第5講 心のケアと 精神症状のマネジメント (不安・抑うつ・せん妄) 旭川医科大学病院 緩和ケア診療部 阿部泰之 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 心の医療の重要性 がん医療における心理変化 • 心がつらいと、様々な悪影響が出る – 患者の全般的QOLの低下と関連する がんの 診断時 がんの 治療中 がんの 治療後 がんの 再発・進行 終末期 – 「死にたい」という思いが強まり、最悪の場合自殺 につながる – がんに対する治療意欲を奪う – 家族の気持ちのつらさとも関連 – 入院期間の長期化と関連 正常心理範囲内~病的精神症状まで様々 PEACE project 緩和ケア研修会プレゼンテーション資料を改変 PEACE project 緩和ケア研修会プレゼンテーション資料を改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 心身乖離? • 身体的問題と精神心理的問題 – 切っても切り離せない相互関係 – 病気になれば心弱まり、ときとして抑うつ・不安 – 精神的問題が長引けば身体合併症が増える – 人格の問題が顕在化し、トラブルとなる – 家族の問題に波及 – 身体疾患の多くは心理社会的後遺症を来たす 心身医療 • 医療におけるどんな病気、どんな場面、どんな職 種であっても“心”に対応できなくてはならない あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 1 なぜ乖離するのか 心身医療 • 訓練を受けていないという後ろめたさ – 「専門家ではないのに勝手なことはできない」 身体治療・ケア • 他人の感情を受けとめるのは苦痛:自己防衛 心の治療・ケア • このようなバリア(障壁)に気付くことは重要 あさひかわ緩和ケア講座 2012 治療終了 または死 診断 – 「忙しいから構ってられない」 – 「もとの性格が悪いから(自分のせいではない)」 – ブラックユーモアへの逃避 あさひかわ緩和ケア講座 2012 精神腫瘍学とは • 米国:Psycho-Oncology • 西欧:Psychosocial-Oncology • 日本語訳→精神腫瘍学 精神腫瘍学(サイコオンコロジー) – 精神医学、心理学、腫瘍学、免疫学、社会学、倫理 学、哲学など、あらゆる科学的手法を用いて、がんの 人間的側面を明らかにする学問 – がん患者の心理・社会・行動などの要因に対して、精 神医学的に介入することにより、QOL向上および罹 患や生存の改善も目指す あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 精神腫瘍学とは 1.がんが心に与える影響の研究と介入 – 心理的サポート – 精神医学的介入(抑うつ、せん妄など) – 家族・遺族に対するケア 2.心や行動ががんに与える影響の研究 – 態度・行動と生存期間との関連の研究 (「病は気から」の科学的検証) 3.がん医療におけるコミュニケーションの研究と介入 – Bad Newsのコミュニケーション – 患者-スタッフ、スタッフ間のコミュニケーション – 意志決定・倫理的問題への対処 あさひかわ緩和ケア講座 2012 がん患者の心を理解する あさひかわ緩和ケア講座 2012 2 がん患者の心を理解するキーワード ビデオを見てみましょう がんの診断時 • 患者は大きな衝撃を受ける – – – – 「頭が真っ白になった」:衝撃 「何かの間違いだろう」:否認 「もうだめだ、終わりだ」:絶望 「何であいつじゃなくて俺なんだ!」:怒り • 防衛機制を使って心のバランスをとっている • 1週間~10日ほどで軽減し適応していく • この“変化”を多くが経験することを伝えること が大きな保証となる 小川朝生・内富庸介編 精神腫瘍学クイックリファレンスより引用 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 がんに対する心の反応 がん患者の心を理解するキーワード がんの診断時 -時間経過と適応- • 適応が得られないままの患者に、治療法の 選択をさせない • 適応を遅らせないために、一旦感情表出を 促す場が必要なことがある • 概ね2週間経っても患者の変化がない場合 は専門家のコンサルテーションを考慮 小川朝生・内富庸介編 精神腫瘍学クイックリファレンスより引用 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 がん患者の心を理解するキーワード 態度・行動と生存期間の関係 • “前向きに生れば癌が治る”?? がんの治療中 • • • • – Watson et al. Lancet. 1999 前向きな姿勢の方が生存期間が長い!? – 同じグループの追試 2005→否定 • 今のところの結論 – 無理に「前向き」にと思う必要はない – ただし「絶望的態度」「うつ状態」 →生存期間を短くする可能性がある 治療を待つ間の患者の不安は強い 正確な情報によって不安が軽減する 抗がん剤、放射線、麻酔、麻薬:誤解の払拭 繰り返しの心理的援助に意義がある – 医師 – 看護師 – 薬剤師 – ・・・ 小川朝生・内富庸介編 精神腫瘍学クイックリファレンスより引用 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 3 がん患者の心を理解するキーワード がん患者の心を理解するキーワード がんの治療後 がんの再発・進行 • 身体状況、生活が落ち着くとともに不安が弱 まっていく • 退院すると、心理的援助が急になくなる • 治療関連の機能障害、外見上の変化、家庭・ 社会での役割の喪失 • 自殺のリスクが最も高くなる時期 • →心理的援助は引き続き必要である • 心理的に最もつらい時期 • 知識が整理されている分、患者は否認に走 れず大打撃となる • 予期していないと、動揺が強い(準備教育の 重要性) • 安易な支持的対応では解決しない • 今後の“人生”を見据えた話し合いが必要 小川朝生・内富庸介編 精神腫瘍学クイックリファレンスより引用 小川朝生・内富庸介編 精神腫瘍学クイックリファレンスより引用 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 がん患者の心を理解するキーワード がんの終末期 • その時々の身体状況によって心理状態が動 揺する • 実際の依存度が増し、これまで隠れていた人 間関係の葛藤が生じる • 近づく死に対する防衛機制として、否認・退 行がしばしば見られる • 十分な身体症状緩和とともにスピリチュアル ケアが必要となる 心の問題のスクリーニング 小川朝生・内富庸介編 精神腫瘍学クイックリファレンスより引用 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 気持ちのつらさ 気持ちのつらさの重症度 気持ちのつらさ(distress)とは • 感情面における不快な体験全般 • 正常心理から病的な状態まで幅がある • がんにおいて注意が必要な主なもの – 抑うつ – 不安 通常 悲しみ 心配 恐れ 心理(学)的? 重症 抑うつ 不安 うつ病 不安障害 精神(学)的? PEACE project 緩和ケア研修会プレゼンテーション資料を改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 4 気持ちのつらさの評価 STEP2 気持ちのつらさの評価 STEP1 • はじめは身体的なことから導入する • 心配の内容を聞く • 最初は開かれた質問を用いる • ケアが必要な気持ちのつらさのスクリーニング ①一日中気持ちが落ち込んでいませんか? 「お身体の具合はいかがでしょうか?」 ②今まで好きだったことが楽しめなくなっていませんか? 「最近気持ちの面でつらそうに見えますが、いかがですか?」 「お気持ちをつらくさせているのはどういったことですか?」 「つらい症状や病状に対しての心配や気がかりはありませんか?」 • いずれかに「はい」と答えた場合、ケアが必要 な気持ちのつらさである可能性が高い *開かれた質問=はい・いいえでは答えられない質問 PEACE project 緩和ケア研修会プレゼンテーション資料を改変 PEACE project 緩和ケア研修会プレゼンテーション資料を改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 気持ちのつらさの評価 STEP3 • 希死念慮 – つらさの程度が強い場合、希死念慮(「死にたい」 という気持ち)を患者や家族に確認する 家族に聞く:「死んでしまいたい、早く命を終わらせてほしい とご本人がおっしゃることはありますか?」 患者に聞く:「気分がおつらいようですが、すべてを終わりに したいとか、つらくて生きていてもしかたがない と感じることがありますか?」 希死念慮の背景にあるもの • • • • • • • “生きたい”の逆説的表現 死にゆく課程のつらさの訴え 苦痛(痛みなど)を取ってほしいという求め 今後の苦痛から解放されるための防衛機制 自分に関心を抱いてほしいという欲求 愛他性の表現 周囲からの見捨てられ不安 一般的に、聞くことで実行のリスクは高まらない Coyle et al, 2004 PEACE project 緩和ケア研修会プレゼンテーション資料を改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 がん患者の精神症状 • 頻度の高いもの • 大うつ病:5-15% • 適応障害:30-40% • せん妄:終末期の30-90% 精神症状とその対応 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 5 感情・気分の定義 • 感情(=天気) – 各種の感覚と結びついた快感・不快感 – 気分に比べより一時的 – 喜び、悲しみ、怒り、楽しい、驚き、恐怖など • 気分(=天候) – 比較的穏やかな持続的な感情 – 不安、憂うつ、爽快、上機嫌、刺激性など 諏訪,最新精神医学 1984 を改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 適応障害 あさひかわ緩和ケア講座 2012 DSM-Ⅳ-TR • はっきりと確認できるストレス・心因(がんの診断 や再発の告知など)に関連して起こる不安・抑う つ(うつ病の診断基準は満たさない) • 予測される範囲をはるかに超えた苦痛、あるいは 社会的、職業的機能の著しい障害 不安 • 遺族の悲嘆(死別反応)は含まない あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 不安の定義 不安反応3つの表出軸 • 不 安 ≠ 心配・気がかり – 存在がおびやかされたときにおこる感情 – (対象のない恐怖) – ふるえ、動悸など、不快な自律神経症状を伴う 【精神化】 【行動化】 心配、緊張、焦燥 双極性感情障害 衝動性、強迫行為 摂食障害 小児 ヒステリー • 心配・気がかり 【身体化】 →正確な情報を与えることで解決することが多い • 不安 →関わり方次第で、不安の顕在化、依存形成 あさひかわ緩和ケア講座 2012 不安 原点 自律神経症状、過呼吸 疼痛、ふるえ 心身症 “自律神経失調症” あさひかわ緩和ケア講座 2012 6 不安の操作的診断 不安の操作的診断 • 不安障害:不安を基本症状にもつ疾患群 – パニック障害:パニック発作と予期不安 – 恐怖症 • 社会恐怖:他人の注目を浴びる状況や行為への恐れ • 特定の恐怖症:高所、閉所、注射など – 全般性不安障害:多数の出来事や活動について 慢性的で過剰な心配(例;仕事、家業、家計) – 強迫性障害:強迫を中和するための反復的な行 動(手洗い、確認行動、順番に並べるなど) – 外傷後ストレス性障害:フラッシュバックと苦悩 • 従来の神経症に含まれるもの – 身体表現性障害 – 解離性障害(ヒステリー) – 抑うつ神経症 – 心気症 – 神経衰弱 など • これらは別に分類された 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 不安のある患者とのコミュニケーション 頼りたい心性 • 不安はあらゆる状況で生じる →不安のある患者とのコミュニケーションは病を抱える • 誰かが一緒に居ると不安が和らぐため、その 求めがエスカレート、自立が失われる • 自律的な判断を避けて他人(医療者)に指示 と保証を求める • 治療の終結による不安増大→「症状再燃」と 捉えてしまう • 医療者や薬物への心理的依存の背景にある 心性 人への接し方の基本 • 「頼りたいけど頼りたくない、頼るのも不安」 – 頼りたい心性 – 頼ることへの恐怖 – 頼りたくない心性 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 頼ることへの恐怖 頼りたくない心性 • 内心頼りたいと思っていても、それを求めるこ とで拒絶されることに恐怖を抱く • 結果的に他者との関わりを回避する • 医療者に頼れない分、薬物への依存を来たす 背景にある心性 • 頼ること=自律的なコントロールを失うこと自 体への不安 • 医療者が助言をしても「でも・・」といった口調 で拒んだりする • 「薬で治さず自力で治したい」といった言葉の 背景にある心性 • 医療者の意のままにならないことで、自律を保 持しようとする(歪んだ自律の認識) 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 7 不安に対する治療的コミュニケーション 不安に対する治療的コミュニケーション 共感をもって受け止めること 不安を肩代わりしないこと • 患者の今の態度は、そうせざるをえないほど 不安が強いからであってわざとではない • 患者の抱えている不安は誰も避けられない人 間としての事実であり、よりよく生きたいという 願いの裏返しであることを理解し伝える • 不安を除去するために、患者に代わってそれ を医療者が引き受けてはならない • ますます患者の依存を引き出してしまう • 不安を自身が引き受けることが治療の始まり 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 不安に対する治療的コミュニケーション 不安に対する治療的コミュニケーション 患者の自発性を尊重すること 薬物療法に対する姿勢 • 患者自らが回復の主体となる必要がある • 医療者は一歩引いた態度で – 患者の自発的取り組みを尊重・促進 – 建設的な行動を拡げられるように援助 – 経験を通して得られた洞察を強化 • 投薬に対しても一貫した姿勢をもつこと • 患者自身が“不安”という問題に取り組むこと 自体が回復の原動力 • 薬物はあくまで補助的なもの • これを間違うと→依存→不安再燃→治らない • 服薬に関する懸念はオープンに話し合う 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 山内俊雄ら編:プラクティカル精神医学 中山書店:2009 から引用改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 抑うつ(気分)の定義 • 抑うつ(気分) ≠抑うつ状態・うつ病 – ゆううつ、悲しみ、苦しみなどが持続する感情 – 喪失に伴っておきることが多い 抑うつ あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 8 うつ病に見られる精神症状 ①気分・感情の障害 ②意欲・行動の障害 ③思考の障害 日内変動 抑うつ気分 不安、焦燥感 意欲の低下 興味の喪失 思考制止 思考内容の変化 「気が滅入る」 「気が晴れない」 「そわそわする」 「やる気がでない」 「億劫だ」 「興味が持てない」 「決められない」 「迷惑をかけている」 「希望がもてない」 「死にたい」 ↑これだけでうつ病なのではない! 抑うつのある患者とのコミュニケーション • 一昔前:休養と薬物療法>コミュニケーション • うつ病が多様化しており、人格要因の影響が 大きくなってきている • 社会的背景、年齢、もともとの性格によって 個別のコミュニケーションが求められるように なった 渡辺 昌祐:Ⅲ.症状 プライマリケアのためのうつ病診療Q&A 金原出版:2000より改変 あさひかわ緩和ケア講座 2012 抑うつのある患者とのコミュニケーション • 傍に寄り添って患者の苦悩を受け止める:支 持的受容的態度が基本 • 現在の苦悩はうつ病という病気から来るもの であり、治療によりよくなることを保証する • 回復しかけの不安・焦燥の出現に対応する – 病状悪化と捉え薬物療法を強化→× – 環境要因や葛藤への介入のチャンス→○ あさひかわ緩和ケア講座 2012 うつ病の人を励ましてはいけない? • メランコリー親和型(古典的なうつ病の病前性 格)の人には注意が必要 – 几帳面で完全主義、責任感が強い – 励まされると「早く治さなくては!!」と追い込まれる • 患者や時と場合によりけり – 「この病気がよくなるよう一緒に頑張りましょうね」 • 意識しすぎてケア自体の積極性がなくなるの は逆効果 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 がん患者に対する精神療法 • 心理教育的介入 – 精神療法を検討する以前に必要 • 「患者さんが不安を訴えています」 (!?) – 患者が自分の状況・病状についてどこまで理解し ているか探索する – (病状に対する)理解が不十分、誤った思い込み から生じる猜疑心、気がかりを低減する がん患者に対する精神療法 – 何回か繰り返さないといけないこともある あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 9 がん患者に対する精神療法 支持的精神療法 心の問題について話すことは恥ずかしいことで • 支持的精神療法 – 精神医療において最も基本的な治療技法であり、 患者に対する基本的態度といってもよい – 不安・抑うつをコミュニケーションの中で軽減し、現 実への再適応を援助する – 非審判的態度で一貫して患者を支持する はないことを伝え、表出された言葉をあるがまま 受けとめる。相手の言葉を支持し、適切な情報を 提供と現実的な範囲の保証を与える。この行程 を通して、感情と苦しみが「今まさに理解されて いる」と、言語的・非言語的に伝わることが治療 的に働く あさひかわ緩和ケア講座 2012 がん患者に対する精神療法 • 認知行動療法 – “認知の歪み”に対して別の見方や考え方ができるように 援助する⇒がん患者において系統的な認知行動療法が できることは稀 • 行動療法 – 漸進的筋弛緩法:身体各部の筋肉にいったん力を入れさ せてから、力を抜くことを繰り返す。筋緊張を和らげ、リ ラックスを促す • 回想法(ライフレビュー) – 過去の自分を振り返り、現在の自分をより肯定的に受け 取れるようになる。高齢者向きか あさひかわ緩和ケア講座 2012 “依存”にたいする考え方-終末期• 患者さんの予後が限られているとき、過度に 依存形成を嫌うのは良くないかもしれない – 実際の依存度が高くなる – 人生の最後に“認知の歪み”の指摘は酷 – 変容を来たす時間がない • QOLを指標として、ある程度の依存は許容す る必要がある あさひかわ緩和ケア講座 2012 深刻な病状の患者をケアする人の問題点 患者を良くしようと問題点を見つけること 人間としての価値を見出して寄り添うこと この2つのバランスは難しい • 患者の全ての“要素”を無理に知ろうとすると、 患者を“全体的”に洞察できなくなる • ほじくり出されたくない感情や苦痛を意識化さ せてしまう結果になることもある あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 深刻な病状の患者をケアする人の問題点 • ケアする人自身のマイナス感情 – 病状の進行や、患者が死んでいくこと – 苦痛と向き合わなければいけないこと • 結果として、患者を避けたり、無視したり、早く いなくなってくれた方が楽、と思ったりする • 自分のマイナス感情と共存し、患者から逃げ ないことを身につける • 多くの患者はケアしてくれる人に「受け入れら れている」という感覚が望みとなっている あさひかわ緩和ケア講座 2012 10 深刻な病状の患者をケアする人の問題点 危険な対応姿勢 • 相手に何かを求めている – 誰かから賛辞を受ける(自分のしたケアに対して) – 患者から感謝されたり愛される – 相手を教育して変容をおこす • “多くのことをやりすぎて”消耗する/させる • 一生懸命すればするほど空回りして、周囲の 士気を萎えさせる せん妄 あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄の有病率 著者、年 対象 あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄のアセスメントで医療の質が問われる N 有病率 本当はせん妄なのに… Folstein,1991 一般人口 (55歳以上) Bitondo,1995 術後せん妄 (文献レビュー) 2797 (26研究) Derogatis,1983 がん(入院・外来) 215 4% – 過度の鎮静(倫理上も問題)→誤嚥性肺炎→死亡 28% • 「言うこと聞かないから強制退院させよう」 42% 68% 88% 810 Minagawa,1996 終末期(死亡前約2ヶ月) 93 Lawlor, 2000 PCU(入院時) 104 104 52 (累積罹患率) (死亡6時間前) 1% • 「もう治療しなくていいっていうからやめよう」 – 意思決定能力が“一時的に”低下しているだけ 37% • 「手がかかるから寝かせとこう」 – 原因は投与した薬剤だったりする あさひかわ緩和ケア講座 2012 患者にとってのせん妄 あさひかわ緩和ケア講座 2012 家族にとってのせん妄 • 苦痛を伴ったまま見過ごされる危険性 • 付き添いに関わる身体的な苦痛 • 合併症増加→生命予後を不良にする • 方針決定が家族に委ねられるプレッシャー • せん妄自体が苦痛体験 • 変容に戸惑いその姿を見たくないという苦悩 – せん妄中の記憶:不安感や恐怖心、被害的な妄想 • 認知障害があり方針決定に関われない あさひかわ緩和ケア講座 2012 • 周囲の他患者や医療者に対して申し訳ない • 残された貴重な時間がつらい体験で終わる あさひかわ緩和ケア講座 2012 11 医療者にとってのせん妄 せん妄は苦痛である • 基礎疾患の検査や治療の妨げ • 不隠に対応する看護労力の増大 • 在院日数の長期化 • 患者状態を適切に判断出来ず、方針決定 が困難となる せん妄を患者、家族、医療者にとっての 「苦痛」であると捉え、苦痛のケアという 観点から対処することが望まれる • 本当に患者のためになったのかという悩み あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄の診断基準 DSM-Ⅳ A. 注意を集中し、維持し、転導する能力の低下を伴 う意識の障害(清明度の低下) あさひかわ緩和ケア講座 2012 A. 注意を集中し、維持し、転導する 能力の低下を伴う意識の障害 (清明度の低下) B. 認知の変化(記憶欠損、失見当識、言語の障害な ど)、またはすでに先行していた認知症ではうまく説 明できない知覚障害の発現 • 質問に対して集中できない • 前の質問に対して同じ答えをする • 話の途中で寝てしまう C. その障害は短期間のうちに出現し(通常数時間〜 数日)、1日のうちで変動する D. 病歴、身体診察、臨床検査所見から、その障害が 一般身体疾患の直接的な生理学的結果により引 き起こされたという証拠がある せん妄の本態は“意識障害” あさひかわ緩和ケア講座 2012 B. 認知の変化(記憶欠損、失見当識、 言語の障害など)、またはすでに先 行していた認知症ではうまく説明で きない知覚障害の発現 • • • • • 新しいことを忘れる 時間や場所に関する見当識がない 錯覚:壁のシミ→「虫がいる」 幻覚:人がいない所→「人がいる」 妄想→誤ったことを確信している あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 C. その障害は短期間のうちに出現し (通常数時間〜数日)、1日のうち で変動する • • • • • 手術後、つじつまのあわない言動 薬を変更した翌日に急に変化 「○月○日から変わった」と特定できる 午前中おとなしく協調的 夜には点滴を抜く、部屋から逃げ出す あさひかわ緩和ケア講座 2012 12 D. 病歴、身体診察、臨床検査所見 から、その障害が一般身体疾患 の直接的な生理学的結果により 引き起こされたという証拠がある せん妄の分類 • 過活動型 落ち着きがない、不穏、幻覚 大声をあげる →離脱症候群、抗コリン薬 • 低活動型 • 必ず身体的原因がある 嗜眠状態、静穏、質問には答え られることが多い、抑うつと誤診 →肝・腎不全、低酸素血症 • 混合型 上記の2つの特徴、最多 →オピオイド あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄の直接原因 中枢神経 脳転移、脳血管障害 臓器不全 肝不全、腎不全、呼吸不全、心不全 代謝 高Ca血症、高Na血症、低Na血症、 薬物 環境因子 高齢 心理社会的ストレス 認知症 睡眠障害 オピオイド、向精神薬、ステロイド、 視覚聴覚障害 昼夜逆転 抗コリン薬、H2ブロッカー、抗生剤 身体機能低下 身体拘束 低血糖、高血糖、脱水 栄養障害 準備因子 低栄養、ビタミン欠乏(B1/B12など) 感染症 敗血症、脳炎、発熱そのもの その他 疼痛などの不快感、手術後、貧血 あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄の原因となる薬剤 • 依存性薬物からの離脱 アルコール、睡眠薬、抗不安薬 • 中枢神経系に作用する薬物の使用 向精神薬、抗ヒスタミン薬、抗アレルギー薬 あさひかわ緩和ケア講座 2012 可逆性の見積もり 回復の可能性が高い 回復の可能性が低い 脱水 肝不全 感染 腎不全 高カルシウム血症 低酸素血症 抗コリン薬、H2ブロッカー、ステロイド、オピオイド 薬剤性 頭蓋内病変 アトロピン、アキネトン、アーテン、ガスター、ザンタック、 術後せん妄 老衰 タガメット、アシノン、プレドニン、リンデロン、ソルコーテフ、 ソルメドロール、オキシコンチン、モルヒネ、 など あさひかわ緩和ケア講座 2012 • 回復可能な原因を見逃さない • 病状の進行によるせん妄は不可逆であることが多い あさひかわ緩和ケア講座 2012 13 せん妄の発見率、誤診率 対象 新規に入院した70歳以上の患者 (n=797) 方法 看護師がせん妄の有無を臨床的に評価 (隔日) せん妄あり 観察総数 (n=2721) せん妄あり せん妄なし (n=2482) (n=239) 19% (見つけた!) 4% せん妄なし 81% 看護師の評価 96% (見逃した!) Inoue. Arch Intern Med, 2001 せん妄の早期発見 本人より 「ぼんやりする」→意識障害 「集中できない」→注意・集中の障害 家族より 「最近言っていることがおかしい」 「忘れっぽくなっている」 「昼はずっとうとうとしており、夜眠れていない」 日頃看ているスタッフが“最軽度の意識障害”に 気付かなければならない あさひかわ緩和ケア講座 2012 最軽度の意識障害を見つける • 一見正常だが本来の活発さや生彩に欠ける • 注意力の低下 – 長い思考の際に緻密さがなくまとまりが悪い – 些細な単語の言い間違い、語性錯語が多い – 連続の引き算、桁の繰り下がりを間違える • 感情・意欲の変化 – 多弁、多幸的、状況にそぐわない呑気さ – 緘黙、不機嫌、かたくなに返事をしない – ぼんやりしていて、放っておけばずっとそのまま あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄を見逃す医療者の態度 • • • • • • • • • たまたま言い間違えたのかな ふらついて転んだのだろう 今朝には戻っていたから大丈夫 むしろ前より陽気で元気ですよ 年だからこんなものだろう もともとボケてたみたいだから.. 告知のショックじゃないのか? ストレスでおかしくなってるだけ もう終末期だから仕方ない 原田憲一:意識障害を診わける より あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄のキモチ “患者さんはこんなキモチ?” 『朝起きたら全然知らないとこだった。なんでこんな白い部 屋に閉じ込められてるんだろう?みんな白装束を着て、こ こから出ちゃいけないと怒る。やつらは突然腕を締めあげ たり、仮面を押し当ててきたり、洗濯挟みで指をつねったり してくる。腕には何回も針を刺された。どうも麻薬を打た れているらしい。抵抗したら手袋をはめられ、身体をしばら れた!これからどうなるの?これはまずいことになった。と にかくここを出て家に帰らなきゃ。まずは腕についているこ のヒモを取って、逃げ出さなくちゃ!』 あさひかわ緩和ケア講座 2012 チームアプローチ あさひかわ緩和ケア講座 2012 14 チームアプローチ • さまざまな苦痛に対処し、多くのニーズに答えて いくにはチームでのアプローチが重要 • 特に患者さんの心のケアにおいては関係性の微 妙な違いが影響する – 医療者の立場(職種)の違い – 親密度の違い – 性別の違い など 心のこと以外の見直しを! • メンバーそれぞれの視点と患者さんとの関係から、 収集された情報をカンファレンスで統合する あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 精神症状ではない“精神症状” • まるで精神症状のように見える薬剤の身 体副作用≒薬剤性パーキンソニズム 精神症状ではない“精神症状” • アキネジア – 「元気がなさそう」 – 「表情が少なくなった」 – 「声が小さくなった」 – 「動作が遅くなった」 – 「歩くとふらふらする」 – 「動きがスムーズでない」 –アキネジア –アカシジア • 主に抗ドパミン作用を持つ薬剤で起こる • 原因薬剤の中止 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 精神症状ではない“精神症状” • アカシジア 精神症状ではない“精神症状” 薬剤性パーキンソニズムの原因薬剤 • 抗精神病薬:セレネース、グラマリールなど – 「イライラして落ち着かない」 – 「じっとして居られない」 – 「足がむずむずする」 – 「客観的にも落ち着きがない」 – 「焦燥感、不安感、易刺激性」 (非定型抗精神病薬でも起こることがある) • • • • • • 原因薬剤の中止 抗うつ薬:アモキサンなど 消化性潰瘍薬:ドグマチール、ザンタックなど 制吐薬:プリンペラン、ノバミンなど 降圧薬:アルドメット、アポプロン その他:ユーエフティー、イホマイド(白質脳症として?) 厚生労働省 重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬剤性パーキンソニズム 平成18年 あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 15 “心のこと”以外の見直しを! Take Home Message! • コントロールされていない痛みは精神症状に似る ことがある1) • 経験例(がん患者) 心のケアはどんな病気・医療においても身体の 治療と並行して提供されるべきものである がん患者の状況に応じた心理過程を理解し対 応することが大切 気持ちのつらさの重症度をスクリーニングする 必要がある 不安・抑うつなど病態に応じてコミュニケーショ ンの取り方を考える せん妄への対応ができるかどうかでその医療 者個人や施設の質が問われる – 痛みで緘黙となった中年男性 – 不穏、不眠がBPSDとされ多量の抗精神病薬が使用さ れた老年女性 – 電気けいれん療法が繰り返された統合失調症の女性 • 精神論・心因論に執着しすぎるのは危険 • 身体症状の見直しを常に行ってほしい 1)WilliamBreibart,M.D.他著、内富庸介監訳:進行がん・AIDS患者におけるとうつ管理の精神医学的側面 緩和医療における精神医学ハンドブック、星和書店、2001. あさひかわ緩和ケア講座 2012 あさひかわ緩和ケア講座 2012 がん患者に使用する抗不安薬 参考文献 • • • • • • • • • • • • • 内富庸介監訳:緩和医療における精神医学ハンドブック. 星和書店 .2001. 井上令一/四宮滋子 監訳:カプラン 臨床精神医学テキスト.医学書院MY W.1996. 小川朝生・内富庸介 編:精神腫瘍学クイックリファレンス.創造出版.2009. 山内俊雄総編集:精神科専門医のためのプラクティカル精神医学.中山書店.2009. 長嶺敬彦:抗精神病薬の「身体副作用」がわかる.医学書院.2006. 薬物療法検討小委員会 編:せん妄の治療指針 日本総合病院精神医学会治療指 針1.星和書店.2008. 一瀬邦弘ほか監修:せん妄 すぐに見つけて!すぐに対応.照林社.2008. 厚生労働省:重篤副作用疾患別対応マニュアル 薬剤性パーキンソニズム.2006. 諏訪 望:最新精神医学—精神科臨床の基本—新改訂版.南江堂.1984. 松浦 雅人/松島 英介 監訳:コンサルテーション・リエゾン 精神医学ガイド.メディ カル・サイエンス・インターナショナル.2002. The National Comprehensive Cancer Network Psychosocial Distress Practice Guideline,2003 渡辺 昌祐:Ⅲ.症状 プライマリケアのためのうつ病診療Q&A.金原出版.2000. PEACE project 緩和ケア研修会資料ダウンロード http://www.jspm-peace.jp/pdfdownload.php あさひかわ緩和ケア講座 2012 商品名(例) 抗不安 作用 clotiazepam リーゼ ++ + alprazolam ソラナックス、コンスタン ++ ++ lorazepam ワイパックス、ユーパン +++ ++ + diazepam +++ +++ 一般名 鎮静 作用 筋弛緩 作用 + セルシン、ホリゾン ++ bromazepam レキソタン +++ ++ +++ clonazepam リボトリール、ランドセン +++ +++ ++ etizolam ethyl loflazepate デパス +++ +++ ++ メイラックス ++ + tandospirone セディール ++ + あさひかわ緩和ケア講座 2012 せん妄に使用する抗精神病薬・抗うつ薬 商品名(例) 投与法 (剤形) パーキン ソニズム haloperidol セレネース 注射、内服 levomepro mazine ヒルナミン、 レボトミン 注射、内服 risperidone リスパダール 内服・液剤 quetiapine セロクエル 内服 perospirone ルーラン 内服 olanzapine ジプレキサ 内服・OD ++ + ++ + + aripiprazole エビリファイ 内服・液剤 ± ± mianserin テトラミド 内服 trazodone デジレル、 レスリン 内服 - ++ ++ 一般名 鎮静 耐糖能 障害 + ++ + ++ + + ++ ++ - 腎 排泄 QT延 長 + + + ++ + + - あさひかわ緩和ケア講座 2012 16
© Copyright 2024 Paperzz