1200dpi 画像形成技術の開発

シャープ技報
第76号・2000年4月
1200dpi 画像形成技術の開発
Development of 1200dpi Electrophotographic Imaging Technology
香 川 敏 章 *1
Toshiaki Kagawa
牧 浦 尚 *2
Takashi Makiura
要 旨
出力画像に対する高画質化への要求が高まってお
り,ディジタル電子写真機器においては,印字解像度
が 600dpi から 1200dpi へ高度化する傾向にある。
本稿では,1200dpi画像形成に関わる潜像,現像,転
写,定着に至る電子写真各プロセスに対し,理論解析
及び実験検証を行い,1200dpi 画像を実現するための
技術課題と設計指針を明らかにした。そして,得られ
た指針に基づき,
各プロセスの最適化設計を図ること
により,1200dpi 画像形成が可能となった。
On a demand for higher-quality printout, the resolution
of Digital Electrophotography Device has been advancing
from 600dpi printing to 1200dpi.
We have cleared main design parameters on each image
forming process (Latent-image, Developing, Transfer and
Fixing) by many computer-simulations and experimental
testings. Finally, we have optimized each process of
1200dpi image forming technology to perform 1200dpi
printings.
中 野 暢 彦 *3
Nobuhiko Nakano
豊 島 哲 朗 *4
Tetsurou Toyoshima
画像のみならず高画質なピクトリアル画像を扱う機会
が多くなってきた。
図1は,人間の視覚の空間周波数特性1) を示した
ものであるが,階調性を要求しないテキスト画像の場
合,解像度としては600dpiあれば人間の視覚特性を十
分満足できている。しかしながら,階調性を必要とす
るピクトリアル画像においては,1200dpi 以上の解像
度が必要なことを示しており,
オフィスにおける画像
要求に対応を図るため,
近年の電子写真機器の出力解
像度としては,600dpi から 1200dpi へ高度化する傾向
にある。
本稿では,1200dpi 画像を実現するため,画像形成
に関わる主要なプロセスである潜像,現像,転写,定
着の各プロセスに関して,理論解析と実験検証を行
い,プロセス毎の技術課題及び設計指針を明らかにし
た。そして,ここで得た各プロセスの設計指針を踏ま
え,1200dpi 画像形成プロセス全体を調和させた最適
化設計を図ることにより,1200dpi 画像形成技術を確
立することができたので報告する。
まえがき
高速・高密度な画像形成に適した電子写真記録技術
は,複写機・プリンタ等のビジネス分野における出力
機器に広く利用されている。
ビジネス分野での出力画
像は,従来テキスト主体であったが,近年,パソコン
に代表される情報処理機器の急速なオフィスへの拡充
展開により,
高密度な画像データを容易に取り扱える
環境が整ってきており , オフィス分野でも,テキスト
図1 視覚の空間周波数特性
Fig. 1 Performance of the human visual system.
*1 ドキュメントシステム事業本部
ドキュメント商品開発研究所
*2 ドキュメントシステム事業本部 ドキュメント第2事業部
第1技術部
*3 ドキュメントシステム事業本部 サプライ事業部
第2技術部
*4 生産技術開発推進本部 精密技術開発センター
1 . 1200dpi 画像形成プロセスの追及
1・1 潜像形成プロセス
レーザビームによるディジタル露光では,
レーザパ
ワー,パルス幅,ビーム径(X方向,Y方向),ドッ
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トピッチ,走査速度に依存して露光プロファイルが決
定される。表1は,マシン解像度とドットピッチ,採
用されている平均的なビーム径の関係を示したもので
ある。300dpi の出力機器では,ビーム径≒ドットピッ
チとなる条件で露光を行ってきたが,600dpi以上の出
力機器になると光学系のビーム径を絞りきれない事態
となっている。特に1200dpi出力機器では,ドットピッ
チに比べ,現行用いている光学系のビーム径が3倍程
度となっており,
隣接ビームとのクロストークが無視
出来なくなることから,
所望の潜像を感光体上に形成
するため,レーザビームのエネルギープロファイルを
解析し,
潜像形成の各パラメータ設計を行うことが設
計上極めて重要となる。そこで,最適な潜像形成を行
うため,
理論解析に基づく潜像シミュレーションと感
光体の膜厚検討を行った。
表1 マシン解像度と採用ビーム径
Table 1 Relation between resolution and beam spot.
解像度
300dpi
600dpi
1200dpi
ドットピッチ
85μm
42μm
21μm
ビーム径
90∼100μm
75∼80μm
55∼65μm
と定義すると,トータル露光プロファイル Et(x,y)
は,
Et(x,y)=ΣΣEv(x−xi,y−yj)・G(xi,yj)
i
j
で求められる。
次に,露光エネルギープロファイル Et を潜像プロ
ファイルに変換するために,
感光体特性との関連づけ
を行う。図2は,露光エネルギープロファイルから潜
像プロファイルへの変換方法を説明した図であり,第
1 象限が感光体光放電特性,第2象限が露光エネル
ギープロファイルを示している。ここで,現像バイア
スと感光体光放電特性から求まる露光エネルギーの値
が現像閾値であり,露光エネルギーが現像閾値を超え
る領域Lで,
感光体表面電位が現像バイアスよりも低
くなり現像が行われることから,領域Lを潜像プロ
ファイルとみなすことができる。このシミュレーショ
ン手法により,レーザビーム径/レーザパワー,走査
速度,パルス幅,感光体光放電特性,現像バイアス等
の各作像条件から,形成される潜像プロファイルを求
めることができる。
1・1・1 潜像形成シミュレーション
レーザパワー P,ビームウエスト半径が wx,wy の
ガウシアンレーザビームの強度分布は(1)式となる。
2x2
2y2
2P
I(x,y)=π
Exp
−
−
・wx・wy
wx2
wy2
(1)
(1)式より,レーザをパルス幅Δ t,走査速度 v で走
査した時の露光エネルギープロファイルは(2)式で与
えられる。
Δt
Ev(x,y)=∫0 I(x−v・t,y)dt
2y2 Δt
2(x−v・t)2
2P
=π・wx・wy Exp − 2 ∫0 Exp −
dt (2)
wy
wx2
次に,
複数の任意露光パターンで走査した時の露光
エネルギープロファイルについて求める。
ディジタル
露光において,露光座標を(xi,yi)とすると,xi,yi は
解像度に依存して離散的な値をとる。1200dpiの場合,
ドットピッチは 21 μmなので,
x1, x2, … = 0, 21, 42, 63 …
となる。座標(xi,yi)の露光状態を表す関数G(xi,yi)
を
1 レーザ ON
G(xi,yi)=
0 レーザ OFF
図2 潜像プロファイルシミュレーション
Fig. 2 Simulation of latent image profile.
図3は,上記シミュレーション方法により,解像度
1200dpi のドット/ライン潜像をビーム径 60 μm,
レーザパワー0.15mWで形成した時の現像閾値とドッ
ト径/ライン幅の関係を求めた結果である。1200dpi
での理想的なドット径/ライン幅は,1dot/1dot lineで
21 μm,2dot/2dot line で 42 μm,3dot/3dot line で 63
μmであるが,図3より,1dot を形成するための現像
閾値(0.15 μ J/cm2)のみ,他の画像パターンを形成
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するための現像閾値(約 0.3 μ J/cm2)より小さく,作
像条件(現像閾値)を1dotでの最適値に設定した場合,
他の画像パターンは目標値より太ってしまい,
また逆
に作像条件を 1dot 以外の画像パターンでの最適値に
設定した場合は 1dot 潜像が形成されず,1200dpi の潜
像形成においては 1dot と他の画像パターンを両立す
ることができないことがわかる。
図4は,ビーム径を小径化(30 μm)としたときの
現像閾値とドット径/ライン幅の関係を求めた結果で
ある。この場合,各画像パターンとも最適現像閾値は
0.3μJ/cm2 となることから,すべての画像パターンを
同一作像条件で目標通りに再現できることがわかる。
図5 現像閾値と画像サイズの関係(ビーム径 60 μm,多値)
Fig. 5 Relation between dev. threshold and image size
(Beam spot 60μm, Multi-Level).
図3 現像閾値と画像サイズの関係(ビーム径 60 μm,2 値)
Fig. 3 Relation between dev. threshold and image size
(Beam spot 60μm, binary).
また図5は,
各画像パターンの最適現像閾値がいず
れも 0.3 μ J/cm2 となるよう各画像パターンに応じて
レーザパワーを補正した例である。図5より1dot露光
図4 現像閾値と画像サイズの関係(ビーム径 30 μm,2 値)
Fig. 4 Relation between dev. threshold and image size
時のレーザパワーを 0.33mW とすれば,他の画像パ
ターンと同じ現像閾値とすることができる。
以上の結果から,1200dpi 潜像形成プロセスにおい
て,1dotを含むすべての画像パターンの潜像を理論値
通りに形成するためには, ビーム径を30μm程度まで
絞り込むか,あるいは画像パターンに応じて,露光エ
ネルギーを補正する(0.15 ∼ 0.33mW)多値化制御を
行うことが有効であることがわかる。しかしながら,
ビーム径の小径化やレーザパワーの多値化は実用上課
題も多い。そこで,実用化が容易なビーム径 60 μm,
レーザパワー2値の条件で潜像形成を行なう場合は,
作像条件を 1dot 以外の画像パターンの最適値に設定
する方が画質劣化の影響が小さく有利である。
1・1・2 感光体膜厚
次に,
潜像形成における感光体膜厚の影響について
検討を行った。図6は,任意の線幅を有する矩形状電
荷分布からなる潜像の電位プロファイルを求めたシ
ミュレーション結果である2)。
潜像の高解像度化(a → b)により,孤立潜像と周
期潜像の重なり電位が低下し,
孤立潜像と周期潜像を
現像する場合の現像両立域が狭くなる。しかし,感光
体を薄膜化(b → c)することによって,孤立潜像と
周期潜像の応答性が向上し,
現像電位の両立域が拡大
することから,高解像度化による潜像現像域の確保に
は,感光体の薄膜化が有効な対応策である事が分かっ
た。
図7は,2つの感光体膜厚に対する,白抜き画像
(1200dpi 2dot line) 再現性の比較結果である。感光体
を薄膜化することにより,
白抜き画像の再現性が向上
しており,上記シミュレーション結果に加え,実証実
験でも薄膜化の妥当性を確認できた。
(Beam spot 30μm, binary).
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1・2・1 トナー小径化
図8は,1200dpi の 2 × 2 ドット潜像に対し,粒径
の異なるトナーで現像したときの感光体上の現像拡大
写真である。トナーを小粒径化することで,ドット再
現性,ドット形状の均一性が向上している事が分か
る。現像プロセスにおいては,トナーの小粒径化が高
解像度の潜像を忠実に再現する上で効果的な対応であ
る。しかし,小粒径化によって,トナーと感光体の付
着力が低下しており,画像の鮮明さを維持するために
は現像をソフトコンタクトに行う設計配慮も必要であ
る。
図8 トナー粒径による画像再現性
Fig. 8 Micrographs of toner images with different particle
size of toner.
図6 感光体膜厚による潜像レスポンス特性
Fig. 6 Latent image response characteristics.
図7 感光体膜厚による白抜き画像再現性
Fig. 7 Micrographs of negative images with different
thickness of photoconductor.
1・2 現像プロセス
現像プロセスにおいては,
潜像形成プロセスで作ら
れた高解像度な潜像プロファイルを,
忠実に顕像化す
ることが要求される。1200dpi潜像を現像する上での,
トナーの小粒径化と現像バイアスの適正範囲について
検討結果の追及を行った。
1・2・2 細線再現性と画像濃度の両立
トナー小粒径化は,
トナーの電荷量を低下させる傾
3)
向にあり ,
ソリッド部の画像濃度を確保するため現
像性を上げる必要があるが,
これはラインの再現性を
損なう方向である。すなわち 1200dpi 画像では,ライ
ン再現性とソリッド画像濃度の確保とは,
トレードオ
フの関係にあり,
これらを両立するためには作像条件
の最適化が必要となる。図9は,前述のシミュレー
ションにより,レーザパワーとソリッド画像部の明電
位 VL 及び 1dot line の幅が理論値(21 μ m)となる現
像バイアス DVB の最適値との関係を求めた結果であ
る。作像条件の DVB と VL と差分,いわゆる現像ポテ
ンシャル|DVB-VL|が大きいほど画像濃度は高くな
るが,図9より,現像ポテンシャルはレーザパワーに
関してピークを持つことから,
レーザパワーを最適化
することで画像濃度を向上できることがわかる。
図 10 は,細線再現性と画像濃度を両立するレーザ
パワーと DVB との関係について実験により調べた結
果である。これより , シミュレーション結果と同様
に,レーザパワーの最適値としては0.1mW前後,DVB
の最適値としては− 350V 前後であることがわかる。
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シャープ技報
第76号・2000年4月
図9 レーザパワーと現像ポテンシャルの関係
図 11 画像パターンと転写効率の関係
Fig. 9 Relation between L.D. power and dev. potential.
Fig. 11 Relation between image pattern and transfer
efficiency.
図 10 細線再現性と画像濃度との両立条件
図 12 画像解像度と定着強度の関係
Fig. 10 Compatibility between line reproductivity and image
density.
Fig. 12 Relation between resolution and fix level.
1・3 転写プロセス
図 11 は,画像パターンと転写効率の関係を示した
ものであるが,ソリッド画像では転写電荷密度の増加
につれ,転写効率が上昇する。これに対し,ライン画
像では,転写電荷密度500μC/m2 前後で最大転写効率
が得られる 4)。特に,1200dpi ライン画像では 500
μC/m2 を超えた領域で,転写効率が急激に低下する。
ラインへの転写電荷の集中による再転写現象が,
600dpi ラインに比べ 1200dpi ラインでは強く現れ,転
写効率を急速に低下させたものと思われる。従って,
1200dpi 転写プロセスでは ,1200dpi ラインの転写効率
に注目し,転写電荷密度を設定する必要がある。
1・4 定着プロセス
図12は,600dpiラインと1200dpiラインからなる2
つのハーフトーン画像に対する定着強度を調べた結果
である。これより , 1200dpi ライン画像では 600dpi ラ
イン画像に比べ,約 17%定着強度が低下することが
わかる。
図13は,この現象を説明した図である。ヒートロー
ラからトナーに伝わる熱量①は,単位面積当たりで考
えればトナー画像の面積によらず一定である。
一方ト
ナー画像から空気に逃げる熱量②や,紙に対してト
ナー面積より広く拡散して逃げる熱量④は,トナー面
積が大きい場合は供給される熱量①に対して無視でき
るほど小さいが,トナー面積が小さくなるほどその影
響度合いが大きくなる。その結果,高解像画像では定
着強度が低下するものと考えられる。
従って,1200dpi定着プロセスにおいては,600dpiに
比べ定着温度を高くする(約20deg)
,若しくはデュエ
ルタイムを長くする(約2倍)等により,トナーへの
熱量を確保する必要がある。
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1200dpi 画像形成技術の開発
図 14 に,本プリントエンジンと市販 600dpi レーザ
プリンタの2値出力ピクトリアル画像の部分拡大写真
を示す。600dpi出力画像に比べ,本機での出力1200dpi
画像は,画像品位が全般的に向上しているが,特に印
字ドット・ラインの解像性,エッジ部のシャープネ
ス,網点部の均一性(粒状性)或いは階調再現性等の
改善が顕著であることを確認した。
むすび
図 13 トナーへの熱伝達モデル
Fig. 13 Heat transfer model to toner image.
2 . 画像評価
1200dpi画像形成プロセス技術を搭載したA3版プ
リントエンジンを製作した。プリント部としては,露
光ビーム径 58 μm(主走査)× 65 μm(副走査),感
光体膜厚 21.5 μm,トナー粒径 7.5 μmを採用してい
る。
1200dpi 画像形成プロセス全般について,最新のシ
ミュレーション技術を駆使し,理論解析と実験検証
で,1200dpi 印字技術を構成するプロセスへの技術課
題と設計指針を明確にすることができた。1200dpi 化
の基本技術として,レーザビーム径(60μm以下),感
光体膜厚(20μm以下),トナー粒径(8μm以下)を
明確にし,最適化技術としてレーザパワー,現像バイ
アス,転写電位,定着条件の許容範囲を,試作したシ
ステムモデルで,1200dpi 画像形成技術の成立を確認
することができた。
オフィスで使用されるコンピュータ機器は,今後も
高速化と処理性能の高度化が進行し,出力機器もこれ
に相俟って,人間の視覚特性を満足させる領域まで,
高度化することが予想される。
今回開発した画像形成
技術をベースに,
短波長レーザ発光素子を採用した高
精細光学系や高速で廉価な多値描画等の新たな技術分
野にも開発を発展させ,
オフィスドキュメント商品の
飛躍的な高画質化に今後も取り組んで参りたい。
謝辞
本開発を進めるにあたり,
日頃より有益なご指導と
ご助言を賜りましたドキュメントシステム事業本部 田中副本部長はじめ関係各位に深く感謝致します。
参考文献
1) P.G.Roetling,“Visual performance and image coding”, Image
Processing, SPIE/OSA, pp.195-199
(1976).
2) R.M.Schaffert,“Electrophotography”, pp256-280, Focal Press
(1965).
3) 義村尚光,
“小粒径トナーの画質に及ぼす影響”
,
電子写真学会
誌,31, 98, pp82-86
(1992).
4) 電子写真学会編,
“続電子写真技術の基礎と応用”
,
pp286-287,
コロナ社
(1996).
図 14 1200dpi 画像と 600dpi 画像の比較
Fig. 14 Comparison between 1200 and 600dpi image.
(2
00
0年1月3
1日受理)
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