PETによる乳癌の診断

PETによる乳癌の診断
国際医療福祉大学三田病院 放射線科
棚田 修二
乳癌の原発巣に対するPET/CTの検出能については、感
進行乳癌や再発乳癌における、骨を始めとした遠隔転移
度64〜96%、特異度73〜100%、陽性適中率(PPV)
について、PET/CTの検出能は、感度80〜100%、特異
81〜100%、陰性適中率(NPV)52〜89%などと、幅
度50〜97%とされており、その役割は大きいと言える。
広い数値での報告であるが、一応、有用な画像診断法と言
実際、進行乳癌(ⅡB期、ⅢA期)での検討では、13%の症
える。しかし、実際にはマンモグラフィ(MMG)、超音波
例でN3リンパ節転移や遠隔転移が発見され、病期が変更
検査(US)、磁気共鳴撮影(MRI)あるいはX線断層撮影(CT)
されたとの報告や、局所進行乳癌(T4)や炎症性乳癌の検
などが中心であり、細胞診や生検が比較的容易に実施でき
討では、52%の症例で病期が変更されたとの報告もある(症
ることもあって、PET/CTの役割は限定的と考えられてい
例④)。
る。この理由として、他の悪性腫瘍の場合と同様に、乳癌
乳癌に限らず局所再発の診断については、術後の瘢痕性
の場合も病巣の大きさや組織型に依存してFDG集積が変わ
変化もあって、MRIやCTなどの画像診断では、造影検査
り、しかもその影響が比較的大きいためである。特に、病
を加えても、判断に困ることが多いが、FDGは瘢痕組織に
巣の大きさによって、原発巣の検出能は左右される。実際、
は殆ど集積しないので、経過観察中に、胸壁や腋窩などの
1cm以下で悪性度が低い場合、偽陰性が多くなるとされ
局所への異常集積を認めた場合、高い確度で再発と診断で
ている。また、組織型によりFDG集積にも違いがあり、一
きる(症例⑤)。ただし、その場合、感染などによる炎症性
般に、浸潤性乳管癌に比べて、非浸潤性乳管癌(DCIS)、
変化や直近の放射線治療の有無などを、忘れずに確認して
浸潤性小葉癌や粘液癌などでは、集積が低く偽陰性になる
診断することが重要である。
可能性が高いとされている。
治療効果の判定については、現在、PET/CTは、保険診
一方、MMG、US、MRI、CTなどの画像は、検査範囲
療の適応になっていないので、臨床現場では用いにくい面
に限界があり、撮影野外に病変がある場合、見逃されるこ
もあるが、その有用性は数多く報告されている。例えば、
とになる。その点、PET/CTは全身撮影という広い撮影野
転移に対する化学療法の評価では、治療前のFDG集積に対
を持ち、病変にFDGが集積していれば、見逃すことなく指
して、初回治療終了時と2回治療終了時のFDG集積は、
摘することが可能である。したがって、他の検査目的で
Responderでは平均72%と平均54%であり、Non-
PET/CTを施行した際、偶然乳癌を発見することもあるの
responderでの平均94%と平均79%に比べて、有意に低
で、注意深く読影することが要求される(症例①)。
かったとの報告もある。
原発巣診断の限界と違って、転移や治療後の再発病変の
乳癌の画像診断は、原発巣に対しては、MMG、US、
診断におけるPET/CTの役割は大きいと言える。乳癌では、
MRIなどの有用性が高く、細胞診や生検を行い易い癌でも
初回診断時、腋窩リンパ節転移の診断が重要であるが、
あるため、PET/CTの役割は限定的であるが、他の画像診
360例を対象とした腋窩リンパ節転移の検出能は、感度61%、
断にない全身撮影ができるという利点を有しているので、
特異度80%、PPV 62%、NPV 79%との報告もある一
リンパ節転移、遠隔転移あるいは局所を含めた再発などの
方で、2cm以下のT1症例では、はるかに低い感度20〜
診断では、その有用性は高いと言える。また、治療効果の
30%であることも報告されている。したがって、一般には、
判定についても、今後保険適応が認められれば、より有効
PET/CTが陰性であっても、センチネルリンパ節生検(SNB)
で効率的な治療の実施に繋がって行くことが予想される。
は、省略できないと考えられている。逆に、特異度が比較
さらに、分子イメージングの観点から、FDGに次ぐデリバ
的高いので、PET/CTが陽性であれば、SNBを省略して
リー可能なPET薬剤が開発、供給されるようになれば、
腋窩郭清を行うとの考えもある。鎖骨下や鎖骨上窩あるい
PET/CTがより一層乳癌の診断・治療に貢献することが期
は胸骨傍などの腋窩以外へのリンパ節転移では、PET/CT
待できる。
の広い撮影野が有用である(症例②)。胸骨傍リンパ節転移
は、サイズが小さいことが多く、USやMRIでは描出は難
しいこともあるが、PET/CTでは、周囲組織とのコントラ
ストが比較的良好であり、FDGの異常集積を指摘し易い。
特に後期像を撮影することで、コントラストがより明瞭に
なって、検出し易くなる(症例③)。また、胸骨傍リンパ節
には、肺門リンパ節や気管周囲リンパ節などと違って、い
わゆる非特異的集積を示すことは先ずなく、集積があれば
異常とみなすことができるのも診断の一助となる。
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参考文献
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デリバリーPETの基礎と臨床
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18
F-FDG PET/CT in staging patients with locally
症例提示
①偶然発見された乳癌
60歳代、女性。偶然発見の右乳癌。
E;5.9、D;7.2)を認め、乳癌と診断された。マンモグ
自覚症状なし。
ラフィ(MLO)では(図1c)、病変は撮影野外のため、描出
人間ドックでPET/CT検査を希望したため施行した。
されていない。造影MRI( 図1d)では、右乳房のB領域に、
FDG投与量:263.7MBq(4.35MBq/Kg)
造影効果を示す結節(径17mm)として認められる。
血糖値:101mg/mL。
約2か月後に手術が行われ、浸潤性乳管癌(充実腺管癌)と
FDGの投与、約1時間後から早期像(E)を、約2時間後か
診断され、リンパ節転移は認めなかった。
ら後期像(D)を撮影した(他の症例も同様)。
健診で撮影する通常のマンモグラフィでは、撮影野に入ら
MIP画像では(図1a)、正中やや右側で、肝の上方に限局
ない乳癌も、まれに存在するので、本症例のように、原発
性のFDG集積を認める。PET/CT画像では(図1b)、右乳
巣の診断においても、限定的ではあるが、PET/CTの有用
房のB領域に、小腫瘤(径12mm)とFDG集積(SUVmax:
性は認められる。
図1a
MIP画像
図1d
造影MRI画像
図1b
PET/CT画像
図1c
MMG(MLO)画像
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②乳癌の鎖骨上窩リンパ節転移
40歳代、女性。左乳癌術前。
へ高いFDG集積を認める。造影MRIでは(図2c)、原発巣
左乳癌および左腋窩リンパ節転移。
と左腋窩リンパ節転移は、よく造影される病変として描出
病期診断目的で、PET/CT検査を施行した。
されているが、左鎖骨上窩のリンパ節転移は、通常撮影野
FDG投与量:303MBq(5.92MBq/Kg)
に入らないため描出されていない、また、超音波検査でも
血糖値:84mg/mL。
左鎖骨上窩リンパ節転移は、指摘困難であった。
MIP画像では(図2a)、乳頭付近の原発巣だけでなく、左腋
術前化学療法に続いて、約6か月後に手術が施行され、浸
窩に多発するリンパ節転移へのFDG集積に加えて、さらに
潤性乳管癌(硬癌)と診断され、リンパ節転移の残存も認め
離れた部位である左鎖骨上窩にもFDG集積を認め、リンパ
られた。
節転移があることを示している(N3c)。PET/CT画像では(図
原発巣や腋窩リンパ節転移は、MRIや超音波検査で十分検
2b)、原発巣(表示せず)
(SUVmax:E;8.5、D;9.6)、
索可能であるが、離れたリンパ節転移などは、撮影(検索)
左腋窩リンパ節転移(表示せず)
(SUVmax:E;6.4、D;6.6)
範囲から外れることもあるため、広い撮影野を有する
および左鎖骨上窩リンパ節転移(SUVmax:E;4.2、D;5.3)
PET/CTの特長が示された例である。
図2a
MIP画像
図2b
図2c
50
造影MRI画像
PET/CT画像
デリバリーPETの基礎と臨床
③乳癌の胸骨傍リンパ節転移
50歳代、女性。左乳癌術前。
約10日後に手術が施行され、浸潤性乳管癌(硬癌と乳頭腺
自覚症状なし。検診で発見された乳癌。
管癌の成分を有する充実腺管癌)と診断され、胸骨傍リン
病期診断目的で、PET/CT検査を施行した。
パ節転移も確認された。
FDG投与量:199MBq(3.34MBq/Kg)
胸骨傍リンパ節転移の頻度はそれほど高くなく、サイズも
血糖値:84mg/mL。
小さいものが多いので、術前画像診断は簡単ではない。し
MIP早期像では(図3a)、原発巣のみにFDG集積を認める
かし、通常胸骨傍リンパ節へ、いわゆる非特異的集積を示
が、MIP後期像では(図3b)、原発巣だけでなく、縦隔側
すことはまれであり、PET/CTで集積を認めた場合、積極
に小さいながらFDG集積が認められる。PET/CT画像で
的に転移を疑って、依頼医へ報告することが重要である。
は( 図 3 c )、 原 発 巣( 表 示 せ ず )へ の 著 明 な F D G 集 積
また、本例は、早期像と後期像では、SUVmaxにわずか
(SUVmax:E;14.1、D;15.8)だけでなく、第1肋間
な違いしか認めなかったが、後期像では周囲組織との集積
で左胸骨傍リンパ節へのFDG集積(SUVmax:E;3.0、D;
比(コントラスト)が高くなって、視認し易くなったもので
3.6)を認め、リンパ節転移と診断された。冠状断MRIで
ある。乳癌での後期像の果たす役割を示した症例であり、
は(図3d)、第1肋間で左胸骨傍リンパ節が、低信号結節
早期像で原発巣しか描出されない場合、積極的に後期像を
として描出されているが、PET/CTほど明瞭には示されて
撮影し、リンパ節転移の見落としを極力少なくする努力が
いない。
必要である。
図3a
MIP早期像
図3b
MIP後期像
図3c
PET/CT画像
図3d
冠状断MRI画像
51
④乳癌の骨転移
40歳代、女性。右乳癌術前。
14.8)を認め、左恥骨への多発骨転移と診断された。
右乳癌および右腋窩リンパ節転移。
原発巣および右腋窩リンパ節転移に対して、手術が施行さ
病期診断目的で、PET/CT検査を施行した。
れ、浸潤性乳管癌(硬癌)と診断され、腋窩リンパ節転移は
FDG投与量:299.2MBq(4.21MBq/Kg)
多発していることが判明した。骨転移については、化学療
血糖値:82mg/mL。
法主体で、治療が施行された。
MIP画像では(図4a)、原発巣と右腋窩リンパ節転移への
本例では、PET/CT検査前には予想していなかった骨転移
FDG集積だけでなく、膀胱下左側に2箇所、異常集積を認
が発見され、その後の治療方針の変更などに繋がった。乳
める。PET/CT画像では(図4b,4c)、原発巣(表示せず)
癌は骨転移を来たし易い癌の一つであり、硬化性転移が多
(SUVmax:E;9.8、D;11.8)、右胸筋間リンパ節
いとされているが、溶骨性転移や両者の混合した転移も多く、
(SUVmax:E;6.3、D;8.4)だけでなく、左恥骨に溶
転移病変にFDGが集積することは少なくない。骨シンチグ
ラフィと異なる側面から骨転移の検出に役立つものである。
骨性変化と、2箇所に異常集積(SUVmax:E;13.3、D;
図4a
52
図4b
PET/CT画像(胸部)
図4c
PET/CT画像(骨盤部)
MIP画像
デリバリーPETの基礎と臨床
⑤乳癌術後の局所再発
50歳代、女性。左乳癌術後再発。
融合画像)では(図5b,5c)、左胸壁や左腋窩に、術後の
4年前に腋窩リンパ節転移を伴う左乳癌(浸潤性乳管癌(硬
瘢痕性変化を認めるが、FDGの異常集積はなく、再発はな
癌))で手術が施行され、その後化学療法や放射線治療を受
いと診断された。
けて、経過観察されていたが、今回再発が疑われたため、
今回(4年後)のPET/CT(MIP画像と融合画像)では(図5d,
PET/CT検査を施行した。
5e)、左腋窩から左前胸壁にかけて、多発するFDG集積
FDG投与量:247.6MBq(4.65MBq/Kg)
(SUVmax:E;4.2)を認め、局所再発およびリンパ節転
血糖値:71mg/mL。
移の再発と診断された。
術前のPET/CT(MIP画像)では(図5a)、原発巣へのFDG
乳癌に限らず、術後の局所再発の診断は、瘢痕性変化など
集積(SUVmax:E;4.3、D;3.9)を認めるとともに、
もあって、他の画像診断法では、判断に困ることが多いが、
左腋窩に相当して多発するリンパ節転移を認める。
PET/CTでは、FDGの異常集積を認めることが多く、確
約1.5年後に施行された経過観察のPET/CT(MIP画像と
実に再発診断が行うことができる。
図5a
MIP画像(術前)
図5b
MIP画像(約1.5年後)
図5c
PET/CT画像(約1.5年後)
図5d
MIP画像(4年後)
図5e
PET/CT画像(4年後)
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