平成 26 年度高齢者虐待防止対応人材養成研修レポート 平成 18 年に「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下、「高齢者虐 待防止法」 )が施行され、高齢者虐待対応についての責任主体が市町村にあることが法的に位置づけられ た。愛知県では市町村における虐待防止、対応の標準化と、広く高齢者虐待に関する住民、関係機関へ の普及啓発等が課題となっている。 今年度の研修では、高齢者虐待が人権を侵害するものであるという基本的視点にたち、愛知県弁護士 会高齢者・障害者総合支援センター「アイズ」に寄せられた相談事例の紹介と、架空事例を用いた虐待 対応初動期から地域での関係機関による支援までの流れについての演習、地域での啓発を考えるグルー プワークを行った。 1.目的 高齢者虐待に対応する職員が、虐待を受けたあるいは受ける恐れのある高齢者へ、迅速かつ適切な 対応及び養護者に対する支援を行うために、具体的な介入方法や関係機関とのネットワークを活かし た支援方法を学び、高齢者虐待予防及び支援に資することを目的とする。 2.開催日、参加者の状況等 以下の者のうち、高齢者虐待防止及び対応に取り組んでいる者、今後取り組んでいく 予定の者 ・市町村高齢者福祉担当課職員、保健センター保健師 ・地域包括支援センター職員 ・保健所職員 ・医療ソーシャルワーカー(MSW,PSW) ・社会福祉協議会職員 対象者 地区 三河地区 尾張地区 日程 7月2日(水) 7月9日(水) 西三河総合庁舎 大会議室 行政職員(高齢・保健センター) 21名 地域包括支援センター 93名 受 保健所 3名 講 MSW・PSW 14名 者 社会福祉協議会職員 2名 数 その他 0名 合計 133名 ※高齢福祉担当課職員が不参加の市町村 11市町村 開催場所 あいち健康プラザ プラザホール 41名 61名 1名 18名 4名 4名 129名 参加者計 62名 154名 4名 32名 6名 4名 262名 3.研修カリキュラム 内容 【1時限目】 講義 60分 高齢者虐待事例から高齢者の権利擁護を学ぶ 【2時限目】 講義・演習 220分 高齢者虐待対応の基本的流れ ~通報から分離・措置及び終結を考える~ 講師 都築法律事務所 弁護士 都築 真琴 氏(三河) 実法(みのり)法律事務所 弁護士 石川 敦男 氏(尾張) 社会福祉法人長福会 デイパーク大府 施設長 塚本 鋭裕 氏 【コメンテーター】 都築法律事務所 弁護士 都築 真琴 氏(三河) 実法(みのり)法律事務所 弁護士 石川 敦男 氏(尾張) あいち介護予防支援センター 【3時限目】 グループワーク 40分 高齢者虐待防止への普及啓発に関する各機関の取組み ~虐待防止・早期発見の地域づくりに向けて~ 【コメンテーター】 社会福祉法人長福会 デイパーク大府 施設長 塚本 鋭裕 氏 都築法律事務所 弁護士 都築 真琴 氏(三河) 実法(みのり)法律事務所 弁護士 石川 敦男 氏(尾張) 4.講義の要旨 あいさつ あいち介護予防支援センター津下一代センター長からの、冒頭あいさつ では、高齢者虐待のとらえ方について、社会的な背景によって変化してい くこと、望まない医療を提供することも「虐待」になるかもしれないと投 げかけ、 「虐待」の捉え方について今一度振返ってみて欲しいと言われた。 また、高齢者が増加していく現在の社会情勢において、高齢者虐待の対 応を学ぶのと同時に、住民や専門職が「これって虐待だね」と気づくこと が必要であるため、地域特性を踏まえた効果的な高齢者虐待についての啓 発活動や、早期発見、防止につなげる予防的アプローチ、支援者のネット ワークの構築が重要であると伝えた。 1 時限目 講義「高齢者虐待事例から高齢者の権利擁護を学ぶ」 講義では愛知県弁護士会による高齢者・障害者総合支援センター「アイ ズ」で平成 14 年から実施している、福祉関係者のための FAX 相談「ほっ とくん」に寄せられた相談から、高齢者虐待に関する相談事例について高 齢者虐待防止法を踏まえながら紹介。成年後見制度でどのような対応がで きるか、高齢者本人の判断能力の有無による対応の違い等について解説が あり、弁護士の役割についても理解が深まった。 都築弁護士からは、根拠に基づく判断をせ ずに関係者が「虐待だよね」と進んでしまう ことも問題であり、虐待の有無について根拠 をもって判断していくよう伝えた。 石川弁護士からは高齢者虐待は人権問題であり、放置することで生命 もおびやかすことになると伝え、高齢者がますます増加していく社会的 背景のもと、高齢者虐待件数の増加も予測されるため、今から対応スキ ルを学ぶ必要性を伝えた。 両弁護士からは「地域包括支援センター法律支援業務」の案内があり、 大変な状態になる前に、早めに弁護士に相談してほしいと呼び掛けた。 2 時限目 講義・演習「高齢者虐待対応の基本的流れ~通報から分離・措置及び終結を考える~」 高齢者虐待の架空事例をもとに、医療機関からの通報から事 実確認、コアメンバー会議、コアメンバー会議の決定に基づく 初動期対応、措置分離、再統合後の地域でのケース支援に至る 一連の流れについて、事例の流れを追いながら、グループワー ク、発表、コメント、解説を交えて演習を行った。 例年、 研修後アンケートで悩みとしてあげられる、 虐待の有無、 措置分離を行う際の判断、分離後の対応等について、各種帳票 を活用することで具体的に学習し、客観的、組織的な対応のポ イントを確認した。 また、措置分離後に虐待の再発リスクを評価した上で、措置解除して自宅に戻る場合、地域でのチ ームによる支援が重要となるが、演習では誰が、どのような役割を担って被虐待高齢者と養護者を支 援していくかについても検討した。 講師からは初動期は「安全確認」が最優先であり、通常の地 域包括の相談援助業務とは異なるという認識のもと、適切な対 応を進めるよう説明がある。 弁護士からのコメントでは、市町村がためらいがちな「やむ を得ない措置」についても生命の安全確保のため、緊急性を判 断し、積極的に活用していくことや、不当要求への対応につい ての助言があった。 今回はひきこもりがちな息子が親を虐待するという設定の 事例であったため、ひきこもり支援に取り組んでいる保健所相 談員から保健所での取組みの報告がある。また、「ひきこもり」 は病名ではなく「状態像」であるため、支援にあたっては背景 や本人の様子をみて向き合ってほしいと言われた。 グループ編成は異なる所属が入るように配慮しており、ワー クでは所属機関によって役割、視点の違いを共有しながら活発 な意見交換がなされた。 3 時限目 グループワーク「高齢者虐待防止への普及啓発に関する各機関の取組み ~虐待防止・早期発見の地域づくりに向けて~」 高齢者虐待の早期発見と予防に関する取組みについて工夫していることなどについて情報交換を行 い、各所属で取り組めることを検討することで今後の啓発の取組みにつなげることを目的とし、グル ープワークを行った。グループワークで出された主な意見は以下のとおり。 行政・地域包括 医療機関 ・虐待対応マニュアル、フローチャートの作成 ・市、包括、社協職員向けの勉強会実施 ・虐待防止ポスターの作成 ・市の広報、保健センターだよりで広報 (通報の基準や通報先などを明確に示す) ・相談先のPR・チラシ配布 ・保健センターの健康教育にも取り入れ、住民に周知 ・認知症サポーター等の既存事業で虐待の内容を含める ・高齢者虐待防止の「リボン」運動 ・高齢者虐待防止サポーター(仮)の養成 ・虐待防止講演会の開催 【研修・勉強会による啓発】 ・ケアマネの事例検討会で虐待事例をとり あげる(虐待に至る背景を理解する) ・ケアマネ連絡会で「気になったらまず報告 相談を」と周知 ・介護予防教室スタッフ向けの研修 ・民生委員向けの研修会・民協で話題に 入れる ・医師会、病院に対して話をする機会をもつ ・受診時にSOSが発見できるよう外来スタッフに周知 ・院内スタッフ向けの研修会開催 ・院内倫理委員会の設置 ・院内対応マニュアルの作成と周知 ・ケース対応について検討会 ・研修医向けの院内勉強会あり(救急で発見しやすくなる) ・待合室などの目につく場所にポスター掲示 【広く住民に向けた啓発】 【相談につながりやすい関係づくり】 ・市民が集まる夏祭り等で啓発チラシの配布 ・相談しやすい関係づくり(サロン訪問、 ・自治会、町内会の回覧板で周知 出前講座等) ・老人クラブ・介護予防教室等で周知 ・病院との顔の見える関係づくり ・既存の見守りネットワーク参加者(JA、生 (病院を訪問) 協、郵便、新聞等)にも周知や、ポスター ・家族介護者交流会等で情報提供 掲示等の依頼 【コメンテーターからのコメント】 ・通報件数が減少している。民生委員やケアマネなどの小規模の集まりの顔の見える範囲で、丁寧に 高齢者虐待につい伝えていくことで、通報件数の増加につながる。 ・アンケート調査(意識調査、対応状況調査等)を実施することで、意識付けになるため、アンケー トを活用することもよい。 ・チラシは「設置場所」が大切。歯科医師が虐待の早期発見に取り組んでいる県もある。つながる場 所に置く必要がある。 ・弁護士会に対しては虐待が進んでからの相談が多いので、入口の段階で相談してほしい。 ・虐待についての広報掲載、キャンペーンは児童、障害者、DV等とあわせて行うとよい。 ・認知症高齢者に関する事業の中で、高齢者虐待の話題を入れていくとよい。 愛知県高齢福祉課からの情報提供 「高齢者虐待防止の課題と対策(平成 25 年度調査結果から)」 愛知県の高齢者虐待防止対応の課題として、①虐待通報件数、判断件数の 減少(特にケアマネからの通報の減少)②虐待防止ネットワーク構築への取 組み、体制整備が進んでいない、③コアメンバー会議の開催が適切に実施さ れていないことについて調査結果をもとに説明。 虐待の一次予防(未然防止) 、二次予防(悪化防止)、三次予防(再発防止) の図を示しながら、それぞれの段階に応じた市町村による対策の必要性につ いて伝えた。 5.アンケート結果 (1)アンケート回収内訳 ・市町村・地域包括支援センター・保健所・社会福祉協議会 受講者数 230 人 アンケート回収数 220 人(回収率 95.6%) ・医療機関 受講者数 (2)講義の参考度 32 人 アンケート回収数 32 人(回収率 100%) (3)虐待対応で困る事(市町村・包括・社協・保健所) (その他の内容) 市との見解の違い、市との連携、 終結後の事例のフォロー 障害者による高齢者虐待 (4)所属医療機関における高齢者虐待対応の課題(医療機関) (5)研修会に対する感想・意見(自由記述より) ①研修会の感想、要望等 ・弁護士の話が聞けて良かった。もっと事例を詳細に学びたい。質疑の時間が欲しかった。 ・事例をもとに一連の流れに沿って学習でき、帳票の活用方法や行政の役割などがよく理解できた。 ・グループワークは様々な所属からの視点で意見を出し合い、情報交換になり知識の幅が広がった。 ・グループメンバーで知識レベルの差があり、難しさがあった。 ・通報者の違うパターンの演習がしたい。終結のパターンをもう少したくさん知りたい。 ・通報する側(医療機関)の戸惑いに気づくことができた。 ・啓発活動に取り組む必要性を改めて認識した。 ・会場を 2 ヶ所でやるならば、基礎、応用として内容を分けても良いのでは。 ・事例は理想と現実のギャップがある。市町村や各担当によって対応が違う。行政が責任をもって対 応して欲しい。 ②虐待対応の課題に関する意見 ・包括が積極的に虐待対応しており、市に報告しないこともある。 ・虐待の判断材料として共有したいため、市に介護保険料、税等の滞納状況の情報提供を依頼するが 個人情報ということで教えてくれない。 ・行政職員の制度に対する理解不足があり、 「措置は 1 週間だけ」「市長申し立ては虐待者の同意が必 要」 「措置したら一生戻れない」 「通報する場合は写真も出すように」等言われて困る。 ・コア会議開催前に虐待の有無の判断を包括に求められ、市にコア会議開催を依頼しにくい。 6.まとめと今後に向けて ・虐待対応の流れの基本については毎年研修会で実施しており、アンケート結果からも市町村等の参 考度が高いが、市町村職員は人事異動などで入れ替わるため、今後も引き続き基本的対応を周知し ていく。同時に、経験年数のある職員向けには内容が基礎的であるため、現場の困難さを共有、解 消につながるカリキュラムを検討する必要がある。 ・虐待対応において帳票を活用して組織的、客観的に判断する第 2 限については参考度が高く、帳票 を活用していない市町村もまだ多いことから、今後も研修に取り入れていくことが必要だと思われ る。 ・虐待防止、早期発見に向けた普及啓発の取組みの必要性については今後も重点的に取り入れていく 必要があり、効果的なカリキュラムを検討していく。 ・グループワークを主体とした構成にしており、他機関、他市町の対応状況を知り情報交換ができた ことは有意義との感想が多かった。 ・弁護士からの講義により、敷居が高いと思われがちな弁護士への相談の方法や、事例対応する際に 留意する視点等について学べて有意義だった。
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