創薬におけるオープンイノベーション 研究資源委員会調査報告書

HS レポート No. 78
創薬におけるオープンイノベーション
- 外部連携による研究資源の活用 -
研究資源委員会調査報告書
平成25年3月
財団法人ヒューマンサイエンス振興財団
-1-
はじめに
厚生労働省所管 財団法人ヒューマンサイエンス振興財団の研究資源委員会では、近年来
の新薬承認数減衰による医薬品業界の停滞に対して研究開発の効率向上施策を追及し、こ
れまで創薬の原資や技術など研究資源の活用に関して主にバイオバンク、化合物ライブラ
リー、遺伝子などの最先端技術に付き、動向を継続的に調査研究して提言を行って参りま
した。
製薬業界では、自社内で全て研究開発が完結できる時代が終わり、外部機関との相互連
携により、創薬が推進される時代になっています。自社にはなく、連携により初めて得る
ことができる創薬のアイデアやシーズ、分子構造や薬理の情報そして連携のネットワーク
が、化合物やヒト細胞や組織等臨床検体の実質的側面を持つ研究資源と同様に、産学官に
取って重要な「研究資源」となっています。
平成 24 年度の当委員会では、アカデミアやバイオベンチャーに偏在して、いまだ眠って
いる貴重な「研究資源」の創薬のアイデアやシーズ等を如何に有効活用して、製薬企業で
枯渇している創薬の種として育成させ、製品化するかと言う課題を取り上げました。そし
て、課題解決の主力となる新規ビジネスモデルのオープンイノベーションに付き「創薬に
おけるオープンイノベーション-外部連携による研究資源の活用-」を主題として掲げ、
調査活動を実施しました。
製薬企業はこれまで、ブロックバスター主体のビジネスモデルを基盤に成長してきまし
た。化学合成により効率的な大量生産が可能で、一度に膨大な数の患者に投与される大型
新薬を幾つか保有し、世界中で販売することで莫大な利益を得てきました。
しかし、大型新薬が標的とする疾患関連分子が探索し尽くされると、ブロックバスター
モデルは 20 世紀末をピークとして衰退し始め、製薬企業の中央研究所に研究資金を投入し
ても、採算の取れる画期的新薬の開発はできなくなって来ました。この研究投資も厳しい
状況にあります。多額の売上を稼ぎ出す多くのブロックバスターは、特許満了を 2010 年前
後に迎え、投資のための大きな収入源が減少しています。これらは、最近の研究開発成功
確率の低下と世界における新薬承認数減少の大きな要因となっています。
衰退するブロックバスターモデルと相反して、米国では 21 世紀に入り新たな創薬手法で
あるバイオ技術を取り込むため、製薬企業がバイオベンチャーの合併と買収を盛んに行な
い始めました。同時にリスクを軽減するため、バイオベンチャーが持つ有望なパイプライ
ン化合物や創薬関連技術を、共同研究やライセンス導入と言う形で獲得する手法も発達し
ました。
更にその後、創薬での新しい連携手法「オープンイノベーション」が登場することにな
ります。製薬企業の事業ポートフォリオでは当時、まだ自社由来の課題が多くを占めてい
ましたが、社外由来の課題数が躍進し、バイオベンチャーの研究成果など外部の研究資源
による「研究開発の社外化」が積極的に促進されるようになりました。また、開発方針は
アンメット・メディカル・ニーズを細かく攻めて適応症を確定する事業戦略に変化してい
ます。
本 HS レポートが、創薬におけるオープンイノベーションを推進するための検討材料とな
-2-
るよう、事業の立ち上げや運営など様々な実施形態に付き調査いたしました。医薬品関連
企業に従事されている方々、大学機関、医療機関、行政府の皆様に於かれまして、創薬の
ビジネスモデル、研究開発動向、産学官連携、知的財産の取り扱い方等についてご参考い
ただくことができ、問題解決の一助となりましたら幸いでございます。また、ヒューマン
サイエンスの進展による輝かしい創薬の未来の為に、多少なりとも貢献できる素材となり
ますよう、切に願っております。
本調査研究は、ヒューマンサイエンス振興財団の研究資源委員会が計画立案し、実施し
たものです。国内外の製薬企業、アカデミア、行政府の専門家や学識経験者に於かれまし
ては、ご多忙のところ会議の開催を快く受け入れていただき、誠にありがとうございまし
た。また、多くの貴重なご意見及びご助言を与えていただき、深く感謝申し上げます。更
に、本調査研究の実施に当たり、諸準備や諸手配にご尽力いただきました当財団事務局お
よび関係委員の各位に厚く御礼申し上げます。
平成25年3月
財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
研究資源委員会
委員長 内林 直人
-3-
本調査研究にご協力いただいた学識経験者及び機関
[ 国内の公的機関及び製薬企業]
藤原 康弘 内閣官房 医療イノベーション推進室 次長、国立がん研究センター
執行役員 企画戦略局長、同センター 中央病院 乳腺科腫瘍内科長
中山 智紀 内閣官房 医療イノベーション推進室 企画官
百瀬 和浩 内閣官房 医療イノベーション推進室 企画官
工藤 雄之 文部科学省 科学技術学術政策局 産業連携地域支援課 大学技術移転
推進室長
則武孝志郎 文部科学省 科学技術学術政策局 産業連携地域支援課 大学技術移転
推進室 企画調査係 主任
泉
博子
大阪府 商工労働部 バイオ振興課 バイオ推進グループ 課長補佐
川口 雅子 大阪府 商工労働部 バイオ振興課 バイオ推進グループ 課長補佐
長野 哲雄 東京大学 創薬オープンイノベーションセンター長、大学院薬学系研究科
教授
岡部 隆義 東京大学 創薬オープンイノベーションセンター 特任教授
成宮 周
京都大学 メディカルイノベーションセンター長、教授
早乙女周子 京都大学 大学院医学研究科 次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点
AK プロジェクト 情報知財管理オフィス 准教授
馬場 章夫 大阪大学 理事・副学長、産学連携本部長
正城 敏博 大阪大学 理事補佐、産学連携本部 総合企画推進部長 知的財産部長、
教授
森下 竜一 大阪大学 大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学 寄附講座教授、
アンジェス MG 株式会社 取締役
荒森 一朗 アステラス製薬株式会社 研究本部 薬理研究所 専任理事、アステラス
AK プロジェクトリーダー、京都大学 特任教授
松本 祐三 アステラス製薬株式会社 研究本部研究推進部 戦略的研究提携担当次長
西田 健一 第一三共株式会社 研究開発本部 研究開発企画部 CI グループ長
坂田 恒昭 塩野義製薬株式会社 Global Development Office イノベーションデザイ
ン部門長
萩原 一平 株式会社 NTT データ経営研究所マネジメントイノベーションセンター長
富岡 英樹 アンジェス MG 株式会社 研究開発本部 創薬研究部 創薬研究グループ
マネージャー
秋元 浩
知的財産戦略ネットワーク株式会社 代表取締役社長
長井 省三 知的財産戦略ネットワーク株式会社 取締役
-4-
[ 海外の公的機関及び製薬企業 ]
[ Government of Canada]
黒岩 克子 在日カナダ大使館 商務官(ライフサイエンス)
Marilou Denis, Trade commissioner, Embassy of Canada, Tokyo
[ University of Oxford ]
饗庭 賢治 オックスフォード大学 アイシスイノベーション 日本代表
吉田 祥子 駐日英国大使館 科学技術部 ライフサイエンスチーム プロジェクト
オフィサー
[ Neu2 Consortium ]
Dr. John Pohlner, EVP Operations, Bionamics GmbH
Dr. Carsten Claussen, Chief Executive Officer, European ScreeningPort GmbH
Dr. Sheraz Gul, Vice President, Head of Biology, European ScreeningPort GmbH
Dr. Thomas Frahm, Director Project Management, Norgenta
[ GSK ]
Dr. Mike Strange, Head of Operations, Tres Cantos Medicines Development
Campus, GlaxoSmithKline plc.
Lisa Devenish, Investment Services Team, UK Trade & Investment
[ Eli Lilly ]
金田 宣 日本イーライリリー株式会社 研究開発本部 グローバルエクスター
ナル R&D 専門部長
-5-
調査実施者及び執筆者
内林 直人(委員長)
武田薬品工業株式会社 医薬研究本部
中西 一太(副委員長) 日本新薬株式会社 東京支社医療情報部
江口 有有(副委員長) 協和発酵キリン株式会社 研究本部
荒川 琢
東洋紡績株式会社 ライフサイエンス事業部
植村 英俊
扶桑薬品工業株式会社 研究開発センター
清末 芳生
株式会社シード・プランニング
小紫 俊
大正製薬株式会社 薬理機能研究所
多田 秀明
小野薬品工業株式会社 探索研究部
中尾 裕史
興和株式会社 富士研究所
中田 勝彦
参天製薬株式会社 CSR 統括部
中村 賢治
和光純薬工業株式会社 臨床検査薬研究所
東本 浩子
株式会社エスアールエル 技術開発部
深水 裕二
科研製薬株式会社 研開企画部
-6-
目
次
ページ
紙 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
はじめに ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2
本調査研究にご協力いただいた学識経験者及び機関 ・・・・・・・・・・・・・
4
調査実施者及び執筆者 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
6
目
7
表
次 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
第一章
オープンイノベーション概説
(1)創薬の現状とオープンイノベーションの必要性・・・・・・・・・・
8
(2)オープンイノベーションとは何か・・・・・・・・・・・・・・・・
9
(3)創薬におけるオープンイノベーションの形態・・・・・・・・・・・
10
第二章
製薬企業におけるオープンイノベーションの多様性
第一節 国内の製薬企業とバイオベンチャー
(1)アステラス製薬・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
16
(2)第一三共・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
23
(3)塩野義製薬・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
35
(4)NTT データ経営研究所 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
45
(5)アンジェス MG・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
59
第二節 海外の製薬企業と団体
(1)グラクソ・スミスクライン・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
69
(2)イーライ・リリー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
78
(3)Neu2 コンソーシアム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
97
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
(1)東京大学 創薬イノベーションセンター・・・・・・・・・・・・・
111
(2)京都大学 次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点・・・・・・・
128
(3)大阪大学 産学連携本部・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
136
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(1)内閣官房 医療イノベーション推進室・・・・・・・・・・・・・・
149
(2)文部科学省 産学官連携推進委員会・・・・・・・・・・・・・・・
158
(3)大阪府 商工労働部 バイオ振興課・・・・・・・・・・・・・・・・
168
(4)カナダ連邦政府・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
180
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
(1)知的財産戦略ネットワーク・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
201
(2)オックスフォード大学 アイシスイノベーション・・・・・・・・・
214
第六章
考 察・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
224
第七章
提 言・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
228
おわりに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
231
(※ 図表は各機関より受領した資料)
-7-
第一章
オープンイノベーション概説
第一章
オープンイノベーション概説
1.創薬の現状とオープンイノベーションの必要性
(1) 日本を取り巻く経済環境
日本では、これまで多くの科学技術の進歩を契機に医療の変革が実現され、環境改善
が成されてきた。しかし急速に高齢化が進む現状で、社会的な変化が著しくなってきて
いる。この時代環境の中でかつての高度成長時代のような中福祉で低負担の再配分を行
う医療政策を続ける限り、国民医療費は高騰し続ける。健康診断の充実と早期治療そし
て患者に最適な個別化医療を基盤とした健康資本の増進を図る医療制度の改革が不可欠
になっている。
世界的には先進国の経済低迷及び成長エンジンとなる新興国の台頭など、日本経済を
取り巻く環境が大きく変化している。この中で日本が持続的成長を遂げていくためには、
現在の経済システムを労働生産型の産業構造から、価値を創出するイノベーションをキ
ードライバーとする付加価値の高い知識集約型の経済体制に転換させていく必要がある。
製薬産業は、他産業と比較して対売上高の研究開発費率が突出しているところから、
代表的な知識集約型産業であると言え、その成長のポテンシャルは高い。
(2) 医薬品開発状況とビジネスモデル
世界の市場は構造的変化の過渡期にあり、これまで医薬品市場の成長を牽引してきた
先進国の成長は鈍化して新興国が著しい伸びを示している。また先進国市場や新興国市
場のいずれに於いても、ブロックバスターを多く含む生活習慣病の巨大マーケットが成
長を停滞させる傾向にある。
これと同時に、ブロックバスターの特許失効や各国規制当局による医療費抑制政策の
強化などが背景となって後発医薬品では市場の成長が続き、バイオシミラー医薬品でも、
ブランド医薬の特許失効や米国の承認制度整備により、その市場が拡大している。また、
がんや自己免疫疾患などのスペシャリティ領域は大きく伸長し、バイオ医薬品の重要性
を高めるビジネスモデルが主流となってきた。これら市場への進出を目的とした企業買
収や企業連携にも積極的な展開が見られ、製品開発に積極的なパラダイムシフトが起こ
っている。
(3) 製薬産業界のパラダイムシフト
製薬産業のこれまでの成功モデルでは、欧米の先進国市場が中心にあり、将来の成長
市場への投資は希薄で、世界全体での投資バランスは偏っていた。また研究開発は自社
開発中心の「閉鎖的イノベーション」で賄われていた。
近年になり、グローバルな次元で技術革新が進み、同時に産業のシステム自体も変革
期に入った。創薬のシステムにおいても大きなパラダイムシフトが起こっている。先進
国市場を中心に低分子量のブロックバスター医薬品を展開してきたビジネスモデルから、
特定患者のニーズに応え、新規の薬剤や技術の開発を軸とするモデルへの転換が、企業
-8-
第一章
オープンイノベーション概説
の競争力を決める重要な要素となってきている。治療満足度が低くアンメット・メディ
カル・ニーズの高い疾患領域での新薬創出を目指した研究を通じて、健康増進が進む時
代となった。
この様な激しい環境変化の中にあっても、日本は新薬上市数で世界屈指の創薬大国で
ある。この高い位置を保持して更に発展させる為に、閉鎖的イノベーションから「開か
れた(オープン)イノベーション」へと転換し、これを原動力とした知識集約型の質的
経済成長と、新興市場での海外プレゼンス強化を通じた量的経済成長が求められている。
国際競争力について、日本の鎖国的な島国思想に陥って内向的となり、単一文化のドメ
スティックな均質の生活圏で保守的に営むことは一見、堅実な経営であると思われる傾
向にあるが、リスクを回避して従来の事業体制から変革しない保身的経営姿勢を続けて
いくことは、変化している環境に挑戦するリスクよりも、遥かに大きなリスクを負う事
になる。リスクを敢えて取り、グローバルで異種の文化圏に向けて外向的に事業を展開
することが必要である。
2.オープンイノベーションとは何か
(1) オープンイノベーションの定義
「オープンイノベーション」は新技術や新製品の開発に際して、知識や競争力のある
技術に付き、組織の枠組みを越えて幅広く結集を図る新しいビジネス戦略のことである
(Henry Chesbrough, "Open Innovation: The New Imperative for Creating and
Profiting from Technology", HBS Press, 2003)
。
(2) 従来のイノベーション
従来の研究開発体制は、閉鎖的イノベーションが主流であった。これは、社内のみで
アイデアを練り材料を調達して研究開発を行うことであり、その後製品化して販売利益
により新製品や新技術を更に開発するというサイクルを繰り返す「自社完結主義」であ
る。しかし現在、新規上市製品が減少しており、この方法では市場の要求を満たせなく
なっている。膨張する開発費(製品当たり約 500 億円以上)
、延長する開発期間(約 10
年間以上)
、減少する成功率(POC 試験後の Ph3 でも約半数が脱落)や政府と国際機関
などによる規制と医療費抑制策、更に個体差や疾患の層別化に関する知見から個別化医
療が進められており、新規薬剤の上市が容易にできなくなっているのが現状である。
(3) 開放型のイノベーション
そこで、技術課題を適切に見付け出し、社外の有用な創薬シーズや技術を特定できる
組織的な能力の育成と仕組み作りを進めている企業が増えている。実際に他社に先駆け
て優れた技術を持つ組織と連携し、速やかに技術を取り込む活動がこれまで以上に重要
となっている。
製薬業界では、製品は基本的に一つの物質特許により保護されているため、知的財産
の価値が重く、その所有権確保が重要課題であるが、社外にシーズや技術を求めてリス
クを低減しながら効率的に創薬を行う「オープンイノベーション」が脚光を浴びている。
-9-
第一章
オープンイノベーション概説
日本でもこの数年で様々な形として実施され始めている。企業間連携、産学連携、行
政による製薬企業支援政策などがそれであり、企業間買収(M&A)や大型産学連携も、
オープンイノベーションの形態である。産学官連携プロジェクトや異業種交流プロジェ
クト、大手企業とベンチャー企業による共同研究なども挙げられる。
ステークホルダー(利害関係者)は、製薬企業、大学・研究機関とその研究者、TLO
(技術移転機関)や産学連携に関わる組織、バイオベンチャー、ベンチャーキャピタル、
医師や医療機関、CRO(受託臨床試験機関)や SMO(試験実施機構管理機関)、中央政
府や地方自治体、患者会など多様である。オープンイノベーションでは、研究開発から
製品化までの過程で、これらの利害関係者が互いに結び付き創薬を行う。
(4) 新たな価値とネットワークを創生するオープンイノベーション
イノベーションとは革新と刷新であり新しい価値の創出である。「新たなネットワー
ク」で、新しい発見や発明から各種のビジネス活動で意義のある新たな価値を創造する。
この価値を基盤にして能動的に新システムが造成され、不連続な変化として社会の仕組
みが改善される。
日本は科学技術について、発見や発明などインベンションの創出では世界トップクラ
スにあるが、国の国際競争力を担うイノベーションについては、まだ増強すべき余地が
残されている。
1990 年頃まではこれら発明や発明と価値の創造が同等の位置にあったため、経済成長
を続けることができたが、現在はビジネスモデルやシステムの創造に重点が置かれるよ
うになった。そしてこのイノベーション自体が新たな変革に晒されている。
新規モデルであるオープンイノベーションは、他組織の優秀な人材と協働して外部の
研究開発力を吸収しようとするため、各ステークホルダーの役割分担、製品化までの過
程、開発費負担、知的財産権などの調整が複雑になる。一方で新しい発想や研究資源、
技術を効率良く活用でき、会社単体で抱えるリスクが軽減される利点がある。しかしそ
れ以上に重要な点は、関与した企業や機関が互いに発展し、新しい大きな価値の創造に
つながる可能性が高いというところにある。
企業の収入を支えていた大型製品の特許満了を直近に控える現在では、オープンイノ
ベーションは、新たなネットワークの創出を意味しており、
「システムイノベーション」
とも換言することができる。
トレスカントス・オープンラボ(GSK)は、多くの非営利団体と連携して薬剤を開発
し、開発途上国に届けるという製薬業界では斬新な事業である。ビジネスモデルとなる
この事業は、一定の経済原理を機能させながら「顧みられない熱帯病等疾患」の患者と
医薬品を、インベンションでなくイノベーションで、新たに結びつけるシステムを創出
して世界の健康増進に貢献している。
3.創薬におけるオープンイノベーションの形態
オープンイノベーションの様式は多様であり、どの事業主体が主導するかにより性質
が異なる。以下に、製薬企業、大学、行政機関、知財関連企業での形態を、セクター別
および機能別に分類し、表1と図1で要約する。
- 10 -
第一章
オープンイノベーション概説
表1.各企業や機関のオープンイノベーション形態
セク
ター
実施機関
オープンイノベ
事業要旨
ーション事業
国内の製薬企業とバイオテク企業
【事業内容】
・企業がアカデミアの研究者に課題を公表する公募型
アステラス
製薬
a-cube
・2011 年度から開始。初年度 10 件採択
・特色のある複数プログラムを走らせる
【効果・今後の期待】
・研究開発プロセスのマルチトラック化を推進
【事業内容】
・企業がアカデミアの研究者に課題を公表する公募型
・2011 年度から開始。年間約 20 件採択。共同提案も可
第一三共
TaNeDS
・アカデミアの知財活用に特化したプログラムあり
【効果・今後の期待】
・オープンイノベーション・マインドの社内浸透に効果あ
り。
・外部研究者とのネットワーク拡大に資す。
【事業内容】
製
薬
企
業
・企業がアカデミアの研究者に課題を公表する公募型
・2007 年度から開始。延べ 20 件以上採択
塩野義製薬
・FINDS
・シオノギ科学
プログラム
・国を特定した海外向け公募を 2011 年度から開始
【効果・今後の期待】
・国内製薬企業では早くから公募型オープンイノベーシ
ョンに取り組み、実績を重ねている。
・社内の目利き人材育成、外部研究者とのネットワーク
強化、研究者の士気向上に効果あり
【事業内容】
・新しい学際的研究分野について、同研究所がコンソー
シアムを設立。コンサルタント事業
・異業種企業、異分野研究者が参加し、事業化を目指し
た研究や勉強会を実施
NTT データ
経営研究所
応用脳科学コ
ンソーシアム
・一般的な勉強会や交流に加えて、特定企業のニーズ
に合った分科会を企画
【効果・今後の期待】
・脳科学を企業活動に生かす考え方の普及活動
・産主導による異業種コンソーシアムからの新規事業創
生
- 11 -
第一章
オープンイノベーション概説
【事業内容】
・大阪大学発の研究成果を基にしたバイオ製薬企業。
創薬ベンチャーとして日本初のマザーズ上場(2003 年)
・虚血性疾患治療薬(HGF 遺伝子治療薬)の国際共同
アンジェス
MG
遺伝子治療薬
開発事業
治験を実施。大手企業に販売権を付与
・創傷治癒促進剤や NF-κB デコイを他企業と共同開発
【効果・今後の期待】
・企業に比べて大学では、研究の長期的資金を得る機
会があり、リスクの高い創薬は大学とのオープンイノベ
ーションが適している。
海外の製薬企業と団体
【事業内容】
[オープンラボ]
・マラリアや結核等の発展途上国疾患の治療薬開発
・外部団体及び非営利公共機関との連携
・研究資金提供、ヒット化合物の「オープン・ソース」制
グラクソ・ス
ミスクライン
・トレスカントス
オープンラボ
・外部機関連
携薬剤探索セ
ンター (ceedd)
度、連携団体に有利な知財管理体制。
[ceedd]
・GSK 経営方針の「研究開発社外化」に大きく貢献
・アカデミアやバイオベンチャーと連携
・研究資金と社内外の研究資源の供与で標的探索から
臨床 POC までを支援
【効果・今後の期待】
・研究資源や情報の公開、及び透明性の高い意思決定
により新規ビジネスモデルを開拓
【事業内容】
[FIPNet] 一極集中ではなく完全統合化された製薬ネッ
トワーク企業に変革
イーライリリ
ー
・FIPNet
・PD2&
TargetD2
・コーラス
・ファンド
[PD2&TargetD2]大学の化合物を入手してリリーが評価
[コーラス] 独立した評価部門
[ファンド] 中立的ベンチャーファンドへの投資
【効果・今後の期待】
・社内インフラを開発後期に集中させるため、Ph2 までを
オープンイノベーションとするシステムを独自に開発
・メガファーマの資金力ならでは成功事例になるか注目
Neu 2 コン
ソーシアム
【事業内容】
創薬のバリュ
ーチェーン創生 ・トランスレーショナル研究を軸としたドイツ製薬企業振
事業(多発性
興の為の政策。産学官が連携する事業。国際競争力を
硬化症での産
増進。
学官連携)
・多発性硬化症に対する治療薬開発
- 12 -
第一章
オープンイノベーション概説
【効果・今後の期待】
・国内外の期待は高く、ドイツ連邦教育研究省はイノベ
ーションの積極的な促進のため関連政策を今後も推
進。
【事業内容】
・21 万の化合物を自動化倉庫に収蔵し、データベース
化
・企業にも実費で化合物を提供
東京大学
創薬等支援技
創薬イノベ
術基盤プラット
ーションセン
フォーム
ター
・他大学と連携し 7 大学にスクリーニング拠点。9 大学に
リード化合物最適化拠点を設置
・スクリーニングを実施。臨床 POC まで行い企業に導出
【効果・今後の期待】
・アカデミアが創薬プロセスを学ぶ場として注目
・アカデミアのみでリード化合物最適化、POC 取得、導
出まで出来るかどうか期待される。
【事業内容】
・人材育成を含めた産業連携「Industry on Campus」で
大
学
大阪大学
産学連携本
部
共同研究講座、協働研究所を開設
Industry on
Campus
【効果・今後の期待】
・基礎研究の裏付けとネットワーク構築。
・附属病院 未来医療開発部 未来医療センターの薬剤
評価及びニーズ探索研究の推進
【事業内容】
・産学一対一の共同研究で、京大 17、アステラス 3 の研
究グループが大学構内の研究所一棟を占有
・7 年間で延べ 100 億円を超すマッチングファンドを利用
京都大学
次世代免疫
制御を目指
す創薬医学
融合拠点
・運営は産学合同。専門の知財部門も研究所内に併設
AK プロジェクト
・アステラスの研究所とも TV 会議などで緊密に連携
【効果・今後の期待】
・企業はアカデミアのシーズ創出段階から参画できる。
・臨床検体へのアクセスがし易い。
・大学研究者にとってオープンイノベーションの実例を体
験できる絶好の場を提供
・医学部教育に実践的な知財教育プロクラムを提供
- 13 -
第一章
オープンイノベーション概説
【代表的な事業内容】
[創薬支援ネットワーク]
・医薬基盤研を中心に、理研や産総研等とのネットワー
クを構築
・国内の優れた応用研究を支援し、企業による実用化に
内閣官房
医療イノベ
ーション推
進室
・創薬支援ネッ
トワーク
・臨床研究中
核病院
つなげる。
[臨床研究中核病院]
・ARO(アカデミック臨床研究機関)機能を併せ持ち、専
門性と必要な機能を集約した臨床研究のための中核病
院
・複数病院をネットワーク化し、大規模臨床試験を効率
的に実施
【効果・今後の期待】
・省庁連携を密にして施策を実施することを期待
【代表的な事業内容】
・大規模拠点 12 ヵ所を設置し、前臨床から POC 取得ま
行
政
機
関
文部科学省
産学官連携
推進委員会
センター・オブ・
エクセレンス
(COI)
で総合的に支援
・産の視点で出口戦略を明確にしてサポート
【効果・今後の期待】
・産学官連携を担う人材の育成に期待
・大学におけるシーズとニーズ創出の強化につながる。
【代表的な事業内容】
[先端医療開発特区(スーパー特区)]
・医療の革新的技術を開発し実用化する為に内閣府が
創設したテーマ別事業。
・大阪府では、iPS 細胞、医療機器、バイオ医薬品でテ
大阪府
商工労働部
バイオ振興
課
・先端医療開
発特区(スーパ
ー特区)
・関西イノベー
ション国際戦略
総合特区
ーマが採択
[関西イノベーション国際戦略総合特区]
・経済成長の原動力となる産業の集積拠点形成の為に
内閣官房が創設した地域別事業
・大阪府を含む関西では、医薬品と医療機器の輸出増
加と世界市場でのシェア倍増を目標
【効果・今後の期待】
・産学官の連携強化。ニーズからの事業化を加速
・国の予算の柔軟な運用が可能。審査の迅速化に期待
【事業内容】
カナダ連邦
政府
CDRD, OICR
他
・カナダ政府及び各州政府でのオープンイノベーション
・新規事業創成と雇用創出に大きく貢献
【効果・今後の期待】
- 14 -
第一章
オープンイノベーション概説
・非営利センターなどが、研究ツール、製薬のプラットフ
ォーム技術、新薬候補化合物の開発を推進
・事業化に特化し、研究投資の社会還元を目指したプロ
ジェクトの推進
【事業内容】
・オープンイノベーションの公募業務を仲介
・大学がスクリーニング系を提供するプログラムや企業
知的財産戦
略ネットワ
ーク株式会
社
・知財コンサル
ティング事業
・知財ファンド
事業
が課題を開示するプログラムなどを仲介
【効果・今後の期待】
・人的負担の大きい公募事業の代理業務は顧客に取っ
てメリットが大きい。
・大学に独自のネットワークを持つ同社の高付加価値の
知
財
関
連
機
関
仲介に期待。
【事業内容】
・オックスフォード大学が完全出資した 企業の研究開
発を支援
・テク トランス
オックスフォ ファー
ード大学 ア ・大学コンサル
イシスイノベ ティング
・アイシスエン
ーション
タープライズ
・技術や知的財産の産業化を展開し
・各国政府、他大学、研究機関、企業との連携あり
【効果・今後の期待】
・2010 年には PCT 特許出願件数は英国で第 9 位。欧
州全大学においてはトップ
・全世界規模で大学と企業のネットワーク化増強
・アジア地域での活動を拡大
-------------
オープンイノベーション
------------
[製薬企業による公募型]
・アステラス製薬
・第一三共
・塩野義製薬
・グラクソ・スミスクライン
・イーライリリー
[産・学・官の各々が関連する提携型]
・大阪府 商工労働部 バイオ振興課
・東京大学 創薬イノベーションセンター
・京都大学 次世代免疫制御を目指す創薬医学融
合拠点
・大阪大学 産学連携本部
・NTT データ経営研 応用脳科学コンソーシアム
・アンジェス MG
・Neu 2 コンソーシアム
[行政主導型]
・内閣官房 医療イノベーション推進室
・文部科学省 産学官連携推進委員会
・カナダ連邦政府
[知財活用型]
・知的財産戦略ネットワーク
・オックスフォード大学アイシスイノベーション
図1.企業や機関のオープンイノベーション分類
- 15 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
第二章
製薬企業におけるオープンイノベーションの多様性
第一節
[1]
国内の製薬企業とバイオベンチャー
アステラス製薬のオープンイノベーション公募:
a3(エーキューブ)
1.はじめに
アステラス製薬は、目指す経営目標として以下を掲げている。すなわち、アンメットニ
ーズが高く将来拡大が予想される専門性の高いカテゴリーにおいて、高付加価値の製品を
グローバルに提供することにより競争優位を構築し、カテゴリーでリーダーとしての存在
を確立することである。
これを達成するために、アステラスはマルチトラック R&D を推進している。マルチトラ
ック R&D とは、研究開発プロセスの各段階での戦略を複線化し革新的研究の取り込みを推
進しリスクを分散すると共に、外部のリソースを有効的に活用して、高質で強固な自社パ
イプラインを構築する取り組みである。
現在、アステラスでは産学連携プロジェクトとして、京都大学との免疫制御技術開発と
創薬プロジェクトを、また理化学研究所とはアルツハイマー病解明と新規創薬標的探索の
プロジェクトを進めている。そして、更に外部リソースの探索と有効利用のため、オープ
」の運用を 2011 年 5
ンイノベーションの取り組みとして公募サイト「a3(エーキューブ)
月より開始した(www.astellas.com/jp/a-cube/)
。
2.公募の目的
公募サイト「a3」では、研究資源にアプローチ出来る範囲を広げ、これまでアクセス出来
ていなかった研究機関や研究者、若しくは研究テーマや意外なアイデアとの提携機会を得
ることが狙いである。
3.a 3(エーキューブ)の概要
(1)名前の由来
「a3」はastellas aspiring allianceのaの頭文字をとり名付け、パートナーとアステラス
(astellas)との強いパートナーシップ(alliance)の元に、
「世界にまだないくすり創り」
に挑戦するという高い志(aspiring)を示している。
(2)ロゴマーク
「a3」のロゴマークは二つの顔が向かい合い、一つの優しい笑顔を作っている。アステ
ラスとパートナーがWIN-WINの関係を築き、強い絆で協力しあう姿を示している(図1)
。
- 16 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図1.a3 のロゴマーク
(3)募集プログラムの種類
解決すべき課題の種類に応じて、以下 4 つのプログラムを用意している。A. 研究テー
マ事前設定型、B. アステラス保有化合物活用型、C. 研究機関保有標的活用型、D. 技術
課題解決アイデア募集型。それぞれの内容の詳細は、次節以降に説明する。
(4)募集対象者
応募プログラムのいずれも、国内研究機関(大学、公的研究機関、ベンチャーを含む企
業、等)に所属している研究者を対象にしている。国内研究機関に所属していれば国籍は
問われない。国内機関に限定したのは、弊社研究所として公募は初めての試みであり、先
ずは国内から開始して実績を積みたいと考えたからである。海外展開は現在検討中である。
(5)募集期間
常時様々なテーマについて募集されているが、テーマ掲載開始時から概ね 6 か月間で締
め切られる。応募案件が採択された場合には、募集期間中であっても募集を終了すること
もある。プログラム D の技術課題解決アイデア募集型については、当該課題が解決された
時点で募集を終了する。
(6)知的財産権
既存の知的財産権はいずれのプログラムにおいても基本的には移転せず、当初保有者が
継続保有する。共同研究の成果は原則として共同出願とし、貢献度に応じて決定される持
ち分比率にて共有する。また、アステラスは共同研究の成果に関し独占的実施権の優先交
渉権を保有する。
原則として、アステラスは論文発表など研究成果の公表を妨げることはないが、特許出
願が有用と両者が合意した場合は、出願まで公表を遅らせることがある。
(7)選考方法、基準
非機密情報に基付き提出される応募用紙にて 1 次選考される。1 次選考期間は 3 週間で
ある。選考基準だが、プログラム A、C では公募テーマとのマッチング、アステラス研究
プロジェクトとのコンフリクト、研究の独創性、研究計画の実現性、創薬への発展性、課
題解決に対する有用性を基準に選考される。プログラム B およびプログラム D について
は選考基準項目が減り、かつ 1 次選考のみで採択が決定する。プログラム A およびプログ
ラム C については、1 次選考を通過すると、秘密保持契約を締結後、研究計画書を提出し、
面談協議を含めた 2 次選考で採否を決定する。2 次選考期間は、研究計画書受理後 1 か月
を予定している。審査はテーマを提案した研究者も含めて行う。
- 17 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
4.プログラムA 研究テーマ事前設定型
プログラム A は、アステラスがあらかじめ提示したテーマに対する研究案を募集する
(図2)
。テーマは創薬標的で創薬基盤技術の探索研究が中心になる(表1)
。研究期間は
原則 1 年で、研究費として 100 万円から 1 億円が支給される。この研究費は目安であり、
2 次選考通過後に両者による協議の元、研究計画内容によって額が決定する。研究費の支
援には予定される使途の事前提示および期間終了時の実績報告が必要である。研究費以外
にも、定期的な報告会を通じた創薬研究に関する討議や必要に応じた研究設備や化合物な
どの提供支援が行われる。研究期間終了時までに有用な成果等が得られた場合、新たな共
同研究へ移行し、継続する場合もある。
募集テーマ例(プログラムA)
創薬基盤技術に関する研究
A-20 骨格筋再生促進薬探索に有用なヒト筋サテライト細胞の獲得
筋肉の減弱が認められる疾患の治療法の一つとして筋再生の促進が考えられ
ます。筋肉の再生では筋サテライト細胞と呼ばれる筋幹細胞が重要な役割を果
たしており、この筋サテライト細胞を化合物探索に用いることで、効果的な筋肉
再生促進薬の創出が期待されます。また創薬研究においては、ヒト由来の細胞
を用いることが大切です。本研究では、薬剤の探索に有用な質の高いヒト筋サ
テライト細胞の獲得を目指します。
アカデミア所属研究者へのインタビューで、“具体的な記述の方が
求められているものが把握出来て良い”など、より明確且つ具体的な
募集テーマの掲示を希望する声が多く聞かれました。
図2.募集テーマの事例(プログラム A)
5.プログラムB アステラス保有化合物活用型
プログラム B は、アステラスが保有するある標的に作用する化合物について、新たな
あるいは最適な適応症の発見を目指した研究を募集する(図3)
。MTA(Material Transfer
Agreement)締結下に化合物がアステラスから提供されるので、応募者は保有するアイデ
アや評価系等を活用して研究を遂行する(表2)
。研究期間は 1 年、研究支援は化合物の
提供のみで研究費の提供はない。その他、化合物に関する情報の提供、研究活動や研究成
果の特許出願に対するアドバイスや情報提供がある。MTA 下の研究において得られた発
明や考案等に係る全ての知的財産権は応募者に帰属する。また、有用な研究成果等が得ら
れた場合、改めて共同研究の提案が成される場合がある。
- 18 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
・B細胞からの autoreactive antibody 産生特異的な制御メカニズムおよび標的分子の同定
・移植後ウイルス感染症に対する治療薬または予防薬の研究:特にポリオ―マウイルスに関する研究
・神経障害性疼痛治療薬の新規な標的分子
・認知機能評価のトランスレーショナル・リサーチのための新しい薬剤評価方法
・Myxobacteriaサンプルライブラリーの構築に向けた新規技術の開発
・平滑筋または括約筋の収縮-弛緩に関連する末梢選択的な創薬標的の募集
・自己免疫疾患に対する新規標的の募集
・自己反応性T細胞特異的メカニズムの探索
・中枢選択的移行性(脊髄,DRG,脳特定部位等)ドラッグデリバリーシステム(DDS)の開発
・次世代の精神疾患治療薬のための新規な創薬標的分子
・骨格筋再生促進薬探索に有用なヒト筋サテライト細胞の獲得
・腎臓病に対する新規創薬標的候補の募集
・ミトコンドリア機能制御に関わる新規創薬標的分子、およびミトコンドリア機能の新たな検出方法
・腎臓線維化の非侵襲的評価方法
オ
ジ
性 節 関わる新規創薬標的 募集
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
表1.2012 年 6 月からの募集テーマ
募集テーマ例(プログラムB)
化合物を使った新規適応症探索に関する研究
●可溶性Epoxide Hydrolase (sEH)阻害薬の適応症探索 (B-3)
◆標的:soluble Epoxide Hydrolase
◆提供化合物:化合物B-3
◆分子量:~450
◆in vitro活性:sEH阻害(無細胞系)IC50 = ~20nM
◆ex vivo活性:Rat、3mg/Kg経口投与4hr後、sEHを99%阻害
◆関連演題学会発表: XLVIII ERA-EDTA Congress Prague 2011、23 - 26
June 2011、Poster(Sa025)
図3.募集テーマ事例(プログラム B)
・新機序活性酸素種(ROS)産生抑制薬の適応症探索
・Bradykinin B2 受容体拮抗薬 - FK3657(FR173657)の適応症探索
・可溶性Epoxide Hydrolase (sEH)阻害薬の適応症探索
・D-amino acid oxidase(DAAO)阻害薬の適応症探索
・プロスタグランジンEP4受容体作動薬の局所投与治療による適応症探
表2.2012 年 6 月からの募集テーマ
- 19 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
6.プログラムC 研究機関保有標的活用型
プログラム C は、アステラスが提示するテーマに合致する創薬標的候補を募集し、応募
者とアステラスが共同研究を実施する、または応募者とライセンス契約を結びアステラス
が研究を行う形もある(図4)
。研究期間は 1 年~3 年、共同研究の場合、研究費として
年間約 100 万円から 1 億円が支給される。金額は目安であり、研究計画の内容によって額
が決定される。ライセンス契約の場合は別途協議となる。
研究費以外の支援は、化合物に関する情報提供、研究活動や研究成果の特許出願に対する
アドバイスや情報提供が行われる。研究期間終了後、共同研究から有用な研究成果等が得
られた場合、新たに契約を締結し、共同研究を継続する場合もある。現在 2012 年では、
プログラム C のテーマは募集されていない。
募集テーマ例(プログラムC)*
糖尿病合併症および代謝性疾患領域に関する研究
●癌を除く慢性腎臓病の治療薬創製の為の新規標的分子(C-1)
「新規標的分子」とは、新規分子または慢性腎臓病への関与が報告されたこ
とが無い既知分子を指します。慢性腎臓病への関与を独自に検証されている
ことと、ヒトでの発現に否定的な情報が無いことがその標的分子の要件です。
図4.募集テーマ事例(プログラム C)
7.プログラムD 技術課題解決アイデア募集型
プログラム D はアステラスが抱える研究実務上の技術的な課題の解決策を募集する(図
5、表3)。採択されたアイデアや技術について指導に関する契約を締結し、契約を締結
する際に応募者から機密情報を開示する。指導料は募集テーマ毎に異なり、1 件当たり 10
万円から 300 万円が、採択時と課題解決時に分割して支払われる。提案されたアイデアや
技術に対する指導料には、使途の報告は必要ない。
8.募集テーマ数、応募数、採択数
a3は 2011 年 5 月 17 日に開始された。その後約 1 年間の応募総件数は 84 件に達し、採
択した件数は 10 件であった。応募数がそれほど多くない様にも見えるが、これは募集テ
ーマ(課題)の開示にあたり、弊社のニーズをかなり詳細に示したことにより、ミスマッ
チングを避けることが出来た結果であり、妥当な応募数と考えている。
応募数と採択数を、募集タイプ別および募集領域ごとに示した。
(図6、図7)
- 20 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
募集テーマ例(プログラムD)
創薬基盤技術に関する研究
●アルミシールされた384wellプレート内の液量を非破壊で高速に検査する方
法(D-2)
有機溶媒は吸湿しやすいため、作製されたプレートのアルミシールを剥がさずに
内溶液量を測定する方法を探しています。
自動化システムで作製された
各種プレート、チューブラック
左上から時計回りに96well、
384Deepwell、384well、
384wellチューブ
手前の定規は30cmのもの
図5.募集テーマ事例(プログラム D)
・アルミシールされた384wellプレート内の液量を非破壊で高速に検査する方法
・代謝物標品取得のための金属ポルフィリン錯体あるいはその他の酸化触媒を用いた
Biomimetic oxidationスクリーニング系の構築および反応条件最適化
表3.2012 年 6 月からの募集テーマ
1年間の応募数、採択状況(その1)
1年間(2011年5月17日~2012年4月30日)の応募数と採択状況。
・応募件数
84件
・採択件数
10件
・
・募集プログラム別の結果
募集プログラム
応募件数
採択件数
A.研究テーマ事前設定型
60
3
B.アステラス保有化合物活用型
15
5
C.研究機関保有標的活用型
7
2
D.技術課題解決アイデア募集型
2
0
合計
84
10
http://www.astellas.com/jp/a-cube/index.html
22
図6.1 年間の募集数(プログラム別)
- 21 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
1年間の応募数、採択状況(その2)
・募集領域ごとの結果
募集領域
応募件数
0
採択件数
0
9
1
③ 感染症領域に関する研究に関する研究
7
0
④ 精神・神経疾患領域に関する研究
25
0
⑤ 糖尿病合併症及び代謝性疾患領域に関する研究
7
2
⑥ 化合物を使った新規適応症探索に関する研究
15
5
⑦ 創薬基盤技術に関する研究
21
2
84
10
①泌尿器領域に関する研究
② 移植を含む免疫疾患領域に関する研究
合計
図7.1 年間の募集数(募集領域ごと)
9.a3の成果
a3 は始まったばかりで、2012 年の時点では、次の本格的な共同研究に至った案件やパ
イプラインにつながったという案件はまだない。しかし、この短い期間に他業種からの応
募などもあり、このa3によりアプローチ出来る範囲が広がり、これまでアクセス出来てい
なかった提携先、若しくは研究テーマやアイデアとの提携機会を得るという狙いは、達成
しつつある。今後、本格的に事業貢献に至る案件が出現する期待が高まる。
10.所感
オープンイノベーションという言葉はまだ登場したばかりで、解釈の仕方や実施形態な
どは各研究機関や企業によって様々である。本年の研究資源委員会での調査は、オープン
イノベーションの様々な実施形態を調査して、今後それぞれの企業において、オープンイ
ノベーションの検討材料として活用してもらうことが目的の一つである。
これまでは産学連携という言葉で企業とアカデミアの連携の形が模索されてきたが、ど
ちらかというと公費を投入してアカデミアで得られた成果は産業に活用されるべきだと
いうロジックの元、アカデミアの成果を企業で活用してほしいという学から産への売り込
み活動が中心のようであった。そのため、各大学に産学連携本部という営業部隊が設置さ
れた。オープンイノベーションでは、アイデアを必要とする側が、産から学、産から産、
学から学のあらゆる方向にそのニーズを提示して、広くアイデアを募るケースがあったり、
あるいはアカデミアが企業のニーズを実現できる場をオープンに提供するケースなども
存在する。
アステラスは、テーマを公開しそれに対するアイデアを公募するという形で 2011 年か
らa3を指標にオープンイノベーションを開始した。他の国内製薬企業も同様に提示したテ
ーマに対するアイデアを公募する形が多い。まだこの取り組の成果や効果を問う段階では
ないが、10 年後に期待したい。また、直接的な効果ではないが、社内の研究組織にとっ
ては社外のアイデアがライバルとなりうるわけで、プロとして負けないというモチベーシ
ョンの向上にも期待したい。
- 22 -
第二章
[2]
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
第一三共のオープンイノベーション:
創薬共同研究公募 TaNeDS
1.はじめに
近年、創薬開発において、研究開発費が増大しているにも拘らず、新薬の承認数が減少
している(図1)
。これは、革新的な新薬ソースの確保が困難になっていることも一因と
考えられる。FDA において承認された新薬シーズのソースを見ると、科学的に新規性の
高い新薬についてはアカデミアやバイオベンチャーが過半数を占めている(図2)。これ
は国々により状況が異なっているが、特に米国ではこの傾向が強い。一方、日本では、ア
カデミアと企業の間で考え方にギャップがあるためか、アカデミアからのソースが少なく、
創薬シーズが眠っている可能性がある(図3)。
このことから、各企業ではアカデミアと交流を深め、創薬シーズを掘り起こす、いわゆ
るオープンイノベーション活動が行われている。
第一三共では、オープンイノベーションとして創薬共同研究公募 TaNeDS(タネデス)
を 2011 年から実施している。この度、同社の研究開発本部研究開発企画部 CI グループ長
西田健一氏にタネデスの内容をご紹介頂いたので報告する。
図1.新薬開発における生産性の低下 (Nature Reviews Drug Discovery 11: 91, 2012)
図2.創薬シーズのソース
- 23 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図3.国別創薬シーズの獲得先 (Nature Reviews Drug Discovery 9: 867, 2010)
2.第一三共の研究開発重点領域
第一三共の収益を支えている経営主軸は現在、高血圧、感染症及び脂質異常症領域であ
るが、研究開発においては重点領域の絞込みを行っている。2010 年から初期のディスカ
バリーステージの重点カテゴリーとしてがんと循環代謝、新規カテゴリーとして未充足医
療ニーズへの新たなチャレンジの 3 つを重点領域として挙げている(図4)
。
図4.研究開発ステージと第一三共の重点領域(2010 年から)
今後、重点カテゴリーでは、2015 年に向けて現在の基盤の上に更なる競争力を構築す
る。新規カテゴリーでは、2015 年以降に向けて従来の疾患領域にとらわれず、新たな切
り口、例えば、メカニズム解析によるメカニズムオリエントな創薬にチャレンジすること
をキーメッセージとし、研究開発事業を展開している(図5)。
- 24 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図5.ディスカバリー研究における重点領域
3.第一三共のオープンイノベーション
2007 年の完全統合以来、3 年毎に重点領域の見直し、研究所や経営組織等の組み替えを
行っている。研究開発本部では、外部創薬ネットワークの拡大と多様なイノベーションソ
ースの確保を図るため外部アプローチの強化を取り上げ、オープンイノベーションの体制
強化を行うこととなった。
この目的は、研究開発の重点領域について提携方針を明確化して当社が求める研究課題
を外部に提示すること、共同研究の公募を行い新しいシーズを確保すること、自前主義か
らの脱却を図ることにある。このため、国内では、地の利と当社のプレゼンスを生かした
シーズの掘り起こしが企画され、その一環として 2011 年に創薬共同研究公募 TaNeDS(タ
ネデス)をスタートさせた。また、グローバルには日米欧連携による提携機会探索体制を
構築している(図6)
。
図6.オープンイノベーション体制
- 25 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
4.創薬共同研究公募 TaNeDS(タネデス)について
・目的:第一三共の研究開発に展開し得る創薬シーズ研究を、国内のアカデミアを対象に
公募する。採用した研究については一定期間共同研究を行い、成果を医薬品の研究開発に
取り込んでいく。
・企画名称:TaNeDSはTake a New challenge for Drug diScoveryに由来する。
・コンセプト:みんなで育てる創薬プロジェクト
・キャッチコピー:治らない病気と闘う知恵は、もうきっと生まれている(2011、2012
年度)
・特徴:多彩な ENTRANCE として萌芽的アイデアから知財の強化まで、多彩な EXIT
として委託共同研究からベンチャー設立の支援まで、広範囲なステージをカバーしている
のが特徴である(図7)
。
図7 多彩な ENTRANCE と多彩な EXIT
5.TaNeDS 2011 の公募内容
2011 年 6 月 1 日から 6 月 30 日を応募期間としてホームページを始め、パンフレット、
ウェブ、雑誌などで積極的に PR した。
(1)応募対象者:日本国内の研究機関などに所属する研究者で、応募内容の研究を日本
国内で遂行可能な人とした。
(2)
TaNeDS 2011 の募集タイプ:多彩な ENTRANCE と多彩な EXIT を確保するため、
目的、対象者、予算及び期間が異なる 3 つの募集タイプを設定した(図8)
。
①
個別テーマ型:アカデミア等の研究者個人を対象とし、初期シーズ、技術の発掘
と育成を目的とし、1 年間の研究期限で 1000 万円を上限とした。13 件の採用を予
定した。
②プロジェクト型:アカデミア等の研究チームを対象とし、創薬シーズや技術の育成
において、発展が期待できる具体的で大型の研究テーマを公募した。研究プロジェ
クトは、異なる組織(大学、学部など)に所属する研究者の構成でも可とした。共
同研究の形式で 2 年間の研究期限とし、5000 万円を上限とした。3 件の採用を予
定した。
③シーズ育成型:知財を保有する研究者を対象とし、実用化につながる知的財産や独
自のノウハウを保有する研究テーマを公募した。採用後、知的財産の発展強化を目
指した本格的な共同研究への移行や、ベンチャー起業の可能性を一定期間内に評価
- 26 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
し、起業の可能性が高いと判断された場合には、ベンチャー設立の支援も視野に入
れた。800 万円を上限とし、2 件の採用を予定した。
図8.TaNeDS 2011 の募集タイプ
(3)TaNeDS 2011 の募集領域
がん領域、循環代謝領域、先端医薬、抗体医薬・核酸医薬、製薬技術プラットホー
ム研究(製薬技術本部募集テーマ)の 5 つの領域について募集を行った(図9)
。
図9.TaNeDS 2011 募集領域
(4)TaNeDS 2011 の選考結果
① TaNeDS 2011 の募集タイプ別の選考件数と採択件数
337 件の応募があり、その内訳は個別テーマ型が 268 件(80%)、プロジェクト
型が 44 件(13%)
、シーズ育成型が 25 件(7%)であった。二次選考件数は 37
件(11%)で、採択件数は 21 件(6%)であった。
採択件数の内訳は個別テーマ型が 19 件(90%)
、プロジェクト型が 1 件(5%)、
シーズ育成型が 1 件(5%)であった。個別テーマ型は想定採用数を上回ったが、
プロジェクト型及びシーズ育成型は下回った(図10)
。
- 27 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図10.TaNeDS 2011 募集タイプ別の選考件数と採択件数
② TaNeDS 2011 の領域別の選考件数と採択件数
複数領域への応募があり、それぞれを 1 件として集計したため、528 件の応募数と
なった。その内訳は、1) がん領域が 144 件(27%)
、2) 循環代謝領域が 94 件(18%)
、
3) 先端医薬が 138 件(26%)
、4) 抗体・核酸医薬が 107 件(20%)及び 5) 製薬技
術プラットホーム研究が 45 件(9%)であった。二次選考件数は 37 件で、採択件数
は 21 件であった。
採択件数の内訳は、1) がん領域が 5 件(24%)
、2) 循環代謝領域が 4 件(19%)
、
3) 先端医薬が 3 件(14%)
、4) 抗体・核酸医薬が 4 件(19%)及び 5) 製薬技術プラ
ットホーム研究が 5 件(24%)であった(図11)
。
図11.TaNeDS 2011 の募集領域別の選考件数と採択件数
③ TaNeDS 2011 の採択先の分布
採択先の分布は、地域で大都会の東京や近畿に集中することなく北海道から九州ま
で、研究機関では、有名な国立大学や私立大学から地方大学まで広範囲に亘っていた。
また、募集領域別では、がん、循環代謝、先端医薬及び抗体・核酸領域で 70%が
医学部関係であったが、製薬技術プラットホーム研究では工学部及び理学部関係が多
かった(図12)
。
- 28 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図12.TaNeDS 2011 の採択先の分布
④ TaNeDS 2011 の採択者の年齢分布
採択者の年齢分布を見ると、採択件数 21 件のうち、36 歳から 40 歳が 6 件(29%)
、
41 歳から 45 歳が 8 件(38%)で、准教授クラスや若手研究者のテーマが多く採択さ
れた(図13)
。
図13.TaNeDS 2011 の採択者の年齢分布
⑤ TaNeDS 2011 の採択案件のタネ
募集テーマに対し、どのようなタネが採択されたかを見ると、がん領域では新規標
的分子そのものをテーマにしたもの、循環代謝領域ではターゲットを見つける標的探
索ツール、抗体・核酸医薬では新規抗体に関するものが多く採択された。また、製剤
プラットホーム研究では実用化に近い技術案件が採択された(図14)。
- 29 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図14.TaNeDS 2011 の採択案件:想定される創薬シーズ&製薬技術
(5)TaNeDS 2011 の成果と今後の課題
積極的な PR 活動を展開することにより、当初目標とした 300 件を上回る 337 件の
応募があった。採択先を見ると地域では北海道から九州まで、研究機関では国立大学
から私立大学まで、学部では医学部、工学部及び理学部まで、研究者では 36~45 歳
の若手研究者まで広範囲に亘っており、これまでアクセスできていなかった創薬シー
ズ(研究標的、技術)を汲み取ることができた。また、選考審査する際に、関連研究
所との連携を図ることができ、社内でのオープンイノベーションへの積極的な参加が
実現した。これらのことから、TaNeDS のオープンイノベーション展開を社内外に
広めることができたものと考えている。
一方、募集タイプの目玉としていたプロジェクト型は、44 件の応募があったが、
応募者の希望と第一三共のねらいとの不一致で 1 件の採択に留まった。その原因とし
て、既に知られている研究を再度提案されているなど、革新的なものを期待した第一
三共の意図と温度差があった。これは今後の課題である。
- 30 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
6.TaNeDS 2012 の公募内容
応募期間は 2012 年 6 月 1 日から 6 月 15 日であった。昨年に比べ極端に応募数が減少
するのを恐れ、昨年の PR 法に加えてより多くの大学を訪問し、効果的であった各大学の
学内のメールマガジンへの掲載を行うと共に、医学部以外の学部への PR を増やした。
(2012 年度 創薬共同研究公募 TaNeDS の実施に関するお知らせ
http://www.daiichisankyo.co.jp/news/detail/004286.html)
一方、効果が薄かった Nature などの雑誌への掲載は中止した。
(1)TaNeDS 2012 のポスター
キャッチコピーは、前回のものを継承し「治らない病気と闘う知恵は、もうきっと生
まれている」とした(図15)
。
図15.TaNeDS 2012 のポスター
(2)TaNeDS 2012 応募対象者
日本国内の研究機関などに所属する研究者で、応募内容の研究を日本国内で遂行可
能な方とした。
(3)TaNeDS 2012 の募集領域
募集領域は次の 6 領域とした。今回、循環代謝領域では動脈硬化の病変形成や糖尿
病合併症に関するテーマ、抗体医薬領域では Bispecific 抗体、抗体オルタナティブに関
する技術、また、抗体医薬・核酸医薬を抗体医薬と核酸医薬に分け、核酸医薬に関連
性のあるペプチド医薬・DDS を新しく加えた(図16)
。
①がん、②循環代謝(代謝性疾患、及び心臓・血管系疾患)
、③先端医薬、④抗体医
薬、⑤核酸医薬・ペプチド医薬・DDS、⑥製薬技術プラットフォーム研究
- 31 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図16.TaNeDS 2012 の募集領域と募集テーマ(抜粋)
(4)TaNeDS 2012 の募集タイプ
管轄を研究開発本部と製剤技術本部に分割した。研究開発本部では、A.シーズ/技術
探索型、B.シーズ/技術育成型とし、これに製剤技術本部の C.製剤技術育成型を加えた
3 つの応募タイプを設定した。A シーズ技術探索型はフィジビリティー研究型と共同研
究型に分けた。一方、昨年のプロジェクト型は募集しなかった。
採択件数の目安は、A は 12 件、B は 2 件、C は 5 件とした(図17)
。
図17.TaNeDS 2012 募集タイプ
- 32 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(5)TaNeDS 2012 の募集タイプ別の選考件数と採択件数
250 件の応募があり、二次選考件数は 30 件(12%)、採択件数は 20 件(8%)で
あり、前年とほぼ同じ採択件数であった(図18)
。
応募案件数
二次選考案件数
採択案件数
A. シーズ/技術 探索型
220
24
16
B. シーズ/技術 育成型
17
3
1
C. 製薬技術育成型
13
3
3
250
30
20
合計
図18.TaNeDS 2012 の募集タイプ別の選考件数と採択件数
(6)TaNeDS 2012 の募集領域別の選考件数と採択件数
複数領域への応募があり、それぞれを 1 件として集計したため 356 件の選考件数と
なった。二次選考件数は 33 件、最終的に 20 件が採択された(図19)。
二次選考案件
カテゴリー
選考案件数
採択案件数
数
103
7
4
② 循環代謝領域
71
8
3
③ 先端医薬
58
3
3
④ 抗体医薬
41
8
5
⑤ 核酸医薬・ペプチド医薬・DDS
66
4
2
⑥ 製薬技術プラットフォーム研究
17
3
3
356
33
20
① がん領域
合計(複数領域への応募案件は、領域ごとに
それぞれ 1 選考案件と数える)
図19.TaNeDS 2012 の領域毎の選考件数と採択件数
7.TaNeDS 今後の課題と計画
TaNeDS の今後の課題として、採択した研究テーマが研究期間を過ぎた後、その成果を
どう見極め、どう育てるのか、新しいタネをどのようにして継続的に見出すかなどが挙げ
られる。これには募集領域やテーマの組み替え、PR 方法など、更なる工夫が必要である。
また、タネは国内だけでなく世界中に存在するものであることより、グローバル展開も必
要である。この際、いかに効率良く、効果的にタネを見出せるか、そのしくみの構築が課
題となる。また、採択先の先生方と築かれた協調関係が、研究期間だけでなく継続的に維
持することも必要である。更に、外部研究機関に自社が所有する化合物や技術を提供し提
携することによる、いわゆる「逆 TaNeDS」の方策も考える必要がある。
- 33 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
今後、外部へ求める創薬シーズとして特に、ヒト病態と関連する新規標的分子、ヒト病
態と関連する未解明の反応パスウェイ、及びヒト病態と関連する創薬標的探索に有用な動
物モデル、また技術として新規のバイオロジックスのシーズや、技術及び高品質で低コス
トの医薬品製造に繋がる新規なプラットフォーム技術が考えられる。これらのタネを見出
すべく TaNeDS を継続する計画である。
8.所感
各社、オープンイノベーションを手掛ける中、第一三共では他社との差別化を図るため、
研究開発領域において重点カテゴリーの絞込みを行い、多彩な ENTRANCE、多彩な EXIT
を特徴とした創薬共同研究公募 TaNeDS を企画し、実行している。
2011 年から開始し 2 回目であるため、最終的な成果については未知数である。しかし、
これにより外部創薬ネットワークの拡大と多様なイノベーションソースの確保がなされた
こと、また応募課題の選考審査を通じ、社内でのオープンイノベーションの積極的な参加
が見られる等、オープンイノベーションの活性化が伺えた。
今後、TaNeDS を通じ、新たな創薬シーズの掘り起こしが行われ、革新的な新薬が誕生
することを期待したい。
- 34 -
第二章
[3]
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
塩野義製薬
Global Development Office イノベーションデザイン部門
1.はじめに
かつての塩野義製薬では基礎研究が重点的に実施されていたが、優れた医薬品を多くの
人々に一刻も早く届けるために、医薬品創生をメインとした研究体制への移行に方針が変
更された。基礎研究の規模が縮小される分をどのように補っていくのか、という問いかけ
の中から学と産のそれぞれの強みを生かした産学連携プロジェクトの考えが生まれ、オー
プンイノベーションによる日本発新薬の創生を目指して 2007 年度より、シオノギ創薬イ
ノベーションコンペ FINDS(http://www.shionogi.co.jp/finds/index.html)がスタートし
た。製薬企業における公募型オープンイノベーションの背景と現状について、FINDS の
生みの親であるイノベーションデザイン部門長
坂田恒昭氏に見解を伺ったので報告す
る。
2.オープンイノベーションの定義
オープンイノベーションは新しいビジネス戦略であり(第一章を参照)
、要点は 3 つに
なる。①企業がイノベーションを通して新たな価値を創出するに際し、企業内部の研究開
発と外部の研究開発を有機的に結びつけるシステム、②外部の研究開発成果を積極的に取
り込み、企業の新たなビジネスモデルや新商品を創造する、③内部の研究開発成果を外部
で活用し、新たな価値創造に繋げる。
対義語としてクローズドイノベーションがある。クローズドイノベーションでの製品開
発は、一つの会社の中だけで、アイデアから研究開発、商品化、販売までを実施し、得ら
れた利益で次の新製品を開発する自前主義である。オープンイノベーションは、近年の長
引く不況もあり、1 社のみで研究開発を行うリスクを軽減する目的においても、多くの産
業で注目を浴びている。
3.イノベーションが盛んに生まれるためには
イノベーションとは、物事の新機軸、新しい切り口、新しい捉え方、新しい活用法、を
創造する行為のことである。イノベーションが盛んに生まれる国や企業とする為には、具
体的なターゲットは意識的に定めず、イノベーションを起こすための人材教育と投資戦略
そしてインフラという 3 つの環境整備にポイントを絞ることが望まれる。また、何々をす
るためにいつまでにどうする、といった目標ではなく、予測不能なイノベーションに対応
できる形に「国全体を革新する」という強い意志が求められる(米国 Palmisano Report
2004、米国競争力協議会 Council of Competitiveness. Innovate America: Thriving in a
World of Challenge and Change 2007)
。
10 年後、20 年後にどんな状況になっているかは誰にも読めないため、結局何をしてい
いか分からない。そこで、どのような状況、環境になっても対処できる人材を育てておき、
新しいことを行う際に投資ができるような仕組みを整えておくと同時に、制度や法律を含
むインフラを整備する必要がある。
- 35 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
要点は、①Moving target を自分たちで見極めることが必要、②人事育成、研究開発
資金のための投資メカニズム、知的所有権のルール見直し等の環境整備が必要である。
4.製薬産業におけるオープンイノベーションの背景
2003 年のヒトゲノム解読完了報告後(図1)、疾患原因分子の特定(医薬品の合理的創
製、多様化、複雑化)が進み、抗体医薬品・核酸医薬品を含む分子標的薬の必要性や診断
薬の重要性が増大すると共に、個別化医療の確立(副作用の軽減、有効性の増大)への期
待が高まってきている。それらを実現するためには、高度技術や技術的に革新性のあるバ
イオベンチャーの積極的参画が必要である。また、疾患原因分子の多様化により、様々な
医薬品候補化合物やバイオ医薬品を持つバイオベンチャーとのアライアンスの機会が増
大してきており、従来は、自社に足りない部分をバイオベンチャーから持ってくるコンビ
ニ型の連携が中心であったが、バイオベンチャーを自社の一部門として統合していくモジ
ュール型連携が必要となってきている。
図1.創薬新時代へ ~ヒトゲノム解析~(Nature 誌)
5.オープンイノベーションを進めるための対策
オープンイノベーションを進めるためにはクラスターの形成とそこに関与する人材の
交流システムの構築と社内改革が重要となる。
(1)クラスターの形成
クラスターは大小の企業、官民の研究機関、高等教育機関の 3 つのタイプの主体から
なる(図2)
。その目標は、高い教育レベルの人材を活かして企業と研究機関の間で革新
的なアイデアの交流を促進することにあり、成功のためには以下の 4 つの要因が必要と
なる。①開発戦略の共有:ぶれのない研究開発、②関係者間の強いパートナーシップ:
困難を打破する力、③高い市場ポテンシャルのある技術を重視:斬新性、革新性の確保、
④国際的に注目される存在となる:関係者のモチベーション向上
- 36 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図2.クラスターの形成
(2)産学官による人材交流システムの構築
産官学を構成する人材にはそれぞれ強みと弱みがある(図3)
。オープンイノベーショ
ンを活かすためには、関係する人材の強みを十分に把握するとともに、各人が積極的に
交流できるシステムを構築する必要があり、それぞれの機関のコーディネーターがキー
プレイヤーとなる。
図3 産官学それぞれの強みと弱み
(3)アカデミアコーディネーターと社内コーディネーターの協調
アカデミアと企業には研究や知財・成果、研究費、医薬品等に対する考え方に大きな
ギャップがある。アカデミアコーディネーターと社内コーディネーターは密にコミュニ
ケーションをはかり、相互不信を引き起こさないようにすることが求められる。
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
①
研究に対する考え方
②
知財・成果に対する考え方
③
研究費に対する考え方
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第二章
④
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
医薬品に対する考え方
(4)製薬企業の役割
海外のバイオベンチャーと比較して、日本のバイオベンチャーは未成熟なために、製
薬企業がサポーターになってアカデミアのシーズを育てることが必要である。製薬分野
における製品化には、他の産業に比べ時間も費用も桁外れにかかるために、ベンチャー
キャピタルが投資に躊躇することが一般的であり、製薬企業はアカデミアシーズを十分
に見極め、開発を行う必要がある。製薬企業においても、アカデミアシーズに対する目
利き人材を育てる必要がある(図4)。
図4.産官学それぞれの役割
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(5)社内対応
オープンイノベーションを進めるためには、アカデミアやバイオベンチャーとのコミ
ュニケーションや、コーディネート、目利き(案件の良し悪し評価だけではなく、技術
のトレンドを読み取りながらどうすればバイオベンチャーが育っていくのかという判
断)ができる優れた人材の育成と確保(能力やスキル要件の転換)が必要となる。また、
様々な考えを持った研究機関や研究者との交流が必要になるため、異文化受容として多
様性に対する受容度を向上させることが求められる。さらに、イノベーションを海外に
求めることも当然あり、オペレーションのグローバル化が重要となる。
6.オープンイノベーションモデルによる創薬の例
抗体医薬のアクテムラの誕生はまさしく、オープンイノベーションの画期的な成功例で
ある(図5)
。IL-6 阻害薬であるこの抗体医薬は、日本で開発された唯一の国産生物製剤
で、最先端のバイオテクノロジーによって中外製薬で製造された。中外製薬は 1984 年に
IL-6 の医薬研究を始め、1986 年の大阪大学での IL-6 遺伝子クローニング成功の後、同年
から大阪大学と IL-6 阻害薬について共同研究を開始した。
MRC(英国)とのヒト化抗体作製技術の共同研究や、大阪大学付属病院での臨床研究
など約 20 年の歳月を経て、2005 年にキャッスルマン病治療薬として、2008 年には関節
リウマチ治療薬として国内で上市を遂げている。海外では 2009 年 1 月にヨーロッパで、
2010 年 1 月にはアメリカでも承認を取得した。
図5.国内初の抗体医薬アクテムラの誕生
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
7.シオノギ創薬イノベーションコンペ(FINDS)
(1)FINDS(PHarma-INnovation Discovery competition Shionogi)の誕生
従来、日本の製薬企業の多くは NIH Phenomenon(自前主義)が強いという傾向があ
った、塩野義製薬においては手代木社長(当時、専務取締役 医薬研究開発本部長)の強
いバックアップもあり、2007 年度より FINDS がスタートした(図6)。
図6.FINDS 2007 のポスター・チラシ
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(2)FINDS のコンセプト
得られた成果は原則共同出願とする。成果を元にバイオベンチャーを一緒立ち上げる
選択肢もある。
コンセプトは大きく分けて以下の 5 つよりなる。①塩野義製薬医薬研究本部のニーズ
を提示してアカデミアやバイオベンチャーよりアイデアを公募する。②アイデアの具現
化に向けて年間 10 件程度の研究テーマを採択して原則的に 1 件当たり年間 200 万円か
ら 500 万円の共同研究費を提供する。③研究過程で塩野義製薬が産業化へのディスカッ
ションと方向付けを行う。④原則的に 1 年後を目標に特許を共同出願する。⑤共願特許
を双方のモチベーションにして更に本格的な共同研究、開発、上市へと発展することを
目標とする。
(3)FINDS の実施と応募状況
2007 年度は「次世代最先端医薬品につながる創薬技術の新規提案」等、12 課題の公
募を行い、11 件(応募総数 242 件)を採択した。
2008 年度は「メタボリックシンドローム治療薬の創薬シーズ」等、14 課題の公募を
行い、6 件(応募総数 153 件)を採択した。
2009 年度は「感染症/抗菌薬・抗真菌薬・抗ウィルス薬の創薬シーズ」等、15 課題の公
募を行い、3 件(応募総数 193 件)を採択した。
2010 年度は今までと異なり課題を「次世代先端医薬品につながる創薬プラットフォー
ム技術の新規提案(次世代抗体医薬品、次世代核酸医薬品、ワクチンの新規基盤技術な
ど)
」の 1 課題に絞ったため、139 件の応募があったが 1 件の採択に留まった。
2011 年度は「糖尿病、肥満、脂質代謝異常、動脈硬化、および慢性腎疾患治療薬の創
薬シーズ」等、13 課題に増やした結果 2 件(応募総数 104 件)の採択につながった。
今後は、色々な大学に目を向けること、アプローチの方法を工夫する必要がある。
(4)審査、結果報告
毎年度は数百件の応募があり、すべてに対して社内研究者が審査してコメントを書い
ている。審査にあたる社内研究者は、常日頃から鋭い意見を出す人材の中からピックア
ップしており、目利き人材としての育成を行っている。現状、知財の価値を研究費で計
ることはうまくできておらず今後の課題になっている。
応募者への結果報告はお断りの場合も含め、イノベーションデザイン部門で全て対応
している。
(5)グローバル産学連携プログラム SHIONOGI Science Program
2011 年度には英国政府と産学連携協定を締結して、新たなグローバル産学連携プログ
ラム SHIONOGI Science Program をスタートした(図7)
。このプログラムでは、これ
までの国内での FINDS と同様に研究を促進するための画期的なアイデアを世界的視野
で発掘し、産学で育てると共に、オープンイノベーションに従事する塩野義製薬の若手
グローバル人材の育成を目指している。2011 年度の対象は、英国内の研究者及びその
研究者と共同で研究を実施できる日本国内の研究者としている。
- 42 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図7
SHIONOGI Science Program2011 のポスター・チラシ
(6)これまでの FINDS の成果
2007 年度のスタートからまだ 5 年であり、医薬品に結びついた案件はないが、共同特
許出願と社内での創薬プログラム化が共に数件となった。FINDS の仕掛けは着実にシー
ズ発掘の実績を挙げている。また、実施提案時に研究本部は反対を表明したが、毎年数
百件以上の応募案件を研究者が審査してコメントを書くことにより、目利き能力の向上
が得られ、更に外部の様々な研究者との交流が深まり、結果として研究者の士気向上に
つながっている。
7、謝辞
シオノギ創薬イノベーションコンペ(FINDS)及び SHIONOGI Science Program は
塩野義製薬 Global Development Office 松本弥生氏の貢献により遂行されている。
8.所感
科学技術は日進月歩であり、自社の投資は瞬時の間に陳腐化してしまう。新たな科学
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
上の発見や社会ニーズと環境の変化により、進むべき方向が大きく変わる。また、過去
の成功事例に囚われるが故に、時代の流れに沿ったイノベーションを起こせないこと
が多々存在する。ブラウン管テレビで世界を席巻したものの、有機 EL テレビで韓国の
企業に後塵を拝することとなった日本の電気メーカーがその例である。
一企業に所属する研究員の数に比べ、外部には無数に研究者がおり、様々な専門性や
アイデア、方向性を持ち日々研究に励んでいる。自前主義から脱却して自社の技術やア
イデアを外部に公開すると共に、多くの英知や技術を外部から取り入れ、革新的な製品
を創生すること、すなわちオープンイノベーションは今後、いずれの企業においても重
要な戦略となっていくものと思われる。
一方、過度の外部依存は自社の研究能力の低下を招く恐れもあり、オープンイノベー
ションにおいて、重要な目利き人材の育成に影響を及ぼす可能性もある。また、外部か
らの多種多様なアイデアを特定の研究者が調査し、コメントすることによりつぶしてし
まう可能性も考えられる。今回の調査から、オープンイノベーションの成否の鍵は、何
よりも人材にあると思われたが、その育成方法についてはさらに深く調査する必要があ
る。
従来からオープンイノベーションと類似した言葉として、共同研究や産学連携があり、
いったいどこが違うのか、という意見もある。その答えを出すためにも、本年度の活動
を通じて、企業と公的機関のオープンイノベーションを調査する必要があった。
国内製薬企業の先陣を切ってオープンイノベーションをスタートした塩野義製薬から
今後、世界に通用する画期的な新薬が誕生し、国内のアカデミアやバイオベンチャーが
活力を高め、新たなシーズ創出に貢献する流れができることに期待したい。
- 44 -
第二章
[4]
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
株式会社 NTT データ経営研究所:
脳科学の産業応用とオープンイノベーション
1.はじめに
脳科学の産業応用を目指したオープンイノベーションの仕組みとして、株式会社NTTデ
ータ経営研究所は日本神経科学学会の協力を得て、2010 年 10 月に応用脳科学コンソーシ
アムConsortium for Applied Neuroscience(http://keieiken.co.jp/can/)を設立させた。
その背景と現状について、コンソーシアム事務局であり同研究所マネジメントイノベーシ
ョンセンター長の萩原一平氏に見解を伺ったので報告する。
2.グローバルに推進される脳科学研究とその応用動向
(1)なぜ今脳科学なのか? ~脳科学研究推進の背景~
人と人を繋ぐ絆が重視されている昨今であるが、社会や企業および市場等の集合体の
要素が人であることから、人を理解することが極めて重要である。人を理解するには脳
を知ることが大事なこととなる。この考え方が問題認識の基本である。
一方、脳というキーワードが連日のようにメディアを賑わせ、広く注目されるように
なったのは、身体に影響を及ぼすことなく脳の見える化を実現する非侵襲型の可視化技
術が飛躍的に発達し、脳の状態を容易に計測できる基幹技術の進歩に寄るところが大き
い。その代表的な技術として、次の3つが挙げられる(図1)。
図1.基幹技術である脳の可視化技術の進歩
①
fMRI(機能的磁気共鳴画像法):病院などで使用されているMRIを利用して、脳の
血流動態反応を画像化し、脳の活動部位や変化を捉える技術。東北福祉大学特任教授(当
時米国ベル研究所)の小川誠二先生が原理を開発。
② NIRS(近赤外線機能画像法):近赤外線を頭皮に照射し、脳活動に伴って生じる脳
内のヘモグロビンの増減により変化する反射光を頭皮上で計測する技術。日本発の技術
とも言われており、日本メーカーによる開発が進んでいる。
③ EEG(脳波):脳活動に伴って頭皮上に発生する数十マイクロボルト程度の電位変化
をセンサーで計測する技術。旧来から、てんかん等の臨床検査や治療に利用されていた
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
が、デジタル技術の進歩に伴い、画像解析装置として様々な脳研究分野で活用されてい
る。
(2)国内外の脳科学研究推進の現状比較
経済分野や産業分野などにおいて、脳計測技術を利用した脳研究は今や世界中で行わ
れている。グローバルな動向と日本の状況について以下に概説する(図2)。
①
米国では連邦政府や研究者等が中心となって、1990年頃から脳科学研究に積極的に
取り組みをはじめ、新たなテーマを10年間隔で次々に展開している。近年では人間の
心や行動と脳の関係について、科学的な理解を促進することにも注力している。多く
の有名大学には、脳科学研究に特化した神経科学部的な学部やセンターも創設されて
いる。研究者の数は日本の8倍で、研究予算は日本の20倍とも言われる。がん研究や
ヒトゲノムの研究に匹敵する規模を持ち、応用的な研究もかなり行われており、基礎
研究中心の日本とは大きく異なる。
②
欧州では、1998年からEU主導で加盟各国が参加して、脳科学はITのために何がで
きるか、という基本命題のもと、Neuro-ITというコンセプトでライフサイエンスと情
報工学を組み合わせた脳科学を推進している。知財と人材の交流を図るとともに、基
礎研究のポテンシャルを産業界と経済界に伝達することにも尽力し、Neuro-ITに加え
てライフサイエンスと情報通信技術の相乗効果を期待したBio-ICTという新たなコン
セプトも構築し、研究活動を行っている。
③
こうした動きは中国、韓国、シンガポールといったアジア圏でも活発である。その
中でも中国は神経科学の研究に熱心で、BMI(Brain Machine Interface)分野では世
界的に評価が上昇しつつある。韓国では脳研究促進振興計画を立て、2017年までに脳
研究(科学技術論文と特許技術)で世界第7位に入ることを目標に、2009年度には610
億ウォンを投入した。R&Dの中核人材1万人を育成すると共に、脳関連市場規模を3兆
ウォンに拡大するための基盤を整備する方針を打ち出している。シンガポールは基礎
研究から産業化の応用研究にシフトしており、脳科学や心理学の優秀な人材を海外か
ら集めることに注力している。
④
このような海外における状況に対して、日本では脳を可視化するニューロイメージ
ング技術や、医療分野を中心とした基礎研究に関して、世界をリードする研究開発レ
ベルにある。しかしビジネスへの応用においては海外に比べて後れを取っているのが
現状である。
⑤ また日本の大学においては、心理学科は従来から文学部等に存在しているが、学部
単位で脳科学の教育や研究を専門に行っている大学はほとんど存在しない。
そうした中、産業応用に向けた取り組みとして、2007・2008年度にNEDO(新エネ
ルギー・産業技術総合開発機構)で「脳科学の産業分野への展開に関する調査事業」
「脳科学の産業応用への推進に資する脳機能計測機器に関する調査事業」(NEDO技
術開発機構及び株式会社NTTデータ経営研究所。2008年3月)が実施された。
文部科学省では、2008年に「脳科学研究戦略推進プログラム」が策定され、脳機能
を理解して脳機能や身体機能の回復と補完を可能にする「BMIの開発」や、脳科学研
究の共通インフラとしての「独創性の高いモデル動物の開発」に研究予算が投じられ
- 46 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
ている。
更に総務省では、2010年から「脳とICTに関する懇談会」を設置し、チャレンジド
(障がい者)や高齢者への支援と、超低消費エネルギー且つ不測の事態でも柔軟に対
応できる情報通信ネットワークの実現について検討している。経済産業省や厚生労働
省は個別の研究支援に留まっているのが現状である。
図2.世界各国が推進する脳科学研究支援策とその狙い
⑥
脳科学の産業応用という視点から見ると、日本は必ずしも先進的とは言えない。
グローバルなビジネス競争の激化に伴い、日本における脳科学の産業応用に向けた
研究開発の停滞と遅延が危惧される。つまり、日本での基礎技術は競合できるレベ
ルにあるものの、産業応用においては学会や省庁の縦割りが影響しており、更に各
企業内及び企業を取り巻く環境も影響し、中々進んでいない。
[i1][i2][i3](3)海外の民間企業の取り組み及び日本企業における脳科学の活用状況
世界中のグローバル企業が、応用脳科学研究や事業活用に取り組んでおり、研究開発、
マーケティング、更にマネジメント等の脳科学を活用し、新たな製品開発、サービス開
発、事業開発、組織・能力改善を促進している。
日本では、脳科学に関連する研究を支援して企業はあるものの脆弱であり、その取り
組みはまだ緒に就いたばかりで、規模も小さくて実験室レベルが大半である。経営層の
脳科学への理解が鍵となっている。因みに、欧米企業は神経科学、心理学、脳科学の博
- 47 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
士号を取得している人材が研究開発部門やマーケティング部門に居る。日本の実状とは
大きく理解が違う点である。
3.日本企業が抱える課題と方策
(1)日本企業が抱える課題
大きなポテンシャルを秘めており、拡大が予想される脳科学研究であるが、100件以上
の取り組み事例調査の結果や多数の研究者や専門家との議論及び各国政府の脳科学支援
政策の動向等を踏まえると、応用脳科学研究及びその事業活用には以下に示す5つの課題
があることが分かってきている(図3)。
①専門性の課題
まず、応用脳科学研究やその事業活用を適切に推進するためには、脳科学に関する専
門性を有する人材が必要であるが、現状では産業界にはこうした人材が不足している。
② 多様性の課題
脳科学が対象とする研究領域は多岐に亘るため、これらをカバーするのは容易でない。
更に、応用脳科学研究とその事業活用には、単一の脳科学の研究領域だけではなく異分
野の知識や技術との融合が求められる。
③
先進性の課題
上記に加え、脳科学研究は、現在も日進月歩で進歩しているため、最新知見を適宜取
り入れながら応用化を進めるためには、その動きに随時フォローする必要がある。
④
倫理性の課題
ヒトの脳を扱うという性質上、その研究や事業化に当たっては倫理面と安全面の配慮
も欠かせない。似非脳科学や脳のエンハンスメントに関する課題も存在する。
⑤ 事業性の課題
応用脳科学研究のアプローチや事業活用までの具体的プロセスが明確になっていな
い。結果として経営層がこれらの取り組みがビジネス上どのようなベネフィットをもた
らすかを理解できず、脳科学活用に向けた戦略やマッピングができていない状況である。
図3.日本企業が抱える課題
- 48 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(2)解決のための方策
前述の 5 つの課題を解決するための方策として、様々な企業や研究者が連携するオ
ープンイノベーションモデルの研究体制が必要である。課題を克服するためには、異
業種の民間企業と異分野の研究者の自由な連携と、それによる脳科学研究と多様な技
術とノウハウとの融合を実現するオープンイノベーションモデルのプラットフォーム
を構築した上で、事業活動という目標を共有した研究活動に取り組むことが必要とな
る(図4)
。
図4.5 つの課題を解決するために必要な施策
4.求められるオープンイノベーション・マインド
(1)脳科学の応用におけるオープンイノベーションの必要性
オープンイノベーションとは、研究開発を企業内外のリソースや知財を活用し、より
スピーディにイノベーションを実現することであり、グローバル企業で導入が盛んであ
る。例えば、コア技術を持つ大学等研究機関と大手企業・ベンチャーの連携や コア技術
を持つ大手企業と外部連携企業の連携がある。
脳科学の応用にもオープンイノベーションが必要である。脳科学は先端研究分野であ
り、日本企業には脳科学の専門家または知見を有する人材が極めて少ないからである。
この問題は図3の 1.専門性の課題、3.先進性の課題、4.倫理性の課題、5.事業性の課題に
該当する。また、脳科学は他の技術やエンジニアリングと融合し初めて活用できるが、
日本企業ではその融合を実現できる環境が極めて少ないからである。これは図3の 1.専
門性の課題、2.多様性の課題、5.事業性の課題に該当する。
- 49 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(2)オープンイノベーションを必要とする現代の企業体制
日本社会は家族、血縁、会社、村などが重要視される Strong ties 社会であり、縦型
社会である(
「弱い絆の力 The Strength of Weak Ties」マーク・グラノヴェッター、
米スタンフォード大学 1973 年)。すなわちリスクが小さい「安心」社会である。絆は
太いがその数は少ないので新しい情報量は限定的である。その対称はネット社会やコ
ンソーシアムなどの Weak ties 社会であり、リスクがあり「信頼」が求められる。絆
は細いが数が多いので新しい情報量は多い。
異なる観点から見れば、日本社会は集団主義的閉鎖型社会(対称は個人主義的オー
プン型社会)であり、人々はリスクを避けて行動する傾向が強い。例えば、企業での
プロジェクトのリスク分析は、本来はリスクを回避し仕事を効率よく達成させるため
に行うべきであるが、日本人はリスクのあるプロジェクトを中止させる理由付けのた
めに、リスク分析を行う傾向にある。
グローバル化が進む経済環境の中で、日本企業は「安心」の体質からオープンイノ
ベーションを基盤とする「信頼」型の体制への変化が必要である。
参考:1)
「日本の「安心」はなぜ消えたのか」山岸俊男、集英社インターナショナ
ル。2) 「リスクに背を向ける日本人」山岸俊男、M.C.ブリントン、講談社現
代新書。3) 「市場倫理統治倫理」ジェイン・ジェイコブ、日経ビジネス人文
庫。4) 「個人主義と経済の関係は?」大竹文雄、日本経済新聞 経済教室2011
年1月17日
(3)応用脳科学の必要性
脳科学を単独で産業分野に活用することは難しく、様々な異なる知を脳科学と融合
させることによって、初めて産業応用が可能になる。脳科学を産業に応用するために
は、様々な研究者と企業人のコラボレーションが重要である。
「欧米では異なる分野の
研究者と企業が共同で課題解決に取り組むオープンイノベーションは普通に行われて
いるが、日本でこれを作るのは難しい。しかしこの取り組みなくして、日本での脳科
学の産業応用は進まない。
」これは、海外での研究に活躍されている脳科学研究者から
の意見である。
確かに、企業、産業界、学会、国と地方自治体等あらゆる組織が縦割りになってい
る日本では、ここに横串を刺すように、組織横断的な取組みの場を作ることは容易で
はない。一人の研究者や企業人がいくら頑張っても、簡単にできることはできない。
何故ならば、多くの優秀な研究者も企業の人材も本業とする仕事があるからである。
優秀な人ほど忙しく、組織横断の仕組みを作ることに多くの時間を割くことができな
い。日本企業はオープンイノベーションが苦手であるといわれる所以でもある。
以上の現状を踏まえて、NTT データ経営研究所では応用脳科学を以下のように定義
し、コンソーシアムを運営することとした。
「脳に関する様々な研究成果や知見を基盤
に、神経科学、心理学、認知科学、行動科学、社会科学、経済学、工学、情報学、教
育学、経営学(マーケティング,人材育成,組織論等)等の異なる研究分野を癒合し
て、医療・福祉・教育を含む産業発展に応用することを目的とした研究分野」
。
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
5.応用脳科学コンソーシアムが拓く脳科学の産業応用
(1)応用脳科学コンソーシアムの3つの機能
オープンイノベーション・マインドは、企業や研究機関によって自発的に醸成されて
いくことが望ましいものの、縦割り組織の社会において日常業務で多忙を極める研究者、
設計開発者、マーケティング部門、戦略や企画部門のスタッフ等にそれを求めるのは、
必ずしも容易なことではない。そこでNTTデータ経営研究所では、脳科学の産業応用を
目指して、日本最大の脳科学研究者組織である日本神経科学学会や研究分野の第一線で
活躍している多くの研究者の指導を元に、異分野の研究者と異業種の企業が共同で研究
活動を行う場として、応用脳科学コンソーシアムConsortium for Applied Neuroscience
(CAN)を設立した。
あらゆる企業活動の根底には、人と人との関係がある。人間の司令塔である脳をより
深く知り、脳の特性を理解することが、これからの企業活動には極めて重要であり、応
用脳科学があらゆる産業のコア・インフラ・テクノロジーになると考えている。
CANは以下の3つの仕組みで構成されている。
①
応用脳科学R&D研究会
異業種の企業と異分野の研究者が、脳科学や関連領域の最新の研究知見を活用して、
応用脳科学研究及びその事業活用を目指すための研究開発プラットフォームである
(図5)。
図5.応用脳科学R&D研究会の概要
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
② 応用脳科学アカデミー
第一線で活躍している脳科学や関連領域の研究者を講師として招聘し、事業活用と
いう観点から脳科学を学ぶことで、応用脳科学研究およびその事業活用に貢献する人
材を育成するためのプラットフォームである。
このアカデミーでは、脳科学研究者が基礎的知識に加えて、事業活動という観点か
ら講義することで、企業のニーズに沿った講義編成を提供する。アカデミーを通じて
会員は、脳科学研究及びその事業活用に必要とされる脳科学の知識を体系的に学ぶこ
とが可能である(図6)。
図6.応用脳科学アケデミーの目的
③
応用脳科学ネットワーク
人材交流および意識啓発のプラットフォームである。会員と研究者の交流、各種研
究活動や人材育成活動に資する情報の収集、社会へ向けたCANについての情報発信な
どを促進する。また、会員企業に取って情報インフラとしての機能を果たすコミュニ
ケーションネットワークでもある(図7)。
図7.応用脳科学ネットワークの概要
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(2)CANの構成
CANは2012年の時点で設立から2年になり、現在37社の企業が参加している。当初
は医薬関連事業への参加は、研究開発期間が長期であることや薬事法の問題等があり
見送っていたが、その後にヘルスケアに興味のある企業が多く出てきた実状がある。
NTTデータ経営研究所が主催する「ヘルスケア脳情報クラウド研究会」を含め、7つ
のR&D研究会が立ち上がるなど、異分野の研究者や異業種企業が連携して、脳科学の
事業活用を目指した取り組みを行っている。ただし、CANの活動は、最新の脳研究を
製品開発に活かすための、あくまで一例に過ぎない(図8)。
脳科学を企業活動に応用する際には「企業が実現したいテーマに合う適切な研究者
の探索」、「脳科学・社会心理学・経営学など様々な分野の研究者と異業種企業の連
携」、「企業が求めることに対する研究者側の理解と脳科学に関する企業側の知識の
向上」と言ったことが重要になる。今後あらゆる産業活動において、脳科学を活用し
た知見やノウハウの集積が重要になっていく。そうした蓄積は一朝一夕でできるもの
ではなく、脳科学の進歩と共に丹念に積み重ねていくことが求められるであろう。
オープンイノベーション・マインドの醸成を促しつつ、そうした企業や研究者の活
動を継続的に支えることがCANの役割である。
図8.CAN の構成
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(3)CAN の特徴
CAN は自社単独での研究や従来の共同研究に比べ、多くのメリットを獲得可能で
ある。図9の 5 つの項目を比較した場合、CAN は応用脳科学研究及びその事業応用
により適していると考えられる。
図9.CAN の特徴
6.脳科学から見た経営における仕組みと制度
(1)仕組みと制度の本質
制度は社会や経済のパフォーマンスを規定する。法規制、組織、制度などの仕組みは、
その集団が社会的にも経済的にも、最も良いパフォーマンスを得る為に作られる。人と
人とのインタラクティブな動きに一定のルールを設け、共有することが狙いである。人
と人の社会的関係の理解、すなわち社会脳の理解が重要である。特に、無意識の意思決
定が重要であり、脳の理解が必要である。
市場、技術、社会環境の変化が大きい時ほど、頻繁に制度を変える必要がある。何故
ならば、制度は心の問題であり、手遅れになると修正が困難になる恐れがある。
意思決定と行動選択のデフォルト(制度の均衡状態)は時代によっても文化によって
も異なる。法規制、組織、制度などは心理的枠組みであるために、脳を知ることが必要
となる。
- 54 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(2)情動行動
仕組みや制度と行動選択を決める 2 種類の情動がある。つまり、快情動と不快情動の
相反する動きをどのような形でコントロールするかが重要である(図10)
。
図10.仕組みや制度と行動選択を決める 2 種類の情動
7.脳科学の企業経営への活用
(1)神経科学、社会科学、比較文化学、組織科学など科学研究の成果と知見の活用
脳内物質セロトニン、ドーパミン、オキシトシン等の生理活性には、遺伝的に個人差
があり、日本人などアジア人は不安の感情を過敏に感じる傾向が強いと言われている。グ
ループパフォーマンスのちからや女性の思考方法、二律背反ではない個人主義と集団主義
を十分に脳科学的に理解する必要性がある。
①グループインテリジェンスについての知見
・個人の IQ とグループの IQ の関係は少ない。
・IQ の高い人だけを集めたグループの集合知が必ずしもベストとは限らない。
・グループパフォーマンスを上げるためには、女性の存在が必要である。
・女性の割合が多いほど集合知のレベルが高く、女性の比率が半分以上だと、集合知が
平均より高くなるという最近の研究もある。
・頭のいい人が会話の中心になるグループの集合知はそれほど高くない。
・お互いに相手の話をよく聞き、批判を建設的に共有すると効果が高い。
(参考:
「グループインテリジェンス」Anita Woolley, Thomas Malone、2010 年)
②日米のリスク傾向についての知見
・リスク回避:日本人はリスク回避傾向が世界価値観調査(2005~2008 年)で世界一
である。
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
・法規制:新規システムを作成する場合、日本は事前規制型(時間を掛けて事前に多
くの規制を定める)でありリスクは少ないが自由度も少ない。米国は事後規制型(即
断で施行し問題が出た場合に事後調整する)でありリスクは大きく且つ自由度も大
である。
・人間関係:日本人は関係が濃い。つまり家族、同族、系列の間での絆が太く、数は
少ない。相互協調的自己観でリスク小であり新しい情報も少ない。一方、米国人は
関係がドライである。つまり絆は細いが数が多い。相互独立的自己観でリスク大で
あり新しい情報も大である。
・集団主義と個人主義:一般的には日本人は集団主義、米国人は個人主義というが、
日本的個人主義はコミュニティの外に冷たく関心がない。一方、米国的集団主義は
信頼獲得のため自己の存在をアピールする。
・平和な国:日本ほど平和な国はないことが最大のメリットである。
③人の性格と脳内物質や脳形状との関係についての知見
・欧米では、遺伝子と情動・文化・人種等の関係について、更に年齢による脳形状の
変化や性格の変化について、神経科学、社会科学、組織科学、心理学、文化学など
の融合分野で研究が進められている。
・脳の形が人種や職業によって異なるという研究結果がある。
・脳内物質や脳構造が人間の思考パターン、意思決定、行動等を決めているという研究
結果があり、脳や心に関する最新の知見が企業経営の仕組み作りに活用され出してい
る。
(2)企業組織への応用
①
文明開化の時代における和魂洋才
文明開化バージョン 2.0(個人のオープン化)の時代における「和脳洋才」では、
日本人の脳の構造や思考パターンに合った経営戦略立案、制度設計、仕組み作りが重
要である。欧米グローバル企業の単なる模倣やベンチマークはリスクが大きい。つま
り、日本人の脳に合わないベンチマーク方策を単純に取り入れても、成果に結び付か
ない場合が多いことに注意すべきである。無意識の選択や意思決定方法の国民性を見
極める必要がある。
②
社会性指数の重要性
知能指数 Intelligence Quotient(IQ)や感情指数 Emotional Intelligence Quotient
(EQ)に加え、最近は社会性指数 Social Intelligence Quotient(SQ)という指標が
ある。SQ は個人の力を束ねてグループとコミュニティの力にする能力のことである
が、経済的報酬から社会的報酬への変化、そして利己性から利他性への変化が重視さ
れる時代となってきた。
脳科学の知見から女性のコミュニケーション能力をダイバーシティマネジメント
することも重要である。
③
企業における研究開発部門とマーケティング部門の融合と一体化
市場に出回る製品は、研究開発部門で機能や性能が吟味され、マーケティング部門
で考案されたブランドや広告により販売されている。しかし消費者は、製品を購入す
- 56 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
る心理過程で、研究開発とマーケティングを別々に考えたりはしない。両者を総合的
に判断し購入に至る。つまり売上向上には、製品開発において両部門を結び付ける
「絆」の仕組みが必要となる。縦割り組織体制では新しいアイデアやビジネスは生ま
れづらい。両部門の融合と一体化等の取り組みが重要である。
8.創薬のオープンイノベーションを推進するコンソーシアムの提案
(1)現状と課題
国内では、ベンチャーを活用したオープンイノベーションの成功は限定的であり、既
存の国内ベンチャーは体制が不十分であるためにその役割を果たせていない。創薬の活
性化には、製薬企業以外のベンチャーや大学の持つ技術をマッチングさせ、製薬企業が
使えるシーズをパッケージとして選別し、提案する機能が必要である。
(2)解決方法
コンソーシアム形式でのオープンイノベーションの枠組みを活用する。技術シーズレ
ベルでのマッチング、選別と育成、提案までを一体として提供し、国内における創薬の
オープンイノベーションを活性化させる。このオープンイノベーションで芽生えて熟成
された技術シーズは、その段階で CAN の枠組みから抜け出して、小グループで特許化
と産業化というプロセスを踏み、本当の創薬シーズとして生まれ変わる(図11)
。
図11.創薬のオ-プンイノベーションを推進するコンソーシアムの提案
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
9.NTT データ経営研究所のコンサルティング・サービスと CAN 事務局の体制
(1)NTT データ経営研究所のコンサルティング・サービス
公共分野、産業分野および金融分野という大きな 3 つの分野と 6 つの機能(IT・環境・
ライフサイエンス等)が横串の体制として、コンサルタント 150 名を擁す。その中での
ニューロコンサルティング分野がある。
(2)CAN 事務局
CAN 事務局のスタッフは企業の抱える技術的課題を理解し、アカデミアの専門家と深
い議論ができ、且つ実験系を組み立てられるコンサルタントである。いずれも理系の修
士または博士号を取得した人材である。また別途にアシスタントを数名採用しており、
都度に脳科学や神経科学分野を専攻する学生やポスドクの人材をアルバイトとして活用
している。
10.所感
欧米における脳科学の基礎研究への大きな投資と実用化への積極的な国策支援状況
に比べ、日本では、近年に高い基礎技術を保有するに至ったものの、産業化においてはま
だまだ遅れている一面がある。
日本企業における応用脳科学コンソーシアムの実質的な立ち上げ責任者である萩原セ
ンター長は、これまでにも欧米技術を導入した経験があり、同長の日本の縦割り社会や日
本人特性を十分に把握した上での同じ轍を踏まない事業の進め方は、堅実的であると思え
た。
つまり、コンソーシアムという枠組み内で、これまで見えなかった脳機能という種々の
指標となり得る技術シーズと各産業を戦略的にマッチングさせて、新たな価値創出や価値
最大化を醸し出す場を提供したことには、得策があると思えた。更に脳科学には製品化応
用だけでなく、企業経営の理念にまで活用できる一面があった。特に、日本人などアジア
人の脳特性を科学した上で、単純に模倣するような欧米ベンチマーク手法は危ないという
指摘には共感できた。
いくつかの技術シーズが事業化に繋がっているという実績から、本コンソーシアムの取り
組みに寄るオープンイノベーションの発展が期待できる。
- 58 -
第二章
[5]
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
アンジェス MG の医薬品開発とオープンイノベーション
1.はじめに
アンジェス MG 株式会社は、大阪大学の研究成果を元に 1999 年 12 月に発足した、遺
伝子治療の要となる遺伝子医薬の開発と実用化を目指すバイオ製薬企業である。今回ア
ンジェス MG の医薬品開発の状況とオープンイノベーションの実例について、大阪大学
大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学 教授で、アンジェス MG 株式会社 取締役の森
下竜一氏にお話しを伺った。
2.開発パイプラインと事業提携
2012 年 11 月での開発パイプラインの進捗状況及び事業提携状況を図1、
2に示した。
3.虚血性疾患治療薬「コラテジェン」(HGF 遺伝子治療薬)
自社オリジンの製品で最も開発が進んでいるコラテジェンについて詳細を記載する。
国際共同治験を実施中であり、日本での販売権は第一三共に、米国の販売権は田辺三菱
製薬に許諾している。
(1)コラテジェンの特徴
下肢の骨格筋細胞に導入されたコラテジェンは局所で HGF を産生し分泌する。この
HGF の血管新生作用により側副血行路が形成され、虚血部位の血流が回復する。コラテ
ジェンは非ウィルスベクター型(プラスミドベクター)の遺伝子治療薬でウィルスベク
ターと比較して高い安全性が特徴である(図3)。また血管新生作用を有する他の増殖因
子は不都合な生理活性(VEGF では浮腫促進、FGF では平滑筋増殖作用)を有するのに
対して、HGF は抗酸化作用や抗炎症作用といった有用な作用のみを有し、これが差別化
点になると期待される。
図 1.開発パイプラインの状況
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図2.事業提携の状況
図3.コラテジェンの特徴
(2)HGF 遺伝子治療の臨床研究及びコラテジェンの臨床試験
大阪大学における臨床研究で、既存薬が無効の重症下肢虚血の患者に対して HGF 遺
伝子治療を行った。HGF 発現ベクターを投与後、HGF 発現は 2 週間でピークとなり、
1 か月間継続した。ピークは 2 週目にあるが、血管再生からの血流改善により長期的な
効果も確認された。また、これまでに実施された臨床試験において、重症下肢虚血及び
閉塞性血栓性血管炎を対象に 170 名の患者にコラテジェン(HGF 遺伝子)が投与され
たが、重篤な副作用は認められておらず、安全性も高いと考えられる。
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
更に、日本での Ph3 試験の中間解析結果では、重症下肢虚血におけるコラテジェンの
プラセボに対する優越性(潰瘍の縮小効果及び痛みの軽減作用)が示された(図4)
。ま
た、他の臨床研究や臨床試験とコラテジェンの日本 Ph3 に参加した被験者のフォローア
ップデータにおいて下肢切断の発生率及び死亡率を比較したところ、後者が低率を示す
ことも明らかとなっている(図5)。現在、国際共同治験での Ph3 を準備中である。FDA
より特別プロトコール査定(SPA)と Fast Track は取得済である。
図4.コラテジェンの日本 Ph3 臨床試験成績
図5.日本 Ph3 試験(死亡率の比較)
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
(3)コラテジェンの適応拡大(リンパ浮腫)
HGF の新たな薬理作用として 2006 年にリンパ管の新生作用が発見され、リンパ浮腫
に対する治療効果も示された(図6)。リンパ浮腫はリンパ管の障害が原因でリンパ液の
流れが停滞し発生する疾患で医療ニーズは非常に高く、根治治療法もない。現在、原発
性リンパ浮腫を対象としたコラテジェンの臨床試験を実施中であり、ヒトでの POC を
確認した後に患者数の多い続発性リンパ浮腫を対象とした臨床試験の開始を計画してい
る。
図6.コラテジェンの適応拡大(リンパ浮腫)
4.オープンイノベーションの実例
(1)キュアペプチン
大阪大学では新たな血管新生因子の機能スクリーニングにより、30 アミノ酸残基のペ
プチド AG-30 が FGF と同等の血管新生作用を有することを見出した。このペプチド及
びその類似ペプチドは血管新生のみならず、抗菌活性を有することが判明した。更にこ
の抗菌作用は広範囲の菌に作用し、且つ抗生物質の耐性菌に対しても抗菌作用を保持し
ていることも明らかとなった(図7)。これらの作用から、AG-30 軟膏は褥瘡(じょく
そう)などの創傷治癒促進剤としての可能性が考えられた。
そこで、AG-30 をリード化合物として、より短いペプチドで且つ活性向上を目指して
改変型ペプチドのスクリーニングを行った。その結果、既存の消毒薬及び創傷治療薬
FGF と同等以上の活性を示す SR-0379 を見出した。
一方、抗菌活性を有するが,血管新生作用及び繊維芽細胞増殖促進作用を持たない機
能性ペプチド「キュアペプチン」も見出した。このペプチドは広範な抗菌スペクトルを
有すると共に、各種の薬剤耐性株に対して抗菌作用を示した(図8)
。
平成 22 年度の経済産業省地域イノベーション創出研究開発事業にキュアペプチンが
採択され、森下仁丹株式会社及び大阪大学と商品化に向けて共同開発中である(図9)。
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図7.AG-30 の特徴
図8 細菌と真菌に対する最小生育阻止濃度
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図9.キュアペプチン配合医療機器
(2)NF-κB デコイオリゴ
NF-κB デコイオリゴは転写因子 NF-κB 結合能を有する 2 本鎖のオリゴヌクレオチド
で、多くの炎症関連遺伝子のプロモーター部位に存在する NF-κB 結合部位に NF-κB が
結合することを拮抗阻害し、転写活性化を抑制する作用を有する(図10)
。医薬品とし
ては、アトピー性皮膚炎を対象とした外用剤で開発中である。軟膏剤は Ph2 試験、新製
剤は前臨床段階であり、塩野義製薬と共同開発契約を締結し、全世界の独占販売権を許
諾している。一方、医療機器としては血管再狭窄予防を狙った NF-κB デコイオリゴ塗付
型 PTA バルーンカテーテルを開発中である。メディキット株式会社と開発製造販売契約
を締結している。
図10.NF-κB デコイオリゴの作用機序
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
①外用剤
アトピー性皮膚炎を対象とした外用剤の状況、特徴は図11の通りである。ステ
ロイド投与で急性期炎症が鎮まった後に維持療法で長期使用可能な薬剤を目指して
いる。2008 年には Ph2 試験を実施し、中用量での有効性が確認された。
図11.NF-κB デコイ外用剤の特徴
一方で臨床試験の結果から製剤の有効濃度範囲が狭いことが判明したため、よ
り有効濃度の広い製剤の開発及び吸収性を改善し、効果の強い製剤の創製を目指
すこととなった。そこで、メドレックス社が開発したイオン液体の技術を導入す
ることとした(図12)
。マウス DTH モデルにおいて、イオン液体を用いた製剤
はワセリン製剤よりも低含有濃度で有効性を示した。また経皮塗布後の皮内濃度
も AUC で 13 倍上昇した。
図12.イオン液体(メドレックス社)を用いた製剤化
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
②NF-κB デコイオリゴ塗付型 PTA バルーンカテーテル
NF-κB デコイオリゴは血管障害部位に到達すれば、血管狭窄抑制作用の効果を十
分に期待できる。そこで、NF-κB デコイオリゴをバルーン部に塗布した PTA-バルー
ンカテーテルを開発している(図13)
。NF-κB デコイオリゴの作用機序を図14に
示した。
図13.NF-κB デコイオリゴ塗付型 PTA バルーンカテーテル
図14.NF-κB デコイオリゴの血管再狭窄予防の作用機序
Indor Study*により NF-κB デコイオリゴの冠動脈内投与の安全性は示された。
また、有効性の判定は症例数が少ないため困難であり、一部有望なデータが示さ
れたものの、低導入効率により有効性は限定的であった。これらの結果から、よ
り高効率の導入が必要であるとの結論に至った(*Indor Study:A PhaseI/II Open
Label Multi-Center Study to Assess the Inhibitory Effect of NF-κB Decoy ODN
on Restenosis after Stenting in Cornary Artery (Japan)で虚血性心疾患の患者を
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第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
対象とし、術後の再狭窄率をエンドポイントとして実施)。
そこで、NF-κB デコイオリゴ含有 PLGA 粒子をコーティングしたカテーテルの
開発を行った(図15)
。ウサギ血管再狭窄モデルにおいて、NF-κB デコイオリゴ
の血管壁への導入及び再狭窄の抑制効果、血管内皮再生の促進効果が見られた。
この結果を元に、2012 年 9 月より臨床試験を開始した。
図15.PLGA 粒子コーティングバルーンカテーテル
NF-κB デコイオリゴ含有の PLGA 粒子コーティングバルーンカテーテルは、競
合品と比較した差別化点は図16の通りである。また、将来的には適応拡大が期
待される(図17)
。さらに、NF-κB デコイオリゴ含有 PLGA 粒子の経口投与に
よる潰瘍性大腸炎の治療薬への応用を目指した基礎研究や新規 PLGA 基材の開発
も実施中である。
図16.NF-κB デコイオリゴの差別化点
- 67 -
第二章
第一節
国内の製薬企業とバイオベンチャー
図17.NF-κB デコイオリゴ溶出型バルーンカテーテルの適応拡大
5.所感
大学での基礎研究に由来する最先端の成果を医薬品に結び付けようとするアンジェス
MG のようなベンチャー企業と言えども、核酸やペプチドの種を 1 社のみの技術で製品
化することは困難である。機密性は低くなるが、その分スピードを速めながらオープン
イノベーションを進めないと解決しない。
NF-κB デコイオリゴのステントは 3 社によるオープンイノベーションで、10 年かけ
て臨床試験の実施に辿り着いた。キュアペプチンの製品化は提携先との共同開発におい
て、技術の供与だけでなく、顧客ニーズの把握や採算性、価格設定の見極めといったノ
ウハウの共有が非常に重要であった。すなわち、製品化に向けたニーズ(課題)とそれ
らに対応するための技術やノウハウのマッチングが成功の鍵である。
大学や中小企業には優れた研究成果や技術やノウハウが埋もれており、それらを生か
せていない現状があるが、単なる調査や商談会等での表面的な会合だけで活用できた例
は稀であり、個人のネットワークに基づくより親密な議論からしかこれまでのマッチン
グのアイデアは生まれなかった。
現状の日本の製薬企業は、目先の 5 年以内のプロジェクトにしか投資をする余裕がな
い。一方で、大学では長期研究の競争資金を獲得する機会もあり 5 年から 10 年で持続
した医薬品開発を行うこともできる。10 年後以降の次世代の創薬はリスクも高く時間も
掛かるので、大学とのオープンイノベーション戦略で進めることが適していると考えら
れる。
- 68 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
第二章
製薬企業におけるオープンイノベーションの多様性
第二節
[1]
海外の製薬企業と団体
グラクソ・スミスクラインのオープンイノベーション事業
1.はじめに
英国に本社を構えるグラクソ・スミスクライン GlaxoSmothKline, plc (GSK) はこれま
で多くの疾患領域で主要な製品を販売してきている。2011 年時点では世界第 6 番目の世
界的メガファーマである。
研究開発では産学連携によるオープンイノベーションを積極的に取り入れ、2005 年に
はその中心的研究所として外部創薬シード薬剤探索センターCentres for Excellence in
External Drug Discovery (ceedd) を設立した。また、顧みられない熱帯病 Neglected
Tropical Diseases (NTD) 治療薬の研究開発に特化した研究施設トレスカントス・オープ
ンラボ Tres Cantos Open Lab を 2010 年に立ち上げた。
この度、英国ロンドンに招聘を受け「Open innovation in diseases of the developing
world」
と題して Tres Cantos Medicines Development Campus の運営部門長である Mike
Strange 博士と会議を開催した。GSK のオープンイノベーション事業について、創設、
事業内容、運営状況、将来像などのプレゼンテーションを受けて意見交換を行った。
本稿では NTD 治療薬の研究開発を担当するオープンラボおよびオープンイノベーショ
ン拠点 ceedd について報告する。
2.GSK の会社概要
(1)売上実績
GSK グループは、共に 100 年以上の歴史を持つグラクソ・ウエルカムとスミスクライ
ン・ビーチャムとの合併により 2000 年に発足した。2011 年の売上は 274 億ポンドで、
その内訳は米国 87 億ポンド、欧州 83 億ポンド、日本 23 億ポンドであった。また研究開
発費は 40 億ポンドであった。
同グループは医療用医薬品、ワクチン、へルスケア製品の 3 部門からなり、研究開発、
製造、販売を行っている。
①医薬品部門は、喘息、慢性閉塞性肺疾患、てんかん、パーキンソン病、心疾患、癌、
細菌およびウイルスの感染症、自己免疫疾患、乾癬などの皮膚疾患、急性および慢性
疾患の治療薬を扱っており 2011 年に 187 億ポンドを売り上げた。これはグループ全
体の 68%を占めており、
その内訳は呼吸器 73 億ポンド、
心血管と泌尿器 27 億ポンド、
精神神経疾患 17 億ポンドなどである。
②ワクチン部門は、インフルエンザ、ロタウイルス、ヒトパピローマウイルス(子宮頚
癌予防)ワクチン、はしか、おたふく風邪、風疹、肝炎、ポリオ、破傷風の小児用及
び成人用の感染症ワクチンを販売している。
売上は 35 億ポンドでグループの 13%であ
る。
- 69 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
③ヘルスケア部門は健康一般、皮膚、口腔の衛生関連製品や栄養剤で 52 億ポンドを売り、
グループの 19%であった。
(2)運営体制
販売網は世界 115 か国以上に渉り、製造のネットワークは 74 か所、研究開発拠点は
英国、米国、スペイン、ベルギー、中国に位置する。従業員は全世界で 97,389 人、その
分布は欧州 39 千人、米国 17 千人、日本 3.6 千人等である。地域別の従業員数を図1に
示した。
図1.GSK 従業員の世界分布(受領資料より)
3.トレスカントスのオープンラボ
(1)オープンラボの概観
GSK は最近 10 年の間で抜本的でオープンな新規ビジネスモデルを立ち上げて運営し
ており、その一つが熱帯病などに焦点を当てたトレスカントス・オープンラボである。
2010 年に設立されたこのラボは、スペインのマドリード近郊のトレスカントスにあり、
GSK グループのスペイン営業部門支社と研究開発部門の施設に隣接している。研究開発
部門は分子探索研究所(MDR:化合物ライブラリー施設を含む)と発展途上国疾患(DDW:
Diseases of the Developing World)センターからなり、トレスカントス・オープンラボ
の活動場所となっている。
ここでは知的財産や知識の共有を基盤にして、GSK の研究者とアカデミアやバイオテ
ク企業の研究者がパートナーシップの協働により事業を展開している。
事業のポートフォリオは、細菌性髄膜炎、シャーガス病、クラミジア、デング熱、エイ
ズ、アフリカ睡眠病、リーシュマニア症、マラリア、新型インフルエンザ、肺炎球菌性疾
患、結核など、世界の発展途上国で多く蔓延する疾患に対する医薬品の研究開発課題から
なる。現在、16 のプロジェクトが動いており、この中には、マラリア治療に関して GSK
の化合物ライブラリーを用いて高活性化合物の研究を行う 3 つのプロジェクト、多剤耐
性結核の治療薬候補を選別し最適化を行う研究及びリーシュマニア症の原因となる寄生
虫に対する新たなアプローチの研究が実施されている。
- 70 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
(2)オープンイノベーションでの三つの方針(図2)
①これまでに蓄積された GSK の知識や研究資源の利用が可能。
各研究プロジェクトは個別の運営が成されており、初期投資としてトレスカント
ス・オープンラボ財団(www.openlabfoundation.org)が 500 万ポンドを提供する。
これは GSK から間接的に供給される。二次投資は、直接 GSK が 500 万ポンドを出
資する。
研究プロジェクトに対して、これまでにアカデミアから強い興味と積極的な意見交
換が得られている。各プロジェクトは研究成果の樹立に向けて順調に進行している。
②オープン・ソースと呼ばれる研究サークル内において、GSK のデータが共有可能(図
3)
。
連携している 14 団体で構成されるサークル内では、GSK の抗マラリア化合物セット
(TCAMS: Tres Cantos Anti-Malarial Set)情報が公開されている(Nature, 465,
305-310, 2010 及び www.ebi.ac.uk/chemblntd)このサークルでは 13,500 種ものヒ
ト化合物の情報を閲覧することができる。
他方、TCAMS の 50%の化合物から構成される化合物セットの MMV マラリアボッ
クス(www.mmv.org/malariabox)については 100 のグループと情報を共有し、最初
に 200 種の治療薬候補化合物を共有する。
このオープン・ソースのコンセプトは、マラリア以外の熱帯病などのための治療薬
探索にも適応されている。結核は全世界で年間約 150 万人が死亡する感染症であるが、
GSK が保有する 200 万種の化合物をスクリーニングした結果、約 200 種類の新薬候
補シードを選定した。これらの化合物情報も共有される予定である。結核治療薬探索
において製薬企業が自社内の専有化合物を他団体と情報共有するのは初めてであり、
これは他社におけるオープンなアプローチでの探索研究が始まるきっかけと成り得る。
③柔軟な知的財産利用体制。
発展途上国で蔓延する熱帯病などの研究に対しては、ローヤルティ支払い不要の共
同事業契約を行う。また全ての共同事業はどの課題の審査においても、原則はオープ
ンな知的財産管理の考え方に基いて個別にレビューされて評価される。
(http://healthresearchpolicy.org/content/
pool-open-innovation-against-neglected-tropical-diseases
(3)分子探索研究センター
オ ー プ ン ラ ボ の 研 究 施 設 で あ る 分 子 探 索 研 究 セ ン タ ー Tres Cantos Medicines
Development Campus は化合物スクリーニングと化合物薬効検証のための施設であり、
薬剤探索で前臨床試験までの初期過程を担当する。ここでは新規スクリーニング技術の開
発とそのロボット自動化運行、化合物の物性解析、最先端のインシリコ化学と情報科学を
駆使したリード化合物の最適化、細胞培養でのアッセイ系構築と自動化システム運行が行
われており、それらに専門性を持つ 70 人の研究者、技術者、技師が働いている。
この施設の装置は化合物が示す生物学的な特徴を盛り込んだ包括的な情報データベー
スを基盤にして、高処理スクリーニング系(HTS)
、化合物フラグメントを活用したリー
ド探索、既存データを活用したバーチャルスクリーニングが統合的に運営されており、製
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
薬企業の中で最も先進的である。化合物種の多様性を誇る化合物ライブラリー(後述)の
充実に重点的な投資が行われ 2009 年には 35 系の HTS が実施され、延べ 7000 万種の化
合物について生化学系および細胞系のスクリーニング試験が行われた。
現在、トレスカントスの研究グループは、スペイン、英国、フランス、シンガポール、
中国、米国の GSK で実施されている他の薬剤探索プログラムと共同作業を行っている。
GSK の化合物ライブラリーは化合物種の多様性を充実させるため、自社内での合成さ
れた化合物の蓄積と共に、市販の高品質化合物購入により、2003 年の 50 万種の時代か
ら、現在の 200 万種以上まで増やされている。個別の試料として 220 万種まで保管が可
能である。また単に関連のない 100 種の化合物を加えるのでなく 10 種の関連化合物を合
成してこれを 1 グループとし、10 グループをライブラリーに導入する方法を取っている。
これら化合物を化学的類似性あるいは薬理作用の類似性でグループに仕分けしてスクリ
ーニングに供することにより、新規シード化合物のヒット率が増加して探索成果が向上し
た。分子探索研究センターでは GSK 社の化合物ライブラリーと同種同数の化合物が自動
化管理下で保管されており、スクリーニング用のライブラリーと活躍している。
図2.オープンイノベーションでの 3 つの方針(受領資料より)
図3.
「オープン・ソース」のマラリア治療薬候補スクリーニング(受領資料より)
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
(4)発展途上国疾患センター
オープンラボの研究施設である発展途上国疾患 Diseases of the Developing World
(DDW) センターは、高処理スクリーニング系などを担当する分子探索研究所に隣接し、
発展途上国に蔓延する疾患の新規治療薬開発のため、150 人の化学合成担当者、薬理担当
者、前臨床試験担当者などが従事している。前臨床試験から臨床 Ph2 の POC 試験までの
薬剤探索と開発を担当しており、組織はマラリア、結核、キネトプラスト類(リーシュマ
ニア、トリパノソーマなど)に対応する 3 つの探索実施ユニット Discovery Performance
Unit (DPU) から成る。それらは互いに独立しているが、各疾患制御への取り組みが効果
的に成果へ結び付くように研究は協働的に行われている。
研究チームはこれまで生化学系、細胞系、実験動物系で優れた感染症モデルを開発して
きた。マラリアのマウスモデルがその一例であるが、このモデル開発によりマラリア研究
チームは幾つもの国際賞を獲得している。これらの研究結果は前臨床試験と臨床開発の際
に充分生かされている。
このセンターでは臨床試験以前の実験におけるバイオハザード対策として、感染した場
合に重篤な症状あるいは致命的な事態を引き起こす細菌やウイルスなどの病原体を扱う
生物的安全レベル 3 の実験施設を完備しており、作業従事者への感染を皆無にするため
に特別な工学的構造で設計されている。また病原体や致死的な実験材料を扱うための特別
な訓練を積んだ従事者が作業を行っている。
(5)オープンラボでの連携モデルと連携相手
オープンラボでは開所当時から、公的機関や企業との持続運営可能な連携モデルにより
運営されている。それは 3 つの探索実施ユニット体制によるもので、熱帯病など発展途
上国の疾患に対する薬剤の研究開発を効果的に推進させるための、唯一適切な戦略である。
マラリアユニット、結核ユニット、キネトプラスト類ユニットの 3 つのユニットでは、
それぞれ非営利団体の①マラリア治療薬のための投機事業団体 Medicines for Malaria
Venture (MMV)、②結核連携団体 TB Alliance、③顧みられない疾患の治療薬開発構想
Drugs for Neglected Diseases Initiative (DNDi) との連携を基盤にして、④企業やアカ
デミア、がユニットで研究を行う。
ユニット内のプロジェクトは、GSK と連携相手の研究担当者により共同で運営されて
いる。社内外の意見を取り入れる独自のシステムを採用しており、透明性の高い意思決定
を可能にしている。
① MMV:1999 年にできたマラリア治療薬開発のための投機事業の非営利財団である。
ユニットでの共同事業は、2003 年設立の薬剤探索研究プロジェクト「ミニ・ポート
フォリオ」で開始された。GSK と MMV との新規で斬新なプロジェクトの設立であ
り、探索実施ユニット運営の基盤となっている。
②TB Alliance:2000 年に設立されたこの団体は、グローバル連携を行い結核の薬剤探
索と治療のニーズに答える非営利財団であり 2000 年に設立された。上記の「ミニ・
ポートフォリオ」のプロジェクトとの協力体制を 2004 年に構築し開始させた。結核
治療の期間短縮や多剤耐性結核菌の制圧など喫緊の治療課題解明を目指している。
③DNDi:非営利研究開発機構で、ユニットは 2008 年に第三番目の連携事業として開始
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
された。対象疾患は内臓リーシュマニア症、ヒト・トロパノソーマ症(アフリカ睡
眠病)
、シャーガス病であり、GSK はユニットで発生する知識、研究成果、知的財産
を DNDi や連携企業と共有する。
④ Themba 社:連携企業の一例である(図4)。南アフリカ政府の支援を受けている
iThemba 社はオープンラボで、多剤耐性結核菌および HIV の同時感染に対する新規
の薬剤候補化合物を特定した。更に結核、マラリア、シャーガス病、リーシュマニ
ア症および睡眠病についてのプロジェクトを進行させている。これらのプロジェク
トは、GSK から資金提供を受けて設立された非営利組織のトレスカントス・オープ
ンラボ財団の支援を受けている。研究者のそれぞれの発見が他の研究者にも利用で
きるよう、その研究成果を共有するよう奨励されている。
図4.オープンラボ参加の企業とアカデミア(受領資料より)
4.オープンイノベーションセンター「ceedd」(外部創薬シード薬剤探索センター)
(1)ceedd 概要
GSK は、時代に適応した研究開発の姿と創薬での科学的な多様性を模索してきた。社
内由来の研究プロジェクトを全く含まず完全に社外の研究資源に照準を合わせた「研究開
発の社外化」のコンセプトを基盤として、小型で高い生産能力を追及するユニットから成
る Centres of Excellence for External Drug Discovery (ceedd) は 2005 年に組織化され、
GSK の研究開発部門から集められた 25 人のチームから出発した。米国ではペンシルバ
ニア州 King of Prussia、英国ではロンドン北部近郊の Stevenage に ceedd が置かれてい
る。
ceedd での外部企業連携は複数のプログラムから構成されている。これらは全ての疾患
領域で横断的に対応しており、リスクを柔軟に回避することで GSK の創薬パイプライン
増強に貢献している。
現在 50 の創薬プロジェクトが進行中である。連携する各企業は、創薬プロセスの標的
探索の段階から臨床 Ph2 の POC 試験まで、自由な研究体制を取ることができその研究成
果達成に責任を負う。POC 試験によりヒトでの薬効が検証された時点で、GSK は独占的
オプション権を行使して後期臨床試験を開始し、化合物を製品化する。
販売承認された製品については、自社品と外部連携由来品の割合が 2011 年で 62 対 38
- 74 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
であった。更に外部との提携を大幅に増強し、今後外部からの品目を 50%まで増やす計
画である。
(2)ceedd のオープンイノベーション運用
バイオテク企業と新型連携モデルである ceedd との研究開発契約では、Ph2 の POC ま
では、薬剤探索と開発のリスクを分散できるように、連携企業個別の研究計画や研究技術
共有について逐次議論しながら、段階的に運営資金を支給する方針である。
ceedd の英国と米国の拠点ではポートフォリオを管理するため、社内コンサルタント企
業である Scinovo 社を 2009 年に立ち上げた。連携を組む企業は、Scinovo 社を介して
GSK の世界ネットワークにより、創薬に関わる GSK の知識や知恵とリンクでき、薬剤
開発の専門家と交流して GSK の創薬技術の提供を受けられるようにデザインされている。
Scinovo 社のコンサルテングは各社個別であり、研究方針の意思決定は全て連携企業に
委ねられている。委託研究が必要な場合は GSK 内の研究チームへの委託オプションを活
用できる。また、連携企業が品質管理基準 GLP や GMP に適合する委託業者や、特別な
レベルに合致する研究者を望む場合には、予めリストアップしてある委託業者や研究施設
の中から Scinovo 社が選択し情報供給する。実験に関してもこれまで、非臨床研究プロ
トコル、剤形変更による PK 改善、新規合成工程開発による化合物吸収性改善と原材料費
削減法などを連携企業に提言して来た。また臨床開発費削減についてもアドバイスしてい
る。
(3)ceedd の連携相手企業
バイオベンチャーは元来、革新的な創薬シードを保持し化学あるいは生物学での優れた
独特の基盤技術を使って特殊な問題を解決する能力に秀でている。
ceedd はバイオベンチャーと連携することで、フレミングやジェンナーが達成したよう
な革命的な発見と発明が創生されることを目標にしている。GSK の高価値研究資源への
アクセス権を、解決能力に優れるバイオベンチャーに付与することで、化合物が早期に
Ph2 まで至るように技術と資金で支援する。
一方、GSK の研究開発には中心的理念として Alternative Discovery Initiative (ADI)
パートナーシップがある。これは薬剤探索への多様で異なるアプローチを探すために創生
されたバイオベンチャーとの連携協定制度であるが、ceedd はこの ADI に同調して人材
を効果的に薬剤探索へ集中特化できるよう支援する。
薬剤研究、バイオマーカー探索、画像解析などにおいて、連携企業は、個別の疾患領域
を超えて、あらゆる GSK の薬剤開発担当者と意見を交換することができ、GSK にある
専門技術を取得できる。またスクリーニング用に GSK が保有する 200 万種の化合物ライ
ブラリーと遺伝子研究ツールへもアクセスが可能である。
ceedd は研究開発過程のあらゆる段階で、9 つの製薬企業や公的機関と連携(表1)し
ており、更に追加連携を模索中である。
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
連携企業
開始時期
課題
Ranbaxy Lab.
2003年
Ranbaxy社の創薬化学専門技術活用
Theravance
2003年
呼吸器疾患、細菌感染症、消化器疾患治療領域での低分子量
の医薬品開発
OncoMed
2007年
新規癌幹細胞標的分子に対する癌適応の9つのプログラム
2007年
ニコチン受容体NNRを標的にした神経疾患に対する5つのプ
Pharmaceuticals
TARGACEPT
ログラム
ChemoCentryx
2009年
多様な炎症疾患に対する 4 つの遊走因子とその受容体を標的
とした新規薬剤の開発と製品化
Chroma
2009年
クロマチンの生物学的知見を応用した癌と炎症治療剤の創薬
2009年
新規治療開発のための重水素を基盤とする創薬化学
2009年
遺伝的な神経性筋疾患と神経変性疾患のためのRNAを応用し
Therapeutics
CoNCERT
Pharmaceuticals
PROSENSA
た治療法の研究
Max-Planck
2010年
二型糖尿病新規薬剤開発を対象としたカイネースの生物学的
知見の活用
Institute
表1.ceedd での連携企業と課題(2012 年時点)
(受領資料より)
(4)連携事例(Ranbaxy)
GSK と後発品製薬企業 Ranbaxy は、以前の共同研究と比べて標的治療分野を広範囲に
広げると共に、新規の専門性を相互に築き上げることを目標に、2003 年にはまだ構想段
階であった ceedd との連携に合意した。Ranbaxy は独自の創薬化学の専門技術と創薬へ
の新規アプローチ法を提供する。GSK はこの技術提供を受ける代わりに臨床開発の専門
技術を譲り、上市後の正味販売額の最大 10 パーセントのロイヤルティーを支払う。
前臨床試験までは Ranbaxy が主体となって臨床試験のためのリード化合物を選定し、
最適化の研究を実施した。また同社はこの連携で GSK の「新規薬剤のための探索開発研
究(NDDDR)チーム」と共にマイルストーン支払いを盛り込んだ戦略を作成し、呼吸器
炎症を標的疾患としてリード化合物の臨床 Ph1 および Ph2a 試験をインドと欧州で開始
した。試験で POC が検証された後、Ph2b 以降で GSK はオプションを行使し、後期臨床
試験と製品の販売承認を獲得する工程に入る。
この連携は 2007 年に契約が延長され、呼吸器炎症以外に感染症、代謝性疾患、癌での
複数治療領域で研究開発を行うこととなった。Ranbaxy はインド国内での共同販売の権
利を有する。
(5)オープンイノベーションの成果と発展
GSK では、社外の研究資源に照準を合わせた「研究開発の社外化」のコンセプトを実
- 76 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
現化させる ceedd などの事業モデルにより、研究開発戦略上で重要な課題である投資収
益率と生産性が向上している。
発売された製品と後期段階にある開発品での投資収益率を分析したところ、2010 年で
は 11%であったが、2012 年では 12%に増加していた。これは後期開発パイプラインが
充足され前進したことと、目標としていた研究開発の固定費削減の達成が大きく関与して
いた。長期的には投資収益率 14%を達成するという目標に向けて順調に進んでいる。
強固で多様な化合物パイプラインを充実させるために数多くの連携を結ぶとして、
GSK は新興国に進出を始めている。アジア太平洋諸国と日本への進出に向けて研究開発
部門に専門家チーム APJEM R&D を発足させた。このチームは社内外での事業を業務と
し、アジア新興国での製品開発のために臨床開発、製造、承認取得の専門家も加わってい
る。
アジアの新興国の人々に良質の医薬品を供給するため、この専門家チームは、1) 研究
資産に乏しく開発経験もないが新興国において自社での製品開発に意欲を示す企業や、
2) GSK 内部にある専門性や研究資源に興味を持ち開発プロジェクトに投資する意思のあ
る企業を連携相手と位置付けて提携相手を継続して探索している。
5.所感
トレスカントス・オープンラボでは、社内で蓄積されている問題解決の知恵や研究資源
のオープン・ソース制度の利用と、連携する団体に有利な知財管理体制を取る運営方針を
軸として、熱帯病など発展途上国で蔓延する疾患に対しオープンイノベーションが展開さ
れている。この取り組みは、対象とする疾患及び連携のスタイルが従来の外部共同研究と
大きく異なり非常に斬新である。
また GSK の経営方針である「研究開発の社外化」を促進するため、ceedd では基礎研
究のシードを製品化するための架け橋として、外部の創薬資源であるバイオベンチャーを
活用している。ceedd は創薬プロセスの標的探索段階から臨床試験での POC 検証まで、
社内外の研究資源を援助し資金を投資している。ここでも多様な外部研究ソースを活用す
るオープンイノベーションの創薬が進行している。
臨床試験については、GSK の 4,500 件近い試験結果の要約を、結果の如何に関わらず
公開する予定としている(2012 年時点)
。また過去に承認された薬剤や開発が中止された
化合物の試験結果について、患者レベルのデータを匿名化して社内研究者がアクセスでき
るシステムを開発中であるとしている。研究者はデータを詳しく調べることで、以後の研
究方針の改善や再設計が可能となり、研究計画の最適化を図ることができるようになる。
将来は一つの企業内に留まらず、様々なスポンサーによって実施された臨床試験データに
研究者がアクセスできる広範なシステムを開発するという臨床研究コミュニティの目標
が掲げられている。
これら公開性および透明性への取り組みをさらに拡大していくことで、今後も創薬にお
けるビジネスモデルの未来像を切り開く製薬企業であり続けることを期待する。
- 77 -
第二章
[2]
第二節
海外の製薬企業と団体
イーライリリーのオープンイノベーション活動
1.はじめに
イーライリリー(以下リリー)は他の大手製薬企業同様、会社収益に大きく貢献してい
る複数製品の特許切れ問題に対して、それを見越した社外イノベーション戦略やオープン
イノベーション・パートナーシップを構築し、革新的な医薬品を創製する為に質の高い開
発品を多数そろえることに成功している。これらの成果があり、優れたオープンイノベー
ションに対して与えられる最高賞のマーカスエバンス賞を今年、医薬業界では初めてリリ
ーが受賞した。リリーにおける外部研究機関や組織とのオープンイノベーション・パート
ナーシップの構築背景や現状について、日本イーライリリー株式会社 研究開発本部 グロ
ーバル・エクスターナル R&D 専門部長で、日本および韓国でのコンタクトパーソンであ
る金田宣氏に見解を伺ったので報告する。
2.会社概要
(1)歴史
リリーは 1876 年にインディアナポリスに設立され、136 年の歴史がある。南北戦争後
の薬局が始まりで、社名は創業者の名前に由来する。2011 年の売上は世界第 9 位で、こ
こ 1 年半ぐらいで 5,000 人の人員削減を進め、2011 年の従業員数は全世界で 38,080 人
であった。リリーの目標は、製薬業界において最も成長が早い会社になること、自社の
パイプラインや外部との共同開発を元にした絶え間のない革新を通じ、独立した存在で
あり続けることである。
統合失調症治療薬ジプレキサが 2011 年 10 月に欧米で特許切れとなった。ジプレキサ
は 2010 年に 50 億ドルの売上で、全社売上の 20%以上を占めていた。特許切れによる
売上低下をカバーするため、新薬の効率的な研究開発と上市を目的にビジネスユニット
という事業部制(5 つある)にして対応を進めている。
(2)主要な経営陣
John Lechleiter(CEO&Chairman)は製剤開発部門の元最高責任者(Executive Vice
President)で、ハーバード大学大学院を首席で卒業している。2008 年、CEO&Chairman
に就任し現在、4 年目になる。リリーではこれまでは経営関係者がトップを務めており、
研究者が経営の最高責任者になることは近年初めてのことである。
(3)2011 年決算
売上の 21%を研究開発費に投資しており(図1)
、この比率は過去 15 年間変わって
いない。ジプレキサが 2011 年 10 月に米国で特許切れとなり、マイナス 8%の売り上げ
となった。2012 年第 2 四半期では、70%ほど売り上げが低下している。日本ではまだ
特許期間の満了となっておらず、かなりの売り上げがある。抗うつ薬のサインバルタは
41 億ドルの売り上げがあるが、2013 年に米国で特許切れを迎える。トップ 2 品で昨年
36%の売り上げがあったが、今後中枢神経疾患薬の割合は大きく減っていく。特許切れ
- 78 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
による売り上げの大きな低下の危機を乗り切ろうという社内標語として、2001 年に
YearX(抗うつ薬プロザックの特許切れの年)を定め、今は、YearY to Z というスロー
ガンを打ち出している。
治療領域毎の販売に関しては、中枢神経系をメイン(42%)として、糖尿病(17%)
、
がん領域(15%)に力を入れている(図2)
。
図1.2011 年度決算
図2.治療領域毎の販売状況
(4)イーライリリーグローバル展開
現在、世界に大きく 9 つの研究センターを有している(図3)。日本にあった医薬開発
研究所(約 30 人の製剤・分析ラボ)は 2008 年秋に閉鎖し、中国上海に糖尿病専門の約
150 名の研究者で構成される新研究所を 2012 年 5 月に開設した。欧米人を主なターゲ
ットとして開発された糖尿病薬ではアジア系人種に対し薬効特異性があることが分かり、
アジア人特有の糖尿病遺伝子が見つかっている。そのため、アジア人によく効く薬を見
つけて開発することを第一目的としている。中国や日本の大学、企業と共同研究を積極
- 79 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
的に進めており、アジアのハブの位置付けになることが期待されている。
中枢神経疾患薬はリリーにとって今後も重要な位置付けとなるため、アカデミアとの
共同研究も視野に入れてイギリスに新たに数十名の研究者からなる新研究所を設立した。
シンガポール研究所にはオンコロジーやドラッグディスカバリー、バイオマーカーの研
究開発組織がある。インディアナポリスは総合研究所の位置付けになっている。
図3.イーライリリーの医薬品研究開発拠点
(5)イーライリリーのハイレベルな視点による新しい組織デザイン
2009 年 11 月より新しい R&D 組織体制の運営を行っている(図4)。研究所には約
7,500 人の研究員が在籍し、Discovery and Clinical Research 部門が臨床 Ph2a の POC
検証まで一貫して行い、それを主導する医者も多く在籍している。社内 CRO 的な役割
を担う DCE(Development Center of Excellence)が、Ph2b 以降の開発を推進する。
以前は治療領域ごとの開発グループの中に臨床グループがあったが、それらを統合し、
センターという形で事業部が優先順位づけられた開発品を推進する体制となった。パレ
キセルとタイアップして、一部は出向や異動を行い組織のスリム化を進めている(約
5,000 人の人員削減の一部)
。
新薬開発型のビジネス・ディベロップメントを進めていく方針で、オーファン医薬品
やバイオシミラー、ジェネリックやワクチンの研究開発は現在注力分野から外れている。
ファーストインクラス、ベストインクラスを念頭に置いている。Biomedicines 事業部は
糖尿病、がん以外の疾患を担い、骨、筋肉、関節疾患など、対象疾患は多岐に渡ってい
る。マーケットターゲットは米国やヨーロッパ、日本、カナダ、オーストラリアなどの
主要国になっている。Emerging Markets 事業部はブランドジェネリックも扱う。
- 80 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図4.イーライリリーの新組織体制
(6)リリーの製品開発の歴史
1923 年にカナダのトロント大学と共同で豚インシュリンの開発研究を始めた(図5)。
1988 年に Prozac が米国で発売され、爆発的に売れてビジネスが急成長した。2001 年ニ
ューヨークテロ事件の際には、敗血症治療薬 Xigris を投与された消防士が助かったとい
うこともあり、FDA から早期に承認を受けている。
図5.イーライリリーの歴史的な各種の「First」
(7)リリー主要戦略領域
研究所のミッションは医療の質を向上させる革新的な医薬品を創製することにあり、
低分子化合物やペプチド、蛋白質、抗体、アンチセンス医薬など幅広い技術基盤を有し
て い る ( 図 6 )。 リ リ ー の 主 な 治 療 領 域 は Neuroscience 、 Oncology 、
Diabetes/Endocrinology、Cardiovascular、Musculoskeletal、Autoimmune、Urology、
Renal-Chronic kidney disease、Nephropathy、Animal Health とほぼすべての領域を
網羅している。主要なイノベーションプラットフォームには、診断法(市販診断薬より
は開発段階での診断薬を指す)
、LRL-CAT Beam Line、X 線結晶構造解析サービス(大
学研究者が新規蛋白質を見つけた時などに無償で機器分析を行う)及び PD2/TargetD2
(後述)がある。
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図6.イーライリリーの主要製品
(8)新薬パイプライン
社内に向けて特許切れに対する施策を広めるスローガン「Year X」 、「Year Y to Z」
などの効果もあり、2012 年 10 月 17 日現在、Ph1 試験中の化合物が 27 個、Ph2 が 22
個、Ph3 から申請が 13 個あり、Ph3 の品目数は過去最多の 12 個となっている。これら
には適応拡大での開発化合物は含まれていない(図7)
。
図7.新薬パイプライン
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
(9)研究開発品の導入を目的とした Global External R&D 部門の設立
リリーでは特許切れへの対応として 1990 年半ばに大手コンサルタント企業の助言を
受け、2000 年代に出てくる新薬を評価し、1) M&A を行わず単独でやっていけること、
2) 製品を増やすためにパイプラインの 50%をインライセンスで、50%を自社研究開発
品で埋めること、とのアドバイスを検討し受け入れた。50%を外部から持ってくること
が求められたため、これを実現するために、外部からオファーを受け入れるだけではな
く、
自らシーズを探す部署を 1998 年に Research Acquisition という名前でスタートし、
2004 年に Global External R&D に名前を変更した。リリーのパートナリング戦略は、
ホームページ(http://gerd.lilly.com)に詳細が記載されている(図8)
。
リリーでは過去にパートナリングや導入案件の評価をクローズドで行っており、断る
際に科学的評価ではなく「市場規模が小さい、戦略外等」を連発したため、評判を落と
した。現在、年間数千件の案件紹介や調査依頼があるが、できる限り科学的評価を付け
た回答をしている。
図8.GER&D ホームページ
3.リリーの社外イノベーション戦略
(1)リリーがイノベーションとして取り入れたもの(FIPNet)
リリーでは従来、インディアナポリスを拠点とするハブモデルによりビジネスを展開
してきた。いわゆる一極集中型の経営管理で、資金調達もインディアナポリスを拠点と
していたが、各拠点の意見が通らない等の為にフラストレーションが溜まり、様々な支
障が生じていた。このような状況を改善する目的で、完全統合された製薬会社(FIPCO)
から FIPNet、つまり完全統合された製薬ネットワークへと変革を進めた。2009 年にス
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
タートした FIPNet では、事業所間で多角的な取引構造を構築すると共に部門協力を基
盤とした化合物ポートフォリオのネットワーク化を進めている。また、分散的な経営管
理を行い、リスクや収益の共有を図っている。更に、リリーの業務の全分野において、
高度な技術を備えた外部企業との提携を進めており、リリーは価値を付加する能力を有
する他組織に対して投資などを行っている(図9)
。
図9.FIPCO から FIPNet への転換
FIPNet は 3 つのレベル(レベル 1、2、3)からなる(図10)
。レベル 1 は部門別アウ
トソーシングで、コバンス社(*1)
、化合物合成担当の中国 ChemExplorer 社(*2)と
PharmExplorer 社、創薬研究担当のインド Jubilant 社等からなる。レベル 2 は化合物の
開発で、コーラス社(バーチャル開発)
、TPG-Axon 社(*3)
(アルツハイマー病:プロ
ジェクトファイナンシング)
、ニコラス・ピラマル社(*4)
(社外開発)や Zydrus Cadila
社(社外開発)などが関与している。レベル 3 は株式投資で、リリー・ベンチャーズ、リ
リー・アジア・ベンチャーズ、L1 L2 ファイナンシング(ミラーファンド)やイノセンテ
ィブ社(*5)
(スピンアウト)等がある。
*1: 毒性試験 CRO のスピンオフ会社で、リリーがコバンス社に研究所を売却し
希望する研究員も異動させた。10 年間以上リリーから業務を受託する契約になっ
ている。
(CenterWatch News Online;Monday, March 15, 2010)
*2: リリーの研究所があるインディアナポリスは人件費が高いため、人件費の安
い中国でスクリーニング化合物の合成を受託してくれる会社を探していたところ、
ChemExplorer 社が候補となった。ChemExplorer 社は 2002 年、合成研究者 5 名
で上海に立ち上がった会社で、その CEO はアメリカで化学合成での PhD を取得
している。ケミストネットワークがアメリカにあったのが交渉のきっかけとなっ
た。交渉により、優秀な研究者を 200 名分雇える投資をとってきたら、200 名分
の仕事をリリーが与えるとの話がまとまり、4、5 年で目標の 200 名の研究者体制
になった。研究所はリリーが用意したが、研究投資はしていない(図11)
。
(PR
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
Newswire SHANGHAI, June 4, 2012)
*3:後期開発品には大きな費用が発生するため、投資会社を利用した開発を進めて
いる。リリーは 2008 年 7 月から 2 つのアルツハイマー病の候補化合物の臨床開発
に対して、2014 年まで投資を 2 社から受けている。その 90%は TPG-Axon 社か
ら、残りはノバクエスト社(TPG-Axon 社と CRO の Quintiles 社の合併会社)か
ら受けている。その対価として、TPG-Axon 社とノバクエスト社はマイルストー
ンとロイヤルティーを受け取る(図12)。
(wikiinvest TPG-Axon Capital Feb 22,
2010/The IN VIVO Blog Dec 22, 2008)
*4:ピラマル社は開発業務を受託できる会社になるため、リリー社化合物の提供を
受け、開発をピラマル社負担で実施した。POC が得られた場合、リリー社が開発
を引き継ぐ契約になっている。
(参照:FierceBiotech January 12, 2007)
*5:ウェブを使ったオープンイノベーション市場を 2001 年に開設し、2006 年にイ
ノセンティブ社(www.innocentiv.com)としてスピンアウトした(図13)
。200
か国、60 以上のサイエンス分野において 1,400 の懸賞案件を出している。25 万人
が解決者として登録(中でリリー社員は約 4,000 人)しており、インド、中国、
ロシアなどの研究者が数千万円の懸賞を手にしている。日本人研究者の参加は少
なく、まだ、小額の懸賞しか手にしていない。
(Bloomberg Businessweek April 08,
2009)
図10.完全統合型製薬ネットワーク FIPNet(リリーのビジネスモデル転換)
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図11.レベル 1:アジアの事例(ChemExplorer 社への化合物合成委託)
図12.レベル 2:後期開発プロジェクトのファイナンス(TPG-Axon/ノバクエスト」
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図13.レベル 3:イノセンティブ(ウェブを使ったオープンイノベーション市場)
(2)イーライリリー社外の R&D イニシアティブ
リリーの社外には 3 つの R&D を押し進めるための仕組みがある。1 つ目は、ヒット
化合物からリード化合物最適化までに関与するオープンイノベーション創薬
、2 つ目は、前臨床候補化合物から臨床 P2 ステージの POC までを進
(PD2/TargetD2)
めるコーラス(www.choruspharma.com/about-us.html)
、3 つ目は、新規のベンチャー
ファンド戦略である(図14)
。
図14.イーライリリー社外 R&D イニシアティブ
コーラスは 2002 年にスタートした独立評価部門であり、R&D の進捗と上市の可能性を
評価することを目的としている。ホームページ(www.choruspharma.com)に非臨床試
験や臨床試験の各評価項目の詳細が記載されている(図15)。コーラスは数十名以上の
常勤評価者、社外専門委員会から成る。開発業務全体をネットワーク中心に外部委託して、
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
独自に開発したソフトウェア「VOICE」を活用し、データやスケジュール、予算などを
管理している。コーラスは多額の開発コストを要する後期でプロジェクトがストップする
リスクを軽減するために、見極め試験に注力し、開発の障壁となる要因の解消にエネルギ
ーを注いでいる。これらにより POC の継続か中止を、迅速かつコスト面(前臨床候補化
合物から臨床 Ph2 ステージの POC までを平均数億円で実施)
も含め適確に判断している。
図15.コーラスホームページ
新規のベンチャーファンド戦略では、前臨床から後期開発ステージまでのプロジェク
トを対象としている(図16)
。2012 年、TVM キャピタル社はリリー、Teralys Capita
社、その他企業と共に、総合ファンド TVM Life Science Ventures VII(投資組合)を
カナダ・モントリオールにて新しく立ち上げた。初期資本額は 150 百万ドルで、リリー
はその約 2 割を出資している。投資組合内には、化合物の選択や管理のためアドバイザ
リーボードが設立されており、リリーからは数名が現地で組合の管理とパートナーの発
掘を行っている。本組合では、限定されたパートナーがリリー側のパートナーとしてさ
らに参加することができ、リリー社からの化合物やサードパーティー(他製薬企業、大
学、研究機関など)の化合物の開発のため資金をコーラスに投入する(他の開発エンジ
ンも使用可能)
。リリーは POC が得られた化合物について、妥当な市場価格で取得でき
る第一交渉権を得る(組合が決定)が、それ以外の化合物は組合がパートナーを見つけ
売却する。
(CNW May 28, 2012)
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図16. 特殊なベンチャーファンド(キャピタルファンド)
4.オープンイノベーションパートナーシップ
(1)リリーのオープンイノベーションの概念
社内 7,000 人程度の研究者では多数の新薬の種は出てこないことから、世界中の知恵
を集めてくることがリリーのオープンイノベーションにつながっている(図17)
。具体
的には、大学等がリリーに化合物を提供し、リリーが評価するシステムである。リリー
にとっては、パートナーシップにより表現型疾患モデルや標的ベースのアッセイ、日々
増大する様々な分子へのアクセスができる。また、外部研究者や外部機関との協業の可
能性を見つけ確立することができ、さらにイノベーションを促進する機会を得ることが
できる。一方、外部研究者や外部機関にとっては、関連性の高いスクリーニングアッセ
イや仮説を検証できる質の高い(学術文献レベル)生物学的データへアクセスが可能と
なる。またリリーとの提携を確立する機会も生まれる。リリーは外部研究者や研究機関
がオープンイノベーション・ドラッグディスカバリーに参加するための手順、質問、回
答を詳細に開示(https://openinnovation.lilly.com/dd/)し、参加への敷居を低くする工
夫をしている。
Capacity & Technology
Partnerships
Discovery
Collaboration
s
In-license of
Compounds
図17.オープンイノベーションでのディスカバリー拡大:研究者、仮設、技術、化合物
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
リリーのオープンイノベーションは創薬の早期探索のところに相当する。オープンイ
ノベーションに登録するためには MTA(Material Transfer Agreement)締結が必要と
なる(図18)
。MTA は 12 ページからなり、サインのみで、中身の変更はできない(変
更が必要な大学等は参加できない)
。
リリーの MTA ひな形は AUTM(大学間で技術移管する際の TLO 集団で年間 1 回、
アメリカ東海岸でマッチング、パートナリングミーティングがあり、日本の大学も積極
的に参加している。
)の法務部門から評価してもらい、どこの大学でも通用するスタンダ
ードとして良いと信頼されている。MTA サイン後、プログラムに登録できる ID とパス
ワードが提供され、コストはすべてリリー持ちで、化合物等の輸送はワールドクーリア
が手続きを行っている。リリーは良いものが見つかった場合、優先交渉権を持つことに
なっており、共同研究をしなくなった場合、大学やベンチャー、先生が結果をどのよう
に扱っても良いことになっている。レポートは約 150 ページ、3 か月位で出来上がって
くる。
図18.オープンイノベーション創薬の流れ
(2)オープンイノベーション創薬プログラム
図18.オープンイノベーション創薬の流れ
フェノタイプ支援型創薬は、2009 年 9 月にスタートした。リリーでは新薬を自前で探
索するために化合物を合成しても良いものがなかなか出てこないため、大学等の先生が
持っている化合物を積極的に活用できれば良いのではないか(他社でうまくいっている
という話が参考になった)という話が出て、2008 年プロトタイプを立ち上げ、2009 年
の初めから 6 か月間、数か所の大学とコンピュータシステムの連携の検証を実施した。
2011 年 7 月にターゲット支援型創薬をスタートさせ、現在、創薬ストラテジーとして、
- 90 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
フェノタイプ支援型創薬、ターゲット支援型創薬及びフラグメントアプローチの 3 つを
実施している(図19、20)
。
PD2/TargetD2 それぞれについて、戦略的関心分野をホームページ上で開示しており、
PD2 には、Endocrine/Cardiovascular(インスリン分泌、Wnt 経路活性化剤、GLP-1 分
泌)や Oncology(血管新生阻害、K-ras/Wnt Synthetic Lethal)
、結核(TB スクリーニ
ングモジュール)の領域が、TargetD2 には、Endocrine/Cardiovascular(GPR119 受容
体アゴニスト、Apelin 受容体アゴニスト、Sodium Phosphate Transporter 2b 阻害剤)
、
Oncology(Hexokinase 2 阻害剤)や Neuroscience(mGlu2R アロステリックアンタゴ
ニスト、CGRP 受容体アンタゴニスト)の領域がある。これらのターゲットは他社等に
知られても新薬が簡単に出てくるわけではないので、オープンイノベーションを推進す
るために可能な限り公表している。試験方法はバリデートした後、どのような試験を行
うかは専門誌(Journal of Biomolecular Screening:
http://jbx.sagepub.com/content/16/6/588)に投稿しているため、化合物提供者は論文執
筆に当たりそれを引用することができる。また、FDA の申請に通用するものを採用して
いる。
オープンイノベーション・ドラッグディスカバリーのウェブサイトは、安全が確保さ
れた場所にあるリリーの研究所外の専用サーバーを使用して、提供者から提出されたす
べてのデータの安全を確保するように、データ暗号化を採用している。提供者の化合物
情報はリリーと MTA 契約が結ばれるまで、リリー及びベンダーはその化合物の情報へ
アクセスできないようになっている(図21)。
図19.創薬ストラテジー
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図20.創薬ストラテジーを可能にする主要なシステム
図21.オープンイノベーション創薬のセキュリティ構造
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
スクリーニングは研究所外の IT グループが担当している。提供者に化合物を登録し
てもらった後、化合物の分子量や溶解性等の質問事項に答えてもらい、リリーはコンピ
ューター上で既知物質か新規物質かなどフィルターをかける。フィルターを通った化合
物にはワールドクーリアから輸送キット(バイアルなど)を送付し、提供者に返送して
もらう。当初は DMSO で溶解した状態で送付していたが、物の色か、分解して着色し
たのかどうか不明なため、紛体の送付に変更した。現在、PD2、TargetD2 などで網羅的
にスクリーニングしており、当初は 1mg 程度の送付であったが、現在は 3~5mg 送付
としている。これはリリーの研究所でルーチンに行っているスクリーニング系を使う試
験能力が十分にあるためで、化合物数が増えてもコストは変わらない。
現在、分子量が 300~450 の化合物が最も多い。分子量が 300 未満の化合物は 1,800
ほどあるが、フラグメントベースド・ドラッグデザインを積極的に実施している(図2
2)
。分子量が 1,000 以上の場合、ほとんど受け入れていない。最近ではペプチドも受
け入れている。抗体などバイオのものも今後は受け入れていく予定である。
# of Compounds
Molecular Weight Distribution
of OIDD Compounds
Molecular Weight
Additional source of
novel fragment diversity
Fragment Based
Drug Design
HT Crystallography
SPR, HDX, F-NMR,
High conc. assays
Target Directed
Screening
Phenotypic
Drug Discovery
フラグメントスクリーニング及び評価は構造をブラインドした
形で行われる。
図22.提供された化合物の分子量分布
現在のグローバルネットワークは 9 月時点では、31 か国、283 の研究所等が登録さ
れており、日本にもいくつかある(図23)。グーグルマップのマーク部分をクリック
することにより、社内の特定の人のみが大学等のコンタクトパーソンや評価情報などを
取り出すことができる。2012 年 Q3 の時点で 11 万以上の化合物が登録されており、フ
ィルターをかけ 50%ぐらいの化合物を受け入れている。それらのうち、約 15,000 程度
の化合物の評価が終わって前述のデータベースにデータが入っている(図24)。ヒッ
ト確認後に提供者と秘密保持契約を締結し、特許を調査する(デューデリジェンスの段
階)。ヒットが出たら、リリーは契約締結の上でリードを探索する作業を実施しないか
という提案を提供者に対して行う。提供者が断ればデータをすべて返して、提供者が別
パートナーを探して研究開発を進めることになる。提供者が持っている特許を買い取る
こともあるし、通常のライセンスもある。CDA 締結交渉時に詰めるが、早期化合物で
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
あり、柔軟に対応している。ヒットレベルの早期化合物の場合、ベンチャー等からライ
センスの話が来てもデータが不足しているため、まず締結することはないが、リリーの
スクリーニング系でヒットした場合、共同研究につながる率が高く、ライセンスに至る
可能性も大きい。複数の化合物がヒットした場合、化合物系統がユニークなものである
可能性が高く、共同研究の申し出を行うことが多い。15,000 化合物の評価の一例とし
て、癌領域では、抗血管新生のヒット率が他のターゲットと比較して格段に高くなって
いた。また、リリーの社内合成化合物と異なるユニークな化合物が見つかってきている。
図23.現在のグローバルネットワーク
図24.化合物メトリックスの累積
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
現在までに、ノートルダム大学、カリフォルニア大学(Irvine)やバレンシア大学な
ど 10 以上の機関とパートナリングを締結している(図25)
。今年 3 月、米国 NIH、
特に NCATS と包括的契約を締結し、彼らが保有する承認済み化合物及び試験用化合物
(合計で約 3800 化合物)について、新たな適応症がないか(リポジショニング)評価
している。NIH 等の化合物を全部(無償)送ってもらい、リリーが無償でスクリーニ
ングを実施している。活性があった化合物の権利は NIH にあるが、リリーは優先的に
交渉する権利を有する。
また、リリーでは慈善事業として、2003 年に多剤薬剤結核パートナーシップを設立
している(非営利の官民パートナーシップ)
。このイニシアチブに対し、リリーは 50
万種類の化合物ライブラリーを開示しているほか、創薬技術の提供なども行っている。
現在までの主な実績として、リリーの抗生物質 2 品(*)の製造技術移管の実施がある。
*:エリスロマイシンやセファロチンなど抗生物質全盛時代に、リリーも別の抗生
物質を 2 品(cycloserine and capreomycin)販売していたがあまり売れなかった
ため耐性菌が出ていない。それらの化合物が、多剤耐性の結核菌に非常に良く効
くということが最近の研究で分かり、WHO からリリーで化合物を製造し、ノー
プロフィットで提供して欲しいとの依頼があった。リリーは、製造コスト等を考
慮し、製造の技術移転を米国パーデュー大学(GMP 製造施設がある)やロシア、
中国に対して行った。
図25.これまでの代表的パートナリング成果
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
5.所感
大型製品の特許切れという極めて深刻な事態に備え、リリー社員が一丸となり十分な戦
略を練り、研究開発を進め、成果を得ていることは賞賛に値するものである。社外イノベ
ーション戦略やオープンイノベーション・パートナーシップにおいて、色々参考になる事
例を得ることが出来たが、現実には表に出ていない様々な工夫や苦労が相当あるものと思
われる。リリーと日本の多くの製薬メーカーとは規模も文化も大きな相違があり、リリー
の戦略をたとえ全てノウハウが分かっていたとしてもそのまま取り入れることは避けた
方が良いと考えられるが、メガファーマですら、新規医薬品の種を探すことに苦労してい
る時代でもあり、国内製薬メーカーもその規模に関わらず、早々に自前主義を捨て、自社
の目指すところを開示することにより、世界の優れた研究者の知識と技術を共有するオー
プンイノベーションを積極的に実施して行くべき時期に来ているものと思われる。一方で、
その戦略に独自のアイデアがなければ、メガファーマに対抗することは困難である。目指
すゴールが同じでも、パスウェイは無限にあり、それらを如何にして定めるか?実現させ
るか?難しい課題であり解決のために社内育成は必然であるが、さらには大学等で高い創
造性を持った人材を育てる努力が非常に重要と考えられる。
- 96 -
第二章
[3]
第二節
海外の製薬企業と団体
Neu2 コンソーシアムの神経疾患治療薬開発
1.はじめに
ドイツ医薬品産業の国際競争力増強を目指して、産学官連携の施策である Neu2(Neu
quadrat:ニュークオドラト)コンソーシアムが始動した。このコンソーシアムでは資産
管理会社のバイオナミクス社(Bionamics GmbH)が主催者となり、アカデミアや欧州ス
ク リ ー ニ ン グ ポ ー ト 社 ( ESP: European ScreeningPort GmbH )、 ノ ー ゲ ン タ 社
(Norgenta: North German Life Science Agency GmbH)などが集約され、創薬のバリ
ューチェインを作り出している。
この度、
これら 3 社から招聘を受けてドイツのハンブルグにて代表者と会議を開催した。
代表者はバイオナミクス社の Dr. John Pohlner 運営責任者兼副社長、欧州スクリーニン
グポート社の Dr. Carsten Claussen 教授兼社長および Dr. Sheraz Gul 生物部門責任者兼
副社長、ノーゲンタ社の Dr. Thomas Frahm 所長兼プロジェクトマネージャーである。
彼らより創設、事業内容、運営状況、将来像などについてのプレゼンテーションを受けて、
意見交換を行った。
本稿では基礎研究から製品化までの一連のバリューチェインを形成する Neu2 コンソ
ーシアムについて、そしてその中で資産管理を担当するバイオナミクス社、更に化合物ス
クリーニングを担当する欧州スクリーニングポート社について報告する。
2.Neu2 コンソーシアムとドイツの医薬品産業
(1)製薬産業の絶世期と変遷
①医薬品産業の変遷
ドイツでは合成化合物を用いた染色などの化学工業が 20 世紀初頭から盛んとなり、
低分子量の化合物を製造販売する製薬企業も世界で優勢を誇っていた。1974 年では
ヘキスト社が売上で世界ランキング 3 位、バイエル社は 5 位、ベーリンガーインゲル
ハイム社は 15 位にランクされていた(図1)
。 ヘキスト社の売上は 1,174 百万ドル
で、首位ロシュ 1,386 百万ドルの 85%であり、売上で僅差であった。また 1988 年も
ヘキスト社が 3 位、バイエル社は 4 位に着けていた。
その後ヘキスト社は 1999 年にフランスのローヌ・プーラン・ローラー社との合併
でアベンティス社となり、事業規模は拡大したものの、本社はフランスへと移ってし
まった(その後アベンティス社は 2004 年にフランスのサノフィ・サンテラボ社に吸
収合併された。同社は 2011 年に 40,607 百万ドルの売上を計上して世界第 4 位)
。
売上ランキングでは、2005 年にトップ 10 に入ったドイツ企業はなく、首位の米国
ファイザー社の 44,280 百万ドルと比較し、ベーリンガーインゲルハイム社の 10,840
百万ドルが最高であり、世界 14 位だった。売上では首位の 24%規模にしか至ってい
ない。
②医療機器産業
一方、医療機器分野でのドイツ企業の位置付けは高く、2011 年の売上 1 位のジョ
ンソン&ジョンソン社(米国)が 25,800 百万ドル、2 位はゼネラルエレクトリック・
- 97 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
ヘルスケア社(米国)で 18,100 百万ドル、ドイツのシーメンス・ヘルスケア社は CT
(コンピューター断層撮影)装置や超音波診断装置など診断機器を中心に 17,000 百
万ドルを売り上げて 3 位に入っている。
医療機器産業と比較し、医薬品産業界でドイツ企業の位置付けが高くないことに
対し議論があり、国際競争力を付けるべく医薬品産業の再生に向けて産学官が動き
出した。
図1.製薬産業の企業ランキング比較(1974, 1988, 2005 年)(受領資料より)
(2)医薬品産業の再生施策
①再生への議論
ライフサイエンス分野のイノベーションはいまだ充足していないが、単独での研究
開発は容易でない時代に来ている。ドイツ製薬企業の国際競争力の強化のためには。
基礎科学から産業化応用研究への転換、探索研究と臨床開発の間を埋めるトランスレ
ーショナルリサーチの推進、保守的で内向的な経営体制に対する変革等を基盤にした
打開策が必要である。
アカデミア、バイオベンチャー、製薬企業の相互依存の必要性は益々増加しており、
新規研究開発のビジネスモデル創出が必要とされている。
②再生への施策
国際競争力強化への施策として、ドイツは創薬のコンソーシアムを組織し産学官連
携事業を開始した。このコンソーシアムでは、効果の高い薬剤の探索と臨床開発のた
め、基礎科学と臨床科学の分野で貢献している製薬企業、バイオベンチャー、周辺産
- 98 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
業の事業者が戦略的に融合している。
ドイツ連邦教育研究省(BMBF)は連邦高等技術戦略プログラム(the Federal High
Tech Strategy Program)において、2008 年にバイオファーマ懸賞(BioPharma
Competition)を行い、研究開発提案を募集した。第一段階では ドイツ国外のエキ
スパートグループが応募提案を審査し、37 の事業課題を選別した。第二段階ではこ
れら課題の中から産学官連携で包括性の高い事業を評価して 10 の企業連合を選択し
た。第三段階で最終的に産学官連携型のコンソーシアム 3 課題が選ばれた。
1) Neu2 コンソーシアム(バイオナミクス社が開発資金の運用等を管理)
2) NeuroAllianz コンソーシアム(ボン大学医療センター神経学部や UCB、Schwarz
ファーマ 社が参画する。アカデミア 1 グループと製薬企業 1 社の研究開発連携
を核にして参加企業社を増やす。研究開発の標的疾患はアルツハイマー病、パー
キンソン病、その他神経疾患)である。
3) リード探索センター(Max Planck 協会の Lead Discovery Center。疾患の複合
的なメカニズム制御のため、低分子量の化合物を合成し、薬剤探索を行う。洗練
された技術を持つラボである)。
3.Neu2 コンソーシアムの成り立ちと運営
(1)事業内容
慢性神経疾患は何百万人もの患者の健康を阻害し、人類に経済的損失を与えている。こ
の疾患の一つである多発性硬化症は現在、世界中で約 2500 万の人が苦しんでおり、開発
途上国を中心に継続的に潜在患者が増加することが予測されている。しかし治療法の選択
肢は対症療法的で非常に限られており、多くの副作用を引き起こしているのが現状である。
Neu2 コンソーシアムはドイツのハンブルグに拠点を置き慢性神経疾患、特に多発性硬化
症の新規治療法を開発するため、疾患機序解明、薬剤探索、臨床開発に注力している。
また新規治療法と診断法を充実させることに焦点を当ており、アカデミア、バイオベン
チャー、製薬企業から参画した専門家の英知が競合的に統合され、潜在価値の大きい発
展的なコンソーシアムとなっている。
戦略方針としては、神経疾患に対し神経保護作用あるいは神経再生誘導性を示す経口
投与可能な薬剤の開発を目指す。また予防法、診断法、バイオマーカーの開発は、治療
薬開発と同等に重要であると位置付け、治療のための革新的技術を開発する。
多発性硬化症に続く研究開発のチャレンジ目標は、神経疾患の広範囲に渡るが、慢性
神経疾患を代表するアルツハイマー病とパーキンソン病が中心となる。両疾患は病理学
的に強く相関性があり、病態機構に重複があるため、開発の相乗効果を狙う。
同コンソーシアムでのターゲットは多発性硬化症であるが、参加メンバーは研究開発
の基盤となる知識と技術を既に持ち合わせ、新規治療法を探索しており、更に他疾患の
研究開発のバリューチェインにも深く携わっている医薬関連の代表者達である。また彼
らは治療法開発のため、基礎研究や基盤技術の優れた能力や単一あるいは複数の臨床開
発経験を保有しており、コンソーシアムの全体的特長を形成している。
このコンソーシアムは独立したプロジェクトマネージ専門企業である資産運用会社バ
イオナミクス社によりコーデネートされている。バイオナミクス社の役員の一部はドイ
- 99 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
ツのエボテック社(Evotec AG)出身であり、彼らが中核となり 2006 年に設立し、コンソ
ーシアムの意思決定会議である運営委員会で座長兼事務局として運営を担当している。
(2)財務
この新しい研究開発形態は、ドイツ連邦教育研究省により積極的に支えられている。
Neu2 コンソーシアムは連邦高等技術戦略プログラムで、2008 年に行われた競争的資金配
分のためのバイオファーマ懸賞にてコンテストの勝者となった。2009 年から 2014 年ま
で 5 年間で公的資金 100 百万ユーロが Neu2 コンソーシアム運営のために調達される。
毎年 20 百万ユーロの資金供給が得られ、3 年経過時点で試験結果と進捗状況の中間評価
が実施されて、プロジェクトは検証される。その後研究マイルストーンに従い 2 年間の
研究開発が行われる。5 年間の終了時点で再度検討し、追加申請で承認が得られれば 2017
年まで資金援助の延長が可能となる。
バイオファーマ懸賞からの年間 20 百万ユーロの公的資金は、プロジェクト別に分割さ
れる。また臨床 Ph1 あるいは Ph2 では、これを更に年別に分割し、試験を実施する。事
例を図2に示す。
この資金の他に、同コンソーシアムは産官マッチングファンド制度を活用して企業や
民間基金から 100 百万ユーロ以上を調達している。
図2.Neu2 コンソーシアムの運営とプログラム基金(受領資料より)
(3)研究開発バリューチェインと連携企業
Neu2 コンソーシアムは、医薬品等関連事業での製品化を目指しており、参加団体の総
合的連携と外部連携体制を備えている。コンソーシアム内合意事項の規定によりメンバ
ー団体(表1、図3)は産業化権利取得の協議などにおいて平等の権利を保有する。各
団体はコンソーシアムの開発段階(図3、4)や事業内容(図5)でそれぞれ独自の役
割を担っている。
薬剤開発や基盤研究のプロジェクトでの製品上市実現のために、このコンソーシアム
- 100 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
に関心を持ち加入を希望するアカデミア、バイオベンチャー、製薬企業の団体はコーデ
ィネーター役のバイオナミクス社に連絡を取り、加入のための支援を受けることができ
る。
Bionamics GmbH
Medeon GmbH
Cedrus Therapeutics Inc.
MediGate GmbH
European ScreeningPort GmbH
Merck KGaA
Evotec AG
UKE/inims (*)
Biotest AG
Epomedics GmbH
(*) Institute for Neuroimmunology and Clinical Multiple Sclerosis Research
表1.代表的団体(受領資料より)
(4)Neu2 コンソーシアムの運営
①研究体制
Neu2 コンソーシアムは、早期段階のシード化合物探索から臨床 Ph2 までの課題で
構成されている。各プロジェクトはコンソーシアムに既にある基盤技術を利用するこ
とができ、化合物やバイオマーカーの探索や、革新的な画像処理技術を駆使した臨床
試験のプロトコルの作成及び実施において、コンソーシアムメンバーを介して実用的
で有用な知識や個別プロジェクトの推進に必要な技術を得ることができる。
これら基盤技術は、運営の前提となる基盤としてコンソーシアムに組み込まれてお
り、革新的な薬剤探索のための科学技術資源として、将来に亘りプロジェクトの推進
を支える。
コーディネーターであるバイオナミクス社のプロジェクト管理チームは、研究開発
プロジェクトへ基盤技術を効率的に供給するため、そのシステム作成と運営に尽力し
ている。
図3.Neu2 の発展型コンソーシアムの組織コンポーネント(受領資料より)
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第二章
第二節
標的分子検証
海外の製薬企業と団体
→
探索研究
→
前臨床試験
→
臨床試験登録と試験実施
図4.Neu2 コンソーシアムの発展的バリューチェイン(受領資料より)
図5.Neu2 コンソーシアムにおけるパートナーの役割(受領資料より)
②中心課題
1) 多発性硬化症に対峙し、効果的な新規治療法開発の目標に向けて、アカデミ、バ
イオテク企業、製薬企業が保有する専門性を薬剤開発過程で相互に連携させること。
2) 従来薬よりも効果の高い薬剤に成り得る、あるいは潜在能力を持つ新規化合物を
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
選択し、新しい神経疾患治療に根差した方策を見極めて臨床試験を実施する。
3) 多発性硬化症治療に対して有望と考えられるプロジェクトの前臨床試験および臨
床試験費用を優遇する。
4) 既存の多発性硬化症治療薬について、適応症拡大を奨励する。
これまで 40 以上のプロジェクト申請を受付け、コンソーシアムのプロジェクト
構成を管理し、2010 年末までにプロジェクト数を 10 以上とした。現在、薬剤開
発プロジェクト 15 の中で 12 が稼動し、4 つの基盤プロジェクトおよび診断プロ
ジェクトが動いている(図6)
。代表となる 6 プロジェクトを表2に示す。
参照番号
0315610
0315615
段階
実施企業
開始年
期間[月]
探索研究と
バイオナミクス
2009
51
臨床開発
社
探索研究
エボテック社、ド
2010
41
バイオテスト社、 2010
40
プロジェクト
Neu² プログラム管理
早期多発性硬化症のための新規神
経保護薬
0315620
イツメルク社
ヒト抗 CD4 抗体 BT061 による再発
臨床開発早
期
UKE/inims 社
臨床開発
UKE/inims 社
2010
36
探索研究と
欧州スクリーニ
2011
36
臨床開発
ングポート社、
エポメディクス社 2012
36
多発性硬化症治療
0315613
多発性硬化症薬開発のための MR
画像解析と臨床開発の基盤構築
0315612
多発性硬化症薬研究開発のための
バイオマーカー研究とラボ構築
UKE/inims 社
0316160
慢性進行多発性硬化症治療のため
臨床開発
の非造血性エリスロポエチン開発
表2.代表的稼動プロジェクト(受領資料より)
③ Neu2 コンソーシアムが保有する基盤技術
・各種実験手法と HTS 関連技術(アカデミアのプロジェクトで研究者育成が可能)
・薬理試験に関する細胞および生化学レベルでの初期アッセイ系の構築
・実験室で汎用的に自動化できる初期アッセイ系。現行アッセイ法の最適化。
・信頼度の高いバイオマーカー解析パネルの作製
・Multiple target screening 法(標的蛋白質構造をもとにした効率の高い薬物スク
リーニング法)を用いた解析法と化合物選択法のアッセイ系開発
・汎用の in vitro 毒性学解析法(細胞分注やプログラム細胞死など)
・汎用の薬効と化合物選択性の分子解析(バイオマーカー使用のインビトロアッセイ)
・薬物動態解析のための Herg、Ames、Cyp などライブラリーパネル利用の委託仲
介業務
・生物物理学や物理化学を用いた分子解析実験の委託仲介業務
他に、バイオマーカーのプラットフォーム、治験プラットフォーム、核磁気共鳴プ
ラットフォームを用意している。
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図6.Neu2 コンソーシアムの薬剤開発プロジェクトおよび基盤技術プロジェクト
(緑:準備中、青:開始登録、黒と灰色:停止あるいは中止)
(受領資料より)
(5)プロジェクト開始までの課題提案と申請の手続き
同コンソーシアムは、全ての研究開発段階に於ける知的財産の創出と研究活動につい
て、透明で公正な運営を行うことを主義とする。加入希望者はまず非公式にノンコン基
準で、プロジェクト提案がコンソーシアムの事業指針に合致するか否かについて、担当
者と相談を行う(図7)。次いで加入希望者は秘密保持契約(CDA)を取り交わし、短
文のプロジェクト提案書(PPF)を提示して事業条件について協議し、両者合意に向け
交渉を始める。
加入希望者は外部のアドバイザーを含むコンソーシアム科学運営委員会にて、書面と
口頭でのプレゼンを行い論評と助言を求める。結果的にこれらのプレゼン資料は提案し
たプロジェクトの評価材料となり、公的資金調達のための推薦状の一部となる。
公的資金獲得とその金額の最終決定のため、加入希望者はコーデネータの支援を受け
ながら、コンソーシアム科学運営委員会での評価結果を記載した正式なプロジェクト申
請書 (AZA あるいは AZK format) をドイツ連邦教育研究省の Project Management
Jülich 事務所(BMBF/PtJ)へ提出する。BMBF/PtJ で好意的評価が得られた場合、加
入希望者の団体は、コンソーシアムの他メンバーと同様に、研究開発における平等な権
利を付与され、新規メンバーとして迎えられる。そしてそのプロジェクトはコンソーシ
アムの事業ポートフォリオ中の新しいプロジェクトとして開始される。
ドイツ以外の起源を持つコンソーシアム新規加入者がプロジェクトや関連提案を行お
うとする場合は、ドイツ国内で実施することが条件である。
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第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図7.Neu2 コンソーシアムでのプロジェクト課題提案(受領資料より)
(6)知的財産権と商業実施権
プロジェクトで生じた知的財産の所有権はコンソーシアム内の制度で決められる。知
的財産は元来、プロジェクトに関わった全ての企業や公的機関に属するが、その所有者
は参加者が合意したプロジェクト別の研究開発契約書に基づき、最終的に決定される。
プロジェクトに多く出資しているメンバーは「獅子の分け前」の原理で、どの研究開発
結果に対しても最初に商業実施権取得を主張できるオプションとしての権利を持つ。出
資のリスクは商業実施権取得により還元される。しかしどの様な理由であれこのメンバ
ーがオプションを放棄する場合、コンソーシアムの制度では、他のメンバーが商業実施
権を取得する権利を持つことになる。
ドイツのメルクセロノ社の場合、彼らが参加しているプロジェクトにおいてのみ、事
業成果の商業実施権を主張する優先権を有する。これはこのプロジェクトの参加者間で
合意されている権利である(同社は発展的で将来性があり、市場に多発性硬化症治療薬
を上市できる力量を持ち、商業化を担当できるパートナーの一つとして参加団体から認
められている)
。
知的財産権に関してはその他、多くの規定があるがコンソーシアム参加者は鋭意、協
調的に事業を進展させる義務があり、個別団体やグループはコンソーシアムの規定で付
与された権利を侵害されないことが必須の基本条件となっている。
4.Neu2 コンソーシアム参画のバイオナミクス社
(1)会社運営
バイオナミクス社(Bionamics GmbH)は資産運用会社であり、ライフサイエンス分
野において大きなリターンが予測できる投資機会を、的確なタイミングで個人や機関の
投資家に提供する。Neu2 コンソーシアムにおいては薬剤開発課題を中心に、ライフサ
イエンス分野で信頼性の高い事業案件の管理業務を担当している。案件を経済的で短期
集中型のプロジェクトとして推進すべく、プロジェクトの一員として CRO(医薬品研究
- 105 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
開発業務受託機関)を厳選して参加誘致している。
従来のライフサイエンス分野での投資は、多くのプロジェクトを抱える企業に対する
ものが多かった。これは研究開発過程で、動物モデルでの前臨床薬効試験、臨床試験開
始登録、
臨床 Ph2a 実施など重要なマイルストーンを超えるための資金調達目的だった。
Neu2 コンソーシアムにおいては、事業に付加価値と商業展開の可能性を増強するため、
企業に対してではなく、プロジェクト別に投資できる独特の投資機会を用意した。バイ
オナミクス社は、自社開発の情報レポートシステムを用い、投資家が必要とする正確で
重要な投資情報を、適切な時期を選び積極的に供給している。投資家は潜在力の高い案
件に投資し利益を得る。
(2)ビジネスモデルと活動
アカデミア、バイオベンチャー、製薬企業から構成されるポートフォリオを原資とし
ており、それらから前臨床段階以上のライセンス導入を受ける。コンソーシアムでは技
術力、生物的材料、産業界の需要を統合した薬剤研究開発のバリューチェインが既に確
立しており、同社は前臨床から臨床 Ph2 までのプロジェクトに付いて運営する(図8)
。
この開発期間で各プロジェクトの価値を継続的に最大化して、開発後期には製薬企業に
ライセンス導出する(図9)
。
図8.ギャップ充足によるプロジェクトの価値最大化(受領資料より)
- 106 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図9.バイオナミクス社の位置付け(受領資料より)
5.Neu2 コンソーシアム参画の欧州スクリーニングポート社
(1)特徴
欧州スクリーニングポート社(European ScreeningPort GmbH)は 2007 年にドイツ
のハンブルク市政府とエボテック社(Evotec AG)の共同出資によりハンブルグに設立
された CRO である。化合物スクリーニングを主業務としており、アカデミアとライフ
サイエンス産業との橋渡しを担当する(図10)。プロジェクト運営は、ドイツ連邦教育
研究省とノルゲンタ社(North German life science agency)が支援する。
図10.アカデミアとライフサイエンス産業との橋渡し(受領資料より)
- 107 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
(2)事業専門分野と主なサービス提供
欧州スクリーニングポート社は薬剤探索部門、バイオマーカーとトランスレーショナ
ル研究部門、技術支援部門から成り、各部門は深い科学的洞察で多数の疾患標的分子や
パスウェイを扱い、製薬企業や世界レベルの研究機関との共同研究開発事業で、広範囲
な治療領域を網羅する豊富な経験を有している。
①プロジェクト管理
同社はバイオテク企業の機敏な対応能力と製薬産業の特性を併せ持ち、洗練された
プロジェクト管理体制を取る。リード化合物探索や探索法の技術開発などヒット探索
に関わる多数のプロジェクトを網羅的に実施する。各プロジェクトでは顧客の合成化
合物や薬理試験の要望に合わせ、個別で適切なアッセイ工程が慎重に調整され作製さ
れる。
ドイツ連邦教育研究省や欧州連合の欧州委員会 EC など基幹団体への運営資金支援
申請のため、アカデミアと連携して事業を展開する。
②アッセイ系の開発
候補化合物の薬理学的特性を精査して迅速にプロジェクトを成功へ導くため、高
精度で調整された既存アッセイ系にて、多数の項目を試験することができる。同社
は顧客との共同によりこれまで 250 以上のアッセイ系を開発して来た。イオンチャ
ンネル、キナーゼ、蛋白分解酵素、合成酵素、エピジェネティクス(HDAC、Ubiquitin
ligases)
、GPCR、蛋白相互作用、リガンドと受容体の相互作用などに関する生化学
アッセイ系と細胞アッセイ系は、全て提供可能である。
ハイスループット・スクリーニング(HTS)では蛍光測定機器や薬理関連アッセ
イ系が用いられるが、それらは偏光蛍光法、時間分解蛍光法(TR-FRET)、リガン
ド誘発カルシウムアッセイ(FLIPR)、細胞画像測定などのハイコンテントのシステ
ム(個別の細胞を可視化して多数の細胞プロセスを経時的に測定する多機能分析)
を用いて結果が処理される。
通常は大量情報処理(ハイスループット)に適応し、正確で汎用的な既存システ
ムでアッセイを行うが、新規標的分子や基質、プローブ、阻害物質の探索のため、
組換蛋白質や細胞株などの研究材料の考案と作製も手掛ける。
③ヒット探索
HTS 施設では、汎用的で扱い易い情報技術とバイオインフォーマティクス設備が
完備されており、アッセイ法の開発、精度の調整、スクリーニングの実施、結果の
確認検査、データ発掘解析を行うことができる(図11)。これらは迅速な事業判断
を下す手助けとなっている。
実施可能な測定サービスは、初期スクリーニング、ハイコンテント・スクリーニ
ング、ウイルス・スクリーニングや、新規アッセイ系開発、化合物ライブラリー利
用などである。化合物ライブラリーは低分子量の化合物、天然物、ウイルスを含む
35 万種を保有し、Neu2 コンソーシアムのメンバーであるエボテック社が管理して
いる。
同社の事業で発生した知的財産の所有権は全て顧客にある。
- 108 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
図11.欧州スクリーニングポート社の薬剤探索ハブ(受領資料より)
④インシリコ創薬とバイオインフォーマティクス
欧州スクリーニングポート社のインシリコ・ライブラリーには 1200 万以上の化合
物が登録されており、これらには既存化合物との薬剤類似性、溶解性、脳内透過性な
どの物性情報が明記されている。
スクリーニングデータの効率的な取り扱い、解析、考察のために必要なコンピュー
ターとソフトウェアを利用できる。同社のチームはハンブルグ大学とケンブリッジ結
晶学データセンターとの共同プロジェクトで GOLD ドッキングソフトウエアを基盤
に開発した TrixX/FlexX ドッキングシミュレーションを駆使して、顧客の要望する
標的分子の構造化学情報を収集している。
これら化学的および生物学的情報を用いて、1) 分子構造比較のための特性予測シ
ミュレーション、2) 仮想スクリーニング実験での分子モデリング、3) 蛋白とリガン
ドのドッキング効果シミュレーションによる化合物類似性検討と群分類、4) 定量的
構造活性相関(QSAR)技術を用いた分子の力学的性質と集合体の映像化、を行いイ
ンシリコの薬剤デザインを実施している。
(3)事業パートナー
Neu2 コンソーシアムの一員として欧州スクリーニングポート社は、ドイツ連邦教育研
究省から公的資金の援助を受け、メルクセロノ社と共同作業を行っている。また革新的
製薬イニシアティブ(IMI:欧州委員会 EC と欧州製薬団体連合会 EFPIA の産官連携事
業)にも参画し、主要製薬企業と共同事業を行っている。
ドイツ国内では、ハイデルベルグとハンブルグの欧州分子生物学研究所(EMBL)
、ベ
ルリンの分子薬理研究所(FMP)や、マックスプランク研究所、ライブニッツ研究所、
フラウンホーファー研究所とヘルムホルツ協会などで、ハンブルグ地域では大学医療セ
- 109 -
第二章
第二節
海外の製薬企業と団体
ンター・ハンブルグエッペンドルフと積極的にコラボレーションを実施している。
その他、ドイツ国外ではオランダの癌研究所およびフローニンゲン大学、英国のマン
チェスター大学およびクイーンズ大学ベルファストとロンドン大学薬学部、カナダのブ
リテッシュコロンビア大学で共同事業が進行中である。
6.所感
ドイツは産業革命から間もなく化学工業が発展し、製薬産業も 1980 年代までは全盛期
にあったが、現在では状況が大きく変遷している。製薬企業の国際競争力強化については、
研究開発でのトランスレーショナルリサーチの推進や保守的で内向的な経営体制の変革
等を施策の基盤にした打開策が必要であり、本稿で報告した Neu2 コンソーシアムのよう
なアカデミア、バイオバイオベンチャー、製薬企業の関わる産学官連携事業の必要性は
益々増加している。
ドイツと同様に日本も同じ状況にある。日本は多くのノーベル賞受賞学者を生み出し、
基礎科学においては世界有数の科学技術国であるが、製品の創出に苦慮している。基礎科
学の成果を産業化して製品に結びつける国内のシステム作りが強く求められている。
日本とドイツの産学官連携活動による成果に関して、イノベーション創出という観点か
ら見ると、一部の大学発バイオベンチャーの成功を除き両者共に明確な成功例は見られな
い。しかし産学官連携という新しい価値と環境の創出と運営の観点から見ると、様々な取
り組みや事業が行われ、関連の知的資本や社会資本が蓄積されて来た。
産学官連携活動をアカデミア、バイオベンチャー、製薬企業にとっての短期的な収入確
保の手段として捉えるのではなく、イノベーションを創出するための中長期的な資本蓄積
の環境を作り、研究や教育活動を包括的に支援する活動として考え直す必要がある。
- 110 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
第三章
[1]
東京大学
大学でのオープンイノベーション形態
創薬オープンイノベーションセンター
1.はじめに
東京大学 薬学部にある東京大学 創薬オープンイノベーションセンターを訪問し、セン
ター長の長野哲雄教授及びセンターの岡部隆義特任教授に、センターの設立背景、現状、
課題、今後の展望についてお話を伺った(www.ocdd.u-tokyo.ac.jp)
。
大規模な公的化合物ライブラリー構築の当初から関与してきた長野教授に寄ると「日本
のアカデミアから創薬の種が見出され、時折新聞紙上を賑わしているが、企業のパイプラ
インにまで繋がる創薬シードの創出は稀である。その解消のためには、スクリーニングソ
ース、スクリーニング施設の充実が必要との結論に至った。現在では、大規模な公的化合
物ライブラリーが構築され化合物を無償供与(手数料は有料)するだけでなく、スクリー
ニング支援拠点等の一連の基盤が整備されるに至り、日本のアカデミアからの創薬シード
創出の道筋が緒に就いた」と言うことである。
2.事業の理念と運営(設立背景とその目的および現状)
2005 年当時、日本の公的創薬基盤としては、天然物または合成化合物を主体とした幾
つかのライブラリーが構築されていたが、小規模であった(図1)。
2006 年 6 月に世界に先駆けて生命科学研究の発展に寄与すると共に、大学の基礎研究
成果を産業に活かすことを目的に、東京大学に「生物機能を制御するための化合物ライブ
ラリー機構」
(生物機能制御化合物ライブラリー機構)が設立された(図2)
。
図1.国内の既存公的創薬基盤(名称は現在名)
2006 年 9 月には大型プロジェクトである「タンパク質解析基盤技術開発」
、翌 2007 年
7 月に「ターゲットタンパク研究プログラム」がスタートした。この研究プログラムの中
の新たな技術と研究開発-4 つの領域-の制御領域(図3)において、公的化合物ライブ
ラリー、スクリーニングシステム、インシリコアプローチの基盤整備が計画され、化合物
- 111 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
ライブラリーの収集を開始すると共に、東京大学薬学部本館地下 1 階の化合物倉庫を手始
めに、化学実験室、調液室、細胞実験室、化学計算室および HTS (ハイスループットス
クリーニング)室が整備され、プレートリーダー、SPR 測定装置、大型分注機、LabChip、
全自動細胞内カルシウム測定装置、細胞イメージャー、全自動アッセイプレート作製装置
が設置され、スクリーニング拠点が構築された(図4)
。
図2.大型プロジェクトによる新基盤整備
2008 年にはヒット化合物最適化研究を開始し、2009 年にはスクリーニング化合物の外
部提供も開始した。現在では公的化合物ライブラリーは約 21 万に達している。また、ス
クリーニングシステム、インシリコアプローチの基盤も整備し、自己利用するだけでなく
公開し、近隣大学・研究機関の創薬医療技術の支援も積極的に行っている(図5)。これ
らの活動は大学等におけるスクリーニング研究を推進し、極めて短期間に成果を出しつつ
あると高い評価を得ている。
- 112 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図3.ターゲットタンパク研究プログラム
図4.公的大型化合物ライブラリー施設とスクリーニング機器類の利用開放
- 113 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図5.基盤設備の整備状況と利用
公的化合物ライブラリー構築という大きな目標が一段落し、大型創薬研究を全日本連携
研究ネットワーク体制で始めようとの機運の中、ハブ拠点として活動することを目的に、
機構組織の発展的改組に伴い 2011 年 4 月から東京大学創薬オープンイノベーションセンタ
ーとして活動をさらに発展させている(図2)
。更に「創薬等支援技術基盤プラットフォー
ム事業」
(制御拠点)において、地域性が考慮された全国 6 大学からなるスクリーニング拠
点が整備され、続いて全国 9 大学からなる合成拠点も選考され、センターは制御拠点の事
務局として活動している(図6)
。
- 114 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図6.創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業(制御拠点)
3.海外の化合物ライブラリー
海外の公的創薬基盤に目を向けると、米国では 2004 年に Molecular Libraries Program
が、NIH Roadmap に従って既存薬を含めた 40 万近い化合物ライブラリー構築とスクリ
ーニング施設の運営がスタートしていた(図7)
。現在スクリーニングの他、最適化合成
を含めた第 2 段階に至っている(図8)
。また、米国アカデミアでは多くの大学・機関で
10 万以上の化合物ライブラリーが構築されている(図9)。
図7.米国:Molecular Libraries Program (1
- 115 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図8.米国:Molecular Libraries Program (2)
図9.米国:アカデミア化合物ライブラリー
4.東京大学創薬オープンイノベーションセンター
(1)組織
センター長、教授、准教授、研究員、技術スタッフを含むセンター員、運営委員会、
アドバイザリーボードから成る。
(2)運営・活動
文部科学省からの公的資金により運営され、化合物ライブラリーの構築・保管、スク
リーニング法支援、合成支援、申請書受付~発送業務、研究成果の管理、教育、コンサ
- 116 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
ルティング、シンポジウム・研究交流会の開催および制御拠点の事務局としての活動を
行っている(図10)
。
図10.創薬オープンイノベーションセンターとスクリーニング拠点
(3)財政基盤(自立的運用、政府予算での運用等)
財政基盤としては、文部科学省創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業(H24~
H28)であり、これまで担った事業として、文部科学省タンパク質解析基盤技術開発
(H18)
、文部科学省ターゲットタンパク研究プログラム(H19~H22)、文部科学省創
薬等支援技術基盤プラットフォーム事業(H23)がある。H18 年度からこれまでにかか
った経費は人件費と管理費を含めた総額約 34 億円(この中で設備費は約 10 億円、化合
物ライブラリーのサンプル代金(原末の購入費のみ)は約 10 億円)である。
(4)化合物申請要領
申請者は HP の申請書に仮記載してセンターの代表アドレスにメール添付で送付する。
その後打ち合わせを行い、アッセイ方法の確認と提供化合物の数と種類を決定する。機
関決裁した申請書を郵送。申請書を受理後、化合物サンプルをプレートに分注して提供
する(図11、12、13)
。
①資格:特になし
②時期:通期
③研究領域:制限無し(但し、目的と使用方法が合致し、合法かつ安全性に問題がな
いこと)
- 117 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
④ 結果公開:再現性のある成果をすべて公開する(但し、成果公開できる状態(学術
発表、特許公開)までは猶予)
⑤ 選考基準と選考方法:選考はせず、提供条件を受け入れる希望者全員に提供する(但
し、外国企業においては、国内のみの使用に限る)。同様の先行申請がある場合の
みお断りしている。アッセイ系に問題がある場合には問題点を指摘するが、あくまで
も申請者の判断に任せる。
⑥化合物選択および使用時の支援:打ち合わせ時に相談して決定する。但し、スクリ
ーニング請負は原則行わない。
⑦利用料:化合物自体は無償で、プレート代、送料等の実費のみ。
⑧実績:製薬企業への導出 1 件、交渉中 1 件、その他 HP に掲載している(図14)。
図11.化合物請求・提供のフロー
- 118 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図12.化合物サンプル提供
図13.提供サンプルのフォーマット
- 119 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図14.平成 24 年 3 月現在までの化合物提供支援実績
5.研究成果の公表義務と知的財産権権利化の在り方
成果の所有権、特許権と実施権は基本的には利用者に所属するが、支援の貢献度により、
成果配分を受ける。貢献があった場合には、センター員のプロモーションのためにも、論
文の共著等の考慮をお願いしている。化合物提供だけでは知的財産権の配分要求はない。
導入希望企業が困るような請求範囲が小さい特許ではなく、強い特許を取得するよう
(場合によっては特許出願前に企業と組むよう)スクリーニング実施の研究責任者に熟考
を依頼している。
6.公的合物ライブラリー構築
(1)化合物ライブラリーの構築(図15、16)
①General Library
数百万の市販化合物、大学研究室由来のユニークな骨格構造をもつ化合物、天然化合
物および天然化合物誘導体群を忌避構造フィルターに通し、構造多様性を考慮して選択
された化合物群であり、構造展開性と高い純度を有して質が良い。
②Core Library
HTS できない場合やパイロット・スクリーニングに用いる構造多様性を考慮したお勧
めセット。各コア化合物の類似化合物を数個ずつ保有し、ヒットした場合に提供可能で
ある。
③Fragment Library、Scaffold Library
分子量 250 以下のフラグメント化合物や分子量 250~350 のスキャフォールド化合物
など低分子量の化合物群
④Validated Compound Library
既知薬理活性物質、特許権が失効した上市薬群
- 120 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
⑤Focused Library
キナーゼ、GPCR、タンパク質間相互作用などに焦点を絞って予測、収集、または合
成した化合物群
図15.General Library の構築
図16.化合物ライブラリーの構成(2012 年 3 月)
- 121 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
(2)ライブラリー化合物の保管と管理
これらの化合物は原末と所定濃度に溶解したジメチルスルホキシド溶液の 2 種類でそれ
ぞれ別々の保管庫で保管し管理されている。各化合物は LC/MS にて純度、構造がチェッ
クされ、データベース化されている(図17)。
図17.品質管理と化合物データベース
(3)従来の化合物ライブラリーとの相違点(利点や新規性)
センターによると、大手製薬企業のものと比することは情報がないので難しいが、想
像するにライブラリーサイズの点からは規模が小さく、特段優れている点はない。但し、
不特定多数の標的に対応しなければならないため、市販品から多様性を主に考慮して購
入している。多様性は緩めのドラッグライクネス・フィルタリングを経た化合物群をフ
ィンガープリントによりクラスタリングして各クラスターの代表化合物を購入し、翌年
以降にはそれらと非類似というファクターを加えて選び直すなど、複数の観点から市販
化合物から選択している。質の良くない化合物が少なくなかった一昔前のライブラリー
化合物を含まず、過去のプロジェクトの合成化合物群に偏ることもなく、最新の知見を
元にゼロから構築したライブラリーである点が特徴である。今後は合成領域の力を結集
して、新しい骨格の化合物を増やしていくことになる。
7.組織運営に必要な人材の確保、教育
公募や企業からの出向協力を含む依頼招聘および派遣会社を通して人材を確保してい
る。また、スクリーニング支援業務を通じてセンター員の教育を行っている。
- 122 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
8.創薬イノベーションネットワーク
(1)研究支援拠点
地域性を考慮した全国 6 大学(北大、東北大、京大、阪大、九大、長崎大)からなる
スクリーニング支援拠点が整備された。これらの大学ではスクリーニングシステムを整
備し、共用の施設として運営されている。また、化合物の最適化合成においても全国 9
大学からなる合成支援拠点が整備され運営される(図6)
。センターはこれらの拠点大学
とネットワーク体制で支援を推進している(図10)。
スクリーニング支援拠点の役割は、自己利用するだけでなく、1) 近隣大学、研究機関
および企業に積極的に開放、2) 技術支援、3) 若手研究者などの創薬人材の育成を図り、
引いては国際的水準の創薬研究を推進することである(図18)
。本年より新たに加わっ
た合成支援拠点は、スクリーニングヒット後の最適化合成を担当し、同時に人材育成を
目指している。
図18.化合物ライブラリーを活用した創薬等最先端研究・教育基盤の整備
(2)スクリーニング法の確立
効果的なスクリーニング手法がなければ、新規蛍光プローブを開発して、HTS を行う
場合がある。東京大学 医科学研究所 津本浩平教授を当センターメンバーに迎え、物理
化学的スクリーニング手法を取り入れている(Biacore や iTC を用いたフラグメントス
- 123 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
クリーニング法開発など)
。
(3)最適化法
アカデミア創薬においてスクリーニング基盤構築の次の段階のボトルネックとなるの
が最適化合成である。選定されたスクリーニング領域と合成領域の機関において最適化
合成を行う予定である。本センターには元武田薬品 現帝京大薬学部 夏苅英昭部長、第
一三共フェロー 早川勇夫氏を客員教授として迎え、最適化合成の指導が行われている。
(4)創薬創出に向けての共同研究実績
アカデミアの創薬に関するアイデアと発見を創薬標的分子として確認するために、他
の機関と共同研究を行っている。
実際に、proto-oncogene として知られているセリン・スレオニンキナーゼである Pim1
の阻害剤についての理研との共同研究では、基盤技術であるインシリコや wet スクリー
ニング及び最適化により、リード化合物を見出すことができた(図19、20)。また、
直鎖状ポリユビキチン鎖合成酵素 LUBAC が創薬標的分子になりうることも阻害剤探索
スクリーニング系を構築し、化合物ライブラリーを用いてスクリーニングすることによ
り示すことができた(第 7 回日本ケミカルバイオロジー学会 2012)
。
図19.Pim1 キナーゼ阻害剤の創製(1)
- 124 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図20.Pim1 キナーゼ阻害剤の創製(2)
(5)課題
大学院の学生と研究員が公的化合物ライブラリーを用いて研究を行っている。卒業や
学位取得の為には学会発表と論文発表が必要になるが、特許申請する場合や企業などと
の共同研究の場合に公表時期が問題となる。指導教員は創薬研究がうまく行きそうな場
合は特に、担当学生にどのような形で研究テーマをまとめさせるかを事前に準備してお
く事が必要である。例えば、スクリーニングヒットから化合物の薬理活性を研究する場
合に、スクリーニング法自体で論文をまとまるか、あるいは最も見込みのある化合物は
伏せたまま、2 番手、3 番手の化合物を使った研究でも新規の知見を得られるかなどであ
る。
(6)技術講習会、研究会の設立
2011 年度には、センターおよび各スクリーニング拠点において、技術講習会を開催し
た。2012 年以降も開催を予定している(図21)
。
スクリーニング学研究会を 2010 年に設立し、ライブラリー構築、スクリーニング方
法などに関する情報交換に努めている(図22)
。
- 125 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図21.技術講習会の開催
図22.スクリーニング学研究会の設立
9.今後の展望
誰もが使える化合物ライブラリーが整い、スクリーニング拠点も全国に整備され、最適
化を担う合成領域の選考も行われ、ようやく本格的なアカデミア創薬(探索段階)がスタ
ートするところである。企業やトランスレーショナルリサーチ(TR)センターと連携で
きるような創薬シーズ発見にオールジャパン体制で精一杯じっくり取り組むところなの
で、5 年から 10 年のスパンで見守ってほしいということである(図23)
。また、企業へ
の成果紹介の場を設けようと種々の検討を行っており、アカデミアと企業双方のメリット
が見出せるような制度を模索中とのことである。
- 126 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図23.アカデミア創薬プロジェクトの展望
10.所感
製薬企業は自社で合成または購入したライブラリー化合物を、構築したスクリーニング
法を用いてヒット化合物を見出し、更に最適化を行って臨床試験で POC を取得してきた。
一連の合成化合物は企業の宝物であり、大切に保管・管理されている。また、スクリーニ
ング法も一朝一夕でできるものではなく、受け継がれている。
センターでは、構築した大規模な化合物ライブラリーの中の化合物を無償で提供するほ
か、スクリーニング施設を提供しスクリーニング方法や合成の最適化も支援している。ラ
イブラリー化合物保管施設およびスクリーニング施設を見学したが、高額機器が揃ってい
た。大学院の学生が一日 10,000 個以上の化合物をアッセイできるということであった。
高額な測定機器だけでなく、スクリーニング技術の教育と支援がなければできることでは
ない。長野教授から、同センターでは大学からの教官に加えて、製薬企業から教官やアド
バイザーとして人材を採用しており、組織レベルの産学共同だけなく、これからも製薬企
業から創薬のための人材を積極的に供給いただきたい、との意向も頂いた。実際にセンタ
ーの岡部特任教授は製薬企業出身である。日本のアカデミアから創薬シードを創出したい
という悲願が伝わってきた。高いモチベーションを有する研究者には又とないシステムで
あろう。
現在まで、企業からの問い合わせや提供件数が少ない。研究成果の公開方法がネックに
なっていると思われるが、企業自身が公開しない限りセンターでは守秘義務を守るという
ことである。製薬企業もこのシステムを利用し、オールジャパンとしての創薬増強を願う
ところである。
(化合物ライブラリーを活用した創薬オープンイノベーション、小島宏建、
ファルマシア 47, 729-733, 2011)
- 127 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
[2] 京都大学 次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点及びメディカルイ
ノベーションセンター
-日本での組織的創薬イノベーションモデル-
1. はじめに
従来の産学連携は、アカデミアの個別研究室と企業との一対一の共同研究や、技術研究
組合などを母体とするコンソーシアム形式の共同研究が主流であった。これに対し近年で
は企業と大学や公的研究機関が包括的な連携を行うケースも出てきている。この流れの中
で、京都大学とアステラス製薬は研究拠点を京都大学医学研究科に設置して、従来にない
組織的な産学連携を大規模に推進している。
そこで京都大学を訪問し、AK プロジェクトを立ち上げ、現在その執行にあたっている
京都大学メディカルイノベーションセンター長の成宮周教授、アステラス製薬からプロジ
ェクトリーダーとして拠点に常駐している荒森一朗専任理事、AK プロジェクト情報知財
管理オフィスの早乙女周子准教授にお話を伺った。
AK プロジェクト、正式名称「次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点」は、大学が
関与する組織的イノベーションのモデルを創出し、この仕組みを使って Game Changing
な創薬を行うことを目的としている(図1)
。
AK プロジェクトでは大学と企業が京都大学医学研究科内にある創薬医学融合ラボ(融
合ラボ)で、一緒に研究を行うことが最大の特徴である。費用負担は産官一対一である。
官の費用は全額科学技術振興調整費のマッチングファンドを活用しており、大学の直接負
担はない。規模は最初の 3 年間は年間 6 億円、その後の 7 年間は年間 14 億円、すなわち
10 年間で 116 億円を投入する。
難病の克服: ア レ ルギー・ 自己免疫
病・ 慢性炎症・ がん・ 感染症
ポスト ゲノ ム時代の創薬モ
デルの構築と 日本発の
Game Changing 医薬の創製
次世代の医療: 臓器移植・ 再生医療
革新的免疫制御薬
オープ ン イ ノ ベーシ ョ ン
=両者の知恵の活用
Kyoto Univ.
京都大学
Astellas Pharma.
ア ステ ラ ス
製薬株式会社
Fusion Lab.
創薬医学融合ラ ボ
マッチングファンド
(科学技術振興調整費)
最初3年 6億円/年
以後7年14億円/年
Copyrightⓒ 2010 Kyoto University.
All rights reserved.
図1.次世代免疫制御を目指す創薬医学融合拠点 AK プロジェクト
- 128 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
2. AK プロジェクトの運営
(1)組織と運営会議体
図2に研究体制を示す。融合ラボでは、AK プロジェクトのミッションの担い手とし
て、中核となる 3 つの基幹講座(成宮教授(執行責任者)、湊教授、坂口教授)に加えて、
新たに 17 名の創薬若手研究リーダー(特定准教授)と、各リーダーに属するポスドク研
究員を公募して雇用し、研究の場を提供している。更に、学内の 8 つの臨床科、1 つの
基礎グループと、バイオマーカーやターゲット分子の臨床有用性の探索について共同研
究を行っている。これに加えて融合ラボには、アステラスから 3 つの企業派遣創薬研究
グループが常駐しており、アカデミアの基礎研究と臨床現場からの視点を創薬に反映さ
せる新しいタイプの連携を進めている。
拠点内の 20 のグループはそれぞれ独立しておりフラットな構成であるが、互いに研究
情報や実験技術等の交流を行っている。これらに対して融合ラボ統括者と副統括者が研
究と創薬の観点から助言を行っている。また融合ラボ内に情報知財管理オフィスがあり、
知財マネージャーが常駐している。
またアステラスの筑波研究所にはサテライトラボがあり、HTS や化合物の最適化を担
っている。サテライトラボとはテレビ会議などを利用して頻繁に意見交換を行っている。
バイオマーカー/融合ラボより見いだされた
ターゲット分子の臨床有用性の探索
Kyoto Univ. Astellas fusion lab.京大
アステラス
創薬医学融合ラボ
(医学部構内B 棟)
8つの臨床科、
1つの基礎と共
同研究
3 学内中核
研究者グループ
融合ラボ統括者(特任教授)
融合ラボ副統括者
(特任教授(協働))
研究活動の助言と 統括
17 創薬若手
研究グループ
個々が独立して研究し、ターゲット
の同定
C
i h ⓒ 2012 K
情報知財管理オフィス
(知財マネージャー)
サテライトラボ
(アステラス)
公表と 権利化の助言
秘密情報保護・ 知財管理
HTS and
Compound
Optimization
技術支援
グループ
3 企業派遣創薬
研究グループ
探索医療
センター
(京大病院)
グループメンバー: PI (特定准教授 ) + 1 博士研究員
期間:5年
U i
i
All i h
d
図2.AK プロジェクトの研究体制
AK プロジェクトの運営体制を図3に示す。京都大学総長を委員長、アステラス製薬
会長を副委員長とする機構運営委員会が上位にあり、重要事項を審議・承認する。具体
的なマネジメントは、拠点運営委員会を月一回の割合で開催し、アクションプランを作
成して簡単なものはその場で決定し、審議が必要なものは研究推進、開発推進、知財の
各委員会に上げ、そこで審議・決定している。拠点運営委員会と 3 つの委員会のメンバ
ーは相互乗り入れしており、情報の共有化を行っている。
- 129 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
諮問委員会
機構運営委員会
研究推進委員会
開発推進委員会
知財委員会
プロジェクト選考・
評価・研究推進
創薬プログラム推進・
事業化
知財の管理・活用
重要事項の承認
拠点運営委員会
アクションプラン作成
拠点執行責任者
副責任者
中核研究者
ラボ統括
副統括
知財マネジャー
成宮
内田 *
湊
渡邊
荒森 *
阿部、早乙女
平成23年度実績
機構運営委員会:2回
研究推進委員会:5回
開発推進委員会:3回
知財委員会:17回*
拠点運営委員会:12回
諮問委員会:1回
(*書類審査含む)
図3.AK プロジェクトの運営体制(委員会活動)
(2)知財管理
知財管理は、産学連携独自の課題に対応できるよう、独自のルールを定め、大学と企
業から同数の委員から成る知財委員会で審議・決定し、運営している(図4)。情報知財
管理オフィス(知財オフィス)は、京都大学・アステラスの各知財部と連携してオンサ
イトで実務を執行しており、研究の進捗を常時把握できるため的確なタイミングで助言
している。出願と公表は、拠点事業としての権利化と、できるだけ速やかな公表とのバ
ランスを取りながら委員会で決定している。汎用リサーチツールの知的財産については
国のガイドラインに沿ったルールで運用し、公益性を担保している。
公表については学会日程などを予め知財オフィスで把握し、公表の遅延が無いよう対
応を取っている。
通常大学だけでは、実施が見えない発明が多いことや資金面に限界があることから、
早期の段階での特許創出や外国出願はなかなか難しい。しかし AK プロジェクトでは最
初から企業が入って、マッチングで事業を展開する為、事業化のスコープを踏まえた知
財管理が可能になっている。コストも AK プロジェクトの予算で賄うため、マネジメン
トしやすい。拠点内に知財オフィスがあることが、大学の知財本部ではできない細やか
なマネジメントを可能にする利点を生んでいる。
- 130 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
プロジェクト独自の知財委員会を設置
アカデミアの専任知財マネージャーを設置
プロジェクト独自のルールで
全ての知財事項の審議・決定
知財委員会
知財小委員会
委員
委員
連携
京都大学
情報知財管理オフィス
知財マネージャー:3名
連携
アステラス製薬
大学及び企業と連携して、プロジェ
クト独自のルールを策定・提案し、
オンサイトに実務を遂行。22
図4.AK プロジェクトにおける知財管理
(3)人材育成
AK プロジェクトでは人材育成にも注力している。大学の側では創薬現場を理解した
医学研究者の育成、企業の側では医学と医療の現況を理解した創薬研究者の育成を目指
している。また創薬に特化した産学連携知財マネージャーの育成も行っている。医学研
究者 74 名中、グループリーダー7 名を含む 32 名は医学部出身者であり、内 21 名は臨床
業務に従事している。このように医師が創薬現場を知る機会を重視した試みはこれまで
なかった。尚、知財マネージャーは学部や大学院の教育も担当している。医師や将来の
医師に対して知財を通して産学連携や創薬プロセスを教育することは、新薬の創出のみ
ならずベンチャー育成の観点でも期待される。
(4)産学共同研究の運営
AK プロジェクトは研究の進捗管理を図5のように行っている。研究進捗会議を週一
回開催し、グループリーダーが順番に発表して進捗を確認している。この会議にはテレ
ビ会議システムを利用してサテライトラボの研究員も参加し、毎回数十人が参加する大
会議となっている。
創薬化戦略会議は平均して月 2 回開催し、有望なシーズが出た際の戦略を検討してい
る。アステラスでの創薬工程に進めるための、あるいは創薬工程に入ってからの課題を
抽出し、解決に向けて双方の視点から検討している
このように、拠点の研究とサテラ
イトラボの研究、さらには企業における化合物創製がシームレスに進むのが大きな特徴
である。
研究テーマは PI(研究室主宰者)公募時に提案を受けることとしており、拠点の事業
スコープに合致した優れたテーマを、京大とアステラスで協議の上、採択している。中
止や変更の議論も共同で行う。
- 131 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
研究進捗会議
週1回
目的:融合ラボ グループ・リーダーによるProgress Report
責任者:拠点執行責任者(京大)、副責任者(アステラス)
参加者:拠点統括、副統括、担当中核研究者
グループ・リーダー、研究員、研究補助員全員
知財マネジャー、サテライト・ラボ研究者(アステラス)
創薬化戦略会議
平均月2回
目的:融合ラボで研究提案されたテーマについて京大とアステラス担当者に
よる創薬に向けての開発戦略とプログラム化の検討
参加者:
京大側;当該テーマの研究担当者、拠点統括、知財マネージャー、
アステラス側;担当サテライト・ラボ研究者、副責任者、拠点副統括、
上市候補品探索にむけた創薬プログラムの提案
6
図5.AK プロジェクトの研究と開発のコーディネーション
3. AK プロジェクの進捗と成果
(1)AK プロジェクトモデルの課題と利点
AK プロジェクトを通して、大学と企業の研究の違いも見えてきており、それを埋め
るべく試行錯誤が行われている。
大学から出るアイデアは病気の進行と関連しているゲノム情報や、生理的過程に働い
ている細胞や分子などに関することが多いが、まだ臨床優位性が証明されていないこと
が多い。一方で企業が求めるシーズは、治療上のアンメットニーズを充足し、研究と臨
床開発の具体性があって臨床優位性を証明しうる標的分子などである。ここにギャップ
が存在する。AK プロジェクトでは、このギャップを埋めるべく様々な試みを行ってい
る。例えば企業単独での創薬の問題点は、企業の研究員が臨床情報にアクセスできない
ことであるが、融合拠点では、日々臨床で患者に接することのできる医学研究者や創薬
に思い入れのある医師がいて、企業研究者は彼等と協働することにより企業では出来な
い創薬活動を行っている。そのため、AK プロジェクトは創薬の実験工房と言われてい
る。
このような従来にない組織的産学連携モデルの利点として、まずはシーズ・パイプラ
インの充実があげられる。各グループでは違った視点で多数の研究が同時進行している
ため、ポートフォリオが充実している。既に 49 テーマ、17 標的が生まれ、8 つが創薬プ
ログラム化に至った。
また産学が協働することで、研究と開発をオンタイムにリンクさせることが出来、バ
リデーションが迅速に進む。失敗事例の共有化による時間の浪費も極小化されている。
人材の共有、臨機応変な連携等もメリットである。さらにはバイオベンチャーの育成に
もつながる可能性がある。
大学の側もメリットがある。新規医療の創成、新規薬剤や機器を生み出すことによる
知の再生産、連携資金を原資として新たな研究や人材を生み出せること、創薬に理解の
深い研究医を作ること、などである。
- 132 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
(2)アステラスから見た AK プロジェクト
企業では従来から、産学連携の枠組みで単位技術、個別研究室との連携やコンソーシ
アム形式の連携で、創薬ボトルネックの解消、創薬の加速、成功確率の向上に取り組ん
できた。しかし個別共同研究やコンソーシアム形式では必ずしも果たせなかった組織的
で包括的な連携が AK プロジェクトを立ち上げることで可能になった。例えば基礎研究
が臨床研究と強く連携して、より深い病気への理解に基づき標的分子やバイオマーカー
を探索することが可能になった。
AK プロジェクトの今後の見通しとしては、10 年間にターゲット同定 25 を予定して
いる。既に 17 が提案されており、その中で研究の進んだ 8 個の標的が、標的創薬プロ
グラムとして HTS による化合物探索や抗体創製などの研究に移行している(図6)
。特
許は 20 件、論文は 100 以上出ている。
拠点駐在のアステラス担当者は AK プロジェクトにおける基礎研究や臨床研究の成果
を会社にトランスレーションすると共に、大学に創薬観点での研究成果をもたらす役割
を持っている。アステラスの研究所でも独自の免疫領域における創薬研究を活発に行っ
ているが、AK プロジェクト研究は波及効果と影響という点でも、大きな意味を持って
いる。
Road map and Achievements
2007
2010
Set up Fusion Lab.
2012
2014
2017
Started Clinical Res. Grants.
Expand Fusion Lab.
Identification of targets ( > 25)
Establishment of platform technologies for
early prediction of clinical usefulness of
compounds
Drug discovery research
Candidates (>3)
Targets identified in Kyoto University ⇒ 17
Patent applications
20
Papers
>100
Drug discovery programs in Astellas ⇒ 8
High throughput screening
Antibodies
Evaluation of the compounds/antibodies
29
図6.AK プロジェクトのロードマップと進捗状況
4.メディカルイノベーションセンター
京都大学では AK プロジェクトをモデルに、組織的な創薬産学連携の場としてメディ
カルイノベーションセンター(MIC)を新たに立ち上げている(図7)。ここでは疾患分
野別に 3 つのプロジェクトが進んでおり、更に 4 番目のプロジェクトの調整も進んでい
る。
・TK プロジェクト(武田)統合失調症、中枢神経性肥満
・DSK プロジェクト(大日本住友)がん
・TMK プロジェクト(田辺三菱)
慢性腎症
- 133 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
建物は経産省の予算で大学の敷地に 5 階建ての研究所を建築中である。ここでは共通
の技術プラットフォーム(疾患組織リソースセンターのデータ・組織・細胞)や共通機
器を整備予定である。TK プロジェクトには 9 チームが所属する。
運営の仕組みなどは AK プロジェクトを雛型に運営している。企業間の機密保持につ
いては、一つは疾患分野を分けると共に、研究棟が完成した後は、研究の場をプロジェ
クト毎にフロアを分け、セキュリティーを徹底することにしている。知財担当者も各プ
ロジェクトに配置するが、より一般的な知財マネジメントについては相互に情報交換等
を行っている。
ただし、費用は AK プロジェクトとは異なり全て企業が負担する。従って金額的には
AK プロジェクトより少なくなっており、より産学連携活動を進展させるために官の支
援が望まれる。
Medical Innovation Center
医学研究科長
センター長
副センター長
疾患分野別組織連携
技術プラット
フォーム
PL
TMK Project on CKD
Human Genome Center
Experimental Animal Center
Anatomy/Pathology Center
Experimental Instrument Center
PL
The fourth MIC Project
PL
DSK Project on Cancer
京都大学「医学領
域」産学連携推進
機構(KUMBL)
PL
Takeda Project on CNS
センターメンバー会議
(PL及びメディカル・イノベーション推進室長)
武田ー京大 (TK) プロジェ
クト: 統合失調症& 中枢
性肥満
大日本住友ー京大
(DSK) プロジェクト:癌
田辺三菱ー京大(TMK)
プロジェクト:慢性腎症
第4プロジェクト:他の疾
患分野
Translational Research Center
Evidence –based Medicine Center
18
図7.メディカルイノベーションセンター(MIC)の組織
5.バイオバンク
京都大学では疾患組織リソースセンター(図8)の立ち上げを準備中であることから、
バイオバンクについての意見も伺った。
京都大学のように一つの組織に特化した小規模なバンクと全国規模のバンクを比較し
た場合、各々に善し悪しがある。小規模バンクでは、主事医と病理医が同一組織に属し、
統一された診断基準で下された質の高い診療情報と病理診断がついた標本が提供でき、
フォローアップも可能である。
全国規模の大規模バンクではソースや診断基準が統一されていないケースも多いこと
が懸念される。外部検証できるシステムがバイオバンクにとって重要と考える。一部の
大規模バンクは閉鎖的で外部検証が出来ていないと思われ、有用性が危惧される。しか
し精神疾患に関わる脳標本などは、一機関だけの収集では数に限界があると思われ、ブ
レインバンクについては全国規模にすることに強みがある。生前患者の脳断片を収集す
るのは難しく、死後脳についても献体件数が少ないため、その希少価値は高い。
- 134 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
患者さん
包括同意
主治医
採取
診療情報
医療情報部
関連法規・指針
組織・細胞
診断
電子カルテ
病理診断部
残余組織・細胞
診療情報データベース
病理専門医・臨床検査医・分子生物学者・化学者
臨床検査技師・臨床情報管理士・がん登録士
組織研究開発サポート
(診断、染色、分析)
試料
供与
施設内研究者
研究参加費用
(対価ではない)
患者さん
一般社会
情報
公開
意見
組織管理シ
ステム
共同研究者(企業も)
倫理委員会承認
共同研究実施
図8.疾患組織リソースセンター組織図(MIC の Core Facility)
6.所感
従来の一対一で個別となる共同研究やコンソーシアム形式とは異なり、プロジェクトの
限界を大胆に超えた事業として、興味深く話を伺った。
成宮先生の熱意に対して当時の竹中社長が協力を即断したと伺い、トップの大きな経営
判断なくしては進まなかったと思う。企業での研究開発に移行したプロジェクトも多数生
まれている。恐らくその多くは従来型の共同研究では生まれなかったのではないだろうか。
また研究拠点が京都大学医学部構内にあることも極めて特徴的であると感じた。仮に敷
地等の関係でキャンパスを離れたところに拠点を作ったとすれば、臨床との研究距離も離
れたと思われる。大学との一体感が感じられるのも良い点であった。また企業研究に直結
するにもかかわらず、可能な範囲で外部に開かれていることも、アカデミア研究者のモチ
ベーションにも繋がっていると思われた。
- 135 -
第三章
[3]
大学でのオープンイノベーション形態
大阪大学
産学連携本部 「Industry on Campus」
1.はじめに
従来からの共同研究とは異なるスタイルのオープンイノベーションを推進するために、
産学連携活動においてトップランナーである大阪大学が「Industry on Campus」を推進
している。Industry on Campus とは、産業界と大学が連携して産業創出拠点を大学内に
構築して研究することによりイノベーションを創出し、より良い結果をスピーディーに挙
げて社会の発展に貢献するものである。
この構想の下に、大阪大学は企業と大学の研究者が対等の立場で研究する「共同研究講
座」制度を全国に先駆けて創り、その発展形として企業がキャンパス内に研究所を置き、
大学と連携しながら主体的に研究を行なう「協働研究所」制度を設けている。企業がこれ
までになかった大学の環境の中で新しい研究活動を行なうことにより、企業と大学の壁を
越えた新たなビジネスモデルや革新的技術を生み出すことが期待されている。
また大学の大きな使命である人材育成についても、大学内に企業という新しい風を吹き
込ませることにより、産業と関連した実践的な教育を行なうことが可能となり、大学と企
業との相互の立ち位置を理解した若手人材の育成ができる。
大阪大学の「Industry on Campus」の背景、現状、課題、今後の展望、創薬分野への
展開について、大阪大学 馬場章夫理事・副学長および産学連携本部 総合企画推進部長 知
的財産部長 正城敏博教授にお話を伺った。
2.大阪大学産学連携の変遷と新しい形態
大阪大学産学連携の変遷を図1に示す。これまでの企業と大学の共同研究は、企業がテ
ーマと費用を提示し、大学の人材で研究を進める受託研究(請負研究)であったため、知
的財産に関する戦略がなかった。2004 年(平成 16 年)に知的財産部を整備し知的財産を
管理するシステムが構築された(図2)
。
この結果、2011 年(平成 23 年)には特許権等のライセンス収入は 1 億円を超えている
(図3)
。大阪大学は今までの請負研究ではなく、人材育成を含めた新たな産学連携の形
を模索した Industry on Campus として共同研究講座、協働研究所の開設提案を行なって
いる(図4)
- 136 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図1.大阪大学産学連携の変遷
図2.大阪大学知的財産部の活動
- 137 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図3.大阪大学の特許権等ライセンス収入(平成 14~23 年度)
図4.新たな産学連携の形態
- 138 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
3.
「Industry on Campus」
(共同研究講座、協働研究所)
大阪大学産学連携本部が打ち出した新たな産学連携とはどんなものだろうか。基本的な
考え方は大学と企業が相互に利点を活用する関係を目指している。
産学連携のメリットを考えてみると、大学にとっては、1) 研究資金獲得、社会貢献、
2) 大学の基幹ミッションである人材育成の手段、3) 大学の研究力と教育力向上の手段、
が挙げられる。企業に取っては、1) 技術的課題の解決と学術的解明、2) リクルートとミ
スマッチ解消、3) 新規異分野開拓のチャンス、4) 大学環境の活用、等が考えられる。双
方にとってのメリットは、1) 重要研究課題の発掘、2) 社会教育と再教育(視野の拡大)、
3) 研究者交流によるネットワーク構築、を挙げることができる。
大阪大学産学連携本部は、1) 大学の力はキャンパスにどれだけの研究者と教育者がい
るかということ、2) 学生のいるキャンパスに企業力を呼び込むこと、にフォーカスして、
Industry on Campus の基本概念として産学連携を展開している。
(1)共同研究講座
共同研究講座は企業から提供された資金で大学内に設置され、大学と出資企業が協議
しながら講座を運営して共同研究に専念する研究組織であり、双方の研究者が共通の課
題について研究活動を柔軟かつ迅速に行っている。
(図5)
図5.大阪大学の共同研究講座制度
共同研究講座は 2012 年 4 月現在 26 講座があり、研究内容は工学系、医学系、再生医
療等、多方面の研究が活発に行なわれている(図6)。
- 139 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図6.共同研究講座実績
(2)協働研究所および協働ユニット制度
共同研究講座を発展させた協働研究所は、企業の研究組織を大学内に誘致した多面的
な産学協働活動を展開する拠点に位置づけられており、2011 年に竣工したテクノアライ
アンス棟に設置されている(図7)
。2012 年 4 月現在で 4 つの協働研究所が活動し、工
学系の研究が行われている。研究活動においては企業からの要望もあり、入退出の管理、
企業独自のネットワーク構築などセキュリティーの面も配慮されている。また、大学で
は協働研究所をさらに発展させた協働ユニット構想も進行している。協働ユニットは、
学内や産業界から特定分野の研究者を集めた共同研究グループで構成されて、社会の共
通の課題に対して共同で研究を集中的に行なうことにより得られる成果を、産業界に還
元することを目的としている。
(図8、9)
- 140 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図7.協働研究所制度
図8.協働ユニット制度
- 141 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図9.産学連携状況まとめ
大学では、免疫学フロンティアセンター、脳情報通信融合研究センターの他、各分野の
産学連携をさらに深化させるために、ナノインキュベーション棟、フォトニクスセンター
ビルを活用しており、今後、最先端医療融合イノベーションセンターが完成予定である(図
10)
。
図10.産学連携今後の発展
- 142 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
4.大阪大学産学連携 創薬・臨床の取り組み
大学の産学連携では創薬分野においても積極的な取り組みが行なわれている。しかし創
薬分野の範囲が広いこと、また大学のデータと企業が求めるデータに乖離があること(図
11)等のため、基礎研究の裏づけ(図12)とネットワーク構築に力を入れている(図
13)
。広域ネットワークとしては関西を中心としたバイオ医療産業の中心的役割を担う
とともに(図14)、化合物ライブリーを活用した創薬においても東京大学創薬イノベー
ションセンターを中心としたネットワークに参加している(図15)
図11.企業の要求との乖離
図12.基礎研究への取り組み
- 143 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図13.ネットワーク構築
図14.関西ネットワーク構築
- 144 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図15.化学ライブラリーネットワーク
創薬された薬を評価し、更なるニーズを探索し研究を推進するために、大阪大学 医学
部附属病院 未来医療開発部 未来医療センターの活動がある(図16)。このセンターは
企業シーズとアカデミアシーズの融合により新薬の臨床治験のスピードアップとコスト
ダウンすることで、治療を必要としている患者に新薬をより早く提供することを目的と
している(図17)
。
図16.未来医療センター
- 145 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図17.先端医療開発部
大学の大きなミッションの一つに教育がある。未来医療センターの構想の中には産・
学・官の参画を前提にした博士課程教育のプログラムが構築されている(図18)。ここ
では医学、歯学、薬学だけでなく理・工学部の学生も教育できるようにプログラムされ
ている(図19)
。
図18.博士課程教育
- 146 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
図19.学位プログラム
5.課題
産学連携を機能的に常に活性化するためには、人材確保が最重要課題である。産学連
携は大学の中ではまだ特異な位置づけで考えられている。産学連携の中心的戦力となる
ためにはキャリアパスが必要不可欠と考えられることから、大学組織の中で産官からの
人事交流を活発に行なう必要がある。また、恒常的な支援スタッフ採用など、確固たる
長期戦略とプロジェクトなどへの柔軟な対応を可能とする組織づくりが必要となる。
知的財産の評価と管理で、大学での戦略は限界に来ており、利益を生むのは難しい。人
材やノウハウの蓄積が無駄にならない新しい仕組みづくりが必要である。
6.所感
日本のオピニオンリーダーとして、産学連携の共同研究体制をさらに発展させ、新た
な課題の設定や課題解決を施行し続けている大阪大学産学連携本部のお話を興味深く伺
った。
産業界への直接的貢献のみを考えるのではなく、大学の最大のミッションである人材
の育成と教育を常に考え、色々な環境の中で人材に関わるプログラムを構築している姿
勢に共感を覚える。
大阪大学にはベンチャー育成や支援プログラムもあり、創薬分野では今後、大手企業
がリスク全てを担うことのできない創薬シーズインキュベーション事業を大学やベンチ
- 147 -
第三章
大学でのオープンイノベーション形態
ャー企業で取り組み、産学連携のネットワークを使い、大手企業とのコラボレーション
を行ない短期間で新薬開発を行う。臨床研究において、大阪大学が計画している未来医
療センターは臨床治験を短期間で行い、治療を必要としている患者にいち早く新薬を提
供する。このようなシステムがオールジャパンで構築されることに期待したい。
- 148 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
[1] 医療イノベーションの主な施策と創薬支援ネットワーク
- 内閣官房 医療イノベーション推進室からのヒアリングと意見交換
-
1.はじめに
創薬におけるオープンイノベーションの重要性は、産学官それぞれのセクター共通に認
識しているところである。政府としてもこの分野でのオープンイノベーションの推進が国
民の健康の増進に繋がると共に、医療産業の競争力強化に資すとの観点で様々な施策を行
っている。これらは省庁横断的に推進すべきものであり、内閣官房 医療イノベーション
推進室はこれを担う組織である。
今回、医療イノベーション推進室の藤原康弘次長、中山智紀企画官、百瀬和浩企画官よ
り直近の取組状況を伺うことが出来た。これまでの経緯や施策全般について伺った後に意
見交換を行い、特に創薬支援ネットワークに関して多くの時間を割いたのでここに報告す
る。
2. 医療イノベーション推進室の設立経緯と医療イノベーション 5 か年計画の策定
平成 19 年 4 月に、厚労省を中心に文科省、経産省と共に「革新的医薬品・医療機器創
出のための 5 か年戦略」が策定され、その後、内閣府も加わって、2 回の改定を経ながら
実施された(図1)
。
その後、平成 22 年 6 月に「新成長戦略~元気な日本復活のシナリオ」が閣議決定され、
平成 22 年 11 月、新成長戦略実現会議において医療イノベーション会議の設置が決定され
た。医療イノベーション会議では、医療分野における新成長戦略に関連する事項の実現に
向けて、官民挙げて協力に取り組むこととされ、同月の第一回会議においてその事務局と
して医療イノベーション推進室が内閣官房に置かれることとなった。
平成 23 年 3 月の東日本大震災を挟んで医療イノベーション会議は続けられ、平成 24
年 6 月に医療イノベーション 5 か年戦略が策定された。一方、新成長戦略は東日本大震災
を受けて見直され、平成 24 年 7 月に「日本再生戦略~フロンティアを拓き、共創の国へ」
に再編された。医療イノベーション 5 か年戦略の主要部分は、この日本再生戦略に盛り込
まれた。
3. 医療イノベーション推進室の体制
医療イノベーション推進室は、日本が早期に最先端の医療技術を実現していくための推
進母体として内閣官房に設置され、下記の 3 点を推進する。
①産学官の連携による資源の戦略的集中投入を行う。
②研究から実用化までを一貫して推進するための横断的で共通的な基盤を構築する。
③数十年後も見据えた中長期的視点に立って強力かつ持続的で自立的に推進する。
初代室長には東京大学医科学研究所の中村祐輔教授が就任し、平成 24 年からは後を継
いで、東京大学の松本洋一郎教授が就任している。メンバーは約 20 名であり、うち常駐
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第四章
行政府主導のオープンイノベーション
職員は 10 名程度である。産学官の出身者で構成されており、産からはアステラス製薬、
武田薬品工業、エーザイ、富士フィルム、テルモ、オリンパス等から出向者として参画し
ている。
図1.革新的医薬品・医療機器創出のための 5 か年戦略の概要
4. 医療イノベーション 5 か年戦略
(1)日本再生戦略における位置づけ
日本再生の基本戦略においては医療関連の基本戦略が複数盛り込まれている(図2)
。
また、平成 19 年策定の「革新的医薬品・医療機器創出のための 5 か年戦略」が平成 24
年で終了することから、その後継戦略としての位置づけもある。
(2)医療イノベーション 5 か年戦略の概要
図3に、概要を示す。左半分に記載された「I. 革新的医薬品・医療機器の創出」は、
以前の「革新的医薬品・医療機器創出のための 5 か年戦略」を直接引き継ぐ戦略である。
「II. 世界最先端の医療実現」
「III. 医療イノベーション推進のための横断的施策」「IV.
戦略期間に新たに議論する必要のある医療イノベーションの施策」は、今回新たに加え
られた。
- 150 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図2.日本再生の基本戦略(抜粋)
図3.医療イノベーション 5 か年戦略の概要
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第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(3)医薬品戦略
図4に医薬品戦略を示す。基礎研究から実用化までを一貫して支援する戦略となって
おり、何れも重要な項目であるが、目玉は創薬支援ネットワークと ARO の整備である。
このうち創薬支援ネットワークについては別項目で詳しく述べることとし、ARO 整備
についてここで説明する。
ARO は Academic Research Organization(アカデミック臨床研究センター)の略称
である。これまで国内で治験をする場合、治験に関係する機能や人材が不足していると
いう問題があった。そこで大学の有する専門性や特徴を活用して、より質の高い臨床試
験を行えるよう、
国内の大学にも ARO を設置する動きが出てきた。
医師主導治験も ARO
を活用して行うことが出来る。
一方、治験を実施する場合、各医療施設での手続きが必要であり、特に施設毎の IRB(治
験審査委員会)対応を行うことについての負担が大きく、スピード感に欠けた。そこで
コアセンターがハブとなった施設間ネットワークを構築し、プロトコールの策定や契約
形態と研究費の一本化を行う事を初め、一元的に治験計画を推進し、あたかも複数の施
設が一つの医療機関と見做せるような体制整備を行う。このような、ARO 機能を併せ
持つ臨床研究中核病院を整備していく。
図4.医薬品戦略
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第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(4)医療機器戦略
図5は、医療機器に関する戦略である。医療機器の開発は医薬品とは異なる進め方
が為されているにもかかわらず、医薬品と同じ薬事法の規制が馴染まない部分があるこ
とが指摘されている。そこで薬事法の改正により、医薬品と医療機器を別章立てとし、
医療機器の特性を踏まえたものとすることを検討する。
(5)再生医療戦略
再生医療の研究開発および治験、承認の各段階は、それぞれ従来の医薬品と医療機器
とは異なる観点も必要であることから、法的な整備も含めた推進体制を強化する(図6)
。
(6)個別化医療戦略
東北メディカル・メガバンク計画を中心に、ゲノムコホート研究・バイオバンクの基
盤を強化する。さらには遺伝情報の適切な取り扱いに関する整備やコンパニオン診断薬
の研究開発推進と審査体制の整備も行う(図7)
。
(7)横断的施策
横断的施策としては、特区の活用、広報の重要性、さらには期間中に議論を進めるべ
き事項についても挙げられている(図8)
。
図5.医療機器戦略
- 153 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図6.再生医療戦略
図7.個別化医療戦略
- 154 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図8.横断的施策等
5.創薬支援ネットワーク
(1)創薬支援ネットワーク構想
革新的医薬品の半数以上は、大学やバイテク企業から発見されているというデータが
ある。また日本の基礎研究は世界でもトップレベルを維持している。しかしながらアカ
デミアと企業間の橋渡しがうまくいっていないと言う指摘が多い。そこでアカデミアの
基礎的発見から実用化への可能性を追求し、企業への橋渡しをサポートする目的で、既
存の各省の研究機関を中心に創薬支援ネットワークを構築する(図9)
。
創薬支援ネットワークは、厚労省の医薬基盤研究所が中心となり、文科省の理化学研
究所、経産省の産業技術総合研究所などと連携して運用されるもので、基盤研に創薬支
援戦略室を置いて、大学等のシーズから有望な物を選定し、実用化のための創薬戦略を
策定する。この戦略に従い、理研や産総研が必要な研究を分担するなど連携する。さら
には化学合成、薬理・毒性評価等も外注などの活用も含めて実施し、企業への導出を行
う。
また、創薬支援ネットワークの構築と運営には、製薬企業の経験者からの助言が不可
欠である。そのため医薬基盤研の相談役に、元日本製薬団体連合会 会長の竹中登一氏(ア
ステラス製薬前会長)が就任した。
- 155 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図9.創薬支援ネットワーク
(2)創薬支援ネットワークに関する意見交換
①本構想に関して、当研究資源委員会から以下の意見を述べたので紹介する。
・アカデミアのシーズを目利きし、ネットワークに取り上げて出口戦略を立案するには、
全体を指揮するトップと目利き人材が極めて重要である。この人材が大学や公的研究
機関の研究者であると失敗する。企業出身で創薬に精通した人材を充てるべきである。
また目利き部門のスタッフ機能や予算面でも充実させるべきである。
・ネットワークの研究担当部署の支援研究者のインセンティブをしっかり示さなければ
ならない。企業の研究開発であれば担当者は業務として研究に従事するが、大学もし
くは公的研究機関の研究者にとって、論文になりにくく、場合によってはルーチンワ
ークに近い実験には意欲が沸かないケースも多いと思われる。インセンティブが金銭
(収入)でも構わない。
・論文だけではなく、上記のような支援研究者をアカデミアでも評価すべきである。
・大学における知財管理がしっかりしていないと、アカデミアのシーズそのものが知財
的に使い物にならなくなってしまう。大学の知財部門の充実、特に人材の育成と共に、
ネットワーク側からの的確な指導も必要ではないか。
・日本ではベンチャーが育っていない。シーズから始めて POC を取り、治験まで行う
ベンチャーだけではなく、個々の創薬技術を担うベンチャーの育成も重要である。ベ
ンチャー育成に関しては人材の流動化、民間からの資金活用なども図る必要がある。
- 156 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
②医療イノベーション推進室からの意見では「ネットワークの第一の成果は企業への導
出(産業化)である。もし開発早期から導出できるようであればより好ましい。国税
を投入するプロジェクトでもあり、開発の進捗等の必要な情報は企業に開示して行き、
途中で「買いたい」という企業があればどんどん出してゆく。また、外資系企業を別
扱いにするつもりはない。
」旨の発言があった。
6.所感
最後に紹介した創薬支援ネットワークはまだ 2012 年 12 月初めの段階では構想を固め
ているところであった。ヒューマンサイエンス振興財団の委員から、企業の立場で幾つか
意見や問題点を申し上げたが、いずれの問題点も推進室ですでに認識されていた。目利き
や大学知財部門の充実などについては人材の確保または育成という課題があり、簡単では
ない。またベンチャーの育成も長く言われているがなかなか進んでおらず、課題は簡単に
は解決しない。
また現在の医薬基盤研にはネットワーク本部を担う機能は無く、これから作っていくこ
とになる。医療イノベーション推進室前室長の辞任や、当初の創薬支援機構構想から変転
した経緯もあり、ネットワークが機能するか危惧もある。産からは竹中氏が協力する体制
となっている。省庁横断的かつ実行力のある組織が立ち上がり、産からも期待が出来て協
力のしやすい施策の策定と運用を願っている。
なお、平成 19 年の「革新的医薬品・医療機器創出のための 5 か年戦略」は自民党政権
により作られ、それを継いだ「医療イノベーション 5 か年戦略」は民主党政権で策定され
た。2012 年末の総選挙により政権は自民党に変わったが、大筋ではこれらの基本方針が
覆ることはないと考える。与野党共に議論を尽くしつつ、また国民の理解を得つつ、協力
してこれらの施策を推進して欲しい。
- 157 -
第四章
[2]
行政府主導のオープンイノベーション
文部科学省での産学官連携の戦略的展開
1.はじめに
文部科学省では、1995 年より「科学技術基本法」に則り、産学官連携のための施策を
実施してきた。産学官連携はイノベーション創出のための重要な手段であり、オープンイ
ノベーションはその施策の一部として運用されている。産学官連携が具体的にどういう形
で発展してきて、現在どのような形に至り、これから文部科学省を通してどのように発展
させてゆくか。科学技術・学術政策局 産学連携・地域支援課 大学技術移転推進室の工藤
雄之室長及び企画調査係の則武孝志郎主任に、オープンイノベーションという基軸を含め
てお話を伺った。
1995 年に科学技術基本法が制定され、1996 年に「科学技術基本計画」が作られた。1998
年には大学等技術移転促進法が制定され、承認 TLO により大学で生まれた成果シーズの
産業界への移転が促進された。1999 年には、産業活力再生特別措置法(日本版バイドー
ル条項)が制定され、行政機関からの委託研究であっても、研究開発成果(知的財産権)
を、行政機関ではなく研究受託者(現場)に帰属させることができるようになった。行政
は、知的財産を現場になるべく近い処に持たせることで、知財市場を盛り上げていく方針
を打ち出した(第1期科学技術基本計画)
(図1)
。
一方で、2004 年に、国立大学が法人化され、各国立大学は法人格を取得した。行政の付
属機関ではなく法人化したことにより、各大学は研究成果としての特許を扱う必要が生じ
た。同時に、特許の帰属機関としての判断機能、企業との組織的且つ効率的な関与機能が
求められることとなった(第2~3期科学技術基本計画)。
2.産学官連携の現状
(1) 産学官連携施策の概要
第 4 期科学技術基本計画が 2011 年にスタートし、科学技術イノベーション政策の戦
略的展開、科学技術イノベーションの推進に向けたシステム改革が計画化された。特に
ウェートを置いたのは、産学官の「知」のネットワークの強化と、産学官協働のための
「場」の構築であった(図2)
。
科学技術・学術審議会の技術・研究基盤部会、産学官連携推進委員会では、それに先
立つ 2010 年 9 月、
「イノベーション促進のための産学官連携基本戦略」
を取りまとめて、
産学官連携の推進に向けて今後取組むべき重点施策と進むべき方向性を示していた。そ
れは、科学技術駆動型のイノベーション創出に向けて、中央行政機関、地方自治体、大
学等公的研究機関、企業、金融機関などの様々なセクター間の相互作用により、持続可
能なイノベーションを創出するシステムの提案であり、
「イノベーション・エコシステム」
(生態系システムのようにそれぞれのプレーヤーが相互に関与してイノベーション創出
を加速するシステム)を「死の谷」を越える架け橋として位置づけた。
更に、将来の価値創造に向けたシーズ段階と、市場につながる実用化段階とを結びつ
けるため、①教育(人材育成)、②研究(知の創造)、③イノベーション(社会・経済的
価値創出)
、の三要素を一体で推進することを提案した。
- 158 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図1.産学官連携施策の経過
図2.第 4 期科学技術基本計画のポイント
- 159 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(2) 産学官連携の現状
以下では、産学官の連携の現状を①研究資金、②共同研究実績、③特許の実施許諾等
に分けて調査した結果を示す。
①
大学等における民間企業からの研究資金等の受入額
各種の受入額を合算すると、総受入額は 500 億円から 600 億円の間である。社会情勢
や景気の影響もあり、
伸び悩みの傾向で共同研究経費が受入額の 50%強を占めている(図
3)
。
図3.大学等における民間企業からの研究資金等の受入額
②
大学等における民間企業等との共同研究の実績
民間企業との共同研究については件数、受入金額ともに増加傾向にある。年間 16,000
件程度の共同研究件数があり、マイルドな傾きで伸びている。これまでの取組の結果、
民間企業との共同研究の意識は定着してきた、と考えることができる。ただし、受け入
れ金額は 1 件あたりが少額化しており、平成 22 年度は、1 件 202 万円が平均であった。
共同研究の件数を受入額の規模別に見ると、その比率に大きな推移はない。50%が 100
円未満、300 万円未満が 34%である。受入額が高額な共同研究の件数は少ない。また、
各調査年度における共同研究件数の契約期間別割合の約 70%が、1 件あたりの契約が 1
年以下の契約である。3 年以上のものは 5%程度となっている。つまり、少額規模の短期
間の共同研究が、産学官連携共同研究の主体となっている。
③
大学等における特許出願等の実績の推移と特許実施
特許出願件数は、国内外合わせ、9,000 件程度であるが、減少傾向にある。JST では
- 160 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
海外出願費用の支援として年間 20 億円以上を予算化しているが、海外への出願はなかな
か伸びないのが現状である。
図4.大学等の特許実施等
一方で、特許権実施等件数及び特許権実施等収入は、概して増加傾向にある。平成 22
年度実施等件数は約 5,000 件であり、実施等収入は 15 億円弱。これは一時的な実施料収
入、毎年度の収入(ロイヤルティー)、譲渡による収入の合計である。
(図4)
。
また、大学等の特許の利用率は 30%程度である。全業種における特許利用率が 50%で
あることを鑑みると、高い数字ではない(医薬品製造業は約 40%)。日本の出願人の外
国特許庁への特許出願率(グローバル出願率)は欧米に比して低く、日本の特許は外国
出願されにくい、という現状がある。日本のグローバル出願率が 23.3%であるのに対し、
米国、欧州はそれぞれ 50.6%および 62.6%であり、大きな開きがある。日本特許が外国
出願されない主な理由は、大学に限った話では、外国出願のコストがかかること、海外
での特許侵害の監視体制(訴追機能含め)設置が困難なことであり、特に後者は膨大な
コストを要するため、大学にとってのインセンティブにならない現実がある。しかし世
界と戦える国際競争力の増強を考えると、外国出願は必須事項である(図5)。
大学等特許の戦略的活用をするためには、特許群化による価値向上が課題である。大
学や研究開発独法、TLO が相互に連携することにより、戦略的かつ重点的技術分野にお
ける個々の機関の特許をパッケージ化して特許群を形成して、企業にとって魅力のある
知財として事業化に導いてゆくことが必要である。
- 161 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(3) 大学発ベンチャーの現状
平成 22 年度において日本の大学等発ベンチャーの設立総数は累計で 2000 社を超えて
いる。年間設立数は、平成 16 年度と 17 年度の 252 件をピークに減少してきている。補
助金制度の終了等とともに、その設立は急激に減少している(図6)
。
図5.大学等の特許の利用率等
- 162 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図6.大学等発ベンチャーの現状
(4) 大学における産学官連携体制整備と活動の実績
上述した通り文部科学省では、国立大学の法人化を契機として大学で知財を管理し活
用できる体制の整備を行なった。具体的には、知財のスペシャリストの採用等を行なっ
た。法人化前後の体制整備準備として大学知的財産本部整備事業(平成 15 年度〜平施
19 年度)
、およびその後継政策として、知財の管理だけではなく、産学連携そのものを
運営する組織への取組み(大学等産学官連携自立化促進プログラム、平成 20 年度〜平成
24 年度(平成 20~平成 21 年度は産学官連携戦略展開事業として実施)
)を行なってき
た(合計 10 年間)
。
さらに、大学と企業を具体的に連携させるために、産学官連携コーディネーターを配
置した。主に企業等における技術、知財、産学官連携等に係る豊富な経験やノウハウを
もつ人材を雇用し、産業界等への技術移転や、他機関や産業界、自治体等との連携促進
と強化を行う「橋渡し役」として、産学官連携活動を自立して実施できる環境の整備を
行なった。
平成 22 年におけるプログラム実施機関において調査したところ、産学官連携活動の経
費は、その 18%が国からの事業費で充当され、使用用途は 51%が人件費、26%が特許関
連経費であった。
民間企業等との共同研究の実績については、大学等産学官連携自立化促進プログラム
実施機関では、実施機関以外の機関(国立大学法人のみ)と比較すると、件数ベースで
平均 27.6%アップ、金額ベースで平均 25.0%アップと、共に高い実績を示しており、本
プログラムは確かな効果を示した(図7)。
- 163 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
3.企業側の意識
企業の意識(満足度やニーズ)を調査した結果、企業は、産学官連携の目的を、
「研究
シーズ等の情報収集」「研究開発案件の形成」「事業化」とする傾向があることがわかっ
た。特にヒアリングを行なった大企業では共通して、大学等に関しては中長期的な研究
開発に繋がる基礎研究部分、つまり最先端の研究シーズや技術開発を行なう上での考え
方についての知見やアイデアを期待していた。
4.産学官連携の今後の展開
これらを踏まえて、今後の方向性として以下を考慮したい。
①革新的なイノベーションを生み出す、新たな大規模産学連携研究開発拠点(産学協働
のための場)のシステム構築(日本の強みを活かしたオープンイノベーションシステ
ムの構築)が必要ではないか。
②拠点では、金融機関、商社、シンクタンク等のポテンシャルも積極的に活用し、連携
を強化することが必要(知のネットワーク強化)ではないか。
③スピード感をもって実用化に達するためのモデルが必要ではないか(事業化戦略、知
財戦略、ファイナンス戦略等)
。
図7.大学等産学官連携自立化促進プログラム実施機関における産学官連携活動の実績
- 164 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
④戦略強化のための支援人材や人材育成・移転機能が必要ではないか。
上記を満たす、イノベーション・エコシステム確立に向けて措置すべき施策として、
センター・オブ・イノベーション(COI)の構築が提案されている(産学官連携推進委
員会第 13 回)
。
規模の大きな研究開発費・最先端の研究設備・インフラ、研究人材を集中的に投下
する拠点として、COI を位置づける提案である。半導体分野で欧米に設置されている
大型拠点のイメージである。これまでの産学官連携の実績を踏まえて、イノベーショ
ンを推進するにあたっては連携の範囲を拡げることが重要であり、未だ顕在化してい
ない将来ニーズを掘り起こして、革新的課題設定の下、研究開発を推進する。従前の
ものをさらに発展させて考える前提範囲を拡げた、異分野融合型の産学官連携の提言
である(図8)
。
5.平成 25 年度概算要求の概要
平成 25 年度は、具体的に科学技術イノベーションに向けたシステム改革を提案する。
科学技術イノベーションの推進という大きな目標に向けて、既存の分野と組織の壁を取
払い、研究開発の「死の谷」を克服する。世界と戦える大規模産学連携研究開発拠点の
構築、科学技術イノベーションによる地域活性化と国際競争力の強化、基礎研究から実
用化までのイノベーションの強化等により、科学技術が牽引する地域経済再生と日本再
生を実現することをその概要とする(図9)
。具体的な提案として、
①
産学が総力を結集し、企業が事業化をリードする。世界と戦える大規模産学連携研
究開発拠点(COI)を構築して運営し、トップサイエンスから実用化を目指し、産学
により研究開発を集中的に実施する体制とする。インテリジェンス協議会(仮称)で
は、COI を構成する研究プロジェクト戦略等の策定と運営を統括し、COI 拠点におけ
る戦略的研究開発と非顕在シーズとニーズのマッチング等を一体的に運営する。概算
要求 110 億円。
② 科学技術イノベーションによる地域活性化と国際競争力を強化する。社会ニーズと
マーケットニーズに基づき国主導で選択と集中(成果の集約)、ベストマッチ(相乗効
果)を行い、国際競争力の高いスーパークラスターを形成するともに、戦略ディレク
ターを配置、社会実装までを一気通貫で戦略的にマネジメントすることで、インパク
トの大きな市場創出を目指す。概算要求 100 億円。
③
基礎研究からイノベーション研究へのシームレスな移行を推進する。基礎研究から
生まれる新技術シーズの中から、革新的であり、それゆえにすぐには企業等によるリ
スク等の判断が困難な研究成果について、有望なものを抽出し、出口指向の研究マネ
ジメントによって、具体用途での技術的成立性の証明と提示(POC:Proof of concept)
および適切な権利化までを推進する(企業が関与する少し手前のステージを支える)。
概算要求 30 億円。
④地方のシーズの事業化や国際展開を推進する。民間の事業化ノウハウを活用し、世界
市場を目指す大学発ベンチャー等の創出を図る。ベンチャーを育てると同時に、ベン
チャーと伴走するベンチャーキャピタルを育てることを目指す。概算要求 10 億円。
- 165 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図8.産学官連携推進委員会 中間まとめ(第 13 回、平成 24 年 9 月)
図9.日本再生を牽引するセンター・オブ・イノベーション(COI)の構築
- 166 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
6.所感
本年度末を 1 つの区切りとして、平成 25 年度以降の産学官の連携システムを強化する
ために、世界と戦える研究開発拠点を日本に作ることは重要である。そのための資源の集
中投下をいかにして実践するか。様々な枠組みを取り払って、他に替わることができない
巨大な拠点を作ることが重要と思われる。そのような環境において、オープンイノベーシ
ョンが進行する。ポイントは人材とリーダーシップである。限りある現状の人的資源から、
いかに早く目的に適う「人」を見いだし、現実に活用し始めるか。そして将来に向けた人
材育成を行なうか。懐深く捻れのない、長期に亘る計画が必要である。中央府省の介入(ト
ップダウン方式の研究開発)は、そのような人的育成の観点からも、日本におけるオープ
ンイノベーションにとって望ましい土壌となるかも知れない。
- 167 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
[3]
地域活性化の為のオープンイノベーション: 先端医療開発特区(スー
パー特区)および関西イノベーション国際戦略総合特区
1.はじめに
日本は国民皆保険制度の下で世界一の健康長寿国となった。日本の高齢化はライフイノ
ベーション(医療と介護分野の革命)を力強く推進することにより新たなサービス成長産
業と新ものづくり産業を育てるチャンスでもあることから、中央行政は医療介護等を日本
の成長牽引産業として明確に位置付け、利用者本位の多様なサービスを提供できる体制を
構築し、そのために必要な制度とルールの変更等を進めるとしている。更に中央行政は安
全性が高く優れた日本発の革新的な医薬品や医療介護技術の研究を促進し、産官学が一体
となった取り組みを通して、研究開発の実用化を促進する政策を推進する。
「革新的医薬品・医療機器創出のための 5 か年戦略」(www.mhlw.go.jp/houdou/2007/
04/dl/h0427-3b.pdf)は、日本の優れた研究開発力をもとに開発される革新的医薬品と医
療機器を世界市場に提供し、シェアの拡大を通じて医薬品と医療機器産業を日本の成長牽
引役へ導くと共に、世界最高水準の医薬品と医療機器を国民に迅速に提供することを目標
にして創設された。
この中に盛り込まれた医薬品と医療機器開発につながる重点化と拡充などを具体的に
推し進める施策として「先端医療開発特区(スーパー特区)」
(www8.cao.go.jp/cstp/project/
tokku/index.html)が創設された。
「総合特別区域計画(国際戦略総合特区)」(www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/sogotoc/
kettei/sankou1.pdf)は先駆的取り組みを行う実現可能性の高い区域に、中央行政と地域
行政の政策資源を集中する政策として創設され、産業の国際競争力の強化、及び地域の活
性化に関する施策を、総合的かつ集中的に推進することにより、日本の経済社会の活力の
向上及び持続的発展を図るとされている。中央行政では、平成 23 年度に独自の特徴を有
する全国で 7 つの地域を、国際戦略総合特区に認定した。その一つが関西イノベーション
国際戦略総合特区(http://kansai-tokku.jp)で、総合特区の中で最も多いプロジェクトの
指定を受けている。
今回、スーパー特区と関西イノベーション国際戦略総合特区における大阪府の活動並び
に採択された研究機関の課題や地域活動等について、大阪府 商工労働部バイオ振興課 バ
イオ推進グループの泉博子課長補佐及び川口雅子課長補佐からお話を伺うことができた
ので報告する。
2.先端医療開発特区(スーパー特区)
革新的技術の開発を阻害している要因を克服するため、研究資金の特例や規制を担当す
る部局との並行協議など試行的に行う「革新的技術特区」、いわゆる「スーパー特区」の
創設が経済財政改革の基本方針 2008 に示された。平成 20 年度は、第一弾として従来の
行政区域単位の特区ではなく、テーマ重視の特区(複数拠点の研究者をネットワークで結
んだ複合体が研究プロジェクト)であることなどを特徴とする「先端医療開発特区(スー
パー特区)」を創設し、最先端の再生医療、医薬品・医療機器の開発と実用化を促進する
- 168 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
とされた。スーパー特区は革新的技術特区を指し、地域を取り除いたテーマ重視の政策で
ある。
(1)公募対象
「スーパー特区」の創設を受けて、研究者のグループ等が行うプロジェクトが公募(特
区の課題)された。課題は 5 つの分野に区分されている。
[課題の分野]
①iPS 細胞応用、②再生医療、③革新的な医療機器の開発、④革新的なバイオ医薬品
の開発、⑤国民健康に重要な治療・診断に用いる医薬品医療機器の研究開発(がん、循
環器疾患、精神神経疾患、難病等の重大疾患領域、希少疾患領域、その他)
全国から 143 件の応募があり、24 件の案件が平成 20 年 11 月 18 日に採択された。大
阪の研究機関が最先端の再生医療、医薬品・医療機器の開発と実用化を目指すとして申
請した 4 つの研究課題はすべて採択された(下表)
。
京都大学山中伸弥教授は人工多能性幹細胞(iPS 細胞)に立脚した先端医療開発を行
うとした研究課題を申請し、採択されている。『iPS 細胞医療応用加速化プロジェクト』
を図1に示した。
※
1
1
2
2
2
2
2
3
4
表:先端医療開発特区(スーパー特区)採択課題の一覧(一部抜粋)
(健康研究推進会議:平成 20 年 11 月 18 日)
代表者/機関名
研究体制※
課題名
山 中 伸弥 /京都 大阪大学・慶応大学・東京大学医 iPS 細胞医療応用加速化プロジ
大学
科学研究所・東京大学・理化学研 ェクト
究所
水 口 裕之 /独立 国立医薬品食品衛生研究所・国立 ヒト iPS 細胞を用いた新規 in
行 政法 人医 薬基盤 成育医療センター・国立がんセン vitro 毒性評価系の構築
研究所
ター・熊本大学・(独)国立病院
機構大阪医療センター
岡 野 栄之 /慶應 東北大学・大阪大学・京都大学・ 中枢神経の再生医療のための先
義塾大学
千葉大学
端医療開発プロジェクト(脊髄損
傷を中心に)
岡 野 光夫 /東京 国立成育医療センター・長崎大 細胞シートによる再生医療実現
女子医科大学
学・大阪大学・東北大学
プロジェクト
高 戸 毅/ 東京大 東京大学・東京大学医科学研究 先進的外科系インプラントとし
学
所・大阪大学・京都大学・東京医 ての 3 次元複合再生組織製品の
科歯科大学
早期普及を目指した開発プロジ
ェクト
中 島 美砂 子/国 愛知学院大学・長崎大学・(株) 歯髄幹細胞を用いた象牙質・歯髄
立 長寿 医療 センタ スカラテック機械工学・東京医科 再生による新しいう蝕・歯髄炎治
ー
療法の実用化
歯科大学
西 川 伸一 /先端 医療振興財団・京都府立医科大 ICR の推進による再生医療の実
医療振興財団
学・神戸大学・神奈川歯科大学・ 現
京都大学
橋 本 信夫 /国立 大阪大学・東京大学・東京女子医 先端的循環器系治療機器の開発
循環器病センター
科大学・京都大学・三重大学
と臨床応用、製品化に関する横断
的・統合的研究
岸本
大学
忠三 /大阪
鹿児島大学・(株)中外製薬・
(独) 免疫先端医薬品開発プロジェク
ト-先端的抗体医薬品・アジュバ
医薬基盤研究所・京都大学
ントの革新的技術の開発
- 169 -
第四章
4
4
4
行政府主導のオープンイノベーション
中村
大学
珠玖
学
祐輔 /東京
洋/ 三重大
山 西 弘一 /独立
行 政法 人医 薬基盤
研究所
※分野番号
久留米大学・札幌医科大学・国立
がんセンター・東京大学
産業医科大学・岡山大学・東京大
学医科学研究所・北海道大学・慶
応大学
国立感染症研究所・東京大学医科
学研究所・
(独)農業・食品産業技
術総合研究機構・大阪大学・北海
道大学
1:iPS 細胞応用 2:再生医療
迅速な創薬化を目指したがんペ
プチドワクチン療法の開発
複合がんワクチンの戦略的開発
研究
次世代・感染症ワクチン・イノベ
ーションプロジェクト
3:革新的な医療機器の開発 4:革新的バ
イオ医薬品の開発
5:国民保健に重要な治療と診断に用いる医薬品・医療機器の研究開発 (ここでは 3 の
一部と 5 を省略)
※研究体制 申請書に記載された分担研究者の所属する主な機関を 5 か所程度例示
図1.iPS 細胞医療応用加速化プロジェクト
(2)大阪の研究機関で採択された研究課題
大阪の研究機関を代表機関とする 4 件の研究課題は 3 つの分野においてを採択された。
①「iPS 細胞応用」の分野
(1)(独)医薬基盤研究所を代表機関する「ヒト iPS 細胞を用いた新規 in vitro 毒性評
価系の構築」
(図2)
- 170 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
②「革新的な医療機器の開発」の分野
(2)(独)国立循環器病研究センターを代表機関とする「先端的循環器系治療機器の
開発と臨床応用、製品化に関する横断的・統合的研究」
③「革新的なバイオ医薬品の開発」の分野
(3)大阪大学を代表機関とする「免疫先端医薬品開発プロジェクト-先端的抗体医薬
品・アジュバントの革新的技術の開発-」
(4)(独)医薬基盤研究所を代表機関とする「次世代・感染症ワクチン・イノベーシ
ョンプロジェクト」
図2.ヒト iPS 細胞を用いた新規 in vitro 毒性評価系の構築
(3)
「スーパー特区」で実施可能な事項
高度医療専門センターや大学病院などの研究施設を中核とし、他の研究機関や企業を
結んだ複合体に所属する研究者のグループは、スーパー特区に規定された①研究資金の
統合的かつ効率的な運用、②開発段階からの薬事相談等、③その他 革新的技術開発を
促す構造改革に向けた取り組みについて、各複合体において提案できる。
(4)スーパー特区の研究成果
大阪府では、府内の 3 つの研究機関と連携して毎年「スーパー特区フォーラム in 大
阪」を開催し、最先端の医薬品や医療機器の研究・開発の現況や今後の展望について情
- 171 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
報発信するとともに、バイオ・ライフサイエンス研究の重要性を広くアピールしており、
フォーラムの開催は好評を得ている。
3.総合特区制度
総合特区制度は、主要産業の国際競争力の強化及び地域の活性化に関する施策を総合的
かつ集中的に推進することにより、日本の経済社会の活力の向上及び持続的発展を図ると
して創設されている。先駆的取り組みを行う実現可能性の高い区域に、中央行政と地域行
政の政策資源を集中するもので、包括的で戦略的な地域のチャレンジをオーダーメイドで
総合的に支援し、総合特区ごとに設置される「国と地方の協議会」で国と地域の協働プロ
ジェクトとして推進する施策である。「総合特区」には、①国際戦略総合特区(日本の経
済成長のエンジンとなる産業・機能の集積拠点の形成)と、②地域活性化総合特区(地域
資源を最大限活用した地域活性化の取組みによる地域力の向上)
の 2 つのパターンがある。
本制度は「新成長戦略」
(平成 22 年 6 月閣議決定)の中で国家戦略プロジェクトに位置
付けられ、全国で関西を含む 7 地域が国際戦略総合特区として平成 23 年 12 月に指定され
ている。総合特区では、特区地域の提案に基づく特例措置や「総合特区」を規定している
規制の特例措置による税制・財政・金融上の支援措置を受けることができ、国と地方の双
方が支援措置を講ずることができるのが特徴である。
図3.関西イノベーション国際戦略総合特区
- 172 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
4.関西イノベーション国際戦略総合特区
京都府、大阪府、兵庫県、京都市、大阪市、神戸市の 3 府県・3 政令市は、共同で関西
経済の活性化に取り組む国家プロジェクトとして総合特区の指定申請を行い、平成 23 年
12 月に『関西イノベーション国際戦略総合特区(以下、『関西イノベーション特区』)と
して国の指定を受けた。これらの地域で国との協議により特区地域で行う特区事業として
認められたプロジェクトは、中央行政、3 府県、3 政令市から税制・財政・金融上の支援
措置を総合的に受けることができる。関西イノベーション特区は、高いポテンシャルを持
つ 9 つの地区(図3)において、今後市場の拡大が見込まれるライフサイエンス分野とグ
リーン分野で研究等の事業化を展開している。関西イノベーション特区では、全国の 7 つ
の総合特区の中で、最も多い 26 のプロジェクトが提案されている。
図4.関西イノベーション国際戦略総合特区の概要
(1)関西イノベーション国際戦略総合特区の概要
①
国際競争力向上のためのプラットフォームの構築
総合特区により、規制改革など企業や地域単独では解決できない課題にオール関西
- 173 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
で取組み、実用化と市場づくりをめざした世界標準のイノベーション創出の仕組みを
構築する。これによって、各分野でシーズを実用化するイノベーションを次々に創出
し、産業国際競争力を強化するとしている。
重点的に取り組むターゲットには、ライフサイエンス分野「医薬品」
「医療機器」
「先
端医療技術(再生医療等)
」
「先制医療」と、グリーン分野「スマートコミュニティ」
「バッテリー(蓄電池等)
」の 6 つの分野がある。
(図4)今後市場の拡大が見込まれ
る 6 つのターゲットに注力して、事業を展開している
②ライフ分野における主な提案
(1)「地域資源を活用した審査体制・治験環境の充実」(図5)
ライフサイエンス分野では前述の大学・研究機関から国際競争力を有する研究
成果が生まれているが、実用化までに長期間を要するため、PMDA との連携促進
を図りながら、審査や調査・相談等に精通した人材育成を図ることを目的とする
PMDA-WEST 機能の整備や、京大や阪大、国立循環器病研究センター等の臨床研
究や治験の拠点的医療機関をネットワーク化することにより、治験等に必要な環
境(人員配置等)を整備する必要がある。
図5.地域資源を活用した審査体制・治験環境の充実
- 174 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図6.先端医療技術の早期実用化
(2)「先端・先制医療技術に関する審査・評価プラットフォームの構築」(図6)
先端医療技術(再生医療・細胞治療等)の早期実用化として iPS 細胞バンクの構築、
細胞シートによる心筋再生医療の治験開始、口腔粘膜による角膜再生の臨床応用、iPS
細胞による再生医療を示した。
(3)「医療機器等事業化促進プラットフォームの構築」
大阪商工会議所が中心となり、医療機器分野に参入する企業を支援するための組織
を大阪駅周辺地区に誘致するとともに、大阪商工会議所主催の「次世代医療システム
産業化フォーラム」など医療機器開発支援の取り組みをさらに強化するものである。
大学・研究機関とものづくり中小企業等の連携による医療機器開発を、コンサルティ
ング機能やファンド機能、国際連携機能等の「医療機器開発・実用化支援機能」によ
り支援する(図7)
。
- 175 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図7.医療機器等事業化促進プラットフォームの構築
③グリーン分野における主な提案
グリーンイノベーション(バッテリー・スマートコミュニティ)の取り組みには、
(1) バッテリー・スマートコミュニティ関連の 3 つの実証フィールド(けいはんな
学研都市地区、夢洲・咲洲地区、北大阪地区)の設置
(2)
オープンイノベーションセンター(旧「私のしごと館」)の整備によるスマー
トコミュニティ関連分野での新たな技術開発や国際標準化推進による国際競争力
の向上
(3) EV・充電ターミナルを活用したエネルギーマネジメントシステムの開発実証、
などがある(図8)
。
- 176 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図8.グリーンイノベーションの取り組み
(2)課題解決に向けた関西での取り組み
大阪府では、
「国と地方の協議会」を通して、以下に示した課題に取り組んでいる。
①
研究、開発から実用化へのさらなるスピードアップと、性能評価等による国際競争
力の強化
・シーズから事業化までのスピードアップ促進や高い性能を差別化に結びつけるための
評価基準の確立と規格化、標準化の促進を行う。
②
多様な産業と技術の最適組み合わせによる国際競争力の強化
・先端技術分野における産学官連携の取り組みやソリューション型ビジネスの促進とマ
ーケットニーズに応じた戦略的な海外展開を行う。
(1) 医薬品の研究開発促進
A 抗体医薬のさらなる応用(難治性疾患)(大阪大学)
B 次世代ワクチンの開発(大阪大学微生物病研究所、医薬基盤研究所)
C 核酸医薬の製造に係る生産技術の確立(
(株)ジーンデザイン等)
(2) 診断・治療機器・医療介護ロボットの開発促進
D 革新的循環器系医療機器の開発促進(国立循環器病研究センター)
- 177 -
第四章
③
行政府主導のオープンイノベーション
イノベーションを下支えする基盤の強化
・イノベーションを担う人材の育成・創出や、産業・物流インフラの充実強化による
イノベーションの促進
(3)国と地方の協議会
総合特区における取り組みについては、政策課題と解決の方向性を国と地域で共有し、
協働プロジェクトとして実施することとされており、必要に応じて、国と地方の協議会
を組織する。具体的には提案された規制の特例措置等に関する協議や評価結果の審議が
行われる。
関西と国で合意したものは、①外国人医師等の臨床修練制度の修練期間の延長、②医
療介護ロボット実用化加速のための評価基準策定に向けた実証、③医療介護ロボット実
用化加速のための評価基準策定に向けた実証などがある。また方向性について合意し、
条件協議を継続するものには、①治験・臨床研究に係る病床規制の特例、②医薬品・医
療機器等輸出入手続きの電子化と簡素化、③薬事承認を受けていない院内合成 PET 薬剤
の譲渡許可などがある。PMDA-WEST 機能の整備では事前面談の実施など協議は進ん
でいるが、今後も協議を強力に後押しする必要があるとされた項目もある。
(図9)
図9.規制緩和等の特例措置の協議状況
- 178 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(4)地域協議会
関西イノベーション特区のプロジェクトの推進を図るために設置した大阪府を含め
た 3 府県 3 政令市と関西経済連合会でつくる関西協議会では、iPS 細胞を活用した再生
医療の実用化や、スーパーコンピューター「京」を利用した新薬開発、発生前に症状を
抑制する先制医療、医療機器の開発、環境配慮型都市「スマートコミュニティ」
、バッテ
リー開発の事業化の 6 分野で、地域を超えた連携を強化する方針を決めている。また特
区の事業に関わりながらも対象地域外にある企業や大学などが税制の優遇措置を受けら
れるようにする「飛び地」を政府に追加申請することも決めており、研究開発を促進す
るとしている。
5.所感
スーパー特区において採択された大阪の 4 つの課題は、それぞれの研究機関の特徴を
反映した取り組みで、問題を解決しつつ着実に推進されている。大阪府はこれらの研究機
関と連携し「スーパー特区フォーラム in 大阪」を開催して、最先端の医薬品等の研究と
開発の状況や今後の展開などについて公表し、ライフサイエンス研究の重要性を市民にア
ピールしている。大阪府はスーパー特区の試行的試みであった並行協議を活用し、政策に
地域の意見を組み入れる形で課題を推し進めることができた。
関西イノベーション特区では、全国の 7 つの総合特区の中で最多の 26 プロジェクトが
実施されている。関西イノベーション特区では「国と地方の協議会」が設置されており、
大阪府は国との協議において研究基盤の環境整備、臨床試験のスピードアップ化、PMDA
との事前相談や医薬品開発の審査体制などの協議を進めて、できるものから順次実施する
ことに努めている。課題によっては話し合いを根気よく継続していかなければならないも
のもある。「国と地方の協議会」をうまく継続し活用して、大阪府が求める地域の活性化
政策を各々のプロジェクトに組み入れて、レベルアップした施策が十二分に地域で生かさ
れ実施されることを期待する。また、ものづくりをコーディネイトする人材等の育成が並
行して行なわれることも期待する。
別の価値観を持つ組織や人材が政策に協働して取り組みを進めることは、限られた資源
を有効に活用できる効果的な取り組みと考える。このような取り組みは重要で賛意を示し
たい。
関西イノベーション特区は、ライフサイエンス分野以外のグリーン分野においても電池
技術の革新による実用化並びに世界への進出が目標になっている。これら革新的な製品や
技術がこの特区から世界に向かって供給・導出されることで関西地域が活性化され、さら
なるイノベーションを生み出す産業地域に拡大することを期待する。
- 179 -
第四章
[4]
行政府主導のオープンイノベーション
創薬を支えるカナダのオープンイノベーション
1.はじめに
カナダでは産学官連携を促進し研究開発投資への付加価値を増幅させることを目的と
して、1980 年代の後半からイノベーションを支える様々な連邦政府による取り組みが始
まった。取り組みの中核となっているのは、科学技術とイノベーションの重要性を認識し
た投資である。大学や公立研究機関へのテコ入れにより産学連携の土台が構築され、カナ
ダ政府は 2002 年に連邦政府としてのイノベーション戦略を発表した。
本稿ではライフサイエンス分野を対象とし「創薬を支えるカナダのオープンイノベーシ
ョン」に焦点を当てて、カナダ大使館 商務部 黒岩克子商務官にお話を伺い、BioJapan
2012 での同大使館主催セミナー内容や他情報も加えてレポートとしてまとめた。
2.カナダの概況
カナダは 10 州と 3 つの準州から構成され、人口 3,450 万人(65 歳以上人口は 14%)
を抱える。人種構成は白人 80%、中国系 3.9%、アボリジニ 3.8%、黒人 2.5%、フィリピ
ン系 1%、アラブ系 0.9%、韓国 0.5%、日本 0.3%であり、人口の 59.3%が英語、23.2%が
フランス語を主言語にしている。
GDP は 1 兆 7207 億ドル、国民一人当たりの GDP は$49,902 ドルで、GDP 実質成長率
は 2.4%、失業率は 7.4%である。図1に経済指標の推移を示した。2008 年のリーマンシ
ョックの影響によりマイナス成長になっているが、カナダは他国に比し不良債権比率が低
く,金融危機による金融市場に対する影響は限定的であり、2015 年には均衡財政に復帰
する見通しとなっている。財政の健全性は G7 中で最も高い。
1990 年代初めまで財政状況は悪化していたが、1993 年からクレティエン政権による財
政再建が開始され、1994 年以降年約 3%の安定成長を続けて 1997 年には財政黒字に転換
した。その後も継続して黒字化を達成しており、緊縮財政と産業の活性化に注力して移民
受け入れ、産業誘致や自由貿易への取り組みと並び、新規事業と雇用創出のためイノベー
ション部門へのコミットメントを強化している。
3.ライフサイエンスの新規事業創出環境整備
カナダ政府は 80 億ドルにも及ぶ資金を 2006 年以降、科学技術の支援と革新的事業の
育成に投じて来た。後述の Network of Centres of Excellence 事業開始により 1988 年か
ら 2008 年にかけて、ライフサイエンスセクターの企業数は 77%の増加を記録し、2007
年と 2011 年の比較では、カナダのバイオ経済は 780 億ドルから 873 億ドルに 12%の成長
を遂げた。2012 年の時点ではバイオ企業は 695 社で、高度な技術を有する 3 万人の労働
人口があり、215 の世界的クラスの健康分野研究機関を所有する。5,000 人以上の国際的
科学者に対する調査では、カナダの科学的研究事業は米国、英国、ドイツに次いで第 4 位
にランクされている。
- 180 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図1.経済指標の推移
(赤:失業率、緑:実質 GDP 成長率、青:消費者物価指数インフレ率)
カナダは世界人口の 0.5%しかないにも拘わらず、世界の研究論文の 4.1%、引用度の高い
研究論文の 5%を発表しており、2005 年と 2010 年の比較で、カナダの科学論文は 59%増
加している。OECD の調べでは G7 中で学術研究への投資が最も高い。
大学知財の権利化、管理、導出を行う技術移転オフィス (TLO: Technology Licensing
Offices) の整備が 1980 年代に開始された。1981 年にブリティッシュ・コロンビア (BC)
州でカナダ初のバイオベンチャー(QLT 社)が発足し、1984 年には UBC- UILO ブリテ
ィッシュ・コロンビア大学の TLO が 3 名のスタッフでスタートした。1980 年代中盤以降
には、BC 州以外の大学や研究所でも TLO の整備が急速に進み、ライフサイエンスクラス
ターとして整備が整った(図2)
。
ブリティッシュ・コロンビア州:
バイオテク企業: 110社
雇用:2500名 (15%)
研究開発支出: $300 million
ケベック州:
オンタリオ州:
バイオテク企業: 220社
雇用:6000 名(38%)
研究開発支出: $650 million
バイオテク企業: 240社
雇用:5500 名(55%)
研究開発支出: $600 million
図2.カナダのライフサイエンスクラスター
- 181 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
4.カナダのイノベーションを支える連邦政府の施策
カナダ連邦政府は 1980 年代後半から科学技術とイノベーションの重要性を認識し、投
資を行ってきた。1989 年には(1) Network of Centres of Excellence (NCE)、1997 年は(2)
Canada Foundation for Innovation、2000 年は(3) Canada Research Chair Program、
(4) Canada Institutes of Health Research、(5) Genome Canada のプログラムが組まれ、
大学や公立研究機関にて産学連携の土台が構築された。2002 年にはカナダ連邦政府のイ
ノベーション戦略が発表されている。NCE についてはその後 (6) Network of Centres of
Excellence 2 として再編成されている。
(1)Network of Centres of Excellence
産官学連携を促進し研究開発投資への付加価値を増幅させるため、1989 年に設立され
た。以来 17 億ドルが投資されて 100 社がスピンオフしている。一つのプロジェクト当
りでは、NCE のファンドに加えて連携先から年間約 7100 万ドルの助成金と研究資源が
提供され、年間 8 社がスピンオフして 100 件の特許申請を行っている。
(www.nce-rce.gc.ca/Index_eng.asp)
(2)Canada Foundation for Innovation
連邦政府出資の独立法人として 1997 年に設立された最新鋭の研究開発インフラ整備
のための基金である。
インフラ整備プロジェクト 1 件につき 40%までを出資し、残りの 60%は州政府、企
業など第三者パートナーから募ることが条件となっている。1997 年から 2010 年の間に
総額で 53 億ドルが出資された。カナダにおいて Public-private Partnership の概念を広
め育てたプログラムである。
(www.innovation.ca/en)
(3)Canada Research Chair
カナダ国内に 2000 件のリサーチ・チェア(教授職)を創設するため 2000 年に創設さ
れた。頭脳流出を止めて頭脳還流を促進するためのプログラムで、年間予算は 3 億ドル、
72 の大学にチェアポジションが置かれる。現在 1,819 名がリサーチ・チェアとして研究
に従事しており、うち 446 名(23%)が海外からの研究者である。対象分野は工学、自
然科学、保健科学、人文、社会学である。
(www.chairs-chaires.gc.ca)
(4)Canada Institutes for Health Research
傘下に 13 のバーチャルインスティチュートがあり対象の領域と分野に分かれている。
2000 年に創立され、カナダ全土の研究者が研究参加する。2010 年から 2011 年の年間予
算は約 10 億ドルで、カナダの保健健康研究を支える最大の研究助成機関である。2012
年 1 月に日本の科学技術振興機構と協力に関する協定を締結しており、幹細胞のエピジ
ェネティクス研究に日加合わせて 1500 万ドルを投入する。
(www.cihr-irsc.gc.ca)
(5)Genome Canada
役割はカナダ国民の利益に資するゲノミクスやプロテオミクスの大規模プロジェクト
- 182 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
を支えるための国家戦略を立案実行することであり 2000 年に設立された。初期投資は 9
億 4500 万ドルで、他の研究助成機関から更に 9 億ドルの研究基金を受け、ゲノミクス
やプロテオミクスの研究プロジェクトへの投資を行った。カナダ国内でブリティッシ
ュ・コロンビア、アルバータ、プレーリー、オンタリオ、ケベック、アトランティック
の 6 か所にゲノムセンターを持つ。
(www.genomecanada.ca/en)
(6)Network of Centres of Excellence-2
NCE の第二世代としてより事業化に特化し、研究投資の社会還元を目指したプロジェ
クトであり、既存のライフサイエンスクラスターにおける優位性を生かして更に NCE
事業を育成する。事業化と研究のための Centres of Excellence for Commercialization
and Research (CECR)、および産業界主導のネットワーク Business-Led Networks of
Centres of Excellence (BL-NCE)の機関がある。
CECR は官民の研究と実用化のための非営利のエクセレンスセンターである。①学術
機関の新規知見を前臨床 POC に到達させる支援組織 The Centre for Drug Research
and Development (CDRD)、②ライフサイエンスとグリーンエネルギーセクターで新規
事業開発を支援する MaRS Innovation、③再生医療分野の学術的な発見と知見を事業化
する Centre for Commercialization of Regenerative Medicine (CCRM)を運営する。
BL-NCE では製薬産業全体の技術レベルの向上を図り、研究ツールや研究プラットフ
ォ ー ム を 開 発 す る た め 2008 年 に 発 足 し た ④ The Québec Consortium for Drug
Discovery (CQDM)の事業が稼動している。以下、①から④について紹介する。
① The Centre for Drug Research and Development (CDRD)
CDRD は産学官の間で共有されたビジョンから生まれた。医療研究機関の研究者が
有望な初期段階の新薬候補の開発を進めるために、専門知識とインフラストラクチャ
を提供する非営利医薬品開発及び商業化の医薬品研究開発センターである。2007 年に
設立され、2008 年には商業化と研究の卓越性のナショナルセンターとしてカナダ政府
によって認められた。治療法を改善し命を救うための新しい治療法の実用化に向けて、
ライフサイエンス分野が直面する課題を大学レベルで解決する。
(ミッション)
:新薬への学術的な発見を新薬に変化させる世界的リーダーとなるこ
と。学術界と産業界の科学的卓越性を動員し、強固なバイオ医薬品部門を活用して、
政府間のパートナーシップを形成させることにより、創薬や民間投資との商品化のギ
ャップを埋めること。明日の治療薬の開発を推進するために、ユニークな訓練を受け
た優秀な人材を次世代に提供すること。
革新的な医療技術を開発するためのインフラ・科学・ビジネスの専門知識と、専門
的なプロジェクト管理のスキルを持つ最先端の医薬品開発と商業化のプラットフォー
ムを作製するために CDRD は最近の 10 年間で前臨床開発を通じて公共部門と民間部
門の資金を活用してきた。
- 183 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図3.実用化に向け前進するプロジェクト
現在までに、CDRD は、100 の研究プロジェクト(80 技術)を実施してきた。新し
いスタートアップ企業を立ち上げ、アウトライセンスまた 6 つの新しい治療法をオプ
ションで用意している。CDRD は複数の研究機関へのワンストップで構造化された効
率的なアクセスを提供し、費用対効果的に市場に投入できる事前評価して危険回避さ
れた技術の継続的なパイプラインを創り出す。CDRD の非営利部門である CDRD
Ventures 株式会社はさらに医薬品開発と技術の商業化を促進するために CDRD と業
界間のインターフェイスとして機能している(図3)。
(これまでの成果ハイライト)
・492 プロジェクトを評価し 80 の新規技術をサポート。
・74 の主任研究者をアシスト 。
・40 の技術開発が成功し実用化に向け前進
・6 技術が民間に導出または CVI によりサポート
・スピンオフ会社がひとつ発足
・CDRD データでサポートされている 11 の新しいパテントファミリー
・科学的な出版物における 18 コラボレーション
・主任研究者と関連する CDRD プロジェクトのグラント 6700 万ドル
- 184 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
・国際的な製薬セクターによる投資 20M ドル
・CDRD の結果として行われている健康調査で 1.52 億ドル
・CDRD 研修プログラムとして 83 のポスドクフェロー、学生、インターン
・60 件の医薬品開発と実用化のワークショップやセミナーの開催
②
MaRS Innovation (MI)
MI のビジョンは、加盟機関によってなされた研究の商業的かつ社会的リターンを最大
化することであり、ミッションは科学によって商業的に実現可能な製品やサービスを確
立して研究成果の実施によってカナダの経済とカナダ人をはじめとする人々の生活の質
の向上に大きく貢献することである。MI は 2008 年に設立され、16 のトロントのトッ
プクラスの大学、医療機関、研究機関の成果を商品化、2009 年以来メンバーの 700 以上
の知的財産を取り扱い、20 以上のスピンオフ企業を立ち上げ、20 の技術のライセンス
を実施している。
(1) 設立背景と目的
MaRS Innovation(MI)はアカデミアのシーズが事業化に至るまでの資金的なギャ
ップが問題となっていることを背景として設立された。メンバー機関の行った研究投
資の経済的、社会的な還元を最大化することが理念であり、事業化の機会をもたらす
技術シーズを探索し、その価値をメンバー研究機関に還元することを目的としている。
(2) 組織、運営とその特徴
トロント近郊エリアに位置する 15 の研究機関で開発されるシーズの事業化をサポ
ートする役割があり、15 の機関が獲得する研究助成金は毎年 10 億ドルにのぼる。新
規治療用分子、医療機器、医療画像機器などの分野が主であり、CECR として連邦政
府から 5 年で 1,500 万ドル、メンバー機関から 1,000 万ドルのファンドを受け、それ
以外の機関から物品などで 1,000 万ドル相当の研究資源の提供を受けている。
(3) プロジェクトの選考について
現在 70 件のプロジェクトが MI のポートフォリオでサポートされている。2012 年
7 月の段階までに 750 件の技術情報開示を受けた。選考基準は主にパテントポジショ
ン、市場ポテンシャル、研究チームのリーダーシップ(積極的関与が望まれる)の 3
点である。
技術情報の開示を受け 45 日以内に評価を行う。MI が採択すると、PI の所属する
機関と機関間合意が作成される。機関間合意が調印されると Deal Team(発明者、
MI、PI の所属機関の TLO、製品開発担当者、規制担当者)が結成される。支援内容
は特許の取得管理、導出あるいは起業に向けての技術開発支援、技術開発資金調達支
援、導出支援、起業支援である(図4)。これまでにスピンアウトした企業及び導出
した技術は多い。
(4) 知財権利化の在り方
知財は PI の所属機関におき、その所属機関の規定に従うこととなっている。MI
のメンバー機関のほとんどは研究機関が知財を所有する制度となっている。トロント
大学など知財が研究者に帰属するという制度を採っている機関は、MI と連携するた
め知財を所属機関に譲渡する。
- 185 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図4.トロント大学 Innovations & Partnerships Office (IPO)
(5) 今後の展望と課題
現在製薬企業とのパートナーシップ構築に向けて意見交換中であるが、技術案件は
早期の段階で協業のパートナーを見つけることがカギとなる。アカデミアのイノベー
ションのレベルが高くても経験豊富な事業化パートナーの有無は結果を左右する。
今後は、アーリーステージに特化したファンドを開発したい。ファンドに出資する
パートナーには優先交渉権を提供する等のモデルを考案中である。パイプラインを拡
充していくにあたり、どのようなプロジェクトに将来性があるかについて産業界から
の助言とインプットを増やしていきたい。
(6) パートナーシップ詳細に関するお問い合わせ
Stacey Ivanchuk, MSc, PhD, Director, Intellectual Property, MaRS Innovation,
MaRS Centre, South Tower, 101 College Street, Suite 402, Toronto, ON M5G 1L7
[email protected] (www.marsinnovation.com)
③ Centre for Commercialization of Regenerative Medicine (CCRM)
2011 年に創立された再生医療の事業化支援コンソーシアムであり、幹細胞、バイオマ
テリアルをベースにした製品による治療と実用化の加速を目的とする非営利機関である。
事業の課題は持続可能な技術移転、雇用創出、国民の健康促進である。
オンタリオ州には 70 名以上の幹細胞研究者がおり J. Rossant 博士は幹細胞領域で論
文引用数最多である。過去 5 年で 5 億ドル以上の研究助成が行われ、170 件の特許を取
得している。過去 10 年では 12 社の起業と 55 件のライセンスが創出されている。
(1) ミッションと事業モデル
- 186 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
再生医療の事業化に存在するギャップを橋渡しすること、およびグローバルの舞台で
も、再生医療の技術開発と事業化を結ぶ拠点となることである。アカデミアの研究にお
けるリーダーシップと研究インフラを利用し、製品開発施設と専門家チームを提供して
有力な技術の開発を進める。技術の選択と評価においては該当分野の研究者による細か
いデューデリジェンスを実施し、企業の意見を取り込んだ上で有力技術を導入する(図
5、6)
。
起業と導出機会を最大化しうるプロジェクトを進め、民間でのボトルネックを解決し
技術のリスクを除去し、連携とレバレッジを促進し、新たな再生医療分野の助成金の提
供元となる。1,500 万ドルの連邦政府のプログラム CECR の資金と、1,000 万ドルの民
間資金、他パートナー機関よりの資金で運営されている。
公的研究
支援プロ
グラム
この間のギャップを埋めるための支援を行う
研究インフラ
グローバル
ネットワーク
民間とのコン
ソーシアム
製品開発を可
能に
サイエンスと
ビジネスの融合
民間を巻き込
む
図5.事業の理念と運営
図6.CCRM の運営スキーム
- 187 -
民間投資
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(2) この一年での成果
財務面ではバイオマテリアル開発プロジェクトに 250 万ドル獲得、US DOD のド
ラ ッ グ ス ク リ ー ニ ン グ プ ロ グ ラ ム に 3 件 の プ ロ ポ ー ザ ル 提 出 、 Regenerative
Medicine Coalition 国際ネットワークを創設、他の NCE との連携を始めたことな
どが挙げられる。CCRM のインフラとしては、21 名のスタッフの新規採用、3 つの
コア開発プラットフォーム開始、40 以上の技術情報開示を受けた評価、受託サービ
ス開始などが挙げられる。
CCRM の企業コンソーシアム(Industry Consortium)が、21 社(図7)で開設
(Agilent Technologies、GE、Millipore、Teva 等)、2 件のイノベーション基金設立
($500K Pfizer-CCRM Innovation Fund)、さらにドラッグスクリーニングコンソー
シアムが構築中であった。
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
Pfizer
GE Healthcare
Merck Millipora
Teva
Agilent Technologies
Lonza
Becton Dickinson
Applikon Biotechnology
9. Cellular Dynamics
International
10. BetaLogics
11. Axcelon
12. StemCell Therapeutics
13. Interface Biologics
14. Reveille
15. VistaGen
16. Octane
17. Athersys
18. PALL
19. ATCC
20. Northern Therapeutics
21. TAP Biosystems
図7.企業コンソーシアム
(3) CCRM 企業コンソーシアム(Industry Consortium)の正規会員の特典
ⅰ)新たな知財を優先的に閲覧、交渉に入る権利
参加している研究所の知財はオンタリオ州の再生医療研究活動の 94%にあたる。
CCRM のパートナー研究機関 6 か所及び CCRM のコアプラットフォームの研究
インフラへのアクセスができ、CCRM の Commercialization Review Committee
に参加できる。
ⅱ)助成金や開発支援へのサポート
プロジェクトの提案、スポンサーになることができ、専門技術にアクセスでき
る。新規知財が出たら 90 日間の優先交渉権があり、人材交換制度に参加できる。
ⅲ)受託サービスの割引
iPS 及び分化細胞のセルライン受託サービス、細胞製造、分析、キャラクタリゼ
ーションの受託サービス、バイオマテリアルのカスタム合成とキャラクタリゼー
ションのサービスを割引で受けられる。
(4) CCRM 企業コンソーシアム(Industry Consortium)の準会員の特典
正規会員の「その他特典」部分のみを享受。シンポジウムへの参加、技術トレーニ
ングワークショップへのアクセス、イベントの広告出展、スポンサー支援、製品を使
用しての評価、他社や投資家とのネットワーキングと連携の機会獲得、PI の紹介、受
託サービスへのアクセス、将来の雇用しうる人材の資源としての利用ができる。
(5) CCRM の設立科学アドバイザーに参加している病院や大学
・Hospital for Sick Children Research Institute, Toronto, Ontario
- 188 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
・McMaster University, Hamilton, Ontario
・Mount Sinai Hospital Samuel Lunenfeld Research Institute, Toronto, Ontario
・Ottawa Hospital Research Institute, Ottawa, Ontario
・University Health Network, Toronto, Ontario
・University of Toronto, Toronto, Ontario (HOST INSTITUTION)
(6) 戦略諮問委員会の委員
(Co- Chairs)
- Janet Rossant, Hospital for Sick Children Research Institute, Canada
- Peter Zandstra, Centre for Commercialization of Regenerative Medicine, Canada
(Members)
- George Daley, Children’s Hospital Harvard, USA
- Jeffrey Hubbell, École Polytechnique Fédérale de Lausanne, Switzerland
- Douglas Lauffenburger, Massachusetts Institute of Technology, USA
- Chris Mason, University College London, UK
- Shin-Ichi Nishikawa, Riken Centre for Developmental Biology, Japan
- Kathrin Plath, University of California, USA
- Michael Sefton, University of Toronto, Canada
- Fiona Watt, Cambridge Research Institute, UK
(Honorary Member)
- Shinya Yamanaka, Centre for iPS Cell Research and Application, Japan
(7) 詳細のお問い合わせ(日本の企業との連携を探っていきたいと希望している)
Allison Brown, PhD, Director, Commercialization Centre for Commercialization
of Regenerative Medicine (CCRM): 100 College Street, Room 110, Toronto, Ontario
M5G 1L5, Canada. (www.ccrm.ca)
④ Consortium québécois sur découvert du médicament (CQDM)
創薬のケベック·コンソーシアム CQDM は 2008 年に創設されたバイオ医薬品の研究
に関する産学連携コンソーシアムであり、公共機関や病院と製薬、バイオテクノロジー
産業との間のパートナーシップで行った研究プロジェクトに資金を提供する。
CQDM のミッションは創薬プロセスを加速するために、より安全で効果的な薬を開発
することであり、非独占使用権のみ希望の企業と研究者に許諾することで業界全体の底
上げをねらっている。
(1) 事業の理念と運営について
新薬探索のための基盤技術の開発を支援することと、産官連携に最適な環境の創出
が目的である。Business-Led Networks of the Centres of Excellence としてカナダ
連邦政府とケベック州政府が共同出資した。製薬業界からは Merck、Pfizer、
AstraZeneca(以上創立メンバー)
、Boehringer Ingelheim、GSK、Eli Lilly の 6 社
が出資している。
これまで 2,400 万ドルを 20 プロジェクト、
27 機関に助成している。
プレコンペティティブな研究のためのコンソーシアムとして創設され、究極的には
製薬産業に大きなインパクトをもたらす研究プロジェクトを発掘し支援している。創
- 189 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
薬のボトルネックとなっている問題に対処する技術開発を目指しており、新薬の開発
を目的としていない。
(2) 助成プログラム
ⅰ)FOCUS プログラム
主たる助成プログラムは、開発プロジェクトで業界に高いインパクトをもたら
す見込みのある革新的技術の開発である。産官学連携が推奨されており、最高で 3
年間で 200 万ドルの助成である。
課題は、①新規化学プラットフォーム、プロテイン発現技術、バイオロジクス
の新たな疾患アプローチ、薬剤リポジショニングの新規アプローチなど革新技術
プラットフォームの開発、②データマイニング、有効性、安全性の予測、疾患モ
ニターのための新規バイオマーカーまたは画像技術などのトランスレーショナル
技術、③RNAi、ワクチン伝送技術、脳血液関門突破技術、バイオロジクスの伝送、
経口によるプロテインの伝送、新規製剤技術などの薬物伝送技術である。
課 題 の 選 考 方 法 は 毎 年 募 集 で 提 出 さ れ た LOI を Strategic Orientation
Committee が一次選考し、仮採択されたグループが本提案書を提出できる。科学
的先端性、製薬産業へのインパクトの高さ、プロジェクトマネジメントの適正さ、
協業の可能性の高さの基準を基に選考する。
CQDM による知財、財務、倫理、組織等の各面でのリスク分析が行われ、
Strategic Orientation Committee が CQDM の理事会に最終推薦を提出して決定
される。
助成額は 3 年で 100~200 万ドルで毎年 3~5 プロジェクトが採用される。
助成対象は研究スタッフの人件費、材料器具、交通費、研究施設の使用料、15%
までなら運営費に充当もできるが、PI と共同研究者の人件費と施設費は対象外で
ある。支払方式は、4 半期ごとのレポート提出を条件に、マイルストーンの達成に
応じて 4 半期ごとに支払われる
ⅱ)Explore プログラム:コンセプトバリデーションを狙ったプログラム。小規模な
プログラムで 2 年間最高 30 万ドル。産学連携は必須でない。
ⅲ)Alsace プログラム:フランスアルザス地方のクラスターとの協業プロジェクト
の助成金で、在アルザスの企業が最少でも一社が関わっていることが条件。最大
で 3 年間 70 万ドルの助成がある。
ⅳ)Ontario プログラム
(3) 財務基盤: 66%が公的資金(連邦政府、州政府)、33%が民間からの資金である。
2011 年度には合計 1,000 万ドルの予算を獲得した。
(4) 新規性: 新薬開発でなく研究ツール、プラットフォームに着目した点が新規であ
り、非独占使用権のみ適用することで製薬業界全体に資することを目的としている。
メンタープログラムは、現在 40 名で、メンバー企業から任命する。
(5) 知的財産権:この助成プログラムで開発された知財は、発明者とその所属する研
究機関に帰属する。このプログラムの結果は、研究開発の目的で、CQDM の企業
スポンサーに非独占使用権(ロイヤルティの負担なし)で許諾される。バックグラウ
ンドの知財が、研究結果の使用のため必要であれば、CQDM の企業スポンサーに対
して非独占使用権が許諾されることとする。この場合は、バックグラウンドの知財を
- 190 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
使用するにあたっての金銭的な交渉は関係者の間で直接行われることとする。CQDM
は知的財産権の譲渡を受けない。
(6) 成功事例:VLP Express 迅速なワクチンの開発にむけて。助成対象機関は、メディ
カーゴ社(ケベック州)
、ラバル大学、マギル大学で、助成額は 180 万ドル(2 年間:
2009~2011)であった。成果物は、以下の 2 点である。ウィルス様粒子(VLP)の
ワクチン抗原のハイスループットディスカバリプラットフォーム、エンベロープ VLP
の精製プラットフォーム(インパクトとしては、10 倍のスクリーニング性能、新規
VLP 抗原の発見におけるコスト・時間の削減(10 週間、10 万ドル以内)
、精製プラ
ットフォームは全てのエンベロープウイルス、非エンベロープウイルスに応用可能、
等が挙げられる。
)
CQDM 企業メンバーへのリターンは、結果のプラットフォームを使用する権利、
及びディスカバリープラットフォームへの優先アクセス権であり、創設企業メンバー
3 社が同じ権利を上記プラットフォームに対して持ち、プロジェクト終了後は個別に
協力の交渉ができる。
(7) 今後の展望
メンバー企業:年間のメンバー会費は 100 万ドルで、プロジェクトの成果、及びプ
ロジェクトの過程の情報への早期アクセス権、メンター指名権がある。
ジュニアメンバー企業:年間のメンバー会費 10 万ドルで、プロジェクトの成果の
情報へアクセス可能
(8) パートナーシップ詳細に関するコンタクト:
Diane Gosselin, Ph.D., MBA, Vice-présidente, recherche et développement des
affaires Consortium québécois sur la découverte du medicament: 2, Place du
Commerce,
Ile-des-Sœurs
(Québec)
H3E
1A1.
[email protected]
(www.cqdm.org)
5.イノベーションを支える州政府の施策
(1)British Columbia Cancer Agency (BCCA)
BCCA はカナダのブリティッシュ・コロンビア (BC) 州とユーコン準州の住民のため
に州全体の人口ベースのがん制御プログラムを提供する協会であり、医師によってがん
と診断されている患者を受け入れる。BCCA のミッションは、がんの発生率を減らす、
がん患者の死亡率を減らす、がんと共に生きる人々の生活の質を向上させることの 3 つ
である。
①
事業の理念と運営について
(1) 設立背景と目的:1971 年に創立された。がんの新規治療法、診断法の開発を目的
とし、予防と治療を通じて、社会へのがんによる負荷の軽減を行う。
(2) 組織と運営:管轄当局は Provincial Health Services Authority (州政府保健当局)
で、研究所 2 拠点、総合がんセンター4 拠点がある。州内のクリニック、地域薬局、
化学療法クリニック、マンモグラフィーセンター等の治療拠点を網羅しており、研究
者とスタッフを 2,700 名抱える。
- 191 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(3) 特徴:臨床ケアと研究の近さ、ゲノミクスへの取り組み、臨床試験施設の充実、研
究資源の充実、長期にわたる患者さんのフォローデータを特徴としており、がんのス
タンダードケアが州全体で行われている。患者の組織のサンプルと保健データがスト
ックされている。
これは他の国や地域で見られないものであり BCCA の強みである。
また、BCCA Genomics Centre は世界でもトップ 10 に入る性能を持つ。
(4) 財政基盤:米国 NIH、Genome BC、CFI などの競争的資金、BC 癌財団を通じて
の寄付が財政の基盤となっており 2010 年度は 68 億ドルを調達した
(5) 産業界とのコラボレーション:パートナーが大企業か小企業かに関わらずオープン
イノベーションには前向きである。パートナリングの形式は、ゲノムデータベース、
バイオインフォマティクス、とりわけインシリコ・ドラッグドッキングとターゲット
スクリーニング、その他研究インフラへのアクセス、患者コホート分析(疾病とアウ
トカムのデータ及びサンプルの分析)などである。まずは BCCA の研究者で、チャ
ンピオン的な人を探し研究テーマについての情報交換、議論を行うところから始める。
(6) 課題の選考基準:基礎研究から応用研究まで、科学的あるいは臨床上のインパクト
があるかどうかが選考の基準となる。対象となるのは、大規模な研究資金が提供され
るものから、ほとんどコストの発生しない小さなプロジェクトまでに及ぶ。
(7) 仮題の選考基準、選考方法:運営のワークフローはそれぞれの連携合意毎に異なる。
(研究期間、研究費、提供される施設や機器)
② 連携事業での研究成果の知財権利化の在り方
ゲノム科学の分野ではオープンイノベーションを支えるため、新規知財には非独占使
用権を許諾することを基本とする。コラボレーションの際は BCCA の研究施設、研究
リソースへのアクセスがあり、治療ターゲットは独占使用権を許諾する。(その他にも
長期・高コスト・高リスクの分野は独占使用権とする。
)
知財については共同研究計画締結前に相談して権利の範囲についても規定をしてお
く。研究協力から新しい知財が生まれて共同所有する場合は、BCCA 分をすべて独占ラ
イセンスするオプションがあるが、知財が企業の所有になっても、BCCA では研究用に
使用許諾を受けることができるオプションもある。
複数存在する製薬企業パートナー各々の利益守護:プロジェクトのスコープをオーバ
ーラップしないように正確に定義し、データベースと研究資源へのアクセスは非独占ベ
ースとする。
③
成功事例:スピンオフ企業
(1) Essa Pharma Inc.:2009 年 UBC と BCCA の研究者の開発した前立腺がん治療薬
候補を基に起業。アンドロゲン受容体の N 末端ドメインを抑制するプロダクトであ
り、シードラウンドを 2010 年に終了した。
(2) Aquinox Pharmaceuticals Inc.:2006 年に UBC と BCCA の研究者の研究シーズ
を基に起業した。低分子量の新規化合物で COPD 対象とした Ph2 を実施中で、2011
年にシリーズ B で 2,500 万ドルを調達した。
(3) Celator Pharmaceuticals Inc.:BCCA の研究者の技術を基とし 2000 年に起業し
た。化学療法薬剤の併用の際の最適な比率を同定する技術で、急性骨髄性白血病を対
象に Ph2 で試験中である。
- 192 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
④チャンピオン研究者の探索、コンタクトのお問い合わせは:Dr. Patrick Rebstein,
Associate Director , Technology Development Office, IP and Business Development,
Provincial Health Services Authority
⑤BCCA 癌組織バンク Tumor Tissue Repository (TTR)
TTR は 430 万人のブリティッシュ・コロンビア州において、癌の臨床ケアを提供する
組織である BCCA により設立された。TTR プログラムは、フレームワーク・イニシア
チブ(連邦及び州)
、特定の提携プロジェクトに対する研究バイオバンキングのサポート、
最も中心的な活動である TTR バイオバンキングを行っている。TTR バイオバンキング
のプロジェクトでは、ビクトリア市にある BCCA バンクーバー・アイランド・センター、
バンクーバー市にある BCCA バンクーバー・センターにおいて、生体組織のプロセシン
グと貯蔵を行っている。
このバイオバンクの目的は、BC 州内で組織提供に同意したドナーから生体組織と健
康データを集め、プロセスし、アノテーションを付け、バイオマーカーの発見やバリデ
ーション、また癌治療法の開発のための癌研究にツールとして提供することである。こ
のアノテーションは、
次の a と b のような分析前のデータが注釈として付けられている。
a) 組織収集関連のデータ。冷凍組織と血液検体に関する組織採取前 60 分以内の患者デ
ータがあるもの(100%)、b) 切開時間や麻酔時間など術中のデータが付いているもの
(70%)
(1) バイオバンクのインプット:TTR 増加率は、3,300 以上の患者ドナー、95%以上の
提供同意率、2010 年第 2 四半期では 130 であった。年間およそ 500 人のドナー数が
ある。
TTR 検体:癌の組織検体のタイプの分布は研究者の優先性を反映しているが、お
よその目安として以下の比率となっている。乳がん 45%、肺がん 15%、結腸直腸が
ん 15%、 卵巣がん 10%、その他の癌 15%
フォーマット:これも研究者の優先性を反映しているが、主なフォーカスは冷凍組
織及び特定のプロジェクトや用途の要望を反映した組織収集プロトコルが使われて
いる。全体の利用可能な組織の保存フォーマットは、95%がホルマリン固定、65%冷
凍、60%が手術前の血液(50%が術後の血液)
(2) バイオバンクのアウトプット
収蔵組織とデータのリリース:2008 年 11 月に組織とデータへのアクセス方法が決
定し、現在 17 件の研究を支援している。これまでに 50 以上の研究グループとの意見
交換(Consultation)があった。
論文発表:アブストラクト数は 10、論文数 10、また、地方、国、国際的な会議へ
の招待講演は 10 以上。
バイオバンクの枠組み:州でのリーダーシップは BC BioLibrary を通じて発揮され
る。BC 州内でのすべての種類のバイオバンクの質と能力の向上を図るため、新たな
共通のバイオバンクの枠組みを作るためのプロジェクトを行っている。連邦レベルで
のリーダーシップは、カナダ保健研究機構(Canadian Institutes for Health Research
(CIHR))であり、腫瘍バンクの共通プロトコル、運用とデータベースの規格を作成す
るためのプロジェクトを行っている。カナダ腫瘍バンクネットワーク(CTRNet)は
- 193 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
現在認証と教育に関するイニシアチブを行っている。
(3) TTR(腫瘍組織バンク)
1) 組織のサンプルの数:3,332件数。-180℃及び-80℃保存の凍結組織ブロック(5,655
のがん組織、2,964の通常組織)、-80℃及び20℃保存の血液サンプル1,754、全生
体組織の数は32,343。
2) がんのタイプ:乳癌 1446、直腸結腸癌 589、肺癌 522、卵巣癌 271、その他 504(食
道、子宮内膜、前立腺、胃、頭及び首癌で、各タイプ 20 件以上)
3) 貯蔵状態:多くの供給可能な組織とほとんどのバイオ検体は(重複して)約95%
がフォルマリン固定組織、65%が新鮮凍結組織、60%が処理前血液(そして50%は
VICプロジェクトPREDICTに関わる処理後血液)
、TMAやDNA、RNAを含む処理
されたものである。血液、血漿、血清、白血球は-80℃および-20℃で凍結されてい
る。
4) 情報の注釈項目:患者より同意事項、患者の状態、患者のライフスタイルデータ、
分析前の組織の収集データを収集している。
データは、解剖学的および病理学的見地からの生体組織構成比率、病理情報にま
とめられた全体的な病理データ、腫瘍タイプ、進行段階など、
(提供された生体細
胞を特定の病理学的分析を行った際のデータ)
、治療と結果のデータ(腫瘍群デー
タ、BCCAレジストリ、BCCA CAISデータベースから得られたもので、フォロー
アップの年数幅0~6年)を含む。
(4) Personal Response Determinants in Cancer Therapy (PREDICT) プロジェクト
本プロジェクトはがん治療への個人別反応決定要素を見極めるため、BCCA が
2006 年に立ち上げた地域住民ベースの血液バイオバンクであり、BCCA バンクーバ
ー・アイランド・センター Vancouver Island Centre にある。これまでに 75%以上
の提供同意を得て 5,000 人以上のドナーから検体を得ている。年間およそ 1,000 件の
提供があり、2010 年の第三四半期には 292 ケースの提供があった。
(www.bccancer.bc.ca/RES/ResearchPrograms/predict.htm)
(5) 連絡先: Dr Peter Watson, Director, Professor of Pathology and Director, TTR,
BC Cancer Agency, Vancouver Island Center, Deeley Research Center, 2410 Lee
Ave, VICTORIA, BC, V8R 6V5., Canada. [email protected]
その他の連絡先: Rebecca Barnes, TTR coordinator. [email protected]
BCCA main page and link: www.bccancer.bc.ca/RES/TTR
TTR section page: www.bccrc.ca/ttr
(2)Ontario Institute for Cancer Research (OICR)
OICR は、オンタリオ州政府の創設した、がんの予防、早期発見、診断、治療を目的
とした研究に取り組んでいる革新的なトランスレーショナル・リサーチの研究機関であ
る。
①
事業の理念
(1) 設立背景と目的:設立目的は、独自のトランスレーショナル研究を実現することで
あり、新規治療法研究、予防、スクリーニングなど、がん研究におけるオンタリオ州
- 194 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
に集積する強みを集積し、探索研究、トランスレーショナル研究、研究成果の事業化
に取り組む。
(2) 組織、運営とその特徴:OICR はバーチャルインスティチュートで、トロント市内
中心部に拠点があり、ほかにはオンタリオ州全域に多くの研究拠点がある。OICR 本
部と州内の他拠点の研究者、技術者の人数は 1,600 名で、OICR 内のプログラム同士
の連携事業、OICR と外部機関との連携も多い。
(3) 財政基盤:Ontario’s Ministry of Economic Development and Innovation(オンタ
リオ州政府)から年間 80 百万カナダドル。他に、OICR 研究者の獲得グラント、パ
ートナーからの資金で年間 80 百万カナダドル。
(4) 新規性:研究成果を新薬やその他技術にトランスレーションさせることに特化して
いる。科学的探究心に基づく研究プログラムが行われているが、患者への研究成果還
元という強い動機づけがある。トロントに立地し臨床試験 Ph1 と Ph2 を多く行う研
究病院に隣接しており、オンタリオがん臨床試験ネットワークに参加しているため、
多機関臨床試験の際の契約書やインフォームドコンセントを統一書式で行うことが
可能で、ビジネスとサイエンスの両方に高い専門性を持つ事業化推進チームによる導
出交渉や起業支援がある。
(5) 知財権利化の在り方:OICR の職員の研究成果による知財は、OICR に帰属。OICR
のプログラムに参加する外部機関の職員による知財は、当該職員の所属機関の知財規
則に準ずる。OICR と外部機関とのコラボレーションの場合は、Collaboration
Agreement をそれぞれ作成して規定する。これまでに 5 件の知財を取得、OICR の事
業化チームと MaRS Innovation が共同でライセンス手続きを行う。
(6) 今後の展望と課題
OICR は様々なタイプの連携事業に興味を持っており、OICR の研究者が大きくかか
われる案件を希望するが、受託サービス的なものは避けたい。
②
事業の運営について(図8)
(1) Ontario Health Study
オンタリオ州の健康調査プログラムは長期的に学際的なライフスタイルとオンタ
リオ州の大規模なグループの行動とがんの発症の関連を分析し、他の疾患との類似点
と相違点を検討する研究であり、プログラムはカナダと国際的な研究パートナーの関
心を集めている。
(www.ontariohealthstudy.ca)
(2) Smarter Imaging
スマートイメージング研究プログラムの目標はがんイメージングの感度(早期発
見)と特異度(より正確な診断)の両方を向上させ、画像からの情報を使用すること
で、治療の最適化を支援することである。
がんは周囲の組織に浸潤して、体内で増悪化している時に頻繁に検出される。がん
はまた、それぞれに特性が異なるため 1 つの治療のアプローチだけでは最適な治療に
はならない。研究者は、がんの検出と最も適切な治療法でそれらを処理することによ
って、この病気への対応を進展させることができる。
プログラムはイメージング技術とプローブに焦点を当てており、最も効果的に診断
と治療に結びつけることができるがんに関連する分子、物理的または機能的変化を表
- 195 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
すターゲットマーカーを探索する。
スマートイメージング研究プログラムは、分子生物学、化学、物理学の主要な最新
の進歩を活用することによって臨床現場でのがんの早期発見と診断のためのツール
と技法を開発するためにイメージング技術のプラットフォーム構築に取り組んでい
る。イメージングのプログラムには、超音波プローブによるがんイメージング、MRI
のプローブ、放射性核種のプローブ、光と断層イメージング用プローブなどがある。
(3) Cancer Stem Cell
OICR のがん幹細胞(CSC)プログラムは、がんの診断および予後とよりターゲッ
トを絞った治療法の開発に焦点を当て、世界的な研究者により CSC 研究に取り組む
ことを目標としている。
(4) Cancer Genomics
がんゲノミクスプログラムでは、より良い新たな診断ツールおよび標的治療の開発
を可能にするために、様々なタイプのがんで発生する遺伝的変化のカタログ化に取り
組んでいる。プログラムの重要なイニシアチブは、国際がんゲノムコンソーシアム
(ICGC)の創立メンバーとしての参加であり、OICR は、ICGC の事務局を務め、
データセンターとして機能とている。コンソーシアムでの研究の役割は膵臓癌に関与
する遺伝的変異をマッピングすることである。
(5) Selective Therapies (Terry Fox Research Institute, Ontario Node)
選択的治療プログラムでは、個々のがん患者を治療するための薬剤の最適な組み合
わせを追求し、新たな診断検査法の開発に取り組んでいる。がんの治療において、治
療効果を最大化することは、患者ごとに異なっている。
プログラムでは、また、選択的にがん細胞だけを殺すために、副作用を最小限に抑
えることができる、新しい化合物を追求している。
OICR は、標的がん細胞が健康なものを傷つけることなく、がん治療法の開発を効
率化するために Terry Fox Research Institute, Ontario Node と提携している。
(6) Immuno- and Bio-therapies
がん治療のためのバイオ医薬品では、健康的な組織を温存しながらがん細胞を殺す
ことを目的にウイルスを使用している。腫瘍溶解性ウイルスはがん治療のためのワク
チンに開発される可能性がある。この癌免疫療法とバイオセラピーの治療が選択的に
がん細胞を破壊し、治療を受ける患者が経験する副作用を最小限に抑えることができ
る。
- 196 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
Technology
Platforms
Innovation
Programs
テーマ
 予防
 Ontario Health
Study
 早期診断
 Smarter Imaging
 癌ターゲット
 Cancer Stem
Cells
 Cancer Genomics
 治療
 Selective
Therapies
 Immuno- and
Bio-Therapies
 Genetic
Epidemiology and
Biostatistics
 Imaging
Translation
 Transformative
Pathology
 Genome
Technologies
 Medicinal
Chemistry
 Informatics and
Bio-Computing
Translation
Programs
 High Impact Clinical
Trials
 Health Services
Research
 Commercialization
図8.OICR のプログラムとプラットフォーム
③
連携事業例
がん幹細胞プロジェクト Cancer Stem Cell Project (Innovation Programs)
がん幹細胞の果たす役割の生物学的な理解を深めることを目的として、University
Health Network、Pfizer、Princess Margaret Hospital(PMH)が参加している。研究
資金は Cancer Stem Cell Consortium 及び California Institute for Regenerative
Medicine から 80 百万ドル、PMH、OICR、Pfizer、オンタリオ州政府から 6 百万ド
ルが出資されている。Ph1 は University Health Network の Dr. John Dick が 2010
年から 2013 年の 3 年間で取り組んでおり、直腸がんのアッセイなどを開発している。
このようなプロジェクトに製薬企業が自社のスクリーニングライブラリを持ってき
て、参加するという連携の形もある。
④
連携を募集しているプログラム
Drug Discovery Program で企業の連携パートナーを募集している。チームメンバ
ーはほとんど企業出身者で、知財は連携事業ごとにパートナーと話し合って規定する
(図9)
。Dr. Rima Al-awar が担当者である。
外部の
連携パートナー
OICR Drug
Discovery Team
(化学、生物学
約30名)
OICRの
プラットフォーム・
プログラム
 Drug Discovery of
enriched, validated
targets





- 197 -
Assay development
Screening
Medicinal chemistry
ADME, PK/PD
Efficacy and
toxicology
より効能の高
い安全な新
薬
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
図9.連携を募集しているプログラム
⑤
起業推進プログラム TriPhase
OICR がシードファンドを提供した OICR のスピンオフ企業で、癌領域のシード開発
促進プログラムである。OICR と MaRS Innovation が各 1.5 百万ドルを共同出資してお
り、現在シリーズ A をクローズするところである。12 から 18 か月で IND(CTA)と
Ph1 段階に到達しそうながん関連の化合物を導入し、3 年以内、10 百万ドル以内の投資
で臨床 Ph2 の POC 検証まで開発支援する。
臨床 POC までの資金と起業のための事務所スペース、事業相談、その他の資源を提供
する。POC に到達したところで導出あるいは起業する。日本企業にも TriPhase への投
資を募っている。
⑥ Intellectual Property Development & Commercialization (IPDC) Fund
IPDC の目的は、オンタリオ州内のがん研究拠点における研究初期段階プロジェクト
への競争的資金の拠出で、従来型の研究資金と民間のベンチャー投資の資金ギャップを
埋める目的で設立される。資金はプロジェクト 1 件当たり最大 150 万ドルで、POC、バ
リデーション、市場調査、知財保護、知財獲得、経営、専門家のアドバイスなど多くの
項目に使われる。
応募者は 2~3 年目には第三機関から資金パートナーを獲得することが強く推奨され、
OICR はロイヤルティ、あるいは助成企業のエクイティを受けることができる。応募条
件は、オンタリオ州で一部あるいは全部行われた研究から生まれた知財があり、特許が
適切に出願されていて、特許所有者の知財が助成金を受けて開発を行うオンタリオ州の
機関に移行されていることが条件である。
IPDC 基金の対象となる技術は、がんの予防、見地、治療と緩和ケアに関わるもので、
低分子、生物製剤、薬物伝送プラットフォーム、診断、バイオマーカー、医療機器、そ
の他機器、画像、ソフトウェア等が入るが、治療分子、医療技術と新規技術プラットフ
ォームが優先される。
採択されるプログラムはすべて OICR 及び外部の専門家により事業開発の指導を受け
ることができる付加価値を有する。本応募するためには、事前第一次応募で仮採択され
ることが必要である。審査プロセスは、OICR 内部及び外部の専門家による。これまで
17 件のプロジェクトが採択されており、スタートアップ企業 10 社、研究機関 5 機関が
対象となっている。応募要項詳細:http://oicr.on.ca/oicr-programs-andplatforms/commercialization/commercialization/funding-opportunities/how-apply
⑦
オンタリオ州のライフサイエンス産業についての概説
(1) 高く評価される R&D 租税優遇措置
オンタリオの租税優遇措置制度は、企業にとって世界屈指の有利なものとして広く知
られている。租税控除が適用された場合、100 ドルの R&D 支出は実質 56 ドル以下に、
小規模な企業の場合には 38 ドル以下に圧縮することが可能である。また租税控除は発生
年度から過去 3 年間に繰り戻す、あるいは翌年度以降 20 年間にわたり繰り越すことが
できる。
- 198 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(2) 低額な事業コスト
世界的なサービス・プロフェショナルの KPMG が行った 2010 年の国際事業コスト比
較調査 Competitive Alternative によれば、オンタリオはライフサイエンス関連企業に対
して米国、ドイツ、イタリア、日本を下回る有利な企業コスト環境を提供する。
オンタリオ州での新規資本を対象とするカナダ連邦政府と州政府の合計限界実効税率
(marginal effective tax rate)は 2009 年の 32.8%から 2010 年の 18.6%まで一気に引
き下げられ、2018 年までにはさらに 16.2%へと削減される予定である。またオンタリオ
州内の典型的な企業が雇用主として負担する医療費も、米国平均の約 3 分の 1 と低く抑
えられている。
(3) 研究活動の最強拠点
オンタリオでは研究者による次のような世界初の発見や開発が達成されている。幹細
胞の発見、小児期の髄膜炎に有効なワクチンの開発、人工肘関節・バイオ人工角膜・抗
体被服ステントの開発。
州内 25 ヶ所の研究病院および学術病院で働く科学者や臨床研究者、その他の研究員は
1 万人を超え、オンタリオ州は北米における生物医学研究の一大中心地となっている。
オンタリオの大学や医大付属病院では、カナダ国内の保健医療活動の 30%が実施され、
年間研究費はおよそ 20 億ドルに達している。
(4) 国際交流と提携関係の卓越性
オンタリオには優秀な研究内容に加え、革新性や協働性にも秀でていることが国際的
にも認められた中核機関が多く、その数は増える一方である。
(5) 発展に必要充分な企業数と優秀な人材
オンタリオのライフサイエンス産業は裾野が広く革新的であり、製薬を筆頭にバイオ
テクノロジー、先端医療技術、受託サービス部門に、併せて約 900 社が事業展開し、1,500
人以上を雇用している。
州内の 44 校の総合大学および単科大学からは、数学や工学、各種科学分野を専攻した
卒業生が、毎年 3 万 5,000 人以上輩出されている。また、北米最大の医学部をもつトロ
ント大学を含め、オンタリオには 6 校の医学大学が設けられている。
(6) オンタリオ州のライフサイエンス産業の概要
製薬およびバイオテクノロジー部門:就労者数は 1 万 6,500 人強、企業数は 125 社以
上で、グラクソ・スミスクライン、サノフィパスツール、テバ、カナダを本拠地とする
アボテックスなどの世界的巨大企業を含む。合計収益はほぼ 100 億ドルで、R&D 支出
額は 13 億ドル強である。
先進医療技術部門:就労者数は 2 万人強、企業数は約 700 社で、GE ヘルスケア、バ
クスター、アグファ・ヘルスケア、トルーデル・メディカル・インターナショナルなど
の世界的巨大企業を含む。収益は約 40 億ドルである。
受託部門(研究、製造、臨床試験)
:就労者数は 5,000 人強、企業数は 75 社以上で、
ケンドル、パセオン、カナダを本拠地とするセラピュア・バイオファーマ、ニュークロ・
テクニックス、ガンマ・ダイナケアなどの主要受託研究および製造企業を含む。収益は
1 億ドルを超える。
- 199 -
第四章
行政府主導のオープンイノベーション
(7) 臨床試験管理費比較
2010 年の KPMG Competitive Alternative によれば、世界の主要都市の総合事業コス
ト指数でオンタリオ州トロントは臨床試験管理費が最も安かった。世界各都市の臨床試
験管理費を比較すると、米国平均を 100 とした場合、東京が高く 133.4、次いでドイツ・
フランクフルト 115.6、
米国ボストン 102.2、米国サンディエゴ 99.4、
英国ロンドン 98.1、
米国シカゴ 97.9、カナダ・トロント 97.7、であった。
(8) パートナーシップについてのお問い合わせ:Dawn Richards, PhD, Senior Business
Development Officer, Ontario Institute for Cancer Research: MaRS Centre, South
Tower, 101 College Street, Suite 800, Toronto, Ontario, Canada M5G 0A3,
[email protected]
(www.oicr.on.ca)
- 200 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
第五章
[1]
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
創薬オープンイノベーションにおける知的財産戦略
- 知的財産戦略ネットワーク -
1.はじめに
新薬創出に要する時間と費用の増大、生産効率の低下が叫ばれて久しい1、2)。その原因
として、創薬シーズの枯渇、残されたニーズの創薬の困難さ、承認ハードルの上昇、技術
の進歩と幅の拡充、スピード、といった創薬を取り巻く環境の変化が指摘されている。日
本の製薬企業が行ってきた、創薬シード探索から開発化合物創出までを自前で行なう創薬
活動では立ち行かなくなってきている。この問題の打開策として、アカデミアやバイオベ
ンチャー、或は企業間の提携による外部リソースの利用を積極的に行なうオープンイノベ
ーション・スタイルの創薬活動が日本でも活発になっている。
ここでは、ライフサイエンス分野に於けるアカデミアの研究成果を企業へ効率的に技術
移転するための知財戦略に関する取組みについて報告する。
アカデミアから創薬早期段階の研究成果、例えば、創薬標的分子の導入を考える場合、
その知財の保護状況が導入判断に大きく影響しており、物質特許(ヒトを含めた動物種の
遺伝子と蛋白質、分子機能)、製造方法、化合物スクリーニング方法、標的分子に対する
抗体や siRNA、標的分子の検出方法、生理機能や病態関連機能とその評価方法、出願国(国
内/国外)
、知財権利期間、等の医薬開発に関連する知財がどうなっているか、が問われる。
製薬企業が知財に高いハードルを課すのは、医薬品開発の特徴として成功確率の極めて
低い事業であること、製品開発まで長期間を要すること、莫大な費用を要すること、等の
理由からである1、2)。更に、世界市場の 70%以上が欧米3)であることから、製品の権利
保護には欧米における特許取得が欠かせない、という事情もある。医薬品開発は、グロー
バルな事業性の観点から強固な権利保護を求めるため、アカデミア発知財のレベルが企業
の求めているレベルと乖離していると指摘され、その改善が産学共同のイノベーション事
業を推進する上での課題の一つとして取り上げられている4、5)。
アカデミア発の知財の活性化を促進する上で、どこに課題があるのか、改善の取組みを
どうするのか、等について、ライフサイエンス分野におけるアカデミアの研究成果を企業
に繋ぐ事業を展開している、知的財産ネットワーク株式会社の活動内容を、同社の秋元浩
代表取締役社長及び長井省三取締役よりお聴きしたので紹介する。
2.知的財産戦略ネットワーク株式会社の活動
(1)設立経緯とミッション
日本製薬工業協会(製薬協)は京都大学山中伸哉教授らの iPS 細胞樹立の研究成果を
知財化し国益として確保することを目的にオールジャパン体制の「iPS 細胞知財戦略コ
ンソーシアム」の設立を政府に提言したが実現しなかったため、
「製薬協・知財支援プロ
ジェクト」を立ち上げて 1 年間活動を行なった。その結果から見えてきたアカデミア知
財における様々な課題について支援していくことを目的として 2009 年 7 月に知的財産
- 201 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
戦略ネットワーク株式会社(IPSN:Intellectual Property strategy Network)が設立さ
れた。IPSN は関係省庁、製薬協、バイオインダストリー協会などの業界団体、各界有
識者等のサポート体制の下(図1、2、3)、「知財に関する産官学オールジャパン体制
による知の結集と事業化」をビジネスの概念としている。
図1.iPS 細胞知財戦略コンソーシアム体制に関する緊急提言
図2.製薬協・知財支援プロジェクト
- 202 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図3.IPSN のビジネス概念
(2)事業内容
IPSN には国内外 80 以上の大学や産学連携本部、
研究機関等とのネットワークがあり、
これらの機関から産出された研究成果或いは知財を事業に活用できるようにバリューア
ップし、企業会員等へ繋ぐための活動を行っている(図4)
。又、先端技術分野の進展が
目覚しいアジア諸国や欧米とのネットワーク構築についても積極的に取組み、国際的な
研究開発連携やビジネス戦略についての協力と支援を考えている(図5)
。
図4.IPSN の事業概要
- 203 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図5.IPSN のグローバルネットワーク構築
IPSN の事業活動としては、ライフサイエンス分野に於ける日本のアカデミアの研
究レベルは世界と遜色がないのにアカデミア発知財の利用率は他分野と比較し低い4、5)、
という問題点の解決、アカデミアからの知財に関する要望に答えること、更に、先端技
術分野や医薬品・医療機器関係知財のシーズを早期に発掘し知財化、事業化へ繋げるこ
と、を行なっている。これまでの事業活動状況を図6から図9に示した。
企業側が指摘するアカデミア発知財の問題点として、①権利範囲が狭く、且つ周辺ま
で含めたまとまりのある特許になっていない、②国内特許出願が多く、欧米での権利が
確保されている特許が少ない6)、ということが挙げられる。医薬品開発事業では、主要
な市場である欧米での権利保護のない知財は価値を持たない、という評価もある。その
要因として、①研究テーマ設定時に将来の特許取得や活用という視点が不足しているこ
と、②論文発表が優先され権利取得が困難となることがある、③周辺特許取得を視野に
入れた権利取得が迅速に行なわれないこと、④特許出願や特許の維持管理費用が充分確
保されていないこと、⑤特許出願数が優先され質が問われていないこと、等が推定され
る。また、新しい知見の発見が主目的で、発見を発明に導くことがインセンティブとな
りにくいと思われる。IPSN ではこれらの要因を解決するような、知財コンサルティン
グ、企業とのマッチング、知財戦略支援を行なっている。
- 204 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図6.アカデミアからの知財・研究情報提供
図7.知財コンサルティング実績
図8.企業とのマッチング支援
- 205 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図9.知財戦略支援
IPSN の知財支援活動を通して、オープンイノベーションの促進に向け様々な課題
が見えてきている。大学や公的研究機関からの知財提供を目的に大学知財本部や
Technology Licensing Organization(TLO:技術移転機関)の設置が進められ、特許出願件数
の増加傾向が見えてきた5)が、企業への技術移転率が低く、うまく機能しておらず、質が高く企
業にとって利用しやすい知財が充分供給されるには至っていないように思える。ライフサイエン
ス分野の知財人材が自動車や電子機器の分野と比較し少なく、研究成果について将来の事業活用
まで見通した特許取得を行なえていないこと、充分な権利の取得や維持管理費が供出できていな
いこと、等が考えられる6)。強固な権利保護や維持に必要な資金の確保ができないことは、主要
医薬品市場国に於ける特許の排他性確保が不完全になることを意味し、特許権の主要な機能であ
る専有性が脅かされ、その特許獲得のインセンティブが失われることになる。アカデミアからの
技術移転を大きく妨げている要因のひとつと思われる。科学技術振興機構の特許出願支援制度7)
を利用した外国出願も企業のカバーしたい出願国数を満たしていない、という指摘もあり、支援
制度としては不完全のようである。これらの課題解決に向け、IPSN は、後述するライフサイエ
ンス知財ファンドを立ち上げ支援する体制を 2010 年から始めている。
知財人材不足については、アカデミアに限らず、企業も含めてライフサイエンス分野全体
の課題である。グローバルな知財戦略や戦術に精通した実践経験の豊富な人材が少な
く、これらの人材育成が課題となっている(図10)。アカデミアでは、研究テーマの
発足から知財専門家が同席し、知財化の可能性、事業性を評価し、研究者をサポート、指導して
いく仕組みづくりが求められている。それを支える人材の育成を戦略的視点から実効性が挙がる
ように進めていくことが求められる。
- 206 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図10.ライフサイエンス分野の人材育成の必要性
(3)IPSN の新たな取組み
IPSN は株式会社であることから、事業としての継続性を考え、新しい取組みとして、
①企業ニーズを踏まえた未公開あるいは一部未公開の情報を中心とした情報提供の強化、
②化合物の新用途発見を目指したオープンイノベーション、を打ち出している。
②の化合物を媒介とした企業とアカデミアの共同研究促進プログラムについては、
2012 年 7 月に募集案内を行い、2 か月間の募集期間を経て大学からの参加応募が締め切
られ、次のステップに入っている(図11、12)
。自社化合物の新作用を見出したい企
業と研究ツールとしての化合物提供要望を持つアカデミアのニーズが合致した結果のオ
ープンイノベーションである。Feasibility study からスタートし、その結果により共同
研究に進む流れになっている。参加企業は、IPSN の持つ約 80 のアカデミアとのネット
ワークを有効に活用した最大限の成果を期待している。
図11.化合物の新用途発見を目指したオープンイノベーション
- 207 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図12.化合物の新用途発見を目指したオープンイノベーションの流れ
3.ライフサイエンス知財ファンド LSIP
(1)設立経緯
LSIP(Life-Science Intellectual property Platform Fund は、ライフサイエンス分野
における大学や公的研究機関の研究成果から産出される知財を対象としたファンドで、
官民出資ファンド株式会社「産業革新機構」と企業の出資を受け 2010 年 8 月に設立さ
れた(図13)
。ファンド運営は IPSN の 100%子会社(LSIP ファンド運営合同会社)
が引き受けており、実務的な業務は総て IPSN が受託している(図15)
。設立当初は、
がん、アルツハイマー、ES や幹細胞、及びバイオマーカーの 4 分野を対象領域としてい
たが、2012 年 7 月にその領域をライフサイエンス分野のほぼ全領域とこれらの医療機器
に拡大した(図14)
。
LSIP は、大学と公的研究機関の研究成果から生み出された知的財産を社会に還元して、
技術革新をもたらすことを目的としている。
- 208 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図13.LSIP の概要
図14.LSIP の対象領域
- 209 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
(2)事業内容
LSIP の事業には、
「知財バンドリング事業」と「知財インキュベーション事業」があ
る。知財バンドリング事業は、大学と公的研究機関から一定の価値が見込まれるが活用
されていない知財を購入し実施許諾を受けることにより集約し(バンドリング)、更には、
集約した知財を補強するため、周辺特許の取得を行なう等により知財価値を高め、事業
化に適したライセンシング先を探しだし提供を行なうものである。
特許出願について、どのような権利化を行なうか、出願国をどうするか、周辺特許を
どこまで確保するか、等の知財戦略までフォローしている。
知財インキュベーション事業は、大学・公的研究機関の研究成果の中から事業化の見
込みのある研究について知財強化に必要な研究費を支援することを内容としている。
これらの事業により、企業が利用しやすい形の知財の権利化が図られ技術移転が促進
されることを期待している。
アカデミアが直面する、戦略的な知財獲得と技術移転、特許出願に伴う資金不足、等
の課題解決策として LSIP を利用することのメリットは大きい。独立法人化した大学や
研究機関では、自前の研究成果から得られる収益を次の研究資源として活用し新たな研
究成果を産み出すというサイクルが望ましい姿である。将来的には知的財産本部や TLO
が自前で対応できるようになることが求められるだろうが、当面の対策として IPSN の
ようなライフサイエンス分野の知財専門家集団の支援を受け、LSIP を活用することを検
討しても良いのではないだろうか(図15)
。
図15.LSIP による大学等の研究成果の知財化のメリット
IPSN は、日本が技術立国として国際競争に打ち勝つために、事業戦略に知的財産
戦略を組み込むことの重要性を提言し、アカデミアの研究成果や知財を活用する事業
- 210 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
を展開してきている。創立 3 周年を迎え、新規プログラムを展開する等その存在価値
を高めている。知財をリソースとしてライフサイエンス分野のアカデミアと企業を繋
ぐという、新しい「創知産業」という概念の事業モデルが社会に根付くことを期待し
たい。
(図16)
。
図16.IPSN/LSIP 活動の社会的意義
4.所感
iPS 細胞研究の成功を受けて、世界をリードする研究の推進とその成果の知財化と産業
化という課題解決に向けたアクションは、研究に関してはコンソーシアム体制が成功した
が知財に関しては機能しなかった、という結果に終わった。
研究面では、臨床や創薬への応用を目指し、iPS 細胞の初期化メカニズム解明、iPS 細
胞の効率的作製や標準化法の確立、iPS 細胞からの各組織機能実質細胞への分化誘導と組
織再生への応用、安全性試験評価系の構築、等各分野の研究が統合的に行なわれ8)、理化
学研究所の発生・再生科学総合研究センターによる加齢黄斑変性を対象とした臨床研究の
申請や疾患特異的 iPS 細胞を活用した難病研究への取り組み9)、等実用化に向けた研究
が進んでいる。
一方、知財権取得に関しては、京都大学再生医科学研究所の iPS 細胞作製法で米国や欧
州において特許取得ができたが、これとは異なった iPS 細胞の作製法や iPS 細胞から各種
臓器の機能実質細胞を作製する分化誘導方法、等については外国の企業や大学等に特許出
願の機会を与える結果になっている。事業性を担保する排他性の強い医薬関連特許を取得
するためには、特許請求範囲を支持する実施例の記載が要求される。実施例を充実するた
めに実験データを出すことは学術的意義があるとは限らないため、世界先端を争う研究者
にとってはインセンティブとはならない場合が多い。世界最初の知的発見が評価されるア
カデミアの価値観と事業性を担保する知財の確保、という異なった価値観をすり合わせる
には時間が足りなかったのだろうと推測する。このことは、アカデミア発研究成果を産業
に活用することを考える際には避けられない課題で iPS 細胞に限ったことではないと思
われる。一つの製品を創り上げるのに多くの特許使用が必要でクロスライセンスが当たり
前の電子機器等とは異なり、一つの特許が製品化に大きな比重を占めるライフサイエンス
分野では特に大きな課題である。
iPS 細胞の知財取得に向けた取組みは、ライフサイエンス分野に於ける日本のアカデミ
ア研究を産業に活用するには様々な課題があることを示した。アカデミア、企業そして行
- 211 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
政の研究成果に対する捉え方の違い、事業化を目指したアカデミアと企業を繋ぐシステム
の不備、ライフサイエンス分野の知財人材の不足、そして、これらをサポートする行政の
関り方、等様々な課題が提起されている。
今回調査対象とした IPSN は、iPS 研究の知財支援を実践した方々が中心となって設立
した会社で、iPS 知財支援の過程で明らかになった課題、即ち、アカデミアにおける知財
面の戦略と戦術についてのグローバル意識の不足とライフサイエンス分野における知財
担当人材の不足、について創薬イノベーションの推進という視点から解決するように活動
している。企業知財の中心的役割を担ってきていた専門家集団で、基礎研究成果を事業化
する上での知財面での課題解決に向けた提案やコンサルに期待が持たれている。
IPSN の活動からは、
「事業性」というキーワードが日本のアカデミアやアカデミア発ベ
ンチャーに足りないことが伺われる。知財本部や TLO の設置が期待したような成果に繫
がっていない、という指摘もその要因は同じように思える。原因は、ライフサイエンス分
野を担当している人材に事業化に通じる研究成果を発掘する目や事業性を見通した知財
戦略を構築できる人材が少ない、という IPSN の指摘につきるように思う。このような人
材の育成には相当の費用、時間を要すると思われる。又、その指導に当たる実務経験豊富
な方も少ないのではないだろうか。全国のアカデミア研究機関に一定のライフサイエンス
の知財専門スタッフを揃えるために、企業の活動に頼ることなく、行政が中心となり、欧
米企業と競争できる実力が成果として見えるまで、中長期的な人材育成を図ることを期待
したい。医薬品開発に繫がるシーズ探しは、早いもの勝ちの側面を持つこと、ワールドワ
イドに展開する必要があることから、迅速な対応を望みたい。
基礎研究成果の事業性ということに関しては、研究の開始時点から知財担当の方が同席
し知財面でのサポートをすることで、事業化の出口を明確にした研究方針を策定する試み
が行なわれている。アステラス製薬と京都大学が行なっている「AK プロジェクト」では
この方法が取り入れられ成功している(本 HS レポート別章参照)。同様な方法は、研究
機関内にライフサイエンス分野の知財専門家がいない場合でも IPSN のような外部機関の
コンサルを採用することで可能であり、多くのアカデミアで取り入れられることを期待し
たい。
創薬オープンイノベーションを促進するためには研究者の意識を変えることも必要で
ある。研究者の視線は新規発見に向いており、それを目指した研究が多い。又、その評価
は論文を基本として行なわれている。そのため、特許出願より論文発表が優先され折角の
知財化の機会が失われることが多々見られる。特許出願を行なっても国内出願に留まるこ
とが多い。国内出願により情報公開された技術や創薬シード情報が外国で医薬品開発に応
用される、という状況を産出してはいないだろうか。研究者の評価について、論文発表と
特許出願を同等に評価する制度を考えても良いのではないだろうか。
欧米メガファーマは、M&A による開発候補化合物や技術の獲得、外部研究機関との提
携による創薬ツール化合物の獲得、等の外部リソースの活用を早くから積極的に推進して
きている。専門的知識を有する人材が産学官を跨いで活発に流動することが可能な社会環
境がそれを後押ししている。そのため、産学連携や大学からの知財供給も充実している。
大学発のバイオベンチャーでも、事業性の視点が高いこと、失敗した後に大学や企業へ復
帰することも可能で、仕事のリスクを取ることに躊躇することもない。日本の場合は、基
- 212 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
礎研究を行ってきた研究者がベンチャーを起業するため、知財の保護や事業性の視点に欠
けることが多く、ベンチャーキャピタルの投資対象になることも難しい状況にある。スピ
ンアウトした後に大学等へ復帰するチャンスも少なく、大学にいながら起業となることが
要因の一つと思われる。欧米における知財活用に向けた社会基盤の整備状況は日本の抱え
る問題点解決の参考になる点が多いと思われる。行政の主導的役割が期待されている。
創薬のシーズ発掘が今後の製薬企業が生き残る課題の一つとなっており、そのために
様々なスタイルのオープンイノベーションが模索されている
(本 HS レポート別章参照)。
創薬シーズの供給先として、アカデミアの研究成果が産業化に活かされるように知財化さ
れること、研究者が事業性を意識した研究活動を行なうことができる評価制度が実施され
ること、そして、創薬シーズ発掘の目利き人材を育成すること、を産学官連携で推進する
よう、期待する。
(参考資料)
1)Jack W. et al. Nature Reviews Drug Discovery (11) 191-200, 2012
2)八木 崇ら、JPMA News Letter, 2010/03, No.136, 34-35
3)八木 崇ら、JPMA リサーチペーパーシリーズ 2010/03, No.49, 12-14
4)特許庁「平成 18 年度知的財産活動調査報告書」
5)特許庁「平成 23 年度知的財産活動報告書」
6)科学技術・学術審議会産業連携・地域支援部会産学官連携推進委員会(第 10 回)
H24.7.2 資料 2:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu16/001/
shiryo/__icsFiles/afieldfile/2012/07/13/1323534_2.pdf
7)特許化支援 - JST産学連携・技術移転事業総合ページ
http://warp.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/240489/www.jst.go.jp/tt/pat/index.html
8)文部科学省 iPS 細胞(人工多能性幹細胞)研究ロードマップの策定について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/21/06/1279621.htm
9)JST 研究振興支援業務室 平成 24 年度「疾患特異的 iPS 細胞を活用した難病研究」の
公募について:http://www.jst.go.jp/keytech/kouboh24-7.html
- 213 -
第五章
[2]
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
オックスフォード大学・アイシスイノベーションの知的財産戦略
1.はじめに
製薬企業の医薬品開発の特徴としては次のようなことが挙げられる。創薬シード探索か
ら新薬化合物開発までの開発事業が極めて成功確率の低い事業であること、製品化するま
での開発期間が長期に及ぶこと、さらに莫大な費用を要すること、等である。これらはシ
ーズの枯渇や未開発疾患の特異性など、創薬を取り巻く環境の変化に起因する。
これまで日本の製薬企業は自社開発にこだわる創薬を実践してきたが、その手法では立
ち行かなくなっていることが明らかになっており、ブレイクスルーにつながる新たな開発
手法に目が向けられている。シーズ探索の効率化や探索コストの削減などを推し進めると
共に、自社開発に囚われないオープンな発想の下で創薬の生産効率を高める手法の開発が
活発化している。
オープンイノベーションは、製薬産業が他企業やアカデミア、ベンチャー企業などの外
部の研究機関に目を向けて、それらの機関に存在するリソースの利用を積極的に推し進め
るものであり、企業はオープンイノベーションの多様な取り組みを行なっている。
今回、オックスフォード大学が出資して設立したアイシスイノベーション社 the
University of Oxford, Isis Innovation Limited (www.isis-innovation.com) が行なってい
る開発支援活動についての話を同社日本代表の饗庭賢治氏より伺った。同社はアカデミア
の研究成果を企業に繋ぐ事業を展開している。アイシスイノベーション社が取り組んでい
るオープンイノベーション事業について報告する。
2.オックスフォード大学
英国のオックスフォード大学は 12 世紀後半に誕生した英語圏で最も古い大学であり、
現在では英国を最もリードする研究機関となり、4700 名の研究者と 9600 名の大学院生を
有している。医薬専攻の学生数 975 名はオックスフォード大学の全専攻の中で最大の人数
となっており、アカデミックスタッフは 1600 名を超え、その 41%は外国籍の人材で構成
されている(図1)
。
オックスフォード大学の研究費は英国の大学で最大規模であり、2010-2011 年度では
約 601 億円(501 百万ユーロ)であった。大学の収入約 1,100 億円(919.6 百万ユーロ)
の 41%が外部研究資金によるところがオックスフォードの特徴で、支出の 53%がスタッ
フ経費で占められているのは人材に投資していることを示している。
大学は最新の世界大学ランキングでは第 2 位、アジア・ヨーロッパでトップに位置する
と評価されており (http://ranking100.web.fc2.com/world/world001.html) これまでに 51
名のノーベル賞受賞者を輩出している。オックスフォード大学の研究テーマを図2に示し
た。
- 214 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図1.オックスフォード大学の概要
図2.オックスフォード大学の研究テーマ
3.アイシスイノベーション社とその事業概要
アイシスイノベーション社は、オックスフォード大学が全額出資して 1987 年に設立さ
れた大学の知財管理を担当する技術移転会社で、設立以来オックスフォード大学の研究者
が生み出した成果や種々のノウハウを蓄積しその商業化支援を行っている。またクライア
ントの各国政府、他大学、研究機関、企業と連携し、技術や知的財産の商業化を展開して
いる。知財商業化のサポート体制を図3に示した。
- 215 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図3.知財商業化のサポート体制
(1)事業業績
2000 年以来、850 件の特許取得、750 件のライセンス締結、1,150 件の研究開発コン
サルティング業務の締結を行っている。特にスピンアウト企業の創設が 70 件なること
は他のコンサルティング企業に比して突出した特徴になっている。
企業を含めた英国の PCT 特許出願件数は 9 番目になり、欧州全大学においてはトッ
プに位置している (World Intellectual Property Organisation (WIPO) 統計 2010 年)。
(2)2011-2012 財政年度の実績
売上は前年度比 21%アップの 10.2 百万ポンドで、前年度比 10%アップの 5.3 百万ポ
ンドがオックスフォード大学及びその研究者に還元されている。対スピンアウト企業累
積投資シェアは前年度比 29%アップの 45 百万ポンド、新規スピンアウト企業の創設の
資金は総額 4.9 百万ポンド、ライセンス及びコンサルティング契約の締結は 356 件にな
っている。
アイシスイノベーション社は博士号取得者 37 名及び MBA 取得者 18 名を含め多種多
才な人材を有している。また多くの人材が企業での勤務経験を持っており、総勢 77 名
が大学の知財管理と技術移転に従事して、産官学に亘る国際ネットワークを駆使して実
績を積み上げている。
アイシスイノベーションのクライアントとそのニーズを図4に示した。
- 216 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図4.アイシスイノベーションの顧客とそのニーズ
(3)アイシスイノベーションの企業グループ
アイシスイノベーション社の企業グループは、ISIS Technology Transfer、Oxford
University Consulting、ISIS Enterprise で構成されている。それぞれが事業活動を展
開しており、主な業務は次のようになっている。
1)アイシス・テクノロジートランスファーは、組織として一番大きく、知的財産、
特許、ライセンス、スピンアウト会社設立、シードファンド、アイシスエンジェル
ネットワークに関する事業活動を行い、社員の半数が籍を置いている。
2)オックスフォード大学コンサルティングでは、大学研究者のドクター1000 名が
アイシスイノベーション社と契約をして、大学研究者によるコンサルティングサー
ビスを行っている。
3)アイシスエンタープライズは技術移転ノウハウのコンサルティング、トレーニン
グプログラムの提供、イノベーションマネジメントサービス等を提供している。
アイシスイノベーション社は開発品に対する研究面の価値や発見価値及び商業化の価
値など多面的な知財マネージメントを実践して開発品を評価しており、同社がもたらす
付加価値には、リサーチシーズの発掘と目利き、知名度が低い研究機関で行われている
先端研究プロジェクトの発掘、インライセンス契約サポート、リサーチ契約交渉サポー
ト、技術及び市場の適正調査、実験室レベルの研究プロジェクトを量産プロジェクト等
が挙げられる。アイシスイノベーション社はこれらの付加価値の創生を通して、クライ
アントが要請する事業の市場をリサーチし、適確に評価すると共に製品等を目利きする
ことによって、クライアントが要望する事業展開の支援に協力し貢献している。
4.アイシスエンタープライズ
2004 年に設立したアイシスエンタープライズは、アイシスイノベーション社が 1987 年
以降に培ってきた独自の技術移転ノウハウをベースに 3 番目の事業部門として活動してい
る。世界各国の政府及び政府系機関、研究機関、他大学の技術移転機関、企業をクライア
ントに持ち、コンサルティングやイノベーションポートフォリオ管理サービスを提供して
- 217 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
いる。
クライアントとサービス事例:アイシスエンタープライズはクライアントに対して、そ
れぞれの分野で次のような多様なサービスを提供している。
・政府への技術移転政策の提案と技術移転システムの構築
・企業には技術スカウティングサービス等のイノベーションマネジメント
・研究機関及び大学には技術移転パートナーシッププログラム
・研究支援や助成組織には技術移転関連助成金のインパクトレビュー
・エンジェルやベンチャーキャピタル等の投資家には技術の商業化ポテンシャルの調査
・サイエンスパークにはフィージビリティスタディ、有機的イノベーションシステムの
構築
更にアイシスエンタープライズはクライアントをオックスフォード内や英国内に留め
ることなく、コンサルティングサービスを多数の国々に向けてグローバルに展開している。
2010 年 3 月期には香港オフィスを設立した。2011 年 3 月期は 50 か国以上の取引実績を
有しており、2011 年末に日本との産官学連携促進強化をはかるために京都に日本事務所
を開設した。支援活動の中にはスタッフがプロジェクト単位でクライアントに出向するケ
ースもある。アイシスエンタープライズの事業内容を図5に示した。
図5.アイシスエンタープライズの事業内容
5.アイシスイノベーション社の事業内容
医薬品開発も含め、アイシスイノベーション社がこれまでに取組んだ事業の一部を紹介
する。
(1)知財ポートフォリオの最大価値創出支援
英国の慈善団体ケネディ・トラストの要請を受け、ケネディ・リウマチ研究所の医薬
品関連特許群の再評価をするプロジェクトでは、各特許群の詳細な検証を通じて医療へ
の商業化の可能性を評価し、商業化実施と結果の予測分析を行っている。その結果から
特許ポートフォリオのスリム化による知財の維持管理費用の大幅な削減効果をもたら
- 218 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
している。またこれらの知財を必要としている市場を開拓し、その商業化を支援してい
る。
(2)研究体制強化サポート
英国エレクトロニクス企業の製品開発力の強化と新開発体制づくりをサポートする。
アイシスイノベーション社が企業の担当役員とエンジニアに対してトレーニングとコ
ーチングを行い、研究や技術開発チームを率いるリーダーの役割と能力を強化し、先端
技術と物作りに必要なリーダーシップを育成している。
(3)新規開発商品の国際展開サポート
ボスニアの再生エネルギーを扱うベンチャー企業の海外進出を支援するために、新規
開発商品である斬新な垂直型風力発電システムと太陽光発電パネルを組み合わせたコ
ンパクトな発電装置の適正な評価を行い、商談サポートと提携可能先の開拓とアドバイ
スをしている。
英国 Nampak 社開発の省スペースプラスチックボトル(Infini Bottle;従来品に比べ、
プラステック使用料を 15%削減)の特許の価値提案をし、海外企業へのライセンス供
与を受託して国際展開を開始している。
(4)特定地域の国際展開サポート
ロシア共和国西シベリアのトムスク地方において、大学、研究機関、地元企業の国際
化のため、トレーニングとマーケティングを提供して、トムスク地方の国際ビジネスに
係る諸問題の認識向上を図り、ロシアと欧州間のパートナーシップを構築している。
(5)研究機関の知財評価業務
英国アストン大学の特許資産をレビューして、各特許ファミリーの技術力、実現可能
性、商業化潜在力を指標とした評価を行うプロジェクトを実施して、50 を超える特許
を再評価し、特許資産を 30%スリム化した。結果として年間の特許管理コストを大幅
に削減している。
(6)技術移転業務トレーニング
マレーシアの大学に、12 か月に及ぶ技術移転トレーニングを提供して、100 を超え
る技術案件を創出した。欧州におけるマレーシアの技術力の認知度向上に貢献している。
主なトレーニング内容は、知財開示のための評価業務支援、知財プロフィール作成支援、
過去の知財再評価、産官学連携スタッフと研究者に対する技術移転トレーニング、スピ
ンアウト企業の経営者へのアドバイス等である。
(7)地域活性化とその事業サポート
英国 Carbon Trust 社とのパートナーシップにより、英国の低炭素技術企業への事業
支援サービスの提供を行っている。主な事業技術サービスは、事業計画及び知財戦略策
定、資金調達サポート、技術適正評価及びマーケティングである。低炭素関連分野の新
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第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
興企業に対し、それぞれの企業に特化した専門知識を提供している。
(8)技術移転アセスメント
南アフリカ共和国科学技術省の依頼で同国 5 研究機関の研究開発力評価を実施し、評
価結果に関する一連の詳細レポートを同省に提出している。同国の技術移転事業のレベ
ルを把握する大きな一助となっている。評価の目的は、研究機関の現有人材への教育、
研究開発プロセスと技術移転への取組みを深めること、技術移転プロセスの改善策を策
定することである。
6.テクノロジースカウティングサービス
(1)商業展開サポート
アイシスイノベーション社は 2004 年にアイシスエンタープライズを設立し、それま
で築いたネットワークを活用して、オックスフォード大学以外から生み出される技術及
び知的財産についても商業化を展開している。その展開において世界各国の政府、他大
学、研究機関から生まれる技術の知的財産と、企業のニーズをマッチングするコンサル
ティング事業を開始して「ハブ機能」の強化に努めている。特にテクノロジースカウテ
ィングサービスは、企業の代理として研究テーマや技術ニーズに応じて、オックスフォ
ード大学が有する世界トップレベルの研究者ネットワークを活用することにより、オッ
クスフォード大学以外の様々な大学、研究機関、企業が保有する技術、知的財産、製品
を検索し情報の提供を行うオーダーメイドのサービスを行っている。事業レポートには
技術、知的財産、製品情報に加え、買収ターゲットとなり得るスピンアウト企業やベン
チャー企業の情報も含まれている。
すなわちアイシスイノベーション社は、依頼企業との慎重かつ詳細にわたる打ち合わ
せの積み重ねにより技術ニーズを的確に把握した上で、オックスフォード大学の研究者
ネットワークを通じ適切な技術や知的財産の発掘及び評価を行い、その後のライセンシ
ングや買収交渉のサポート等を行う一連の「テクノロジースカウティングサービス」を
提供している。
(図6)
アイシスイノベーション社は企業クライアントの研究開発ニーズにマッチする最適
な技術、化合物、会社を継続的に発掘している。情報の源となるものは、英国の大学で
No.1 の研究費及び特許申請件数を誇るオックスフォード大学の保有する知的財産のラ
イブラリーや、設立以来 20 年以上に渡り「オックスフォード」ブランドを活用してネ
ットワークを築き上げてきた世界各国の政府系機関、大学、研究機関、多国籍企業であ
る。
また必要に応じ、オックスフォード大学がこれまでにアクセスを持たない研究機関と
もコンタクトと関係構築をはかり、包括的なサポートを提供している。
現在ではこれまでにも増して企業クライアントのニーズを正確に把握し、ライセンシ
ングやベンチャー会社の買収機会の情報を提供することで、オープンイノベーション時
代における研究開発・製品開発を強力にサポートしている。
- 220 -
第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
図6.テクノロジースカウティングサービス
(2)利用実績
2007 年にテクノロジースカウティングサービスを開始して以降、欧州地区の大手企業
を中心にその利用が拡大している。企業クライアントからは、特に①依頼企業の研究開
発ニーズを十分に把握する為の慎重かつ丁寧な会話の積み重ね、②今後有望と見込まれ
る技術の絞り込みと見極め、③コア技術から派生して展開する可能性を探るブレインス
トーミング、に関して高い評価を受けている。
日本企業の利用実績として、大手通信会社向けの次世代技術の発掘や大手化学メーカ
ー向けの新規研究開発テーマの発掘などがある。
本サービスは、企業クライアントの研究開発の方針や要望に応じてカスタマイズする
ことができる。アイシスイノベーション社が企業クライアントのニーズを正確に把握し
てライセンシングや製品、技術ベンチャー企業の買収機会の情報を提供することで、当
該サービスがオープンイノベーション時代の研究開発を強力に支援するツールになって
おり、これまで多くのクライアントから調査レポートに対して驚きも含めた称賛を受け
ている。
7.オックスフォード大学における創薬のオープンイノベーション
1939 年の in vivo でのペニシリン抗菌作用の発見を初めとして、1945 年にフレミング
博士と共にノーベル生理学医学賞を受賞した Ernst B. Chain、Howard Florey の研究成
果等、オックスフォード大学からはライフサイエンス分野においても数多くの研究成果が
生み出されており、世界の人々の健康増進に貢献している。現在、ライフサイエンス分野
に従事している多数の研究者が創薬に関する研究に取り組んでいる。近年、アイシスイノ
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第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
ベーション社が創薬のオープンイノベーションとして支援した事業から臨床試験に進ん
だ開発品目の一覧を図7に示した。
2009 年に上市された製品 2 品目と臨床試験のそれぞれの相に進んだ 17 の開発品が示
されている。
図7.上市済み医薬品および臨床試験課題の一覧表
8.所感
アイシスイノベーション社が 1987 年に設立されてから 25 年が経過している。この期
間に同社が取り組んだ知財管理や技術移転での化合物の商業化は、さまざまな疾患領域で
展開され成果を挙げており、その活動は着実な歩みを続けている。2004 年の事業部門の
拡大は同社の業績の向上と拡大につながり、同業者並びに他の業界からも注目されている。
また近年はこれまでに培ったノウハウを基にして、支援サービスの拡充にネットワークを
活用することで商業化支援活動の幅を広げている。2011-2012 年度の売上実績には目を
見張るものがある。
アイシスイノベーション社の商業化や開発研究の支援活動は英国のオックスフォード
大学内に留まらず、大学や研究者のネットワークを用いて世界中で実施されている。この
ネットワークの活用は重要なツールとなっており、ネットワークの拡大と共に同社の知財
管理や技術移転の商業化支援が展開されている。これまでに同社に蓄積されたライフサイ
エンス分野等での研究開発や技術移転に関連した事業化のためのノウハウが、同社の商業
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第五章
オープンイノベーションに於ける知的財産戦略
化支援策に柔軟性を生み出している。このような活動経験が医薬品企業に何らかの事業展
開や開発の方向性を示唆する視点をサポートできるのではないかと思われた。今後、オー
プンイノベーションを進めたいとしている企業には有益なコンサルタント企業になるも
のと思われた。
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第六章
考
察
第六章
考
察
化合物やヒト由来の細胞と組織など実質的側面を持つ研究資源と同様に、外部連携によ
り取得可能な創薬のアイデア、分子構造や薬理の情報、創薬シーズ、そして連携ネットワ
ークが、産官学に取っての重要な「研究資源」となって来た。 本年度はこの「研究資源」
について調査研究を行った。
1.国内の製薬企業とバイオテク企業のヒアリングから
オープンイノベーションという言葉が提唱されて 9 年あまり、多くの産業がこの戦略に
取り込んでいる。
製薬企業においても 2007 年のリリー社(FIPNet)や塩野義製薬(FINDS)
、
2009 年のエーザイ、2010 年ファイザー社(CTI)
、2011 年のアステラス製薬(a-cube)
、
2012 年の第一三共(TaNeDS)など、導入する企業が徐々に増えてきている。一方、抗
体医薬についての大阪大学と中外製薬の共同研究開発などのように、オープンイノベーシ
ョンの定義に類似した研究開発は、共同研究や産学連携などと呼ばれ、これまでも行われ
ていた。
「あなたが考えるオープンイノベーションは?」と質問を投げかければ多種多様な回答
が得られるだろう。企業では、同業種であっても各々の社内事情が異なり、外部に求める
ものが一様ではなく、同業他社が行っているオープンイノベーションの仕組みや制度を、
そのまま闇雲に自社に取り入れることは最善ではない。むしろ全く異なる業種のオープン
イノベーションが参考となることも考えられる。
脳は人間が人間らしく生きるための根幹をなす心の基盤であり、心の働きを解明する最
先端の脳科学研究では、科学的知見が急速に蓄積されてきている。これを基盤に、経済学・
社会学・生理学・認知心理学等の様々な研究領域が学際的に融合した応用脳科学研究と、
その産業化を推進する応用脳科学コンソーシアムが創設された。
日本の縦割り社会構造を理解した上で立ち上げられたこのコンソーシアムは、大変に興
味深い。立ち上げから 3 年間で見える成果を出しつつあることは、製薬産業においても十
分に評価し得る。ここで芽生えた産業化アイデアの技術シーズは、この枠組みから抜け出
して、実効性のある実を結ぶことが期待される。このコンソーシアムにはまだ医薬品の研
究会はないが、これに関連するヘルスケア脳情報クラウド研究会が活動している。製薬企
業ではヘルスケア分野のニーズと期待があり、製品開発過程での知財権確保が確認できれ
ば、製薬企業においても参加する価値は大きい。
ベンチャー企業がアカデミアとの共同研究を有効に活用し、その成果を製薬企業に移転
するために担う役割は大きい。行政が減税や競争資金の提供を行うなど、欧米に比べてベ
ンチャー企業が育ちにくい環境面を整備してフォローすべきで、ベンチャー企業が製薬企
業に限らず製品化に向けた専門技術やノウハウを有する他の企業とのオープンイノベー
ションを進めることは必須である。
他業種から学び得られるものも多くあり、自社の研究開発の強みと弱みを十分認識し、
目指すべき方向性をしっかり見極めて、オープンイノベーションに応用することが必要と
思われる。
- 224 -
第六章
考
察
2.製薬企業が主導するアイデア公募型オープンイノベーションについて
この取り組みは、開始されてから評価できるだけの十分な時間を経ていないが、企業の
利点を挙げるならば、アカデミアとのネットワークが広がることの他、巨額の資金は必要
なく少ない投資で研究をサポートできること、思わぬ創薬シーズが得られる可能性や確保
の困難な臨床検体を医療研究機関から入手できる期待があること、また採択テーマの研究
活動を通して人材の掘り起こしができること等である。
一方、公募するために注意すべき点としては、企業が求めるニーズを応募者に十分理解
してもらうこと、テーマや募集領域を明確にして発信する情報を充実すること等が挙げら
れる。更に重要な要素として、申請された課題の選考に際していわゆる目利き役の確保が
必要である。研究成果を実のある形でビジネスに繋げることができるよう、企業の努力に
期待したい。
3.海外製薬企業のヒアリングから
GSK の研究開発はオープン且つ大胆で革新的である。トレスカントス・オープンラボ
ではヒット化合物の情報を共有し、外部創薬シード薬剤探索センターでは社内の創薬技術
を共有することで、外部団体との連携を更に追求している。これらのオープンイノベーシ
ョン事業は、他の製薬企業でのモデルになり得ると同時に、生物学や薬理学の進歩に貢献
している。研究部門の探索実施ユニット制度は、研究開発の効率化を推進していく重要な
戦略である。そこでは科学的なレベルが向上し、多くの研究者が成果を発揮して高い生産
性と投資収益率を挙げている。
イーライリリーは大型製品の特許切れという極めて深刻な事態に備え、社外イノベーシ
ョン戦略やオープンイノベーション・パートナーシップなどの戦略で研究開発を進め、成
果を得ている。メガファーマにあっても新規医薬品の種を探すことに苦労する時代である。
国内製薬企業も早々に自前主義を捨て、世界の優れた研究者の知恵や技術を共有できるオ
ープンイノベーションを積極的に進めるべき時期に来ている。また、問題解決のために創
造性を持った人材を育てる努力が製薬企業に問われていると考えられる。
ドイツでは 20 世紀以前より化学工業が発展し、製薬産業は 1980 年代まで全盛期にあ
った。しかし 90 年前後からの分子生物学と遺伝子工学の時代に入ると、その国際競争力
に大きな補強の余地が生まれた。ドイツは歴史的には必ずしも連邦政府による国家的戦略
のイノベーション政策が、強力に推進されたとは言えない。しかしイノベーション創出の
観点からは産学官連携活動に対する期待は高く、21 世紀に入ってから連邦政府は、連邦
高等技術戦略プログラムやバイオファーマ懸賞など積極的なイノベーション促進のため
の政策を実施している。Neu2 コンソーシアムもその一つである。
4.大学でのオープンイノベーションのヒアリングから
大学から創薬シードを創出するため、東京大学 創薬イノベーションセンターを拠点と
してネットワークの基盤整備がなされ、薬剤探索活動が開始された。この活動では、構築
された化合物ライブラリーが、ネットワークを組む大学の薬理学研究者や生化学研究者に
無償で提供される。他に、創薬シード創出が身近なものになるように、若手研究者の教育、
知識や技術のレベルアップ、研究のスピード化、スクリーニング法取得などを支援してい
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第六章
考
察
る。製薬企業がどのような形でこのネットワークと協働し成果を挙げるかは今後の課題で
あるが、ネットワークに参加することは有意義と思われる。
大阪大学では産学連携がまだ特異な位置付けで考えられている状況であり、この連携を
活性化させるためには、人材確保が最重要課題であるとしている。人材が産学連携の中心
的戦力となるためには、キャリアパス構築が必要不可欠であり、大学組織の中で企業と行
政の人事交流を活発に行なう必要がある。また、恒常的な支援スタッフ採用など確固たる
長期戦略と、プロジェクトへの柔軟な対応を可能とする組織作りが必要となる。知的財産
の評価では大学での戦略に限界が来ているため、知的財産からの利益を期待することは難
しい。人材や知恵の蓄積が無駄にならない新しい仕組みづくりが必要である。
京都大学で AK プロジェクトのような提携型の協働研究が可能になったことには、2004
年の国立大学法人化や、大学が知的財産を管理できるようになり企業との連携がしやすく
なったこと、産学連携への関心が大学組織や研究者個人に深まったこと、創薬のような長
期事業に 10 年を見越した政府の予算が付くようになったこと、京都大学の責任者と企業
経営者に強い熱意と英断があったこと、臨床医、基礎研究者、企業研究者の違った視点か
らの研究テーマ提案があったこと等の要因が挙げられる。現在はヒト(臨床)と研究(基
礎)が再び融合できるヒューマンバイオロジーの時代であり、AK プロジェクトでは創薬
を指向したヒューマンバイオロジーの研究が進んでいる。
5.
行政機関主導オープンイノベーションのヒアリングから
創薬の研究開発でアカデミアと企業を結ぶステップが十分に働いていないことは産学
共通の認識であり、アカデミアのシーズで前臨床の薬効検証が取れていないことや、きめ
細かい知財管理ができていないこと等の問題点が指摘されている。「創薬支援ネットワー
ク」はアカデミアのシーズを戦略的に育成して臨床 POC まで、産学の橋渡しを行う。ネ
ットワーク本部では、多組織を結ぶマネジメントが極めて重要であり、創薬業界も人材の
提供など、本ネットワークを支援し利用することが求められている。
米国 NIH の国立先進トランスレーショナル科学センター(NCATS)は類似の組織であ
る。これにより創薬ベンチャーが機能している米国でも「死の谷」克服の努力が続けられ
ていることを考えると日本の停滞は許されない。
世界と戦える産学官連携の研究開発拠点を作ることは、「日本の知」を結集するという
意味で重要である。効率的な産学官連携のためには、まず社内部門間の壁、大学での学部
間の壁、省庁間の壁を取り払うこと、限りある資源を分散させず集中投下を実施する手段
を用いること、小粒ではなく極端に大粒の研究開発を目指すこと等が重要である。実りの
あるオープンイノベーションを実行するためには規模感覚も必要と思われる。資源が有り
余る環境にはない今、是非とも一気通貫を目指して、効率的に日本の知を結集する研究開
発戦略を進めて貰いたい。
医薬品産業等を日本経済の牽引役とする政策で産学官が一つにまとまり、集中的に財政
等の支援が行われることに異論はない。国際戦略総合特区に国と地方の協議会が定められ
たことは重要である。医薬品開発や製品化並びに海外販売展開等において、別の価値観を
持つ組織や担当者の思案が集約されて、限られた資源を十二分に活用する政策へとレベル
アップすると考えられる。創薬を推進する政策を立案するには、オープンな発想を適確に
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第六章
考
察
捉えて政策化する人材や、プロジェクトを強力に推進するリーダーなどの人材育成も重要
な課題である。オールジャパンで切れ目のない施策を実施すること、オープンに人材を求
めること、産学官の人材交流がスムーズに行なわれること等が、国の政策には必要不可欠
である。
カナダ連邦政府のオープンイノベーションへの取り組みは 1990 年以降着実に進展して
いる。2002 年のイノベーション戦略発表とも相まって新規事業創成と雇用創出に大いに
貢献しており、この分野での成功モデルとなり得る。非営利のエクセレンスセンター等が
製薬産業全体の技術レベルの向上を図っている。それらは研究ツールや研究プラットフォ
ームを開発し、有望な新薬候補の開発を推進するなど、重要な役割を担っている。CDRD
は、初期段階の新薬候補を開発するために専門知識とインフラストラクチャを提供する医
薬品研究開発センターであり、臨床試験開始を支援する組織として機能している。事業化
に特化し、研究投資の社会還元を目指すプロジェクトの育成は大変重要である。
6.オープンイノベーションに於ける知的財産戦略のヒアリングから
知的財産戦略ネットワーク株式会社の iPS 細胞知財支援事業では、アカデミアにおける
知財戦略のグローバル意識欠如とライフサイエンス分野における知財担当人材の不足な
どが問題となった。同社は創薬イノベーションの推進という視点から、これらを解決する
為に活動している。基礎研究成果を事業化する上で知財面での課題解決に向けた提案やコ
ンサルタントに期待が持たれる。
オックスフォード大学のアイシスイノベーションは、日本企業に対しても研究開発迅速
化等について支援事業を行っている。知財管理や技術移転による商業化だけに留まらず医
薬品産業以外の数多くの分野で支援業務に取り組んだ実績から、オープンイノベーション
事業に関しても、想像を超える引き出しの多い研究開発の提案を持つと思われる。
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第七章
提言
第七章
提
言
書
創薬に関わる研究では常にイノベーションが求められており、オープンイノベーション
を通した連携の為に産学官それぞれのセクターにおいて、従来にない変革が求められてい
る。本 HS レポートの最後にあたり、産学官の創薬関係者に向けて提言する。
提 言
( )内は提言の相手
1.情報と人のネットワーク拡大
提言1 オープンイノベーション・マインドを浸透させ、研究連携の拡大を推進 (産・学)
提言2 交流の場としてのネットワークを更に拡大 (産・学・官)
提言3 積極的に創薬に関する情報を公開 (産)
2.オープンイノベーションの支援
提言4 新しい産学連携体制を創成して支援 (産・学・官)
提言5 ベンチャーの設立と育成を総合的に支援 (産・学・官)
3.人材の育成と活用
提言6 目利きコーディネーターを育成し活用 (産・学・官)
提言7 人材の流動性を保証する雇用制度を確立 (産・学・官)
以下にそれぞれの説明を行う。
1.情報と人のネットワークの拡大
提言1 オープンイノベーション・マインドを浸透させ研究連携の拡大を推進(産・学)
産においては、経営責任者の支援を得て、国内のみならず国際的な競争力強化のため
自前主義から脱却し、オープンイノベーションを前提とした研究を当然と見做す風土を
醸成すべきである。
アカデミアにおいては、創薬のオープンイノベーション事業を短期的な収入確保手段
として捉えるのではなく、イノベーションを創出し実用化の成果が生み出されることで、
中長期的に研究や教育活動の活性化に繋がる事業であると認識する。
提言2 交流の場としてのネットワークを更に拡大(産・学・官)
産学共にこれまで接点のなかった機関や研究者を抱合して可変容易なネットワークを
広げ、その中から的確なパートナーを探し出すことを推進する。インターネットを活用
した双方向の情報送受信と共に、ネットワークのグローバル化も進める。特に産業界は
外部ネットワークを仲介する機関の活用に考慮して、ベンチャーの積極活用や異業種協
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第七章
提言
働の機会を進めるなど、ネットワークを柔軟に広げる。
アカデミアのコーディネーターは工学系、理学系、医学薬学系、更には人文科学系な
ど様々な知を結集させるように努める。
また産学連携やオープンイノベーションのシステムを学問的に研究する講座や研究室
を大学に増やす。研究の場を通して産学官関係者の交流を促進し、新しいオープンイノ
ベーションの形態を創成して事業を立ち上げる環境を整備する。
提言3 積極的に創薬に関する情報を公開(産)
オープンイノベーションにおいて、産業界は企業機密に考慮しながらも、積極的に情
報を公開する。その情報発信力に応じて、得られる情報の量と質が高まりこれまで接点
のなかったアカデミア等からの情報入手が可能となる。
社内で蓄積されている情報や課題を公開し、研究資源のオープン・ソースを積極的に
展開することにより、創薬における新規ビジネスモデルを切り開く。
2.オープンイノベーションの支援
提言4 新しい産学連携体制を創成して支援(産・学・官)
創薬においては、アカデミアの提示するアイデアや早期の研究シーズを産業界が全て
導入することはリスクが高く難しい。それらの有効性を検証する為、アカデミアで前臨
床試験や臨床 POC を行なうシステムを構築する。
産業界出身の目利き人材によるコーディネートにより、産官の資金投入、研究開発を
担うバイオベンチャーの育成、知財戦略の立案と実施などを、総合的に完結できる体制
とする。それには国際戦略総合特区を活用することもあり得る。そこから産学連携をコ
ーディネートする人材が育つことも期待できる。
また従来の産学共同研究ではなく、産学の研究者が共同で研究所を運営する体制も支
援する。アカデミアは先端的なアイデア、研究成果、研究者の提供等を、企業は出口戦
略の明確化、知財戦略策定及び推進、人材の提供等を、官は産業化ビジョンの立案及び
施設や資金を含めた支援等を行う。
またアカデミアや企業は保有する低分子量の化合物や抗体を含む蛋白質などのライブ
ラリーを開示し、相互利用を行うオープンイノベーションを推進する。さらに既存医薬
品の効能追加(リパーパシング)
、および開発を断念した化合物の再開発(レスキューイ
ング)のため、企業がコンソーシアムを形成し、アカデミアが協力する体制も構築する。
提言5 ベンチャーの設立と育成を総合的に支援(産・学・官)
創薬において大学の成果を製薬企業に移転する際にはギャップがある。その間のトラ
ンスレーショナル研究を担うバイオベンチャーの設立と育成について、学はシーズと技
術提供や共同研究などを通して、産は資金や技術と人材提供などを通して、官は助成金
や税制を含む環境整備などを通して支援する。また核酸医薬や再生医療などの分野では
製薬企業にもノウハウが少なくまたリスクも大きいため、専門的なバイオベンチャーの
設立と育成を支援する。また専門性の高い中堅製薬企業はその技術を生かして長期間の
共同研究開発を行い、ベンチャーを育成する。
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第七章
提言
創薬ベンチャー、研究支援ベンチャーなどの立ち上げをワンストップで支援できる組
織を充実させ、産学官からなる支援人材を配置する。そこでは研究員や研究室の整備の
みならず間接部門も含む人材の確保、知財・営業・総務・労務管理・経理・財務などの
支援、各種のファンド獲得の支援など、経営支援全般を行う。また産学官はバイオベン
チャーとの人材交流を積極的に進める。
バイオベンチャーやアカデミアの創薬研究支援のためには、リスクを伴う多額の研究
開発投資が必要になる。そのため学官の年間予算だけではなく、半官半民の基金やファ
ンドを用意し、民間出身の経験豊かなファンドマネジャーを登用してポートフォリオを
運用することが求められる。その際、官の資金を呼び水に民間資金を集めるスキームも
構築する。
3. 人材の育成と活用
提言6 目利きコーディネーターを育成し活用(産・学・官)
アカデミアには企業が求めるシーズを正確に把握することが望まれるが、研究者が商
業化を検討して単独で研究を行うことには弊害もある。そのためアカデミアは、シーズ
の発掘と育成をコーディネートできる産業界出身の目利き人材を積極的に活用する。そ
の際にはベテランだけでなく最先端の研究に従事している企業出身の中堅人材の活用も
考慮する。他方、一人のコーディネーターが多くの分野に責任を持つことは難しいので、
専門性の高いコーディネーターが、大学間横断的に活動する体制も推進する。
提言7 人材の流動性を保証する雇用制度を確立(産・学・官)
産学連携においては、産と学の立場それぞれの思案を熟知することがコーディネート
の専門性を高め、連携を成功させるポイントとなる。その為、アカデミアからバイオベ
ンチャーや企業へ、企業からアカデミアへと、人材が容易に流動する雇用体制を確立す
る。官はそのための支援策を講じる。
オープンイノベーションに参画するアカデミアにおいては、論文や特許にならない実
験や研究も行われることになるため、研究に従事する研究者に対して、収入やキャリア
パスなどを配慮して研究意欲を高める施策を講じる。
科学技術の政策立案及び施行の場に、出口志向の視点を持つ産業界出身の人材を登用
する。
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おわりに
おわりに
医療産業は日本の成長産業として位置付けられており、特に創薬に関しては新たな
医薬品の増発に注目が集まっています。しかし、現状は医薬品の輸入超過状況にあり
ます。
医薬品開発の過程において、
「 死の谷」の克服は製薬産業の重要なミッションであり、
平成 24 年度の本委員会では死の谷を超えるための鍵を握ると考えられる「オープン
イノベーション」について、産学官の取り組みの実態と方向性について調査しました。
オープンイノベーションという概念が提唱されたのが 2003 年でした。それまでも
同様の試みがなかったわけではありませんが、この概念が定義化されて以降、自前の
研究開発からオープンな研究開発へとその流れは一気に変わっていったように思われ
ます。また、オープンイノベーションの再定義化もそれぞれの立場で検討されていま
す。我々が従事するライフサイエンスの世界でもその取り組みは多種多様であると考
えられます。今回、産学官がオープンイノベーションに向きあい、それぞれの立場で
知恵を凝らして取り組んでいるイノベーションや施策などを採り上げることができた
のではないかと考えています。
もっとも、イノベーションを生み出す仕掛けは固定されたものではなく、企業や大
学で、それぞれの実情に合った取り組みを不断に継続する必要があります。今後、中
央行政や自治体からは従来の支援策とは異なった臨機応変な支援策も引き続き期待さ
れます。創薬のための環境が変わり始めたところで忘れてはならない重要なことは、
製薬産業が外部と連携してイノベーションを創出するために、企業なり大学がフレキ
シブルな体制で人材を活用するしっかりした研究基盤を構築することであり、外部の
情報を正確かつ素早く目利きする人材も育てることにあります。さらに受身のネット
ワークになっていないか、自己点検すること等も必要になると考えられます。
本 HS レポートが我が国の産業を牽引する製薬産業の活動を鼓舞し、更なるイノベ
ーションの創出の一助になるのであれば、委員一同喜びとするところです。
最後になりましたが、ご多忙中にもかかわらず本委員会の調査研究に快くご協力を
いただき、インタビューや貴重な情報をご提供くださいましたアカデミア、行政府、
企業の皆様方にこの場を借りて深くお礼申しあげます。
ヒューマンサイエンス振興財団
研究資源委員会
副委員長
江口
有
中西一太
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HS レポート No. 78
研究資源委員会調査報告書
創薬におけるオープンイノベーション
-外部連携による研究資源の活用-
発 行 日: 平成 25 年 3 月 29 日
発
行: 財団法人 ヒューマンサイエンス振興財団
〒101-0032
東京都千代田区岩本町 2-11-1 ハーブ神田ビル
電話 03(5823)0361/FAX 03(5823)0363
(財団事務局担当 佐々木 弥生)
発行元の許可なくして無断転載・複製を禁じます。
©2013
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