メディア再帰社会

メディア再帰社会
大人のためのメディア論講義 第一回 20140912
石田英敬
0 知の現在について 人文知をめぐる状況: 人文知が後退している。一九九〇年代との比較。
大学をめぐる状況:大学人が閉じこもっている。研究の先端化、細分化
知のペシミスティックな現在:
「啓蒙の奴隷の弁証法」:知の小人たちの支配 ガリヴァーが縛られている。
小人たちはケータイやスマホで連絡を取り合っている。知のガリヴァーをネッ
トワークで縛り上げている。
I イントロダクション: 「メディアの問い」とは? まず知の巨人:精神分析に父 フロイトの小論を読むことから始めましょう。
1「不思議のメモ帳」覚え書き(1925):「心の装置」論
フロイトに「『不思議メモ帳』についての覚え書き」(« Notiz über den ‘Wunderblock’ »、一
九二五年1)という有名な小論がある。不思議メモ帳(Wunderblock)とは、「マジックスレート」
や「お絵描き板」といった名前で日本でも昔から売られている子供向け玩具である。蝋板とパ
ラフィン紙と透明なセルロイド板(最近のものは素材をプラスチックなどに変えているが)を重
ねて、セルロイド板の上からペン代わりの尖筆で文字や絵を書き込む。書き込まれたパラフィ
ン紙を持ち上げて蝋板から話すと、記入面が新(ルビ:さら)になって何度でも書いたり消したり
できる。
「快感原則の彼岸」や「自我とエス」を書いていた当時のフロイトは、これを「心の装置」
の格好のモデルとして取り上げている。透明なセルロイド板は、尖筆で書き込む入力の圧力を
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(以上、岩波書店『フロイト全集18』より引用)
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受けとめて、外部刺激からの「保護」の役割を果たしている。その下の薄いパラフィン紙は、
入力が文字や絵として表象化される「知覚-意識」の層。それよりも下にある蝋板 は、痕跡が「記
憶」として貯蔵される「無意識」の層にたとえられる。
文字や絵の表象が浮かびあがるのは薄くて破れやすいパラフィン紙の膜の上である。書き込
みで埋まったパラフィン紙を持ち上げると書き込み面はクリアされて絵や文字は消えてしまう。
これは人間の心で知覚や意識から像が消え去るのと同じだ。いちど書き込まれた文字や絵は、
しかし、知覚-意識の面からは消え去っても、一番下の蝋板のうえには痕跡が残っており、光を
当ててみると判読することができる。この用具では、その記憶の痕跡を呼び出す –「想い出す」
-- ことはできないが、それが、
「万が一、われわれの記憶と同じ再生能力を有するのなら、それ
こそ真に不思議メモ帳と呼ぶに値する」とフロイトは書いている。
このフロイトの「不思議メモ帳」、どこか現代のメディア端末に似てないだろうか。似ている
というより、例えばまさしく Macintosh i-Pad そのものである。加えて、i-Pad では、入力され
て消されても音声や映像の痕跡はメモリやサーバー上に残されていて、「呼び出す」こともでき
る。i-Pad はまさしく、フロイトのいう「不思議メモ帳」の完成形とさえ言えるようである。
フロイトの説を延長するなら、現代人は、i-Pad のような「心の装置」の補助具を携えて、メ
ディアに結びつき生活していることになる。外部世界からの刺激情報をメディア端末を通して
受け取り、意識にとどめて表象を生みだしては、記憶の層へ次々に送り込んでいる。「不思議メ
モ帳」
(Wunderblock)の英語名が magic pad であることを思えばこの一致は、さらに意味深く
思えてくる。私たちの「知覚-意識」に現れる現象は、私たちの心の装置の蝋板へと送り込まれ
ると同時に、コンピュータやサーバーのメモリーに送り込まれて蓄積され、それぞれの記憶の
層から呼び出されたり消去されたりしつづけている。あるいは、いまでは私たちは、それぞれ
がネットワークにつながった「不思議メモ帳」を心に実装している小人たちの国 -- 「リリパッ
ト」 -- の住人であり、その小人たちが集まって構成する「人造人間」。それが、私たちの「リ
ヴァイアサン」であるとさえ思えてくる。
そのとき、フロイト的無意識の(心の蝋板)と、コンピュータの無限メモリー(技術的無意
識)とはどのような関係のもとに成り立つことになるのか?そして、そもそも、私たちの知覚
—意識および無意識の成り立ちにどのような変容が起ころうとしているのか?
以下に読まれることになるのは、二十世紀以後の「心の装置」をめぐる、メタ心理学的=メ
タ・メディア論的な考察である。
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2 プラトンへの遡行: 『パイドロス』あるいは、記憶/忘却 について
文字と技術
心の装置の補助具と文字の発明
『パイドロス』の文字神話
[……]話が文字のことに及んだ時、テウトは言った。これによりエジプト人の智慧は高まり、
物憶えもよくなろう、それは記憶と叡智の秘訣なのだから、と。しかしタムゥスは答へた。
「[…
…]汝の發明は、学ぶ者の心に忘れっぽさを植えつけることになろう。なぜなら、もはや記憶
力を使うことが疎かにされるから。すなわち、彼らは書かれた物に頼って、物事を自分以外の
ものに刻みつけられたしるしによって外から思ひ出すやうになり、我と我が力によって内から
思ひ出すことをしなくなるためである。汝が発見したのは、記憶の秘訣というよりは想起の秘
訣なのだ。汝がこれを学ぶ者らに与えるのは、叡智の見せかけであって真の叡智ではない。[…
…]」
プラトン『パイドロス』274E-275A
3 技術と文字
ファルマコロジー Pharmakon φάρµακον と 記憶 Mneme(Μνήµη)/ 想起(補助記
憶)Hypomnesis(ὑποµνήσεεις)
技術と Prosthesis (前-定立)
身体拡張から「心の補助具(前-定立)」へ
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「メディアの忘却装置」と「現在」意識
メディアの忘却装置
短期記憶と長期記憶 そして、記憶の外部化
フロイトの問い 記憶と意識とは、オン・オフ(あるいはトレードオフ)の関係 「知覚-意識」は、「記憶」に取って代わる。
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認知心理学における「記憶」の理論:「短期記憶」「長期記憶」
A. バッドレー「ワーキングメモリー」説
あるいは、E. フッサールの『内的時間意識の現象学』
メディアの時間
記憶装置としての本、雑誌(季刊・月刊・週刊)、新聞、TV. ネット、ツイッター
記憶のシュートカット
II メディアの問いとは何か?(2) 「記号の問い」導入
文字のテクノロジー革命と「新しい〈記号の学〉」
文字から〈テクノロジーの文字〉へ
現在意識の生産技術の発達
→「ことばの知/文字の知」から「記号の知/メディアの知」へ
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