270 症 例 犬が感染源と考えられた Bartonella henselae 感染症の 1 例 1) 栄和会泉川病院皮膚科,2)日本大学生物資源科学部獣医学科,3)長崎大学医学部第一病理 山之内寛嗣1) 佐々木英祐1) 泉川 欣一1) 泉川 公一1) 丸山 総一2) 大谷 博3) 久松 貴1) 早川友一郎1) 下川 良永 倫子1) 原 耕平1) 功3) (平成 15 年 10 月 10 日受付) (平成 15 年 12 月 3 日受理) Key words: Bartonella henselae, dog はじめに 近年ペットの増加と共に猫ひっかき病に代表さ Fig. 1 Lymphnode swelling in left cervical region れる Bartonella henselae(B. henselae)感染症の症例 も増加し,わが国では 1953 年の報告1)以来最近で は年間に十数編の報告がみられている2).しかし, これらは猫による外傷・接触や猫ノミによる刺咬 による症例がほとんどで,直接他の動物の咬傷や 接触による感染例は極めて少ない. 私達は犬との 接 触 に よ り 生 じ た と 思 わ れ る B. henselae 感染症の 1 例を経験したので,文献的 考察を加えて報告する. 症 症例:50 歳 例 男性,自由業. 生活歴,既往歴:特記すべきものはない. 現病歴:2000 年 12 月中旬両側の側胸部から背 中にかけて指頭大の紅斑ないし色素沈着があった 結節状の腫瘤を触れ(Fig. 1) ,皮膚および底部組織 が,近医で治療をうけ軽快した.その後,2003 との癒着はなく,移動性は良好であった.また背 年 1 月初めより左頸部の腫脹があり,次第に拡大 部左側やや中央寄りに 40×30mm のアテローム してきたため,1 月 15 日本院を訪れた. 様腫瘤があり,その中央に 1.5×2.0mm の開口部 外来時の身体所見:体温 36.5℃,脈拍 78! 分,呼 吸数 18! 分,血圧 132! 80mmHg.貧血,黄疸なく, が存在した. 検査所見:Table 1 に示したように,来院時に 呼吸音は清,腹壁は軟で,肝・脾触れず,下肢の は,血液学的および生化学的に異常はなく,CRP 浮腫もなかった. 左頸部に 30×40mm 大の赤色, の軽度上昇を認めたみのであった.胸部レントゲ 別刷請求先: (〒859―1504)長崎県南高来郡深江町丁 2405 栄和会泉川病院 泉川 欣一 ンにも異常はなく,頸部の CT 撮影ではリンパ節 の腫脹と判断された. その後の経過:リンパ節の腫脹は,細菌性,結 感染症学雑誌 第78巻 第3号 犬から感染した Bartonella henselae 感染症 Fig. 2 Appearance of the lymphnode removed from the patient by surgical operation Table 1 Laboratory findings Date(2003 ) 271 15, Jan 29, Jan 3, Feb WBC(/µl) 8,300 6,800 7,200 Neut(%) 59.7 39.1 31.1 Lymph(%) 31.9 35.4 32.2 Mo(%) Eo(%) 4.8 2.8 6.1 19.1 4.3 32.0 1 Hematology 0.8 0.3 0.4 RBC × 104µl) Ba(%) 516 526 478 Hb(g/dl) 16.4 16.5 15.5 Plt(× 104/µl) 35.6 26.7 29.7 2 Biochemistry TP(g/dl) 6.7 7.8 T. Bili(mg/dl) 0.50 0.47 GOT(IU) 27 43 29 GPT(IU) ALP(IU/l) LDH(IU) CPK(IU) 33 245 421 153 53 269 570 97 37 BUN(mg/dl) Cr(mg/dl) 3 Serology 10.1 0.85 8.6 0.89 9 0.5 CRP(mg/dl) Fig . 3 Histopathological findings of the lymphadenectomy 1.6 核性,リンパ腫などが考えられたが,ツベルクリ ン反応は陽性であった.また,この時点で犬を飼 育しており,よく顔をなめられているとの情報も 得たため(猫の飼育はしていなかった) ,Bartonella 感染症の確定診断のための生検を施行した. 頸部リンパ節生検所見:2003 年 1 月 24 日局所 麻酔下に生検を施行した.15×30mm の範囲で皮 膚切開を行い,耳方向に向う 35×35×30mm 程度 lae IgG 抗体は 1:128(間接蛍光抗体法―IFA 法) の腫瘤を剔出した(Fig. 2) .表面平滑な赤色の軟か で,陽性を示した.生検リンパ節および犬の唾液 い硬結で,中に膿を伴っていた.病理学的には, について PCR を行ったが,B. henselae DNA は陰 リンパ節から周囲の脂肪組織に及ぶ病変で,中心 性であった. 部の凝固懐死を伴う類上皮肉芽腫と泡沫細胞の豊 リンパ節生検後の経過:1 月 29 日の段階で,好 富な膿瘍の形成がみられ た(Fig. 3) .Warthin- 酸球は 19.1%(実数 1,298! µl)と上昇,GOT およ Starry 染色で短悍菌は認められなかったが,猫 び GPT も軽度上昇していた.これら検査値の上 ひっかき病の組織像として矛盾しない所見であっ 昇は RFP によるものと考えたのでこれを中止し, た.Ziehl-Neelsen 染色及び Grocott 染色では結核 1 月 31 日よりレボフロキサシン(LVFX)300mg! 菌や真菌は認められなかった. 日と INH,EB,SM の三者による治療を開始し 培養および抗体検査:B. henselae のリンパ節内 た.その後,結核菌は組織所見で陰性と判断され, の膿の培養を行ったが,B. henselae は検出されな ま た 2 月 10 日 血 清 学 的 に B. henselae IgG が 128 かった.1 月 17 日に採血した患者血清の B. hense- 倍(単一血清しか行っていない)と上昇していた 平成16年 3 月20日 272 山之内寛嗣 他 ため,抗結核剤による治療を中止し,LVFX を投 がみられた.また,患者血清の B. henselae に対する 与したままミノマイシン(MINO)100mg 内服を IFA による IgG 抗体価は 128 倍であった.すでに 開始した.発熱などの全身症状や局所の所見も著 Regnery ら14)も IFA における抗体価 64 倍以上の しく改善したため, 2 月 19 日に投与を中止した. 上昇は B. henselae 感染症の診断に有用であるとの 考 察 報告もあることから,本菌感染症であるとの診断 猫ひっかき病(cat scratch disease-CSD)は,猫 を得た.なお患者生検リンパ節と犬の唾液につい のひっかき傷や咬傷が原因となり,受傷部位の所 て も PCR 法 に よ る B. henselae DNA 検 出 を 行 っ 属リンパ節腫大や発熱を主徴とする感染症で, たが,陰性であった. 3) 1950 年 Debr!により疾患単位として初めて報告 B. henselae が猫や犬に寄生するノミの刺咬に された.当時は病原体は分離されずウィルス等さ よって人に感染することが知られている.石田 まざまな病原体がその原因とされていたが,1993 (12! 36) ,犬か ら15)は猫から採取したノミの 33.3% 年 Dolan ら4)により本患者のリンパ節から Rocha- ら採取したノミの 26.9%(7! 26)から B. henselae limaea henselae が分離された.当時,Rochalimaea を検出し,犬も本感染症の重要な感染源であるこ は培養可能なリケッチアに分類されていたが,そ とを示唆している.以上から,本感染症は一般に の後,1993 年に Brenner らによりグラム陰性桿菌 猫ひっかき病(cat scratch disease)と称されてい の B. henselae に分類が変更された5). るが,Tsukahara ら1)や村野ら11)も述べているよう 米国では,年間 40,000 例が CSD と診断されて 6) いる .わが国では,1953 年に本症の最初の報告 がなされ1),すでに 2001 年 4 月の時点で 546 例の 2) 報告がみられている .私達もすでに,病原体であ る B. henselae を患者のリンパ節から分離すること に成功し,また飼育していた猫のノミからは本菌 の DNA を検出するとともに,血清学的に有意な 抗体上昇を認めた例を報告した7). 近年本感染症は猫以外の他の動物との接触に よっても起ることが知られている.Keret ら8)は犬 によって感染した 9 歳男性の骨髄炎の症例を報告 し,同年 Tsukahara ら9)も犬からの感染による 10 歳の少年の発熱とリンパ節腫脹を示した 1 例を報 告した.その後,わが国でもすでに犬が原因と考 えられる B. henselae 感染症が 2 編報告されている が10)11),その臨床症状はほぼ猫ひっかき病と同様 の も の で あ っ た.ま た,一 方 で 犬 は B. uinsonii subsp. berkhoffii,B. henselae,B. aligabethae などに 感染することも報告されており12)13),種々の Bartonella の保菌動物になりうることが示唆されて いる. 本例は犬を飼育しており,顔を頻回になめられ ていた 50 歳の男性に発症した事例で,発熱はな かったが,頚部のリンパ節の腫脹を認め,その生 に,単に B. henselae 感染症と呼称するのがよいと 考えられた. 文 献 1)浜口栄祐,長野和夫:猫ひっかき病の 1 例.外科 1953;15:672―4. 2)塚原正人:猫ひっかき病―総論.化学療法の領域 2001;17:1407―12. 3)Debr! R , Lamy M , Jammet ML , Costil L , Mozziconocci P:La maladie des griffes de chat. Bull Soc Mèd Hop Paris 1950;66:76―9. 4)Dolan MJ, Wong MT, Regnery RL, Jorgensen JH, Garcia M, Peters J, et al .:Syndrome of Rochalimaea henselae adenitis suggesting cat scratch disease. Ann Intern Med 1993;118:331―6. 5) Brenner DJ , O ̀ Connor SP , Winkler HH , Steigprwalt G . : Proposals to unify the genera Bartonella and Rochalimaea , with descriptions of Bartonella quinfana comb. nov., Bartonella vinsonii comb. nov., Bartonella henselae comb. nov., and Bartonella elizabethae comb. nov., and to remove the family Bartonellaceae from the order Rickettsiales . Int J Syst Bacteriol 1993;43:777―86. 6)Tompkins LS:Of cats, human, and Bartonella . N Engl J Med 1997;337:1916―7. 7) Maruyama S , Izumikawa K , Yamanouchi H , Sasaki E, Yoshida H, Izumikawa Ki, et al .:First isolation of Bartonella henselae I from a cat-scrach disease patient in Japan and its molecular anaiysis, Microbiol lmmunol(submitted) . 8)Keret D, Giladi M, Kletter Y, Wientroub S:Cat- 検では病理学的に膿瘍形成性類上皮肉芽腫の所見 感染症学雑誌 第78巻 第3号 犬から感染した Bartonella henselae 感染症 scratch disease osteomyelitis from a dog scratch. J Bone Joint Surg 1998;80-B:766―7. 9) Tsukahara M , Tsuneoka N , Iino H , Ohno K , Murano I : Bartonella henselae infection from a dog. Lancet 1998;352:1682. 10)草場信秀,吉田 博,下川 泰,佐田通夫:犬が 感染源と疑われた Bartonella henselae 感染症の 2 例.感染症誌 1999;73:930―4. 11)村野一郎,常岡英弘,飯野英親,亀井敏昭,中村 功,塚原正人:犬との接触により生じた Bartonella henselae 感 染 症 の 2 例.感 染 症 誌 2001;75: 808―10. 12) Breitschwerdt EB , Kordick DL , Malarkey DE , Keene B, Hadfield TL , wilson K , et al . : Endo- 273 carditis in a dog due to infection with a novel Baetonella subspecies . J Clin Microbiol 1995 ; 33 : 154―60. 13)Mexas AM, Hancock SI, Breitschnerdt EB:Bartonella henselae and Bartnella elizabethae as potential canine pathogens. J Clin Microbiol 2002;40: 4670―4. 14)Regnery RL, Olson JG, Perkins BA, Bibb W:Serological response to Rochalimaea henselae antigen in suspected cat-scratch disease . Lancet 1992;339:1443―5. 15)石田千鶴,常岡英弘,飯野英親,村上京子,猪熊 壽,大西堂文,他:猫・犬寄生ノミの Bartonella henselae 感染.感染症誌 2001;75:133―6. A Case of Bartonella henselae Infection from a Dog Hirotsugu YAMANOUCHI, Kinichi IZUMIKAWA, Takashi HISAMATSU, Michiko YOSHINAGA, Eisuke SASAKI, Koichi IZUMIKAWA, Tomoichiro HAYAKAWA, Kohei HARA, Soich MARUYAMA, Hiroshi OHTANI & Isao SHIMOKAWA Izumikawa Hospital A 50-year-old male with left cervical lymphadenopathy visited our hospital. Infectious and lymphomatous diseases were suspected in the patient. Since the patient owned a dog, which often licked the patient s face, Bartonella infection was also suspected. Histopathological examination in the lymph node biopsy revealed the epithelioid granuloma, but B. henselae was not detected from the culture of the lymphnode. B. henselae DNA also was not detectecl from the lymph node. Since the antibody titer (lgG)to B. henselae showed 1:128 by immunfluorescent anitibody technique(IFA) , he was serdogicalg diagnosed as cat-scratch disease. Cat-scratch disease is named after cat scratch, however we propose B. henselae infection which is more appropriate since other animals could serve as a cause of infection. 〔J.J.A. Inf. D. 78:270〜273, 2004〕 平成16年 3 月20日
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