デジタルネイティブが世界を変える

ドン・タプスコット著,栗原潔訳
『デジタルネイティブが世界を変える』
翔泳社,2009 年 5 月,viii+491 頁
市 田 陽 児
Grown Up Digital: How the Net Generation is Changing
Your World by Don Tapscott
Yozi Ichida
はじめに
この『デジタルネイティブが世界を変える』は,ドン・タプスコット(Don Tapscott)が 2008
年 10 月に McGraw-Hill 社から出版した『Grown Up Digital: How the Net Generation is Changing Your
World』の全訳である。著者はコンピュータ,インターネットなどの情報技術関連の企業経営や
大学教授に長年従事し,
『デジタル・エコノミー−ネットワーク化された新しい経済の幕開け』(こ
れだけ単著で以下は共著)
,『情報技術革命とリエンジニアリング 』,『b ウェブ革命 ネットで勝
つ 5 つの戦略 』,『ウィキノミクス−マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』など日
本でも話題を呼んだ著書が多い。
本書は,著者が 1997 年 10 月に同じ出版社から刊行した『Growing Up Digital: The Rise of the
Net Generation』
(橋本恵,菊池早苗,清水伸子訳『デジタルチルドレン』ソフトバンククリエイティ
ブ,1998)で出現しつつあった「ネット世代(The Net Generation)」の約 10 年後の現在の活躍状
況を著した書とも言える。
そこで本稿では,本書の構成と概要を紹介し,若干の考察を加えたい。
1.本書の構成と概要
本書は「第1部 ネットワーク世代登場」,「第2部 規制制度を変革する」,「第3部 社会を
変革する」の3部で構成されている。
著者は第1部で本書の主要登場人物である「ネット世代」を以下の4章で実証的に分析し,そ
の特徴を抽出している。すなわち,「第1章 成人になったネット世代」では,第2次世界大戦
後に生まれた「ベビーブーム世代」から始まり「ジェネレーションX」,
「ネット世代」および「次
世代」に至る世代の人口構成と世代の特徴を記述している。とりわけ,
「ネット世代」
(「ジェネレー
ションY」とも呼ばれる)は 1977 年 1 月から 1997 年 12 月に誕生した 11 歳から 31 歳(2008 年現在)
までの若者で米国人口の 27%を占める約 8110 万人が該当する。1998 年以降に生まれた世代は「次
世代」または「ジェネレーションZ」と呼ばれ,米国人口の 13.4%を占める約 4010 万人である1)。
前著の『デジタルチルドレン』ではまだ子供だったネット世代が高校生,大学生あるいは社会人
になりこの2つの世代は,米国人口の 40%を超え,大きな勢力になり,社会における影響力も
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強くなってきている。
「第2章 ビット漬けの世代」で,著者は,デジタル機器に囲まれて生活するネット世代がイ
ンターネットのウェブページを閲覧するだけからインターネットを使って情報を共有し,互いの
利益のために協業を推進し,困難な問題を解決する新しい方法を作り出す場としてインターネッ
トそのものの特性を変革しつつあることを強調する。ネット世代のデジタル生活の一端は,情報
端末機ブラックベリーを目覚まし時計,懐中電灯,時計,電話として使い,通勤途中の車内ではカー
ラジオではなくて,iPod を接続して自分の好きな音楽を聴き,ニュースはTVではなくインター
ネットのRSSアグリゲータを利用して設定してある Web サイトの更新情報を受信し,スカイ
プで画像を見ながら友人と話し,ユーチューブで最新ビデオを確認する2),というものである。
「第3章 世代の特徴」では,ベビーブーム世代の著者は,ネット世代の娘や息子の行動基準
が全く異なることを発見し,その姿勢と行動について次の八つの特性を抽出し「八つの行動基準」
と命名する。
(1)自由 (とりわけ,自分が場所と時間を選択できることは当然と考えている)
(2)カスタム化 (製品を自分の好みに合わせて変えてしまう)
(3)調査能力 (ウェブ上の膨大な情報の取り扱い経験から真実と嘘を見分ける能力がつい
ている)
(4)誠実性 (正直,思いやり,透明性の維持,約束を守ることを高く評価する)
(5)コラボレーション (過去のチームワークとは異なり,個人の貢献を大幅に活用し,集
合的な結果を得ることができる)
(6)エンターテインメント (生計のための活動を楽しもうとする)
(7)スピード (世界中の誰もが迅速に応答するものだとみなす)
(8)イノベーション (製品のイノベーションがリアルタイムで起きていることを体験して
いる。職場のイノベーションは協業と創造性を推奨する新たな業務プロセスを作り出す)
これらの八つの特性がネット世代の生活の様々な局面でどのような影響を与えているかについ
て,著者は第2部と第3部の各章で検証を重ねていく。
「第4章 ネット世代の頭脳」で著者は,幼少期からビデオゲームとインターネットの画面に
向かう時間が多かったネット世代の頭脳の批判について,データや事例,自分の子供たちの観察
から反論する。脳は幼少期を過ぎてからも変化(成長)するし,ビデオゲームに熱中したネット
世代が高い視覚的認知能力を持ち,三次元空間の把握能力を向上させ,視覚情報を迅速に処理で
きること,マルチタスキングを簡単に行うので作業の切り替えが早い。依然として,ベビーブー
ム世代はインターネットが集中力を阻害していると考えているが,著者は情報の洪水を適切に処
理できるツールを手に入れたなら,ネット世代は史上最も賢い世代になる3)と主張する。 著者は「第2部 既成制度を変革する」で,ネット世代の八つの行動基準が教育の現場,職場
での人材管理,消費者としての活動,家族との関係に影響していることを以下の各章で事例をあ
げて明らかにしていく。
「第5章 教育を再考する」では,最も人口が多く,最も人種的な多様性が多く,最も女性の
社会進出が進んでいるネット世代が教育を受ける現場で二極分解しつつある現状について,著者
はデータをもとに分析を進める。1970 年から 2003 年にかけての大学入学者は 50%増加し,25
歳から 29 歳の大卒者は倍増した。18 歳から 24 歳までの米国人の 35%が大学に在学している(2006
年の時点)。トップレベルの大学に入学した小数のネット世代は著名な教授と研究でき,小規模
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なクラスで,最新のツールや情報源にアクセスできるが,多くの若者(とりわけ,黒人,ヒスパニッ
ク系,ネイティブアメリカン系)は大学を中退したり,6 年以内に卒業できない。中退者の約半
数は授業が面白くない,退屈であるとの調査データから,著者は教育モデルの変革が必要である
と訴える。すなわち,教師ではなくて学生を中心にすることが有効であること,放送型学習から
対話型学習への変革,一方通行的な教育から新しい事物の発見を中心にした「調査的学習」への
移行,孤立した個人学習から学生間で協業するコラボレーション学習へ,既製服のような画一的
内容の教育から一人一人の進捗度合いや興味に応じた学習内容の提供へ,などである。さらに,
学習プロセスには,選択の自由,カスタム化,透明性,誠実性,コラボレーション,娯楽,スピー
ド,イノベーションが不可欠で,このネット世代の八つの行動基準に従った教育プログラムの構
築の必要性を訴えている。
「第6章 人材管理を再考する」で,著者は大企業にとってネット世代の働き方が何を意味す
るかを明らかにしていく。採用,研修,監督,維持という従来の人材管理モデルを捨てて,企業
は人間関係を作り出し,積極的な参画を奨励し,コラボレーションを行い,共に成長するという
新しいモデルを採用すべきだという。その具体例として,著者は店舗従業員の大多数が 19 歳か
ら 24 歳のネット世代である米国の家電小売業のベストバイを例にとって明らかにしていく。雇
用主には,ベストバイのようにネット世代のやり方を全面的に受け入れるか,古くからの階層的
な組織を維持し,上司と部下の世代間の壁を強くするか二つの選択肢があるという。企業が人材
獲得競争において,ネット世代の八つの行動基準を重視するなら,ネット世代を雇用し,維持す
ることができ,競争上の優位性が得られるし,新たな機会が生み出され,コストを削減でき,利
益と成功の可能性を増すことができる,と著者は主張する。
「第7章 Nフルエンスネットワークをプロシューマー革命」で,著者は,ネット世代は SNS
を介してNフルエンスネットワークと呼ばれるネットワーク(親友,より広い友人,その他の世
界という独自の階層をもつ社会構造)を構築し,レベルごとに交換する情報や回数を自分でコン
トロールしており,企業がメッセージをコントロールし,消費者はそれを聞いて購入する従来の
マーケティング手法とは異なるという。また,Nフルエンスネットワークでは親友,より広い友
人,その他大勢の各レベルで購買決定の関与は異なる,という。ネット世代は放送型モデルの受
動的な消費者ではなく,ブランドに積極的に貢献しようとする行動をとるので,
「プロシューマー」
(プロデューサー+コンシューマー)と呼ぶことができる4),という。
賢明な企業は,顧客に製品レビューの投稿場所を提供して,顧客の友人的存在になろうとして
いるが,ブランドイメージを企業側ではコントロールできない現実も受け入れている,と著者は
冷静な判断をしている。著者は,ネット世代の消費行動についても,彼らの八つの行動基準が,
彼らが消費者として,どのように行動するかの指針となり,マーケティングにおける重大な変化
の先駆けになる,という。
「第8章 新しい家に勝る場所はない」で著者は,「ネット世代と家族」について分析する。著
者のベビーブーム世代は,大学卒業後に実家に戻ることは考えなかった。その理由は,自立でき
る力がつくと家から巣立ち,自由と独立を満喫したいからである。ところが,ベビーブーム世代
が親になると,子供たちが外で自由に遊ぶことを恐れ,管理した。その代わりに多くの親が子供
に携帯電話を与えた(条件付きではあるが)。また,パソコンのインターネットの世界がネット
世代にとって,自由になれる場所であった。著者は,自身も参加し本書を着想するきっかけになっ
たリサーチプロジェクト「The Net Generation : a Strategic Investigation」(ネット世代:戦略的調査)
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の調査結果から「ネット世代という家族指向の世代が,子供たちがオンラインで世界を探検する
際の課題を扱うのに適した,オープンな家族を築いていこうとしていることが示唆されている」5)
という。
著者は,
「第3部 社会を変革する」で,ネット世代が社会に参画し始め,インターネットの
利用方法で,それまで存在していないものやシステムを創り出していることを示していく。
「第9章 オバマ,ソーシャルネットワーク,市民参加」で,著者は,国政レベルの経験がな
く,高位の行政官の経験もなく,アフリカ系米国人であるオバマの民主党代表選挙,大統領選挙
で,選挙参謀の一人であるネット世代のクリス・ヒューズが今までとは異なるインターネットの
新しい利用方法で一般市民の力を借りて選挙運動し大成功を収めたことを明らかにした。すなわ
ち,従来のメール,SNS で単にオバマを紹介する手法ではなくて,クリス・ヒューズがハーバー
ド大学の学生寮でマック・ザッカーバーグ(フェイスブックの設立者の一人)と同室だったので,
フェイスブックの多くの機能の開発を手伝った経験から各個人が自ら組織化し,情報を共有し,
候補者の集会や資金を集めるためのデジタルツールを開発し,オバマのソーシャルネットワーク
キング・サイトに設置した。これによって,オンラインコミュニティは 100 万人を超えた。
「第 10 章 世界を根本的に良い場所に」で,著者は主導した前述のリサーチプロジェクトの調
査結果から,各国のネット世代は「健全な価値観を持ち,人類全体を大切に思っている」6)こ
とを明らかにした。現在の混迷する世界を親の世代が経験したことのない方法で,自分たちの地
域コミュニティに関わっており,グローバルに考え,地球という星を救うと言う意識が高い,と
著者はいう。
著者は「第 11 章 未来を守る」で,ネット世代は多くの点で批判されてきたが,著者たちの
調査プロジェクトの結論は「著者たちは間違っていないというだけでなく,ひとつの世代として
社会のあらゆる制度を良い方向へと変更していく可能性が高い」7)というものだ。ネット世代
への 10 項目の批判について,著者はこの章でそれぞれ反論していく。
2.考察
著者は「はじめに」の章でネット世代に対する巷間で議論されている問題点のうち上位の 10
項目をあげ,折に触れてそれに対する反論を行っているが,最後の「第 11 章 未来を守る」で
これらのネット世代に対する否定的な意見に反論を加えている。
①この世代は,自分たちの世代が彼らの年齢だった頃と比較して頭が悪い
②ネット世代はネット中毒であり,社会的スキルがなく,スポーツなどの健康的な活動に時間
を費やさない
③ネット世代は恥を知らない
④ネット世代は,両親に甘やかされてきたため,ぶらぶらするばかりで定職に就こうとしない
⑤ネット世代は平気で盗む
⑥ネット世代はオンラインでいじめ行為をする
⑦ネット世代は暴力的だ
⑧ネット世代は職業倫理を持たない最悪の職業人だ
⑨ネット世代はナルシスティックな最新型「ミー世代」だ
⑩ネット世代は周りに関心を示さない
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評者もこれらの点に日頃から関心を持っているが,特に関心の高い①と②については,本書に
おけるネット世代への批判を整理し,それに対する著者の反論をあげた上で評者の意見を述べた
い。
①この世代は,自分たちの世代が彼らの年齢だった頃と比較して頭が悪い
著者は,「彼らは何も知らない。あらゆる面において愚鈍を絵に描いたようだ」というマーク・
バウアライン教授,「最近流行しているさまざまなガジェットがネット世代を含めてすべての人
を注意欠陥障碍(ADD)になってしまっている」と嘆く精神科医のエドワード・ハロウェル,
「コ
ンピュータは何ももたらさない」という小説家ロバート・ブロイの意見などをネット世代への批
判の例としてあげている8)。また,ネット世代は頭が悪いと言う主張の背景には,彼らが読書を
しないでコンピュータ画面を見つめて過ごす時間が長いので,ものごとを深く考えたり独創的に
考えたりする能力を失ったのではないかという懸念が根底にある。
これらの批判に対して,著者は,
「米国では,第二次世界大戦後,IQ の得点は 10 年間につき
3 点のペースで向上している」9)し,「初期のいくつかの研究では,アクション系のビデオゲー
ムをプレイするネット世代はそうでない人と比較して情報をより迅速に処理でき,より多くの物
「情報の検索,閲覧,応答など,オン
体を識別することがわかっている」10)と反論する。また,
ラインでの活動は高度な知的活動」11)であるから,ネット世代は愚鈍であるはずがない,とい
うのが著者の反論である。著者は,グーグルで働くネット世代について,彼らは最も愚かな世代
か過去の世代と何が異なるかと自らグーグル CEO のエリック・シュミットに尋ねたことに対す
る回答をこの問題提起の結論にしている。すなわち,(グーグルで働くネット世代について)「こ
の世代は最も優秀な世代です。決して愚かではありません。頭の回転が速く,グローバル意識が
強く,知識があり,高い教育を受けています」12),という回答である。
ところで,原著では「頭が悪い」を著す単語は「dumb」,「頭が良い」を著す単語は「smart」
が使われている。議論が混乱するのは「頭が良い,悪い」の基準が明確でないことである。また,
知識や情報の源がネット世代以前の文献中心からネット世代のインターネット中心へと大きく変
化しており,情報収集手段が異なるので単純な比較は困難である。
ネット世代より上の世代は,記憶力がよい(すなわち多くの情報や知識があること)や記載さ
れている内容を理解できることや既知のことに新しい情報を組み合わせて一人一人の概念的な枠
組みを築けること,創造力,独創力などを頭の良い基準にしている。それに対して,ネット世代
は多くの情報がすでにインターネット上にあるのだから,それを自分の脳に追加するよりもイン
ターネット上で迅速に走査して,探したい主題に対する情報を収集する能力や収集した情報を取
捨選択する能力(収集した情報には,曖昧さが残るっているし,正誤が混在し,相互に矛盾して
いるから)を重視する。視覚的認知能力,三次元空間の把握能力,視覚情報を迅速に処理できる
こと,マルチタスキングを簡単に行うので作業の切り替えが早いなどの能力については,インター
ネットやビデオゲームに多くの時間を費やしてきたネット世代が勝っていることは言うまでもな
い。
評者は,日本のネット世代の代表選手であるゼミ生と本書を授業で半年(2009 年度の後期)
にわたって輪読してきた。彼らもグーグルやヤフーなどでインターネット上での検索が上手く
なったので,問題を与えるとそれを自分で考えて解決しようとするよりもすでにある解答をみつ
けることに時間と労力を費やす傾向が強い。しかも,検索画面で表示されている複数の情報を吟
味して最適な解答を見つける作業を厭わない学生はごく少数である。物事を深く考えない傾向が
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強くなってきているのは実感している。自動車に乗ることが多くなって,歩いたり走ったりしな
いので,脚力が衰えるようなものだ。禅の公案で修行する僧,数学者,物理学者などのように一
つの主題を考え続ける機会が失われていくと脳を鍛錬できないので,問題を解決する能力が育ち
にくい。
ところで、最近インターネットで話題になっているフェイスブックやツイッターの創始者たち
はネット世代である 13)。全く新しいことを創り出すには,今までの知識が役に立たないことも
ある。ロールプレイゲームをしながらその場その場で目標に向かう過程で学んでいく経験の方が
役に立つことは想像に難くない。
アイディアを思い浮かべるのは一人で沈思黙考する方がよいか,インターネットで友達と会話
しながら進める方が良いか,ネット世代の今後の活動を注視し,分析していくことが必要であろ
う。
②ネット世代はネット中毒であり,社会的スキルがなく,スポーツなどの健康的な活動に時間
を費やさない
インターネットやビデオゲームに熱中するネット世代に対して,ドラッグやアルコールの乱用
と同じレベルの危機ととらえるグループ(「ビデオゲーム中毒と暴力に反対する母親の会」)があ
る 14)。識者やネット世代の親たちも,子供たちがオンラインで多くの時間を費やすので,社会
的スキルを育成できないのではないかとの懸念を表す 15)。
それに対して,著者は,「酒であれ,セックスであれ,ビデオゲームであれ,何かの中毒状態
になることは重大な問題の原因」16)であるが,若者が小説を読み耽っていても「読書中毒」と
は言わないように,ネット世代がバランス感覚を身につけている限り,問題ではない 17)。また
著者は,オンラインで,友人と話したり,ソーシャルネットワークに参加して,時間を費やして
いることをみても分かるように,ネット世代はきわめて社交的である,という。著者は,「ネッ
ト世代が今まで最も社交的な世代である」18)し,「彼らはみな大人として成功するための必要な
社会的スキルを身につけている」19)と結論づけている。しかし,社交的なのは「多くの友人と
オンラインで,そして対面でやりとりしている」20) 範囲であって,オフ(実際に,人と会う)
で友人と会って,社交的に会話したり活動したりしているわけではない。したがって,ネット上
と実際に会う場合とでは差があるのかどうか検証する必要はあると思われる。
評者は,ゼミ生とこの件でも議論した。ビデオゲームやインターネットに熱中するレベルと中
毒状態になるレベルには大きな壁があり,大学に入学してくる学生はバランス感覚が働いて,中
毒状態にまでいかない,とのことであった。ゼミ生の中学や高校生の同級生には,ゲームの中毒
状態と思われる者も居たが,体を壊したり,精神に異常をきたすところまではいかないという。
しかし,低学年から熱中し過ぎて社会的スキルを欠如した同級生はまれに見られるとのことだっ
た。これらの例からも,評者は日本のネット世代が他の世代よりもインターネットのウェブサイ
トや携帯電話やビデオゲームの画面を見ていることが多いかもしれないが,中毒や依存症という
レベルではないし,社会的スキルもそれ以前の世代の若者時代と比較しても劣っているという印
象は持っていない。
ところで,著者は世界の人口構成について,「西欧や日本ではベビーブームはなかった。戦争
で生き残った世代が残した子孫は比較的少なく」21)と述べているが,これは事実と異なるので,
,
指摘しておきたい。本書の各国の人口ピラミッド図 22) を見てもイギリス(50 歳代がピーク)
イタリア(40 歳代がピーク),日本(60 歳代がピーク)にはベビーブームが確かに存在し,日本
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では堺屋太一が発表した小説『団塊の世代』がこの世代の代名詞になっているからだ。
おわりに
著者のネット世代を通して見た進展しつつあるデジタル化社会に対する問題提起は時宜を得て
おり,鋭い指摘が多い。ブロードバンドのデジタル・インフラの普及と利用する際の費用の安さ
は,日本はすでに世界の1位である。このようなデジタル環境を満喫している日本のネット世代
には,本書によって,デジタル・インフラが日本ほどではない米国の同世代が積極的にインター
ネットを利用して,次々と新しい世界を開拓している現状に気づいて欲しい。また,遙か後ろに
いると思っていた中国やインドの若者も間近に迫って来ており,ある分野では日本を追い越しつ
つある。グローバル化に伴い同じ土俵への参加者が多くなると,必然的に競争も激しくなる。日
本の若者もこの土俵に飛び込んで,積極的にレースに参加することを望みたい。
ネット世代以外の読者には,本書によってネット世代の特徴や彼らが競争しなければならない
デジタル化した社会の背景を理解することができる。
評者には,デジタル化できないものは何かを考えるきっかけになった。
注
1)ドン・タプスコット(2009), pp. 25−26
2)同上書,pp. 25−26
3)同上書,p. 177
4)同上書,p. 271
5)同上書,p. 321
6)同上書,p. 397
7)同上書,p. 423
8)同上書,pp. 5-6
9)同上書,p. 426
10)同上書,p. 425
11)同上書,p. 425
12)同上書,pp. 427−428
13)本書にも登場するフェイスブックの創始者の一人のマーク・ザッカーバーグは 1984 年生まれで,ネット世代で
ある。また,ツイッターの開発者の一人で,その基本構想を思いついたジャック・ドーシー(Jack Dorsey)は
1976 年 11 月生まれなので,ネット世代(1977 年 1 月から 1997 年 12 月に間に誕生)の定義から外れるが,2ヶ
月の差なので,ネット世代と見なしても問題はないであろう。
14)上掲書,p. 6
15)上掲書,p. 430
16)上掲書,p. 430
17)上掲書,p. 430
18)上掲書,p. 431
19)上掲書,p. 431
20)上掲書,p. 431
21)上掲書,p. 36
22)上掲書,pp. 38−40
参考文献
[01] ドン・タプスコット他(1994)
『情報技術革命とリエンジニアリング 』野村総合研究所訳,野村総合研
究所情報リソース部
―61―
『情報科学研究』第 19 号
[02] ドン・タプスコット(1996)
『デジタル・エコノミー―ネットワーク化された新しい経済の幕開け』野
村総合研究所訳,野村総合研究所情報リソース部
[03] ドン・タプスコット(1998)
『デジタルチルドレン』橋本恵,菊池早苗,清水伸子訳,ソフトバンクク
リエイティブ
[04] ドン・タプスコット他(2001)
『b ウェブ革命 ネットで勝つ 5 つの戦略 』糸川洋訳,及川直彦監修,イ
ンプレス
[05] ドン・タプスコット他(2007)
『ウィキノミクス マスコラボレーションによる開発・生産の世紀へ』井
口耕二訳,日経 BP 社,2007 年
[06] ドン・タプスコット(2009)
『デジタルネイティブが世界を変える』栗原潔訳,翔泳社,pp. 25−26
『情報科学研究』第 19 号
―62―