MEF Report Ver1.0-1

MEF レポート
Post MUSES-C 時代の小天体探査
第一版
2002 年 12 月
小天体探査フォーラム(MEF)編
「MEF レポート:Post MUSES-C 時代の小天体探査」第一版
編集委員会:委員長・矢野創(宇宙科学研究所)
幹事・秋山演亮(西松建設)
委員・阿部新助(宇宙科学研究所)
安部正真(宇宙科学研究所)
奥平恭子(宇宙科学研究所・茨城大学)
北澤幸人(石川島播磨重工業)
熊谷玲美(科学技術振興事業団)
長谷川直(宇宙科学研究所・東京大学)
浜辺好美(加速器科学研究所)
三浦弥生(東京大学地震研究所)
森本睦子
吉光徹雄(宇宙科学研究所)
(50 音順)
表紙 CG: 池下章浩・MEF
2002 年 12 月 31 日 第一版 発行
編者
発行者
発行所
連絡先
電話
ファクス
メイル
URL
MEF レポート編集委員会
矢野 創
文部科学省宇宙科学研究所・惑星研究系・藤原研究室
〒229-8510 神奈川県相模原市由野台 3-1-1
042-759-8197
042-759-8457
[email protected]
htt@://www.minorbody.com
© 小天体探査フォーラム, 2002
1
目次
ページ
執筆者一覧
はじめに
第1章
1.1.
1.2.
1.3.
1.4.
MEF 概要
日本の宇宙科学研究における小天体探査の位置づけ
市民参加型の惑星探査検討グループ
MEF 会員による探査案検討
統合ミッション 2 案と 2010 年以降の始原天体ミッション案
2.1.
2.1.1.
2.1.2.
2.1.3
2.1.4.
2.1.5.
2.1.6
2.1.7.
2.2.
2.2.1.
2.2.2.
2.2.3.
2.2.4.
2.3.
2.3.1.
2.3.2.
科学的意義
小天体探査の科学的意義
小天体探査特有の貢献
始原天体としての側面
分化天体としての側面
生命物質の揺籃としての小天体
地球衝突小天体
資源としての小天体
小天体探査のロードマップ
観測手法毎の探査内容・意義
<地上観測>望遠鏡による観測
<現地観測>探査機による遠隔探査
採集試料の分析研究とその体制・設備
<地上観測+現地探査+地上試料分析>隕石タイプと小惑星
Post MUSES-C で目指す探査案の意義
ファミリー探査
NEO 探査
3.1.
3.2.
3.3.
3.4.
3.5.
3.6.
3.7.
理学機器開発
望遠カメラ
地形カメラ
AOTF
小天体用 X 線分光装置
サンプラ
内部構造探査
着陸地質探査
4.1.
4.2.
42.1.
4.2.2.
4.3.
4.4.
4.5.
工学検討
今回の検討の注意点
ミッションアーキテクチャ
軌道検討
ミッションシークエンス
宇宙機に対するシステム要求
ハードウェア構成・コンフィグレーション
宇宙機サブシステム検討
第2章
第3章
第4章
2
4.5.1.
4.5.2.
4.5.3.
4.5.4.
4.5.5.
4.5.6.
4.5.7.
4.5.8.
4.5.9.
4.5.10.
第5章
構造機構系
推進系
通信系
誘導制御系
ジンバル
電源系
熱制御系
ランダ・ローバ・ロボット
データ処理
帰還カプセル
5.1.
5.1.1.
5.1.2.
5.1.3.
5.1.4.
5.2.
5.2.1.
5.2.2.
5.2.3.
5.2.4.
5.2.5.
5.2.6.
5.2.7.
アウトリーチ
ミッションアウトリーチの意義
学術研究とアウトリーチ活動の関連
天文教育から宇宙教育へ
メディア依存からサポーター形成へ
米国の惑星探査機と MUSES-C のアウトリーチ事例
Post MUSES-C ミッションにおけるアウトリーチ
ミッションにおけるアウトリーチの流れ
アウトリーチ担当チームの設置
ミッション参加型のアウトリーチ
教育現場でのアウトリーチ
科学館・天文台などの施設でのアウトリーチ
メディア・出版業界へのアウトリーチ
惑星探査ポータルサイトとしての MEF 一般公開ページ
6.1.
6.2.
6.3.
6.3.1.
6.3.2.
6.3.3.
国際協力
国際協力の意義
協力の形態
ポスト MUSES-C 時代の国際協力のあり方と課題
データや試料の使用権
情報フローの整備
文化習慣上の課題
第6章
<付録> MEF Report Ver.1.0 Appendix
*MEF Presentations in 1999
*MEF Presentations in 2000
*MEF Presentations in 2001
*MEF Presentations in 2002
*MEF Presentations in 2003
*MEF Open Site Contents 030108
*MEF Leaflet 0210
*MEF Proposals 0010
3
執筆者一覧
はじめに
矢野創(宇宙科学研究所)
1. MEF 概要
矢野創(宇宙科学研究所)
2. 科学的意義
秋山演亮(西松建設)
安部正真(宇宙科学研究所)
奥平恭子(宇宙科学研究所・茨城大学)
倉橋映里香(東京大学)
小林憲正(横浜国立大学)
佐伯和人(秋田大学)
斎藤潤(西松建設)
白石篤史(富士通)
関口朋彦(国立天文台)
出村裕英(会津大学)
中村良介(宇宙開発事業団)
野口高明(茨城大学)
春山純一(宇宙開発事業団)
廣井孝弘(米ブラウン大学)
三浦弥生(東京大学地震研究所)
三田肇(筑波大学)
道上達弘(神戸大学)
宮本英昭(東京大学)
矢田達(東京大学)
矢野創(宇宙科学研究所)
山本聡(東京大学)
吉川真(宇宙科学研究所)
渡部潤一(国立天文台)
3. 理学機器開発
秋山演亮(西松建設)
岡田達明(宇宙科学研究所)
杉原孝充(宇宙開発事業団)
出村裕英(会津大学)
矢野創(宇宙科学研究所)
横田康弘(宇宙科学研究所)
吉田和哉(東北大学)
4. 工学検討
秋山演亮(西松建設)
安部正真(宇宙科学研究所)
小川博之(宇宙科学研究所)
片山雅英(CRC 総合研究所)
高野忠(宇宙科学研究所)
竹内伸介(宇宙科学研究所)
田島道夫(宇宙科学研究所)
出村裕英(会津大学)
中井
(宇宙科学研究所)
西山和孝(宇宙科学研究所)
野口高明(茨城大学)
橋本樹明(宇宙科学研究所)
4
藤原顕(宇宙科学研究所)
本多宏至(IHI エアロスペース)
丸木武志(東北大学)
森本睦子
矢野創(宇宙科学研究所)
山川宏(宇宙科学研究所)
山田隆弘(宇宙科学研究所)
吉川真(宇宙科学研究所)
吉田信介(宇宙科学研究所)
吉田和哉(東北大学)
吉光徹雄(宇宙科学研究所)
5. アウトリーチ
秋山演亮(西松建設)
阿部新助(宇宙科学研究所)
井本昭(A’s Space)
熊谷玲美(科学技術振興事業団)
笹岡満栄(日本火球ネットワーク)
玉置晋(東京理科大学)
出村裕英(会津大学)
野尻抱介(SF 作家)
浜根寿彦(ぐんま天文台)
布施哲治(国立天文台)
矢野創(宇宙科学研究所)
山中勉(IHI エアロスペース)
横田康弘(宇宙科学研究所)
6. 国際協力
石橋かずのり(米航空宇宙局ゴダート宇宙飛行センター)
、
奥平恭子(宇宙科学研究所・茨城大学)
関口朋彦(国立天文台)
中村良介 (宇宙開発事業団)
廣井孝弘(米ブラウン大学)
矢野創(宇宙科学研究所)
渡部潤一(国立天文台)
付録
MEF Proposals
CAT 天体ミッション
阿部新助(宇宙科学研究所)
大塚勝仁(日本流星研究会)
志岐成友(理化学研究所)
長谷川均(アステック)○
永井智哉(日本科学未来館)
中村良介(宇宙開発事業団)
浜根寿彦 (ぐんま天文台)
矢田達(東京大学)
吉田和哉(東北大学)
渡部潤一(国立天文台)
近地球型小惑星マルチフライバイ&火星衛星サンプルリターン
秋山演亮(西松建設)
出村裕英(会津大学)○
「ファミリー」ミッション
5
安部正真(宇宙科学研究所)
片山雅英(CRC 総合研究所)
藤原顕(宇宙科学研究所)
矢野創(宇宙科学研究所)○
山川宏(宇宙科学研究所)
吉川真(宇宙科学研究所)
M タイプ小惑星探査ミッション
齋藤潤(西松建設)○
佐藤勲(渡辺技術研究所)
長谷川直(宇宙科学研究所)
Phobos/Deimos 着陸探査
秋山演亮(西松建設)○
出村裕英(会津大学)
スペクトル型既知 NEO マルチランデブー&サンプルリターン
安部正真(宇宙科学研究所)○
出村裕英(会津大学)
野口高明(茨城大学)
藤原顕(宇宙科学研究所)
矢野創(宇宙科学研究所)
山川宏(宇宙科学研究所)
吉川真(宇宙科学研究所)
吉田信介(宇宙科学研究所)
ベスタランデブー
佐々木晶(東京大学)○
武田弘(千葉工業大学)
廣井孝弘(米ブラウン大学)
山口亮(国立極地研究所)
(○は主提案者)
6
はじめに
本レポートは、MUSES-C に続いて我が国が 2010 年頃に行うべき次期小天体探査ミッション
案について、市民参加型の会員制 e グループ「小天体探査フォーラム(MEF)
」に参加する 200
名余りのメンバーおよびその周辺関係者が、2000 年半ばの発足より 2 年半の期間をかけて、検
討した内容をまとめたものである。ただしアマチュアが陥りがちな夢物語ではなく、現在の宇
宙科学研究所が行える予算規模、技術範囲、開発期間の中で実現可能な、世界第一級の科学的
成果をもたらす無人探査機による理学ミッションの創案を試みている。2003 年 1 月の第3回宇
宙科学シンポジウム開催に合わせて、その第一版を宇宙研究開発関係者および関心のある市民
に広く配布することとした。
ただし、本版はあくまで第一版であって、例えば図表番号や参考文献が未整理であったり、
まだ追加執筆される項目を控えている暫定版であることを、読者各位に予め御了承頂きたい。
本レポートの最終版は、あくまで宇宙研内に「次期小天体探査ワーキンググループ」が発足す
る際に、従来のトップダウン型の方針決定ではなく、惑星探査に興味のある市民と研究者が協
力してボトムアップ型で創り上げてきた探査原案を、その議論の「たたき台」として提供する
ことにある。従って、最終版は MUSES-C の初期運用が終わってからワーキンググループが発
足するとすれば、2003 年夏頃に完成となる予定である。ここに書かれた暫定版を読んで、コメ
ントやご質問がある方や、新しく MEF に参加したい方、あるいはワーキンググループ発足の
暁にはミッションを一緒に作っていきたい方は、奥付に記載された連絡先まで、忌憚なくお伝
え願いたい。
以上から、本レポートは現時点では全くの有志による検討報告書であり、宇宙科学研究所の
いかなる公式な支援や責任の元で編まれたのではないことに、今一度ご留意頂きたい。本案は
あくまで「たたき台」であり、ワーキンググループ内では独自に新しい検討がなされるのであ
り、最終的には本書に掲げたミッション案以外の構想が日本の次期小天体探査ミッションとし
て採択される可能性もある。しかし内容を読んで頂ければお分かりになるように、本レポート
はやや工学側の検討が不十分であるものの、特に理学的な考察については、極めて正統な惑星
探査検討報告書として成立している。それは統合二案の検討結果を幾つかの国際学会で発表し
た際、世界中の惑星研究者の熱い注目と期待を集めてきたことからも、証明されている。また、
次期小天体探査ワーキンググループが発足した暁には、過去 2 年半にわたる検討に熱心に関わ
り、本レポートの執筆にも協力して下さった若手の理学・工学の研究者達が、その中核をなす
集団となるであろうことは想像に難くない。特に惑星科学の分野では、日本の学界で始原天体
探査の研究に関わってきた若手の大半を網羅できており、すでに将来ミッションを支える大き
な裾野を形成しつつある。今後は、そうした活発な協力体制を宇宙工学分野の若手とも強く結
んでいきたい。
本レポートの製作に当たっては、別記の編集委員会各位の長きにわたる献身的なご支援が不
可欠であった。また本編 200 ページを超えるレポートに執筆に加わって下さった全ての方々、
特に MEF メンバーではなにもかかわらず、我々の求めに快く応じて下さり、貴重な原稿を寄
せて頂いた関係者諸氏に、この場を借りて深く感謝する次第である。このレポートから生まれ
たアイディアの多くが、10 年以内に形となって宇宙へ飛び出し、新しい科学の地平を切り開く
ことを、心より願う次第である。
MEF レポート編集委員会委員長
矢野 創(宇宙科学研究所惑星研究系)
7
1. MEF概要
1.1. 日本の宇宙科学研究における小天体探査の位置づけ
現在、宇宙科学研究所が掲げている「太陽系科学探査の中長期的目標」は、 (1)太陽系の起
源・進化、(2)惑星の多様性、(3)生命の起源、(4)磁気圏の統一的理解の四項目である。その内の
(1)-(3)は、
「始原天体(小惑星、 彗星、EKBO など)
」における分化・未分化状態の理解、隕石・
宇宙塵試料との相関、生命前駆物質の生成・進化を探ることと密接な関わりがある。 また、宇
宙研固体惑星研究系の二大戦略は、(1)月・惑星の内部構造探査と、(2)原始太陽系の化石として
の始原天体探査である。
後者の先陣を飾るのが、今世紀初の日本の惑星探査機であり、2002 年末に打ち上げ予定の工
学試験宇宙機・MUSES-C である。
人類初の小惑星サンプルリターンに挑む MUSES-C 探査機は、
M-V 型ロケットで打ち上げられた後、1.5 年間地球に近い軌道を巡り、電気推進エンジンを増
速させる。2004 年春に地球スイングバイを行って、惑星間空間の軌道に入る。2005 年夏には、
直径 600-300m程度の近地球型小天体(NEO)
「1998SF36」に到着して約 3 ヶ月間、全球観測を
行う。その後 NEO 表面に接地し、重さ 5 グラムの金属製弾丸を射ち込んで表面を砕く。そこ
から放出される破片を、
探査機の下に伸びた長さ1メートルの円筒型の試料採集装置で集めて、
探査機内部の専用容器に導く。
こうした採集を小惑星上の異なる 2−3 箇所で行った後に地球へ
の帰路に経ち、2007 年夏には小惑星試料を閉じ込めた回収カプセルのみが地上で回収される。
そして MUSES-C 以降も小天体探査を継続・発展させていくことは、国内の太陽系探査の科学
目標と戦略の両面から期待されている。
次期小天体探査計画では、同時代の国内外の状況、宇宙工学技術の進歩の速さ、10年後でも
探査以外の手法では解決できない惑星科学の根本的な命題などを見極めながら、 慎重に検討す
る必要がある。タイムスケールとしては、MUSES-Cの試料分析が終わる2000年代後半に間断な
く小天体探査機を打ち上げるには、2003年度にはワーキンググループを発足させ、2年ほどの詳
細検討の後に理学委員会の評価を受けてミッションを発足し、5年計画の探査機製作を開始す
ることになる。
そのため、宇宙研の小天体探査グループはまず、1999年度末に「始原天体探査ロードマップ」
を策定し、 関連研究者を宇宙研に招いてブレインストーミングを数回開いた。そこで明らかに
なった点は、(1)研究者毎に興味の対象が異なるために探査対象が直ちには絞り込めないことと、
(2)参加者と現在探査計画を指揮しているベテラン世代との年齢的な隔たりが大きく、経験値を
上げるためには惑星科学会の枠を超えて、周辺分野の研究者の新規参入を促す必要があるとい
うことだった。さらに、昨今の宇宙開発研究を取り巻く社会状況は、太陽系探査にも、納税者
や教育現場への十分なアカウンタビリティ(説明責任)とアウトリーチ(啓蒙普及)を従来以
上に求めているようになってきている。
1.2. 市民参加型の惑星探査検討グループ
そこで矢野をはじめとする有志が所属に関係なくパブリックドメインに集まり、2000 年 5 月
末から、MUSES-C に続く 10 年後に日本が行うべき小天体探査について、
(1) アイディアを全国からボトムアップ式に募り
(2) 各案の科学的意義や工学的な実現可能性を検討し
(3) 宇宙研が実施できる規模の有力なミッション候補を、2000 年度内に幾つか創り出す
という目標と期間を明確に限定したミッションステートメントを掲げた、インターネット上の
「日本語限定」
会員制 E グループ・
「小天体探査フォーラム(MEF: Minor Body Exploration Forum)」
を、これらの問題の解決策として発足させた(会員ページ、
http://www.egroups.co.jp/group/minorbody;一般公開ページ、http://www.minorbody.com )(Table
8
1-1-a)。日本初(世界初?)の市民参加型の惑星探査案を作る場の誕生である。
また、
「惑星探査が一人の頭の中に浮かんでから宇宙に飛び出すまでの過程を、興味ある日本
人全てに情報公開することで、惑星探査のサポーターを増や」し、
「科学的目標と工学的実現性
は世界第一級を確保するために、議論のレベルは妥協せず」
、
「ネット特有の匿名性によるアナ
ーキズムを排除し、責任ある建設的発言を積み上げる」という三点を満足させるため、5つの
紳士協定を会員間に設けた。すなわち、
(A) 10年後の小天体探査を全国の仲間と創り、 ミッションが実現した暁には、各自の立場で
積極的に計画を支援する意欲を持つ
(B) 上記の目的以外のトピック、発言者個人のみに当てた通信、個人の中傷は投稿しない
(C) 登録・投稿に際しては、ハンドルネームは使わず、本名を名乗る。
(D) 議論の主要言語には日本語を使う。
(E) ミッション案は無人探査機を前提とする。
これらを遵守して頂ければ、年齢、性別、職業、所属、居住国、国籍に関わらず、どなたで
もメンバーとして受け入れると宣言し、関連学会を始めとする各種メイリングリスト(ML)
や個人に案内を配った。単なるMLではなくEグループとした理由は、名簿管理が自動化され
ていて運営側に負担が少ないこと、登録や退会をメンバー自身が行えること、掲示板上で議論
できるだけでなく、 好きなときに議論のログを見直したり、共有ファイルから情報をアップ・
ダウンロードしながら、文書の共同作成をしたり、電子投票で意思決定に直接参加できること、
などである。
当初は若手の惑星研究者10名ほどに加えて、工学や周辺分野からの新規参入が同数ほどあれ
ばMEFは成功だろうと思われていた。しかし様々な雑誌、 メイリングリスト、ネット掲示板
などを通じて、 あるいは口コミでその存在が知られるに連れて、 研究者、大学生、エンジニ
アだけでなく、現場の教師、博物館・科学館の学芸員、アマチュア天文家、SF作家、ジャー
ナリスト、はては主婦や小学生まで、実に多様な職種からの参加が得られた。まさに勝手連的
な惑星探査のサポーター集団が自然形成されたのである。2002年末現在で、登録メンバーは約
200名で、通信数は1200通を優に超えている。研究者メンバーの主要分野は、惑星科学、物質分
析科学、観測天文学、ロボット工学、航空宇宙工学、軌道工学、衛星工学などで、従来宇宙研
のミッションに参加していなかった分野、地方、年代の発掘にも成功した。彼らの何割かは次
期小天体探査WGが発足した暁にはコアメンバーとして活躍することが期待できる。さらに議
論の過程で、黄道面脱出ミッション計画の立案や、すばる望遠鏡を使ったCAT天体の観測プロ
ポーザルの作成など、新たな研究協力が生まれる場としての機能も果たす様になった。その結
果、国内外の学術会議でのMEF関連の発表も、通算20篇近く出された。
1.3. MEF会員による探査案検討
会員ページではまず発足から 2000 年夏までに、各メンバーの興味ある小天体と、そこで何を
どこまで測りたいたいのかを自由に表明してもらった。続いて各々について科学的意義や工学
的可能性を議論した。この段階での専門的な議論は全く妥協せずに進めたので、当然小中学生
やアマチュアの方々でフォローしきれない方もいただろう。しかし彼らには議論を全てわから
なくてもいいから、一つの惑星探査案を作る全工程に立ち会ってもらい、どんな観点がどこま
で掘り下げられて検討されるのか、大の大人が懸命になって議論するほどに惑星探査のどこが
面白いのだ、という疑問を持ち続けてもらうだけで、アウトリーチ活動として十分な効果があ
ると考えた。
そして各案がある程度収斂した段階で、簡単な探査機構成や軌道計画を含めた探査案をまと
めてもらった所、以下の 7 つの探査案が提案された(Table 1-1-b)
。
(1) ファミリーミッション(探査天体:コロニス族小惑星=イダ、バイコヌール、ミモーサ、モ
ールトナ)
(2) スペクトル既知NEOマルチランデブー&サンプルリターン(ネレウス、オルフェウス、
1982XBなど )
9
(3) CAT(彗星・小惑星遷移)天体ミッション(ウィルソン・ハリントン彗星)
(4) フォボス・ダイモス着陸探査ミッション(フォボス&ダイモス)
(5) ベスタランデブー(ベスタ)
(6) 近地球型小惑星マルチフライバイ&火星衛星サンプルリターン(NEO[TBD]&フォボス)
(7) Mタイプ小惑星ミッション(1986DA)
これらは結果として始原天体ロードマップに沿ったもので、その後に欧米で発表された各種
の小天体探査案もほぼ全てMEF7案をなぞっており、本フォーラムでの議論の確かさを改めて
裏付けた。
その後各案について、理学系(探査手法、搭載機器など)と工学系(軌道計画、輸送系、衛
星設計、通信系、熱設計)などを出来る範囲で検討し、2000 年 10 月に各最終案を、
(1) MEF メンバーによる投票
(2) 提案者同士の相互評価(自己採点は除外)
(3) 宇宙研ミッションに実際関わっているベテランの教授クラスの専門家 4 名への独自評
価の依頼
という 3 種類の評価を行った。
(1)については、
「科学的に最も重要な提案はどれか?」
「技術
的に最も実現性の高い提案はどれか?」
「科学、技術の両分野で独創性が高い、もしくは現状の
日本の独創性を継承・発展可能な提案はどれか?」の三つの設問を、ネット上の投票機能を使
って行った。
(2)
(3)は共に、システム工学的なトレードオフを、6 カテゴリー(
「ミッション
目的・目標の明確さ」
、
「研究手法の妥当性」
、
「科学的重要性」
、
「技術的実現性」
、
「ミッション
プランの明確さ」
、
「独創性」
)
、48 細目の評価事項に分けた同じ評価表を配布して実施した。
その結果は、2000 年 11 月に各案のポスター発表と共に、招待講演として日本惑星科学会で
発表された。3 種類の評価方法は独立して行われたにも係わらず、大筋で同じトレンドを示し、
7 つの案が上位(ファミリー&NEO)
、中位(フォボス&CAT&ベスタ)
、下位((NEO+火星)
&M型)の 3 グループに分かれた。
上位2案に共通しているのは、
「小惑星への複数訪問」と「サンプルリターン物質分析」であ
った。つまり21世紀初頭の日本の小天体探査における最重要科学目標は、 (A)小惑星博物学の
早期決着と(B)分化・未分化小惑星の表面・内部構造探査に集約された。そこで上位2案に他案
と共通する科学目的をできるだけ統合して「統合2案」とし、 (A)には「スペクトル既知NEO
マルチランデブー&サンプルリターン(できればM型とCAT天体候補含む)+着陸機(又はロ
ーバ)+HERAミッションとの国際連携」を、(B)には「複数スペクトル型小惑星族マルチフラ
イバイ&サンプルリターン+編隊飛行技術」をレファレンスミッション案として、本MEFレポ
ートの中でさらに詳しく検討することになった。
(それぞれの詳細については、該当章を参照の
こと) 最終的に本レポートは、2003年度に発足を目指す「次期小天体探査ワーキンググループ」
での議論のたたき台として提供される。これによって、一般市民が議論してボトムアップ式に
創ってきた惑星探査案が、宇宙研の正式な探査計画に反映されるのである。
10
Table 1-1- a
MEF発足当時のカバーレター
From: [email protected]
Date: 2000 年 6 月 11 日(日) 9:39am
Subject: A Web-based Discussion Group for Minor Body
惑星科学関連メイリングリストの皆様、知人・関係者各位
(複数受け取られる方はご容赦下さい。
)
〜誰でも参加できる、新しい小天体探査を検討する e グループへのお誘い〜
太陽系探査は構想から実現まで、およそ 10 年単位で進む、息の長い国家プロジェクトです。宇宙科学研究所は
2002 年に、世界初の小惑星サンプルリターン探査機 MUSES-C を打ち上げ、2006 年に小惑星のかけらを地球に
持ち帰る予定です。また、欧米では今後 10 年間、数々の彗星探査が実施されます。
それらの実現には、惑星科学や航空宇宙工学は勿論、天文学、エレクトロニクス、情報科学、通信、熱設計、
プロジェクトマネージメント、教育・啓蒙、政治的サポートなど、様々な専門を持ち寄らなくてはいけません。
また現在、宇宙研やNASDAでは 10−20 年後の宇宙開発・研究計画のグランドビジョンやロードマップが検
討されています。こうした長期の視点が必要な大計や投資には、現在第一線で活躍している方々の経験や専門
知識を生かすと同時に、将来、実際の現場で働く若い世代の夢や希望を上手に取り入れてこそ、活気のある新
時代のミッションが生まれると思われます。
そこでこの度、私達は有志を募り、MUSES-C に続く 2000 年代後半、つまり今から約 10 年後に日本が行うべ
き新しい太陽系小天体探査ミッションについて、
アイディアを広く全国から募り、
それぞれの惑星科学における意義や工学的な実現可能性をシビアに検討し、
宇宙研が実施できる規模の有力なミッション候補を、2000 年秋までに幾つか創り出し、
最終的に絞られたミッション案を、宇宙研に提案するためのワーキンググループ設置の核となる、
という具体的な目標を持つ、インターネット上の会員制ホームページ「小天体探査フォーラム(Minor Body
Exploration Forum(MEF) )
」を設立致しました。
しかし本グループは、プロの研究者だけに閉じられたものではありません。以下の紳士協定を遵守して頂ける
方であれば、年齢、性別、職業、所属、居住国、国籍などに関わらず、メンバーになることができます。
(A) 10 年後の小天体探査を、日本全国の仲間と一緒に創り、ミッションが実現した暁には、それぞれの立
場で積極的に計画に参画・支援する意欲を持つ。
(B) 上記の目的以外のトピック、発言者個人のみに当てた通信、個人への中傷は投稿しない。
(C) 登録・投稿では、ハンドルネームは使わず、本名を名乗る。
(登録時に「My プロフィール」に本名、コメント欄などに所属と「MEF を知ったきっかけ」を記入
し、
「公開」に設定して頂かないと、入会申請を受理できません。
)
(D) 議論の主要言語には日本語を使う。
(E) ミッション案は無人探査機を前提とする。
ここに、本グループの主旨に賛同してくださる方のご参加をお願いする次第です。登録のお申し込みは、URL:
http://www.egroups.co.jp/group/minorbody にて簡単にできます。また、退会もホームページ上でご自分で申請で
き、会費なども一切ございません。なお、ご興味のあるお知り合いには、このメイルを転送してお誘い頂いて
も構いません。
一度登録されますと、メンバーは、誰の許可も必要なく、自律的に掲示板・メイル上で議論をしたり、検討を
進めるミッション案や関連情報を共有ファイルやリンクページにアップデートできます。各案の検討の進み具
合によっては、本グループから枝分かれして、より専門的に議論することもできます。 これはいわば、草の根
式、ボトムアップ式にこの国の惑星探査の素案を創ろうとする、全く新しい試みです。従ってメンバーの皆さ
んの積極的な参加が、その成
否を決めます。
まず、開設当初の 1−2 週間で、上記の条件下で「いつ、どこで、なぜ、何をしに行きたいのか」のアイディア
を集めるところから始めます。その後、徐々に各々についての意義や実現可能性をきっちり議論していき、成
立すると分かった段階で、具体的な輸送、通信、衛星製作、機器開発などの検討を分担していきます。
天文学、惑星科学、地球化学、航空宇宙工学の関係者は勿論ですが、特にこれからの宇宙開発や惑星探査を担
う情熱を持つ学生さん、新しく宇宙分野に進出したい企業の方々、宇宙教育やアウトリーチ活動に興味のある
教育界、メディア、作家の方々など、多方面のからの活発なご参加をお待ちしております。
そのため、惑星探査についてまだ良くご存知ない方でも議論に入れるように、役立つリンク集やすでに検討が
始まっている案に関する共有ファイルなどが、用意されています。本グループでの活動を通じて、惑星探査を
創る現場の本当の姿を多くの方に触れてもらい、宇宙を仕事の場とする生き方に共感して頂ければ、幸いです。
なお、本メインページへのリンクは、ご自由にお張り頂けます。 ご質問などは、上記のホームページを通じて
お気軽にお寄せ下さい。
以上。
矢野創・宇宙科学研究所(MEF オーナー)
寺薗淳也・日本宇宙フォーラム(MEF 管理者)
中村良介・宇宙開発事業団(MEF 運営委員)
秋山演亮・東京大学大学院(MEF 運営委員)
11
Table 1-1- b MEF で提案された Post MUSES-C 小天体探査 7 案 評価順位:
1=専門家委託 2=提案者相互(自己抜き) 3=MEF メンバー投票 NASA-D=米ディスカバリ
ーミッション
MEF提案
(探査天体例)
ファミ リーミッ
ション
(コロ ニス族小
惑星[イダ、バイコ
ヌール 、ミモー
サ、モールトナ])
主な探査目的
海外の競合探査案
評価1
評価2
評価3
メインベルト小惑星
族マルチフライバイ
&サンプルリター
ン。母天体である原
始惑星の衝突履歴・
内部構造の解明・小
惑星起源微粒子の組
成計測。
二つ以上の異なるス
ペクトル型の近地球
型小惑星へのランデ
ブー&サンプルリタ
ー ン 。 MUSES-C 、
HERA等と協力して
小惑星博物学の決着
を目指す。
CAT天体へのランデ
ブー&着陸探査。水
星から小惑星への変
遷過程の解明。
None
1
1
2
HERA (NASA-D)
2
1
3
DS-1 (JPL/NASA)
3
CNSR (JPL/NASA)
Stardust (NASA-D)
CONTOUR(NASA-D)
Deep
Impact
(NASA-D)
Rosetta (ESA)
フォボス・ダイモ 火星衛星の内部構造 Phobos 1 & 2 (Russia) 3
ス着陸 探査ミッ 探査。巨大クレータ
ション
を持つ小天体内の空
(フォ ボス&ダ 隙の起源解明。
イモス)
5
ベスタ ランデブ V型小惑星ランデブ Dawn(NASA-D)
New
World
Explorer
ー
ー。巨大クレータを
(ベスタ)
通した、分化天体の (NASA-D)
MASTER (ESA)
「内部構造」観察。
HED 隕 石 の 起 源 解
明。
6
近地球 型小惑星 複数機の編隊飛行に Aladdin (NASA-D)
マルチ フライバ よる小惑星のフライ Phobos SR(CNES)
イ&火 星衛星サ バイ全球撮像。火星
ンプルリターン
衛星表面サンプルリ
(NEO[TBD]&フ ターン。
ォボス)
7
Mタイ プ小惑星 M型小惑星ランデブ None
ー&着陸。隕鉄の起
ミッション
(1986DA)
源解明。分化天体の
中心核探査。
5
1
4
3
3
6
7
5
6
6
スペク トル既知
NEO マ ル チ ラ ン
デブー &サンプ
ルリターン
(ネレウス、オル
フ ェ ウ ス 、
1982XBなど )
CAT(彗星・小惑
星遷移)天体ミッ
ション
(ウィルソン・ハ
リントン彗星)
12
1.4. 統合ミッション 2 案と 2010 年以降の始原天体ミッション案
その後上位2案を軸に、他の5案の科学目標や挑戦すべき技術課題で最大公約数が取れるもの
については、なるべく統合した。2000年の宇宙科学シンポジウムでは、惑星科学以外の理工学
の専門家諸氏に対し、Post MUSES-Cが目指す科学とそれを実現する最終的な統合2案について、
レビューを行った。
同時に、他案もロードマップに沿えば、近い将来に実現させる価値のあるミッションばかり
であり、日本で機会がなくても、Table 1-1-bの競合ミッション欄が示すように、海外ミッション
で実現する可能性は十分ある。特に、ベスタ、火星衛星、CAT天体は好例である。そこで今
後、日本の惑星科学者は、それらへの参加・統合を積極的に検討すべきだろう。CAT天体案は、
彗星科学者の関心が特に高かった。しかし、今後10年間で欧米は半ダースもの彗星探査機を打
ち上げるので、日本はその間、相補的に小惑星に専念するのが戦略的には優れているという意
見も多かった。既存の彗星ミッションの成果を待ち、さらに新しいテーマを目指した彗星探査
を、日本が2010年以降に挑戦する価値はあるだろう。
なお今回検討したPost MUSES-Cのカテゴリーには入らないが、2010年以降の課題としてMEF
で議論された始原天体探査案には、
「黄道面脱出ミッション」と「EKBOダスト採集・EKBO&
ケンタウルス天体フライバイまたはランデブー」があったことも付記しておく。特に前者は、
その後MEFから独立して、積極的に検討が進められている。
13
2. 科学的意義
2.1. 小天体探査の科学的意義
2.1.1. 小天体探査特有の貢献
1801 年に小惑星第一号ケレスが発見されてから 2 世紀の間に,2 万個近い小惑星が確定番号
を獲得し、10 万個近くがほぼ精密な軌道確定がなされている1)。地上からの測光・分光・偏光
観測等も精力的に行われてきた。また,これまで世界中で収集・記録された宇宙塵・隕石コレ
クションも数万個に上り,様々な分析機器を使って研究が進められてきた。
これらに対し,宇宙機を使った小天体探査の歴史はまだ浅い。エロスに touch down をし
た NEAR シューメーカー探査機以前では、半ダースに満たない小惑星を近接撮像したに過ぎな
い。MUSES-C を含めて探査対象は、科学的意義から選ぶというより、宇宙機の工学的能力で
行きやすい天体を選ぶというのがもっぱらであった。
今後も小天体探査の機会が飛躍的に増大するとは考えられない。その為、Pos MUSES-C 時代
の小惑星探査の目的の一つは、豊富な地上での観測・分析のデータと探査機のデータを橋渡し
をするために、
主要なスペクトル型小惑星の各々について定点データを取得し、
「小惑星の博物
学」をなるべく短期間に決着させることであろう。
しかし一方で、
「小天体探査」の本来の意義は、原始太陽系星雲やダスト成長の時代から始ま
り、微惑星や原始惑星から大型の分化天体への衝突成長と熱的分化に至るまでの、様々なイベ
ントに関する直接情報が得られることにある。そこで Post MUSES-C 時代では、
「小惑星博物学
の決着」
と平行して、
原始太陽系の進化過程のどのイベントを解明したいかという視点に立ち、
その為には小惑星・彗星・CAT 天体といった多様な小天体の中から対象を絞る探査計画も立案
しなくてはいけない.
小天体はそれぞれ様々な歴史を持っており、以下のような状態であると考えられる。
1. 分化した小天体
2. 未分化の小天体
3. 分化した天体の破片としての小天体
4. 未分化の天体の破片としての小天体
地上には様々な隕石が落下してきているので、これらを調べることで上記のような小天体が存
在するかどうか調査できる可能性がある。しかし、隕石のそのほとんどの出自は、軌道要素等
から小天体起源(あるいはメテオロイド起源)と考えられるが、確実に小惑星起源だと言える
試料は HED 隕石以外には入手できていない。
また、小天体は様々なスペクトルタイプを持つことから、分化・未分化に関して推測を行う
ことも可能である 2)が、まだこれらは状況証拠にすぎない。(2-1-3 参照)
そこで様々なタイプの小天体に関して探査を行いサンプルを直接入手することにより、隕石種
と小天体物質との関連、スペクトルタイプと小天体物質との関連を明らかにし、地上で入手す
ることが出来る多くの資料と実際の小天体物質とを関連図付けて議論を行い、小天体に関する
研究を深めることが求められている。
これらの探査で明らかになると期待される具体的な項目には以下の 4 つがある。
1. 原始太陽系円盤を構成した物質の空間的分布(ガスから塵への進化)
2. ガスと塵が微惑星や原始惑星を経て,現在の惑星・衛星・小天体に成長した過程で起
きた出来事(塵から天体への進化)
14
3. 太陽系内での惑星や小天体の軌道・空間分布の変遷(惑星軌道・分布の進化)
4. 天体内部/表面における,衝突破壊/集積や熱的分化などの物質進化の過程
5. 生命の前駆物質と考えられる各種アミノ酸等有機物の存在・進化
小天体探査においては、このうち 2,4,5 に関して様々な知見を期待することが出来る。
(参考文献)
1) 吉川真 ISAS ニュース No。238(2001)
2) S. Sasaki, et al., Nature, (2001).
2.1.2. 始原天体としての側面
現在の惑星科学は、次のような太陽系形成論を支持している。原始太陽の周りを周回しだし
たガスや塵は次第に黄道面上に集積し、厚さ 1km 程度のディスクを作り出した。ディスクの中
で塵は衝突による離合集散を繰り返し微惑星を形成した。その後、それらが集まり巨大惑星と
変化し、現在の太陽系が形成された(Fig. 2-1-a)
。
この過程に置いて、木星の暴走成長に伴い成長しきれなかった微惑星が、火星と木星軌道の間
に小惑星帯を形成している。また、冥王星軌道の外側にも、集積しきれなかった様々な微惑星
が存在していると考えられる。これらは EKBO と呼ばれる。
微惑星が集積する際には、衝突エネルギー・放射性核種の壊変エネルギー等が開放され、天体
は徐々に熱エネルギーを蓄える。やがて天体が一定以上の大きさになると全球が溶け、重い物
は中心へ、軽いものは表面へと移動する。これが分化といわれる現象である。
(Fig. 2-1-c)
巨大惑星はすべてこのような分化を経験していると考えられ、この段階で惑星を形作った様々
な物質はすべてリセットされてしまい、それ以前の情報を保持していない。
一方それに対して、十分な大きさまでの成長をすることがなかった微惑星は、これら熱変成を
受けることなく、あるいは少ない熱変成しか受けることなく、現在まで太陽系形成時の物質が
持っていた情報を保持し続けていると考えられる(Fig. 2-1-b)
。これが小天体の持つ、 始原天
体 としての側面であり、太陽系の形成論を考えるにあたり、小天体探査に求められる重要な
意義の一つである。
探査対象となる、始原天体としての小惑星は、一つにはあまり巨大化しておらず、また太陽の
輻射熱による熱変成も少ないものが望ましい。EKBO はその条件を満たす重要な天体群である
が、これらまでの距離は遠く、探査は困難である。
一方彗星は、その起源を EKBO あるいはそれ以遠の太陽系周縁部に持つと考えられ、始原天体
としての側面を持つ可能性が十分にある。また、彗星はほとんどが地球軌道の内部に近日点を
持つため、距離的には探査機を送り込みやすい対象天体である(ただし実際にはΔV を考慮に
いれなければならい)
。
15
これら始原天体での探査にあたっては、一つには太陽系形成時の情報を保持した物質を調査す
ること、もう一つには生命の起源となりうるような物質がこれら天体に含まれているかどうか
を調査することにより、地球生命の起源と進化に関して調査することが望まれる。
原始太陽の周りをガスや塵が取り囲んでいる
次第に黄道面上に集積し、厚さ 1km 程度のディスクを
形成する
塵が衝突による離合集散を繰り返し、微惑星→巨大惑
星を形成する
現在の太陽系が形成される
Fig. 2-1- a
太陽系の形成過程模式図 1)
太陽系
の誕生
現在
経過時間(log T)
隕石・ 宇宙塵の衝突
熱的進化は継続中
大気
海洋
脱ガス
地殻
マグマ
オーシャン
マントル
核
サイズ成長
地球等巨大固体惑星
熱的進化の終了
脱ガス
地殻
マグマ
オーシャン
マントル
核?
サイズ成長
セレス等巨大小惑星
脱ガス
熱的進化の終了
サイズ成長
1998SF36等小型小惑星
図中の
は熱・物質循環を示す
原図:春山(1998)
Fig. 2-1- b
固体惑星形成模式図
16
2.1.3.
分化天体としての側面
分化とは 1-2 節で述べたように、微惑星が離合集散を繰り返し、その運動エネルギー及び放
射壊変熱が集積し、天体全体が完全に溶け、重い物質が内部へ、軽い物質が表面へと分離した
状態を指す。
(Fig. 2-1-c)
集積により巨大化
微惑星に塵が集積
塵が持っていた運動エネルギー、位置
エネルギー、放射性物質の崩壊エネル
ギーが熱に変わり、微惑星全体が溶け
出す(マグマオーシャンが出来る)
金属等の重い元
素が中心に集積
Si 等の軽い元素
が表面に浮く
Fig. 2-1- c
全溶解後の天体がどのような過程を
経て分化が進んでいくかに関して
は、今後の解明が求められる
固体惑星の分化模式図
隕石は、始原的隕石(=未分化の隕石、コンドライト)と分化した隕石の 2 つに大別される。
前者は固体粒子形成後大規模に溶融することがなかったもので、このような隕石からは太陽系
の平均的化学組成や太陽系形成時の物理化学条件などを伺い知ることができる。後者は固体粒
子形成後に溶融を経験しその後再凝縮してできた隕石で、比較的大きな母天体を起源とすると
考えられる(ただしその後の衝突破壊でより小さな天体に壊されていたかもしれない)
。分化し
た隕石からは分化天体の内部構造や熱源について調べることができる。
分化した隕石は、主構成物質が珪酸塩であるエコンドライト、および、鉄隕石、石鉄隕石に
分けられる。これらもさらに細分されている(表 2-5-4- 参照)
。分化した隕石の中には、サ
ブグループとしては別々に分類されるが、同位体組成の一致や元素組成が分化の傾向で説明で
きることなどから、共通の母天体の異なる場所に位置していた(すなわち共通母天体起源)と
解釈されている隕石種も存在する。例えば、ユークライト、ダイオジェナイト、ホワルダイト
がその一例である。
分化により表層にユークライト、
その内側にダイオジェナイトが分離され、
両者の機械的混合がホワルダイト、さらに、金属コアと珪酸塩の境界付近のサンプルがパラサ
17
イトかもしれない。母天体が分化するためには、放射性物質の崩壊による熱供給も考えられる
が、集積時に獲得したエネルギーの効率的な保持が必要で、分化した隕石の母天体はコンドラ
イトの母天体よりも大きいものであったと考えられる。分化した隕石の微量元素分析から、母
天体の集積、溶融、内部構造の進化過程の推定が進められている。
特にサンプルリターンでは、分化プロセスの解明の他、分化の程度と関連ある事柄を明らか
にすることが探査目的の一つの柱となる。また、母天体のサイズや太陽からの距離とは、分化
の程度と相関があるのかどうか、現在もまだ残る問題である。このような研究は、例えば「ミ
ッション族小惑星マルチフライバイ&サンプルリターンミッション」や「スペクトル型既知
NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッション」において解決できる可能性が高い。
分化および分化に付随して起こる現象は、サンプルの補習や地球帰還に際して汚染・変成を
していなければ、隕石の母天体上で起こったと考えるのが自然である。また、大部分の隕石は
小惑星が起源と考えられているので、隕石の母天体としての研究が可能である。すなわち,隕
石と小惑星(母天体)との対応付けという、博物学に決着がつけられる。
小天体からのサンプルは現在まだ地上に持ち帰られていないし、ごく近い将来サンプルリタ
ーンが実現したとしても、それは数ある小天体のうちのごく一部のサンプルにしか過ぎない。
したがって、今のところ小天体表面物質の鉱物組成を調べる唯一の方法は、小天体による太陽
光の反射スペクトルを用いたリモートセンシングである。地球表面のリモートセンシングと異
なり、小天体の場合には、隕石や地球の岩石・鉱物のスペクトルを実験室で測定して小天体の
スペクトルと比較することが普通である。特に小惑星表面では月の表面のようにある程度のレ
ゴリス層の存在が考えられているので 1)、一般にはサンプルを粉末にしてスペクトルを測定す
る。分化の程度がわかっている隕石試料と得られたスペクトルを比較することにより、ある小
天体が分化・未分化かを推定することも可能である。これにより地上観測による反射スペクト
ル型とサンプルリターンで得られた試料のスペクトル型に違いがあるかという問題に決着がつ
くことが期待される。また、スペクトルタイプの対応付けも解決できる。
上記のように、小天体内部における熱的分化の程度およびそのその熱源の解明・小天体表面
上での水質変成の程度の解明、そして母天体、ひいては固体惑星の形成・進化の解明につなが
ることが期待される。また、限られた探査の回数をカバーするためにも、隕石試料およびスペ
クトル型と小天体との対応付けを明らかにすることにより、地上にある多くの隕石試料や地上
観測で得られたスペクトル観測結果のみから小惑星物質を調査できる。
用語注
*親鉄元素(例えば白金属元素)
:鉄との親和性が強く、惑星の中心核に濃集すると考えられる
元素群。隕石中の存在度と起源物質(コンドライト隕石)との比較から、これらの元素が惑星
の核-マントル間でどのように分配しているかを推定し、核の形成・成長過程を推察する。
*親石元素(例えば希土類元素)
:ケイ酸塩鉱物中に取り込まれやすい元素群。惑星内部の層分
化層分化が進むにつれて表面の地殻部分に濃集する。惑星表面で地殻がどの程度発達していた
のかを推定する。
*揮発性元素(例えばハロゲン元素 F, Cl, I, Br)
:高温過程を経ると揮発する元素。存在度から、
衝突などによる変成の度合いを推定する。
18
2.1.4. 生命物質の揺籃としての小天体
小天体中の始原有機物
地球生命の起源や地球外生命の存否は人類に遺された最大の謎のひとつである。地球生物は
約 40 億年前に原始海洋中に誕生したと考えられている。これは生体を構成する有機物,例えば
アミノ酸や核酸塩基が、それ以前に生物の関わりなしで(無生物的に)生成していたことを意
味する。それらの有機物の生成の場としては原始大気が従来重要視されてきた。原始大気がメ
タンやアンモニアなどを多く含む還元性の強いものであったとすると紫外線や放電などによる
これらの有機物の生成が容易であることは、種々の室内模擬実験によって示されてきた。とこ
ろが惑星科学の進歩に伴って新しい原始地球像が描かれるようになり,原始地球大気は二酸化
炭素・窒素などを主とする還元性の弱いものと考えられるようになった。この環境下では同様
の手法による有機物の生成は難しい。
そこで地球生命物質の生成の場として新たにクローズアップされているのが地球外有機物で
ある。
暗黒星雲中には約 100 種類の星間分子が同定され,
また木星やタイタンの大気中にも様々
な有機物が検出されている。中でも、地球上の生命との関わりからは隕石および彗星中の有機
物が重要視される。隕石の中で炭素含量の多い「炭素質コンドライト」からは多種類の有機物
が抽出されており,その中にはアミノ酸や核酸塩基も含まれている。また,彗星中には極めて
複雑な有機物が存在していることがハレー彗星の探査などから明らかになりつつある。これら
から地球に供給されうる有機物の総量は,現在の地球生物圏有機物よりもはるかに多いと考え
られる。
これら彗星や隕石中の有機物の起源は不明であるが,その生成プロセスに関して次のような
シナリオが提案されている:
・ 星間塵一個一個の粒子のまわりに種々の分子が凍結してアイスマントルができる
・ そのアイスマントルに紫外線や宇宙線が作用し、有機化合物を生じせしめる
このようにして生じた有機物を含む星間塵が太陽系生成時に成長し,さらに合体することによ
り,原始太陽の近くでは微惑星に,遠くでは彗星になる。微惑星もしくは「死んだ」彗星の破
片が隕石となる。
以上のシナリオの中で,星間塵アイスマントル中での有機物の生成に関しては室内模擬実験
により部分的に確認されている。しかし,隕石・彗星・星間塵の相互の関係についてはまだ検
証されていない。また,炭素質コンドライト中の有機物はこれまでにかなり詳しく調べられ,
元素組成などから極めて始原的な物質であるとされているものの,その母天体についての情報
が少なく,特に有機物に関してはどのような変成(加熱・衝撃・水との接触など)を受けてき
たか明らかになっていない。
宇宙空間で生成した有機物とわれわれが現在手に取って分析できる隕石中の有機物との間の
ミッシングリングは,彗星や小惑星などの小天体中の有機物である。特に炭素質コンドライト
に類似した分光特性を有する小天体はそのような有機物を多く含むことが期待される。これら
の天体の探査により,隕石よりもより「素性」の明らかな地球外有機物の研究が可能となると
期待される。
19
Fig. 2-1-d
Greenberg Model による Interstellar Dust の進化図 1)
上図:Interstellar Dust の進化 下左図:アイスマントル模式図
下右図:アイスマントルの集合体としての Interstellar Dust
20
小天体と光学活性の起源
地球外有機物は,前節で述べたようにまず量の面からのその重要性が指摘される。近年,そ
れに加えて「質」の面からの重要性が指摘され初めている。すなわち生体有機物の光学活性の
問題である。地球上の生物が用いている有機物のうちアミノ酸や糖は光学活性物質であり,Lアミノ酸および D-糖のみが用いられている。それに対して無生物的に生成したアミノ酸や糖は
D-体と L-体が 1:1 で混じり合った「ラセミ体」になるとされてきた。では,なぜ地球上の生物
は L-アミノ酸と D-糖を選択したのだろうか?
この謎を解く鍵も地球外有機物中にある。J.R.Cronin らは炭素質コンドライト中のアミノ酸
エナンチオマーを分析し,一部のアミノ酸(イソバリンなど)は L-体が D-体よりも多いことを
発表した。
光学異性体の混合物中で,
一方のエナンチオマーが他方よりも若干でも過剰の場合,
その差を化学的に増幅する機構が知られている。もし地球外から若干でも L-過剰のアミノ酸が
供給されたとすれば,その増幅機構によって L-アミノ酸ワールドが形成された可能性が考えら
れる。
では,なぜ地球外で一方のアミノ酸エナンチオマーの過剰が生じるのだろうか。これには中
性子星からの円偏光による一方のアミノ酸エナンチオマーの選択的分解など,いくつかの機構
が提案されている。
このような地球外物質中の有機物の光学活性の検出は極めて興味深いテーマである。隕石よ
りも素性がよりはっきりわかっている小天体中にそのような光学活性種が検出されれば,生体
分子の光学活性の地球外起源説がさらに確かなものとなるであろう。
21
2.1.5. 地球衝突小天体
天体の地球衝突というと、少し前までは何か架空の物語であってサイエンスとしてまじめに
取り上げるべきものではないというような雰囲気にあった。しかし、1980 年代から地球に接近
しうる天体が次々と発見されるようになり、状況は大きく変わってきた 2)-7)。特に、1996 年に
は、国際スペースガード財団というものが発足し、地球に接近・衝突するような天体を積極的
に発見・追跡するような活動が世界的に行われるようになった。日本でも、同年に日本スペー
スガード協会が発足し、天体の地球衝突という問題に対して活動を行っている。国際天文学連
合(IAU)でも、IAU Working Group on NEOs というものが組織され、議論や各種の作業が行わ
れ始めている。さらには、国連等でも天体の地球衝突について議論がなされるようになってき
た 8)。
地球に接近し衝突してくる天体としては、
小惑星と彗星とが考えられる。
これらを総称して、
NEO(Near Earth Objects)と呼んでいる。特に小惑星だけを指す場合には、NEA(Near Earth
Asteroids)と呼ぶ(一般的には、近日点距離が 1.3AU よりも小さい小惑星や彗星が NEO に分
類されている)
。この NEA の最近の発見の様子をヒストグラムにしたものを Fig.2-1-e に示す。
これは、各月ごとに発見された小惑星の個数を示したものである。このグラフを見れば明らか
であるように、1980 年代では、1 ヶ月当たり 1 個の NEA の発見があるかないか程度だったも
のが、1990 年代に入ると、毎月数個の NEA が発見されるようになった。そして、1998 年にな
ると、NEA の発見数が急激に増えている。このように、近年になって NEA の発見数が急激に
増えている理由は、技術の進歩によって天体の観測に CCD カメラが用いられるようになり、
暗い移動天体の発見のための処理がコンピュータで行えるようになったためである。また、地
球には多くの天体が接近しているという事実が認識され、世界でいくつかのグループが積極的
に NEO の観測を始めたことも大きな要因である。特に、1998 年から NEA の発見個数が急激に
増えたのは、アメリカの MIT のリンカーン研究所における LINEAR というプロジェクトが始
まったためである。
Discovery of NEA
60
50
NO
40
30
20
10
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
0
Year
Fig. 2-1- e 地球に接近しうる小惑星(NEA)の毎月の発見個数
ここでは、近日点距離が 1.3AU よりも小さいものを NEA としている。
(2001 年 7 月末の時点で
の観測データより)
22
このような地球に衝突する可能性のある小惑星を発見することの意義は、改めて述べるまで
もないであろう。ある程度以上大きな天体が地球に衝突するようなことが起これば、人類の生
存に大きな影響が及ぶからである 9)。最近の例では、1908 年のツングースカ大爆発というもの
が有名である。これは、シベリアの森林地帯で爆発が起こり、2000km2 以上もの森林を荒廃さ
せてしまったものであるが、その原因としては、直径が 60m くらいの彗星(氷のかたまり)が
衝突してきたためと推定されている。幸いこのときには、人がほとんど住んでいないところだ
ったため、人的な被害は少なかった。また、6500 万年前に恐竜を含む多くの生物種が絶滅し、
地質年代が中生代から新生代に移ったわけであるが、その原因は天体の衝突ではないかという
説が近年、非常に有力になってきている。この説によると、メキシコのユカタン半島付近の地
下に直径が 180km ほどのクレータがあるが、これが 6500 万年前に直径が 10km 程度の天体が
衝突した跡であり、その衝突によって地球環境が大きく変化して多数の生物が絶滅したという
ことである。
恐竜の絶滅の原因については、まだ議論があることではあろうが、いずれにしてもそれなり
の大きさの天体が地球に衝突したら大惨事が起こることは容易に想像できることである。その
ような衝突が起こる確率は、人間の寿命からみれば非常に小さいことではある。しかし、技術
的に可能であるなら、積極的に地球に接近する天体を探してその軌道を把握していくことは、
未来に向けて現在の人類がやっておくべきことではないかと思われる。地球に接近する天体を
発見しその軌道を正確に決めることができれば、実際に地球に衝突するのかどうかは正確に予
測できる。つまり、天体衝突をむやみに恐れる必要がなくなるのである。もちろん、ここでは
敢えて述べないが、そのような天体は、サイエンスの研究対象としても、また、宇宙工学等に
おける資源としても、非常に重要なものになろう(1-6 参照)
。
Fig. 2-1- f 2001 年 7 月末現在で発見されている NEA の軌道を描いた図
中心の+印が太陽で、白抜きの軌道が惑星(内側から水星、金星、地球、火星)である。ほ
とんど黒く塗りつぶされてしまっているが、1400 個余りもの NEA がすでに発見されている
23
2001 年 7 月までの観測で、NEA として 1400 個余り発見されている(Fig.2-1-f)
。しかし、ま
だ発見されていない NEA が多数存在している。これらをすべて発見し軌道を確定するために
は、非常に長い時間が必要である。現在は、地上の望遠鏡による観測が主であるが、地上の望
遠鏡でもあまり大型の望遠鏡は観測時間の制約があるので適さない。現在のスペースガードの
観測は、口径 1m 前後の望遠鏡をほぼ占有するような形で行われている。したがって、発見で
きる小惑星の明るさもある程度明るいものに限られてしまっており、当面の目的は直径が 1km
以上の NEA をすべて探すということになっている。しかし、これでははなはだ不十分であり、
より大きな望遠鏡かスペースからの観測によって、より小さな NEA まで発見するようなこと
を目指していくべきである。このためにもスペースからの観測を進展させていくことが重要で
ある。
Fig. 2-1-g
地球へ流入する地球外物質の質量と頻度 10)
(参考文献)
1)地球衝突小惑星研究会,いつ起こる小惑星大衝突,192pp.,講談社,1993
2)藪下信,宇宙からの危機,193pp.,恒星社,1994
3)小島卓雄,地球を狙う危険な天体,173pp.,裳華房,1994
4)磯部秀三,吉川真,矢野創,彗星大衝突,340pp.,三田出版会 1997
5)松井孝典,巨大隕石の衝突,216pp.,PHP 新書 1998
6)磯部秀三,巨大隕石が地球に衝突する日,214pp.河出書房新社,1998
7)日本スペースガード協会,小惑星衝突,294pp.1998
8) Annals of the New York Academy of Sciences Volume 822, Near-Earth Objects, The United
Nations International Conference, 632pp, 1997
9) John S. Lewis, Comet and Asteroid Impact Hazards on a Populated Earth, 200pp., 2000
10)
24
2.1.6. 資源としての小天体
小天体は資源になるか?
宇宙開発は、地球外資源を全く利用しない形で進むには限界がある。つまり宇宙活動におい
て必要となる様々な物資などは、全て地球から運ぶよりも、可能な限り現地で調達する方が望
ましい。
過去の宇宙開発においても、
既に太陽電池を用いて太陽光をエネルギーに変換したり、
惑星の大気を利用してブレーキをかけるなど、宇宙の環境を利用する試みはなされているが、
今後もこの方針は発展していくと考えられる。地球外の物質資源を積極的に利用する日が来る
事は、宇宙開発が続いている限り間違いないであろう。
宇宙資源利用の最初の目的としては、探査機に燃料を補給したり、生命維持に必要な水や酸
素を生産する事が考えられる。続いて地球の周回軌道や月、火星に建造物を作るための物資を
供給することが現実的であろう。更なる大規模な開発を考えたとしても、地球の低軌道(LEO)
に燃料や金属を持ってくる事が、経済的効果の面から有望と考えられている 1)。このような視
点から太陽系内の天体を眺めてみると、その長短所は簡単に言えば以下のようになる:
・月
利点:地球からの距離が短い。過去に詳しい研究がされている。往復に新たな技術開発
が必要無い。
欠点:揮発成分に乏しい。Δv は地球より遥かに小さいと言っても、月面から LEO への
Δv は 3.0km/s と彗星や小惑星に比べると意外と大きい。
・彗星
利点:揮発性成分に富む。小さいΔv で地球に帰還できる。
欠点:未知と言えるほど情報が少ない。資源回収が困難と考えられる。打ち上げウイン
ドウは絞られる。
・小惑星
利点:Δv が小さい(多くの地球近傍小惑星から LEO までは 0.4km/s 以下)
。未分化な物
から分化した天体まで、幅広い種類で多数存在するので、様々な有用鉱物が期待
できる。
欠点:スペクトル種と実際の物質種の相関関係に関して、立証が十分でない。近地球小
惑星では打ち上げウインドウの間隔が長い(ただし同種の近地球小惑星を多数候
補に挙げておけば資源調達に関してはその制約は低減される)
。
上に見るように、資源利用という側面から考えると、小惑星は非常に魅力的である。すなわ
ち、技術的・物理的に明らかな欠点が無く、非常に有望な物質に富んでいると考えられる(特
に月では確保が難しいとされる水や有機物が利用できる可能性が高い事は注目に値する)
。
しか
しながら十分に探査が行われていないために、実利用に向けた本格的な検討を実施する事がで
きない。そこで科学・資源双方の目的を持たせた探査ミッションを通じて、資源利用や燃料の
現地調達の可能性を探る事が期待される。
さて、地球外の資源が、いつの日か地球上で利用されるようになるのであろうか?この点つ
いては、まず地球の物質資源量がどのように見積もられているかを考えておく必要がある。地
球に存在する資源を考えてみると、いわゆる「耐用年数」は例えば鉛や銀、亜鉛が 20 数年の耐
用年数と試算されているので一見地球上で枯渇しているように見える 2)3)。しかし可採埋蔵量は
より深い鉱脈を採掘する技術、あるいは品位の低い鉱石もコスト的に引きあうような処理技術
の開発など探鉱努力によって変化する。さらにリサイクルのシステムの整備により一度用いら
25
れた資源をかなり高い比率で回収して再利用できるようになる。この両者の相乗作用により結
果として耐用年数も変わることになる。これが資源の「耐用年数」が何年経ってもそれほど変
化しない理由である。このことを考えると、地球上で地球外資源を利用する日はかなり未来に
なると考えざるを得ない(しかしエネルギーについては物質資源と様相が異なると主張する研
究者もいる 4)5)。よっていかに期待の持てる小惑星資源といえども、地球に持ち帰って利用す
る事は当面考える必要は無く、今後の検討は主に地球外での利用に絞って行うべきである。
従来考えられてきた利用方法
先に述べたように、宇宙資源としてまず確保すべき物質は、水を中心とした揮発性物質であ
る。例えば水があれば、これは生命維持に用いることが出来るだけでなく、電気分解などで水
と酸素に分離しておけば、液酸液水モーターの燃料として利用することも出来る。
現在の惑星物質に関する知識で考えれば、最も安く揮発性物質を手に入れる方法は、炭素質
コンドライト(いわゆる CI、CM タイプのような層状珪酸塩鉱物を含むもの)的な小惑星の物
質を加熱等で分解して水等を抽出するという手法である 6)。この場合、水は泥質の鉱物に含ま
れていると考えられるが、泥質の鉱物や水の氷は、弱い加熱(250−300℃)によって酸素を抽
出する事ができる。これは例えば月面でイルメナイトを使って酸素を抽出(1000 度程度に加熱
する必要がある 7)するよりも遥かに低エネルギーで済む。また液体の水は電気分解する事で水
素の抽出が可能であり、ロケットの推進剤として利用できる。
他に窒化物を利用して、窒素ガス(生命維持、肥料)やメタンガス(推進剤)として利用す
る事も考えられている。また、エンスタタイトコンドライトに似た小惑星物質の硫化物を利用
して、Mn, Cr, Ti (, V, Zr, Mo)などの抽出も考えられている。さらに、金属も取り出す事が可能で、
特に鉄とニッケルは比較的簡単に選別する事ができるといわれている。
実際には採掘に際して、
未加工の表土が固結しているのか分離しているのかなどといった問題点は多いが、数値モデル
を用いた検討 8)や模擬物質を利用した検討、隕石の熱分解を通じた分析 9)などによって理解が
進む事が期待される。
最後に、酸化物から元素を抽出する事を考えると、酸素、鉄、アルミニウム、チタン、マグ
ネシウム、シリコンなど表層を形成している酸化物の構成元素は多種多様にわたる。しかしこ
の場合は結晶格子を壊して必要な元素を抽出する必要がありこれはエネルギー的に損である
(いわゆる「鉱物学的障壁」vi)
。例えばレゴリスを完全に溶融して電気分解する事を考えると、
1g の酸素を抽出する為に 3 万カロリーのエネルギーが必要になってしまう!xi。
問題点と超えるべき技術的困難
隕石と小惑星の関連が次第に明らかになりつつあり、隕石を用いた物質科学的研究から資源
利用への具体的な検討が始められている。
ただし資源利用には対象天体の組成とその埋蔵量
(地
質学的分布の規模)の見積もりが必要不可欠である。現状では地上観測と探査機による散発的
な観測に限られている。これらは組成の推定につながる情報をもたらす為に非常に重要である
が、例えば表層の岩石が比較的固結しているのか分離しているのかを区別できないなど、具体
的な採掘・選鉱方法を議論する上で必要な情報を得る事は難しい。
さて、メインベルト小惑星は、太陽からの距離によりタイプ別の存在率が異なると考えられ
ている。資源として有望な揮発性成分が多いと思われる小惑星(C 型やそのサブタイプ)は太
陽から遠い側になり、地球から遠くなってしまう。不揮発性の酸化物なら月の方が安定して供
給できることを考えると、少ない燃料で到達可能という利点がある地球近傍小惑星のより深い
知識が望まれる。これらは太陽にも近いため、 太陽電池等で宇宙機に電力供給が可能であると
いう利点も存在するが、技術的には月へ行くより接近・着陸は困難であると考えられており、
高い誘導制御技術が求められる。
26
まとめ
宇宙に既に存在する物質を利用するという考え方は、地球から同じ物を運ぶ事を考えると、
はるかに大きな可能性を秘めている。将来の近地球における宇宙活動は月や小惑星の物質資源
で支えられるだろう。特に揮発性成分は小惑星に頼る可能性が高い。しかしながら、将来の利
用を考える上で不可欠となる基本的な知識がまだ得られていない。例えば地球近傍小惑星のタ
イプ別の存在度は、未だ分からないことが多いし、組成の多様性があるかどうかを地上観測や
軌道進化の視点などからも検証していく必要がある。これらは資源的目的だけでなく太陽系の
小天体に関する科学的知識を得るうえでも重要な研究テーマである。小惑星探査ミッションを
出来る限りシリーズ化し、可能な限り多くのサンプルリターンを実施することでこの問題を解
くことが今後の大きな課題である。
(参考文献)
1)Cutler, A. H., and Huges, M. L., Transportation economics of extraterrestrial resource utilization., in
Space Manufacturing 5: Engineering with Lunar and Asteroidal Materials, eds. B. Faughnan and G.
Maryniak, 233-244, 1985.
2)西山孝,資源経済学のすすめー世界の鉱物資源を考える, 188pp., 中央公論社, 1993.
3)Minerals Yearbook, U.S. Geological Survey Minerals Information, 1999.
4)Glaser, P. E., Power from the Sun: its Future, science, 162, 857-866, 1968.
5)Duncan, R., Fossil fuel prospects for the twenty-first centry, in Solar Power Satellites, P. E/ Glaser, F. P.
Davidson, and K. I. Csigi eds.,John Wiley & Sons., 87-101, 1998
6)Nichols, Volatile products from carbonaceous asteroids, in Resources of near-earth space, 543-568,
1993.
7)Lewis, J. 1987
8)Bose, K. and Ganguly, J., Kinetics of volatile extraction from carbonaceous chondrites: Dehydration of
talc, Resources of Near Earth Space: Proc. Second Annual Symp. UA/NASA SERC. Tucson, Ariz.,
Abstract book, p. 13, 1991.
9)Levy, R. L., Wolf, C. J., Grayson, M., Gilbert, L., Updegrove, W. S., Zlatkis, A., and Oro, J., Organic
analysis of the Pueblito de Allende meteorite, Nature, 227, 148-150, 1970.
10) Lewis, J.S., Mining the Sky, Addision Wiley Pub., 1996.
27
2.1.7. 小天体探査のロードマップ
日本の太陽系科学探査戦略における小天体の位置付け
現在の宇宙科学研究所が掲げている科学衛星将来計画における「太陽系科学探査の中長期的
目標」は、
(1)
(2)
(3)
(4)
太陽系の起源・進化
惑星の多様性
生命の起源
磁気圏の統一的理解
の四項目である。その中の(1)―(3)は、
「始原天体(小惑星、彗星、EKBOなど)
」におけ
る分化・未分化状態の理解、隕石・宇宙塵試料との相関、生命前駆物質の生成・進化を探るこ
とと密接な関わりがある。さらに、宇宙研固体惑星研究系の二大戦略は、
(1) 月・惑星の内部構造探査
(2) 原始太陽系の化石としての始原天体探査
である。従って宇宙研が、「工学試験ミッション」で初の小惑星サンプルリターンを試みる
MUSES-C以降も、小天体探査計画を継続・発展させていくことは、その太陽系探査の科学目標
と戦略の双方から期待されている。
しかしながら、現代日本の小天体探査の予算と機会は、10年に1回程度である。つまり残念な
がら、興味ある科学目標全てを網羅することはできないし、また一つの科学目標の達成に何十
年もかけていられない。さらに、月や火星などの探査とは違い、太陽系の創世から地球型惑星
や木星型惑星ができるまでの様々なエポックメイキングな出来事(例えば、原始太陽系星雲の
形成、ダスト成長、重力不安定による微惑星の誕生、衝突による原始惑星の集積・破壊、熱的
分化の開始など)のどの時代を調べるかによって、探査すべき小天体は異なる。そうした理由
から、次期小天体探査ミッションを「理学探査ミッション」
(Table 2-1-a )として具体的に検討
するには、まず「始原天体探査ロードマップ」
(Fig. 2-1-h)を策定し、欧米の後追いではなく、
かつ独自・相補的な科学目標の達成を目指した探査対象を絞りこむことが不可欠である。
Fig. 2-1-h
2000−2020 年の始原天体探査ロードマップ
28
Table 2-1- a
日本の小天体探査ミッション:MUSES-C vs. Post MUSES-C
MUSES-C
工学試験ミッション
工学的に行ける小惑星に行く
世界初小惑星SR(サンプルリターン)
新規探査技術の「障害物競走」
裏番組は月・火星
トップダウン式決定
Post-MUSES-C
理学探査ミッション
科学的に行きたい小惑星に行く
太陽風、彗星、小惑星らの初SR以後
MUSES-Cで実証された技術の継承・発展
裏番組は彗星・ISS
ボトムアップ式提案
現在・未来の小天体探査のトレンド
小惑星と彗星は、太陽系形成時の情報を現在まで保存している「化石」と考えられている。
小惑星実データの取得は長らく地上観測に限られていたが、1990 年代になると目的の惑星へ向
かうクルージングフェーズで小惑星の近傍を通過する(フライバイ)機会や、NASA のディス
カバリークラスのミッションで小天体専用の探査機が次々と準備されるようになった。
例えば木星に向かうガリレオ 探査機が、1992 年にはガスプラに、1993 年にはイダおよびそ
の衛星ダクティルに接近し、それぞれの画像データを地球に送ってきた。その結果、いずれも
スペクトル型は S 型で平均密度は 2.5 g/cm3 程度、ガスプラの平均半径は 6.1 km、イダの最大
径は 55〜56 km 程度であることが解明された。また、両者とも数 十 m もの厚いレゴリス層と
固有磁場を持っているかもしれないこという報告もなされた。特にレゴリス層の発見は、捕獲
された小惑星と考えられる火星衛星フォボスとダイモスにも共通した現象である。従来は表面
重力が微小な小惑星には、レゴリス層は形成できないという理論が支配的であったが、小惑星
の内部構造(rubble pile 構造)と平均密度に関する考察とともに、急ピッチで見直されている。
一方、ディスカバリークラスとは、公募型の太陽系探査計画であり、開発期間、総費用、打
ち上げロケットなどに厳しい制限を設けることで、従来の大型探査機に較べて、より速く、よ
り安く、より科学目的を絞ったミッションを実現している。結果として、地球に近い天体への
探査の数が増加した。1996 年には、その第一段として NEAR シューメーカー探査機が、エロス
に向けて打ち上げられた。NEAR シューメーカーは、1997 年に C 型小惑星マチルドにフライバ
イして可視分光マッピングを行い、その表面に水質変成鉱物の兆しがないことを示した。2000
年 2 月 14 日に目標天体エロスに無事ランデブーし、探査機は今後 1 年間、小惑星表面の観測デ
ータを収集し続ける。
ディスカバリークラスの小天体探査には他にも、以下のミッションが控えている。
(1) 1999 年 2 月に打ち上げられ、ヴィルド第二彗星起源の塵を採集して 2006 年に地球へ持
ち帰るスターダスト探査機
(2) 2002 年から 6 年間で 3 つの短周期彗星をフライバイする CONTOUR (Comet Nucleus
Tour)探査機(軌道修正時に分裂、失敗)
(3) 2005 年の米国独立記念日に彗星核へ 500kg の銅の塊を秒速 10 kmで撃ち込み、衝突
発光を探査機及び地球から観測するディープインパクト探査機
ESA が 2003 年初頭に打ち上げ予定のロゼッタ探査機は、二つの小惑星にフライバイしなが
ら、8 年後にコマが形成される前のウィルターネン彗星核にランデブーする。そして日心距離
の変化と共に彗星の表面活動の変遷を観察する(表 1-4-a, Yano, 1999)
。このように、少なくと
も今後 10 年間、太陽系探査における小天体ミッションの比重が大きくなることは明らかであ
29
る。これらの科学的成功のためにも、個々の探査対象天体の物理観測は今まで以上に重要にな
ってきている。
Table 2-1- b
年
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
2008
2011
2012
1996-2012 年の間に運用・予定されている小天体探査
(2002 年現在。(Yano(1999)より改訂)
主な出来事
• NEAR 打ち上げ(~2000)
• NEAR、マチルドにフライバイ
• マーズ・グローバル・サーベイヤ−が衛星フォボスに接近
• ガリレオ探査機、木星の小型・内側衛星 (メティス、アドラステア、アマルテ
ィア、テーベ)を撮影
• NEAR 、エロスにフライバイ
• スターダスト打ち上げ(~2006)
• ディープスペース-1、ブレイユにフライバイ
• NEAR 、エロスにランデブー。探査機の名称を NEAR シューメーカーと改名
•スターダスト、星間塵の採集を開始
• ディープスペース-1 の燃料が足りればボレリー彗星へフライバイ
• CONTOUR 打ち上げ (軌道修正時に失敗)
• MUSES-C 打ち上げ (~2006)
• ロゼッタ打ち上げ(~2011)
• MUSES-C、 1989ML に到着。表面試料の採集。
• のぞみ、火星へ到着。フォボス、ダイモス周辺にダストバンドを探す
• スターダスト、ヴィルド第二彗星にフライバイ。彗星塵の採集。
• ディープインパクト、打ち上げ(~2005)
• ディープインパクト、テンプル第一彗星にフライバイ、衝突発光観測。
• スターダスト、彗星塵試料を地球に持ち帰る
• MUSES-C、小惑星表面試料を地球に持ち帰る
• ロゼッタ、ミミストロベルにフライバイ
• ロゼッタ、シプカにフライバイ
• ロゼッタ、ウィルターネン彗星にランデブー
• ロゼッタ、ウィルターネン彗星核に着陸
30
2.2.
観測手法毎の探査内容・意義
小天体を探査する手法としては、主に以下の 4 つの手法が考えられる。
・地上観測
・隕石宇宙塵の分析
・探査―その場計測
・
―サンプルリターン
地上観測は、これまでもっとも長く行われてきた手法であり、すでに多種多様なデータが蓄
積されている。地上観測によって入手できる情報は、以下のようなものがある。
①小天体のもつ軌道要素→その起源に関して情報を与える
②位相角による光度変化、偏光観測→表面状態に関する情報を与える
③時間による光度変化→自転軸の向き、自転周期、3 軸比に関する情報を与える
④スペクトル→表面を構成する物質に関する情報を与える
⑤掩蔽→小惑星の形状に関する情報を与える
⑥レーダー観測→全体形状に関する情報を与える
等。
地上観測は、長期に渡り様々な情報を与えてくれるが、しかしそれらは限界も持つ。①に関
しては、小天体をある程度分類付けることを可能にはするが、そこからは直接の意味をくみ取
ることは難しい。②は、これは表面物質の持つ様々な条件(粒度・ポロシティー・粉体の形状・
温度等)に左右されるため、一意に表面状態を決定することは出来ない。③は小天体の概略に
関して情報を与えてくれるが、そこからだけでは科学的な意味をくみ出すことは難しい。④は
かなり重要な情報であるが、小天体の表面は宇宙風化作用により、地上で観測を行う場合とは
異なるスペクトルの傾向を示すことがわかっていることに加えて、表面の様々な条件によって
もスペクトルが変化するため、実際の物質との比較検証を行い補正をおこなわないと確定的な
ことは言えない。⑤に関しては小天体の一断面に関する情報は与えてくれるが全体形状に関し
ては情報を与えてくれず、⑥に関しては地球に極めて接近した小天体に関してのみ観測が可能
である。
このように、地上観測のみのデータ解析ではそれぞれ様々な制約を持つが、しかしこれらを
探査機による観測と組み合わせて考えると、かなり重要な意味づけを行うことが出来る事がわ
かる。これは隕石宇宙塵の地上に於ける分析でも同様であり、これらの分析結果は探査機のも
たらす情報と組み合わせることにより、格段と高い意味づけを行うことが可能である。一方、
探査機による直接探査・サンプルリターンも完全ではない。一番大きな問題点は、すべての天
体へ探査機を送ることは実際問題として、現状ではかなり長期を要するという点である。これ
らのことから、
現状でベストと言える探査手法は、
これら 4 つの探査手法をうまく組み合わせ、
相互補完を行う事であると考えられる。このような視点から、2-2 以下では地上観測、現地観
測、地上での物質分析、そしてそれらの手法を混合させた手法に関する詳細を述べる。
31
<地上観測>望遠鏡による観測
望遠鏡観測の科学的意義
小天体探査における地上支援観測は、その場計測、回収試料分析などと並ぶ、計画成功のた
めの柱の一つである。ミッションの工学的実現性を評価したり、科学的意義を高めるには、小
天体の物理観測や軌道のフォローアップは不可欠であり、近年増加している地方天文台での中
型クラスの望遠鏡はここに大きく貢献できる。公開天文台が地上観測の中心となってミッショ
ンに積極的に参加することは、日本独自の小天体の物理観測データベースを構築することにも
繋がり、学界からも歓迎されるだろう。また天文台側も、宇宙教育・広報のための豊かな情報
に直接アクセスできる。また、すばるを初めとする国内、国外の大型望遠鏡を使った観測も同
時に探査にとっては必要不可欠である。本章ではこれら地上観測の科学的重要性に関して述べ
る。
当然のことながら、
やみくもに探査機をとばしても偶然小惑星の側を通過するということは、
ありえない。その為、なによりもまず地上観測で小惑星を発見しその軌道を確定することが探
査へ向けての最初の一歩ということになる。
次に小惑星の大きさを知ることが重要な観測項目である。NEAR のように周回する場合、あ
るいはMUSES-C のようにタッチダウンする場合にも、
その小惑星の質量を知らないことには、
軌道の設計も必要な燃料量の見積りも不可能である。
地上観測で得られる小惑星の可視での明るさの情報は、太陽光を反射している部分の面積(〜
小惑星のサイズ)と反射率の積に比例しているにすぎず、可視光観測だけでは「小さくて反射率
の高い小惑星」 と 「大きくて反射率の低い小惑星」を区別することができない。
しかし、小惑星が反射しなかった光のエネルギーは、いったん小惑星に吸収されやがて熱放射
の形で小惑星表面から放出さる。その為、
「小さくて反射率の高い小惑星」 よりも「大きくて
反射率の低い小惑星」方が、ずっと大きな赤外線熱放射を出すことになる。この為、熱赤外線
の観測と可視の観測(関口等が実施)を合わせることにより、大きさと反射率のふたつの未知
数に対してふたつの条件が課せられ、解を得ることができる。
この時大きさと一緒に反射率が判明するが、この情報は探査機に搭載される観測装置のゲイ
ンを決定する上で非常に重要となる。 たとえば CCD カメラであればできるだけ SN 比が高
く、かつ飽和しないように ゲインを決定することが可能となる。
小惑星の 形・自転周期・自転軸方向も、地上観測に期待される重要な観測項目である。小惑星
は普通球形ではなく数時間程度の周期で自転している。その為、太陽に照らされている部分の
面積が変化し、明るさは自転周期に同調して変化する。これにより小惑星の自転周期、自転軸
方向、3 軸比を計算する事が出来る。
地上でスペクトル観測を行うことは、探査機による対象天体を決定する上でも重要な観測項
目である。地上観測によって得られた小惑星のスペクトルをいん石などと比較することでその
小惑星がどんな物質で作られているかを推測することができ、探査機をどの小惑星に飛ばすべ
きかを決定することが出来る。スペクトル観測には様々な電磁波が用いられる。以下にこれら
バンドの分類と、それぞれにおける観測項目をまとめる。
2.2.1.
・可視光線
我々の目で見える電磁波だが天体観測では紫外線領域のUバンド、赤外線領域のIバンド
も含める事が多い。大まかには 0.3--1 ミクロン位。U(UV)、B(Blue)、V(Visible)、R(Red)、
I(Infrared)のバンドに分けられる。
近赤外線より長波長側では地球大気中の水蒸気などによる電磁波の吸収が少ない「大気の窓」
でバンド名で"普通は"定義される。
32
・近赤外線
可視より長波長側。Iバンドを含めたり含めたかったり。またLとMは近赤、中間赤外ど
ちらに含めてもいいと思う。J(1.2μm 辺りの大気の窓域)、H(1.65μm 辺りの大気の窓域)、
K(2.2μm 辺りの大気の窓域)、L(3.5μm 辺りの大気の窓域)
・中間赤外
太陽系では、太陽以外のものが熱放射する波長M(5μm 辺りの大気の窓域)、N(10μm 辺
りの大気の窓域)、Q(20μm 辺りの大気の窓域)
小天体探査における地方天文台支援観測の役割
月や火星のように地球から近く、またこれまでに様々な視点で調べられた太陽系天体では、
探査機を送るためにもはや新しい物理観測を必要としない。一方、小天体探査において地上観
測で得られるデータは、小天体ミッションの立案段階でも、決定的な役割を果たす。つまり、
目標天体の選定前には、それぞれの候補天体に対して
(1) 軌道要素
(2) 大きさ、形状、自転周期、自転軸の傾きの有無(光度変化)
(3) 表面状態、表面材料(スペクトル型)
などの物理観測を行う。さらにそれらの結果から、その天体を探査すれば期待できる科学的成
果を予測する。また軌道要素やアルベドは、探査機の燃料他の重量や熱設計、軌道・運用・通
信計画、サンプルリターンの可否・手段など、工学的な要素にも直接反映する。また地上観測
は、
(1)
(2)
(3)
天体にフライバイまたはランデブーする際のその場計測
サンプルリターンによる回収試料の鉱物学的分析
実験室内の表面状態の模擬・再現実験
と並んで、ミッションを科学的に成功させるため大きな柱の一つでもある(Table 2-2-a1))
。
33
Table 2-2- a
小天体探査における科学計測項目(Yano, et al. (2000)xvi より改訂)
地上観測
スペクトル型
(表面状態、材料)
アルベド
光度曲線(形状)
サイズ
軌道要素
自転周期
など。
フライバイ・その場計測
形状
より精密なサイズ
重力・質量(フライバイ時の探査機軌道
のずれ)
バルク密度(Rubble Pile 構造)
高分解能表面スペクトル(同一型内の
バラエティ、同一天体上のローカルな
違い)
レゴリス層の確認
宇宙風化作用の確認
残留磁場
歳差運動
自転軸の傾き
付随微粒子のフラックス
付随衛星や微小族天体の発見とその軌
道要素の測定
など。
サンプルリターン
隕石試料との相関
スペクトル型との相関
小惑星上の水質変成度、有機
物の進化度
衝突破壊の年代決定
など。
Fig. 1998SF36 予測形状
Fig
1998SF36 ライトカーブ
MUSES-C 探査機は、現在ではその探査対象を 1998SF36 へと変更している。2001 年までの観
測好機に得られた地上観測データによると、その自転周期は約 12 時間、大きさは 600x 300x 200
m 程度の楕円球であることが分かったがある 2)(Fig.2-2-a)
。また、多色測光とアルベド測定に
よるスペクトル型の分類では S 型ながら他の大きな同型よりも明るく、
そのアナログ隕石は LL
普通コンドライトが弱く宇宙風化を受けているものと解釈されている。ただし、地上観測のス
ペクトルは天体表層の数ミリの深さ部分を観察しているにすぎないこと、また小惑星全表面か
34
らのスペクトルの重ね合わせを点光源として見ていることなどを考えると、これとバルク物質
との対応は、実は非常に不確かなものであることに注意する必要があるまた表面重力は 10-4,-5 G
程度となる。これほどの微小重力下では、レゴリスを重力のみでは保持しにくいと考えられる
が、少なくとも直径 20-30km程度のS型小惑星 Eros には十分な量のレゴリスが存在した。
1998SF36 サイズでも、レゴリス存在の有無や厚さ、組成・粒径などの分布は、MUSES-C とそ
れに続く小惑星探査で明らかにされるべき問題である。
小惑星族の探査・サンプルリターン以外にも、Table 2-2-b のような小天体探査の候補例が挙
げられる。それぞれの候補天体の科学的価値を評価するためには、それらの信頼できる量と質
のデータに裏付けられた物理観測が重要である。
このように、現在および近い将来の小天体探査の科学目標の意義を高めるため、また工学的
に成立するミッションを検討する際の実データを提供するためには、軌道が決まった小天体を
フォローアップして、物理観測(測光、分光・偏光)のデータベースを構築する事が必要なの
は明らかである。幸い過去数年間、各国のスペースガード観測(NEAT,LINEAR 等)によって、
より暗い小天体が以前に増して検出されてきており、その中には Table 2-2-b に掲げたような科
学探査に適した候補天体も多くいるに違いない。
ところが、現在世界各国の大型のプロ用光学望遠鏡・天文台による太陽系天体の観測は、E
KBOなど外縁部の暗い新天体の発見に人気が集中している。また、内惑星領域の探査天体の
フォローアップや物理観測を提案しても、オーバースペックであることが多い。そのため、短
い観測時間すら確保するのが困難である。実際、1999 年の観測好機に 1989ML の物理観測を世
界各地の望遠鏡に提案したが、アルベド絶対値の決定ができるほど広域(複数)の波長帯の分
光観測や、自転周期をカバーできる光度変化を求めるのに十分な測光観測などの観測時間は採
択されなかった。一方、アマチュアの、いわゆる「小天体ハンター」諸氏の動機の多くは、科
学よりも新天体発見による命名権などにあるため、そうした「報酬」のない、軌道決定以上の
フォローアップや物理観測に興味のある方は少ないようである。さらに分光測定などを行うに
は、ある程度集光能力を持った望遠鏡が必要であり、多くのアマチュアのスペックでは手に余
る。
こうした状況にも拘わらず、宇宙研には独自に常時候補天体の物理観測データベースを構築
していく予算とマンパワーが、残念ながら存在しない。相模原キャンパスの共同利用望遠鏡も
検出器の再整備と可視シーイングの貧しさという問題を抱えており、今すぐは解決策できない。
このジレンマを打開できる位置にいるのが、
(1)150cm 級など、海外のプロの中型望遠鏡にも
負けない高S/Nスペックを持ちながらも、
(2)光度変化の長期観測を含む比較的「地味」なフ
ォローアップ観測に観測時間を、プロの天文台よりもフレキシブルに確保できるという特質を
持つ、近年増加している地方天文台での中型クラスの望遠鏡である。
地方自治体が持つ公開天文台が、研究所、大学、企業と同列の主要メンバーとして、国家・
国際プロジェクトである惑星探査に計画当初から、地上観測という小天体ミッションに不可欠
な柱の一本を担うことを妨げる理由は何もない。むしろ堂々と貢献して頂けば、学界から大い
に歓迎されるだろう。また公共の教育啓蒙機関としては、探査計画へ参加することで、その進
捗状況や宇宙教育に関する情報をリアルタイムで展示・紹介でき、メリットも高いのではない
だろうか。一方の宇宙研など探査の実施機関にとっては、外国に頼らない独自の候補天体デー
タベースを作成したり、観測好機を逃さずに物理データを集められる天文台との協力体制が国
内に確立できれば、より柔軟で魅力ある探査計画が立案できるようになる。これは両者に利益
がある、新しい共生のカタチではないだろうか?具体的には、Table 2-2-c のような観測テーマ
が想定できるだろう。
35
Table 2-2- b
他の次世代小天体探査の候補例 (Yano, et al. (2000)より改訂)
小天体の種類
スペクトル型にバ
ラエティのある族
小惑星
探査候補天体
エオス族
(M、S、EMP 型)
*フローラ族
始原的な族小惑星
テミス族 (C 型)
ナイサ・ヘーサ族
(E, M, F 型)
既知の隕石と関連
があると思われて
いる小惑星
ベスタとベストイド
小惑星
ヒービー
「枯渇した彗星核」
としての近地球型
小天体 (
「彗星-小
惑星遷移天体」
)
4015 ウィルソン・ハ
リントン(彗星)
3200 フェ−トン
2201 オルヤト
1992LC
*1995 QU3 など。
多くの近地球型小惑
星の組み合わせが可
能
近地球型小惑星マ
ルチフライバイに
よる博物学
対応する隕石のな
い、P、D 型小惑星
1996PW (D 型)
*ヴェリタ族 (D、C
型)
科学目標
分化した原始惑星の内
部構造の理解
注意点
*エオス(a=3.1AU)、フロ
ーラ(a=2.2AU、高アル
ベド)共に、軌道傾斜角
が高い
小惑星表面での水質変 *テミス(a >3AU)
、ナ
成の度合い(テミス族) イサ(a= 2.4AU, sin i=
水と有機物の起源
0.05)。ナイサ族は、平坦
な分光型に対し、様々な
アルベド値を持つ。
Vesta –HED エコンドラ ベスタ最大のクレータ
イト起源説の決着(ぺ はハッブル宇宙望遠鏡
ネトレータが不要な分 で観測されている。
化天体の内部探査)
過去に何度もミッショ
*ヒービー–H コンド ン提案されたが、実現し
ライト起源説の決着
ていない。軌道傾斜角が
高い。
彗星と小惑星の違いと サンプルリターンには、
は何か?
厳しい「宇宙検疫」が適
応。
彗星起源隕石の発見
ふたご座流星群の母天 ウィルソン・ハリントン
体としてのフェ−トン のサンプルリターンも
現在検討されている。
隕石と近地球型小惑星 MUSES-C の既存技術で
のリンク
成立。新規性なし。
1989ML とは異なるス 2000 年代後半までに、1
ペクトル型を一つずつ ダースほどの近地球型
訪問して継続研究(S-,
小惑星は、すでに探査機
M-, E 型など。)
がフライバイしている。
これらのスペクトル型 サンプルリターンには、
に対応する隕石は発見 厳しい「宇宙検疫」が適
されていない。
応。
多くはメインベルトの
外側にあるため、行きに
くい。幾つか近地球型に
例外あり。
36
Table 2-2- c 中型望遠鏡を有する公開天文台が貢献できる小天体探査の支援地上観測の具体例
観測テーマ
観測内容
現存の小天体探査の 2002 年の 1989ML の観測好機に、章動を考慮した形状が決定でき
候補天体の物理観測 る長さの観測夜を確保した測光観測。スペクトル型を決めるアルベ
(MUSES-C)
ド値の決定や近赤外波長域を含む分光観測。
1989ML の特殊・一般性を判断するための、比較的小さな近地球型
小惑星の可視・赤外線観測。
(スペースガードで見つかる新天体を
物理計測でフォローアップ)
新小天体探査計画立 Post MUSES-C の小天体探査(例:小惑星族、枯渇した彗星核)の、
案のための、独自の 探査天体の物理観測を、国内の中心となって実施。
物理観測データベー 当然ながら小惑星の数は多く、一個の小惑星から試料を持ち帰るだ
スの構築
けで、基本的な問題を全て解くとはできない。しかしスペクトル型
(小惑星の形状とア が詳しく分類された現在では、ground truth を掴むための少数の小惑
ル ベ ド マ ッ プ の 作 星探査によって小惑星全体の傾向について把握できる。
成)
群馬天文台では、具体的に以下の観測を組み合わせる。これらの観
測とコンピュータモデルを組み合わせ、第一次近似的な小惑星の形
とアルベド地図を求める。
60 cm 望遠鏡による測光観測で、光度曲線を導く。
150 cm 望遠鏡による偏光・分光観測で、表面反射特性の非一様性を
求める。
当初は既に探査機が訪問したイダ、マチルダ、ガスプラ、エロスな
どの小惑星について、各形状とアルベドを再現できる解析手順を確
立する。一度これが可能になると、その後はそれらを較正データと
して、探査機を飛ばす以前に小惑星の形やアルベドがある精度で得
られるようになる。
IRIS(Astro-F)による 次期赤外線望遠鏡 Astro-F の観測機器 IRIS/IRC/MIR を使って小惑星
小惑星の熱輻射フラ の熱輻射を求めるには、いびつでない(球形に近い)小惑星で較正
ックス観測の支援
を行う必要がある。
過去の光度変化データから絞られた(△H<0.06 mag.)較正天体候
補について、可視で確認観測を行う。
小天体探査における地上観測は、その場計測、回収試料分析、実験室内の表面状態の模擬・
再現実験と並ぶ、計画を成功させるための柱の一つである。特に現存あるいは近い将来の小天
体探査ミッションの工学的実現性を評価したり、科学的意義を高めるためには、小天体の物理
観測や軌道のフォローアップ観測は不可欠だが、それぞれ異なる理由でプロ、アマの天文学者
があまり人気がない。中型望遠鏡を有するの公開天文台はここに大きく貢献できる。地方自治
体の研究施設が全国の研究所、大学、企業と同列に、初期段階から地上観測の中心となってミ
ッションに積極的に参加することは、日本独自の小天体の物理観測データベースを構築するこ
とにも繋がり、ミッションの実施機関や学界からも歓迎されるだろう。またそうすることによ
って、公開天文台も宇宙教育・広報のための豊かな情報ソースに直接アクセスできるようにな
る。両者のこうした新しい共生のカタチを、今後模索していくことが求められる。
(参考文献)
1) Yano、 et al。
、 2000
2) Tholen 1999
3) Binzel 1999
37
大型望遠鏡の役割―すばる望遠鏡によるミッションターゲット観測を例に―
地上大型望遠鏡は、一般の観測者向けに観測時間の割り当てを行っている。一般の観測者は
観測計画を立案し、これら地上大型望遠鏡の管理主体に、決められた期間に決められた書式で
プロポーサルを提出することにより、これら地上望遠鏡を利用することが出来る。
観測プロポーザルでは Feasibility と呼ばれ、観測の実現性についての記述が必須となる。と
りわけ我々の観測対象は天文観測では特異な「移動天体」であるため、天球上の天体の位置が
重要となる。海外の大型地上望遠鏡へプロポーサルを提出することも可能であるが、日本でも
NAO 岡山天体物理観測所、東京大学木曽観測所、NAO 野辺山宇宙電波観測所それとハワイ観
測所のすばる等が利用可能である。すばる意外の望遠鏡に関しては、Table 2-2-e にその主要観
測機器と特徴をまとめる。
Table 2-2-d 観測実現性に関する検討項目
項目
説明
天 体 の 天 球 上 太陽離角
での位置
観測天体は太陽からある程度は離れている必要がある。
電波のように波長が長い電磁波の観測を除いて、昼に観
測を行う事は不可能。つまり天体が太陽に近ければ、地
上からは観測できない
観測天体が天の川の中では不可能ではないが観測が困難
である。天体が銀河の中にあると周りの星がノイズの一
部となり S/N(シグナルとノイズの比)が稼げないことが
原因。
観測天体が月に近い、あるいは満月の夜の測光観測は困
難。月に近ければバックグランドノイズが異常に大きく
なるし、満月ならば可視の測光を行うにはほんとに明る
いものに限られてしまうから。
観測天体自身の明るさが十分に必要。これは一般の天体
観測(太陽系以外)の Feasibility に相当する。
銀河面との関係
月離角、月齢
天体の明るさ
Table 2-2-e 観測実現性に関する検討項目
観測所名
主要観測機器 内容
東 京 大 学 2KCCD -- 可 可視の撮像からは大きさの目安である絶対等級の導出、自転周期
木曽観測所 視撮像
の取得ができる。48 分角という稀に見ぬ広視野を持つこの装置は
どんなに早い NEA でも追いかけるのはたやすい。2001 年 3 月に
行われた宇宙研(安部)の MUSES-C ミッションターゲット
1998SF36 の撮像観測でも近地点付近のもっとも早い移動速度での
観測に威力を発揮している。
国立天文台 偏光分光
岡山天体物
理観測所
国立天文台 ガス輝線、
野辺山宇宙 熱放射観測
電波観測所
近赤分光器は明るい天体なら物質特定に迫れるかもしれないが、
あまり現実ではない。ここでは偏光装置が小惑星の観測に適用で
きる可能性がある。小惑星の表面情報を得る偏光観測は神戸大の
グループが堂平観測所にて精力的に行って来たが、最近堂平観測
所は閉鎖になったため国内では岡山でのみ可能である。
明るい彗星なら CO 分子の輝線観測が可能である。また、意外と
知られていないのがミリ波による小惑星、彗星の熱放射観測であ
る。長谷川(アステック)らはテンペル・タットル彗星、ジャコ
ビニ・ツィナー彗星の熱放射観測を行った。結果的には残念なが
ら検出できなかったが、より地球に近付く NEA での観測可能性は
残っている。MUSES-C ターゲット 1998SF36 の次回の観測好機に
は一考の余地がある。
38
すばる望遠鏡は、2001 年 3 月に安部(宇宙研)を中心とした「MUSES-C ミッションターゲ
ット 1998SF36 の観測」でその有効性が確認された。現在、すばる望遠鏡で公開されている各
観測装置を太陽系天体、とりわけ差し当たっての MUSES-C ミッションのターゲット観測に関
して、必要性が高い順に並べた。
・ FOCAS Faint Object Camera And Spectrograph
可視の標準的装置、撮像分光装置、小惑星のスペクトル型分類に有効なだけではなく、
太陽系天体には汎用性はひじょうに高い
・ COMICS - Cooled Mid-Infrared Camera and Spectrograph
中間赤外の撮像分光装置。可視の撮像観測から大きさを分解できないような小天体に対
してはその大きさ、アルベドを知るのは必須
・ IRCS Infrared Camera and Spectrograph,
OHS/CISCO - OH Suppressor/Cooled Infrared Spectrograph and Camera for OHS.
近赤外の撮像分光装置
鉱物、氷の吸収を検出するのは必須。OHS は近赤外域Hバンドの大気の輝線の影響を気
にする際に有効。ただしKバンドは IRCS のみのようだ
・ HDS - High Dispersion Spectrograph
紫外線領域から主として可視の高分散分光装置
彗星、惑星などガス大気の輝線から分子の量を知るのに有効
・ Suprime-Cam - Subaru Prime Focus Camera
広視野撮像装置。新たなミッションターゲット候補を探す際にもっとも有効になる装置
・ CIAO - Coronagraphic Imager for Adaptive Optics
近赤外のコロナグラフ付き撮像装置。明るい天体の近くの淡い天体を見る事に有効、(小)
惑星の衛星など
Post MUSES-C 計画を検討するにあたっては、これらの機器の特性を理解し、観測計画を立
案する必用がある。Table 2-2-f に世界の大型望遠鏡を列挙する。各望遠鏡ともすばると同様の
装置を備える場合が多いため、プロポーサルを提出する対象として検討が必要である。
Table 2-2-f
口径[m]
10.4
10.2
9.96
9.2
8.4
8.2
8.1
8
6.5
6.5
6
世界の大型望遠鏡(6m 以上)
呼び名
GTC
SALT
Keck I&2
HET
LBT
すばる
VLT
GEMINI-I NORTH & SOUTH
Magellan I & II
MMT
BTA
設置場所
カナリー諸島(スペイン)
Shutland(南ア)
Mauna Kea
Mt.Fowlkes
Mt.Graham
Mauna Kea
Cerro Paranal
Mauna Kea & Cerro Pachon
Cerro Manqui
Mt. Hopkins
ロシア
39
標高
2400
1771
4146
2072
3050
4139
2635
4200,2715
2400
2606
2070
竣工年
建設中
建設中
1993,1996
1996
建設中
1999
1998,2000
1999,2000
2000,建設中
2000
1976
<現地探査>探査機による遠隔探査
探査手法
遠隔探査概論
遠隔探査とは、対象と非接触の測定技術一般を指す。広義には写真測量や各種物理探査が含
まれるが、人工衛星による電磁波を使った観測を指す例が多い。ここでは電磁波だけでなく、
音波による内部探査、軌道トラッキングによる重力場モデリングも遠隔探査の一種に含めて、
その原理と特徴、観測目的、機器実績、科学目標と業績、将来技術、といった項目について触
れる。遠隔探査は、容易に質の揃った全球概査を行えるメリットがあるが、反面、間接・相対
測定もしくはモデル依存の強い仮定を伴う結果が多く、厳密な値を得るには地上検証(ground
truth)が欠かせない。何がどこまで確からしいかの検証が重要である。特に月惑星探査では、
それ自身の挙げる科学成果だけでなく、後続探査ミッションの検討材料を提出する意義も大き
い。例えば、後続機着陸地点・試料採取地点探索用の基本図作成といった実績がある。
2.2.2.
・電磁波
物質から輻射される電磁波は、
既知照射源からの電磁波に対する応答もしくは熱輻射である。
それらは波長帯ごとに相互作用機構が異なるため、電磁波スペクトルを測定することで物質の
物理特性・状態が分かる。これが、電磁波による遠隔探査の原理である。電磁波名称と波長帯、
それに応じた取得情報について、表 2-2-g にまとめる。
Table 2-2-g
電磁波の波長と物質の相互作用
電磁波名称
ガンマ線
エネルギー
>105 eV
エックス線
紫外線
可視光
赤外線
104-102 eV
100 - 4 eV
4 - 1 eV
1 - 10-5 eV
波長帯
<0.01 nm
内部状態・相互作用機構 取得情報
原子核内部の相互作用
放射性物質の検知、
元素マッピング
10〜0.001nm 殻内電子電離/蛍光 X 線 元素マッピング
360〜1 nm
外殻電子電離
水素・ヘリウムの検知
360k〜830 nm 外殻電子励起/太陽輻射
(アルベドマッピング)
近赤外
電子・分子振動
鉱物組成マッピング
830〜2500 nm
中間赤外
分子振動スペクトル
2500〜25000 nm
遠(熱)赤外
分子回転/熱輻射
6
25000〜10 nm
マイクロ波
10-4〜10-5 eV
0.1mm〜1m
ラジオ波
10-7 eV 以下
>1m
分子回転、
電子スピン/磁界
殻スピン/磁界、
電離層反射・散乱
鉱物組成マッピング、
大気組成
温度、大気組成、
岩相(珪酸塩量)マッピング
大気組成、地表電気特性、
降水量
地表電気特性、
磁場・電離層観測
電磁波遠隔探査機器は光源の種類によって二つに大別される。太陽光(6000K 黒体輻射)が
十分明るい場合もしくは熱輻射を受ける場合は受動型検知器(passive sensor)が使えるが、太陽が
それほど明るくない波長帯では自前の照射源を持つ能動型検知器(active sensor)でないと受から
ない。能動型検知器では、反響時間や干渉もしくは合成開口処理を通じての測距計(高度計・
地形把握)としての用途がある。また波長スケールの浸透深度を持つので、電波領域の能動検
知器は地表ある深度までの電磁気的特性、例えば比誘電率、の鉛直分布を分離することも可能
である。
能動型・受動型を問わず、対象物質からの輻射を見るときはスペクトルの輝線を、光路上の
40
対象物質を見るときは欠落帯域・スペクトル吸収線を、それぞれ測定する。前者は固体表面の
観測、後者は惑星大気やダスト観測に相当する。また、それら輝線・吸収線の微妙な中心波長
遷移や波長帯形状から、
対象温度や表面状態など詳細な物理特性の手がかりも得られる。
更に、
アルベドマッピング、影や地形特徴を用いての測量・基準点網作成、地形認識・写真地質図作
成といった作業もルーチン化されつつある。種々の物理量の空間分布と併せての総合解釈に基
づいて過去履歴を復元することも重要な科学目標である。
・音波
音波は伝える媒体が必要であるため非接触ではありえない。しかし、対象天体に接地した検
知器と震源との空間配置から走査線解析を行うことで、
天体内部構造を把握することができる。
検知器から遠く離れた場所を観測するので、遠隔探査の一種として扱った。
基本的には、天体表面に地震観測点網を張り、人工震源もしくは自然地震を用いて天体・地
域の三次元速度構造を得る。続いて天体バルク密度や太陽系元素存在度などから物質候補を絞
り込むことで、速度構造だけでなく密度構造等にも換算できる。但し、余りに空隙率が大きい
など音波の減衰・散乱が強い要因があると(例えば月表層レゴリス)
、精度良く内部構造を決定
できなくなるので注意が必要である。可能な限り多くの観測点と大エネルギーの人工震源を用
意することが望ましい。
・重力場モデル
対象天体質量は、衛星の周回周期と軌道半径から容易に求めることが出来る。また、制御履
歴のはっきりした周回衛星の軌道群から、対象天体の重力場モデルが得られる。軌道は、衛星
電波源トラッキングによる位置決定の履歴で得られる。
地球電波観測点から非可視領域の軌道および重力場を決定するには、リレー衛星など衛星―
衛星トラッキングも行うことが理想的である。周回衛星は、低頻度制御・低軌道ほど重力場モ
デルの精密化が図れる。地表で重力加速度を直接計測しての全球探査は、惑星クラスの大きさ
では労力・時間・コストの観点から、小惑星クラスでは低重力環境を測定する加速時計精度の
観点から、それぞれ現実的ではない。そのため、電波科学の分野である、衛星による重力場モ
デリングも、遠隔探査の一種として扱った。
・総合解釈
遠隔探査データを組み合わせることで、対象天体を総合的に理解できる例も多い。種々の解
釈を積み重ねた判読図・測量図は、航空地質図もしくは宇宙地質図と呼ばれる図幅として世に
出る。現在は地理情報システム(GIS)に則ったデータ管理・配布が標準的になりつつある。たと
えば、以下の米地質調査所のホームページが参考になる。
http://webgis.wr.usgs.gov/
41
準備(打ち上げ前、ないし巡航中)
既存知見の整理/初期解析目標設定
地上・機上較正データ取得/較正手順の確立
単独/協働観測手順の整理
データ取得/システム情報の更新(ミッション期間中)
各機器First Look(兼初期チェック、即時)
応答感度特性など較正確認
初訪の場合
全球概査マッピング
測地基準点網定義
再訪の場合
基準点網に基づく標定
同、指向精度確認
高分解能機器データに基づく測地基準点網の改善
→位置/姿勢/指向情報の更新(半年ー数年)
全球精査マッピング
※冬極(極夜)のタイミングで必要期間が決まる。
部分精査(クローズアップ等)
追跡データによる衛星軌道/重力場モデリング
→位置/姿勢/指向情報の更新(1年ー数年)
解析プロダクト生成(システム情報精度と更新時期に依存)
全球統合(データと天体経緯座標との結合、モザイク化)
定性マップ(地名定義や、較正できない濃度分布など)
物理量換算マップ(下記の地理情報システム準拠表現)
アルベド、地形図、岩相・鉱物・元素、熱慣性など
主題図作成(上記マップの組み合わせ)
地質判読=地質ユニット境界抽出/追跡/地史復元
地形特徴抽出/分布調査
クレーター密度→フラックス推定、相対年代決定
構造地形測量/分布→表層構造把握、応力場推定
Fig. 2-2-c
遠隔探査 総合解釈手順
42
周回探査と着陸探査
小天体の探査にあたっては、その探査機の取る軌道によって大きくフライバイ探査、周回/
ランデブー探査、着陸探査、に分けて考えることが出来る。また、ローバを使った探査、サン
プルリターンを行う探査などをこれらに組み込んで実施することも出来る。
(Fig. 2-2-d)
ローバ
・鉱物組成/分布
・岩石組成/分布
・構成元素分析/分布
・レゴリスの粒度/分布
フライバイ
・元素分布(一部)
・全体形状(概略)
・表面地形(一部)
着陸
・鉱物組成
・岩石組成
・構成元素分析
サンプルリターン
周回
・元素分布(全球)
・レゴリスの粒度(全球)
・全体形状(詳細)
・表面地形(全球詳細)
・鉱物組成
・岩石組成
・構成元素分析
・同位体比
・レゴリスの粒度(部分)
地上望遠鏡
宇宙望遠鏡
・ライトカーブ
・巨視的な表面構造
・存在元素
・リムプロファイル
・軌道
・ライトカーブ
・巨視的な表面構造
・存在元素
・リムプロファイル
・軌道
Fig. 2-2-d
探査形態と観測項目
・フライバイ探査
探査機が小惑星近傍を通過し、比較的短期間に様々な計測を行う探査手法。
長所:打ち上げ時期、軌道をうまく設定すれば途中で軌道修正をほとんど行わずに、一つ
の探査機で複数小惑星を観測可能
短所:探査機と小惑星の会合速度がかなり速いため、全球探査には不向き
観測:光学(測光・分光・偏光)観測、電波観測、放射線観測、蛍光 X 線観測、探査機軌
道のずれによる重力場・質量の推定など
・周回/ランデブー探査
探査機を小惑星の周回軌道に投入する、あるいは小惑星と同期させた公転軌道を周回させ
る探査手法。
長所:小惑星全球に渡って広範囲で探査が出来る
短所:小惑星の構成物質を直接分析できない
観測:光学(測光・分光・偏光)観測、電波観測、放射線観測、蛍光 X 線観測、探査機軌
道のずれによる重力場・質量の推定など
・着陸探査
より接近した探査機から着陸機を小惑星に降下させる探査手法。
長所:小惑星の表面付近を直接探査が可能
43
短所:安全な場所を選んで自律的に着陸し、微小重力環境下で機体を小惑星表面に固定す
る技術開発が必要
観測:電磁波を利用した微視的な観察、質量分析、弾性波速度構造解析など
・ローバ探査
自走車(ローバ・表面移動ロボット)を用いる探査手法。
長所:広範囲の地質構造探査が可能
短所:移動機構や通信機能等、探査機の構造が複雑になる。微小重力下でも目標地点まで
の表面を移動できる技術開発が必要。
観測:電磁波を利用した微視的な観察、質量分析、弾性波速度構造解析など。ローバには
サンプリング機構のみを搭載し、分析は着陸機に戻って行う方法も考えられる。
・サンプルリターン
探査対象から採集した物質を地球に持ち帰る探査手法。
長所:制御された環境下で、機器の重量を気にすることなく、その時代における最高レベ
ルの分析装置を使って、様々な方面から研究者が直接分析できる。
短所:レゴリスを分析するにあたって必要不可欠な情報である層序関係や土壌の空隙率を
維持したままのサンプリング技術(詳細は後述)はまだ確立していない。往路のみ
ならず復路の燃料や軌道制御、リスクに関する検討、科学的に要求される試料の性
質に応じた採集機構(後述)の開発、航行中および地球再突入時に試料を汚染・変
質させない対策、地上での初期分析・試料保管施設の設置・運用などが必要
観測:地上で行えるすべての分析手法。サンプル採集方法としては軌道上、あるいは小惑
星近傍でプロジェクタを打ち込み、それによって発生するイジェクタを回収する方
法や、あるいはランダやローバにより試料を選別して、あるいは多点から採集する
方法なども考えられる。
このように、フライバイ・周回/ランデブー探査、着陸探査・ローバ探査・サンプルリターン
にはそれぞれ一長一短があるが、天体を探査するに当たっては、全球探査によって得られた元
素分布マップは着陸探査地点の選定に当たって非常に重要なデータを与える事が出来るため、
まずは軌道上から全球の探査を行うことが望ましい。
続いてこれらのデータに基づき効率よく着陸地点を決めて、実際にサンプルを分析できる着
陸探査あるいはサンプルリターンによって軌道上での探査ではわからなかった項目に関する調
査が求められる。この項目は探査対象が分化天体の場合、未分化天体の場合で異なる。
分化天体の場合
分化天体の場合は未分化天体と異なり、有機物の存在が予想されないのでサンプルを地上に
持ち帰ることに関して障害は少ない。その場分析の役割は、軌道上からのリモートセンシング
探査と、サンプルリターンによる探査のの間を補完するものになる為、
・ レゴリスのポロシティーなど、サンプルリターンでは保存されない情報
・ サンプル種類の分布
などが重要な調査項目となる。
レゴリスの形成メカニズムや、レゴリスの光学的な作用を知るためには表面レゴリスのポロ
シティー調査、粒度調査などが重要な観測項目となる。また宇宙空間に暴露されている部分と
44
されていない部分の分光観測を行うことにより、宇宙風化作用の調査が可能となる。この場合
は風化した部分、風化していない部分のサンプルを持ち帰り、地上にて微小鉄が形成されてい
るか否かを調べることも可能で在れば実施したい。また、岩石組織や鉱物の結晶構造を調べる
ことにより、岩石・鉱物の形成時の条件がわかる。これは固体惑星の進化史に知見を与えるこ
とが出来る項目である。軌道上からの分光観測では、既存の隕石試料等との対応づけによって
鉱物量比を大雑把に仮定する事しかできず、岩石が固化した温度・圧力条件の見積もりが不可
能であり、岩石の組織をみなければ、深成岩か、貫入岩か、それとも特殊な化学組成の溶岩な
のかは区別がつかない。また、それら岩石がどのような配置をしているかをしることは、地質
学的に非常に重要である。
小天体が母天体の地殻部分、あるいはマントル部分に相当する場合は、表面の岩石が多様で
ある事が期待される。それは、地殻やマントルに相当する隕石種は、同種の隕石でも落下ごと
に岩石組織に個別の特徴があることから、全く同じ岩石ユニットはそう広くは分布していない
と考えられるためである。この場合は、直径が 1km 程度の小天体でもいくつかの地質ユニット
が認められる可能性があり、それぞれのポイントで観測を行うことが望ましい。一方小天体が
母天体のコア部分である場合は、地質ユニットはそれよりもさらに大きな物となると考えられ
る。この場合、例えばカンラン石が濃集している場所などを探して、地域性のある場所を探し
て観測を行うことが望ましい。これらローカリティーのある物質の組成・組織・分布を知るこ
とにより、分化がどのように起こった(均質に起こったのか地域性を持って起こったのか)の
か、またどのように固化していったのかなどを調べることが出来る。
Fig. 2-2-e カンラン石の結晶形状
左側は Brehnam (width 8cm)、右側 Eagle Station (width 8cm)(いずれも Saiki et al., (2003)より)左
図のような丸まったカンラン石はコアマントル境界でもできるが、右図のような角ばったカン
ラン石が丸くならないためには、表層付近で急冷する必要がある。これらを見分けるのは、軌
道上からの探査では不可能である
45
Fig. 2-2-f 隕石中の Fe/Mg 比
隕石(ポリミクトユークライト)中の様々な輝石を蛍光 X 線により判別した画像(解析範囲の
横幅約 1.3mm) 左図はポリミクト岩中に月の垂直構造を示す複数種の岩片が混入している場
合を示し、右図は表層で固結した岩石に典型的な組織を示す。このように岩石組織中の Fe/Mg
の分布は岩石の生成過程を雄弁に物語るが、これらは着陸探査を行わないと実施不可能である。
(SELENE-B 報告書)
未分化天体の場合
C,P,D タイプといった未分化の天体では様々な有機物が存在している可能性があり、これら
が地球生物にどのような影響を及ぼすかはわからないうちはバイオハザードを引き起こす場合
と同様に考えるべきであるという提案が、政治的には世界のコンセンサスとなっている1)。そ
の為、これらタイプの小惑星サンプルを地上に持ち帰ることは技術以外の分野で大きな困難を
伴う。そこで着陸探査によって現地で様々な分析を行うことが期待されるが、分析機器の中に
は巨大な物も多いためサンプルリターンが必要不可欠となる調査項目もある。
これらの天体ではアストロバイオロジーとの関係が大きなテーマとなる。これ以外の観点か
らは水の HD 比の調査が興味深いテーマにあげられる(未分化の小天体は重水素が多い水で構
成されているはずで、一時は地球の海に D が多い理由の一つ(これら未分化小天体が D を地球
に供給した)と考えられていた為)が、やはり一般的な関心は有機物の分析に主眼が置かれ、
観測項目としては炭素化合物の存在確認が重要なテーマとなる。
未分化の小天体中には炭素化合物が存在すると考えられるが、どのぐらいのサイズの炭素化
合物が存在しているかを調べることは重要である。存在している可能性のある炭素化合物とし
ては、
1) 揮発性有機化合物(HCN や CO2、CH4 のような単純なもの)
2) 低分子有機化合物
3) ケロジェン様(難溶性)物質
などが考えられる。これらのうちどのようなものが存在するかがわかれば、当該小天生成時の
固化条件などが、地上実験によって在る程度推定できる可能性がある。以下に詳細観測目的・
項目を述べる。
揮発性有機化合物
これらは小型の GC などで分析可能であり、その場分析が可能である。また常温では気体で
存在するため、サンプルリターンを試みる場合には低温真空などの保持が必要となる。しかし
ながら、ミリ波観測、彗星探査機などで既に広く存在が確認されているので、アストロバイオ
46
ロジー的観点からは新規性にかけるところがある。
低分子有機化合物
彗星の中のアミノ酸はまだ確認されていないが、2-1-4 でのべたような化学進化を考えるとき、
存在する可能性が大きい。彗星に代表される未分化の小天体は、低温で凝縮した天体なので、
原始太陽系星雲、星間分子雲の内部の情報を残している(2-1-4 参照)
。その為アミノ酸が彗星
にあれば、宇宙では普遍的にアミノ酸が存在することの傍証となり、生命発生は宇宙ではかな
り普遍的だと推定することが出来る。これらを調べるためには、分子量の計測や分子構造の確
定が必要となる。
このように低分子化合物では、 糖・アミノ酸・核酸塩基・リン酸化合物などの生体関連有機
化合物が重要な観測対象と考えられる。しかし一方で、炭素質隕石などにも豊富に含まれるカ
ルボン酸・アルカン・芳香族炭化水素などを調べることによりその場で起こっている化学反応
などを知ること(例えば芳香族炭化水素の異性体比から熱履歴を推定するなど)ができ、これ
らはアミノ酸などと同様に非常に重要な観測対象である。
これまでの炭素質隕石などの分析から考えると、アミノ酸と芳香族炭化水素の分析がもっと
も容易であると予想されるが、現状ではこれらには wet の操作が必須となるため、その場分析
でこれを行うのはは非常に難しい。しかしいったんサンプルリターンを行うことを決めれば、
これらの化合物の大部分は難揮発性であるため、氷の固まりを採取する場合以外はさほど装置
的な要求はないと考えられる。
また氷の場合は揮発成分を蒸発させてから持ち帰ることにより、
簡便に持ち帰ることが出来る。
これらの炭素化合物が存在した場合、キラリティを調べ、ラセミ体からずれがあるかどうか
を調査することにより、 生命 との直接のつながりを考えることが出来る。
(地球上でのキラ
リティの偏りは、生命活動が原因と考えられているため)このようなキラリティの偏りが発見
された場合は、小天体上の場所によってそのキラリティの程度に差があるかどうかを調べる事
が重要である。天体表面の分子が左右非対称であってもちょっと深い部分ではラセミ体であっ
た場合、あるいはその逆の場合などが観測されれば、生命の起源や宇宙での耐性に関して重要
な情報となる。しかし一方で試料量などを考えるとこの観測には非常な困難が予想される。現
状では、偏りがないことがまさに現地の試料を採取できたことの証と見なされ、たとえ現地で
の分析が可能であったとしても、地球と同じ偏りが見られれば地球からの有機物を持ち込んだ
と見なされる可能性が大きい。
ケロジェン様(難溶性)物質
地球上のケロジェンは、生体を構成していた有機化合物が熱などにより重合したものや分解
されにくい有機物が残ったものと考えられている。炭素質隕石中に含まれる有機物の大部分が
ケロジェンに似た難溶性の有機物であるが、これらの場合はケロジェンとは明らかに異なり、
生体物質が変化したものではない。その為生物そのものの痕跡を求めることは期待できない。
しかし、アミノ酸などの低分子有機物が熱や圧力でケロジェン様物質を形成した可能性や、こ
のような炭素質物質からアミノ酸などの低分子化合物が生成した可能性が考えられる。
このようにケロジェン様物質の分析は、その成因・役割・総炭素量の見積もりなど多くの点
で興味深い。揮発性有機物はミリ波観測などで広く宇宙空間に存在が知られている。一方ケロ
ジェン様物質は炭素質隕石には豊富に含まれていることから広い分布が予想(期待)されてお
り、このような有機物が核になって星間塵が形成されているなどと言われているが、ミリ波な
どの観測では捉えることのできないケロジェン様物質が実際どの程度どのような形で存在する
かは、未分化天体などの現地観測・サンプルリターンなどをするしか方法がない。その為、例
えば炭素含量を求めるだけでもその観測意義は意義大きい。
47
これらの組成分析には、熱分解や化学分解などが用いられる。レーザー(あるいは電気炉)
と質量分析計を搭載することが出来れば、その場分析でかなりの観測を行うことも可能である
が、詳細観測をするにはサンプルリターンをすることが望ましい。
生命関連物質を超長期間宇宙空間に晒すとどのような影響があるかを調査することは、例え
ば氷に閉じこめられた生命関連物質のエウロパ表面付近での予想される変成状態を考察する上
で非常に重要となる。その為ケロジェンのような超高分子が発見された場合は、それが生体由
来でなくても、その断面の情報を知ることによって、生体由来のケロジェンがどのような影響
を受けるかを推定することが期待される。また、地球上では有機物質塊への過去の生命関与の
判断に C12 と C13 の比がよく使われるが、これは「明らかに非生命的な起源の炭素化合物」が
あってそれとの比較が容易な地球でしか通用しない方法である。小天体では生命活動は期待さ
れていないが、この同位対比を調べておくことは、将来の地球外の生命/生命関連物質の研究
においてひとつの参照データとなるため、重要と考えられる。
(参考文献)
1) National Research Council Space Studies Board “Evaluating the Biological Potential In Samples
Returned From Planetary Satellites And Small Solar System Bodies” 1998 National Academy Press.
探査意義
宇宙風化
・はじめに
小惑星は太陽系初期の環境に関する情報を保持しており、太陽系の起源と進化を解明する上
で大変重要な存在である.一般に、隕石の母天体は小惑星であると考えられている.近年では、
大気のない小天体では天体表面を光学的に変化させる「宇宙風化作用」が働いているのではな
いかと考えられている.現在、小惑星に関する情報は主に望遠鏡による地上観測および探査機
によるスペクトル観測から得られている.実際に小惑星表面で宇宙風化作用が働いているなら
ば、小惑星のスペクトルデータから宇宙風化作用の影響を取り除き、小天体表面本来の組成を
導き出すことが必要不可欠となる.
・宇宙風化作用とは?
天体表面において物質を変化させる何らかの作用が存在することを最初に提示したのは
Gold1)である.Gold は月表面において、物質を暗くする作用が働いていると予測した.その後、
アポロ計画により実際に月の岩石やレゴリスが回収されると、月レゴリスは月岩石を粉砕した
ものとは光学的に異なることが明らかになった 2) 3).このことから、月表面において、レゴリス
が光学的に変化したのではないかと考えられるようになった.
アポロにより持ち帰られた月試料についての研究が盛んに行われた 70 年代には、
地上望遠鏡
からの小惑星スペクトル観測も盛んに行われた.小惑星と隕石のスペクトルの比較の結果、小
惑星 4Vesta と玄武岩質エコンドライトの反射スペクトルがほぼ一致することが明らかになり 2)、
小惑星は隕石の母天体であると考えられるようになった.同時に、月とは異なり、小惑星では
天体表面は変化していないとも考えられた.しかし、小惑星および隕石のスペクトルの比較が
さらに行われるようになると、小惑星と隕石のスペクトル一致には限界があることがわかって
きた.中でも小惑星の中で最も多い S 型小惑星に対応する隕石がほとんど存在せず、一方で隕
石の中で最も多い普通コンドライトに対応するスペクトルを示す小惑星が非常に少ないという
大変重要な問題があることが明らかになった.S 型小惑星と普通コンドライトのスペクトルを
比較すると、両者とも主にかんらん石と輝石で構成されているが、S 型小惑星のスペクトルは
普通コンドライトに比べ、紫外から近赤外波長域にかけて全体的に反射率が低下(暗化)
、より
48
短波長側の反射率低下が大きい(赤化)
、吸収帯が浅いという 3 つの大きな特徴が見られる.両
者の構成鉱物が同じであることから、小惑星表面が何らかの作用を受け、もともと普通コンド
ライトに似たスペクトルを示すものが S 型小惑星のスペクトルに変化したのではないかという
説が提案された 4) 5).そして、太陽風インプランテーション、星間塵や微小隕石の衝突等によっ
て天体表面が光学的に変化する宇宙風化作用が考えられるようになった.1996 年に Binzel らに
よって、普通コンドライトと S 型小惑星の中間のスペクトルを示す小惑星が複数存在すること
が明らかになり、小惑星において宇宙風化作用が働いている強い証拠を示す結果となった.さ
らに小惑星において宇宙風化作用が存在することを決定づけたのはガリレオ探査機による小惑
星 243Ida の観測である.ガリレオ探査機による観測の結果、クレータ底部とそのクレータ周辺
では反射スペクトルが異なることが明らかになった.小惑星表面に比べ、クレータ底部のスペ
クトルは吸収帯が見られ、赤化の程度も小さくなっている(Fig. 2-2-g )
.このことより、クレ
ータの底に比べ、小惑星表面は宇宙風化作用の影響をより大きく受けたために反射スペクトル
が変化したと考えられる.このように、近年では小惑星の表面において宇宙風化作用が働いて
いると広く考えられている.
宇宙風化作用の原因
1969 年にアポロ計画により月レゴリスが採取され、月レゴリスを用いた研究が盛んに行われ
るようになった.70 年代には月レゴリスを用いた蒸発・溶融実験等の結果、スペクトルを変化
させる原因としてレゴリスのガラス化が有力であると考えられていた 6) 7).しかし、その後の研
究からガラス化だけではスペクトル変化のすべてを説明することができないことがわかってき
た.さらに月レゴリス試料には金属鉄が含まれていることも示唆されるようになり、1975 年に
Hapke によって、蒸発・凝縮の結果、月レゴリス中に微小金属鉄が生成することが初めて予測
された.そして、1993 年に透過型電子顕微鏡による観察の結果、月レゴリス試料中に実際にナ
ノメートルサイズの微小金属鉄が生成していることが発見された 8).Hapke9)はナノメートルサ
イズの微小金属鉄粒子が宇宙風化作用に似たスペクトル変化を起こすことを理論的に示してい
る.さらに宇宙風化作用を模擬した室内実験において、反射スペクトルの変化やナノメートル
サイズの微小金属鉄の生成が実現され、スペクトル変化が大きくなるほど微小金属鉄生成量が
増加することが明らかになっている 10) – 13).以上のことから、近年では宇宙風化作用の根本的
原因は微小隕石や星間塵の衝突等によって生成したナノメートルサイズの微小金属鉄であると
考えられている.
・Post MUSES-C に期待されること
2003 年打ち上げ予定の MUSES-C では近地球型小惑星を訪れ、表面試料の回収が計画されて
いる.MUSES-C に続く Post MUSES-C においてもサンプルリターンを行うことによって、宇宙
風化作用をはじめ多くの情報を得ることができると期待される.宇宙風化の研究に有意義な
Post MUSES-C の対象天体として、以下の 3 案が挙げられる。
① 近地球型小惑星(S 型小惑星)
Post MUSES-C においても近地球型小惑星を訪れることにより、MUSES-C で得られた近地球
型小惑星の結果との比較を行う.形成史が似ているであろう近地球型小惑星を調べることで、
両者の反射スペクトルのちがいの原因を最小限度にとどめることができると考えられる.具体
的に述べると、太陽からの距離や微小隕石等の衝突フラックスの違いが少ないと考えられるた
め、宇宙風化作用の程度の違いの主な原因は天体の組成に起因すると考えられ、天体組成によ
る宇宙風化作用の影響を比較することができるであろう.近地球型小惑星に多くみられる S 型
小惑星と普通コンドライトのスペクトル不一致に関する研究は現在までに多くなされており、
49
S 型小惑星を探査することは過去の研究との比較を行うことで多くの重要な情報を得られると
大いに期待できる.加えて太陽系内の惑星における年代情報は現在のところクレータ年代学の
みであり、表面画像から得られるクレータ密度による相対年代と宇宙風化作用によるスペクト
ル変化を比較することで、宇宙風化作用がクレータ年代学に続く新たな年代測定法として確立
できるかどうかを検討することもできる.
② 主小惑星帯の S 型小惑星
S 型小惑星を対象とする理由は上記①と同様であるが、主小惑星帯内の小惑星を観測対象と
することで、MUSES-C による近地球型小惑星の結果と比較することにより、太陽からの距離
および微小隕石や星間塵の衝突フラックス等と宇宙風化作用の影響の関係が得られる.
③ 小惑星 4Vesta
近年では小惑星表面において宇宙風化作用が働いていることは広く受け入れられている.し
かし、隕石の反射スペクトルとの比較から、宇宙風化作用がほとんど働いていないと考えられ
る小惑星も存在する.そのひとつが小惑星 4Vesta である.このように宇宙風化作用を受けてい
る天体と受けていない天体があるという事実の解釈が宇宙風化作用に関する大きな問題として
挙げられる.この謎を解明するために、宇宙風化作用をほとんど受けていないと考えられる小
惑星について詳細に調べることが必要である.
小惑星 243 Ida
表面
[Pieters et al., 2000]
Fig. 2-2-h 月レゴリス試料中のナノメートルサ
イズ微小金属鉄
透過型電子顕微鏡による観察
クレーター
Fig. 2-2-g 小惑星 243Ida の表面画像および
反射スペクトル
表面画像はスペクトルに基づいて色分けされ
ている
(参考文献)
50
1)Gold 1955
2) McCord and Johnson, 1970
3)McCord and Adams, 1973
4) Matson et al., 1977
5)Chapman, 1995
6)Conel and Nash, 1970
7)Adams and McCord, 1971
8) Keller and Mckay, 1993
9)Hapke 2001
10)Yamada et al., 1999
11) Nakamura et al., 2001
12) Sasaki et al., 2001
13) Kurahashi et al., 2002
表面微細構造(高分解能での偏光特性、位相角依存性の観測)
地上観測によって測定されるデータは、表面全体の平均的な特性である。しかし、実際の表
面特性に非一様性があってもおかしくはない。例えば、小惑星の偏光特性、位相角依存性は、
レゴリス粒子層による多重散乱の場合と瓦礫など岩石表面そのものの凸凹による場合とでは異
なる。地上観測からは、これらの違いを分離して小惑星の表面特性を理解することは不可能で
ある。一方、探査による高分解能観測の場合、これらの散乱特性の寄与を分離して評価するこ
とが可能となる。これは、室内散乱実験を小惑星の地上観測データに応用する場合に役立つ。
数メートルスケールの分解能があれば瓦礫や岩の特性とレゴリス粒子層の反射特性の違いを明
らかに出来る。
小惑星表面を覆うレゴリス粒子はマイクロメテオロイドの衝突により、破砕、溶融、宇宙風
化作用など、力学的および物性的変化を受ける。一方、衝突クレータリング過程において放出
速度が速い粒子は母天体から失われる。また新たなレゴリス生成に伴って衝突変成を受けてい
ない新しい粒子が表層を覆う。実際の小惑星表面特性はこれら諸過程のタイムスケールの兼ね
合いにより、決定されていると考えられる。表層レゴリス粒子が衝突変成しても、短いタイム
スケールで母天体を脱出してしまえば、見かけ上その表面は常に新しい状態に保たれるように
なる。これらのタイムスケールは母天体の重力に依るため、小惑星の大きさによって変成の割
合が変化する。ところで、多くの小惑星は形状がいびつな為に、重力場が表面で不均一がある
ことが知られている。その為、表面重力場の違いによって宇宙風化の度合いや粒子のサイズ分
布が異なる可能性がある。
表面スペクトルの非一様性と表面重力場の相関を明らかにできれば、
宇宙風化などが小惑星に影響を及ぼす際に母天体のサイズや形状がどのように影響を与えるか
を明らかに出来る。これは、隕石スペクトルと地上観測データとの比較検討やマイクロメテオ
ロイドの衝突の影響を考慮する際に重要となる。このことについて検討する為には、重力場が
有意に変化するスケール(数 100 メートル?)で、表面分光特性の非一様性を観測することが
必要である。
熱進化
小惑星の軌道進化において、ヤーコフスキー効果が重要な役割を果たしているというアイデ
アが提案されている。ヤーコフスキー効果とは、小惑星表面の熱輻射の非等方性によって天体
の軌道角運動量が変化することである。この軌道角運動量変化により数百万年オーダで内側メ
インベルトの小惑星がヤーコフスキー効果によって、
木星のν6 や 3:1 レゾナンスまで移動し、
51
NEAs になる可能性がある。天体表面での熱輻射の非等方性の原因の一つとしては、日側と夜
側の境界部分で、天体の自転に伴って生じる表面温度の差があげられる(夕方側は朝側に比べ
て、表面温度が高い)
。そのため、ヤーコフスキー効果を考える上では、自転軸の向きや自転速
度と同様に、表面の熱慣性も重要なパラメータとなる。レゴリス層の場合、熱伝導度は粒子の
状態によって 0.001〜3W/m/K まで変化する。そのため、小惑星からの隕石供給を考える上で、
例えば、宇宙線暴露年代をヤーコフスキー効果の時間スケールによって説明する場合、熱伝導
度が精度よく決定されなければならない。つまり、軌道進化を考慮して小惑星と隕石の関連づ
けを行う上で、レゴリス層における熱慣性の決定が重要となる。ローバやランダによる熱流量
の測定から、レゴリス層の熱慣性の詳細が明らかできれば、このヤーコフスキー効果によるメ
インベルト小惑星から NEAs への軌道進化および、小惑星からの隕石供給の研究に大きな制限
を与えることができる。ヤーコフスキー効果においては、日側と夜側境界付近での温度差が重
要となるので、表面の熱慣性の測定だけでなく、自転に伴う日照部と影の部の境界通過に伴う
熱流量時間変化を測定する必要がある。
探査器機から自発的加熱を行い、周りの熱変化を調べることで、レゴリス内の物性や空隙率
について情報が得られる。もし、これらのレゴリス層内に有機物、水などが存在する場合、加
熱段階で相転移が起こり、吸熱反応(場合によって発熱反応)が起こる可能性がある。熱流量
の時間変化を調べることで、レゴリス粒子に含まれる有機物、揮発性物質などの含有状況を調
べることができる。
最小クレータ
小惑星の表面に覆われているクレータは、小惑星の衝突の履歴を示している。
小さなクレータはレゴリスに覆い隠されることがあるが、どのサイズまでのクレータが覆い
隠されているかを調べることで、レゴリスの厚さを観測的に見積もることができる。レゴリス
の厚さが分かれば、小惑星の物質的な強度を推定できる 1)。
Fig.2-2-i は、Gaspra に関して見積もられたレゴリス厚さと小惑星の物質強度の見積例である。
NEAR による探査により、Gaspra のレゴリス厚さは 50m 程度と見積もられており、これから小
惑星の物質としての強度は 1〜100Mpa 程度であると推定される。天体同士の衝突現象は、この
物質強度によって大きく左右される。物質強度を知ることは小惑星の衝突進化、広くは太陽系
の衝突進化を知る上で、大きな手がかりとなるであろう。
52
Relationship between the regolith thickness and the tensile strength of Gaspra
140
120
100
80
60
40
20
0
0.1
1
10
100
1000
Tensile strength Yt (MPa)
Fig. 2-2-i レゴリスの厚さからの小惑星強度の見積例
(参考文献)
1) 道上, 博士論文, 2001 年
クレータサイズ分布
小惑星帯での物質の総質量は、過去において現在の 1000 倍以上あったとされている。ところ
が、現在の小惑星帯での総質量は、小惑星をすべて集めたとしても月の 3 分の 1 にも満たない
といわれている。これは小惑星サイズ分布のべき乗則の指数 b を 2 から 2.5 と考えられている
からである。
小惑星のサイズ分布
N(>D) ∝D^(-b)
D:小惑星の直径(km)
べきの指数 b は 3 の値より小さい場合、
(数は多くても)小さな小惑星になるほど、全体の総質
量に占める割合は小さくなる。月や小惑星にできるクレータは衝突天体のサイズ分布を反映し
ており、クレータ数が飽和している領域では、上に示したべきの指数と同じである(飽和する
とべきの指数 b は 2 から 2.5 になることは知られている)
。飽和していない領域でも、一部のク
53
レータサイズを除いて上に示したべきの指数と同じになっている。ところが、小惑星ガスプラ
の 1km より小さなクレータは、
このべきの指数 b が約 3.5 になっている。ガスプラの表面には比較的クレータは少なく、飽
和していない。月でも飽和していない海において、1km 程度のクレータのべきの指数 b が約 3.5
になっている。これらのクレータのサイズ分布が、他の飽和していない小惑星でも多く見られ
ることになれば、このサイズのクレータを作る衝突天体は、考えられているよりも数が多いこ
とを示唆しているのかもしれない。このことにより小惑星帯の物質の総質量は増える傾向にな
る。
小惑星の内部探査
①最表層
リモートセンシングのデータと比較する上で重要となる表層数 mm オーダの内部
②表層
小惑星表面の地層(レゴリスの堆積層)を考える上で重要となる m〜数(or 十)m オーダの内
部
③深部
小惑星とその始原天体を結びつける岩盤層になる、m〜数十 m より深い内部
といったレベルにわけて論じる必要がある。上記に述べたように、それぞれのオーダ深さでの
科学的な意義は異なってくる(Fig 2-2-j)
。
Fig. 2-2-j
スケール別、不規則形状小天体地形
・最表層探査
地上観測や地球軌道上から観測されている小惑星表面の性質は,全て表層レゴリスに依存し
ているので,表面のレゴリス層は重要な調査対象である.周回軌道からの蛍光 X 線観測では,
54
表面から 100μm 程度までの深さに関する主要元素の存在度が調査できる.また表層レゴリス
では,メテオロイド衝突と太陽風のスパッタリングを受けたことによる宇宙風化の影響が観測
され,最表層に宇宙に曝露していた期間が推定できる.表面の厚密構造や微細構造の直接観測
等をするためには表層レゴリスの観測やサンプルリターンが必要となる.
・表層探査
1cm オーダ深さのレゴリス
このオーダ深さのレゴリスには,太陽起源の放射線は届かないが,高エネルギーの銀河宇宙線
が到達している.そこで銀河宇宙線による生成核種の同位体比計測,希ガス測定が出来れば,
レゴリス層の集積に関する履歴が辿れる.しかし現在の技術では,小惑星表面にて同位体分析
や mm〜μm レベルの顕微観測を地上の実験室と同じ精度で行える小型機器は作られていない.
そのため,この深さの試料分析にはサンプルリターンが必要となる.
・10cm オーダ深さのレゴリス
この深さのレゴリスは表層とかなり撹拌されていると考えられる.この深さのレゴリスの宇
宙風化度を表層レゴリスの宇宙風化度と比較する等の手法により,撹拌度を押さえて表層レゴ
リスの物質循環を定量的に制約することから,
レゴリス形成の歴史に関する知見が期待される.
このような調査にあたっては地質層序を広範囲に渡り調べることが必要なため,ローバによる
移動探査が有効である.
・1m オーダ深さのレゴリス
このオーダ深さでは,レゴリス・角礫化した岩石等からなる,宇宙線照射やメテオロイド衝
突による衝撃・熱変成を受けていない層が存在していると思われる.この層に関する岩石・鉱
物学的研究から,その小惑星の比較的大規模な衝突破壊の履歴や,場合によっては水質変成の
情報も得られるだろう.これらを調査するためのその場分析器も開発が進められているが[13],
それにはコアボーリングや後述のインパクトサンプリング等による深部試料の採集技術を確立
しなくてはいけない.また,小惑星表面には Phobos に見られるようなグルーブといった,地下
深くまで続いていると考えられる割れ目が存在している可能性が有り,このような割れ目近傍
までローバを送り,そこから光ファイバーを差し込む,あるいは蛇型のプルーブを降下させる
等方法も考えられる.
・深部探査
火星衛星フォボスや S 型小惑星エロスのような数十 km サイズの小天体では、このレベルの
深さでレゴリス層が尽きると考えられる 1).そこでこのオーダ深さから試料を採集出来れば,
地球に到達しているコンドライト隕石等と同様な、角礫化していない岩石試料が入手できるか
も知れない.
また、現在までに既にいくつかの小惑星の密度が計測されている。隕石の母天体が小惑星だ
と仮定すると、小惑星の比重は隕石と比較することから、2〜3 程度になってもおかしくないが、
実際には 2 以下のものと 2 以上のものに大別される。これは、小惑星がいわゆるラブルパイル
構造であるのか、あるいは中まで詰まった状態なのかによってその差が生まれているのではな
いかと考えられる。
この小惑星の内部構造の様子は、小惑星がどのような衝突履歴を経て現在の状況に至ったの
かを示すと同時に、内部構造の違いはメテオロイドの衝突によって小惑星表層に生じる振動モ
ードの違いとなって現れるのではないかと考えられる。この考えは今後検討される必要がある
が、NEAR シューメーカー探査機が Touch Down 直前に送ってきたエロス表層の非常に滑ら
55
かな地域とラフな地域を作り出した原因などに影響を及ぼしている可能性がある。またこれは
小惑星表層のレゴリスパッキングに影響を与えると考えられるので、小惑星の密度の違いから
リモセンのデータを補完することが出来るかも知れない。これらの点に関して、今後の調査が
望まれる。
また、小惑星の内部の岩盤の組成・密度の偏り等を調べることにより、その小惑星が母天体
のどの部分にあったのかを類推することができる可能性がある。これにより、分化天体内部に
関して、我々は寄り多くのことを知ることができる。
56
2.2.3. 採集試料の分析研究とその体制・設備
地上分析の科学的意義
30年前のアポロ計画から始まった「サンプルリターン探査」とは、
地球環境と反応しておらず、
母天体が明確に分かっている宇宙物質を、
汚染を最小限に抑えながら地球に回収し、
地上でその物質を分析する
戦略である。太陽系の起源・進化、惑星の多様性、生命の起源などへの理解を深めるために物
質を直接に扱い研究を行っていくことは極めて重要であるが、現在の物質科学的情報は地球物
質を除くと隕石、宇宙塵、月試料からのみに限られている。サンプルリターンにより小惑星か
ら試料が持ち帰られれば、
(1)地上観測や探査機によるその場分析だけでは得られない多種多
様な分析データを取得できるとともに(2)隕石、宇宙塵、月試料との相関や小惑星反射スペク
トル型との相関を明らかにできると考えられる。隕石と小惑星スペクトル型の対応関係を明確
にできれば、膨大な隕石データと実在の天体とがつながっていき、小惑星帯全体が主としてど
のような物質から構成されているのかについても理解が深まる。さらに、小惑星間での分化・
未分化の違いや酸化還元状態の違いは何と相関があり(例えば太陽からの距離と相関があるか
もしれない)どのようのような理由で生じたのかといった点にも制約が与えられる可能性が高
い。これらをもとに小惑星や太陽系の形成・進化過程をより詳細に知ることができる。
隕石の中には、アポロ計画で採集された月岩石と類似したものが30個程度(同一落下群を考
慮すると22)存在しており、それらは月起源であると同定されている。またこのような直接的
証拠は持たないが、年代や同位体の特徴から20を越える隕石(同一落下群を考慮すると18)が
火星起源ではないかと考えられている。しかしながら、これらの隕石を除くと、これまでに見
つかっている2万個以上の隕石がどこから飛来してきたものなのかは明らかになっていない。
隕
石は小惑星帯付近から飛来してきたものと考えている人は多い。これまでに5個の隕石
(Innisfree, Lost City, Pribram, Peekskill, Tagish Lake)について、落下時の目撃データから軌道が
計算され、それらは遠日点を小惑星帯付近とする楕円軌道を描いていた。それらが地球軌道を
横切る際にたまたま地球と交差し我々のもとに降ってきたのである。上記の軌道計算から小惑
星帯からやってくる隕石が存在することは真実と思われるが、果たして我々の手にしている隕
石のほとんどが小惑星帯付近に軌道をもつ小惑星を起源にしているのか、これまでに見つかっ
ている隕石種が小惑星全体を反映しているものなのか、ということについては答えが出ていな
い。しかし、最近まで疑問とされていた、隕石の8割を占める普通コンドライトと同じスペクト
ルを示す小惑星が少ないこと(逆に小惑星に多いS型に対応する隕石が少ないこと)について
は、小惑星表層での風化作用が普通コンドライト的物質のスペクトルをS型的スペクトルに変
えているためであると指摘されている。従って、小惑星の多くが落下数の最も多い普通コンド
ライトと同様な物質である可能性は高い。現在発見されている隕石が小惑星全体を反映してい
るのか、その答えがサンプルリターンにより出されることが期待される。
サンプルリターンは、その場計測に比べて重たい分析装置を多数搭載しなくてよいので、宇
宙研のような小型探査機に有利な戦略である。
今回の統合2案において採用されたのも妥当であ
ろう。しかし同時に運用期間が長くなり、地球帰還までがミッションなので、トータルのミッ
ションリスクは片道探査に比べると高くなる。ともあれ、探査機設計時代の分析技術に制限さ
れず、試料回収時の最先端の分析施設を利用したり、試料を保管・管理することで、将来にわ
たって研究対象と機会を確保できるという利点は、
そうしたリスクを負ってもなお価値が高い。
さらに搭載機器を開発しなくても、サンプルさえ入手できれば誰でも独自データを産出できる
ため、探査研究に関わる際の「敷居」が低く、幅広い研究者の協力が期待できるのも利点であ
る。さらに、MUSES-Cで創設するキュレーション施設や、養成する分析科学者のテクニックが
57
継続して生かせることは、日本の惑星科学の発展および宇宙研での探査経験を継承する意味で
も、価値は高い。
隕石および宇宙塵研究
小惑星からのサンプルを調べる上で隕石や宇宙塵試料との対比は欠かせないものである。以
下では、隕石および宇宙塵についてこれまで用いられている分類方法や特徴を述べるとともに
今後の研究課題について検討する。
・隕石回収数と南極隕石
これまでに回収されている隕石の総数は 2 万個を越える。
このうち約 4700 個が非南極地域で
回収された隕石で、残りは南極裸氷上で回収された南極隕石である。現在では世界各国の調査
隊により南極隕石探査が行われているが、
大量の南極隕石発見のはじまりは 1969 年に日本の調
査隊がやまと地域で偶然 9 個の隕石を発見したことにある。
日本隊の 1979 年の隕石探査におい
ては 3500 個を上回る隕石が、また最近の第 41 次調査隊(1999 年 11 月〜2001 年 3 月)でもや
はり 3500 個を越える数の隕石が、それぞれ回収されている。現在日本は世界一の南極隕石保有
国である。南極隕石は、回収数が多いというだけではなく、非南極隕石で見られる種類をほぼ
網羅するとともに新しい種類(分類)となるものも発見されている。
南極では裸氷上を探すため、発見のし易さ(例えば鉄隕石などはその外観が地球の岩石と異
なることから発見されやすく、反対にエコンドライトは地球の火成岩などに似ていて発見され
にくい)によるバイアスが低い、従って隕石種類別の落下頻度分布を調べる上で有効である
落下年代(地球へ落下した時期)は古いものでは数十万年にも及ぶ。すなわち、過去数十万年
間の隕石落下の歴史を保持していると思われる。これらの研究から解釈される知見と小惑星探
査による小惑星の種類や分布に関する理解とをつきあわせていかれれば、小惑星や太陽系の全
体像に関して新たな知見が得られるであろう。
・隕石の分類と特徴
隕石は、始原的隕石(=未分化の隕石、コンドライト)と分化した隕石の 2 つに大別される。
前者は、固体粒子形成後大規模に溶融することがなかったもので、このような隕石からは太陽
系の平均的化学組成や太陽系形成時の物理化学条件などを伺い知ることができる。後者は、固
体粒子形成後に溶融する出来事がありその後の再固結によりできた隕石で、比較的大きな母天
体を起源とすると考えられる(ただし現在では衝突破壊などのため小さな天体に壊されている
かもしれない)
。分化した隕石からは分化天体の内部構造や熱源について調べることができる。
始原的隕石はコンドルールと呼ばれる球粒状の珪酸塩物質を含むことからコンドライトとも呼
ばれる。本レポートでもこの後はコンドライトという言葉を用いる。コンドライトはコンドル
ールのほか、CAI(カルシウム・アルミニウム・リッチ・インクルージョン)と呼ばれる高温
凝縮物の塊や太陽系先駆物質(プレソーラーグレイン)を含んでいることがある。ただしこれ
らは熱変性により見えなくなっているものも多い。コンドライト中に隕石形成時またはそれ以
前に作られらた固体粒子である CAI や太陽系先駆物質が存在するということは、コンドライト
が太陽系初期の情報を現在も保持していることを意味している。コンドライトは、化学(元素
組成や同位体組成など)
、鉱物学、岩石学的特徴の違いにより、炭素質コンドライト、普通コン
ドライト、
エンスタタイトコンドライトに分けられ、
それぞれはさらに細分されている
(表 )
。
炭素質コンドライトは、より酸化的雰囲気下で形成されたコンドライトで揮発性元素の損失も
少ない。特に CI コンドライトの元素存在度は太陽大気のものと良く一致している。CI コンド
ライト的な反射スペクトル型を示す小惑星は見つかっていないが、CI コンドライトが熱変性を
受けた場合に示す反射スペクトル型と似る反射スペクトルを持つ小惑星には例えば 3AU 付近
58
に多く見られる C,B,F,G 型がある。現状では CAT 天体やカイパーベルト天体や彗星も炭素質コ
ンドライト母天体の候補としてあげられ、これらの天体からサンプルが回収され比較できるこ
とは興味深い。
分化した隕石は、主構成物質が珪酸塩鉱物であるエコンドライト、および、金属鉄(ニッケ
ルを含む)を主体とする鉄隕石、金属鉄と珪酸塩鉱物からなる石鉄隕石に分けられる。これら
もさらに細分されている(Table 2-2-i)
。分化した隕石の中には、サブグループとしては別々に
分類されるが、同位体組成の一致や元素組成が分化の傾向で説明できることなどから共通の母
天体の異なる場所に位置していた(すなわち共通母天体起源)と解釈されている隕石種も存在
する。例えば、ユークライト、ダイオジェナイト、ホワルダイトがその一例である。表層にユ
ークライト、その内側にダイオジェナイトが存在し、両者の機械的混合がホワルダイト、さら
に、金属コアと珪酸塩の境界付近のサンプルがパラサイトかもしれないと考えられている。こ
れらの隕石の酸素同位体組成はほぼ一様で、わずかに見られるバリエーションは質量分別効果
で説明できる。母天体が分化するためには効率よいエネルギー保持が必要で、分化した隕石の
母天体はコンドライトの母天体よりも大きいものであったと考えられる。ユークライト隕石グ
ループの母天体候補としては、小惑星ベスタ、あるいはベスタのかけらであると考えられてい
るベストイドがあげられている。シャーゴッタイト、ナクライト、シャシナイト、オルソパイ
ルクシナイトも同一母天体起源と思われており、希ガスや窒素の組成がバイキング探査機によ
り分析された火星大気の値と似ていることから火星起源説が支持されている。
宇宙塵とはどのようなものか
地球にはいろいろな大きさの固体地球外物質が昼夜を問わず降り注いでいる。その総量は、
(40±20)x103 t といわれている。このような固体地球外物質はその大きさによって隕石と宇
宙塵に大別される。大きさ 1mm 未満のものが宇宙塵は呼ばれ、大きさ 1mm 以上の固体地球外
物質は隕石と呼ばれる。ちなみに、宇宙塵は地表に降下する地球外物質の 90%以上を占める。
このように宇宙塵と隕石の区別は大きさの違いにすぎないのであるが、地球に到達するまでの
軌道進化が異なるために、それらの母天体は異なると思われる。
小惑星帯を起源とする隕石は小惑星帯において近隣の惑星からの重力的影響により軌道が不
安定なったものが、近地球型小惑星と呼ばれる一群への移動を経て、地球軌道と交差したとき
に地表へもたらされると考えられている。他方、宇宙塵は小惑星帯のさまざまなところで生じ
た塵が、
ポインティングローバトソン効果とよばれる物理効果によって角運動量を徐々に失い、
公転軌道の半径が徐々に小さくなり、数百〜数千万年かけて地球公転軌道に到達すると考えら
れている。このため隕石と比べると、より小惑星帯を代表するバイアスの少ないンプルが得ら
れると期待できる。また、小惑星からのサンプルリターンによってもたらされるであろう試料
は、宇宙塵のように極細粒の粉末状の試料である可能性が高く、宇宙塵試料の研究は研究対象
にたいする科学的興味だけでなく、技術的な点からも重要なものである。
宇宙塵の多くは始原的な未分化の小惑星や彗星を起源とすると考えられている。例えば、含
水 IDP あるいは非溶融微隕石と呼ばれる種類の宇宙塵の研究によって、それらは既知の隕石の
単なる破片ではないということが明らかになりつつある。また、無水 IDP と呼ばれる宇宙塵の
中には彗星起源のものがあるといわれており、
その中には母彗星が推定されているものもある。
・宇宙塵の種類について
宇宙塵は大気圏外、地表あるいは深海底などの様々なところで採取されてきた。従来採集地
域ごとに異なったグループによって研究されてきたうえに、採集地域の違いによって得られる
宇宙塵試料のサイズや物理・化学的性質には大きな違いがあるため、学術用語としては統一を
欠くが、それぞれ異なった名称が付けられてきた。
59
宇宙空間に存在する固体物質は、大きさに関わらず、学術的には「メテオロイド」と総称され
る。つまり隕石も宇宙塵も元々はメテオロイドである。これらのうち比較的小さなものは、地
球低軌道を飛行する人工衛星表面に衝突して微小クレータを形成したり、極低密度材エアロジ
ェルに捕獲される。この、人間活動によって形成された物質(スペースデブリ)以外の天然の
微小固体物質は通常「マイクロメテオロイド(micrometeoroid)」と呼ばれる。しかし、地球低軌
道付近でマイクロメテオロイドの対地速度は最低でも 10km/sec、場合によっては数十 km/sec
まで達することもあり、地球周回軌道上の人工衛星による捕集において、マイクロメテオロイ
ドは捕獲媒体との超高速衝突の影響(破壊・溶融・蒸発)を免れ得ない。
これに対して、地球大気に突入した宇宙塵は、大気との摩擦によって急速に減速されると同
時に加熱を受けるが、それでも宇宙空間での捕獲より物理的破壊、熱的影響の少ない状態で地
球大気に捕獲される。これらの宇宙塵の中でもゆっくりと落下する極細粒の宇宙塵は、現在で
は高度 18kmの下部成層圏で主に飛行機を使って採集されている。こうした成層圏で採集され
る極細粒の宇宙塵は、軌道上や極地での多様な試料採集以前に発見されたため、地球環境にあ
りながらもより一般的な用語である「惑星間塵(Interplanetary dust particle: IDP)
」と名づけられ
た。そのため、現在も IDP とは、宇宙塵の中でも成層圏で採集されたこのサイズのもののみを
指す。この IDP は粒径 5 - 50μmの、主に珪酸塩鉱物から成る微粒子で、その主要な構成鉱物
や構造から chondritic porous (CP) タイプ、
chondritic smooth (CS) タイプの 2 種類に分類できる。
CP タイプの IDP はサブミクロンサイズのかんらん石、輝石、ガラス、Fe-Ni 金属及び硫化物な
どからなっている。このタイプの IDP は(1)非常に空隙率の高い構造を持っていて、理論か
ら推定されている原始太陽系の初期において形成された塵の構造とよく似ている(2)隕石の中
でも炭素の豊富な炭素質コンドライトと比較しても、より炭素(有機物質)に富んでいる(3)
重水素/水素比が隕石と比較して非常に高い、などの点から彗星起源ではないかと考えられてい
る。一方、CS タイプの IDP は滑らかな表面をしており、主に層状珪酸塩から成っている。層
状珪酸塩の種類、組成、鉱物組み合わせは、水質変成を受けた炭素質コンドライトのマトリッ
クス部分に似ており、
起源についても炭素質コンドライト母天体との関連が深いと考えられる。
極地の氷床、雪の中から見つかる、非溶融の宇宙塵は、
「微隕石(micrometeorite)
」と呼ばれて
いる。これらは粒径 30 - 300μm程度とサイズが大きいため、IDP よりずっと強く大気圏突入時
の加熱の影響を受けている。
微隕石は、
主にサブミクロンサイズの細粒組織からなるタイプと、
粗粒な鉱物粒子からなるタイプの 2 つに分類できる。微隕石全体の 8,9 割を占める前者の細粒
タイプは、層状珪酸塩が大気圏突入時の加熱により熱分解して形成されたと考えられるサブミ
クロンサイズのかんらん石、輝石、磁鉄鉱からなっており、まれに元の層状珪酸塩が生き残っ
ている場合がある。一方、後者の粗粒なタイプはかんらん石、輝石、長石、鉄ニッケル金属、
ガラスなどから構成されている。細粒タイプは、その全体組成などから、水質変成を受けた炭
素質コンドライトのマトリックス部分とよく似ている。また、粗粒タイプは一部普通コンドラ
イトの破片と考えられるものがあるものの、大部分が微量元素組成、酸素同位体組成などにお
いて炭素質コンドライトの無水鉱物粒子の特徴を示す。このことから微隕石は炭素質コンドラ
イトの母天体と近い起源を持っていると考えられている。
しかし、
その希ガス同位体組成から、
塵のサイズで長期間惑星間空間に存在していたことが示唆されており、
鉱物学的な特徴からも、
単に既知の炭素質コンドライトの細片ではないことが明らかになってきた。ちなみに、IDP に
あるような、彗星を起源とする可能性の高い粒子は現在のところ極域の氷床中からは見いださ
れていない。
このほか、19 世紀末のイギリスのグローマーチャレンジャー号の海洋調査の際に見いだされ、
もっとも古くから研究されてきた宇宙塵が、深海底スフェルール(Deep sea spherule: DSS)で
ある。特に、red clay と呼ばれる遠洋性の深海底堆積物は、堆積速度が非常に遅い(1000 年に
1mm 程度)ため、相対的に地球外起源のスフェルールが濃集している。その後、スフェルール
60
は非溶融宇宙塵と共に極地氷床、成層圏などの、地表で宇宙塵採集に適した場所のいずれから
も採集されている。スフェルールは粒径 10μm - 1mm の球状粒子で、その外観と構成物質から
石質、ガラス質、鉄質の 3 タイプに分類される。石質スフェルールはほぼコンドライト的な組
成を持っており、ガラス質スフェルールはそれより若干鉄に乏しい組成を示す。鉄質スフェル
ールはニッケルを数%含む鉄の酸化物からなり、しばしば鉄ニッケル金属を含む。スフェルー
ルは一旦全溶融してしまっているため、元の物質の鉱物組成・組織の情報は失われてしまって
いる。石質とガラス質については宇宙線生成核種の存在度などから、宇宙塵として惑星間空間
に存在し、普通もしくは炭素質コンドライトの母天体がその起源天体として示唆されるが、鉄
質については鉄隕石の溶融飛沫なのか、コンドライト的母天体起源の金属もしくは硫化鉄なの
かはっきりしない。
(参考文献)
「惑星の科学」清水幹生編, 朝倉書店, 1991.
「南極隕石の科学・6 南極隕石隕石」国立極地研究所編, 古今書院, 1987. (日本の所有する南
極隕石について)
「 Meteorites and their parent planets 」 McSween, Cambridge University Press, 1999.
「惑星間塵」山越和雄著、地人選書、1984.
地球化学、vol.32, No.4(
「宇宙塵の物質科学」特集号)
、1998.
惑星間塵の鉱物学、留岡和重、鉱物学雑誌、第 20 巻、第 3 号、105〜122 頁、1991.
地上分析により解決したい課題
・隕石との対応を明確にする
隕石の分類は、化学(元素組成や同位体組成など)的、物理学的、鉱物学的、岩石学的手法
から総合的に行われている。サンプルリターンで持ち帰られた物質についても、隕石研究で行
われているこれらの手法を応用することで、
隕石との対応が明確に示されることが期待できる。
また、対応隕石のない反射スペクトル型をもつ小惑星もあるので、そのような小惑星からの物
質に対してもマルチ分析により特徴をつかみ、その起源や進化について詳細に検討できるであ
ろう。分類において欠かせない手法のひとつに酸素同位体分析が挙げられる。酸素同位体組成
は隕石種ごとに非常によくまとまっており(Fig 2-2-k, Fig 2-2-l)
、分類や起源を考える上で必要
不可欠な情報である。安定同位体質量分析装置や二次イオン質量分析装置により酸素同位体組
成は決定される。
61
Fig. 2-2-k
酸素同位体組成比と隕石種(1)
  17 O 


  16 
O




δ 17O =  17 sample − 1 x1000

  O 
  16 O 

SMOW


Fig 2-2-l
(permil)
酸素同位体組成比と隕石種(2)
分析に必要なサンプル量を、Zolensky et al. (2000)および最近の論文を参考にして次節にまと
めた。マイクログラムオーダの宇宙塵分析の試みにより微量分析・微小領域分析の進歩は著し
い。
サンプルリターンにおいては、
サンプルの回収量が多いことは地上分析者に歓迎されるが、
回収量を増やすためには回収サンプラが複雑になることやサンプラ重量が増加したりすること
などのデメリットも予想される。実現可能な回収量の一例として、仮に数グラム程度のサンプ
ルが得られるならば、隕石との対応に必要なデータやその他の基本的情報を取得することがで
きると思われる。ただし、分析や同定に必要なサンプルの量は、回収された試料の種類や議論
に要求されるデータの精度にも左右されるため、現時点でトータル何グラムのサンプルが必要
最低ラインかを確定することは難しい。
小惑星の反射スペクトル型との対応を明確にする
地上観測による反射スペクトル型と回収サンプルの実験室での反射スペクトル型に違いが見
られるかを明確にする。また、G, C, B, F 型のような類似スペクトル型どおしの差異の原因解明
(分化や風化作用?)や風化や水質変成がスペクトル型へ及ぼす影響について調べる。各小惑
星反射スペクトル型の特徴や隕石との関連については次章にまとめている。
その場観測の情報との関連を調べる
サンプルリターンでは水平方向には限られた範囲の情報しか得られないが、カメラによる天
62
体表層の撮影あるいは地上観測においては水平方向に比較的広範囲の情報が得られる。両者を
統合し天体全体のイメージを推測していく必要がある。
・母天体上での深さ方向の情報を得る
小惑星表層にはレゴリス層が存在していることが予想され、その厚さは 1m 程度から 10m 程
度と推測されている。月のレゴリス層はおよそ 5m(海)から 10m(高地)程度であり、小惑
星はそれに比べて薄くまた均質化の度合いは低いのではと考える研究者もいる。レゴリス試料
では本来の岩石学的・鉱物学的特徴が一部(また大部分)失われているが、広範囲から由来す
る物質が均質化して存在している可能性もあり、天体表層の平均的情報を与えてくれるかもし
れない。しかし、地上観測等であらかじめレゴリス層の厚さを正確に予測することは難しいと
思われる。レゴリスより深い部分にある衝突破砕を受けていない(さらに後述のように宇宙線
照射の影響も少ない)岩石サンプルが回収されれば、未分化天体ならばコンドルールや CAI の
存在とそこからもたらされる初期太陽系への制約、分化天体ならば火成作用についての制約、
が得られる。
レゴリス層の厚さの推定は難しいものの、層序を保ち 1m程度までの深さからサンプルが回
収できると、風化や宇宙線の影響を調べることができる。天体表層へ降りそそぐ宇宙線と岩石
(岩石を構成する核種)との相互作用により岩石内では宇宙線生成核種(宇宙線照射起源核種)
が作られる。宇宙線照射起源核種の定量から、回収サンプルが天体表層に存在していた時間が
推定でき天体表層の攪拌履歴が検討可能である。
宇宙線照射による核反応の影響が及ぶ範囲は、
太陽宇宙線(SCR)で数 mm から 1cm 程度
(月試料での値)
、
銀河宇宙線(GCR)で 1m 程度である。
GCR の生成率は深さ 1m では極表層部分の約十分の一となる。よって表層から 1mm 以下の部
分では SCR 生成核種が卓越し、その後 1cm までは SCR と GCR 生成核種が同程度、数 cm より
深部では SCR 生成核種は GCR 生成核種より 1 桁以上少なくなる。さらに、1m 以深になると
(深くなるにつれ)GCR 成分の寄与もかなり小さい。従って、数 mm 以内、50 cm 程度、1m
以深(例えば 1.5m)程度の深さからサンプルを回収できると、宇宙線照射起源核種をもとにし
て宇宙線の照射履歴や表層の攪拌履歴などについてより議論することが可能となる。
あるいは、
1.5m 以深から試料を回収できれば、宇宙線照射起源核種の寄与が少ない可能性も高く、例えば
希ガス研究においてはもともと捕獲されていた希ガス成分(始源的希ガス成分)を調べること
ができる。これまで隕石研究で調べられている事柄と合わせ、隕石形成時の星雲ガスの制約へ
と結びつく研究が期待できる。
天体表層には、レゴリス層のほか純然たるレゴリスではないが天体表層での衝突破砕により
生じたブレッチャーが存在しているかもしれない。隕石l研究からわかってきているレゴリス
(レゴリスもブレッチャーの一種)およびフラグメンタル/カタクラスティック・ブレッチャ
ーについて、次項にて多少詳しく紹介する。
サンプリング方式に関しては、インパクトサンプリングでは層序が失われるためアンカー&
掘削方式等が望まれる。また、レゴリス層の厚さの調査や、層序を保ったまま 1m程度の深さ
のところからサンプル採集が行えるよう、微小重力下に着陸できるロボットの開発等も期待し
たい。
・レゴリスに関する研究
上述のとおりサンプルリターンによってもたらされるであろう試料は小惑星表面のレゴリ
ス・ブレッチャーである可能性が高い。レゴリスとは,基盤となる岩石をおおう,様々な大き
さの岩片がルーズに積み重なった層のことである。アポロ計画において活動した宇宙飛行士の
足跡が月面上にはっきりと残されていることからも分かるように,月では表面には特にソイル
と呼ばれる細かい粉体状の物質が多い。このレゴリスは数ミクロンから数 km にいたる様々な
63
大きさの隕石が月表面に衝突して,月表面の物質が破壊されたり掘り返されたりすることで形
成されたものである。小惑星の反射スペクトルの偏光特性から月表面と同様の物質がほとんど
の小惑星の表面に存在するといってよいかどうかということには問題があるが,今までガリレ
オ,NEAR などの探査機によって観測されたいくつかの小惑星や火星の衛星の表面は月と同様
な物質でおおわれていることが知られている。他方、隕石においても、角礫岩組織やそれに類
縁の組織を示すものはいろいろ存在する。
角礫岩組織を示す隕石のうちで,レゴリス・ブレッチャーとフラグメンタル/カタクラステ
ィック・ブレッチャーは,ともに様々の大きさの岩片や鉱物片と,それらの間を埋める細粒の
マトリックス物質からなる角礫岩組織を示す隕石である。
こうした隕石は,
普通コンドライト,
炭素質コンドライト,エンスタタイトコンドライト,ルムルチコンドライトのどの種類のコン
ドライトにも存在している。例えば,H コンドライトの 5%,L コンドライトの 22%,LL コン
ドライトの 23%,CM コンドライトの約 50%がこのような角礫岩組織を持つといわれており,
ルムルチコンドライトにいたっては今まで見つけられたもの全てが角礫岩組織を持っている。
また,普通コンドライトの場合,角礫岩組織を示す隕石が,普通コンドライトのなかの化学的
グループの違うものも含めて他の種類の隕石の岩片を含むことは比較的まれである。こうした
例として,H コンドライトのレゴリス・ブレッチャーである Dimitt 隕石が L コンドライトのク
ラストを含んでいたという報告がある。これに対して,CM コンドライトのクラストが他の種
類の隕石にゼノリス(異質岩片)として含まれることはままある。角礫岩組織を持つ隕石がレ
ゴリス・ブレッチャーであるかどうかの判断を岩石の組織だけに基づいて行うことはかなり困
難である。なぜなら,白っぽい岩片とその間を埋める暗色の細粒物質からなる light-dark structure
という岩石組織が典型的なレゴリス・ブレッチャーでは見られるとはいえ,両者の最も大きな
違いは,隕石母天体(小惑星)表面に曝されていた証拠があるかどうかということに依ってい
るからである。すなわち,レゴリス・ブレッチャーは太陽風組成のガスのインプランテーショ
ンを受けており,さらに太陽フレア・トラックを含んでいるが,フラグメンタル/カタクラス
ティック・ブレッチャーはこれらを含まない。両者の判断のためには、希ガス局所分析と組み
合わせた岩石組織の観察が有効な手段となるであろう。以下ではさらに、小惑星のレゴリスを
形成している物質に関して、これまでにコンドライト隕石研究から得られている知見や今後明
らかにしたい点についてまとめる。
普通コンドライトのブレッチャーの特徴:特に普通コンドライトの場合,隕石母天体のいろ
いろな深さ(あるいは場所)の物質がわずか数 cm 四方の範囲に存在することがあり、このよ
うな特徴はどちらのレゴリス・ブレッチャーにもフラグメンタル/カタクラスティック・ブレ
ッチャーにも見られる。レゴリスを作る小さな衝突ばかりでなく隕石母天体の深いところまで
掘り返す大きな衝突も何度も繰り返された結果と考えられる。ブレッチャー中の岩石片・鉱物
片には強い衝撃を受けたことを示すものがしばしば含まれることもこの考えを支持していると
思われる。
普通コンドライトと小惑星の反射スペクトルの比較におけるブレッチャーの意義:良く知ら
れているように,小惑星の反射スペクトルからは S 型小惑星の一部が普通コンドライト隕石に
関係するものではないかといわれている。しかしながら,そのスペクトルのパターンを見ると
隕石の場合とは違いが存在する。それはスペクトルの赤化の程度の違いである。普通コンドラ
イトのレゴリス・ブレッチャーや衝撃を受け細粒の鉄ニッケル金属や鉄の硫化物が析出するこ
とで黒っぽく見えるようになった black chondrite といわれる種類の隕石においても,短波長側
と比べて長波長側での反射能が小惑星の反射スペクトルの場合ほどには大きくなっていない。
月のソイルの光学的特徴を見てみると,月での宇宙風化作用における赤化は,全体の 25‰未満
を占めるにすぎない最も細かい部分がになっており,こうした光学的な変化は物質の表面に関
係した現象であるといわれている。また,こうしたソイルを構成する鉱物粒子の縁にはアモル
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ファスなリム,インクルージョンに富むリム,多層構造を持つリム,発泡しているリムといっ
たいろいろな種類の厚さ 60-200nm のリムが見られる。そして,リムに含まれる nm サイズの金
属鉄のインクルージョンがソイルの光学的及び磁気的性質に大きな影響を与えている可能性が
指摘された。また,実験的にもこのような nm サイズのインクルージョンを持つリムは再現さ
れており,こうしたリムの形成には微細な粒子の衝突と衝突時の加熱・蒸発・再凝縮が重要な
役割を担っていると推測されている。もし,小惑星の反射スペクトルにおいてもこうした細粒
フラクションを構成している物質のリムが最も影響を与えているとすると,普通コンドライト
隕石のレゴリス・ブレッチャーをそのままあるいは粉末にしてスペクトルを測定しても小惑星
のものと直接比較するのは問題があるかも知れない。なぜなら,レゴリス・ブレッチャーでは
その構成物がたがいに焼結しているため,上記のようなリムの部分が元々あったとしても変化
してしまっている可能性があるからである。今後,月のソイルなどでみいだされたような鉱物
粒のリムあるいはリムが変化した物質がレゴリス・ブレッチャーの細粒フラクションについて
見いだされるかどうか鉱物の粒界を透過電子顕微鏡を使って調べる必要があるであろう。これ
らが見いだされれば,レゴリス・ブレッチャーの細粒フラクションと小惑星の反射スペクトル
を比較することが重要になると思われる。
炭素質コンドライトのブレッチャーの特徴:普通コンドライトの場合と比べて,炭素質コン
ドライトで角礫岩組織を持つものは多い。しかしながら,レゴリス・ブレッチャーかどうかの
判断は普通コンドライトの場合よりもより難しい。炭素質コンドライトの多くは、低熱変成作
用と高水質変成作用のため破壊強度が普通コンドライトに比べてかなり低い。そのため,隕石
母天体となる小惑星への最終的な集積の際に形成されると考えられるアクリーショナリー・ブ
レッチャーと,レゴリス・ブレッチャーやフラグメンタル/カタクラスティック・ブレッチャ
ーの組織がかなり似ている。それを区別する手だては、岩石組織の詳細な観察と隕石母天体(小
惑星)の表面に曝されていた証拠の両方をよく比較することでしか得られない。
レゴリスが宇宙線にさらされると、インプランテーション(打ち込み)や、スポレーション
(核破砕反応)で希ガスや他の微量元素の同位体比が変化したり、放射性核種が生成したりす
る。エネルギーの低い太陽風は、レゴリス表面のせいぜい 100μm程度の深さまでしか影響を
及ぼさないが、銀河宇宙線は表面から数メートルの深さまでレゴリス構成物質の同位体比に影
響を及ぼす。このような宇宙線による影響と衝突による岩石層序の混合により、レゴリス起源
の隕石は通常複雑な希ガス三次元分布を示す。サンプルリターンでは、実際の小惑星における
宇宙線照射起源核種の 3 次元分布(あるいは 2 次元分布)を示すことができるので、現在表層
にある物質がいつごろ表層に掘り起こされたかなどについて制約を与えることができるであろ
う。
角レキ化したCMコンドライトの形成史―角レキ化したCMコンドライトの組織:CM炭素
質コンドライト隕石は主に隕石母天体の水質変成で形成された大量の含水鉱物を含む。このこ
とは隕石母天体は含水小惑星であり、少なくともある時期、母天体に水(氷)が存在していた
ことを示唆する。また、希ガスの原始成分(隕石母天体が生成された時に既に含まれていた希
ガス)を高濃度で含む。従って、CMコンドライトの母天体のレゴリスは、前述した太陽風成
分と銀河宇宙線照射起源成分、それに加えて原始成分の三成分の希ガスが混在する。含水小惑
星のレゴリスの起源と形成プロセスを知るには、これら三成分の隕石中での分布と角レキ化組
織との対応を知る必要がある。Nakamura et al. (1999)では、CM コンドライトの厚さ 200−300
μm程度の研磨切片を、電子顕微鏡による岩石鉱物学的な構成物質の同定の後、レーザー抽出
型希ガス質量分析計で局所分析を行っている。そのなかから、レゴリス進化という側面に関連
した結果のみを簡潔に紹介する。
CMコンドライトの約半数は角レキ化しており、そのような隕石は主に 2 種類の岩相
(Lithology)から成ることが知られている。Nakamura et al. (1999)が研究した 4 種(Murchison,
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Murray, Nagoya, Yomato 791198)の隕石の研磨切片も 2 種の岩相からなり、両者の割合は隕石
ごとに異なっている。2 種の岩相は PAR(Primary Accretionary Rock)と CMX(Clastic Matrix)
と呼ばれる。PAR はコンドリュールとその周りのダストリム、さらにその外側は Fe, S‐rich な
PCP(Poorly Characterized Phases)と呼ばれる物質に富む部分で構成される。この規則的な
構造は PAR 全域にわたって確認されるため、PAR はその名が示すとおり、隕石母天体が集積し
た時の構造を残しているものである。一方、CMX は PAR が衝突時の圧力で破砕されてできた
と考えられ、細粒な鉱物片で出来ている。PAR に見られるような構造の規則性はないが、構成
鉱物種、バルクでの主要元素組成(Si, Al, Mg, Ca, Fe 等)は、PAR とほぼ等しい。CMX の中に
さまざまな大きさ(数センチメートル以下)の PAR が含まれているのが、角レキ化した CM コ
ンドライトの一般的な構造である。
PAR のサイズ分布は、含水小惑星の衝突によるレゴリス進化の重要な情報になり得るが、ま
だ詳しく調べられてはいない。PAR の判別は、普通コンドライトの角レキの判別と異なり電子
顕微鏡を用いた観察が必要で、統計的有為性を示すのに充分なデータを取るには膨大な時間を
要する。しかしながら、CM コンドライトを角レキ化した衝突の衝撃圧は低かったと思われる。
根拠は 2 つあって、CM コンドライトの特定鉱物の衝撃圧起因の組織観察から、CM コンドラ
イトがその全生成過程で経験した衝突による衝撃圧は他の隕石に比べると低く、約 10GPa 以上
の衝撃圧を保存しているものは少ないということと、角レキ化した CM コンドライトが、一部
を除き、脱水せずに含水鉱物を保持していることである。CM コンドライトの含水鉱物は 20GPa
程度の衝突で脱水することが知られている。
希ガス微細分布に基づく角レキ化した CM コンドライトの形成過程:約 50 ミクロン径のレ
ーザー光を用いた局所希ガス分析の結果、PAR からは原始成分と宇宙線照射起源成分の希ガス
が検出された。原始成分の希ガスは特にコンドリュールの周りのダストリムから高濃度で検出
された。その希ガス組成から、このダストリムには太陽系外起源のダイヤモンドと、太陽系起
源だと考えられている希ガス原始成分の担体(Phase Q)が、ほぼ均質に分布していることがわ
かった。このリム物質はコンドリュールが原始太陽系星雲中で周りに合った星雲ダストを付着
することで形成されたと考えられており、従ってリム中のダイヤモンドの均質な分布は星雲中
のダイヤモンドの均質な分布を示唆する。
コンドリュールのダストリムの形成、それに引き続く PAR の形成は、星雲内部のダストやガ
スに富む暗黒空間で行われたと考えられる。
何故ならPAR からは太陽風成分が検出されず、
PAR
が形成された領域は、ダストやガスにより、太陽風が遮蔽されていたことになるからだ。また、
この領域は銀河宇宙線からも遮蔽されていた可能性が高い。PAR からは銀河宇宙照射起源の希
ガスも検出されたが、これらは隕石が最終的に隕石母天体から放出されて地球に降下する数百
万年の間に生成されたものである。なぜなら、母天体形成時からのすべての照射歴を保存する
安定同位体である希ガスと、母天体から放出された後に宇宙線照射により形成された放射性核
種である 26Al から割り出した銀河宇宙線への照射期間が一致するからである。PAR が星雲内で
どの程度まで成長したかは、隕石中の PAR からはわからない。それらは衝突により元の PAR
が砕けているからである。
PAR がある大きさまで成長した後に、原始太陽系星雲の散逸が起こったと考えられる。その
ため太陽風や銀河宇宙線が PAR 表層に降り注ぎ、PAR 上では他の PAR や小天体との衝突によ
る合体と角レキ化作用が進行し、初期の CM コンドライト母天体を形成したと考えられる。衝
突により極細粒物質に粉砕された PAR の一部は CMX を形成し、これらは細粒であるために表
面積が大きく、太陽風に曝された部分は大量の太陽風成分が打ち込まれた。このことは CMX
部分からのみ太陽風成分が検出されることから実証される。電子顕微鏡による観察では比較的
場所による片寄りのない構成粒子のサイズ分布を示す CMX も太陽風成分の希ガス分布は非常
に不均質である。最高濃度を示す部分の CMX は、かつて太陽風に直接さらされた部分であり、
66
その後の衝突による CMX の混合が十分でなかったために、太陽風を直接打ち込まれた部分と
その下部にあった部分の太陽風希ガス濃度の不均一が残されている。一方 CMX の銀河宇宙線
照射起源の希ガス濃度は PAR と大差ない。このことは、4 種の隕石が構成していた部分が隕石
母天体表層数メートル以内に存在していた期間が短かった(およそ 50 万年以内)ことを示唆す
る。つまりこれらの隕石は太陽系の歴史の大部分を母天体の地中で過ごしたことになる。
かつて母天体の表層付近に位置していた物質は、母天体上の衝突現象により掻き乱され地中
に埋没し、現在の CM コンドライト隕石(PAR と CMX の混合物)の構造になったと考えられ
る。岩石学的証拠から、地中で現在の構造になったあとも水質変成は続いていたことがわかっ
ている。この水質変成は太陽風成分が大量に打ち込まれた CMX の希ガス組成に影響を及ぼし
た。CMX の鉱物には太陽風の中でも比較的エネルギーの高い成分(SEP と SF: Solar Flare)
、
つまり鉱物内部まで打ち込まれた成分しか検出されない。このことは、太陽風の低エネルギー
成分(SW)が打ち込まれた鉱物の表面はすべて希ガス保持力の弱い含水鉱物へと変成され、
打ち込まれた希ガスを失ったと解釈できる。つまり鉱物に打ち込まれた太陽風の一部が水質変
成により脱ガスしたということである。この現象は CM コンドライトに限らず、他の CI や CR
コンドライトでも見られる。水質変成がいつ始まっていつ終わったかはまだ良くわかってない
が、大規模な水質変成で形成されたとされる炭酸塩鉱物の形成年代から、水質変成は太陽系形
成の最も初期に起こった可能性が高い。今回分析した隕石は太陽風の打ち込みの後に水質変成
を受けた証拠を残していることから、これらの隕石の構成物質が母天体表層のレゴリスに位置
していたのは太陽系形成初期であり、したがって、これらはレゴリスの化石である可能性が高
い。今後この種の隕石の角レキ化作用に焦点を当てた研究を行えば、含水小惑星のレゴリスが
どのように進化していったかをより定量的に議論できるようになると考えられる。
Vigarano 隕石
CV コンドライトのブレッチャー:CV コンドライトのひとつである Vigarano 隕石は,わずか
数 cm2 の範囲にホストの含水鉱物を含まないマトリックス,コンドルールなどとともに,水質
変成作用を被っているクラストやコンドルールを含んでいる。水質変成作用で形成されている
鉱物は,クラストのマトリックスでは主にサポナイトであり,ほとんど蛇紋石は含まれない。
また,水質変成作用を受けたメソスタシスは,緑泥石とおそらく Na 金雲母に置き換えられて
いる。これらのクラストに含まれるコンドルールのサイズやコンドルールに含まれる鉄ニッケ
ル金属の化学組成は,水質変成作用を被っている構成要素もホストと同様に CV コンドライト
の還元的サブグループに属することをしめしている。こうした様々なクラストやコンドルール
がひとつの母天体上の異なった場所に位置していたのが,レゴリス・ガーデニングによって混
合したのか,あるいはこの隕石の母天体の最終的な集積の前に存在していた,同じ化学的グル
ープに属するが履歴の異なった天体が集積したものなのか(アクリーショナリ・ブレッチャー)
は,岩石学・鉱物学的な研究だけでは判断が付かない。この区別を付けるためにはやはり小惑
星表面に曝されていたことを示す太陽風組成のガスなどの情報が必要である。
CI コンドライトのブレッチャー:CI コンドライトにも角礫岩組織を持つものが多いが,構成
要素の少なくとも一部は小惑星表層にあった(すなわち過去のレゴリス・ブレッチャーであっ
た)ことが示されている。CI や CM コンドライトについては,一部の特徴が水質変成作用で失
われているとはいえ,太陽系初期における隕石母天体のレゴリス・ブレッチャーの化石を多く
含んでいる。普通コンドライト隕石の場合は熱変成作用終了後のレゴリス・ブレッチャーしか
見つかっていないが,CM や CI コンドライトにおいては水質変成作用が終了した後の時代のレ
ゴリス・ブレッチャーがまだ見つかっていない。
角礫岩組織を示す隕石についてのまとめ:原始太陽系星雲における惑星の進化においては,
非常にしばしば衝突現象が起きていたと考えられる。すなわち,塵の濃集層が数多くの微惑星
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に分裂した際にも,微惑星から小惑星を含む惑星が形成された際にも,常に既に形成されてい
た天体の衝突と合体によって成長したはずである。しかし,その衝突速度には変化があったと
考えられている。すなわち,微惑星の衝突合体が起こる時期に,衝突の相対速度が高速化した
と考えられている。だが,このような衝突相対速度の変化を例えば角礫岩組織を示す隕石の構
成要素の粒径分布からいうのはかなり難しいと思われる。なぜなら,例えば普通コンドライト
の場合,ブレッチャーの粒径分布は複数回のいろいろな大きさの衝突の結果を重ね合わせたも
のだからである。
このようなブレッチャーは隕石母天体における熱変成作用が終了してからのレゴリス形成に
対応した岩石である。なぜなら,先に述べたように金属組織学的冷却速度計が示すように 500℃
以下まで冷却した熱史の異なった物質が混合しているからである。より高温での熱史の違いを
反映すると考えられる珪酸塩鉱物の組織の違い(それは岩石学的タイプの違いに反映されてい
る)はあるが,鉄ニッケル金属からは 500℃付近の冷却速度にばらつきのないというようなブ
レッチャーはまだ発見されていない。これは,熱変成作用の起こっている期間が非常に短く,
その期間に形成されたレゴリス・ブレッチャーがほとんどなかったのか,そのような岩石がた
またま隕石として地球にもたらされていないだけなのかは分からない。あるいは,普通コンド
ライトの母天体での熱変成作用が起こる前や,
起こっている間にもレゴリスの形成があったが,
熱変成作用による再結晶と焼結が十分に進んでいなかったために岩石の破壊強度が低く,明瞭
な角礫岩組織を持たなかったうえ,さらに熱変成作用によって角礫岩であったことが分からな
くなっている隕石があるのかも知れない。
宇宙風化作用の解明という点については,先に述べたように,普通コンドライトのレゴリス・
ブレッチャーの最も細かいフラクションの研究が重要になるであろう。その研究の進展によっ
ては,小惑星レゴリス中のソイルと比較できるより詳しい情報が得られるかも知れない。
それに対して,炭素質コンドライト,特に CM コンドライトや CI コンドライトからは,原始
太陽系星雲においてガスが吹き払われる時期と隕石母天体の最終的な集積から母天体表面にお
けるレゴリス層形成にいたる時期,及び水質変成作用のおきた期間との間の時間関係を推測す
る手がかりが得られつつある。今後,さらに C 型小惑星の進化(特に表面付近の)について分
かってくると思われる。
・始原的(コンドライト隕石的)物質の同位体異常
SIMS を用いたマイクロメートルスケールの同位体分析も隕石研究において盛んに行われて
きている。例えば酸素同位体分析があげられる。酸素は隕石を構成する主成分元素であり,隕
石分類の有用な指標であることはすでに述べたが、そのほか原始太陽系星雲の形成環境を調べ
る上でも非常に重要なトレーサーとなっている。最近では、CAI 中の各鉱物における酸素同位
体比のその場分析が可能であり、それにより 16O に富む CAI の元物質の存在が確認されると共
に,初期太陽系星雲中で繰り返し加熱が起こったという証拠が見いだされてきている。酸素同
位体研究のほか,26Al の壊変によりできた Mg の同位体異常(26Mg の過剰)や 41Ca の壊変によ
りできた K の同位体異常(41K の過剰)などについても SIMS による局所分析により精力的に
進められている。さらに、太陽系が誕生する以前に生成された粒子(プレソーラー粒子)の発
見や起源の探求なども電顕観察や同位体組成の局所分析などから行われることが期待される。
・分化した物質の化学組成
鉱物を詳細に観察することにより、鉱物が形成された環境に関する様々な情報を得る事がで
きる。隕石内に存在することが多く、利用価値も高い輝石を例に解説する。マグマが冷えて輝
石が結晶化する際、より Mg に富む輝石がまず結晶化する。そうすると、回りのマグマは Mg
がより多く消費されるために Fe に富むようになり、結果的に結晶化する輝石もだんだん Fe に
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富むようになる。このような過程を経て、普通に結晶化した輝石は中心が Mg に富み、周辺が
Fe に富むようになっている。これを化学ゾーニングと呼ぶ。では、総ての輝石が化学ゾーニン
グ構造を持っているかというと、そう簡単ではない。深いところで固まった岩石の冷却速度は
遅い。長い間高温に保たれると、Fe-Mg の元素拡散によって、輝石は一定の化学組成に均質化
されてしまう。すなわち、化学ゾーニング構造を残している輝石は、母天体の比較的表層で固
結し、急冷されてできたものだという事がわかる。さらに深いところで長い間高温に保たれる
と、離溶という現象が起きる。輝石は低温では Ca に富む輝石と Ca の少ない輝石と二相に別れ
た方が安定に存在できる。Ca が拡散するのに十分な時間、高温状態が続けば、その時間と温度
に対応して Ca に富む輝石が板状にもとの輝石の中に発達してくる。板状構造の厚さは急冷さ
れた溶岩は数十オングストローム、
徐冷された深部岩石だと、
数十マイクロメートルを超える。
鉄隕石に見られるウィドマン・シュテッテン組織もニッケル含有量が異なる二種類の鉄ニッケ
ル合金でつくられた離溶組織である。離溶組織は、岩石の冷却速度を決める大変有効な鍵とな
る。
実際の月面や小惑星表面の岩石は、さらに複雑である。度重なる隕石衝突によって、岩石は
もとの場所から移動し、多種の岩石と混合している事が多い。また、隕石衝突による加熱で、
長い間高温に保たれると、多種類の輝石の化学組成が均質化してしまう事がある。また、高温
に保たれる時間が短いと、Fe 含有量の多い輝石から、Fe 含有量の少ない輝石へ、Fe 原子が拡
散し、一見化学ゾーニングのような組織を呈する場合もある。
上記のような情報を駆使し、例えば Saiki and Takeda (1999) は、べスタから飛来した可能性の
高い隕石が岩石として固結してから長時間の高温保持とその後の混合を 2 度繰り返し、その後
また短い期間高温に保持された後、母天体からたたき出された事を明らかにした。このような
手法も、分化物質が回収された場合には応用できる。
・始原的(コンドライト隕石的)物質から
太陽系の起源物質としての情報が得られる。原始太陽系星雲中で、気体から最初に固化した
物質が集積したものと考えられる。宇宙空間で、元素が気体から固体に凝縮する温度は、モデ
ル計算によって求められており、高温で凝縮する元素(Al, Ca, Mg, Si, REE など)や、低温で凝
縮する元素(S,Se, Cd, Pb, Bi, Ti など)に分類されている。これらの元素の濃度を、各回収サン
プル、コンドライト隕石、モデル計算とで相互比較することにより、集積時の温度、圧力、酸
化還元状態などの制約やサンプル間での違いを明らかにする。違いが生じる原因は明らかでは
ないが、集積時の太陽からの距離などに特に依存しているのかもしれない。例えば「CAT 天体
サンプルリターンミッション」ではこのような問題が解決できる可能性が高い。
・分化した物質から
微惑星の集積・合体時の衝突エネルギーや放射性核種の壊変エネルギーにより天体内部が溶
融し物質の分化が起こる。分化した隕石の微量元素分析から、母天体の集積、溶融、内部構造
の進化過程の推定が進められており、以下のような研究例(分析元素の例)がある。
親鉄元素(例えば白金属元素)
鉄との親和性が強く、惑星の中心核に濃集する元素群。隕石中の存在度と起源物質(コンド
ライト隕石)との比較から、これらの元素が惑星の核—マントル間でどのように分配している
かを推定し、核の形成・成長過程を推察する。
親石元素(例えば希土類元素)
ケイ酸塩鉱物中に取り込まれやすい元素群。惑星内部の層分化が進むにつれて表面の地殻部
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分に濃集する。惑星表面で地殻がどの程度発達していたのかを推定する。
揮発性元素(例えばハロゲン元素 F, Cl, I, Br)
高温過程を経ると揮発する元素。存在度から、衝突などによる変成の度合いを推定する。
特にサンプルリターンでは、分化プロセスの解明のほか、分化の程度と関連ある事柄を明らか
にしていきたい。母天体のサイズ、太陽からの距離と相関があるのであろうか?このような研
究は、例えば「ミッション族小惑星マルチフライバイ&サンプルリターンミッション」や「ス
ペクトル型既知 NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッション」において解決できる
可能性が高い。
・年代に関する情報
放射性核種の壊変をもとに年代決定を行う。隕石で用いられている手法を応用し、様々な放
射性核種を用いることで、一つのサンプルに対し異なる意味を持つ複数の年代を求めることが
可能である。放射性核種は半減期の長さの違いから長寿命核種と短寿命核種とに大別できる。
前者は太陽系の年代に相応する半減期(数億年から数十億年)を持つ放射性核種を用いる方法
で、238U, 87Rb, 40K などがある。後者は一般に 1 億年程度より短い半減期を持つ核種で、太陽系
形成初期には存在したが現在は壊変し尽くしている核種である。26Al, 53Mn, 60Fe, 129I, 244Pu など
があり、このような核種の存在は、太陽系を作るもととなった星の元素合成や太陽系形成初期
の時間スケールを制約する。短寿命核種からは相対年代が求まるが、絶対年代のわかっている
基準隕石を用いることなどにより絶対年代に置き換え議論することが可能である。
年代のもつ意味から分類した場合は、以下のような年代決定を行えることが期待できる(参
照:Fig. 2-2-m)
。用いる分析手法、分析機器については後述する。
隕石の形成年代に関しては、例えば普通コンドライトの燐酸塩鉱物の U-Pb 年代からは、岩
石学タイプ(熱変性度)の異なる普通コンドライト隕石の年代が 4.56-4.50Ga であること、熱変
性度が高くなるにつれてその形成年代が若くなること、などが報告されている。CAI の年代な
ども考慮すると、
「CAI 形成→コンドリュール形成→微惑星形成→原始惑星形成→冷却」と、太
陽系初期のわずか約 7 千万年の間に天体進化が起こったと考えられる。小惑星から直接回収さ
れた試料について同様の年代分析を行うことにより、上記進化のタイムスケールが一義的なも
のなのか、母天体ごとに異なるタイムスケールで進化したのかなど、新たな知見が得られるこ
とが期待される。
近年の質量分析法の高感度化・高精度化は著しく、固体元素質量分析装置(TIMS; Thermal
Ionization Mass Spectrometer)
、希ガス質量分析装置、二次イオン質量分析装置(SIMS; Secondary
Ion Mass Spectrometer)などを用いることにより微量分析に対応しながら年代測定が行える。例
えば SIMS では、分析に適した鉱物が見つかれば ng 量の試料で U-Pb 放射壊変系等を用いた年
代測定が可能である。現在国内では複数の SIMS が稼働しており、これらの装置では、U-Pb 年
代のほか短寿命核種を利用する Al-Mg 法や Mn-Cr 法なども行える可能性も期待できる。回収試
料の鉱物種に応じて最適な年代測定法を適用していくことが理想的である。TIMS を用いての
年代測定も U-Pb 年代・Rb-Sr 年代・Sm-Nd 年代など実績ある測定手法が存在し、信頼ある絶対
年代を求めることができる。また、希ガス質量分析装置では、消滅核種(129I や 244Pu)につい
ての情報や、宇宙線照射履歴・照射年代が得られる。複数の装置・手法を用いることで、母天
体が形成されてから現在に至るまでに被ったイベントについて時間軸を入れることが可能とな
る。
70
ガスなどが
一部脱ガス
40億年
変成
衝突
*︵火成活動︶
*︵コア形成︶
固体の析出
元素合成終了
固化年代・
変成年代
( I-Xe, Al-Mg
Mn-Crなど)
現 在
46億年
宇宙線の照射
(天体表層)
小片として母天体
から放出され地球
にもたらされると
−> 隕石
固化年代・変成年代( U-Pb, Rb-Srなど)
コア形成の年代(W-Hfなど)
ガス保持年代・衝突年代
(K-Ar, U,Th-Heなど)
宇宙線照射年代
3He, 21Ne, 38Ar
*分化天体のみ
Fig 2-2-m
・有機物探査(前節参照)
炭素質コンドライトと関連がありそうな C, G, K 型小惑星や CAT 天体からのサンプルには特
に興味がもたれる。生命に関係する可能性のある複雑な有機物が存在するかを明らかにする。
この目的のためには、地球への帰還時に試料が高温になったり、途中で地球物質に汚染された
りしないよう充分配慮することが必要である。
・族小惑星の起源
小惑星族には、単一の反射スペクトル型を示す族(例えば S 型ばかりのコロニス族)も複数
の型を示す族も存在する。それぞれの族は単一母天体起源であるのか?これは単一族からマル
チサンプルリターンを行い(ファミリーミッション)それぞれのサンプルを隕石分類と対応さ
せていくことにより判断可能と思われる。もともと族小惑星は軌道要素が似通っていることか
ら同一天体起源であることが提唱されてきました。これを物質分析というまったく違った研究
手法から検証・判断していくわけである。判断基準の一例としては、単一母天体起源であるな
らば酸素同位体組成は一致するか質量分別直線上に並ぶことが予想される。
また、年代のリセットや衝突による鉱物組織への影響など衝突に関する証拠が残されていれ
ば、同一天体であったことを裏付けることになる。
分析手法の現状
隕石研究で行われている手法を応用することで、小惑星から回収されたサンプルについて主
要微量元素・同位体分析、年代測定、有機物測定、岩石学的・鉱物学的観察などを行っていく
ことが可能である。国内においても以下のような分析装置を用いた研究が行われており、その
多くが世界レベルの技術と実績を持っている。微小試料を扱う設備が整っているかについては
71
必ずしも十分であるとは限らないが、宇宙塵分析などを通して現在も技術や設備の向上が進ん
でいる最中である。
全岩分析の例
ICP-MS(誘導結合プラズマ質量分析)−化学処理を含む
ICP 発光分析(誘導結合プラズマ発光分析)−化学処理を含む
NAA(中性子放射化分析)−化学処理を含む場合も
XRF(蛍光X線分析)
XRD(X線回折)
TIMS−化学処理を含む
希ガス同位体質量分析
酸素同位体質量分析
GC(ガスクロマトグラフ)
赤外分光分析
ラマン分光分析
ほか
局所分析の例
EMPA(電子マイクロプローブ)
SEM(走査型電子顕微鏡)
TEM(透過型電子顕微鏡)
AFM(原子間力顕微鏡)
AES(オージェ電子分光)
SR-XRF(シンクロトロン放射光X線分析法)
PIXE(粒子線励起X線分析法)
LS-ICP-MS(レーザーサンプリング誘導結合プラズマ質量分析)
SIMS(二次イオン質量分析)
TIMS−化学処理を含む
LS-希ガス同位体質量分析
LS-酸素同位体質量分析
LS-有機物質量分析
CL(カソードルミネッセンス)
ほか
これらの分析で必要な試料量、破壊分析か非破壊分析か、前章で記した研究課題との関連、
などについて Table 2-2-h にまとめた。Zolensky et al. (2000)、MUSES-C 探査計画書、国内での現
状等を参考にしているが(努力目標も含む?)
、分析に必要な試料量は持ち帰られるサンプルの
組成や求める分析精度などにより異なることに留意する必要がある。
多くの分析において、マイクログラムオーダの試料でキャラクタリゼーションが可能である
ことが期待できる。
ただしそれは上記のようにサンプル組成や要求分析精度に左右され、
また、
分析の多くが局所分析であることにも注意したい。小惑星全体としての特徴を明らかにし、ま
た隕石データべースとの比較を行うためにも、
全岩試料の分析も不可欠である。
そのためには、
例えば、酸素同位体分析については、数 mg の試料で分析を行えば 1‰以下の誤差で同位体組
成を求めることができ、隕石データとの比較が確実に行える。同様に、mg 程度の試料で全岩
化学組成を求めることも、隕石との対応や母天体像を知るために必要であろう。希ガス分析に
72
関しても、レーザーを用いる局所分析とともに、全岩あるいは鉱物分離した試料の段階加熱分
析などが、熱履歴や同位体組成を精密に知るために有効である。
分析は、非破壊分析から破壊分析へ、全岩分析(全体の特徴づけ)から局所分析へ、限られ
た試料量から最大限の分析成果が得られるよう検討されるべきである(この点については
MUSES-C での議論を引用し後述)
。
Table 2-2-h
研究課題と分析方法
研究課題
物性
化学
形状
粒度分布
光散乱特性
質量
比熱・熱伝導
弾性率
磁気
バルク密度
反射スペクトル
元素組成
分析装置例
最小試料
量の例
試料
状態#
高分解能 CCD 顕微鏡
高分解能 CCD 顕微鏡
レーザー顕微鏡+
偏向レンズ
マイクロ天秤
熱電対?
AFM?
MFM?
XTM
(X 線 CT スキャン)
NIRS+XRS 較正装置
XRF
INAA
ng
ng
ng
○
○
○
ng
ng
ng
ng –μg
ng
○
○
△
△
△
○
○
○
ng
ng -mg
RNAA
同位体組成(元素
組成決定を含む
場合もあり)
×
ICP-MS
ng –μg
×
SR-XRF
PIXE
SIMS
ng
ng
ng
○
○
×
ng -μg
×
ng –μg
μg - mg
μg - mg
×
×
×
ng
ng -μg
ng
×
×
○
○
○
ng
ng
ng
ng
○
△
○
○
ng
△
TIMS
ICP-MS
希ガス同位体質量分析
酸素同位体質量分析
有機物組成
鉱物
#
元素・物質の存在
状態
鉱物種・組織構造
有機物質量分析
ガスクロマトグラフ
赤外分光分析
ラマン分光分析
高分解能 CCD 顕微鏡
SEM/EDX, EPMA
TEM
SR-XRF
ガンドルフィ X 線カメ
ラ+XRD
CL
特徴、その他
多元素同時分析が可能
分析過程での地球物質による
汚染の影響が少
分析過程での地球物質による
汚染の影響が少
高感度
多元素同時分析が可能
レーザーサンプリングも可
高感度・高空間分解能
高感度・高空間分解能
同位体分析および水素からウ
ランまで幅広く元素分析が可
能
U-Pb, Rb-Sr 等の年代測定には
おそらく mg オーダが必要
レーザーサンプリング法も可
レーザーサンプリング法も可
高精度分析が可
レーザーサンプリング法も可
分析に際し試料は、○:そのままで OK; △:加工(エポキシ使用)等が必要; ×:破壊や汚染が避けられない
73
(参考文献)
Zolensky, Pieters, Clark and Papike (2000) Meteoritics and Planetary Sciences, 35, 9-29.
「MUSES-C 計画概要」宇宙科学研究所, 2000.3
「固体惑星物質科学の基礎的手法と応用」武田弘ほか編, サイエンスハウス, 1994
採集試料の処理・保管と分析の流れ
国内では現在、MUSES-C によるサンプルリターン計画が進められており、持ち帰られた試
料の処理・保管・研究者への分配(これらの一連の作業をキュレーションと呼ぶ)について議
論や検討が進められいる。日本には現在までのところ NASA ジョンソンスペースセンターのよ
うなキュレーションを一手に引き受ける組織や施設がなく、南極大陸で採集された南極隕石や
宇宙塵は国立極地研究所で、国内で採集された隕石は地質調査所や国立科学博物館などで、日
本初の回収型衛星SFUの表面に衝突した宇宙塵試料は NAL、ISAS、NASDAの三機関
が協力しながら、システマティックな人や技術の交流もないままに、別々に管理されている。
MUSES-C では、数gの小惑星物質が 2006 年に持ち帰られる予定であり、その試料を最低限の
汚染で、保管・分析され、また多くの研究者に有効に研究に使用されるようキュレーション体
制の整備が進められている。それは MUSES-C の問題にとどまらず、前述のように現在では個
別に行われている宇宙物質の受け入れ体制を相互協力や組織だって行っていくようにすること
へも関係する。Post MUSES-C では、MUSES-C のキュレーション体制を引き継いで利用するこ
とが、技術面からも資金面からも必須である。ここでは、MUSES-C の探査計画概要での議論
を中心にキュレーションについてまとめる。
微小試料分析技術
採取試料量は未定であるが、おそらく、グラムオーダの試料を各研究者にマイクログラムあ
るいはミリグラムオーダで配分することになることが予想される。宇宙塵や MUSES-C での経
験を十分に生かし、さらに訓練や経験を積むことが望まれる。初期のキャラクタリゼーション
やキュレーションには、微小試料の分析技術を磨いた研究者から編成されるチームをいかに組
織するかが極めて重要である。
汚染管理の基本的な考え方
微小な試料であるほど、簡単に汚染されてしまう。そこで、探査機の材料や製作・打ち上げ・
回収・分析の各段階で、地球環境および人工の汚染物質を極力排除する努力が必要である。試
料の汚染として、フライト品製作時、総合試験から打ち上げまでの地上作業時、試料採取時、
探査機航行中、地球に再突入時の時期が考えられる。汚染管理の考え方は、
(1)設計(ノンフ
ライト品を含む)による自衛策、
(2)窒素パージのような運用上の工夫、
(3)完全な汚染除去
は現実には不可能なので、せめて各段階でどのような汚染物質が付着したかを継続してモニタ
ーする、の3つに大別される。汚染管理の効果は一番手を抜いた部分に規定されてしまうので、
それぞれをオーバースペックになることなく、バランス良く実施することが重要である。例え
ば、いくらクリーンルームやクリーンブースで注意を配っても、野外と同じ程度の固体微粒子
フラックスを持つ衛星組立室や整備塔内で汚染管理を緩めてしまうと、それまでの努力が水の
泡になってしまう。また逆にクリーンルーム内では人が作業していないときには極めて清浄度
が高いので、特に積極的なパージをしなくとも、物理的なフタをかぶせておくだけで、十分な
汚染対策になっている。
74
汚染管理の具体例(MUSES-C の場合)
探査機航行中の汚染は、探査機自身からの汚染が最大のものである。したがって、サンプラ
材料中の不純物の検討、各材料のブランクピースの保管・分析・記録、大気圏脱出や宇宙に出
た最初の 1−2 ヶ月に起こる脱ガス及び再吸着からのサンプラ内壁表面の汚染防止などが課題
である。サンプラの金属材料は、高純度の同一品番の金属合金(ステンレス鋼およびアルミニ
ウム)で統一をはかっている。サンプラ表面の汚染には、固体微粒子の他、フライト品の製造
過程での殺菌や作業中の被膜・フタなどの自衛手段によって、有機物質と気体成分の吸着につ
いても注意する。なお、試料採取時のプロジェクタは、火薬燃焼ガスが漏れない設計になって
いる。
サンプルリターンの最大の科学的価値は、地球環境と反応していない、宇宙空間に曝露され
たままの情報を保持していることである。しかし、地球再突入およびカプセル回収時には、大
気をはじめとする地球環境による汚染が問題になる。地球環境による汚染は、特に、小惑星試
料が元来含有する有機物や気体成分の分析を困難にする。また、水蒸気成分等の吸着は弾性率
等の物性を変化させる。これらへの対策としては、カプセル内のキャッチャーコンテナ内部で
真空状態を保持し、キュレーション施設での真空チェンバーと窒素パージチェンバーによって
作業・保管することを計画している。
また、これらの汚染を低減する努力はもちろんであるが、汚染を皆無にすることは不可能で
ある。したがって、地球上において模擬実験を十分実施して、考えられる汚染の定量的な検討
を行い、分析結果の誤った理学的解釈を回避する努力が大切である。他にも各材料のブランク
ピースの保管・分析、フライト品製作の各工程でのパーティクルカウンターなどの能動的なセ
ンサや、ウィットネスプレートの定期的な交換による受動的な検査によって、作業環境の汚染
レベルをモニター・記録しておくこと、キャッチャ内に高純度のアルミ片やサファイヤなどの
小型ウィットネスクーポンを装備するという対策が練られている。
有機分析では固体微粒子以外にも、多くの汚染物質を考慮しなくてはいけない。バクテリア
の繁殖からは、カルボン酸やアミノ酸、空気中の霧や塵からはアミノ酸、低分子炭化水素、低
分子カルボン等、人間の脂や汗からはアミノ酸脂肪酸、各種の溶媒や試薬、器具の汚れからも
様々な有機化合物が混入する。それぞれを防ぐためには、滅菌洗浄、クリーンルームやクリー
ンベンチの適切な性能の維持やクリーンスーツ・マスク・手袋の着用、溶媒試薬の精製などの
対策を正しく行わなくてはならない。
その際の使用可能な器具としては、
パイレックスガラス、
石英ガラス、アルミニウム等の金属、テフロンらがあり、使用できない材質には一般のプラス
ティック(塩ビ、ポリエチレン、シリコンゴム、ゴム等)
、グリース、排気型ロータリーポンプ、
都市ガスバーナー(PAH の発生)等がある。アポロ計画では、チャンバー内での容器はステン
レス、アルミ二ウム、テフロンなどが使われた。
また作業者が真空チェンバーにグローブボックスを突っ込んで作業を行うことは、その気圧
差から宇宙服の膨れた手袋のように作業性が悪く、また少しでも破れがあると簡単に機密漏れ
を起してしまう。
そこでアポロ計画でも宇宙検疫の問題を解決した 12 号による回収試料からは、
試料の初期分析やハンドリングは真空ではなく、表面吸着や酸化の心配がない不活性ガスとし
て、窒素雰囲気で行われた。チェンバーの気温も、最近発見されたモナハン隕石のように、潮
解しそうな岩塩の中に宇宙起源の水が入っているというケースを除けば、氷点以下の保存は絶
対条件ではない。勿論、帰還カプセルが大気突入時に高温になったり、落下地点の砂漠で回収
されるまでに日光によるコンテナ内部の温度上昇が起きた際には、試料から脱ガスが起こるこ
とが予想される。そこでコンテナを開ける際には、真空チェンバーの中でそうしたガスをトラ
ップする専用容器を取りつける。
75
初期分析の流れ(MUSES-C の場合)
これまで協議されてきた初期分析の流れに関する試案は、およそ以下のようなものである。
まず、着陸地点で無事にカプセルから回収されたキャッチャコンテナは、ただちに専用容器内
に移され、一度も開けることなく日本にあるキュレーション施設にISASの責任者がアテン
ドして空輸にて持ち帰る。施設に到着したコンテナは外部を殺菌・洗浄された後に、施設内に
設置されているクリーンルーム内の真空チャン
バーにおいて基本的にはグローブボックス、あ
と数年で技術が成熟すればマニピュレータ(例
えば、東大先端研で開発しているナノロボット
(分子を積んでピラミッドを作る微動制御マニ
ピュレータ)技術やバーチャルリアリティ技術
の応用)を使って開封される。その際、キャッ
チャ内に試料から脱ガスした希ガス成分や揮発
性成分が充満している可能性があるので、専用
の容器を用いてトラップしたガスを気体質量分
析装置用のバイアルに導く。次に真空中で行わ
Fig 回収試料の分配・保管(現案)
なければならない、試料全体に対する最低限の
検査項目の分析、具体的には全体の秤量、光学
撮影(光学情報、粒度分布、形状、鉱物組み合わせなど)
、AMICA・LIDAR・NIRS・XRS ら探
査機搭載機器の較正等を行う。この段階が終わると、試料の総量が許容する限り、短寿命放射
性元素の測定に供する分だけの試料をチェンバーのエアロック外に出して、
分析担当者に回す。
残った全試料は、あらかじめ日米で合意した比率(Fig )に応じて分割される。
その後の初期分析に供されるのは全体の 15%分の質量であり、それ以外のフラクションはた
だちに真空保管庫に移される。それ後の流れの
基本的な原則は、以下の三つである。
(1) バルク(全体)から個々の試料へ;
(2) 非破壊分析から破壊分析へ;
(3) キュレーション・初期分析施設内
部(インハウス)から外部の専門
施設(アウトソーシング)へ。
Fig にあるような基礎的なキャラクタリゼー
ションを 15%の試料に対しておこなった後、全
体の分析結果を学術雑誌やプレスレリースなど
で公表する。その後、同データおよび粉末試料
の一部については個々の粒子の記述を、ネット
ワーク上のデータベースカタログなどの手段で
公表し、
詳細分析について公募を国内外で行う。
その際、真空保管庫に保管されていた 85%の試
料は、現案では国内研究者用の公募研究に 15%、
国籍を問わない公募研究に 15%、そしてNAS
Aへの譲渡に 10%を配される。残りの 45%は、
さらに将来の研究他の目的に供するために保管
する。但し試料回収から、初期分析、詳細分析
76
公募までのタイムスケールは、およそ 1 年間という合意があるだけで、詳細な日程は今後の検
討課題である。
キュレーションと初期分析施設(MUSES-C の場合)
回収試料の最大の汚染源は、研究する人間自身と大気である。したがって回収試料を汚染か
ら守りつつ迅速に初期分析を行うため、キュレーション施設では各種作業の能率を落とすこと
なく、できるだけ人の出入りを最小限に留めたい。そこで現在の叩き台としては、Fig.3-2-5 の
ように、作業内容別に幾つかのクリーンレベルに分けられつつも、各クリーンルーム・作業部
屋の間ではイントラネットによって自由に画像、音声、データのやりとりができるような、
「テ
レアナリシス(遠隔分析)
」施設を提案している。
Fig.3-2-5 では、下へ行くほど、また左へ行くほど空気清浄度および気圧が上がっていく。最
も上に描かれているギャラリーは、真空ポンプや空気調整器、窒素ポンプなど、より内側にあ
るクリーンルームに必要で、外部との交換が必要な装置が置かれている、イントラネットで結
ばれた端末を統合するサーバーやデータベースもここにまとめられている。また外部からの見
学者やクリーンルーム内の作業者に連絡する者も、ここに普段着のまま訪問できる。その横の
準備室はやや陽圧になっており、キャッチャコンテナの洗浄などが行われる。続く着替え室に
てクリーンルームに入る者は、クリーンスーツに着替え、空気シャワーを通ってから、X線ア
ナライザー付き電子顕微鏡やXRFなどの非破壊分析装置を操作したり、必要ならばサンプル
の前処理を行うプローブ室へ入る。ここに設置された初期分析用の装置は、隣の試料室にある
試料チャンバーから大気を介することなく、直接試料を受け取れる構造になっている。さらに
清浄度の高い空気チェンバーを通って、試料室に入ると、ここに前述の真空チェンバーと窒素
パージチェンバー、および真空試料保管庫とクリーンベンチが設置されている。左下に描かれ
た温度調節機能のついた真空チェンバーにエアロックを介してキャッチャを入れ、前節のよう
な真空中で行う最低限の検査と、85%の試料の真空保管を行う。初期分析用の 15%の試料につ
いては、作業性を高めるために隣の窒素パージチェンバーに移動され、アポロの月面試料と同
じようにグローブボックスを使って、主に非破壊の物理測定を中心に作業を進める。
この試料室での初期分析作業は、その後の初期分析のアウトソーシング部分や公募の詳細分
析にも大きく影響するため、なるべく様々な分析手法の専門家の意見をリアルタイムで取り入
れながら、進めていくのが望ましい。しかし最も清浄度の高いクリーンルームに大人数を入れ
ることはできず、微小粒子を取り扱うことに熟練した研究者ばかりでもない。そこでこの部屋
での作業風景、チェンバー内の手元作業、および光学 CCD 顕微鏡の画像や電子顕微鏡・XRF
の取得データなどは、
イントラネットを介して実際の作業者
(最大 2−3 名程度)
の音声と共に、
キュレーション施設の外部にある会議室に送信され、そこに集まった専門家達とインタラクテ
ィブに議論したり、サジェスチョンを受けながら、分析作業を進めていく。遠隔医療や遠隔教
育などはすでに機能しているが、遠隔分析はようやく製薬会社数社で試験的に運用が始まった
ばかりであり、NASA/JSC にもない革新的なシステムである。しかも従来型のキュレーション
施設よりもコンパクトながら、多くの専門家の意見をタイムリーに反映して、効率の良い初期
分析作業が行える。
その他
回収試料を受け入れる体制づくりは始まったばかりである。MUSES-C においては、上に述
べてきた課題の他にも
責任者や専門研究者の配置(人数や分担等)について
77
分析者の募集や選定の方法について
外国との協力関係について
宇宙検疫について
などが議論・検討されている。MUSES-C での分析体制の整備に協力し参加していくことは、
Post MUSES-C でよりよい成果を得ることにつながるはずである。
Fig.
MUSES-C 試料のキュレーション・初期分析施設案の一例
78
2.2.4. <地上観測+現地探査+地上試料分析>隕石タイプと小惑星
反射スペクトル測定
まだ小惑星からのサンプルは地球に持ち帰られていないので,その鉱物組成を調べる唯一の方
法は,小惑星による太陽光の反射スペクトルを用いたリモートセンシングである.地球表面の
リモートセンシングの場合は,対象の地域からサンプルを回収して,実験室でそれを測定・解
析することができるが,小惑星の場合はそれがまだできていないので,隕石や地球の岩石・鉱
物のスペクトルを実験室で測定して小惑星のスペクトルと比較することが一般に行なわれる.
小惑星表面にも月の表面のようにレゴリスがある程度あると考えられるので,一般にサンプル
を粉末にしてスペクトルを測定する.一般に用いられる波長は 0.3〜2.6 nm 程度の近紫外・可
視・近赤外であり,小惑星によっては 3 nm の水の吸収帯を測れるものもある。このように細
かいレゴリスがある小惑星の場合,この波長帯での反射スペクトルに反映されるのは,小惑星
表面の 1 mm 程度であることに注意する必要がある。
小惑星の分類と隕石との対応
小惑星は一般に,その 0.3〜1.1 nm あたりの反射スペクトルを主成分解析することによって
分類されているが,ここでは Tholen による 14 の分類(図 1)に,2.6 nm までの近赤外スペク
トルに基づいた Bell による K 型と Gaffey らによる S 型の副分類を合わせたものを採用する.
G, B, C, F 型は紫外吸収以外は全体的に
暗く平らなスペクトルを示し,以前はまと
めて C 型と呼ばれ,CI1 または CM2 コン
ドライトの粉末から細かい粒子を除いたも
のに似た表面組成を持つと考えられていた.
その後のより詳しい観測から,確かに CM2
と似た 0.7 nm のサーペンティン等の吸収
が発見されている.C 型から G, B, F 型が分
離された後は,それらは熱変成等で C 型か
ら変化してできたとも推測された.最近に
なって,実際に熱変成を受けた CI または
CM コンドライトが日本の南極隕石から多
く見つかり,Hiroi らによる研究によって, Fig.
Tholen の分類
それらのスペクトルは G, B, C, F 型に似て
いるので,G, C, B, F 型全てがある程度熱変成を受けているとも考えられるようになった.
M, T 型も,右上がりである他は特徴に乏しいスペクトルを示す.M 型は,所々に見られる浅
い吸収を除けば鉄隕石の粉に似ていて,それらしい高いレーダー反射率を示すものもある.し
かし,M 型小惑星の中から含水鉱物の吸収をスペクトルに示すものが報告されていることから,
その指摘には疑問も多い.T 型は鉄隕石とトロイライトのスペクトルの中間的なスペクトルを
示すので,非常にトロイライトに富む鉄隕石があったら,T 型のスペクトルを示すと思われる.
P 型と D 型は非常に暗い右上がりのスペクトルを示すことから,これらの表面物質は有機物を
多く含むと考えられている.隕石には P, D 型に対応するものがなかったので,惑星間塵にはそ
れらに近いものがあると考えられていた。しかし,最近 Hiroi らによってタギシュレイクとい
う新種の隕石(CT2 コンドライトという名称が示唆されている)の反射スペクトルが測られ,
それが D 型小惑星に非常に似ていることが明らかになった。今後 P 型に対応する隕石も見つか
る可能性もある。
S 型と K 型のスペクトルは珪酸塩の特徴的な吸収帯を示し,0.3 から 0.7 nm にかけてスムー
ズに上がっていくのが特徴的である.K 型は 1 mmnm 付近にカンラン石の浅い吸収帯を示し,
79
CV3 コンドライトに似ているが,明るさが少し異なる.S 型は 7 つに細分されていて,カンラ
ン石に富む S(I)から低 Ca 輝石に富む S(VII)までとバラエティが大きく,少なくとも石鉄隕石な
どの分化した隕石がこの S 型に含まれるはずである.
S 型の中でも S(IV)は,普通コンドライト(H,L,LL)に最も鉱物組成が似ていることが Gaffey
らに指摘されている.しかしながら,上述の右上がりの紫外・可視スペクトルは,どの普通コ
ンドライトにも見られないもので,それは金属鉄が多いためであるとか宇宙風化作用の影響で
はないかとも考えられている.ここには示していないが,スペクトルが普通コンドライトに似
たその他のものとしては Q 型という小さな小惑星が幾つか見つかっているだけである.
E, R, V, A 型は,珪酸塩の特徴を特に強く示しているものである.E 型は 0.9 nm と 1.8 nm に浅
い吸収帯を示すが,それらは鉄含有量の非常に少ないエンスタタイトの特徴であり,オーブラ
イト隕石に似た物質かもしれないが実際にスペクトルが良く合った例はない.1.25 nm 付近の
浅い吸収は,斜長石の特徴とも考えられる.A 型はほぼカンラン石のみの吸収帯を示し,カン
ラン石に富むエコンドライトか石鉄隕石のパラサイトに似た物質と考えられている.R 型は,
輝石による 2 nm 付近の吸収が E 型より深くて長波長よりなので,鉄の含有量が E 型よりも多
い輝石を持つはずである.0.9 nm から 1.3 nm あたりに広がった吸収帯はカンラン石がかなり入
っているためと思われる.
V 型は R 型に似ているが,0.3 から 0.7 nm のスペクトルの形が S, R, A 型とは違って角ばって
いる.そのことと,輝石の強い吸収(1 nm と 2 nm)と斜長石の吸収(1.25 nm)を示すことから,V
型は水を含まない玄武岩質物質と考えられており,隕石の中では HED 隕石がそれに最も近い
ことが McCord らによって 30 年も前に知られていた.実際にある種のハワルダイトを細かい粉
末にしてスペクトルを測定すると,ほぼ完全に V 型のベスタのスペクトルと一致する.このこ
とから,ベスタの表面には細かいハワルダイトのようなレゴリスが存在すると思われている.
また,ベスタの軌道の周りと,そこから木星との 3:1 の周期同調点(Kirkwood Gap)へ延びたあた
りに,最近多くの小さな V 型小惑星が見つかっているが,それらはベスタから飛び出した物質
であり,3:1 Kirkwood Gap を経て地球に HED 隕石として降って来つつあるものではないかと考
えられている.しかし,HED 隕石の母天体のマントルや中心核であったと思われる物質が石鉄
隕石や鉄隕石の中に見つかっていることから,HED 隕石はベスタではなく既に破壊されてしま
った小惑星から来たとも考えられている.
小惑星と隕石を対応させる際の問題点
現在わかっている小惑星と隕石などの対応を図 2 にまとめた.この図からわかるように,未
だどの小惑星から来たのかわかっていない隕石
や,対応する隕石が見つかっていない小惑星が
ある.また,隕石は小惑星の部分集合であるな
らば,隕石としてやって来ていない小惑星物質
があっても当然であり,また強度が小さいため
に大気圏突入の際に気化したりダストになって
しまって隕石として生き残らない小惑星物質も
ある可能性がある.小惑星帯の太陽から遠い部
分に多い G,B,F,C 型の小惑星に対応する炭
素質隕石があまり隕石として多く降ってこない
という問題も,
そこに原因があるかもしれない.
また前述したように,非常に豊富な S 型小惑星
にスペクトルが似た隕石はあまりなく,最も豊 Fig. 小惑星タイプと隕石タイプの関係
富な隕石である普通コンドライトに対応するか
80
もしれない小惑星は小さいものが幾つか見つかったのみである.その理由として最も有力なの
は,小惑星表面のレゴリスが宇宙風化作用によって変化して,その内部の物質とは異なったス
ペクトルを示しているかも知れないということである.探査衛星ガリレオが最近測定した S 型
小惑星ガスプラとアイダとその衛星ダクティルのスペクトルを見ると,古い表面ほど S 型に特
徴的な紫外・可視スペクトルを強く示していることが分かり,それが宇宙風化作用によるもの
とも考えられている.また東大の佐々木研究室ではパルスレーザーを使って小惑星の宇宙風化
を再現することに成功しているが,その研究はまだ非常に限られた種類の鉱物と隕石を扱った
ものであり,宇宙風化度も多くの S 型小惑星よりも低い程度にしか達成されていない.
また,小惑星表面での衝突・レゴリス形成の物理現象が,地球上で隕石を砕くのとどう違う
のかがはっきりわかっていないことである.小惑星表面のレゴリスの粒度や上記の宇宙風化度
が良くわかっていないし,真空中ではあるがどの程度還元的環境なのか,温度はどれくらいで
あるのか,金属成分はレゴリスになっているのか,などがそういう問題の一部である.
各小惑星タイプ別の課題
C 型の問題
C 型スペクトルを示す小惑星の表面物質は,層状珪酸塩鉱物(粘土鉱物)や有機物質を多く
含むと推定されている。それらは,CM あるいは CI コンドライトのような水質変成作用を強く
受けてかつ有機物を含む隕石に類似の物質であるといわれている。このように C 型の小惑星と
いっても、おそらく表面の物質は CM コンドライトと同様の物質から成るもの、CI コンドライ
トと同様な物質から成るもの、あるいは層状珪酸塩を多く含む微隕石(CM コンドライト類似
のものと CI コンドライト類似のものがあるが、どちらも隕石とは違う鉱物組み合わせを持つ)
と同様な物質から成るものなどがあると考えられる。まずはひとつの水質変成作用を強く受け
た小惑星の表面物質をサンプリングして、その表面物質がいずれの隕石や微隕石に似たもので
あるかを確定することは重要である。
CM コンドライトの場合、水質変成作用の程度が弱いものから強いものまで様々な物が存在
している。これは元々存在していた無水鉱物が水と反応した際の温度が低いものから比較的高
いものまであった可能性があることを示唆している。また、ほとんど全ての CM コンドライト
は水質変成の程度の異なるクラストを含む regolith breccia である。これらのことから CM コン
ドライト母天体は水質変成作用の程度のことなった部分を持ち、その表面には水質変成作用の
程度の異なる物質が regolith gardening により混在していると考えられる。これは一つのサンプ
ルから表面付近のいろいろなところの物質のサンプリングを一つのサンプルで出来ることを意
味する。この際には、サンプリングを行う前に一つの小惑星表面の詳細な地形観察と反射スペ
クトル測定を行うことで、小惑星表面のどのようなところからもたらされたクラストがサンプ
ル中に入っているのか推定することが出来るであろう。さらに、もし小惑星の比較的深いとこ
ろが露出している場所があれば、水質変成作用過程のより進んだ物質について試料をサンプリ
ングすることも出来ると考えられる。
また、より温度が上がったためにいったん形成された層状珪酸塩鉱物が脱水分解している
CM コンドライトまで見出されている。こうした隕石もひとつの CM コンドライト母天体であ
る小惑星からもたらされたのかどうかということや水質変成・熱変成過程の関係も、小惑星表
面の詳細な地形観察と反射スペクトル測定を行いサンプリングをすることで推定することが出
来るかも知れない。熱変成作用を受けたのではないかと考えられる炭素質コンドライトに似た
スペクトルを与える小惑星は、B、F、G 型であるといわれている。しかし、小惑星表面の一部
に熱変成作用を受けた部分が露出しており、
更に水質変成作用を受けた部分と regolith gardening
を受けていれば、全体としては C 型のスペクトルを与える可能性もあるのではないだろうか?
このように、できれば複数箇所のサンプリングが出来ると、小天体における水質変成・熱変成
81
過程といった進化過程により大きな貢献が出来ると期待される。
S 型の問題
S 型スペクトルを示す小惑星の表面物質は,低 Ca 輝石,かんらん石,鉄ニッケル金属,さら
には少量のスピネルからなると推定されている。これらの鉱物を含む隕石はいろいろ考えられ
る。スペクトルの形が似たパターンを示す隕石としては,アカプルコアイト,ロドラナイトと
いったプリミティブ・エコンドライト,あるいは鉄ニッケル金属を多く含むと考えて石鉄隕石
であるパラサイト,あるいは普通コンドライトの regolith breccia,さらにはユレイライトがあげ
られる。このようにコンドライト、エコンドライト、石鉄隕石といった成因の全く異なる隕石
がこのスペクトルタイプには対応させられている。このため、ひとつの S 型小惑星の表面物質
をサンプリングしたとしてもそれが S 型小惑星一般に適用できる結果であるという保証はない。
どのような天体であるかという点で興味深いが、S 型小惑星からのサンプルリターンによって
もたらされることの意義を明瞭にすることは難しい。あえていえば、普通コンドライトの
regolith breccia である場合は、普通コンドライトの母天体の構造や熱変成といった進化過程につ
いての知見が得られると考えられる。また、プリミティブ・エコンドライトやユレイライトの
ような火成岩的性質を持つが単なる火成岩ではない隕石と似た物質からなる小惑星である場合
は、どのような過程によってこうした隕石が形成されたのかということは表面の詳細な観察と
スペクトル測定と組み合わせることで理解される可能性があるだろう。また、パラサイトの場
合、本当に小惑星の CMB 付近の物質であるのかということが分かるであろうから、パラサイ
トの成因を明らかに出来る可能性がある。
V 型の問題
V 型スペクトルを示す小惑星の表面物質は,低 Ca 輝石,斜長石,かんらん石を多く含むと
考えられている。これらの鉱物組み合わせを持つ隕石で最も多いものは玄武岩質エコンドライ
トのユークライトである。ユークライト、ダイオジェナイト、ホワルダイト(HED 隕石)は一
つの母天体の異なる深さで形成された火成岩とその breccia であると考えられている。V 型小惑
星の場合は特に、その表面の地形とスペクトルの詳細な観察を行い、複数箇所からのサンプル
回収を行うことで、HED 隕石の母天体モデルの妥当性や、小惑星でマグマオーシャンが存在し
たかということを判断する情報が得られると考えられる。
Q 型の問題
Q 型スペクトルを示す小惑星の表面物質は,かんらん石,低 Ca 輝石,鉄ニッケル金属であ
る。スペクトルの形が最も合うのは普通コンドライトである。普通コンドライトには様々な程
度の熱変成作用を受けたものが存在する。それを説明するのには、オニオンシェルモデルが古
くから採用されてきた。十数年前よりラブルパイルモデルというモデルも提唱されているが、
こうしたモデルの妥当性について、さらには熱変成過程について、表面地形とスペクトルの詳
細な観察を行い、複数箇所からのサンプル回収を行うことで、重要な情報を得ることが出来る
と考えられる。
M 型の問題
M 型スペクトルを示す小惑星の表面物質は,鉄ニッケル金属と少量の鉄に乏しい低 Ca 輝石
であるエンスタタイトからなると推定されている。
スペクトルが最も近いものは鉄隕石である。
エンスタタイトコンドライトの可能性もある。鉄隕石といっても、大規模な溶融の結果出来た
と考えられる IIIAB や大規模な分化を経験していない IAB といったさまざまなグループが存在
する。M 型小惑星が鉄隕石類似の物質から出来ているとしても、鉄隕石のうち大規模な溶融と
82
分化によって出来たグループに類似の物質から出来ているのかどうかということがまず問題と
なる。サンプルをどのように回収するか一番難しいのが、M 型であるだろう。また、少しの試
料で分かることが最も少ないのが M 型である。M 型はサンプル回収もさることながら、いろ
いろな地球物理学的計測(地震波を使った内部構造の推定など)が重要であると思われる。
D 型の問題
D 型スペクトルを示す小惑星の表面物質は,有機物,層状珪酸塩,
(と恐らく氷)であると推
定されている。こうした物質に似たものは CM や CI コンドライトに有機物(と恐らく氷)を
加えたようなものであると考えられる。既知の隕石にはこのような物質は見いだされていない
が,
惑星間塵にはこうした物質と類似したものが存在する
(スメクタイトにとむ含水惑星間塵)
。
このような天体には原始太陽系星雲で形成されたダストやプレソーラーのダストが変質せずに
生き残っている可能性が大きい。原始太陽系星雲での隕石母天体形成以前に存在していたダス
トを研究できる可能性があり、より初期の原始太陽系星雲についての情報を得ることが出来る
可能性がある。また、変質せずに残っているダストとスターダスト計画で回収されるであろう
彗星の核の物質との比較を行うことで、原始太陽系星雲での物質の移動についても議論できる
かも知れない。
E 型の問題
E 型スペクトルを示す小惑星の表面物質は,エンスタタイトと鉄ニッケル金属が主要なもの
であると推定されている。スペクトルの形が最も良くあうのはエンスタタイトエコンドライト
であるオーブライトやエンスタタイトコンドライトである。エンスタタイトコンドライトも普
通コンドライトの場合と似て、いろいろな程度の熱変成作用を受けた隕石が存在する。また、
母天体が異なっている可能性のある EH と EL という 2 種類の化学的グループが存在する。こ
れらのどちらの天体であるにしても、母天体における変成作用の過程について情報を得ること
が出来ると考えられる。また、オーブライトはエンスタタイトコンドライト類似の物質が
1500℃程度の高温で溶融・分化した隕石である。どのようにしてそのような高温の化成作用が
生じ得たかは興味深い。もしオーブライトの母天体が目標天体であった場合は、どのような火
成作用が生じていたかということについて情報が得られると思われる。
まとめ
以上のような問題がいまだに多くあるので,今後よりいっそうの望遠鏡での小惑星の反射ス
ペクトル観測や探査衛星による調査ならびにサンプル回収がこの分野に貢献するところは大き
いと思われる.特に,近地球小惑星には多くの異なった型のものが分布しており,地球に隕石
として落下してくる確率も,探査衛星が試料を取ってこれる確率も大きく,絶好の研究対象で
あると考えられる.
83
Table 2-2-i
隕石の分類表
鉄隕石 Iron
石 鉄 隕
Stony-Iron
アタキサイト Ataxite
ヘキサヒドライト Hexahedrite
オクタヒドライト Octahedrite
石 パラサイト Pallasite
メソシデライト Mesosiderite
シュタインバッハ Steinbach など
エ コン ドライト HED 隕石 HED Meteorite
Achondrite
火星隕石 Mars Meteorite
月隕石 Lunar Meteorite
オーブライト Aubrite
ユレイライト Ureilite
アングライト Angrite
始原的エコンドライト
Primitive Achondrite
ホワルダイト Howardite
ユークライト Eucrite
ダイオジェナイト Diogenite
シャーゴッタイト Shergottite
ナクライト Nakhlite
シャシナイト Chassignite
オルソパイロクシナイト Orthopyroxenite*
ロドラナイト Lodranite
アカプルコアイト Acapulcoite
ブラチナイト Brachinite
ウィノナイト Winonite
EH
(3-6)
コ ン ド ラ イ ト エンスタタイトコンドライト
EL
(3-6)
Chondrite
Enstatite Chondrite
H (3-7)
普通コンドライト
L (3-7)
Ordinary Chondrite
LL (3-7)
CB3
炭素質コンドライト
CH3
Carbonaceous Chondrite
CK (4-6)
CV3
CO3
CR2
CM (1-2)
CI1
R コンドライト R Chondrite (3-6)
K コンドライト K Chondrite (3)
84
2.3. Post MUSES-C で目指す探査案の意義
小惑星研究:分析/観測/探査
ところで、小惑星研究における探査の役割とは何か?人類は、すでに数万個の隕石・宇宙塵
試料を実験室に収集、記載している。また小惑星の博物学が拠るデータは、地上観測による反
射スペクトル型の分類であり、昨今、スペースガード活動の奨励により、NEOやEKBO探索の
地上観測が活況を呈しており、カタログ化される小天体天体データは10万個近くまで急増して
いる。これら全てに探査機を飛ばすことは非現実的であるため、小天体の分類・統計学的理解
は基本的に、豊富なデータベースを持つ「分析」と「観測」という二つの研究手法で達成され
る。
しかしながら、母天体が明らかな隕石・宇宙塵試料は、月、火星、ベスタを除けば、ほぼ皆
無である。一方、小惑星の分光パターンは、天体表面の組成、地形、サイズ分布、粒形、宇宙
風化などに大きく依存している。そこで、これら分析、観測の欠点を補うデータを取得し、両
者の「橋渡し」を行うことが、探査ならではの貢献である。つまり、これからの小惑星探査機
は、最低3つのスーパークラス(Primitive, Metamorphic, Igneous)、あるいはTholenによるせいぜい1
ダースあまりに分類される主要なスペクトル型(D,P,C/K,T,B+G+F, Q, V,R,S,A,
M,Eなど)の小惑星それぞれの代表例を訪れてサンプルを持ち帰り、隕石・宇宙塵試料や地上
観測との対応を着け、
「小惑星の博物学」を早期に決着させることが最重要課題の一つである。
次期小天体探査ミッションの最重要科学目標
上記のような検討から、21世紀初頭の日本の小天体探査における最重要科学目標は、以下の
二つに集約された。
(1)小惑星博物学の早期決着
(地上分光観測と隕石・宇宙塵データベースの統計的相関の橋渡し)
(2)分化・未分化小惑星の表面・内部構造探査
(母天体の衝突履歴・熱的進化の履歴解明に向けて)
では、MUSES-Cで培った技術を最大限利用しながらも、短期間のサンプルリターンで、複数
の小惑星訪問を実現できる軌道計画や国際協力が重要になる。
(2)では、母天体の内部構造を
理解するための同一族中でも特にスペクトル型や大きさ、自転周期、自転軸、軌道要素などが
多様な複数小惑星からのサンプルリターンやベスタの巨大クレータを踏破して露岩に分化した
地層を探すローバなど、または現天体の内部構造を調べるための弾性波、レーダーサウンダー
などの小惑星への応用など、比較的新しい技術が求められる。
そこで以下では、
(1)には「スペクトル既知NEOマルチランデブー&サンプルリターン(で
きればM型とCAT天体候補含む)+着陸機(又はローバ)+HERAミッションとの国際連携」を、
(2)には「複数スペクトル型小惑星族マルチフライバイ&サンプルリターン+編隊飛行技術」
をレファレンスミッション案として取り上げる。なお表3は、MUSES-C同様のタッチ&ゴー型
インパクト式サンプルリターンを成立させるための候補天体のパラメータである。スペクトル
既知NEOサンプルリターンの候補天体については、厳密にはこれらの条件を満たす必要がある
が、今回の検討は主に小惑星の持つ科学的価値と軌道条件から求めていることに注意されたい。
85
Table 1-6- a ミッションを成立させるために考慮すべき、多数回小惑星サンプルリターンミッ
ションの各パラメータ
パラメータ
1.地球出発余剰速度(エネルギー)
2.小惑星ランデブー時の相対速度
3.小惑星出発(相対)速度
4.地球帰還時の無限遠速度
5.ミッション時のsolar elongation 角
6.
(低)推力加速時の solar elongation 角
7.小惑星到着・出発時の太陽距離
8.地球出発時の漸近線の赤緯
9.推力加速度 または増速量
10.地球帰還時の進入漸近線赤緯
11.ミッション期間
12.対象小惑星の絶対等級または大きさ
13.対象の打ち上げ前の地上観測性
14.電気推進機関の運転時間
15.ミッション期の SPE 角
16.電気推進による増速方向
制約条件
<~5 km/s
<~1 km/s
<~1 km/s
<~5 km/s
>~12 deg
>~12 deg
~ 1 AU 距離に2乗で推進性能が劣化する
~-25~-27 deg, 直接投入の可否
~5~15 m/sec / day , ~4m/sec/day @1AU in
MUSES-C
カプセル回収地域(南・北半球)
~ 3 months
< 20等級または~1km ,ONC性能、 target marker
との整合性
自転周期 >~5hr, 分光・アルべド測定によるス
ペクトル型同定
<~18 khr in MUSES-C
<~45 deg?
SPDv 角=95 deg (PE<2AU), EPDv 角=95 deg
(PE>2AU)
86
2.3.1. ファミリー探査
ミッション概要
ファミリー探査ミッションは、
(A)
(B)
(C)
(D)
(E)
メインベルト小惑星族の起源と進化過程の解明
惑星系の進化過程における普遍的な現象である衝突破壊の物理的素過程の実証
原始太陽系での衝突破壊の時期、エネルギーの推定、再凝集などの履歴の復元
すでに失われた原始惑星の内部構造(分化レベル)の直接探査
地上観測による小惑星のスペクトル型と実際の表面物質や隕石・宇宙塵試料との相関
をその目的とする探査計画である。対象として考えられるファミリーはいくつか存在するが、
ここではコロニス族に関する検討結果を紹介する。
2000 年代後半あるいは 2010 年代初頭に、100-250kg 程度の科学機器およびサンプリング装
置を搭載した、1t 強の化学推進探査機を H2A ロケットで打ち上げる(重量見積もり等、詳細
は工学の章を参照)
。ミッション期間は 3〜6 年。この間にコロニス族に属する小惑星のみ(過
去にデータが取得されたイダとその衛星を含む)3〜5 個へフライバイして、測光・多波長分光
観測、重力測定、周辺ダストバンドの検出・組成分析などを行う。また各小惑星への再接近前
に自律航法機能を持つ「弾丸」子機を放出し、近接撮像を行いながら標的の小惑星へ子機を超
高速衝突させ、放出された表面試料を極低密度素材の大型捕集器で採集させ、地球帰還カプセ
ルによって地上回収を行う。以上がミッションの概略である。
現在までの知見
80 年前に平山清次がその存在を確認して以来、似た軌道要素を持つメインベルト小惑星の一
群(
「族」と呼ぶ)は、原始太陽系の初期にできた原始惑星が衝突破壊してできたと考える説が
有力である。太陽系の外縁でできた volatile な原始惑星の残滓はカイパーベルト天体として観
測できるが、内惑星領域の refractory な原始惑星の姿は、もはやメインベルト族小惑星の形で
しか直接調査できない。現在数十種類の族が分類されているが、
「侵入者」が混じっていない、
明瞭に同一起源だと言えそうな族は、コロニス、イオス、テミス族ら「三大ファミリー」を含
めた 2〜3 割である。その中で軌道工学的に最もサンプルリターンが容易で、かつ 150 個以上
の豊富な候補天体を持つのはコロニス族である。
コロニス族最大級の小惑星イダと衛星ダクティルは、すでにガリレオ探査機のフライバイに
よって、半球分の形状と分光データが得られている。S 型ながら普通コンドライトに似ており、
あまり変成していない始原物質のようである。これは NEAR 探査機による S 型小惑星エロスの
分光結果とも矛盾しない。地上観測によると、同じ S 型ながら同族内では、軌道要素が違うと
(=母天体内の存在位置が異なると)分光特性も異なる傾向がある。これは、約 100km 程度の
母天体がわずかでも熱的分化をしていた可能性を示唆している。
族小惑星の軌道要素や自転速度、
自転軸の傾きなどの力学情報は、
衝突履歴と関連している。
直径 50km 級のイダは勿論、最近では 10km 程度の小惑星でも、表面にレゴリス層が形成され
ることが分かってきた。レゴリス層の粒径分布や厚さは、衝突フラックスや小惑星のバルク密
度に関する重要な情報である。
三大ファミリーやマリア族などからは、黄道光の起源となる宇宙塵の多くが放出され、軌道
に沿ってトーラス上に分布していることが観測で確認されている。しかし太陽系内惑星領域に
おける小惑星塵と彗星塵の比率に関する議論は、まだ決着していない。
87
解決すべき科学的課題(謎)
以下の 4 点が挙げられる。
(A) 小惑星族の起源は、本当に単一の原始惑星か
(B) 100km 程度の原始惑星の内部はどの程度、熱的分化を経験したか?また、それが各族小
惑星の組成や物性に、どれほどの影響を残しているか?
(C) 太陽系初期における衝突破壊・再凝集の実態とは、どのようなものだったか?原始太陽系
の外縁と内惑星領域では、原始惑星の生成にはどのような質的違いがあったか?(カイパ
ーベルト天体、系外惑星系の観測結果との比較)
(D) 太陽系における宇宙塵の起源に対する小惑星の貢献度はどの程度か?
本ミッションで得られる予想成果
以下の 5 点が挙げられる。
(A)
(B)
(C)
(D)
(E)
小惑星族の起源の決着
原始惑星の内部構造の解明、或いは熱的分化の程度とサイズの相関に対する制約
太陽系初期の衝突破壊・再凝集の物理・化学的素過程の定量的理解、年代の決定
同一スペクトル型におけるサブクラスの原因の解明(母天体内の分化と宇宙風化作用)
同一族小惑星における、サイズ、形状、表面組成、
88
2.3.2. NEO 探査
近地球型小惑星は地球軌道付近に存在する小惑星の総称で、地球に衝突する危険性があるこ
となどから注目されている天体である。近年この近地球型小惑星のサーベイ観測用望遠鏡が複
数立ち上がったおかげでここ数年での発見数は倍増し現在では 1000 個近くの軌道が求められ
ている。また近地球型小惑星はメインベルトの小惑星に比べて探査機を送りこみやすい天体で
もあり、現在アメリカのニア・シューメーカー探査機が探査している小惑星エロスも、宇宙科
学研究所が 2002 年に打ち上げてサンプルリターンを予定している 1998SF36 という小惑星もと
もに近地球型小惑星である。
MUSES-C 計画では小惑星からの表面物質を地球に持ち帰って分析できることになり、隕石
との対応づけもされることになるであろう。ただし、小惑星には様々なスペクトルタイプのも
のがあり、それぞれのタイプがどのような表面物質でできているのかや隕石との対応付けは一
回のサンプルリターンでは解決しない。そのため、次の探査計画では 1998SF36 とは違う複数
のスペクトルタイプの小惑星からのサンプルリターンが望まれることになると考えられる。つ
まりスペクトルタイプがわかっていて、かつ探査機が行きやすい小惑星を選び、スペクトルタ
イプの重複がないよう選ばれた複数の小惑星からのサンプルリターンを行うことが必要である.
幸い近地球型小惑星には様々なスペクトルタイプの小惑星が存在することがわかっている。現
在の近地球型小惑星の観測はサーベイ観測による位置観測が中心で、小惑星の軌道を求めるこ
とに集中しており、小惑星の物理観測を通して小惑星の実態に迫る観測データは少なく、小惑
星の物質的な情報を持っているスペクトルタイプを決めるような観測データがあるのは、全体
の 10%にも満たないが、それでも今回示すようないくつかのミッション案が策定できている。
今後地上観測でさらなる近地球型小惑星の発見とスペクトルタイプを決める観測が進めば、近
地球型小惑星のスペクトルタイプのデータベースが蓄積され、より魅力ある自由度の高いミッ
ション策定が可能になる。
近地球型小惑星であれば、1 つの探査機で複数の小惑星に立ち寄り小惑星のサンプルをも持
ちかえることや、打ち上げから地球へのサンプル持ちかえりまでの期間を短くすることも可能
である。
このような探査の実施により、複数のスペクトルタイプの小惑星からのサンプルリターンが
実施されれば、これまで反射スペクトルの比較で間接的にしか議論できなかった隕石と小惑星
の関係を、スペクトルタイプが既知の小惑星からのサンプルを実際に分析することで決着をつ
けることができる。さらには地上観測で良くわかってきている主小惑星帯におけるスペクトル
タイプの存在分布データと合わせて小惑星全体の物質分布を明らかにすることが可能になる。
89
3. 理学機器開発
統合 2 案には多くの共通した観測機器が提案されている。それらは、基本的には MUSES-C
やのぞみなど、既存の探査機に搭載されたものをベースに出来るが、各科学目標を達成するた
めに必要な精度や仕様、バス側へのスペック・運用要求などによっては、同じ機能のものをア
ップグレードする必要がでてくる。
MUSES-C ベースの機器:サンプル採取装置、可視多色カメラ、近赤外分光撮像装置、蛍光X
線スペクトロメータ、レーザー高度計、小型ランダまたはローバ
MUSES-C 以外の探査機ベースの機器、または新規開発の機器:熱赤外カメラまたは放射温度
計、可視分光カメラ(AOTF)、分光マクロカメラ、磁力計、ガンマ線スペクトロ
メータ、衝突微粒子組成分析器(TOF)など
小惑星表面でのその場計測には、MUSES-C ミネルバローバの搭載機器(可視ステレオカメラ、
温度計、可視多色カメラ)の他にも、小型光学顕微鏡、AXS、TOF 型質量分析器による元素分
析、小型重力計などが考えられるが、持ち帰る試料に関する予備データや補完的な情報(表面
微細構造、深さ方向の内部構造、温度変化など)を集める装置に優先度が置かれるべきだろう。
母船搭載の地形カメラについては、分光で作成した図は地形とは必ずしも一致しないので、地
質図(地形図)を作成するには,表面のきめが細かく見える解像度が必要である。それには航
法用カメラを流用するのではなく、科学観測専用カメラが好ましい。特に NEAR シューメーカ
ー探査機がエロス表面に軟着陸した際に撮像した、分解能数 cm の光学画像で、従来考えられ
ていた以上の数の瓦礫(boulders)と、細粒のレゴリスが埋めたと思われるクレータ地形などが
発見された。それらの生成機構を解明するには、さらに高分解能の近接画像で、個々のレゴリ
ス粒子の粒系分布や形状、瓦礫表面の結晶構造や宇宙風化作用の程度まで評価できることが好
ましい。
ファミリーミッションのようなフライバイ観測での分光装置は、マルチバンドフィルターだ
とホイールを回転させるのに時間がかかって位相角や見かけの大きさが変わるため、AOTF(音
響光学素子)や LCTF(液晶フィルター)といった、連続分光観測装置の導入を検討する価値
はある。それらは、スペクトル型が異なる複数の NEO への探査でも、機構部や重量を減らし
つつ、最適波長で観測できる点も有利である。ただし現在の技術
では、光学系を大幅に明るくしないと要求仕様に耐えない。
また、探査天体の内部構造やバルク密度、引っ張り強度などを実
測することは、その天体の成り立ちやその後の熱的履歴を推定す
る上で重要である。MUSES-C は表層わずか 1cm 程度の部分を層
序関係を崩して持ち帰るが、銀河宇宙線と太陽宇宙線の影響を分
離したり、ガーデニングや宇宙風化作用を受けてない「ベッドロ
ック」層(C 型なら、ここにコンドリュールを保持した岩盤層が
ある?)の構造を理解しようとすると、数十 cm から数 m もの垂
直深度から出てきた試料を調べる必要がある(図 2)
。
幸い、エロスでは最大数 10m から数十 cm までの瓦礫が表面に
散乱している様が確認されている。そこで、知りたい深さと同程
度の大きさを持つ瓦礫を使えば、その中ほどから MUSES-C 型の
インパクトサンプリングでも深部物質の試料を採取することはで
きそうである。さもないと、Rosetta が彗星核で予定しているコア
ボーリングなどを行う必要がある。しかし微小重力下で、しかも
90
Fig. 2
小惑星内模式図
レゴリスに埋もれたような場所で探査機が自らを錨で支えることは、工学的に容易ではない。
さらに深い構造は、レーダーサウンダーや地震計による計測の可能性も考えられるが、地質の
境界面をもたない未分化天体や、空隙率の高い rubble pile 構造の場合、そうした技術の通常の
転用は難しいので、さらなる工夫が必要である。
3.1. 望遠カメラ
はじめに
この節では、カメラに望遠光学系を搭載することの長所・短所を考える。
これまでの惑星探査機のなかには、カメラとして広角と望遠の二種類を備えた例が複数存在す
る。ランデブー・タッチダウン型ミッションであるMUSES-Cの場合、理学観測用カメラは1種
類(AMICA)であり、角度分解能は96 [μrad]であった。しかし、ミッションの形態によっては、
望遠/広角の二種類の光学系が必要となる可能性がある。
長所
望遠光学系を搭載する長所は以下の2点である。
高い空間分解能
望遠で得られる高い空間分解能は、天体表面地形のディテールを知る上で重要である。より
小さなクレータまで分解できるため、分光カメラの場合には、宇宙風化の進行していない物質
の分光データを取得できる可能性が高くなる。
NEAR シューメーカー探査機が小惑星Mathilde にフライバイした際、その最接近距離は1,212
kmであった。この距離の計画に際しては、天体重力で探査機の予定軌道を大幅にずらさないこ
とも考慮されていた[1]。ここで、フライバイ探査の場合について、NEARの例と同程度の引力
を受ける距離まで接近すると仮定して観
測の空間分解能を見積もる。Mathilde の
角度分解能理論限界
平均直径が約53km なので天体直径10
km の場合に換算すると最接近時距離は
波長0.5μm
100
波長1.0μm
約100 km に相当する。角度分解能100 μ
波長2.0μm
radのカメラで観測すると、得られる最高
の空間分解能は10 m である。
20 μrad で
観測できれば2 m に向上する。
口径φの望遠鏡で分解できる角度の理論
10
的限界εは以下の式で表される[2]。
ε=1.22 [rad] × λ / φ
ただし、λは観測する光の波長[m]であり、
φは望遠鏡の有効径[m]である。参考とし
1
て、観測波長を0.5、1.0、2.0μmとした場
1
10
100
合の、口径と理論分解能の関係を図に示
口径 [cm]
す。実際の口径を決める際には光量も考
える必要があるため、この値は最小値で Fig.
口径と理論分解能の関係
ある。
遠方からの観測が可能
より遠方から観測できれば、最接近時までの時間的余裕が多く取れる。このことは短時間で
通り過ぎるフライバイ探査の場合に特に重要である。フライバイ時の観測可能時間についてこ
こで簡単な見積もりを行う。便宜的に、直径D[km]の天体を5ピクセル以上に見える距離を撮像
限界距離L[km]とする。距離Lから最接近するまでの期間をT[sec]とする。観測時間全体は2Tと
91
なる。LとTとの関係は、おおよそ
L=D/(5×Δθ) ,
T=L/v
となる。ただし、Δθはカメラの角度分解能 、vは探査機の相対速度である。仮にD=10[km]、
v=8 [km/sec] 、Δθ=100 [μrad]とした場合、Lは20,000[km] であり、Tは2500 [sec](約40分)
となる。一方、角度分解能を5倍細かい20[μrad]にできれば、Tは5倍の12,500 [sec](約3時間半)
確保できる。
観測時間が長くなれば、画像データを何度もデータレコーダに退避させる時間がとれるため、
より多くのデータが取得できる。対象天体のなるべく多くの表層を観測するためには、観測時
間2Tを天体自転周期の半分以上は確保することが望まれる。なお、最接近までの時間的余裕
があれば、初期観測結果(位置・形状・自転軸・地質区分)に対する人間の判断を最接近時の
観測計画にフィードバックする可能性もわずかながら残る。ただし猶予が3時間半あっても全
部のコマンドを送り直すのは無理である。もしフィードバックを行うならば、
・予めいくつか計画を用意して、直前に選択し直せるようにする。
・ いくつかのパラメータだけを直前に差し替え可能にしておく。
・
など、設計当初からの対応が望まれる。
短所
望遠カメラを搭載する短所としては以下のようなことが考えられる。
精密なポインティングが必要
視野が狭くなるため、精密なポインティングが必要になる。また天体に接近した際には天体
の全体像を把握しにくい。おおよその天体形状や探査機との位置関係については、別の手段で
(あるいは予め)把握しなければならない。このため、カメラとして望遠のみ搭載というやり
方は考えにくく、広角カメラでカバーする必要がある。広角カメラは接近過程の航法用にも役
立つ。
重量の増加
観測機器の重量は最も大きな問題になりうる。広角と望遠の二種類を持てば、一種類の場合
に比べて当然重量が増える。また角度分解能を上げるには口径と焦点距離を大きくする必要が
あり、重量増につながる。具体的に達成可能な重量は今後工学的見地からの検討を要する。な
お、参考までに小天体探査を想定された分光カメラ(計画中のもの、実現に至らなかったもの
を含む)の例を、屈折式・反射式を問わず表に示しておく。
92
Table 探査機搭載分光カメラの性能実例
括弧内の数値は推定値。である MICAS の重量は複数の光学観測装置全体を合わせた数値。
探査機
カメラ名
重量
[kg]
口径
[cm]
f値
Stardust
Navi.Cam
?
5.7
3.5
角度
分解能
[μrad]
60.0
Clementine
UVVIS
0.4
4.6
1.96
254.5
MUSES-C
AMICA
1.7
2.4
5.0
97.0
NEAR
MSI
7.7
(4.9)
3.4
162
DS-1
MICAS
12.0
10.0
?
?
Rosetta
OSIRIS
広角
望遠
23
(2.5)
5.6
100
(8.8)
8
20
Galileo
SSI
29.7
17.7
8.5
10.2
Cassini
ISS広角
望遠
57.8
(5.7)
(19.0)
3.5
10.5
60.0
6.0
撮像対象
〈進行中or計画のみ〉
資料
Annefrank(フライバ
イ)、
〈Wild2彗星, フライ
バイ〉
月(周回)、
〈Geographos,
ランデブー〉
〈1989SF36、
ランデブー・着地〉
Mathilde (Flyby)
Eros (ランデブー・着地)
Braille(Flyby)
Borrelly彗星(Flyby)
<Otawara, フライバイ
>、
<Siwa, フライバイ>、
<Wirtanen彗星,ランデブ
ー・着地>
Ida (フライバイ)、
Gaspra (フライバイ)
木星衛星(フライバイ)
〈土星、タイタン〉
[3]
[4]
[5]
[6]
[7]
[8]
[9]
まとめ
以上の点を考慮すると、ミッションにおけるフライバイ観測の比率が大きくかつ重量に余裕
がある場合は、望遠と広角の2種類の光学系を搭載するのが望ましいといえる。角度分解能は例
えば各々20、100[μrad]ということが考えられる。一方、ミッションがランデブー主体になる場
合、または重量に余裕がない場合は、数10〜100[μrad]の分光カメラ一種類のみといった解とな
ろう。
(参考資料)
[1] Yeomans et al., Estimating the Mass of Asteroid 253 Mathilde from Tracking Data
During the NEAR Flyby, Science, 278, 2106-2109, 1997.
[2] 吉田正太郎「天文アマチュアのための望遠鏡光学・反射編」誠文堂新光社
[3] Stardust Homepage (JPL NASA), http://stardust.jpl.nasa.gov/
[4] Clementine Mission: NASA’s Information page (USGS)
http://wwwflag.wr.usgs.gov/USGSFlag/Space/clementine/nasaclem/clemhome.html
[5] NEAR Homepage (Johns Hopkins Univ. Applied Physics Lab.), http://near.jhuapl.edu/
[6] Deep Space 1 Homepage (JPL NASA), http://nmp.jpl.nasa.gov/ds1/
[7] Rosetta OSIRIS Homepage (Max Planck Institute, Germany),
http://www.linmpi.mpg.de/english/projekte/osiris/osiris.html
[8] Gailieo SSI Homepage (JPL NASA), http://www.jpl.nasa.gov/galileo/instruments/
ssi.html
[9] Cassini-Huygens Homepage (JPL NASA), http://saturn.jpl.nasa.gov/index.cfm
93
3.2. 地形カメラ
地形カメラとは固体表面地形を撮像する機器を指すが、その利用目的は多岐に渡る。光学航
法の観点から他のミッション機器を支援し、地質判読のために他機器成果を統合する中心的機
能も併せ持つ。汎用性が高いため、感度のダイナミックレンジさえ十分であれば、小惑星周囲
の衛星捜索やスタートラッカー代用、ダストによる散乱光観測にも転用できる。センサ種とそ
の運用の形式は様々あるが(2 次元検知器かプッシュブルーム 1 次元検知器か、画素のアスペ
クト比はいくらか、CCD か CMOS か、開口率ないし各画素有効立体角範囲や視野はどれくら
いか、機械シャッター・アンチブルーミング機構の有無など)
、いずれも輝度値のラスターデー
タを出力することに変わりはない。しかし、その後の地上データ処理での取扱と、目的毎に特
化した高次解析プロダクトにも言及しないと、どう活用するかの話を閉じることができない。
何の目的で如何なるプロダクトを作るか、
それが機器構成を考える上で欠かせない要素である。
そうした背景のため、まず出力プロダクトの生成手順とその利用方法をまとめて示す。それか
ら対象を勘案した最適なプロダクトとその生成方法・機器構成・運用方法を幾つか提案したい。
最も低次な画像プロダクトは電送されたそのままの DN ラスターデータで、ビットマップな
ど一般的フォーマットのファイルに落としたものである。これから較正(輝度値の物理量換算
や光学ひずみ較正)および幾何補正(投影・座標系変換)を施して、ある光源条件での輝度値
ないし反射率について集成したプロダクトを Digital Image Model (DIM)と呼ぶ。これは経緯座標
表現された二次元地図であり、最も利用頻度の高い成果物である。そのうち、測地基準点網
(controlled network、その各結節点を測地基準点 GCP [Ground Control Point]と呼ぶ)に準拠してい
ないものを Uncontrolled (Photo-) mosaic、準拠しているものを Controlled (Photo-) mosaic と呼んで
区別する。初めにできるのは前者で、主に First Look 時の運用で暫定地図として使われるが、
月 Clementine ベースマップのように球投影で途中まで合わせた Uncontrolled Photomosaic のまま
DIM 完成とされてしまう例もある。残念ながら天体表面座標での各画素の位置誤差を定量的に
与えられないため、これは Uncontrolled Photomosaic である。後者は、次に述べる DTM/DEM お
よび測地基準点網の完成を待って、同時に作られる。初めて訪れた天体の場合は、地形やアル
ベドの特徴を地標(ランドマーク)として命名する作業も並行させなければならない。命名規
約については IAU が定めており、
Greeley & Batson (1990) Planetary Mapping 等を参照のこと。
いずれも、他機器データを重ねて表現する背景としてその解釈を支援し、機器データ統合に基
づく総合地質判読の中心的役割を果たす。
DIM が完成した後、表面物質反射率の位相角依存性を表現する測光関数(Photometeric
Function)と、照射光源方向が精度良く与えられれば、輝度値から斜面勾配を与えることができ
る。あるいは、多眼カメラシステムが組まれていれば、視差情報から各画素の奥行き情報が得
られる。そうした画像情報に基づく比高分布を地域統合したプロダクトが Digital Terrain Model
(DTM)で、衛星周回軌道・重力場モデルないし測距計に基づく長波長地形モデルと結びつけて
標高に換算できたものを Digital Elevation Model (DEM)と呼ぶ。地球の場合は既に DEM が完成
しているのであまり意識されないが、初めて訪れた天体の場合は DIM および DTM、そして測
地基準点網を最初に作成しないといけない。不規則形状小天体の場合は、測地基準点網整備は
取得データを位置づけるための形状認識に直結する。
測地基準点網の精度を向上させるには、被覆枚数を増やすことよりその配置が重要である。
対象を一周する測量基線が引けて、それができるだけ大きい角度で交わる組が多いほど良い。
軌道に沿った測量基線であればなお良い。極軌道周回衛星であれば自転周期との差を用いて容
易に全球を掃けるが、赤道周回衛星の場合は全球を掃くためにジンバル機構による観測機器指
向制御が必要である。
更に、
不規則形状小天体から一定領域で探査機が遊弋するような場合は、
自転による走査が主となるため、必ず全球を視野に入れられるほど遠距離で、且つ自転軸を視
94
野に入れない配置を確保する運用が必要である。対象天体のいびつさに依存するが、ふつうは
経緯それぞれ 30 度から数度の刻みで撮像データを揃えることが最初の目標になる。
既に測地基準点網ができあがっている場合には、得られた画像データ中の基準点配置から探
査機の位置と姿勢・観測機器指向情報を算出することができる。この、各画素と天体経緯座標
とを結びつける作業を標定といい、標定して位置・姿勢の得ることを光学航法、それを探査機
運用にフィードバック制御させることを光学誘導という。光学航法は、ミッション終了後に軌
道解析ならびに検証のため行われる例もあり、リアルタイムフィードバックシステムである光
学誘導とは区別しないといけない。
DIM/DTM(DEM)が得られたら、地形・地質判読に代表される一定の情報抽出方法で、個々の
主題図を作成する。地質境界認識と識別による地質図(層序判定図)
、クレータの統計に基づく
各地質ユニット相対年代決定ないし衝突フラックス推定、マスムーブメント特徴(地滑りや流
路地形)に基づく標高勾配の分布、構造地形(正逆断層)に基づく古応力場復元、といったこ
とは既にルーチン化されている。しかし、自動化するにはまだ暗黙的要素が多く、重要かつ興
味深い地形や進化を解くカギになる地形の発見も事前に想定して計画が立てられない。A)形態、
B)肌理、C)模様の各地形識別要素について、熟練者のノウハウを取り込んで手動と自動との分
担をどう効率的に組み合わせるか、が鍵である。
地形識別要素
(A) 形態[morphological unit]
斜面で構成された、火山・クレータなどの地形単位を指す。
(B) 肌理(きめ)[texture]
分解能スケールで繰り返される A)の要素が唸りとして見えるもので、
砂丘やクレータイジェクタのハンモッキー構造などが挙げられる。
(C) 模様[pattern]
A)の組み合わせが情報抽出可能なパターンをなすもので、水源分布や
浸食強度を示す水系模様(密度・分岐フラクタル次元)はその好例。
不規則形状小天体については、C 型(Mathilde:炭素質コンドライトと推定)、D 型
(Phobos/Deimos:有機物+含水珪酸塩と推定)、S 型(Ida/Gaspra/Eros:普通コンドライト)が地形
の像を分解できるほど近くで撮像している。それらで確認されている地形識別要素とスケール
(Unit: 10^X m)を以下にまとめる。
(A) 形態
Own shape/Facets (2-6)
Primary Craters (0-5)
Crater-related Interior Units/Grooves/Landslides/Ejecta Blankets (0-4)
Boulders (0-2)
(B) 肌理
Roughness(0-4 の分解能スケールでいろいろ)
(C) 模様
Swirms of Grooves (3-4)
Swirms of Landslices (2-4)
以下に挙げた小惑星分類表はやや古いが、S 型は Eros の探査によって普通コンドライトと分
かり、始源的天体であることが分かった。ほぼ始源的天体と見て間違いなさそうな C・D 型と、
95
類似した始源的天体 KPQ、については、これらとノミナル観測距離を考量して、機器諸元要求
を固めて問題ないだろう。しかし、他に未知の変成的天体 BFG と火成的天体 AEMRV(隕鉄を
含む)があり、これらについては探査成果からの類推ができない。
以上の対象に関する条件と、データプロダクト生成手順から、機器諸元と運用に関する要求
が整理される。また、運用方針と直結するデータ処理系に関する要求もしくは制約条件も整理
される。
望遠鏡と検知器からなる光学系については、次の 5 項目にまとめられる。
α)角度分解能
運用から決まる距離が与えられると空間分解能に換算でき、要求が定まる。
β)
(光学ひずみが既知で、補正可能な)視野角
集成効率と、観測時に太陽等の妨害因子を視野に入れない運用制限から定まる。
γ)bit 分解能・ダイナミックレンジ・ゲインおよびデータ発生量
対象の明るさ変化の幅と応答感度特性、A/D 変換効率から定まるもの。
生成データ量抑制のための圧縮方法とデータ損失特性も含まれる。
δ)機器固有較正情報
暗電流・フラットフィールド・光学ひずみ・スメア。
ε)観測波長帯・分光/偏光の別
先の A-C と、初訪を前提として、これらを考えてみる。
はじめのα― γについて。1-10m 空間分解能が必要とするので、運用制約条件から定まる距
離に依存して角度分解能要求が決まる。測地基準点網の構築誤差を抑制するには、対象表面角
距離にして 15-数度刻みで撮像する運用が望ましい。自転による走査であれば、赤道をその刻
みで全球撮像することが初めの目標となるが、周回衛星であればより精密なネットワークを張
るためにフットプリントも数度以下の刻みで押さえてゆきたい。複数のカメラシステム、例え
ば望遠と広角がセットとなっている場合、両者のアラインメントを厳密に実測したものであれ
ば、分担が容易である。なお、一般的な画像フォーマットは1画素が 8bit のため、8bit 程度の
明るさ変動を収められる 10bit 以上の A/D 変換・ダイナミックレンジが理想的である。ゲイン・
応答感度特性の線形性もできるだけ良い方が較正処理しやすい。また、データ生成量を決める
要因として圧縮についても言及する。Photoclinometry の手順で輝度値から画素単位の地形勾配
が求める場合は、普通の JPEG ではブロックノイズなどの影響で測光関数が精度良く与えにく
い。空間分解能を落とした圧縮単位毎の直流成分だけ抽出できるようにするか、新しい
JPEG2000 を採用するか、DTM/DEM 作成・形状認識では非可逆圧縮画像をノミナルとするか、
である。多眼カメラシステムを組む場合でも、対応点抽出結果の相関値を悪くする主要因がブ
ロックノイズであるため、やはり JPEG2000 かその撮像時だけ非圧縮をノミナルとすべきであ
る。JPEG2000 は CPU 負荷が大きく且つ宇宙用として使われた実績はまだ無いようだが、圧縮
効率とノイズ特性がいずれも旧 JPEG より向上している。続いて、データ生成量とそれらの地
球電送能力とを鑑みて、データレコーダに長期間バッファリングする機能があると良い。機上
で運用判断する情報を抽出できるようにしておくと、すぐに全データを地球に電送しなくても
よく、通信条件の良い時にまとめてダウンリンクするという運用も可能になる。但し、対象と
そのアプローチ方法・衛星軌道がはっきりしない限り意味のある検討はしにくい。
続いてδについて。較正データについては対象到着前に取得して較正手順を確立することで
対応する。常識的な範囲に収まっていれば問題なく、むしろ遮光・迷光対策がしやすい簡易な
構造かどうかを重視した方が良いだろう。
96
εについては、ダイナミックレンジが稼げて、暗い地形まで撮像するのであれば、パンクロ
マチックカメラである方が良い。他機器との相乗り要請により、分光・偏光カメラの1バンド
として共通化できるが、吸収帯等の情報は地形認識にとっては擾乱因子であるため、それらの
分離が保証される構成でなければならない。
運用条件が固まっていないのでかなりの自由度が残っている。しかし、MUSES-C での開発
経験を生かすのであれば、アラインメントが実測された望遠カメラと広角カメラの2式とする
のが現実的だろう。多眼カメラシステムではないため、この場合 DTM 作成・形状認識におい
て Photoclinometry も適用される余地が大きい。そのため、圧縮方法や検知器・光学系の特性に
関する要求が厳しくなるセンスである。フィードバックが間に合うのであれば、MUSES-C で
の実績を踏まえて旧 JPEG の問題点なども検証することが望ましい。
また、他機器との協働観測を重視するのであれば、機器座標系間のアラインメントを実測す
ることが絶対に必要である。もしジンバル機構を採用する場合には、可能な限り協働観測機器
パッケージとしてまとめて1ジンバルに搭載することが望ましい。
補足:地形定量指標の整理
高度(elevation):
ある基準面からの距離。天体位置であれば角距離表現である地平座標、月惑星表面の地形
であれば例えばジオイドを基準面とした鉛直距離、飛翔体であれば地表を基準面とした垂
直距離で表現される。地形測量で得られる値はふつう相対高度差であり、基準面を注目地
の隣接域に取った場合を比高(gap)、火山など凹凸領域の高低差を起伏量(relief)と呼んでそ
れぞれ区別する。月惑星探査・遠隔探査においてマイクロ波・近赤外レーザー等を用いた
高度計は測距計と同義で、反響時間と観測者位置情報から高度が算出される。海がないた
め基準面定義がまちまちな地球外天体では、全球規模では単に地表各点の空間分布を連ね
た全球形状、或いは局所的トポグラフィー(topography)でもって定量的な地形表現としてい
ることが多い。トポグラフィーは三次元定量情報で表現がいろいろあるが、影を付けたり
鳥瞰図にしたり、あるいは高度・水平距離の二次元表現であるプロファイル(cross-section
= profile)に形態様式(地形認識単位)を付記して表現することが多い。
ジオイド(geoid):
等重力ポテンシャル面の中から各天体毎に定義された、全球形状表現の基礎。地球内部の
物質分布を反映して不規則な形を持つ。
地球の場合は平均海水面と一致する面が採用され、
地球楕円体からのズレは±60m。
起伏量(relief):
相対的高度差を表す指標のひとつ。三種類の用例があり、注目領域の最高・最低点の高度
差、隣接凸凹部の比高、切峰面と切谷面との高度差、といった定義例がある。火山など凸
地の諸元としては、ふつう最高・最低点の高度差を採用している。
比高(gap, relative height):
相対高度差を表す指標のひとつで、基準面を注目地の隣接域に取った高低差のこと。高度
計による直接測定では、空間解像度(フットプリント: footprint)スケールで最初に求まる
観測量であり、これを三次元表面地形に統合して地形モデル(DEM)を作成する
97
3.3. AOTF
AOTF 概略
AOTF(Acousto-Optics Tunable Filter)は二酸化テ
ルル等の結晶を利用した分光素子である。素子側
面に超音波を入力し、正面から入った光を 0 次光
と偏光/分光された±1 次光として出力する素子で
ある。
入力時の超音波波長を調整することにより、
光の出力時の透過波長が決定される、連続分光素
子である。
AOTF を用いた分光装置は、従来のフィルタホ
イールを用いた装置に較べて可動部分がない、連
続分光が可能、波長分解能が高い、波長移動速度
Fig.
AOTF 素子原理図
が速い等の長所がある。
小天体探査に当たっては、軌道上からの探査の
場合、観測対象となる小天体のスペクトルタイプの観測に最適化された数バンドの分光測光観
測を行うことが必要である。対象が1天体だけで在ればフィルタホイールを用いた分光測光カ
メラでも問題ないが、異なるスペクトルタイプの複数の小天体を観測対象とする場合には
AOTF のような任意に観測波長域を定めることの出来る分光カメラが望ましい。また、フライ
バイなどのように観測時間が短く制限される場合には、フィルタホイールよりも高速に観測波
長域の選択が出来る AOTF は有利である。着陸探査によって岩石をマクロ分光で観測し、岩石
組成や結晶構造を見分けるに当たっては、
現地で任意に観測波長域を決めることが必要となる。
このように、連続分光できるカメラは軌道上からの探査/着陸探査の両方で今後必要とされて
いる。
現在、地上用としては imaging 可能な分光装置として AOTF は商品化されているが、光学的
に暗く宇宙用としては実用的でない。AOTF は素子そのものの透過率は 80%と高いが、現在市
販されている装置の分光後の光量が大幅に減じる原因としては次の 2 点が考えられる。
・ 透過波長の半値幅が 2〜3nm(高波長分解能)である
・ 次光と 1 次光を分離するために偏光板を用いて 0 次光をカットしているが、1 次光も分
光時に楕円偏光するため 1 部がカットされる
岩石表面の分光観測やリモートセンシングによる観測では必ずしも高波長分解能は必要では
なく、10〜20nm 程度の波長分解能で十分である。また光路を工夫することにより、より明る
い光学系を開発できる可能性がある。この観点から、NASDA、東大、秋田大学による、月着陸
探査計画 SELNE-B を念頭に置いた AOTF の開発計画が数年前より実施されている。
投 影
光源
投影版上の像
偏光板無
AOTF
2.5cm
偏 光
偏光
偏光
20.0cm
Fig.
AOTF 装置の分光試験
入射光をあらかじめ偏光させることにより、片方の分光/偏光光を除去している。この場合、0
次光も偏光成分のみが取り出されている。出射光側にも偏光板を入れることにより 0 次光の大
部分(楕円偏光されるため)をカットし、必要となる
1 次光のみを取りだしている。
98
AOTF の光学系
結晶中に入力された超音波は定常波を作り、位相に応じて結晶中の屈折率が変化する。その
為、AOTF 素子に入力された光線は回折現象により特定の波長のみを透過する 1 次光を出力す
る。しかし、回折されなかった大部分の光は 0 次光として出力されるため、その処理が問題と
なる。
このための手段として、1 次光は 0 次光に対して回折角を持っているため、この角度を利用
して 0 次光と 1 次光を分光する方法が考えられる。また、1 次光は回折時に偏光をしているた
め、偏光フィルターを用いて 0 次光を分離する方法も考えられる。しかし 0 次光もまた結晶の
複屈折により偏光されるため、この方法で分離できるのは 0 次光の半分のみである。また、1
次光の偏光も楕円偏光となるため、必ずしも 100%の分離が可能とはならない。
現在 NASDA で開発が進められている AOTF は、回折角による分離を利用した光学系になっ
ているが、偏光を利用した 0 次光の除去も併用できる可能性がある。
視野角θCA
中間像高 h0
AOTF(a×a)
回折角θd
受光角θre
撮影レンズ fCA
リレーレンズ fre
2 次元 CCD
再結像レンズ fim
距離 L
Fig.
像高 him
NASDA で設計されている AOTF 光学系(SELENE-B 提案書より)
リレーレンズから AOTF に入射する光束は、実際にはある角度 2θre を持って入射する。こ
のθre を AOTF の受光角と呼ぶ。入射光束は回折角θd を持って、1 次光束が回折されるが、0-1
次光分離のための条件として以下の条件が必要になる。
θd>2θre
また AOTF の中心から再結像レンズまでの距離 L は、0 次光と 1 次光が干渉しなくなる距離で
決定される。そのときの条件を以下に示す。
L・tan(θd ‐ θre)>L・tanθre+a (a=AOTF のアパーチャ径)
撮像レンズ、リレーレンズ、再結像レンズの各パラメータ間には以下の関係がある。
h0=fca・tanθca
h0=fre・tanθre
him=fim・tanθre
再結像レンズ F 数=fim / a
AOTF カメラの全体的な大きさ、および工学性能を見積もるにはこれらの条件を勘案する必要
99
がある。
NASDA では現在、アパーチャ係 10mm、回折角 3°の AOTF 素子を使った試験機の制作を行
っているが、5°〜7°の回折角を持つ素子も市販されており、今後はこれらの素子を使った試
験器の製造が望まれる。SELENE-B では主にランダに搭載する望遠用の AOTF の設計を行って
いるが、Post MUSES-C 探査機ではより広角の AOTF カメラの設計が必要となる。以下に
SELENE-B で計画されている望遠 AOTF カメラの諸元を示す
Table
SELENE-B で検討されている AOTF 望遠カメラ
項目
構成
F値
撮像域
光学系全長
(撮像レンズ-CCD 面)
AOTF アパーチャ径
AOTF 回折光半値幅
AOTF 回折角
バンド数
FOV
CCD 画素数
ピクセル分解能
量子化ビット数
重量
サイズ
電力
温度環境
内容
可視-近赤外域 2D-CCD カメラ(AOTF 利用)
23
1m〜∞
324mm(再結像レンズ通過後、ナイフエッジミラーで 0 次
光分離し、1 次光光路を屈曲させる)
10mm
ノミナル 10nm
7°
最大 50(連続運用)
20°
256×256(1/2 インチ CCD)
1mrad(3m@3km)
12
2kg(RF 回路含む)
25×25×8 mm
センサ:5W、駆動回路:7W、AOTF 駆動用 RF 回路:6W
保存温度:-10 . 50℃、動作温度:10 . 40℃
AOTF の運用検討
AOTF はこれまでのフィルタホイールを用いたマルチバンドの分光測光観測ではなく、連続
波長における分光観測が可能となる。観測波長へのシフトはナノセカンドで可能であるため、
露出時間に要するインターバルだけで次々に撮影を行うことが可能である。しかし、地上への
DL できるデータ量には限りがあるため、運用の当たってはこの DL 可能量をふまえた上での考
察が必要である。
小天体の分光タイプをおおざっぱに判断するに当たっては、数バンドの観測で十分である 1)
が、
詳細情報を知るためには必要となるバンド数が増加する。
これらの要求に応えるためには、
探査機は撮影した分光画像を機上で処理して、任意の切り出し、任意のスタッキングを行い、
必要となる特徴点のみを地球へと送信するようなシステムが必要であると考えられる。
現在日本ではこのようなシステムは開発されていないが、ESA によって 2003 年 6 月に打上
が予定されている MARS Express には PFS(Planetary Fourier Spectrometer)が搭載される。この装
置では FFT による分析を行い、スペクトルの特徴点だけを切り出す操作が機上で行われる。ま
た衛星が稼働中に取り貯められた各種画像を平均化し、ノイズを低減させた状態で地上に送信
する機能も備えている。PFS は 2 次元画像ではなく 1 次元の分光装置であるが、同様の装置を
2 次元でも実用化し、AOTF による観測に応用することが望まれる。
100
今後の検討課題
現在検討が進められている AOTF 分光カメラは、FOV が 20 度前後である。これは焦点距離
が 70mm 程度の望遠カメラに相当する。MUSES-C では FOV が 5.7 度の AMICA が搭載されて
おり、Post MUSES-C でも MUSES-C と同様の運用を行うので在れば、現在の光学系と大きく変
更を行う必要はない。しかし、何かの用途で広角カメラが必要になった場合は、機器の構造上、
様々な障害があるため、これに留意する必要がある。
次に AOTF はこれまで分光観測装置としての宇宙利用実績が無い。その為、耐放射線試験や
耐振動試験などをこれまで行っていない。宇宙用として今後開発を進めるに当たっては、これ
らの試験が必要不可欠である。
また前述のように、AOTF で多数バンドの撮影を行った場合、地上への DL に膨大なリソー
スを必要とする。その為 FFT 等の手段を用いて機上で演算をさせ、その演算結果を地上へ DL
するシステムの開発が必要である。
(参考文献)
MUSES-C 中間報告書、2001 年
101
3.4. 小天体用 X 線分析装置
3.4.1. はじめに
小天体表面の主要元素組成をグローバルに決定する蛍光 X 線分光装置と、小天体の表面にお
いて X 線蛍光・回折法により詳細に主要元素組成と鉱物分析を行う装置の概要を示す。
3.4.2. 科学目的
小天体は太陽系初期の頃の物質科学的情報を現在でも保持すると考えられ、それゆえ重要な
探査対象となっている。始原的な宇宙物質として隕石や IDP が回収されており、それらの産地
の多くは太陽系小天体と考えられるが、特定できるものはほとんどない。また現在得られてい
る物質が普遍的な情報と考えてよいか、それとも少数の限られた産地を起源とするものが数的
に支配的なのかも分からない。一方、地上や地球周回軌道上から得られる天文観測情報は主に
可視・近赤外域の反射スペクトルと自転に伴うライトカーブであり、一部のものでは熱赤外放
射やレーダーでの観測も行われている。小天体は多数存在するため全天体の詳細な探査は不可
能であり、探査機による限られた回数の地質・物質調査やサンプルリターンによるアプローチ
と、天文観測による統計的アプローチとの組み合わせが必要になる。両者で得られる情報を効
果的に組み合わせるには、反射スペクトル型と隕石や IDP との対応関係を明確にすることが必
要である。
また、太陽系天体における進化過程を辿ることができる情報が、小天体上の地質構造の各場
所を構成する物質の差異に現れている状況が考えられる。比較的大きな天体に多いと考えられ
るが、大きな天体の分裂でできた場合、小さい天体でもあり得る。天体表面が一様均質を前提
にした反射スペクトル型では扱えない事項であり、直接探査による物質の決定が必要である。
これらの物質的情報を得るには、分析手法の種類、分析精度の観点でサンプルリターンが望
ましい。しかしサンプルリターンの情報は一般には局所的であり、必ずしもグローバルな特徴
と同一でないことと、情報取得までに長時間を要するほか、リスクも大きい。そこで、小天体
のその場でのキャラクタリゼーションとグローバルな特徴の取得を行うための観測の必要性は
大きい。
周回またはホームポジション上からのリモート蛍光 X 線観測は、主要元素(特に Mg、Al、
Si、及び S、Na。太陽フレア発生によって Ca、Ti、Fe も可能)のグローバルな特徴を調べるこ
とができる。また、サンプルリターン実施が技術的問題で困難な場合、着陸機や表面移動型ロ
ボットに観測機器を搭載し、その場で探査することが有効である。小天体表面で X 線蛍光・回
折法による主要元素の定量分析、主要構成鉱物の分析は、最も基礎的な物質情報である。
3.4.3. 機器の概要
リモート観測用蛍光 X 線スペクトロメータ
機器の特徴
本機器は、太陽 X 線が小天体表面に照射することによって励起される蛍光 X 線を観測す
る。同時に、標準試料を搭載し、同時比較分析を行うことで、太陽 X 線が時間的に変動し
ても小惑星表面の定量元素分析を行うことができる。検出器に CCD を用いることで、良好
なエネルギー分解能を得る。
機器構成
センサ部及び電子回路で構成される。X 線検出器には CCD 計 8 枚用い、小天体用 6 枚、
標準試料用 2 枚である。駆動・読出系回路は 2 系統冗長構成とし、各 4 枚の CCD を駆動す
る。遮光膜には厚さ 5μのベリリウム薄膜を用い、X 線透過率を向上させる。指向方向はメ
102
カニカルコリメータで制限する。太陽 X 線モニタとして、標準試料法を搭載する。機上較
正用の X 線管球を搭載する。CCD は放射冷却で低温に保持する。電子回路はセンサ制御・
データ処理回路、CPU、DHS 系インターフェース、及び電源から構成される。
観測手法と運用
本機器は小惑星の昼側に探査機をキープし、小惑星から励起される蛍光 X 線を連続的に
観測する。標準試料に常時太陽光が照射するように探査機姿勢を保持する必要がある。巡航
期間中には、X 線天体の観測を実施するほか、適宜 CCD の診断、較正を行う。
緒元
緒元を表 3-1-4.1 にまとめる(MUSES-C 及び SELENE 搭載 XRS からの類推)
Table 3-1-4.1
リモート蛍光 X 線スペクトロメータの緒元
性能緒元
エネルギー帯域
エネルギー分解能
視野角
受光面積
AD変換
CCD 温度
メモリ
Fig. 3-1.1
0.7〜10KeV
<150eV@5.9KeV
TBD
36cm2
12bit
<-40℃(観測時)
16MB
リソース緒元
重量
センサ:2.2±0.5kg
電子回路:2.0±0.3kg
電力
17.5W(CPU、電源効率含む)
HV電圧
3KV(max)
テレメトリ
Histogram 1KB×8/300sec
Image
130KB/CCD
Diagnostic 2KB/CCD
FIFO-Raw 1KB/Packet
リモート蛍光 X 線スペクトロメータの概念図
表面探査用 X 線蛍光・回折アナライザ
機器の特徴
本機器は小天体表面において、搭載 X 線管球から表面物質に 1 次 X 線を照射し、励起さ
103
れた蛍光 X 線、及び回折 X 線パターンを取得して、主要元素定量分析と鉱物分析を行う。
機器構成
センサ部及び電子回路で構成される。X 線検出器には CCD1 枚(または 2 枚)用いる。遮
光膜には厚さ 5μのベリリウム薄膜を用い、X 線透過率を向上させる。1 次 X 線用の小型管
球を搭載する。センサ部を駆動腕の先端に搭載して試料を直接分析、または試料採取装置で
取得した試料をセンサ前面まで搬送して分析する。電子回路はセンサ制御・データ処理回路、
CPU、DHS 系インターフェース、及び電源から構成される。
観測手法と運用
本機器は小惑星着陸機や移動型ロボットに搭載する。目的地に到達すると、試料にセンサ
を設置、または試料を採取して試料ホルダに搬送する。1 次 X 線を照射して約 30〜60 分程
度分析を行う。機上処理により、X 線蛍光はエネルギー波高スペクトル、X 線回折は回折パ
ターン画像のみを抽出し、ダウンリンクする。そのほか、診断用データ等の画像を取得する。
緒元
緒元を表 3-1-4.1 にまとめる(MUSES-C 及び SELENE 搭載 XRS からの類推)
Table 3-1-4.1
リモート蛍光 X 線スペクトロメータの緒元
性能緒元
エネルギー帯域
エネルギー分解
能
回折角:2θ
管球
AD変換
CCD 温度
メモリ
Fig. 3-2.1
リソース緒元
重量
センサ:1.5±0.3kg
電子回路:2.0±0.3kg
観測時電力 17.5W(CPU、電源効率含む)
HV電圧
10KV(max)
テレメトリ XRF-PHA 1KB×8/300sec
XRD-Image 130KB/CCD
Diagnostic 2KB/CCD
FIFO-Raw 1KB/Packet
0.7〜10KeV
<150eV@5.9KeV
20〜150°
10KV-0.1mA
Cu、Rh ターゲット
12bit
<-40℃(観測時)
16MB
表面探査用 X 線蛍光・回折アナライザの概念図
104
3.5. サンプラ
3.5.1. 小天体探査におけるサンプル採集法
本項では,Minor Body の任意地点でサンプルを採集したり in-situ 分析を行うための,さま
ざまな方法について考察する.
まず,基本的な条件として考えなければならない点は,第一に Minor Body 表面上はきわめ
て重力が小さく,探査機は,従来の概念での着陸を行い着陸点に安定して滞在することは困難
である.第二に,人類の Minor Body に対する知識が未だ限られており,また,Minor Body は
非常に多くの天体の総称であり,個々の天体については幅広いバリエーションがあるため,探
査対象天体の表面形状や硬さについてはほとんどのケースで未知である,という点である.よ
って,微小重力および未知表面に対する適応性が,方式選択の重要な評価指標となる.
図1.1は Minor Body 表面上でのサンプル採集法についてのアイディアを整理したものである.
同図a)は,ドリルによってコアサンプルを行うアイディアである.コアサンプリングは地質
調査の基本的な手法であり,表面から最終的にコアチューブが到達した深さまでの連続的なサ
ンプルを得ることができる.しかしながら,ドリルの反力を支えるためには,着陸機が天体表
面にしっかりと固定されている必要がある.ROSETTAミッションでは,彗星の表面にアンカー
付の脚を持った探査機を軟着陸・固定させ,ドリルによってサンプリングする方法が計画され
ている.彗星の表面は,比較的柔らかいと考えられるので,探査機体のアンカー固定やドリル
掘削の実現性は比較的高いと言えよう.しかし,表面が固い岩塊で覆われた小惑星では,この
方法は可能性が低い.
同図b)は,上空でホバリングする探査機から銛(もり)あるいはペネトレータを打ち込む方
法である.上空から速度をもって打ち込まれるペネトレータの運動エネルギーによって,表面
の破砕・貫入が比較的容易に行えることが期待できる.また,ペネトレータにテザーをつない
でおくことによって,探査機本体が軟着陸する際にガイド役を果たし,かつ探査機を表面に固
定する際にも役立つ.しかし,テザーのハンドリングの難しさを伴う.この方法の理想的なシ
ナリオについては次項で紹介する.
Fig 1.1
Minor Body におけるサンプル採集方式のさまざまなアイディア
同図c)は,上空から弾丸状のプロジェクタイルを発射し,Minor Body の表面を破砕し,その
破片を宇宙空間にて回収するアイディアである.破片の回収には,STARDUSTミッション用に
開発されたダストコレクターの技術が使えるであろう.この方法では,探査機は必ずしもター
ゲット天体の表面上にホバリングしたり,周回飛行する必要は無く,近傍をフライバイするだ
けのミッションでもサンプルを獲得できる可能性がある.よって,マルチフライバイ・ミッシ
ョンにおいて検討する価値が高い.しかし,天体上の破砕点とサンプルの回収場所が遠く離れ
105
てしまうため,サンプルの収量を上げることが難しく,仮にサンプルが得られたとしても,ど
の点から射出されたサンプルであるかを同定することが困難である.(もともと天体近傍を浮
遊していたダストであるという可能性もある.)
同図d)はプロジェクタイルによるクラッシュサンプリングを,天体表面にて行うアイディア
である.破砕点を円錐状の筒で覆うことにより,破砕片を円錐の頂点に集めることができる.
また,探査機が表面に触れている時間は短時間でよく,「タッチ&ゴー」方式のサンプリング
を行うことができる.小惑星サンプルリターンミッションMUSES-Cでは,この方式が採用され
た.MUSES-Cの開発過程で行われた各種試験の結果,5gのプロジェクタイルを300m/sで射出し,
表面破砕した場合,表面が固い岩石であってもレゴリスで覆われていても,1回のサンプリング
で総量数mg〜数gのサンプルが得られることが確認されている.
3.5.2. ペネトレータを用いたサンプル採集方法のアイディア
ここでは,ペネトレータを用いたサンプル採集方法について,一つのアイディアを考えてみ
よう.
まず以下の前提条件を仮定する.
(1) ペネトレータを搭載した探査機は,MUSES-C と同じように画像航法等を用いて,探査地点
の上空数〜数10 メートルにホバリングできるものとする.
(2) 対象天体の地表の固さは,数〜数10 m/s 程度の速度でペネトレータを打ち込んだときに,
数メートルぐらいもぐり込む程度のものであると仮定する.
(3) ペネトレータと探査機をつなぐテザーは十分に長く,また繰り出し抵抗も小さく,探査機の
ホバリングに悪影響を与えない工夫が可能であるとする.
(4) ペネトレータがうまく突き刺さらなかったとき,ペネトレータおよびテザーを切り捨てて安
全に逃げる(アボート)することが可能であるとする.
さて,以上の条件のもとで,以下の5ステップのサンプル採集シナリオを考えることができる.
(図2.1参照)
ステップ1.
ホバリング状態の探査機よりペネトレータを発射する.
ステップ2.
ペネトレータが地表に突き刺さり数メートルもぐり込む.
(この際のエジェクタ=射出物も効率的に回収できるとよい.エジェクタの衝突による探査
機の破損を防ぐ工夫も必要である.)
ステップ3.
テザーを静かにたぐり寄せて,探査機を軟着陸させる.
(このとき探査機を表面に固定しているのは,天体の引力ではなくテザーの張力である.)
ステップ4.
ペネトレータ内部に仕込んで置いたサンプリング装置が,テザーをガイドにして少しづつ上昇し
ながら,要所要所で近接撮影・計測およびサンプル採集を行い,最終的に探査機本体内部に回収
される.(このサンプリング装置は,最初,ペネトレータ側でなく探査機側にセットしておいて
もよい.)
106
ステップ5.
サンプリング装置の回収が完了したら,テザーを切り捨て,探査機は上昇し,地球への帰途
につく.
この方法によれば,対象天体の地表から数メータの地下部までの連続的な情報,およびサン
プル,を得ることができる.また,ペネトレータを打ち込む際に,グルーブや岩の割れ目に狙
いを定めることがことができれば,ペネトレータの到達深度をさらに深くする可能性もあり,
上空を周回飛行するだけでは得られない新しい知見が得られることが期待できる.
Fig.
ペネトレータを用いたサンプル採集方法のアイディア
107
3.6. 内部構造探査
小天体の内部を探る手法は未だ確立されて
いないが、既にいくつかのアイデアが提唱され
ている。
1.
クレータ によって内部までえ
ぐられた小天体を観測対象とする
2. 人為的に小天体に物体を衝突させ、
衝突破片の採取、発光観測および
衝突後のクレータを観測する
3. 地上で実用化されている様々な内 Fig. ベスタの地球からの探査画像と探査想
像図
部探査手法を応用する
4. 小天体表面に転がる大きなボルダ
ーを調査することにより、それと
同じだけの深さを掘ったのと同様
の情報を得る
1.の手法は Down によって実現されようとし
ている手法である。地球からの観測により Vesta
は大きくえぐられていることがわかっており、
(Fig. )、深部物質が露出しているのではない
かと考えられている。
2.の手法は Deep Impact によって実現が図ら
れている。Deep Impact では impactor 衝突後に出 Fig. Deep Impact 探査想像図
来るクレータの観測は行わないが、
発光の観測、
及び飛散したサンプルの採取が行われる。
4.の手法は 4.4.8.にて詳しく述べるので、ここでは 3.の地上での探査手法に関して述べる。
地上で行われている手法は主にアクティブなもの、パッシブなものにわけられる。また地上で
はほとんどの場合岩石中に導体となる水を含んでいるため、電磁波を地中に透過させる手法も
Fig.
Classifies techniques of internal survey for the Earth
108
存在する。しかし小天体ではこのような状況は期待しにくく、乾燥状態でも利用できる手法の
みが応用の対象となる。これらの関係を Fig. にまとめた
2.2.2 で述べたように、小天体の深さ、解明すべき分解能によって、これらのどの探査手法を
応用するべきかを Table にまとめた。
Table
Feasible investigation methods for minor bodies
Method
Inspection Depth
Spatial Resolution
Seismic Reflection Survey
~100 m
0.5 m
By measuring velocity and dumping rate of the elastic wave, the internal structure can be investigated.
For example, artificial structures and geological strata under the ground change velocity and amplitudes
of elastic waves. Three dimension structures are measured by using multiple receivers and/or
oscillators. However implementation methods of those devices under minor body surfaces must be
considered.
Micro-Gravimetry
~50 m
5m
Internal material distribution is estimated from its gravity anomaly. For minor bodies, surface gravity
is so small that a high precision accelerometer must be newly developed. (The best precision which is
currently available is ~0.01 mgal for 100 gal on the earth.)
**3 order magnitudes more for 1998SF36 (500 m across)
Ground Penetrating Radar
~10 m
0.1m ~ 1 m
Reflection, refraction, and permeation of electromagnetic waves are measured, and underground
structure also is probed. The electromagnetic pulse in VHF is used, and it reveals underground strata
boundary and rock distribution.
109
3.7. 着陸地質探査
2.2.2 で述べたように、どのような天体に着陸探査を行うかによって用いる理学機器も変わっ
てくる。現在、この部分はあまり検討が進んでおらず、今回は項目を列挙するにとどめた。
マクロカメラ用分光光源
分化天体に置いて岩石組織を見る場
合に、マクロ分光カメラが必要となる。
SELEN-B 計画では、月面上の岩石の観測
用にマクロ AOTF 分光カメラ装置も考案
している。観測に当たっては、珪酸塩鉱
物中の Fe2+による吸収形状を正確に測定
して鉱物種の判別、鉱物化学組成(成分
比)の推定を行う為に安定した光源を用
いることが望ましい。また人工光源を用
いる場合、AOTF は受光部側ではなく発
光部側に付ける方が光学設計は容易い。
AOTF への光の入射条件から、光源光は
均一にする必要があり、SELENE-B では
積分球を用いる方法が検討されている。
Table
Fig.
マクロカメラ+AOTF 光源
マクロカメラ+AOTF 光源
項目
構成
近赤外 AOTF 分光器
積分球径
積分球開口径
AOTF アパーチャ径
AOTF 回折光半値幅
AOTF 回折角
光源
光学部品構成
重量
電力
サイズ
マクロ近赤外カメラ
撮像領域
WD
焦点距離
F 値
検出器
画素数
空間分解能
重量
電力
サイズ
温度環境
内容
近赤外 AOTF 分光器(850-1500nm)マクロ 2D 近赤外カメラ
50mm
5mm
5mm
10nm
7°
ハロゲンランプ
積分球-リレーレンズ-AOTF-照射レンズ
0.8kg
光源:5W、AOTF 駆動 RF 回路:6W(望遠カメラと共有)
50×70×150mm
20mm
40mm
80mm
8
InGaAs2D センサ(冷却無し)
320×320
44ƒÊm
0.7kg
センサ:5W
50×50×120mm
保存温度:-30 . 60℃、動作温度:0 . 40℃
110
X 線分光装置
岩石の元素組成を調べるために、小型の X 線分析装置が必要となる、この装置に関しては、
3.4.にて詳細を記述した
岩石加工装置
岩石組織をマクロで観察する場合には、観測面が平滑であることが要求される。その為、
SELENE-B では岩石の切断・研磨機構を搭載することを予定している。
小天体探査でも岩石組織を見る場合には同様の装置が必要不可欠であるが、
重力が小さいため、
SELENE-B で考案されている手法はそのまま用いることが出来ない。
開発・運用に当たっては以下が問題となる
・ 岩石加工時にどのように反力を確保するか
・ 発生する削り屑をどのように処理するか
・ 発生する熱をどのように処理するか
今後これらの項目に関して検討を行う必要がある。
ガスクロマトグラフィ
揮発成分の成分分析に用いる。小型化などに関して、今後検討が必要である。
質量分析機
難揮発性の有機化合物の質量分析に用いる。装置を小型化する必要があり、この問題に関し
て今後検討が必要である。
揮発成分昇華機構
岩石加工装置と同様、観測機器ではなく観測のための一次処理をする機構である。揮発成分
を昇華させることにより試料をコンパクトにする効果があり、サンプルリターンの時にも使用
が可能である。またその場分析に置いても低分子有機物やケロジェン様物質の分析が実施しや
すくなる効果が期待される。
111
4. 工学検討
4.1.
今回の検討の注意点
MEF では現在、以下の 2 提案がなされている
① スペクトル既知 NEO マルチランデブー&サンプルリターン
② 複数スペクトル型小惑星族マルチフライバイ&サンプルリターン
これらに関しては、それぞれ探査対象とすべき天体とその探査軌道の解析がなされているが、
ミッションを実施すべき最適解の選定には至っていない。
(付録参照)
そこでここではまず上記 2 つのミッションに関して現在考えられている探査案・軌道を説明
し、その後、それぞれの検討例として 1 例づつを取りだして、より詳細な検討を行った。また、
工学的ミッション検討に於いてはこの 2 例を代表として取り上げた。
4.2. ミッションアーキテクチャ
4.2.1. 軌道検討
ファミリー探査
<検討概略>
80 年前に平山清次がその存在を確認して以来、似た軌道要素を持つメインベルト小惑星の
族(ファミリー) は、原始太陽系の初期にできた原始惑星が衝突破壊してできたと考える説
が有力である。現在数十種類の族が分類されているが、
「侵入者」が混じっていない、明瞭に同
一起源だと言えそうな族は、コロニス、イオス、テミス族ら「三大ファミリー」を含めた 2−3
割である。その中で軌道工学的に最もサンプルリターンが容易で、かつ 150 個以上の豊富な候
補天体を持つのはコロニス族である。コロニス族最大級の小惑星イダと衛星ダクティルは、す
でにガリレオ探査機のフライバイによって、半球分の形状と分光データが得られている。S 型
ながら普通コンドライトに似ており、あまり変成していない始原物質のようである。これはN
EAR探査機によるエロスの分光結果とも矛盾しない。しかしコロニス族には同じ S 型ながら
同族内でも、軌道要素が違うと(=母天体内の存在位置が異なると)分光特性も異なる傾向が
ある。これは、約 100kmの母天体がわずかでも熱的分化をしていた可能性を示唆する。族小
惑星の軌道要素や自転速度、自転軸の傾きなどの力学情報は、衝突履歴とも関連している。さ
らに 3 大ファミリーからは、黄道光の起源となる宇宙塵の多くが放出され、軌道に沿ってトー
ラス上に分布していることが観測で確認されている。
同一族の中で異なるサイズ、軌道要素、分光特性を持つものを複数探査することは科学的に
重要である(III.3.A 参照)
。そこで今回、コロニス族に加え Nysa-Polana 族に関して探査軌道の
検討をおこなった。表に検討例をまとめる。本案の特徴は、同一ファミリーが似た軌道要素を
持つ特徴を生かしており、2〜3 年間で 2〜3 個、あるいは一度地球に戻って採集試料を入れた
カプセルだけを地球に回収して、さらにもう一周することで、6 年間で 5 個の同属小惑星をフ
ライバイさせることに成功した点である。地上で小惑星試料待つ分析科学者にとっては、この
ような短期間で複数の天体からサンプルが得られるのは、大きな魅力である。一方で、一般に
フライバイやランデブーに比べて会合速度は極めて速く、全球規模の詳細観測には不向きであ
る。また、後述するようにランデブーせずに小天体の表面試料を採取する技術は、現在複数の
ミッション案で検討されているが、宇宙実績はない。
112
Table コロニス族検討例
探査機/
天体数
1機/
3個
探査天体
ロケット
推進機構
Bohlinia
1985RA3
Aristides
H-IIA
(地球SB
なし)
化学
科学機器質量 /
衛星Wet質量
180kg/1088kg
1機/
5個
Ida & Dactyl
Baikonur
Mimosa
Moultona
H-IIA
(地球SB
x1)
化学
250kg/1080kg
打上時期
小天体フラ
イバイ時期
2009。06。 2010 。06 。
11
10/
2011 。 04 。
23/
2011。6。29
2013。02。 2014 。 02 。
01
28/
2015 。 01 。
06/
2017 。 02 。
14/
2018 。02 。
12
地球帰還
運用
2012。06。02
3年
2016。01。28
(試料回収)
2019。01。29
(最終帰還)
6年
地球帰還
運用
2013。01。31
2年
2013。11。29
3年
Table Nysa-Polana 族検討例
探査機/
天体数
1機/
2個
探査天体
ロケット
推進機
Hertha
Hillary
化学
1機/
2個
Nysa
Russellmark
H-IIA
(地球SB
なし)
H-IIA
(地球SB
なし)
科学機器質量 /
衛星Wet質量
150kg/1213kg
化学
150kg/946kg
打上時期
小天体フラ
イバイ時期
2011。02。 2011 。 09 。
01
27/
2011。11。13
2010。11。 2011 。 06 。
20
16/
2013 。 01 。
08
<詳細検討>
1)コロニス族
156 個のコロニス族の小惑星について検討したシークエンス例を 2 例しめす。
1 例目のシークエ
ンスでは 3 年間で 3 つの小惑星にフライバイできる。2 例目では 3 年間で 2 つ小惑星にフライ
バイし,
最初の地球帰還時にサンプルを回収し,
再び 3 年間で 2 つの小惑星にフライバイする.
Table 3 年間 3 天体探査
Name
epoch
elapse rev. ΔV r.vel.1 r.vel.2 distance peri
apo
a
e
i
node
arg
[day]
[AU] [AU] [AU]
[deg]
[deg]
[deg]
[m/s] [km/s] [km/s] [AU]
EARTH
2009.06.11
0
0 launch launch 1.0154 0.9833 1.0167 1.0000 0.016723 0.00182 303.9046 160.2543
720 Bohlinia
2010.06.10
364 0 0.04
7.1
7.1 2.8819 2.8355 2.9382 2.8859 0.018138 2.3665 36.0458 103.9979
3457 1985 RA3 2011.04.23
681 0 581.08
6.4
6.4 2.9719 2.7050 3.0019 2.8534 0.052023 3.2480 101.4660 208.5182
2319 Aristides 2011.06.19
738 0 325.09
8.5
8.5 2.8349 2.6375 3.1715 2.9045 0.091918 2.9685 112.8037 269.8189
EARTH
2012.06.02 1087
7.1
1.0142 0.9833 1.0167 1.0000 0.016723 0.00182 303.9046 160.2543
Table 重量
Wet Mass
Injection error correction
Nominal delta-V at flybys
Navigation
Attitude control
Total Fuel
Propulsion system
Structure
Communication
Attitude and Orbit Control System
1088kg (Earth
departure C3 = 49.98 km2/s2)
52kg
(150m/s, Isp=310 s)
267kg
(906m/s, Isp=310 s)
30 kg
(120m/s = 30 m/s*4, Isp = 310s)
21 kg
(50 m/s, Isp = 180 s)
370 kg
81 kg
(0.6 * fuel(2 / 3)+50 kg)
120 kg (incl. Paddle 80 kg, [email protected])
30 kg
15 kg
113
1036 kg
769kg
739 kg
718 kg
Data Handling Unit
Cables
Thermal Control System
Spacecraft Bus
Projectile Shooting Mechanism
Sampling mechanism
Earth Return Capsule
Other In-situ Instruments
Total Scientific Instruments
Margin
10 kg
35 kg
40 kg
433kg
90 kg (30 kg * 3 times)
30 kg
40 kg
20 kg
180 kg
105 kg(10 % margin w. r. t. wet mass)
Fig. 軌道
114
Table 6 年間 4 天体探査
Name
epoch
EARTH
243 Ida
2700 Baikonur
EARTH
1079 Mimosa
993 Moultona
EARTH
elapse rev. ΔV r.vel.1 r.vel.2 distance peri
apo
a
e
i
node
arg
[day]
[AU] [AU] [AU]
[deg]
[deg]
[deg]
[m/s] [km/s] [km/s] [AU]
2013.02.01
0 0 launch launch launch 0.9855 0.9833 1.0167 1.0000 0.016723 0.00182 303.9046 160.2543
2014.02.28
392 0 224.59
6.5
6.5 2.9648 2.7302 2.9904 2.8603 0.045497 1.1368 324.3869 112.2176
2015.01.06
704 0 195.54
6.0
6.0 2.9578 2.7707 3.0399 2.9053 0.046330 2.3960 171.6676 275.3586
2016.01.28 1090
7.0
0.9855 0.9833 1.0167 1.0000 0.016723 0.00182 303.9046 160.2543
2017.02.14
382 0 132.38
6.9
6.9 2.9802 2.7447 3.0033 2.8740 0.044993 1.1800 329.9363 102.0632
2018.02.12
745 0 178.53
6.9
6.9
2.875 2.7282 3.0012 2.8647 0.047637 1.7734 184.5235 244.5365
2019.01.29 1096
7.1
0.9848 0.9833 1.0167 1.0000 0.016723 0.00182 303.9046 160.2543
Table 重量
Wet Mass
Injection error correction
Nominal delta-V at flybys
Navigation
Capsule Separation
Attitude control
Total Fuel
Propulsion system
Structure
Power
Communication
Attitude and Orbit Control System
Data Handling Unit
Cables
Thermal Control System
Spacecraft Bus
Projectile Shooting Mechanism
Sampling mechanism
Earth Return Capsule
Other In-situ Instruments
Total Scientific Instruments
Margin
1080kg (Earth
departure C3 = 47.163 km2/s2)
150m/s, Isp=310 s
730m/s, Isp=310 s
180m/s = 30 m/s*6, Isp = 310s
60m/s
(20 m/s + 40 m/s), Isp = 310 s
60 m/s, Isp = 180 s
358 kg
80 kg
(0.6 * fuel(2 / 3)+50 kg)
119 kg (wet mass x 0.11)
100 kg (incl. Paddle 80 kg, [email protected])
30 kg
15 kg
10 kg
35 kg
40 kg
431kg
30 kg x 4 times
30 kg
40 kg x 2
20 kg
250 kg
+41 kg
115
Fig. 軌道
<1 回目の地球帰還まで>
<2 回目の地球帰還まで>
116
2)Nysa-Polana 族
Nysa-Polana もメインベルトに存在し、異なるスペクトルを持つ族である.ひとつのシークエン
スの中ではそれぞれ異なるスペクトルの小惑星の向かうように選んである.
Table 2 年間 2 天体 Hertha(M-type)& Hillary (F-type)
Earth
2011.02.01 C3
39.96 km2/s2
Hertha
2011.09.27 ΔV
615 m ( Vin 9.87 km/s, Vout 9.82 )
Hillary
2011.11.13 ΔV
438 m ( Vin 9.12 km/s,
Earth
2013.01.31 C3
37.418 km2/ s2
Vout 8.98 )
total ΔV
Table 重量
Wet Mass
Injection error correction
Nominal delta-V at flybys
Navigation
Attitude control
Total Fuel
Propulsion system
Structure
Power
Communication
Attitude and Orbit Control System
Data Handling Unit
Timer
Cables
Thermal Control System
Spacecraft Bus
Projectile Shooting Mechanism
Sampling mechanism
Earth Return Capsule
Other In-situ Instruments
Total Scientific Instruments
Margin
1053m/s
1213kg (Earth departure C3 = 39.9 km2/s2)
57kg (150m/s, Isp=320 s) 1156 kg
330kg (1053 m/s, Isp=320 s) 826kg
24 kg (90m/s = 30 m/s*3, Isp = 320s) 802 kg
22 kg (50 m/s, Isp = 180 s) 780 kg
433 kg
84 kg (0.6 * fuel(2 / 3)+50 kg)
121 kg (wet mass x 0.10)
63 kg ( incl. Paddle 80 kg, [email protected])
30 kg
15 kg
10 kg
2kg
35 kg
40 kg
400 kg
60 kg (30 kg * 2 times)
30 kg
40 kg
20 kg
150 kg
230 kg
117
Fig. 軌道
4
Earth
Hertha
Hillary
S/C
3
Y [AU]
2
1
sun
0
-1
●
-2
●
-3
-4
-3
-2
-1
0
X [AU]
1
2
3
Table 3 年間 2 天体>Hirst(S-type)& Hertha(M-type )
Earth
2011.06.23
C3
53.82 km2/s2
Hertha
2011.12.07
ΔV
37.36 m ( Vin 9.71 km/s, Vout 9.74 km/s)
Hilaty
2013.07.04
ΔV
22.53 m ( Vin 7.56 km/s, Vout 7.54 km/s)
Earth
2014.06.23
C3
53.57 km2/ s2
total ∆V
59.89m/s (Mdry 898.69 kg)
Table 重量
Wet Mass
Injection error correction
Nominal delta-V at flybys
Navigation
Attitude control
Total Fuel
Propulsion system
Structure
Power
Communication
Attitude and Orbit Control System
Data Handling Unit
Timer
Cables
Thermal Control System
Spacecraft Bus
Projectile Shooting Mechanism
916 kg (Earth departure C3 = 53.82 km2/s2)
43kg (150m/s, Isp=320 s) 873 kg
17kg (60 m/s, Isp=320 s) 856 kg
24 kg (90m/s = 30 m/s*3, Isp = 320s) 832 kg
24 kg (50 m/s, Isp = 180 s) 808 kg
108 kg
64 kg (0.6 * fuel(2 / 3)+50 kg)
92 kg (wet mass x 0.10)
105 kg ( incl. Paddle 80 kg, [email protected])
30 kg
15 kg
10 kg
2kg
35 kg
40 kg
393kg
60 kg (30 kg * 2 times)
118
Sampling mechanism
Earth Return Capsule
Other In-situ Instruments
Total Scientific Instruments
Margin
30 kg
40 kg
20 kg
150 kg
265 kg
Fig. 軌道図
4
Earth
Hirst
Hertha
S/C
3
●
Y [AU]
2
1
●
sun
0
-1
-2
-3
-4
-3
-2
-1
0
X [AU]
1
2
3
Table 3 年間 2 天体 Nysa(E-type)& Russellmark(S-type)
Earth
2010.11.20
C3
52.22 km2/s2
Nysa
2011.06.16
∆V
471.6m ( Vin 8.34 km/s, Vout 7.97 km/s)
Russellmark
2013.01.08
∆V
379.5m ( Vin 7.94 km/s, Vout 7.94 km/s)
Earth
2013.11.29
C3
52.31 km2/s2
total ∆V
851.1 m/s (Mdry 721.62kg)
Table 重量
Wet Mass
Injection error correction
Nominal delta-V at flybys
Navigation
Attitude control
Total Fuel
Propulsion system
Structure
Power
Communication
946 kg (Earth departure C3 = 52.22 km2/s2)
44kg (150m/s, Isp=320 s) 902 kg
215kg (851 m/s, Isp=320 s) 687kg
20 kg (90m/s = 30 m/s*3, Isp = 320s) 667 kg
19 kg (50 m/s, Isp = 180 s) 648 kg
298 kg
77 kg (0.6 * fuel(2 / 3)+50 kg)
95 kg (wet mass x 0.10)
105 kg (incl. Paddle 80 kg, [email protected])
30 kg
119
Attitude and Orbit Control System
Data Handling Unit
Timer
Cables
Thermal Control System
Spacecraft Bus
Projectile Shooting Mechanism
Sampling mechanism
Earth Return Capsule
Other In-situ Instruments
Total Scientific Instruments
Margin
15 kg
10 kg
2kg
35 kg
40 kg
409kg
60 kg (30 kg * 2 times)
30 kg
40 kg
20 kg
150 kg
89 kg
Fig. 軌道
4
Earth
Nysa
Russellmark
S/C
3
Y [AU]
2
1
0
sun
●
-1
-2
●
Fig.1.5 3 年 2 天体②
-3
-4
-3
-2
-1
0
X [AU]
120
1
2
3
NEO 探査
<検討概略>
期間は2000年代後半〜2010年代初頭とし、1〜2機の探査機を近地球型小惑星でスペクトル型
既知の天体複数個にランデブーさせ、軌道上グローバルマッピングマッピング、および着陸機
または微小重力ローバによる表層・内部構造のその場計測をした後、表面物質を地球に持ち帰
る。探査対象は、MUSES-Cや米国のNEOマルチランデブー&サンプルリターン計画「HERA」
ミッションなどと調整して、それぞれ異なるスペクトル型を選び、全体として多種のスペクト
ル型小惑星のサンプルリターンを短期間で可能にする。またMUSES-Cで開発した技術の継承、
発展による開発期間の短縮、低価格化も目指す。
探査天体候補・軌道設計
表4は、今回検討した探査天体例を示している。これらは地上観測によってスペクトル型が既
知であり、かつ、近地球型で輸送系の能力的にも行きやすい候補である。CAT天体とM型小
惑星もここに含めた。軌道設計にあたって検討したシークエンスは、以下の通りである。打ち
上げ手段としてはM−VロケットやJ−2も考慮したが、今回は第一次検討として、科学ミッシ
ョンを成立する解を最優先した結果、ほとんどがH−IIAの打ち上げとなった。
(1 ) 1基(H−IIA)打ち上げ、探査機1機、多天体訪問: 地球出発→小惑星A→小惑
星B→地球帰還(試料回収)
(2 ) 1基(H−IIA)打ち上げ、探査機1機、多天体訪問: 地球出発→小惑星A→地球
スイングバイ (試料回収)→小惑星B→地球スイングバイ (試料回収)→小惑星C→…→地
球帰還
(3 ) 1基(H−IIA)打ち上げ、探査機2機、各機が多天体訪問: 地球出発→地球スイ
ングバイ →小惑星A、B→地球帰還(地球回収)
スペクトルタイプが現在未知である小天体も検討に加えれば、M-Vでもサンプルリターン可
能な複数の NEO の組み合わせは存在する。その一例も表 5 に示した。今後、それらの探査候
補 NEO の地上からの物理観測も宇宙研独自の計画として推進し、ミッション立案の自由度と
探査機重量マージンなどを蓄積することも、Post MUSES-C 時代の小天体探査にとって、大切
な活動である。また、軌道解析で成立するミッションでも、サンプルリターンの場合、地上で
待つ科学者の手元に採集試料がなるべく早く届くことが望ましいため、ミッション期間は短い
ほど好ましい。
表4:スペクトル既知マルチランデブー&サンプルリターン案の軌道を検討したNEO
スペクトル
型
C型
S型
M 型
V 型
Q 型
E 型
軌道を検討したNEO
Nereus 、Anza 、Wilson-Harrington彗星(=CAT天体) 、Hathor
Anteros 、1982XB 、Bivoj 、1991VK 、Eros 、Seleucus 、Ivar 、Toutatis
1986DA
Orpheus 、Nyx 、Verenia
1992LR 、1993VW 、1980WF
1989ML
121
D型
Beronia
表5:2010年代初頭でのスペクトル型既知NEOマルチランデブー&サンプルリターンミッション
案の解析例
探査機・ 探査天体
ロケット
天体数
1機2個 1989ML (E) H−IIA
(地球SBなし)
Ivar (S)
1機3個
1989ML (E) H−IIA
(地球SBx4)
Nereus(C)
推進機
電気
電気
Orpheus (V)
2機2個
1982XB (S) H−IIA
(地球SBx各1)
Nereus (C)
化学
1機2個
Nereus (C)
電気
1993BX3
(型未知)
M−V
(EDVEGA使用)
科学機器質量/衛 打上時期 小天体滞在 地球帰還
運用期間
星Wet質量
587kg/2148kg
2012。07。 2013。03。 2018。08。07 6年
13
30- 2014 。
01。28 /
2015。12。
15-2017。05。
04
100kg/2243kg
2012。07。 2013。03。 2026。01。27 14年
09
06-2014。04。
10/ 2018。
01。04-2018。
07 。 18/
2023。07。
02-2023。09。
20
25kg/633kg
2011。11。 2015。09。 2019。12。15 8年
16
02-2017。07。
54kg/643kg
2018。02。13 7年
08
2011。11。 2014。06。
16
19-2014。12。
01
TBDkg/588kg
2010。01。 2012。09。 2016。05。25 5年
(MUSES-C並を 01
13-2012。11。
想定)
11/
2014。04。
28-2014。06。
25
122
表V.2.A.1-1:考慮した多数回小惑星サンプルリターンミッションの各パラメータ
パラメータ
1。地球出発余剰速度(エネルギー)
2。小惑星ランデブー時の相対速度
3。小惑星出発(相対)速度
4。地球帰還時の無限遠速度
5。ミッション時のsolar elongation 角
6。
(低)推力加速時の solar elongation 角
7。小惑星到着・出発時の太陽距離
8。地球出発時の漸近線の赤緯
9。推力加速度 または増速量
10。地球帰還時の進入漸近線赤緯
11。ミッション期間
12。対象小惑星の絶対等級または大きさ
13。対象の打ち上げ前の地上観測性
14。電気推進機関の運転時間
15。ミッション期の SPE 角
16。電気推進による増速方向
制約条件
<~5 km/s
<~1 km/s
<~1 km/s
<~5 km/s
>~12 deg
>~12 deg
~ 1 AU 距離に2乗で推進性能が劣化す
る
~-25~-27 deg、 直接投入の可否
~5~15 m/sec / day 、 ~4m/sec/day @1AU in
MUSES-C
カプセル回収地域(南・北半球)
~ 3 months
< 20等級または~1km 、ONC性能、 target
marker との整合性
自転周期 >~5hr、 分光・アルべド測定に
よるスペクトル型同定
<~18 khr in MUSES-C
<~45 deg?
SPDv 角=95 deg (PE<2AU)、 EPDv 角=95
deg (PE>2AU)
Table 4.1 は、スペクトル既知の小惑星のうち、1 つの探査機で 2 天体にランデブーできるシ
ークエンスの検討例である。まず、化学推進を想定して検討を行った。表におけるΔV は化学
推進の時の軌道速度制御量であり,
Navigation 用の 200 m/s を含むと全ΔV は 7688 m/s となる。
wet 重量にはキックモータの重量、継ぎ手(100kg と想定)は含まれていない。また、高度 200km
上空での速度は 12.2km/s である。この場合必要な燃料が多くなり、サイエンスのための重量を
確保するには化学推進では困難である。そこでこの化学推進を想定した時のΔV の値より近似
して、電気推進とした場合の見積もりを行った。電気推進への近似にはΔV を化学推進の時の
2 倍(この場合のΔV は 15376kg)と想定している。その結果、サイエンスの重量が十分に確保
できる(この近似値では 390kg 程)ことが分った。なお、電気推進での詳細な検討は行ってい
ない。また、200km 上空での速度に関しては電気推進の場合はある程度小さくすることができ
る。搭載機器の見積もりを Table 4.2 に記す。また、Fig. 4.1 は化学推進を想定した時の軌道図で
ある。
Table 4.1
2 天体とした時の化学推進の時の見積もりと電気推進の時の近似値
V型(Orpheus)と C 型(Nereus)
地球→Orpheus →地球→地球→ Nereus →地球(7 年)
地球発
2011.01.05.
C3 = 15.73 km2/s2
Orpheus 到着
2012.05.14.
dV = 2342 m/s
Orpheus 離脱
2012.07.25.
dV = 2324 m/s
地球スイングバイ 2014.03.16.
C3(in) = 43.57 km2/s2
altitude= 36282km
地球スイングバイ 2015.03.16.
C3(in) = 43.61 km2/s2
altitude= 36269km
123
Nereus 到着 2016.05.27.
dV = 1413 m/s
Nereus 離脱 2016.07.03.
dV = 1409 m/s
地球帰還
2018.03.04.
C3= 28.05 km2/s2
V@200km=12.2km/s
全ΔV 7688 m/s(Navigation 用 200 m/s 含む)
<化学推進>
探査機 Wet 重量
1955kg (H-IIA), dry 重量 169kg(燃料 1785kg)
<電気推進(近似解)>
全ΔV 15476 m/s
探査機 Wet 重量 1955 kg (H-IIA), dry 重量 1159kg(燃料 796kg)
構造 195 kg , 電気推進系 100kg , 電源系 130 kg , 化学推進 100kg
バス系 150 kg , カプセル 80 kg , サンプラ 15kg , サイエンス 389kg
Earth-Orpheus Trajectory
Orpheus-Earth Trajectory
1.5
1.5
Earth
Orpheus
S/C
2011.01.05 Departure
1
0.5
-0.5
-1
-1.5
-1.5
-2
-2
-1
-0.5
0
0.5
X [AU]
1
1.5
-2.5
-1.5
2
Earth
Orpheus
S/C
sun
-0.5
-1
-2.5
-1.5
2014.03.16
swing-by
0
Y [AU]
Y [AU]
0.5
2012.05.14
Arrive
sun
0
1
2012.07.25
Departure
-1
-0.5
0
0.5
X [AU]
1
1.5
2
Fig.4.1 1 機 2 天体(Orpheus と Nereus)軌道図
Table 4.2
パラメータと搭載機器の見積もり
化学推進 Isp=320 s
電気推進 Isp=3000 s
構造
wet mass x 0.10
電源系(化学推進のとき)
0.6 x fuel(2 / 3)+35 kg
推進系(化学推進のとき)
incl. Paddle 80 kg, [email protected]
バス系 117 kg 内訳(化学推進)
通信系 30kg, AOCS 15kg, DHU 10 kg, Timer 2 kg, Cables 30 kg, Thermal 30 kg
※ 電気推進の時の電源系・推進系・バス系はそれぞれ、100kg、130kg、150kg
カプセル 1 つ 40kg この場合 2 つで 80kg
サンプラ 1 つ 15kg この場合 2 つで 30kg
比推力
今後の課題
124
化学推進で検討することにより、ある程度エネルギーを少なくできる期間が分っている。今
後は、この期間の周辺を詳細に検討し、大気圏突入速度や燃料を少なくするように最適化する
必要がある。
125
4.2.2. ミッションシーケンス
ここでは例として NEO 探査の一案について述べる。衛星の運用フェーズは軌道に即して以
下の 14 のフェーズに分類できる。
・Phase 1
・Phase 2
・Phase 3
・Phase 5
・Phase 6
・Phase 7
・Phase 8
・Phase 9
・Phase 10
・Phase 11
・Phase 12
・Phase 13
・Phase 14
・Phase 15
Launch、初期運用
電気推進 on
クルージングフェーズ)
小惑星接近(1 個目)
小惑星ランデブー(1 個目)
小惑星への touch down、サンプリング(1 個目)
小惑星離脱(1 個目)
クルージング
小惑星接近(2 個目)
小惑星ランデブー(2 個目)
小惑星への touch down、サンプリング(2 個目)
小惑星離脱(2 個目)
クルージング
地球接近、サンプル回収、衛星放棄
<Phase 1>Launch
探査機は H2A により打ち上げられ、地球周回低軌道に乗せる。このとき探査機はスピン状態
にある。地球離脱軌道に乗せるために固体燃料のキックモータを使用する。その後、スピンを
徐々に低下させ、太陽指向させた後、再度ゆっくりと太陽指向軸を中心として衛星をスピンさ
せ、姿勢の安定を図る。
<Phase 2>電気推進 on
電気推進が on になるまでの間を 2 週間程度とする。この間、地球からの距離が遠ざかるに従
い、通信レートは 4096bps から 256bps へと低下するためこれを考慮したテレメトリーの検討が
必要。
また、打上後 2〜3 日で月近傍を通過する。この際に分光カメラ等を作動させ、月面上の校正
サイトを利用した機器較正を行う必要がある。ここでの観測データは、HGA がまだ使用可能と
はなっていないため、衛星本体のデータ記憶装置に蓄えて徐々に地球へ DL するものとする。
電気推進を起動するためにはスラスタを太陽光にあててベーキングを行う必要がある。これに
先立ち、各スラスタは 20 時間程度のアイドリングを行う必要がある。これらの準備段階の後、
電気推進を本格的に始動させ、
太陽指向の 3 軸制御を行いクルージングフェーズへと移行する。
<Phase 3>クルージング
探査機は 2012 年 7 月 13 日に地球から打ち上げられ、地球スイングバイをすること無しに
1989ML へと向かう軌道に投入される。1989ML へは 2013 年 3 月 30 日に到着する。この間の
約 9 ヶ月間を、クルージングフェーズと定義する。
クルージングフェーズ中は探査機の姿勢は 3 軸制御の定常運用姿勢(太陽指向)とするが、
バッテリのリコンディショニングの為にバッテリの完全放電及び再充電を 4 ヶ月に 1 回程度の
頻度で行う必要がある。1 回のリコンディショニングには約 2 日を要する。この間は衛星本体
は太陽方向を指向しつつもスピン(1rpm)により姿勢の安定を図る物とする。
HGA にジンバルを用いれば太陽指向をしつつ地球へのリンクが可能であるが、ジンバルの重
126
量は探査機設計にかなりのインパクトを与えるため現時点ではジンバルを採用するかどうかは
未定。ジンバルが無い場合は、クルージングフェーズ中のデータ DL は MGA もしくは LGA を
利用する。HGA を利用する場合は HGA を地球指向とし、電気推進は停止させる。MGA ある
いは LGA で通信を行う場合は太陽指向のまま、電気推進も稼働させたままの通信とする。
観測機器としてはダスト分析機で定常的に観測を行う。X 線分光器は、X 線天体を適宜観測
するものとし、また可能な限り近傍小惑星の光度変化を可視カメラを用いて観測する(太陽位
相角の変化に伴う小惑星の光度変化を調査するため)
。
可視カメラの情報は非可逆圧縮可能であ
り、通信は必ずしも HGA を利用する必要はない。
また、各分析機器の校正をこの期間に行う必要があるが、これらの校正期間中は減速として
電気推進が停止している間に行う物とする。
ただし安全のため、
これらは太陽指向が維持され、
電力がバッテリからではなく直接太陽電池パネルから供給されている間に行う物とする。
<Phase 4>小惑星接近(1 個目)
このフェーズは探査機の小惑星への接近に伴い、小惑星が点像ではなく面像として捉えられ
るようになってから、探査機が小惑星へランデブーするまでの期間と定義する。
探査機の姿勢は基本的には太陽指向を維持するが、軌道修正のための小惑星の位置確認、及
び科学観測のために 3 軸を制御し、小惑星へセンサを必要に応じて指向させる。この間に稼働
が予定される機器は可視分光カメラ(おもに形状・自転周期・自転軸観測)
、熱赤外カメラ(小
惑星周囲のダストリングの検出)
、ダスト分析機である。可視分光カメラの情報は可逆圧縮が望
ましいため、これらのデータを DL するために随時 HGA を地球指向させ、電気推進を停止す
る必要がある。
<Phase 5>小惑星ランデブー(1 個目)
1989ML への滞在期間は 2013 年 3 月 30 日から 2014 年 01 月 28 日までの約 10 ヶ月の長期に
渡るが、この期間の大部分を探査機はこのフェーズとして過ごす。
探査機をHP(ホームポジション)を中心として小惑星に対してランデブーさせる。探査機の
位置はHPを中心に小惑星中心から見て数度以内で安定させるものとする。HP 位置は太陽位
相角が 45〜60 度程度となる位置が望ましい。探査機の姿勢は太陽指向とするが、観測に応じて
センサを小惑星指向とし、HGA を使用する際は HGA を地球指向とする姿勢制御を行う。探査
機がHPに乗った後、各観測センサはすべて稼働状態に入り、グローバルマッピング、自転軸・
自転速度の決定、重力レベルの粗推定等を行う。
<Phase 6>小惑星への touch down、サンプリング(1 個目)
1989ML 滞在の最終段階として、小惑星への touch down とサンプリングを行う。サンプリン
グ方法は MUSES-C と同様の打ち込み式とし、試料をサンプリングホーンで回収する。ただし
探査機下面はわずかに傾斜を持たせた構造とし、軌道上から使用するセンサ類とサンプリング
ホーンを搭載する場所をわけておく。サンプリングホーン面には近接カメラを搭載させ、小惑
星表面の近接画像の撮影、
及びサンプリング前・サンプリング後の画像を撮影するものとする。
小惑星への touch down の途中、自由落下期間を設け小惑星の重力レベルの計測を行うものとす
る。また、touch down に先立ち HP を離脱した後に、いったん探査機をターミネータ付近に移
動させて低い太陽位相角での観測を行う。
<Phase 7>小惑星離脱(1 個目)
<Phase 8>クルージング
127
Phase 3 に準じる。ただしこの間に、各観測機器の校正を、電源 off する前に行う必要がある。
<Phase 9>小惑星接近(2 個目)
Phase 4 に準じる。Phase 9 は 2014 年 1 月 28 日から 2015 年 12 月 15 日の約 11 ヶ月間。
<Phase 10>小惑星ランデブー(2 個目)
Phase 5 に準じる。Ivar での滞在期間は 2015 年 12 月 15 日から 2017 年 05 月 04 日の約 1 年 4
ヶ月。
<Phase 11>小惑星への touch down、サンプリング(2 個目)
Phase 6 へ準じる
<Phase 12>小惑星離脱(2 個目)
Phase 7 へ準じる
<Phase 13>クルージング
Phase 8 に準じる。期間は 2017 年 5 月 4 日から 2018 年 8 月 7 日までの役 1 年 4 ヶ月間。
<Phase 14>地球接近、サンプル回収、探査機放棄
地球接近時に、月近傍を通過するときに分光カメラでの月撮像を行いこれを最終の校正デー
タとする。ただしデータの送信はリエントリーカプセルが地球に透過され、探査機が地球を通
過した後に転送されるものとする。
リエントリーカプセルは探査機本体より地球突入 8 時間程度前に放出するものとし、地球に
毎秒 11.7km、突入角 12 度程度で突入する物とする。探査機本体はその後地球近傍を通過し、
惑星間空間へ再度脱出する。その後、太陽指向の 3 軸制御へといったん姿勢を戻し、必要なデ
ータを地上に送信後、太陽指向のまま探査機をスピンさせ、姿勢を安定させる。探査機はここ
で役目を終えるが、後日必要な場合はその機能を回復できるように LGA での通信リンクは確
保しておく。
リエントリーカプセルは大気圏突入後、パラシュートを利用し地上に落下、回収される。
128
4.3. 宇宙機に対するシステム要求
ここでは例として、NEO 探査の各案に共通なもののみを述べる。
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
・
可視分光・赤外分光・熱赤外分光の観測部分は同じ部分となるようにすること
可視分光カメラの撮像とライダーのレーザー発射は同調できるようにすること
ライダーのスポットを可視分光カメラで確認できるようにすること
可視分光・赤外分光カメラの校正を行えるフェーズを確保すること(恒星を使った校正?)
可視分光・赤外分光カメラで、地球離脱時に月の校正サイトを撮影できること
(周回軌道に乗る場合)自由落下法による小惑星質量決定を行うために小惑星中心方向に
初速度 10cm/s で 1500km から 1000km 程度まで自由落下を行い、その間ライダーによる計
測を行うこと。自由落下中は軌道・姿勢制御を行わないものとする。また、この間に数枚
の可視分光カメラによる撮影も必要である
(周回軌道に乗る場合)小惑星を太陽位相角 30°〜60°程度の範囲内で可視分光・赤外分
光観測が行えること
可視分光・赤外分光カメラに置いて、太陽位相角を上記以外のアングルでも 1〜2 回観測の
機会をあたえること
探査機の姿勢制御は 0.05°以下(赤外分光カメラの視野の半分)とすること。また、姿勢
決定精度もこれと同等であること
小惑星のマッピングフェーズにおいては、HGA での送信が困難な場合はデータレコーダに
保存できるようにすること
姿勢制御によってセンサの観測法光を 1 次元及び 2 次元にスキャンできること
X線分光観測器の校正のために宇宙背景Xせんんおかんそくを行えること
小惑星以外のX線天体の観測を行えること
X線での観測中は、太陽X線が標準試料に直接照射するような姿勢をとること
4.4. ハードウェア構成/コンフィギュレーション
ここでは例として、NEO 探査に関する一案を述べる。
探査機
|-構造機構系
|-推進系
| |-キックモーター
| |-電気推進
| |-姿勢制御用
|-通信系
| |-HGA
| |-MGA
| |-LGA
|-誘導・制御系
|-電源系
| |-太陽電池
|-熱制御系
|-サイエンス機器系
| |-可視分光カメラ
129
| |-赤外分光カメラ
| |-熱赤外分光カメラ
| |- X 線分光器
| |-レーダーサウンダー
| |-ライダー
| |-γ線スペクトロメータ
| |-ダスト検出機(TOF?)
|-ローバ
|-サンプリングシステム
| |-サンプリングホーン
| |-プロジェクタイル噴出機構
|-回収カプセル
|-収納箱
|-耐熱機構
|-パラシュート
太陽方向
HGA
太陽電池パネル
太陽電池パネル
電気エンジン
スラスター
ダスト分析機
近赤外分光
カメラ
γ線分光器
X線分光器
サンプリン
グホーン
近接分
光カメラ
可視分 レーザー
光カメラ 高度計
遮蔽板
熱赤外カメラ・
放射温度計
Fig. NEO 探査機概念図の一案
130
4.5. 宇宙機サブシステム検討
4.5.1. 構造機構系
構造様式
本ミッションの主目的は,2 つの小惑星へ着陸し,サンプルを回収することである.このた
め,最重要のミッション機器はサンプラ及び 2 つの突入カプセルである.サンプラはそれほど
巨大な機器ではないが,MUSES-C の反省から機体重心付近に設置することが望まれている.
また突入カプセルは,搬送路長の観点などからサンプラ近傍に配置することが望ましい.これ
らは構造に対する重要な設計制約条件となる.これら以外にも小惑星を観察するための理学機
器や,長期間航行のための電気推進装置,小惑星に着陸するための光学誘導系,長距離用の高
出力通信系など,他数の機器を搭載する必要があり,これも重要な設計条件である.
一般に衛星の構造様式は,パネル型とトラス型に大別される.パネル型はパネルで荷重を分
散して支持する構造であり,搭載面積が多いという長所があるが,大きな集中力が作用する場
合にはパネル全体が重くなるという欠点を持つ.対してトラス型は,トラス配置の工夫により
大荷重を比較的軽量に支持することが可能であるが,機器の搭載場所に制約が大きくなる.
これら 2 つの構造様式の長所を考察し,
1. 搭載機器が多い
2. 大型の搭載機器はない
の 2 点から,パネル型の構造様式を採用するのが合理的であると考える.
具体構造
最大の荷重が作用することが予想されるサンプラを機体重心付近に配置することが設計の制
約となっている.このことを考慮し,機体中央にセントラルシリンダを配置したタイプのパネ
ル型を採用する.(Fig.V.4.A.1 参照) セントラルシリンダにロケットとの結合リングを装着し,
その内部にサンプラ及び突入カプセルを搭載することで,大荷重の大半をセントラルシリンダ
で持つことが可能である.また重量の多くを占めることが予想される燃料タンクも,セントラ
ルシリンダに支持棒を結合することで比較的容易に荷重を伝えることが可能である.
構造部材はなるべく軽量化することが望ましいが,固有振動数の観点から余り剛性を下げる
ことは好ましくない.剛性を確保するため,一次構造部材であるパネルはアルミ表皮のハニカ
ムとし,パネルの複合材化は行なわない.また,タンク支持棒等の二次構造部材においては,
可能な限り複合材を使用し機体の軽量化を図る.また,制振材を構体接合部及び機器搭載部等
に積極的に貼付することで,構体及び搭載機器の機械環境の緩和を図る.
131
Figure V.4.A.1: セントラルシリンダ構造
132
4.5.2. 推進系
化学推進
ファミリーミッションの推進系検討結果について、以下にまとめる。探査機重量・必要増速
量については Option A をベースとする。
推進系としては技術実績豊富であり深宇宙探査に使われているストラブルニ液推進系を当面
の検討のベースとし、
電気推進系等アドバンスドな推進系に関しては、
今後の検討課題とする。
ニ液推進系としては、燃料N2H4(ヒドラジン)/酸化剤NTO(四酸化ニ窒素)の組み合
わせ、または燃料MMH(モノメチルヒドラジン)/酸化剤 NTO またはMON3 の組み合わせ
が一般的である。両推薬の組み合わせはのいずれを選択するかは、一概には決められないが、
一般に前者のN2H4/NTO組み合わせの方が比推力は高くできる反面、パルス運用に制約を
生じかつ小推力スラスタの実績が乏しいため、RCSは一液式スラスタと組み合わせる必要が
出てくる。MMH/NTO の組み合わせは比推力は若干劣るものの、パルス運用に対する制約は少
なく、
推力範囲も広く選ぶことが可能である。
いずれの組み合わせも実績としては豊富にある。
今回のファミリーミッションの場合は、姿勢制御用の小推力スラスタ用△V より、フライバ
イ軌道変換用の大推力△V の方が支配的であるため、本検討では性能面でメリットのあるN2
H4/NTO推薬の組み合わせをベースとした。
必要推薬量を表 6.3−1 に、また考えうる推進系機器部品構成と重量を表 6.3−2 に示す。
また今後の探査機構成検討のために、
推進系エンベロープ等の参考情報を図 6.
3−1 に示す。
シーケンス
Injection error correction
Nominal delta-V at flybys
Navigation
Attitude control
合計
表 6.3−1 推薬量
OMEΔV RCSΔV OME Isp
[m/s]
[m/s]
[sec]
150.0
906.0
120.0
0.0
1176.0
RCS Isp OME消費 RCS消費 機体重量
[sec]
[kg]
[kg]
[kg]
1088
0.0
321.4
127
50.57
0.00
1037.4
0.0
321.4
127
259.18
0.00
778.3
0.0
321.4
127
29.07
0.00
749.2
50.0
321.4
127
0.00
29.48
719.7
50.0
338.82
29.48
368.30
10.16
0.88
搭載余裕(3%)
348.98
30.37
有効推薬量
NTO
N2H4
162.36
216.99
有効推薬量(内訳)
1.5
0.7
無効推薬(内訳)
163.86
217.69
搭載推薬量(内訳)
381.55
トータル
表 6.3−2 推進系重量
質量(k
g)
加圧ガス供給系
推薬供給系
スラスタ系
その他
ドライ重量計
推薬重量
GHe重量
14.1
13.7
18.0
3.0
48.7
381.5
1.0
133
推進系重量計
431.2
約 2000
約 1500
Fig. 探査機推進薬タンク構造
134
電気推進(Post MUSES-C ミッションに向けたイオンエンジン大推力化/高性能化の現状)
宇宙科学研究所では,MUSES-C 搭載用のイオンエンジンμ10(ミューテン) の開発を終え,
次期小天体探査ミッションに適用可能なイオンエンジンμ20(ミュートゥウェンティー) の開発
に着手した.
μ10 はマイクロ波放電方式によるプラズマ生成を利用した世界唯一のイオンエンジンであ
り,熱陰極を用いた従来からの電子衝撃型イオンエンジンと比べて,より高い信頼性と長寿命
化を目指したものである.MUSES-C ではこれを4 台搭載し,最大3 台を同時運転する設計で
あるが,イオンエンジンシステム全体
Table Target Performance of 20-cm-diam Thruster
の消費電力当たりの推力が20mN/kW
と,今日主流となっている電子衝撃型
が30 ò 40mN/kWを達成しているのに
比べて見劣りがする.このことは,太
陽電池などの電源重量を増大させる
と同時にミッション期間の長期化を
まねく.
μ20 では,この推力電力比を
30mN/kWにまで引き上げることを最
大の目標とし,同時に電気推進系の単
位推力当たりの重量を削減すること
を目標として,エンジンヘッドの口径
を2 倍に大型化することに取り組ん
でいる.
推力電力比を増大させるために最
も効果的なのは,イオンビームの加速
電圧をμ10 の1500V よりも小さくす
ることである.同じ消費電力でより大
Fig
Thruster Size (Beam Area)
Beam Voltage (V)
Beam Current (mA)
Microwave Frequency (GHz)
Microwave Power For Ion
Source (W)
Microwave Power For
Neutralizer (W)
Xe Flow Rate (SCCM)
Thrust (mN)
Isp (s)
Propellant Utilization (%)
Ion Production Cost (W/A)
Total Power (W)
Thrust/Power (mN/kW)
PPU Input Power (W)
PPU Eéciency (%)
MPA Input Power (W)
MPA Eéciency (%)
μ10
φ10 cm
1500
140
4.25
32
μ20
φ20 cm
1200
580
4.25
90
8
18
2.9
8.1
2910
83
220
390
20.3
262
80
99.9
55
11.2
30.4
3100
80
155
1015
30
770
90
196
55
Carbon/Carbon composite grid assemblies of μ10 thruster (left) andμ20 thruster (right).
135
きな推力を出すためにはイオンビームの電流値は増加させなければならないが,マイクロ波放
電方式の場合は生成できるプラズマの密度に永久磁石の強さやマイクロ波の周波数により決定
される上限があり,エンジン口径を大きくすることが不可欠となる.エンジン1 台当たりの推
力を4 倍に増強し,搭載台数を削減することでマイクロ波電源,高圧直流電源,推進剤供給系
などの総重量をμ10 よりも小さくできることが期待される.Table V.4.B.1 にμ10(実績値) と
μ20(目標値)の一台当たりの諸元をまとめた.μ20 は口径20cm, 1kW, 30mN級イオンエンジン
となる予定である.
プラズマ生成方式はμ10 のマイクロ波放電方式を継承し,同様の18,000 時間程度の寿命を
確保すべく,イオンビーム光学系(グリッド) にはC/C 複合材を引続き採用する.Fig. V.4.B.2 に
ビーム有効径20cm のμ20 用グリッド試作第1 号と10cm のμ10 用グリッドとを比較した写
真を示す.グリッド大型化に伴い,ロケット打ち上げ時の振動環境への耐性が問題となる.厚
さ1mm 程度の3 枚の板が,0.5mm 以下の間隔で配置されており,これらが振動によりしなっ
て互いに衝突することでの破壊が懸念される.そこで,より剛性の高いカーボン系新材料を使
ったグリッドの開発に取り組んでいる.
40 年の歳月を費やして5cm から35cm までの口径のエンジンが研究開発され尽くした従来
型イオンエンジンと異なり,マイクロ波放電型イオンエンジンの大型化は確立された設計指針
がまだなく,試行錯誤のくり返しを重ねながら目標性能に一歩一歩近づける努力が続けられて
いる.これまでに試された放電室の設計(軸対称円筒形放電室の断面図) とそれぞれで到達した
イオンビーム電流の目標値に対する割合をFig.V.4.B.3 とTable V.4.B.2 に示す.
試作第一号μ20-I ではμ10 と同様の円形導波管をSm-Co(サマリウムコバルト) 永久磁石を並
べた放電室に接続した形態を採用し,バナナ状の断面形状をしたプラズマリングの個数もμ10
と同じく一個とした.
このタイプの性能は全く目標に届かず,プラズマ密度を維持したまま大面積化するには,プ
ラズマリングの個数も半径方向に増やすべきであることが分かった.このタイプの放電の様子
をFig.V.4.B.4 に示す.
試作第二号機μ20-II は,電子サイクロトロン共鳴(ECR) を利用したマイクロ波放電式として
は元祖となるアメリカのTRW社が1987 年当時にû30cm エンジンに採用していた設計概念にな
らったものであり,深いバケツ型放電室を持つ.この設計方針はμ10 開発当初も意識していた
が性能が芳しくなく,放電室の浅い(薄い/短い) 形態へと進化してきた.û20cm の放電室におい
てもやはりTRW方式はイオンビームがほとんど取り出せず,μ10 以来の薄型放電室を踏襲す
べきであることに自信を深めた.
μ20-III は,磁石間隔をμ10 と同程度に保ったまま,半径方向の列数を増やしたものである.
等間隔同心円状の磁石配列では,中心軸に近い磁石上に濃いプラズマが発生して,外周部のプ
ラズマ生成が妨げられることが分かり,内周部の磁石間隔を外周部よりも大きめにとってプラ
ズマ生成を抑制したほうが放電室全体から引き出せるイオン電流は増大した.放電室全域での
均一なマイクロ波パワー吸収を実現させるために,外周部磁石の配列に高エネルギー電子の放
電室半径方向の出入りを助長するための内外接続部を2箇所設ける工夫を凝らして大きな成果
を上げている.磁石配列を反映したプラズマの発光分布をエンジン下流側正面から撮影したも
のをFig.V.4.B.5 に示す.このタイプでは目標推力の90%が得られた.
μ20-IV では,μ10 からの懸案であった円形導波管部の撤廃に成功した.従来は円形導波管
の端に同軸導波管変換部を設けていたが,この部分のアンテナを直接放電室中心軸上に挿入す
ることで,非常にコンパクトなエンジン設計となった.MUSES-C では探査機構体内部へ侵入
する導波管が厄介であったが,この新方式の採用により搭載の自由度が増すであろう.
現在取り組んでいるμ20-V では,最新型の従来より強力な磁石を使うことでの推力アップを
狙っている.μ20-IV のSm-Co 磁石をNdFe 磁石に交換し,マイクロ波周波数を4.25GHz から
136
5GHz 以上の上げることで,プラズマ密度上限(カットオフ密度) を上げることが出来,高密度
プラズマ中でのマイクロ波吸収効率をあげられることが性能向上につながると考えている.予
備実験の段階ではあるが,目標であるイオン電流値を上回る見込みが得られた.新型磁石は使
用上限温度が低いため,磁石温度を下げることに主眼を置いた新しい熱設計に取り組むことが
今後の課題として残る.大電流化対応を進めつつあるμは放電型中和器を含めたμ20 の最終的
な設計,仕様は平成15 年度中には固めてBBM を製造する予定である.
µ10 for MUSES-C
Single Line Type with
Circular Waveguide
µ20-I
Single-Ring Plasma
(IEPC-01-103)
Waveguide
Probe
Coaxial Cable
High Energy Electrons Heated By ECR and Confined by
Magnetic Mirrors
µ20-II
Ring Cusp Type
(Similar concept as
TRW’s 30-cm ECR
plasma generator
in 1987.)
Sm-Co Magnets
µ20-IV
Multi-Ring
Plasma
without
Waveguide
µ20-III
Multi-Ring Plasma
(IEPC-01-107)
Sliding Short Plunger
Triple-Stub Tuner
Fig.
μ20 イオンエンジン放電室の開発履歴
137
Probe
or
Antenna
Table
μ20-I
40%
Fig.
μ20 ビーム電流目標値の達成度
μ20-II
μ20-III
- 90%
μ20-I の放電状態
μ20-IV
89%
Fig.
138
μ20-V
>105%(見込み)
μ20-III の放電状態
4.5.3. 通信系
まえがき
まず小惑星探査から通信への要求について,特徴を洗い出す.次いで,その解決策を提案し,
実現しうる通信システムについて検討する.
通信からみた小惑星探査機の特徴
(1) 探査機の姿勢が多様である.特に巡航フェーズと探査フェーズでの探査機角度は,各々太
陽角と小惑星への観測器角度で決まり,一般には異なる.また観測手法(遠隔か,ロボット降下
か) によっても姿勢が異なると思われる.
(2) 目標とする小惑星が変更されることも予想され,その変更に対し手戻りが最小になるよう
にする必要がある.
(3) 最遠距離が 3Au となり,高利得(狭ビーム) アンテナが必要である.
(4) 受信レベルが低くなり,電波捕捉から通信や測距に至る運用が難しい.
(5) 複数の探査機による編隊飛行も考えられる.
小惑星探査に適した通信システム
通信品質は第一義的に,受信電波の信号電力対雑音電力比(S/N) で決まる.
ここに,Pt:送信電力,Gt:送信アンテナ利得,Lf :自由空間損失,Gr:受信アンテナ利得,N0ANT :
アンテナ出力端での雑音電力密度,N0LNA:第一段の低雑音増幅器で発生する雑音電力密度,
B:周波数帯域.ここで Lf = (ï=4 ôR)2 であるが,その中で波長 ï は電波割り当てと地上局で決ま
り,距離 R はミッションで決まっている.従って,Lf は固定される.そこで S/N を向上させ
るには,次の手段が一般的である.
(1) 送信電力 Pt を大きくする.
(2) アンテナ利得 G をあげる(HGA の開口径を大きくし,開口能率を高くする).
(3) 受信機雑音 N0LNA を減らす.
これらについては,
従来から努力されていることであるが,
新しいシステムを設計する時点で,
最大の努力をすることになる.
ここでは,前節の特徴・条件を満たすべく,次のような新しい通信要素を考えてみたい.
適応制御 HGA
本アンテナは,次のような機能を有する.
・
・
・
・
衛星が電波を受信する方向に,自動的にアンテナ方向を振る.
アンテナ設定誤差や慣性軸変動による指向誤差を補正する.
レトロディレクティブな機能も実現できる.
開口能率を 50%以上にできる.Cf. MUSES-C では,17.8%.
実際の作りは,次のようになる.
139
・ 一次放射器(ダイポールや小開口) を,配列して放射面を形成する.
・ 必要となる角度補正範囲に対し,一次放射器を適切に設計する.
・ 各一次放射器に移相器を備え,給電移相を任意に設定する.
MGA 兼 LGA
機能は,
・ 切り替えにより,MGA あるいは LGA を実現する.
・ ビームを高速で回転できる.
・ これに対し地上局では,同期検波により衛星の探索が行える.
実際の作りは,
・ 一次放射器を,MGA 相当数だけ配列する.
・ 各一次放射器にスイッチと移相器を備え,給電移相を任意に設定する.
可変トランスポンダ
機能は,
・ 通信パラメータ(副搬送波の周波数,変調指数,符号方式,データ速度) を連続的,自由に
変えられる.
・ 最初無変調の搬送波で衛星を捕捉し,その後逃すことなく通信のモードやパラメータを最
適変更
する.実際の作りは,ソフトウェア・ラヂオ技術を使う.
実現しうる通信性能
上り回線のアンテナは,姿勢が定まらない場合,上記の「MGA 兼 LGA」を LGA に設定し
て考える必要がある.その後姿勢の状態に応じ,MGA に切り替えることができる.下り回線
のアンテナは,
「適応制御 HGA」なので,MUSES-C と同じ 1.6m 径でも利得が 4.5dB だけ高
くなり,姿勢変動などが有っても最大利得を保持できる.
その他はMUSES-C の送信機と受信機を想定し,
通信性能を推定すると,
つぎのようになる.
・ コマンド: 8bps でマージンが,+1.4dB.
・ テレメトリ: 8192bps でマージンが,+3.7dB.
・ 測距: 充分な性能が確保できる.
また探査機の送信電力 Pt を大きくすることと受信機雑音 N0LNA を減らすことは,それぞ
れ可能なので,上記性能は更に改善できる.ただし「可変トランスポンダ」は探査機運用を易
しくするものであり,上記性能には関係ない.
140
Fig
探査機へのアンテナ装着状況
141
4.5.4. 誘導/制御系
探査機の制御
<姿勢制御方式>
探査機は,大きな太陽電池パネルを備えるため,その姿勢制御方式は 3 軸制御方式である.
通常の衛星と同じく,独立した姿勢軌道制御装置(AOCU: Attitude and Orbit Control Unit) により,
姿勢と軌道の決定,制御を行なう.
MUSES-C 探査機の場合,検討初期には,
(a) 4 台のモーメンタムホイール(MW: Momentum Wheel) をスキュー配置させたバイアスモー
メンタム方式(Fig.V.4.D.8(a))
が提案されていた.この方式は,多くの天文衛星でも実績のある方式であり,1 台のホイール
が故障してもホロノミックに 3 軸の姿勢を制御できる.しかし,検討が進むにつれ,軽量化の
要求もあり,最終的には,
(b) 3 台のリアクションホイール(RW: ReactionWheel) を直交配置させたゼロモーメンタム方
式(Fig.V.4.D.8(b))
になった.ホイールの個数に冗長性がないため,1 台のホイールが故障した場合,生き残った
2 台のホイールのうち,1 台に角運動量を持たせることで(モーメンタムホイールとして使用),
探査機の姿勢を安定化させる.角運動量を持つ軸まわりの姿勢はホイールの回転で制御し,も
う 1 台はそのままリアクションホイールとして使い,モーメンタムホイールと直交する軸の制
御を行なう.ノンホロノミックだが,3 軸の姿勢を制御することは可能である.
次期小天体探査機では,冗長性があり多くの実績をもつ(a) の方式が望ましいと思われる.
探査機の姿勢外乱には,
・ IES による推力ずれによる蓄積(IES を使用する場合)
IES はジンバルによりその推力方向が探査機の重心を通るように制御するが,IES の推力
方向が探査機の重心を通らない場合には,探査機に姿勢外乱を与える.
・ 太陽輻射圧
探査機の形状によっては,太陽からの輻射圧による姿勢外乱を受ける.
がある.これら姿勢外乱により,ホイールには角運動量が少しずつ蓄積する.このホイールに
蓄積した角運動量をアンローディングするため,定期的に RCS を使用する.
Fig. V.4.D.8
Wheel conågurations of three axis stabilized spacecraft
142
<姿勢決定方式>
探査機の慣性空間での 3 軸姿勢は,IRU(Inertia Reference Unit) により,ジャイロが検出した
角速度を積分して時間伝播させることで求める.ただし,ジャイロのドリフトにより,時間が
経つにつれその姿勢伝播誤差が大きくなる.
ジャイロによる推定姿勢誤差を補正するため,スタートラッカ(STT: STar Tracker) による姿
勢決定値を定期的に利用する.STT は複数の星を使うことにより,瞬時の 3 軸姿勢を求める
ことができる.ただし,
(1) 姿勢決定周期が 1[sec] 程度と長い.
(2) 星同定に演算時間がかかる.
(3) STT の視野方向に恒星があまり存在しないと誤差が大きくなり,3 軸姿勢を求めること
ができない場合もある.
などの欠点がある.このため,STT より高周期で姿勢を検出できる 2 次元太陽センサ(TSAS:
Two-dimensional Sun Aspect Sensor) も用いる.ただし,太陽まわりの位相を求めることはできな
いので,3 軸の姿勢を検出することはできない.
これらのジャイロ,STT, TSAS を利用した姿勢決定方式は,カルマンフィルタを用いたアル
ゴリズムが,科学衛星の 3 軸姿勢制御として実績がある.
MUSES-C 探査機では,その姿勢制御精度が 0.1[deg] と比較的緩やかであったため,ジャイロ
は小型軽量であることを優先し,FOG を使用した.次期小天体探査ミッションにおいても,
高精度な姿勢精度要求はないと思われるため,軽量化が要請されれば,FOG を使えばよいと
思われる.
STT は,MUSES-C で開発したものと同じく,パッケージ内部で星同定を行い,3 軸姿勢を
出力するインテリジェントなタイプ(つまり,
地上や AOCS では計算しないタイプ) を用いる.
STT,TSAS の数や配置は,今後詳細に検討する必要がある.
打ち上げ直後やセーフホールド時には,姿勢がどちらを向いているかわからないので,TSAS
を利用して太陽捕捉(太陽電池パネルを太陽方向に向け,そのまわりにスピンさせる) を短時間
を完了することができない.この場合,複数の粗太陽センサ(CSAS: Coarse Sun Aspect Sesor) を
用いて太陽に対する角度を求める.CSAS は 1 次元の太陽センサであり,CSAS が太陽を見て
いれば,太陽方向と CSAS 視野方向の角度を求めることができる.太陽捕捉完了後は,上で述
べた 3 軸姿勢制御に移行する.
<軌道制御>
探査機の軌道のΔV は,IES あるいは,RCS を用いる.ΔV 量を正確に計測するため,加
速度計(ACM)を搭載する.
小惑星への探査機の誘導
地球からの range and range rate による探査機の位置決定(電波航法という) は,その誤差が
100[km] 程度と大きい.このため,確実に小惑星に接近するためには,探査機内部で小惑星と
の相対的な位置関係を求める必要がある(光学航法という).
また,NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッションでは,MUSES-C と同じく,
・ 機を小惑星の近くに滞在させる.
・ サンプリング時に,探査機を小惑星表面に誘導する.
必要がある.
143
小惑星への接近
小惑星に確実に接近するための戦略は,MUSES-C とほぼ同じ光学航法を用いる.
地球からの電波航法により小惑星の近くに到着すると,探査機の搭載カメラで小惑星を捕捉
する.このカメラの視野に小惑星を入れたたま,小惑星への視線方向に探査機が向かうように
移動すれば,小惑星に接近できる.
小惑星にある程度接近すると,搭載した LIDAR(LIght Detecting And Ranging) により,直接,
小惑星までの距離を測ることで,小惑星からの相対的な位置を求める.
Fig. V.4.D.9
id capture by camera and LIDARV
小惑星付近の滞在
NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッションでは,小惑星の付近に長期間滞在して,
リモートセンシングによる観測や小惑星への着陸を行なう.ターゲットとなる小惑星が大きい
場合,小惑星のまわりを回る軌道に投入する.USA の NEAR 探査機はこの手法をとった.
ターゲットとなる小惑星が小さい場合には,小惑星の公転軌道とほぼ同じ軌道に探査機を投入
する.これは,小惑星が小さいと,
(1) 小惑星のまわりを回る安定な軌道に投入するのが難しい(速度精度要求が厳しい).
(2) 小惑星からの重力の影響が小さいので,軌道周回させなくても軌道制御に要する推薬消
費が少なく済む.
の理由から,MUSES-C で採用されている戦略である.
MUSES-C 探査機の場合,小惑星-探査機-太陽が一直線になる位置(ホームポジション) に探
査機を投入する(Fig. V.4.D.10(a)).観測機器は,ホームポジション上で太陽指向状態から大きく
姿勢変更することなく観測を行なえるよう,太陽電池パネルと反対側に取り付けられている.
搭載した LIDAR とカメラにより小惑星と探査機の位置関係を求め,探査機がホームポジショ
ンから大きく逸脱すると,RCS により位置を修正する.小惑星と探査機の距離は,小惑星の重
力場の影響をあまり受けないこと(重力場の影響が大きいと位置をホームポジションを保つた
めの消費推薬が多くなる),観測機器の小惑星表面へのフットプリントが適当な大きさになるこ
と,などを考慮して決定する.
144
小惑星への着陸
NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッションでは,探査機が小惑星表面からサンプ
ルを取得するため,小惑星表面に一瞬着陸する.サンプリング機構は,MUSES-C のものをほ
ぼ踏襲することになる.
小惑星表面への着陸で考慮すべきことは以下の通りである.
・ 安全な着陸
探査機が小惑星に着陸した時に,変な外乱が入ったり,探査機を壊すことがないように、着
陸時の探査機は以下のように制御する必要がある.
凹凸のあまり激しくない安全な地点(凹凸が激しいと,
着陸時に探査機の太陽電池パネ
ルが干渉して,探査機が壊れる可能性がある.) に着陸すること.
小惑星表面と探査機との間の水平相対速度をゼロにする.
探査機は小惑星表面に対してまっすぐ着陸すること.つまり,ローカルな小惑星表面
の法線ベクトル方向から小惑星表面にアクセスすること.
・ 高精度着陸
科学的に意義のありそうな地点,あるいは,凹凸のあまり激しくない安全な地点に所望の精
度で着陸すること.
前者はMUSES-C 探査機において考慮されている.
後者も,
着陸地点をあらかじめ選定して,
その地点に降りるように時間を逆計算して,着陸の開始トリガを与えるが,本当はどこに着陸
するかはわからない.
つまり,選定した着陸地点に探査機が向かうようなアクティブな制御は行なっていない.次
期小惑星探査機では,後者をどのように実現するか課題として残されている.
MUSES-C 探査機における小惑星への着陸戦略は,以下の通りである.
1. 小惑星に向けて降下を開始する(Fig. V.4.D.10(a)).
2. 小惑星の高度 50[m] で,小惑星に向けてターゲットマーカ(TM: Target Marker) を落とす.
TM は小惑星表面で数回バウンド後,小惑星に静止することを期待している.また,小惑
星と探査機の距離は,LRF(Laser Range Finder) を用いて測定する.
3. TM を探査機搭載のカメラでトラッキングして,小惑星表面と探査機の水平方向の相対速
度を求める(Fig. V.4.D.10(b)).
TM のトラッキング時には,探査機側からフラッシュ(FLA: Flash) を焚き,再帰性反射シ
ートを貼った
TM が画像中で大きく浮かび上がらせることで,画像処理によるトラッキングを簡単なも
のにさせる.
4. 水平方向の相対速度をゼロにするよう探査機を制御し(小惑星表面同期),高度 20[m] 付近
でホバリングする.
この時, 視線方向の異なる複数の LRF で小惑星表面の距離を測定し,ローカルの小惑星
表面と探査機の姿勢がまっすぐになるようにする(Fig. V.4.D.10(c)(d)).
5. 小惑星方向に初速を与え,小惑星に向けて自由落下する(Fig. V.4.D.10(e)).
6. 小惑星と探査機のサンプラが衝突したことを検知すると,サンプリング機構が動作する(Fig.
V.4.D.10(f)).
145
衝突時にサンプリング機構が変形すると,サンプラの先端部と探査機の構体の間の距離が
変わる.
LRF(Laser Range Finder) によりサンプリング機構の先端部までの距離をモニタすることで
衝突を検知する.また,探査機の太陽電池パネルが小惑星表面に当たらないように,
FBS(Fan Bean Sensor) によりモニタする.FBS はレーザにより,太陽電池パネルの下部分
にある物体を検出するセンサである.
FBS により何か物体を検知すると,探査機が小惑星表面に接地する前でも,探査機を小惑
星から退避させる.
7. 衝突検知後,RCS により高速に小惑星表面から上空に退避する.
この手法は,MUSES-C が小惑星に到着していない現在では,うまく動作するか実証されて
いない.この手法の考えられる問題点は以下の通りである.
・ TM は小惑星表面に短時間で静止するか?
TM がいつまで経っても動きつづけるようだと,小惑星と探査機の間の水平方向相対速度
を求めることができない.
・ TM がカメラの視野外にでてしまうと,小惑星と探査機の間の水平方向相対速度を求める
ことができない.
・ 小惑星と探査機の間の水平方向相対速度の検出精度が 8[cm/s] と比較的大きい.小惑星表
面が小惑星の自転により移動する速さと同程度であり,この精度で相対速度をキャンセル
しても,小惑星表面同期したかどうかは怪しい.
・ 狙った地点に着陸する保証は何もない.
次期小惑星探査機では,MUSES-C の実際の結果も踏まえて,着陸戦略を考え直す必要があ
る.問題点の最初 3 つは,小惑星と探査機の間の水平方向相対速度の検出方法に関するもので
ある.小惑星表面との相対速度を求める方法としては,カメラ画像のオプティカルフローを利
用する方法もあり,
これはMUSES-C ではオプションの機能として実現されている.
この他に,
現在月着陸ミッション用として開発が進められている電波速度計を用いて小惑星表面との相対
速度を求める方法も考えられる.現在の電波速度計の速度測定精度は 10[cm/s] 以下であり,今
後の開発によっては使用できる可能性がある.
地上支援装置
リモートセンシングによる小惑星の全球マッピングや,着陸地点の選定のため,観測データ
から小惑星形状を復元する CG シミュレータを構築する必要がある.これらは,MUSES-C ミ
ッションで,
・ GRAS: 探査機の小惑星まわりの運動をシミュレートするツール.小惑星の CG 画像として
出力し,画像を用いた航法 Å 誘導系の試験が可能.
・ GM: 小惑星を撮影した画像から,その形状を復元するツール.
として開発しており,ソフトや運用ノウハウをそのまま使うことができる.
146
Fig. V.4.D.10
Sampling flow
147
4.5.5. ジンバル
MUSES-C 探査機は上面に HGA、太陽電池パネルを持ち、下面に観測機器が取り付けられて
いる。これらは探査機に直接固定されており、ジンバルは使われていない。その為に観測に当
たってはいくつかの制限が存在する。
通常探査機の太陽電池パネルは常に太陽方向を向いている必要があり、探査機は太陽と観測
対象である小天体を結ぶ線上に位置し、ここをホームポジションと呼んでいる。ホームポジシ
ョンから小天体は満月状にみえる。このとき、小天体からの照り返し量は多くなり、強度を稼
ぎたい X 線分光器や、地形効果による影響を除去したい可視・赤外の分光カメラに取っては有
利に働く。しかし一方で、全体的にのっぺりとしてしまうため、細かい地形などはみえなくな
ってしまう。地形を見るには低位相角で見ることが望ましい(Fig.)
、
Fig. 位相角による見え方の違い (AMICA チーム検討資料より抜粋 中村良介作)
アポロ 16 号に搭載されたマッピングカメラが撮影した プトレマイオスクレータ(緯度 -9 度、
経度 359 度) 付近の画像。 左が太陽高度 10 度 (AS16-0989) 右が 45 度(AS16-2967)。 右の画
像の右端が暗くなっているのは周辺減光のため。太陽高度が低い画像の方が、海の表面の起伏
が明瞭に観察できる。 また、左の画像中では影のおかげではっきりと認められる凸部(◯で囲
まれた部分)を、 右の画像で同定するのはかなり難しい
MUSES-C では HP における観測では位相角が 0 度付近の観測しか行うことが出来ないが、位
相角が 90 度付近まで行って観測を行う ターミネータ観測 のフェーズが存在する。しかし太
陽電池パネル、HGA、観測機器はジンバルを用いていないため、ターミネータ付近での観測に
あたっては太陽電池パネルを太陽方向からずらす必要があり、電力供給がストップし、バッテ
リによる駆動となる。バッテリの駆動時間から、観測時間は 7 分と制限されている。
Post MUSES-C ではこのような制限を回避するために、観測機器の一部をジンバルに搭載す
ることを提案する。前述のように、X 線分光器、可視・近赤外分光器は積極的に位相角 0 度付
148
近での観測が必要となる。これに対して、地形カメラ・偏光カメラはターミネータでの位相角
90 度付近の観測が求められる。ライダーはどちらからの観測でも良いが、地形カメラとライダ
ーはデータを相補完的に使用するため、ライダーの観測位置と地形カメラの観測位置との関係
は、きちんとアライメントを取ることが求められる。またライダーは、近赤外線分光器の校正
用にも使用されるため、ライダーが近赤外カメラの視野内に存在している必要がある。これら
の理由により、地形カメラとライダー、近赤外カメラとライダーは共にジンバル上に搭載され
ていることが望ましい。Fig に探査機の観測位置と、ジンバル搭載機器を示す。
ジンバルに載せる機器重量が重くなると、ジンバルの重さも大きくなる。MUSES-C 初期の
検討では、1.5kg の搭載機器に対して 1〜1.5kg のジンバルが必要とされており、搭載分の重さ
とほぼ同じ重さのジンバルが必要であると考えられる。
ジンバルに搭載する機器は、ヘッド部分、あるいは光学系部分だけなどに制限し、重量を軽
減する工夫が必要である。
ジンバル
HGA
太陽電池パネル
地形カメラ
偏光カメラ
近赤外分光器
ライダー
X 線分光器
可視分光器
ローバ通信用アンテナ
サンプラーホーン
ホームポジション
ターミネータ
太陽方向
Fig. 探査機位置とジンバルの運用方法
149
4.5.6. 電源系
はじめに
電源系の役割は,ミッションの全期間に渡り,探査機の動作に必要な電力を供給することで
ある.通常,1 次電源として太陽電池を搭載し,太陽の光エネルギーを電力に変換する.また,
2 次電池としてバッテリを搭載し,あらかじめ余剰電力を充電しておき,太陽電池から必要な
電力が確保できない時の電力需要をまかなう.
次期小天体探査ミッションのシナリオは複数考えられているが,電源系を設計するにあたっ
て重要な太陽と探査機との距離という観点で見ると,以下の通りである.
・ メインベルトの小惑星を複数フライバイするファミリーミッション:
探査機は,太陽から 3[AU] 強離れる.小惑星と接近し,その観測を行なうミッション期間は,
太陽から距離 3[AU] 弱のところである.
・ NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッション:
探査機と太陽の間の最大距離は,1.5 〜 2.4[AU] である.ミッション時の探査機と太陽から
の距離は,0.8 〜 1.5[AU] である.
MUSES-C 探査機の場合,太陽から最も離れた時の距離が 1.7[AU] である.また,火星の軌
道は,
太陽から距離約 1.5[AU] のところである.
次期小天体探査機は,
太陽からの距離 3[AU] と
いう過去の宇宙科学研究所の探査機が到達したことのない遠方に行く可能性がある.
また,ミッション時には,観測機器や航法誘導に必要な機器が動作するため,電力を多く消
費する.このミッション時の太陽からの距離も大きい.このため,場合によっては,同じ電力
を発生するために必要な太陽電池パネルの面積が MUSES-C の数倍となる.
電源系の構成
太陽光のエネルギー密度は,太陽からの距離の 2 乗に反比例して減少するため,太陽から遠
くなると,莫大な面積の太陽電池パネルが必要となる.また,探査機の温度が低くなるため,
搭載機器を温度的に維持・保存するための定常的なヒータ電力も大きくなり,さらに太陽電池
パネルの面積を上昇させる.
これまでの木星以遠に行く探査機(Pioneer 10/11, Voyager, Galileo, Cassini など) では,
RTG(RadioisotopeThermoelectric Generator) を搭載し,太陽からの距離に依存しない電力源,熱
源を確保してた[1][2].ただし,電源として RTG を使用することは,世論による反対が大きい,
入手性が悪い,コストが高いなど,逆風が強い.
2003 年初頭に打ち上げが行なわれる ESA の Rosetta は,RTG を搭載せず太陽電池のみを使
用する探査機の中で,太陽から最も離れる探査機である.その最大距離は 5.25[AU] であり,
その時の太陽照度は 0.03[solar](50[W/m2]),温度は-130[℃] になる.Rosetta 探査機は,この環
境で 400[W] 弱の電力を発生させるため,2[m] ×16[m] の太陽電池パネル(面積では 64[m2] を
2 枚搭載する[3].
RTG の使用が世界的に難しくなる一方で,探査の対象として太陽から遠い惑星・小惑星が検
討されるケースが増えており,太陽から離れた低照度・低温(LILT: Low Intensity Low
Temperature) 環境における太陽電池利用の研究が Rosetta の検討をはじめとして数多く行なわ
れている.その結果,木星軌道(太陽からの距離 5.2[AU]) までは太陽電池で対応できる見込み
を得ている.次期小天体探査ミッションは,太陽からせいぜい 3[AU] までしか遠ざからないの
で,1 次電源として太陽電池パネルを用いたこれまでの探査機と同様の電源構成で問題ないと
思われる.
150
探査機に必要な電力
Rosetta と MUSES-C を参考に,(a) ファミリーミッションと(b) NEO マルチランデブー& サ
ンプルリターンミッションに必要な電力の境界条件を以下のように考える.この条件における
太陽電池パネルの大きさを概算で求める.なお,ミッション時の観測機器は全部で 200[W] で
ある.Rosetta と MUSES-C の電力プロファイルと太陽電池は V.4.E.vi 節にまとめた.
(a) メインベルトの小惑星を複数フライバイするファミリーミッション:
太陽から距離 3[AU] のところで,P=700[W](ミッション機器 200[W], バス機器 400[W], ヒー
タ 100[W])を必要とする.
(b) NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッション:
太陽から距離 1.7[AU] のところで,P=1400[W](ミッション機器 200[W], バス機器 400[W], ヒー
タ 400[W], IES 400[W]) を必要とする.
数字の根拠は以下の通りである.
・ バス機器は,MUSES-C の電力(300[W] くらいと思われる) に,航法誘導用の機器が加わっ
たとした.
・ IES(NEO ミッション) は,MUSES-C より若干大きくした.ファミリーミッションでは化
学推進を考えているので含めていない.
・ ヒータ(NEO ミッション) は,MUSES-C と同程度とした.
ヒータ(ファミリーミッション) は,Rosetta より若干大きくした.NEO ミッションより太陽か
らの距離が遠いのに,ヒータ電力が小さい.これは,探査機表面の放射吸収率を大きくすれば,
探査機の熱ポテンシャルが高くできるため,設計によってヒータの電力を大きく変えることが
できるためである.ただし,探査機の熱ポテンシャルを上げると,太陽に近いところで探査機
の温度が上がりすぎる問題点があり,現在開発中の可変放射量素子を使用する必要があるかも
しれない.
太陽電池パネル
太陽電池セルの種類としては,
・ 単結晶シリコンセル
・ 化合物半導体セル(ガリウムヒ素(GaAs) など)
がある.地球近傍で使う時は,後者の方が効率が高い.MUSES-C 探査機では,後者のマルチ
ジャンクションセル(GaInP2/GaAs/Ge の 3 層構造) を使用した.
一般に,太陽電池は以下の傾向がある.
・ 温度によって効率が変動し,同じ放射量であれば,高温ほど効率が低く,低温になると効
率が上昇する.この温度勾配は,シリコンセルの方が大きい.
・ 照度が減少すると,効率が下がる.
太陽から遠い LILT 環境では,照度の低下による効率の減少より,温度の低下による効率の
上昇の方が優るため,エネルギー変換効率は地球近傍に比べて高い.また,温度の低下による
151
効率上昇率はシリコンの方が大きいため,太陽から遠くほどシリコンセルの方が有利となる.
次期小惑星探査ミッションでは,
これらのことを考えて,
太陽電池セルを選択する必要がある.
ここでは,以下の条件で太陽電池パネルのサイジングを行なう.
(EOL)
・ 太陽電池セルのエネルギー変換効率:
ミッション期間が最長で 11 年なので,かなり劣化すると考える.
・ 太陽電池パネルに占める太陽電池セルの実装密度:
・ 太陽電池から負荷までの電力伝達効率:
探査機は 3 軸姿勢制御衛星であり,太陽電池パネルは太陽を指向しているので,太陽電池パ
ネルの面積 S,太陽からの入射エネルギー密度 Ps とすると,必要な電力 P は,
で与えられる.これより,太陽電池パネルの大きさは,
(a) メインベルトの小惑星を複数フライバイするファミリーミッション:
太陽から距離 3[AU] のところで Ps = 150[W=m2] (1[AU] で 1350[W/m2] とする),P=700[W]
より,
(b) NEO マルチランデブー&サンプルリターンミッション:
太陽から距離 1.7[AU] のところで,Ps = 467[W=m2] P=1400[W] より,
となる.ミッション期間が長いこと,太陽からの距離が遠いこと,要求電力が MUSES-C より
大きいことなどから,MUSES-C 探査機の数倍の大きさの太陽電池パネルが必要であると考え
られる.
バッテリ
深宇宙ミッションでは,地球周回衛星と異なり,定期的に日陰〜日照の往復を繰り返すわけ
ではない.このため,探査機に必要な瞬時の電力は,探査機がどこにいてもすべて太陽電池に
よる発生電力でまかなうのが基本である.
よって,バッテリの充放電サイクル数に対する耐性はそれほど要求されない.しかし,使用
する時の放電深度(DOD: Depth Of Discharge) は大きい.これらを考えて,バッテリを選択する
必要がある.MUSES-C 探査機では,軽量化も要求されたため,エネルギー密度の高いリチウ
ムイオンバッテリを搭載している.ただし,リチウムイオン電池を使用する場合には,注意が
必要である.リチウムイオン電池には,満充電状態で保持すると容量が大きく劣化する性質が
ある(現状では,年率約 10[%] 劣化する).この容量劣化を防ぐためには,厳しい基準で充電状
態を管理する必要がある.
バッテリは,以下のような場合に使用する.
152
・ 打ち上げ時に太陽電池パドル展開まで
この期間,衛星に必要な電力はすべて,バッテリから供給する.
・ セーフホールド時
・ 太陽電池パネルの法線方向が太陽方向から大きくずれる時
MUSES-C 探査機では,ノミナルの観測の時には,小惑星,探査機,太陽がほぼ一直線上に
あり,すべての観測機器が太陽電池パネルと反対向きに取り付けられていた.観測機器の視線
方向をジンバルなどで動かすことはできないため,小惑星を横から観測する場合(ターミネータ
観測) には,太陽電池による発電はほとんどなく,バッテリにより電力を供給した.次期小惑
星探査ミッションにおいても,このような観測フェーズがありうる.
バッテリのサイジングは,バッテリ使用時の各場合における必要容量(消費電力と持続時間の
積) を導出し,上記の容量劣化を考慮した上で,その最大値から決定する.また,バッテリ容
量を決定づける運用がターミネータ観測の場合には,観測直前に満充電にしてバッテリを使用
するなど,運用を工夫することも重要である.
参考
<MUSES-C 探査機>
・ 太陽電池パネル面積: 11[m2]
・ 太陽電池パネル質量: 47.7[kg] (セル部: 13.6[kg], 構造部: 34.1[kg])
・ 太陽電池: マルチジャンクション効率 24.9[%](1[AU], 常温)
・ 発生電力/消費電力
<Rosetta 探査機>
・ 太陽電池パネル面積: 64[m2] (片翼 2[m] × 16[m] を 2 枚)
・ 太陽電池パネル質量: 170[kg]
・ 太陽電池: シリコン?, LILT 環境に合わせた専用設計
・ 発生電力/消費電力
153
(参考文献)
[1] 長谷川直, ¥他の黄道面脱出探査機について", 第 1 回黄道面脱出ミッション勉強会後刷り,
pp.96〜102, 2000 年.
[2] 長谷川直, ¥木星以遠に到達する探査機における電力問題についてのはしりがき", 第 2 回黄
道面脱出ミッション勉強会後刷り, pp.109〜110, 2001 年.
[3] G.Strobl, and H.Fiebrich, ¥Production Experience with Hi-ETA/NR-LILT Silicon Solar Cells for
ROSETTA Qualiåcation," Proc. of the Fifth Furopean Space Power Conference, ESA SP-416, pp.519〜
522, 1998.
[4] G.Strobl, P.Uebele, R.Kern, K.Roy, R.Campesato, C.Flores, P.I.Coz, C.Signorini, and K.Bogus,”High
Eéciency Si and GaAs Solar Cells for LILT Applications," 出典不明, pp.471〜477.
[5] T.Saga, T.Katsu, K.Kamimura, T.Matsutani, and M.Tajima, ¥Solar Cells for Japanese Scientiåc
Satellites," Proc. of the Fifth European Space Power Conference, ESA SP-416, pp.549〜553, 1998.
154
4.5.7. 熱制御系
熱設計上の留意点
外惑星ミッションでは外部熱入力および内部発熱が大幅に変化する.また内部発熱も運用モ
ードによって発熱量・発熱の場所が大幅に変化する.それらへの対応が熱設計上のポイントで
ある.このミッション成功の鍵の一つは熱設計である.個々のサブシステムからの熱入力・熱
流出が探査機全体の熱設計に大きく影響を与えるため,計画当初から熱技術者が関与して計画
を進める必要がある.
Table.小惑星探査機の熱設計上の留意点
項目
熱源
外部熱入力
検討内容
太陽光熱入力
その他
最小:3[AU] 156 W/m2
最大:1[AU] 1400W/m2
小天体とのランデブー時のみ
小天体とのランデブー時のみ
小天体アルベド
小惑星赤外放射
熱制御剤
内部発熱
受動素子
太陽光吸収率(α)と赤外熱 ペイント(白色ペイント or 黒色ペイ
輻射率(ε)を与えるもの
ント)
Second Surface Mirror (SSM)(Optical
Soler Reflector、銀蒸着テフロンなど)
フィルム(銀蒸着テフロン、アルミ
蒸着ポリイミド)
輻射熱伝達を断熱するもの
熱伝導率を与えるものt
能動素子
内部発熱の制御
α,εの制御
熱伝導の制御
熱輸送
熱伝導の制御
金属表面(アルミ研磨面など)
Multi-Layer Insulation (MLI)
金属素材(アルミなど)
プラスチック材(GFRP など)
グラファイトシート
サーマルフィラ
Fixed Conductance Heat-Pipe (FCHP)
ヒータ
サーマルルーバ
Smart Radiation Device
Variable Conductance Heat Pipe
(VCHP)
Diode Heat Pipe (DHP)
Loop Heat Pipe (LHP)
Capillary Pumped Loop (CPL)
Thermal Switch
冷凍機(Thermoelectric cooler など)
考えられる熱設計概念
・ 探査機熱設計
ESA の Rosetta の熱設計が参考になるであろう.
・外部熱環境からの断熱
探査機のほとんどを MLI で覆い,外部環境から断熱する.MLI 自体の断熱性能を極力上げて
保温用ヒータ電力を削減する.
155
・内部発熱に応じた廃熱コントロール
サーマルルーバなどを用いて内部発熱に応じた廃熱量のコントロールを積極的に行な
う.
・ 高性能 Heater Control Electronics
・Hibernation heaters
・各サブシステムの温度要求の緩和
システムに対する温度要求は探査機全体の設計に影響が及ぶことを留意する.
・カプセル熱設計
・ アブレータとカプセル内部とは極力断熱する.
・ アブレータの断熱性能を上げる.
・ アブレータの再突入時初期温度はシステムが決め,それに応じたアブレータ設計を行
なう.
・ 高温にもつ部材を用いる(パラシュートなど)
.
・
・
・
・
・
開発要素
高性能 MLI
高性能サーマルルーバ
高性能アブレータ
ヒートパイプ,LHP,CPL
サーマルスイッチ
など
156
4.5.8. ランダ/ローバ/ロボット
ローバ
MUSES-C ミ ッ シ ョ ン で は ,
MINERVA(MIcro/Nano Experimental Robot Vehicle
for Asteroid) と呼ばれる工学実験ローバを搭載す
る.MINERVA は探査機がサンプルを収集する際
に小惑星表面に放出し,その後数日に渡って小惑
星表面の in-situ 観測を行なう.
ローバあるいはランダによる小惑星表面の
in-situ 観測は大きな科学的成果をもたらすであ
ろう.次期小天体探査ミッションにおいても,ぜ
ひともローバあるいはランダを搭載すべきである.
ここでは,次期小惑星探査ミッションに搭載する
ローバ/ランダを MINERVA-II と呼び1,そのロー
バ構成について考える.
Fig. MINERVA Flight model
<ローバに要求される機能>
ローバの意義は,観測機器を搭載し,小惑星の多地点での観測を行なうことである.そのた
めにローバに要求されることを以下にまとめる.
・ 持続的に動作可能なこと.
寿命を限定すれば,電力ソースは 2 次電池のみでよいが,継続して動作させるために
は 1 次電源が必要である.太陽電池パネルにより発電する方法が一般的だが,小惑星表
面のように重力が小さい環境だとローバの姿勢がどうなるかわからない.このため,ロ
ーバの全面に太陽電池を貼るなどの工夫が必要となる.
・ 微小重力環境で持続的に移動可能なこと.
これは次節で詳しく述べる.
・ 任意の姿勢から移動できること.
微小重力ではローバの姿勢を安定に保って移動することは難しいため,最終的にどの
姿勢で静止するかわからない.このため,どのような姿勢においても移動可能にする必
要がある.
・ 任意の方向に移動できること.
目的地に到着するためには,任意の方向に移動できる必要がある.任意の姿勢から任
意の方向に移動するためには,3 自由度のアクチュエータが必要がある.任意の姿勢か
らとにかく移動を可能にするためには,2 自由度のアクチュエータが必要である.
・ 移動速度を制御できること.
小惑星表面の重力環境はあらかじめわかっているわけではない.近地球型小惑星の場
合,地球からの観測でその大きさはある程度推定可能だが,密度は不確定のままである.
このため,移動速度を制御できる能力を持っていないと,場合によっては,そのまま小
1
MINERVA の E は Experimental なので,次期小天体探査ミッションでは別の名前が適切.
157
惑星からの脱出速度を超えてしまう可能性がある.
・ 自由空間で方向を制御できること.
微小重力空間では,その移動メカニズムに関係なく,わずかな外力でローバは表面か
ら離れる.ホッピング型の移動メカニズムであれば,表面に接している時間より自由空
間を弾道飛行している時間の方が長い場合も多い.表面から離れた後の時間を有効に使
うため,カメラを任意の方向に向けたり,通信リンクを確立するために姿勢を安定に保
つなど,姿勢制御を行なう能力が必要である.
・ ソフトランディングできること.
ローバが小惑星表面から離れた後再び表面に戻ってきた時,何度もバウンドしてなか
なか静定しないようだと,再び移動可能となるまでの待ち時間が長くなる,どこで止ま
るかわからないなど,不利な点が多い.
・ 目的地に移動できること.
科学的興味の高い地点にある精度で近づける能力が必要である.このためには,自己
位置同定をリアルタイムで行なう必要がある.微小重力環境では重力方向という
reference を計測することが難しい.重力方向がわからないと小惑星表面での絶対自己位
置同定は不可能である.このため,目標地点がごく近傍にある場合を除き(この場合も小
惑星表面にあるローバカメラの視線はそれほど高くないので,十分広く周辺を見渡すこ
とは難しい),遠くにある目標地点に到着することはできない.(大洋を航海する船の昔な
がらの自己位置同定には,明示されてない場合が多いが,重力方向が既知であることを
暗黙の了解としている.地球上では重力が大きいのでそのような前提が可能だが,その
ような前提は小惑星表面にはない.)
ローバ単体でリアルタイムに自己位置同定するのは難しい場合には,母船の探査機が
協力して位置を同定するシステムを構築する必要である.
・ 小型,軽量,低消費電力であること.
探査小惑星が太陽から遠い場合や,ローバの電力消費の大きい場合には,太陽電池パ
ネルの面積を大きくしなければならないためローバ自体も大きくなる.大きくなれば重
くなり,重くなれば電力消費が大きくなりさらに大きくなるという悪循環を絶つために
もローバは,小型,軽量に作り,消費電力も小さくする必要がある.むしろ 1 つのロー
バは単機能に限定し,機能の異なる複数ローバを用いる方が良い場合もある.
・ 小惑星表面や宇宙空間な環境(真空, 高温, 低温) に耐えること
小惑星表面はアルベドの大きさ,太陽からの距離,自転周期によっては,昼は 100[éC]
を超え,夜はマイナス 100[éC] 以下となる環境である.このような環境である程度の寿
命を持つ必要がある.また,カメラは太陽を直視すると,光学系が焼けてしまうので,
使用時以外には物理的なシャッタをつけるなどの対策も必要である.
上に列挙したことは移動ロボットとしてあたり前のことが多い.しかし,これらをすべて微
小重力環境で満たそうとすると,ローバは必然的に大きく重くなる.すべてを満たす必要はな
く,実現するためのリソースが大きくなるとすればコンセプトから外したり,ローバの運用に
よって工夫できるか考えることも重要である.
ローバは探査機よりはるかに小さいとはいえ,電源,通信,データ処理,熱制御など 1 つの
158
衛星が持つ要素をすべて持ち,それらをシステムとして成立させなければならない.また,小
惑星探査ローバは,移動ロボットとしての顔の他に,姿勢を制御する人工衛星としての側面も
持っている.ローバを探査機に搭載することは,探査機を 2 つ作ることに相当し,その中でも,
小惑星探査ローバは難しい.
その他,ローバシステムとして忘れてならないことを以下に挙げる.
・ ローバ放出機構
ローバを探査機に取り付け,小惑星接近時に放出するメカニズムが必要である.放出
速度の上限は,小惑星の重力と放出高度によって決まる.また,ローバ放出時に探査機
が速度を持っている場合には,ローバ放出方向にも依存する.放出速度が大きすぎると,
永久に小惑星表面に降りない可能性がある.
MINERVA はバネによりローバを押し出す簡単な放出機構を採用した.軽量だが放出速
度の制御はできない.一方,放出速度を制御しようとすると,NASA の SSV のように
ローバ重量の数倍のマウント・出機構が必要となる可能性もある.
放出直後は,ローバは探査機の非常に近いところに位置する.探査機の太陽電池パネル
に当たったり,探査機のスラスタによって飛ばされたりしないようにしなければならな
い.
・ ローバと探査機の間の通信
ローバは数多くの画像を取得するので,通信帯域を大きくする必要がある.しかし,
送信側(ローバ側) で,送信電力を上げることは難しい.また,ローバの姿勢が小惑星表
面でどうなっているかわからないので,送信側の指向性を狭くするのも危険である.結
局,受信側のアンテナ口径をある程度大きくする必要がある.探査機は,地球と通信す
るための HGA を探査機上部に,ローバと通信する大口径アンテナを下部に持つことに
なるかもしれない.
複数のローバを小惑星に降ろす場合には,混信しないようにする必要がある.スペク
トル拡散方式で,同一周波数を用いつつ,1 対多通信を可能にする通信システムの採用
を考慮すべきである.
<小惑星表面の環境と移動メカニズム>
小惑星表面の環境
探査候補となる近地球型小惑星の大きさは,大きさ数 100[m] から数[km],大きければ数
10[km] 程度になると思われる.例えば,MUSES-C の探査対象である小惑星 1998SF36 は大き
さ数 100[m] の天体であり,地球からの観測では,大きさとして直径(620 ± 120[m])×(280 ±
60[m]) ×(160 ± 30[m]) が得られている.
小惑星の密度によって異なるが,表面の重力は 10-5[G] 程度,表面からの脱出速度は 20[cm/s]
程度であると考えられる.一方,火星の衛星 Phobos はその直径が 20[km] × 23[km] × 28[km]
である.その表面重力は 1/2000[G],表面からの脱出速度は 15[m/s] である.小惑星表面を移動
するローバには,このような微小重力環境を,脱出速度を超えることなく効率的に移動できる
メカニズムが必要となる.
ローバを多地点に移動させるためには,重力方向と垂直の方向に力を発生する必要がある.
よって,ローバが持続的に移動するためには,なんらかのアクチュエータを用いて,小惑星表
面との摩擦を利用した移動メカニズム(Fig.V.4.G.8(a)) を採用することになる.この点は,地球
上の表面移動メカニズムと全く同一である.もちろん,摩擦がゼロあるいは非常に小さいと,
重力と垂直の方向に移動することはできない.
159
この他の案としては,寿命を限定すれば,マイクロスラスタを用いて自在に移動できる機構も
可能である2(Fig.V.4.G.8(c)).
小惑星がかなり小さければ,テザーやネットで小惑星を完全に覆ってしまい,テザーを伝わ
って移動することも考えられるが,これは実現するためのリソースが莫大になるだろう
(Fig.V.4.G.8(b)).また,小惑星が金属でできていれば,電磁石を利用して移動することも可能
だが,応用できる小惑星は限られる.
Fig. Mobile systems in microgravity enrironment around asteroids
摩擦による移動メカニズム
ローバが移動するために必要な駆動力 f は,ロ
ーバと小惑星表面の間の摩擦力であり,ローバと
表面の間の接触力を N,摩擦係数をμとして次式
で与えられる.
f = μN
地球上や月・惑星の探査ローバで一般的に使用さ
Fig.
れる車輪型移動メカニズムでは,接触力が重力
mg(ローバの質量:m,重力加速度:g) の反力であり,
次式が成り立つ.
: Friction-based mobility
f = μN = μmg
これより,車輪型移動メカニズムを微小重力環境(g が非常に小さい) で用いると,駆動力が
非常に小さくなることがわかる.このため,ローバの移動速度はあまり大きくできない.例え
ば,NASA が MUSES-C 探査機に搭載する予定であった車輪型ローバ SSV の移動速度はわず
か 1.5[mm/s] である.また,小惑星の表面は凹凸のある自然地形であり,ローバが運動すると
さまざまな方向に力を受ける.
わずかな鉛直方向の力が作用しても,
ローバは表面から離れる.
車輪型移動メカニズムは,表面と接触を続けて駆動力を伝えることで走行抵抗を補償するメカ
ニズムであり,表面との接触を保つことが難しい微小重力環境では効率が悪い.このため,微
小重力環境では,車輪型でなく,必ずしも常に表面との接触を保つ必要のないホップしながら
移動するメカニズムが有利である.
2
マイクロスラスタは小惑星表面からローバをホップさせるために使用することも可能である
160
ホップ型移動メカニズムでは,
ローバが何らかの力を表面に作用させてホップし,
ホップ後は,
微小ながらも存在する重力による弾道飛行で移動する.ホップする際に,ローバが水平方向速
度成分を持てば移動できる.
ホップ型移動メカニズムにおいても,車輪型移動メカニズムと同様に,何らかの力を表面に
作用させてホップするまでのわずかの間に,摩擦力によって水平方向の速度成分を得る.ただ
し,ホップ型移動メカニズムでは,ホップするまで表面に押しつけ力 F が働くため,駆動力は
下記式で与えられる.
f = μN = μ(mg + F)
押し付け力 F を大きくすることにより,摩擦力をいくらでも大きくすることができる.よって,
車輪型移動メカニズムでは原理的に不可能な移動速度を実現できる.ただし,ホップする速さ
が小惑星表面からの脱出速度を超えると,2 度と表面に戻ってこないので,上限は存在する.
ホッピング移動メカニズム
ローバをホップさせる方式には,さまざま方式が考えられる.MINERVA では,Fig.V.4.G.10
に示すように,ローバ内部にあるトルカ(実際には DC モータで構成) を起動し,反力でホップ
させる方式を採用している.
本方式は,DC モータが出すトルク履歴を制御することにより,ホップする速さを変化させ
ることができる.また,外部に可動部がないため,レゴリス付着などの対策をとる必要がない.
また,ホップ後は,同じトルカを用いて姿勢制御することも可能である.
移動する方向を制御するために,MINERVA の内部にはターンテーブルがあり,ターンテー
ブル上にトルカ(DC モータ) は置かれている(Fig.V.4.G.11).ターンテーブルを回すことでホッ
プする方向を制御することができる.アクチュエータはターンテーブルとトルカの 2 自由度で
ある.このため,どの姿勢においても任意の方向に移動できるわけではないが,どの姿勢にお
いても移動することは可能である.本移動メカニズムの有効性は,落下型無重力実験装置( 北
海道にある JAMIC では 490[m] 落下して 10[sec]の無重量状態が得られる.また,岐阜にある
MGLAB では 100[m] 落下して 4.5[sec] の無重量状態が得られる.) で何度か実験を行い,摩
擦があれば移動できることを確認している.
世界の小天体探査ローバ
これまでに実際に検討が行なわれたり,搭載されたことのある小天体探査ローバ/ランダをこ
こでまとめる.
PROP-F (旧)
ソビエト連邦が火星の衛星 Phobos を探査するために打ち上げた Phobos 探査機の 2 機目に
搭載されたローバ.Phobos 探査機は,ほぼ同じ探査機が 2 機打ち上げられたが,いずれも満
足の行く成果を出すことなく行方不明となった.PROP-F に関する詳細な資料はあまり見当た
らないが,外観を Fig. V.4.G.12 に示す.ローバは質量 45[kg] で,スプリングによる反発力で
ホップにより移動する.
161
Fig.
MINERVA turntable structure
Fig MINERVA hopping mobile system by
torquer
Fig.
PROP-F for Phobos explorer
SSV NASA が MUSES-C 探査機に搭載を考え
たローバ.質量 1300[g] で,4 輪独立の車輪型
移動メカニズムを持つ.また車輪をとめるスト
ラットをボディ中央部にあるモータで動かして,
ホップさせる能力も持つ.
MINERVA
MUSES-C に 搭 載 す る 宇 宙 研 の ロ ー バ
(Fig.V.4.G.7).質量 600[g] 弱.内部にあるトル
カでホップして移動する.
Rosetta Lander Rosetta
探査機に搭載する着陸機.質量 100[kg].多く
の観測機器を搭載する.
162
Fig SSV
まとめ
重力の大きさと最適な移動メカニズムの関係を定性的にまとめると,Fig.V.4.G.13 のように
なろう.
重力の大きい環境(地球などの惑星や月) では,車輪型の移動メカニズムが最も有利で,凹凸
の激しい自然地形ではクローラ型や脚型も候補となりうる.重力が大きい環境でホップ型を用
いることはアクチュエータの大きさの割に水平移動速度は大きくならない.MINERVA のトル
カ型ホッピングメカニズムを重力の大きな環境で動かすためには,かなり大きなトルカが必要
となる.
重力が小さくなるにつれ,ホッピング型が有利となる.よほど小さな小惑星をターゲットと
しない限り,ホッピング型移動メカニズムで小惑星表面を移動できると考えられる.
車輪型の表面と接触を続ける移動メカニズムを使う限り,重力が小さければ,同じ距離移動
するための時間は長くなる.それは自然の法則なので,あわてずゆっくり待つというのも一つ
の解である.しかし,ミッション期間は限られているので,人間の時間感覚で,小惑星探査ロ
ーバも移動する必要がある.すると,ホッピングメカニズムを採用すべきであろう.
Fig.
Mobile system with gravity
<次期小惑星探査ミッションにおけるローバの位置付け>
次期小惑星探査ミッションにおけるローバ(MINERVA-II) の位置付けを MINERVA と比較
して述べる.
MINERVA は工学実験機器である.MINERVA に搭載されている観測機器は CCD カラーカ
メラと温度計であり,小惑星表面の撮像や温度計測を行なう.これらの機器は,科学観測機器
として開発されたものではない.工学的に必要な航法誘導 Å 状態モニタ機器として市販品を若
干モディファイして使用している.
一方,MINERVA-II では,小惑星表面を詳細に分析するための観測機器を搭載する必要があ
る.搭載する機器はどのタイプの小惑星に行くかで異なる.MINERVA で搭載されている広角
のカメラや熱を測定する素子(MINERVA では白金温度センサだが,熱流量計も考えられる) は,
どの小惑星に行っても搭載することになろう.ただし,これら機器は軽く,小さく,低消費電
力である.
詳細な観測を行うため観測機器(サイエンスパッケージ) は,C や P/D タイプの小惑星だと
163
有機物を検知するセンサ,M タイプの小惑星だと微量元素を検知するためのセンサとなる.こ
のサイエンスパッケージを,目指す小惑星によって選択・チューニングすることになる.ただ
し,消費電力はかなり大きくなることが予想されるので,ローバ本体を大きくして太陽電池パ
ネルの面積をかせがなければならない.これにより,ローバ本体の質量も数〜10[kg] に増える
であろう.バッテリに関しても検討が必要である.
MINERVA は,ローバ本体の質量は 600[g] 弱である.ローバを探査機にマウントし小惑星
表面で放出する分離機構,ローバとの通信に用いるアンテナ,ローバと通信を行い取得データ
を探査機の DHU(Data Handling Unit) や DR(Data Recorder) に渡すインタフェース機器を含めて
も 1.3[kg] である.MINERVA は 2 次電池として電気 2 重層を持っており,瞬時の太陽電池に
よる発電では不足する時の電力アシストを行なう.電気 2 重層は通常のバッテリのように保管
にあまり注意する必要はない.MINERVA に搭載した電気 2 重層は氷点下マイナスの低温では
劣化せず,100[éC] 以上の高温環境で少しずつ劣化するよう設計した.このため,探査機が小
惑星に到着するまでは特にヒータなどを使用することなく保存できる.
MINERVA は,MUSES-C の検討や開発が開始した当初は搭載する計画はなく,その後質量
1[kg] の重量リソースをもらって開発をスタートした.次期小惑星探査機では,ローバにそれ
なりのリソースをあらかじめ確保する必要がある.
MINERVA は小惑星表面でホッピングにより自律的に移動する.表面接地時には,2 台のカ
メラによるステレオ撮像と表面の温度計測を行なう.その後,ホップし,上空から別のカメラ(焦
点距離が無限遠) で小惑星表面を撮影する.移動する方向は,ランダムウォークをするモード,
太陽方向を reference としてある方向に移動するモード,温度や電力をよりよい状態に遷移させ
るサバイバルモードを持っている.ローバがどの地点で観測を行なったかは,地上で判断する
しかなく,狙った地点にローバを誘導することは不可能である.
一方,MINERVA-II では,科学的に興味のある地点にローバを誘導する必要がある.ローバ
の持つカメラや内界センサで,リアルタイムに自己位置同定を行い,目的地に移動するのは困
難であるので,探査機から電波等を用いた自己位置同定に関するアシストが必要であろう.
MINERVA は,探査機にボルトオンで搭載される機器であり,コマンド/テレメトリのやり取り
だけを行なう.これに対して,MINERVA-II では,探査機の協力も得て目的とする科学観測を
行なうシステムの構築が望まれる.
<ローバ/ランダシステムの提案>
次期小天体探査ミッションにおけるローバシステムを以下のように提案する.
構成
本提案では,
・ 複数の小型ローバ
・ 2 機のランダ
を小惑星 1 つの観測に用いる.また,小惑星のサンプリング回数は 2 回以上を想定している.
ローバによる全球観測
ローバは MINERVA クラスのもので単機能とし,質量 1[kg] 以下で考えている.サイエンス
パッケージは搭載せず,
搭載センサはカメラと温度計である.
すべてのローバは同じ構成だが,
カメラの色フィルタだけはそれぞれ異なるものを装着する.
ローバの移動メカニズムは,MINERVA と同じメカニズムを採用し,ホッピングにより移動
164
する.ただし,ターンテーブルではなく,トルカを直交させて 2 つ搭載する.
このローバ群の役割は,全球の高分解画像を取得することである.それぞれのローバは同じ
地点に放出されるが,別の自律アルゴリズムにより小惑星表面に散らばっていく.ローバが表
面に静止している時は,超高分解能画像が得られ,ホップ後は,高さ数〜10[m] からの画像が
得られる.
ランダによるピンポイント精査
ランダの役割は,サンプリング地点を詳細に観測することである.このため,ランダには,
詳細な科学観測を行なうためのサイエンスパッケージを搭載する.質量も 10[kg] クラスである.
ランダにも移動能力は持たせ,サンプリング地点の周辺を若干移動する.どのように移動する
かは地球からコマンドで指令を与える.
シナリオ
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)
(7)
(8)
(9)
探査機が小惑星に到着
リモートセンシングによる小惑星のグローバルマッピング
第 1 回目のサンプリング地点の選定(グローバルマッピングの結果から決める.)
1 回目のサンプリング.ここで,ランダ 1 機とローバすべてを放出する.
ローバによる全球の高分解画像の取得.サンプリング地点のランダによる詳細な観測.
リモートセンシングの継続.
第 2 回目のサンプリング地点の選定(グローバルマッピングの結果とローバによる取
得画像から決める.
2 回目のサンプリング.ここで,もう 1 機のランダを放出する.
サンプリング地点のランダによる詳細な観測.リモートセンシングの継続.
小惑星離脱.
165
小天体探査のための非MINERVA型表面移動ロボットの詳細検討
<はじめに>
次世代の小天体探査では,岩盤や溝などの任意の地点において in-situ 分析を行うことが要求
される.このような探査を可能にするためには,表面上を任意に歩行するロボットの技術が極
めて重要となる.小天体表面は,地球や火星と異なり,重力が極端に小さい.従って,従来の
概念の着陸機やロボットは,天体表面上に固定することや移動することが困難である.たとえ
ば,2003年に打ち上げられる MUSES-C 探査機[1]では,ザンプリングの際にごく短時間のみに
小惑星表面に接触し,スラスタにより再び上昇するという “touch-and-go” 方式が採用される.
また,MUSES-C では小型ローバ ミネルバ [2]が表面上に投下される.ミネルバは車輪を使
わず,内部にリアクションホイール(トルカー)を持ち,慣性反動を利用して跳躍移動する.これ
は非常にすばらしいアイディアであるが,飛んだり跳ねたりする動作ではロボットが最終的に
停止する位置を制御することが困難であり,任意の探査目標へ精度よく移動するというミッシ
ョンの実現性が低いという欠点をもつ.微小重力上を飛び跳ねることなく任意の位置に移動す
るローバを実現するため,本稿では クリフハンガー・ロッククライマー・ロボット を提案
する[3].
提案する移動ロボットは,手先に複数の尖った爪を持っている.小天体上でロボットを地表
保持するためのいくつかの力を比較した結果,数センチメートルの長さの爪によって,ボルダ
ー表面のミリメートルオーダの凹凸をつかむことが,もっとも実現性が高いという結論に達し
た.本ロボットは,爪をもった複数の脚(リム,limb)を用いて,小天体表面上のボルダー(岩
塊, boulder)やグルーブ(溝,窪地, groove)を自由に移動する.本稿では,Minor Body 探査ロ
ーバに最も適した設計を議論するとともに,そのサイズや電力,現実的なミッションシナリオ
について検討する.
<微小重力環境における表面移動方法>
小天体表面上では重力が乏しいため,地球上で使われている移動機構はほとんど適用できな
い.そこで新しい移動方式の開発が必要となるが,これまでに 小天体探査用に提案・開発され
ている移動ロボットを整理すると表3.1のようになる.
ナノローバ[4]は MUSES-C 探査機に搭載される候補の一つであった.しかし,残念ながら,
その計画は2000年11月に,NASAによってキャンセルされてしまった.ナノローバは,4つの車
輪を持つ.個々の車輪は,能動的に揺動可能なストラットの先に取り付けられている(図3.1).
そのため,本体が上下逆さまになっても(1G 環境では)ストラットを旋回させることにより,
復帰することができる.しかしながら,微小重力環境では重力が機体を地面に押し付ける力が
無く,よって摩擦による推進力が発生しないため,車輪そのものは全く機能しないと思われる.
ナノローバでは,ストラットによって車輪を振り下ろすことによって動的な押し付け力を発生
させることによって,車輪の摩擦力を機能させることが考えられていた.その結果として,機
体はホッピング(跳躍)移動することになり,目的地へ任意に移動制御することは困難である.
ホッピング移動は,より単純で確実な機構によって可能である. MUSES-C に最終的に搭載
されることが検討されているミネルバでは,内部にリアンクションホイール(トルカー)を持ち,
慣性反動を利用して機体を回転させ,転がるように微小重力表面を移動する.しかしながら,
ホッピングや転がり移動を行う限り,どの方向に弾むかは地表の凹凸とロボットとの衝突条件
に大きく左右されるため opportunistic になってしまい,目的地への任意移動の達成は困難であ
る.
ロボットを任意移動させるためには,移動表面に何らかの方法で張り付き,昆虫や蜘蛛,あ
るいはロッククライマーが岩壁を這い回るような移動を行うことが必要である.この新しい発
想を実現させるためには,ロボットは歩行型であるべきであり,岩壁の表面に張り付くメカニ
166
ズム=スティッカーの実現がキーテクノロジの一つとなる.
また,別なアイディアとして,脚を持たずにヘビ型の連接多リンク機構によって岩角に巻き
ついたり,狭い溝に体を押し付けたりして前進する方式が考えられる.このアイディアは2001
年の衛星設計コンテストにおいて提案されている[5].
本稿では,ロッククライミング型の歩行移動ロボットについて,やや詳細な検討を行う.
図3.1 NANOローバの概観[4]
表3.1: 微小重力環境における表面移動方法
移動機構
車輪
ホッピング
代表例
ナノローバ(JPL)
ミネルバ(MUSES-C)
ロッククライミング
ロッククライマーロボット
(東北大学・宇宙研[1])
蛇ローバ(東北大学[5])
匍匐移動(ヘビ型)
可能性
低
フライトモデル開
発中
有力
有力
目的地への移動性能
任意性低い
任意性低い
ボルダー,グルーブの
任意移動
ボルダー,グルーブの
任意移動
< クリフハンガー・ロッククライマー・ロボット >
本稿で提案するロボットを クリフハンガー・ロッククライマー・ロボット (Cliff Hanger, Rock
Climber Robot) と名づける.図3.2にここで考察するロボットの概観を示し,図3.3に東北大学に
て開発されたプロトタイプモデルを示す.ロボットは先端にスティッカーを備えた3つ以上の脚
を持ち,スティッカーで岩壁に張り付きながら歩行する.脚は重力を支える必要が無いので,
スリムで軽量であるべきである.たとえば,医学の分野で近年腹腔内の低侵襲(minimum
invasive)手術用に開発が進められている内視鏡型多自由度鉗子(かんし)の技術[6][7]が適用で
きるであろう.図3.2,図3.3の例では,細い脚の中にワイヤーを通し,それを引っ張ることによ
り3次元のベンディング(曲げ)と,先端の把持機構の開閉の自由度を持たせるメカニズムを想
定している.
167
脚先のスティッカーは,物体をつかむためのグリッパーとしても有用である.脚あるいは腕
として使えるメカニズムは,天体表面に散らばるサンプルを採取したり,レゴリスをすくい上
げるために必要であり,レゴリス上を掻いて前進したりすることにも利用できるだろう.また,
in-situ 分析を行う前にサンプルの表面を掃く(brushing)あるいは磨く(polishing)機能も担う
ことができる.このように,脚型の移動メカニズムは,サイエンスミッションの遂行にきわめ
て有望な方式であると言える.
図 3.2: クリフハンガー・ロッククライマー ロボット の概念図 (©2002 東北大学)
図 3.3:
クリフハンガー・ロッククライマー・ロボット プロトタイプモデル(©2002 東北大
学)
図3.4に,クリフハンガー・ロッククライマー・ロボットによるボルダー探査の概要を示す.
168
表面に露出しているボルダーは,その天体の内部情報を知る主要な手がかりである.ここで考
察するロボットは任意の地点のボルダー,崖,グルーブや砂地を自在に移動することを可能と
し,任意の地点の科学的な分析を行うことを可能とするものである.
図 3.4: Boulder 探査ミッションの概念図
その主なミッション内容は,
• 露出しているボルダー表面や,岩盤の地層,割れ目内部の画像を撮る.
• 探査対象の表面を掃き,その場にて組成分析,質量分析等を行う.
また,発展的な探査項目として,
• 任意の位置に地震計ネットワークを設置する.
• サンプルを採取し,上昇・帰還ビークル (ascending vehicle) まで運ぶ.
<Boulder をつかむ脚(アーム)の設計>
ロボット脚先スティッカーの張り付き力は,表面移動を成し遂げるための重要な鍵となる.
ここでは4つの基本的な力を比較し,爪型の把持力が有力であることを示す.
図3.5に写真を示すように,蜘蛛や昆虫はその足先に強靭な爪を持っており,これを上手に利
用して1G環境においても垂直壁を登り,あるいは天井に張り付くことができる.これらの動物
は,からだが小さいため重力の影響が相対的に小さくなるという利点をうまく使っている.微
小重力環境下において表面に張り付いて移動するロボットにおいては,もともと作用する重力
がほとんどないため,原理的に壁や天井を這う蜘蛛と同様の歩行移動が可能である.
169
図3.5 蜘蛛の足先の拡大図(強靭な爪の存在がわかる)
ここでは微小重力上で利用可能な張り付き力の候補として,ファンデルワールス力,静電引
力,万有引力,および機械的な爪の把持力を比較検討する.
ファンデルワースル力は分子間力として知られる引力である.二つの分子間に働くその引力
の大きさは,分子間距離の6乗に反比例する.これらの力を積分した結果として,二つの平行面
の間に作用する力は,表面間距離の3乗に反比例することが知られている[8].
Fv =
A
6πL3
(単位面積当り)
(1)
ただし,L は二つの表面間の距離を示す代表長さである.ここで,A はハンマッカー定数
である.
もし電荷やポテンシャル場が存在するなら,静電引力を利用することが可能である.二つの
平行な面に働くその引力の大きさは,
Fe =
ε 0V 2
2L2
(単位面積当り)
(2)
で表すことができる.ただし,V は電圧、ε0 は真空の誘電率を表す.
二つの物体間に働く万有引力は,
Fg = G
Mm
r2
(3)
ただし,r は二つの物体表面間の距離ではなく,二つの物体の中心間の距離である.G は
重力定数である.M とm は,それぞれ天体とロボットの質量を表す.
170
機械的な爪を角度θの面に押し付けたときに生じる摩擦力は,以下の式で書くことができる.
Fc = Wmax µ sin 2 θ
(4)
ただし,μは摩擦係数,Wmax は爪の押し付け力である.いま,爪を均一な梁と仮定すると,爪
を押し付けることによってたわみが生じる.たわみの変位量x と押し付け力W との関
係を定式化し,その最大値を考えると,
Wmax =
3EIx max
λbeam
(5)
3
となる.
ただし,E,I はそれぞれ梁のヤング率,断面2次モーメントを示す.
λ
beam
は梁の長さであ
る.
長さ
λ
beam
の二つの爪をペアにして岩石表面の微小な突起をはさむことにより,突起にWmax
の力を作用させることができ,その結果大きさFc の張り付き力が発生する.
図3.7: 代表長さに対する力の大きさ
図3.6: 無次元化接触モデル
以上の4つの張り付き力を公平に比較するために,代表長さを基準とした接触モデルを導入し,
力の大きさを代表長さの関数として表すことを考える.
図3.6のように,天体表面の微小な凹凸をV字型の峰としてモデル化し,その山の高さをD,
幅を2Dであるとする.ファンデルワールス力,静電引力,万有引力の比較のため,ロボット全
体の底面を表面に置く状態を想定する(図3.6右).ここで,ロボット底面積Sは,凹凸の一つ
の山よりも大きいと仮定する.この場合,天体表面とロボット底面との平均距離はD/2 となる.
いま代表長さをL=D/2 とし,ロボットの大きさとして一辺が100L の立方体を仮定すれば,
その底面積はS=L2×104 で表される.
表面積S におけるファンデルワールス力と静電引力を,代表長さL を用いて表すと,それ
ぞれ式(1)と(2)より,
Fv =
AS
A
=
× 10 4
3
6πL
6πL
171
(6)
Fe =
ε 0V 2 S
2
2L
=
ε 0V 2
2
× 10 4
(7)
となる.
次に万有引力を求める.ロボットの質量はその大きさからρL3×106 によって計算される.
二つの物体(天体とロボット)の中心間距離r は,天体の中心から表面までの距離をRとする
とr=R+Lで表される.従って,式(3)は,
Fg = G
ρML3
( R + L) 2
× 10 6
(8)
となる.
爪による張り付き力を求めるため,爪の最大のたわみを xmax=D=2Lと仮定する.爪のたわ
みがこれ以上大きくなると爪は地表の凹凸との接触を失ってしまい,隣の峰まで滑ってしまう.
ここで,爪の長さと断面2次モーメントは,代表長さに対してそれぞれ
λ
beam
=10L,I=D4/12
=4L4/3 であると仮定する.よって,式(4)は,
Fc = 8µEL2 sin 2 θ × 10 −3
(9)
となる.
以上に示した各式に含まれる定数は,以下のような値である.
A = 10 −19
[J]
ε 0 = 8.85 × 10 −12 [F/m]
V = 10 3 [volt]
G = 6.67 × 10 −11 [m3/kgs]
R = 1.0 × 10 3 [m]
M = 5.0 × 1012 [kg]
ρ = 10 3 [kg/m3] = 1 [g/cm3]
µ = 0.5
θ = 45 [deg]
E = 6.9 × 1010
[N/m2]
図3.7は,代表長さL=10-9〜103[m]としたときの4つの力を比較した結果である.それぞれの
172
力が代表長さに対してどのように変化するか確認できる.
ファンデルワールス力は代表長さのすべての範囲に対して,他の力よりも小さいことが分か
る.静電引力は代表長さL<10-5 [m]のときに有効である.続いて,爪の力は代表長さ 10-5<L
<103 [m]の範囲で他の力よりも有効である.すなわち,爪の力は代表長さが 10 [μm] から 1
[km]という広い範囲で有効であることが確認できる.最後に,万有引力は代表長さがL>103 [m]
のときに有効である.しかし,この値はロボットが天体に対して同程度,もしくはそれ以上の
大きさであることを意味する.よって,万有引力はロボットを表面に押し付ける力として不適
格である.
実際のミッションに行うために実用的な大きさとして,ここでは L=0.001 (岩石表面の凹
凸深さのオーダ 1mm)と設定し,ロボットの大きさを 0.1m (= 10 cm) 程度の立方体もしくは
球型,重量は 1〜10 kg 程度, 脚先に取り付ける爪は長さ 0.01m (= 1 cm),太さ 0.001m (= 1
mm) と想定する.図3.7の結果は,1 mm 程度の凹凸荒さをもつ表面を,長さ 1cm 程度の爪で
つかむことがもっとも有効な方式であり,このときの張り付き力は 1〜10 [N]となることを指し
示している.
<ミッションシナリオと評価>
ここで,二つの基本的なミッションシナリオを検討する.その一つは,母船とローバの二つ
により構成されるシナリオA(図3.8左),もう一つは,母船,着陸機とローバの三つにより構
成されるシナリオB(図3.8右)である.
シナリオAでは,ローバは母船によって天体表面上に投下される.着地時の衝撃を考えると,
母船が低高度をホバリングしている状態からの投下が望ましい.たとえば,MUSES-C探査機の
ターゲットと同程度の大きさ(直径数百メートル)の天体を考えるならば,高度約10〜100[m]で
ローバを投下した場合,着地時の速度は1〜10 [cm/s]となる.シナリオAでは,電力供給,通信
等の機器はすべてローバに搭載している必要がある.母船がローバの投下後もとの周回軌道に
戻るならば,母船を中継局として地球と通信を行うことが合理的である.
シナリオBでは,着陸機が母船から切り離され軟着陸を行う.着陸機を表面上に固定するため
に,アンカーの技術が必要となる.アンカーにより着陸機が安定した後,着陸機からローバが
始動する.着陸機とローバをテザーで結び,着陸機が電力供給や通信中継の役目を果たすなら
ば,ローバは移動とサイエンスミッションの達成に重視した設計が可能になる.重量がかさむ
分析機器は着陸機に設備することも可能である.
シナリオA: 探査機本体 (母船) + ローバ
シナリオB: 探査機本体 (母船) + 着陸機 + ロー
バ
図3.8:基本的なミッションシナリオ
173
着陸技術
シナリオAのローバには,着地の際の本体への衝撃防止と,天体表面上ですばやくバウンド
を収束させるための効果的な緩衝技術が要求される.その技術として,MUSES-Cのターゲット
マーカ用に開発されたビーズ・アブソープション(bead absorption)技術[9]が適用できる.ター
ゲットマーカの中には,多数のビーズ(小球)が詰められており,ビーズ同士が接触し運動エ
ネルギーを摩擦エネルギーとして消散させることより,非常に小さな反発係数を実現すること
ができる.従って,シナリオAのローバは,投下・着地時は小さなビーズが詰まった緩衝材で
覆われることになる.
シナリオBでは,着陸機はアンカーで地表に固定されなければならない.アンカーの打込み方
法として,接地時の運動エネルギーを利用して地中に潜り込むペネトレータ方式が考えられる.
ペネトレータの技術は Lunar-A [10] や Deep Space 2 [11]ミッション用に開発されている.しか
しながら,接地時に非常に大きな衝撃加速度を生じるため,それに耐えうることが条件となる.
これとは別に,銛(harpoon)を用いて着陸機を固定する方法もある.彗星探査を行う Rosetta 探
査機 [12] では,先端が銛型になっている脚を用いて着陸機を天体表面に固定することが検討さ
れている.しかしながら,銛は表面が固い小惑星には実用的でないと考えられる.
システム・トレードオフ
表3.2に二つのシナリオに対するトレードオフを示す.シナリオBは,より高度なサイエンス
ミッションを行う可能性を持っているが,着陸機の着地と固定,テザーの取り扱いなど,解決
すべき技術課題が多く残されている.
一方,シナリオAは,2003年に打上げ予定であるMUSES-Cの技術を,そのまま発展させて利
用できるという利点を持つ.例えば,ローバの投下,ビーズを用いた運動エネルギー吸収技術,
母船を介したローバの操作とデータ通信技術等が挙げられる.これらの技術はすぐに応用が可
能であり,従って,シナリオAのミッションはより実現性が高い言えるであろう.
表3.2: 二つのミッションシナリオにおけるシステム・トレードオフ
基本的な
シナリオ
着陸
A. 母船 + ローバ
B. 母船 + 着陸機 + ローバ
着陸機を固定するためのアンカー技術
が必要である.
電力
ローバを衝撃から守り,バウンドをす
ばやく収束させるための緩衝技術を必
要とする.
ローバ上に太陽電池アレイを搭載する
必要がある.よって日陰での活動は制
約をうける.
アンテナ等の通信機器はローバ上に搭
載する必要がある.通信は母船を介し
て行う.
日照条件が安定している着陸機上に太
陽電池アレイを設置することが可能で
ある.
通信機器は着陸機に設置できる.ハイゲ
インアンテナを直接地球へ向けてポイ
ンティングすることも可能であろう.
電力と通信はテザーによって供給され
る.しかし,テザーの扱いが難しい.
電力や通信等のすべてを担うためロー ローバの移動範囲はテザーの長さに制
バは,Bに比較してサイズが大きくな 約される.着陸機をベースにして電力供
る.ローバの操作は母船を介して行わ 給や通信を行うため,活動時間に対する
れ,交信可能なウインドウは限定され 制約はAに比較して小さい.
る.
通信
着陸機とロー
バの接続
ローバの
移動能力と活
動
174
シナリオ A におけるローバのサイズ
ここでは,ローバに要求される電力量の概算見積もりに基づいて,ローバの大きさを確認
(justify)する.表3.3は太陽電池とバッテリの大きさの見積もり表している.ここで,現実的
に妥当であると思われる仮定として,ローバ活動時に要求される電力を 5 [W],待機状態にお
けるハウスキーピングのための電力消費を 0.5 [W]とする.探査対象の Minor Body として,ミ
ッション時に太陽から1.4 AUの距離に位置し,3時間の周期で自転しているものと設定した.
「ミッション回数/天体自転回数」の項は,対象天体がn回自転する間に1度ミッション(ロー
バが活動)を行うことを意味している,つまり,n−1回を待機状態として電力の充電を行い,
n回目に活動を行う.これに従うと,バッテリを大きくすれば太陽電池アレイを小さくできる
が,バッテリの重量がローバにとって負担となる可能性がある.太陽電池アレイの大きさは,
表の結果から 10 [cm]のオーダが妥当であることが確認され,これは3.4項に整理した張り付き
力の観点からのサイズ想定条件を満たしている.
探査対象の Minor Body:
- 軌道長半径
- 自転時間
ローバの活動状態:
- 有効充電/活動時間: 1 [hrs]
(1自転あたり)
- 消費電力(稼動中): 5 [W]
- 消費電力(待機中): 0.5 [W]
: 1.4 [AU]
: 3 [hrs]
表3.3: 太陽電池アレイとバッテリの見積り
ミッション回 アレイ
数/天体自転回 発電量[W]
数
1/1
17。0
1/2
9。5
1/3
6。9
バッテリ
所要容量[W
h]
1。2
2。3
3。6
太陽電池アレ 正方形アレイ
イの面積[m2] の一辺[m]
0。17
0。09
0。07
0。41
0。31
0。26
円形アレイ
の
半径[m]
0。23
0。17
0。15
<まとめ>
以上,Boulder や Groove の岩壁をつかみ,任意の場所に移動し in-situ 分析が可能な Minor
Body探査ロボットについて考察した.その移動形態から提案するロボットを クリフハンガー・
ロッククライマー・ロボット と名づけた.
岩壁表面を自由に移動するために重要な張り付き力について検討し,脚先に爪を持ち,岩壁
の微小な凹凸を つかむ 方式が,その他の物理力に比べて有力であることを示した.
可能なミッションシナリオについて検討した結果,母船とローバから構成されるミッション
は,MUSES-C技術の延長線上に位置し,より実現可能性が高いということができるであろう.
アンカーやテザーに関する技術開発が進めば,母船+ランダ+ローバの構成が可能となり,よ
りサイエンスにフォーカスしたローバの開発が可能になるであろう.
Minor Body 表面を移動探査するロボットの初期検討の結果を整理すると,以下のようなシス
テム仕様にまとめることができる.
腕(手)の数
表面への張り付き力
表面凹凸荒さ
太陽電池アレイのサイズ
175
: 3つ以上
: 長さ1 [cm]の爪を用による把持力
: 1 [mm]オーダ
: 30 [cm] × 30 [cm]
稼動中の電力
待機中の電力
質量
: 5 [W]
: 0.5 [W]
: 1〜10 [kg]
(参考文献)
[1] K. Yoshida, T. Kubota, S. Sawai, A. Fujiwara, M. Uo MUSES-C Touch-down Simulation on the
Ground,
AAS/AIAA Space Flight Mechanics Meeting, Paper AAS 01-135, Santa Barbara, California,
February 2001, pp. 1--10.
[2] T. Yoshimitsu, et al. Autonomous Navigation and Observation on Asteroid Surface by Hopping
Rover MINERVA, Proc. 6th Int. Symp. on Artificial Intelligence and Robotics & Automation in
Space, i-SAIRAS 2001, Canadian Space Agency, Quebec, Canada, June 2001 (CD-ROM).
[3] K. Yoshida, T. Maruki, H. Yano , A Novel Strategy for Asteroid Exploration with a Surface
Robot, Presented at 2nd World Congress/COSPAR, Houston, U.S.A. 2002, B1.3-0033-02,
submitted to Advances in Space Research.
[4] http://robotics.jpl.nasa.gov/tasks/nrover/homepage.html (as of Nov. 2002)
[5] http://www2.jsforum.or.jp/bosyu/contest/contest.html (as of Nov. 2002, in Japanese)
[6] Ikuta K., Kato T., Nagata S. Micro Active Forceps with Optical Fiber Scope for Intra-ocular
Microsurgery, Proc. IEEE Micro Electro Mechanical Systems (MEMS), 1996, pp. 456--461.
[7] R. Nakamura et al., Multi-DOF Forceps Manipulator System for Laparoscopic Surgery, Proc. of
Int. Conf. on Medical Image Computing and Computer-Assisted Intervention, 2000, pp.653--660.
[8] J. N, Israelachvili, Intermolecular and Surface Forces, Second Edition, Chapter 11, Academic Press
Ltd., 1992.
[9] S. Sawai, J. Kawaguchi, D.J. Scheeres, N. Yoshizawa and M. Ogawara. Development of a target
marker for landing on asteroids, in Spaceflight Mechanics 2000, Part II, Advances in the
Astronautical Sciences Series, Vol. 105, pp. 1101--1118, AAS Paper 00-171.
[10] http://www.isas.ac.jp/e/enterp/missions/lunar-a/index.html (as of Nov. 2002)
[11] http://nmp.jpl.nasa.gov/ds2/tech/tech.html (as of Nov. 2002)
[12] http://www.rosetta-lander.net/ (as of Nov. 2002)
176
4.5.9. データ処理
データ処理系の構成
探査機のオンボードのデータ処理系は以下の機能が必要となる.
・ 地上局からのコマンドを搭載機器へ配信する.
・ 非可視中に機器を運用するため,コマンドを可視中にあらかじめ蓄積しておき,指定され
た時刻になると搭載機器に配信する.
・ 搭載機器からテレメトリデータを収集・編集する.
・ 搭載機器から収集したテレメトリデータを記録し,可視中に再生して地上局に送る.
・ 機上トリガのコマンドの処理,発行
非可視時の異常や,地球からの時間遅れに対処するため,探査機には,自律的にコマン
ドを生成し搭載機器に配信する機能が必要である.
MUSES-C のデータ処理系の構成
上で述べた機能を実現するために,MUSES-C 探査機では以下の機器を搭載している.次期
小惑星探査機では,次に述べるように,自律機能を強化したより高機能なデータ処理系が望ま
れる.
DHU (Data Handling Unit)
地上局からのコマンドをデコードし蓄積・配信する.
また,テレメトリデータの収集・編集・伝送を行なう.
搭載機器へのコマンドの配信はこの DHU が行なう.
PIM (Peripheral Interface Module)
DHU とインテリジェントな搭載機器との間で,コマ
ンド/テレメトリのインタフェースをとる機器.コマ
ンド/テレメトリは CCSDS パケットでやりとりする.
TCIU (Telemetry Command Interface Unit) DHU とノンインテリジェントな搭載機器との間で,
コマンド/テレメトリのインタフェースをとる機器.
DR (Data Recorder)
DHU が収集・編集したテレメトリデータを一時的に
記録する装置.
Fig. V.4.I.11
Data processing devices
自律化機能
探査機のデータ処理系に必要な自律機能を,MUSES-C のデータ処理系と比較しながら検討
すると以下のようになる.
177
<自律化マクロ>
深宇宙探査機は,地球との間の通信時間遅れが大きいため,地上でテレメトリによる探査機
の状態を見ながらコマンドを送信すると手遅れになる場合がある.
MUSES-C 探査機は,¥自律化マクロ" という機能を持っている.これは,特定のテレメトリ
値に応じて自動的にマクロ(相対時刻の指定されたコマンドシーケンス) を実行する機能であ
る.探査機の DHU は,各機器が出す HK(House Keeping) データをモニタし,特定の変数があ
る値になったり,しきい値を超えたりした場合に,対応するマクロに書かれたコマンドシーケ
ンスを実行する.例えば,ある機器の温度がしきい値を超えたら,その機器を自動的に OFF す
るような機能を持たせることができる.
残念ながら,現在は HK パケットにある変数しかモニタできない.その他のテレメトリパケ
ットから探査機の状態を更新し,その状態変数をモニタするような機能の強化が今後の課題で
あろう.
<リクエスト>
小惑星に着陸するシーケンスは,あからじめ定めたタイムシーケンスに従ってコマンドを順
次実行すればいいわけではない.小惑星の重力の推定値には誤差が含まれるので,予定した時
刻よりも早く,あるいは遅く小惑星に接近することは十分考えられる.よって,着陸に必要な
コマンドの実行時間をあらかじめ時刻で指定するのは危険である.コマンドの実行には,必ず
判断や待ちが生じる.例えば,
「小惑星から距離 X になったら Y を実行する」
「小惑星に着陸
したらサンプリング動作を開始する」といったものである.
MUSES-C 探査機は,¥リクエスト" という機能を持っている.これは,搭載機器からのトリ
ガにより指定したマクロを実行する機能である.例えば,LRF により探査機と小惑星表面の距
離を測定している機器(MUSES-C では姿勢軌道制御装置 AOCU) が,小惑星との距離 X[m] に
なったところで,特定の観測機器を ON させるようリクエストを DHU に送ることができる.
リクエストを受けた DHU はマクロ手順に書かれているコマンドシーケンスを別の搭載機器に
順次送信する.(コマンドを搭載機器に送るのは DHU であり,DHU 以外の機器が別の機器に
コマンドを直接送ることはできない.)
MUSES-C 探査機では,リクエストを要請するのは AOCU のみである.AOCU は,着陸時
の小惑星との位置関係や探査機の姿勢を全部知っているので,AOCU のプログラムに高度な機
能を入れ,必要に応じて他機器(AOCU から直接制御可能な機器(LRF,LIDAR, カメラなど) 以
外の機器) の制御をリクエストで実現している.DHU そのものに,自律化マクロの機能を除
くと,判断や待ちの条件文を処理する機能はない.
このやり方は,他の機器のテレメトリ情報を判断に使うことができないという欠点がある(し
きい値処理であれば,自律化マクロで可能).AOCU 以外の機器も何かしらの判断処理が必要
な場合,AOCU 同様,内部でその処理をプログラムし,他機器への要請はリクエストを介して
行なえばよいが,あくまで使うことのできる情報は自機器が持っている情報に限定される.す
べての情報が集まるのは DHU であるから,DHU に条件処理を行なう機能が望まれる.
<今後のデータ処理系>
今後,より高度な自律化機能を持つ探査機を実現するためには,DHU に高度な判断を行な
う機能をインプルメントする必要がある.つまり,DHU が,すべての機器から出るパケット
(HK パケットだけでなく) を集め,探査機の内部状態を把握した上で,上で言う自律化マクロ
やリクエスト(この場合,リクエストではなく,単純に自動コマンド生成となる) を実施する.
この場合,例えば,DHU はインタプリタを搭載して,日々の運用で非可視中に DHU が実行
178
するプログラムをアップロードするといった概念も考えられる.
テレメトリ運用
MUSES-C 探査機では,¥テレメトリ運用モード" という概念がある.運用モードごとに,各
機器が出すことのできるテレメトリパケットの種類と量が規定されており,全部で 32 のモー
ドが定義されている.打ち上げ時,巡航時,観測時,小惑星着陸時,セーフホールド時など,
それぞれのモードで搭載機器が出せるテレメトリパケットの種類と量が異なる.
テレメトリパケットの総量は,探査機のデータバス幅によって決まり,MUSES-C 探査機で
は 64[kbps]である.すべての機器が勝手にテレメトリを出すと,64[kbps] を超える可能性があ
る.このため,各運用モードで,総量が 64[kbps] を超えないように,各機器に出すことのでき
るテレメトリパケットの最大量を決め,各機器はそれを遵守する必要がある.
運用モードとテレメトリパケット量の配分は,あらかじめどのような機器運用をするか熟考し
て決めた.
しかし,考え落としのため,あとになって必要なテレメトリパケットが出せないことがわか
ることもある.
探査機のデータバス幅を強化し,テレメトリの総量を大きくすることで,打ち上げ直後にお
いても容易に別のパケットの収集を可能にすべきであろう.また,データバス幅を大幅に大き
くして,すべての搭載機器がパケットを出しても漏らさず収集できるようにすることも考えら
れる.この場合,テレメトリ運用モードの定義自体も不要となるが,搭載機器側でそれぞれの
局面においてどのパケットを出すか切り替える必要がある.
179
4.5.10. 帰還カプセル
回収カプセルは、サンプリング方式に応じて以下の 2 種類の検討を行う。
・ タイプ A;MUSES-C と同じ方式でサンプリングをするタイプ。回収カプセルは基本的に
MUSES-C と同じ構成。
・ タイプ B;エアロゲルでキャッチし、サンプリングするタイプ。回収カプセルは、エアロ
ゲル部分(3 個)を収納して再突入するため、新たな構造、緩降下方式が必要。
タイプ A
本カプセルは基本的に MUSES-C の再突入カプセルと同一仕様であるが、サンプル回収量の
要求によっては、大型化する必要もある。また、再突入速度は、約 13 km/s と MUSES-C より
大きいため、MUSES-C と同様に NASA 大型アーク風洞での耐熱材の確認試験等が必要と考え
られる。
基本仕様を表 6.11.1-1 に示す。
概要図を図 6.11.1-1 に示す。
シーケンス図を図 6.11.1-2 に示す。
機能ブロック図を図 6.11.1-3 に示す。
構成
カプセル分離接手
耐熱材
パラシュート
構造
位置標定
開発要素
表 6。11。1−1 タイプ A の基本仕様
仕様
・モノコック Al 接手
・マルマンバンド分離方式
・シングル・ヘリカル・スプリング(スピン分離方式)
・前面;CFRP+断熱材
・背面;低密度 CFRP(新規開発)
・1 段式
・ピストン放出方式
・メインシュート;十字傘
・着地時にパラシュート分離
・耐熱材以外に内部構造が Al 構体で覆われる構成とし、パラシュー
ト放出時に前面アブレータのヒートソークバックをさけるため、前
面アブレータを分離する。
・陸上回収(候補地;米国 ユタ州、オーストラリア ウーメラ等)
・耐熱材の高加熱率確認試験
・背面側アブレータ材の低密度化(軽量化のため)
180
181
図6.11.1-3 機能ブロック図
タイプ B
タイプ B はエアロゲルサンプラそのものを 3 式回収する方式とするため、MUSES-C の再突
入カプセルとは構成が大きく異なると考えられる。
基本仕様を表 6.11.2-1 に示す。また、基本構成を図 6.11.2-1 に示す。シーケンス図を図 6.11.2-2
に示す。
カプセル分離接手
エアロゲルサンプラ×3個
軽量化アブレータ(外面)
搭載機器
前面アブレータ分離機構
パイロットシュート
メインシュート
φ600
図6.11.2-1 タイプB基本構成
182
ダストプロテクタ
構成
カプセル分離接手
表 6。11。2−1 タイプ B の基本仕様
仕様
・モノコック Al 接手
・マルマンバンド分離方式
・シングル・ヘリカル・スプリング(スピン分離方式)
耐熱材
・前面;CFRP+断熱材
前面側は、ダストの中を通過した後、耐熱機能を有する。
・背面;低密度 CFRP(新規開発)
パラシュート
・モルタル放出方式
・2 段式(パラシュート+メインパラシュート)
構造
・耐熱材以外に内部構造が Al 構体で覆われる構成とし、パラシュー
ト放出時に前面アブレータのヒートソークバックをさけるため、
前面アブレータを分離する。
・カプセル背面には、エアロゲルが収納されているため、図 6。11。
2−1 に示すように、前面アブレータ側にパラシュートを収納。
・前面アブレータ分離後、回収部が空力的に反転する形状とする。
位置標定
開発要素
・陸上回収(候補地;米国 ユタ州、オーストラリア ウーメラ等)
・サンプリング機構展開収納方式
・空力加熱及び動安定性の観点からの空力形状の選定。(背面が長
いため)
・耐熱材は、ダストの中を高速で通過した後、耐熱機能を有するこ
とが必要であるため、MUSES-C と同様の CFRP 材の表面にクッシ
ョン材を貼り付ける必要あり。
・回収体が空力的に反転して、モルタル方式により、パラシュート
を正常に放出開傘する機能。
空力的に反転する
・パラシュート開傘
・アンテナ伸張
・ビーコン発信
・パラシュートレーダ反射材
再突入
前面アブレータ分離
パイロットシュート放出
メインシュート放出
・ビーコン間欠送信
(着地後3日間)
図6.11.2-2 タイプBシーケンス図
183
5. アウトリーチ
5.1. ミッションアウトリーチの意義
5.1.1. 学術研究とアウトリーチ活動の関連
宇宙科学研究所は2002年にMUSES-C探査機を打ち上げ、2007年に小惑星のかけらを世界で初
めて地球に持ち帰る予定であるが、本グループ(MEF)は、それに続く約10年後の日本の次期
小天体探査について、全国からアイディアを募り、科学的意義や工学的な実現可能性を検討し、
宇宙研が実施できる規模の有力なミッション候補を、2000年度中に創り出すことを目的とした
有志団体である。MEFグループは、宇宙理学・工学の研究者だけに閉じられたものではなく、
小・中学生、大学生、中・高校教師、公開天文台・博物館学芸員、アマチュア天文家、宇宙企
業エンジニア、科学ジャーナリスト、SF作家、海外在住の日本人研究者など、年齢職業を問
わず、多岐にわたったメンバーで成り立っている。今回のPost MUSES-Cの検討を通じて、彼ら
は将来「惑星探査のサポーター」として、次期小天体探査計画をそれぞれの立場で支援するこ
とが期待されている。
従来の宇宙研では、個々のミッションが独立したアウトリーチ活動をできるような計画立
案・予算申請を行ってこなかった。しかし所全体の窓口としての対外協力室だけでなく、ミッ
ションの現場に携わる者が生の声で、その研究の意義や自らの熱意を積極的に発信することが
大切である。そうすることでMEFメンバーのようなサポーターに支持され、納税者や教育現
場と直結した探査ミッションが誕生する。例えば、NASAのディスカバリー計画では、ミッシ
ョン提案の段階でアウトリーチ活動案も評価項目に入っており、全予算の約2%をその活動に計
上しないと選抜されない。ボトムアップ式で検討が始まったPost MUSES-Cにおいても、提案書
の段階から可能な範囲のリソースを計画・予算に組み入れたい。また、科学目的を妨げない範
囲で、探査機上のわずかなリソースも確保し、
「一般公募型(科学非限定)ペイロード」を搭載
することで、さらに多くの市民に「自分達の探査機」と思って頂けるような計画にしていきた
い。
学問研究の広報活動は単なる宣伝活動ではない。科学の広報とは、社会から支援されている
事業としての必要性、有効性の主張、さらには生み出される成果の還元、すなわち蓄積される
べき知の情報公開なのである。巨額の国家予算が投じられるビックプロジェクトの場合に、そ
の重要性がなおさら増すことはいうまでもない。惑星探査のような主に知的好奇心に立脚した
プロジェクトの場合は、特に真剣に考える必要があろう。MEFでは、教育を含めた広報普及
活動・アウトリーチの重要性を認識し、広報活動部門も設ける計画である。また、従事する人
間に対しては、研究者コミュニティーを含めたミッション全体からもしっかりした評価を行っ
ていく。
* 社会全体のコンセンサスのもとに遂行し得るMEF
* 全ての人々が太陽系惑星科学の知の最前線に立てるMEF
を我々は目指しているのである。
MEFでは「アウトリーチ」と「啓蒙」と言う言葉を同義には使っていない。啓蒙とは、 上の
者が下の者を教え導く という意味合いが強い。しかし惑星科学に関する知識を一般に広め、
惑星探査を紹介し、そのサポート集団を形成するに当たり、この 啓蒙 のような上意下達の
体系は不適当であると我々は考え、その為、アウトリーチと啓蒙と言う言葉を同義に使うこと
を意図的に避けている。
そもそも惑星科学はサイエンスの一分野であり、その研究に当たっては十分な基礎知識と論
184
理的な思考が求められる点で、他のサイエンスとまったく同等である。科学を専門としない一
般の人にとっては、 科学 は研究者から 啓蒙 されるだけしか関わりようが無いのか?と考
えたとき、必ずしもそれが全てではないと我々は考えている。その分野を考えるに当たって必
要となる基礎知識に関しては研究者から提示される必要があるが、その先の探査計画案の立案
やサイエンステーマの選定などに関しては純粋にロジカルな思考が求められるだけであり、こ
の部分に関しては一般の人と研究者とは同列で議論を行うことが可能である。もちろん科学的
な思考方法に関しては、研究者はそれを生業として日夜鍛錬を行っているため、一日の長が有
ることもまた事実である。しかしながらこのようにその研究計画・探査計画の立案過程をつぶ
さに開示し、当初から広く公開されたものとして進めることは巨額の国費を使うビックプロジ
ェクトには不可欠な過程であると考える。特に、惑星探査のように人類の辺境(フロンティア)
開発と密接に関連する分野に当たっては、上意下達ではないコンセンサスの形成が必要不可欠
である。
このような考えに基づき、MEFでは当初より以下のような方針で検討を進めた。
・必要となる惑星科学の基本的情報は開示する
・比較対照となる、日本・他国の探査計画案を明示する
・これに基づき研究者・一般を問わずメンバーによるフリーディスカッションを行う
・検討結果に関しては、適宜メンバー内外で評価を行う。
5.1.2. 天文教育から宇宙教育へ
今日の日本において、もはや「天文教育(teaching and popularization of astronomy)
」は時代の
流れに即応していない言葉になっている。幼くは日本宇宙少年団(http://www.yac-j.or.jp/)
、長じ
ては国際宇宙大学(、http://www.isunet.edu/および http://www2.jsforum.or.jp/bosyu/isu/isu.html)に
至るまで、新しい形の教育機会が広く認知されるようになった今日、もはや青少年の宇宙への
関心は、地上望遠鏡による遠隔観測だけでは満足させられない。むしろ航空宇宙工学、有人宇
宙飛行から惑星探査、宇宙生物学まで、あらゆる宇宙理工学、特に複数の受験科目にまたがる
学際領域に、その好奇心は向けられている。ところが実際の初等・中等教育の現場や科学館・
博物館における地学科目は、主に地質学か天文学を専攻した教師陣によって教えられており、
そのカリキュラムや展示内容、プラネタリウム番組の内容と子供達の関心の乖離は、もはや無
視できないところまで来ているのでないか?
また、日本でいわゆる「天文学者」になるための道筋は、種々の天文雑誌や書籍を眺めてみ
れば、子供でもおおよその見当がつく程に確立している。しかし航空宇宙工学や惑星探査の一
般雑誌は存在しないし、メディアやインターネット上の情報も十分とは言えない。だから仮に
子供達が将来ロケットエンジニアになりたい、惑星探査の仕事に就きたいと希望しても、教育
現場で適切な進路指導をするのは難しいのではないか?そこで教育指導要綱が大きく変わる今
こそ日本の「天文教育」は、宇宙に関わるあらゆる学問や職業を総合的に扱う「宇宙教育(Space
Education)」へ発展していき、新しいカリキュラムや展示・番組の創造に取り組むべきではなか
ろうか?また研究者や大学側も、学生が進路を選ぶ段階で、惑星科学を学べる研究室や、探査
の仕事の現実について正しい情報を得られるデータベースを整備し、多様な選択肢を用意する
必要があるだろう。その具体的な一助として、
「市民参加型の惑星探査の創造」を標榜する「小
天体探査フォーラム(Minorbody Exploration Forum (MEF))」はパブリックアウトリーチ活動に力
を注いできたし、ポスト MUSES-C 計画においても立案当初より、教育現場との関わりに考慮
することが望ましい。
5.1.3. メディア依存からサポーター形成へ
宇宙理工学に関する国内の報道は、これまで「打ち上げ花火」扱い、つまりロケット打ち上
げのみに集中しがちだった。しかし、惑星探査機や科学衛星は宇宙に出てからが仕事である。
それらの打ち上げ後の活躍に注目しないのは、例えば高橋尚子選手が優勝したシドニーオリン
185
ピック女子マラソンにおいて、スタートの場面のみをTV放映するようなものだ。その後 2 時
間あまりにわたる路上でのドラマ――先頭グループから抜け出す駆け引きやシモン選手との
デッドヒートなど--を全く放映しなかったら、そのTV局は国民から一斉に非難されるだろう。
しかし、宇宙科学や惑星探査については、それがまかり通っている。また、日本人宇宙飛行士
がミッション中に国民の多くから注目されるのは、今この瞬間に日本人が宇宙で仕事をしてい
る、という「同時代性」への共感ゆえであろう。ところが、この瞬間にも日本人が作った探査
機が火星に向かっているという「同時代性」は、国民の間で全く共有されていない。
こうした不幸な事態は、報道や教育の現場に宇宙科学や惑星探査の実情を送り届けるパイプ
が乏しいことが、主な原因だろう。しかし本来、惑星探査のような国家プロジェクトにとって
の「アウトリーチ」は、単なる社会還元のみならず、議会や納税者にミッションの意義を認識
してもらい、最終的には中長期の科学目標を目指した研究機会や予算を増大させるための、確
固とした戦術であるべきである。長引く不況下で、宇宙三機関の統合や大学の独立行政法人化
に向かっている日本の宇宙分野にとって、こうした視点は益々重要になってくる。ところがホ
ームページ予算だけで年間 1 億円を使える宇宙開発事業団と違い、宇宙科学研究所の広報活動
は、対外協力室以外では、現場の研究者が行う本業以外の無償労働によってかろうじて成立し
ているのが現実である。つまり、研究者は提供すべき情報は豊富に持っているが、本来業務と
平行してそれを教材用に加工したり、ネットや市場に載せるまでのマンパワー、時間、予算の
余裕がないのである。
そうしたギャップを埋める役割こそが、実はメディアおよび公共の博物館・科学館に期待さ
れている。しかし諸事情でそれが見込めない場合、スポーツや芸術の世界では、一般市民によ
る「サポーター集団」や「ファンクラブ」がその機能を補う。NASA の場合は、当局が黙って
いても、独自に米国の宇宙開発研究の情報収集・開示を行う「NASA ウォッチャー」が世界各
地に存在し、ネット上でも精力的に情報発信をしている。彼らは「勝手連」的な宇宙科学のサ
ポーターであると同時に、実質的な「市民オンブズマン」の機能も果たしている。その結果
NASA 当局にも、市民の応援と監視に応えられるレベルの仕事が求められ、研究予算の正当
化・公正な競争の実現、およびアウトリーチ活動の質・量の向上が促される。日本の宇宙科学
や惑星探査でも、このようなサポーターとの良好な応援・監視の関係を築くことがアウトリー
チ活動を盛り上げる一つの早道であろう。
5.1.4. 米国の惑星探査機と MUSES-C のアウトリーチ事例
MUSES-Cも含めて従来の宇宙研では、個々のミッションが独立したアウトリーチ活動をでき
るような計画立案・予算申請は行ってこなかった。しかし所全体の窓口としての対外協力室だ
けでなく、各ミッションの現場に携わる者が生の声で、その研究の意義や自らの熱意を積極的
に発信することこそが大切である。一方、NASAのディスカバリー計画では、ミッション提案
の段階でアウトリーチ活動案も評価項目に入っており、全予算の2%以上をその活動に計上し
ないと、そもそも選抜されない。そのため各ミッションが趣向を凝らした多彩なアウトリーチ
活動を展開しており、大変参考になる。
例えばNEOエロスを探査したNEARシューメイカーミッションでは、クルージングフェーズ
ではその日の探査機の位置を、ランデブー後は探査機画像を、毎日ホームページ上にアップデ
ートしていた。彗星塵のサンプルリターン・Stardustミッションでは、打ち上げだけでなく、射
場でのフライトモデルの組み立て作業まで、定点カメラによる24時間生ウェブキャストを行っ
ていた。また「Stardust Cafe」と呼ばれる巡回展を全米の博物館で行い、氷、ドライアイス、泥、
コーンスターチを混ぜた「彗星核」を作ってみせたりした。太陽風粒子のサンプルリターン・
Genesisミッションでは、ウェブ上での 担当科学者やエンジニアへのインタビューを通じて、惑
星探査の意義や楽しさを分かりやすく紹介している。彗星核にクレーターを作るDeep Impactミ
ッションでは、探査天体の地上観測キャンペーンを全世界の学校に呼びかける準備をしている。
さらにJPLでは、民間団体の惑星協会による子供達の惑星科学コンテストの入賞者に、初期
運用が終わった火星探査機のカメラを操作させ、独自の火星地表の科学観測を行わせることま
でやっている。
翻って年末に打ち上げる宇宙研の MUSES-C では、火星探査機のぞみに 27 万人の署名を搭載
したキャンペーンと同じものを、今年の春から夏にかけてインターネットと郵送にて世界規模
186
で行うことを検討している。今回は 100 万人の署名をターゲットマーカ内に仕込んで、NEO・
1998SF36 の表面に落とし、「星の王子様のふるさと」を訪ねるわけである(図 5)。これには
NPO 法人・日本惑星協会を始めとする民間の有志が協力する予定で、MEF 内にある「MUSES-C
勝手に応援ページ」のメンバーも支援を表明している。全国の学校や博物館・科学館にとって
も、気軽に参加できる格好のアウトリーチイベントとなるだろう。
187
5.2.
Post MUSES-C ミッションにおけるアウトリーチ
5.2.1.ミッションにおけるアウトリーチの流れ
MUSES-Cのように打ち上げ直前の段階でも、あるいはMEFによる次期小天体探査案のように
計画立案の段階からでも、多くの市民に探査計画へ直接参画してもらい、
「自分達の探査機」と
思って頂く事が大切である。国民の関心は打ち上げだけに留まらず、惑星間空間を旅して、い
ずれ地球に戻ってくるまで持続するかもしれないからだ。地球に回収された小惑星試料の一部
は、科学分析が終わった後には、全世界の科学教育施設に貸与される可能性もあるだろう。た
だし、こうしたアウトリーチ活動のために現場の研究者やエンジニアが本来業務である研究に
傾けるべき時間が大きく奪われるようでは、本末転倒である。さりとてMEFや日本惑星協会の
ようなサポーター集団に全ての責任を任せるわけにもいかない。そこで、期限付きで良いから
宇宙教育の専門家を、惑星探査ミッション毎にアウトリーチ担当として雇える予算計画を確立
することが必要であろう。
ミッションの各観測機器チームで得られた観測結果などの情報は、ミッションのプロジェク
トチームに集められ、データベースなどの形で管理される(Fig. 5.1.1.)
。アウトリーチチームは
その観測結果データをもとに、アウトリーチ用素材を管理する。アウトリーチの対象に応じた
形で、アウトリーチチームから観測結果情報が発信される。逆に、アウトリーチチームは、各
対象からアウトリーチに対する要望や、ミッションに対する質問の窓口となる。これらの情報
はアウトリーチチームで整理され、ミッション側にフィードバックされる。同時に、それ以降
のアウトリーチのための資料となる。アウトリーチの対象からは、資金や(将来の)人材という形
でミッション側へ直接のフィードバックが行われる。
アウトリーチペイロードも観測機器と同列に置かれるが、メンバーとしてはアウトリーチチ
ームと重なる。
Fig. 5.1.1. 惑星探査の現場と一般市民を結ぶアウトリーチ担当チームの位置づけ
188
5.2.2. アウトリーチ担当チームの設置
Post MUSES-Cミッションにおけるアウトリーチの概観は既に述べたが、Fig. 5.1.1のように、
ミッションの各プロジェクトとアウトリーチの対象となる一般の人々とをリンクさせる窓口と
してアウトリーチ担当チームを置くことが、Post MUSES-Cミッションにおけるアウトリーチの
特色である。ミッション側からは非常に様々な種類の情報が提供されることになるが、アウト
リーチチームはこの情報を整理・保存し、一般の人々からのニーズに応じた理解しやすい形で
提供する必要がある。アウトリーチチームはミッションのそれぞれのサイエンスチームとは独
立して存在する、専門チームとするべきである。 アウトリーチチームを置くことで、次のよう
なメリットが考えられる。
・
ミッションから提供される探査結果などの情報をアウトリーチチームがデータベース
の形で整理・保存することで、アウトリーチの各イベントの際に効率よく利用できるようにな
る。ミッション側への負担も軽減される。
・
子供向け、学生向け、マスコミ向け、一般向けなど、対象を絞った効果的なアウトリ
ーチを行うことが可能になる。アウトリーチ対象に応じて、探査結果をわかりやすい形式に整
えて発信する必要があるが、その場合の「フィルター」の役割を果す。同時に、多種多様なニー
ズの窓口となって、きめ細かな対応をすることができる。
・各サイエンスチームからは独立したチームとすることで、大規模なアウトリーチのイベント
に対応できる。
・
次節から、このアウトリーチチームを軸とした具体的なアウトリーチの戦術について述べる。
5.2.3. ミッション参加型のアウトリーチ
一般の人々がミッションに関わる機会を提供するのが、この「ミッション参加型アウトリー
チ」である。惑星探査を身近に感じてもらうことで、惑星科学全体に対する社会全体の理解が
得られ、ミッションに対する人的・金銭的なフィードバックが期待できる。アウトリーチの方
法によっては、募金などで直接的な支援を受けることも可能である。
一般公募型(非科学型)ペイロード
探査機に観測機器以外の重量枠を設け、一般から公募するイベントのために提供するもので
ある。惑星科学への興味のあるなしに関わらず、広く宇宙に興味や憧れを持つ人々にとって、
自分の手でなにか形のあるものを宇宙へ送ることは、非常に魅力的なイベントとなるはずであ
る。具体的には、次のようなプランが考えられている。
・プリクラ
プリクラ(あるいはサイン)を募集して搭載する。参加者からは、プリクラと同時に少額の
募金(100円単位など)を募り、ミッションに対する参加意識を持てるようにする。ミッション終
了後のプリクラは、タイムカプセルを作り、宇宙研などで一定期間(100年?)保管する。
・メッセージ・名前
探査機にCD−ROMを一枚搭載し、そこに一般公募したメッセージと氏名を記録する。 み
ずからの宇宙への想いを託したメッセージを搭載することによって「自分たちの探査機」とい
う意識を抱かせ、ミッションへの関心を持続・拡大させる効果を狙う。メッセージはeメール
で募集し、ファイル化してCD−ROMに記録する。 学校や科学館でメッセージをとりまと
189
めるなど、普及イベントに利用することもできる。また、CD−ROMには、データ復調の手
がかりとなるマニュアルを添付する。これは遠い未来の人類、もしくは地球外知性によって解
読されうることを想定する。そのため、宇宙共通の定数・自然法則を駆使する。マニュアルの
制作には広い科学知識と柔軟な発想、人類文明を客観視する感覚が要求される。たとえば時間
単位の記述には「秒」が使えないから、太陽系にもっとも近いパルサーの周期や水素原子の励
起周波数などを用いる。マニュアルの制作過程を記述するだけでも、良質の科学番組・科学読
み物となるだろう。 CD−ROMと包装、マニュアルで20g以内に収めるものとする。
・記念品
記念品は質量0.1グラム以内、内径3mm・長さ3cm程度のガラス管に封入できるものとし、
一点10万円程度の料金を取る。軌道投入の失敗による補償はせず、料金は寄付金の性格である
ことを事前に謳う。収益は教育目的に使用する。記念品は、安全に搭載できるものならなんで
もよい。毛髪、紙片に書いたメッセージ、遺骨などを想定する。記念品の募集は、広く一般の
関心を集める話題作りとして期待できる。応募者の十人十色の思いが報道されれば、
「個人と宇
宙の関わり方」を認識する機会となるだろう。
・願い事
七夕で短冊に願いを書くように、願い事を書きこんだCD-ROMを探査機に載せて打ち上げる。
願い事には字数制限が必要。書く内容は、夢でも、未来の自分へのメッセージでもなんでもよ
い。CD-ROM のコピーを地上に残しておき、10年後、20年後に見られるようにする。
観測機器サポーター制度
Post MUSES-Cミッションでは、サポーター制度を導入する。ミッション参加型アウトリーチ
の具体的提案として、単に「応援してください」というのではなく、サッカーの「サポーター」
のような人々を集めて「ファンクラブ」にあたる仕組みを作り、サポーターと惑星探査ミッシ
ョンとの間で積極的にフィードバックし合うような関係を築きたいと考える。この「サポータ
ー団体」は将来惑星探査全体の「サポーター団体」になるべきものであるが、まずは「Post
MUSES-Cの探査機のサポーター制度」として組織される。探査機全体のサポーター制度からも
う一歩踏み込んで、搭載される観測機器ごとのサポーター制度を試みる。
この「観測機器サポーター制度」では、衛星搭載の磁力計、可視撮像カメラ、赤外カメラ、
ダストカウンター、イオン分析計、質量分析計、ローバなどの各観測機器の応援団として登録
してもらう。サポーターは、より深くミッションに関わりフィードバックを得られる。具体的
なサポーターの特典として次のようなものが考えられる。
(ア)
(イ)
(ウ)
各観測機器のステータスレポートを会報として受けられる。
各観測機器のサポーター時間を設け希望する観測を行える。
観測データへの優先的なアクセス権があり、データ解析を体験することも可能。
探査機全体のサポーターであるよりも、具体的に観測に関わることが出来るところが魅力で
ある。逆に、ミッション側は、サポーター募金などによる財政的な援助を得ることができ、探
査機についての一般の人々により深く理解してもらえるなどのメリットがある。また、観測が
続いている期間中にわたって、サポーターの興味を引くことが出来るので、打ち上げ時に行う
イベントと組み合わせれば、ミッション開始前から終了後まで、継続したサポートを受けられ
ることになる。サポーターは各観測機器ごとに登録し活動することになるが、この制度全体と
しては、アウトリーチグループが事務局となる。アウトリーチグループが取りまとめ役となる
190
ことで、各観測機器チーム単位で個別に場合よりも効率的になり、同時に各観測機器チームの
負担を軽減できる。サポーター側から見ても、全体像がわかりやすく、質の高い制度となる。
5.2.4. 教育現場でのアウトリーチ
教育現場において、ミッションの成果は最新の惑星科学の教材としてのニーズがあると考え
られる。逆にミッション側は、教育現場でのアウトリーチによって、探査のサポーターや、将
来の惑星科学者が広く養成されることを期待できる。教育現場でのアウトリーチでは、対象と
なる生徒・学生の興味や理解度に応じた情報を吟味して発信することが必要になる。具体的な方
法については次に述べるが、重要なことは、ミッションから発信された探査成果を、小学生、
中学生、高校生など対象別に、アウトリーチチームが「フィルター」となり、より理解しやす
い内容へと構成しなおすことである。
講師派遣制度
教育現場におけるアウトリーチの手法の一つとして、
「講師派遣制度」を提案する。これは、
ミッションの成果についての講演会を、全国各地の学校などで行うものである。この制度にお
いて、アウトリーチグループは、講演会開催要請の総合窓口の役割を果す。アウトリーチグル
ープは、ミッションの各サイエンスプロジェクトで得られた成果をデータベースの形で蓄積し
ている。また、講師となる人材も、アウトリーチグループがMEFのメンバーの中から選定で
きる。このように、
「情報」と「人材」を一括して管理しているアウトリーチグループが窓口なる
ことで、学校側からの要望(希望する講演会の内容など)にきめ細かく対応することが可能に
なる。
惑星科学・探査を学べる大学研究室案内
すでにMEF一般公開ページで実現しているが、高校生や学部大学生を対象に、
「惑星科学・探
査を学べる大学・大学院研究室案内」として、理学・工学の両面から惑星科学・惑星探査の研究
を行っている研究室の情報を提供する企画である。大学の研究室にアンケート調査をおこない、
その結果を一般公開ホームページで公開する。MEFがこの企画を始めるまで、惑星科学・探査を
学べる研究室情報を得るには、総合的な情報源はなく、個人がホームページなどで個々の研究
室を調べていくしか方法がない状況であった。今後も、本企画のような「惑星科学・探査を学べ
る研究室」と限定された情報の拡充に対する潜在的なニーズは小さくないと考えられ、学生にと
って進路選択の際の手助けとなることができる。ミッションとしては、将来の惑星科学を支え
る優秀な人材を得られる、惑星科学全体がボトムアップされるなど、中長期的なメリットを期
待できる。
5.2.5. 科学館・天文台などの施設でのアウトリーチ
科学館・天文台などの公共施設は、一般に広く開かれた科学アウトリーチの場として非常に重
要である。科学館・天文台からのニーズとしては、太陽系探査などをテーマにした巡回展・企画
展などがあると考えられる。実物資料や写真などで探査の現場の息吹を伝えることが出来れば、
期間中の入場者増が期待できるという、施設運営などの視点からのメリットがある。その他に
も、前述の「講師派遣制度」の活用、直接手を動かして惑星探査やそのデータ解析などのプロセ
スを体験する企画(2003年3月に「第一回君が作る宇宙ミッション」として、宇宙研にて実現し
つつある。
)など、様々な可能性がある。ミッション側としても、科学館・天文台との連携によ
って、一方的に情報を流すのではなく、能動的かつ双方向的なアウトリーチが可能になるとい
うメリットがある。専従のアウトリーチチームが事務局となれば、規模が大きなイベントの運
営にも対応できる。
191
データを読み解く ― 惑星探査教室
インターネット上のリソースを用いて、惑星画像の解析を行う講座である。対象としては、
中高校生、大学学部生や、一般の惑星科学に興味を持つ人々が考えられる。同時に、学校教職
員、社会教育施設職員対象の講習会(画像解析ツールの使い方、基本的な画像の見方)を開催
し、惑星画像解析の「導師役」を養成する。
「導師役」は各自の現場(学校授業、クラブ活動、
施設事業など)において、画像解析ツールの使い方、画像の調べ方などを伝授し、参加者の画
像解析を手伝う。ミッションに関わる科学者は、講習会の講師を務めたり、現場からの相談を
受けたりする「師匠役」を担う。この企画は、教育現場も含めた非常に大規模なものになるが、
特に科学館・天文台は、講習会の開催や、そこで養成された「導師役」による「惑星探査教室」開
催など、この企画で中心的な機関になると考えられる。なお、この「惑星探査教室」のオンラ
イン版として、一般公開ホームページ上での「惑星画像入門」も計画している。
サンプルリターンコンテスト
遠隔操作でサンプルリターンを行い、より早く確実に実行できたものを表彰するロボットコ
ンテストである。高専、学部、大学院の学生が対象となる。例えば、体育館のような床面積の
広い場所の隅に砂場を用意し、反対の隅から遠隔操作ロボットを送りこんで砂をすくい戻って
くる、という競技が設定できる。あらかじめ設定した経路をはずれたら減点、また標準タイム
からのずれ量に応じて加減点する、持ち帰った「サンプル」量の多少も得点材料とするなどの
ルールをきめ、
「サンプルリターン」の技術を競う。
5.2.6. メディア・出版業界へのアウトリーチ
広く社会全体へのアウトリーチを考えた場合に、テレビなどのマスメディアや出版業界の持
つ、社会への影響力の大きさは非常に魅力的である。逆に、メディア側や出版業界側からミッ
ションに対するニーズもあり、互いに双方向的なやり取りが発生する点では、他のアウトリー
チ対象と同様である。ここでは、SF作家の立場から見たミッションとの関わりを紹介する。
また、メディアでのアウトリーチとしてCMプランを提案する。
SF 作家の立場から ― 取材機会としての MEF、次期小天体探査
MEFにはノンフィクション作家やSF作家、漫画家、サイエンスライターなど、文筆業に携
わる者が多く参加している。彼らはプロジェクトの立ち上げ段階からその進捗を見守っており、
研究者たちと交流している。MEFの提供するこのような取材機会は、本邦で初めての試みであ
る。こうした文筆メンバーは、研究者自身が気づかない、あるいは気づいていても伝えられず
にいるプロジェクトの面白さ、意義、楽しみ方を見いだし、小説や漫画、雑誌記事などの形で、
一般市民が面白がる作品に加工することを得意としている。これまで、宇宙探査が脚光をあび
るのは打ち上げ時と到着時くらいしかなく、それもロケットや惑星の画像など、見栄えのする
「絵」がなければ注目されることがなかった。しかしMEFでは当初から研究者たちの顔が見え
ており、プロジェクト実現に向けて奮闘する様子や、数々の人間ドラマが文筆メンバーによっ
て観察されている。文筆メンバーはこれまで一面しか語られることのなかった宇宙探査を、よ
り多面的に記述することができる。空間の磁場やプラズマなど、難解で絵になりにくい素材も、
研究者の姿を通して描くことで魅力ある作品に仕立てられるだろう。アメリカでは『コスモス』
『ザ・ライトスタッフ』
『スペース』
『人類月に立つ』
『アポロ13』など、宇宙を題材にした数多
くの作品がベストセラーやヒット映画になっており、国民の意思をまとめる原動力となってい
る。MEFは我が国でもそうした作品を生む機会を提供するものである。こうしたMEFで培った
192
交流を、次期小天体探査においても持続・発展していくことが望ましい。
イメージ CM
「太陽系を知ることは、地球を知ること。人類の故郷を知ること。そして、地球環境を考え、
未来を見つめるために欠かせない大切な営みであること…」などを強調するテレビCM,ラジオ
CMを制作・放送する。宇宙観の変遷を入れて、世界認識がいかに大切かを訴えてもよい。前述
の一般公募型ペイロードとリンクしたキャンペーンを行ったり、募金を呼びかけてもよい。ま
た、講演会など各種イベントの光景を録画・録音して放送することも効果的である。
5.2.7. 惑星探査ポータルサイトとしての MEF 一般公開ページ
IT技術の発達とITインフラの蓄積により、昨今ではインターネット上のWEBページによる情
報発信が非常に重要なツールとなっている。
当初MEFは1年間の期間限定の会員制で、次期小天体探査計画ワーキンググループのたたき
台を作ることのみを目標としてきた。しかし、その後も惑星探査のサポーターが集えるフォー
ラムとして存続して欲しいという希望が多く寄せられた。そこで会員ページで蓄積された情報
や議論や独自の企画を公開し、 惑星探査に興味のある人が誰でも訪れることのできる「小天体
探査の日本語ポータルサイト」としての一般公開ページ(http://www.minorbody.com)を、2000年12
月25日から開設した。サイト開設と維持の諸経費は、筆者らMEFメンバーの有志のポケットマ
ネーにから出されており、サーバも公正を期すために公的機関ではなく、商業ドメインに置い
ている。開設後、いくつかの本や雑誌やウェブサイトにも紹介され、2002年12月までに4万ヒッ
トを越えるアクセス数を数えている。この成果を、次期小天体探査でも継承発展させていくべ
きであろう。
これまでのコンテンツ例は以下のようであり、MEFメンバー内のボランティアが分担して運
営している。
(2) 世界、国内の小天体探査情報
(3) 惑星探査に関する用語集、リンク集、Q&A集、寄稿集
(4) MEF会員ページでの議論に基づくポストMUSES-C探査案の紹介
(4)「惑星探査に関わる人々」インタビュー
(6) 惑星科学・惑星探査が学べる大学・大学院案内
(7) 惑星科学研究者の日常を綴る「MEF日記」
(8) 小天体に関連するSF作品の紹介・解説
(9) 小惑星探査の成果に関するインターネット公開討論会
(10) 日本惑星科学会機関誌「遊・星・人」の小天体探査関連記事の掲載コーナー
(10)しし座流星群国際航空機観測ミッション日本語ページ
(11) MUSES-C勝手に応援ページ
なお、2002年末までの「MEF 一般公開ホームページ」のコンテンツは全て、本レポート
CD-ROMの付録に掲載されているので、ご参照されたい
予想を超えた MEF 公開ページへの反響の大きさは、いかに多くの方が日本語で語られる惑
星探査の情報に渇望していたかを如実に示していた。特にコンテンツ(4)-(6)は、
「惑星探査の仕
事に就くため」の判断材料として、学生諸君の進路を考える上の参考になることを念頭におい
た企画で、いずれも好評を博している。また「大学院案内」は学生側のメリットだけでなく、
研究室側が優秀な学生を惹きつけるための強力なツールとしても機能している。そこでそうし
た学生達の新規加入も期待しつつ、会員ページもレポートが完成する2年目以降も、 引き続き
継続・発展していくことにした。Post MUSES-C 時代にあっても、新しい惑星探査案のプール、
そしてそれらをボトムアップで創り上げるインキュベータとして機能していくことが望まれる。
さらに、インターネットには国境がないため、アウトリーチ活動も国際的になりえる。少な
193
くともホームページのトップページは英語と日本語のバイリンガルにして、情報を日本から積
極的に与えることで、日本の小天体探査の先進性を世界にアピールできるようになるだろう。
194
6.
国際協力
6.1. 国際協力の意義
宇宙は人類共通のフロンティアであるため、宇宙科学全般においても多国間にわたる協力が
行われるようになってきている。日本の宇宙科学研究でも、国際協力はごく日常茶飯事になり
つつある。主たる相手はアメリカ、ヨーロッパの国々、カナダ、ロシアなどである。科学的意
義の章で見てきたように、2000年代後半には、MEFで提案された7案全てのサイエンス・目標天
体に、人類の手が届く可能性は大である。それに伴い、日本人研究者も今後はMUSES-Cの実績
を手にしながら対等な立場で、どんどん海外の小天体探査ミッションからのオファーを受け取
り、相互載り入れすることになるだろう。米国Discovery計画における小天体探査案、HeraとDeep
Interiorからは、すでに宇宙研のMUSES-C理学スタッフに対して、共同研究科学者を務めるよう
要請が来ている。
6.2.協力の形態
次に、日本の小天体探査(Post-MUSES)における国際協力の意義、重要性について述べてみた
い。国際協力をするメリットは、端的に言って何よりもまず理学的クオリティと、工学的実行
可能性(feasibility)の向上、そして予算面やマンパワーの削減につながることである。そして協
力の形態としては、以下のようなケースが考えられる。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
機器開発等,技術の提供・利用
既存の機器の提供・利用
データの提供・利用
人材(研究者)の提供・利用
施設の提供・利用
MUSES-Cを例に取ると、主要な協力相手国は米国とオーストラリアである。その協力方式は、
費用の交換を伴わないバーター方式である。その結果、宇宙研が得たものは以下の通りであっ
た。
(1) MUSES-C探査機の通信電波を外国で受送信(NASA/JPL深宇宙通信網の使用)
(2) MUSES-C探査機の要素技術開発の際に、外国の施設を使用(NASA/ARC帰還カプセル空力
実験)
(3) MUSES-C探査機の帰還カプセルを外国で回収(オーストラリア・ウーメラでのカプセル回
収)
(4) MUSES-Cの探査候補天体の観測好機に、世界中の天文台に依頼して観測キャンペーンを実
施
特にMUSES-C ミッションの探査対象天体は過去に2度変更されており、そのたびに新しい
詳細地上観測が必要となったため、国際的な観測キャンペーンを迅速に行うことは極めて重要
であった。一方、米国・オーストラリアの宇宙機関ないし研究者が受けた恩恵は以下であった。
(1) MUSES-C探査機に外国の機器を搭載(ただしJPL-SSVは先方の都合で後にキャンセルされた)、
(2) MUSES-C探査機が取得した科学データの解析に外国から参加(NIRS, AMICA, LIDAR,
195
MINERVAのその場計測データ、および採集試料の初期分析)
(3) MUSES-C探査機が採取した小惑星サンプルの総質量の1割をNASAに提供
6.3. ポスト MUSES-C 時代の国際協力のあり方と課題
6.3.1. データや試料の使用権
探査によって得られるデータや試料の使用権は非常に重要な問題である。普通は,最初の1
年間とかは日本のPIに限るとか,限られた外国人研究室から派遣された人が日本において使用
するのに限り,徐々に段階的に一般公開へ向かのが良いと思われる。生データを公開してそれ
に推奨される補正法をつけるのが良いと思われる。データや試料の使用権を給料が出ないこと
の代わりとして用いることは考えられるが,探査がうまく行かなかったり,長期にわたると問
題である。試料についてはかなり厳しい制約をつける必要があるであろうが,究極的にはNASA
のしているように全世界から公募を募る段階に至るであろう。
6.3.2. 情報フローの整備
全く別のミッションであっても、搭載機器や解析用マシンのスペックやデータフォーマット
の共通化を図ることによって、取得したデータが共有しやすくなる。また、惑星画像の世界で
は事実上世界標準と言える、PDS (Planetary Data System)フォーマットを日本国内でも一般化す
ることによって、時代・場所を超えてデータを利用できるように配慮することは重要である。
6.3.3. 文化習慣上の課題
要点は「quid pro quo を忘れぬべき」である。
「国際協力」とは一種の貿易であり、なにか欲
しいものが海外にある時には、それなりの費用、もしくはサービス提供を前提にして、物々交
換を行なうこととあまり差はない。だから、貿易をする一方が圧倒的に得をするような形での
「国際協力」などは、まず好まれないという事を、我々自身が理解しておく事が必要である。
長年米国に生活した日本人研究者の言によると、氏が最も頻繁に米国技術者から問いただされ
る点は、日本が「give and take」の「take」に重点を常におき、
「give」という形で、なにか貴重
な貢献を相手方に与えるという意識に、やや欠けていることらしい。氏の例えを借りると、遣
唐使の時代の経験が抜けきれず、
「海外に赴くという事」=「海外で学んだ知識を国土に持ち帰
るという事」になるの。日本が世界に誇れる科学大国となるには、逆に世界から欲しがられる
ようなサービスを自由に提供できるような態度を示すことが、これからは必要となるだろう。
欧米間にて最も好まれる形での「国際協力」とは、公平で、かつ、御互いの国にたいしての
利益が、明確に示されている形のものである。特に重要視されているのが、得られた科学デー
タの共有である。過去の宇宙研とゴダード宇宙航空研究所の間の共同X線ミッションを例に取
ると、ある特有のデータ占有期間をすぎた時点で、衛星から得られた全てのデータは、日本、
もしくは米国のデータベースへと移行され、そこから一般科学者に公開される。これは、最も
好ましい形の国際協力であろう。なぜなら日本人学者が最初にデータを処理し、そして理解す
る機会を得られるわけであり、それ故に、海外には存在しない貴重な知識を所有している日本
人学者達は、世界各地で優遇される機会に恵まれる。そして、データの公開を通じて、世界の
科学者にも客観的に科学データを解析する機会を与えられ、かつ、日本人、そして海外の研究
者の間での自由な意見交換を通じて、お互いのデータの理解度を深める事ができる。科学者の
最終目的は、常に自然科学に対しての理解を深める事である。MEF発の次期小天体探査計画を
通じて、小惑星に対する理解が現在よりも遥かに上まわったという認識を得られるのなら、そ
れほど日本の研究者にとって好ましい事はないのではなかろうか。
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