―― 実 施 例 ―― 地中美術館の空調設備 建築設計本部 佐 倉 勇 ・ 江 草 恒 則 鹿島建設ñ ■キーワード/ ■キーワード/美術館・展示室空調・再熱負荷低減・省エネルギー 2.建物概要 1.はじめに 風光明媚な瀬戸内海に浮かぶ直島で,10数年来,ベ 建物名称 地中美術館 ネッセコーポレーションが,美術館・旧家屋・屋外など 所 在 地 香川県香川郡直島町立石 さまざまな場所を選んで現代作家の芸術作品を展示し 敷地面積 9,990fl て,文化活動に力を入れている。このたび,同社のオー 延床面積 2,681fl ナーが財団を設立して,新たに「地中美術館」を開館し 階 数 地下3階(地上0階) た。当館は,印象派の巨匠クロード・モネの絵画と,現 構 造 RC造 代美術の作家2人の作品のみを常設展示する,個性的な 工 期 平成14年4月∼平成16年4月 美術館である。 建 築 主 ú直島福武美術館財団 建築設計は,一連の施設を手がけられた安藤忠雄氏が 設 計 安藤忠雄建築研究所 担当された。常設展示施設として,全体のプランからデ 設計協力 鹿島建設ñ 建築設計本部 ィテールに至るまで,展示作品と空間の調和を極限まで 施 工 鹿島建設ñ 広島支店 追及した建築となっている。 常設展示 クロード・モネ:油絵“睡蓮” シリーズ 設備面では,「各展示作品にふさわしい空調システム ジェームズ・タレル: の採用,環境配慮・省エネルギー」をテーマとして設備 オープン・フィールド(幻想的な光空間) システムを構築した。本報では,その概要を報告する。 オープン・スカイ(光の体験空間) ウォルター・デ・マリア: タイム/タイムレス/ノー・タイム (階段状床面に御影石の球体) 写真−1 全景(手前が地中美術館) ヒートポンプとその応用 2004.11.No.65 ― 10 ― ―― 実 施 例 ―― クロード・モネ: “睡蓮” シリーズ ウォルター・デ・マリア:タイム/タイムレス/ノー・タイム ジェームズ・タレル:オープン・フィールド ジェームズ・タレル:オープン・スカイ 写真−2 展示作品 展 示 作 品 に ふ さ わ し い 空 調 シ ス テ ム 常 印 象 派:クロード・モネ“睡蓮”シリーズ 温湿度,空気質 再熱負荷低減空調システム アルカリ対策(ケミカルフィルタ) 塩害対策(除塩フィルタ) 一般空気環境 一般空調,外気冷房 塩害対策(除塩フィルタ) 静寂空間 設備騒音対策 (空調,換気,照明,給排水,制御機器) すっきりした天井,壁面 (設備アウトレットの整理) 演出照明,壁面給排気口 天井面設備アウトレット・レイアウト (スプリンクラーヘッドなど) 自然エネルギー・資源の利用 外気冷房 (現代美術展示室) 地中熱利用(取り入れ外気の冷却除湿・加温) 昼光利用 雨水・湧水利用 空調換気負荷低減 地中建築 外気量低減(CO2濃度制御) 地中熱利用(外気の冷却除湿・加温) 長寿命化 メンテナンススペースの確保 (機器スペース,設備トレンチ,搬出入ルート) 塩害対策(耐久性向上) イニシャルコストの低減 ランニングコストの低減 再熱負荷低減空調システム 地中熱利用 外気冷房・雨水・湧水利用 塩害対策(耐久性向上による長寿命) 省エネルギー・省経費のための計量システムの整備 昼光の利用・高効率照明器具の採用(蛍光灯, LED器具) 設 展 示 現代美術:ジェームズ・タレル ウォルター・デ・マリア 視覚空間 彫刻 (自然石) 精 神 性 の 高 い 空 間 環境配慮・省エネルギー 図−1 設備計画のコンセプト ― 11 ― ヒートポンプとその応用 2004. 11. No.65 ―― 実 施 例 ―― 当館は,「国立公園の景観への配慮,精神集中して芸 3.設備計画 術作品を鑑賞できる空間のための外乱のしゃ断,空調負 荷低減による省エネルギー」をめざして,地中の美術館 「展示作品にふさわしい空調システム」と「環境配 としている(図−1参照)。トップライトや大きなサン 慮・省エネルギー」をテーマとして,図−1に示すよう クンコートにより自然光を取り入れ,地中でありながら に設備計画を具体化した。 常設展示の美術館であるため,展示室ごとに展示内容 1日の時の流れを感じられる,精神性の高い鑑賞空間と に最適な空調システムを採用した。温湿度や空気質につ なっている。 いて高いグレードを要求される絵画展示室と,自然石や 光空間を特徴とする現代美術の展示室とでは,必要とさ 空調機 計6台 れる空調グレードも異なる。それぞれの空調グレードに 対して,空調の質を維持しながら省エネルギーを追及し 空調機(クロード・モネ) た。 外気コイル 自然との関わりの強い作品展示に呼応して,設備分野 主コイル においても,自然エネルギーの利用や環境配慮に力を入 再熱コイル INV れた。また,「300年を語れる美術館」という創設者の INV 二次ポンプ 再熱用空気熱源 ヒートポンプチラー 構想も踏まえて,長寿命のための配慮を深めた。 4.空調設備概要 再熱ポンプ 空気熱源 ヒートポンプチラー 空気熱源 ヒートポンプチラー 熱源システム系統図を図−2に示す。また,熱源機器 一次ポンプ を表−1に示す。空気熱源ヒートポンプチラーを熱源と し,年間の負荷発生状況に合わせて,各機器の運転モー ドを設定している。後述するように,外気コイル組み込 図−2 熱源システム系統図 み空調機の採用により,再熱負荷は低負荷冷房時となる 排気ファン 消音装置 その他の空調機 (ロビー,休憩コーナーなど) 空調機 ジェームズ・タレル 「オープン・フィールド」 消音装置 消音装置 排気 空調機 空調機 風量制御 ダンパ クロード・モネ 「“睡蓮”シリーズ」 ベンチ (ヒータ組込) ジェームズ・タレル 「オープン・スカイ」 消音トラップ 排気 給気ファン 空調機 除塩用フィルタ 給気ファン 外気フィルタチャンバ 消音トラップ 〈直交断面図〉 壁:防水+非断熱 (地中熱による冷却除湿・加温) 〈外気取り入れルート/断面図〉 天井,床:防水+断熱 図−3 空調系統図 (展示室関連) ヒートポンプとその応用 2004.11.No.65 ― 12 ― ウォルター・デ・マリア 「タイム/タイムレス/ノー・タイム」 ―― 実 施 例 ―― 4月・10月のみの発生にとどまるため,表に示す運転 気を供給している。各展示室のダクト系統には消音装置 モードとしている。 を設置して,NC−30以下の静寂空間で精神集中して作 空調系統図を図−3に示す。避難用のトンネル状通路 品を鑑賞できる音環境を実現している。吹出口・吸込口 を外気取り入れルートとして,地中熱による外気の冷却 には,ほかのすべての設備アウトレットとともに,装飾 除湿・加温効果を活用している。外気中の塩分を除去す 性を排除しながら, 意匠上の配慮が細部にまで行き届き, るため,外気フィルタユニットを介して,各空調機へ外 視覚的にきわめてシンプルな表現にまとめられている。 ジェームズ・タレル:オープン・スカイ(以下,タレ ル展示室)は,1辺8mの立方体の天井中央部が四角く 表−1 熱源機器 開けられた半屋外空間である。夏季は空調機により居住 空気熱源 ヒートポンプチラー 再熱用空気熱源 ヒートポンプチラー 冷 却 能 力 75kW 12.5kW 電気ヒータで加温している。中間期の晴天日には,外気 加 熱 能 力 85kW 15.0kW 冷房により天井開口からの負荷に対処している。 台 数 2台 1台 時 冷水供給 冷水供給 低負荷冷房時 冷水供給 温水供給(再熱用) 暖 温水供給 温水供給 運 転 モ ー ド 冷 房 房 時 系 統 域空調を行い,冬季は鑑賞用ベンチの座面および背面を ウォルター・デ・マリア:タイム/タイムレス/ノ ー・タイム (以下,デ・マリア展示室)は,天井のトップ ライトの光のみで室内の光環境を形成している。タレル 展示室と同様に,中間期の外気冷房を採用している。 図 空気の状態変化(空気線図) (㎏/㎏') 冷房 33℃,18×10−3kg/㎏' 暖房 0℃, 1×10−3kg/㎏' 外気 ( ) 冷房 外気取り入れ (フィルタユニット経由) 採 冷房 24℃,50% 暖房 24℃,50% ( ) O 外気ファン VD O D R A B プレフィルタ メインフィルタ 送風機 (℃) (㎏/㎏') 乾球温度 ス テ C D 12,000m3/h E 暖房 ム :12,000m3/h : 750m3/h A 絶 対 湿 度 C R 用 シ :12,000m3/h : 750m3/h 展示室 B C B 750m3/h プレフィルタ 冷水コイル 加湿器 冷温水コイル 温水コイル (再熱用) 絶 対 湿 度 R D E O A (℃) 乾球温度 (㎏/㎏') 外気 冷房 33℃,18×10−3kg/㎏' 暖房 0℃, 1×10−3kg/㎏' ( ) 冷房 外気取り入れ (フィルタユニット経由) A 冷房 24℃,50% 暖房 24℃,50% ( ) O 従 O :12,000m3/h : 750m3/h 展示室 B R C 絶 対 湿 度 R 来 シ ス 外気ファン 送風機 (℃) (㎏/㎏') 乾球温度 VD 暖房 テ 12,000m3/h ム A 750m3/h プレフィルタ メインフィルタ 冷温水コイル B :12,000m3/h : 750m3/h C D 加湿器 温水コイル (再熱用) R A D 絶 対 湿 度 B C O 乾球温度 (℃) 図−4 絵画展示室の空調システム ― 13 ― ヒートポンプとその応用 2004. 11. No.65 ―― 実 施 例 ―― 従来システムとの年間負荷比較 冷房 冷却負荷:25 再熱負荷: 8 暖房 加熱負荷:98 (MJ/月) 60,000 月 間 冷 却 ・ 再 熱 ・ 暖 房 負 荷 (MJ/年) 600,000 冷却負荷(従来システム) 冷却負荷(新形システム) 再熱負荷(従来システム) 再熱負荷(新形システム) 暖房負荷(従来システム) 暖房負荷(新形システム) 50,000 40,000 年間毎時気象 データによる (従来システム:100) 年 間 冷 却 ・ 再 熱 ・ 暖 房 負 荷 30,000 20,000 10,000 再熱負荷 冷却負荷 暖房負荷 500,000 400,000 300,000 200,000 100,000 0 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 (月) 従来システム 新形システム 図−5 年間負荷変動比較 (年間平均毎時気象データによる) (℃) 35 (%) 100 外気湿度 30 5.絵画展示室の空調システム 外気温度 80 25 還気温度 温 20 度 15 印象派の巨匠クロード・モネの展示室(以下,モネ 展示室) には, “睡蓮”シリーズの油絵が展示されている。 当館で,温湿度や空気質への高度な配慮が求められる唯 60 相 対 湿 40 度 還気湿度 10 一の展示室である。この種の展示室では,冷房時の湿度 20 5 維持のために再熱することは,作品保護のためにやむを 0 0 得ないこととされてきた。 当館では,再熱負荷を極力発生させないことを目的と 6 12 時 刻 18 0 0 (時) 図−6 モネ展示室の空調運転状況 (H16.7.20) して, 外気用コイルを空調機に組み込んだ(図−4参照)。 除湿負荷の大半が外気にあることから,外気コイルで室 内側の発湿量も含めた全除湿負荷を処理し,外気コイル での除去では不足する分の顕熱負荷を主コイルで処理す 6.おわりに ることとした。年間気象データによるシミュレーション 平成16年7月17日に,当美術館は各方面からの注目 では,再熱負荷を従来システムの8%に低減できるだけ を浴びながら無事開館した。展示室ごとに空調システム でなく,同時に冷却負荷も大幅に低減できる結果が得ら も異なるが,そのなかで,モネ展示室に採用した外気コ れた(図−5参照)。 イル組み込み空調機は,再熱コイルを除去した形でオフ 暖房時においては,外気コイル下流側で加湿を行うと, ィスビルなどの汎用空調システムとして活用ができると 低湿度レベルからの加湿となるので加湿効率が向上し, 考える。低湿度空調の実現が室温設定温度の緩和 (上昇) 厳密な精度を必要としない限り気化式加湿方式の採用も を可能とし,快適温熱感とともに省エネルギー効果が得 可能となる。 られる。 図−6は,モネ展示室の冷房時の空調運転状況である。 開館後の日数経過も浅く,運営形態の定着にはしばら 再熱系統を停止した状態で,展示室(還気ダクト内)の相 く時期を待たなければならない。 冬期の運転確認も含め, 対湿度は終日51∼57%の範囲に納まっている。外気の さらにフォローしていく予定である。 相対湿度は80∼98%と非常に高いが,外気コイルによ 最後になりましたが,地中美術館の皆さま,安藤忠雄 る除湿により再熱が不要となり,大きな省エネルギー効 建築研究所の皆さまのご指導・ご協力に対し,心からの 果が得られている。 感謝を申し上げます。 ヒートポンプとその応用 2004.11.No.65 ― 14 ―
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