ITが日本にもたらした変化-メリットとデメリット

駒澤大学 小林ゼミ 2007 年度 卒業論文
IT が日本にもたらした変化
――メリットとデメリット――
池田 浩幸 1
1 序論
2 IT が日本にもたらしたメリット
2.1 教育分野に関するメリット
2.2 医療分野に関するメリット
2.3 地域・行政に関するメリット
3 IT が日本にもたらしたデメリット
3.1 IT がもたらした過酷な労働環境
3.2 多発するネット犯罪
4 今後の展望
4.1 IT によってもたらされていく今後の変化
4.2 デメリットの改善策
5 結論
文献一覧
図表
1. 序 論
近年、IT の目覚しい発展によって日本の様々な分野に変化がもたらされてきた。とはいえ、IT
という非常に目に見えにくいものが、どのようなメリットやデメリットをもたらしたかというこ
とはわかりにくいと思うし、IT によってもたらされたこととしてデメリットばかりが注目されて
取り上げられているように感じる。そこで本論では、様々な具体例を挙げながら日本にもたらさ
れたメリットとデメリットをわかりやすく論じる。
まず第 2 章では教育、医療、地域、行政といった社会的分野に注目し、どのようなメリットが
もたらされたのかを説明する。
次に第 3 章では、IT の発展によってもたらされた過酷な労働環境やネット犯罪といったデメリ
ットについて説明する。
続いて第 4 章では、今後 IT の発展によってもたらされていく変化とデメリットの改善策を予想
して論じる。
そして以上のことから、IT の発展は日本にどのようなメリットとデメリットをもたらしている
のかということを明らかにする。
1
いけだ ひろゆき 駒澤大学経済学部経済学科 4 年 EK4161
IT による変化(池田)
2. IT が日本にもたらしたメリット
IT は様々な分野に多くのメリットをもたらしているが、その中でも特に私たちの生活に密接に
関係している社会的分野において、どのようなメリットがもたらされているのかに注目し、第 2
章で明らかにしていく。
2.1 教育分野に関するメリット
この節では、IT が教育分野に関してどのようなメリットをもたらしたのかを具体例を挙げなが
ら説明する。
まず教育分野での大きなメリットは、ITを利用した学習が出来るようになったことである。信
州大学では、松本、長野、伊那、上田に散在するキャンパスを信州大学画像情報ネットワークシ
ステムで結ぶことによって遠隔授業を実施しており、学生が所属するキャンパスや学部での学習
だけでなく、キャンパスや学部を超えた研究や教育を受けられる体制が整っている。次に東京工
業大学では、目黒区の大岡山キャンパスと横浜市緑区のすずかけ台キャンパスを光ファイバーで
結び、テレビ会議室を設け大学職員や教授の意見交換、学生向けのテレビ会議授業などが行われ
ている。また、国内外の大学とも交流を行っている。この他にも筑波大学、会津大学、静岡産業
大学の 3 大学はカリフォルニア大学ロサンゼルス校、カリフォルニア州立大学、北京大学と組ん
でeラーニング・アライアンスを結成し、どこからでもネット経由で共通の講義が受けられる電子
キャンパスを開始させた。早稲田大学は松下電器系企業と協力し、テレビ会議システムを使った
国際ビジネス英語のネット講座を企業向けに提供している 2 。
このように、遠隔授業やテレビ会議システムなどを使用した学習が出来るようになったことに
よって、国や環境、立場の異なった人々との学習ができ様々なものの見方や考え方、新しい知識
などを身につけることが出来るのである。
次に大きなメリットとして挙げられるのが、コンピューターを使った学習によって勉強の仕方
や課題に対する答えを自力で見つける方法を身に付けることができ、高度な教育を受けることが
できるようになったことである。まず神奈川大学附属中学校、高等学校では六年一貫の情報教育
カリキュラムを実践しており、様々な科目においてコンピューターを使った授業が行われている 3 。
まず情報入門講座という科目では、基本的なコンピューターの操作を学んでおりタイピング練習
やインターネットを使った情報収集、Webページの制作などが行われている。次に国語では作文
や情報検索、文集原稿の作成などがコンピューターを使って行われており、社会ではレポート作
成、資料の収集や株価の調査などのためにコンピューターが使われている。理科では課題研究や
グループディスカッションのために使われ、技術・家庭ではワープロや表計算、画像編集、Web
ページデザイン、CGIプログラム演習、グループ研究などに使われている。こういった授業以外
にも異文化交流プロジェクトというものが行われており、これは海外向けのWebページを作成す
るために世界の様々な国々とクラスルームを作り、メールやチャットを使いながら英語での共同
2
3
高島秀之『IT教育を問う-情報通信技術は教育をどう変えるか』有斐閣、2001 年、102 頁より。
小林道夫『ITと教育-情報教育の実践と提案』御茶の水書房、2001 年、18 頁以下。
2
IT による変化(池田)
研究を行っていくというものである。例えば神奈川大学附属中学校、高等学校はアメリカや南ア
フリカ、インド、シンガポール、韓国、ロシアやブルガリア、マレーシア、イギリス、ギリシア、
デンマーク、スイス、オーストリアやスコットランドなどにある学校と、現代中国に関する研究
や生命倫理に関する研究など様々なテーマについて共同研究を行ってきた。これまでの教育活動
では、学習した内容を生かすチャンスや発表する場が見当たらなかったのだが、このような共同
研究を行ったことによってWeb上で可能になったのである。また、こうした授業や共同研究を行
うことによってコンピューターの操作や活用方法、情報倫理などが身についたり、英語を使うた
めに語学力やコミュニケーション能力、マナーなども身に付けることができるのである。さらに、
他のサイトの情報を引用する場合には著作権の問題をクリアするために、サイト管理者に許諾を
必ずとるという作業を行うことによってメディアリテラシーの力も養うことができたのである。
神奈川大学附属中学校、高等学校では情報教育カリキュラムを導入、実行したことに関して全生
徒に 1999 年から 2001 年にわたってアンケートを実施し、次のような結果が得られた。全生徒の
93%が家庭でパソコンを所有しており、82%の家庭がインターネットを利用できる環境にあった。
また、パソコンやインターネットを活用した授業をもっと受けたいと答えた生徒が 97%あり、情
報技術に対する関心の高さや情報教育に対する意欲の高さがうかがえた(図表 1 を参照)。
次に江東区立南砂東小学校の具体例を紹介すると 4 、この小学校の 2 つのクラスでキアゲハの幼
虫がそれぞれ 1 匹ずつ飼育されていた。一方には家庭菜園の野菜を与え、もう一方には市販の野
菜を与えていたところ、市販の野菜を食べていた幼虫の方が家庭菜園の野菜を食べていた幼虫よ
りも早く死んでしまったことから、野菜の農薬が原因ではないかという意見があり、以前からイ
ンターネットで交流のあった石川県七尾市立徳田小学校に野菜と農薬の関係について問い合わせ
た。そこで農薬の危険性について知り、テレビ会議によって生産者サイドと南砂東小学校の生徒
とで白熱した議論が交わされた。その後、南砂東小学校と徳田小学校の 2 校に鳥取市立賀露小学
校を加えて、
「私たちの食べ物は安全なのか?」というテーマでの共同学習が始まった。この共同
学習では、南砂東小学校が人工の田んぼを校庭に作り、そこで無農薬の米作りに挑戦。徳田小学
校では近くの田んぼを借りて減農薬の米作りに挑戦し、賀露小学校では農薬を使った米作りにそ
れぞれが挑戦した。その結果、各学校で収穫された米は賀露小学校の農薬使用米がキロあたり 450
円、徳田小学校の減農薬米がキロあたり 300 円、そして南砂東小学校の無農薬米がキロあたり 250
円と評価され、苦労して収穫した無農薬米が低く評価されたことに対して子どもたちは疑問を持
った。それから 3 校はインターネットやテレビ会議を使用して議論を重ね、やがては様々な学習
に発展していったのである。
このように、コンピューターを使用した学習によって疑問の解決や新たな発見、高度な教育な
どが受けられ、国内外の学校とも交流ができ、いろいろなことを経験することができるようにな
ったのである。
教育分野での最後の大きなメリットとして挙げられることは、インターネットの普及によって
学校がより身近な存在になったことが挙げられる。これまで、授業参観や三者面談など何らかの
形で保護者が学校に関わるときには、ほとんど母親が関わってきたと言えるだろう。しかし、各
学校がそれぞれのホームページを立ち上げたことによって父親も学校とコンタクトをとるように
4高島秀之『IT教育を問う-情報通信技術は教育をどう変えるか』有斐閣、2001
3
年、79 頁。
IT による変化(池田)
なったり、運動会や懇談会などの大きな行事にしか学校に来なかった保護者が気軽に学校の様子
を知ることができるようになったのである。この他にも、入学を検討している学生や保護者は学
校のホームページを見ることによって、その学校の教育方針や独自の授業、学校行事なども知る
ことができ、学校内や家庭内でよりよい教育環境を作り出すことが可能となった。
以上のことから、IT は教育分野に対して国や地域、立場を超えた人々との交流や学習を可能に
し、そこから新しい考え方や知識を身につけることができ、さらには疑問の解決や課題の発見、
学習した内容を発表する場の提供や高度な教育が受けられる、学校教育がより身近なものになる
などのメリットがもたらされたのである。
2.2 医療分野に関するメリット
この節では医療分野に焦点を当て、IT がもたらしたメリットについて具体例を挙げながら説明
していく。
医療分野においての大きなメリットは、自宅にいながらにして診察が受けられるようになった
り、地方の病院でも都市部にある総合病院で受けられるような高度で充実した医療が受けられる
ようになったこと、すなわち遠隔医療の発展である。
まず、宮城県牡鹿郡にある女川町立病院を例に遠隔医療について説明していく 5 。近年、医療技
術は急速に発展しており高性能の医療機器の導入も日々進められている。しかし、こういった医
療機器の導入や専門性の高い医療を中心に行う専門医などには限りがあり、全ての医療機関に配
置することは不可能である。これは女川町立病院でも同様であり、女川町立病院には常勤医が 6
名しかおらず標榜科は内科、外科、整形外科、小児科、眼科、耳鼻科、皮膚科の 7 科で内科、外
科以外は他の病院から医師を派遣してもらって開設している状態であった。また、CTやMRIなど
の高性能医療機器も備えてはいるが、効率よく運用されているとはいえない状態であった。そこ
で女川町立病院では、東北大学医学部附属病院と石巻赤十字病院、仙石病院の 3 つの病院と協力
し遠隔画像伝送ネットワークで結んだ遠隔医療、別名テレメディシン(Tele-medicine)を開始し
た。このテレメディシンとは、患者の姿や表情、皮膚病変などの肉眼映像や病理組織などの顕微
鏡拡大写真、X線写真、CT写真、MRI写真や超音波画像、胃カメラなど内視鏡写真などの患者情
報を電送して遠隔地から診断、助言、指示などを受けて医療行為を行うことである。このテレメ
ディシンには様々な診療方法がある。まずは直接診療という方法で、テレビ電話を利用し映像や
音声で医師が患者を診察する方法のこと。皮膚病変などの画像を送って専門医の助言を受ける診
療支援システムや、ケーブルTV回線を利用して患者の映像や血圧、心電図などがモニターできる
在宅医療支援システム、妊産婦モニターシステムなどがある。次に遠隔相談(テレコンサルテー
ション)という方法があり、これは医療用画像を伝送して専門医間で助言を受けるというもので、
この中には遠隔地の病理医に病理組織の画像等を伝送して診断、助言を受ける遠隔病理診断(テ
レパソロジー)や、患者の放射線画像等を遠隔地の放射線医に伝送し、その画像を読影して診断
を行う遠隔放射線診断(テレラジオロジー)などがある。この他にも、皮膚の病変をデジタルカ
メラ等で撮影して遠隔地の皮膚科医に伝送し、助言、診断を受けることのできる遠隔皮膚診断(テ
レダーマトロジー)や、手術中に病理組織の画像を基幹病院に伝送することによって、地域病院
5
大槻昌夫『地域医療を変えるテレメディシン-IT遠隔医療の実践』東洋経済新報社、2001 年。
4
IT による変化(池田)
でも術中に即座に的確な対応ができる術中迅速病理診断、救急車と病院間で移送中の患者さんの
状態や映像を伝送して医師の指示を受け救命率を高めること、またテレビ電話を使った在宅リハ
ビリテーション指導や介護指導など、女川町立病院はテレメディシンを使った様々な取り組みを
各病院と連携して行っているのである。またこの他にも東京医科大学や名古屋大学病院、三重大
学附属病院や京都府立医科大学など各地の病院でもテレメディシンは積極的に取り組まれている。
それではここで、実際に女川町立病院と東北大学医学部附属病院、石巻赤十字病院、仙石病院
と連携して行われたテレメディシンを紹介する。患者が女川町立病院に搬送され、CT、MRI 撮
影をした結果、脳神経外科でのさらなる精密検査と専門医のいる病院での治療が必要になった。
そこで、東北大学医学部附属病院に撮影した画像を転送し、その画像をもとに患者の診断と緊急
性の判断、他の病院への移送先の検索がされて、診断結果と共に女川町立病院へ通知される。通
知を受けた女川町立病院は、石巻赤十字病院ないし仙石病院へ撮影画像の転送と患者の移送を行
って、すぐに適切な対応がとれるのである。このように遠隔医療を行うことは往診の回数を減ら
せたり、患者や家族の不安を取り除いたり、検査の予約と施行が地元の病院で済むため、時間的、
経済的負担をかなり減らせる。また複数の専門医の助言、診断などを受けられるために再手術を
避けられ、患者の精神的、肉体的負担も減らすことが可能になる。さらに、遠隔医療を活用して
いくことによって医療格差の是正や地域医療への貢献もできるのである。この他にも女川町立病
院を利用する患者や来院者にアンケートをとったところ、遠隔医療の導入によって医療の質がさ
らに向上すると思うと答えた人が 82%、遠隔医療の取り組みをさらに推進してほしいと答えた人
が 81%、遠隔医療にどのようなメリットがあるかという質問には様々な回答があった(図表 2 を
参照)。
このように、IT の発展によって遠隔医療が可能になった結果、患者は地方の病院からでもより
高度で充実した医療を受けられるようになり、複数の医師の診断結果が反映されるため迅速な対
応や判断が受けられ、誤診の可能性や時間的、経済的負担また精神的、肉体的負担も軽減できる。
さらに医療格差の是正や地域医療への貢献もでき、医療分野にとっての大きなメリットであると
いえる。
次は、上記以外で IT の発展によって医療分野にもたらされたメリットについて挙げてみる。ま
ずは電子カルテである。電子カルテとは、従来医師が患者の状態や経過を記入する紙のカルテを
電子的なものにして編集、保存しておくシステムのことである。一般的に電子カルテのメリット
は時間や紙の節約、数多くの患者の情報がスペースをとらずに長期間保存しておける、転記のミ
スを少なくできるなどと捉えられているが、むしろ電子カルテのメリットは患者の情報の一元化
や医師、病院間で情報の共有ができることにある。その一例として新宿区医師会によって実施さ
れている地域ケアシステムを見てみる。これは、連携する各病院がネットワークを経由して患者
のカルテを運用できるシステムで、普段は患者のプライバシー保護のために病院内の患者のカル
テしか参照できないが、緊急時や災害時には避難場所や他の病院からカルテを閲覧でき、その人
にあった適切な診療や処置ができるため、緊急医療保障のレベルが高まるといったメリットがあ
る。
次に POS システムが挙げられる。POS(Point of Sales)とは、コンビニやスーパーマーケッ
トなどのレジで使われている、バーコードを読み取って商品情報やデータを得るシステムのこと
であるが、国立国際医療センターではこのシステムを医療用に導入している。バーコードを医療
5
IT による変化(池田)
スタッフや患者の ID、医薬品などに付けておいてそれを小型の携帯端末で読み込み、全ての医療
行為を記録するのである。例えば患者への点滴を例にその流れを見てみる。まず医療スタッフが
自分の ID を読み込み、次に点滴のバーコードを読み込んで調製を行う。調製完了後に新規のバー
コードを貼り付けて読み込めば、どのスタッフが何時に作業を行ったかが記録される。点滴投薬
時には、自分の ID を読み込み、次に患者の ID を読み込む。続いて点滴のバーコードを読み込ん
で点滴を開始する。これらの行動は随時記録、チェックされ間違いがあれば警告音で知らせてく
れる。そして、その実施記録は看護記録や電子カルテに書き込まれていく。このように、POS シ
ステムの導入によって記録の自動化や医療事故対策が可能になり、IT の発展によってよりよい医
療が受けられるようになったのである。
以上のことから、IT の発展によって医療の質が向上し遠隔医療や電子カルテ、POS システムな
どの普及によって病院側は医療ミスを防いだり、複数の医師の診断結果が反映されるため迅速で
正確な診断が受けられ、患者側は負担が少なく高度で充実した診療を受けることができるなどの
メリットがもたらされたのである。
2.3 地域・行政に関するメリット
第 2 章の最後に、国や地方自治体による IT 政策によって地域や住民にどのようなメリットがも
たらされているのかを具体例を挙げて説明していく。
まず国の IT 政策であるが、これは日本政府が 5 年以内に世界最先端の IT 国家になることを目
標として 2001 年に策定された e-Japan 戦略をもとに様々な取り組みが進められており、2006 年
1 月からは IT 新改革戦略に引き継がれている。これまでに 2002 年の岡山県新見市での市長、市
議選で国内初の電子投票が導入、実施されたり、同年には住民基本台帳ネットワークシステムが
開始された。この他にも、国民の IT 活用能力向上のために全国各地方自治体と協力して無料の
IT 講習を実施したり、全国の公民館や図書館などにパソコンを整備することに努めている。また
各種申請、届け出、報告、相談などの電子化、オンライン化を推進している。こういった国の IT
政策によって選挙での投票が正確かつスムーズになったり、住民が役所にわざわざ足を運んで行
っていた住民票の取得やパスポートの申請といった手続きが自宅のパソコンからできるようにな
ったことにより、直接役所に足を運ぶ時間や費用、休暇を利用する必要、順番を待たされること
による精神的苦痛などを軽減することができる。また総務省が 8 市町村を対象に行った実験では、
役所に足を運ばずに各種申請、届け出ができることによって利用者側に 8 市町村合計で年間約 45
億円の費用節約効果があるという結果が出た。さらに地方自治体の行政サービスを電子化するこ
とにより年間約 100 兆円の費用を削減でき、財政赤字削減の手助けにもなるといったメリットや
効果がある。
次は、地方自治体のIT政策についてである。各地方自治体は、国のe-Japan戦略に基づいて行
政サービスの電子化を推進しているが、それ以外にもそれぞれの地域の特色を生かした取り組み
や独自の政策を推進している。ここからはその取り組みをいくつか紹介し、どのようなメリット
がもたらされているかを説明していく。まず沖縄県を見ると、沖縄県では 2002 年に「Wonder沖
縄」という地域文化デジタルアーカイブを立ち上げた。このホームページでは沖縄の歴史、文化
を次代に継承し県民に自らの地域の良さや大切さを再認識してもらうために、また県外の人々に
は沖縄をより深く知ってもらって観光客を集客するなどを目的として作られたものである。また
6
IT による変化(池田)
和歌山県では、2001 年に「バーチャル和歌山」を立ち上げ、和歌山の生活や観光情報、和歌山で
しか手に入らないものの情報を提供すると共に、ショッピングモールを設けて通信販売を行うな
ど観光客を誘致しやすくし地域の活性化を目的として作られている。次に広島県呉市では、2004
年にナビゲーション機能つきの「くれナビ」をスタートさせた。これは、パソコンや携帯電話か
ら目的地へのナビゲートや観光スポット情報、市内公共施設で使えるクーポン券の取得などがで
き、観光客の誘致や地域住民へのサービスを目的として作られた。そして山形市や熊本市の商店
街には、非接触型ICカード「市民カード」を導入したポイントサービスが実施されている。山形
市では市民の 4 人に 1 人が「市民カード」を持っており、できるだけ地元で買い物をしてもらう
ことによる地域の活性化を目的として導入されたものである 6 。さらに厚木市では、市民生活に密
着した情報の提供や物流などの情報を提供したり、図書館の蔵書検索やスポーツ施設の予約など、
リアルタイムの情報を住民に提供できる「厚木テレトピア計画」を策定して、高度情報化社会へ
のスムーズな移行と快適で暮らしやすい町を目指した取り組みを行っている。この他にも福島県
双葉郡葛尾村では、65 歳以上の高齢者宅(約 300 世帯)に血圧や心電図などが測定できるバイタ
ルセンサーという機器を設置しており、自宅から医者の診察が受けられる遠隔医療に取り組んだ
り、国内の学校との遠隔授業にも力を入れている。高知県幡多郡十和村では台風や豪雨による四
万十川の増水、村道の崩壊などの災害情報をケーブルテレビシステムを使って村内 20 箇所に設置
した放送設備や各家庭に設置した音声告知放送端末機、屋外放送スピーカーなどを通して知らせ
るなどの災害対策を整えていたり 7 、埼玉県川口市では、動物愛護や衛生面を考えて 2000 年から
ペット情報登録制度を開始しており、犬や猫などのペットをもらってほしい人は保険衛生課に情
報を登録し、そのペットをもらいたいという人は市のホームページから登録されている情報を検
索して登録者とのやりとりを行う 8 。こうすることによって、動物も人も住みやすい環境づくりが
されているのである。
このように、国や地方自治体の IT を用いた政策によって住民はよりよいサービスを受けられる
ようになり、災害対策や観光客の誘致による活性化、遠隔医療や遠隔授業の導入などによる地域
のさらなる発展や安心して暮らすことのできる環境が得られるなどといったメリットがもたらさ
れているのである。
ここまで教育、医療、地域、行政といった社会的分野に焦点を当て IT がもたらしたメリットに
ついて述べてきた。以上のことをまとめると、IT の発展によって国や地域を越えた高度な教育が
受けられるようになり、それに伴って新しい発見や知識を身につけることができるようになった。
また、地方の小さな病院や自宅からでも高度で充実した診察が受けられ、誤診や医療ミスの可能
性も大幅に減少させることができた。さらに、国や地方自治体の IT 政策によって行政サービスの
向上や暮らしやすい町へと日々改善されており、IT は取り上げられているようなデメリットばか
りではなく、私たちが生活していく上で重要な数多くのメリットをもたらしているということが
この第 2 章で十分明らかにできた。
6
地域再生・ソリューション研究会『地域再生へのロードマップ-上手に使おうIT処方箋』ぎょうせ
い、2004 年、45 頁以下。
7 市町村自治研究会『電子自治体への取組み-地方自治体IT施策事例集』日本加除出版、2003 年。
8 横山三四郎『ネット敗戦 IT革命と日本凋落の真実』KKベストセラーズ、2000 年、159 頁。
7
IT による変化(池田)
3. IT が日本にもたらしたデメリット
3.1
IT がもたらした過酷な労働環境
この章では、第 2 章で見たメリットとは逆のデメリットな部分について、現在も深刻な問
題となっている労働環境とネット犯罪に注目して説明していく。
この節では、IT の発展によってもたらされた過酷な労働環境について、その影響を大きく
受けている IT 企業を中心に見ていく。
まずは、IT の導入による人件費の削減である。これは IT 企業に限った話ではないが、企
業にとって IT を導入することは業務を円滑に進めていく手段であり、いかにコストを抑えて
よりよい商品やサービスを提供し利益を得るかという戦略でもある。しかし、この IT の導入
が過酷な労働環境を作り出してしまっているのである。企業に IT を導入することによって少
ない人数でも効率よく仕事がこなせてしまうため、無駄な人件費の削減やそれ以上の過剰な
人件費の削減が行われる。複数の企業にアンケートをとったところ、IT 導入の目的はコスト
削減であり、その内容は人件費の削減が 63%と特に大きかった。また、人件費の削減効果が
大きい部門は総務と人事部門と答えた企業が 67.1%、経理と財務部門が 62.1%で、年齢別で
は 29 歳以下の若手社員と 45 歳以上の中高年社員が多いという結果がでた。実際に、ある会
社では人件費削減のために 8200 名いた社員を 4600 名まで削減を行ったところもある。
こういったことから、IT の発展によって働きにくい環境がもたらされたと言えるだろう。
これからの企業を支えていく、若くて将来性のある若手社員やこれまでの企業の発展、成長
を支えてきた経験豊富な中高年のベテラン社員という本来であれば欠かすことのできない重
要な人材がリストラの対象となってしまっていて仕事がしづらいこと。また、企業の中核を
担う総務や人事、財務部門などから多くリストラをしてしまうことによって、企業の成長や
発展を妨げてしまうことにも繋がりかねないこと。さらに、現在の給与制度は能力主義や成
果主義的な制度を導入する企業が多くなっていて安定した給与を得ることが困難であること
など、IT の発展や導入によって労働環境が大きく変化して、働きにくい環境がもたらされて
しまったのである。
次は IT 企業に特に見られる、独特な雇用体系によってもたらされる過酷な労働環境につい
てみてみる。現在、数多くの企業が契約社員や派遣社員といった非正規社員を積極的に雇用
しており、IT 企業での非正規社員の割合は 90%以上となっている。なぜこのような割合にな
っているのかというと、日々変化していく IT に対して常に対応していかなければならないこ
とや IT 企業ではエンジニアが不足していて 1 人にかかる負担が大きく、正社員だけでは補え
ないという問題、企業が求めている知識や技術を持った人材が少ないということから、企業
の求める知識や能力を持った人材や仕事に合わせた人材など、状況に応じた人材が契約社員
や派遣社員などで確保できるために、非正規社員の割合が増加しているのである。しかし、
こういった状況が過酷な労働環境を作り出してしまっている。例えば、契約社員や派遣社員
が増加していけば、それらを管理する正社員の仕事量は増えてしまって多忙化が進んでしま
う。また、契約社員や派遣社員はその知識や能力を見込んで雇用され様々な仕事を任される
ため、長時間労働をしなければならなくなってしまうのである。ある企業で働く人の話では、
「納期前になると徹夜が続いて家に帰れない」
「今月の残業が 200 時間を越えた」といった話
8
IT による変化(池田)
があり、IT 企業でよく言われている 3K(きつい、厳しい、帰れない)といった低労働環境
がもたらされている。この他にも、取り組んでいる仕事や進めているプロジェクトに応じて、
定められた期間内で働く非正規社員と仕事をするためにコミュニケーション不足や機密情報
の漏洩などが起こってしまう。さらに、変化の激しい IT 企業では能力のある正社員や非正規
社員を使ってその時の仕事を進めていくのに精一杯であるため、正社員の人材育成が阻害さ
れてしまうといったことも起こる。複数の企業にアンケートをとったところ、IT 機器を十分
に使えない社員に対して能力開発を行っているという企業が 53.4%であったが、特に何もし
ていないという企業が 41%もあり、IT 教育を行いたくても教育訓練にあてる時間がなく、費
用がかかりすぎるという回答が多数あった。こういった要因があるために、非正規社員を積
極的に使わざるをえないのである。
このようなことから、独特な雇用体系は日々発展していく IT に対応し続けなければならな
い IT 企業にとって、よりよい人材を確保できることから積極的に活用されているが、非正規
社員は低労働環境下で長時間労働をしなければならないことや非正規社員の雇用は様々なリ
スクがあること、さらには正社員の能力開発や人材育成を阻害してしまうといった労働環境
が IT の発展によってもたらされてしまったのである。
次は、IT 企業における業務の外注化および下請けについてである。業務の外注および下請
けは、自社だけではなく他社に仕事の一部を頼んで仕事を共に進めていくことや、他社から
頼まれた仕事を請け負って進めていくことである。まずは外注化であるが、これには自社の
社員に不足している知識や技能を他社によって補えるといったメリットがあるように思われ
るが、実際には自社内での作業よりも高いコストを負わなければならなくなってしまったり、
完全に自社の予定したペースで進めていけるわけではないので納期に遅れてしまったりとい
ったリスクがある。また、これまでに利用、協力したことのない企業やスタッフに外注する
ことは商品の品質などを不確実にしてしまう恐れがある。外注化にはこういったデメリット
がある。次に下請けであるが、下請けは他社から業務の一部を与えてもらっているため、ど
うしても立場が弱くなってしまい作業の短期化など困難な要望でも応えなければならない状
況が作り出される。そのため、社員は長時間労働を余儀なくされてしまう。また、ある企業
の社員の話では「休日でも納期に間に合わせるために会社や取引先に行って、話や作業をし
なければならない」といったように、下請け構造には非常に過酷な労働環境がもたらされて
しまうのである。
このように IT 企業における業務の外注化および下請け構造は、日々発展し続ける IT に対
応していくために行われているが、様々なリスクが伴ったり長時間労働をしなければならな
い過酷な労働環境を作り出しているのである。
以上のように、IT の発展は大企業や中小企業に人件費の削減に伴う働きにくい環境をもた
らした。さらに IT の発展に最も関係の深い IT 企業には、非正規社員の積極雇用によって正
社員の人材育成を阻害してしまうといったデメリットや長時間労働を余儀なくされてしまう
といった過酷な労働環境がもたらされたのである。
3.2
多発するネット犯罪
次は、IT の発展によって多発し続けるネット犯罪について実際に起こった事件を具体例として、
9
IT による変化(池田)
どのような犯罪が起きているのかを説明していく。
まずは、インターネットを利用したオークションにおける詐欺事件(ネットオークション詐欺)
について説明する。ネットオークション詐欺には様々な方法があり、商品の代金が入金されたに
もかかわらず出品者側が商品を発送しない未入金詐欺。落札者が届いた商品に対してクレームを
つけ、返金してもらったにもかかわらず商品は返さないクレーム詐欺。落札者側が代金を少額し
か振り込まずに商品を受け取る少額入金詐欺などがある。こういった様々な方法を使った犯罪が
各地で行われており、例えば文京区の中学生が「闇の薬局」というホームページを開設し、睡眠
薬や向精神薬を販売すると見せかけて約 60 人から総額 300 万円以上を騙し取った。また、神戸
市内の高校生 3 人が Yahoo!オークションに匿名を使ってノートパソコンを出品、架空名義の銀行
口座や携帯電話などを使い、5 日間で 9 人から約 236 万円を騙し取った。この他にも無職の男性
が偽ブランド品を出品、販売したり、家電製品を売ると偽って 164 人から約 1500 万円を騙し取
るといった詐欺事件が多発している。
続いては、個人情報の漏洩事件である。これは、インターネットやメール、IT 機器を利用して
他人の様々な情報を盗んでしまうことで、例えばレストランやゴルフ場、泥棒に入られるなどで
キャッシュカードやクレジットカードがスキミングされたという事件が挙げられる。スキミング
とは、スキマーという機械にカード等を通して磁気データの顧客情報を盗み出してしまうことで、
カードは手元にあるため気付かない間に預金等が盗まれたりしてしまうのである。また、ある男
子大学生が旅行会社のデータベース・サーバーに不正アクセス行為を行って会員の個人情報を約
16 万件不正入手し、その情報を販売したという事件も起きた。さらには、いつも使用しているサ
イトから「ホームページのリニューアルを行ったため、ID とパスワードを入力しログインできる
か確認してください。」というメールが来て、ID とパスワードを入力すると偽のサイトに繋がっ
てしまい、ID とパスワードや個人情報を盗み取られてしまうといったフィッシング詐欺事件も起
きている。この他にも、Winny に関する個人情報の漏洩事件も起きた。これは、利用している
Winny がコンピューターウイルスに感染したことに気付かずに使用しているとファイル等がネッ
トワーク上に公開されてしまうというもので、これまで複数の原子力発電所や病院、警察からも
個人情報が流出するといった事件が起きている。こういった個人情報の漏洩事件では様々な方法
が使われて、現在も多くの人が被害に遭っているのである。
次は、有害なホームページについてである。現在、数多くのホームページが存在するがその中
には犯罪や事件に繋がるものも存在している。それらの一部を挙げてみると、まずは爆発物の製
造方法に関する情報を掲載したサイトが存在した。このサイトを閲覧した高校生が、ガラス瓶に
火薬を詰めた爆発物を製造して教室で爆発させ 28 人を負傷させるといった事件が 2005 年に起き
た。次は「安楽死狂会」という自殺願望者のためのサイトが存在した。このサイトでは、1998 年
に札幌市在住の学習塾非常勤講師がドクターキリコと名乗って無職の女性に青酸カリを販売。そ
れを飲んだ女性は死亡し、ドクターキリコと名乗っていた男性も自殺するといった事件が起きた。
また別のサイトでは、掲示板に殺人を依頼する書き込みがされ、未遂に終わったがこのような危
険なサイトも存在していた。こういったサイト以外にも、リンクを辿っていくと突然アダルトサ
イトや出会い系サイトに繋がってしまい、勝手にプログラムがダウンロードされて、インターネ
ットに接続するたびに自動的に国際電話に繋がってしまう(ブラウザハイジャック)といった悪
質なサイトもある。そして、高額な料金請求が来てしまったり脅迫されてしまうのである。この
10
IT による変化(池田)
他にも、サイトであらゆるウイルスやハッキングツールがダウンロードできてしまうページが存
在して、そこからダウンロードされたものが犯罪に使われるケースが数多くある。ここまで挙げ
たサイトについては全て閉鎖されているが、現在ではこれらに似たサイトが数多く存在しており、
そういった有害なサイトが事件や犯罪に繋がってしまう可能性が十分にある。
以上のように、IT の発展によって様々な手段を使った悪質なネット犯罪が行われており、これ
らはバーチャルな世界であって被害者の苦しみを直接見ないで済むために、ゲーム感覚で犯罪が
行われていて、いろいろな場面で私たちの生活を脅かしている、こういったデメリットがもたら
されたのである。
第 3 章のまとめとして以上のことから、IT の発展によって様々な企業で人件費の削減が行われ
てしまったり、正社員の能力が乏しいために非正規社員を積極的に活用するが、結局正社員の育
成には繋がらないといった悪循環に陥ったり、長時間労働をしなければならないといったデメリ
ットがもたらされた。また、日々発展していく IT を使った悪質な犯罪や事件が現在でも多発し続
けており、IT の発展によってこういったデメリットがもたらされたのである。
4. 今後の展望
4.1
IT によってもたらされていく今後の変化
ここからは、今後 IT のさらなる発展によってもたらされるであろう変化の予想と第 3 章で挙げ
たデメリットに対する改善策を述べる。
まずは、今後 IT の発展によってどのような変化がもたらされるかであるが、教育分野では遠隔
教育がさらに発展していくと予想する。第 2 章で紹介した学校以外でも、国内や外国の学校との
共同授業が盛んに行われたり、通常の授業でもコンピューターが利用されることで情報倫理を身
につけることができ、よりよい教育や IT 活用が進められていくと予想される。また三鷹市の教育
委員会が導入している、不登校児童にコンピューターを貸し出して遠隔授業を行うといった新た
な利用方法も増加していくと予想される。次に医療分野においても遠隔医療はさらに普及し、高
齢者が増加して今以上に医療が必要とされていく中で、遠隔医療のさらなる発展によってどこか
らでも高度で充実した医療が受けられ、医療格差の是正にも繋がっていくと予想される。さらに、
地方自治体の IT 政策も地域の再生やさらなる活性化、住民が安心して暮らせる町に今後もしてい
くために導入され、地域の特色を生かした取り組みが行われていくと予想される。この他に、過
酷な労働環境については今後も各企業が対策をとる必要性が高まっていくと予想されるし、ネッ
ト犯罪はこれまでと同様に増加してしまうと予想される。それに伴って企業に対しては、セキュ
リティーの充実が求められるであろう。また、国民の 1 人 1 人が今以上に IT に対して考え、理解
することが求められるであろう。
以上のようなことが、今後 IT の発展によってもたらされていくと予想する。
4.2 デメリットの改善策
次は第 3 章でみたデメリットについて、その改善策を紹介していく。
まずは過酷な労働環境についてであるが、これは各企業の状況によって違いがあるために、正
しい改善策といったものは簡単には見当たらない。ただ、各企業も労働環境についてはそれぞれ
11
IT による変化(池田)
が考えて様々な取り組みを行っている。例えば、ある IT 企業では定年退職制度を設けずに知識や
能力が生かせるまで働ける環境づくりが行われていたり、正社員の能力開発支援のために、資格
取得の際には休日やかかる費用を負担する企業が増えたりと様々な方法で人材の育成や確保が行
われている。また、現在は非正規社員や外注化に頼りすぎるのではなく正社員の積極的な雇用に
力を入れている企業が増加しており、新規採用や中途採用の割合を増加させて可能な限りの雇用
責任を果たすべきだという考え方が高まってきている。この他にも、下請けや非正規社員の立場
が弱いことについては早急に何らかの法的手当てが必要であり、会社側と派遣先の労働組合との
十分な協議が不可欠である。
以上に見たように、過酷な労働環境を改善できるという完璧な改善策があるとは断言できない。
しかし、各企業は自社のこれまでの状態や現状を十分に考え把握して、それぞれが自社にとって
最善であるという改善策を実施しているし、これからもよりよい労働環境へと変えていくための
取り組みを進めている。
このように、各企業が行っている取り組みや計画の 1 つ 1 つがその企業の過酷な労働環境にと
って最も有効な改善策であると言えるし、これらの取り組みを実現、実行し続けていくことや企
業の取り組みを支援する法的な手当てを充実させることなどが過酷な労働環境を変えていく最善
の方法なのである。
次はネット犯罪についてである。ここでは、第 3 章で挙げたネット犯罪に対する予防策を紹介
し、それらを実行することでネット犯罪を減少、改善させていこうと考える。
まずはネットオークション詐欺についてであるが、これを未然に防ぐ方法としてはまず Yahoo!
や楽天など大手のサイトにあるオークションに参加することが重要である。次に、万が一のとき
のための補償制度があるかを確認すること。そして、出品者の評価や質問に対する対応のチェッ
クも欠かさず行い、交渉時のメールや書類などは全て完了するまで保管しておくこと、少しでも
怪しい点がある場合には取引を中断することも大切である。
続いてスキミングの被害を防ぐには、キャッシュカードをむやみに作らず最小限にし、生体認
証を採用したカードや IC チップを搭載したカードに切り替えていくことが必要である。また、カ
ードの 1 日あたりの利用限度額を引き下げることも必要である。
次は、メールによるフィッシング詐欺についてである。まず大手の会社からは ID やパスワード
をメールで尋ねるようなことはないということを知ることが不可欠であり、どういった状況でも
個人情報を安易に入力しないということを常に心がけることが大事である。
さらに、Winny や不正アクセスによる個人情報の流出についてであるが、これを防ぐにはウイ
ルス対策ソフトを活用することが必要である。また、2000 年から施行された不正アクセス禁止法
によって取締りが行われているが、高度な知識を持ったハッカーなどは従来と変わらずに不正ア
クセスを行っているのが現状で、これを防ぐにはさらなる法律の強化を待つことと、企業がこれ
からも情報の暗号化などを進めていくことが欠かせないのである。
最後に有害サイトについてであるが、こういったサイトからの影響を防ぐためには、有害なキ
ーワードやフレーズと合致したページを表示させないようにできるフィルタリングサービスの活
用や無料ソフトをむやみにダウンロードしないこと、セキュリティレベルを上げておくといった
対策が必要である。
以上のことから IT の発展によってもたらされたデメリットを改善していくには、各企業や個人
12
IT による変化(池田)
が問題を変えようと意識することや積極的な取り組みを継続して行っていくことが重要であり、
これ以外にも問題をより厳しく取り締まることやデメリットを改善しようとする企業の取り組み
に対して支援を行うなど、法律や社会的規制のさらなる強化を進めることも重要な方法であると
考える。
5. 結 論
IT はこれまで急速な発展を遂げてきて、日本の様々な分野に大きな変化をもたらしてきた。教
育、医療、地域、行政といった社会的分野において、まず教育分野には遠隔授業やテレビ会議シ
ステムの導入を可能にし、これらの普及によって限られた場所や地域での学習だけではなく国内
や海外などの様々な学校との交流や共同授業、共同研究などが行えるようになった。また、こう
いった交流や共同授業から疑問点の解決や新たな課題の発見、新しい知識を身に付けられたり学
習した内容をインターネット上で発表できるようになるなど、これまでには受けられなかった高
度な教育が受けられるようになった。さらには、インターネットの普及によって数多くの学校が
ホームページを立ち上げたことで学校教育がより身近なものになって、学校や家庭内でよりよい
教育環境を作り出せるようになり、IT の発展によって充実した教育を受けられるようになったの
である。
医療分野において IT は、遠隔医療や電子カルテ、POS システムの導入、実施を可能にし、こ
れらを活用することによって小さい病院からでも高度な医療が受けられ、さらには複数の医師の
診断が反映されるので、誤診の可能性や患者にかかる様々な負担が軽くなり正確で迅速な診察が
受けられるようになった。また、患者の情報を一元化することによって病院間で患者の情報のや
りとりが可能になったため、緊急時や災害時などには他の場所からでも情報を見ることができ適
切な処置が施せる緊急医療保障のレベルを向上させることができた。そしてこれ以外にも、医療
行為における記録の自動化や医療事故の防止、医療格差の是正や地域医療の向上など医療分野の
いたるところに IT の発展は貢献している。
地域、行政において IT は、住民や地方自治体にかかる費用の削減効果をもたらし、また住民が
わざわざ足を運んで行っていた各種申請、手続きが自宅からでも出来るようになったため様々な
負担が軽減された。さらに、各地方自治体の独自の政策によって災害対策が充実し、観光客の積
極的な誘致によって地域が活性化すること、そして遠隔教育や遠隔医療の導入によって地域の発
展や住民が安心して暮らせる環境がもたらされた。このように、社会的分野にもたらされた多数
の発展は今後も引き続き行われていき、より充実した暮らしやすい環境がもたらされていくこと
が予想される。
一方で IT の発展は、過酷な労働環境やネット犯罪の増加をもたらしてしまった。まずは過酷な
労働環境であるが、IT の導入によって過剰な人件費の削減が進められ企業の成長や発展には欠か
すことのできない将来性のある若手社員やベテランの中高年社員などがリストラの対象となって
しまい、働きにくい環境がもたらされてしまった。また、日々発展していく IT に対応しなければ
ならない IT 企業ではエンジニア不足を解消するために契約社員や派遣社員といった非正規社員
を大量に活用したこと、さらに業務の外注化や下請けなどによって、コミュニケーション不足や
機密情報の漏洩といったリスクの増加、非正規社員を管理する正社員の多忙化や長時間労働を強
13
IT による変化(池田)
制されるといった現象、正社員の人材育成が阻害されてしまうといった過酷な労働環境がもたら
されてしまった。ただ、現在では大企業と中小企業がこういった過酷な労働環境に対する改善策
や計画を立て、それを実行しているし、こういった企業の取り組みに対する支援や労働環境に関
する法律を充実させていくことで今後は労働環境が徐々に改善されていくのではないかと考える。
次にネット犯罪についてであるが、これは主にインターネットを利用した詐欺事件や個人情報
の漏洩、有害なサイトの増加といったことがもたらされてしまい現在も多くの人が被害に遭って
しまっている。しかし、これに関しても 1 人 1 人がネット犯罪のことをよく理解し十分な対策を
とると共に、これらの犯罪をより厳しく取り締まる法律や社会的規制を強化していくことで、ネ
ット犯罪による被害の拡大を防ぐことができるのではないかと考える。
以上これまでの内容を振り返ってみたように、IT の発展は日本に様々な変化をもたらし、教育、
医療、地域、行政といった社会的分野においては私たちの生活をより高度で充実したものへと導
いてくれるようなメリットをもたらしてくれた。しかし、その一方では企業内部に過酷な労働環
境をもたらしたり数多くの詐欺事件や個人情報の流出事件、その他の犯罪に繋がるような有害サ
イトが増加し続けていて、多くの人が被害に遭うといったデメリットがもたらされてしまった。
ニュースや出版物では、こういったデメリットの部分ばかりが取り上げられているように感じる。
確かにデメリットの部分を知ることは重要ではあるが、IT という目には見えにくい不透明なもの
に対してデメリットな部分ばかりが取り上げられてしまうと、IT に対して悪い見方しかできなく
なってしまうのではないかと考える。だが、これまでの説明で明らかになったように IT の発展は
数多くのメリットをもたらして社会をより充実したものへと変化させてきたし、デメリットにつ
いても企業や個人がその問題点をよく理解し考えて対策をとることで改善していけるということ
が十分にわかった。
つまり、IT は数多くのデメリットな部分をこの日本にもたらしはしたが、それらデメリットは
様々な立場の人がその問題を取り上げ、それについて理解しようと取り組み、改善するための行
動を起こしていけば決して改善できないという問題ではない。だから、IT の発展によって日本に
もたらされたことには、こういったデメリットもあるが、私たちの生活を充実したものへと導い
た数多くの素晴らしいメリットが日本にはもたらされているということが明らかになった。
文献一覧
1.
秋山昌範『IT で可能になる患者中心の医療』日本医事新報社
2003 年
2.
大槻昌夫『地域医療を変えるテレメディシン-IT 遠隔医療の実践』東洋経済新報社
2001
年
3.
河﨑貴一『インターネット犯罪』文藝春秋
4.
警視庁 『警察白書〈平成 18 年版〉特集安全・安心なインターネット社会を目指して』ぎょ
うせい
2001 年
2006 年
5.
小林道夫『IT と教育-情報教育の実践と提案』御茶の水書房
6.
佐藤博樹『IT 時代の雇用システム』日本評論社
7.
市町村自治研究会『電子自治体への取組み-地方自治体 IT 施策事例集』日本加除出版
年
14
2001 年
2001 年
2003
IT による変化(池田)
8.
高島秀之『IT 教育を問う-情報通信技術は教育をどう変えるか』有斐閣
9.
地域再生・ソリューション研究会『地域再生へのロードマップ-上手に使おう IT 処方箋』ぎ
ょうせい
2001 年
2004 年
10. 中川一史『ネットワークと教育-学びを拓くインターネット』東洋館出版社
11. 中野雅至『ローカル IT 革命と地方自治体』日本評論社
2000 年
2005 年
12. 日本労働研究機構計量情報部『IT 化と企業・労働-IT 活用企業についての実態調査、情報関
連企業の労働面についての実態調査』日本労働研究機構
13. 横山三四郎『ネット敗戦
2001 年
IT 革命と日本凋落の真実』KK ベストセラーズ
2000 年
14. 田中眞由美、諏訪真理子、樋口由美子『その時どうする?最新ネット犯罪のすべて』新星出
2006 年
版社
図表 1 家庭でのコンピューター所持等の推移(神奈川大学附属中、高等学校)
出所:小林道夫『IT と教育-情報教育の実践と提案』御茶の水書房、2001 年、54 頁。
93%
85%
75%
82%
68%
68%
64%
54%
1999年
2000年
2001年
40%
31%
携
帯
電
話
の
所
持
イ
ン
タ
ー
ネ
ッ
ト接
続
個
人
Em
ai
lの
所
持
0% 0%
パ
ソ
コ
ン
所
持
100%
90%
80%
70%
60%
50%
40%
30%
20%
10%
0%
図表 2 女川町立病院における患者、来院者アンケート結果
出所:大槻昌夫『地域医療を変えるテレメディシン-IT 遠隔医療の実践』東洋経済新報
社、2001 年、107 頁
質問: 遠隔医療のメリットはどのような点にあると思うか
65
47
45
22
1
そ の他
15
0
メリ ットはな い
複数 の医師 の診
断 が反映
地域医療 の質 の
向上
遠 い病院 に行 か
な く てよ い
安心 し て受診
70
60
50
40
人 30
20
10
0