活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス 108 若原義幸 自動車繊維用油剤 当社活性剤研究部ユニットチーフ [ 紹介製品のお問い合わせ先 ] 当社生活・繊維本部繊維産業部 る繊維のことである。これらは前 アバッグ、シートベルト、タイヤ 2011年の世界の繊維需要は約 述の繊維と異なり、ファッショ コード、ブレーキホースなどのホ 8,400万㌧であり、このうち綿、 ン・デザインよりも、強度・耐火・ ース類や伝動ベルト、カーマット 絹などの天然繊維は約2,900万㌧、 耐光など機能が強く求められる。 など、多種多様な繊維が使用され、 化学反応により作られる化学繊維 これらの繊維は、先進国でも需要 それぞれに求められる性能も異な は約5,500万㌧であった。化学繊 が伸び続けている。 る [図2] 。 合成繊維 維には天然繊維を原料にして製造 自動車用繊維 自動車用繊維にはポリエチレン される再生繊維、石油原料から有 産業資材用繊維でいちばん身近 テレフタレート (PET)とナイロン 機高分子化合物として製造する合 なものは自動車用繊維である。エ 66(N66) が 主 に 用 い ら れ る。 成繊維、無機化合物からなる無機 繊維などがあり、なかでも合成繊 N2&チップ粉末 維は約5,200万㌧と広く使用され ポリマーチップ ている。 粉末除去器 チップホッパー 合成繊維は、ポリエステルやナ イロンなどの熱可塑性ポリマーを 溶融状態とし紡糸口金にあるノズ ギアポンプ (ポリマー計量ポンプ) エクストルーダー ルを通して引き出し冷却、繊維状 に固化させてこれらを束ね1本の 加熱筒 糸とし、多段熱延伸(速度比およ 紡糸パック (フィルター、口金) 保温筒 び温度を変えた複数の金属ローラ 冷却風 ーを通すこと)によって高倍率延 伸(分子鎖を配向)し、弛緩熱処理 2階フロアー 紡糸ダクト した後に巻き取る一連のプロセス 。 で製造される[図1] 産業資材用繊維 ところでこれら繊維というと、 給油 カッターアスビレーター 弛緩熱処理 第1段延伸 ワイシャツ、ズボンといった衣料 用繊維や布団、カーペットといっ た家庭・インテリア用繊維を思い 第3段延伸 第2段延伸 交絡処理 浮かべるであろうが、どちらにも 巻取機 属さない産業資材用繊維と呼ばれ 1階フロアー る繊維がある。産業資材用繊維と は、自動車、機械、建築、医療、 衛生などさまざまな分野で使われ 図1●紡糸工程例 三洋化成ニュース ❶ 2014 春 No.483 エアバッグ (N66:織物) クッション材 (PETほか) 〈カーシート関連〉 天井材(PET:ニット、 不織布) シート (PET:織物、 ニット、不織布) ドアトリム(PET:ニット) ピラー(柱部に使用、PET:ニット) イやブレーカーにはN66が使用さ れる。車内装飾品としての一面か ら意匠性も必要となるシートベル トにはPET、柔軟性と強度がとも に必要なエアバッグにはN66が主 に用いられる。 自動車用繊維のなかでも、タイ ヤコード、シートベルトおよびエ アバッグは人命に関わる部材であ り、特に高い性能が求められる。 シートベルト (PET:細幅織物) これら高品位の繊維を製造するた めに重要な役割を担うのが、繊維 〈カーマット〉 ラインマット PP‐BCF:タフト、 (Ny‐BCF*、 PET:ニードルパンチ) タイヤコード (N6、N66、 PET:簾) 〈そのほか〉 制振材、吸音材(繊維全般) トランクルーム(不織布) フィルター(Ny、 不織布) ゴムホース、伝動ベルト オプションマット (Ny‐BCF、 PP‐BCF:タフト) *BCF:Bulked Continuous Filaments 油剤である。 繊維油剤 繊維の製造・加工では糸切れ、 帯電によるほぐれなどのトラブル が発生することがあり、これを防 ぐために紡糸油剤、紡績油剤、ア 図2●自動車に使用されている繊維製品 フターオイルなどと呼ばれる油剤 [図4] 。これらの油 が使用される ビード部 ビードワイヤー (鋼線) 摩擦を低減する潤滑性や静電気に タイヤをホイールの リム部に固定する サイドウォール部 走行中にしなやかに 変形して乗り心地を 良くする 剤は、繊維に少量塗布することで、 よる糸どうしの接触を防ぐ帯電防 カーカス (タイヤの基本骨格:PETコード) 止性、集束性などの性能を繊維に インナーライナー (タイヤ内部の空気を保持する) に進めるなど繊維製品の製造に不 ベルト (スチールコード) 付与し、繊維の製造・加工を円滑 可欠である。これらは総称して繊 維油剤と呼ばれ、天然繊維に比べ て静電気が起きやすい合成繊維の ショルダー部 構造の変わる境目となり、 厚いゴムでできている キャッププライ (N66コード) 接地面 トレッド部 トレッドを強化し、タイヤ全体の 構造を支えるベルトが入っている 製造ではその重要度がさらに高く なり、繊維油剤の適否が製造・加 工時の工程収率および繊維製品の 品質に大きく影響する。 紡糸油剤 ポリマーから繊維を作る工程を 紡糸工程といい、そこで使用され 図3●ラジアルタイヤの構造 る繊維油剤を紡糸油剤という。紡 PETは伸び縮みしにくく、耐摩耗 用車用ラジアルタイヤのカーカス 糸油剤は紡糸工程だけでなく、そ 性に優れる。一方、N66は摩擦や 材としてPETが用いられている の糸から布を作る工程も円滑に進 折り曲げに対して強く、柔軟性に [図3] 。より高強度が必要な自動 める働きもあり、最終繊維製品の 優れる。それぞれの特長を生かし 車用ラジアルタイヤのキャッププ 品質を左右する最も重要な繊維油 て使い分けられている。 ライ、トラックやバスなど大型車 剤といえる。 例えば、タイヤコードでは、乗 のバイアスタイヤのキャッププラ 紡糸油剤の役割は、糸に集束性 三洋化成ニュース ❷ 2014 春 No.483 活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス 自動車繊維用油剤 などを与え、高速で長時間紡糸す 位の糸を作ることである。それに は、 ①糸への均一付着性 ②延伸ローラー上での高度な潤滑 性 ③静電気による糸どうしの接触を 防ぐための帯電防止性 などが必要となる。 紡糸油剤は、求められる機能に よって合成潤滑油と界面活性剤、 酸化防止剤などを設計・選択し配 重合 製 糸 加 工 る際の毛羽・糸切れをなくし高品 モノマー 重合 ポリマー 紡糸油剤 延伸→捲縮付与→切断 紡糸 長繊維 短繊維 紡績油剤 POY 紡績 延伸 FDY 延伸・仮撚加工 DT Y アフターオイル 紡績糸 [産資用] [衣料用] 編織準備 整経・のり付け 製織・編立 撚糸・Dipping 製織・編立 染色 織物・編物 合[表1]したもので、パラフィン 詰め綿・不織布 精練・染色・仕上げ 縫製 オイルで希釈したストレートタイ プと水に乳化したエマルションタ 繊維製品:衣料品・産業資材・インテリア・日用品 イプがある。ストレートタイプは 表面張力が低く均一付着性が高い が、紡糸工程で揮発するパラフィ ンオイルによる作業環境悪化や地 図4●合成繊維の製造・加工と繊維油剤 表1●繊維油剤の機能と配合成分例 分 類 機 能 平滑剤 流体潤滑 集束 鉱油 動・植物油 合成潤滑油 脂肪酸エステル型 ポリエーテル型 シリコーンオイル 乳化剤 乳化 湿潤 集束 流体潤滑 非イオン界面活性剤 PEG 型 エステル型 アミド型 制電剤など 帯電防止 境界潤滑 緩衝、抗酸化 乳化 アニオン界面活性剤 スルホネート型 ホスフェート型 カルボキシレート型 両性界面活性剤 非イオン界面活性剤 希釈剤 均一塗布 減粘 冷却 湿潤 水 パラフィンオイル 球環境負荷低減の観点から、パラ フィンオイルを用いないエマルシ ョンタイプへの移行が望まれてい る。一方、エマルションタイプは、 均一付着性が劣るため、より高品 位が求められる繊維にはストレー トタイプがいまだ主流である。 自動車用繊維の紡糸油剤は高い レベルが求められる。当社では摩 擦を適正に調整、静電気の発生を 極小化、後の染色や編立て工程に 悪影響がないなど、用途に合わせ たさまざまな要求性能項目を満足 成分例 するよう自動車繊維用油剤を設計 している。 自動車繊維用油剤の必要性能 なる。そのため、前述した一般的 のため、高温でも劣化しにくく潤 自動車繊維用油剤では、繊維製 な油剤の性能に加え、下記の高い 滑性を維持できる油剤が求められ 品の強度・品位が安全性にもつな 性能が必要となる。 る。延伸ローラーは定期的に清掃 がるため、毛羽を発生させないこ [耐熱性] されるため、耐熱性向上は清掃周 とが強く要求される(毛羽品位) 。 高温の延伸ローラー上で油剤が 期を長くし、収率向上にもつなが 特にタイヤコードやシートベルト、 劣化するとタールが生じ、それが る。当社は、熱安定性の高い潤滑 エアバッグなどは命を守る重要な 蓄積すると走行中の糸に引っ掛か 剤や界面活性剤を配合し、耐熱性 部分であり、糸の信頼性が重要と り毛羽・糸切れの原因となる。そ の高い油剤を設計している。 三洋化成ニュース ❸ 2014 春 No.483 活躍する三洋化成グループのパフォーマンス・ケミカルス 自動車繊維用油剤 [潤滑性] 紡糸油剤にはさらに高い潤滑性が 性も必要となる。目ズレは繊維間 摩擦によって毛羽が発生するた 必要となる。また、シートベルト の滑り性に起因する。当然、紡糸 め、自動車繊維用紡糸油剤には、 には車内装飾品としての一面もあ 油剤が付着したままだと滑りやす 合成繊維用油剤のなかでもかなり り、染色品が用いられる。シート く目ズレが起こりやすい。エアバ 高度な潤滑性が必要となる。当社 ベルトの製造プロセスは、原糸→ ッグの製織工程は水の力で糸を飛 は創業当時より繊維油剤を開発・ 製織→染色→仕上げ剤処理→組み ばし織る方式が主流であり、この 上市しており、蓄積したさまざま 立てと洗浄工程がないため、紡糸 方式では洗浄工程がなく、紡糸油 なノウハウをもとに、界面活性剤 油剤が糸に付着したままでも染色 剤が糸に付着したまますべてのプ 技術と配合技術を駆使して高度な トラブルを起こさないような工夫 ロセスが進行する。当社では、製 潤滑性を実現している。 が必要となる。当社がPET用に開 織工程で紡糸油剤が水といっしょ 当社の自動車繊維用紡糸油剤 発・上市している『サンオイル に適度に脱落し、基布となった際 ①タイヤコード用紡糸油剤 EF 2000』シリーズは、耐熱性、 には適度な繊維間の滑り性となる タイヤコード用紡糸油剤には、 潤滑性に加え染色性も優れるため、 ような設計を行っている。 撚糸時の強度保持性、ゴムとの接 シートベルト原糸用紡糸油剤に適 当社では、N66エアバッグ原糸 着性、タイヤとして実使用時の耐 している。 用紡糸油剤として『サンオイル 疲労性などが求められ、当社では ③エアバッグ原糸用紡糸油剤 NF 4000』 シリーズを開発・上市 これらを考慮し、耐熱性・潤滑性 エアバッグは、シートベルトで している[表2]。 に優れる『サンオイルNF 5000』 、 は支えきれない衝撃に対し、乗員 『サンオイルEF 2000』シリーズ の命を守る役割を担っている。衝 自動車の普及は今や全世界に広 を開発・上市している。また、タ 撃に耐える強度と衝撃を吸収する がりつつある。当社は今後も、よ イヤコードにはPETとN66が使わ 柔軟性が必要なため、N66が用い り高性能な自動車繊維用油剤はも れているが、通常、水で構造変化 られる。 ちろん、さまざまな分野で使用で しやすいN66ではエマルションタ エアバッグ原糸にはシートベル きる繊維油剤の開発に注力し、グ イプの油剤を用いることが少なか ト原糸よりもさらに高い信頼性、 ローバルに展開していきたい。 った。しかし、当社の『サンオイ つまり毛羽品位が求められる。ま ルNF 5000』シリーズ(N66用) た、高い気密性や収納性を満足す は特殊な設計によりエマルション るために糸が細く、その糸を問題 タイプとしても使用できるため、 なく紡糸するには自動車繊維用油 作業環境の改善や地球環境の負荷 剤のなかでも最高の潤滑性が要求 低減にもつながっている。 される。 ②シートベルト原糸用紡糸油剤 また、基布が目ズレを起こすと シートベルトはタイヤコードよ エアバックを膨らませる気体が漏 りも毛羽品位が重要視されるため、 れるため、それを防ぐ目ズレ防止 参考文献 1)『三洋化成ニュース』 No.429 (2005) 「活躍する三洋化成グループのパフォー マンス・ケミカルス」54「繊維油剤」堺 修介 2)『加工技術』Vol.44 No.12(2009) 、 Vol.45 No.2 ∼11 (2010) 、Vol.46 No.2(2011) 「産業資材用繊維と用途 展開」 斉藤磯雄 表2●自動車繊維と当社製品 用 途 N66タイヤコード PETタイヤコード /シートベルト N66エアバッグ 比較)他部材用 給油方式 製品名 耐熱性 潤滑性 染色性 目ズレ防止性 乳化性 ストレート/エマルション サンオイルNF 5000 ○∼◎ ○ − ○ ○ ストレート ○∼◎ ○ − ○ − サンオイルNF 5030 エマルション サンオイルEF 2280 ○ ○∼◎ ◎ ○ ◎ ストレート サンオイルEF 2111 ○∼◎ ◎ ◎ ○ − ストレート サンオイルNF 4870 ◎ ◎ − ◎ − ストレート サンオイルNF 4830 ◎ ◎ − ◎ − エマルション サンオイルEF 800 × △ ○ ○ ◎ ◎:非常に優れる、○:優れる、△:やや劣る、×:劣る 三洋化成ニュース ❹ 2014 春 No.483
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