②米国経済 - 京都銀行

経 済 TOPICS
No.105
(2014 年 12 月 19 日)
景気ウォッチング(要旨)
1.日本経済「消費税率引上げ後の回復は緩やか 」
4 月 に 実 施 された消 費 税 率 引 上 げ前 の駆 込 み需 要 増 の反 動 で急 減 した個 人 消 費 は
徐々に回復しているが、その動きは緩やかである。この間、原油価格の大幅な下落が続い
ており、交 易 条 件 の改 善を通 じて国 内 景 気 が大 幅に改 善 する可 能 性 が出 てきた。金 融 市
場では、株価は日本銀行の追加緩和や円安、米国の株高等を好感して本年の最高値を更
新。長期金利は低下。為替市場ではドル高・円安が進行している。
2.米国経済「順調に回復している」
個人消費は順調に回復を続けているほか、住宅投資や設備投資に加え、輸出も増加が
続いている。雇用関連指標も堅調。消費者物価は前年比 1%台の上昇に止まっている。株
価は良好な経済指標の発表等を好感して既往最高値を更新。
3.財政悪化の原因と課題
今やわが国の財政赤字は名目GDPの 2 倍に達し、財政危機がいつ発生しても不思議は
ない水準にある。原因は歳出と歳入の両面にあり、とりわけ歳出面で、2000 年度に介護保
険制度を安易に導入した影響が大きい。本項では、歳出・歳入の両面における甘めの対応
が財政赤字を巨大化させてきた実態を、データを元に明らかにし、解決策を考えた。
(東京経済調査部)
京都総合経済研究所
1.日本経済「消費税率引上げ後の回復は緩やか」
4 月に実施された消費税率引上げ前の駆込み需要増の反動で急減した個人消費
は徐々に回復しているが、その動きは緩やかである。公共投資は高い伸びを維持
し、設備投資も増加傾向にある。輸出は 9 月、10 月と 2 か月続けて増加し、基調
的な動きであるか注目されている。この間、原油価格の大幅な下落が続いており、
交易条件の改善を通じて国内景気が大幅に改善する可能性が出てきた。金融市場
では、株価は日本銀行の追加緩和や円安、米国の株高等を好感して本年最高値を
更新。長期金利は低下。為替市場ではドル高・円安が進行。
景気動向指数(10 月)をみると、一致指数は生産指数や投資財出荷指数の上昇
などから 2 か月続けて改善し、景気が 8 月を底に回復に転じている可能性を示唆
している。これに対し、先行指数は 8 月低下、9 月上昇、10 月低下と一進一退の
状態にあり、景気回復の足取りが緩やかになる可能性を示唆した数字となってい
る。
景気動向指数
2005年=100
116
需要面では、個人消費は消費税率引上げ後
3月
一致指数
の反動減から徐々に回復しつつあるが、その
112
動きは緩やかである。
個人消費全体の方向と度合いをあらわす
消費総合指数は 8 月が前月比+0.4%、9 月
が同+0.5%、10 月が▲0.2%と、4 月を底に
10月
12/3月
108
104
回復はしているが、その勢いは緩やかである。
このため、10 月の前年比は▲2.1%と、いま
先行指数
100
12/11月
だ前年の水準を下回っている。
個人消費を個別にみると、小売業販売額は、
96
11年
2月
7 月が前月比+0.3%、8 月が同+1.4%、9
月が同+1.6%と 3 か月続けて増加したあと
116
だけに、10 月は前の月を▲0.5%下回った。
114
乗用車新車販売台数は、8 月にボトムを付け
112
たあと 9 月は大幅に増加したが、10 月と 11
110
月は小幅ながら前月比マイナスになった。薄
108
型テレビ国内出荷台数(10 月)は 2 か月振
106
りに減少し、前年比では▲11.1%の減少とな
104
った。旅行代理店取扱額(9 月)は 2 か月振
102
りに前の月を上回ったが、すう勢としてみる
100
と一進一退。
8
2005年=100
98
11年2月 8
1
8
12年
2
13年
2月
8
14/2
月
8
消費総合指数
10月
前月比 ▲0.2
前年比 ▲2.1
12年2
8 13年2月 8 14/2月 8
消費税率の引き上げに伴う反動減を主因に減少傾向 にあった住宅着工戸数(10
月)は持ち家を中心に 3 か月続けて増加したが、最近のピークである昨年 12 月に
比べればまだ▲14.3%低い水準にある。
設備投資関連では、設備投資の一致指標である資本財出荷(10 月)は 2 か月続
けて上昇し、前年比では+7.0%のプラスとなった。機械投資の先行指標である機
械受注はすう勢としてみると 6 月を底に持ち直してきている。
住宅着工戸数
万戸
9.0
10億円
900
12月
8.5
2010年=100
125
機械受注
10月 120
設備投資関連
資本財出荷
(右軸)
850
11/7月
115
8.0
800
10月
110
7.5
750
13/1月
7.0
105
700
6.5
11/9月
6.0
11年2
月
8
100
650
12年2
8
13年2
月
8
14/2
月
95
11年
2月
8
8
12年
2
8
13年
2月
8
14/2
月
8
いずれも3か月加重移動平均、ウェイト前月1、当月2、翌月1
公共投資は、復興関連需要を中心に高い水準が続いている。公共工事出来高(9
月)は 5 か月続けて増加し、前年比では+6.7%の増加となった。公共投資の先行
指標である公共工事請負額(10 月)は 5 月をピークに減少してきている。
輸出(実質ベース)はこれまで均してみれば横ばい圏内にあったが、9 月が前月
比+1.8%、10 月が同+3.8%と 2 か月続けて増加した。こうした動きが基調的な
変化を示すものであるか注目されている。
一方、10 月の輸入(実質ベース)は 2 か月振りに減少し、前年比では▲1.3%の
マイナスとなった。
公共投資
10億円
2,000
9月
1,800
2005年=100
輸出入数量
126
輸入数量
(右軸)
4月
105
公共工事出来高
1,600
110
122
10月 118
100
1,400
114
110
1,200
95
10月
1,000
公共工事請負額
90
800
11年2
月
8
12年2
8
13年2
月
8
14/2
月
輸出数量
8
102
11年
2月
2
106
8
12年
2
8
13年
2月
8
14/2
月
8
14/4-6 月
7-9 月
14/9 月
10 月
11 月
消費総合指数(実質、前期・月比%)
▲5.3
0.7
0.8
▲0.2
前 年 比 ▲ 2.1
小売業販売額(前期・月比%)
▲4.4
2.5
1.6
▲0.5
〃
乗用車新車販売台数(前期・月比%)
▲12.6
▲1.8
7.9
▲1.2
薄型テレ ビ国内 出荷 台数( 前期・月比%)
▲16.3
2.2
28.0
▲13.1
旅行 代 理店 取 扱額 ( 前 期・ 月 比% )
▲1.6
0.5
0.7
-
住宅着工戸数(前期・月比%)
▲5.0
▲3.7
4.1
2.7
〃 ▲ 12.3
資 本 財 出 荷 ( 国 内 向 け )
▲9.5
1.2
4.5
6.8
〃
機 械 受 注 ( 前 期 ・ 月 比 % )
▲10.4
5.6
2.9
▲6.4
公共工事出来高(前期・月比%)
1.9
5.7
0.2
-
前年比
6.7
輸 出 ( 実 質 、 前 期 ・ 月 比 % )
▲1.1
1.5
1.8
3.8
〃
4.2
輸 入 ( 実 質 、 前 期 ・ 月 比 % )
▲7.1
0.8
4.1
▲2.1
1.4
▲0.9
前 年 比 ▲ 11.1
〃
0.6
7.0
10- 12 月 ▲ 0.3
〃
▲ 1.3
次に供給面を鉱工業指数(10 月)によってみると、生産指数、出荷指数はとも
に汎用・生産用・業務用機械、電子機械、輸送機械等を中心に 2 か月続けて上昇
し、在庫指数も 2 か月続けて低下した。11 月の生産指数は前月比+2.3%、12 月
は+0.4%の上昇が予測されている。
第 3 次産業活動指数は、9 月は 3 か月振りに上昇したが、10 月は前月比マイナ
スになった。
この結果、鉱工業生産指数と第 3 次
月次実質GDP(季節調整後、水準)
月次実質GD P
第3次産業活動指数( 右軸)
鉱工業生産指数( 右軸)
産業活動指数を加重平均した月次実質
GDP * も、9 月は 4 か月振りに増加し
たが、10 月は減少した。
5 65
雇用面(10 月)では、有効求人倍率
5 55
は 1.10 倍と前の月(1.09 倍)を僅か
5 45
ながら上回った。常用雇用指数も前の
5 35
月と同水準であったが、前年比では+
5 25
1.6%の上昇となった。完全失業率は
5 15
3.5%と前月に比べて▲0.1%ポイント
5 05
低下(改善)した。名目賃金指数は 3
4 95
か月続けて前の月を下回り、前年比で
4 85
は+0.5%の伸びに止まった。
4 75
物価面 では、国内企業物価 (11 月)
兆円
3
1 04
1 00
96
92
10月前月比▲0 . 3%
前 年 比 ▲1 . 5%
88
11/3月
4 65
11/2月 8
は石油製品の値下がりを主因に 2 か月
2005年 =100
84
2
8
2
8
2
8
続けて前の月を下回った。消費者物価(除く生鮮食品、10 月)は、前年比では+
2.9%と 7 か月振りに 3%台から 2%台になった。11 月の東京都区部速報(除く生
鮮食品)は前年比では+2.4%と、前月(+2.5%)に比べてさらに伸び率が縮小し
た。
輸出物価(11 月)と輸入物価(11 月)は、いずれも円安の進行により前の月を
大きく上回ったが、原油価格が大幅に下落したため輸入物価の方が 上昇幅は小さ
かった。このため輸出物価を輸入物価で割った交易条件は 2 か月続けて大幅に改
善した。この間、原油価格は 2014 年 1 月から 11 月までの平均が 1 バレル当り 96.0
ドルであったが、12 月 15 日には 55.91 ドルと 42%も下落した。輸入に占める原
油の割合は約 30%のため、今後も現在の価格が続く場合には輸入物価は約 12%
(=42%×30%)も低下し、交易条件の改善を通じて 国内経済にかなり大きなプ
ラスの影響をもたらす可能性が出てきた。
為替レート(円/ドル)は 8 月央頃までは 101~102 円のレンジで推移していた
が、その後はドル高・円安の流れが加速し、最近では 118 円前後で推移している。
*
月 次 実 質 G D P は 、四 半 期 で し か 発 表 さ れ な い 実 質 G D P を 月 次 で 捉 え る こ と が で き る も の と し て、
当 研 究 所 が 統 計 的 手 法 ( 回 帰 式 ) を 用 い て 作 成 し た も の 。 回 帰 式 は 、 実 質 G D P = 第 3 次 産 業活 動 指
数×7.48+ 鉱 工 業 生 産 指 数 ×0.94- 固 定 値 314.2 決 定 係 数:0.954、計 測 期 間:2009 年第 1 四 半 期 ~
2013 年第 1 四 半 期 。
14/4-6 月
鉱
10 月
11 月
予測 11 月 2.3
▲1.9
2.9
0.4
出 荷(前期・月比%)
▲6.7
▲0.8
4.4
0.6
-
在庫(前期末・月比%)
2.9
3.6
▲0.7
▲0.4
-
第 3 次産業活動指数( 前 期・月 比 % )
▲3.8
0.4
1.3
▲0.2
前 年 比 ▲ 0.9
月次実質GDP( 前 期・月 比 % )
▲6.0
0.2
2.4
▲0.3
有 効 求 人 倍 率 ( 倍 )
1.09
1.10
1.09
1.10
-
常用雇用(前期・月比)
0.5
0.5
0.1
0.0
前 年 比 1.6
完 全 失 業 率 ( % )
3.6
3.7
3.6
3.5
-
名目賃金(前期・月比%)
0.7
0.4
▲0.1
▲0.2
前 年 比 0.5
国内企業物価(前期・月比)
3.0
4.0
0.0
▲0.8
前 年 比 2.7
消費者物価 ( 除 く 生 鮮 食 品 、 前 年 比 % )
3.3
3.3
3.0
2.9
(東京 2.4)
輸出物価(前期・月比)
▲0.9
0.7
2.0
▲0.2
4.5
輸入物価(前期・月比)
▲1.6
0.8
2.2
▲1.1
2.6
0.7
▲0.1
▲0.2
0.9
1.9
102.1
103.7
107.1
108.0
116.2
業
産 (前期・月比%)
14/9 月
▲3.8
工
生
7-9 月
交易条件
(前期・ 月比)
為 替 レ - ト (円/ドル)
4
12 月 0.4
〃
▲ 1.5
2.米国経済「順調に回復している」
個人消費は順調に回復を続けているほか、住宅投資や設備投資に加え、輸出
も増加が続いている。雇用関連指標も堅調。消費者物価は前年比 1%台の上昇に
止まっている。株価は良好な経済指標の発表等を好感して最高値を更新。
企業のセンチメントをあらわす製造業のISM景気指数(11 月)は前の月をや
や下回ったが、すう勢としてみると上昇 が続いている。統計作成部署のISMに
よると、11 月の数字は実質GDP成長率では年率+5.1%に相当し、1~11 月平均
では+4.2%に相当するという 。非製造業
ISM景気指数と景気先行指数
のISM景気指数(11 月)は「企業活動」
ISM景気指数(製造業、横ばい=50)
や「新規受注」を中心に 3 か月振りに上昇
ISM景気指数(非製造業、横ばい=50)
した。
景気先行指数(10 月)は、2 か月続けて
上昇した。
景気先行指数(右軸)
62
04年=100
横ばい=50
10月
60
58
105
11月
103
消費者信頼感指数(11 月)は低下した。
56
ただし、ガソリン価格が低下しているため、
54
99
今後の消費は底堅いとみられている。小売
52
97
販売額(10 月)は 2 か月振りに増加し、
50
95
前年比では+4.2%の増加となった。
48
101
93
1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11
民間住宅着工戸数(10 月)は 2 か月振
12年
13年
14年
りに減少したが、前年比では+7.8%の増
加となった。新築住宅販売戸数(10 月)
月 次 実 質 G D P
も 3 か月続けて前の月を上回り、前年比で
月次実質GDP
は+2.8%の増加となった。中古住宅販売
サービス指数(個人消費)
戸数(10 月)も 2 か月続けて前の月を上
鉱工業生産指数(右軸)
回った。
0.5
1.0
前月比、%
0.4
0.8
0.3
0.6
0.2
0.4
月を下回ったが、前年比では+5.2%の 増
0.1
0.2
加となった。設備投資の先行指標である
0.0
非国防資本財受注(10 月)も 2 か月続け
▲ 0.1
住宅価格(9 月)は前の月と変わらなか
ったが、前年比では+4.9%上昇した。
設備投資(10 月)は 2 か月振りに前の
て前の月を下回ったが、前年比では+
7.9%と高い伸びを続けている。
5
10月
0.0
▲ 0.2
1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11 1 3 5 7 9 11
12年
13年
14年
実質輸出(10 月)はすう勢として増加を続けており、前年比では+2.3%とな
った。実質輸入(10 月)も景気回復を映じて増加傾向にある。
鉱工業生産指数(10 月)は前の月を僅かながら下回ったが、前年比では+4.0%
の上昇となった。サービス指数(10 月)も 3 か月続けて前の月を上回り、前年比
では+2.2%となった。
この結果、鉱工業生産指数とサービス指数を加重平均した 10 月の月次実質G
DP * は前月を+0.1%上回り、前年比では+1.9%の増加となった。
雇用面(11 月)でも改善が続いており、非農業雇用者数は前月比+32.1 万人増
加した。失業率は前月と同じ 5.8%であった。
食料品・エネルギーを除くコア・コア消費者物価(10 月)は前年比では+1.7%
と、1 年 8 か月続けて1%台の上昇に止まった。
株価は米国経済の順調な回復を好感して最高値を更新 し続けている。ただし、
企業収益との関係から見ると株価は 2 割強高めの水準にある。
※
月 次 実 質 G D P は 、 サ ー ビ ス 指 数 ( 個 人 消 費 ) に 2.09、 鉱 工 業 生 産 指 数 に 20.25 を そ れ ぞ れ 掛 け 、
固 定 値 1286.05 を 減 算 し た も の 。 決 定 係 数は 0.995、 計 測 期 間 は 1995 年第 1 四 半 期 ~2013 年第 3 四
半 期 。 前 月 比 の ウ ェ イ ト は 前 月 1、 当 月 2、 翌 月 1 の 3 か 月 加 重 移 動 平 均 。
14/4-6 月
7-9 月
14/9 月
10 月
11 月
ISM 景気指数 (製造 業 、 横 這 い = 50 )
55.2
57.6
56.6
59.0
58.7
ISM 景気指数(非製造業、 横這い = 50 )
55.8
59.0
58.6
57.1
59.3
1.7
2.0
0.7
0.9
-
83.4
90.9
89.0
94.1
88.7
1.9
2.1
▲0.3
0.3
-
6.0
4.8
7.8
▲2.8
-
景気先行指数( 前期・ 月比
%)
消費者信頼感指数(85 年=100 )
小売販売額(前期・月比
% )
民間住宅着工戸数( 前 期・月比
%)
住宅価格(20 都市・ 前期 ・ 月 比
%)
2.8
1.8
▲0.0
-
-
非国防資本財受注(前期・月比
%)
2.7
2.6
▲1.3
▲1.3
-
% )
1.7
1.7
▲1.5
1.4
-
%)
1.3
0.8
0.8
▲0.1
-
%)
0.2
0.3
0.2
0.1
-
月次実質GDP(前期・月比%)
0.4
0.4
0.3
0.1
-
非農業雇用者数(前期・月比
千人)
755
723
271
243
321
)
6.2
6.1
5.9
5.8
5.8
%)
1.9
1.8
1.7
1.8
-
16,603
16,878
17,098
実 質 輸 出 ( 前 期 ・ 月 比
鉱工業生産指数(前期・月比
サ ービ ス 指 数 ( 個 人 消 費 、 前 期 ・ 月 比
失
業
率
(
%
消費者物価(コア・コア、前年比
株価(NY ダウ、ドル、期・月平均)
6
16,701 17,648
3.財政悪化の原因と課題
1.はじめに
今やわが国の財政赤字は名目GDPの 2 倍に達し、財政危機がいつ発生しても
不思議はない水準にある。なぜここまで財政赤字が拡大してしまったかというと
原因は 2 つある。
一つは歳出面で、所得水準や資産の多寡を考慮せず一律の介護保険制度を創設
したことである。もう一つは 歳入面で、バブル崩壊後の経済の落ち込みを回避さ
せようとして楽観的な見通しを正すことなく税を軽減し続けてきたことである。
以下では、歳出・歳入両面におけるそうした対応が財政赤字を巨大化させてき
た実態を、データを元に明らかにし、解決策を考えた。
2.財政赤字の現状
周知のようにわが国は大幅な財政赤字を抱えている。これだけ大きな財政赤字
が続き、大量の国債が発行されていると、金利が急騰して債務危機が現実のもの
になって不思議はない。しかし、日本銀行の金融緩和によって金利水準が低位に
抑えられてきたうえ、日本銀行が国債を大量に購入し続けてきたことなどもあり、
財政危機の表面化は今のところ避けられている。
今後、日本経済が元気を取り戻し、物価が上昇するような状態になれば少しず
つでも財政均衡化の方向に戻ることができるかもしれない。しかし、 日本経済の
現状を考えると、残念ながら事はそれほど簡単でないように思われる。
わが国の財政収支は 図1にあるように、すう勢としてみると赤字拡大の方向に
ある。世界同時不況の 2009 年度には▲64 兆円と、最も大幅な赤字になったあと
持ち直しているが、14 年度の▲46 兆円という数字は一般会計税収(50 兆円)の 92%
に相当する。
図2は、歳出の主な内訳を図示したものである。 歳出の中で最もウェイトが高
く、しかもこのところ増加が目立つのは社会保障関係費で、 1980 年度から 2014
年度までの 34 年間の歳出の増加額+54.7 兆円の 40.4%に相当する+22.1 兆円が
社会保障関係費である。
社会保障関係費は、あとで中身を検討するが、国民年金や厚生年金に対する助
成金、介護保険を運営する費用の助成金などからなる社会保険費が中心である。
2 番目にウェイトが高いのは、国債元金の償還や利息支払いに必要な国債費で、
過去 34 年間の増加額は+17.8 兆円、歳出全体に占めるウェイトは 32.6%である。
わが国の財政が多額の資金不足状態(赤字財政)にあるにもかかわらず、なぜ財
政が破たんしないかというと、先に述べたような状況の下で国債の元金の償還や
7
利息支払いに必要な費用を賄うために新たな国債が発行され、市場においてそれ
が円滑に購入されてきたからである。このため、2014 年度の歳出に占める国債費
のウェイトは 23.8%に達している。これは借金を借金によって返す金額が 2 割に
達しているということであるから、企業や家計を例に考えれば「正常」とは とて
も言えない状態である。
2014 年度の歳出に占めるウェイトが 3 番目に高いのは地方交付金であるが、最
近 で は 比 較 的 小 幅 な 増 加 に 止 ま っ て い る ( 2014 年 度 の 歳 出 に 占 め る ウ ェ イ ト
16.4%)。4 番目は公共事業関係費で、バブル崩壊直後の 1990 年代前半に大幅に
増加したが、2000 年代に入るとその反省もあり、すう勢としてみると抑制されて
きた(同 7.5%)。
したがって、歳出面では、これまで全体を最も大きく押上げ、今後の 増加が特
に懸念される社会保障関係費について正しく理解することが重要である。
図1 財政収支の動き
図2 歳出の主な内訳
社会保障関係費
公共事業関係費
地方交付金
国債費
一般会計税収 a
歳出 b
収支尻 a-b
120
兆円
100
80
60
40
20
0
-20
-40
収支尻の90年度
-60
以降のトレンド線
-80
80年度 85 90 95
2014年度
96兆円
35
兆円
09年度
30
50兆円
08年度
25
20
15
-46兆円
10
-64兆円
0
5
10
5
80年度 85
15
(データ出所)財務省
90
95
0
5
10
15
(データ出所)財務省
3.社会保障関係費が大幅に増加した原因
図3は、社会保障関係費と、その主な内訳を図示したものである。
社会保障関係費は、 先に述べたように社会保険費が中心で、社会保障関係費に
占めるウェイトは 75.4%(2014 年度)と圧倒的に大きく、歳出全体に占めるウェ
イトも 23.9%と約 4 分の 1 を占めている。
これに対し、生活が苦しい家庭に支給される生活保護費は、すう勢としてみる
と増加傾向にあるが、金額は 3 兆円以下で、社会保険費に比べれば 1 割程度であ
る。失業対策のために支出される失業対策費や住宅対策費も、景気悪化時に増加
8
するなどアップダウンを繰り返してきたが、最近の金額は非常に小さい。
要するに、歳出の中で最も増加が著しいのが社会保障関係費で、 その中でも特
に大幅に増加したのが社会保険費、ということになる。
図3 社会保障関係費の主な内訳
社会保障関係費
うち、生活保護費
うち、住宅対策費
35
うち、生活保護費
うち、住宅対策費
うち、失業対策費
うち、社会保険費
うち、社会福祉費
うち、失業対策費
兆円
3
兆円
【左の図の一部拡大図】
09年度
30
ITバブル崩壊
(01~02年)
08年度
25
2
リーマンショック
(08~09年)
20
15
大震災
(11年)
1
10
金融システム
不安(97~98年)
5
0
0
80年
度
85
90
95
0
5
10
80年 85
度
15
90
95
0
5
10
15
(データ出所)財務省
そこで、図4では、社会保険費の内訳を分解してみた。それによると、1999 年
度までは国民健康保険や厚生年金保険に対する助成金・負担金が大半を占め、こ
れが毎年ほとんど同じペー
スで増加してきたが、全体の
増加テンポはそれほど大き
なものでなかった。
25
兆円
って社会保険費は急速に膨
1999年度
15
老人医療・介護保険
給付諸費(00~08年度)
10
その他
5
国民健康保健助成金と
厚生年金保険国庫負担
金の合計(~08年度)
した。この部分(図の斜線で
囲ったAの部分で、以下では
医療保険給付諸
費等(注1)
A
社会保険費の全体
らみ、しかも 09 年度には金
額が一挙に 6 兆円近く増加
2008年度
20
ところが、2000 年度に新
設された介護保険制度によ
図4 社会保険費の主な内訳
0
80年度
85
90
95
0
基礎年金特別
会計への繰り入れ
(注2)
B
5
10
15
「介護保険等による部分」と
いう)の 2000 年度から 08
年度までの支出項目は「老人
医療・介護保険給付諸費」で
(注1) 医療保険給付諸費等は、医療保険給付諸費と介護保険制度運営推進費の合計である
が、金額の約8割は医療保険給付諸費である。
(注2) 2009年度に基礎年金国庫負担割合が3分の1から2分の1に引上げられ、それに伴う
負担増部分がBに含まれている(09年度約3兆円)。
(データ出所)財務省、厚生労働省
9
あったが、09 年度以降は大幅な制度変更により、「医療保険給付諸費」と「介護
保険制度運営推進費」に変更された。
2008 年度と 09 年度の間でなぜ金額が大幅に増え、また何が変わったのかは、
内訳データが発表されていないので正確には分からないが、これまで増加傾向に
あった「老人医療・介護保険給付諸費」が急減することは考えられないので、増
加の中心は介護保険関係の費用項目で、これに新たな他の項目が いくつか加わっ
たものと思われる(09 年 4 月には介護従事者の処遇改善のため介護報酬が 3%引
き上げられたので、これによる影響が最も大きいと思われるが、詳細は不明)。
とは言え「介護保険等による部分」の増加のテンポは目を見張るものがある。
それがどの程度の影響力のある金額かというと、2000 年度は 1.0 兆円、01 年度は
3.2 兆円と 1 兆円前後のペースで増加し続けていたが、前述のように 09 年度に増
加のピッチが上がり、13 年度には 10.4 兆円、14 年度には 10.7 兆円と 2 ケタ台に
膨らんだ。
赤字財政の下では、2000 年度の 1.0 兆円の支出増も、その後 14 年度まで 15 年
間にわたって支出増となり続けるので累計では 15.0 兆円(=1.0 兆円×15 年)の
支出増になる。2001 年度の 3.2 兆円も、14 年間では 44.8 兆円(=3.2 兆円×14
年)の支出増になる。このため、2000 年度から 14 年度までの「介護保険等によ
る部分」を全て積み上げていくと合計 558 兆円になる。2014 年 3 月末の政府債務
は 1,024 兆円であるから、「介護保険等による部分」の増加によって 54%も政府
債務が膨らんだ計算になる。
もちろん、国民健康保険や厚生年金保険に対する助成金や負担金が増加を続け
てきた影響(図のBの部分)も無視できない。しかし、「介護保険等による部分」
はその増加テンポが非常に大きいため、抜本的な対策が求められる状況にある。
もっとも、社会保障関係費の増大が財政赤字の主な原因であることは一般に理
解されているが、それが 2000 年度に新設された介護保険制度にあることを正確に
理解している人はあまりいないのではないかと思う * 1 。
なぜなら、図4の内訳データはこのような形では存在しないからである。 これ
を作成するためには公表データを整合性の取れる よう調整しないとならなかった。
つまり、財務省が発表しているのは社会保険費のトータルだけで、内訳項目は公
表していない。一方、厚生労働省は 20007 年度まで白書の巻末データの中で社会
保険費とその内訳項目を公表していた。しかし、2008 年度と 09 年度に大幅な項
目変更が行われると、その後は社会保険費という項目が消え、年金医療介護保険
給付費という異なった項目の一部として内訳項目を公表しているので、簡単には
過去と連続させてデータを見ることができない。このため、普通の人は見たこと
のない図であるからである(ただし、内訳項目の金額が非常に大きいので識別は
10
可能で、その気になればだれでも作成できる)。
それにしても、わが国において最も懸念されている財政赤字の拡大原因に関す
るデータがこのような状態にあるというのは驚くべきことである。
とはいえ財政赤字拡大の主な原因が明らかになったわけであるから解決策を考
えなくてはならない。しかし、巨大化した介護保険制度にかかる費用負担を圧縮
するのは簡単でない。思い切った「発想の転換」が必要である。
考えられる解決策は、
「介護費用をだれに負担させるか」という点から考え直す
ことである。
というのは、現在の介護費用は、保険料と公費(国と自治体)で全体の 90%を
負担し、利用者は残り1割を自己負担すればいい。このため、2014 年 6 月の法改
正により、15 年 8 月からは一定の所得がある人については自己負担の割合を 1 割
から 2 割に引き上げられることになった。しかし、1 割負担が 2 割負担になった
程度では大きな改善は難しく、せいぜい 1 兆円程度ではないかと思われる。
一方、図5にあるように、60 歳代と 70 歳代の1世帯当たりのネット貯蓄額は
それぞれ 2.2 千万円から 2.3 千万円である。また、図6にあるように、60 歳代、
70 歳代の世帯の可処分所得、消費支出は、一人当たりでみると他の世帯に比べて
それほど見劣りするものではない。むしろ可処分所得のほぼ全額を消費に回すと
いう、貯蓄が必要な他の世帯には考えられない状態にある。
図5 一世帯当りの貯蓄と負債
図6 一人当たりの所得、消費等
一人当たり 可処分所得
貯蓄現在高 a
一人当たり 消費支出
負債現在高 b
消費性向( 右軸)
ネッ ト貯蓄a-b
万円
2 ,5 0 0
%
万円
16
1 05
14
1 00
12
95
1 ,5 0 0
10
90
1 ,0 0 0
8
85
6
80
4
75
2
70
2 ,0 0 0
5 00
0
- 50 0
20代 30代 40代
( 注)2013年平均。
0
50代
60代 70以上
65
20代
(データ出所)総務省
30代
40代
50代
60代 70以上
(データ出所)総務省
なぜ、60 歳以上の人たちの一人当たりの消費支出が高い水準にあるかというと、
理由は 2 つ考えられる。一つは、50 歳以下の人たちは、住宅購入資金や子供の教
11
育・結婚資金、老後の生活資金等に備えるための貯蓄が必要であるが、60 歳代以
降では、一般的には住宅が購入され、子供は結婚して独立し、退職金も手にした
ので心理的な余裕が出てくるからである。もう一つは、60 歳代になると勤め先収
入はダウンするが(50 歳代→60 歳代▲24.5 万円)、年金等社会保険給付(+5.0
円)が増加するうえ、税金(▲4.9 万円)が減少するため、これらを考慮した可
処分所得の減少幅(▲14.3 万円)はそれほど大きくないからである。
もちろん、これらの数字は平均値であり、加齢とともに所得や資産の格差が拡
大するため、全ての 65 歳以上の人たちの生活に余裕があるわけではない。しかし、
「余裕のある人は余裕がある」というのは間違いないはずである。
他方、受給者一人あたりの介護費用額は総額で月 16 万円、年間では約 200 万円
であるから、所得あるいは資産の多寡によって個人負担額を見直す余地はまだ十
分にあるように思われる。このような点について国民が冷静に判断できるように
なるためにも、分かりやすい情報の開示が必要である。
4.税収低迷の現状と課題
財政悪化のもう一つの原因は税収の低迷にある。
図7は、一般会計の税収を名目GDPと並べたものである。これだけでは分か
りにくいので、一般会計の税収を分子に、名目GDPを分母にした比率を計算し
てみると、1980 年代は上昇傾向にあったが、バブル崩壊とともにその比率が低下
してきた。この部分は実質的に減税になったことを意味している。
図7 一般会計税収と名目GDP
図8 法人、個人等に分けたときの税率
一般会計税収 a
名目GDP d
一般会計税収÷名目GDP a÷d (右軸)
600
法人の税率
その他の税率
12
%
兆円
%
法人の税率=法人が支払っ た税金
÷企業収益
14 11
90年度
500
12
10
個人の税率=個人が支払った
税金÷雇用者報酬
9
400
10
300
8
一般会計税収を名目GDP で
割っ た比率の90年度以降の
ト レンド線
200
100
6
85
90
95
0
5
10
8
7
6
5
その他の主な 内訳
は付加価値税、消
費税、資産税等
97年
4
0
80年
度
個人の税率
4
3
2
2
80年
度
15
85
90
95
0
5
10
15
(注)個人・法人別の税収は国民所得統計(確報)、
93年以前
は総務省家計調査で 推計。
(データ出所)財務省、内閣府
(デ ー タ 出 所) 財 務省 、 内閣 府 、総 務 省
それがどの程度の大きさであったかを知るため、ピーク年度であった 1990 年度
12
における一般会計の税収と名目GDPの比率(12.8%)が 2014 年度まで維持され
ていたと仮定したときに得られたはずの税収を試算してみると 354 兆円になる。
この金額は 2014 年 3 月末の政府債務 1,024 兆円の 35%に相当する。このことは、
名目GDPの変化に即した税が徴求されていたら今日の財政赤字問題は約 3 割軽
くなっていたことを意味している。
なお、この計算方法も先の介護保険制度のときと同じように、1991 年度は 0.4
兆円の軽減であるが、2014 年度までの 24 年間にわたって減税していたことにな
るので累計では 9.6 兆円(=0.4 兆円×24 年)の減税、1992 年度は 0.7 兆円であ
るから 23 年間では 16.1 兆円(=0.7 兆円×23 年)の減税…といった計算を続け、
すべてを合計することによって得られる数字である。
また、図8は、一般会計税収を法人と個人、その他に分けて、それぞれの税率
を計算したものである。法人の税率は、法人が支払った所得税をGDP統計の企
業収益で割ったもの、個人の税率は、個人が支払った所得税をGDP統計の雇用
者報酬で割ったもの、付加価値税、消費税、資産税等のその他の税率は、その他
の税を名目GDPで割ったものである。
法人の税率はバブル期に大幅に上昇し、バブル崩壊とともに急減しているが、
その後の比率は法人と個人であまり変わらない。結果としては 、法人と個人の税
率のバランスが取られてきたことになる。これに対し、その他の税金の名目GD
Pに対する比率は 1997 年度をピークに、均してみれば横這いである。同年度の消
費税率引き上げ(3%→5%)後の景気悪化がトラウマになり、この面からの税収
増が期待できなくなったためである。
このように、法人と個人の税率を大幅に引き下げつつ、前述のように社会保障
関係費を中心に支出を大幅に増やしてきたわけであるから財政赤字が拡大するの
は当然であった。
なぜこのようなことになってしまったのであろうか。理由は 3 つあると思う。
第 1 は、現在の日本経済に対する基本理解の不足である。
積極的な財政支出を行う一方で税を軽くすれば、いつかは経済が活気を取り戻
し財政赤字は解決に向かうと考えてきたのではないか。しかし、いまだに名目G
DPはピークから 1 割近く落ち込んだ状態にあり、財政赤字も解消するどころか
拡大の方向にある。日本経済が低迷している理由は 、これまで何度か述べてきた
「交易条件の悪化」にあり * 2 、その結果、国民の稼いだ所得が海外に毎年流出し
てしまったことにあるわけであるから 、経済が良くなるはずはない。この点につ
いて正しい理解のないことが、まずは根本的な理由と言わざるを得ない。
第 2 は、大所高所に立った政治決定が難しい状態にあることである。
現在の小選挙区制は、
「お金のかからない選挙」を実現する観点からは望ましい
13
が、政治家が地方を選挙地盤としているため、大所高所からの意思決定が 難しい。
国民に評判の悪い政策でも、本当に正しいのであるならば国民に一時的には理解
されなくても決定すべきであるが、それが 容易でないという問題がある。この点
は制度導入の当初から懸念されていたことであったが、これまでの経緯を冷静に
考えてみると、改めて望ましい選挙の方法を考える必要があるように思われる。
第 3 は、「多様化した経済」への対応が十分でない、ということである。
この点も何度か述べてきたことであるが * 3 、相変わらず「量」を重視し、
「数」
を増やせば何とかなるといった考え方が残念ながら主流を占めてきた結果が「国
民の財政頼み」、
「金融緩和頼み」をもたらし * 4 、その結果が大幅な財政赤字の拡
大と過度の金融緩和であった 。このように考えると、やはりその責任の多くは国
民にあるのかもしれない。
*1 たとえば財務省が毎年発表している「日本の財政関係資料」(平成 26 年 10
月)では「高齢者人口の増加に伴い社会保障給付費が増加しています」 とい
った表現に止まってい て、本文で述べたような 、介護保険の制度 そのものに
根本的な問題があったことについては言及していない。
*2 詳しくは 、FINANCIAL FORUM №105 の拙稿「日本経済の“アキレス腱”」
を参照願いたい(URLは下記)。
http://www.kyotobank.co.jp/houjin/report/index.html
*3 詳しくは、FINANCIAL FORUM №106 拙稿「日本経済の本当の課題」を参照
願いたい(URLは上記と同じ)。
*4 今回の日本銀行による異次元金融緩和については、「経済トピックス №
101」(2014 年 11 月 20 日 景気ウォッチング 「3.異次元金融緩和の効果
とリスク」)を参照願いたい(URLは上記と同じ)。
ところでBOX
─
アメリカ人の底力
ところで、先日、インターステラーという映画を 妻と観てきた。
あらすじは、近未来、地球規模で食糧難と環境悪化によって人類の滅亡が懸念され
る状況にあるアメリカで、元エンジニアが宇宙に未開の地を探しに旅立つという、比
較的ありそうなストーリーであるが、驚いたことがあった。
それは「5 次元」という数学的な考え方が背景にあり、それがないとストーリーが成
り立たない、ということである(といってもそれほど難しい話ではない)。
どういうことかというと、われわれの世界を 1 次元、2 次元、3 次元、4 次元、5 次
元、6 次元…と分けて考えていくと、そこには共通する特徴がある。それは 、より高い
次元から見ると低い次元はその中に含まれてしまい 、唯一の ものではな くなる、とい
うことである。
たとえば、1 次元は一本の線、2 次元は平面、3 次元は立方体、4 次元はこれに時間
が入ったもので、われわれはこの 4 次元の世界に生きている。
そして、2 次元の平面を切れば 1 次元の線になる。このことは、2 次元である平面は
1 次元である線を含んでいることを意味している。3 次元の立方体を切れば 2 次元の平
14
面になる(たとえば、スイカを包丁で切れば平らな面になる)。このことは、3 次元で
ある立方体は 2 次元である平面を含んでいることを意味している。4 次元の世界を時間
で切れば、今その瞬間の 3 次元の世界になる。このことは、4 次元の世界は、3 次元で
ある立方体を含んでいることを意味している。
そうであるなら、5 次元の世界は 4 次元の世界を含んでいるはずで、仮に 5 次元の世
界に人間が入り込むと、あらゆる地域の過去、現在、未来にワープできることに なる。
「5 次元の世界など実際にはあり得ない」と考えれば話はそこで終わりである。しか
し、数学の世界では 1 次元、2 次元、3 次元、4 次元、5 次元、6 次元…と無限にあるわ
けだから、絶対に 5 次元以上の高い次元はこの世に存在しないとも言えない、そう思
える人にはこの映画は面白く感じられるわけである。普通、「時空を超える」映画とい
うと、ホラー物や呪術的な 感じのもの 、あるいは完全なアニメ の世界を 考えてしまう
が、数学の 1 次元、2 次元、3 次元…という考え方を拡げていって 5 次元に至り、そこ
では「時空を超えることができる」 と考えたのが面白い。
なぜこんなことを長々と書いたかというと、こんな 突拍子もない考え方に基づいた
映画は日本ではまず「創れない」 のではないかと思ったからである。もちろん日本に
も素晴らしい映画はたくさんある。しかし、こんな突拍子もない映画を 「創る」アメ
リカという国は驚きというしかない。
先日、小惑星探査機「はやぶさ 2」が種子島から発射されたが、実は、初代「はやぶ
さ」のプロジェクトリーダーであった川口淳一郎教授に昨年 10 月にお会いし、非常に
興味深い話を聞かせていただいた 。
それは、日本ではロケットを飛ばして小惑星上にある 小さな物質を集めてくること
が当たり前のように大きな目的に なっているが、アメリカのNASAでは、 ブルドー
ザーのようなもので小惑星をつかんで、小惑星ごと 地球に持ってくる研究が進められ
ていると聞いたからである。
「そんなことは可能ですか」と 川口教授に質問したところ、
「大変ですが、できないことではないと思います」との答えであった。 先ほどの 5 次
元の話と並べてみると、アメリカ人のスケールの大きさ が分かる。アメリカから学ぶ
べきことはまだまだありそうである 。
同時に、インターステラーという 映画を観て、そうはいっても細かいところで不自
然さがあり少し気になった。 そのような不自然さは 日本の映画ではあまりないもので
ある。アメリカ人のスケールの大きさに、 日本人の「繊細な感性」が加われば世界最
強の映画ができたのではないかとも思われた。
(2014 年 12 月 16 日
東京経済調査部長
村山晴彦)
本レポートの目的は情報の提供であり、売買の勧誘ではありません。本レポートに
記載されている情報は、
(株)京都総合経済研究所が信頼できると考える情報源に基づ
いたものですが、その正確性、完全性を保証するものではありません。最終的な投資
判断はお客様ご自身でなさるようお願い致します。
15