肝硬変患者における鎮痛剤の投与‐文献とエビデンスに基づく推奨 The Therapeutic Use of Analgesics in Patients with Liver Cirrhosis: A Literature Review and Evidence‐Based Recommendations Hepat Mon. 2014; 14: e23539 はじめに 肝硬変は公衆衛生上の大きな問題であり、年間約 77 万人が肝硬変により死 亡する。剖検のデータに基づくと、肝硬変の有病率は一般的な集団で 4.5~ 9.5%、世界的には何億もの人が罹患していると考えられる。肝硬変の最も多い 原因は長期のアルコール乱用、B 型および C 型肝炎ウイルス、自己免疫性肝炎 および脂肪性肝疾患である。肝臓はほとんどの薬物の代謝および体内動態に大 きな役割を持っている。このため、肝硬変患者における薬物の使用に際して、 しばしば問題が生じる。消化器専門医や特に肝臓専門医は肝硬変患者に対する 薬物投与の安全性について、意見を求められることが多い。肝硬変患者の痛み に対する治療は、難しい臨床課題の一つである。 疼痛緩和はすべての患者の生活の質の向上に必須であるにもかかわらず、多 くの医療従事者は、肝硬変患者に対する鎮痛薬の使用は安全でない、と考えて いる。それは肝硬変患者の疼痛治療の質の低下につながる。肝硬変患者に鎮痛 剤を処方する場合の最も重大な合併症は、腎不全の誘発と悪化、肝性脳症の誘 発、門脈圧亢進症および消化管出血を誘発する危険性である。さらに肝硬変の 患者は、薬物代謝および薬物動態が変化しているため、オピオイドによる過度 の鎮静や逆に鎮静の不足、便秘の増悪を招くことがある。 鎮痛薬の有害事象は予防可能であるが、一方では潜在的に致命的なことも少 なくない。肝硬変における鎮痛薬の使用に関するガイドラインは、この分野の 研究不足もあって、なかなか作成されない。したがってこの論文では、肝硬変 の患者に対する様々な鎮痛剤使用についての発表されたデータを分析して、こ うした薬物を安全に使用するためのエビデンスに基づいた指針を提供したい。 肝硬変における肝薬物代謝 肝臓は鎮痛剤を含むほとんどの薬物の体内分布と代謝において重要な役 を果たしている。一般的に薬物は、肝臓で次の 3 つの機序により代謝される。 1)肝チトクローム P450 酵素(CYP)による酸化、還元、加水分解反応 2)グルクロン酸、硫酸、酢酸、グリシン、グルタチオン、メチル基の抱合 3)胆汁中への排泄 肝臓による薬物代謝の効率、いわゆる肝クリアランスは、肝血流量、血漿タン パク質結合率、肝酵素の代謝活性によって決まる(内因性クリアランス)。肝 硬変ではこれらのすべての過程が変化するため、多くの薬物の代謝が影響を受 ける。 1)肝細胞壊死 2)門脈大(体)循環短絡の形成のため、薬物が初回に肝臓を通過して代謝 される割合(初回通過代謝、first‐pass effect)が減少する 1 3)薬物に結合するタンパクの産生が変化する 4)腎不全の誘発 5)肝薬物代謝酵素の効力が変化して、薬物の体内分布、代謝、排泄、薬力 学の異常が起きる 経口投与された薬物の場合、肝硬変では生体利用効率(バイオアベイラビリ ティ)が上昇する。これらの薬物は消化管から吸収されて、門脈を通って肝臓 に直接運ばれる。このように全身に循環する前に、肝臓で代謝される薬物の割 合が大きい(初回通過代謝)。肝硬変では門脈大循環短絡が形成されて、血液 が腹部臓器から心臓に流れ、肝臓の初回通過代謝を迂回する可能性がある。そ の結果、門脈に流入するべき血液のかなりの部分がこの短絡路を通って迂回す るため、肝臓を通過する腸間膜血流は減少する。肝代謝率が高い薬物は(=生 体利用効率が低い)、門脈大循環短絡によって初回通過代謝が減弱して肝臓薬 物クリアランスが低下する結果、経口投与による薬物の生体利用効率が上昇す る可能性がある。したがって、こうした経口薬を肝硬変患者に投与する場合、 肝排泄の比率に応じて初期投与量を減量するべきである。さらに投与経路に関 係なく、肝硬変患者における薬物動態のデータに合わせて維持量も調整しなけ ればならない。肝排泄が少ない薬物の場合、生体利用効率は肝疾患の影響を受 けないが、肝クリアランスは影響を受けることがある。このような薬物の場 合、肝臓の薬物代謝の低下に応じて、維持用量を減量しなければならない。肝 排泄が中程度の薬物の場合、肝硬変患者に対する最初の経口投与量は通常投与 量の中の低い範囲にとどめ、維持用量は肝代謝が高い薬物と同様に減量するべ きである。また、肝臓の CYP 酵素の酸化による薬物代謝が機能するためには酸 素が必要であるが、門脈大循環短絡によって酸素の類洞透過性が低下して、肝 細胞への酸素の供給が減ることがあり、肝臓の酸化機能の低下につながる。 グルクロン酸抱合による薬物代謝は、CYP 酵素による薬物代謝よりも影響を 受けにくい。おそらく肝臓以外でのグルクロン酸抱合や、生き残った肝細胞が ウリジン二リン酸‐グルクロン酸転移酵素(UDPGT)の産生を増やすためであろ う。肝硬変の患者では胆汁に排泄される薬物や代謝物のクリアランスが低下す ることがあるため、こうした薬物は使用量を減量するか、避けるべきである。 また肝硬変患者の多くは、アルブミンやα1 酸性糖タンパクのような薬物結合 タンパクの産生障害がある。したがって、タンパク結合性が非常に高い薬物の 場合、アルブミン濃度が低下すると遊離薬物濃度が上昇して、生体利用効率の 上昇や毒性が発生する。 肝腎症候群は肝硬変の多くで発生するが、特に腎排泄の薬物代謝が影響を受 ける。肝腎症候群の患者の腎薬物クリアランスは大幅に低い。肝硬変患者は腎 機能障害があっても血清クレアチニンが正常な場合があることに注意を要す る。筋肉量が減少してクレアチニンの産生が低下することや、また肝臓におけ るクレアチンの産生が低下してクレアチニンの基質が減少するため、こうした 現象が起きる。 腎疾患を合併する場合は GFR によって薬物使用量を調節するが、肝疾患の重 症度や肝クリアランスを反映した、薬物使用量の調節に用いる信頼できる指標 はない。肝機能検査、ICG クリアランス、Child Pugh スコア、MELD スコアなど 2 のさまざまな指標が肝機能障害の予測に用いられるが、それらは個々の薬物の 肝臓の代謝能力を予測するものではない。薬物使用量の調節に用いるには不正 確である。 合成機能の低下や門脈圧亢進症を伴う非代償性肝硬変の患者では、薬物の体 内動態は低下するが、よく代償された肝硬変や正常に近い肝合成機能を有する 患者では(肝合成機能、アルブミン、凝固因子、およびビリルビンが正常)、 薬物の体内動態は正常かわずかな変化に留まると一般的に解釈されている。 肝硬変患者における鎮痛薬の使用 肝疾患患者の疼痛管理は臨床上の課題である。アセトアミノフェン、 NSAID、オピオイドなどの一般的な鎮痛薬の多くは肝臓で代謝される。これら の鎮痛剤の有害事象は頻繁に起こり、致死的となる可能性もあるため、慢性肝 疾患、特に肝硬変患者ではしばしば処方自体を避ける傾向にある。こうした患 者に鎮痛剤を処方すると、腎不全の悪化、肝性脳症の誘発、門脈圧亢進症によ る消化管出血、非代償性肝不全の誘発、中毒的乱用を引き起こす恐れが危惧さ れ、特にアルコール依存症や他の薬物中毒の既往患者で多い。肝疾患の患者に おける、エビデンスに基づいた鎮痛薬使用のガイドラインがないので、こうし た患者における疼痛管理は困難である。 アセトアミノフェン アセトアミノフェンは、侵害受容体を介する急性または慢性の様々な痛みに 対する第一選択の鎮痛剤として使用される。最も安全に利用できる鎮痛剤の一 つと考えられるが、肝疾患患者ではこの薬物の使用が避けられる場合が多い。 この誤解の理由は、アセトアミノフェンの過剰摂取による肝毒性の事例と、肝 疾患患者におけるアセトアミノフェンの代謝経路に関する認識の欠如にある。 アセトアミノフェンの大部分は、硫酸及びグルクロン酸抱合により非毒性物質 に代謝されて、その後に尿中に排泄されることが知られている。5%未満のわ ずかが CYP 酵素(主に CYP2E1)によって酸化され、肝毒性のある中間代謝産 物である N‐アセチル‐p‐ベンゾキノンイミン(NAPQI)ができるが、これは直ち にグルタチオン抱合を受けて無毒化される。薬物動態の研究では、健常者に比 べて肝硬変患者におけるアセトアミノフェンの半減期(T1/2)は延長し、血漿ク リアランスは低下する。T1/2 や血漿クリアランスはプロトロンビン時間や血漿 アルブミン濃度に相関する。 慢性肝疾患の患者におけるアセトアミノフェンの肝毒性は、CYP 活性が低下 し、またグルタチオン貯蔵が枯渇して、肝毒性のある中間代謝産物 NAPQI が蓄 積することが理論上の原因である。しかし肝疾患の患者研究によると、アセト アミノフェンの半減期は延長する可能性はあるものの、CYP 活性が亢進するこ とはないので NAPQI の生成自体は減少する。従って一般的に、グルタチオンの 貯蔵量はアセトアミノフェンの肝毒性を回避するのに十分である。そのため、 肝硬変患者対して治療用量のアセトアミノフェンの投与を危険視するのは理不 尽である、と多くの研究で結論されている。 肝硬変患者におけるアセトアミノフェン投与の安全性および有効性を評価し 3 た研究は他にもある。4g/日までの短期間の臨時投与であれば、肝硬変でアルコ ールを常時摂取している患者でも、健康人と同じく十分に許容されることが示 された。同じく、慢性肝疾患の患者 20 人(8 人の肝硬変を含む)に対して、 4g/日の用量で 13 日間アセトアミノフェンを投与した二重盲検試験でも、悪影 響がないことが示された。アルコール性肝硬変の患者でアセトアミノフェンを 3/日の投与量で安全に使用できたことを示した調査報告も他にある。肝硬変患 者におけるアセトアミノフェンの使用を評価した症例対照研究によると、低用 量のアセトアミノフェン(2~3 g/日)を臨時に投与しても、肝硬変の急性代償 不全は誘発されないことが示唆された。 一方で、健康成人が 4 g/日、14 日のアセトアミノフェン投与を受けると、 AST 値が上昇したという報告もある。この知見に基づいて、アメリカ肝臓財団 (ALF)は 2006 年、アセトアミノフェンの長期間における投与量が 3 g/日を超 えないように勧告した。別の研究と FDA の新ガイドラインに基づき、肝硬変患 者(アルコールを常習的には飲んでいない)での長期アセトアミノフェンの使 用(>14 日)は 2~3 g/日に減らすように推奨された。ただし、ALF は短期間に おける 4 g/日の使用が問題であるとは指摘していない。 推奨用量を守って投与した場合、アセトアミノフェンは安全性プロファイル に実績があり、鎮静効果や腎毒性がないため、肝硬変などの肝疾患患者に対す る鎮痛薬として好ましい。ただし、アセトアミノフェンの過剰摂取は肝不全の 最も多い原因の一つなので、疼痛治療専門医の大半が何らかの肝疾患を持つ患 者にアセトアミノフェンを処方したがらないことは驚くことではない。 NSAID NSAIDs は主に CYP 酵素により代謝され、血漿中ではほとんどが(普通は >95%)高度にタンパク(通常はアルブミン)に結合している。前述したよう に、肝硬変患者は CYP 活性が正常ないし低下しており、薬物結合性のタンパク の産生が障害されている。したがって肝硬変の患者では、NSAID の代謝と生体 利用効率が変化しており、血清中の濃度が上昇すると予想される。 進行した肝硬変患者における NSAID の副作用は、主にプロスタグランジン産 生の阻害のためである。前述のように、肝硬変では門脈大循環短絡が形成され て、動脈圧が低下する。この状況下で循環の恒常性を保つために、レニン・ア ンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)、交感神経系(SNS)、ADH の非浸 透性分泌が亢進する。こうして腎臓はナトリウムと水を貯留するようになる。 腎臓が継続してナトリウムと水を貯留するために、腹水が発生しやすくなる。 内因性の血管収縮物質が血管を弛緩させ、ADH が尿細管に作用するため、腎臓 は血管拡張性のプロスタグランジンの産生を増やして対応する。 シクロオキシゲナーゼ(COX)は、プロスタグランジンおよびトロンボキサ ン A2 合成の調節において重要な役割を果たしている。NSAID の副作用は COX‐1 及び COX‐2 を含む、両方の COX アイソフォーム活性を阻害するために生じる。 COX‐1 はほとんどの体組織に恒常的に発現して、様々な生理的機能の維持に関 係している。それに対して COX‐2 は主に炎症反応に関わる誘導性のアイソフォ ームと考えられている。非選択的 NSAID は COX‐1 及び COX‐2 の両方を抑制する 4 ことによって、抗炎症作用(COX‐2 活性の阻害)だけでなく、腎臓や胃腸のお けるプロスタグランジンやトロンボキサン A2 の合成も阻害する(COX‐1 活性の 阻害)。その結果、NSAID は腎血流や糸球体濾過率を低下させ、腎臓がナトリウ ムと水を排出する能力を著しく阻害する。また、血小板凝集を促進するトロン ボキサン A2 を血小板が合成するのを阻害するため、肝硬変患者における血小 板減少症および凝固障害を起こす可能性がある。肝硬変患者に NSAID を使用す ると、食道胃静脈瘤の初回出血が有意に増加する。肝硬変患者に NSAID を使用 すると、使用していない肝硬変患者よりも、食道胃静脈瘤の出血の危険性が約 3 倍以上になる。肝硬変患者にアスピリン、イブプロフェン、インドメタシ ン、ナプロキセン、スリンダクなどの NSAID を投与した場合、腎血流や GFR の 減少、ナトリウムや水の排泄障害などの腎機能障害が起きる。 選択的 COX‐2 阻害剤は、NSAID の代替として非常に注目される。肝硬変患者 の腎機能は NSAID および選択的 COX‐1 阻害剤の影響を受けるが、選択的 COX‐2 阻害剤の影響は受けないことが、いくつかの研究で示された。しかし、肝硬変 患者における COX‐2 選択的阻害剤の安全性及び有効性の評価で利用可能なデー タは限られている。腹水を有する肝硬変患者にセレコキシブ(COX‐2 阻害薬) を 5 日間投与しても、明らかな腎機能障害、GFR や腎血流量の平均値の低下、 あるいはプロスタグランジン E2 排泄量の減少は認めなかった。9 例の肝硬変患 者に 4 日間セレコキシブを投与したパイロット研究では、血清クレアチニン、 GFR、プロスタグランジン E2 またはナトリウム排泄の平均値の有意な変化は観 察されなかった。しかし、この患者のうちの 4 名は、20%を超える GFR の低下 を示した。 このように有望な知見はあるが、COX‐2 は腎臓において恒常的に発現して、 腎血流の維持、レニン分泌の仲介、および血管内用量の変化に応じたナトリウ ム排泄の調節に関与していることが、実験で確認されている。したがって、肝 硬変患者において、COX‐2 阻害剤が非選択的 NSAID より副作用が少ないと断言 することは困難である。COX‐2 阻害剤の長期投与の影響を評価した研究が少な いため、肝硬変患者に対する COX‐2 阻害剤の投与は慎重に考えるか、もしくは 避けるべきである、という結論になる。 オピオイド ほとんどのオピオイドは主に肝臓で代謝を受ける。従って、肝不全の患者 は、オピオイドの排泄が影響を受ける可能性がある。ほとんどのオピオイドは 主に酸化によって代謝される。例外は、主にグルクロン酸抱合を受けるモルヒ ネとブプレノルフィン(レペタン®)、そして主にエステル加水分解を受けるレ ミフェンタニルである。前述のように、肝硬変患者において薬物の酸化は低下 している可能性があるので、薬物クリアランスは低下するか{メペリジン(ペ チジン®)、dextropropoxyphen、ペンタゾシン、トラマドールおよびアルフェン タニル}、初回通過代謝が減少して経口摂取時の生体利用効率が上昇する(ペ チジン、dextropropoxyphen、ペンタゾシンおよびジヒドロコデイン)。前向き 疫学研究は少ないが、オピオイドは一般的に、肝性脳症の症状を誘発する。し たがって、肝硬変、特に門脈圧亢進症や脳症を有する患者ではオピオイドは避 5 けるべきである。 モルヒネは 1827 年以来使用されているオピオイドである。モルヒネは CYP 経路とグルクロン酸抱合の両方で代謝される。肝硬変患者におけるモルヒネの 代謝時間を調査した研究のほとんどで、正常な肝機能を有する場合と比較し て、モルヒネの血漿クリアランスは大幅に低下して、半減期は延長し、生体利 用効率は上昇した。ヒドロモルフォンも同様に、肝硬変患者では生体利用効率 は上昇して、半減期が延長した。 コデインは鎮痛活性のないプロドラッグである。コデインは肝臓において CYP2D6 によってモルヒネに代謝されて鎮痛作用を発揮する。周知のように、こ の酸化酵素の効率は、代償性肝疾患の患者において低下している。その結果、 投与されたコデインがモルヒネに代謝される割合が減少し、鎮痛作用が不足す ることがある。また、コデインのクリアランスが遅れて、蓄積と低換気を引き 起こす可能性がある。ヒドロコドンおよびオキシコドンは同様に、CYP2D6 およ び CYP3A4 によって各々、ヒドロモルヒネ及びオキシモルヒネに代謝される。 したがって、薬物代謝の低下した肝硬変患者では、これらの薬物の鎮痛効果は 減少することがある。 メペリジン(ペチジン®)はタンパク結合率が高く、主に加水分解によりメ ペリジン酸に代謝され、抱合を受けて排泄される。その一方で、CYP2B6 および CYP3A4 によりノルメペリジンに代謝されるが、この代謝産物には深刻な中枢神 経毒性と神経筋刺激作用があり、まれに痙攣を誘発する。これらの副作用は、 腎機能障害があるとより高頻度に認められる。生体利用効率が上昇し(高いタ ンパク結合率)、半減期の長い毒性代謝物が生成されるために、メペリジンは 肝硬変患者では避けるべきである。 メタドンおよびフェンタニルもタンパク結合率が高く、肝硬変患者に投与す るには減量が必要であるが、毒性のある代謝産物は生じない。そのため、これ らの薬物は、メペリジンより忍容性が良い。しかし両薬剤とも、低アルブミン 血症の患者では減量が必要である。トラマドールは中枢神経作用性の合成鎮痛 薬で、構造的にコデインやモルヒネに近い。トラマドールは CYP3A4 と CYP2D6 の両方によって O デスメチルトラマドールに代謝され、その後にまた CYP2D6 によって代謝される。従って酵素活性が低下した肝硬変患者では、その鎮痛作 用は完全には安定しないことがある。 ブプレノルフィン(レペタン®)は、タンパク結合率の高い、部分的μ‐オピ オイド受容体アゴニストである。ブプレノルフィンは主に肝臓の CYP3A4 によ って活性代謝物のノルブプレノルフィンに代謝され、グルクロン酸抱合を受け て胆汁中に排泄される。ブプレノルフィンとノルブプレフィンの両方とも、さ らにグルクロン酸抱合を受ける。肝硬変で CYP3A4 酵素活性が低下すると、ブ プレノルフィンの生体利用効率が上昇してクリアランスが低下する可能性があ る。したがって、投与量を調整する必要がある。 肝硬変患者にオピオイドが必要な場合、これらの鎮痛薬は一般的に用量を減 量して、投与間隔を延長し、重大な悪影響を及ぼすことなく、最適な痛みの軽 減を実現できるように、個々の患者で調整するべきである。鎮静の兆候、オピ オイドによる便秘、早期の肝性脳症の徴候を確認して、慎重に観察する必要が 6 ある。こうした合併症の兆候が現れた場合、オピオイドは即時中止するべきで ある。また、アルコール依存症の既往のある肝硬変患者では、オピオイドの使 用が相互依存症のリスクを増加させることがあるので、注意が必要である。 鎮痛剤を処方する医師の態度 肝硬変患者はアセトアミノフェンの多様な影響をより受けやすい。その一方 で、肝硬変患者に対する NSAID やオピオイドの使用に関するガイドラインは存 在しない。データを見ると、肝硬変患者の疼痛緩和におけるアセトアミノフェ ンの処方は少ない。ある報告によると、肝硬変患者のわずか 6%にアセトアミ ノフェンが処方された。肝疾患患者に対するアセトアミノフェンと NSAID の処 方に関する医師の態度が、ウェブベースのアンケートで調査された。この結果 によると、消化器専門医はアセトアミノフェンを安全と考えているが、それに 比べると内科医や家庭医は、肝硬変患者にアセトアミノフェンの使用は勧めな いと答える割合が有意に高かった。特に非代償性肝硬変の患者の場合、消化器 専門医の 22%がアセトアミノフェンの使用を推奨しないと答えたのに対して、 家庭医は 95%、内科医は 70%が推奨しなかった。肝硬変ではない軽度の慢性 肝炎の患者に対しても、一般開業医の 15〜20%はアセトアミノフェンの使用を 推奨しなかった。対照的にこの質問の設定で、消化器専門医はアセトアミノフ ェンの処方を避けなかった。代償性と非代償性のいずれの肝硬変患者にも NSAID を処方しないとする意見は、アセトアミノフェンを避ける意見よりも概 して少なかった。全体として非消化器専門医は NSAID を勧める可能性が高く、 逆に消化器専門医はアセトアミノフェンを勧める可能性が高かった。イブプロ フェンや他の NSAID が胃腸症や凝固障害を有する患者の消化管出血を悪化させ る可能性を現実的に考えると、アセトアミノフェンの臨時使用の方が NSAID よ り好ましい。残念ながらこの研究では、オピオイド処方に対する医師の態度は 調査していない。 まとめ 肝硬変患者に対する安全かつ有効な鎮痛治療は難しい。肝硬変の患者にお ける鎮痛薬の使用に関する、エビデンスに基づくガイドラインは存在しない。 潜在的な肝毒性のある薬物も含めてほとんどの薬物は、肝硬変患者に安全に使 用できる。ただ使用量を減量し、投与頻度を減らすことが推奨される。一般 に、肝硬変患者にアセトアミノフェンを長期使用する場合には、2〜3g/日に使 用量を低減することが推奨される。肝硬変患者のアセトアミノフェンの代謝 は、肝疾患でない患者よりも遅延しているが、繰り返し投与しても肝毒性のあ る中間代謝産物 NAPQI が蓄積することはない。そして、肝疾患患者で CYP 酵素 活性が亢進しているとか、肝グルタチオンの貯蔵量が減少しているという証拠 もない。 プロスタグランジンの阻害によって引き起こされる急性腎不全の危険性を考 えると、代償性であれ非代償性であれ、肝硬変患者に対する NSAID の投与は避 けるべきである。肝性脳症を誘発する危険性を考慮すると、オピオイドは避け 7 るか、または低用量、低頻度で慎重に使用する必要がある。毒性、副作用、合 併症に関する長期のフォローアップも必要である。肝性脳症や薬物中毒の既往 のある患者には、オピオイドを使用してはならない。 8
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