戦略ケース ホームデポ 米国最強小売業のeリテイル戦略 サイバー店舗に21世紀の成長を賭けるホームデポ 米国ホームセンター業界の雄「ホームデポ」の業績が好調だ。1999 年度の売上高は、前 度比 27.1%38,434,000 千ドル(4兆 1,124 億円 1ドル 107 円換算)、純利益高は 43.7% 増の 2,320,000 千ドル(2,482 億円)、総店舗数 990 店舗。2000 年度にはシアーズを抜いて、 ウォルマートに次ぐ全米第2位の小売業になると言われている。 本論では業績好調のホームデポの戦略と次なる展開を明らかにし、その特徴と対応につ いて考察する。 1. 米国ホームセンター業界の概況 (1)拡大するホームセンター市場 米国政府の連邦住宅都市開発局によれば、1999 年の米国ハウジング市場は史上空前の活 況を呈した年発表されている。 ホームセンター市場もそうしたハウジングブームの波に乗って堅調に推移している。 1999 年度における米国ホームセンター市場規模は 1,800 億ドル(19 兆 2,600 億円)に達し、 大手企業 500 社の売上高は平均で 11%と高い伸び率を示している。 (2)上位集中化が進むホームセンター業界 活況を呈するホームセンター業界はM&Aによる上位集中化を招いた。ナショナル・ホ ームセンター・ニューズ誌によると 1999 年度には売上高 500 億円以下の中小規模のホーム センターの 30%近くが大手企業により買収された。 大手企業においても 1999 年度のホームデポとロウズの売上高を合計した業界シェアは全 体の約 28%に達する。両社が仮にこのスピードで成長を続けたとすると 2000 年には業界 シェア 40%に達すると予測されている。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 1 戦略ケース 2. ホームデポの概要 (1)会社沿革 ホームデポは 1978 年アトランタで初の「ウエアハウス(倉庫型)ホームセンター」を開 店した。創業者はバーニー・マーカス氏、アーサー・ブランク氏、パット・ファラ氏の3 人。「破壊」のマーカス、「安定」のブランクと評価されるほど、タイプの異なる2人のト ップによって創業からわずか 10 年足らずで全米NO.1のホームセンターへと成長した。 本社を創業の地ジョージア州アトランタ市に構え、総店舗数 990 店(アメリカ、カナダ、 プエルトリコ、チリ 2000 年9月 25 日現在)、総従業員数約 22 万 6,000 人を有する(図 表1)。 また、Fortune 誌の「全米で最も優れた会社」にも7年連続で選出され、名実とも米国 を代表する小売業となった。 (2)実績 ホームデポの業績は 1999 年度も揺るぎない。1999 年度の売上高は4兆 1,124 億円(対 前年比 27.2%)、粗利益高1兆 2,209 億円(対前年比 32.6%)、純利益高 2,482 億円(対前 年比 43.7%)となっている。株価も 1981 年度にナスダック上場して以来順調に上がり続け、 2000 年現在の株価は約 3,000 ドル(1981 年の株式公開時の 250 倍)に達している(図表2)。 図表1 ホームデポの会社概要 社名 The Home Depot, Inc 本社所在地 米国ショージア州アトランタ CEO アーサー・ブランク 設立 1979年 店舗数 990店舗(2000年9月現在) 従業員数 22万6000人 出店国 アメリカ、カナダ、プエルトリコ、チリ 出所:ホームデポホームページ copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 2 戦略ケース 図表2 ホームデポの業績推移 売上高(億円) 店舗数 45,000 1,200 売上高 店舗数 40,000 990 1,000 35,000 761 30,000 624 25,000 15,000 340 10,000 174 214 145 96 118 7,148 3,815 5,136 2,758 1,0111,453 1,999 60 75 600 30,219 423 0 38,434 512 20,000 5,000 800 24,156 400 264 19,535 15,470 9,238 12,476 200 0 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 出所:ホームデポホームページ 3.全米NO.1に成り得た4つの戦略 (1)価格戦略 1) メーカーへの徹底した価格要求 ホームデポの低価格実現の裏には取引メーカー約2万 5,300 社に対する厳しい「愛とム チ」がある。取引メーカーはホームデポと取引できれば、すぐに同社 990 店舗で商品を扱 ってもらえる。しかし、その後価格の値上げを申請しようとするものなら、すぐに取引を 中止されてしまう。あるホームデポ仕入担当者は「価格値上げを承諾した回数は過去3年 間で5回にも満たない」と話している。 「愛とムチ」が最も顕著に表れるのが年2回開催される商品ラインの説明会である。取 引メーカーと今後の取引を望むメーカーは自社製品の取扱をかけて、約1週間かけて実施 される説明会に参加する。 昨年実施されたこの説明会はドーム球場を借り切って開催された。メーカーは商品カテ ゴリー毎に分類され、1社ずつ名前を呼ばれた後、カーテンで仕切られた場所で担当者と 商談する。あるメーカーの担当者は「彼らは最初の 15 分間、こちら側の問題点を洗いざら いにし、その後メーカーの新商品情報や仕入価格などの意見を聞きます。その後彼らは別 の場所で討議し、最終的な判決を下すのです」と述べている。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 3 戦略ケース ホームデポの粗利益率は 1999 年度で 29.5%と高い水準になっているがこうした高い粗 利益率の要因にはメーカーへの厳しい価格要求があると思われる。 2) 在庫削減のための多額のシステム投資 ホームデポは、在庫削減のために毎年 200 億円以上の投資をしている。1998 年には、モ バイルパソコンで在庫状況を確認したり商品を発注できるシステムを導入した。同システ ムは過去の売上データベースを元に、今後の需要動向を商品別と店舗別に 30 分刻みで推測 できる。このシステム導入の結果、毎年22億円の経費が削減された。 さらに、ホームデポは 2000 年までに、155Mbpsという高速で全店がデータ通信でき るシステムを導入する。このシステムによって全店の在庫状況、売れ行き状況、需要予測 が共有化される。 (2)出店戦略 1) 出店政策と出店条件 ホームデポの急激な出店を可能にしているのは、徹底した初期投資の低コスト化である。 ホームデポは賃貸よりも自社所有物件を好む。1999 年度の自社物件比率は 89%となって おり、その比率はさらに引き上げられている。自社所有物件の最大の課題は店舗コストを 出来るだけ押さえた店舗をつくることだ。このため、「ハード部分にはムダなコストをかけ ない」ことが出店の際の最大の使命となっている。 ホームデポの出店は不動産部が担当する。不動産部は用地取得のために 2000 億円以上も の予算を持っている。用地選定では外部リサーチ会社と提携してコンピューターモデルで 好立地を割り出す。ホームデポの出店を阻むために土地だけを押さえていく競合他社もあ るため「現時点で 300 物件以上の交渉を同時に進めている」 (同社不動産部幹部社員)とい うように数年前から、5〜6年先の出店先を考えている。 ホームデポの店舗建築は建築会社による落札制で決まる。大手小売業の中には自社企業 グループ内に建設会社を持ち、その会社が店舗建築する場合が多々あるが、ホームデポは イニシャルコストに関わることは少しくらい遠回りしても、徹底してローコスト化を図る。 1999 年度における出店条件をみると ・1万 5,000 坪〜1万 8,000 坪の区画で建造物のない土地であること ・世帯数 10 万以上の地域であること ・10 万世帯のうち、持ち家率が 60〜70%であることが望ましい ・世帯収入はミドル層(年収約 600 万)〜上ミドル層(年収約 650 万〜約 800 万クラス が望ましい これらの条件を考慮して出店候補地を絞っていく。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 4 戦略ケース 2) カニバリゼーション出店 シェアの拡大と同時に、1店当たりの販売額があまりに大きくなりすぎるという現象が 起こり始めたホームデポでは 1995 年代の前半から大繁盛店の店舗分割とも言える出店戦略 「カニバリゼーション(共食い)出店」を推進している。これについてアーサー・ブラン ク会長兼CEOは次のように説明する。 「店舗の販売ボリュームがあまりにも大きいと、お客様に対するサービスや商品取扱が粗 雑になります。それで近くに新店をオープンさせ、売上を分散させるわけです。以前は店 舗間の距離は 13km〜16km離れていなければいけないというのが、新店出店の際の基準 でしたが、ここ数年では5km〜9kmの距離でも出店しています。この距離間でも十分、 採算は取れます。要は盛況店の店舗スタッフの忙しさを取り除き、顧客により良いサービ スを提供すれば全体の売上は落ちないと言うことです。」 つまり、既存店の販売量が飽和点に達すると新店を作って減圧し、店舗オペレーション やサービスの質を守るわけである。ホームデポはすでにアメリカの 45 の州に進出している が、新規市場への出店だけでなくカニバリゼーション出店によって今後も店舗数を自己増 殖的に増加させていく。 3) 地域分散経営 〜個店対応力の強化〜 ホームデポでは店舗数が 200 店舗を越えた 1992 年から「地域分散経営」を進め、営業・ 仕入れを本部が統括・管理する従来の体制を、独立採算方式で地域カンパニーが営業・仕 入れを行っていく地域カンパニー制に変えた。 現在、ホームデポの店舗は6つの地域カンパニーによって運営されている。 各地域カンパニーには建築資材、床材、壁材、ペンキ、金物、配管、配電、照明、電気 工具、シーズン商品などのカテゴリー毎に分類されたバイヤーが仕入れを担当する。各店 の店長、カテゴリー長は地域カンパニーのバイヤーに対して「WISH RIST」を提 出し、自分たちが欲しい商品の要望を出す。大半の要望は採用されるが、他の専門業態が 圧倒的な強さを誇るカテゴリー商品、例えば家電製品などは採用されない。しかし、定番 商品については各カンパニーのバイヤーを集めて合同でメーカーと折衝して仕入れる。こ れは一括仕入れよって仕入原価を下げさせる意味を持つ。 (3)商品戦略 1) ワンストップショッピングの確立 ホームデポはワンストップショッピングを推進させるために、商品構成の拡大を図って きた。ホームデポの平均的な店舗における商品アイテム数は6万 5,000 アイテム(ホーム デポHPより)であり、2位のロウズの4万 8,000 アイテム(ロウズHP)を大きく上回 る。ちなみに日本の最大手カインズは2万〜3万となっている(日本DIY調べ)。ホーム デポが誕生する前のホームセンター業界は専門業態別に店舗が分かれていた。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 5 戦略ケース しかし、例えばドアの取付けの場合、顧客が欲するのはドア、蝶番、ドアノブ、ネジ、ク ギなど多種類に渡るが従来のホームセンターではそうした、多種類の商品を揃えることは 不可能であった。ホームデポの商品構成の深掘りは顧客のそうした不満を解消させた。 2) プロ用商品の拡大 米国ホームセンターの顧客の内 40%は各種の専門業者である。現在、大手ホームセンタ ー各社はこれらの専門業者に対して積極的なアプローチを推進している。その背景には、 ハウジングブームを支えているベビーブーム世代の存在がある。ベビーブーム世代は重要 なホームセンターの顧客層であるが、ベビーブーム世代の「DO IT FOR ME(作 業代行)指向を請け負っているのが専門業者である。 アーサー・ブランク氏は 1996 年の投資家向けの会議でプロ向け市場の開拓について以下 のように説明している。 「当社はこれまで、プロ向け市場を 13 兆 5,000 億円市場と見ていますがこれに小規模事 業主などを付け加えれば、36 兆円市場になります。これらの市場は新規市場として大変魅 力がある市場です(図表3)。」 ホームデポではプロ向け商品市場拡大のため 1997 年にはプロ向け商品通信販売最大手の メンテナンス・ウェアハウス社を買収した。 その結果、1999 年にはプロ向けの販売額は1兆 1,398 億円に達し、総売上高の 35%にま で達した。2001 年8月末時点で、120 店舗を「プロ・イニシアティブ」 (プロ向け店舗)と して運営している。 (4) 店頭サービス戦略 〜献身的なサービスの提供〜 ホームデポのサービスの基本は「顧客がホームデポで補修・DIYの知識を得てホーム デポでの経験をもとにホームプロジェクトを完結させること」である。顧客がホームプロ ジェクトを完結させようと思えば、 ・材料調達(=商品選択)のための専門的な商品的知識 ・商品を持ち帰って作業を行う際の使い方などの技術的知識 ・作業に要する道具や補助的な用具の知識 ・作業の進め方、手順といった作業工程の知識 といった、トータルな知識が必要になる。 ホームデポではそのような知識を提供することで、顧客に「モノ」と「情報」を提供し ている。それが顧客を引きつけ高いリピート率につながっている。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 6 戦略ケース 図表3 プロ向け市場の市場規模 4.「クリック&モルタル」の展開 (1)IT化への対応 ホームデポは 1998 年よりインターネットビジネスを積極的に展開してきた。1998 年に はマインダーソフト社と提携してホームマインダーというサイト上でサービスを提供して いる。ホームデポのサイトに無料登録した顧客は植物の植え付けからエア・フィルターの 交換、工具の電池交換にいたるあらゆる情報をEメールで受け付けることが出来る。 また、同年よりホームデポの株を同社サイトから直接購入出来るようにもした。1999 年 には株主総会をサイト上で公開し、サイトから株主の投票が出来るようにした。 さらに、2000 年にはシェアをさらに拡大するために、今後3年間はインターネット販売 に注力していくことを発表した。 その足掛かりとして 2000 年7月にラスベガスに商圏を絞り、インターネット取引を開始 した。現在ホームデポのホームページで展開しているサイバー店舗では実在店舗と同様に 約 60,000 アイテムの商品を扱う。中心顧客はプロの専門業者。インターネットで注文され た商品は配達するか、最寄り店舗での受け取りを選択できる。2000 年後半にはラスベガス 以外の5〜6商圏でインターネット販売を実施する。 (2)eリテイルへの本格参入 2000 年7月に参入した際のホームデポのeリテイル事業とは、ネットの小売と既存販路 での小売を独立なチャネルとして展開する「クリック&モルタル」(ネットの象徴クリック と実在店舗の象徴モルタルを表す)と呼ばれる戦略である。ホームデポが「クリック&モ ルタル戦略」を採用したのは2つの課題を解決するためである。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 7 戦略ケース ひとつは拡大するプロ向け市場に対する対応である。これからのホームセンター市場は 一般顧客からオーダーメイドを受けたプロ向け専門業者が中心顧客になっていくと思われ る。プロ向け市場は 36 兆円と予測されており、現在のホームセンター市場の約2倍である。 専門業者が望んでいることはより深い品揃えといつでも商品が確認できかつ購入できる環 境である。ネット販売は場所に制限がないため店舗以上の幅広い品揃えを提供できる。 ホームデポはネット販売と店舗販売との中心顧客をずらすことで、より顧客ニーズに即 したサービスを提供できるのである(図表4)。 ふたつめは、ダイレクトマーケティングへの対応である。従来から専門業者への販売は 専門メーカーによる直販が主流であった。ホームデポは 1996 年に壁紙、窓枠などの直売専 門メーカーであるナショナル・ブラインド&ウォールベーパー社を、1997 年には公共施設 やアパートの修理用品、備品などをカタログ販売しているメインテナンス・ウエアハウス 社を買収した。その狙いは両社の顧客データを把握する事にある。専門業者の顧客データ を管理することで拡大するプロ向け市場に能動的に営業を仕掛けることが可能となる。 図表4 ホームデポの「クリック&モルタル」の仕組み 既存流通 供給者 ホームデポ 消費者 約2万5,300 の商品供給 メーカー 実在店舗 (990店) 一般顧客 一般顧客 Home Home Depot Depot eリテイル 直売専門 メーカー (買収による 自社系列化) ホームページ プロ向け プロ向け 専門業者 専門業者 *矢印は商品の流れを示す copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 8 戦略ケース 5.ホームデポの今後の展開 ホームデポは新たな需要を創造し新市場開拓を図っている。新規需要向けの店舗タイプ は2つある。 「ビレジャーズ・ハードウェア」 「エクスポ・デザイン・センター」 の2タイプである。 「ビレジャーズ・ハードウェア」は主な顧客ターゲットを女性客に置き、取扱商品も収 納用品、ギフト、インテリア、輸入雑貨が中心となっている。商品の半分はホームデポ では取り扱っていない商品である。2000 年末までに3店舗の開店を予定している。 「エクスポ・デザイン・センター」は、「特注商品」が主力商品となっている。 「エクスポ」の中心顧客はホームデポの顧客と比較するとデザイン的な付加価値が高く、 中額〜高額の商品を好む。2000 年度9月現在で 22 店舗、開店している。 6. 日本市場への進出 現在、日本のホームセンター市場に再編の波が押し寄せている。業界2位のケーヨーと 業界3位のホーマックとの提携が 2000 年発表された。2、3年後には両社の合併が確実視 されている。 2000 年5月の投資家向け会議でブランク会長兼CEOは「日本は唯一残された市場」と 発言した。その背景にはホームデポの日本進出への動きがある。ホームデポは具体的な日 本進出の計画は発表していないものの、日本のホームセンター市場規模の3兆 6,500 億円 をはるかに凌ぐホームデポの存在はやはり不気味である。 これまでの流通業界の常識は、安さに徹すれば品揃えやサービスは限定され、品揃えや サービスに注力すれば安く販売することは出来なかった。しかし、ホームデポはあえて店 舗に人件費をかけ、品揃えの豊富さと最高のサービスと安さを見事に共存させた。この企 業は恐るべき販売力と未曾有の高収益力を持つ、新しい流通業なのである。そして、次な るホームデポの成長戦略は「クリック&モルタル」によるネットビジネスの展開である。 copyright (C)2002 JMR Lifestyle Research Institute,Ltd all rights reserved 9
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