソナタ第3番』終楽章を想起させる。 䠐䠊 ᐊෆᴦ᭤ 䠄㻝䠅 㻷㼘㼍㼢㼕㼑㼞㻌㼀㼞㼕㼛㻌㻺㼞㻚㻝㻌㻭㻙㼐㼡㼞䚷㻭㼂㻟㻣 䠄㻝㻤㻣㻣㻙㻣㻤䠅 ウィーン・ドイツ古典主義Mozart−Beethovenの流れを汲む、正統派ドイツ・ロマン主義作品で あるが、第1楽章主要主題にドイツ・コラール調の音楽を取り入れ、借用和音を多用している点に、 Straussらしさが看取できる。第2楽章はBeethovenのヴァイオリン・ソナタ第7番第2楽章を想 起させる曲想であるが、ロマンチシズムという点では豊かさが数段増している。第4楽章も和声進 行的にはMozart、Beethovenの域を越えないが、最終楽章の舞曲風3拍子や、ピアノ伴奏部の細か な旋回的リズム、広音域使用、ピアノ下行旋律の半音階による複調的語法等に、新鮮さが感じられる。 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 37 䠄㻞䠅 㻷㼘㼍㼢㼕㼑㼞㻌㼀㼞㼕㼛㻌㻺㼞㻚㻞㻌㻰㻙㼐㼡㼞䚷㻭㼂㻡㻟 䠄㻝㻤㻣㻤䠅 第1番より僅かだけ後の作品であるが、流麗な旋律や和声進行の収まり方に、作曲技法の大きな 飛躍が感じられる。哀愁帯びた温かさに満ちている第2楽章の音楽には、旋律の対位法的使用が目 立ち、また第4楽章の使用和音も大胆であることから、Straussが後期ロマン主義の最終走者であ ることを感じる作品となっている。 䠄㻟䠅 㻷㼘㼍㼢㼕㼑㼞㻌㻽㼡㼍㼞㼠㼑㼠㼠㻌㼏㻙㼙㼛㼘㼘䚷㼛㼜㻚㻝㻟 䠄㻝㻤㻤㻟㻙㻤㻠䠅 本作品は古典的枠組みの中に納まりながらも、Straussらしい斬新な旋律や和声進行が見られ、 各パート独奏者が技巧的な巨匠性を要求される音楽となっている。特に各パート旋律の切れ目ない 対位法的掛け合いには、既に彼の後期作品の無限旋律が見られる。また第3楽章の哀愁情緒豊かな 曲想や使用和音、第4楽章のリズム使用法等には、彼の独自性が見られる。 䠄㻠䠅 㻹㼑㼠㼍㼙㼛㼞㼜㼔㼛㼟㼑㼚㻘㻌㻿㼠㼡㼐㼕㼑㻌㼒㾇㼞㻌㻞㻟㻌㻿㼛㼘㼛㼟㼠㼞㼑㼕㼏㼔㼑㼞 䠄㻝㻥㻠㻡䠅 ナチスとの駆け引きや闘いの中でも敢然と音楽家としての道を貫き通したStraussも、かつての 彼の指揮活動の場であったミュンヘン・オペラ座が1943年に、1945年にはドレスデンとウィーンの オペラ劇場が次々と爆撃、破壊されたことに衝撃を受け、大戦の最中であったにも拘らず、この反 戦色濃い作品を作曲した。Mahler交響曲第5番adagiettoと類似した曲想の中、Straussらしい各動 機の対位法的手法によりc-moll→h-moll→es-mollと転調を重ねながら旋律を切れ目なく繋げて発展 させ、切々と主張を訴える無限旋律語法を採っている。これらの調性はBerliozの『管弦楽法』に よると、暗く陰鬱で困難な心情の音楽的表出となる。その主張には、「凶悪極まる犯罪人たちによ る12年間の獣性と無知と反文化の支配」xi への抗議と、独裁者に翻弄された人間の愚かさへの嘆き が含まれていると思われる。 「一貫した反英雄主義」であった xii Straussが、英雄主義のもたらした 悲劇に対する深い慟哭と絶望感、そして鎮魂の思いを込めた、厳粛な作品なのである。 䠑䠊 䜸䝨䝷సရ 䠄㻝䠅 㻿㼍㼘㼛㼙㼑䚷㼛㼜㻚㻡㻠 䠄㻝㻥㻜㻡䠅 皇帝WilhelmⅡ世の統治下で「公序良俗」の観点からセンセーションを巻き起こした本作品は、 Wagner手法を主流とした、演劇性豊かな楽劇第一作である。しかし一方で、「交響詩の手法と精 神に言葉を持ちこんだ」 「舞台上の交響詩」xiii と評され、Strauss特有の交響詩的色合い豊かな作品 となっている。旋律の多調性的繋がりと動機の複雑な絡ませ合い等には、正しくWagnerの踏襲が 見られるが、その中で浮かび上がる明快な旋律線と、移ろいながらも調性感を保っている音楽に は、Straussの独自性が見られる。Straussの「虚心坦懐」xiv な気質とは相反する本作品の扇情性には、 汎ゲルマン主義推進派であるWilhelmⅡ世への揶揄や、全体主義への警告が込められているのでは ないかと考える。 38 プール学院大学研究紀要第54号 䠄㻞䠅 㻱㼘㼑㼗㼠㼞㼍䚷㼛㼜㻚㻡㻤 䠄㻝㻥㻜㻤䠅 やはり一幕ものの楽劇である本作品は、反Wagner台本作家H. Hofmannstahl(1874−1929)の意 に反し、不協和音が多用された複調性的な音楽で全編が覆われている。 Elektraの朗唱風アリア「Allein ! Weh, ganz allein」では管打楽器使用法において、ヴェリズモ 楽派G. Puccini(1858−1924)の影響が見られる。WilhelmⅡ世統治下の現実に対する、直接的な感 情表出による抗議姿勢が感じ取られる作品である。 䠄㻟䠅 㻰㼑㼞㻌㻾㼛㼟㼑㼚㼗㼍㼢㼍㼘㼕㼑㼞䚷㼛㼜㻚㻡㻥 䠄㻝㻥㻝㻜䠅 歌劇『無口な女』の台本作家Stefan Zweig(1881−1942)の指摘通り、Wagnerに傾倒しかけて xv いたStraussは、同時にMozartも「 (オペラ)作曲上の師と仰いでおり」 、作曲上のみならず、彼 のユーモア感と汎ヨーロッパ的国際主義精神にも傾倒していたと思われる。帝国主義統制下におい て、貴族社会に代表される特別特権階級を揶揄する本楽劇は、正しくMozart精神を継承する喜劇 である。音楽的にも安定した調性感や全音階的な明快な旋律が主流であるものの、 「Hat Sie schon einmal」等のアリアでふんだんにWiener Walzが採り入れられたり、 随所に借用和音を使用した「Die rigori armato il seno」等の美しいドイツ・コラール風アリアを組み入れている点等には、Strauss の清新さが感じられる。 䠄㻠䠅 㻭㼞㼕㼍㼐㼚㼑㻌㼍㼡㼒㻌㻺㼍㼤㼛㼟䚷㼛㼜㻚㻢㻜 䠄㻝㻥㻝㻢䠅 Wagner色濃い、歌手の動作が少ない歌劇であるが、独白調のアリアには惹き込まれるような美 麗な音楽が使用され、管楽器の使用法が非常に色彩豊かな作品となっている。アリア伴奏部にピア ノが多用されている点も、楽曲全体の色彩を一層奥行きのあるものにしている。第一次世界大戦下 にあって、軍国主義強化を驀進する政府への抗議を秘めた喜劇であると考えられる。喜劇性と平和 な甘美さの相俟った、独創的な反戦音楽を創出している。 䠄㻡䠅 㻰㼕㼑㻌㻲㼞㼍㼡㻌㼛㼔㼚㼑㻌㻿㼏㼔㼍㼠㼠㼑㼚䚷㼛㼜㻚㻢㻡 䠄㻝㻥㻝㻣䠅 Mozartの『魔笛』の再来と言われる本作品だが、リアリズムとユーモアが基盤にあるオペラ創 作を希求し続けたStraussは、象徴主義的傾向の強いHofmannstahlとの協働に対し、巷間の評判ほ どには満足していなかったようである。多種の打楽器使用や無調性的音楽には、『サロメ』『エレク トラ』に酷似した楽風が感じられるが、大戦末期の惨状の中、人間の愛と平和を神秘的な幻想世界 に創出した、彼の平和声明的な作品の一つとなっている。 䠄㻢䠅 㻲㼞㼕㼑㼐㼑㼚㼟㼠㼍㼓䚷㼛㼜㻚㻤㻝 䠄㻝㻥㻟㻢䠅 『無口な女』事件 xvi 以降、Straussの熱烈な合作要望を断り続けたZweigに対し、尚執拗に協働 を求めて原案のみを取り付けることが出来た本作品は、Straussの思惑に反してナチスに政治利用 をされたが、実際はヨーローッパ30年戦争のヴェストファーレン条約をThemaにした、汎ヨーロッ パ主義への賛歌であると言える。終曲の「Wagt es zu denken」には、喜劇のみならず啓蒙志向で もあったStraussの高邁な精神がよく表れている。 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 39 䠒䠊 䝗䜲䝒ḷ᭤ 䠄㻝䠅 䠔䛴䛾ḷ᭤䚷㼛㼜㻚㻝㻜 䠄㻝㻤㻤㻞㻙㻤㻟䠅 a)Allerseelen op. 10−8(1883) 死別した愛する肉親と再会できる日を慈しむ、弱冠19歳とは思 えない、Straussの成熟した精神の感じられる作品である。 b)Du meines Herzens Krönelein op. 21−2(1878−88) StraussがLiedに お い て も 範 と し た、 Mozartの面影濃い作品である。 c)Mädchenblumen op. 22(1888) Straussの 健 全 な 甘 美 さ が 横 溢 し て い る 楽 想 だ が、 「Mohnblumen」等では半音階や不協和音が多用され、彼らしい展開力も発揮されている。 d)Morgen op. 27−4(1894) Straussの繊細さと感傷性が融和した、健康的な希望と甘美さが支 配する作品である。 e)Drei Lied er der Ophelia aus‘Hamlet’op. 67(1918) 半音階や不協和音、複調を多用した 前衛色の濃いLiedで、絶望に満ちた、混沌とした戦後を表現している。 f)Vier Letzte Lieder für Sopran und Orchester(1948) H. Hesse(1877−1962)、J. v. Eichendorff(1788−1857)という詩人に合わせた曲想は、Straussらしい半音階や不協和音が散 見されつつも、抒情味豊かで落ち着いた作風となっている。最晩年の作品らしく、達成感と哀 愁、そして人間愛と自然への賛歌が表現された、集大成的音楽となっている。 䠓䠊 䝢䜰䝜⊂ዌ᭤ 䠄㻝䠅 㼆㼣㼑㼕㻌㼗㼘㼑㼕㼚㼑㻌㻿㼠㾇㼏㼗㼑䚷㻭㼂㻞㻞 䠄㻝㻤㻣㻡䠅 1.Moderato A-dur 希望に満ちた、Strauss初期のドイツ・コラール風作品である。彼にしては 珍しいT. 3、6等のユニゾン旋律(譜例1)は、V. Williamsの行進曲を彷彿とさせられる。一 ⅳ の音半音上行の借用和音が使用され、清新な音楽となっている。 方で彼の好む ― Ⅴ 2.Andante g-moll 全33小節の小曲の中で、g-moll→B-dur→g-moll→D-dur→g-moll→D-dur→gmollと目まぐるしく転調し、その行程で巧みに高低と奥行きのある音楽へと展開させている。 とりわけT. 19のⅡ9和音(譜例2)には、彼の後期作品の特徴的響きを聴くことができる。 䠄㻞䠅 䠑䛴䛾䝢䜰䝜ᑠရ㞟䚷㼛㼜㻚㻟 䠄㻝㻤㻤㻝䠅 何れもStraussの初期作品で、第1曲B-durはSchumannのLiedを想起させる、内声部の動きが細 やかな感傷的な音楽である。左手低音の低さや旋律の収め方にStraussらしさが現れている。第2 áഽ༎ & â áഽ༎ ' â プール学院大学研究紀要第54号 40 曲es-mollもリズム、旋律共にSchumann−Brahmsの流れを汲む曲想である。第3曲c-mollもロマン 主義色の濃い、メランコリックな作風だが、随所に現れる借用和音が彼の独自性を表している。展 開部もやはりSchubert−Mendelssohn−Schumannを継承する作風だが、旋律線が明瞭であること、 時折響く和音の斬新さ等に、彼の本領が垣間見られる。第4曲の軽快なリズムと技巧性はLisztを 受け継ぐものであるが、Lisztよりも遥かに温かみのある抒情的な楽風であり、転調を繰り返して の旋律変遷手法もStrauss特有の音楽である。第5曲D-durは若々しい鋭気と自信が漲った堂々とし た曲想だが、展開部のフーガ調対位法や音楽の繊細な発展方法には、Strauss独自のものが見られる。 䠄㻟䠅 㻿㼛㼚㼍㼠㼑䚷㼔㻙㼙㼛㼘㼘䚷㼛㼜㻚㻡 䠄㻝㻤㻤㻜㻙㻤㻝䠅 第1楽章はSchumann−Brahmsの枠組みに納まった音楽構成であるが、転調の重ね方、リズム の刻み方にStraussの独自性が表れている。第2楽章の優美な楽想の中にも、甘美さに流されない 整然さと、不協和音に拠る理性が感じられる。一方で、第3楽章の諧謔さの中には、Straussらし い情緒的な美麗さが含まれている。終楽章の躍動感ある発展的な旋律には、彼の前向きな生き方が 大いに感じられる。 䠄㻠䠅 㻿㼠㼕㼙㼙㼡㼚㼓㼟㼎㼕㼘㼐㼑㼞䚷㼛㼜㻚㻥 䠄㻝㻤㻤㻠䠅 1.Auf stillem Waldespfad F-dur Schumannを想起させる牧歌的歌曲調の作品であるが、T. 3、 9、10の1拍目の減七の借用和音(譜例3) 、F-dur→G-dur→g-moll→d-moll→B-dur→F-durと いう転調の重ね方、T. 32以降に登場する三連符旋律による音楽の繋ぎ方(譜例4)、そして「mit Wärme」の但し書き等にStraussの独自性が見られる。 áഽ༎ ( â áഽ༎ ) â 2.Auf einsamer Quelle As-dur 「水」を題材にした作品の多いLisztの曲想に類似点が見られ はするが、泉の水音を表す のリズム(譜例5)に、繊細で的確な描写を得意とする Straussらしさが表れている。sehr leiseの指示の下での抑制された寂しげな曲想の中に、凛と してたおやかな旋律が奏でられる、理性と情感の均整のとれた美しい音楽となっている。 3.Intermezzo A-dur 泰然自若で老成したかに思えるStraussだが、その本質は躍動感と飄軽さ áഽ༎ * â 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 12 で溢れていると思われる。三連符や ― 拍子の 8 41 型が多用されている本作品は、彼の本質が垣 間見られる音楽である。 4.Träumerei H-dur 冒頭和音から非和声音が含まれた(譜例6) 、非常に幻想的な作風となっ ており、Schumannの同名曲とは全く異質の、時代を先取した音楽が紡ぎ出されている。 áഽ༎ + â 5.Heidebild g-moll 冒頭より最終楽章まで終始通奏低音的に響いている主和音のg-d音(譜例7) が、荒れ野の虚ろさ、はかなさを見事に表現している。 áഽ༎ , â 䠄㻡䠅 㼂㼕㼑㼞㻌㻹㽯㼞㼟㼏㼔㼑 䠄㻝㻥㻜㻡㻙㻜㻣䠅 1.Parade-Marsch des Regiments Königs-Jäger zu Pferde Nr.1 Es-dur AV97 Strauss41∼43才 の熟年期作品であるが、不協・借用和音を使用せず、明快で解り易い行進曲となっている。彼 の率直でてらいのない性質の看取できる作風である。 2.Parade-Marsch für Cavallerie Nr. 2 Des-dur AV98 リズムが複雑化し、和音に不協・借用和 音を使用した、前衛的響きをもつ作品となっている。しかし展開部では、情緒豊かな作風が繰 り広げられる。彼の温かみある平和主義精神が馥郁と感じ取られる。 3.Die Brandenburgische Marsche-Präsentiermarschein D-dur AV99 ドイツの象徴的建造物 とも言えるブランデンブルグ門の行進曲に相応しい、重厚で構築的な行進曲となっている。 Straussのドイツ文化への健全な愛情と誇りが感じられる。 4.Königsmarsch(Militärischer Festmarsch)Es-dur AV100 低音のトレモロで始まる本行進 曲は、音域、音色共に幅広く、ピアノという楽器を越えたオーケストレーションを感じさせる。 展開部の哀愁込もったまろやかさには、木管楽器の音色が思い浮かばれる。Straussの精神の 豊かさ、スケールの大きさが感じられるピアノ作品である。 42 プール学院大学研究紀要第54号 Ⅱ 分析結果・考察 前項で、音源として現存するStrauss作品のほぼ全曲を試聴し、その一部を編成形態別、時代順 に分析した結果、時代によって、或は個々の作品によって、彼の音楽特性の振幅が激しいことが判っ た。1886−98年間に作曲された7曲の交響詩は何れも、和声や色彩の面でポスト・ロマン主義らし い「現代音楽の先取」xvii 的作風となっている。しかしLiszt−Wagner路線を突進せず、ヨーロッパ 諸国の民族音楽やロマン主義音楽のエッセンスを採り入れ、Strauss特有の甘美で感傷的な世界を 作り出している。また、『ドン・ファン』や『英雄の生涯』に見られるメッセージ性も、その後の 彼の作品の特質の一つとなっている。 交響的幻想曲『イタリアから』は、終始情感豊かな弦のポリフォニーで占められたロマン主義的 傾向の強い作品である。 『家庭交響曲』ではWagner手法を、『アルプス交響曲』では田園調のロマ ン主義手法を採りながら、共に「反戦」を主張している。『クープランのクラブサン曲による《舞 踏組曲》』は、Couperin (1668−1733)作品を尊重した、バロック音楽への回帰作品となっている。 『ヴァ イオリン協奏曲』は正統派ロマン主義を継承し、『ブルレスケ』は更に古典主義回帰的な作風を 採っている。『ピアノ三重奏曲第1番』は古典−ロマン主義を土台とした音楽だが、『同第2番』は Wagner手法に転じている。『ピアノ四重奏曲』は又古典主義に戻りながらも、標題音楽的Wagner 手法と心理記録的な表現主義 xviii 音楽との融合的作風となっている。オペラ作品の中で『サロメ』 では、確実にWagner的無限旋律が駆使され、 『エレクトラ』もその延長線上にありつつ、リアリ ズムに支配された作品となっている。 『ばらの騎士』ではロッシーニ風番号オペラへの回帰が見ら れるが、次の『ナクソス島のアリアドネ』ではWagner風作曲技法が基盤となっている。 『影のない女』 も無限旋律で占められており、 『平和の日』もその線上にある。Liedにおいても、 各歌曲がMozart的、 ロマン主義的、無限旋律的と明確に色分けされている。ピアノ独奏曲は総じてロマン主義傾向の音 楽が多いが、中には非常に前衛的な作品も見られる。 Straussはその生涯の作曲活動を通して一主義に凝り固まらず、その時代に現存する、或は予見 できる音楽語法を取捨選択しながら試用していたことが解る。バロック、古典主義への回帰と見ら れる作風も、彼にとっては後戻りではなく、新たなエッセンスとして取り込んでいるのだ。自己の 感情や思想を如何に音楽に表現するかという「音画法」を常に前向きに探究し続け、良いと思われ る手法や技法を、積極的に採り入れていったのである。 結 Straussは、何れの主義も柔軟に受け入れながらも、傾倒こそすれ心酔し過ぎることなく、自己 の音楽表現の為により良いものを希求し続けた作曲家であることが解った。 「標題音楽と絶対音楽 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 43 を全く区別しない。 (中略)最も良く表現する音楽を最良の音楽と考えている」xix という彼の言葉 からもそれが明白である。彼は又26歳時に、Brahmsに対して「現存する全ての作曲家の中で飛び 抜けて偉大」であると最高の評価をしているが、一方で同時期に「 『Ausdrucksmusik』の点で私 xx の理想とするWagner」 と語っていることからも、この時点で既に古典主義と新ロマン主義の相 反する両者の融合が、彼の理想の音楽だったのだ。 Straussは結局、幼少期から親しんでいた古典−ロマン主義音楽に、Wagnerを初めとするその時 代の様々な作曲技法を新たに取り入れ、そこに南独人特有の楽天性と彼の持ち備えていた頭脳明晰 さ、そして温かさという均整のとれた資質が加わり、それらが複合的に融合された独自の音楽を創 出したのであった。その上に、政情の不安定さから、反戦平和、反権力、並びに元来の国際主義思 想を作品の中に込めざるを得なくなる。ナチスへの協力を疑われ、裁かれもしたStraussだが、そ の諸々の作品の中で反軍国主義を鮮明に表明した人物に、その可能性は考えられない。彼はまた、 妻パウリーネに対しても生涯誠実に振る舞い、家族を何よりも大切にした稀有な音楽家であった。 その信念が彼の作品に温かみと愛情を増し加えたと考えられる。また彼の中に自然や人間を超越し たものへの畏敬の念が存在することは、 「万物を生み出した無限で永遠のエネルギー源から、活力 を得ているのを感じる」という彼の26歳時の、また「(作曲時に)この世の力を超えた存在に支え られていたのを明白に意識していた」xxii という47歳時の言葉からも推察できる。この信条が、彼の 作品に深みを加えていることは確かである。勿論、ナチスの極悪非道への失望とドイツ国民として の懺悔の念が、晩年の作品に厚みを増し加えていることも疑い得ない。 これら全ての融合体が、Richard Straussの作品なのである。中でも音楽に込められた平和と愛 のメッセージこそが、彼の音楽の最大の特質だと筆者は考える。 ½Сພ i ii 循環形式。同一主題が複数の楽章に繰り返し現れることにより、楽曲全体の統一感を図る形式。 示導動機。Wagnerの楽劇に見られる基本的な作曲技法で、音楽上の動機によってある人物、場面、想念等 を表すもの。 iii アーサー・M・エーブル『音楽の創造と霊感』p. 150 iv 山田由美子『第三帝国のR. シュトラウス』p. 268 v 山田由美子『第三帝国のR. シュトラウス』p. 68 vi 同掲書p. 66 vii 門馬直美「家庭交響曲op. 53」 『R. シュトラウス』p. 89 viii 山田由美子『第三帝国のR. シュトラウス』p. 69 ix 門馬直美「ピアノと管弦楽のための《ブルレスケ》二短調」 『R. シュトラウス』p. 117 x アーサー・M・エーブル『音楽の創造と霊感』p. 167 xi 山田由美子『第三帝国のR. シュトラウス』p. 216 xii 同掲書p. 219 xiii 門馬直美「サロメop. 54」 『R. シュトラウス』p. 165 プール学院大学研究紀要第54号 44 xiv 山田由美子『第三帝国のR. シュトラウス』p. 40 xv 広瀬大介『リヒャルト・シュトラウス「自画像」としてのオペラ』p. 25 xvi 1935年6月17日にStraussがZweigに出した手紙がザクセンの秘密警察に検閲され、それ以降、二人の『無 口な女』のドイツ上演は禁止され、その後Straussは全国音楽局総裁を辞任させられたという事件。 xvii H. M. ミラー『新音楽史』p. 248 xviii 20世紀初頭に起こった芸術概念で、独自の感情世界を主観的に表出することを主眼とした運動。 xix アーサー・M・エーブル『音楽の創造と霊感』p. 150 xx 同掲書p. 127 xxi 同掲書p. 128 xxii 同掲書p. 160 ߣ݂൫ڼ 堀内久美雄編集『新音楽辞典』音楽之友社 1977 千蔵八郎著『音楽史〈作曲家とその作品〉 』教育芸術社 1983年 U. ミヒェルス編著『図解音楽事典』角倉一郎監修 白水社 1989 黒田恭一他著『作曲家別名曲解説ライブラリー R. シュトラウス』音楽之友社 1993 徳永隆男著『19世紀ヨーロッパ音楽』慶應義塾大学出版 1993 H. M. ミラー著『新音楽史』村井範子他共訳 東海大学出版会 2000 D. J. グラウト他共著『新西洋音楽史・下』戸口幸策他共訳 音楽之友社 2001 フリッツ・スピーグル著『恋する大作曲家たち』山田久美子訳 2001 山田由美子著『第三帝国のR. シュトラウス』世界思想社 2004 堀内久美雄編集『新訂標準新音楽辞典』音楽之友社 2008 広瀬大介著『リヒャルト・シュトラウス「自画像」としてのオペラ』ARTES 2009 István Máriássy『DEUTSCHE VOLKSLIEDER』Tandem Verlag GmbH 2009 アーサー・M・エーブル著『大作曲家が語る 音楽の創造と霊感』吉田幸弘訳 2013 西洋音楽思潮におけるRichard G. Straussの改革と本質 45 (ABSTRACT) The Reformation and Essence of the Works of Richard G. Strauss Within the Context of Western Music ―Musical Expression in His Instrumental Works― SAKUNO Rie Born in the second half of the 19th century, Richard Strauss(1864−1949)is considered the last composer of the Post Romantic Period. However, he is also respected as the successor to R. Wagner(1813−83), a New Romanticismcomposer. In addition, R. Strauss was also affected a musician of the end of the 19th century(1890−1914). R. Strauss worked as a musician under the rule of two despotic rulers: Keiser Wilhelm Ⅱ (1859−1941), the last German Emperor and King of Prussia;and Adolf Hitler(1889−1945), the leader of the Nazi Party. R. Strauss used his music to fight against the political oppression of his time. This research is an analysis and comparison of compositions by Richard Strauss, especially his instrumental works, in an attempt to investigate the influence of the political situation and to further understand the essence of the works of Richard Strauss.
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