BWC Final 2016参戦記 1日目 ー出国ー 羽田空港の

BWC Final 2016参戦記
1日目 ー出国ー
羽田空港の出発カウンターに並んでいると後方か
ら「なおさんっ」と声を掛けられた。その声の主
はBWC Finalに日本男性代表の中台さんだった。
中台さんの背後にはお父様と思わしき方の姿が。
今回の渡英でご一緒されるそうだ。
まだ搭乗時刻まで時間がある。クレジットカード
会社の空港ラウンジに3人で行くことにした。
無料で提供されるドリンク類を嗜みながらラウン
ジの大開口の窓から見える駐機場の景色を眺めて
寛いでいたのだが、中台さんから大会のコースレ
イアウトや適したギア比、レース運びの話題を振
られた私は少しだけブルーな気持ちになった。
渡英を楽しみにしている気持ちもあるが、それよ
りもレース前の緊張感が強く、いつもレースが終
わるまで寛いだ気分にはなれない。小学校の学校
行事で催されるマラソン大会前の落ち着かない気
持ちと同じなのである。
そういうことで、レースの準備が終えている今は
極力レースのことを考えず、イギリス観光の事だけ
を意識することによって現実逃避していた。
2日後にはレース当日であるということ、そして逃
げ出したくなるような緊張感を中台さんとの会話
で思い出してしまった・・・。
搭乗時刻となり、飛行機に乗り込んで席に着いた
私は最近購入したノイズキャンセリング機能付き
のヘッドフォンを耳にあてがう。機内のゴーッと
いう騒音がかき消され静かな図書館の中のような
静寂に包まれた。これは思いの外、快適だった。
程よく眠ることが出来た為、ヒースロー空港には
あっという間に着いたような気がした。
天候は曇り、気温は摂氏18度。真夏の東京から比
べると涼しくて気持ちが良かった。
ホテルまでの移動は地下鉄を乗り継ぐ。駅のコン
コースにはエスカレーターがないところがあるた
め、ブロンプトンを担ぎながらの乗り換えは少し
大変だった。
ホテルは大英博物館にほど近いところを予約して
いた。大会会場にも近くてブロンプトンジャンク
ションにも歩いて行けるという立地なのである。
オーストラリアに仕事で駐在しているTさんも同じ
日にロンドン入りしていた。もちろんBWC Final
に参加する為だ。中台さん親子とTさん、私の4人
でチャーリングクロス駅近くのシャーロックホー
ムズパブへ呑みに行くことにした。シャーロック
ホームズとどのような所縁があるのか知らないの
であるが、ホームズビアとワトソンビアというの
が店イチオシのビールだった。日本ではないので
冷えたビールが供されることはない。ただ、常温
に近いエールは口に含んだ時にフルーティな香り
がより強く広がるのである。フィッシュ&チップ
スを肴にホームズビアを嗜んだ。どんな観光をす
るかで一同は盛り上がり、この日の夜は更けていっ
た。
2日目 ーブロンプトン社訪問ー
翌日はミズタニさんがアレンジして下さったブロ
ンプトン本社の工場見学ツアーに参加することに
なっていた。天候は昨日に続き曇り空であった。
品開発がどのように行われているとかいった話を
伺い、見学ツアーは1時間ほどで終了。品質管理や
生産効率に関してとても高いレベルにあるんだな
と感心しきりである。
工場のエントランスに戻ると外はいつの間にか雨
が降っており、ブロンプトンで登場したウィル社
長の服装は濡れていた。突然の登場に驚く。
そう言えばとばかりにウィル社長から、ジャンク
ションで販売されている「HOME IS
ELSEWHERE」という本をウィルさんの手書きメッ
セージ入りでプレゼントされた。感激である。
ロンドン市街中心部から北西に電車で30分ほどの
グリーンパーク駅まで輪行する。いつもながら輪
行袋不要なのは便利である。
駅の改札口でミズタニの方と秀岳荘のT常務、スポー
ツサイクルサカモトのS社長、バイシクルわたなべ
のW社長、BWC Japan男性優勝者である中台さ
んと合流した。
ブロンプトン社の新工場は駅から徒歩5分ぐらいの
距離にある。昨年見学させて頂いた旧工場の倍ぐ
らいの面積であり、その天井も高くなっていた。
溶接体験をさせて頂いたりしながら、現地スタッ
フの方からどういう部分の製造が難しいとか、製
ちょっと離れた場所にあるレストランでの昼食の
お誘いがあり、パラつく雨の中をウィル社長と我
ら一行のサイクリングとなった。
ウィル社長が勝手知ったるマニアックな道を先導
してくれた。運河沿いに出ると幅1mちょっとの遊
歩道をいいペースで突き進む。少し怖い。時折止
まってくださったりして運河の話などをして下さ
るのだが、ジョークが多くてどこまでが本当かよ
くわからなかった(笑)
小一時間ほど走ったところで「Dock Kitchen」と
いうレストランに到着した。ふと自分のブロンプ
トンを見ると湿った土の遊歩道を走った痕跡が、
車体全体に泥汚れとして見受けられた。あろうこ
とかチェーンもドロドロである。これで明日の大
会を問題なく走れるのだろうか・・・。
2
イタリアン中心のメニューが特徴で、都会的な内
装のおしゃれレストランだった。食事を楽しんだ
後、お土産を買う為に中台さんと私はブロンプト
ンジャンクションロンドン(以下ジャンクション
と表記)に向かうことにした。
先程までのハイペースなサイクリングとうって変わ
り、ゆったりしたポタリングペースで郊外の景色
を楽しみながら走った。30分ほど走ったところで
ジャンクションに到着した。
店長のヤボルさん(先日のBWC Japanにも
Joseph Cosacチームとして参加していた方)に、
(かなり厚かましいお願いであるが)ブロンプト
ンを洗って頂けるかどうかお聞きしたところ、笑
顔で洗車道具を渡してくれた。どうやらお店の軒
先にて自分で洗うなら道具を貸してくれるという
ことのようだ。そりゃそうか。
ロンドン中心部であるソーホー地区でおしゃれな
人が行き交う中、中台さんと二人でしゃがみ込ん
で、ドロドロになったブロンプトンを洗うことに
なった。これも面白い経験である。
注油を済ませたところで、店内に入りお土産を物
色する。BWCグッズやカバンなどを買い込み、プ
チ爆買いをしてしまった。ポンド安バンザイであ
る。
中台さんとは一旦別々のホテルに戻り、夕方にス
ローンスクエア駅近くで再会することになる。ミ
ズタニの方がウェルカムディナーとして焼肉レス
トランに招待下さったからだ。
日本風な内装のレストランであるが、米国風の焼
肉料理であった。目の前の鉄板で調理頂くタイプ
のお店といえばイメージがつくと思う。
調理を担当してくれたのは自らを「アイアム・ニ
ンジャ」と名乗るフィリピン人のエンジェルさん
である。彼のコテさばきはまさにニンジャ。コテ
をクルクル回したり、たたき合わせてリズミカル
な音を立てながら、肉を切り分け炒めていく。宙
を舞う卵をコテで突き刺し、鉄板に落としたとこ
ろでカラの部分をコテで弾き飛ばしてカラ入れケー
スにシュートする。ちょっとしたイリュージョン
を観ているようだった。
お酒も進み、楽しい夜は更けていった。明日は
BWC Finalである。
3日目 ーBWC Final当日ー
翌朝9時に私のホテル前にオーストラリアからお越
しになったTさん、BWC Japanで2位になられた
Nさん(なんと出張で渡英されていたとのことで、
駆けつけてくださいました)と合流します。レー
ス前にロンドン市内で行われるフリーライドに参
加した。
これは去年も参加したイベントであり、ロンドン
市内を15kmほど封鎖して走るイベントなのであっ
た。片側3車線道路の真ん中を走るのは格別であ
る。
フリーライドの周回コースの途中にBWC Finalの
かなり大きなホスピタリティブースがあった。入
3
場手続きを行いブースに入ったところで目を疑っ
た。
ごろといったところである。スタートまでの時間
をゆっくり会場で過ごすことになった。
木陰に見慣れた人物が佇んでいた。いや、そんな
はずはない。まさかと思うが、そのニヤリとした
笑顔で確信に変わる。
今年の本戦には期するものがあった。というのも、
昨年1位のハスティ選手はオリンピック強化選手団
Team GBの一員であり、リオオリンピック開会日
の2日前であるBWC Finalには参加しないだろう
という目論見があったからだ。
「Rさ∼ん!なんで居るんですか∼!」
思わず声を上げてしまう私。Rさんは関東在住の
ブロンプトン友達。去年も一緒にBWC Finalに参
加した仲なのである。
BWC Finalはこの2年程、開催地のキャパの関係
で抽選に当たらないと参加できないようになって
いる。Rさんは当選したにも関わらずサプライズ
の為に半年程だまっていた様子。流石としか言い
ようがない。
入場手続きした時に頂いたゼッケンの中に、腕に
貼るように出来ている日本国国旗が入っていた。
各国のBWCで優勝した代表選手は皆、腕に国旗を
貼り付けるというレギューレーションになってい
るようである。各国代表選手のアタック(早駆け)
は潰されたり、ドラフティング(風除け)に使わ
れたりすることがあり戦略上不利となるが、国旗
を背負って走ることを誇らく思った。
無料提供されるお昼ご飯(肉厚なピザ)をウキウ
キ気分で頬張っていた時のことである。思わずソ
レを吹き出しそうになった。目の前を、涼しい顔
をしたハスティ選手がブロンプトンに乗って通り
過ぎた。
まだ本戦開始まで何時間もあるのにも関わらず、
バックヤードで懸命にアップしているのを見て、
戦慄が走った。(後でわかったのだが、今年の彼
女はTeam GBの一員でなくなっているようであ
る。)
例年の彼女は日本男性代表とほぼ互角のタイムを
叩き出しており、到底私が敵う相手ではない。意
気消沈である。
会場で出会う人と雑談しているうちにいつの間に
かコース入口に人が集まっているのに気がついた。
そろそろレース開始なのであった。
急いで自分のブロンプトンを取りに行き、列に加
わる。コースに出ると指定された位置にブロンプ
トンを畳んで配置した。
今年はスタートグループがウエーブBになっていた。
昨年はウエーブA。このウェーブというのは申告タ
イム順で区切られるグループなのである。昨年3位
である私のタイムではなぜかウエーブBにされてい
た。これがレース結果に大きく影響を及ぼすこと
になる。
本戦は19:15スタート。ナイトレースなのである。
ナイトと言ってもイギリスは緯度が高くサマータ
イムを適用しているので、明るさは夏の日本の5時
ウエーブAにはハスティ選手をはじめ数名の各国代
表女子選手が割り当てられており、ウエーブBにも
私を含めて残りの各国代表が割り当てられていた。
このウエーブ間のハンデはかなり大きい。スター
4
ト間隔が10秒間、さらにスタート位置も100mほ
ど離れている。都合20秒程のハンデがあることに
なる。日本の大会と違いネットタイム(組み立て
時間を含めた時間で順位がつき、シンプルに着順
が成績になる)方式なので手痛いハンデなのだ。
去年と同じくトップの(男性)選手が8周回したと
ころでレース終了。たとえ8周回できていなくて
もコース内にいる全員はその時点の周回数で順位
がつき、周回数毎にゴールしたタイムが早い方が
上位となる。
昨年の参考タイムから計算すると、上位を目指す
(8周回する)には必ず1周回を3:30前後で走る必
要があり、3分35秒だと8周目に入れない。その場
合、上位争いから脱落する危険がある。20秒近く
のハンデは1周回で2.5秒分の遅れとなる為、昨年
ギリギリ8周回を回れた身としてはこのハンデはと
てつもなく大きい。この時点でほぼ優勝への見込
みはほとんどなく、アクシデントが起こらない限
りひっくり返せるものではないと確信していた。
ただ、日本代表で参加させていただいたことを考
えると全力を出して1秒でも速く走る以外ないので
ある。
心の準備の余裕もなく号砲が鳴る。
組み立ては1秒でも早く行う必要がある。同じウエー
ブでは最短で組み立てることができたようだが、
私の四方で組み立て中の選手によってフタがされ
ていた状態であり、スタートを切れなかった。
いいペースを刻んでいた。後ろに付くことにする。
1周目の終わり頃には十数人の集団となっており、
私のすぐ後ろにイタリア女性代表がいることに気
付いた。
7周回目まで時折前を曳いたりしながら速度を保
つことができた。去年はもっと高強度で走ってい
たことを考えると少しペースが遅かったかと思う
が、この集団から上位にジャンプアップする程の
体力はないと分かっていた。その体力は最後のス
プリントに残しておかなければならない。すぐ後
方のイタリア女性代表は確実に私よりも脚を残し
ている可能性があり、スプリント勝負になるハズ
であるからだ。
7周目の最後のストレートに入るところで、ウエー
ブAにいた女性選手を抜いた。後方にいたイタリ
ア女性代表はいつの間にか千切れていた。少しだ
け安 する私。その瞬間、後ろから大歓声が聞こ
えた。男性のトップ集団がものすごい勢いで私を
抜いていく。
マズイ!8周回回った先頭集団だ!
しまった!8周目に入れない!200m近く先のコン
トロールラインがゴールラインに突如変わったの
だ。このことに気づいた選手たちはスプリント体
勢に入る。私も限界を超えた力でペダルを踏み込
む。ゴールライン手前ではハンドルを前方に放り
投げた。
「ソーリー!ソーリー!プリーズ!クリアダコー
ス!」
無意識に叫んでいた。なんとか抜け出しフル加速
するが、既にウエーブAの選手達は遥か彼方だっ
た。
少しでも速い集団を探す。チームスカイのジャー
ジ風のスーツを着ている男性(白と水色のカラー
テープをスーツの上に巻いているだけ(笑))が、
5
後で記録を確認すると7周回最後のストレートで
抜いた女性選手との差はわずか1秒であった。彼女
も全力でペダルを踏んでいたようだ。
ウエーブB以下の女性選手には抜かれなかった。ウ
エーブAの女性選手は何人か抜いたハズだ。ただ、
ハスティ選手を含めた何人かは抜くことができな
かった。今年は表彰台は難しいだろうと感じた。
トップ集団が目の前でゴールしてから10秒かから
ずゴールした私はウエーブAなら8周回目に入れた
のに!と、悔しさがこみ上げてきたのであった…。
4日目 ーロンドン観光ー
よく晴れた気持ちのいい日曜日の朝を迎えた。
BWC Finalが終わり解放された気分である。
今までBWC Finalに来る時は、大会前に滞在日程
に余裕を持たせて観光をしていた。大会前の観光
は色々と懸念がもたげてきて、観光を純粋に楽し
めていなかった。今回の渡英では大会後の滞在日
程に余裕を持たせているのだ。
今日はTさんとロンドン界隈をポタリングするこ
とした。
しばらくして表彰式が始まった。今年も昨年に続
き3位である。表彰されることは嬉しいが、同時
に背筋がぞっとした。4位と1秒差だったことを
考えると、7周回目にゴール近くで抜かれた集団
が、8周回を終えたトップ集団ということに気付
いていなかったら、もしくは気付くのが1秒遅かっ
たら、表彰台に上がることができなかったのだ。
近くの朝市には色とりどりの野菜や果物、焼きた
てのパンが並んでおり、その風景がとても絵になっ
ている。ホテルを朝食付きにしている為に、もっ
たいなくて朝食を食べて来たことを、少し後悔し
た。
中台さん、Tさん、Rさんと、ホテルの部屋に集まっ
て小さな祝勝会を開いた。シャンパンを飲みなが
ら、各々のBWC Finalの体験を語り合ったところ
で 23時を過ぎていた。
6
バッキンガム宮殿近くのハイドパークはウォーキ
ングイベントが開催されており、自転車の乗り入
れが禁止されていた。公園の美しい景色を楽しみ
ながら自転車を押すこと30分、ケンジントンパ
レスにたどり着いた。世界有数の地価を誇るロン
ドン市内にこれほどの広大な土地があることに驚
くばかりである。
ように我慢してウィンドウショッピングに徹した
のであった。
夕方には中台さん、Tさん、Rさんとバッキンガム
宮殿前のザ・マル(BWC Finalのゴール前スト
レートと同じ場所)に集まり、サリークラシック
というレースを観戦した。ツールドフランスに参
加していた有名選手が多く参加するワンデーレー
スである。ゴール前スプリントはすごいスピード
で目の前を通り過ぎるので、選手が誰なのか判別
できなかったが、ゴール後に大好きなフルーム選
手が目の前を通り過ぎたところを写真に収め、一
人興奮していた。
映画「ノッティングヒルの恋人」で有名なノッティ
ングヒルにも行ってみた。高級住宅街は小高い丘
になっている。映画の舞台となっている旅行本屋
(撮影当時は家具屋だったとか)に行ってみたが、
映画にちなんだお土産物屋に変わっていた。聖地
巡礼的に訪れる観光客で れている。
5日目 ー大英博物館ー
翌日はあいにくの雨。明日は帰国なので、1日観光
できるのは今日が最後である。何度か渡英してい
る割に、来たことがなかった大英博物館に行くこ
とにした。
午後からはソーホー地区近くの自転車屋巡りであ
る。ポンド安の影響であらゆる自転車関連の商品
が安くなっていたので、不必要なものを買わない
感心するのは所蔵数800万点の美術品の数々。ラ
ムセス2世像を代表とするエジプトの美術品が入
り口すぐの展示コーナーに展示されている。その
展示数に圧倒された。ただ、ミイラなどの展示コー
ナーには、こういうのは持ってきちゃダメなんじゃ
ないかなぁ、なんて思ってしまう。
基本的に絵画は少なく立体物の展示が多い。数少
ない絵画展示コーナーで英国人画家フランシス・
7
タウンの水彩画は目を引いた。18世紀の新古典主
義絵画にあるような陰影の濃い油絵とは違い、も
のすごく淡白な色彩でありながら、正確な形状を
描き出している風景画の数々は、現代の商業イラ
スト的なキャッチーさもあり、250年も前に描か
れたものとは思えなかった。館内のおみやげ物屋
で画集を買おうと探したが、売っていなくてちょっ
と残念だった。
6日目 ー帰国ー
帰国後は、何人かの友人から3位入賞のお祝い飲
み会を開いて頂いたりして、楽しかった渡英の余
韻を楽しんだ。レースに関しては、不満点が残る
が、挑戦する楽しみが残ったと考えることにしよ
う。
最後にこのような機会を与えていただいた、ブロ
ンプトンバイシクル社および、ミズタニ関係者の
方々に感謝の念が絶えない。
8