今、日本は

今 、日本 は
目
次
第 1章
今 、日 本 は
第 2章
技 術 開 発 の ジレンマ
第 3章
プロパテントの 潮 流
第 4章
産 業 、技 術 、そして 科 学
第 5章
知 識 社 会 の出 現
第 6章
非必要経済社会
第 7章
文 化 、文 明 そして 西 欧 文 明 の 飛 躍
第 8章
若 人 へ の メッセージ
資料編
図1
100年間の成長率
図16
知識社会とは?
図2
日本の内外価格差
図17
情報・
知識・
知恵
図3
製造業の中間投入価格の推移
図18
職業別就業人口構成
図4
時間当たり労働生産性上昇率(
製造業)
図19
鉄鋼・
エネルギー・貨物輸送の対GDP比
図5
物価水準と1人当たりGDP(2000年)
図20
輸入/輸出量
図6
労働分配率の変化:
全産業
図21
戦略とは
図7
比較優位構造の変化(
1990-96年)
図22
ミンフォード・チャート
図8
10年単位で見た世界経済成長率
図23
Marketingと営業
図9
経済成長率の寄与度分解
図24
クルーグマン・チャート
図10
主要国の研究費の推移
図25
ルイス的転換点
図11
R&D投資収益率の低下
図26
中国の失業者
図12
先後願の実例
図27
バーノンのプロダクト・サイクル
図13
産業革命のダイナミズム(
Ⅰ)
図28
3つの資本主義
図14
産業革命のダイナミズム(
Ⅱ)
図29
スイスの時計・
日本の時計
図15
産業革命の意義
図 30
私の薦める本 25 冊
1
第 1章 今 、日 本 は
(1)今 日 は 、2 0 0 4 年 5 月 2 日 、ゴールデンウィークの 最 中 である。今 朝 の
朝 日 新 聞 朝 刊 1 面 トップは 「視 聴 率 3 0 % 超 、大 ヒット激 減 」と言 う見 出 し
だった 。休 みなのでゆっくり新 聞 も読 める。見 出 しを見 た瞬 間 に何 を考 えた
だろうか ? たいていの 新 聞 の 1 面 トップは 、政 治 ニュースか 経 済 的 な動 き
に関 する報 道 である。まず「今 日 は 変 わった 見 出 しだなあ。」と感 じた。テレ
ビの 大 ヒット番 組 の 目 安 は 「視 聴 率
3 0 % 以 上 」との 事 で あ り、四 半 世 紀
前 に比 べ 1 % 以 下 に激 減 していることが ビデオ・リサーチの 調 べでわかった
と書 かれている。3 0 % を超 えた番 組 の 放 送 回 数 は 、7 9 年 の 延 べ 1 8 6 0 回
をピークに、8 2 年 に 1 千 回 を割 り、9 5 年 か ら 1 0 0 回 を下 回 り続 け、0 3 年
には 1 0 回 に落 ち込 んでしまったと。何 故 このように 約 1 0 年 単 位 で一 桁 ず
つ減 り続 けたのか? これだけはっきりした 変 化 が 四 半 世 紀 に も亘 って続 い
ている事 実 は 、決 して偶 然 ではない。社 会 変 化 がこの 減 少 を引 き起 こして
いると考 えられる。ここでいかなる社 会 変 化 が 大 ヒット激 減 の 背 景 にあった
か を考 えてみて欲 しい。
この 朝 日 新 聞 の 紙 面 では 、まず 1 日 1 世 帯 当 たりの 平 均 視 聴 時 間 は
9 0 年 8 時 間 3 分 、9 3 年 8 時 間 2 8 分 、0 3 年 は 8 時 間 とほ とんど横 ば
いと伝 えた上 で、時 間 帯 による総 世 帯 視 聴 率 を 9 0 年 と 0 3 年 で比 べると
午 前 8 時 台 は 5 1 . 4% か ら 4 8 . 9% 、ゴールデンタイム の 午 後 8 時 台 も
7 2 . 5 % か ら 6 9 . 0 % に 減 少 しており、一 方 、午 前 1時 台 は 1 0 . 5 % か ら
1 8 . 2% へ 、また午 前 5 時 台 も 3 . 9 % か ら 1 1 . 4 % へそれぞれ 大 幅 に 増 えて
いることを報 じている。深 夜 型 ・早 朝 型 な ど日 本 人 の ライフスタイル の 多 様
化 や 社 会 の 高 齢 化 が 朝 の 連 続 ドラマや 夜 の ゴールデンタイム の 視 聴 率 を
押 し下 げているのであろうというのが朝 日 新 聞 の 結 論 として書 かれている。
2
私 は 、ライフスタイル の 変 化 や 高 齢 化 という原 因 が 視 聴 率 の 高 い時 間
帯 の 視 聴 率 を下 げ、そ れ が 大 ヒットを減 らしているのも事 実 と思 うが 、それ
以 上 に 日 本 人 の 価 値 観 の 変 化 が 大 ヒット激 減 の 最 大 の 原 因 ではないか
と思 う。
記 事 の 中 で大 ヒットは 、NHK の 朝 の 連 続 ドラマが 多 い と書 か れ て い て 、
1 9 9 4 年 度 以 降 、朝 の 連 続 テレビ小 説 の 平 均 視 聴 率 が 3 0 % を超 えたこと
は 一 度 もないそうで ある。
NHK の 朝 ドラは 、日 本 の 平 均 的 家 庭 人 に 強 く訴 えるものを持 っていた。
1 9 8 3 年 には 「おしん 」が 5 2 . 6 % という超 高 視 聴 率 を得 た。その 朝 ドラが 大
ヒットに 繋 がらなくなったのは、平 均 的 日 本 人 自 体 が 消 滅 し、人 々 が 多 様
な 価 値 観 を持 つようになったからと思 わ れ る。バブル 崩 壊 以 降 の 経 済 不
況 が 長 引 く間 に所 得 分 布 の バ ラつきが 始 まったと言 われているけれども、
依 然 として日 本 の 幅 広 い階 層 が 中 産 階 級 に 所 属 しているという意 識 を持
っている。そ の 中 産 階 級 意 識 の 中 で 多 様 な価 値 観 が 生 れ 、多 様 な選 択
肢 が 嗜 好 されるようになってきた。
2 0 世 紀 最 大 の 社 会 実 験 であった 社 会 主 義 が 失 敗 し、世 界 が 1 つの 市
場 の 中 でグローバル・メガ・コンペティション を競 うこととなった。日 本 が 戦 後
官 主 導 で中 産 階 級 を中 心 とする同 質 的 社 会 を築 き、強 い 国 際 競 争 力 の
産 業 がもたらす 国 富 によって 、少 な い 犯 罪 、マ イ・ホ ー ム 主 義 、エコノミッ
ク・アニマルという小 市 民 的 安 逸 をエンジョイ出 来 た時 代 は 1 9 9 0 年 代 の
バブル 崩 壊 と共 に終 った。
大 ヒット番 組 の 激 減 に顕 れ た内 なる価 値 観 の 多 様 化 と今 、求 められてい
る自 己 責 任 の 社 会 へ の 志 向 に対 し、国 際 的 には 「安 くて良 い規 格 品 を大
量 に作 って世 界 中 で売 る」というビジネス・モデル は 中 国 ・東 アジアの 台 頭
によって 終 焉 を迎 え、次 なるビジネス・モデル は 出 来 ていない。ドイツの IW
3
経 済 研 究 所 が 発 表 した 1 9 0 0- 1 9 9 9 年 の 1 0 0 年 間 の 国 民 1 人 当 たりの
実 質 経 済 成 長 率 は 、日 本 が 1 6 6 0 % で飛 びぬけて 1 位 だった 。(図 1 参
照)
明 治 維 新 以 来 、欧 米 以 外 のどの 国 も達 成 出 来 なかった 豊 か な物 質 文
明 社 会 を日 本 は 実 現 できた。戦 争 と植 民 地 主 義 の 間 違 いは 強 く反 省 し
なければならないけれども、勤 勉 な労 働 と賢 明 なリーダーシップによっても
たらされた経 済 的 繁 栄 や 犯 罪 の 少 なさは 誇 りにして 良 い と思 う。唯 、今 、
日 本 は 様 々 な問 題 と抱 えて、明 確 なヴィジョン もなく、グローバル競 争 の 海
で漂 いはじめていることは 確 かである。価 値 観 の 多 様 化 の 裏 には 、価 値 観
の 喪 失 が 潜 んでいるように 思 わ れ る。多 くの 人 たちに支 持 される目 標 、説
得 力 のある理 念 として語 られるものがなくなってしまった 。日 本 は 、どこに行
こうとしているのか誰 にもわからない。この 状 況 の 中 で、私 なりに 今 までの
人 生 で考 え 続 けてきたことを整 理 し、自 分 なりに 次 の 世 代 に 考 えるべきと
信 じるものを書 き残 しておこうと考 えた。
(2)まず日 本 経 済 の 体 質 が 抱 える問 題 をいくつかの図 表 で辿 ってゆくこと
か ら始 めよう。
(イ)世 界 一 の 高 コスト社 会
図 2 を見 ると日 本 の 諸 価 格 が 諸 外 国 に 対 し、い か に高 い か が 一
目 瞭 然 で あ る。特 に サービス 産 業 の 価 格 競 争 力 の 差 が 大 きい 。
少 し古 いが 1 9 9 4 年 にシャープがまとめた経 営 資 源 の 価 格 比 較 で
も陸 上 運 賃 3 0 0 k m (2 0 フィートコンテナ)という項 目 で日 本 を 1 0 0
とした場 合 、米 国 1 9 、欧 州 1 5 、タイ 2 5 となっている。図 3 は 製 造
業 へ の 非 製 造 業 からの 中 間 投 入 価 格 の 推 移 を示 している。9 5 年
以 降 、上 昇 を続 けている。デフレ現 象 下 での 上 昇 は 構 造 的 要 因 に
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よるものであろう。製 造 業 からの 中 間 投 入 価 格 は 1 9 9 0 年 以 降 一
貫 して低 下 していることと対 照 的 である。図 4 で見 る通 り、時 間 当
たり労 働 生 産 性 上 昇 率 で製 造 業 は 1 9 8 0 年 代 、1 9 9 0 年 代 ともに
欧 米 に 比 べ 遜 色 がない 。日 本 の 製 造 業 は 高 価 格 の サービス とエ
ネ ル ギ ー にもかかわらず 健 闘 している訳 だ 。もし、サービス とエネル
ギー が 米 国 並 みであったなら、製 造 業 の 価 格 競 争 力 は 相 当 改 善
さ れ る の は間 違 いない 。では 、何 故 、日 本 の サービス とエネルギー
が 高 い の か ? 私 は 規 則 緩 和 の 不 徹 底 に尽 きると思 う。参 入 障 壁
を撤 廃 し、不 必 要 な規 制 を廃 止 して、新 規 参 入 を促 進 し、新 規 ビ
ジネス形 態 の 出 現 を応 援 すること、つまりは 競 争 原 理 の 徹 底 を図
れ ば 、かなりの 価 格 低 下 が 生 じると期 待 され る。唯 、エネルギーに
ついては 、ドイツと同 様 に税 政 策 によって 高 価 格 が 与 儀 なくされて
いるので、これを変 更 しない限 り大 きな価 格 低 下 は 難 しい。我 が 国
の 乏 しい 資 源 事 情 と産 業 政 策 上 省 エネ 型 産 業 を強 化 すべきこと
を考 慮 すると、高 価 格 エネルギー 政 策 は む しろ維 持 すべきであろう。
ところで余 談 であるが 、経 済 学 がもっとこのような 国 際 的 な価 格 差
を研 究 し、積 極 的 に政 策 提 言 すべきであると考 えられるが 何 故 そ
うならないのだろうか 。2 0 世 紀 初 頭 か ら増 大 し続 けている政 治 、行
政 、司 法 という政 府 の コスト差 比 較 も含 め、優 れ た 学 問 的 成 果 を
期 待 したい。科 学 的 分 析 によってのみ正 しい 政 策 が 創 出 される。
図 5 で日 本 が 高 い 1 人 当 たり G D P にも拘 らず世 界 最 高 の 物 価
水 準 によって 豊 さを実 感 出 来 な い現 状 が 表 現 されていることを付
言 する。
( ロ) 日 本 資 本 は 労 働 優 遇
一 国 の 経 済 活 動 は 、付 加 価 値 の 発 生 ととらえられる。その 付 加
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価 値 労 働 の 報 酬 たる人 件 費 と投 下 資 本 へ の 配 分 たる企 業 利 益
(税 引 前 )と利 子 とに分 割 される。労 働 分 配 率 は 、付 加 価 値 ÷ 人
件 費 で表 される。図 6 に示 された我 が 国 の 労 働 分 配 率 は 、1 9 8 0
年 以 降 、ほ ぼ 一 貫 して上 昇 を続 けており、1 9 9 2 年 以 前 は 米 、英 、
独 より低 かったけれどもバブル 崩 壊 以 降 は 、これらの 諸 国 が 少 しず
つ 低 下 し つ つ あ る の に対 し、依 然 として 上 昇 を続 け て お り、今 や
数 % これら諸 国 よりも高 くなっている。バブル 崩 壊 以 降 、日 本 企 業
は 成 果 主 義 の 導 入 、リストラ等 の 人 員 削 減 、人 件 費 削 減 等 の 痛
み を伴 う改 革 を断 行 してきた。当 然 、労 働 分 配 率 は 減 少 している
と思 わ れ た の で、この 数 字 は 意 外 である。付 加 価 値 が 減 少 する過
程 で 日 本 企 業 は 出 来 るだけ労 働 へ の 配 分 を温 存 す る態 度 を維
持 してきた訳 である。欧 米 企 業 は 、グローバル競 争 化 で資 本 強 化
に 向 かっているのだからこの 傾 向 は 決 して 喜 ばしいことと手 放 しで
歓 迎 することは 許 されない。ごく一 部 の 企 業 を除 き、多 くの 平 均 的
企 業 は 、内 部 留 保 してきた備 蓄 も使 い果 たしたり、持 株 の 株 価 下
落 によって 資 産 の 目 減 りを余 儀 なくされている。グローバル 競 争 が
ますます 進 んでいる現 今 において労 働 分 配 率 が 依 然 として上 昇 し、
欧 米 に 差 をつけられているのはやはり大 きな問 題 で あ り、こ れ を下
げる努 力 をしなければならない。
(ハ )日 本 製 品 の 輸 出 競 争 力
図 7 は 、経 産 省 の 「機 械 統 計 」か ら東 洋 経 済 社 が 作 成 した資 料
であるが 、中 に引 いたラインは 私 が 勝 手 に引 いたものだ。
同 一 の 商 品 、例 えば 、カラーテレビが 日 本 か ら外 国 へ 輸 出 された
金 額 か ら外 国 か ら日 本 へ 輸 入 された金 額 を差 引 いて、その 残 りを
6
純 輸 出 という。この 表 は 、1 9 8 9 年 の 純 輸 出 額 を 1 0 0 として純 輸 出
額 の 変 化 を表 したものだ。マイナス表 示 は 、純 輸 出 額 が マイナス、
つまり輸 入 の 方 が 輸 出 より大 きくなった事 を示 している。1 0 0 を上
廻 れ ば 、純 輸 出 額 の 増 加 、1 0 0 を下 廻 れ ば 、純 輸 出 額 の 減 少 で
ある。真 中 の 開 閉 制 御 器 か らコンデンサーまでの ラインに 囲 まれた
製 品 群 は 、す べ て 1 0 0 以 上 な の に対 し、その 上 の 製 品 もその下 の
製 品 もすべて例 外 なく1 0 0 以 下 となっている。よく見 ると 1 0 0 以 上
の 製 品 は す べ て最 終 消 費 財 ではない。逆 に 1 0 0 以 上 の 製 品 は 、
す べ て 最 終 耐 久 消 費 財 で あ る。実 はこの 事 に 気 付 い た の は 偶 然
だった 。英 訳 をしようとして 開 閉 制 御 装 置 の ところで単 語 が 出 て来
なくなった 。日 頃 我 々 がそれ 自 体 として使 っていないモノだ か ら英 語
を知 らない訳 で 、上 や 下 の 最 終 消 費 財 の 中 に 組 み 込 まれる機 能
部 材 であった 。
機 能 部 材 は 、す べ て純 輸 出 が 増 加 している。最 終 消 費 財 はすべ
て純 輸 出 が 減 少 し、いくつかのものは、輸 入 超 過 になっている。こ
の 事 は 、何 を意 味 するのだろうか ? 最 終 消 費 財 は 、機 能 部 材 を組
み 立 てたアセンブリー 製 品 である。機 能 部 材 が 知 識 集 約 財 だとす
ると、アセンブリー 製 品 は 、その 知 識 集 約 財 の 周 りに肉 体 労 働 とい
う価 値 を取 り付 けたものといえる。具 体 的 には 、乗 用 車 で言 えば 、
エンジンとか 変 速 機 という機 能 部 材 、知 識 集 約 財 の 周 りにボ デ ィ
ーという知 識 集 約 度 の 低 い部 材 を肉 体 労 働 で取 り付 けるという訳
だ。
日 本 が 重 厚 長 大 の 重 化 学 工 業 か ら軽 少 短 薄 という組 立 加 工
型 の 産 業 にシフトし、世 界 最 強 の 競 争 力 を誇 った 1 9 7 0 年 代 後 半
か ら 1 9 8 0 年 代 末 までとは 異 なる状 況 が この 図 7 に示 されている。
7
本 章 の要 約
・ 明 治 維 新 か ら 2 0 世 紀 にかけて、日 本 経 済 は 成 功 したといってよい。
安 くて良 いものを大 量 に作 るビジネス・モデル
・ しか し、この モデル は アジア諸 国 の キャッチ・アップによって 通 用 しなく
なってきた 。社 会 の 求 心 力 も失 われてきた 。
8
第 2 章
技 術 開 発 の ジレンマ
(1)図 8 は 、第 2 次 世 界 大 戦 後 の 世 界 経 済 全 体 の 成 長 率 を 1 0 年 単 位
で見 たものである。この 図 で明 確 に 見 てとれるのは 、1 9 7 0 年 代 以 降 の 成
長 率 の 鈍 化 である。右 の 欄 は 左 側 の 成 長 率 を人 口 増 加 率 で割 って 、1
人 当 たりの 成 長 率 を出 したものであるが 、これだと 1 9 7 0 年 代 以 降 の 成 長
率 鈍 化 はもっとはっきりしている。この データは 1 9 9 7 年 からの アジアの 経
済 危 機 以 前 の 1 9 9 4 年 までしかないので、1 9 9 0 年 代 は 日 本 を除 くアジア
だけでなく、欧 米 も絶 好 調 だった 1 9 9 0 年 代 前 半 の 時 期 であるにも拘 らず、
1 人 当 たりの 成 長 率 は - 0 . 3 % とマイナスになっている。
何 故 、1 9 7 0 年 代 以 降 に世 界 経 済 の 成 長 率 が 鈍 化 したのかの考 察 に
ついては 第 5 章 で詳 しく述 べ る予 定 な の で、ここでは、成 長 率 鈍 化 が 何 を
もたらしたかを考 えてゆきたい。
図 9 は 「日 本 の 経 済 成 長 率 の 寄 与 度 分 解 」である。見 て分 か る通 り経
済 成 長 率 は 、経 済 成 長 に寄 与 する 3 つの 要 素 に因 数 分 解 できる。「資 本
の 寄 与 」、「労 働 の 寄 与 」、「その 他 の 要 素 」の 寄 与 である。資 本 と労 働 の
寄 与 量 は 、資 本 、労 働 の そ れ ぞ れ の 分 配 率 に そ れ ぞ れ の 伸 び 率 を掛 けて
算 出 される。経 済 成 長 率 からその 資 本 の 寄 与 量 と労 働 の 寄 与 量 を差 引
い た も の が、「そ の 他 の 要 素 」の 寄 与 で あ り、そ の 理 由 か ら「そ の 他 の 要
素 」の 寄 与 分 を残 差 成 長 率 とも言 う。アメリカの 経 済 学 者 の ロバート・ソロ
ーがこの 「『その 他 の 要 素 』の 寄 与 の 内 容 は 、技 術 革 新 である」という説 を
発 表 し、支 持 されるようになった 。資 本 、労 働 と言 う生 産 要 素 をより効 率
よく使 用 することを可 能 とする技 術 革 新 によって 、新 しい付 加 価 値 が 生 ま
れるという訳 である。唯 、技 術 革 新 といっても製 造 業 の 物 作 りの 技 術 に限
定 される訳 ではない。資 本 、労 働 という生 産 要 素 の 使 用 効 率 の 向 上 によ
る付 加 価 値 の 増 大 をもたらすもの 全 てがここでいう技 術 革 新 である。技 術
9
= テクノロジーと解 すると狭 すぎる。シュンペーター の 言 うイノベーションと同
義 に解 するべきであって 、製 造 業 以 外 でも、新 しい 金 融 商 品 や サービス ・
ビジネスの 創 出 、更 には 産 学 連 携 による新 規 事 業 もある。図 9 で T F P 寄
与 と示 されている部 分 がこの イノベーション による成 長 寄 与 率 である。T F P
は t o t a l f a c t o r o f p r o d u c t i v i t y の 略 であり、全 要 素 生 産 性 と訳 される。
1 9 7 0 年 代 以 降 の 経 済 成 長 鈍 化 は 、各 企 業 に 技 術 革 新 による生 き残
りを強 いた。各 企 業 は イノベーションによる成 長 を目 指 して知 恵 を絞 り、戦
略 を錬 った。成 長 率 が 鈍 化 すると言 うのは、市 場 の 伸 びが 小 さくなることで
ある。お 金 (資 本 )と人 (労 働 )を調 達 して、新 しい 工 場 を建 て れ ば 企 業 が
発 展 できるのは 、高 度 成 長 期 である。新 しい 工 場 を作 っても、売 れなけれ
ば 、企 業 は 大 きくならないし、下 手 をすると倒 産 するかもしれない。
図 1 0 で見 るようにどの 国 も 1 9 7 0 年 代 か ら研 究 開 発 費 をどんどん増 や し
ている。各 企 業 の 研 究 開 発 費 の 増 大 による結 果 である。
「当 社 は 、技 術 による差 別 化 戦 略 を追 求 する。」「我 々 は 、技 術 を磨 いて
競 争 に 打 勝 つ。」等 々 の 技 術 立 社 宣 言 をよく聞 く。技 術 系 の トップも増 え
ている。資 本 、労 働 による 成 長 が 困 難 になってきた以 上 は 、研 究 開 発 の
成 果 、技 術 革 新 、イノベーション による 成 長 乃 至 競 争 優 位 を求 めるのは
合 理 的 行 動 である。
ところが、ここにジレンマが 発 生 する。図 11 を見 て頂 きたい。わ が 国 の 研
究 開 発 投 資 によって 増 加 する GNP の 大 きさを示 すもので、R & D 投 資 収
益 率 と言 う。産 業 連 関 表 という経 済 学 の 手 法 を用 いて大 量 の デ ー タ処 理
をし、作 成 した 由 で あ り、二 度 と作 れない 貴 重 な 図 表 である。1 9 7 9 年 以
前 は 実 績 で、1 9 8 0 年 以 降 は 予 測 である。1 9 7 0 年 か ら 2 0 年 間 で数 分 の
一 に激 減 している。恐 らく、これ 以 降 は 、バブル 期 を除 き、もっと低 下 が 激
化 していると思 わ れ る。多 くの 企 業 で「当 社 は 、研 究 開 発 費 を増 やしてい
10
るのに、最 近 いい技 術 が 出 て来 ない 。どうなっているんだ! 」という声 をよく
聞 か れ る。研 究 者 、技 術 者 が サ ボっている訳 ではない 。経 済 現 象 の 論 理
的 帰 結 である。
経 済 成 長 率 低 下 →技 術 差 異 化 志 向 → 研 究 開 発 投 資 増 加
→ RD 投 資 収 益 率 低 下 = 技 術 開 発 成 功 率 低 下
私 は 、この ロジックを約 5 年 間 かけて発 見 し、そ れ を 2 つの コンセプトに集
約 した。
「技 術 革 新 の 小 幅 化 、ダウンサイジング 」
「R D の 同 期 化 」
である。
究 極 、成 長 率 低 下 が 惹 き起 こす企 業 の 技 術 開 発 の ジレンマである。
(2)コンペティター が 追 随 す る の に長 期 間 を要 する大 きな 技 術 革 新 は 最
早 不 可 能 となった。しか し、コンペティター に 勝 つには 技 術 による差 別 化 し
かない。この ジレンマを抜 け出 すには 、小 さな差 異 でも良 い か ら技 術 の 差 を
強 調 して、どんどん 新 しい 技 術 革 新 の 創 出 を繰 り返 すしかない 。技 術 革
新 の 当 事 者 にとっては、大 きな研 究 開 発 経 費 が か か っ て い る成 果 であっ
て、小 さな技 術 革 新 と呼 ば れ る の は 不 本 意 であろうが 、コンペティター もほ
ぼ 同 じ技 術 レベル に達 していると考 えられる状 況 において、コンペティター と
の 競 争 優 位 差 こそ市 場 で評 価 される真 の 技 術 革 新 であるのだから、技 術
革 新 の 小 幅 化 という表 現 が 的 確 と考 えられる。もし、コンペティター が 市 場
で負 けたと判 断 したら同 じような技 術 でセールスポイントを別 の 切 口 で考 え
出 してすぐ追 いついてくる。従 って、市 場 で勝 ち続 けるためには 、次 々 に技
11
術 革 新 を繰 り出 していかなければならない 。無 限 に研 究 開 発 コストを使 え
な い 以 上 、か か る“微 分 的 技 術 革 新 ”中 心 の 研 究 開 発 は 、画 期 的 な 技
術 革 新 が 生 まれにくくなる要 因 でもある。
ところでロジックは 別 として、如 何 なる技 術 革 新 が 大 きな技 術 革 新 と言
えるか 具 体 例 を示 さないと理 解 しにくいであろう。私 は 、化 学 メーカーに勤
務 していたので化 学 技 術 の 例 を挙 げる。
1 9 4 0 年 代 に 米 国 化 学 メーカーの デュポン社 の 天 才 化 学 者 カローザス
が ナイロンを開 発 した 。1 9 3 6 年 にドイツの シュタウディンガーという学 者 が
“巨 大 分 子 ”という仮 説 を発 表 した。それまでは 多 くの 分 子 が 鎖 のように 繋
がっているとは 考 えられていなかった 。今 で言 う高 分 子 ポリマーという概 念
が 初 めて示 された。従 って、まだ誰 もその仮 説 に基 づいて実 際 に繊 維 を作
ろうとは 考 えもしなかった 時 に カローザスは 果 敢 に チャレンジした。もっとも
彼 は 、最 初 、ナイロンではなくポリエステル 繊 維 の 開 発 を目 指 し、失 敗 して、
ポリアミド繊 維 “ナイロン”の 開 発 に 目 標 を変 えて 成 功 した。誰 もこんな危
険 なチャレンジをしようと思 うコンペティター は 存 在 しなかったし、しばらくは
同 じナイロンでさえ 別 の 技 術 を開 発 して追 い駆 けようとは 考 えなかった 。2 0
世 紀 の 間 にデュポンは 、ナイロン事 業 でこの 先 行 者 利 益 によって 2 5 0 億 ド
ル の 利 潤 を得 たと言 われている。
昭 和 3 1 年 に東 レ(当 時 の 社 名 は 「東 洋 レーヨン」)が デュポンからこの ナ
イロンの 製 造 に 必 須 の 特 許 の ライセンスを取 得 した。東 レが 偉 かったのは、
その ライセンス契 約 の 一 時 金 1 0 億 円 は 、当 時 の 同 社 の 資 本 金 7 億 円 よ
り大 きかったにも拘 らず、社 運 をかけて ライセンス取 得 に 踏 み 切 る英 断 を
下 したことである。当 時 の 日 本 の 繊 維 メーカー の 名 門 企 業 は 、紡 績 会 社
であり、レーヨン会 社 は 、新 興 企 業 に過 ぎなかった 。更 に 東 レの 勇 気 を賞
賛 すべきなのは、ノウハウを含 む技 術 導 入 ではなく、特 許 だけの ライセンス
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に踏 み 切 った事 である。ノウハウを自 社 で確 立 するのは苦 労 が 多 く、リスク
も負 う。し か し、他 社 からの ノウハウをライセンス によって 取 得 することでは
得 られない know - w h y が 習 得 でき、人 材 が 育 ち、将 来 の 様 々 な技 術 開 発
の 礎 が 築 ける。その 後 の 東 レの 発 展 と紡 績 会 社 の 合 成 繊 維 事 業 へ の 出
遅 れによる停 滞 を見 れ ば そ の 時 の 東 レの 先 見 の 明 は 、大 変 優 れたもので
あった 事 が わ か る。
ところでそのナイロンを開 発 したデュポンが 2 匹 目 の ドジョウ を狙 ってポリ
アリタール樹 脂 という工 業 用 エンジニアリング・プラスチックを開 発 し成 功 し
た時 に 驚 いた 事 が 起 こった。デュポンが ポリアセタール 樹 脂 を世 界 で 始 め
て上 市 した 3 年 後 にセラニーズ社 というアメリカの 繊 維 会 社 が ポリアセター
ル 樹 脂 市 場 に参 入 してきたのである。デュポンはびっくりしてすぐにセラニー
ズ社 に対 し特 許 侵 害 訴 訟 を起 こした 。しかししばらくしてこの 訴 訟 は 取 り下
げられる。デュポンが 調 査 したところ、セラニーズの ポリアセタール 樹 脂 は 、
コー・ポリマーと言 って異 なる分 子 の 連 鎖 で出 来 ており、単 一 の 分 子 の 連
鎖 であるホ モ・ポリマーの デュポンの ポリアセタール 樹 脂 とは 異 なっており、
訴 訟 に 勝 てるメドがないのがはっきりした 。これが 次 に説 明 する「R D の 同
期 化 」である。
そ れ と同 時 にデュポンの ナイロンという大 きな技 術 革 新 に対 し、ポリアセ
タール樹 脂 の 技 術 革 新 は 、デュポンにとってもセラニーズにとっても「技 術
革 新 の 小 幅 化 、ダウンサイジング」であった。
「R D の 同 期 化 」という造 語 は シンクロナイズド・スイミングからの 連 想 で
ある。コンペティター間 で、同 じテーマの 研 究 開 発 が 同 じ時 期 に始 められ 、
終 了 する時 期 のみならず 、研 究 開 発 の 成 果 の 内 容 まで似 てくる現 象 を意
味 す る。シンクロナイズド・スイミングは 、スイマーが 繰 り返 し練 習 して 息 の
合 った泳 ぎを演 出 する。「R D の 同 期 化 」は コンペティター 同 士 で息 を合 わ
13
せたくないにも拘 らず、自 社 独 自 の 技 術 をどの 会 社 も狙 うために成 長 力 の
小 さくなった市 場 が 彼 等 を同 じところへ追 い込 んで行 く。
(3)実 は 、私 は 勤 めていた企 業 で 1 9 9 0 年 代 は じめにエレクトロニクス関 連
事 業 分 野 の ライセンス業 務 を担 当 し、特 許 ゴロ的 な金 (特 許 ロイヤルティ
ー)をせびる多 くの 会 社 、個 人 に悩 まされ 続 けた。私 が 企 業 で特 許 部 の 仕
事 を始 めた 1 9 6 0 年 代 か ら 1 9 7 0 年 代 にはそんな現 象 は 起 こらなかったの
に何 故 そうなってしまったのかを考 え込 んでしまった 。日 本 の 電 機 メーカー
や エレクトロニクス企 業 は 1 9 8 0 年 代 か ら既 に主 に米 国 か ら訴 訟 を含 む激
しい特 許 攻 勢 を受 けていた。この 現 象 の 原 因 、本 質 は 何 か ? しかし、それ
に答 えてくれるものはなかった 。では 自 分 で勉 強 して答 を出 そう! と考 えた
が 何 を勉 強 すれ ば 良 い の か ? 特 許 法 の 教 科 書 ではなさそうだし、科 学 技
術 史 でも駄 目 だろう。一 体 、特 許 とは 如 何 なるものであろうか ? 結 局 、自
分 だけで 発 明 を独 占 して、金 儲 けをしようという経 済 的 動 機 が 特 許 制 度
の 本 質 だ か ら、1 9 6 0 年 代 の 頃 と現 在 で経 済 の 何 が 変 わ っ た か を研 究 す
れ ば 疑 問 が 解 けるかも知 れない。経 済 原 論 をはじめ 、積 み 上 げ れ ば 1 メー
トル 程 の 経 済 に 関 する本 を読 ん だ。「技 術 革 新 の 小 幅 化 」「R D の 同 期
化 」という2 つの 概 念 に辿 り着 いた時 は 、とても嬉 しかった。成 長 率 の 鈍 化
が 惹 き起 こすこの 2 つの ジレンマが 生 じた時 代 に企 業 はどうやって 利 潤 を
確 保 す れ ば 良 い の か ? 「一 日 で も早 く特 許 庁 へ 駆 け込 んでコンペティター
との 僅 差 の 技 術 的 リードを何 とかして 特 許 にすれば、2 0 年 間 リードを法 的
排 他 力 として保 証 してくれる。こんな有 難 い便 利 なものはない。」こう考 える
のはごく自 然 だ し、合 理 的 である。これは日 本 だけではない 。欧 米 先 進 諸
国 も同 じである。侵 害 訴 訟 の 増 加 、欧 米 の 特 許 出 願 数 増 加 、特 許 ゴロ
の 横 行 、特 許 性 (特 に進 歩 性 )の 低 い特 許 の 輩 出 、米 国 の 知 的 財 産 保
14
護 強 化 の 要 求 、プロパテント政 策 は 全 てこの 2 つの 概 念 で要 約 される経
済 現 象 である。
「R D の 同 期 化 」現 象 は 、歴 然 たる証 拠 が あ る。特 許 庁 へ 特 許 出 願 を
申 請 すると 1 8 ヵ月 の 間 は 出 願 人 以 外 の 者 はその 内 容 を知 ることが 出 来
ない。「R D の 同 期 化 」が 起 これば、同 じ内 容 の 発 明 を複 数 の コンペティタ
ーが お互 いに 知 らないまま特 許 出 願 することが 発 生 する筈 である。出 願 が
公 開 された後 にはその 確 率 は 、ぐっと下 がるけれども 1 8 ヶ月 という未 公 開
の 期 間 中 には 、自 社 が 最 初 の 特 許 出 願 だ と思 って出 願 した 結 果 、他 社
の 方 が 早 かったという事 が 起 こる。いわゆる先 後 願 である。図 1 2 は 三 菱
化 学 社 長 長 谷 川 治 雄 氏 か ら教 えて頂 い た同 社 において実 際 に 起 こった
実 例 である。分 野 を問 わ ず、多 くの 研 究 の ベテラン にこの 話 をすると「自 分
は 、偶 然 同 じ発 想 で他 社 でも研 究 をしていて、たまたま同 じ時 期 に 同 じ発
明 に 到 達 したのだろうと思 っていたが、成 程 こういう理 屈 で 同 じ時 期 に同
一 発 明 が 出 てくる訳 だ! 」と納 得 して貰 える事 が 多 い。
図 1 2 の 一 番 上 に書 か れ た難 燃 ポリアミドは 、ナイロンを燃 えにくくするた
めに シアヌール 酸 メラミン をナイロンに 配 合 するという発 明 である。三 菱 化
学 を含 め 5 社 が 1年 4 ヶ月 の 間 に全 く同 じ発 明 を出 願 したという驚 くべ き
事 例 である。恰 もこの 5 社 が 情 報 交 換 をしたのではないかと疑 いたくなる。
実 は 、R D の 同 期 化 という現 象 は 、市 場 が 情 報 を媒 介 することによって 促
進 されているのだ。例 えば 、A 社 が X 社 に今 までよりはるかに良 いポリマー
をオファー して来 たとすると X 社 は 何 を考 えるだろう? 「これは良 いポリマー
で A 社 か ら買 いたいけれども、A 社 からしか 買 えないと困 る。値 段 が 高 くな
るし、A 社 が 事 故 で供 給 できなくなったら、この ポリマーを使 った自 分 の 製
品 が 作 れなくなってしまう。A 社 の ライバルである B 社 、C 社 に 対 し、A 社 か
らこんな良 い ポリマーが 出 来 て き た け れ ど、お 前 のところでも作 れ な い の
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か ? とプッシュしなければならない。」という話 になるだろう。
これもまた当 然 の 経 済 現 象 であるが 、X 社 というポリマーの 市 場 が 媒 介
して A 社 からもたらされた新 しい情 報 (秀 れ たポリマーの 出 現 、ポリマーの
性 能 、A 社 によるオファー 等 )が B 社 、C 社 へ 流 通 し、B 社 、C 社 の 同 じポ
リマーの 開 発 を促 す。
先 後 願 の 例 ではないが 、市 場 が 情 報 媒 介 によって 「RD の 同 期 化 」を起
こしたもう 1 つの 例 を示 す。
昭 和 6 2 年 に花 王 が 従 来 の 4 分 の 1 の 容 量 で洗 えるコンパクト洗 剤 「ア
タック」を発 売 し、ライオンとほぼ 同 じ 4 0 % の 市 場 シェアーを二 分 していた
合 成 洗 剤 市 場 で一 挙 に 6 0 % の シェアーを握 ることに 成 功 した。1 年 後 の
昭 和 6 3 年 には ライオンも急 遽 「ハイトップ」というコンパクト洗 剤 で対 抗 した
が 、2 0 % に低 下 したシェアーの 回 復 は 出 来 なかった 。「アタック」の 出 現 した
市 場 が ライオンに急 遽 アタックと同 等 の コンパクト洗 剤 の 開 発 を迫 り、1 年
という短 期 間 で 上 市 まで 至 らしめた。実 は 、コンパクト洗 剤 に は 長 い歴 史
があり、ライオンが 十 数 年 以 前 にコンパクト洗 剤 を上 市 したが ヒットしなかっ
たし、花 王 も 2 分 の 1 容 量 の 商 品 を出 してうまく行 かなかった 事 があった 。
時 代 と商 品 の ミスマッチなのであろう。とにかく大 都 市 集 中 による狭 い住 居
でいずれ コンパクト洗 剤 は 必 要 になると考 えられており、事 業 化 失 敗 の 歴
史 も踏 まえつつ両 者 は 、コンパクト化 の 技 術 の 鍵 である菌 の 探 索 を含 むコ
ンパクト化 技 術 の 蓄 積 を図 っていた。その 蓄 積 があったからこそ ライオンは 、
たった 1 年 でキャッチ・アップが 出 来 たのであろうが 、それにしてもライオンの
研 究 開 発 の 人 達 は 大 変 な苦 労 を強 いられた筈 である。市 場 による「R D の
同 期 化 」の 強 要 とでも言 って良 い実 例 である。
しか し、「R D 同 期 化 」は 、成 長 率 の 鈍 化 がもたらす 論 理 的 帰 結 であっ
て決 して市 場 による情 報 媒 介 が な け れ ば 発 生 しないと言 う事 ではない 。そ
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のことを示 す歴 史 的 事 実 を 1 つ紹 介 しよう。
ビ デ オ・テ ー プ・レコーダー(” V T R ” )は 、アメリカの アンペックス 社 、R C A
社 等 が 開 発 した。放 送 局 用 の 巨 大 な装 置 であった 。当 然 値 段 も高 かった 。
これをコンパクトにして 家 庭 用 V T R を開 発 しようとアンペックス、R C A を含
む多 くの 企 業 が 競 い合 った。その 過 程 で今 でも使 われている秀 れ た アイデ
アが 出 て来 た。ダブル ・ヘリカル ・スキャンというスキャニング の 方 法 で、斜
向 した 2 つの トラックの 間 でヘッドが 回 転 して記 録 容 量 を飛 躍 的 に 高 め
V T R を小 型 にするための 画 期 的 な発 明 である。この 同 じ発 明 が 昭 和 3 4
年 にビクター 、ソニー、松 下 電 器 の 3 社 によって 2 週 間 の 間 に 特 許 出 願 さ
れたのである。結 果 的 には ビクター が 第 1 出 願 人 として特 許 を取 得 した。
家 庭 用 V T R が 価 格 数 万 円 になって 、多 くの 家 庭 に入 るようになったのは、
昭 和 5 0 年 代 の 終 わりから6 0 年 代 のはじめ 頃 だったと記 憶 している。昭 和
3 4 年 と言 えば 、まだ家 庭 用 V T R の 商 品 は 全 く存 在 せ ず、したがって 市 場
による情 報 の 媒 介 は 起 こるべくもなかった 。市 場 の 媒 介 のみによって 「R D
の 同 期 化 」が 起 こる訳 ではない。
本 章 の要 約
・ 1 9 7 0 年 代 か ら始 まった世 界 経 済 成 長 率 鈍 化 の 現 象 は 、今 までの
歴 史 になかった 新 しい現 象 を惹 き起 こしている。
・ 技 術 開 発 においては 「技 術 革 新 の 小 幅 化 」「R D の 同 期 化 」というジ
レンマ現 象 が 発 生 している。
・ この ジレンマ を克 服 するために特 許 等 の 法 的 排 他 権 を利 用 するの
は 理 の 当 然 である。
17
第 3 章
プロパテントの 潮 流
(1)米 国 が 1 9 8 5 年 の ヤング・レポートによって 米 国 製 造 業 の 再 生 のため
に「知 的 財 産 権 保 護 強 化 」を提 唱 し、いわゆるプロパテントの 潮 流 が 本 格
化 したけれども、その 潮 流 を冷 静 に分 析 すると 2 つの 現 象 が 発 生 している
ことが 判 る。1 つは 、他 国 に対 し、米 国 政 府 として自 国 の 経 済 優 位 を確 保
するために今 まで以 上 の 「知 的 財 産 権 」の 保 護 を要 求 する対 外 政 策 の 推
進 と、米 国 企 業 によるその 政 策 果 実 の 享 受 である。
1 9 9 5 年 の W T O (W o r l d T r a d e O r g a n i z a t i o n の 略 ) 設 立 、ウルグアイ
ラ ウ ン ドの 中 の
Trips(Trade
Related
As p e c t s
of
Intellec tual
P r o p e r t y R i g h t s の 略 ) 協 定 の 成 立 、米 国 関 税 法 第 3 3 7 条 の 改 正 とそ
れ を使 った I T C ( I n t e r n a t i o n a l T r a d e C o m m i s s i o n の 略 ) による外 国 企
業 製 品 の 締 め出 し、スーパー3 0 1 といわれる米 国 特 別 通 商 法 に基 づく日
本 を含 む各 国 に 対 する知 的 財 産 権 保 護 強 化 要 求 が 具 体 的 政 策 の 中 味
である。
もう 1 つの 流 れ は 、米 国 内 での 知 的 財 産 権 保 護 強 化 の 動 きである。米
国 は既 に 1982 年 に CAFC(Court of Appeals for the Federal Circuit
の 略 ) を設 置 し、特 許 に関 する連 邦 地 裁 の 控 訴 審 たる高 等 裁 判 所 を 1 つ
に 集 約 し、プロパテント政 策 を統 一 的 に 推 進 す る形 を整 えた。そして 、次
第 にこの 新 しい体 制 を活 かして C A F C のみならず 、米 国 全 体 の 裁 判 所 で
均 等 論 の 拡 張 、特 許 の 有 効 、無 効 判 断 を特 許 権 者 有 利 に転 換 すること、
特 許 侵 害 の 損 害 賠 償 金 の 増 額 等 を進 めて行 った 。この 後 者 の 動 きは 、
日 本 の 均 等 論 判 決 の 定 着 に影 響 を与 えたのは間 違 いないだろう。
1 9 7 0 年 代 までは 、連 邦 地 裁 での 特 許 の 有 効 性 が 争 わ れ たケースでは 、
約 3 0 % しか 有 効 と認 められなかったのに対 し、1 9 8 0 年 代 以 降 は 、逆 に約
3 0 % しか 無 効 とされなくなったと言 われている。
18
このような 米 国 内 での プロパテント政 策 は 、米 国 特 許 庁 ( U . S . P a t e n t &
T r a d e m a r k O f f i c e、略 称 U S P T O ) の 特 許 性 審 査 にも影 響 を与 えたと思
わ れ る。従 来 なら拒 絶 された発 明 が 米 国 特 許 として認 められるケースが 増
加 していると思 わ れ る。かつて米 国 特 許 を取 得 することは 真 の 発 明 と認 め
られたという勲 章 だったけれども、1 9 8 0 年 代 後 半 には ヨーロッパ で特 許 に
ならなかったものが 米 国 では 特 許 になることが しばしば 発 生 した 。米 国 特
許 の 質 の 低 下 である。一 方 、日 本 でも 1 9 8 0 年 代 か ら低 い特 許 性 の 発 明
が 特 許 化 されることが 多 くなった 。ただし、この 現 象 は 、アメリカの 影 響 では
ないと思 わ れ る。
私 は 、この 特 許 性 低 下 の 減 少 を皮 肉 って「馬 鹿 な特 許 、され ど特 許 」現
象 と言 っている。
(2)「馬 鹿 な特 許 、さ れ ど特 許 」現 象 を含 む プロパテントの 潮 流 はなぜ 発
生 したのだろうか ? 私 は 、複 数 の 要 因 が 重 なり合 って発 生 したと思 う。
まず第 1 に「第 5 章
知 識 社 会 の 成 立 」「第 6 章
非 必 要 経 済 化 」で詳
述 す る先 進 資 本 主 義 社 会 の 変 質 が あ る。そしてそれらの 変 質 の トリガー
は 、1 9 7 0 年 代 からの 世 界 経 済 成 長 率 の 鈍 化 であったと思 う。一 言 で言
えば 、成 長 率 が 鈍 化 してくると、頭 が 生 み 出 す価 値 のあるものの価 値 を高
めて、成 長 を図 ろうという動 きが 出 てくるということだ 。中 でも「技 術 革 新 の
小 幅 化 」「R D の 同 期 化 」の ジレンマを打 破 するには 、必 死 になって 自 己 の
達 成 した技 術 革 新 を法 的 権 利 として確 保 し、コンペティター を排 除 したり、
高 いロイヤルティー や 侵 害 の 損 害 賠 償 金 を強 要 したり出 来 るようにしたい
という動 機 が 強 く作 用 していると考 えるとこの プロパテントの 潮 流 は 納 得 し
やすい。ヨーロッパ が E P O ( E u r o p e a n P a t e n t O f f i c e の 略 。現 在 は 2 0 カ
国 を越 えた E P O 条 約 加 盟 国 の 特 許 審 査 を集 中 的 ・一 元 的 に行 う機 関 )
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の 拡 大 とともに一 時 発 生 した特 許 性 低 下 の 審 査 を危 惧 して審 査 の レベル
アップに 努 め、今 でも高 い質 の 特 許 審 査 を維 持 しているのに対 し、日 ・米
の 特 許 性 低 下 が 著 しいことの 背 景 として 、ヨーロッパ 社 会 が 文 化 的 に 保
守 的 であるため技 術 革 新 の 惹 き起 こす階 級 変 動 、貧 富 の 差 の 拡 大 を嫌
って、イノベーション 型 社 会 の 変 換 が 遅 れているのに対 し、日 ・米 は 強 引 に
イノベーション 型 競 争 を促 進 してきたために 2 つの 技 術 革 新 の ジレンマ克
服 の 切 迫 感 が 強 く、何 が 何 でも特 許 という魔 法 を求 め る度 合 いが 強 いこ
とが 挙 げられる。そして 、この 事 が 結 局 特 許 性 の バ ー を低 くする力 となって
働 いていると解 釈 す れ ば 理 屈 が 成 り立 つ。もう 1 つの 理 屈 は 、特 許 出 願
数 が 増 加 してくると、審 査 の バラツキが 生 まれる。そ れ に対 しては、出 願 人
は 勿 論 、利 害 関 係 人 も文 句 を言 う。異 議 申 立 、審 判 、裁 判 である。そうす
ると審 査 の 側 ではどうしても審 査 を証 拠 に 頼 るようになる。特 許 の 進 歩 性
判 断 は 、主 観 的 な価 値 判 断 であるけれども 、公 知 文 献 という証 拠 に 頼 る
審 査 は 、新 規 性 偏 重 の 審 査 になってしまう。出 願 数 が 増 加 すると進 歩 性
に対 す る判 断 は 甘 くなって 行 く傾 向 にある。新 規 性 偏 重 の 特 許 審 査 であ
る。
研 究 開 発 の 成 果 は 、どんなに思 案 しても自 分 しか 使 えないように 競 争 優
位 戦 略 の 武 器 として保 持 するには 2 つしか 方 法 がない。特 許 等 の 法 的 権
利 を取 るか 、ノウハウとして人 に知 らしめないかのいずれかである。しかし、
「R D の 同 期 化 」が 起 こるという事 は 、ノウハウとして研 究 成 果 を保 持 する
意 味 が ないという事 である。「技 術 革 新 の 小 幅 化 」も同 じ結 論 に導 く。勿
論 、すべての 研 究 が 必 ずこの 2 つの ジレンマに陥 るとは 言 えないし、特 許
出 願 が 全 くなくて 、コンペティター が ど ん な に 苦 労 して キャッチ ・アップの 研
究 開 発 を行 っても追 いつけない 技 術 革 新 の 実 例 もある。しか し、経 済 発
展 の 理 論 的 帰 結 であるこの 2 つの ジレンマは 強 力 であるため、研 究 開 発
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成 果 を全 く特 許 出 願 しないという決 断 は 、容 易 ではない 。そして 多 くの 研
究 開 発 投 資 をした 成 果 をできるだけ広 い 権 利 として 確 保 したりと特 許 出
願 するとコンペティター は 、自 分 も金 をかけてほぼ 同 じ研 究 をしているのだ
か ら、そんな発 明 が 特 許 化 されると困 る の で 必 死 になって 公 知 文 献 を調
べ 、特 許 無 効 の 論 理 を考 え、特 許 つぶしにかかる。ここでも「技 術 革 新 の
小 幅 化 」、「R D の 同 期 化 」の 2 つの ジレンマは 、その 特 許 つぶしに 有 効 と
思 わ れ る公 知 文 献 の 存 在 を約 束 してくれ る筈 だ か ら。発 明 者 とその企 業
にとっては、やっと手 に入 れ た虎 の 子 でもコンペティター にとってはこんなも
の が 特 許 になるような 馬 鹿 な事 は 絶 対 に困 ると思 うことになる。
結 局 、プロパテントの 潮 流 は 、「馬 鹿 な特 許 、され ど特 許 」という病 理 現
象 も惹 き起 こしながら進 む 他 ないのだ。更 に プロパテント政 策 を米 国 が 推
し進 めた 裏 に は 、ソ連 崩 壊 とその 後 の 世 界 の 変 化 の 予 測 があったのでは
ないだろうか 。後 述 する非 必 要 経 済 化 という現 象 によって 豊 か で 楽 しさに
溢 れ た先 進 資 本 主 義 国 との 間 で否 定 できない 大 きな差 をつけられたソ連
は 、遅 か れ 早 か れ 崩 壊 するであろうと 1 9 8 0 年 初 の アングロ・サクソンの リ
ー ダ ー 達 は 判 断 したと思 わ れ る。そうなるとソ連 、東 欧 、中 国 、インド、東
南 アジア、中 南 米 の 共 産 主 義 者 や 反 体 制 派 は 宗 旨 替 えをして 、市 場 主
義 経 済 に 参 加 する他 なくなる。1 0 億 人 の 先 進 国 が 握 っている世 界 経 済
へ 3 0 億 人 の 人 々 が 参 入 してくることになる。世 界 でたった 1 つの 市 場 をグ
ローバル市 場 という。1 9 8 0 年 代 か らグローバル化 と言 われるようになった
の は 、そ れ ま で の 国 際 化 とか 多 国 籍 化 とは 違 う世 界 経 済 の 一 元 化 が あ
る。
そして 共 産 主 義 国 との 間 を遮 断 していた鉄 の カーテンが 消 失 す れ ば 、先
進 国 企 業 は 、人 件 費 を含 む 物 価 が 著 しく安 い 3 0 億 人 の チープ・レーバー
の 国 へ と技 術 と資 本 を持 ち込 めば 、高 コストの 先 進 国 よりもはるかに安 く
21
同 じものが作 れるようになる。
そうなった 時 に 先 進 国 の 豊 か さは 失 われてしまうかも知 れ な い。少 なくと
も先 進 国 の e s t a b l i s h m e n t と言 わ れ る上 流 階 級 がその 豊 かさをうしなわ
ないようにするにはどうすればよいかを彼 等 は 考 えた 。「自 分 達 が 所 有 し、
管 理 し、支 配 できる富 の 源 泉 とは 何 か ? 彼 等 が 持 っていなくて、我 々 だけ
が 持 っているものは何 か ? 」そ れ は、知 の 力 で ある。頭 の 生 み 出 すもので
価 値 があるものである。頭 が 生 み 出 す 様 々 な価 値 があるものを今 までより
も広 く、強 い私 有 財 産 にしなければならない。そ れ を彼 等 は 知 的 財 産 と呼
び 始 め た 。知 的 財 産 の 価 値 を高 め 、知 的 財 産 を持 たない 人 々 にその 保
護 を要 求 することが 彼 等 の 戦 略 となった。そ れ が プロパテントの 潮 流 で あ
る。
私 は W T O の 設 置 が 話 題 になり始 めた時 に、世 界 の 貿 易 ルール とその
管 理 機 構 は 第 2 次 世 界 大 戦 終 了 後 まもなくもう世 界 を巻 き込 んだ悲 惨
な戦 争 が 二 度 と起 こらないように 開 放 貿 易 推 進 を標 榜 した I M F = G A T T 、
世 界 銀 行 体 制 が アメリカ、ニューハンプシャー 州 ブレトン・ウッズ で合 意 され 、
今 でも存 在 し、機 能 しているのに何 故 、W T O が 必 要 な の か 理 解 できなか
った。ある時 、新 聞 でその ブレトン・ウッズ 体 制 と W T O の 差 を初 めて知 った。
ブレトン・ウッズ 体 制 に は 存 在 しない形 のない モノの ル ー ル を加 えるために
W T O を作 ることになったと新 聞 は 報 じていた。形 のないモノとは 、金 融 、サ
ービスそして 知 的 財 産 だった 。
第 5 章 の 主 題 である有 体 物 社 会 か ら知 識 社 会 へ の 転 換 の シンボリック
な存 在 が 1 9 9 5 年 の W T O の 誕 生 である。
22
本 章 の要 約
•
「技 術 革 新 の 小 幅 化 」「R D の 同 期 化 」という2 つの ジレンマが プロパ
テントの 潮 流 の 背 景 にある。
•
知 的 財 産 保 護 強 化 は 、アメリカの グランド戦 略
•
ソ連 崩 壊 とグローバリゼーションとプロパテント潮 流 は 深 く結 び つ い
ている。
•
そ れ は 「馬 鹿 な特 許 、され ど特 許 」という病 理 現 象 も惹 き起 こしてい
る。
23
第 4 章
産 業 、技 術 、そして 科 学
近 未 来 を予 測 するには 近 い 過 去 を見 るだけでも可 能 だろう。しかし、大 き
な未 来 を構 想 するには 大 いなる過 去 を学 ばなければならない。ここまで現
代 の 世 界 と日 本 が 戦 後 5 0 年 の 歴 史 の 過 程 でどのような 変 容 を遂 げ、ど
のような 問 題 に遭 遇 してきたかを技 術 開 発 と特 許 の 視 点 か ら見 てきた。こ
の 視 点 をもとに 大 きな未 来 を見 据 えるには 、人 類 の 文 明 の 歴 史 を繙 く必
要 がある。
(1)まず今 か ら約 1 万 年 前 に人 類 の 文 明 を築 い た と言 わ れ るメソポタミア
について見 て み る。
その 前 に産 業 とは 何 だろうか ?
私 は 「産 業 とは 、生 産 及 び生 産 物 に関 す る一 連 の 事 物 を合 理 的 に 組
織 化 することにより行 わ れ る生 産 活 動 乃 至 生 産 組 織 」と定 義 する。そうす
るとメソポタミア文 明 を含 む 古 代 文 明 は 、そ れ ぞ れ 農 業 を産 業 化 すること
によって 文 明 の 営 み を始 めたと言 える。狩 猟 ・採 集 の 段 階 では 、産 業 化 は
無 理 である。では 遊 牧 ・牧 畜 の 産 業 化 はどうかと言 うとこれは可 能 である。
ただし、メソポタミア、エジプト、インダス、中 国 の 4 大 古 代 文 明 もメソ・ アメリ
カ、ラテン・アメリカの 古 代 文 明 も遊 牧 ・牧 畜 の 産 業 化 によって 文 明 が 始 ま
ったとは 言 えないし、ユーラシア大 陸 の 文 明 史 の 中 で発 達 した 遊 牧 ・牧 畜
民 族 の 帝 国 は 、す べ て農 耕 民 族 社 会 の 上 に乗 っかって 権 力 を維 持 し、最
終 的 には 圧 倒 的 多 数 の 農 民 社 会 の 中 に消 滅 するか 、再 び草 原 へ 帰 って
文 明 の 発 展 か ら離 れてゆく運 命 にあった 。農 業 と言 う産 業 に比 べ 、遊 牧 ・
牧 畜 産 業 が 文 明 を育 てる力 は 弱 い 。実 は 、メソポタミア より早 く農 業 を始
めた地 域 がある。東 南 アジアで約 1 万 2 0 0 0 年 程 前 に農 業 が 開 始 される。
けれどもこの 東 南 アジアの 農 業 は 文 明 を育 むことは 出 来 なかった 。では 、メ
24
ソポタミアの 農 業 と東 南 アジアの 農 業 の 差 は 何 だったのだろうか ? 意 外 に
もそれは単 純 な 違 いだった 。東 南 アジアの 農 業 は 、タロイモや ヤムイモとい
うイモだったのに対 し、メソポタミアの 農 業 は 、大 麦 や 小 麦 と言 う穀 類 だっ
た。イモは 保 存 していると発 芽 してしまうけれども穀 類 は 長 期 保 存 が 可 能
である。貯 蔵 という事 は 、富 で あ り、富 は 殆 ど権 力 を意 味 し、権 力 によって
社 会 に支 配 階 級 と被 支 配 階 級 が 生 まれ 、王 や 貴 族 、神 官 、高 級 官 僚 達
は 宮 殿 、神 殿 を持 つ都 市 に住 み 、活 動 を行 う。
文 明 を英 語 で c i v i l i z a t i o n と言 う。この 言 葉 は ギリシャ語 の シノイキモス、
ラテン語 の キビタス という語 源 か ら来 て お り、この ギリシャ語 、ラテン語 は
人 々 が 集 まって 住 むこと、集 住 と言 う意 味 を持 つ。様 々 な 階 級 や 人 種 の
集 まる都 市 には 、様 々 な 文 物 が 集 まり、そこから更 なる創 造 が 生 まれる。
c i t y 、c i v i l という言 葉 もここから出 来 た。エジプトを除 き、古 代 文 明 はいず
れ も最 初 都 市 国 家 の 形 態 をとった。
京 大 の 前 川 教 授 の 研 究 に よ れ ば、古 代 シュメールの 農 業 生 産 性 は 極
めて高 く、一 粒 の 大 麦 か ら 7 6 . 1 粒 の 大 麦 が 収 穫 されたとの 事 である。西
欧 で 11 世 紀 ないし1 3 世 紀 の 三 圃 農 業 や 有 輪 重 量 鉄 犂 等 による農 業 生
産 性 の 飛 躍 を達 成 した第 1 次 農 業 革 命 及 び 1 7 世 紀 の 四 圃 農 業 による
第 2 次 農 業 革 命 を経 た後 の フランスで 1 粒 の 小 麦 か ら 1 0 粒 の 小 麦 が 収
穫 できなかったことと比 較 するとこの シュメールの 農 業 の 高 い 生 産 性 は 驚
嘆 に値 す る。チグリス ・ユーフラテス両 河 のもたらす肥 沃 な大 地 に加 え、多
くの 労 働 力 による灌 漑 施 設 の 整 備 や 等 間 隔 に 直 線 状 に播 種 するための
機 械 である条 播 機 の 発 明 等 がこの 豊 か な稔 りをもたらした 。この 章 の 最 初
の “産 業 ”の 定 義 を思 い出 して欲 しい。農 業 は 立 派 な産 業 と言 える。実 に
この メソポタミアの 高 い 農 業 生 産 性 が 農 業 に 携 わらない人 々 を可 能 とした。
都 市 の 支 配 階 級 や 職 人 や 商 人 である。シュメール人 は 文 字 を発 明 したと
25
言 われている。かなり洗 練 され 、体 系 化 された文 字 で豊 か な内 容 を表 現 し、
記 録 できるものであるが 、その 文 字 を考 案 し、改 良 した人 々 はどんな 人 だ
ったのだろうか 。恐 らく 1 人 の 天 才 によるものではなく、多 くの 人 が 長 い年
月 をかけて最 初 は 、バ ラバ ラの 絵 や 符 号 だったものを整 理 し、論 理 的 に体
系 化 して行 ったのであろう。いずれにせよ朝 か ら晩 まで農 業 労 働 をしていた
のでは 、文 字 の 創 出 という知 的 営 為 が 出 来 る筈 がない。知 の 能 力 を誇 示
する階 級 、部 族 の 存 在 を窺 わ せ る。彼 等 、知 的 階 級 が 文 字 を操 り、計 算
をして 、税 を集 め 、社 会 をコントロール することによって 、人 類 史 上 初 の 文
明 を築 いた。ラピスラズリ(紅 玉 髄 )というアフガニスタン 産 の 宝 石 が メソポ
タミアの 遺 跡 か ら発 見 され 、広 域 の 貿 易 活 動 が 証 明 されている事 、バビロ
ニア朝 の ハムラビ 法 典 には 戦 争 寡 婦 を都 市 が 支 援 する義 務 の 規 定 が 存
在 する事 等 の 驚 くべ き事 実 がその 文 明 の 高 さを示 している。そしてそれは、
なんと穀 類 の 長 期 保 存 性 か ら始 まった訳 である。
. . . . . .... . ..... ....
文 明 は 農 業 という産 業 によって始 まった。
皮 肉 にも農 業 という自 然 の 営 み を農 業 という産 業 に組 織 化 したのは、豊
か な農 業 が 可 能 にした 都 市 という新 しい現 象 に付 随 す る権 力 と知 の 力 で
あった 。
一 口 メモ
・ エ ジ プ ト、アメリカ 大 陸 を除 く、古 代 文 明 は 、い ず れ も最 初 の 農 耕 は
山 麓 か ら始 まり、次 第 に下 流 域 へ 広 がって 行 った 。人 間 が 制 御 でき
る水 の 量 が 権 力 の 拡 大 に つ れ て 大 きくなったことを意 味 している。
・ 現 在 の 日 本 では 米 1 粒 か ら 1 0 0 0 粒 以 上 の 収 穫 がある。
(2)次 に 1 8 世 紀 にイギリス で始 まった産 業 革 命 について考 える。図 1 3 は 、
26
1 8 世 紀 の イギリス 産 業 革 命 の 時 に活 躍 した発 明 者 達 と彼 等 の 発 明 の 名
称 、発 明 年 度 、職 業 を示 している。力 織 機 を発 明 した カートライト以 外 は
全 員 大 学 卒 で は な い 職 人 で あ る。産 業 革 命 は 、人 類 にとっていくつかの
大 きな意 義 を持 っている。図 1 5 にそれを示 したが、私 自 身 は 、産 業 革 命
の 最 大 の 意 義 は 「技 術 が 産 業 ・社 会 を大 きく変 える力 を持 つことを人 類 が
始 めて知 ったこと」だ と考 えている。た だ し、「未 だ 科 学 と技 術 との 本 質 的
関 係 についての 認 識 には 至 らなかった 」とも言 える。図 1 3 の 発 明 者 の 殆
どが 知 識 階 級 出 身 ではない事 実 がこの 事 を示 している。ニュートン が 万 有
引 力 の 法 則 を発 見 したのが 1 6 8 7 年 である。学 問 としての科 学 の 発 展 は
あったにも拘 らず、イギリス の 貴 族 や 上 流 階 級 が 産 業 技 術 の 開 発 に 関 わ
る事 はなかった 。
人 々 は 、産 業 革 命 によって 新 しいものが 出 現 し、社 会 がどんどん 変 わ る
ことを実 感 したであろう。そ れ は技 術 が 実 現 させた。ジョン・ケ イが 織 物 の
横 糸 を織 るために飛 杼 を発 明 すると織 布 の 生 産 が 3 . 4 倍 になった 。そうす
ると糸 が 不 足 する。ハーグリーブズ 、アークライト、クロンプトンが 次 々 に紡
績 機 を発 明 した 。糸 を効 率 よく沢 山 作 れ ば 金 儲 けが 出 来 ると考 えた 。だ
か ら彼 等 は 、全 て特 許 出 願 をして 、特 許 をとり、模 倣 者 に対 し、特 許 侵 害
訴 訟 を起 こしている。ランカシャーの か つ ら職 人 で床 屋 だった アークライトは 、
妻 の 友 人 か ら聞 いた 内 容 を特 許 出 願 したので真 の 発 明 者 ではないとして
訴 えられ 結 局 特 許 無 効 にされてしまった 。それ 程 金 儲 けの 欲 望 に突 き動
かされた人 間 達 が 次 々 に発 明 を連 鎖 反 応 のように 生 み 出 し、産 業 を変 容
させ 、社 会 を変 革 していったのが 産 業 革 命 であった 。繊 維 工 業 が 最 初 の
牽 引 車 であったけれども図 1 4 に示 したように 新 しい技 術 、発 明 の 連 鎖 は
様 々 な 産 業 分 野 に波 及 し、社 会 全 体 が 国 内 需 要 を上 回 る巨 大 な生 産
力 を獲 得 し、世 界 に植 民 地 を持 ち、7 つの 海 を支 配 する大 英 帝 国 を築 く
27
最 大 の 要 因 となった。
. . . . .... . . ... . . . ... . . . ... .. . .
産 業 革 命 によって 人 類 は 、技 術 が 産 業 ・社 会 を大 きく変 える力 を
. ..... . ...
持 つことを認 識 した。
一 口 メモ
・ 産 業 革 命 当 時 の 英 国 では 、職 人 が 親 方 (m a s t e r )になるには 7 年
間 の 経 験 を経 て か ら、ギ ル ドに自 分 の 作 った商 品 を提 出 し、審 査 を
通 ら な け れ ば な ら な か っ た 。無 事 、審 査 を 通 っ た 作 品 を
m a s t e r p i e c e と言 った。
・ ジェームス・ワットは 大 変 知 的 な人 物 だったらしいが、親 方 で は な か っ
た。当 時 、グラスゴー大 学 の 先 生 だった アダム ・スミス が ワットの 才 能
を惜 しんで自 分 の 大 学 の 実 験 器 具 の 管 理 人 になるように 就 職 斡 旋
したと言 わ れ て い る。そしてそこに 熱 力 学 の 創 始 者 であり、潜 熱 、比
熱 の 概 念 を見 つけた ブラックという先 生 がいた事 が ワットに幸 いした 。
ワットは ブラックか ら熱 の 科 学 について多 くを学 び 、熱 効 率 を画 期 的
に高 めた 蒸 気 回 転 機 関 を発 明 できた。もっとも発 明 当 時 は ピストン
とシリンダーの 間 に小 指 が 入 る程 の 精 度 の 鉄 の 加 工 しか 出 来 な か っ
た。その 後 、ウィルキンソンという人 物 が 中 ぐり旋 盤 機 を発 明 し、ピス
トンとシリンダーの 精 度 が 上 が っ た の でワットの 蒸 気 機 関 の 熱 効 率
はぐんと高 まった。面 白 いことに ワットは 怜 悧 であったので、自 分 の 発
明 した蒸 気 機 関 を売 ってしまうだけではもったいないと考 え、リースに
して、借 り手 が 今 までの 蒸 気 機 関 より節 約 できる石 炭 の 量 の 一 部 を
リース代 に 加 えて支 払 うという契 約 を要 求 したため、みんなは 敬 遠 し
て使 わなかった 。
28
特 許 が 満 了 したらそんな要 求 は 出 来 なくなったので急 速 に 普 及 が 進
んだという。この 史 実 からも科 学 という学 問 の 世 界 と産 業 に実 際 に使
わ れ る技 術 との 関 係 が 窺 えるし、発 明 の 動 機 としての金 銭 的 欲 望 が
認 められる。蒸 気 機 関 車 を発 明 したスチーブンソン 父 子 の 父 が 炭 坑
の 蒸 気 機 関 士 であったが 、息 子 に は エジンバラ大 学 に行 か せ 、職 人
としての知 恵 を学 問 としての知 識 と合 わ せ て発 明 に至 ったことも科 学
と技 術 がもう少 しで結 合 する段 階 に至 っていた事 を示 唆 している。
・ アダム ・ス ミスは グラスゴー大 学 の 経 済 学 教 授 ではなく倫 理 学 の 先
生 だった 。彼 が 経 済 学 を造 った最 初 の 人 だったのだから当 然 と言 え
ば 当 然 な 訳 だ。彼 は 高 い倫 理 が 実 現 するためには経 済 が 豊 かであ
ことわり
ることが 前 提 で あ る か ら経 済 の 理 を探 求 しようとした 。「国 富 論 」と
訳 される彼 の 著 作 の 原 題 は ” A n I n q u i r i n g i n t o t h e N a t u r e a n d
C a u s e s o f t h e W e a l t h o f N a t i o n s ” である。直 訳 す れ ば 「諸 国 民
の 富 の 性 質 と原 因 に関 する探 究 」という事 になろう。この 本 で冒 頭 、
スミス は 鉄 の ピンを製 造 する時 に 1 人 で全 てを行 えば 、1 日 かかって
も 1 本 も出 来 ないかもしれないが 、工 程 を分 けて複 数 の 人 間 が 行 え
ば 1 日 に何 千 本 も造 ることが 出 来 ることを述 べ 、分 業 の 力 が 文 明 社
会 を支 えていると説 いている。彼 は 当 時 、支 配 的 だった 国 の 富 は 輸
出 入 の 差 として国 に 蓄 積 される金 、銀 の 量 であるとする重 商 主 義 を
否 定 し、国 の 富 の 源 泉 は 労 働 であると主 張 した。直 接 は 言 っていな
いが 、分 業 によって 専 門 化 、熟 練 が 生 まれて労 働 によって 生 じる価
値 の 増 大 がもたらされるということを理 論 付 けた訳 である。非 常 に平
易 な 文 章 で 書 か れ た 「国 富 論 」の 冒 頭 だ け で も読 んでみることを 推
す。
29
(3)では 、次 に人 類 は 、何 時 、科 学 という学 問 と技 術 という実 践 の 技 の 本
質 的 関 係 を知 ったのだろうか ?
その 答 えは 、1 9 世 紀 末 の ドイツである。ドイツは スペイン、イギリス 、フラン
スのように 絶 対 主 義 王 権 の 確 立 がなされず、プロシャ、バ イ エ ル ン等 の 数
多 くの 領 邦 国 家 に分 かれていた。1 9 世 紀 初 めにこれらの 領 邦 国 家 間 で
関 税 同 盟 が 出 来 て、それをもとに プロシャ主 導 でドイツ帝 国 という国 家 統
一 が 成 立 したのが 1 8 7 1 年 であった 。その 時 、周 囲 の イギリス 、フランス、オ
ランダと言 う諸 国 は 産 業 革 命 を達 成 し、世 界 に 進 出 して植 民 地 を形 成 し、
富 国 強 兵 を実 現 していた。遅 れ たドイツは 、これらの 先 進 国 にどのようにし
て追 い付 くか を考 えた結 果 、科 学 の 力 を高 めることによって 技 術 を生 み 出
す生 産 性 を上 げるという大 変 秀 れ た 戦 略 を編 み 出 した 。具 体 的 には 多 く
の 工 科 大 学 を設 置 したことと、今 まで技 術 は 個 人 発 明 家 によって 開 発 さ
れてきたのを企 業 や 国 の 研 究 機 関 を設 け、多 くの 科 学 者 、エンジニアが 協
力 して組 織 として技 術 開 発 を効 率 的 に 実 施 することである。1 9 0 0 年 にお
ける大 学 工 学 部 の 学 生 の 数 が 、イギリス では 3 0 0 0 人 に過 ぎなかったのに
対 し、ドイツは 1 万 人 であった 。ちなみにヨーロッパ を追 い駆 けていたアメリ
カは 1 万 3 0 0 0 人 であった 。人 類 最 初 の 科 学 技 術 研 究 機 関 は ドイツの 化
学 企 業 の 研 究 所 であったと言 われている。多 くの 科 学 者 や エンジニアが 分
担 して新 しい科 学 技 術 の 知 の 発 見 、発 明 を行 う場 である研 究 所 と言 う概
念 が 、革 新 で実 効 があった 。
統 一 か ら 3 0 年 後 の 1 9 0 0 年 においてドイツの 鉄 の 生 産 量 は 、イギリス を
追 い抜 いてしまった 。ドイツの 科 学 技 術 戦 略 は 、飛 躍 的 にドイツの 生 産 力
を高 めることに 成 功 した。ところが、ここで大 問 題 が 発 生 した 。イギリス や そ
れ に続 く先 進 西 欧 諸 国 の 産 業 革 命 は 、既 に世 界 の 需 要 以 上 の 供 給 力
を持 つに至 り、1 8 2 5 年 以 降 、ほ ぼ 1 0 年 間 隔 で恐 慌 が 発 生 していたが、
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そこに 更 にドイツの 生 産 力 が 割 り込 んできた。つまり、ドイツにとって巨 大 に
なった 生 産 力 に対 し、そ れ を受 け 入 れ る市 場 が 無 いという大 問 題 である。
植 民 地 主 義 の ブロック経 済 は 、新 参 者 の ドイツの 参 入 を妨 げた 。戦 争 と
言 う手 段 しか ドイツには 残 されていなかった 。第 1 次 世 界 大 戦 も第 2 次 世
界 大 戦 も根 本 的 には 、急 速 に 生 産 力 を高 めつつあった 遅 れ た資 本 主 義
国 が 先 進 資 本 主 義 国 の 世 界 帝 国 主 義 体 制 の 再 編 を求 め る戦 いであっ
た。そ れ を防 禦 す るシステム が 存 在 しない以 上 、悲 劇 は 必 然 であった 。日
本 は 、ドイツの 追 随 者 であった 。
ところで、戦 争 する他 途 のなかった ドイツにとってもう 1 つの 技 術 的 問 題
があった 。当 時 、爆 薬 は 南 米 の チリ硝 石 を使 って製 造 されていた。しかし、
世 界 の 7 つの 海 は 大 英 帝 国 が 支 配 していて、チリまで硝 石 を採 りに行 って
もドイツに持 ち帰 ることは 出 来 ない。そこで ドイツは 再 び 頭 脳 の 力 、科 学 の
知 恵 を使 った 。硝 石 の 有 効 成 分 は 窒 素 である。空 気 中 の 窒 素 を使 えば
良 い と考 え て 、そ れ をア ン モ ニ アに 合 成 す る技 術 を開 発 しようとした 。
B A S F 社 の ハ ー バ ー とボッシュが 1 9 0 9 年 頃 に完 成 し、1911 年 に工 場 生
産 を開 始 した 。世 にハ ー バ ー・ボッシュ法 という画 期 的 な技 術 で あ る。アン
モニアを酸 化 して硝 酸 を製 造 し、ニトログリセリン、ダイナマイト等 の 爆 薬 が
作 れるようになった 。1 9 1 4 年 に第 1 次 世 界 大 戦 が 始 まった。
2 0 世 紀 後 半 の 豊 か な物 質 文 明 は 、多 くの 技 術 開 発 によって実 現 した。
その 技 術 開 発 は 、真 理 の 探 求 を使 命 とする科 学 が 支 えている。コンピュー
ター は 半 導 体 がもたらした 。半 導 体 の 理 論 は 、量 子 力 学 の 一 分 野 である。
量 子 力 学 は 電 磁 気 学 と相 対 性 理 論 とともに 1 9 世 紀 末 か ら 2 0 世 紀 初 頭
にかけて多 くの 物 理 科 学 の 巨 人 の 頭 脳 が 築 いた 学 問 である。バイオ 革 命
が 2 1 世 紀 には 人 類 に別 の 文 明 の 稔 りをもたらすであろう事 は 、まず間 違
いない。その バイオ 革 命 を切 り拓 いた最 も大 きなマイル ・ストーンは や は り、
31
1 9 5 0 年 代 はじめの ワトソンとクリックの D N A 二 重 らせんの 発 見 であろう。
エレクトロニクスとバイオ の 大 きな学 問 的 成 果 が 次 々 に 新 しい 科 学 的 発 見
を惹 き起 こし、そ れ が 技 術 発 明 の 基 盤 となって数 多 くの 開 発 が 試 みられ 、
文 明 の 富 をもたらしている。
今 や 誰 もが 科 学 という真 理 探 究 の 学 問 と文 明 の 手 段 である技 術 発 明
が 深 い本 質 的 な関 係 にあることを知 っている。人 類 は 、文 明 の 第 3 段 階
において科 学 と技 術 と産 業 社 会 の 全 体 的 な結 びつきを理 解 し、その 関 係
を積 極 的 に強 化 して更 なる発 展 を目 指 そうとしている。
本 章 の要 約
・ 人 類 は 農 業 という最 初 の 産 業 を始 めることで 文 明 の 歴 史 を開 始 した。
・ その 後 、産 業 革 命 によって 技 術 と産 業 の 深 い係 りを認 識 した 。
・ 最 後 に 科 学 と技 術 の 本 質 的 関 係 を知 ることによって 、科 学 、技 術 、産
業 の 深 い結 びつきの 全 体 像 を理 解 し、現 代 文 明 を実 現 した 。
. . . . . . . . ... . . .
・ 文 明 の 3 段 階 を一 言 で 表 すならば 、「人 類 の 文 明 の 歴 史 は 、知 へ の 傾
. . ..
斜 である 」と言 える。
一 口 メモ
・ ハ ー バ ー・ボッシュ法 を完 成 したハ ー バ ーは カールスルーエ工 科 大 学
の 教 授 であったが 、B A S F 社 の ボッシュと共 同 研 究 して後 、B A S F 社
に入 社 している。ここでも学 問 と技 術 の 結 合 が 見 られる。
32
・ ハ ー バ ー・ボッシュ法 は 当 時 全 くなかった 2 5 0 気 圧 、6 0 0 ℃ という高
温 高 圧 反 応 であったが 、2 5 0 気 圧 に耐 えられる鉄 鋼 が 存 在 しなかっ
たと言 う。化 学 会 社 の B A S F 社 がそんな鉄 鋼 を開 発 する訳 がないの
で私 は 、国 家 がどこかの鉄 鋼 企 業 に 開 発 を命 じたのではないかと思
う。たとえ 開 発 に 成 功 しても他 に用 途 がないだろうから企 業 にとって
利 益 に結 びつかない開 発 である。従 って戦 争 という国 家 の 意 思 を実
現 するための 国 家 の 命 令 があったと考 えるのが自 然 であろう。
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第 5 章
知 識 社 会 の出 現
1 9 6 9 年 にピーター ・ドラッカーが 「断 絶 の 時 代 」を世 に出 した。彼 は 、これ
からの 先 進 国 社 会 は 、知 識 社 会 となると説 き、従 来 の 物 社 会 とは 組 織 、
労 働 の 仕 方 、意 思 決 定 方 法 、人 間 関 係 が 大 きく変 ると書 いた 。彼 の 本
質 を捕 える鋭 い認 識 が 的 確 な預 言 の 書 を与 えてくれ た。日 本 を含 む世 界
中 の 多 くの 経 営 者 、知 識 人 、組 織 の リーダー達 がこの 本 を読 み 、人 間 重
視 を訴 えた内 容 に感 激 した。
第 2 章 (1)で 1 9 7 0 年 代 か ら始 まった世 界 経 済 の 成 長 率 鈍 化 について
述 べたが 、「断 絶 の 時 代 」の 出 版 時 期 は 奇 しくもこの経 済 の 大 きな潮 流 の
変 化 の 時 と符 合 している。そ れ は 偶 然 ではなく、経 済 の 本 質 的 変 化 と深 く
つながって 知 識 社 会 化 が 始 まった。
第 6 章 で述 べ る非 必 要 経 済 と本 章 の 知 識 社 会 は 、先 進 国 における必
需 品 の 充 足 、飽 和 が 経 済 成 長 率 鈍 化 を引 き起 こし、そ の 成 長 率 鈍 化 が
かつて人 類 の 文 明 史 で起 こらなかった 本 質 的 社 会 、経 済 の 変 質 をもたら
したものである。そしてその変 質 は 、現 在 も加 速 しながら進 行 している。
ところで知 識 社 会 とは 如 何 なる社 会 であろう。
図 1 6 に示 したように 、私 は 知 識 社 会 とは 、知 識 が 最 大 の 支 配 因 子 、競
争 ・律 速 要 素 となる社 会 であると定 義 したい。生 命 体 は 、情 報 処 理 装 置
であり、生 命 は 2 0 世 紀 初 頭 の 物 理 学 者 であるシュレジンジャーが 「エント
ロピーの 減 少 」と言 ったとおり、混 沌 の 中 に秩 序 を作 る現 象 、情 報 を処 理
し、知 識 化 し、知 恵 による判 断 ・行 動 を行 う有 期 限 の 個 体 と考 えられる。
情 報 ・知 識 ・知 恵 を定 義 した図 1 7 も参 照 されたい。
わ き道 にそれるが 、知 識 と知 恵 の 意 味 について少 し触 れ る。知 識 と言 う
..
2 つの 漢 字 の 意 味 は 共 に「知 る」である。一 方 、知 恵 は 「知 る」と「恵 む」と
書 く。人 間 は 、社 会 か ら学 んだ 知 識 を使 って自 己 の 価 値 観 に基 づく判 断
34
を下 し、行 動 を決 定 する。社 会 か ら得 たものを社 会 へ フィード・バックする。
だ か ら知 って 恵 む と書 くのではないだろうか ? 知 識 が いくらあっても判 断 、
行 動 に結 び つ か な け れ ば 意 味 がない。知 識 と判 断 、行 動 との 間 に価 値 観
がある。現 在 の 日 本 の 教 育 は 知 識 しか 教 えない。価 値 観 は 文 化 に属 する。
長 い歴 史 によって 形 成 される文 化 が 世 代 間 で伝 承 され 、新 しい ジェネレー
ションがその 文 化 と、ある時 は 対 決 し、ある時 は 対 話 しながら新 しい文 化 、
新 しい価 値 観 を創 造 する。歴 史 、文 化 と無 関 係 な 創 造 は あ り得 ない。恐
らく生 命 が 進 化 することによって 有 期 限 、つまり死 という技 を獲 得 したのは、
人 間 における価 値 観 に相 当 する環 境 との フィード・バックメカニズム を世 代
毎 に環 境 に 合 わ せ て進 化 するためであろう。現 代 日 本 では 一 部 の 芸 能 や
職 人 芸 の 世 界 を除 いて文 化 、価 値 観 を積 極 的 に次 の ジェネレーションに
伝 えようという努 力 がなされていない 。知 識 階 層 と言 わ れ る人 ほ ど文 化 、
歴 史 、価 値 観 の 伝 承 を戦 前 の 古 い や り方 として否 定 する。家 庭 でも教 育
機 関 でも同 じである。真 空 からの 創 造 はない。
話 を元 に戻 さなければならない。
知 識 社 会 の 出 現 と言 われてもどうもピンと来 ないのではないだろうか ? 知
識 社 会 は 形 の な い知 識 が 中 心 の 社 会 だけに 、見 えにくい 。どこかに尻 尾
が 見 えないか ? いくつ か の 尻 尾 をお見 せしよう。
ホワイト・カラー の 給 料 は ブ ル ー・カラー の 給 料 より高 い 。ホワイト・カラー
とブ ル ー・カラー の 比 率 がどんどん ホワイト・カラー の 方 が 大 きくなる。わ が
国 のこの 比 率 が 1 9 7 0 年 か ら 2 0 0 0 年 の 3 0 年 間 で 2 0 % 程 変 化 している
事 が 図 1 8 か ら判 る。
大 都 市 にどんどん 高 層 の オフィス ・ビル が 出 来 て、オフィス で働 く人 の 数
が 増 加 する。アメリカの ノーベル 賞 経 済 学 者 ロナルド・ コースが 取 引 費 用
対 生 産 費 用 と い う概 念 で 経 済 分 析 を行 っているが 、アメリカ に お い て
35
1 8 7 0 年 に 2 5 % であった 取 引 費 用 が 1 9 7 0 年 には 5 5 % に上 昇 しているこ
とを示 した。生 産 に 係 る費 用 の 減 少 であり、取 引 を成 立 するための 計 算 、
議 論 、交 渉 と言 った知 的 業 務 の 増 加 が 取 引 費 用 の 増 大 をもたらす。
図 1 9 は わ が 国 で 1 億 円 の G D P を形 成 するために必 要 な粗 鋼 の トン数 、
エネルギーの 量 、貨 物 輸 送 量 キロ・トンが 1 9 7 0 年 か ら 1 9 9 5 年 の 間 に ど
れ 程 激 減 したかを示 す。恐 らく粗 鋼 、エネルギー、貨 物 と言 うような物 量 で
はない モノの 所 要 量 が 穴 埋 めしているのに違 い な い。殆 どが 労 働 コストと
いうモノであろうと推 察 される。図 2 0 は 1 9 9 0 年 央 に日 本 が 世 界 か ら年 間
7 億 トンの 貨 物 を輸 入 し、7 0 0 0 万 トンを輸 出 していることを示 す 。実 は
1 9 8 0 年 央 では 4 億 トンを輸 入 し、9 0 0 0 万 トンを輸 出 していた。日 本 が オ
イルショックの 1 9 7 0 年 代 以 降 も凄 まじい勢 いで軽 小 短 薄 化 を進 めてきた
事 実 がこの 数 量 に示 されている。丁 度 、バブル 期 を含 む 1 9 8 0 年 代 央 か ら
1 9 9 0 年 代 央 で相 当 の 経 済 成 長 をし、この 1 0 年 間 で約 8 % ほ ど輸 出 金
額 を伸 ばしてきたのに、総 輸 出 貨 物 重 量 は 9 0 0 0 万 トンか ら 7 0 0 0 万 トン
へ かなり減 少 している。単 位 重 量 あたりの 付 加 価 値 の 急 上 昇 を意 味 する。
所 謂 、軽 小 短 薄 化 である。図 の 下 の 方 に書 か れ た台 湾 の 9 0 0 0 万 トンの
輸 出 量 との 比 較 でも日 本 の 軽 小 短 薄 の 進 展 が 浮 き彫 りになる。台 湾 の
経 済 の 規 模 が 日 本 の 約 3 分 の 1 であり、たとえ 日 本 より経 済 規 模 に対 す
る輸 出 部 門 の 比 率 が 高 いことを考 慮 しても、まだまだ台 湾 の 経 済 の 中 心
が 重 厚 長 大 産 業 であることがわかる。この 軽 小 短 薄 化 は 。知 識 集 約 度 の
上 昇 の 結 果 である。余 談 ではあるが 、1 9 8 0 年 代 央 に 4 億 トン/ 年 であっ
た日 本 の 総 輸 入 貨 物 重 量 が 1 9 9 0 年 央 に 7 億 トンに急 増 している事 は 、
環 境 問 題 の 深 刻 化 を窺 わ せ る衝 撃 的 な数 字 である。
以 上 の 事 に 加 え、コンピューター 企 業 売 上 におけるソフトウェア / ハ ー ド
ウ ェア比 の 逆 転 とか アウトソーシング 、O E M、EMS というファブレス現 象 も
36
知 識 社 会 化 を示 す現 象 である。
知 識 社 会 において仕 事 の 本 質 は 、情 報 の 操 作 となる。そしてそれも外 か
ら見 えにくいと言 う特 性 が あ り、組 織 の あ り方 を大 きく変 える。まずリーダー
シップの 重 要 性 が 飛 躍 的 に高 まる。情 報 操 作 の 成 否 は 、物 の オペレーシ
ョンより大 きい。組 織 全 体 の 情 報 の 統 合 が 鍵 である。図 2 1 での 私 の “戦
略 ”の 定 義 を示 した。知 識 労 働 者 は 、組 織 全 体 の 目 指 す目 標 に向 かって
自 分 しか 持 っていない情 報 、知 識 をフル に使 って新 しい 情 報 、知 識 を作 り
出 し、他 部 門 や 経 営 者 に そ れ を伝 達 し、そうやって 組 織 内 で 情 報 、知 識
が スピーディー に流 通 し、付 加 価 値 が 創 造 される。強 制 では 、生 産 性 が 高
まる訳 がない。組 織 の 理 念 、ヴィジョン に共 鳴 し、リーダーの 示 す戦 略 を理
解 し、自 発 的 に 自 分 の 心 と頭 をフル に使 う集 団 の み が 勝 者 となる。兵 士
を機 械 の 一 部 として最 大 の 成 果 を目 指 す戦 争 においては 、ごく一 部 の 幹
部 の み が 戦 略 を知 っている必 要 があり、兵 士 に戦 略 を批 判 する自 由 は な
い。これと対 照 的 に現 代 知 識 社 会 における企 業 競 争 では 、戦 略 は 、企 業
の 全 員 に示 され 、その 納 得 を得 られている事 が 大 切 である。イキイキとした
知 的 創 造 集 団 が 求 められ 、指 揮 命 令 による縦 型 組 織 ではない 、柔 軟 で
非 権 威 的 議 論 型 運 営 の フラットな組 織 が 合 理 的 となる。大 きな組 織 より
小 さい方 が 重 要 である。
肉 体 労 働 の 成 果 は 一 見 して分 かるが 、知 識 社 会 での 各 人 の 仕 事 は 外
見 からでは 判 断 できない。知 識 労 働 で は 内 発 性 、自 発 性 が 重 要 であり、
各 人 の 仕 事 が 理 念 、ヴィジョン 、戦 略 によって 同 じ方 向 に向 かっていなけ
ればならない。逆 説 的 だが 、知 識 社 会 では 、知 識 の 量 ではなく知 、情 、意
の 全 ての 人 間 力 が 求 められる。金 や 物 は 溢 れていて入 手 はかつてに 比 べ
容 易 になった 。素 晴 らしい意 欲 と能 力 ある人 間 が 一 番 得 難 い 。そ れ が 社
会 の 偏 差 値 となる。
37
文 明 の 歴 史 が 知 へ の 傾 斜 であり、その 歴 史 の 辿 り着 いた所 か ら知 識 社
会 の 扉 が 開 いた。
一 口 メモ
図 2 2 は リバプール 大 学 の ミンフォード教 授 の グ ル ー プが 作 成 したもの
で、分 子 を途 上 国 の 全 ての 輸 出 品 の 価 格 とし、分 母 に 先 進 国 の 輸 出
財 の 中 、機 械 類 とサービス 財 の 輸 出 価 格 をとったものである。分 子
は 途 上 国 の 労 働 集 約 財 の 価 格 で あ り、分 母 は 、先 進 国 の 知 識 集 約
財 の 価 格 である。1 9 7 0 年 か ら 1 9 9 2 年 の 2 0 年 間 でかなりの 低 下 を示
している。2 0 0 年 前 に J . S . ミル というイギリス の 経 済 学 者 が 考 えた交 易
条 件 という理 論 の 適 用 である。
例 え話 をする。日 本 か らフィリッピンに 1 9 7 0 年 に複 写 機 1 台 を輸 出
し、フィリッピンか ら日 本 へ バ ナ ナを1籠 輸 出 して取 引 が 成 立 。1 9 9 2 年
に再 び日 本 か らフィリッピンに複 写 機 を 1 台 輸 出 した。1 9 7 0 年 には 青
焼 きと言 わ れ るジアゾ式 湿 式 複 写 機 だったが、日 本 の メーカーはその 後
改 良 を続 け、1 9 9 0 年 には 高 速 の フルカラー の 乾 式 複 写 機 を輸 出 する
の でバナナ1籠 では 売 らず、バナナ3籠 を要 求 した。フィリッピン人 も高 性
能 で綺 麗 な の でバナナ 3籠 で交 渉 成 立 。ところで、1 9 7 0 年 にフィリッピ
ンでバナナ 1籠 を育 て、収 穫 し、出 荷 するのに要 したフィリッピン人 の 総
労 働 時 間 を 1 単 位 とすると 1 9 9 0 年 に 3籠 の バナナに要 した総 労 働 時
間 は ほ ぼ 3 単 位 であったであろう。肥 料 、農 薬 、包 装 機 械 、輸 送 機 械
の 導 入 、改 善 で若 干 の 減 少 があったとしても、そんなに大 きな減 少 では
ない筈 である。一 方 、1 9 7 0 年 に日 本 でジアゾ式 湿 式 複 写 機 を作 り、売
るのに日 本 人 が 使 った総 労 働 時 間 に 対 し、1 9 9 0 年 に高 速 フルカラー
乾 式 複 写 機 のために使 った日 本 人 の 総 労 働 時 間 はどうなっただろう
38
か 。厳 しい競 争 の た め に 複 写 機 メーカー は 、必 死 になって 労 働 生 産 性
を高 める努 力 をしている。間 違 いなく、何 分 の 一 か の 総 労 働 時 間 になっ
た筈 である。仮 に 3 分 の 1としよう。この 事 は 、1 9 7 0 年 に日 本 人 が 1 時
間 働 いて バナナ を1本 手 に入 れていたとしたら、1 9 9 0 年 に日 本 人 が 1
時 間 働 けば バナナが 9 本 手 に入 ることを意 味 する。
何 故 、こんな事 になるのか? 複 写 機 は 、高 速 化 、フルカラー 化 、乾 式
化 という技 術 革 新 が 可 能 であり、更 に生 産 性 を高 めることも出 来 る。そ
れはどれも知 の 力 である。一 方 、バナナは 、自 然 を対 象 とするので、どん
なに知 を使 っても、その 付 加 価 値 増 加 や 生 産 性 向 上 は 大 変 難 しい。こ
れ が 、実 は 先 進 国 をより豊 か に し、途 上 国 がいつまでも途 上 国 に留 まる
他 ない 力 なのである。ここでも知 の 力 が 示 されている。知 識 社 会 は 、そ
の 知 の 力 を最 大 化 しようとする社 会 と言 える。
本 章 の要 約
・ 1 9 7 0 年 代 以 降 の 先 進 国 の 必 需 品 飽 和 が 知 の 力 を最 大 限 発 揮 し
て競 争 に 勝 ち抜 くことを要 求 し、現 代 知 識 社 会 を成 立 、加 速 してき
た。
・ 知 の 力 による交 易 条 件 の 変 化 がその 背 後 に存 在 する。
・ 知 識 社 会 は 、組 織 の あ り方 を大 きく変 え る。リーダーと戦 略 が 最 重
要 となる。秀 れ た リーダーシップと戦 略 の 納 得 性 が 知 的 ワーカー の
働 く意 欲 と能 力 を高 め、組 織 の 創 造 性 、競 争 力 を高 める。
39
第 6 章
非必要経済社会
今 まで何 度 も 1 9 7 0 年 代 からの 世 界 経 済 成 長 率 鈍 化 について触 れてき
た。どうも私 にはこの 変 化 こそが現 代 経 済 を特 徴 付 け る 2 つの 現 象 、“知
識 社 会 化 ”と“非 必 要 経 済 化 ”を引 き起 こしている最 大 の 要 因 であると思
わ れ る。前 章 で知 識 社 会 化 について説 明 した。この 第 6 章 では 非 必 要 経
済 化 について述 べるが 、まず 、読 者 の 方 には 非 必 要 経 済 とは 何 か を説 明
しなければならない。
人 間 が 生 存 するために 必 ず要 るものを必 需 品 と言 う。非 必 要 経 済 とは 、
逆 に人 間 が 生 きるために 必 ず要 るものではないけれども 、人 間 にとって経
済 的 価 値 のあるものの生 産 、流 通 、消 費 活 動 を言 う。要 は 、経 済 の 中 の
必 需 品 経 済 以 外 の 部 分 で あ る。必 ず要 るに非 ざると言 うことで“非 必 要 ”
とネーミングした。必 要 を否 定 する不 必 要 とは 異 なる。昔 読 んだ 夏 目 漱 石
の 「草 枕 」の 中 で“非 人 情 ”という言 葉 があったのを思 い出 す。1 9 7 0 年 代
からの 世 界 経 済 成 長 率 鈍 化 は 、先 進 国 における衣 、食 、住 の 量 的 不 足
解 消 が 背 景 にある。必 需 品 の 充 足 で あ る。必 需 品 による経 済 成 長 は 終
わった 。
では 、先 進 国 の 経 済 の 成 長 は 何 によってなされるのか? それこそ 非 必 要
経 済 と名 付 けたものである。現 代 経 済 の エンジンは 、非 必 要 経 済 である。
非 必 要 経 済 が い か に巨 大 な存 在 になっているかを 2 つの 事 柄 で示 す。
まず、日 本 経 済 で二 番 目 に 大 きな産 業 が パチンコ産 業 で、年 間 2 8 兆
円 の 売 上 を上 げている事 である。パチンコは 台 湾 にもあるらしいが、世 界 の
他 の 国 に は 全 くない 。非 必 要 の 典 型 で あ る。ちなみに日 本 最 大 の 産 業 は 、
外 食 ・中 食 産 業 で 3 0 兆 円 、第 3 位 の 産 業 が 自 動 車 で 2 5 兆 円 である。
家 電 産 業 に至 っては 2 . 5 兆 円 に過 ぎない。もう 1 つは 、ディズニーワールド
の 経 済 効 果 を経 済 評 論 家 大 前 研 一 氏 が 計 算 したものを参 考 にして 私 が
40
出 した数 字 である。年 間 ディズニーワールドには 4 0 0 0 万 人 が 訪 れ る。各
人 3 泊 するとして 1 2 万 5 千 円 を使 うとして 5 兆 円 、往 復 の 飛 行 機 賃 等
の 交 通 費 や 旅 行 の 準 備 に 1 人 当 たり 6 万 2 5 0 0 円 が 必 要 として 2 . 5 兆
円 の 計 7 . 5 兆 円 。日 本 の 医 薬 品 事 業 と同 じか 少 し上 の 経 済 規 模 であ
る。
更 に非 必 要 経 済 の 具 体 例 を示 す。
まず不 況 下 でも絶 好 調 の 外 国 製 ファッションブランドである。銀 座 や 梅 田
に旗 艦 店 を出 し、発 売 初 日 には 長 蛇 の 人 の 列 が 出 来 る。ソニーの ウォー
クマンは 、別 に歩 きながら音 楽 を聞 か な け れ ば生 きてゆけない訳 ではない
が 一 世 を風 靡 し、今 も人 気 が あ る。大 塚 製 薬 の ポカリスウェット、カロリー
メイト、ファイブ・ミニの ヒットを見 てもその成 功 の 秘 密 はなかなか 説 明 しにく
い。一 本 何 万 円 もするフランスワイン とか フランス料 理 を賞 味 しながら列 車
の 旅 を楽 しむトワイライト北 斗 星 の 寝 台 特 急 も非 必 要 経 済 である。
衣 食 住 に最 低 限 度 必 要 な 必 需 品 に対 し、非 必 要 品 には 、快 適 さ、利
便 性 、健 康 志 向 に根 ざすものに加 え、かつて アメリカの 経 済 学 者 ソーステ
ィン・ヴェブレンが 顕 示 的 消 費 と定 義 した消 費 における自 己 主 張 につなが
る商 品 や サービス も含 まれる。
現 代 先 進 国 経 済 を非 必 要 経 済 と認 識 することによって 、次 の 3 つの 特
性 がとらえられる。
(1) 必 需 品 と異 な り需 要 が 予 め存 在 しない。そ の た めマーケッティン
グによる需 要 創 造 型 の 企 業 が 成 長 し、経 済 を牽 引 する。図 2 3
に 私 が 十 数 年 前 に 作 った「マーケッティング」の 定 義 が 示 されて
いる。因 みにこの 定 義 を作 った時 点 では 私 の 頭 には “非 必 要 経
済 ”という考 えは 全 く存 在 しなかった 。「営 業 」の 定 義 と比 較 する
と言 葉 はよく似 ているが 、その 意 味 内 容 は 全 く対 照 的 である。成
41
熟 産 業 においても営 業 は 存 在 するが 、マーケッティングは 成 長 す
る企 業 の み が 行 う。非 必 要 経 済 社 会 では 、マーケッティングに秀
れ た企 業 の み が 成 長 する。
(2) 必 需 品 と違 って需 要 と供 給 の 結 合 が 弱 い。必 需 品 経 済 におけ
る需 要 と供 給 の 結 合 は 、自 然 で あ り必 然 である。一 方 、非 必 需
品 の 需 要 と供 給 を結 合 する力 は 、顕 示 欲 、健 康 志 向 、快 適 ・利
便 欲 求 等 で あ る。必 需 品 が 満 たされた人 間 がより豊 か な欲 求 を
実 現 しようとすることによって需 要 が 発 生 する。しか しその欲 求 は 、
直 接 の 生 理 的 欲 求 ではなく、むしろ精 神 的 ・観 念 的 である。その
うつろい 易 い欲 求 をつかまえようという努 力 が マーケッティングで
あるが 、一 度 、その マーケッティングによって 需 要 と供 給 が 結 合 し、
一 旦 ビジネスが 実 現 したとしてもうつろい 易 い欲 求 であるが 故 に
しば しばその 結 合 が 壊 れ る。ファッション の 流 行 が そ の 例 である。
そのため企 業 は スピードと変 化 が 求 められる。
(3) (1)(2)の 需 要 と供 給 の 関 係 は 、新 古 典 派 経 済 学 の 「安 け れ ば
需 要 が 増 加 し、高 け れ ば 需 要 は 減 少 す る。」という所 謂 均 衡 理
論 と著 しく異 なる。そ の た め、非 必 要 経 済 社 会 で は 、価 格 弾 性
値 が 低 く、金 融 ・財 政 政 策 の 効 果 が 現 わ れ ず、ケインズ の 乗 数
効 果 も低 くなって しまう。
これらの 特 性 を見 ていると、現 代 先 進 国 経 済 が 過 去 と本 質 的 に異 なる
ものに変 容 した 事 が 理 解 できる。逆 に 言 えば 、非 必 要 経 済 という把 握
は 本 質 をとらえるものであると言 う確 信 につながる。
42
一 口 メモ
ブランド・ビジネスについて。ブランドという言 葉 は 、放 牧 する牛 に つ け
た焼 印 に 由 来 する。識 別 を目 的 とする訳 だが 、身 分 社 会 が 崩 壊 し、大
衆 消 費 社 会 の 成 立 とともに 巨 大 ビジネス化 して来 る。非 必 要 経 済 にお
ける需 要 と供 給 の 結 合 の 弱 さを克 服 し、永 続 的 な 結 合 の 実 現 を成 功
したのが ブランドと言 わ れ る商 品 で あ る。い わ ば 量 子 力 学 における不 確
定 性 原 理 が 支 配 する非 必 要 経 済 社 会 で 安 定 した 高 利 潤 を確 保 する
ために 秀 れ た 手 法 と言 え る。一 方 、ブランド品 を需 要 す る消 費 者 サイド
では 、誰 もが 入 手 できる安 価 な大 量 規 格 製 品 では 満 たされない 自 己 だ
けの 個 の 顕 示 をブランド品 が 可 能 にしてくれるという想 いがある。流 行 フ
ァッション もブランドも個 の 主 張 と言 う点 では 共 通 しているが 、ブランドの
ほうが 永 続 的 であり、か つ差 異 化 志 向 が 強 いと言 える。
こう分 析 してみると非 必 要 経 済 の 不 安 定 性 を克 服 するためには ブラン
ドは 1 つの 重 要 なキーワードと考 えられる。
本 章 の要 約
・ 1 9 7 0 年 代 以 降 の 先 進 国 の 必 需 品 飽 和 が 非 必 要 経 済 による経 済
成 長 の エンジンを必 要 とし、非 必 要 経 済 の 巨 大 化 をもたらした 。
・ 非 必 要 経 済 社 会 では 、マーケッティング力 が 問 わ れ 、ブランドの 確 立
が 経 営 の 重 要 な鍵 となる。
43
第 7 章
文 化 、文 明 そして 西 欧 文 明 の 飛 躍
非 必 要 経 済 社 会 をさえ 出 現 させた文 明 の 力 とは 何 だろうか ? 文 明 の 歴
史 は 知 へ の 傾 斜 であるなら知 の 力 がどのように 歴 史 の 縦 糸 と横 糸 を紡 い
できたのかをマクロに見 てみよう。
四 大 古 代 文 明 は す べ てヨーロッパ 以 外 の 地 に 成 立 した 。もしかするとあ
まりに早 く文 明 が 発 達 するとその上 に成 立 する巨 大 な権 力 が 文 明 の 自 然
な発 展 、つまり大 多 数 の 人 民 の 汗 と知 恵 が 社 会 全 体 の 富 になる合 理 的
なメカニズムの 発 達 を妨 害 するのかもしれない。森 深 い西 ヨーロッパ の 地 で
巨 大 な権 力 に妨 害 されることなく長 い時 間 をかけてゆっくりと発 達 して来 た
西 欧 文 明 が 、イスラム 文 明 、中 国 文 明 、古 代 ギリシャ・ローマ文 明 の 成 果
を学 びながら、1 5 世 紀 くらいから急 速 に 他 の 文 明 を引 き離 し、発 達 し始 め
た。そして 産 業 革 命 と資 本 主 義 と民 主 主 義 を生 み な が ら、圧 倒 的 力 で世
界 全 体 を支 配 するまでに至 った。
唯 、1 5 , 1 6 世 紀 か らの 西 欧 文 明 の t a k e- o f f 以 前 において古 代 文 明 の
誕 生 以 来 、西 欧 以 外 の 文 明 の 発 達 が 止 まっていた訳 ではない。むしろイ
スラム 、インド、中 国 、更 には メソアメリカ、ラテン・アメリカの 諸 文 明 もゆっく
り少 しずつ新 しい文 明 の 成 果 を積 重 ねてきた 。鉄 や 本 格 的 文 字 体 系 を生
まなかった メソアメリカ、ラテン・アメリカの 文 明 でさえ 紀 元 前 の 新 石 器 時 代
のとうもろこし農 耕 の 開 始 か ら青 銅 器 や 巨 大 ピラミッド、更 に は 図 書 館 を
持 つ 文 明 を育 んでいた 。た だ し、ユーラシア諸 文 明 の 方 が 南 北 アメリカの
文 明 群 よりも発 達 が 早 く本 格 的 であった 。恐 らく熱 帯 雨 林 と狭 い 地 峡 に
妨 げられて南 北 アメリカの 文 明 群 間 の 交 流 が 少 なかったこととトウモロコシ
が 小 麦 、大 麦 に比 べ 耕 地 面 積 当 りの 養 育 可 能 人 口 が 少 ないこと等 が 理
由 で南 北 アメリカ文 明 の 方 が ユーラシア諸 文 明 の 発 達 に対 し、見 劣 りが
する結 果 になったのであろう。南 北 アメリカ文 明 群 が 生 まれた地 域 には 大
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河 がなかったので、大 きな沖 積 平 野 がなく農 業 生 産 力 が 低 かったことも影
響 している。ところで文 明 とは 何 だろうか ? 文 化 と文 明 とはどういう関 係 な
のだろうか ?
私 は 、文 化 は 心 に属 し、文 明 は 物 質 に 係 ると考 える。文 明 は 人 類 が 組
織 的 な 社 会 、つまり権 力 を持 つ 者 と支 配 され る人 民 からなる社 会 を作 っ
た時 に権 力 が 人 民 の 労 働 を組 織 的 に 投 入 して 社 会 全 体 の 拡 大 再 生 産
を開 始 したことによって 出 現 した 大 量 の 物 質 の 生 産 ・分 配 ・消 費 ・蓄 積 の
システム であると思 う。約 1 万 年 前 に文 明 が 誕 生 する以 前 か ら人 類 は 生
存 し、長 い文 明 前 社 会 を営 んできた。狩 猟 ・採 集 の 時 代 が 数 百 万 年 間
続 いた 。東 アフリカ地 溝 帯 で 発 見 された人 類 の 祖 先 は 、少 しずつ脳 の 容
量 を大 きくしながら進 化 してきた。彼 等 も喜 びや 悲 しみの心 を持 っていたに
違 いない。社 会 と言 えるかどうかは別 として群 れ で生 活 し、言 葉 を交 わ し、
一 定 の 習 慣 、規 律 に 従 って 日 々 暮 らしていた筈 である。世 界 各 地 に 残 る
岩 絵 や ストーン・ サークル とかよく磨 か れ た 石 器 や 奇 妙 な 形 の 土 偶 等 か ら
彼 等 の 精 神 生 活 が 窺 える。
文 化 の 方 が 文 明 よりはるかに古 いのである。
カール・マルクス の 唯 物 史 観 は 、社 会 の 歴 史 が 階 級 闘 争 の 歴 史 であり、
社 会 の 物 質 的 経 済 構 造 によって 社 会 の 精 神 的 文 化 構 造 は 決 定 されると
説 く。
この 唯 物 史 観 の 視 点 で文 明 の 歴 史 を分 析 すると実 に 様 々 な歴 史 の 実
相 、本 質 が 見 えてくる 。考 えてみると過 去 の 人 類 の 文 明 の 歴 史 は 、殆 ど
生 きるために必 死 に 衣 ・食 ・住 の 最 低 限 の 物 質 を確 保 す る歴 史 であった
ことは 間 違 いない。現 代 世 界 でも 6 0 億 人 の 大 半 の 人 々 はそういう生 活 を
強 いられている。だ か ら唯 物 史 観 は 、非 常 に有 効 な歴 史 分 析 の 方 法 論 に
なる訳 である。し か し、人 は パ ンの み で 生 きるにあらず 。精 神 的 文 化 構 造
45
は 、文 明 が 発 展 し、少 しずつ物 質 的 に 余 裕 のある人 間 が 増 えてくるにつれ
て 物 質 的 経 済 構 造 による規 定 か ら離 脱 し、自 由 になってきたと考 えられ
る。
第
4 章 で 豊 か な 農 業 生 産 力 が 文 明 を生 んだことを 述 べ 、文 明 =
c i v i l i z a t i o n は 豊 か な農 業 生 産 力 が 可 能 にした 農 業 に携 わらない人 々 に
よって育 まれたことを説 明 した。文 明 は 、農 業 に支 えられた都 市 の 人 々 が
生 んだ。一 方 、文 化 は 、農 民 が 生 んだ。文 化 を c u l t u r e = 耕 すということが
そ れ を象 徴 している。どの 社 会 にも近 代 以 前 には 農 民 の 数 が 圧 倒 的 に多
かった 。例 えば 、江 戸 時 代 の 日 本 では 人 口 の 9 0 % が 農 民 であった 。その
農 民 が 自 然 を対 象 として農 業 を営 む過 程 で喜 び や 悲 しみ を感 じ、歌 や 踊
りに興 じ、恋 愛 、結 婚 、出 産 、死 別 の 儀 礼 を整 えてきた。音 楽 、文 学 、絵
画 は 、す べ て民 衆 が 素 朴 な形 で文 化 として創 造 してきた。や が て文 明 の 発
展 によって 生 じた余 裕 が 人 民 の 素 朴 な文 化 の 中 か ら芸 術 を言 わ れ る洗
練 された個 性 に 富 んだ 文 化 を生 み 、芸 術 家 という文 化 人 を生 むようにな
る。
農 業 が 自 然 を対 象 とすることから各 社 会 の 文 化 は 、その 社 会 の 自 然 環
境 と深 く係 り、強 く自 然 環 境 、気 候 、風 土 の 影 響 を受 けるため大 変 多 様
である。文 明 が 物 質 を扱 うシステム である以 上 、物 理 法 則 に支 配 され 、普
遍 的 であるのに対 し、文 化 は 個 性 的 で あ る。文 明 は 発 展 し、遅 れ た文 明
は 、先 進 文 明 に 勝 てない。文 化 には 、素 朴 な文 化 と洗 練 された文 化 の 両
方 があることで人 類 は 様 々 な豊 か な文 化 を享 受 できる。
唯 、各 社 会 の 育 てる文 化 と文 明 は 、1つの 対 を成 す組 合 せである。特 定
の 文 明 は 特 定 の 文 化 によって 担 わ れ 、そ の 文 明 の 発 展 とともに 文 化 もゆ
っくりと変 化 することが 重 要 である。文 明 と文 化 の 適 合 性 及 び文 明 と文 化
の 相 互 干 渉 変 化 で あ る。人 間 の 心 は 、物 質 世 界 、自 己 の 肉 体 、親 子 を
46
含 む他 者 からなる社 会 と i n t e r a c t i v e な関 係 で変 化 することが 原 因 である。
文 明 と文 化 は 、相 互 に深 く結 びついている、そのため 1 つの 文 明 が 他 の 文
明 を圧 倒 した時 に そ れ ぞ れ の 文 明 が 持 つ文 化 が 異 なるために、複 雑 な相
互 干 渉 現 象 を引 き起 こす。
1 5 , 1 6 世 紀 以 降 、圧 倒 的 な発 展 を遂 げた西 欧 文 明 は 、圧 倒 的 な生 産
力 と軍 事 力 を備 え、世 界 に帝 国 主 義 的 侵 略 を行 った。世 界 の 植 民 地 化
であり、西 欧 文 明 の 押 し付 けであった 。その 侵 略 か ら逃 れ た 一 部 の 国 は 、
1 9 世 紀 末 に西 欧 文 明 化 を自 らの 選 択 として選 んだ。日 本 とタイである。ロ
シアの 共 産 革 命 も同 様 である。
1 9 世 紀 に中 南 米 諸 国 が 独 立 を果 たし、第 2 次 世 界 大 戦 終 了 後 にアジ
ア、アフリカ、オセアニアに 多 くの 新 しい 独 立 国 家 が 植 民 地 の 軛 か ら解 放
されて誕 生 した。これらの 新 しい国 家 もすべて、資 本 主 義 か 共 産 主 義 の イ
デオロギーは 別 として、西 欧 文 明 を導 入 せざるを得 なかった 。ブータン、チ
ベットという文 明 を拒 否 した山 深 い国 は 別 として。
世 界 を西 欧 文 明 という物 理 法 則 が 覆 った。しか し、そ れ ぞ れ の 社 会 の 持
つ文 化 は 、西 欧 文 明 との 適 合 性 を持 っていない。
西 欧 文 明 は 、数 世 紀 という時 間 をかけてゆっくりと独 特 の 西 欧 文 化 を育
んできた。逆 に西 欧 文 化 が 西 欧 文 明 の 飛 躍 的 発 展 を担 ったとも言 える。
個 人 の 自 由 な自 我 の 主 張 を認 め、競 争 によって 社 会 全 体 の 効 率 を高 め、
利 潤 を動 機 として 革 新 を実 現 す る個 人 主 義 の 西 欧 文 化 。そ れ に 対 し、
1 5 , 1 6 世 紀 以 降 、西 欧 文 明 程 の 急 速 な発 展 を遂 げられなかった 他 文 明
は 、農 村 社 会 に残 る強 い共 同 体 を軸 とした連 帯 主 義 の 文 化 を保 持 してき
..
..
た。その 文 化 の 上 に西 欧 文 明 がのしかかってきた 。西 欧 文 明 と非 欧 文 化
の 衝 突 と言 える。単 なる排 斥 ではない。羨 望 、恨 み 、妬 み 、憧 れ と愛 憎 が
複 雑 に 絡 み 合 った 屈 折 した 感 情 を生 んだ 。夏 目 漱 石 の 文 学 は 、その 矛
47
盾 に満 ちた 人 間 を表 現 した。漱 石 自 身 が そ の 矛 盾 に苦 しみ 続 けた。彼 は 、
そ れ を芸 術 として表 現 すること自 体 を目 的 にする芸 術 至 上 主 義 による安
心 立 命 を得 るにはあまりに 誠 実 で 真 摯 であった 。現 代 の 若 者 も漱 石 を愛
読 す る事 は 現 代 日 本 もいまだ 西 欧 文 明 と日 本 文 化 の 衝 突 に 苦 しんでい
る事 を示 している。
イラクや アフガニスタン の イスラムテロリストも西 欧 文 明 の 生 んだ 機 関 銃
や ロケット砲 を使 う。しか し、アメリカの 考 え方 には 猛 烈 に反 発 し、命 をかけ
て闘 う。
一 口 メモ
・ 1 4 5 8 年 に ポルトガル王 に派 遣 されたバスコ・ダ・ガマが インドの カリカ
ットに 到 着 し、その 地 方 の 王 様 に ラシャ、サンゴ、帽 子 等 を差 し出 し
て 交 易 を求 めたところ 、「我 々 は す べ て持 っているから要 らない。」と
断 られてしまった 。や む を得 ず王 様 の 官 廷 の 高 官 を人 質 にして 、交
易 を要 求 し、やっと胡 椒 を手 に 入 れることが 出 来 た。この 取 引 でポル
トガルは 6 0 倍 の 利 益 が 得 られたと言 う。
・ 1 5 世 紀 末 においてアジアの 文 明 が い か に豊 かであり西 欧 文 明 に優
るとも劣 らなかった 事 を示 している。
・ 1 5 世 紀 くらいまでは、ユーラシアの 諸 文 明 が 相 互 に影 響 を与 えなが
ら徐 々 に発 展 を遂 げ て い た と思 わ れ る。ユーラシア大 陸 に お け る諸
文 明 の 並 行 的 発 展 と言 える。
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本 章 の要 約
・ 文 明 は 巨 大 な物 量 を合 理 的 に生 産 し、取 り扱 うためのシステム であ
り、物 理 法 則 に支 配 される。
・ 文 明 には 発 展 があり、優 劣 がある。
・ 文 化 は 自 然 環 境 の 中 で 人 間 が 営 む農 耕 が 生 む 精 神 活 動 の 成 果
であり、優 劣 ではなく、自 然 環 境 の 多 様 性 に対 応 して、多 様 な 個 性
を持 つ。
・ ユーラシア大 陸 では 、1 5 , 1 6 世 紀 まで 諸 文 明 の 並 行 発 展 があった
が 、それ 以 降 は 、西 欧 文 明 が 飛 躍 的 な発 展 を遂 げ 、資 本 主 義 、産
業 革 命 、民 主 主 義 を生 んだ。そ の 結 果 、世 界 の 他 文 明 は 消 滅 し、
西 欧 文 明 が 世 界 文 明 となった。
・ し か し、各 文 明 の 持 つ個 性 あ る各 文 化 と西 欧 文 明 の 衝 突 が 発 生
し、現 代 に続 いている。
49
第 8 章
若 人 へ の メッセージ
いよいよ最 終 章 へ 至 った。
(1)第 1 章 でテレビの 大 ヒットが 激 減 してきたのは多 くの 日 本 人 が 「おしん 」
に感 動 した 時 のような 共 通 の 価 値 観 を失 い、多 様 な価 値 観 を持 つよう
になったからではないかと書 いた。
しか し、今 の 若 い人 達 をみていると、多 様 な価 値 観 を持 つというよりも
何 も信 じるものがなくなってしまっているように 思 わ れ る。価 値 観 の 多 様
化 は 、高 度 成 長 期 を支 え日 本 を豊 かにするのに大 きな貢 献 をした 人 達
がある程 度 の 経 済 的 な安 定 の 中 で色 々 な趣 味 を楽 しみながら、老 後 の
不 安 を懐 きつつ 、自 分 の 生 き甲 斐 を求 める姿 とオーバーラップ して起 こ
ってきた。それ 自 体 悪 いことではない。しか し、今 の 若 者 達 は 、そんな生
活 に 憧 れている訳 で は な い。若 者 達 は 、価 値 観 の 多 様 化 ではなく、価
値 観 の 喪 失 に陥 っている。
(2)私 は 、少 し前 までこの 若 者 の 価 値 観 の 喪 失 、そ れ に 伴 う覇 気 のなさ、
特 に 男 性 が 男 性 らしさを失 ってあまりにも優 しくなり過 ぎてしまっている
事 に危 機 感 を感 じていた。仕 事 で アジアの 若 い エリー トと交 渉 した 時 に
彼 等 の 必 死 さ、理 論 で 負 けてもしぶとく粘 る頑 張 りを見 て日 本 の 若 者
が 勝 てないのではないかと心 配 になった 。しか し、最 近 になって 少 し考 え
方 が 変 ってきた。歴 史 の 流 れ の 中 で、新 しい価 値 観 が 作 られる時 には 、
まず 古 い価 値 観 が 壊 れ 、人 々 が 迷 い悩 む時 期 が あ る の で は な い か と考
え、現 在 の 日 本 は 、その 時 期 にさしかかっているのだろうと思 うようにな
った 。ニーチェが 「神 々 は 死 ん だ」と言 い 、シュペングラー が 「西 洋 の 没
落 」を著 した時 の ヨーロッパ がそうであったように 今 、日 本 が 1 つの ピーク
を過 ぎ て先 が 見 え な い 状 態 なのであろう。安 価 良 質 規 格 品 の 大 量 生
産 の モ デ ル で日 本 は 素 晴 らしい成 績 を上 げ た。考 えてみるとこの 大 衆
50
消 費 社 会 の モデル は 、先 行 したもう1つの 遅 れ た資 本 主 義 国 であるアメ
リカが ジャズ とフォード T- 1 4 と一 緒 に作 ったもので、日 本 は 、その モデル
を一 生 懸 命 にコピーした訳 である。今 、日 本 は 、コピーするモデル を持 た
ない。有 史 以 来 、どこかの 文 明 をコピー し続 けて来 た日 本 が 初 めてコピ
ーするモデル が 無 くなった 。逆 に日 本 独 自 の モデル を自 らの 力 で構 築 す
ることが 出 来 るチャンスが 廻 って来 た と言 える。若 人 の 価 値 観 喪 失 をむ
しろ積 極 的 に 絶 好 の 好 機 到 来 と捉 えようと考 えるようになった 。この 本
を書 いているのはその 想 いをバ ネにしている。
かつて私 は 日 本 の 人 口 減 少 、少 子 高 齢 化 が 重 い経 済 的 負 担 を課 し、
社 会 に様 々 な問 題 を引 き起 こすであろうと書 いた事 がある。その 論 文 を
読 んだある方 が 私 の 意 見 に反 論 し、ゆとりのある社 会 を作 る絶 好 の チャ
ンスと捉 えるべき事 を教 えて下 さった 。私 は 、これから日 本 の 人 口 減 少
や 少 子 高 齢 化 で経 済 的 に は 運 営 が 難 しくなるという考 え を変 えていな
いが 、日 本 の 若 人 が 努 力 す れ ば 、世 界 のどこの 国 も実 現 出 来 なかった
文 化 国 家 を作 ることが 出 来 るかもしれないという期 待 、夢 を持 つように
なった 。
(3)その 夢 の 内 容 を説 明 す る前 に太 平 洋 戦 争 後 の 日 本 をアメリカがどう
しようとしたかについて触 れてみたい。
まずアメリカは 、日 本 の 占 領 政 策 をどうするか 相 当 悩 み 研 究 したのでは
ないかと思 う。白 人 にしか 出 来 な い と思 っていた文 明 化 を日 本 は 、アジ
アの 辺 境 の 地 で資 源 もない小 さな島 国 において短 期 間 に 達 成 し、巨 人
アメリカに 刃 向 かって 来 た。驚 くべ き事 であり、その 成 功 の 理 由 もよく分
からない。二 度 と自 分 達 に刃 向 かって 来 ることのないようにするにはどう
す れ ば 良 いか ? 第 1 次 世 界 大 戦 で負 けたドイツに対 し、二 度 と戦 争 を
出 来 ないように巨 額 の 賠 償 金 を負 わせたら、ヒットラーが 生 まれた。同 じ
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方 法 はとれない 。私 は アメリカが 採 ったのはさすが 西 欧 文 明 の 合 理 主
義 的 考 え方 だ と感 心 す る の だ が 、か つ て ドイツに対 して 行 っ た の と逆 の
考 え方 、即 ち出 来 もしない理 想 を日 本 に 押 し付 けることによって 、そ の
理 想 に向 かって 日 本 が 邁 進 す るエ ネ ル ギ ー を使 い 果 た し、外 に 向 か っ
て暴 発 出 来 なくさせるという戦 略 である。一 部 の 左 翼 がかった アメリカの
青 年 将 校 達 が 立 案 したと言 われている。具 体 的 には 、憲 法 第 9 条 を含
む 理 想 主 義 的 憲 法 と独 占 禁 止 法 と教 育 改 革 である。これらの 法 律 や
改 革 の 成 立 過 程 や 内 容 を詳 しく調 べ た 事 が な い の で 間 違 っているかも
知 れないが 、戦 争 を放 棄 し、健 康 で文 化 的 な生 活 を国 民 に 保 証 し、企
業 の 独 占 を禁 止 し、教 育 を受 ける生 徒 に価 値 観 を教 えてはならないと
いう教 育 改 革 である。
アメリカの 反 トラスト法 のどこにも私 的 独 占 の 禁 止 という規 定 は 存 しな
い 。にも拘 らず、日 本 の 独 禁 法 の 正 式 名 称 は 「私 的 独 占 の 禁 止 及 び
公 正 取 引 の 確 保 に 関 する法 律 」で あ る。ドイツもアメリカか ら独 禁 法 を
押 し付 けられた。彼 等 はこれに反 発 し、2 年 間 も理 論 闘 争 をして「競 争
制 限 法 」という独 自 の 法 律 を作 った 。その 法 律 の 中 心 概 念 は “支 配 的
地 位 の 乱 用 ”であり、私 的 独 占 の 禁 止 ではない。独 占 の 形 成 や 支 配 的
地 位 を築 いた企 業 を罰 するものではなく、そのような 企 業 が 反 競 争 的 な
力 を乱 用 することを防 止 することが 目 的 である。
教 育 改 革 については 、教 師 は 知 識 教 育 以 外 の 事 をしてはならず 、日 本
の 文 化 を生 んだ日 本 の 伝 統 的 価 値 を次 の 世 代 に伝 えてはならないとい
うことではないのだろうか ? 次 の 世 代 は 、自 ら価 値 観 を新 しく構 築 しなけ
ればならなくなった 。価 値 観 のない文 化 は 存 在 しない。従 って、過 去 と何
の 関 係 もない文 化 を創 造 しなければならない。しか し、真 空 からの 創 造
はありえない。私 は 、軍 国 主 義 を生 んだ日 本 の 偏 狭 な エセ愛 国 主 義 は
52
嫌 いだし、間 違 っていると思 う。しか し、国 を愛 し、誇 りに思 うには自 己 の
国 の 文 化 に無 関 心 ではあり得 ない。
アメリカが 自 国 の 文 化 に根 付 かない理 想 を押 し付 け、文 化 の 伝 承 を禁
止 することによって 日 本 国 民 が 国 を愛 し、誇 りに 思 うことのないようにし
た占 領 政 策 は 、アメリカの 外 交 ・軍 事 政 策 に盲 従 する日 本 保 守 政 治 に
見 事 に結 実 している。日 本 が アメリカに 軍 事 的 に刃 向 かうことは 近 未 来
には 起 こりそうもない。日 本 はまことに 見 事 に 去 勢 されたのである。それ
でも日 本 が 経 済 的 に貧 しい時 代 に は 経 済 的 な 豊 かさを求 めて日 本 人
は 必 死 に働 い た。日 本 というアイデンティティー を失 い な が ら、日 本 人 し
か 持 っていない何 かがこの 小 さな国 で世 界 の 1 割 の 規 模 に達 する経 済
大 国 を実 現 した 。その 結 果 エコノミック・アニマル と揶 揄 されるようになっ
た。「日 本 人 は 、金 は 持 っているが 文 化 のないアニマルだ。」という訳 だ。
(4)第 5 章 でも書 いたが 、今 、日 本 で親 や 教 師 が 日 本 の 文 化 や 人 間 とし
て大 切 にすべき価 値 を子 供 達 に必 死 に伝 えようとしているだろうか ? 残
念 な が ら殆 どないのではないのだろうか 。
私 は 、日 本 を去 勢 した アメリカを恨 む気 はない。日 本 が 生 産 力 を急 速
に高 め 、市 場 と資 源 を求 めざるを得 なくなった 時 に、自 分 達 だけで軍 事
力 以 外 の 解 を導 き出 す力 があったとは 思 えない。軍 事 力 という解 もまた
西 欧 文 明 がもたらした 文 明 の 力 の 一 部 である。漱 石 が 結 局 苦 悩 の 中
で「則 天 去 私 」という実 のない空 虚 な言 葉 以 外 に解 を見 出 せなかったよ
うに、また芥 川 龍 之 介 が 追 い詰 められて死 を選 ぶ 他 なかったように 日 本
は 西 欧 文 明 の 力 に屈 さないようにするために西 欧 文 明 の 力 に依 存 する
他 なかった 。アメリカが 去 勢 してくれたおかげで 今 日 本 は 過 去 の 日 本 と
は 非 連 続 の 新 しい日 本 を発 見 する好 機 が 訪 れている。その 新 しい日 本
が 世 界 か ら尊 敬 され 、世 界 に日 本 しか 出 来 ない貢 献 を果 た し、経 済 力
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だけではなく日 本 独 自 の 文 化 を世 界 に 示 すことが 出 来 るかどうかは、こ
れからの 世 代 が 決 め る。我 々 と我 々 の 前 の 世 代 は 、残 念 な が ら、エコノ
ミック・アニマルの 世 代 であり、この 大 きなチャレンジに そ れ ほ ど実 績 を挙
げることは 出 来 なかった 。私 に 出 来 る事 は 、これからの 世 代 へ の 助 言 と
励 ましだけである。
以 下 に、私 か ら彼 らへのいくつ か の 助 言 を示 してみたい。
(イ)
先 程 、去 勢 されたにも拘 らず 、日 本 が 世 界 か らエコノミック・アニマル と
揶 揄 されるほどの 経 済 発 展 を遂 げ た の は 、日 本 人 しか 持 っていない 何 か
がそれをもたらしたと書 いた 。文 化 的 主 体 性 を喪 失 した日 本 に残 っていた
その 何 か を発 見 したのは一 橋 大 野 中 郁 次 郎 教 授 である。組 立 加 工 型 産
業 を中 心 として 日 本 には 暗 黙 知 の 共 有 があるという発 見 である。暗 黙 知
(t a c i t k n o w l e d g e)と言 うの は 、言 語 や 数 字 で表 現 されないけれども、い
わゆる本 能 と言 わ れ る持 って生 まれた能 力 とは 違 って学 習 によって 習 得 さ
れ た情 報 である。たとえば、王 選 手 にホームラン の 打 ち方 を教 えて欲 しいと
言 っても、王 選 手 自 身 、表 現 することは 難 しい。しか し、王 選 手 は 長 年 の
鍛 錬 で他 の 選 手 よりも沢 山 の ホームラン を打 つ打 ち方 を情 報 として持 って
いると考 えられる。そ れ を暗 黙 知 という。私 は 、1 9 7 0 年 代 後 半 か らアメリカ
が 日 本 産 業 、特 に組 立 加 工 産 業 の 強 さの 秘 密 を必 死 に 研 究 し、この 野
中 理 論 を見 出 したのだと思 う。その 結 果 、自 分 達 のような 人 種 の 坩 堝 で、
多 種 多 様 な人 間 からなる社 会 で暗 黙 知 の 共 有 は 不 可 能 であると言 う結
論 に達 したのは 容 易 に 想 像 できる。「メイド・イン・アメリカ」というアメリカの
学 者 が 書 いたアメリカと日 本 の 製 造 業 の 強 さ、弱 さの 分 析 の 本 が 随 分 話
題 になった 。そ れ か ら先 が 彼 等 の 偉 いところである。暗 黙 知 の 共 有 が 出 来
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ないなら、それより秀 れ た 知 識 社 会 における知 識 の 利 用 の 仕 方 として、彼
らが 編 み 出 した 手 法 は 、極 めて論 理 的 な帰 結 であるが 、多 種 多 様 な人 間
の 間 で も伝 達 が 可 能 な 形 式 知 ( e x p l i c i t k n o w l e d g e ) の 徹 底 で あ る。製
品 の 欠 陥 発 生 率 をコンマ以 下 6 桁 まで下 げることを目 標 に、その 目 標 達
成 に有 効 且 つ 必 要 なあらゆるパラメーター を洗 い 出 して 言 語 、数 字 、グ ラ
フに表 現 するというモトローラ社 が 始 めて、GE が 採 用 して大 きな成 果 を挙
げたシックス・シグマという経 営 管 理 手 法 である。
1 9 9 0 年 代 初 の バブル 崩 壊 以 降 の 日 本 が 失 わ れ た 1 0 年 に沈 んでいた
時 、アメリカは 1 9 8 0 年 代 後 半 か ら IT 産 業 の 成 長 と他 産 業 の IT 化 、産
官 学 連 携 による新 産 業 創 出 、ベンチャー ・ファンドや N A S D A Q によるベン
チャー 育 成 、グラス ・スティーガル法 改 正 による金 融 業 の 再 編 等 々 の 産 業
経 済 力 の 再 生 に 取 り組 み 、1 9 9 0 年 代 に入 ってから、ニュー・エコノミー 論
という永 続 的 成 長 説 まで 現 わ れ る程 の 好 景 気 を持 続 した 。G E 、I B M、イ
ンテル 、ヒューレット・パッカードのような 製 造 業 も見 事 に立 ち直 ったし、マイ
クロ・ソフト、オラクル 等 に代 表 される新 興 I T 企 業 が 急 成 長 し、N A S D A Q
は ダウ平 均 よりも好 調 だった 。唯 、1 9 8 0 年 代 からの 規 制 改 革 で 新 規 参
入 を促 進 し、産 業 保 護 政 策 を撤 廃 したことにより、多 くの 名 門 企 業 や 大
企 業 が 消 えて米 国 経 済 全 体 が 知 識 社 会 本 格 化 へ 大 きく舵 を切 ってきた
事 が 一 番 本 質 的 な変 化 であることを忘 れてはならない。たとえば、1 9 9 1 年
か ら 1 9 9 2 年 の 1年 間 でアメリカの 新 規 失 業 者 が 1 0 1 万 人 、新 規 就 労 者
が 1 4 5 万 人 であったと言 われている。これは新 規 就 労 者 が 4 4 万 人 で、新
規 失 業 者 が 0 というのとは 違 う。恐 らく古 い産 業 か ら失 業 者 が 排 出 され 、
新 しい 産 業 が そ れ を吸 収 したと言 う事 で あ る。経 済 の 新 陳 代 謝 は 多 くの
個 人 の 苦 痛 、悲 劇 を起 こすけれども、長 い目 で 見 るとそれを先 延 ば しにし
てゆくと苦 痛 はより大 きくなる。
55
アメリカが 日 本 を学 んで再 生 を果 たしたように 今 は 、日 本 が アメリカの 形
式 知 か ら学 ぶ べ き時 だと思 わ れ る。
更 に アメリカ再 生 の ポイントとしては反 トラスト法 の 実 質 的 な適 用 緩 和 と
財 政 改 革 、行 政 改 革 が あ り、これらの 改 革 を日 本 は 殆 ど出 来 ていない。
反 トラスト法 は 、企 業 の 共 同 研 究 に 対 する適 用 除 外 以 外 に 法 律 自 体 を
改 正 し た こ と は な い に も拘 ら ず 、エ ク ソ ン とモ ー ビ ル の 合 併 、D o w
C h e m i c a l による U C C の 買 収 、大 手 航 空 会 社 の 中 ・小 ローカル 航 空 会
社 の 買 収 が 次 々 に実 現 したのは 何 故 か ? レーガン政 権 成 立 と同 時 に司
法 省 は カーター政 権 が 始 めた I B M の 分 割 訴 訟 をごく一 部 の 事 業 の 分 離
を除 き、分 割 しないことで 決 着 し、他 方 、同 時 進 行 中 だった ATT 分 割 訴
訟 においては 、ATT を各 地 域 会 社 や ルーセントに 分 離 して しまった。ATT
が 今 まで独 占 を許 され る代 わりに コンピューター 分 野 へ 参 入 禁 止 だったの
が 解 か れ た の も同 じ訴 訟 での 判 決 によってであるが 、結 果 的 には 、ATT に
とってそれは殆 ど無 意 味 なことで ATT 解 体 だけが 残 った。I B M は 他 国 との
競 争 がある重 要 産 業 であり、反 トラストによる分 割 は 、競 争 力 を失 う危 険
が 大 きいので分 割 すべきでない。一 方 、ATT は 大 きな企 業 であるが 、他 国
との 競 争 はない国 内 通 信 産 業 であるから、分 割 して新 規 参 入 も含 め、技
術 革 新 を促 すべきであると言 う判 断 は 、国 益 上 合 理 的 であった 。やっとア
メリカも反 トラスト法 の 適 用 には 国 際 競 争 という観 点 が 最 も重 要 であること
に気 付 い た の だ。逆 にだからこそ 、アメリカは アメリカの 国 益 の た め に日 本
等 に 対 して 独 禁 法 の 強 化 を迫 ってきた。もし、アメリカが 自 国 の 反 トラスト
法 を緩 和 す る法 律 改 正 をしていたら、このような 他 国 へ の 要 求 はしづらか
ったであろう。実 に巧 妙 な内 外 の 政 治 の 使 い分 けである。日 本 の 公 正 取
引 委 員 会 がこれほど高 度 な産 業 政 策 を考 慮 出 来 ているとは 思 われない。
財 政 改 革 は 行 政 改 革 と一 体 でなされた。図 2 4 の チャートは 、MIT 経 済
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学 教 授 ポール ・クルーグマンの 社 会 的 選 択 と失 業 率 の 関 係 に関 する理 論
を慶 應 義 塾 大 学 教 授 当 時 の 竹 中 平 蔵 氏 が 1 9 9 9 年 に NHK 教 育 テレビ
の 「2 1 世 紀 型 民 富 論 」という講 座 で図 式 化 して説 明 したものである。
まず 、生 産 性 の 高 い 労 働 者 にはより高 い 賃 金 を支 払 い、そ の 代 わ り生
産 性 の 低 い 労 働 者 の 賃 金 は 下 げる。成 果 主 義 賃 金 制 の 導 入 乃 至 強 化
である。留 保 賃 金 と言 うのは、社 会 保 障 や 最 低 賃 金 といった形 で最 低 限
の 生 活 水 準 を保 証 するために支 払 われるもので、生 産 性 に 応 じて支 払 わ
れ る賃 金 勾 配 と留 保 賃 金 の 交 点 は 、それより左 の 賃 金 勾 配 が 、留 保 賃
金 以 下 となるため、そんな賃 金 は 誰 も受 け 取 らないの で留 保 賃 金 を選 択
することとなる。即 ち、働 かないでも受 け取 れ る留 保 賃 金 を選 ぶ と言 うこと
は 働 か な い と言 うことであり、この 交 点 は 、失 業 率 を意 味 する。最 初 の 賃
金 勾 配 T 0 と留 保 賃 金 U 0 は 、賃 金 勾 配 を T 1に 変 化 させると U 1へ 右 移 動
する。つまり失 業 率 は 高 まる。次 に留 保 賃 金 を点 線 まで 下 げると失 業 率
を示 す交 点 は 左 へ 移 動 し、ついには U 0 よりも左 の U 2に行 く。失 業 率 は 最
初 の 賃 金 勾 配 よりも下 が る。こ れ は、社 会 保 障 水 準 を下 げて財 政 改 革 と
行 政 改 革 を行 い 、小 さい政 府 で国 民 の 自 己 責 任 と成 果 主 義 で グローバ
ル 競 争 に 勝 つ た め の 効 率 の 良 い社 会 を目 指 し、競 争 原 理 が 貫 かれてい
るため、日 、欧 よりも高 いパフォーマンス を示 す 経 済 社 会 が 失 業 率 を下 げ
た 1 9 9 0 年 代 の アメリカをたった 1 つの 図 で見 事 に表 現 している。1 9 8 0 年
代 に貿 易 赤 字 と財 政 赤 字 という双 子 の 赤 字 に苦 しんだアメリカの 蘇 生 で
ある。こうして アメリカは 、日 本 の 暗 黙 知 の 強 み に 対 し、政 ・官 ・民 が 一 体
となって形 式 知 の 戦 略 強 化 を図 り、成 功 した。
では 、これから未 来 に向 かって 日 本 はどうすれば良 いか ? 再 び野 中 教 授
の 理 論 が 光 を与 えてくれ る。暗 黙 知 を共 有 化 (s o c i a l i z a t i o n)し、そ れ を
形 式 知 化 ( e x t e r n a l i z a t i o n ) し 、 そ れ を 分 類 ・編 集 ・体 系 化
57
( c o m b i n a t i o n ) し、再 び 、内 面 化 ( i n t e r n a l i z a t i o n ) するというサイクル を
氏 は S E C I モデル と呼 び、知 的 創 造 の 基 本 プロセスとされている。この モデ
ル を意 図 的 に 導 入 して大 成 功 した企 業 や 組 織 は 現 われていないが 、無 意
識 的 に 実 践 し、成 功 した 事 例 は 既 に氏 が 「イノベーションの 本 質 」(日 経
B P 社 )の 中 で紹 介 し、分 析 しておられる。大 変 興 味 深 い 研 究 と言 える。
氏 は 太 平 洋 戦 争 における日 本 軍 の 戦 略 思 考 がそもそもアメリカ軍 のそれ
と比 較 してあまりにも非 合 理 的 で 一 貫 性 に 欠 けていることを研 究 発 表
(「失 敗 の 本 質 」戸 部 良 一 他
中 公 文 庫 )されており、一 貫 して日 本 という
社 会 が 生 み 、日 本 人 だけが 持 つ 何 物 か を経 営 学 の 視 点 で追 い続 けてお
り、私 には 、現 在 に至 るまで日 本 の 未 来 を想 像 するための 思 想 として、氏
の S E C I モデル を上 回 る深 い洞 察 は 見 当 たらない。創 造 には 、求 めるもの
を模 索 する精 神 の 切 迫 感 と何 物 にもとらわれない心 の 無 束 縛 と言 う相 矛
盾 する相 克 の 弁 証 法 が 必 要 である。氏 の S E C I モデル は 、動 的 ダイナミク
スをエンジンとして 日 本 固 有 の 暗 黙 知 の 共 有 をより高 い 次 元 に止 揚 する
ことを可 能 とする。西 欧 文 化 の 個 人 の 力 を最 大 化 する創 造 力 に対 し、根
強 い 共 同 態 文 化 を基 底 構 造 として 、その 上 に 個 性 の 輝 きを加 え る暗 黙
知 と形 式 知 の 相 互 作 用 による日 本 独 特 の 創 造 力 をグローバル知 識 社 会
で発 揮 すべきであろう。同 じ組 立 加 工 製 品 でもパソコンのような モジュール
の 組 立 加 工 と自 動 車 のような 統 合 的 組 立 加 工 を区 分 して 、後 者 に日 本
産 業 の 強 味 を発 見 した 東 京 大 学 経 済 学 部 大 学 院 藤 本 隆 宏 教 授 (「能
力 構 築 競 争 」中 公 新 書 )は 、野 中 S E C I モデル の 1 つの 具 体 例 である。
ロ)
イギリス の ノーベル賞 経 済 学 者 の ア ー サ ー・ルイス が 社 会 の 近 代 化 に
関 する 1 つの 法 則 を発 見 した。図 2 5 に 概 要 を示 した。狩 猟 、牧 畜 社 会 を
58
除 き、どの 社 会 も近 代 化 以 前 には 農 民 が 大 多 数 であった 。そこで 工 業 が
始 まると農 業 か ら工 業 へ 人 の 移 動 が 起 こる。やがてこれ 以 上 農 民 が 減 る
と農 業 生 産 が 減 少 するという時 点 に 至 る。そ の 時 点 が 実 は 社 会 が 大 きく
転 換 するポイントである事 をルイス が 発 見 し、ルイス 的 転 換 点 と呼 ば れ る。
それ 以 前 の 農 民 減 少 が 農 業 生 産 の 減 少 を引 き起 こさないという事 は 、減
少 した農 民 は 、農 業 生 産 には 必 要 ない潜 在 失 業 者 であったということにな
る。つまりルイス 的 転 換 点 は 、農 業 の 潜 在 失 業 者 が 消 滅 する時 点 である。
農 村 共 同 体 は 、労 働 力 を確 保 する必 要 か ら子 宝 意 識 が 強 く、子 沢 山 に
なり勝 ちであり、余 剰 労 働 力 を包 み 込 み 、貧 困 を共 有 す る。貧 困 を共 有
する農 村 の 余 剰 労 働 力 、即 ち潜 在 失 業 者 が 消 滅 するルイス 的 転 換 点 に
至 ると、農 業 セクター は 農 業 生 産 力 を維 持 しようとする。需 給 バランス に
基 づく農 産 物 価 格 の 上 昇 である。農 産 物 価 格 上 昇 による農 業 所 得 の 上
昇 は 農 業 労 働 力 の 確 保 に作 用 する。
一 方 、工 業 セクター は 、より一 層 の 発 展 のためにより沢 山 の 労 働 力 を農
村 か ら誘 引 しようとする。即 ち、労 働 賃 金 の 上 昇 である。結 局 、農 業 セクタ
ーと工 業 セクター の 間 で労 働 人 口 の 引 っ張 り合 いが 発 生 する。競 争 原 理
が 働 く以 上 、労 働 価 格 の 上 昇 は 、労 働 生 産 性 の 向 上 を求 める。両 セクタ
ーにおいて出 来 るだけ 少 ない労 働 力 で、できるだけ大 きな付 加 価 値 を作 り
出 す メカニズムが 働 く。か つ て 三 チャン 農 業 という言 葉 があった 。お か あチ
ャン、おじい チャン、お ば あ チャンの 三 チャンだけで、おとうチャンは 会 社 勤 め
で家 にいない農 業 である。当 然 、農 業 機 械 や 肥 料 、農 薬 を使 うようになる。
肥 料 でも一 度 散 布 したら長 く肥 料 効 果 が 続 行 す る緩 効 性 肥 料 が 発 明 さ
れ た。工 業 セクター では 、研 究 開 発 投 資 や 技 術 導 入 が 急 増 する。わ が 国
で高 度 経 済 成 長 が 始 まった 1 9 6 0 年 代 の 直 前 である。ルイス 的 転 換 後 の
社 会 は 、労 働 を貴 重 な資 源 と認 識 し、労 働 集 約 産 業 か ら資 本 ・技 術 ・知
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識 集 約 産 業 へ の シフトが 進 行 し、知 識 社 会 が 成 立 し、都 市 へ の 人 口 集
中 、労 働 者 の 権 利 尊 重 、中 間 階 級 の 成 立 、民 主 主 義 の 浸 透 がおこる。
私 は 、西 欧 の ルイス 的 転 換 は 、産 業 革 命 期 だったのではないかと思 ってい
る。身 分 制 社 会 が 崩 壊 し、基 本 的 人 権 、私 有 財 産 の 不 可 侵 、選 挙 権 の
拡 大 、立 法 ・行 政 ・司 法 の 三 権 分 立 という近 代 法 に 基 づく近 代 市 民 社
会 が 誕 生 したのは、ルイス 的 転 換 の 結 果 な の だ と思 わ れ る。唯 、西 ヨーロ
ッパ でルイス 的 転 換 を推 し進 めた産 業 革 命 は 、最 初 に イギリス で 1 8 世 紀
の 半 ば に始 まり、ドイツでは 1 9 世 紀 後 半 か ら 2 0 世 紀 初 頭 にかけてであり、
時 間 的 に 幅 があったのに対 し、アジアにおけるルイス 的 転 換 は 、短 時 間 に
急 速 に転 換 が 起 こったため、転 換 点 直 後 に一 時 的 政 治 的 不 安 定 が 生 じ
た。日 本 の 安 保 闘 争 (1 9 6 0 年 )、韓 国 の 光 州 事 件 (1 9 8 0 年 )、台 湾 初 の
野 党 「民 進 党 結 成 」(1 9 8 6 年 )である。日 本 の ルイス 的 転 換 は 1 9 5 0 年
代 末 か ら 1 9 6 0 年 代 初 め と言 われており、韓 国 、台 湾 は 1 9 6 0 年 代 末 か ら
1 9 7 0 年 代 初 とされている。もっとも日 本 は 、第 1 次 世 界 大 戦 期 か ら大 戦
後 という説 もある。戦 争 景 気 による急 速 な工 業 化 と大 正 デモクラシーが そ
れ を示 していると言 わ れ る。私 は 、日 本 は 、2 回 の 転 換 点 があったのだと考
えている。農 業 生 産 性 が 高 まっていくと一 旦 潜 在 失 業 者 が 消 滅 しても、よ
り少 ない 農 業 労 働 者 で 農 業 生 産 を担 えるようになって再 び 潜 在 失 業 者
化 が 起 こりうることと日 本 の 場 合 には 第 2 次 世 界 大 戦 で出 征 した 多 くの
兵 士 が 帰 農 したので転 換 が 二 度 起 こったと考 えられる。唯 、1 9 5 0 年 代 末
からの 転 換 の 方 がより本 格 的 で社 会 的 影 響 が 大 きかったと思 わ れ る。とこ
ろで中 国 の ルイス 的 転 換 は 何 時 であろうか ? 拓 殖 大 学 渡 辺 利 夫 教 授 作
成 に か か る図 2 6 によれば、2 0 0 1 年 末 の 農 村 の 就 業 者 が 約 5 億 人 で農
村 部 の 失 業 者 と潜 在 失 業 者 の 合 計 が 約 1 億 7 0 0 0 万 人 となっている。
渡 辺 教 授 によると中 国 社 会 科 学 院 の 計 算 でも農 村 の 潜 在 失 業 者 が 約
60
1 億 6 0 0 0 万 人 との 事 な の で 2 つの デ ー タの 間 に大 きな差 はない。しかし、
日 本 を含 む先 進 工 業 国 では 就 業 者 中 の 農 業 就 業 者 の 比 率 は 、数 % 以
下 であり、もし中 国 でも農 業 機 械 の 導 入 、農 地 整 理 、肥 料 、農 薬 の 利 用 、
灌 漑 の 普 及 等 を行 えば 現 在 と同 じ農 業 生 産 を現 在 の 何 分 の 1 の 就 業
者 で十 分 行 える筈 だと考 えられ る。もしこれが先 進 国 並 までではないとして
も 1 0 分 の 1 であるとすれば、農 村 の 潜 在 失 業 者 数 は 4 億 5 0 0 0 万 人 に
なる。現 在 の 都 市 部 就 業 者 2 億 4 0 0 0 万 人 の ほ ぼ 倍 である。図 2 6 の 渡
辺 教 授 による 2 0 0 1 年 か ら 2 0 2 2 年 の 実 質 G D P 成 長 予 測 と就 業 者 の 増
加 予 測 は 年 率 8 % か ら 6 . 8 %というかなり高 度 成 長 維 持 にも拘 らず、就 業
者 増 加 総 数 は 1 億 4 0 0 0 万 人 程 度 であり、上 の 4 億 5 0 0 0 万 人 からこ
の 1 億 4 0 0 0 万 人 を引 いた残 りの 3 億 人 の 農 村 部 潜 在 失 業 者 が 残 るこ
とになる。更 に渡 辺 教 授 は 、2 0 1 0 年 までの 間 に中 国 で 2 5 0 0 万 人 の 失 業
者 増 加 を予 測 している。2 0 2 0 年 までに中 国 が ルイス 的 転 換 点 を迎 える事
はない。私 は 順 調 に 行 っても今 後 数 十 年 間 で中 国 が 労 働 力 不 足 となり、
知 識 社 会 化 す る事 は な い と思 う。勿 論 、中 国 に もハイテク企 業 、知 識 集
約 産 業 は 既 に存 在 するし、今 後 発 展 するだろうけれども中 国 全 般 が 労 働
集 約 産 業 の 比 較 優 位 を放 棄 する事 はないという意 味 である。数 年 前 の 新
聞 で、フィリッピンの 靴 作 り職 人 が 「中 国 の 安 い靴 には 勝 てない」と嘆 いて
いる記 事 が 出 ていた。経 済 運 営 がうまく行 っていない フィリッピンと高 成 長
を続 けている中 国 で靴 職 人 の 労 働 賃 金 が 逆 転 しているのだ。ソ連 が 崩 壊
し、鉄 の カーテンが 消 失 した今 、先 進 国 企 業 が 技 術 と資 本 を持 って中 国
へ 進 出 す れ ば 、先 進 国 で生 産 するよりもはるかに安 く先 進 国 で生 産 される
と同 じ製 品 が 中 国 で製 造 できるのだ。中 国 にとって巨 大 な失 業 者 及 び潜
在 失 業 者 がいるという事 は 国 家 運 営 にとって 大 変 深 刻 な問 題 であるが 、
日 本 を含 む世 界 経 済 にも大 きな影 響 を与 え 続 けることになりそうである。
61
失 業 者 、潜 在 失 業 者 を増 加 させないためには更 なる高 度 成 長 が 必 要 で
あり、そのような 高 度 成 長 は 、世 界 中 に巨 大 な量 の 安 価 な製 品 を輸 出 し、
国 内 の 消 費 を掻 き立 てなければ 出 来 ないが 、そうなると世 界 の 労 働 集 約
産 業 に 失 業 を輸 出 し、中 国 が 原 油 をがぶ 飲 み し、環 境 汚 染 をばら撒 き、
世 界 経 済 が 中 国 経 済 の 振 動 で振 り回 されることになる。就 中 、日 本 は 、
深 刻 な影 響 を被 るのは 間 違 いない 。日 本 の 将 来 にとって中 国 との 関 係 を
どう構 築 するのかは非 常 に 大 きな課 題 である。
第 1 章 で日 本 の 労 働 分 配 率 が 急 速 に高 まっている事 および日 本 の 純
輸 出 の 変 化 (図 7 )か ら組 立 加 工 産 業 の 比 較 優 位 構 造 が 崩 れてきている
事 を述 べ た。第 5 章 で知 識 社 会 の 成 立 を論 じた。歴 史 の 流 れ を大 きく見
てみると先 進 国 の 社 会 は どんどん 知 の 力 を大 きくするように変 化 してきて
いる。1 9 9 0 年 代 の 日 本 の 労 働 分 配 率 の 上 昇 及 び純 輸 出 の 変 化 は 、日
本 の 産 業 構 造 が 組 立 加 工 型 からより知 的 付 加 価 値 の 高 い産 業 へ の 転
換 を模 索 している姿 を反 映 しているのであろう。図 7 の 右 隅 に 1 9 9 6 年 か
ら 2 0 0 2 年 の 純 輸 出 増 加 製 品 を列 挙 しているが 、1 9 8 9 年 か ら 1 9 9 6 年 の
期 間 の 純 輸 出 増 加 製 品 が 全 て機 能 資 材 であった の と違 って、最 終 製 品
(ビデオカメラ、デジタルカメラ、乗 用 車 )と機 能 資 材 (プリント配 線 板 、コン
デ ン サ ー)に 分 か れ て い る。組 立 加 工 型 の 最 終 製 品 の 復 活 だろうか ? そ
の 中 味 を見 てみるとデジタル 化 の ビデオカメラ、デジタルカメラと東 京 大 学
藤 本 教 授 の 言 う統 合 的 (すり合 わ せ 型 )組 立 加 工 製 品 の 乗 用 車 である。
技 術 革 新 が 今 まさに 進 行 中 の 組 立 加 工 家 電 製 品 の デジタル 化 と形 式 知
によるマニュアル で全 て をカバーしにくいすり合 わ せ 型 組 立 加 工 製 品 の 乗
用 車 である。前 者 は 、研 究 開 発 の 知 の 現 場 化 の スピード競 争 の 最 中 にあ
るからこその 競 争 力 と言 える。そうであるが 故 に次 々 に 新 しい技 術 革 新 を
続 け 、知 的 付 加 価 値 の 増 大 の スピードで追 随 してくる中 国 、韓 国 、台 湾
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を振 り切 る他 ないという戦 略 が 導 き出 される。唯 、技 術 革 新 という視 点 だ
けで経 営 を行 うことは 危 険 で あ る。非 必 要 経 済 における不 確 定 性 原 理 の
支 配 を打 破 るのは、需 要 を創 造 するというマーケッティング(図 2 3 参 照 )
. . . . .. . . .......
の 力 である。そして 日 本 の 未 来 を切 拓 く技 術 革 新 、需 要 創 造 、マーケッテ
... .
ィング力 というキーワードを結 び つ け、バックアップするのが 、知 的 財 産 とか
知 的 資 本 という概 念 である。
一 方 、すり合 わ せ 型 組 立 加 工 製 品 の 乗 用 車 産 業 の 国 際 戦 略 は 、基 本
的 に異 なる構 図 になると思 わ れ る。バブル の ピークであった 1 9 9 0 年 に国
内 需 要 が 年 間 7 8 0 万 台 を越 えていたの に、今 は 5 0 0 万 台 まで減 少 した
にも拘 らず、国 内 の 自 動 車 メーカーは 好 調 な業 績 を挙 げている。中 国 か ら
の 逆 輸 入 は 未 だない。すり合 わ せ 型 産 業 には モジュール 型 製 品 とは 桁 違
いに多 い暗 黙 知 が 要 求 されるようだ 。自 動 車 産 業 に は 、多 くの 自 動 機 械 、
ロボットが 製 造 工 程 、検 査 工 程 に 導 入 されてきたけれども依 然 として 多 く
の 熟 練 工 が 必 要 で あ る。多 くの 種 類 の 多 数 の 熟 練 工 が 必 要 な 産 業 は 、
途 上 国 の キャッチ・ アップに時 間 が か か る。暗 黙 知 の 世 界 は 文 化 に深 くか
かわるため熟 練 工 の 育 成 には 予 想 以 上 の 年 月 を要 する。
日 本 の 自 動 車 産 業 の 強 み は 、この 熟 練 工 の 暗 黙 知 とグ ロ ー バ ル 化 の
成 功 の 2 点 である。ただし、巨 大 市 場 の 米 国 に米 系 企 業 が 2 社 しかない
の に日 本 国 内 に 8 社 もメーカーがある構 造 は 問 題 である。更 にグローバル
化 の 進 展 に つ れ て、各 企 業 の 利 益 対 国 の 雇 用 、税 収 や 他 産 業 、下 請 け
零 細 企 業 という社 会 全 体 の 利 益 の 間 でズレが 出 来 て い る。この 問 題 は 、
1 9 7 0 年 代 の アメリカ企 業 の 多 国 籍 化 の 進 展 で社 会 問 題 をなったが、日
本 の 近 い将 来 、深 刻 化 する可 能 性 が 大 きいので今 からその 対 処 を考 えて
行 かなければならない。
いずれにしてもルイス 的 転 換 点 のこちら側 にいる日 本 とあちら側 にいる中
63
国 とは 強 調 と競 争 を続 けるほかない。日 本 は 様 々 な知 の 力 を強 めてゆか
ねばならない。
ハ)
アメリカの W . レオンチェフ と言 う有 名 な経 済 学 者 が 1 9 7 0 年 代 の アメリカで
如 何 なる産 業 が 国 際 競 争 力 が 強 いか ? を調 査 したところ、意 外 な結 果 が
出 た。「労 働 集 約 産 業 が 国 際 競 争 力 が 強 い! 」レオンチェフの パ ラドックス
と言 わ れ る奇 妙 な 現 象 である。この パラドックスの 謎 を見 事 に 解 明 したの
が R . バーノン と言 うアメリカの 経 済 学 者 が 考 えた プロダクト・サイクル 論 で
ある。ある国 で新 しい商 品 が 開 発 された場 合 に、その 製 品 が 発 売 されてか
ら世 界 にどのようにして 普 及 していくかを図 2 7 の バーノン の プロダクト・サ イ
クル 論 の 概 要 で見 ていただきたい。まず、第 1 段 階 はその 製 品 が 発 明 され
た国 の 国 内 において、発 明 → 商 業 化 → 輸 出 → 生 産 性 改 善 による低 コスト
化 というステップを辿 ることが 示 してある。次 に第 2 段 階 では 高 所 得 の 先
進 国 で最 初 最 新 鋭 の 新 製 品 が 輸 入 され 、金 持 ち層 によって 買 わ れ 始 め
た後 、発 明 国 で の 低 コスト化 とともに価 格 も下 が り、勾 配 層 が 広 がって 、
輸 入 量 が 増 加 してゆく。そうすると、輸 入 が あ る一 定 量 に達 すると国 産 化
しようという動 きが 出 てくる。国 産 化 が 始 まると最 初 の 開 発 国 の メーカー以
外 の メーカー が 出 現 する訳 で 競 争 が 発 生 するし、最 初 の 開 発 国 からの 輸
入 は 減 少 する。高 所 得 の 先 進 国 は 複 数 存 在 するし、1 つの 国 の 中 に1つ
の メーカー とは 限 らないので競 争 は 加 速 し、コスト低 減 が メーカー にとって
最 大 の 課 題 となる。そうなると多 くの 場 合 、コスト圧 縮 の 圧 力 とそのための
部 品 、原 料 の 規 格 化 とが 製 品 とその生 産 方 法 を同 一 に 導 く。企 画 の 統
一 を含 めて、広 い意 味 でも標 準 化 が 進 む。(尚 、この 標 準 化 の 進 展 と言 う
考 え方 は バーノン の 理 論 には 入 っておらず 、私 の 勝 手 な後 付 け理 屈 であ
る。)コスト競 争 を標 準 化 の 結 果 は 、当 然 のこととして 、低 賃 金 の 国 での 生
64
産 が 行 わ れ 始 めることとなる。標 準 化 はこの 途 上 国 へ の 生 産 シフトを容 易
にする大 きな要 因 である。第 3 段 階 へ の 移 行 である。第 2 次 世 界 大 戦 後
の 世 界 で第 1 段 階 を主 導 したのはアメリカである。第 2 次 世 界 大 戦 中 か
ら戦 後 、更 には 1 9 7 0 年 くらいまではアメリカでは 次 々 に技 術 革 新 が 発 生
した 。民 間 航 空 機 の 高 速 化 ・大 型 化 ・ジェット化 、自 動 車 の スピードアッ
プ・自 動 変 速 ・塗 装 自 動 化 ・大 量 生 産 、石 油 化 学 、プラスチック、家 庭 電
気 製 品 の 多 様 化 ・低 価 格 化 、抗 生 物 質 等 々 枚 挙 に暇 がない。
それらの 技 術 革 新 は 、新 しい商 品 の 発 明 に始 まって、まずは 試 作 か ら始
まり、失 敗 と挫 折 を繰 り返 しながら部 品 や 原 料 、工 作 機 械 等 の 裾 野 産 業
を育 て つ つ、少 しずつ量 産 化 を行 い、大 きな市 場 を形 成 してきた。そ の 試
行 錯 誤 の 段 階 で は 、非 常 に 多 くの 労 働 力 が 必 要 で あ る。アメリカの 最 強
の 産 業 、即 ち最 先 端 の 技 術 に基 づく産 業 は 、必 然 的 に 労 働 集 約 的 とな
る。レオンチェフの パ ラドックスがここに 解 明 された。第 2 段 階 は 、日 本 と欧
州 諸 国 が 主 としてアメリカからの 技 術 導 入 、ライセンス取 得 によって 実 現 し
た。日 本 と欧 州 で 独 自 開 発 されたケースもあったし、違 法 な模 倣 も発 生 し
た。アメリカの 企 業 が 1 9 6 0 年 代 か ら 1 9 7 0 年 代 にかけて日 、欧 の 資 本 の
自 由 化 の 進 展 につれて、子 会 社 や 合 弁 企 業 の 形 で日 、欧 に進 出 し、アメ
リカの 空 洞 化 として 大 きな 問 題 となったし、自 由 化 の プロセスは 、アメリカ
対 日 本 並 びに 欧 州 各 国 、当 時 の ヨーロッパ 経 済 共 同 体 (“E E C ”)の 政 治
攻 防 でもあった 。逆 に 少 し遅 れ て、まず 欧 州 企 業 、続 いて日 本 企 業 の 対
米 進 出 も起 こり、一 挙 に 多 国 籍 企 業 の 時 代 を迎 えた 。アメリカの 技 術 貿
易 収 支 の 巨 大 な黒 字 が 定 着 したのもこの プロダクト・サ イクル の 第 2 段 階
の 構 造 がもたらした 結 果 である。日 本 、西 独 、イタリーの 奇 跡 の 成 長 と言
われたのもこの 第 2 段 階 の 現 象 である。
そして 今 、世 界 は 、ソ連 の 崩 壊 と鉄 の カーテンの 消 失 という大 きな変 動
65
が プロダクト・サイクル の 論 理 に力 を加 えて、まず 東 南 アジアや 中 南 米 の
N I C S (新 興 工 業 経 済 諸 国 )に始 まり、アジアの 4 つの 小 龍 (韓 国 、台 湾 、
香 港 、シンガポール )の 途 中 経 過 的 発 展 プロセスを経 て、中 国 と言 う巨 大
な労 働 力 を持 つ国 を中 心 とするプロダクト・サイクル の 第 3 段 階 を現 出 し
ている。第 3 段 階 を担 う途 上 国 は 、多 様 で途 上 国 と一 括 りするの は 誤 解
を招 くかもしれないが、便 宜 上 、ここでは ロシア、東 欧 の 旧 ソ連 圏 諸 国 や
中 国 、韓 国 、台 湾 も含 めて途 上 国 と言 うこととしたい。この 第 3 段 階 へ の
シフトも第 1 段 階 か ら第 2 段 階 へ の 移 行 と同 様 に技 術 移 転 、模 倣 によっ
て実 現 してきたし、今 後 もそれが 続 くと思 わ れ る。唯 、前 段 階 の 移 行 と異
なる重 要 な 差 異 が あ る。途 上 国 自 身 による自 己 技 術 開 発 が 極 めて少 な
いことである。何 故 か ? 途 上 国 は 巨 大 な農 民 を抱 えている。ルイス 的 転 換
が 起 こるまでに長 い年 月 が 必 要 である。巨 額 の 研 究 開 発 費 、多 数 の 研
究 開 発 従 事 者 を必 要 とし、リスクを伴 う自 己 技 術 の 開 発 は 、技 術 導 入 以
上 に 労 働 コスト上 昇 が な け れ ば 行 わ れ に くい。賃 金 弾 性 の 高 い 企 業 ビヘ
イビアー と言 える。投 資 の 観 点 か ら見 た場 合 、中 国 では 企 業 レベル の 研
究 開 発 が 技 術 導 入 や 模 様 以 上 に合 理 的 になるには 、ルイス 的 転 換 が 必
要 であり、そ れ は (ロ)で述 べ た通 り、近 未 来 にはありえない。この 点 を敷 衍
すると技 術 導 入 と模 倣 との 比 較 で は 、技 術 レベルが 高 まるか 否 か に つ い
ては 技 術 導 入 の 方 がより有 効 であることは 間 違 いないが、コストの 点 では
模 倣 の 方 が 少 なくて す む の で 模 倣 を抑 制 するのは 容 易 ではない 。模 倣 を
効 果 的 に抑 制 するには 、模 倣 することが 投 資 として割 に合 わない事 になる
ように 法 や 司 法 、行 政 を整 備 しなければならない。
さて、この バーノン の プロダクト・サイクル 論 で日 本 の 過 去 ・現 在 ・未 来 を
考 えてみると、過 去 については 、上 述 の 通 り日 本 の 高 度 成 長 期 が 第 2 段
階 に該 当 することが 明 らかであろう。現 在 は 、第 3 段 階 が 進 行 中 であって 、
66
技 術 移 転 や 資 本 輸 出 の 相 手 国 が 相 手 国 の 経 済 ・技 術 の 発 展 度 合 に応
じて変 わってきており、最 終 的 には 、ルイス 的 転 換 が 近 未 来 には 起 こらな
い 巨 大 人 口 を擁 す る国 、つまり中 国 、インド、インドネシアが 日 本 企 業 の
最 大 の 選 択 先 となるであろうと思 わ れ る。
日 本 の 未 来 を考 える場 合 、まず日 本 の 現 在 の 立 場 を確 認 しなければな
らない。明 治 維 新 以 来 、日 本 は 西 洋 文 明 を導 入 し、富 国 強 兵 を目 指 して
来 た。先 見 性 に秀 れ た先 人 達 の 努 力 の お陰 で日 本 は 、西 洋 以 外 では 唯
一 の 国 として 1 9 世 紀 に西 洋 文 明 化 に舵 を切 り、1 6 6 0 % という世 界 一 の 1
人 当 たり経 済 成 長 を遂 げ、成 功 の 2 0 世 紀 を達 成 した。そして 現 在 、世 界
は 1つの グローバルマーケットとなり、図 2 8 に 示 した 3 つの 資 本 主 義 も最 も
資 本 効 率 を重 視 す るアングロ・サクソン型 に収 斂 しつつある。幸 か 不 幸 か
日 本 は アジアの 中 でダントツ の 発 展 段 階 にある。韓 国 と台 湾 が 賃 金 格 差
の 利 用 及 び 市 場 としての 成 長 の 見 込 み か ら中 国 へ 技 術 と資 本 を出 して
来 ているけれども、知 的 資 本 たる技 術 の 蓄 積 では 日 本 は 韓 ・台 が 遠 く及
ばない地 点 まで来 ている。か か る全 体 状 況 に鑑 みると日 本 は 西 洋 文 明 の
一 部 である技 術 を軸 として アジアと欧 米 の 架 け 橋 たる役 割 を担 うべきであ
ると言 うのが私 の 持 論 である。架 け橋 のもう 1 つの 軸 は 文 化 である。私 は 、
文 化 については 、文 明 に関 して程 の 考 察 をしていないので極 く表 面 的 な事
しか 言 えないが、次 に 経 済 との 関 わ りから見 た 日 本 の 文 化 について 若 干
考 えてみたい。
ニ)
人 類 は 、1 万 年 の 歴 史 の 努 力 によって 豊 か な物 質 文 明 を築 いてきた。
先 進 国 では 多 くの 人 々 が 楽 しく快 適 で便 利 な“非 必 要 経 済 ”を享 受 してい
る。その 文 明 の 形 成 に 関 与 した 全 人 類 の 人 間 の 数 は ど れ くらいに上 るの
67
だろうか ? 1 0 0 億 人 ぐらいだろうか ? 無 名 の 数 知 れない人 々 の 汗 と涙 が 偉
大 な文 明 を生 んだことを忘 れてはならない。石 川 県 津 幡 町 の 平 安 時 代 の
加 茂 遺 跡 か ら出 土 した 9 世 紀 の 平 安 時 代 の ? 示 札 と呼 ば れ た立 て札 に
書 か れ た農 民 心 得 には 「午 前 4 時 か ら午 後 8 時 まで働 くこと」と 1 6 時 間
労 働 が 命 じられている。現 在 、日 本 でこれだけの 長 時 間 労 働 を日 常 して
いる人 は 少 な い。し か し、我 々 は 間 違 いなく平 安 時 代 の 農 民 よりは 、は る
か に豊 か な文 明 生 活 を過 ごしている。平 安 時 代 と現 代 の 間 で 何 が 起 こっ
た の か ? 文 明 の 発 展 が よ り少 な い 労 働 時 間 でより豊 か な 物 量 の 生 産 を
実 現 したのである。逆 に言 えば 、文 明 とは 人 間 にとって価 値 の あ る物 質 を
より大 量 に少 ない 労 働 で生 産 し、供 給 する社 会 の システム である。この 社
会 システム は 歴 史 とともに進 化 する。進 化 の エンジンは 、主 として 人 間 の
欲 望 で あ り、少 しば か りの 人 間 による 社 会 貢 献 の 意 思 が 加 わ る。この 進
化 の メカニズムの 本 質 を見 抜 いて、人 間 の 金 儲 けの 欲 望 を肯 定 し、企 業
の 力 を観 察 して経 済 発 展 の 法 則 を導 いた アダム ・スミス は 、偉 大 である。
その アダム ・スミス を輩 出 した西 欧 は 、特 許 制 度 も生 んだ 。ガリレオ・ガリレ
イもヴェニス で 特 許 を取 ったと言 わ れ て い る が 、私 は 、近 代 特 許 制 度 は
1 6 2 4 年 にイギリス で成 立 した T h e S t a t u t e o f M o n o p o l i e s が 先 駆 けで
あると考 える。当 時 、イギリス 議 会 は 、勃 興 しつつあるブルジョアジーが 握 っ
て お り、王 様 が 金 を持 ってくる 者 に 次 々 に 商 売 の 独 占 を許 可 す る特 許
(L e t t e r s P a t e n t )を乱 発 することを禁 止 し、王 は 議 会 が 承 認 したものしか
特 許 を与 えてはならず 、議 会 は 、発 明 しか 承 認 をしないことを決 めた法 律
が T h e S t a t u t e o f M o n o p o l i e s である。社 会 にとって有 用 なアイデア、創
意 工 夫 の 内 容 を開 示 して 、一 定 期 間 、独 占 を法 の 力 で 認 めて 貰 い、金
儲 けをしようとする発 明 者 が 次 々 に生 まれた事 は 、第 4 章 で述 べ た通 りで
ある。アダム ・スミスも T h e S t a t u t e o f M o n o p o l i e s も人 間 の 欲 望 を文 明
68
の 進 歩 に結 びつけたと言 える。T h e S t a t u t e o f M o n o p o l i e s が 成 立 した
1 6 2 4 年 と言 えば 、日 本 は 江 戸 時 代 初 期 であり、中 国 の 明 、インドの ム ガ
ー ル 帝 国 の 時 代 に 当 る。もし、日 本 や アジアで 誰 か が T h e S t a t u t e o f
M o n o p o l i e s と同 じような発 明 保 護 制 度 を提 案 したと仮 定 した場 合 、どう
なったであろうか ? 君 主 権 力 に都 合 の 良 い発 明 は 召 上 げられるようにされ 、
その 他 は 放 置 されるか 提 案 全 体 が 無 視 乃 至 却 下 されるか 、いずれにして
もイギリス の 特 許 制 度 のように 社 会 全 体 の 発 展 に つ な が る制 度 設 計 が 実
現 したとは 思 われない。アダム ・スミス 、T h e S t a t u t e o f M o n o p o l i e s 、議
会 は 、西 欧 文 化 の 成 果 である。文 化 と文 明 の 係 り合 いが 人 間 の 欲 望 を
めぐって明 示 される。アジアの 文 化 は 、権 力 が 恣 意 的 にコントロールする傾
向 が 強 い 。アジアの 倫 理 性 の 強 い 文 化 は 欲 望 を否 定 し、江 戸 幕 府 は 農
業 中 心 の 社 会 に 変 動 が 起 こるのを嫌 って 創 意 工 夫 を禁 じる新 規 ご法 度
を定 め た 。アジアで 産 業 革 命 や 資 本 主 義 は 起 こるべくもなかった 。マック
ス・ウ ェー バ ー は 、プロテスタンティズムの 宗 教 的 倫 理 が 合 理 的 計 算 に基
づく資 本 主 義 を生 んだと結 論 付 けた。
私 は 、文 化 と文 明 の 関 係 は 、次 のように 論 理 的 、概 念 的 に 要 約 出 来 る
の で は な い か を考 えている。
(i)
文 化 は 、文 明 開 始 以 前 か ら存 在 する。
(ii)
諸 文 明 は 優 劣 が 測 定 できるが 文 化 は そ れ ぞ れ 多 様 な価 値 観
に裏 付 けられ 、優 劣 比 較 が 出 来 ない。
(iii)
文 明 が 高 度 に 発 達 した 段 階 で は 、文 化 が 文 明 の 変 化 の スピ
ードや 内 容 を規 定 する。
(iv)
発 展 した文 明 は 、文 化 を徐 々 に変 化 させる。
(v)
文 明 は 意 識 的 な 導 入 により、急 速 に 移 転 することが 起 こるが
文 化 は 伝 播 に時 間 が か か る。文 明 の 移 転 の 過 程 で 発 展 した
69
文 明 を育 てた文 化 に対 する羨 望 と反 発 が 並 存 する。
(vi)
共 同 体 文 化 が 個 人 による 自 我 の 主 張 を抑 制 するが 、文 明 の
発 展 が 次 第 に 共 同 体 の 呪 縛 を解 い て 一 定 の 時 期 に 均 衡 の
取 れ た古 典 主 義 的 個 性 の 発 露 を花 咲 か せ る。
(vii)
交 換 経 済 が 農 村 共 同 体 文 化 を解 体 し、利 益 によってのみ 人
間 が 結 びつく利 益 社 会 が 出 現 し、強 い緊 張 と絡 みつく疎 外 感
が 現 代 文 化 を特 徴 付 ける。
現 代 日 本 は 、欧 米 ほどには 純 粋 型 としての現 代 文 化 を現 出 してはいな
いが 、現 象 的 には 農 村 共 同 体 の 解 体 は ほ ぼ 完 了 したと思 わ れ 、高 度 資
本 主 義 の 産 んだ現 代 文 化 性 とあまりに 急 速 だった 文 明 発 展 に追 い付 け
ずに 残 存 している農 村 共 同 体 文 化 性 の 混 淆 の 中 にいると判 断 される。
その 混 淆 の 中 にいる事 、即 ち現 代 日 本 文 化 の 非 純 粋 型 性 が 現 在 の 日
本 の 資 本 主 義 を欧 米 の そ れ を異 な る特 徴 を表 出 せしめているのではな
いだろうか ? 野 中 理 論 の 暗 黙 知 の 共 有 もその 特 徴 の 1つだろう。これ が
私 の 現 代 日 本 に対 する認 識 と言 える。
この 認 識 を上 記 の 文 化 = 文 明 関 係 論 に 当 てはめて考 えてみると(v)に
よって農 村 共 同 体 文 化 性 の 残 存 が 説 明 できるし、現 代 日 本 資 本 主 義
が 持 つ図 2 8 に示 されたアジア型 としての特 性 は 、日 本 が アジアの 中 で際
立 って早 く資 本 主 義 化 したにも拘 らず(i i i )の 理 論 によって 色 濃 く現 代 日
本 文 化 の 非 純 粋 型 性 によって 規 定 されている事 が 納 得 出 来 る。唯 、本
書 の 冒 頭 で書 いたように 今 、日 本 は 、価 値 観 の 多 様 化 、価 値 観 の 喪 失
の 過 程 にある。特 に 若 者 が 人 生 を生 きることへの自 信 喪 失 、目 標 喪 失
に悩 み 、親 の 世 代 が そ れ に対 し有 効 な指 導 、教 育 が 出 来 ていない事 は 、
日 本 の 未 来 にとって 深 刻 な 問 題 である。テレビの 大 ヒット激 減 の 減 少 は
...
もう二 度 と“おしん ”の 大 ヒットが 起 こることはない共 通 の 価 値 感 の 喪 失 を
70
...
示 している。農 村 共 同 体 文 化 の 共 通 の 価 値 観 の 残 照 として、資 本 主 義
的 利 益 社 会 文 化 の 中 に 共 同 体 的 文 化 的 価 値 観 が 混 淆 している事 が
.
日 本 の 未 来 を考 える糸 口 となろう。まずその 価 値 感 の 分 析 か ら始 めてそ
れ を概 念 化 し、思 想 化 して価 値 観 の 確 立 を目 指 すべきであろう。
(ホ)
図 2 9 の 「スイス の 時 計 、日 本 の 時 計 」を見 て頂 きたい。スイス 国 内 の 時
計 の 販 売 量 は 大 した量 ではないので、図 2 9 ・1 と図 2 9 ・2 の データは 比 較
できるものであるが 、なんとスイスでは 時 計 の 生 産 数 量 は 日 本 の 2 0 分 の 1
の 3 0 0 0 万 個 であるにも拘 らず、売 上 高 は 日 本 の 6 倍 の 8 0 0 0 億 円 であ
る。しかもスイス は 2 0 0 0 年 の 時 点 で販 売 数 量 を下 げながら販 売 金 額 を上
げている。明 らかにスイス の 時 計 業 界 の 戦 略 である。ハーレー・ダヴィッドソ
ンというアメリカの オートバイ・メーカーが 連 続 1 8 期 増 収 ・増 益 と報 じられて
いる。スイス の 時 計 もハーレー ・ダヴィッドソンの オートバ イも一 時 日 本 製 品
に負 けて倒 産 の 危 機 にあった 。彼 等 は 日 本 の 安 くて優 秀 な製 品 に勝 てな
いことを悟 って、戦 略 を変 えたのだ。製 品 の 高 級 ブランド化 である。日 本 の
時 計 産 業 は 、全 くその 逆 に生 産 数 量 を増 やしながら、生 産 額 を落 としてい
る。多 分 、日 本 は 時 計 の ムーブメント開 発 のための 研 究 開 発 費 を相 当 使
っているはずで 、香 港 辺 りの スイス 時 計 の 模 倣 品 用 にそ の ムーブメントを
売 ってもいるのだろう。スイス の 高 級 ブランド時 計 は 、機 械 巻 きでクオーツで
ないので研 究 開 発 は 殆 どやっていないだろう。現 代 人 は 、クオーツの 正 確
な時 計 よりも優 美 なデザインの 機 械 式 の スイス の 時 計 に憧 れ る。たとえ 一
方 が 1 0 0 0 円 でもう一 方 は 1 0 0 万 円 だとしても。ここでは、安 価 であれば需
要 が 増 加 し、高 価 であれ ば 需 要 が 減 退 し、需 要 の 増 減 に応 じて供 給 が 増
減 し、需 要 と供 給 の 均 衡 点 で需 要 、供 給 が 決 定 されるという近 代 経 済 学
71
の 理 論 は 破 綻 している。第 6 章 で示 した非 必 要 経 済 の 3 つの 特 性 の (3 )
である。
巨 大 な 潜 在 失 業 者 を抱 える中 国 が 資 本 主 義 化 して 来 た以 上 、安 価 な
労 働 力 を求 めて 資 本 と標 準 化 した 技 術 を持 って中 国 で非 熟 練 工 を使 っ
て生 産 す れ ば 、安 価 で良 い物 が 大 量 に作 れ る。や が てインド、インドネシア
がこれに加 わ る。日 本 は 、「安 くて良 いモノを大 量 に」の ビジネス・モデルを
捨 てなければならない。図 7 に示 された国 際 競 争 力 の 比 較 優 位 構 造 の 変
化 からもこの 事 ははっきりと言 える。私 は 「日 本 まるごとブランド化 」を提 唱
する。まず 日 本 しか 出 来 な い事 、日 本 にしか 無 い モノは 何 か を考 察 し、そ
れ を価 値 認 識 し、次 にそれを価 格 に変 えることを考 えるべきである。この 時 、
(ニ)の 日 本 文 化 の 特 性 の 理 論 分 析 が 重 要 になる。
日 本 は 急 速 に 西 欧 文 明 化 し、非 西 欧 社 会 の 中 で は 長 い 資 本 主 義 の
歴 史 を持 っているが 、同 時 に アジア的 農 村 共 同 体 的 文 化 の 残 映 を保 持
している。そ の 混 淆 こそが日 本 にしかない モノであり、その 混 淆 が 生 むもの
が 日 本 しか 出 来 ない 事 である。結 論 か ら入 ると、私 は 、日 本 人 が 他 人 を
最 初 か ら不 信 感 で見 ない事 こそ 現 代 の ネット社 会 で相 異 なる人 間 、企 業
が 結 合 し、単 独 では 不 可 能 な事 を実 現 できるという日 本 の 持 つ最 大 の 価
値 だと信 じる。農 村 共 同 体 社 会 へ 外 か ら資 本 主 義 が 入 ってくれば搾 取 =
被 搾 取 の 関 係 になるので、農 村 共 同 体 社 会 は 、固 い 不 信 の 鎧 で自 分 を
守 る。日 本 以 外 の アジア諸 国 ではこの 現 象 が 発 生 した 。そ の た め に日 本
のような 混 淆 が 生 じない。独 立 を維 持 したタイだけが 日 本 に似 ているかもし
れない。
日 本 は 、百 数 十 年 前 に自 ら資 本 主 義 の 途 を選 んだ。西 欧 社 会 は 、人
と人 とが 利 益 で の み結 び つ く利 益 社 会 で あ り、契 約 社 会 で あ る。日 本 の
歴 史 上 のすべての 為 政 者 が 特 に 人 民 に 対 し温 和 であったわけではないが 、
72
日 本 の 人 民 は 、権 力 に 対 し、外 国 人 ほ ど不 信 感 を懐 いていない 。西 欧 、
中 国 では 、国 民 は 、権 力 に強 い不 信 を持 っている。日 本 が 異 民 族 による
支 配 、略 奪 を受 けていない事 も日 本 人 のこの 特 性 に影 響 を与 えているだ
ろう。この 日 本 人 の 特 性 が ビジネス上 有 利 に働 いた実 例 を2つ 紹 介 する。
松 下 電 産 は 、か つ て デバイス 事 業 の 戦 略 で 一 貫 性 を欠 いていた。現 在 、
性 能 の 良 い 家 電 製 品 は 、秀 れ た デバイス なしでは製 造 できな い の で、松
下 も研 究 開 発 に 力 を入 れ て、低 コストの 秀 れ た デバイス を開 発 してきた。
折 角 素 晴 らしいデバイス 製 品 が 出 来 た の だ か ら、デバイス 自 体 を売 ってビ
ジネスにしようとするのは自 然 だった 。多 く売 れ ば デバイス の コストは 下 が り、
松 下 の 家 電 製 品 の 競 争 力 も高 まる。ところが、デバイス 事 業 は 矛 盾 に満
ちている。売 り先 は 、主 として家 電 の コンペティター であって 、そこへ 秀 れ た
性 能 の デバイス を売 れ ば コンペティターの 家 電 製 品 の 性 能 が 向 上 する。コ
ンペティター は 、高 い 値 段 で デバイス を買 え ば 松 下 を利 するので値 段 は 、
買 い叩 か れ る事 となる。デバイス 製 品 事 業 は 、拡 大 と縮 小 を繰 り返 してき
た。そこである時 、デバイス 製 品 事 業 の 責 任 者 が 「こんな楽 しくな いビジネ
スの や り方 は や め て 夢 の あ る楽 しいビジネス をやろう。」と方 針 転 換 を図 っ
た 。自 分 たちもまだ達 成 出 来 ていない 新 しい デバイス を買 ってくれ る未 来
の お客 を探 し、その 客 と一 緒 になって デバイス とデバイス を使 う製 品 を開 発
することに 決 めた。ともに未 来 の 夢 を語 ろうという事 でテクノストーリー という
コンセプトで 事 業 部 の 営 業 が 中 心 になって 、研 究 と製 造 の 現 場 か ら情 報
を集 めながら未 来 の パ ー トナ ー を探 し始 めた。丁 度 、フィンランドの 携 帯 電
話 メーカー の ノキアが 数 年 先 の 携 帯 情 報 端 末 を開 発 しようとして 、そ の た
めの デバイス を開 発 してくれるパ ー トナ ー を探 していた。ノキアの 外 部 調 達
基 準 は とても厳 しく、単 に安 くて性 能 が 良 い物 をオファー して来 ただけでは
駄 目 で、コスト削 減 目 標 とそれが 達 成 できる根 拠 まで 示 さなければならな
73
い。そ の 代 わ り、ノキアは 、信 頼 と公 正 を大 切 に し、ひとり勝 ちを志 向 しな
いという経 営 方 針 を貫 いている。
松 下 とノキアの 目 指 す方 向 が 一 致 し、共 同 開 発 が 始 まった。私 は 欧 米
の デバイス ・メーカーが 数 年 先 の ノキアの 携 帯 情 報 端 末 用 の デバイス の 開
発 を簡 単 に引 き受 けることはないと思 う。情 報 端 末 とそれ用 の デバイス の
開 発 コストと開 発 リスクは を比 較 すると、どちらかと言 うとデバイス の 方 が
大 きいであろう。一 方 、もし開 発 が 成 功 し、ビジネスが 始 まった時 の 付 加 価
値 は 、最 終 製 品 たる情 報 端 末 の 方 が 大 きいであろう。か か る状 況 では 、デ
バイス ・メーカーは 開 発 失 敗 の 場 合 の 開 発 費 の 負 担 や 商 売 が 始 まったと
きの 取 引 数 量 、取 引 価 格 の 保 証 について最 終 製 品 の メーカーたるノキア
に契 約 でキチッっと約 束 するように 要 求 するのはごく当 たり前 である。私 は 、
その 契 約 交 渉 は 、大 変 難 しいと思 う。ノキアだって 将 来 のことは 判 らないの
で簡 単 にデバイス ・メーカーの 要 求 を呑 めないので、延 々 と交 渉 が 続 き、膨
大 な契 約 書 が 出 来 る事 となる。場 合 によっては 交 渉 決 裂 になってしまう。
多 分 、松 下 は 、そんな 複 雑 な契 約 交 渉 をすることなく、薄 っぺらな 契 約 書
で共 同 開 発 に踏 み 切 ったのだと思 う。
似 たような ケースで 最 終 製 品 の メーカーが デバイス ・メーカー を探 す時 に
は 、欧 米 の デバイス ・メーカーを避 けると言 われている。
もう1 つの 例 は 、スウェーデンの 自 動 車 メーカー、ボ ル ボが 自 社 の 得 意 と
する大 型 で 頑 丈 な車 ではなく省 エネ用 に 小 型 で安 全 な車 を開 発 する事 を
決 めた時 に、そのための エンジンをどこで開 発 するか 検 討 した時 の ケースで
ある。ボ ル ボもマツダもフォードの 傘 下 に 入 っている。ボ ル ボの 選 択 対 象 は 、
自 社 、フォード、マツダ、その 他 の 4 つだった 。最 終 的 にマツダ を選 んだ理
由 は 、マツダ が 小 型 車 が 得 意 で、そ の た め の 小 型 エンジンを持 っていると
いう事 情 もあったかも知 れないが 、ボ ル ボの 開 発 責 任 者 は 「マツダならこの
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難 しい 課 題 を定 められた期 間 内 になんとか 間 違 いなくやってくれるに違 い
ないと思 ったからマツダに決 めた。」とテレビで話 していた。松 下 = ノキア、マ
ツダ= ボ ル ボの 2つの ケースは 、ともに相 互 信 頼 をベース にしている。日 本
人 の 持 つ人 を不 信 感 で見 ないで共 同 体 的 又 は 非 契 約 社 会 的 な誠 実 さ
で新 しい 相 互 関 係 を構 築 できる能 力 は 、グローバル・ネット社 会 の 中 で素
晴 らしい価 値 である。
東 大 先 端 研 の 妹 尾 堅 一 郎 特 任 教 授 が 大 変 面 白 い プロジェクトを推 進
している。秋 葉 原 を丸 ごと観 光 地 化 しようという計 画 である。秋 葉 原 という
秀 れ た集 客 力 を秋 葉 原 ブランドにしようと東 京 ディズニーランドとの 間 を船
で往 復 できるようにしたり、屋 台 村 を作 ったり様 々 な アイデアを考 えておら
れ る。私 は 前 か ら九 州 全 体 をアジアの 窓 口 にして アジアの 人 達 が 気 楽 に
訪 問 し、アジアには 少 ない 火 山 や 温 泉 を楽 しみ 、日 本 の 繊 細 で 美 しい四
季 を愛 でてくれれば 日 本 に 対 す る見 方 も変 わ りうるのではないかと考 えて
いる。何 よりも日 本 人 の 温 和 で、シャイだ け れ ど親 切 な人 間 性 に触 れ れ ば 、
過 去 の 忌 まわしい 関 係 も少 しずつ癒 されるのではないだろうかと期 待 する。
ところでブランドと言 えば 、普 通 、フランスや イタリアを想 い 浮 か べ る。確
か にフランスを訪 れ る外 国 人 数 は 7 0 0 0 万 人 で世 界 一 で日 本 は 数 百 万
人 にすぎない。しか し、フランスは 瀟 洒 で 洗 練 された文 化 を誇 れるようにな
ったのはここ2, 3百 年 のことである。日 本 にも立 派 な文 化 があることを忘 れ
てはいけない。超 ブランドと言 わ れ るエルメス が 京 都 の 職 人 の 蒔 絵 を取 上
げている。日 本 の 浮 世 絵 の 美 は 、ゴッホ を始 め印 象 派 に 強 い 衝 撃 を与 え
た。日 本 の 美 は 、国 際 的 な 普 遍 性 を持 っており、これからの ポスト工 業 社
会 では 、重 要 な価 値 である。
唯 、京 都 の 伝 統 工 芸 職 人 が 、「第 一 線 に 立 つ外 国 人 デ ザ イ ナ ーの 無
駄 を削 ぎ落 とした 極 めつくしたデザインには 圧 倒 される。」(「エルメス 」戸 矢
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理衣奈著
新 潮 新 書 より)と言 い、エルメス 5 代 目 当 主 の ジャン・ル イ・デ
ュマ・エルメス が 「京 都 には エルメス に力 を与 えてくれ るエネルギーの 源 が あ
るが 、日 本 は それ を生 かしていない。」(同 上 。1 9 9 1 年 1 1 月 1 6 日 朝 日 新
聞 からの 引 用 )と語 っている事 は 大 変 重 要 な指 摘 と思 わ れ る。
(ヘ)
2 0 世 紀 の 後 半 に 人 類 は 、ごく平 凡 な 家 庭 の 主 婦 や サラリーマン、いや
子 供 達 でさえ 、このまま 人 間 が 豊 か な文 明 生 活 を享 受 していて良 い の だ
ろうか ? と人 類 の 未 来 に不 安 を懐 くようになった。豊 か さの 背 後 に人 類 滅
亡 の 危 機 を感 じ始 めた。第 1 章 (1 )を書 き始 めたのが 2 0 0 4 年 5 月 2 日
だった 。今 日 は 2 0 0 4 年 1 2 月 2 5 日 で NHK の テレビで「地 球 大 進 化 」と
いうシリーズの 最 終 回 が 放 映 され 、地 球 の 4 6 億 年 の 歴 史 、4 0 億 年 にわ
たる生 物 の 進 化 が 総 括 されていた。
「地 球 は 生 物 にとって優 しい母 ではなかった 。現 在 の 1 0 分 の 1 くらいし
かなかった 地 球 が 小 惑 星 との 衝 突 を繰 返 しながら成 長 し、隕 石 落 下 、大
陸 の 移 動 によるスーパープルーム というマグマの 大 噴 出 、酸 欠 の 時 代 、短
期 間 での 灼 熱 か ら全 球 凍 結 等 の 凄 まじい 過 酷 な試 練 が 次 々 に襲 来 した
事 がその 試 練 を乗 り越 える生 物 の 進 化 をもたらした 。そして 各 時 代 の 強 者
は 、環 境 の 激 変 に 適 応 出 来 ず に滅 亡 してきた。恐 竜 や 板 皮 類 という巨 大
な魚 類 の 仲 間 である。強 者 の 蔭 で地 味 にひっそりと暮 らしていた弱 い生 物
が 手 足 、胎 生 、二 足 歩 行 、発 声 器 官 を獲 得 し、遂 にホ モ・サピエンス とい
う進 化 の 傑 作 を生 んだ。そして 今 、人 類 は 史 上 最 強 の 強 者 として我 物 顔
で地 球 を支 配 している。人 類 の 未 来 は あ る の か ? 」と番 組 の 案 内 役 を務
めた山 崎 努 が 総 括 していた。このような 番 組 が 製 作 され 、放 映 されるという
事 が 人 類 の 不 安 を表 しているとも 言 える。要 約 すると地 球 レベル 乃 至 全
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人 類 レベル の 環 境 、資 源 、人 口 という 3 つの 問 題 が 2 0 世 紀 後 半 の 経 済
発 展 によってもたらされたと言 える。
これらの 問 題 を日 本 だ け が 日 本 のためだけに 解 決 しようとするのは不 可
能 であるし、問 題 の 矮 小 化 になってしまう。しか し、国 境 は 現 存 す る。グロ
ー バ ル 市 場 主 義 は 、企 業 が 国 境 を越 えて活 動 する事 を可 能 とし、必 要 と
し、奨 励 す る。と言 うことは 、グ ロ ー バ ル企 業 と国 境 に 囲 ま れ た国 、社 会 と
の 間 で 利 害 が ズレてくる訳 だ。国 や 社 会 は 、企 業 だ け に 依 存 し、競 争 原
理 だけで解 決 を委 ね る訳 には 行 かない。環 境 、資 源 、人 口 という3 つの 問
題 を国 連 が 片 付 けてくれることは 期 待 できない。まして アメリカが 人 類 の た
めに 必 死 になって 頑 張 ってくれるのはもっとありえない。日 本 は 、日 本 の た
めに、そして 日 本 が 含 まれている世 界 のためにこの 問 題 に取 り組 まなけれ
ばならな い。
東 京 ディズニーランドの 加 賀 美 社 長 が 面 白 い 事 を話 しておられる。日 経
ビジネス誌 に 掲 載 された記 事 であったが 、「東 京 ディズニーランドは 、アメリ
カの ディズニーランドの 指 示 通 りに作 ったが 、ディズニー・シーは モデル が な
かったので、アメリカと日 本 の 若 いスタッフにアイデアを募 った 。どちらの 国
の 若 い人 も素 晴 らしいアイデアを沢 山 出 してくれた。唯 、日 本 人 の スタッフ
は 、アメリカの スタッフと違 って、それらの 多 くの アイデアを 1 つの コンセプトに
集 約 する事 が 出 来 ない。」という趣 旨 の 談 話 であった 。とても鋭 い指 摘 だと
思 う。第 5 章 で知 恵 という言 葉 について述 べたが 、この ディズニー・シーの
話 は 、知 恵 だけでは足 りない何 物 か を示 唆 しているのではないだろうか ?
国 家 、社 会 、大 きな 組 織 が 環 境 の 変 化 に 対 応 して舵 切 りする時 には 知
恵 だけでは 足 りない。思 想 が 必 要 になる。
私 は 未 だ 深 く考 えた 訳 ではないが 、日 本 人 が 持 っている自 然 観 を哲 学
的 に 深 める方 向 が 1つの 思 想 の 可 能 性 であるような 気 が す る。絶 対 的 な
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神 の 倫 理 体 系 を持 ち、自 然 をコントロール や 支 配 の 対 象 と考 える西 洋 近
代 哲 学 は 強 者 の 論 理 で あ り、環 境 の 激 変 に 耐 えられない 筈 だ。切 拓 くべ
きフロンティア が 地 球 に 存 在 しない現 在 、この 支 配 者 の 論 理 は 限 界 に来
た。人 間 を1つの 儚 い存 在 であるが 故 に愛 しいと感 じる日 本 人 のもののあ
わ れ の 感 覚 が 平 安 時 代 の 後 半 に中 国 文 化 と異 なる文 化 意 識 、いわゆる
国 風 文 化 に 目 醒 めた時 に生 まれた。そ の 感 覚 自 体 は 、時 代 的 役 割 を終
えた古 代 律 令 貴 族 の 亡 びの 感 覚 であって 、生 産 的 ではないけれども、この
感 覚 の 根 底 には 時 々 刻 々 と変 化 する四 季 の 自 然 観 がある。日 本 の 若 い
思 想 家 が 全 地 球 的 ス ケ ー ル でこの 日 本 人 の 自 然 観 を思 想 的 に 深 め 世
界 に新 しい地 平 を切 拓 いてくれることを期 待 したい。
(ト)
第 1 章 (1 )で述 べ たテレビの 大 ヒット激 減 が 日 本 人 の 価 値 観 喪 失 を示 し
ているとしたら、日 本 が 「安 くて 良 い も の を大 量 に作 り、売 る」というビジネ
ス・モデル を捨 てて新 しいビジネス・モデル を見 出 したとしてもそのビジネス・
モデル に人 々 が 結 集 するのは難 しいかもしない。知 識 社 会 は 、集 団 の 力 で
はなく個 性 の 発 露 が 鍵 を握 る。ますます 日 本 が 1つになるのは 難 しくなる。
だからこそ リーダーシップが 重 要 である。リーダーが 組 織 の 理 念 、ビジョン、
戦 略 を組 織 の メンバーに示 し、議 論 し、メンバーが 組 織 の 目 指 す方 向 を理
解 し、自 己 の 魂 で共 感 した時 、その 内 発 的 、自 発 的 エネルギー が 最 大 に
な る。頭 による 理 解 では 不 十 分 で あ る。人 間 と人 間 が 仲 間 として 魂 の 共
感 を懐 いて共 通 の 目 標 の 実 現 を目 指 す時 こそ至 高 の 時 である。ゲ ー テの
ファウストは 最 期 に 言 う。「働 いて自 由 に住 める土 地 を拓 いてやりたいのだ。
. . .. .
… 協 同 の 精 神 によって 人 が 駆 け集 まる。… 自 由 な土 地 に 自 由 な 民 ととも
に住 みたい。そうなったら瞬 間 に向 かってこう呼 びかけてもよかろう。止 まれ 、
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お前 はいかにも美 しいと。… 俺 は 今 最 高 の 瞬 間 を味 わうのだ。」と。
私 は 、貧 しいが 故 に個 のない共 同 体 社 会 でもなく豊 かだが 人 間 が バ ラバ
ラに分 解 され 、利 益 の み で 結 びつく利 益 社 会 でもない、人 間 の 自 発 的 結
合 た る仲 間 態 社 会 (G e n o s s e n s c h a f t )こそ 目 指 す べ き人 間 関 係 の あ り
方 と考 え、社 会 人 としてこの 思 想 を貫 く努 力 をしてきた。そ れ ぞ れ の 個 性 を
. . .. .
持 った仲 間 が “協 同 の 精 神 によって ”何 事 か を達 成 する事 ほ ど素 晴 らしい
時 はない。
価 値 観 喪 失 の 今 をむしろ新 しい価 値 観 を生 み 出 す 好 機 と捉 え、若 い人
達 が 力 をあわせて素 晴 らしい社 会 を築 いて欲 しいと切 に 願 うばかりだ 。
(チ)
いよいよ筆 を置 く時 が 来 た 。中 学 生 の 時 に 自 分 がごく普 通 の 平 均 的 人
間 であると気 付 き、それならば サラリーマンになろうと志 し、勉 学 をするうち
に平 均 的 人 間 が 超 人 的 ではない 少 しばかりの 努 力 を続 け れ ば 何 が 出 来
る か をサラリーマンとして自 分 の 一 生 を使 って実 験 してみようと考 えるよう
になった 。縁 あって 高 校 時 代 に家 庭 教 師 をやって 頂 いた渡 辺 宗 孝 先 生 か
ら「宗 定 君 は 、大 学 に 入 ったら読 書 をしなさい 。そして 読 書 ノートをつけなさ
い。」と言 って頂 いた 事 が 私 の 人 生 にとって 最 高 に有 難 い 言 葉 であった 。
1 9 6 2 年 に大 学 に 入 って以 来 、4 0 有 余 年 忠 実 に 師 の 教 えを実 践 してきた。
もしそうしなかった 事 を想 像 してみると、私 の 人 生 は 随 分 変 わっただろうと
思 う。大 学 では 専 門 の 法 律 は 好 き に な れ ず、文 学 、美 術 、自 然 科 学 、経
済 、歴 史 、社 会 の 本 を読 み 漁 った。そして (ト)の 仲 間 態 社 会 という思 想 を
得 た。それとともに 、サ ラリーマンであっても専 門 家 になろうという意 思 を固
め ら れ た の も読 書 の 成 果 で あ る。日 本 社 会 は 専 門 家 を尊 重 す る社 会 に
変 わらなければならないという想 いで、社 会 に出 て か ら努 力 して尊 敬 され 、
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頼 りにされるような 専 門 家 を目 指 そうと決 心 した。幸 いにも入 社 した会 社
で五 月 女 正 三 氏 という素 晴 らしい 上 司 に 恵 まれ 、ライセンスという専 門 的
な 仕 事 に 就 き、や り甲 斐 の あ る サラリーマン人 生 を過 ごすことが 出 来 た 。
本 当 に 幸 せ なサ ラリーマンであったことを深 く感 謝 している。専 門 家 は 、広
範 な専 門 知 識 を持 つことは 最 低 限 の 義 務 であって 、尊 敬 され 、頼 りにされ
る専 門 家 とは 、専 門 家 に助 言 や 情 報 を求 めてくる経 営 者 、事 業 者 、研 究
者 に対 し、彼 等 の 置 か れ た 状 況 、抱 えている問 題 の 本 質 を理 解 し、専 門
家 しか 与 えられない適 確 な 助 言 、情 報 を提 供 できるスペシャリストである。
社 内 で時 々 「宗 定 は 入 社 以 来 特 許 部 だ け ど、彼 の 所 へ 相 談 に 行 っても
殆 ど特 許 の 話 は 出 ない。け れ ど相 談 しているうちに自 分 がどうすれば良 い
か の 考 えがまとまる。」という評 価 を聞 か せ て 貰 ったのは 私 にとって最 高 の
誇 りである。専 門 家 は 自 分 では 経 験 の 出 来 ない経 営 、事 業 、研 究 を勉 強
によって 理 解 する他 ない 。こつこつと凡 人 が 努 力 を継 続 してきた事 が 間 違
っていなかった 事 を嬉 しく思 う。
読 書 以 外 にも学 ぶ 方 法 は 色 々 ある。しか し読 書 は 、誰 にも出 来 るよい方
法 であることは 間 違 いない。映 像 や 音 声 は 流 れ 去 って行 くが 、本 は 止 まっ
ていてくれ る。再 びたずねる事 もできる。
唯 、知 識 の 量 を誇 ってみても仕 方 がない。1 人 の 人 間 が 習 得 出 来 る知
識 の 量 は 知 れているし、判 断 し、行 動 す る為 に 学 ぶという態 度 を持 たずに
ただ知 識 を学 ん で も知 恵 にはならず 、知 識 の 海 で溺 れてしまうだけだ。多
分 、社 会 か ら先 人 が 培 ってきた知 識 を学 ぶことの 効 果 は 、自 分 や 他 人 を
相 対 化 出 来 る事 で は ない か と思 う。そのゆとりが 豊 か で 柔 軟 な思 考 を可
能 とし、創 造 につながるような 気 がする。
若 人 よ! 勉 強 して 豊 か な人 生 を築 き、素 晴 らしい 日 本 の 未 来 を切 拓 い
てくれ !
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最 後 の 最 後 に私 が 読 んだ本 の 中 で皆 さんに薦 める本 2 5 冊 を図 3 0 に
掲 げるので参 考 にして 欲 しい。
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