責任投資原則の進展と企業ディスクローズのあり方

NFI リサーチ・レビュー
2009 年 11 月
*** 提
言 ***
責任投資原則の進展と企業ディスクローズのあり方
日興フィナンシャル・インテリジェンス
常務取締役
宮井 博
国連環境計画・金融イニシアティブとグローバル・コンパクトが共同で策定した責任
投資原則(PRI)への署名は着実に増加している。PRI のホームページによると、2009
年 11 月 10 日時点での署名総数は 630 機関で、そのうち年金基金などの資産保有機関
は 191 機関、運用会社は 317 機関、データベンダーやコンサルタントなど専門サービ
ス機関は 122 機関となっている1。また、署名機関の運用資産総額は 2009 年 5 月の時
点で 18 兆ドルに達しており2、PRI の考え方が急速に広がっている。
今年の 6 月に、年金シニアプラン総合研究機構の「欧州年金基金等における ESG 要
因の取り組み状況調査研究会」の海外調査メンバーとして、欧州の年金基金を訪問調査
する機会を得た。訪問した年金基金は、フランス、スウェーデン、イギリス、オランダ
の公的年金である。いずれの年金基金も PRI に署名しており、投資プロセスへの ESG
の組み込みを進めている。
本提言では、年金基金が投資対象先の ESG に関する情報をどのように収集して、投
資プロセスに組み込んでいるのかについて焦点を当て、企業の ESG に関するディスク
ローズのあり方について検討する。
さて、一口に年金基金といっても、その資産運用の体制は同じではない。フランスの
公的年金を運用している ERAFP や FRR のように、運用資産を全て外部委託している
ところもあれば、オランダの公務員年金の ABP のように、自家運用部門の APG で全
て運用しているところもある。
前者では、例えば、フランスの公的年金の ERAFP では、ESG 要因を投資プロセス
に組み込んでいるような運用機関を委託運用先として選定することが合理的であると
2009/11/25
日興フィナンシャル・インテリジェンス
本レポートは、信頼性の高いデータから作成されておりますが、当社はその正確性・確実性に関し、いかなる保証をするもので
はございません。本レポートは情報提供を目的としており、投資勧誘を目的としたものではございません。証券投資に関する最
終判断は、投資家ご自身の判断でなさるようにお願いいたします。本レポートの転用および販売は固く禁じられております。本
レポートの著作権は、当社に帰属いたします。
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考えている。同時に、運用が ERAFP の基準からはずれていないかを、ESG 評価専門
機関の Vigeo に委託して検証している。
後者では、自家運用部門について ESG 要因のインテグレーションを行うための体制
の強化を図っている。具体的には、APG では ESG の専門家を採用し、市場ポートフ
ォリオに対するシステマティックな戦略策定に ESG 要因を用いることを検討している。
ESG の専門家は公益業種、自動車産業、鉱山など環境や健康に大きな影響を及ぼす可
能性のある企業について、カーボン・ライアビリティ3などを分析し、ファンドマネジ
ャーに提供している。
上記のように、ESG 要因を投資プロセスにインテグレートするには、ESG 専門家に
よる情報収集と分析が必要である。ポートフォリオ構築プロセスにおいて ESG 要因は、
①銘柄スクリーニング(投資可能な銘柄群の中からスクリーニングによって投資ユニバ
ースを選定すること)、②銘柄リサーチ(投資ユニバースの銘柄を財務データや企業訪
問などによって調査すること)、③リスク管理(銘柄によって構築されるポートフォリ
オのリスクが目標範囲に収まるようにコントロールすること)に関連して考慮されるこ
とになる。
まず、①の銘柄スクリーニングでは、ESG 評価機関のスコアリングが利用されるケ
ースが多い。今回訪問した大手年金基金では、ESG 評価機関(例えば、ERIS、Trucost
(イギリス)
、Innovest(アメリカ)、Vigeo(フランス・ベルギー)
、Oekom(ドイツ)
、
GES Investment(スウェーデン))を使っていた。これらの評価機関では、一般に、
独自の評価項目と基準、評価モデルなどを開発しているが、第 1 次のデータは、企業
が開示している年次報告書、CSR レポートなどである。これらデータでは明らかにな
っていない項目や、他社比較できるような項目についてアンケート調査を行い、データ
を収集するのが一般的である。同時に、業種分析も行われる。また、Euro-SIF などの
NGO や、業界団体、研究機関の調査結果も利用される。
次に②の銘柄リサーチでは、企業の訪問調査が中心であり、第 1 次データで得られ
た情報の確認と修正が行われる。ESG 要因が投資プロセスにインテグレートされてい
る運用機関では、ESG 専門家とアナリストが共同で、投資のオポチュニティとリスク
の分析が行われる。
③のリスク管理については、ベンチマークとの比較や、各種リスクモデルによる定量
的な分析が中心であるが、ESG 要因のリスクをどのように管理するかが新しい課題で
2009/11/25
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ある。
さて、このように PRI が広がると、ESG 要因を投資プロセスに組み込む機関が増加
してくるので、企業が投資家向けに開示するディスクローズ資料が重要になる。ある
ESG 評価機関に、ESG に関する情報開示がない企業をどのように評価しているかにつ
いて聞いたところ、評価ができないので、投資対象からはずさざるを得ないということ
であった。たとえ企業が ESG 問題に取り組んでいたとしても、公開情報として公表し
ないと評価対象にされないので、企業の IR としては注意が必要だ。
ESG 要因は、企業の長期的なサステナブルな成長を評価するために必要な要因だと
いう観点からすると、企業は、以下のディスクローズを進めるべきであろう。
① 当該企業が抱えている ESG 問題のリスクとオポチュニティを明確にすること
② リスクであればその改善方法とタイムスケジュールを、オポチュニティであれば
その収益性と競争力を明確にすること
③ 特に地球温暖化ガスの排出量の削減が問題になっている今日においては、排出量
の現状と削減目標を示すこと
ところで、PRI は 6 つの原則から構成されている。第 1 原則は ESG を投資プロセス
に組み込むこと、
第 2 原則は活動的な投資家として ESG 問題に対応すること、
そして、
第 3 番目の原則は、情報開示に関するもので、以下のように記されている4。
私たちは、投資対象の主体に対して ESG の課題について適切な開示を求めます。
(考えられる実施例)
・ (グローバル・レポーティング・イニシアティブ(注参照)のツールなどを用いた)ESG 問
題についての標準化された報告書を要求する。
・ 年次会計報告書内に ESG 課題について記載するように要求する。
・ 関連する規準、標準、行動規範あるいは(国連のグローバル・コンパクトのような)国際
的なイニシアティブといったものの採用や遵守に関する情報開示を企業に要求する。
・ ESG 開示を促進する株主イニシアティブおよび決議案を支持する。
(注)グローバル・レポーティング・イニシアティブ(the Global Reporting Initiative, GRI)とは、
サステイナビリティ・レポーティングのためのガイドラインを促進することを使命とした
独立機関。詳しくは http://www.globalreporting.org/ を参照。
2009/11/25
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2009 年 11 月
図表1は、GRI に基づいたディスクローズを行っている企業の、地域別企業数の推移
を示したものである。GRI は 1999 年からスタートし、2008 年には全世界で 1,061 社
まで増加し、2009 年にはさらに増加が見込まれている。このうち、わが国は 2006 年
の 19 社から、2008 年には 60 社、2009 年には 76 社へと着実に増加している。今回訪
問した欧州の公的年金では、全世界の株式 3,000~4,000 銘柄に投資しているので、GRI
への企業の参加はまだまだ不足している。
図表 1
1200
GRI に基づいたディスクローズを行っている企業の地域別社数
(社数)
67
1000
150
800
133
40
85
75
600
400
38
65
53
200
288
0
2006年
490
392
26
33
19
24
61
25
50
111
60
2007年
2008年
38
106
112
446
オセアニア
北アメリカ
ラテンアメリカ
ヨーロッパ
アフリカ
アジア(除く日本)
日本
24
120
76
2009年
(~11/10)
(出所)GRI のディスクローズ企業データより NFI 作成
ただし、ディスクローズのレベルは申告制になっており、わが国の場合は、レポーテ
ィングのレベルが低いことと、第三者によるチェックがほとんど行われていない、など
の問題がある。
ディスクローズする企業数が増加するとともに、ディスクローズ内容のレベルアップ
が望まれる。
1
2
3
4
http://www.unpri.org/signatories/
http://www.unpri.org/files/PRI%20Annual%20Report%2009.pdf
企業が事業活動によって出す CO2 排出量を削減するにはコストがかかるので、企業の出す潜在的な CO2 排出量は負
債として認識されることになる。
http://www.unpri.org/principles/japanese.php
2009/11/25
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