第 13 章 視床下部と摂食行動 食欲と「肥満遺伝子」 Ⅰ 視床下部−構造と機能 図説 4-27 ス図 13:ヒト 4 ㌘ 摂食行動 腹内側核−満腹中枢(破壊により肥満);外側野−摂食中枢(破壊によりるい痩) 飲水行動−飲水中枢 視床下部外側野(脳弓背外側から不確体を含む部位)−両側破壊により無飲症、電気刺激により飲水 行動の誘起 室傍核・視索上核−電気刺激・高張食塩水注入により多飲症;破壊により無飲 性行動−性中枢 内側視索前野−電気刺激により、オスでマウンティング、勃起、スラスト運動、射精 腹内側核−メスでロードーシス、陰核拡大、発声 生物時計−視交叉上核 体温調節 視索前野−熱放散中枢(暖めると、皮膚血管の拡張・発汗・浅速呼吸) 後視床下部−熱産生中枢(電気刺激により、ふるえ・立毛、皮膚血管の収縮) 攻撃行動 前視床下部腹内側核−防御性攻撃・威嚇攻撃(爪を立てる、うなる、背を丸めて威嚇姿勢、毛を逆立 てる、対象を叩く・弄ぶ・噛みつく) 前視床下部背内側核−威嚇逃走(威嚇しながら後退) 外側視床下部−捕食性攻撃(対象に静かに忍び寄り、噛みつく) 自律神経調節 図説 4-28 内側核群−交感性反応;外側核群・脳室壁周囲群−副交感性反応 ホルモン調節 室傍核−VP・Ox・CRH、視索上核−VP・OX、背内側核・腹内側核−GHRH・GIH・PRH・TRH、視索前野−GnRH、 弓状核−PIH Ⅱ 食欲の調節機構 正常体重者の組織;水分 60%、タンパク質 17%、灰分(無機成分)5%、体脂肪 18% 年齢 軽度の肥満 中等度の肥満 重度の肥満 男性 全 20%以上 25%以上 30%以上 女性 6 25%以上 30%以上 35%以上 30%以上 35%以上 40%以上 14 歳 15 歳以上 (日本肥満学会) ボディマス指数(BMI)=体重(kg) やせ 標準 18.5 未満 18.5 以上 身長(m) 身長(m) 肥満 25.0 未満 25.0 以上 メタボリックシンドローム 内臓脂肪型肥満によって,さまざまな病気(生活習慣病:心臓病・高血圧症・高脂血症・高血糖症) が引き起こされやすくなった状態 「肥満・高血圧・高血糖・高脂血症」危険因子 2 つ−心臓病 10 倍;3 4 つ−31 倍) 内臓脂肪細胞−①エネルギー貯蔵庫(中性脂肪 triglyceride);②内分泌細胞(アディポサイトカイン) アディポネクチン−insulin 作用増強,障害血管内皮細胞修復 TNF-α−アディポネクチン産生抑制,血糖上昇,insulin 抵抗性 PAI-1(plasminogen activator inhibitor)−血栓形成 過剰の内臓脂肪細胞は,TNF-αと PAI-1 を増加させ,アディポネクチンを減少 視床下部腹内側核の破壊→過食、肥満 シ図 4-59 電気刺激→摂食停止⇒⇒「満腹中枢」 視床下部外側野の破壊→拒食、るい痩 電気刺激→摂食行動⇒⇒「摂食中枢」 1. 糖平衡説:Mayer, J.(1953) 視床下部には血中グルコース濃度をモニターするニューロンが存在し、グルコース濃度が上昇すると摂 食中枢が抑制され、満腹中枢が刺激される。またグルコース濃度が低下すると逆のことが起こる a)Anand, B.(1961) 血中グルコース濃度が上昇→満腹中枢のニューロン活動が促進、摂食中枢のニューロン活動は低下 〃が低下→ 〃が低下、 〃は促進 b)Oomura, Y.(大村 裕 1969,1974) 微小複合電極でラット視床下部ニューロンにグルコースや脂肪酸投与し,単一ニューロン活動の記録 グルコース感受性ニューロン:摂食中枢ニューロンの 20 30% や図 12.11 グルコースにより活動が抑制、脂肪酸により促進 グルコース受容ニューロン:満腹中枢ニューロンの 20 30% グルコースにより活動が促進、脂肪酸により抑制 空腹感および満腹感の発生 食後、時間経過とともに、血中グルコースは減少し、逆に遊離脂肪酸は増加する。遊離脂肪酸 の増加と血糖減少は、摂食中枢のグルコース感受性ニューロンの活動を促進させ、満腹中枢の グルコース受容性ニューロンの活動を抑制する。その結果、強い空腹感が生じる。 食後、血中グルコース濃度上昇に伴って、遊離脂肪酸濃度は減少する。血糖増加と遊離脂肪酸 減少は、摂食中枢のグルコース感受性ニューロンの活動を抑制し、満腹中枢のグルコース受容 性ニューロンの活動を促進する。その結果、満腹感が生じる。 NAd 投与、交感神経興奮:glucose 感受性ニューロン活動を抑制−ストレスによる食欲不振 視索前野(体温調節中枢)の温度を 1℃上昇:glucose 感受性ニューロン活動を抑制し、glucose 受容ニューロンを促進−発熱時の食欲不振 皮膚温受容体からの求心性情報:glucose 感受性ニューロンを抑制−夏の食欲不振 最近やウイルス感染により産生される IL 類:glucose 感受性ニューロン活動を抑制し、glucose 受容ニューロンを促進−感染ストレスによる食欲不振 c)Rolls, E.T. サルの摂食中枢に、空腹時、好物の食べ物には反応するが、好物でないものや食べ物でないものには 反応しないニューロン 満腹時には反応しない 2. 大脳辺縁系(扁桃核)の役割 a)クリューバー-ビュシー症候群 Klüver-Bucy syndrome ネコ・サルの扁桃核と海馬を含む側頭葉の両側破壊:口唇傾向(手に触ったものを食べようとする)、性欲 亢進、情動反応低下(ヘビやイヌを怖がらなくなる)、視覚失認症(同じものを何度も手にとって調べ直す) b)扁桃体 基底外側核群:破壊−摂食の促進、電気刺激−摂食抑制 皮質内側核群:破壊−摂食の抑制、電気刺激−摂食促進 3. 「肥満遺伝子」 2 a)遺伝性肥満マウス「ob/ob マウス」;メンデルの法則にしたがって、劣性遺伝する(1950) 遺伝性肥満糖尿病マウス「db/db マウス」;劣性遺伝突然変異(1966) パラビオーシス実験;D.L.Coleman(1973) 野生型+ob/ob:野生型→変化なし、ob/ob→食欲低下・体重減少 野生型+db/db:野生型→食欲不振・体重減少・餓死、db/db→食欲旺盛 ob/ob+db/db:ob/ob→食欲低下・体重減少、db/db→食欲旺盛 ☞ob 遺伝子は食欲抑制因子をコード;db 遺伝子はそれを受容・伝達する因子 b)J.Friedman(1994,12 月)、他 「ob」遺伝子をマウス第6染色体上に発見(ヒトにも存在!);167 個のアミノ酸から成るタンパク質 Ob タンパク質を合成し、動物投与 図 ① ob/ob マウスに対する Ob タンパク質投与、3日で摂食量 50%、1カ月後には体重が 40%減少 ② db/db マウスの食欲は抑制されない ③ 正常マウスに投与すると、体重を 12%、体脂肪を 12%から 0.7%に減少 Ob タンパク質の発現と作用 1. 2. 3. 4. 脂肪細胞で遺伝子発現 食後、増加 脂肪組織のみを減少 ob マウスのエネルギー消費を高める⇒⇒「やせタンパク質」レプチンと命名! レプチンの受容体をクローニング 1. 視床下部(満腹中枢・腹内側核、摂食中枢・外側野)に高レベルで発現 2. db マウスはレプチン受容体の異常 ☞満腹中枢のレプチン受容体に結合→ニューロン活動が促進、満腹感がえられ、摂食停止 c)ヒトにおけるレプチン欠損症 ・近親婚の両親からの子供(いとこ同士)2名から、レプチン欠損症による肥満が報告(1997) 8 歳の女児、86 kg(137cm、体脂肪 57%;2歳の男児、29 kg(89cm、体脂肪 54%) d)肥満に関するその他の遺伝子・因子 食欲抑制物質 CART(cocaine and amphetamine -regulated transcript):CART ニューロン興奮→摂食行動抑制 摂食行動促進物質 neuropeptideY(NPY):NPY ニューロン興奮→摂食行動促進 オレキシン(柳沢正史、1998):視床下部 LHA(摂食中枢)ニューロンを興奮→摂食行動促進 グレリン(寒川賢治&小島将康、1999):胃底腺で合成・分泌 Ghrelin ・NPY−NPY ニューロンを興奮→orexin ニューロンを興奮→摂食行動を亢進 Cocaine・覚せい剤−CART 産生→CART ニューロンを興奮→orexin ニューロン抑制→摂食行動を抑制 レプチン−NPY ニューロンを抑制し、CART ニューロンを興奮→同上 Orexin ニューロンの興奮は、(マウスの)空腹時における食物探索行動を引き起こす leptin とブドウ糖は Orexin ニューロンの活性を抑制(ghrelin は促進)(2003) ☞「夜中に腹が減ると食べ物を探して台所をうろつき、昼食後の昼下がりの講義中に居眠り」 orexin-KO マウスはナルコレプシー(嗜眠・睡眠発作)誘発 3 Ⅲ 肥満の原因 1. ストレス 「気晴らし食い症候群」;ネズミのしっぽを針で慢性刺激→過食で体重増加(ストレス誘導性過食) 2. 食習慣の乱れ 大食が慢性化し、満腹中枢を刺激する血糖閾値が高くなる 胃が大きくなり、満腹感に対する胃の感受性が低下(胃壁の伸展→自律神経系→満腹中枢) 「夜食症候群」;夜間は、副交感神経系が優位のため、食物が栄養として吸収されやすい 頻回食事 食事誘発性インシュリン分泌が増加→摂食中枢刺激、満腹中枢抑制、体脂肪蓄積作用あり 「カウチポテト症候群」;寝イスに転がって、清涼飲料水、ポテトチップスを食べながら TV を 食物嗜好の偏り;脂肪1g あたり9kcal,炭水化物やタンパク質1g あたり4kcal 3. 運動不足 ヒトのエネルギー消費:基礎代謝量 60%、労作代謝量 30%、食事誘導性熱産生 10% 4. ダイエット(食餌制限)の効用(マウス、2000 2003) 食餌制限マウスは通常食マウスに比べて長寿 BDNF(神経成長因子)を 7 8 倍増加(いくつかのマウス脳部位)(2000 2001) 神経可塑性を促進、学習・記憶を増強、ニューロンの変性(パーキンソン病やアルツハイマー病)を抑 制する可能性 ☞「飽食、そしておやつや夜食は脳のためにも、控えた方がいい」 Ⅳ 肥満治療薬 レプチン;ヒトの肥満に対する投与試験(アメリカ)→投与量を非常に多くしないと効かない(製造コス トと副作用の面から、実用化は困難) 食欲抑制作用;マジンドール、フェンフルラミン、dexfenfluramin、フルオキセチン(プロザック)、コレシ ストキニン 消化吸収阻害作用;アカルボース、ボルキボース、リプスタチン 脂肪蓄積阻害作用:ナフェノビン、水酸化シュウ酸、イミダゾールアセトフェノン 代謝促進作用:β3 受容体刺激薬 CL316,243 やせ薬としての、覚せい剤、コカイン;耐性獲得、薬物依存 4
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