PDFをダウンロード - SMC諏訪マタニティークリニック

全国医学生ゼミナール講演内容
これから医療に関わる皆さんへ—私からのメッセージー
産科・婦人科・小児科病院 医療法人登誠会 諏訪マタニティークリニック
根 津 八 紘
日 時:2008 年 11 月 30 日(日) 10:00 12:00
場 所:信州大学医学部
〈目 次〉
はじめに‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4 Ⅰ.私の倫理観‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
1.倫理観を考えることとなった切掛け‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4
2.自然と神‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 4 3.倫理と法‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5
4.相互扶助精神‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5 1)自主的相互扶助と強制的相互扶助‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5 2)扶助生殖医療‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 5 5.人為的な生命、人為的な死‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6
1)人為的な生命‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6 2)人為的な死‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6 Ⅱ.生殖医療の現状‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6
1.取り残された患者‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 6
1)減胎手術‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 7 2)非配偶者間体外受精‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 8
3)代理出産‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 10
4)卵子セルフバンク‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 14
5)着床前診断‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 16
6)死後生殖‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 17
2.新しいカテゴリーとして考えるべき高齢不妊‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥18
1)子供が欲しいなら、女性は 17,8 歳で結婚妊娠すること!? ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥18 (1)子宮の不妊原因疾患‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 18 1
①子宮筋腫‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 18 ②子宮腺筋症‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 19 ③子宮癌‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 19 ⅰ)子宮頚癌‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥19 ⅱ)子宮体癌‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥19 ④子宮内膜の条件‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 19 (2)子宮以外の不妊原因疾患‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 19 ①子宮内膜症、チョコレート嚢腫‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥19 ②STD(性感染症)とその後遺症‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20 ⅰ)卵管閉塞‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20 ⅱ)卵管水腫‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20 ⅲ)パピローマビールス感染による子宮頚癌‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20 ③卵巣癌、卵管癌‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 20 (3)排卵障害‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 20 ①早発閉経(卵巣不全)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥20 ②卵子の老齢化‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 20 2)男性不妊症‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21 (1)乏精子症、無精子症‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21 (2)ED(勃起不全)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21 3)高齢結婚とその原因‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥21 (1)生殖に関する無知‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 21 (2)社会環境‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 22 (3)乏結婚チャンス‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 22 ─新しい形の結婚相談所の必要性─‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 22 (4)妊娠・出産・育児への援護体制の未整備‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥22 4)高齢不妊の社会への影響‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥23 (1)子育てへの影響‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 23 ①異常妊娠・異常出産の増加・母乳分泌の低下‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 23 ②養育への問題‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 23 (2)経済的人的損失‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 23 Ⅲ.扶助生殖医療を推進する会‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥23
Ⅳ.生殖医療の将来‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥24
1.開かれた医療へ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥24
1)日産婦会告のガイドライン化‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25
2)生殖医療に関する会員からの届出制‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25
2.高齢不妊と高齢妊娠・出産への対策‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25
3.生殖医療の予防医学への適応‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥25
4.宇宙における生殖医学‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥26
2
Ⅴ.私の信念‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥26
1.問題提起とバッシング‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥26
2.おかしいことはおかしい‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥26
3.法は変えるためにある‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥27
4.父の教え‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28
1)殺生‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28
わいろ
2)賄賂‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28
3)日教組との確執‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28
5.医療は患者さんのためにある‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥28
1)医療は信頼関係(№53 2008 年 10 月 16 日掲載)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 29
2)日本産科婦人科学会とは(№55 2008 年 10 月 30 日掲載)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 29
3)言語道断の患者たらい回し(№56 2008 年 11 月 6 日掲載)‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥30
6.苦しみも悲しみもみんな私の為にある‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥30
7.自然の中の人間‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥30
ただ
8.元を質せば只のひと‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥31
9.先人の努力を思えば‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥31
Ⅵ.おわりに‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥32
3
はじめに
此の度は、若く将来を嘱望され医療の道を進まれている皆さんから、大変重い講演のテーマを頂きました。果たして
ご期待に即した内容となるか定かならずですが、
私の生き様とも言える考え方をお伝えし、
務めを果たしたく存じます。
Ⅰ.私の倫理観
1.倫理観を考えることとなった切掛け
医学部の教養課程において、倫理学や哲学を学ぶ機会がありました。しかしほとんど講義には出ず、代返で通り過ぎ、
絵を描いたりバイトをしていましたから、全く私の教養は養えずに過ぎた時間でした。
その私が今から22年前の1986年に、不妊治療のために使用した排卵誘発剤による副作用のため、4胎妊娠した
ケースに対し、私が減胎手術をした時のことです。減胎手術とは、多胎妊娠による問題を軽減させるため、妊娠初期の
内にその一部の胎児を母体外に排出するか、子宮内で死亡させ母体に吸収させ、1胎か2胎に減らし妊娠・出産させる
方法のことを言い、多胎児減数手術とも言われています。多胎妊娠は1976年のNHKの山下さんの5胎妊娠のこと
が余りにも有名ですが、母体にとっては重篤な結果をもたらしたり、胎児にとっては未熟児網膜症や脳性小児麻痺の子
供を作る原因ともなり得るためその危険性を回避する方法として考案された手術です。結果的には私の最初に公表した
ケースが日本で最初、世界で二番目のケースでした。
このことを公表するや、産婦人科医師の集団、当時の日本母性保護医協会(日母)
、現在の日本産婦人科医会(産医会)
から、堕胎罪に値するとして禁止命令が出され、マスコミ等から様々なバッシングを受けることとなりました。
「4胎を
全部人工妊娠中絶することは許すが、2胎を助けることは許さない」という、道理に合わないことを日母から強要され、
「神を冒涜する」
「倫理的に問題がある」と仲間の医者やマスコミからのバッシングとなったのでした。この時、
「神と
は」
「倫理とは」と、真面目に考えることとなったのです。
2.自然と神
私達人間は、有史以来、科学を進歩させ、様々なものや環境を自然から人工的なものへと変えて来ました。又、未知
なるものを究明し続け、何となく神々しく感じていたものをも、時代の流れの中で至極当たり前、当然のことと見做せ
るように変えて来ました。 しかし、
最近の人工的なものへの変化の嵐は反動となって、
自然という言葉を求める傾向を生むことにもなりました。
自然への郷愁は科学を悪者扱いするようになり、例えば自然分娩至上主義に代表されるように、より安全により確かに
を求めて来た産科医療を否定しつつあるように、大きな間違いを来すことにもなっています。 又、一方神々しい分野への究明は、神の領域を侵すという言葉となって扱われるようになりました。突然「神の領域」
たた
おのの
という言葉を使い出すことも不思議ですが、その昔、未知なるものに対して「神の祟り」という言葉を使い、恐れ 戦 い
ていたこと、例えば日蝕などはその最たるものでしょうが、未知なるものを神の領域の中に入れて扱う傾向が、私達人
間にはどうもあるようです。しかし、よく考えてみれば、
「神の領域」などというものを、神は私達に与えてはいないと
思います。神というものがたとえ存在するとしても、神は人間の推し量り、計り知ることのできるレベルには存在しな
いと共に、私達人間に 科学する心とそれを上手く使う英知を授けてくれただけだ と私は考えています。 いくら人間の知恵により科学が進歩しても、到底及ぶことのできないところに神は存在し、きっとそこから神は我々
人間を常に見ながら、
授けた英知が充分活用されているかどうか、
心配しながら見守っているだけではないでしょうか。
まつりごと
つかさど
にもかかわらず、簡単に「神の領域」という言葉を持ち出し、神に代わって神の 政 を 司 っているような顔をして
いる人間が居ますが、これは正に神を冒涜する何ものでも無いと考えます。 即ち、全くの自然の中に生み出されて来た人間が、授けられた英知をもって自然を活用し科学を駆使してこそ、人間
を生み出してくれた神の恩に答えることではないでしょうか。にもかかわらず、 限られた人間の浅墓な考えの下、
「神
の領域」を駆使し、規定し、その規定に仲間を縛り付け、それ以上の発展を阻止することはもっての外 と考えるのは
私だけでしょうか。 4
3.倫理と法
人間の英知の原点にあるものは、人間としての倫理観であります。倫理とは、実際道徳の規範となる原理で、道徳と
同義的に扱われています。倫理とは暗黙のうちに常識として守るべき約束事項であります。私は減胎手術をした時、
「倫
理的に問題がある」
「倫理観の無い人」と言われた時、大変なショックを受けました。即ち、暗黙のうちに常識として守
るべき約束事項を破った人間、と見做されたわけです。私の倫理観は親や学校の先生、先輩や私を取り巻く多くの人々
から教えられた様々な事項の下、44年間の人生の中で構築してきた私そのものであったわけで、それが否定されたに
等しいことでした。
ショックを受けたと同時に、何かにつけ簡単に倫理と言っていますが、この倫理観には絶対的倫理観と相対的倫理観
とに分けられるのではないかと考えるようになりました。そして絶対的倫理観とは、時代、状況がどのように変化しよ
うとも、絶対に守らなければならない人の道のことを言い、私が考えるにそれには、
①人を殺傷してはならない ②人の物を盗んではならない ③人を売買してはならない ④人を騙してはならない という 4 つの事項があり、これが犯された場合を考え法が作られているものと考えたのです。 これに対し相対的倫理観は、価値観とか既成概念とも言えるもので、これ等は時代、状況の中で変化し得るものと
考えることにより、倫理観というものの存在が理解できたのです。 これ等の倫理観を持って成り立つ社会の基本理念は、社会を構成する市民の相互扶助であり、例えどんな倫理観が
あろうとも、相互扶助精神無くして社会は成り立ちません。 この倫理観と法を人間の英知と呼ばれるに相応しい形で活用しつつ、お互いに助け合いながら生きて行くのが、理
想的な人間像と私は考えています。 何かにつけて使われる「倫理観」は、相対的倫理観を指すものと思いますが、一般的には全部を引っくるめて倫理
観とするため、
「倫理的に問題がある」と言われると、何か泥棒や人殺しをしているような錯覚にとらわれる思いがしま
す。 その「倫理的に問題がある」という言葉を吐きながら、そもそも自分がその状況に陥らせた目の前の患者を無視し
ている医師が居ることに、その医師の 「④ひとを騙してはならない」に反する倫理観を、疑わざるを得ないのです。 更には、当時私に対し「倫理観を疑う」と言っていた医師が多胎妊娠を作り、私に減胎手術を依頼し、また指導者
にもなり、何ら憚ることなく過ごしているその医師の倫理観には敬服するばかりであります。 4.相互扶助精神 1)自主的相互扶助と強制的相互扶助 私達が形成する人間社会は、相互扶助精神によって成り立つ相互扶助社会であります。この相互扶助精神の原点は、
人間社会の一人一人によるボランティア精神や善意、そして人間愛にあったものと思います。しかし、社会が大きくな
るに従い、それだけに頼ることは不可能となり、最後には強制的相互扶助がその中枢を占めることとなりました。それ
が税金制度や社会保障制度であります。一方、本来のボランティア精神や善意、人間愛によって成り立つ自主的相互扶
助というべきものは、献血制度や赤い羽根運動のような形で社会を支えています。 社会に精神的ゆとりがなければ、自主的相互扶助も強制的相互扶助と化すかも知れません。赤い羽根運動が、今や強
制的相互扶助となりつつあることは、残念な現象と言えるでしょう。 2)扶助生殖医療 男と女が結婚すれば、子供ができて当たり前という社会通念があります。しかし、現実問題として10組に1組の夫
婦に、最近では7 8組に1組くらいの割合で子供ができない夫婦が存在しています。 5
そのような不妊夫婦の中に、配偶子(精子や卵子)が無いことにより、また子宮が無いことにより妊娠が不可能なケ
ースが存在し、結婚すれば子供ができるという通念からすれば、決定的に可能性を否定する条件となるわけです。 そのような場合も含む子供のできない夫婦にとって、養子縁組制度は救いであり、子沢山の時代には充分補い合うこ
とができ、正に扶助生殖医療の走りとも言える時期がありました。しかし、少子化の中で、養子を求めることが不可能
に近くなり、それを補う意味で扶助生殖医療という考え方が出て来ました。 扶助生殖医療とは配偶子(精子や卵子)の無い夫婦のために配偶子を提供、子宮の無い夫婦の代わりに子宮のある女
性が子供を生むという相互扶助精神によって成り立つ生殖医療のことを言います。配偶子の提供は、養子縁組制度より
も自然に近く、自分達が妊娠・出産することにより、より親子関係を構築し易い方法であります。 いずれにしても、扶助生殖医療は自主的相互扶助、即ちボランティア精神や善意、人間愛によって成り立つ相互扶助
でなければなりません。 5.人為的な生命、人為的な死
本来、人間の生命は自然に授かり、自然に朽ちていったものであります。それが科学の進歩、医学の進歩により、生
命を助けたり延命させたりできるようになりました。一般的に神の領域を侵すという表現をされる方からすれば、医療
そのものが神の領域を侵して来たことになるのです。しかし、そうではないでしょう。神は人間に科学する心とそれを
上手く使う英知を授けてくれたわけで、人間に対し自然に誕生、自然に死すことを望んでいるわけではないのです。も
しそうだとするならば、医者も医療もいらないことになります。 このようにして、その医療は救命や延命だけでなく、生命を生み出したり終わらせたりする所にも関わるようになり
ました。 1)人為的な生命 これは不妊治療により誕生する生命のことを言い、この生命は絶対的倫理観を侵さない限りにおいて、努めて夫婦の
希望に沿いながら治療し授かるべきものと考えています。 2)人為的な死 以下に挙げるどれをとっても、これ等の人為的な死は絶対的倫理観を侵す行為であります。しかし、人間の形作る
社会は、これ等の絶対的倫理観すら侵すことを、時としては容認したり、曖昧にしたりしながら、残念ながら成り立っ
ているのです。 この人為的な死を時としては容認したり、曖昧にしていることを棚に上げて、人為的な生命の誕生に対し、妙に厳
格に対応しようとする人達が存在することを、私は疑問に感じざるをえません。 ①人工妊娠中絶 ②減胎手術 ③死刑 さつりく
④戦争(あってはならないが)による殺戮 ⑤精子・卵子・受精卵の廃棄(これ等を生命とするか否かは別として) ⑥安楽死 これ等は、私達人間に課せられた永遠のテーマではないかと思います。
Ⅱ.生殖医療の現状
1.取り残された患者
生殖医療は目覚ましく発展してきました。
それと同時にその陰で取り残された人達の居ることを忘れてはなりません。
その元凶が日本産科婦人科学会の会告にあることも忘れてはならないでしょう。会告が単なるガイドラインであり、そ
れが日進月歩と共に常に変えられるものであるならば、会員はその指針と共に医療を行なうことができ、会員にとって
も、またその指針によって医療を受ける患者にとっても、好ましいものとなるでしょう。
6
しかし、今の日産婦の会告は強制力を持ち、その上時代遅れの内容であり、会員にとっても、患者にとっても、無用
の長物化していると断言しても良いと考えるのは私だけでしょうか。
「医者は患者さんのためにあるのであって、患者さんは医者のためにあるのではない」と、何かにつけて私は述べて
きました。その考え方からすれば、医者は病気を診断し、それに対する考えられる治療方法を提示、それぞれについて
説明して、それを受けた患者さんが治療方法を選択するのです。すなわち、治療方法の選択権は患者にあるのです。に
もかかわらず、生殖医療における様々な治療方法を、最初から産医会や日産婦が禁止したり限定することは、患者から
基本的人権である選択権を奪うことになるのです。
医者は医療技術を提供する専門家であって、社会学者でもなければ、法学や倫理学の専門家でもないのです。医学以
外の分野はそれぞれの専門家に任せ、医者は考えられる治療法について探求し、より安全により確かに提供できること
を目指すべきではないかと思います。そのためには、前述したように絶対的倫理観だけは犯さないようにしながら、目
の前の患者を中心とした医療を提供すべきであるとの考えの下に、私共の施設独自のガイドラインを設け、私は患者さ
んに関わってきました。
以下にそれ等の詳細を述べてみますが、関われば関わる程、産医会や日産婦から取り残された患者さんの全容が見え
てくる思いがします。
1)減胎手術
先にも述べましたが、このことにより私は倫理観について考えることとなりました。 人工妊娠中絶が許されるならば、排卵誘発剤の副作用により発生した多胎妊娠に対する減胎手術は当然許されてし
かるべきです。そのような考え方から、1986年 hMG・hCG クールにて4胎妊娠となったケースに対し、2胎に減ずる
減胎手術を施行、無事双胎の男児を自然分娩にて出産させることが出来ました。それというのも、それから遡ること4
年前、4胎妊娠例に対し妊娠を継続させた結果、一人の脳性小児麻痺の子供を誕生させてしまったという苦い経験があ
ったからです。これはあきらかに多胎児妊娠の弊害によるものでした。その反省にたって同じことを二度と繰り返して
はならないという考えから双方のリスクの説明後、減胎手術を行いました。しかし、母体保護法(当時は優性保護法)
の人工妊娠中絶に対する条文の「・・・・母体外に排出すること」という個所に減胎手術は抵触するという理由から堕胎罪
に値するとして、マスコミをも巻き込み行った当時の日母、現在の日本産婦人科医会の私に対するバッシングは、産婦
人科界の上層部に対する私の抱いていた畏敬の念を失遂させるに充分でありました。即ち、
「4 胎中絶すれば許されるが
2 胎助ければ許さない」という、例え産婦人科界ではまかり通る論理としても、一般社会には通用しないことを、何ら
違和感を感ぜずにその人達は平気で言えるからです。日本産科婦人科学会も、日母に追従し、今になっても患者さんは
減胎手術を受けることが公に認められていません。そのため、学会の方針に忠実な会員は自分で多胎を作りながら、そ
けが
の被害者でもある患者さんを汚らわしい物でも扱うように対処、先日もインターネットでやっと探して、泣く泣く当院
を訪れた気の毒な患者さんがおられました。これが、日本の産婦人科医を教育する人達の倫理観とするならば、放置で
きないことです。医者は患者さんのために医療をするのであって、自分達の勝手な論理を押しつけるものではないはず
です。患者さんのことを本当に考えるならば、
「子宮内で死亡した胎児は、分娩の際母体外に排出されることからして、
減胎手術は人工妊娠中絶の条文に抵触せず」とすれば、減胎手術は何ら問題無いはずです。減胎手術に関し、問題提起
をさせて頂いてから早 23 年目に入りました。しかし、公には何ら変わってはいません。にもかかわらず、水面下では当
然のごとく多くの施設で減胎手術が行われています。それ自体は患者さんのためになっているのですから問題は無いの
ですが、データや意見交換が行われずに各施設が勝手に行っていることは、結果的に患者さんに対し決して良い結果を
もたらさないはずです。一刻も早い産婦人科界の、患者さんを中心とした減胎手術に対する方針転換が望まれるところ
です。因に多胎妊娠の母子双方へのリスクについては海外の文献でも盛んに論じられているところです。また、私事で
すが、私が 22 年前に初めて減胎手術を行って以来、全国から 700 人以上の多胎妊娠で悩んでいた(リスクを帯びた)方々
が当院へ訪れました。私共での減胎手術によって無事この世に生まれることができた赤ちゃんは既に 1,000 人を超えて
います。 7
減胎手術ガイドライン
H19.8.8改訂
第一項:減胎手術とは
自然に、又は不妊治療の結果、多胎妊娠となった母親に、妊娠 22 週未満において胎児数を減らし、母子共に安全に妊娠経過させ
出産に至らせることを目的とした手術
第二項:適応
1.原則として、多胎の妊娠・出産が母子双方に危険を及ぼす可能性がある場合
2.既に子供が居て、多胎の養育が母体に悪影響を与える場合
3.胎児診断の結果を踏まえ、親の意を無視出来ない場合
第三項:減胎数
1.基本的には2胎を残す
2.2胎を妊娠・出産・育児するに耐え得る能力が、母体に乏しい場合(前回帝王切開既往、様々を疾患、上に子供が居る等)は
1胎のみを残すことも可
第四項:法的解釈
1.人工妊娠中絶の一方法と見做す
減胎する方法には様々な方法が考えられる。現在施行している方法は、妊娠 10∼11 週の胎児に塩化カリウム液を注入、
心停止に至らせ、残された生児の誕生の際、吸収されずに残った胎児部分が卵膜と共に排出される。即ち、30 週間近くかけ、
人工妊娠中絶をしたものと考える
2.将来的に人工妊娠中絶に関する法の改訂の際、新たに減胎手術の項を設け、明文化すること
第五項:留意点
一卵性双胎、一卵性品胎の存在があり得るので、妊娠初期(妊娠 5 週頃)より鑑別に留意すること
2)非配偶者間体外受精
日本産科婦人科学会の、本来ならばガイドラインであるべき会告という制度に抵触するとして、私が会を一度は除
名されることになった非配偶者間体外受精についてお話します。私が関わった最初の例は卵巣不全、即ち、最早、排卵
する卵が無くなってしまった 30 歳そこそこの姉のため、妹が申し出て、妹さんの提供卵を使って体外受精をし、二人の
子供さんを手にすることが出来たケースでした。 採卵が外来レベルで、それも安全に出来るようになったにもかかわらず、当時の日本産科婦人科学会の佐藤和雄会
長による「卵子と精子とは生物学的に異なる」という論理により、私を除名にまで追い込んだ事件でした。提供精子に
よる人工授精(AID)が 60 年以上前から許されているにも関わらず、提供卵子による体外受精が許されない、簡単に言
えば、精子(男)が許され卵子(女)が許されないという、一般社会では理解できないことが、産婦人科界では罷り通
るのです。その結果、適応患者さんである女性達は無視されて、今もそれが続いているのです。ご承知の方もいらっし
ゃるかも知れませんが 1998 年に私が非配偶者間体外受精を問題提起し、その結果、日本産科婦人科学会を除名され、そ
して 2004 年に復帰したという経過がございます。その中で、表向きには何等変化はしていませんが、今や水面下では、
8
多くの体外受精施設において非配偶者間体外受精は当然のこととして行われています。 昨年末から今年に掛けて、日本学術会議では、この非配偶者間体外受精に関しても検討する予定でしたが、論議は
代理出産に関することに終始しました。そのため、不妊治療施設の集団 JISART は、学会の許可を受けずに非配偶者間体
外受精施行することを宣言しました。これに前後するように、学会首脳部は「日本産科婦人科学会の会告では、非配偶
者間体外受精を禁止してはいない」などということを言い始めています。しかし、体外受精の会告の中では、
「体外受精
は夫婦に限り、受精卵はそれを採取した女性に戻す」という一項があります。確かに「非配偶者間体外受精はしてはな
らない」とは明言してはいませんが、
「採取した女性に戻す」という部分が会告の中にあるため、会員は非配偶者間体外
受精も、代理出産禁止の会告ができるまでの代理出産も、禁止されているものと考え、施行出来ずにいたのです。今に
なって禁止はしていなかったという話は、絶対に看過出来ることではありません。JISART の件が明らかとなり、日本産
科婦人科学会がそれを問題としないとするならば、その時点で学会のこれまでに至る諸々(私への名誉毀損行為・それ
に伴う損害賠償、非配偶者間体外受精を受けられなかった患者さんからの損害賠償等)に対する責任は大であることを
学会は自覚しなければならないでしょう。いずれにしても、最早、この会告は会員やその患者さんのためにならず、今
や有って無きに等しいのです。これも私事ですが、私が 11 年前、非配偶者間体外受精を最初に行ってから、私共の病院
では提供精子による体外受精も含め94組、135人の赤ちゃんが既に誕生し、現在も7組が妊娠中であります(平成
20年10月1日現在)
。 配偶子・胚の授受に関するガイドライン
H19.8.8
第一項:配偶子・胚の授受の意味するもの
配偶子(精子又は卵子)の無い人が、ボランティアの方から配偶子を提供してもらうこと。又、夫婦共に配偶子(精子も卵子も)の
無い人達がボランティアの方から胚(受精卵)を提供してもらうこと。いずれも配偶子や胚の養子縁組と考えれば理解し易い。そして、
それ以上に、自分達の子宮で妊娠・出産し、母乳育児出来ることは、生後の養子縁組より生んでくださる方に負担を与えず、より親子
関係が構築され易いという利点がある。
第二項:適応
1.提供者
1)原則として子供が居ること
2)金銭目的で提供しないこと
2.提供を受ける者
1)配偶子(精子や卵子)の一方、又は両方無い夫婦
2)妊娠・出産・育児を考え、女性は 45 歳までの夫婦とする
3)原則として、未婚夫婦は認めない
4)金銭の提供は謝礼の範囲
第三項:手続保障
1.取り扱う医師はコーディネーターを含め、充分なインフォームドコンセントを行う
2.配偶子・胚の提供はあくまでもボランティア精神の下で実施されること
3.提供者と提供される者との間には、一切の法的関係が成り立たないよう法を整備する
第四項:第三者たる介在者
9
1.配偶子・胚の銀行の必要性
将来的には血液センター的組織のような公益的組織による配偶子・胚の銀行を設置し、コーディネーターを置き、それ等の公
募・供給・管理に関し、公平に行えるようにする
2.商業主義の禁止
斡旋業者のみに刑罰を持って禁止する
第五項:告知
配偶子・胚の授受に関することの子供に対する告知は、提供者と夫婦双方の意思を尊重する。例え告知するにしても、物心付いた時
点から行い、告知しないならば告知しないままで終わること。
夫婦の子供にせよ、提供配偶子・胚による子供にせよ、親の意思の下で生まれるもので、子供は自主的に生まれいずるものではな
い。いずれにしても親は第一義的に子供の幸せのために努力するべきであることを忘れてはならない。
第六項:胚の授受は将来の課題として残し、当分の間は配偶子の授受のみとする
第七項:子供の身分
現在は民法により、子供の誕生に当たり父親は自分の子供を認知し、母親は自ら分娩したことにより子供の母親と見做され、親子の
関係が成立している。しかし、非配偶者間人工授精や非配偶者間体外受精という方法、更には代理出産という医療技術が可能となった
現在、父親・母親共、子供を認知することにより親子関係が成立すべく、民法を速やかに改めるべきである。
3)代理出産
英国における体外受精・胚移植(以後 体外受精 と略す)児が誕生したのは1978年のことです。それから5年
後の1983年に日本における体外受精児誕生の初めての報告がされました。
非配偶者間体外受精も代理出産も、体外受精が可能となれば、同時に行なわれることと考えられても不思議ではない
でしょう。
日本における体外受精の事実が報告されると同時に、日産婦は体外受精に関する会告を同じ年に公表しました。その
内容の中に、
「体外受精は夫婦に限り、受精卵はそれを採取した女性に戻す」という一項があり、非配偶者間体外受精の
項でも述べたごとく、非配偶者間体外受精も代理出産も、日産婦の会告により、日本では事実上行なえないこととなっ
ているのです。
そのため代理出産を求める日本の夫婦は、外国に活路を求めることとなりました。そして、東京に事務所を構える代
理母斡旋業者によって、仲介を受けた複数の日本人夫婦が代理出産により子供を手にすることができたことを、199
0年に公表、それ以後も水面下で行われ、既に100組近くの夫婦の子供が誕生しているようです。
当施設に体外受精部門を併設したのは1996年のことですが、その年の前年に当院を訪れたロキタンスキー症候群
の女性の希望を聞いて、
「施設が完成した暁には、代理出産も考えて行くべき」と私は決心したのでした。彼女の希望は
「私の体のことを充分承知の上で結婚しようと言ってくれる彼が居る。その彼のために是非私たちの子供を作ってあげ
たい。先生、協力してください。
」とのことでした。そのような私の決心と期同じくして、毎日新聞大阪支社の記者から、
体外受精に関してのコメントを求める電話が入ったのは、1995年7月のことでした。その話の中で、
「子宮の無い女
性のために、善意で子宮を貸してくださる方が居たら、代理出産も考えないわけではない」と私が答えたことが、その
日の取材となり、翌日の一面と三面に「代理出産を計画」という大見出しの記事が載ることとなり、私と代理出産はそ
こから奇しくもスタートすることとなったのです。翌年の体外受精開始と共に、代理出産への取り組みの準備をスター
トしました。
国内では禁止し、海外の女性に委ねるという日本の体質に憤りを感じていた私は、代理出産を独自のガイドライン下
10
(後述)で、1997年から依頼夫婦の配偶子による代理出産、すなわちホストマザーによる出産の窓口を設置し、2
000年に治療を開始、以来公表して参りました。
当施設に代理出産を希望して mail や FAX、手紙等により依頼して来たケースは1997年から2008年7月まで
に150例余となり、当施設のガイドラインに適合した15例に対し代理出産に踏み切りました。
代理出産治療15例における依頼母の子宮異常原因は先天的な疾患が6例です。後天的に子宮全摘を受けたケース9
例のいずれに対しても、詳しい状況は分かりませんが、現行の医療体制やその症例に対するその時の配慮の仕方に、少
なからず疑問を感じています。特に、患者さんに「子宮全摘をしても代理出産の道がある」と明言し、子宮全摘に同意
させておきながら、術後は代理出産について全く知らん顔をする医師も居たという例もあり、そのような医師の態度は
一体如何なるものでしょうか。
当初私が手掛けた最初の10例は兄弟姉妹間の代理出産でした。しかし身内といえども、公にできない中での約9ヶ
月間、代理出産のために拘束されることにより発生する、ある程度の軋轢はマイナートラブルとは言えども、否めない
ものがあることを感じました。そこで2003年からは、国としての体制が整うまでは、問題の起こる可能性の極力少
ないと考えられる、実母が代理母を申し出て来るケースのみに施行することとしました。
2003年からの実母による代理出産治療例は5例で、依頼母の子宮欠損原因は、ロキタンスキー症候群4例、子宮
体癌によるATHが1例でした。依頼母の治療開始年齢は31歳以下、代理母である実母の治療開始年齢は50歳から
60歳まで、出産に至った最高齢は61歳です。慈恵医大にて報告された donor egg(提供卵子)を用いた60歳での
出産例を参考にして、現段階では代理母の年齢的治療の上限を一応60歳としています。存胎週数は36週から38週
まで、全例母体への負担を考慮し帝王切開にて分娩に至っています。出生時の児体重は 2,200g余から 2,800g余で、
いずれも問題無く経過、その後も順調とのことです。
実母による代理出産の1例目は採卵10回の後、1回のETにて妊娠・出産に至っています。このケースは本人達の
都合により、自然排卵での採卵後、凍結保存しておいたため、採卵回数が多くなっています。3例目からの3例は、い
ずれも1回の採卵、3回以下のETで妊娠し出産に至りました。2例目のケースは3回の採卵、4回のETを施行した
ものの受精卵の状態が悪く、実母への負担を娘が考慮して治療を中断しています。このように、高齢である実母での代
理出産への治療を行い、5例中4例が妊娠・出産に至ることができました。
代理母への対応に関しては、4例共閉経後の50 60歳に至る高齢者の妊娠であることを考慮し、要注意体制下で
の対応をしました。いずれの代理母である依頼女性の実母も妊娠7 8ヶ月までは自宅で問題無く経過しましたが、そ
れ以後は安全のため当病院附属宿泊施設に滞在して頂き、綿密な監視体制下で経過観察をしています。
依頼母への対応に関しては、3例目からは母乳哺育ができるように妊娠中から対応、また妊娠中・産後を通して親子
関係構築に向けた配慮も忘れずにして参りました。
結果的には子宮欠損の15例について代理出産での治療を施行、8例の代理母から10人の子供の誕生を見ることが
できました。いずれも公的な支援体制の無い中での、当事者達の自己責任と当施設の責任下でのチャレンジでした。
このような内容に関しては、第26回日本受精着床学会学術講演会(2008.8.28)にて、 実母による代理出
産 というタイトルにて発表する機会を得ました。
日産婦は、新たに代理出産禁止の会告を2003年に公表、日本学術会議も昨年からの検討の結果、原則禁止の答申
を国に出している現状下で、当事者達の責任と私の責任だけで代理出産をやり続けるためには、一番問題を起こしにく
い実母との間の代理出産が最も相応しいとの結果から、今は実母による代理出産しか、当施設では行なっていません。
日本国内にて代理出産を公表しているのは当施設だけであり、その情報の下に、様々な代理出産希望者が接点を持って
来られます。しかし、現段階の社会体制ではこれが限度と考えています。
このような考えの下、今後の代理出産に関し思案していた私の下に、10月4日の朝、某新聞記者から、
「日産婦の倫
理委員会にて先生を再度何らかの形で処分する方針が出されたようですが、先生は如何しますか」との電話が入りまし
た。
「代理出産に関しては国に委ねる」として国に下駄を預けたはずの日産婦が、
「今更どうして」と、思わざるを得ま
11
せんでした。
厚労省によるアンケート調査による「代理出産容認 54%、反対 16%」という世論の結果を考えた時、代理出産禁止
の会告作成時の「世論の変化に応じ、内容を改める」とした主旨はどうなってしまったのでしょうか。
それよりも、子宮の無い女性、また子宮を取らざるを得ない女性と最も接点を持っている産婦人科医の集団が、その
ような女性が子供を手にすることのできる唯一の手段、代理出産を、自分たちの考え方だけで否定し続けなければなら
ないのは一体何なのでしょうか。
国内における規準の下での受皿を作らない限り、インドや海外の女性の子宮をお金で借りるケースは、今後は益々増
え続けることと思います。グローバル化した現在、国内で代理出産を禁止して解決できる問題ではないと思います。
※当院における代理出産のご報告を一般向けに公開しているものはこちらにあります。
http://e-smc.jp/special-fatility/information/new-info/newinfo01.php
当施設の代理出産(host mother)に関するガイドライン
(H20.8.8 改)
国としての方針が出されていない現時点において、様々な問題を含む代理出産に際し、当事者達は以下のごとき事項を、人間として
の信義の下に守り通すこと。
【1】ここで言う代理出産とは配偶子はあるが子宮が無いことにより実子を得ることのできない夫婦が、子宮を借りることによって実
子を得る方法(host mother)を言う。よって
1)依頼母(実の親)
:先天的並びに後天的に子宮の無い女性。現時点では、結婚しており卵子も精子も採取可能な夫婦に限る。即ち
卵子の提供も伴う代理出産や精子の提供や受精卵の提供による代理出産は行わない。
2)代理母(生みの親)
:結婚しており子供がいること。あくまでもボランティア精神に終止すること。即ち金銭の要求また生まれた
子に関していかなる権利も主張もしてはならない。尚、現段階としては実母のみとする。
【2】経費の範囲を超える金銭の授受は認めない。
【3】代理出産に関与する医師は妊娠・出産に関する様々な危険性、問題点を十分説明し両夫婦が納得した上で施行すること。
【4】本来は依頼夫婦の子供として入籍すべきところではあるが、現段階では生まれた子供は出産した夫婦(生みの親)の子供として
入籍後、依頼夫婦(実の親)の子として養子縁組みをすること(非配偶者間体外受精ガイドライン第七項参照)
。
〈代理出産を行うにあたっての誓約書〉
私たちはガイドラインに則り、単に有る者が無い者に施すということだけではなく、ボランティア精神の下に施すことのできる喜
びと施しを受けることのできる幸せに感謝し、生まれてくる子供の幸せの為に責任を全うします。又、生まれてくる子供に対しては理
解力の持てた頃(4 才∼5 才)に、この事実を話し、生みの親(代理夫婦)と実の親(依頼夫婦)双方に対し感謝の心を忘れることの
ないように育てます。
医療法人登誠会 諏訪マタニティークリニック院長
根 津 八 紘 殿
平成
・代理出産をしてもらう側(実の親)
夫
妻
12
年
月
日
・代理出産をする側(生みの親)
夫
妻
以上堅く誓います。
平成
年
月
誓約書受領医師
㊞
コーディネーター
㊞
日
平成19年4月12日
補足平成20年2月11日
代理出産のガイドライン(公に認められた場合を想定して)
諏訪マタニティークリニック
医 師
根 津 八 紘
弁護士
遠 藤 直 哉
第一項:代理出産の適応
生まれながらにして子宮の無い(ロキタンスキー症候群)場合、又は何らかの理由で子宮を無くしてしまった場合とし、母体疾患に
より妊娠・出産が不可能な場合に関しては今後の課題とする。
尚、依頼者の妻の年齢は、妊娠・出産・育児を考慮、原則として 45 歳未満とする。また、代理母は現段階では実母のみとする。
第二項:代理出産における配偶子
依頼者夫婦の配偶子による代理出産(ホストマザー)とし、提供配偶子に関しては今後の課題とする。
第三項:代理母への金銭補償
1.妊娠・出産に関する実費
医療費、入院費、通院費(交通費、宿泊費等)
、保険費用(代理母保険の新設)
2.収入の減少への補填、妊娠に伴う生活費(タクシー代、衣服代等)
3.謝礼は常識の範囲
第四項:代理母への保障
1.代理母の健康管理
担当医師は代理母の健康チェックを充分行う。特に高齢である実母が代理母となる場合は、厳重な管理を要する。
2.代理母の死亡又は後遺症に対する保障
代理母が死亡又は後遺症を残した場合を考え、代理母保険を新設する。例えば、依頼者と代理母との間に代理出産に関する同
意が出来た場合、依頼者は代理母のために代理母保険に入る。この保険にて、ある程度の金銭補償(第3項も含む)もする。
(当
面、1,000 万円の限度で補償の契約を行う)
出産は危険を伴うものであることより、近い将来、一般の出産に関しても出産保険を新設、国が充分の負担をするようにする
中で解決する。
3.依頼者が出産児の引き取りを拒否又は不可能となった場合(依頼者の死亡、又は行方不明)
、代理母は以下の権利を持つ
13
(1)妊娠中の場合は22週未満において人工妊娠中絶をする権利を持つ。
(2)妊娠中(22週以後)又は産後においては、出産児を養子に出す権利を持つ。
第五項:手続保障
1.取り扱う医師は、コーディネーターを含め充分なインフォームドコンセントを行う。
2.代理出産行為は協力者のボランティア精神の下に実施される。但し、円滑な実施と関係者の調整について、弁護士(契約手続)
及び公証人(公正証書)の関与する手続をできる限り使用するものとする。
3.出産児は依頼夫婦の実子として扱うように法を運用するべきである。必要があれば家族法の改正をする。当面は、依頼夫婦の
意向を尊重する。
第六項:第三者たる介在者
1.代理出産仲介センター(コーディネーター)の必要性
将来的には血液センター的組織のような公益的組織による配偶子(精子、卵子、胚)及び代理出産の仲介センターを設け、依
頼者及び代理母の届け出を可能とし、代理出産がスムーズに行えるような形のコーディネーター的役割をする。
それまでの間は、当事者同士で責任をもって行い、斡旋業者は認めない。
2.商業主義代理出産の禁止
斡旋業者のみに刑罰を持って禁止すべきである(医師、患者は除く)
。
4)卵子セルフバンク
今までは、未受精卵の凍結保存は不可能でした。しかし、ガラス化法というテクニックにより、未受精卵の凍結保
存が可能となりました。これも日本産科婦人科学会は安全性が確立していないとして反対意見を出しています。医療技
術の安全性は、危険性を含みつつも多くの先人達の尊い経験を経て実証されて行くものです。体外受精における顕微授
精は、そのような経過を経ずに日本に導入され、今や当然のことのように行われています。 当施設には、セキュリティーを完備した卵子セルフバンク部門があります。しかし、開設当初、40 代後半から 50 代
に至る未婚女性からの申し出が多く、将来に禍根を残しそうであったため、一時はブレーキを踏み、現在再開していま
すが、白血病も含む延命可能な癌患者さんを主に受け入れています。 高齢不妊(後述)という新しいカテゴリーの中で、若い内の結婚が不可能な場合には、卵子セルフバンクを率先し
て行うべきではないかと考えます。卵子をストックした方がその後結婚、自然妊娠された場合は、当然のこと当事者の
了解の上で、セルフバンクの卵子が卵子を望んでいる夫婦に提供できるようになれば、卵子の提供者のおられない夫婦
にとっては福音となるものと思います。産婦人科界は、率先してこのような人達のために、卵子セルフバンク体制を全
国的に展開して行く時にあるのではないでしょうか(日本産科婦人科学会は、卵子の保存を2007年にやっと当施設
を除く10施設で試験的に試行させるようになりました)
。 卵子セルフバンクガイドライン
平成14年8月8日
平成20年8月1日補
以前から精子の凍結保存法は確立していたため、精子を必要とする際に自由に融解、使用することが可能でした。しかし、一方、卵
子の場合は今までの凍結法では細胞が壊れてしまい、
卵子を保存することはほとんど不可能でした。
それが、
ガラス化法の改良により、
卵子に余り負担を与えずに凍結、必要時に融解して使用し妊娠できる可能性が出て来ました。これにより、卵子も精子と対等な関係を
持つことができるようになったわけです。
14
そこで当院では、卵子セルフバンク(自分の卵子を自分のためにストックしておくシステム)を、必要とする女性のために開設する
ことと致しました。卵子セルフバンクの内容は以下のごとくであります。
第一項:目的
1.卵巣機能に影響を与える白血病や癌、その他の重症疾患の治療に先立ち、卵子の採取、凍結保存を行い、治療後の妊孕性を維持
することを目的とする。
2.卵子の加齢に伴う妊孕性の低下を防ぐため、若い内に卵子の採取、凍結保存を行い、妊娠を希望する時点で使用することを目
的とする。
第二項:適応年齢
女性の妊孕性は加齢と共に低下する。体外受精の妊娠率も 35 歳ころから低下し、40 歳を越えるとさらに顕著となり、その率は
10 数%以下、45 歳以上は皆無に近くなる。以上を考え、35 歳以前に凍結未受精卵を作成することを原則とする。但し、それ以後で
も必要に応じ行いますが、妊娠能力は極端に少ないことを充分承知しておくこと。
第三項:方法
排卵誘発剤(内服、注射)を使用後、体外受精の際の採卵法と同様にして採卵した後に、ガラス化法にて凍結する。尚、使用時のこ
とも考え、トータルにて 20 個以上のストックが好ましいと考える。
第四項:費用
採卵及び凍結料 25 万円(採卵回数が増えればそれに応じて増額)
、年間保管料 2 万円(前払い)
。融解使用時 29 万円。
(事前検査、
事前処置の費用は別途)
第五項:保存期間
1年毎の保管料の振り込みがされずに半年以上が経過し、本人による確認ができない場合は本人の了解なく廃棄させて頂く。本人が
凍結未受精卵の廃棄を希望した場合、その時点で承諾書の下に廃棄するか別目的に使用させて頂く。
保管料が振り込まれている限り保管することとするが、原則として 50 歳になった時点で、本人の承諾書の下に廃棄するか別目的
に使用させて頂く。
第六項:凍結保存未受精卵の使途、廃棄
本人が死亡、又は自然妊娠等により、凍結保存未受精卵を必要としなくなった場合、本人の同意(あるいは生前の本人の同意)に基
づき、廃棄するか別目的で使用するかを決めさせて頂く。
別目的とは:
1.生来の卵巣不全(ターナー症候群等)
、早発閉経、手術、あるいは外傷等により卵子の無い、又は無くなった人への提供卵子と
する(非配偶者間体外受精)こと。この場合は別にもうけた配偶子、胚の受精に関するガイドラインに従う。
2.高齢のため妊娠能力の低下した人のために卵子の若返りに使用すること。この場合は別にもうける卵子の若返りに関するガイド
ラインに従う。
3.これからの生殖医療の発展のために必要とされる研究用の卵子として提供すること。
第七項:ガイドラインの見直し
1年に一度、当院の倫理委員会にて見直しをし、必要があれば改訂する。
15
第八項:ガイドラインの発効日
平成14年8月8日
第九項:依頼書の作成
付記
以下の点を十分に御了承の上でこのバンクを利用ください。
1.妊娠能力の低下
凍結・融解の結果、受精能力は 90%前後保たれます。しかし、未受精卵凍結保存においては卵子周囲に付着している細胞塊を
処理せずに凍結保存するため、卵子の性状を確認することはできません。即ち、凍結前には良い卵子(受精可能)か悪い卵子(受
精不可能)かを見分けることは出来ないわけです。更に、加齢による卵子の妊孕性低下も考えると、卵子の凍結保存に 100%の期
待感を持つことはできません。一般的体外受精でも、採卵はできるものの、何回試みてもよい受精卵を作ることのできない場合が
少なくないからです。
2.顕微授精の必要性
未受精卵を凍結・融解すると卵子の外側をおおっている透明帯が硬くなります。このため使用の際には正常の精液所見の場合は
不要である顕微授精の操作が必ず必要になります。
3.染色体異常、奇形の発生の可能性
動物実験では、安全性が確認されているものの、人為的操作を加える以上、全く安全とは言い切れません。又、染色体異常や奇
形が発生しても自然発生のものか、凍結操作によるものかの鑑別はできません。即ち、未知数な面を多分に含む技術であることを、
充分了解しておいてください。
5)着床前診断
染色体の転座等による習慣流産の予防、男女生み分け等に活用される受精卵の着床前診断。これも日本産科婦人科学
会が、厳しい適応を設けた会告により禁止しています。この会告に反した、神戸の大谷医師も学会を除名されてしまい
ました。一度禁止された男女生み分けに利用されているパーコール法は、結果的には解禁され、習慣流産への着床前診
断も適応疾患として日本産科婦人科学会は今になって会告を改めました。このように世の流れの中で流動的であるべき
会告が、一部は何ら変更されず、患者の選択権を奪い、今も大谷医師は除名されたままであります。これも私事ですが、
当施設においても転座による習慣流産例等に着床前診断を施行、12組が出産、2組が妊娠中であります(平成20年
10月1日現在)
。最初に施行したケースは 7 回の流産後、着床前診断に踏み切ったものの、子宮内膜の状態が悪く 2
回流産。そしてやっと妊娠継続することが出来、2006年末に双子の女児を出産しました。
「下手な鉄砲も数打ちゃ当
たる」と言わんばかりに転座でない子供の生まれるまで流産を繰り返させた学会に、人間の情愛が存在するのでしょう
か。 着床前診断(PGD)ガイドライン
H19.6.5
第一項:着床前診断とは
体外受精卵を子宮に戻す前に、4分割乃至8分割した受精卵から一つの割球(分割している1つの細胞)を取り出し、目的とする
染色体を速やかにチェック、問題の無い受精卵だけを子宮内に戻し妊娠・出産させる方法を言う。
第二項:適応例
1.夫婦のいずれか、又は双方に染色体異常、又は性染色体に伴う遺伝性疾患の因子があり、生まれ出ずる子供に遺伝する可能性が
16
強い場合
2.染色体に転座があり、それが原因となって流産を繰り返す場合
3.染色体異常児出産の既往があり、再発を懸念する場合
4.染色体異常児出産が強く懸念される場合
5.考慮例(基本的には施行していない)
上に同性の子供が2人以上居て、次回異性の子供を望む場合(異性の子の妊娠でないなら中絶の恐れのある場合)
第三項:留意点
染色体異常児出産に悩む方々が多い現況にあるといえる。この方法は主として妊娠する前の染色体異常のチェックを目的とするが、
既に誕生している染色体異常児を差別するものではない。親となる夫婦の意思を尊重、選択の自由の一つとしてこの技術は利用される
べきであり、説明をした上で患者の自己決定を尊重するものとする。
6)死後生殖
高裁で認められ、最高裁で認められなかった死後生殖による子供の認知。このことに関しては常日頃より不満感を持
っていました。不妊治療を開始、御主人の精子を採精したばかりの時点で御主人が急逝され、奥さんから亡き夫の精子
を使っての体外受精依頼が当院にも2002年11月にありました。お姑さんからも「嫁の希望でもあり、孫を生んで
くれるなら」との同意もあり、死後生殖に対し状況から御主人も納得済みと判断、治療に入り、2003年に妊娠、2
004年に出産しました。
「本年(2007年)の4月14日の日本産科婦人科学会総会にて、死後生殖を認めない会告
が承認される」との情報の下、その前にそれを阻止すべく、4月11日に読売新聞の夕刊によってこの事実は公表され
ることとなりました。当然のこと、4月12日に開催された記者会見を通じ、広く国民の知るところとなりましたが、
総会では死後生殖禁止が決定されてしまいました。 夫婦は一方が死亡してしまえば成り立たない ということなのでしょうか。確かに物理的夫婦は存在しなくなるか
も知れませんが、精神的夫婦は存在し続けるわけです。姑も同意し、そこに遺産問題が介在しないのであれば、妻の希
望のもと、また夫の両親も同意のもとの死後生殖による子供の誕生を、一体誰が阻止できると言うのでしょう。夫のや
がて来る死を承知の上で子供を作るケースもあるわけです。死後生殖が子供の福祉を損なうものとするならば、やがて
来る夫の死を承知の上で作る子供も、禁止しなければならないのではないでしょうか。死後生殖による子供でも、妻の
愛していた御主人を父としつつ、妻や姑により子供は立派に育てられるはずです。もし死後生殖による子供を認めない
ならば、single mother も認めてはならないことになってしまいます。一学会が、人間の生き方まで規定してしまって
いいのでしょうか。当院では現在に至るまでこの一件のケースのみですが、今後の日本の生殖医療を考える上で、十分
に議論されるべき問題ではないかと考えております。 死後生殖ガイドライン
諏訪マタニティークリニック
医 師
根 津 八 紘
弁護士
遠 藤 直 哉
第一項:死後生殖
1.定義
生前に夫婦の配偶子(精子又は卵子)、胚(受精卵)を凍結保存してある場合において、夫婦の内どちらかが死亡した場合、
その後人工生殖により妊娠させることを言う。
2.実施
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(1)夫が死亡した場合
妻が死後生殖を望むときには実施し、望まない場合には、精子、胚を破棄する。
(2)妻が死亡した場合
死後生殖の方法は、代理懐胎しかあり得ないことより、将来的な課題とする。
第二項:夫の同意
夫が死亡した場合における人工生殖に関し、生前において夫が死後生殖に同意していることを条件とする。原則とし
て文書にての同意書とする。
第三項:期限
1.原則として夫の死後二年以内とする。
第四項:児の保護
1.死後生殖により生まれた児は法の運用(届け、判決)により夫の嫡出子とするべく努力する。但し、本人は下記をも選択できる。
2.妻が児を養育するが、舅または姑に養子縁組をして身分的保障が得られるようにする。この場合、妻も舅又は姑に養子縁組をす
ることが望ましい。
3.妻が児を養育するが、他の親族や協力者の養子とする。
第五項: 夫婦双方が死亡した場合は、その時点で死後生殖に関する一切の権利と法律関係は消失する。
平成14年11月10日 施行
平成19年 4月 1日 改訂
2.新しいカテゴリーとして考えるべき高齢不妊
1)子供が欲しいなら、女性は 17,8 歳で結婚妊娠すること!? 何も懐古的になろうなどとは思いませんが、今から 100 年程前までは、女性は 17、8 歳で結婚し子供を 4 5 人から
10 数人産んでいました。 女性を子供を産む道具にしようとは思いませんが、女性がこの位の年齢で結婚し、沢山子供を生むことが、どれだけ
現代のような無駄な不妊治療をしなくて済むかということについてお話致します。何故ならば、一般的な女性の妊孕期
間が、15、6 歳から 45 歳位までと考える時、その間に子宮や卵巣等は加齢によって変化し、特に 35 歳以降は著しく妊
孕性が低下していくからです。 10 代の女性で子宮筋腫のある人はまずいませんし、卵巣腫瘍のある女性は稀にしか居
ないと言っても良いでしょう。しかし、若い時に芽のように存在していたものが加齢により大きくなり、不妊や不育症
の原因になり得ることを忘れてはなりません。近年、アンチエイジングというものがもてはやされていますが、見た目
がたとえ若く健康であろうとも残念ながら女性の子宮や卵巣のアンチエイジングは出来ないのが現実だということをも
っと一般的に若いうちから知らせる必要性があります。 (1)子宮の不妊原因疾患 ①子宮筋腫 子宮の腫瘍で最も多いのが子宮筋腫です。顕微鏡レベルで発見される子宮筋腫も含めれば、女性の 2 人に 1 人は筋
腫があると言っても良いでしょう。その筋腫は加齢と共に肥大化、特に 35 歳から 40 歳頃にかけて臨床症状を引き起こ
す傾向にあります。筋層内筋腫は肥大化する中で、子宮の内腔の形を変形させ、不妊や不育症の原因となり、粘膜下筋
腫に至っては、IUDと同じような役目をして、より不妊の原因となり得、また、月経過多や月経困難症の原因ともな
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り得ます。しかし、どのような筋腫でも筋腫部分だけを核出すれば済むことで、妊娠を望むのであれば、子宮全体を摘
出する必要はありません。現在、私の下には、未婚の時代に筋腫のために安易に子宮摘出術を受けてしまった女性が代
理出産の相談に多数来院してます。筋腫だけの理由で子宮摘出術を、それも本人が希望もしないのにすることはあり得
ないことで、もしもあったとするならば、それは犯罪行為(傷害罪)と考えても良いでしょう。 ②子宮腺筋症 子宮全体又は限局した形で存在し、超音波検査の出来なかった時代は、子宮腺筋症の多くは子宮筋腫と診断されて
いました。子宮腺筋症は例え限局していても、子宮筋腫と異なり核出しずらく、子宮全体に存在する時は、手術的対応
は不可能に近いでしょう。子宮内膜症もそうですが、薬での対応は一時的なものであり、根治することは不可能に近い
と考えて良いかと思います。又、これは年齢と共に重症化、子宮内膜症を合併し肥大化した子宮腺筋症は、止むなく妊
娠を諦め、子宮摘出術をせざるを得ない場合があります。その意味においても、子宮腺筋症と診断した場合には、早期
の妊娠・出産を可能にすべく、啓蒙する必要があるものと考えます。 ③子宮癌 ⅰ)子宮頚癌 子宮頸癌のほとんどは、STDの一つであるヒトパピローマウィルスによって発症することが、今度のノーベル賞を
受賞することとなったハラルド・ツア・ハウゼン博士によって究明されました。若い女性の中に子宮頸癌が広まり、発
見された時には手遅れで、子宮全摘出術や両側卵巣切除術も受けなければならないケースが依然として存在します。そ
のような人達が子供を望む場合は、以前は諦めざるを得ませんでしたが、今は代理出産を望む人が出て来るようになり
ました。しかし、広汎性手術の場合は代理出産を望もうとしても、卵子も提供してもらうサロゲート法しかありません。
前述しましたが、未婚又は結婚したての女性が子宮全摘出術をしなければならない症例に遭遇した時、代理出産の道も
あるからと希望を持ってもらい、手術を受けさせるべき道もあるのではないかと思います。不妊治療に関わる産婦人科
医だけでなく、子宮癌を含む子宮腫瘍に関わる産婦人科医も、妊娠を望みながら子宮を失う女性の立場を、もっと本気
になって考えるべきではないでしょうか。手術後代理出産のために米国へ紹介する医師にはまだ良心が残っていると思
いますが、吐き捨てるように代理出産を否定しながら子宮摘出を施行、私の下へ助けを求めに来る患者さんを作ってい
る産婦人科医が居ることを、私は残念に思います。いずれにしても、若年層への性感染症(STD)に関する知識と、
子宮頚癌検診の励行への啓蒙活動と共に、国内で代理出産の出来る体制を早急に確立すべきです。また、このウィルス
に対するワクチンは、既に米国において開発され、汎用されているにも関わらず、国内においては認可が遅れている現
状を、日産婦は率先して公にし、早期の認可を国に働きかけるべきではないかと思います。この頚癌に関しても当然の
こと、加齢により発症する危険性が増大して行きます。 ⅱ)子宮体癌 基本的には閉経近く、又は閉経後の女性に多く見られる癌とされていましたが、発症起点が全く異なる形で、最近は
若い人にも時々見られるようになりました。いずれにしても加齢と共にその頻度は高くなるわけで、これに関しても若
い内での結婚・妊娠、又は不妊への対応をすることは、子供を得られなくなる頻度を減らすこととなります。 ④子宮内膜の条件 子宮内膜も加齢と共に妊娠に対する条件は悪化すると考えなければなりません。特に前述した子宮筋腫や子宮腺筋
症による影響、又は内膜ポリープが加われば、尚更のことであります。更には望まない妊娠に対し、人工妊娠中絶の機
会もあり得るわけですから、
加齢と共にそのような既往が子宮内膜の条件を更に悪化させ得ると言っても良いでしょう。
(2)子宮以外の不妊原因疾患 ①子宮内膜症、チョコレート嚢腫 これも加齢と共に重症化、不妊の原因となり得ることから、若い内の結婚・妊娠、又は不妊治療が最も求められる疾
患と言っても良いでしょう。 子宮内膜症が増加傾向にあるのは、環境汚染が関与しているとの考え方もありますが、私は妊娠・出産が遅くなった
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ことも大きな原因ではないかと考えています。昔のように、17,8 歳で結婚・妊娠・出産・母乳育児を繰り返していれ
ば、子宮内膜症を発症させる余地が無くなり、例え発症しても、不妊の原因とならずに済んでいたものと考えられるか
らです。先日手術したケースは、以前にチョコレート嚢腫のため開腹手術をし、その際の腹腔内の状態はチョコレート
嚢腫だけでなく、内膜症のため対応し切れない程ひどい状態でした。そのケースが体外受精にて妊娠し、出産・母乳育
児を経て、月経再開後、腹痛にて再来、術後の瘢痕等のための黄体化非破裂卵胞による排卵痛と診断、日常生活にも支
障を来し、子宮腺筋症もあったため、本人の希望にて腹式子宮全摘手術を施行。その時の腹腔内の状態は、癒着は強か
ったものの、以前認められた大きな内膜症病変は、ほとんど消失していました。即ち、妊娠・出産・母乳哺育が子宮内
膜症の治療にも一役かっていたものと考えられた症例でした。 ②STD(性感染症)とその後遺症 ⅰ)卵管閉塞 卵管閉塞や、次に述べる卵管水腫の全てがSTDの結果というわけではありませんが、多くはSTDの後遺症と考
えられます。最近はクラミジア感染が多く見られ、その結果、卵管閉塞や癒着を起こし、不妊の原因や子宮外妊娠の原
因となっていることが多くあります。 ⅱ)卵管水腫 卵管の先端部での閉塞から卵管水腫を形成、水腫部分からの水溶性分泌物が時々子宮内に流れ込むようになり、着
床しようとしている受精卵をも洗い流し、体外受精をしても妊娠しない原因となっている場合があります。このような
ケースには、卵管水腫を切除、体外受精下での妊娠を指向すべきでしょう。 若い内にSTDになってしまったならば結果は同じですが、一般的には加齢と共にSTDになる可能性が高いため、
これに関しても若い内の結婚・妊娠が不妊予防となり得るものと考えられます。 ⅲ)パピローマウィルス感染による子宮頚癌(子宮頸癌の項参照) ③卵巣癌、卵管癌 これも加齢と共に頻度は増加することより、若い内での結婚・妊娠、又は不妊治療が求められます。 (3)排卵障害 ①早発閉経(卵巣不全) 人によっては、一生の内排卵する卵の数が 20 30 個とか、多くても 100 個位しか無い場合があり、月経不順で時々排
卵が見られるものの、20 歳代や 30 そこそこで早発閉経となってしまう場合があります。昔のように 17,8 歳で結婚し
ていた場合は、2,3 人子供を儲けた後、早目の閉経となっていた人でも、今のように結婚を遅らせてしまうと、結婚前
に排卵し切ってしまい、結局早発閉経のために子供を作ることが不可能な人が出て来るようになりました。私が最初に
非配偶者間体外受精を行ったケースは、正にそのような状態であったものと考えられます。また、最近は不妊治療によ
る排卵誘発剤の使用が、割合安易に行われるようになり、その結果一度に多数の排卵が生じ、最終的には人為的早発閉
経となるケースも見られるようになりました。このような場合も考え、少なくとも結婚以前における排卵の見られない
ケースに対しては、排卵の有無を調べる誘発剤の使用は慎むべきかと思います。 卵巣の悪性腫瘍の場合は当然のこと、卵巣を全摘せざるを得ません。しかし、良性腫瘍の場合においても、左右二個
あるからと、安易に片側の卵巣を切除してしまう場合があります。しかし、残された卵巣にも腫瘍ができ、一部を残し
たとしてもやがて卵巣機能が無くなり、早発閉経となる場合があります。卵巣は二つあるからと、安易な対応は慎むべ
きでしょう。 ②卵子の老齢化 男性の場合、活動性のある精子が有るのであれば、精子の老齢化ということは余り考えなくて良いのかも知れませ
ん。しかし、女性の場合は、卵子の老齢化が決定的な形で存在するため、例え排卵していても、妊娠の可能性は低下、
又、例え妊娠しても、染色体異常を来し易く、不育症の原因ともなり得ます。この卵子の老齢化を補うべくその卵子の
核を若い人の卵の核と入れ替え、原形質を若返りさせる形で卵子の若返りを図り、妊娠率を上昇させる方法も試みられ
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ています。しかし、若い卵の提供者が居ないこと、又、倫理的な問題、原形質中のミトコンドリアの妊娠への関与等が
考えられ、実際的に繁用されることは不可能に近い状態にあると言っても良いでしょう。 このような理由により、現在のところ、卵子の老齢化が高齢不妊の最大の原因となっています。 2)男性不妊症 (1)乏精子症、無精子症 男性の場合も、加齢と共に精子数が減少し、普通の夫婦関係だけでは妊娠が不可能になる場合も出てきます。又、年
齢と共にSTDに感染する機会もあり得、その結果、精管の閉塞により無精子症になる場合もあります。又、STDで
なくても自然に加齢と共に無精子症となる場合も稀には存在しています。これ等に対してはかなりICSI(顕微授精)
で妊娠が可能になって来たとは言え、無視出来るわけではありません。 (2)ED(勃起不全) これも加齢や年齢に応じた社会的ストレスにより増加傾向にあります。単なるEDはバイアグラにより加療が可能で
ありますが、加齢やそれに伴ったストレスにより生ずる性欲減退も、不妊の原因となり得ています。 3)高齢結婚とその原因 (1)生殖に関する無知 最近、高齢結婚の下、高齢不妊(晩婚不妊)で来院する夫婦が増える中に、生殖に関する無知からのケースが多く
なっており、それもインテリと呼ばれる人達の間に多くなっている感じがします。男性は活動性のある精子があれば死
ぬまで妊孕性を持っていると言ってもいいのですが、女性の場合は限界があります。極端な言い方をすれば子供を授か
りたいならば 35 歳までに妊娠すべきと考えます。 過日、以下のような御夫妻がはるばる遠方より来院しました。妻が 45 歳、夫が 56 歳、2 年前に結婚、その後子供が
出来ないので他院で加療、体外受精を 3 回受け、その結果、年齢的に無理に近いと言われ、当院を受診。妻には子宮内
膜症と子宮筋腫が幾つかあるとのことでした。過去に少し病気をしていたことと、親の面倒を診ている内に婚期が遅れ
てしまったが、結婚したら子供は直ぐできるものと思っていたとのことでした。又、受精卵はグレード1だから、きっ
と子宮の状態が良くないので、代理出産をしてもらいたいとの希望も持っていました。 私はこの話を聞いて、結論的に不可能であると判断、おもむろに話を始めました。
「御夫妻の年齢からして、妊娠す
ることが難しいことと、例え妊娠したとしても育てられる子供の身になって考えた時、余りにも惨めではないかと思い
ひこまご
ます。奥さんの年齢からすれば、生まれる子供は孫のような存在、御主人にしてみれば、曾孫であっても不思議ではな
ば あ
ひ い じ い
い年齢です。授業参観に来る両親が周囲の親に比べ祖母さん曾祖父さんという感じになるわけですし、その子が多感な
思春期を迎える頃には、母親は 60 歳を過ぎ、父親は 70 歳を過ぎているのです。その年で多感な時代の子供に対し切れ
は た ち
るでしょうか。子供が20 歳を迎えた時には、母親は 60 歳後半、父親は 80 歳位で、一人前になる頃にはと考える時、私
は御協力する気にはなれません。プライベートなことで僭越ですが、実は私は母が 40 歳の時の子供です。4 番目の子供
でしたから、中絶されていても不思議ではなかった存在。にもかかわらず生んでくれたことを感謝こそすれ、恨んだこ
と し
となど一度もありません。しかし、振り返って考える時『あの年齢の母に私を背負わせて、私は病院へ行っていたんだ。
あの年齢の母に、あのような生意気なことを言っていたんだ』と思うと、この年齢になっても申し訳ない気持ちで一杯
になります。皆さんの子供が今出来たとしても、私以上の状態に置かれるわけですから、その子供さんに私以上の、親
に対しての申し訳なさを味合わせると思うと、どうしても協力する気にはなれません。 更に、子宮内膜症、子宮筋腫という条件と奥さんの年齢を考えた時、この信州まで足を運ばせても貴重な時間とお
金を浪費させてしまう結果で終わることは大です。又、
『代理出産でも』とのことですが、一体誰が代理出産をしてくれ
るというのです。簡単に代理出産などということを考えないでください。 失礼ですが、この年齢になって結婚したならば、大切な時期を不妊治療のために無駄に費やすことよりも、今の時
期を二人でエンジョイしながら老後のことを考えたらどうでしょう。それとも、20 歳そこそこの子供に皆さんの老後の
責任を負わせることになるということをお考えになったことはありますか。 21
貴方々と同じような立場の方達が沢山受診されていますが、いつも同じようなことをお話し、不妊治療を諦めて頂
くようにしています。これだけの時間を使い、関わらせて頂いている私の気持ちを御理解頂き、お引き取りください。
」
と。 このような内容を不妊患者から問い合わせを受けた時、返事をメールやFAX、又は電話で済ませられる内容では
ないと考えます。そのため、予約制にて時間を作り、1 2 時間程かけて詳細を聞くことにしています。 よろず
身から出た錆で、今や全国からの不妊患者さんの 万 相談所をやっているのが現実です。 (2)社会環境 20 代で結婚するのが当たり前、という時代がなくなり、戦後、繁栄と自由(もしかしたら奔放)の下で育って来た
今の適齢期の人たちは経済的面や自由さの中に、結婚しようと考える魅力的条件が余りにも少ないと言えるのではない
のでしょうか。また、仕事に就業、そして仕事の面白さ、やり甲斐を持った時、古い考え方の残った家という中に入っ
て、子育てをすることの空しさを感ずる女性は、沢山居ても不思議ではありません。 このような女性が、結婚したいと考える頃には、既に高齢不妊の域に入っているというのが現実かも知れません。 また、最近の傾向では、終身雇用制度の崩壊、非正規雇用者の増大、経済基盤の損失などの社会不安、などにより
将来に対する明るい展望を若い世代が持てなくなっているのも男女共に結婚に踏み出せない原因の 1 つだと思います。
明るい将来というイメージをどれだけ若者が実感として持てているのか正直疑問です。 (3)乏結婚チャンス ─新しい形の結婚相談所の必要性─ 少子高齢化ということが叫ばれてから久しくなります。しかし、何ら国としての対策は取られないまま、政府の出
す予想を上回って少子化が進んでいることを、最近の外来診療を通じても如実に感じているのは私だけではないと思い
ます。それは、婦人科疾患で来院する患者さんのかなりの方が結婚していないことから、充分推察されるのであります。
それも、前述した結婚したくないというのではなくて、結婚したくても相手が居ないという人が多いとのこと。折角子
宮筋腫で筋腫だけ切除しても、又、子宮内膜症の結果チョコレート嚢腫が出来ている方に、開腹せずチョコレート嚢腫
の内容吸引(この場合必ず内容の悪性の有無の検査を要す)
、嚢腫内膜のアルコール固定をして妊娠し易くしても、結局
結婚・妊娠というプロセスを経ずに終わっている女性の多いこと。そんな人達に、
「苦労して子宮や卵巣を残してあげた
のに、どうして使わないんだ」と、冗談交じりに言うと、
「結婚したくても相手が居ないんです。私の職場は男性が居て
も所帯持ちばかり。車で朝早く出勤して遅く帰宅する生活で、どうやって結婚相手を探すのです。先生探してください。
」
と。 そのような話を聞く度、結婚生活や家庭生活に対する魅力減退だけの問題でなく、結婚相手が探せないという現状
も大きくなっている感じがします。自由恋愛の中で、チャンスを作れない人達に、かつては仲人という役目の人達が、
そうは言うものの残っていましたが、今は皆無に等しく、例え居たとしても「最近の人達は難しくて」という反応が返
って来るのも事実です。 難しいかも知れませんが、やはり、第三者の仲人役が必要ではないかと考えます。解決策の一つとして、国はカッ
プルを作った仲人に褒賞金を与えるというような制度でも作ったらどうでしょうか。 近年は自治体で積極的に結婚支援の事業を始めるところも出ているようですが、なかなか時代に即した新しい対応は
むずかしいようです。 (4)妊娠・出産・育児への援護体制の未整備 女性が働きながら、妊娠・出産・育児を可能とする体制が、家庭内にも社会的にも充分整っていないことが、結婚・
妊娠への意欲を減退させ、そういう状況下にあっても結婚・妊娠をやっと決心した時には、既に女性が高齢不妊の領域
に入り、手遅れとなっているようなケースも増えて来ています。 確かに男女共同社会というシステムは整い始め、男性と同じように重要なポジションに女性も就けるようになって来
ました。しかし、簡単にその場からその立場の女性が結婚を理由に手を引いたり、手薄にすることなど出来ない状況に
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もなりつつあります。又、夫である男性が育児をサポートできたとしても、妊娠・出産・母乳育児は女性でしかできな
いことであります。更に、たとえ仕事に復帰し得たとしても、仕事を休まず続けていた男性と肩を並べて仕事を続ける
には大変な労力を要するでしょう。このことを考えると、なにかしらの対策が施されない限り女性が婚期を逸し、高齢
不妊となることは否めない事実となるのです。 .....
少しでも働く女性が母乳育児に困らないようにと、当施設では独自の0歳児母乳保育士育成に努力、その結果その
ような保育士が院内の働く女性に対しても母乳哺育継続を可能にしていますが、それでもそれは子供を生んだ後のこと
だけです。即ち、どんなことをしても、女性しかし得ない妊娠・出産の期間を男性が取って変わることはできないので
あります。 日本の今の状況を考えても、女性の労働力は国の財産なのですから、その女性たちにより多く子供を産んでもらう為
の社会制度を国は早く打ち出さないと、晩婚化も高齢不妊も少子化もくいとめることは出来ないでしょう。そうでない
のならば、人工子宮か、または牛か豚などに人間の子供を生ませるか、そして牛から人乳を出させるかでもしなければ、
現在の働く女性が高齢不妊となるケースを皆無にすることは不可能でしょう。 4)高齢不妊の社会への影響 (1)子育てへの影響 ①異常妊娠・異常出産の増加・母乳分泌の低下 高齢不妊に対する治療の結果、妊娠できたとしてみましょう。この場合は高齢が故に、異常妊娠・異常出産となる率
は当然増えることになります。又、高齢になればなる程、母乳分泌は低下、人工栄養となる確率が増え、そのためのデ
メリットも考えておかなければなりません。 ②養育への問題 たとえ、子供が生まれたとしても、子供の養育への問題があります。母親が家庭に入る場合ならいざ知らず、多くが
夫婦共働きというパターンを取るでしょう。その場合、夫婦共、年齢的に重要ポジションに居て、子供との接点が、若
い夫婦の共働きの場合と異なり少なく、不充分となりやすいようです。また、たとえ母親が家庭に入り得たとしても、
頭で考えた子育てに陥り易くなる傾向にあります。基本的には子育ては体でするもので、一概にはいえませんが高齢出
産したケースに、子育ての下手なケースが多いのは、そのためだと思うのは私の偏見でしょうか。 (2)経済的人的損失 女性が結婚せず働くこと、また結婚しても子どもを生める状態でなくとも働き続けることにより、社会における経済
メリットは確かにあります。しかし、その結果、高齢不妊を作り、その不妊治療に要する治療費とそれに要する時間的
損失、そして何よりも次の世代を担う子供の出生が遅れること、更には子供ができなかった場合を考えると、経済的人
的損失は計り知れないものがあります。 又、前述したごとく、例え妊娠できたとしても、高齢が故に異常妊娠・異常出産は多くなるわけで、それに要する
治療費、時間的損失は馬鹿にならないものと考えられます。 ですから、女性が働きながら子供を生める環境をつくることは、社会全体にとってとても有益なことはあきらかなの
です。 Ⅲ.扶助生殖医療を推進する会
人の助けを借りて妊娠・出産することが、体外受精・胚移植技術の進歩と共に可能となりました。最初にも述べたよ
うに、このような方法は相互扶助精神を生殖医療にも適用させたわけで、そのような人達をサポートしたり、そのよう
な立場の人達の繋がりを付けようとして結成された会であります。将来的には、
「私には精子(または卵子)がありませ
ん。どなたか協力してくださる方はありませんか」とか、
「私には子宮がありません。どなたか私の代わりに子供を生ん
でくださる方が居ませんか」等、公な形で話ができ、お互いが協力し合えるような社会になりたいと考えています。
以下、その会の会則をお示しします。
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〈会則〉
1.目的・名称
当会は何らかの原因で、妊孕可能な時期に配偶子(精子又は卵子)を創出できず、又は子宮を保有しないため、あるいは卵巣およ
び子宮を保有しないため、子供を手にすることのできない人が、ボランティアから配偶子の提供を受ける、又は子宮を借りる、もしく
はその両方の治療等を実施することにより出産を可能にすることを目的とする。名称は、扶助生殖医療を推進する会とする。
2.組織
(1)患者会
治療を受けることを希望する患者、及び扶助医療により子供を手にし得た患者を会員とする。
(2)賛助会
目的あるいはその一部に賛同し、一般の不妊治療を受けている患者、率先して治療や支援をする医師、研究者、弁護士、学生、
市民を賛助会員とする。
(3)事務局
医療法人登誠会諏訪マタニティークリニックを事務局とし、代表を根津八紘とする。患者会、賛助会への入会、退会は自由とす
る。
3.広報活動
報道機関に対して、患者のプライバシーを完全に保護しつつ、実施の必要性、実施の状況を広報するものとする。但し、患者の個別
事情により、情報の制限を希望するときは、事務局へ申し出るものとする。
4.患者間ネットワーク
患者間のネットワークを作るものとし、患者間相互支援を推進する。但し、氏名、住所、連絡先、又は疾患などを明らかにしたくな
い者は事務局へ申し出るものとする。
5.支援要請活動
患者会、賛助会の会員は、扶助生殖を推進するため、世に広く理解を求め、今後発生するであろう、日本産科婦人科学会への差止及
び損害賠償請求の訴訟、代理出産児の実子認定訴訟を支援し、更には扶助生殖医療禁止を含む患者にとって不利益な内容となる法案の
提出、成立を阻止する活動を行う。尚、法的な問題は当会の顧問弁護士遠藤直哉が担当する。
6.総会など
年1回以上、総会を行う。
研究会、セミナーについては適宜、会員以外にも呼びかける。
7.会則改定
会員からの要請に応じて、事務局は適宜、本会則を改定する。
8.会費、運営費
年会費を1,000円とする。尚、患者会は1組で1,000円とする。
その他、寄附等により運営する。
9.倫理委員会
別に設ける。
この会則は、平成16年7月25日から施行する。
平成16年11月27日 一部改訂
平成18年1月28日 一部改訂
Ⅳ.生殖医療の将来
1.開かれた医療へ
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1)日産婦会告のガイドライン化
既に述べて来ましたが、会員の暴走防止のために作ったと考えられる会告ですが、今や会員のみならず患者に対し百
害あって一利無しの感は否めないでしょう。目の前の患者のために、会告に反してもその技術を提供しようとすれば、
私の様に反旗を翻してでもするか、または水面下でコッソリとするかのいずれかであります。多くの医師は諸般の事情
により、前者は選べませんから、後者を選ぶしか仕方ないかも知れません。本日ご出席の皆さんの施設でも、会告に反
しコッソリとやっている施設があるかも知れません。やってはいけないとは申しませんが、
「これは認められていない」
とか、
「内緒でやってあげる」とかいう言葉を使うべきではないでしょう。
「患者さんのことを考えれば、当然してあげ
る技術である。学会の方針が間違っている。患者さんのことを第一義的に考え、私は施行します。
」と堂々と話し、技術
を提供すべきでしょう。さもなくば、患者さんは悪い事をして自分の子供を手に入れる、または手に入れたというイメ
ージを一生持つことになるのです。また、その医療に関わるスタッフも、
「うちの医者は悪い事をしている」という感じ
を抱き、決して良い結果をもたらさないものと思います。いずれにしても、会告は間違っていないと思う場合は、絶対
に会告に反する事は、してはならないと思います。どちらにしても、一刻も早く、改めるべき内容は患者を中心とした
内容に改め、会員に対する時代に即した指針のレベルとし、それも毎年状況に応じ改められるガイドラインとすべきで
しょう。
只でさえトラブルが多く、しんどい産婦人科界、そして上層部の人たちが、ある面では勝手な価値観で作った会告を、
「守るのが当然、破ったら許さん」とするような閉鎖的で魅力の無い産婦人科界に入ってくる若い医師は、益々少なく
なって行くでしょう。
いずれにしても、社会的・法的・倫理的(絶対的倫理観のレベル)な問題は、問題として世に問いながら、患者を中
心とした医療とすべく、医師は様々な問題を探求しつつ、率先して関わるべきではないでしょうか。
2)生殖医療に関する会員からの届出制
体外受精に関することだけでなく、妊娠・分娩に関する諸々(流産、死産等)
、更には特殊生殖医療(減胎手術、非配
偶者間体外受精、代理出差、卵子セルフバンク、着床前診断等)
、その外、事後報告制をとり、生殖医療における日本の
全体像を把握できるようにすることは、医療の公明性を高めることになるものと思います。
2.高齢不妊と高齢妊娠・出産への対策
これから益々増加することが考えられる高齢者の結婚、それに伴う不妊や妊娠・出産の抱える問題は、医学的・社会
的問題を複雑化することは必至であります。遅い感もしますが、少しでもこれ等の問題を解決すべく、今からでも対策
を考えるべきでしょう。
既に高齢不妊の項で述べましたが、①子供を望むならば女性は一刻も早い内に妊娠すること。②30代後半以降に妊
娠する予定の女性は30代前半で卵子セルフバンクを考えること。③社会全体で働きながら女性が妊娠・出産・育児が
可能な体制を作ること。④妊娠・出産が不可能な女性のために、子育ての終わった女性が代理出産をしてくれるような
体制を作る。⑤更には子どもをめぐる社会的経済的保障制度を充実させ、シングルマザー、片親家庭に対する蔑視を無
くし、子どもを育てる環境改善をする。
以上のようなことを考えなければ、日本の少子化は改善できないのではないでしょうか。
3.生殖医療の予防医学への適応
医学は診断・治療、早期発見・早期治療、そして今や予防医学にスタンスを置いたレベルにあります。
例えば高血圧について考えてみましょう。食事や生活改善により、ある程度予防できるかも知れません。しかし、遺
伝的要素の強い人は、どのような対策を持ってしても完全に予防することは不可能であります。次の予防策は、そのよ
うな遺伝子を持った子供を生まないようにすることです。すなわち、着床前診断の段階で高血圧の遺伝子をチェックで
きるようになればセレクトし、高血圧の遺伝子を持った子供を生まないようにすることも予防医学のレベルに含める時
代が必ず来ることと思います。それは 優生思想ではないか と思われる方が居るかも知れません。しかし、高血圧で
悩んだ方が、自分と同じ苦しみを子供に継がせたくないと考えることも選択の自由の領域に含めておくべきではないか
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と思います。但し、染色体診断と同様、たとえ遺伝子診断が汎用されるようになったとしても、病気の予防のみに適応
すべきものと考えます。
4.宇宙における生殖医学
当施設には、
福島県立医科大学の生理学教授であった清水強医師による、
清水宇宙生理学研究所が併設されています。
ぞうけい
清水医師が NASA との接点もあり、また宇宙生理についても造詣が深いこともあり、宇宙における生殖医学に関して
も関わって来ました。
世界が今も、どこかで戦争をしています。しかし、宇宙へ向けて夢を持ちつつ、世界が協力するようになれば、戦争
も無くなるのではないでしょうか。宇宙という全く新しい環境の中で生活するようになった時の状態を想定しながら、
今の内から宇宙環境における生殖医療について考えることは、大変楽しいことです。
現在は無重力状態の妊娠環境について細々と研究を進めていますが、無重力状態で妊娠出産、また体外受精等の生殖
医療に関わったら、と考えてみるだけでも楽しいことではないかと思います。
Ⅴ.私の信念
1.問題提起とバッシング
新しい医療技術が開発され、それが最初の臨床応用という形で口火が切られると、必ずやバッシングを受けると言っ
ても良いでしょう。多くの人はその技術に抵抗感を抱き、時としては阻止に向けた大きな動きとなることもあります。
しかし、それも様々な論議の末、それ等の多くは、やがては受け入れられ、既存のものと同様汎用されるようになって
行くものと思います。
一方、最初のバッシングを恐れ、水面下で施行し、患者に供する形をとりながら、その内その技術は水面下で広まり
うやむやになり、やがては当たり前のように行われるようになることもあります。
日本の国には、 和をもって尊しと為す という素地があり、公な形で論議することを敬遠する傾向にあります。しか
し、今や様々なことがグローバル化した中に日本は置かれていますので、私共日本人は世界中から日本としてのスタン
スを問われる立場にあります。このような時代に 根回し とか うやむやにする という手法は、もはや通用しなく
なっていると考えるべきではないでしょうか。
だからと言って、社会的・医学的・法的問題を必ずや含んでいると言ってもよい新しい医療技術の抱える問題を、何
の切掛けも無く、ある日突然それぞれの分野(社会学・医学・法学)の人が真面目に、しかも短期間で論議をするでし
ょうか。私は今までの歴史的背景からして、
「否」と考えます。新しい医療技術はたとえ未完成でも、目の前でその技術
の提供を待っている患者のために、信頼関係による同意の下で供することにより、たとえパーフェクトでなくとも救え
る術となるかも知れません。ジェンナーは臨床応用により問題提起をして、当初はバッシングを受けたものの、その技
術は完成への道を辿り、結局その後地球上から天然痘は撲滅されました。
すなわち、
新しい医療技術においては誰かが口火を切り、
たとえバッシングを受けつつも患者に必要とされるならば、
やがては当たり前の医療技術へと変わって行くものと思います。
このバッシングを単なるバッシングで終わらせるのではなく、口火を切った者と共に様々な角度から問題について論
議することが、それぞれの分野の専門家に今や求められていると言っても良いのではないでしょうか。さもなくば、日
本から新しい医療は、今までもさることながら、これからの世の中に正当に発信していくことはできないと私は考えま
す。
2.おかしいことはおかしい
「おかしい」
「変だ」と感ずることは、人それぞれの価値観によりある程度異なるかも知れません。しかし、減胎手術
における「4胎中絶して許されるが、2胎を残し出産に至らせることは間違っている」
「AID(非配偶者間人工授精)
は良くて、卵子提供、更には精子提供による非配偶者間体外受精はまかりならん」
「ボランティア精神や善意、そして人
間愛により、何の代償も求めずに行われる代理出産も一律に禁止」等々、産医会や日産婦で決めたのだから、何でも従
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えとすることは、一般常識からしてどう考えても「おかしい」と、私は思います。
私達は自由主義社会の中で、他人に迷惑を掛けない限り、絶対的倫理観に反しない限りにおいては選択権が保証され
ています。
産医会も日産婦も、ある面では仲間の会ですから、会の内規に反する人は除名されたり脱会したりすることは自由で
あります。しかし、産医会の内規に従わなければ、母体保護法指定医として認められず、人工妊娠中絶をすることがで
きません。また、施設長が日産婦の会員で、産婦人科専門医(日産婦の中だけでの資格)でなければ、日産婦の体外受
精指定施設として認められず、それは即、国からの不妊治療助成金を患者さんが受けることのできない施設となってし
まいます。即ち、任意団体に公的権限が委ねられているのです。その結果は、今まで述べてきたごとく、理に合わない
取り決めや強制的会告によって、日本の産婦人科医は支配され、その結果は国民から医療の選択権が奪われることとな
っているのです。産医会に入らずとも、また日産婦に所属しなくても、国としての規準を満たすならば、本来国の資格
が与えられるような国の制度であるべきです。
いずれにしても「おかしい」
「変だ」と思うことを、また国民が損害を被っていることを、本来ならば当然改善すべき
と思いますが、多勢に無勢変えることができない状況にあります。このような実情を広く知って頂き、
「おかしい」
「変
だ」と思うことが改善されるべく努力して行きたいと思います。
3.法は変えるためにある
私達は法治国家に住んでいることからして、法を守ることは当然であります。法は、社会を構成する一人一人の幸せ
を守るために作られ、運用されているものと思います。しかし、科学は進歩、国際化する中で、私達を取り巻く環境も
変化すると、既存の法では対応できなくなるのは当然のこと。即ち、法を変えなければ、当初の目的を達成できなくな
るわけです。道路交通法や建築基準法はその代表的なもので、必要に応じ常に変えられ、住民の安全確保のために運用
されています。
反面、本当は変えなければならないにもかかわらず、変えられていない法もあります。既に述べた民法の中の家族法
における親子の規定が、時代に即した形で変えられないために不幸を背負う人が出てきました。向井亜紀さんの代理出
産における親子関係の裁判は、結局古い判例を持ち出し、親子の幸せを奪う判決を出してしまいました。 子供を生んだ
女性が母親 という判例は、今から30数年前の判例で、現在の新しい医療技術下で生じた代理出産とは全く異なるケ
ースであり、それに適応することは法の基本を逸脱する判決でしかあり得ません。
今までは子供が生まれるためには、男女の性行為によって妊娠が成立、出産に至っていました。しかし、今は精子と
卵子を採取し、体外で受精させ、子宮に戻すことにより妊娠が成立、子供を誕生させることができるようになっていま
す。そのような状況下では、どの精子とどの卵子を体外受精させ、誰の子宮に戻すかの経過の中で、様々な場合が生じ
て来ることを考えなければなりません。即ち非配偶者間体外受精や代理出産だけでなく、将来は人工子宮の中で子供が
育ち生まれることも考えなければならないでしょう。それによって、今までは諦めるしか方法の無かった御夫妻が、子
供を手にして幸せな家庭、幸せな人生を送ることも可能になるわけです。当然、新しい技術を悪用する人間も出てくる
と共に、恵まれない子供も誕生して来る可能性もあります。向井亜紀さんのケースは正に司法の怠慢であり、だからと
言って様々な先進技術を、禁止する法によって運用しようとする法治国家は本来の法の役割を放棄することとなるので
す。
一方、あってはならないことですが、その時代の権力者の無知や偏見によって法が作られ、その適応を受ける人達が
人権を無視され差別されてしまうこともあるのです。その代表的な例が、母体保護法(1996制定)の前身である優
生保護法(1948制定)
、そして癩予防法(1931制定)
、その後のらい予防法(1953制定、1996廃止)で
あります。ハンセン病を遺伝病や不治の伝染病とした学者によって、優生保護法の人工妊娠中絶や永久避妊手術を強要
されたり、癩予防法、そしてらい予防法により隔離政策がとられ、ハンセン病患者さんは長い間全く人権を剥奪されて
来たのです。私は1969年頃、沖縄県立中部病院における産婦人科レジデント時代に、屋我地島にあった隔離施設に
おいて、先輩の医師と共にハンセン病患者さんの中期中絶(妊娠14,5週頃の人工妊娠中絶手術)を行わなければな
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りませんでした。状況からして強制的なケースであったものと思います。ハンセン病患者さんに対する人権侵害の法、
そして隔離政策の誤りは、患者さんからの訴えにより作られてから70年、廃止されてから5年の歳月の末に、国が謝
罪する形で一応幕を閉じたのです。
即ち、法は人間が作ったもので、絶対ではあり得ないのです。法制定に関わる人も法の下に生きる私達も常に法の原
点に戻り、何のために法があり、何のために法を守らなければならないのか、もしかしたらその法が人権侵害になって
いないか、を考えながら生きる義務もあるのです。そしてもし、その法が人権侵害であり、人々を不幸にするものなら
ば、それを変える義務と権利を私達は持っていることを忘れてはならないでしょう。当然のこと、法を作る時は尚更の
ことです。
生殖医療、特に代理出産に関する法が作られようとしています。多勢に無勢の中で、ハンセン病患者さんが背負って
きたと同じような間違いを、国は二度としてはならないと思います(
『代理出産』2001年.小学館文庫刊参照)
。
私もかつては法を守ることが法治国家における住民の義務と考えて来ました。しかし、法の原点である、法は私達の
幸せを守るためにあるというスタンスの下、必要も無い、また害となる法を作らないようにする、また必要も無い、ま
た害となる法を変えて行く義務もあることを、私達は忘れてはならないのです。
4.父の教え
私の父は一人息子で、ある面では甘やかされて育った男だったかも知れません。しかし、正義感の強い人間でした。
事の成り行きで教職に就き、教え子達が戦地に赴き戦死するのを見兼ね、自ら進んで軍属となり、戦地へ赴いたとのこ
とでした。その父は、運良くと申しますか無事帰還し、4人の男の子を育ててくれました。父との人生の中で私にとっ
ては3つの忘れ得ぬ出来事があります。
1)殺生
我が家は農地開放で残った土地を耕しながらの半農半サラリーマンの家庭でした。ですから、子供の頃は野良仕事を
私もするのが当然であったのです。ある日、仕事の合間に田の土手を動き回る虫を、私が面白半分で踏み殺していた時
でした。それを見た父が、
「無駄な殺生はするな」と禁めてくれたのです。
私の家では、鶏を4 5羽飼っていて、その餌をやるのが私の仕事でした。卵を生んでくれる鶏を世話する中で、情
が移るのは当然のこと。その鶏一羽を食するために、ある日父は裏山の木の枝にそれを逆さに吊るし、頚動脈を切って
ゆうげ
捨血し殺し、母が熱湯を掛けて羽根をむしり料理し、結局その鶏はその日の夕食の食卓に乗っていたのです。その時の
私の喉を通った鶏肉の感触は今も忘れることができません。動物性蛋白質の少なかった時代の唯一のご馳走で、父も母
も心を鬼にして私達に食させてくれたのです。
無駄な殺生、生きるために心鬼にしてしなければならない殺生 この二つの殺生のことが、現在私が施術している
人工妊娠中絶や減胎手術に際し去来するのです。
わいろ
2)賄賂
父が教科書選定の責任者であった頃の某日、某出版社から父の元に荷物が届けられました。それを開けた父は、怒り
ながらその包紙を裏返にして荷物を作り直し、出版社へそのまま送り返したことがありました。中身は背広の生地であ
ったようです。それが父に対する賄賂であったことを、子供心に何となく感じていたものと思います。
父の教えてくれた無言の後ろ姿でした。
3)日教組との確執
いびき
父は教職にありながら、戦後日教組の手の裏を返したような態度に反目し、気に食わなければ職員会の席上、高 鼾 で
眠っていたとのことでした。父にとって子供達を教育することは嫌いではなかったようですが、日教組だけは相容れる
うしろすがた
ことのできない集団であったようです。今になってみれば、父の行動は正しかったと思うと共に、その 後 姿 を見て育
った私も、今同じような人生を歩いているような気がします。
5.医療は患者さんのためにある
文中でも度々述べてきましたが、この基本を忘れた医療はあってはならないと思います。それも、目の前の一人一人
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の患者さんにとって、そのニーズ(我儘ではない)に添った医療を提供すべく、最善を尽くすことが医療者の務めでは
ないかと思います。自分を患者さんの立場に置きながら、常に関わることは医療提供の原点ではないかと思います。
最近、毎日新聞長野版に載った私のコラムを添え、私の考え方とさせて頂きます。
1)医療は信頼関係(№53 2008 年 10 月 16 日掲載)
医療は医者と患者との信頼関係で始まり信頼関係で終わる と言っても良いと思います。
私が医者になりたての頃、それは今から40年程前の産婦人科レジデントの時でした。私に手落ちがあった時、ティ
ーチングスタッフの米国人は「正直に患者さんに話しなさい。そして謝罪をしてから対処について了解を得なさい」と
教えてくれました。
信州に帰ってきてから、今度は「患者は信頼するな。何か手落ちがあっても正直に話すな。決して自分から『ごめん
なさい』とは言うな。つけ込まれるから」と、先輩から言われたことがありました。医療訴訟が多くなり始めた頃だっ
たと思います。
これらの二つの相反する教えを受けて、ある不手際があった時、私はどうすべきか迷うことがありました。しかし、
「自分がもし患者さんの立場にあった時、どうしてほしいか」と考え、結局前者を選ぶことにしました。
「私も人間であ
り、注意をしていても間違いは起こり得るわけで、起きてしまった時には正直にお話しし、善後策を講じ、お詫びと、
でき得る限りの償いをして、それでどうしてもお許しいただけなければ最後は法の下にお願いするしかない」というス
タンスで、それからは医者をやり続けてきました。
世知辛い世の中になったとはいえ、人間同士が信頼関係を持てなくなった時、人間社会は崩壊するでしょう。
先日、知り合いのある産婦人科医が産後の弛緩出血による大量出血例に遭遇し、最善を尽くし、やっと救命し得た時、
「とんでもない医者だ」と、家族からの言葉が返ってきて、
「もう産婦人科医を辞めたい」と嘆いていました。
手落ちがあったわけではなく、突発的なことが起こり得る中で、最善を尽くしたことに対しても、感謝の言葉ではな
く、苦情が舞い込むような産婦人科医療。私は今、予定の帝王切開があったところに、2つの緊急帝王切開が重なり、
やっと一息ついたところです。こんな時、もし苦情でも言われたら
。
しかし、たとえどんなことがあろうとも、医者自らが患者さんとの信頼関係を放棄してはならないと思います。
2)日本産科婦人科学会とは(№55 2008 年 10 月 30 日掲載)
日本産科婦人科学会(日産婦)の倫理委員会は、再度私を日産婦にて処分(最悪の場合は除名)すると決めたとのこ
とを、新聞記事を介して知りました。そして先日事実確認のための公式文書が届きました。
処分の理由は、会告(会の方針)に反して私が代理出産を今も続行しているためのようです。しかし、2006年1
0月に私が実母による代理出産に関し発表した後、日産婦は「会としては代理出産や非配偶者間体外受精に関しては、
国にその結論を委ねる」と公言しました。
その後、今年4月、日本学術会議は論議の結果、
「代理出産原則禁止、公的機関にて試行」という答申を出しました。
しかし、答申が出された後、国としての具体的な進展や、さらなる議論、そして私への問い合わせ等は一切ありません
でした。
10年前、私を除名し国中を騒がせ、結局、適応患者さんを放置したままである非配偶者間体外受精に関する会告も
日産婦は変えようとせず、国に委ねたはずの代理出産に関しても再度議論もしないまま、私をただ処分しようとする会
告の意味とは、一体何なのでしょう。
いずれにしても、日産婦の会告は医療の現状に即しておらず、更につくられた後は再度の議論もなされないまま正に
化石化しています。
代理出産以外に日本学術会議で議論されるべきであった、もう一つの問題の非配偶者間体外受精については、日本学
術会議ではなんら議論が見られませんでした。このことを受け JISART という不妊治療の医師集団が独自の方針で非配
偶者間体外受精執行を宣言し、実施しました。
眼の前の患者さんのために、非配偶者間体外受精を行なうことは、決して間違った行為とは思いません。
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しかし、会告に反するということにおいては私と彼らは何ら立場として変わりありません。このことに関して学会は
彼らを詮索する気配すらありません。報道によると、会告は何ら変わっていませんが、非配偶者間体外受精に関しては、
会としては放任したようです。
会告は絶対ではないはずです。このままでは日産婦の執行部は、被害者となる患者さんをこれからも増やし続けるだ
けです。
学問を論議する学会は、これ等を必要としている患者さんのために医学的な見地から、もう一度これ等の問題を論議
し直すべきでしょう。
7月に出版された「医師の正義」
(宝島社刊)の中で著者の白石拓氏が、病腎移植の万波誠先生、赤ちゃんポストの蓮
田太二先生、医療事故調査の森功先生と共に、私に関しても章を設けてくださいました。本当の医療とは何かという疑
問を投げかけている書籍です。ご一読くだされば幸いです。
3)言語道断の患者たらい回し(№56 2008 年 11 月 6 日掲載)
脳内出血の妊婦さんがたらい回しに遭い、結局死亡するという事件がありました。
実際、その場に居たわけでもなく、報道からの内容で云々してはならないと思いますが、①担当していた産婦人科医
が自分一人では解決できないと判断し、紹介していること②最初に紹介された救急指定病院の墨東病院には一人の産婦
人科研修医だけだったからとのこと③東京都内の名だたる病院8カ所が、理由はともかく全て受け入れを拒否したこと
──これ等は事実だと思います。
先ず①に関して考えてみましょう。産婦さんを継続して診ている医者が異常と判断したことを、軽く去なしてしまっ
た病院の体制は、どうあろうとも非難されるべきことではないかと思います。
その原点の上に②の墨東病院の救急指定病院と研修指定病院の内容を疑わざるを得ません。例え研修医一人でも、急
患に対する体制、即ち、研修医が受け入れ、指導医に連絡、脳外科医と共に対応できる体制が無ければ、救急・研修指
定病院であってはならないと思います。
更に③に関してはとんでもない話です。慶應病院、慈恵医大病院のそれぞれの産婦人科学教室の教授は、日本産科婦
人科学会の理事長、そして副理事長であります。
日本の産科医療をリードしていく立場のお膝元の教室員が、どのような理由があろうとも、急患を受け入れなかった
ことは、例え産婦人科医が少なくなっている現状下でも、許されることではないと思います。
舛添要一厚生労働相が、東京都の責任を追及したことは言語道断であり、石原慎太郎知事が国の医療行政責任を逆襲
したことは当然であります。以前にもこのコラムで産科医不足の原因を述べたかと思いますが、国は早急に抜本的な対
策を立てない限り、同じようなことはこれからも起こり続けるでしょう。
それと同時に、医大の教育者たちの、子弟に対する医師としての基本理念「患者のために医者はある」ことを、徹底
して教え込むことも忘れてはならないと思います。
たとえ充分な対応をしても同じ結果になったかも知れません。しかし、
「お医者さん」と呼ばれ続ける努力を、たとえ
身が朽ちても、医師たちはし続けなければならないと思います。
6.苦しみも悲しみもみんな私の為にある
この言葉は、1995年3月16日、試験に落ちたスタッフに贈った言葉ですが、これを私の人生訓としながら、私
は今も歩き続けています。
私を叱咤激励したり、禁めてくれたりする人(両親や先生方)が居なくなった今、私は自らが自らを教育しなければ
ならない立場に立たされています。
これがその為の私にとっての人生訓なのですが、
このような気持ちに己を置いた時、
それまで人生訓としてきた 全てに感謝し少しでもひとの為に (1988年3月詠む)の言葉が、より一層私を力付け
てくれるようになりました。
7.自然の中の人間
私は信州の自然の中で、自然の美しさの中で育てられて来ました。その私が、今までお話したような、人工的で既成
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概念(相対的倫理観)からすれば非倫理的なことや考え方を行ってきたわけです。元々妊娠・出産について、私はあり
のままが一番、何もそこまで人為的なことをしなくても、といった考えを持った人間でした。しかし、患者さんとあり
続けたこの30年以上の時間の中で、節目節目に私は本当の医療の在り方を考えさせられ、結果このような医師として
の道を歩むこととなりました。
本日の私のお話しした内容が、本当に未来の人類を幸せにするかどうか、神のみぞ知るといったところでしょうか。
神は人間に科学する心とそれを上手く使う英知を授けてくれた のですが、果たして 上手く使う英知 を、今もこ
れからも人間が持ち続けられるかどうか定かならずです。何故ならば、良かれと思って進んで来た現代社会は地球温暖
化を作り、これからどのように解決策をとったとしても、人間が存在する限りその流れを止めることは無理かも知れま
せん。だからといって絶望的になって何でも好きなことをやっているというわけではありません。
患者さんのためにもなるべく多方面的な捉え方のできる医療者でありたいと常に願っています。
現在は、私が生殖医療をメインとする医師のように報道されていますが、私の医師としての本来の仕事は周産期医学
にあり、現在も根本はそこにあると思っています。今から35年前には、one –shot oxytocine challenge test(o-oct)、無
痛分娩の為に持続仙骨麻酔等を夢中になってやっていた時期があり、それから暫くして三拍子自立分娩法を考案し、今
もその呼吸法を臨床応用しています。また、患者さんの悩みであった母乳哺育、乳房のケアに関し、桶谷式乳房治療手
技の非科学性を改めるべく、患者さん主体でのSMC方式を考案。現在は方式のレベルを超えた中で乳房管理学として
まとめ、助産師の教科書となっています。その内容は現在韓国中国にも広まり始めています。そして、その内容に関す
る研修制度も長期にわたり行って来ました。
プライベートでは、私は本来画家を志していたこともあり、今はチャリティー日本画家、また下手な書家として頑張
っております。
あまりに医療における状況が変わらず、患者さんの為といえども疲れがピークに達してきましたので、そろそろこち
らを本業にして専念しようかとも考えることがあります。その方が世の中が静かになっていいかも知れません。
ただ
8.元を質せば只のひと
私は1998年3月に近代文芸社から「減胎手術の実際」という本を出しましたが、それに先立ち、1997年10
月に甲陽書房から「母ちゃんの大八車」という本を出版しました。この本は私の10歳頃の母との想い出を綴ったもの
ですが、その意図は私の赤裸々な原点がここにあることを皆さんに知って頂き、もしかしたら驕り高ぶるかも知れない
自分を禁めてくれる人を期待するところにありました。
私の友人に高木常吉さんという大工さんがいます。彼が某時、話の中で「先生も元を質せば只のひとだからね」と、
悪い意味ではなく言ってくれたことがありました。私は正に「元を質せば只のひと」でしかあり得ません。その只のひ
とが、たまたま医者になりました。医者という職種のお陰で、私みたいな人間でも、周囲の人々から少なからず大切に
して頂いております。そうあると、何処かで知らない内に驕りが出てしまいがちですが、友人の言ってくれた「元を質
せば只のひと」という言葉が、有り難いことに今も私を禁めてくれています。
9.先人の努力を思えば
古い人間と思われるかも知れませんが、私の中には明治維新における志士たちや第二次世界大戦における特攻隊の精
神に対する熱い思いがあるのです。あの人たちが命を懸けて日本を守ってきたことには間違いありません。明治維新の
志士たちは、徳川300年の鎖国時代から開国や植民地化の外圧の中で、必至にこの国を守り、新しい時代の基礎を築
いてくれたのです。また、特攻隊の精神だからと言って、第二次世界大戦を肯定するつもりは全くありませんが、一度
は訪れなければならないと思っていた鹿児島の知覧には5年程前に、予科練の訓練所のあった霞ヶ浦には昨年学会の帰
りに行ってきました。20歳に届かぬ若者たちが、日本のためと信じ、若い命を捨てて南の空に散って行ったのです。
このように国のことを考えながら命を懸けた人たちのことを思うと、私がこの国の将来にとって理不尽だと思うことに
対し、命懸けで対さずして何なのだと思うのです。
父の生まれてから死ぬまでの期間を考えた時、私の歳は丁度今年の3月1日で父の生きていた期間と同じになりまし
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た。それを気にしていたためでしょうか、昨年から今年に掛け私の気持ちは大変不安定でありました。しかし、この3
月1日を越えた今、腹が据わったといいますか、今までにも増して何も怖いものは無くなりました。と同時に何時死し
ても悔い無しと思うようになったのです。即ち、私はたまたま生殖医療に関わり、斯の如く筋の通らぬことに対しては
問題提起をし続けてきましたが、これからは再度日本産科婦人科学会を除名されようとも、何をされようとも、今まで
通りに目の前の患者さんを大切にしながら今まで通り医者をやり続けようと決心しました。
副院長の吉川文彦先生も、100人を超えるスタッフも、志を一つにして目の前の患者さんのために尽力してくれて
います。信州から平成維新を、と思いながら日々充実した医療のできることに今や感謝する毎日です。
Ⅵ.おわりに
ベトナム戦における人を射殺する訓練を受けた兵士の話をTVで聞く機会がありました。
「一度、一人の人間を殺して
しまえば、後は当たり前のように殺せる」とのことでした。一度、会告に従って患者さんを無視してしまえば、後は当
たり前の様に無視できるのかも知れません。このような比喩をすることは好ましいとは思いません。しかし、自分で多
胎妊娠を作っておきながら、会告では減胎手術は禁止されているとして会告に忠実となり、多胎妊娠を作った医師とし
ての責任を感ずることなく、その患者さんを汚い物でも扱うように放り出し、放り出された患者さんが何人も私の所に
助けを求めて来ているのです。これは正に生殖医療戦時下の様相を呈していると言っても良いのではないでしょうか。
私達医療者は、患者を無視してまでも指図や命令に従うべきではないと思います。目の前で苦しみ、悩み、助けを求
めている人達のために仕事をしているからです。私は減胎手術に関わってから23年目に入りました。その間、産医会
や日産婦、そしてマスコミから様々なバッシングを受けて来ました。独断専行と言われようとも、
「バッシングする方が
絶対に間違っている」と、そして「必ずや歴史が証明してくれる」と確信しながら、患者さんの盾になることに誇りを
持って今日までやって来ました。それが今、当院以外でたとえ水面下であっても、認めざるを得ない医療となってきた
のです。減胎手術から始まり、非配偶者間体外受精、着床前診断と、そしてやがては代理出産もそうなる時が来ると思
います。
患者さんのためになるならば、そしてそれが自分なりに客観的に許容できることと信じて、社会に向かって声高に公
表できる医療行為であるならば、正々堂々とそのことをすべきではないかと思うのです。
本来、学問の場である学会は、様々な考え方や手技、そして治療法を自由に論議し、目の前の患者さんに、より良い
ものを提供して行く役割を持っている所と私は認識しています。しかし、その学会が、上層部の一握りの人達の考え方
に支配され、論議の場すら無くしている現状を、私はマスコミという場を使って問題提起して参りました。マスコミを
通じ、断片的な部分しかお届けすることのできなかった部分、即ち、私の考え方や行動の詳細を、本日の講演を通じお
届けできたのではないかと思っています。
私は、この国や医療がもっと不妊治療患者さん、妊娠・出産された女性、赤ちゃん、その他全ての人にとって優しい
国になってほしい。そう願っています。
色々と申して来ましたが、これはあくまでも私個人の考え方で、今回の主旨とは大きく掛け離れた内容かも知れませ
ん。しかし、物の考え方は一方向からだけで考えるものではなく、多面的に考えるべきで特にこれからの社会を担う皆
さんには、必要なことではないかと思います。
私は、第二次世界大戦の始まって間も無い時に生まれました。一方向からの情報だけで当時の国民は躍らされ、結局、
躍らされた国民が不幸を背負うこととなりました。どうか皆さんが一方向だけの考え方で躍らす側の人間にならないで
欲しいのです。
本日の私の拙い話が、これから医療の道を進む皆さんにとって少しでもお役に立てるのであれば、これに勝る幸せは
ありません。
ご清聴ありがとうございました。
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