分子から心機能まで―イオンチャネルと 安全性評価の係わり

分子から心機能まで―イオンチャネルと
安全性評価の係わり
化合物の身体への影響を測る上で、心機能特に不整脈惹起の
可能性を評価することは必須となっています。
本講演では評価において実際に使われる電気生理学的実験手
法と、その適用について簡単にご紹介致します。
鶴留 一也
主任研究員
谷学 ランチョンセミナー
Biolin Scientific K.K.
2015年9月12日
© Copyright Biolin Scientific 2014
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心機能安全性評価の現状
電気生理学的実験手法とは
心機能評価における電気生理学実験
新たな技術が変える安全性評価の未来
© Copyright Biolin Scientific 2014
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心機能安全性評価の現状
電気生理学的実験手法とは
心機能評価における電気生理学実験
新たな技術が変える安全性評価の未来
© Copyright Biolin Scientific 2014
薬物の影響による不整脈発生
• 心電図におけるQT間隔延長とTorsades de Pointesへの移行
正常心電図
QT間隔延長とTorsades de Pointes
Fermini and Fossa (2003) Nature Reviews Drug Discovery
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QT間隔延長の影響を与える市販薬
Fermini and Fossa (2003) Nature Reviews Drug Discovery
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米国市場から撤回された薬品
薬物
分類
撤回時期
Terodiline
尿失禁治療薬
1991
Sparfloxacin
抗生物質
1996
Terfendine
抗ヒスタミン薬
1998
Astemizole
抗ヒスタミン薬
1999
Grepafloxacin
抗生物質
1999
Cisapride
消化管機能改善薬
2000
Droperidol
鎮静剤
2001
Levomethadyl
オピオイド依存症治療薬
2003
• 全てhERGチャネル機能への影響からくる崔不整脈効果による
Presentation by ChanTest Corp. CEO at 4th ChanTest user meeting 2014 より改変
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現在の安全性評価テスト
• ICHガイドライン2005年策定
S7B (QT間隔延長の薬学的臨床前評価)
E14 (QT/QTc間隔延長と崔不整脈作用の臨床的評価)
• 狙い
特に危険な副作用経路を防ぐ
薬物のQT/QTc間隔延長作用
Torsades de Pointes (心室性頻脈の一種)
などの致死性崔不整脈へのリスク
 薬物のQT延長を引き起こす能力を調べる
• 実施内容
 Ikr電流(hERGチャネル)への影響評価(in vitro)
 心電図 (臨床)でのQT/QTc評価試験
電気生理学的実験にて実施
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心機能安全性評価の現状
電気生理学的実験手法とは
心機能評価における電気生理学実験
新たな技術が変える安全性評価の未来
© Copyright Biolin Scientific 2014
電気生理学の基本原理
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生体の電気的活動現象を電極により捉える
実験対象の生物、電極、アンプにより構成される
回路とフィルターにより、ノイズとシグナルを分離し、知りたい情報を得る
対象とする実験規模に対応した手法が存在
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様々な測定方法と得られるデータのスケール
電気生理学的実験手法
• 電場電位記録(Field potential、
EEG)
• シングル/マルチユニット細胞外電位記
録(extracellular)
• 細胞内記録 (intracellular):
‒ 微小電極法
‒ ホールセルパッチクランプ
• パッチクランプ
‒ Cell attached mode
‒ Inside-out
‒ Outside-out
実験スケール、測定対象
• 皮質・脳部位規模の活動
• 局所回路の活動、単一細胞
の出力
• 単一細胞での入出力
• イオンチャネル単位の分子
機能
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パッチクランプ法の様々な形態
A, B, D: チャネル単体の電流を見る
C, E: 細胞全体の電流の出入りを見る
C, E+単一チャネル強制発現系培養細胞:
同一チャネルを通した細胞全体の電流の出
入りを見る
脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/パッチクランプ法
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イオンチャネル
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•
ニコチン性アセチルコリン受容体チャネル
複数のサブユニットから構成
ある特定のイオン種を通過させる穴を持つ
穴は通常閉じており、刺激により開閉する
電位依存性とリガンド依存性が存在
細胞の分子生物学
不活性化機構が存在
ただし、あらゆることに例外あり
第4版 (Alberts 他 編) 第11章
Laviolette and van der Kooy (2004) Nature reviews neurosci.
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イオンを動かす二つの力
• 濃度勾配: 濃度が濃い方から薄い方へ(拡散法則)
• 電位勾配: 陽イオンは電位が高いほうから低い方へ(オームの法則)
濃度勾配と電位勾配が逆向きでつりあう状態=平衡状態
濃度勾配が一定とすると・・・
ܴܶ
‫ܣ‬௢
‫ܧ‬஺ ൌ
݈݊
‫ܣ‬௜
‫ܨݖ‬
平衡状態となる電位差=平衡電位
K+
K+
K+
K+
K+
K+
K+
K+
-
濃度勾配
K+
電位勾配
哺乳類骨格筋 (静止電位:-90mV, 活動電位: +35mV)
K+
K+
+
ネルンストの式
イオン
細胞内
(mM)
細胞外
(mM)
平衡電位
(mV)
Na+
12
145
+65 (ENa)
K+
155
4
-95 (EK)
Cl-
4
120
-87 (ECl)
K+
イオンチャネル (曽我部 編、共立出版) 序章
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電気活動時のイオンの挙動
神経細胞の活動電位
V: 膜電位
gNa: Na+コンダクタンス
gK: K+コンダクタンス
主にNa+チャネルが開く→膜電位はENaへ近づく
主にK+チャネルが開く→膜電位はEKへ近づく
細胞の電気的振る舞いは
• 開いたチャネルのコンダクタンスと、
• そのチャネルを通るイオンの平衡電位(濃度分布)
に従う
From Neuron to Brain 4th edition (Nicholls 他 編) Chapter 6
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イオンチャネル病
• 心臓
‒ QT延長症候群 (hERG, KvLQT1, Nav1.5, Cav1.2)
‒ ブルガダ病 (Nav1.5)
• 脳・神経系
‒ てんかん (Nav1.1, Nav1.2)
‒ 良性家族性新生児けいれん (Kv7.2, Kv7.3)
‒ 家族性偏頭痛、反復発作性失調症2型、脊髄小脳失調症6型
(Cav2.1)
• その他
‒ 嚢胞性線維症 Cystic Fibrosis (CFTR)
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イオンチャネルによる生理機能操作
• 光遺伝学: チャネルロドプシンを利用し、光によって神経細胞を興奮・抑
制する
• グルタミン酸受容体チャネル: チャネルを通過する電流量が減少すると、
シナプス前細胞からの伝達物質放出量が増加する
• ASIC: pH感受性の陽イオンチャネル
• TRPチャネルファミリー: 温度、圧力、カプサイシン等感覚に関連するリガ
ンドに反応する
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心機能安全性評価の現状
電気生理学的実験手法とは
心機能評価における電気生理学実験
新たな技術が変える安全性評価の未来
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心筋細胞の電気生理学
神経科学分野
心臓電気生理学分野
• 電場電位記録(Field potential、
EEG)
• 心電図 (ECG)
• シングル/マルチユニット細胞外電位記
録(extracellular)
• 臨床電気生理学的検査
• 細胞内記録 (intracellular):
‒ 微小電極法
‒ ホールセルパッチクランプ
• 心筋細胞への微小電極法
• パッチクランプ
‒ Cell attached mode
‒ Inside-out
‒ Outside-out
• 心筋発現チャネル電流測定
による非臨床安全性検査
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心臓に発現するチャネルタンパク
心筋の活動電位と電流
電流を担うチャネル
INa : Nav1.5
主に内向き電流
ICa,L: Cav1.2
ICa,T: Cav3.1,Cav3.2
Ito1: Kv1.2,Kv1.5,Kv4.2
Ikur: Kv1.5
主に外向き電流
Ikr: hERG
Iks: KvLQT1+minK
IK1: Kir2.1,Kir2.2
Hoekstra et al., (2012) Front. Physiol.
時間経過と電流量のバランスが大事
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心臓の機能とイオンチャネル
心筋が正常な電気活動を行うには・・・
各イオンチャネルが、適切なタイミングで、適切な電流量を流すことが肝要!
• 閾値の変化がないか?
• 持続時間が長く/短くなっていないか?
‒ 不活性化のタイミング
• 電流量に変化はないか?
‒ ピーク電流量
‒ チャネルのコンダクタンス
‒ 移動した総電荷量
これらの解析を、心筋に発現する各イオンチャネルに対して行う
Nav1.5, Cav1.2, Kv1.5, hERG, KvLQT1+minK etc…
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創薬における心機能評価
A, B, D: チャネル単体の電流を見る
C, E: 細胞全体の電流の出入りを見る
C, E+単一チャネル強制発現系培養細胞:
同一チャネルを通した細胞全体の電流の出
入りを見る
脳科学辞典 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/パッチクランプ法
自動パッチクランプシステムとの組み合
わせにより、実験の自動化と高速化
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心機能安全性評価の現状
電気生理学的実験手法とは
心機能評価における電気生理学実験
新たな技術が変える安全性評価の未来
© Copyright Biolin Scientific 2014
検査による誤った評価を無くし、創薬の効率化
と安全性の両立を目指す
危険性の過大評価
過小評価
• QT延長を引き起こすが、TdPや致 • hERG電流には影響を与えないも
命的な不整脈には至らない
のの、カリウム電流に対し刺激頻
度依存性の影響があり、運動時な
• hERG電流の減少が認められるが、
どに重度の不整脈を引き起こす
実際にはQT延長を引き起こさな
い
• 多くの化合物が不適切な評価で
危険と診断され、有望な薬剤候
補がなかなか開発されない
• 開発後期の臨床段階あるいは発
売後に重篤な副作用が見つかり、
多大な労力・費用をかけた開発が
中止あるいは販売停止となる
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CiPA
Comprehensive in vitro Proarrhythmia Assay
ICHガイドライン2005年策定
• S7B
主にQT延長に着目
• E14
新たなガイドラインの策
定へ向けた議論
より本質的な検査方法の模索
→CiPAを構成する三つの柱
心毒性評価法の問題点と改善への
国際的な議論
• CiPA Initiatitive
‒ FDA, HESI, CSRC, SPS
(USA)
‒ Health Canada (Canada)
‒ EMA (EU)
‒ NIHS, PMDA, JiCSA, CSAHi,
JSPS (日本)
• In Vitroでの多種の心筋発現イオンチャネルへの薬物による影響検査
• In Silicoによる心臓の電気的活動への影響のシミュレーション
• In Vitroでの人幹細胞由来心筋細胞への薬物の影響検査
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iPS細胞由来心筋細胞での取り組み
JiCSA: Japan iPS Cardiac
Safety Assessment
http://jicsa.org/index.html
CSAHi: Consortium for
Safety Assessment using
Human iPS Cells
http://csahi.org/index.html
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iPS細胞由来心筋細胞での取り組み
JiCSA: Japan iPS Cardiac
Safety Assessment
Nakamura et al., (2014) J. Pharmaol. Sci.
CSAHi: Consortium for
Safety Assessment using
Human iPS Cells
Asakura et al., (2015) J. Pharmacol. Toxicol. Methods
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iPS細胞由来心筋細胞での取り組み
Hoekstra et al., (2012) Front. Physiol.
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iPS細胞由来心筋細胞での取り組み
Hoekstra et al., (2012) Front. Physiol.
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iPS細胞由来心筋細胞での取り組み
Gibson et al., (2014) J. Pharmacol. Toxicol Methods
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iPS細胞由来心筋細胞での取り組み
Gibson et al., (2014) J. Pharmacol. Toxicol Methods
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シミュレーションによる包括的な心機能評価
UT-Heart 東京大学
久田、松浦、岡田先生のグループ
最近の論文
Okada et. al., (2015) Sci. Adv.
http://advances.sciencemag.org/content/1/4/e1400142
http://www.sml.k.u-tokyo.ac.jp/index.html
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シミュレーションによる包括的な心機能評価
心臓機能の包括的な再現→より実用的な薬物影響評価が可能
cisapride
Okada et. al., (2015) Sci. Adv.
verapamil
Torsades de pointes
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心機能評価において電気生理学の果たす役割
• ヒトiPS細胞由来心筋細胞を用い、細胞の実際の電気的活動に対する影
響を調べる
‒ ヒト心筋細胞に実際に発現するイオンチャネルと細胞組織を直接試験
‒ 患者由来の心筋細胞を用い、個人毎の影響を評価
• 心筋細胞に発現する各種イオンチャネルの基礎データ取得
‒ 創薬研究において安価で高速な試験系により、簡易な選別
‒ In Silicoで利用可能なマルチチャネルのデータを提供し、シミュレー
ションの精度向上
ハイスループットで信頼性の高いデータの取得が前提となる
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自動パッチクランプシステムと培養細胞
•
•
•
•
ハイスループット (QPatch 16-48同時記録)
自動細胞調整、ホールセル記録
ギガオームシール形成による、高いデータクオリティ
データベースと半自動解析機能により、大量のデータの
取り扱いが可能
自動パッチクランプシステムと培養細胞
Qcells (optimized)
• CHO Kv1.5
• CHO hERG DUO
• CHO Cav1.2
• CHO Nav1.5
• HEK Nav1.5
• CHO KvLQT/MinK
Nav1.5
hERG
Cav1.2
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CiPA
Comprehensive in vitro Proarrhythmia Assay
心筋発現イオンチャネルの電流
に対する機能的影響のデータ
In Silicoによる心筋細胞挙動
のシミュレーション
崔不整脈作用のスコアリングによる、新規化合物・薬物の包括的な評価
• より詳細な不整脈発生機序に基づく正確な影響評価
• 現実の不整脈リスクに即した順位付けによる比較
• 従来の評価活動からのスムーズな移行
人iPS/ES細胞由来心筋細胞での実験データ
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