セクシュアル・ハラスメントについて

セクシュアル・ハラスメントについて
丸山貴大
[目次]
第1章
はじめに
第2章
日本におけるセクハラ対策
第3章
海外諸国のセクハラ対策
第4章
考察
〜第1章〜
[はじめに]
わたしの卒業論文テーマは「セクシュアル・ハラスメント」である。このテーマに決め
た理由としては、「セクハラ」を目撃したことにある。
「セクシュアル・ハラスメント」という行為がどれほど起きているのか?そして、日本
の法律上どのような違反になるのか?海外の場合はどのように捉えているのか?セクハラ
が発生しやすいであろう企業内ではどのような対策が採られているのか?このあたりを調
べていき、今の問題点やこれから先の課題を考えていきたいと思う。
[セクシュアル・ハラスメントとは?]
セクシュアル・ハラスメントは「セクハラ」と省略されることが多い。「性的嫌がらせ・
性的おびやかし」と訳される。
・国際自由労連のセクハラ定義
「職場において何者かが、いかなるものにせよ反復して、相手の意に反する言葉あるい
は動作、もしくは身振りによって性的な働きかけを行ったり、明らかに性的に品位を傷つ
けるような発言を行ったり、または性的に差別意見を表明したりして、当該労働者を攻撃
し、当該労働者に脅威・屈辱・不当な従属感を感じさせたり、苦しめたり、あるいは当該
労働者の職務遂行を妨げ雇用の安定を脅かしまたは脅威や威嚇を感じさせる労働環境を作
り出すこと。
」
・文部科学省のセクハラ定義
「職員が、他の職員、学生及び関係者を不快にさせる性的な言動並びに学生等及び関係
者が職員を不快にさせる性的な言動。性的な言動とは、性的な関心や欲求に基づく言動を
いい、性別により役割を分担すべきとする意識に基づく言動も含み、職場の内外を問わな
い。」
つまり、
「時・場所・相手をわきまえずに、相手を不愉快にさせる性的な言動のこと」で、
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日本でも数年前に定着した言葉である。
広い意味でのセクハラは「女性(男性)であるために受ける不愉快な言動」であり、ジ
ェンダー的な考え方を相手に押し付けることもセクハラであるといえる。
都道府県労働局雇用均等室に寄せられた職場におけるセクシュアルハラスメントに関す
る相談件数も、1994 年(平成6年)には 850 件だったのが 1999 年(平成 11 年)には 9,451
件と5年間で 11 倍以上の増加をみせている(資料1)。相談者の大部分を女性が占めてい
ることからも(資料2)、男性のセクハラに対する意識の薄さが分かるだろう。だが、男性
と女性で「セクハラだと思う行為」に違いがあることや(資料3)、さらに、同じ行為に対
する感じ方でも「セクハラ」と取る人と取らない人とがいることなど、このようなグレー
ゾーンの問題もあり、セクハラが人権侵害にあたる重大な犯罪行為であると理解されてい
ないのが現状である。
ここからの第2章では、日本のセクハラに対する法律や判例を挙げ、
「セクハラ」という
行為が法律上どのような問題を抱えるものなのか、そして日本企業がするべきセクハラ予
防の取組みやその実情を述べていきたいと思う。第3章では、「セクハラ」問題は日本特有
の問題ではなく世界各国が抱える問題のはず。ということで各国のセクハラ対策法やその
他の制度・判例などを通してその国の実情に迫りつつ、各国と日本との比較によって世界
の中での日本はどのような位置にあるのか、というところも見ていきたい。
〜第2章〜
[法律上の問題]
ここでは、まずセクハラ行為が日本の法律上どのような問題を持つのか調べてみる。「法
律」といっても「刑事」と「民事」に分かれるが、セクハラ訴訟の場合は圧倒的に民事訴
訟が多い。理由としては、謝罪と賠償金が取れること、刑事では認められないような行為
でも慰謝料を取れる可能性があることなどが挙げられるのではないだろうか。刑法による
罰則はないが民事であっても加害者の社会的地位を破壊することはできる。これらのこと
から民事訴訟を選ぶ被害者が多いのだろう。
Ⅰ.刑事事件
刑法においてセクハラ行為が違法となる場合に、加害者に適用される可能性がある法令を
あげてみる。
・ 刑法174条
「公然わいせつ」
・ 刑法175条
「わいせつ物頒布等」
・ 刑法176条
「強制わいせつ」
・ 刑法177条
「強姦」
・ 刑法204条
「傷害」
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・ 刑法230条
「名誉毀損」
・ 刑法231条
「侮辱」
これらの法により「セクシュアル・ハラスメント」は裁かれることになる。
Ⅱ.民事事件
セクハラ問題の訴訟は民事によるものが圧倒的に多い。刑事責任を立証できない場合で
も不法行為や名誉毀損等によって損害賠償請求ができるためだと考えられる。請求額的に
は100万〜2200万と大きく差がある。
セクハラ加害者に適用される民法としては次のようなものがある。
・ 民法415条
「債務不履行」
・ 民法416条
「損害賠償範囲」
・ 民法709条
「不法行為」
・ 民法710条
「非財産的損害の賠償」
・ 民法723条
「名誉毀損」
この他にも、セクハラが起きた企業に適用される法律もある。
・ 男女雇用機会均等法第21条「職場における性的言動に起因する問題に関する雇用
管理上の配慮」
・ 民法44条
「法人の不法行為能力」
・ 民法715条
「使用者(経営者)責任」
・ 民法719条
「共同不法行為」
* 刑法の「名誉毀損」は加害者の処罰(による被害者の保護)を目的とするのに対し、
民法の「名誉毀損」は被害者の保護を目的とし、具体的には加害者へ損害賠償・謝罪
広告・「名誉毀損にあたる発行物の差し止め」を請求する。
Ⅲ.その他
今までみてきたのは「訴訟」という法的解決方法である。訴訟に限らずいくつかの法的
解決方法が考えられる。
・「訴訟」
裁判をするということ。
・「示談」
加害者と被害者で契約を結ぶこと(代理人として弁護士の場合も)。
・「和解」
加害者と被害者(代理人の弁護士)とがお互いに歩み寄り争いを解決す
る方法。
・「調停」
紛争調停委員会の調停人が解決策を提示する話し合い。
・「仲裁」
仲裁センターの仲裁人が解決策を提示する話し合い。
これらの方法のなかで時間や金銭面等を考え選択していくことが必要になるだろう。こ
れらの方法に入る前に専門家(弁護士・行政書士等)によって「内容証明郵便」を送るこ
とも考えられる。これは即時にセクハラ被害に対応でき、またかなりの効果を期待できる
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手段となっている。
[企業での対策]
セクハラは被害者と加害者だけに影響をもたらすのではない。セクハラが起きた企業も
大きな打撃を受けるのだ。次はこの辺りを調べてみる。
Ⅰ.男女雇用機会均等法
セクハラが発生した場合の企業責任を明記しているのが「男女雇用機会均等法」である。
元々の「男女雇用機会均等法」は1985年(昭和60年)に制定されている。職場へ
の女性労働者の進出とは裏腹に女性の能力に応じた機会が与えられなかった当時としては
画期的なものであった。だが、募集や採用等の均等については「努力義務」にとどまって
いたこともあり、十分な効果は発揮できなかった。
1999 年(平成11年)4月1日から施行された「改正男女雇用機会均等法」とその他
の法改正(労働基準法、育児・介護休業法等)により、事業主は募集・採用、配置・昇進、
教育訓練、福利厚生、定年・退職・解雇において男女差をつけることを禁じられた。同時
に事業主は職場でセクハラが起きないよう対策を立てることとされた(同21条1項)。こ
れにより、セクハラが発生した場合実行行為者が刑事・民事上の責任を負うのはもちろん、
その行為が会社の業務に関連して行われたものであれば、会社も使用者責任を負うことに
なる(福岡セクハラ事件)。また使用者が「職場環境配慮義務」を怠ったことを労働契約上
の債務不履行と認めた場合(三重セクハラ事件
会社事件
津地裁 1997 年11月5日
京都呉服販売
京都地判 1997 年4月17日)もあり、配慮義務規定の導入により、この種の判
断が下されやすくなる可能性がある。
Ⅱ.企業での対応
そもそも、職場においてなぜセクハラが起こるのか?ということを考えてみたい。
近年まで続いていた「家父長制度」に代表されるように日本は昔から女性蔑視的ところ
があり、女性の社会進出が進んだ現代においても「一人前の職業人」としてではなく、
「性
の対象」で見ている男性が多いため、男性からみたら何気ない言葉にもセクハラ的要素が
含まれていたりするのだろうと思われる。セクハラに対する会社の方針がある場合も、管
理職や同僚の男性に意識啓発が浸透していないということもあるだろう。
これらのことを踏まえた上で、企業は何をしたらいいのかを考えていきたい。
まずは、企業としてのセクハラ問題に対処する基本方針を確立し、それを全社員に公表
することが考えられる。その上で管理職・同僚男性社員のセクハラに対する意識改革をパ
ンフレットやセミナー等によって行うなどして、セクハラ防止に努める必要があるだろう。
さらに、女性の意見を把握することや相談窓口の設置など問題に対処できる機関を作り、
職場環境の改善と問題の早期解決を目指すことや、セクハラが発生した場合に被害者のプ
ライバシーの保護・不利益取扱の排除等も迅速に対処する必要があるだろう。
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〜第3章〜
[海外諸国の場合]
男女平等に関して遅れているといわれる日本。ではどの辺りが、どの程度遅れているの
か?欧米諸国や、アジア諸国、そして男女共同参画社会の先進国の北欧諸国と日本を比較
していきたいと思う。
Ⅰ.南北アメリカ
<アメリカ合衆国>
「訴訟大国」と呼ばれるアメリカだけあってセクハラ訴訟を見てみても年間 1 万5千件
を超える。訴訟額も破格である。1回の賠償金の支払いが企業を破綻させる可能性もある
額である。このため、アメリカの企業のうち70%もの企業でセクハラ対策を実施し、セ
クハラ相談窓口等を設置している。さらに「セクハラ保険」というものもあり企業は積極
的に加入しているという。あと「恋愛契約書」というものもあり、職場おいて恋愛関係に
発展した2人に企業が持ちかけるものである。これにより万が一2人の関係がこじれた場
合でも、2人の恋愛関係と会社は一切関係がないということができる。「セクハラだ」と訴
えられることを回避できるのだ。現在アメリカでは約3000社がこの恋愛契約書を採用
しているという。
アメリカでの最初の性差別を禁止する法令は「1964 年公民権法」である。この第7編が
タイトルⅦと呼ばれる。タイトルⅦは従業員15名以上の雇用者を対象に、人種、皮膚の
色、宗教、性別、出身地などの相違による一切の差別を禁止・撤廃する画期的な法律であ
った。ここは日本の男女雇用機会均等法のような努力義務規定にとどまる法律とは大きく
違うところである。
そして、1964 年にタイトルⅦが成立したことにともない、これを管轄する政府の独立機
関として米雇用機会均等委員会(EEOC)が設立された。EEOCの使命は平等な雇用
環境を保障するために、調査・和解・訴訟・調整・通達・教育・指導などを通じて、雇用
差別を禁止している法律を施行することにある。1980 年にEEOCはセクシュアル・ハラ
スメントに関して次のようなガイドラインを発表している。
・歓迎されない性的接近、性的行為の要求及び他の性的性質を有する口頭又は身体上の
行為は、以下のような場合セクシュアル・ハラスメントを構成し、公民権法703条
に違反する。
a) このような行為への服従が個人の雇用の条件を形成する場合
b) このような行為への服従または拒絶がその個人に影響する雇用上の決定の基礎と
して用いられている場合
c) このような行為が個人の職務遂行を不当に阻害し、又は不快な労働環境を創出する
目的又は効果を持つ場合
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・使用者は、当該行為の発生について無過失責任を負う。
・使用者は、予防措置を講じなければならない。
このガイドラインは各国のセクハラ法制定において大いに参考になったものである。ア
メリカがセクハラ対策で先進国と呼ばれるのは、このような法整備と国民の意識の高さが
所以であろう。先程も挙げたが、アメリカ三菱自動車の事件の場合は「世界の三菱」が女
性に保障を行った、この事実がハラスメントに苦しむ女性を勇気付けたに違いない。それ
と、三菱に「戦っても勝てない。負ければ膨大な保障を強いられる」と考えさせ、和解を
選ばせたアメリカのセクハラに対する厳しい法的な規制と罰則制度は、日本も見習わなけ
ればならないところである。
<ブラジル>
ブラジルの状況を少し述べる。ブラジルでセクハラ裁判というのはあまり聞かないらし
い。それはセクハラがないわけではなく、あまりにありすぎるため問題にもならないとい
う。ブラジルでは「奴隷制度」の名残が残っていて中産階級以上の家庭では「お手伝いさ
ん」が居るのが普通で、このお手伝いさんの存在もセクハラを多くしている要因の一つと
考えられる。しかし、女性が男性の誘いに乗ることも多いらしくこの場合はセクハラには
ならないし、ブラジルの女性は街で男性に「ゴストーザ」
(和訳;おいしそう)などの声を
かけられなくなったら女としての魅力がなくなっていると考えるらしい。ブラジルでセク
ハラ裁判が少ないのはこういった国民性もあるのかもしれない。ただ最近、ブラジルの刑
法216条Aが施行された。これは「セクハラ」を防ぐための措置であり違反者は懲役1
年から2年に処せられる。ブラジルでもセクハラ防止の環境が整いつつあるといえるだろ
う。しかし、ブラジルではセクハラを証明しなければならないので、起訴されることは少
ない。このあたりの改正も望まれるところである。
Ⅱ.アジア諸国
<中華人民共和国>
中国の働く女性を見ると、幹部が結構多く日本よりも女性の社会的地位が高い傾向にあ
る。しかし、セクハラ防止に関しては環境が整っているとは言いづらい。現在の中国の法
律ではセクハラについて特別規定している条項がない。そのため被害者は「民法通則」第
101 条により保護される名誉権や人格権を侵害されたとして、101 条関連法に基づき加害者
に対して損害賠償請求、名誉回復処置、謝罪等を求めることになる。また行為が強制わい
せつにあたる場合「刑法」第 237 条。そして、犯罪まではいかない程度の女性への侮辱の
場合は「治安管理処罰条例」第 19 条第 4 号により罰せられる
中国でのセクハラ訴訟は、2001 年末に職場でのセクハラについての民事訴訟の判決第 1
号が出たばかりで歴史が浅い。しかし原告勝訴の判例がでるなど女性の権利保護に向けた
法的整備への機運が高まっている。
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先程、「現在の中国の法律にはセクハラについて特別の規定がない」と述べたが、女性労
働者の保護関係の法令はある。
・ 「企業従業員生育保険実行規則」(1994 年 12 月 14 日制定)
・ 「女性従業員労働保護規定(国務院令第9号)
」(1988 年 7 月 21 日公布)
・ 「中華人民共和国婦女権益保障法(国家主席令第 58 号)」
(1992 年 4 月 3 日公布)
の3つであるが、ここには「セクハラ」についての規定はない。しかし全国人民代表大会
の内務司法委員会の委託を受けて全国婦女連合会が「婦女権益保障法」の改正を進めてお
り、その重点はセクシュアル・ハラスメントに置かれていることが分かっている。この改
正が行われれば中国でのセクハラ法の第1号になる。
<大韓民国>
最近の韓国では儒教思想を打ち砕き、憲法の男女平等理念を実現するために多様な女性
施策が急速に展開されている。
「勤労基準法」
(1997 年 3 月 13 日制定)の出産育児休暇の拡大や、女性の時間外労働の
制限撤廃、性差別に対する罰則の強化などを柱とした女性雇用関連法改正案が 2001 年 11
月から施行されている。この中でセクハラ行為と雇用上の性差別に対する罰則は各状況ご
とに厳しく罰金制度が定められており、使用者責任まで追及されている。さらに間接的な
セクハラに対する規定もある。
だが、韓国は人口比例性暴行発生率が世界最高水準。韓国の殺人事件の発生率は日本の
1,5倍。強盗事件は3,6倍。暴力事件は111,8倍。レイプ事件は10倍。これは
警視庁と韓国警察の統計を元にしているので間違いはないと思う。もちろんセクハラを規
制することも大切だが、性犯罪の撲滅も大きな課題となっているのが現状である。
<マレーシア>
マレーシアでは 1999 年3月に人的資源省が「職場のセクシュアル・ハラスメントの防止
と取り扱いに関する行為準則」といったものを示している。この規範は何がセクシュアル・
ハラスメントにあたるのかを定義し、この問題への対応が必要であるとしているが、法的
効力を持たない。そのため 2000 年3月までに同規範を採用した企業は 50 社にとどまって
いる。
法律はないがガイドラインならある。ガイドラインの名称は「職場におけるセクシュア
ル・ハラスメントの防止と扱いに関する指針」。これにより、被害者は労使裁判所に訴えな
くても、直接企業トップや人的資源省とともに問題解決を図ることが可能になっている。
そして、2000 年8月には女性労働者に対する差別を監視し調査する機関を労働局内に設
置すると発表している。
<フィリピン共和国>
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フィリピンではラモス政権下の 1995 年にセクシュアルハラスメント禁止法(Anti-Sexual
Harassment Low of1995)が制定された。同法は、公共・民間部門で働く労働者だけでな
く、大学などの学生も対象に、雇用・教育・訓練などでのセクハラを違法としている。労
働省は、「職場におけるセクハラ根絶」というプロジェクトを予定しており、その一環とし
てセクハラ防止キャンペーンを実施しているという。労働省担当者によると、同法は自主
的な遵守を目的としているため、労働省は継続的に啓発セミナーを実施し、関係当事者に
助言を行っているという。
Ⅲ.EU
EUとはEuropean Union(欧州連合)の略称。
EUにおけるセクハラ問題に対する法整備は、前身であるEC時代にさかのぼる。1986
年6月11日、欧州議会「女性に対する暴力に関する決議」を採択。翌年 1987 年には「職
場における女性の尊厳:EC各国におけるセクシュアルハラスメント問題の報告」と題す
るルーベンシュタインの報告書を発行している。
そして 1990 年5月29日、労働社会相理事会は「職場における女性と男性の尊厳の保護
に関する決議」を採択している。2000 年6月7日、EU委員会は「男女機会均等推進計画
案(2001〜2005 年)」を採択している。
同日、EU委員会はディアマントプル欧州委員
(雇用・社会問題担当)の提案に基づき、「職場でのセクシュアル・ハラスメントの禁止」
に関する指令案の提出を決定している。
同委員会によると、同じEU加盟国でもセクハラに対する意識は大きな違いがあるとし
ている。
ここからは、EU加盟国の中から数国挙げて見ていきたいと思う。
<スウェーデン>
スウェーデンの労働環境はよく整備されている。優れた環境が女性の社会進出率が高い
理由の1つであることは間違いないだろう。
セクハラについても 1980 年施行の「機会均等法」
(現行は 1992 年施行の「男女機会均等
法」)を基礎として、きちんとした整備がなされている。均等法が規定している性差別は2
種類で、まず雇用にともなう性差別であり、雇用に際して性を根拠にした不公平がないか
どうか。もうひとつは職場における性差別である。
そして雇用者が 10 人以上の職場では男女機会均等法を促進するための職場計画と実態報
告を提出することになっている。そして、訴訟になった場合は性差別がなかったというこ
とを使用者が立証する必要がある。
男女機会均等法は「この法律は、何よりもまず、労働生活における女性の条件を改善す
ることを目的とする」という有名なフレーズで始まる「女性社会・スウェーデン」の法的
基盤となっている。
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均等法が制定された 1980 年に「男女機会均等オンブズマン事務所」が設置された。もち
ろんこれは独立した機関で、その独立性が権威の源泉となっている。男女機会均等オンブ
ズマン(JAMO)の主たる職務は、男女機会均等法の規定を実行することである。個別
的・実際的な苦情の処理、助言、勧告などの活動のほか、男女機会均等を促進するための
情報提供活動を積極的に展開している。
<イギリス>
イギリス(ここでは北アイルランドを含む連合王国(the United Kingdom)を指す)に
は成文憲法は存在しない。それゆえに女性に関する優遇措置や男女平等原則とも関連で関
係する基本法は存在しない。しかしイギリスは 1972 年にECに加盟しているため、EC法
を遵守する義務を法的に負うことになっている。
男女雇用機会均等に関する基本となる法律として 1975 年に「同一賃金法」
(Equal Pay A
ct)と「性差別禁止法」(Sex Discrimination Act)が同時に施行された。
性差別禁止法は雇用機会・昇進・配転・訓練などにおいて性差別を禁止する法律である。
女性が性差別待遇を受けたと判断した場合には「機会均等委員会」(EOC)に救済申し立
てができる旨が法律の中に明記されている。しかし、罰則は設けられていない。
EC法を批准する関係で 1983 年に「同一賃金法」が改正、1986 年に「性差別禁止法」
が改正されている。このようにイギリスにおいて、男女雇用平等に関する法制の整備は国
連やECからの外圧によるところが大きい。このあたりは日本が国連やILO(国際労働
機構)からの圧力により均等法を成立させた経緯に似ている。
<フランス>
フランスには男女平等を定める法律として「男女間の報酬の平等に関する 1972 年 12 月
22 日の法律」、及び採用や解雇について性に基づくあらゆる差別を禁止する「刑法典等を一
部改正する 1975 年7月11日の法律」があった。しかし、これらの法律は男女平等の社会
を実現するのに十分機能を果たしているとは言えないものであったらしい。このような中
EC理事会はフランスに対し「雇用、職業訓練および昇進へのアクセス、並びに労働条件
に関する男女均等待遇原則の実施に関する指令(Dir.Cons 76-207)」を行ったことから、こ
れを受けて国内法を整備する形で立法化が行われた。その結果成立した「男女の職業上の
平等に関して労働法典及び刑法典を改正する 1983 年7月13日の法律」(一般には「男女
職業平等法」
「1983 年法」と呼ばれる)が制定され、職業上の男女平等の原則とその適用手
段が具体的かつ明確に定められた。また同時に刑法の改正も行われている。この刑法改正
では、職場において性差別を起こした使用者(事業主)だけでなく労働組合、職業紹介機
関、求人・求職情報を扱う新聞・雑誌など「何人」に対しても違反者に対する罰則を設け
ている。
そして現行法である労働法典(1992 年改正)によると、セクシュアル・ハラスメントの
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定義を「職務上与えられた権力を濫用して自分または第三者の性的利益を得るため、労働
者に対して圧力を加えること」とし、各種規定・罰金制度が整っている。
そして、フランス破棄院社会部は 2002 年3月5日に「権限の濫用に関する 1992 年 11
月2日の法律」によって定義されているセクシュアル・ハラスメントの事実は必然的に重
大な過失を構成すると判断し、下級審の裁判官たちから過失か否かを判断する裁量権を奪
い取った。このため裁判官は今後「労働法典L122−46 条に該当するセクハラ行為が重大
な過失を構成していない」という判断を下すことができなくなった。このことがこれから
どのような影響を与えるのかは今のところは不明である。
Ⅳ.日本
日本では、民法・刑法ともにセクシュアル・ハラスメントを規定している条文はない。
そのため、民法の「不法行為」や「名誉毀損」
、刑法の「強制わいせつ罪」等で裁かれるこ
とになる。セクハラについては 1999 年施行の「改正男女雇用機会均等法」に記述がある。
同法によって職場においてのセクシュアアル・ハラスメントは禁止され、さらに使用者責
任にまで追求されている。
2002 年度(平成14年度)の都道府県労働局雇用均等室に寄せられた相談 18,182 件の
うち、7,690 件(42,3%)がセクハラに関する相談内容だったことからも、セクハラが今の日
本社会に深く根付いていることが分かる。ただ企業内でのセクハラ相談室の設置状況など
の面で、セクハラに対する企業側の取組の甘さも明らかになっている。
〜第4章〜
[考察]
ここでは国民のセクシュアル・ハラスメントに対する「意識」にも触れながら「考察」
としたい。
日本のセクシュアル・ハラスメント事件において大きく取り上げられた事件に「大阪府
知事セクハラ事件」がある。人気・知名度共に高いタレント知事が起こした「セクハラ事
件」であったため、連日ニュースになっていたのを覚えている。当時はセクハラで裁判ま
でいくのは珍しいことだったらしく、被害者への知事陣営からの嫌がらせに加えてマスコ
ミからの批判もすごかったようだ。全てのマスコミが被害者を非難したわけではないが、
「後から裁判を起こすのは女性の甘え。その場で叫ぶなどして自力で解決すべきだった」
「裁判の時間と金は大阪市民のものだ」
(毎日新聞 1999 年 11 月7日コラム曽野綾子氏)
「今
頃になって訴えるなんてウサン臭い。政敵が暗躍しているか、金銭目的といわれてもしか
たがない」「そもそもセクハラが重大な社会問題であるかのようにあつかわれるのは間違
い」
(女性セブン 1999 年 11 月4日号上坂冬子氏)のようなコメントまで残っている。驚く
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べきことは、これらのコメントは女性からのものだということだ。本来被害者に共感し共
に戦う姿勢を見せるべき女性からの批判は、被害者の女子大生にとって大ダメージになっ
ただろう。そして、これらのコメントが掲載されたのが「毎日新聞」と「女性セブン」と
いう大手であったことにも驚きである。他のマスコミはこれらに対し抗議の姿勢を取った
ようだが、数年前の日本ではセクハラ軽視の傾向があったことは間違いない。改正版男女
雇用機会均等法によりセクハラは違法だと示されていることは、一般の国民レベルでは知
らない人もおおかったはず。このような中で知識人がセクハラ被害の訴えを「女性の甘え」
とか「重大な社会問題ではない」
「金銭目的」と評すれば、国民は「セクハラはそういうレ
ベルのもの」として認識してもおかしくない。マスコミの責任というものを考えて発言す
べきだったと思う。
現在ニュースでしばしば目にするのが、現役教師によるセクハラ事件である。教師が生
徒にわいせつな行為を働いたとして懲戒処分になったというのをよく聞く。このことにつ
いて全国校長会が開かれセクハラは「重大な犯罪である」という話があったらしい。日本
のセクハラに対する意識の低さが分かるニュースだと思う。それに、ニュースで流れるセ
クハラ事件の加害者は教師や政治家である。こういった地位のある人の事件しか流さない
と「自分には関係のない話」と思う人が出てくるのではないかと思うのだが・・・
知識人ではない、一般の人々のセクハラに対する意識調査を見てみよう(資料4)。さす
がに「性関係を迫った」や「体をさわる」などはほとんどの人がセクハラであると認識し
ているが、
「女性のみにお茶くみをさせる」などの性別を理由としたものは男女共に認識が
薄い。ただ、意外なことに、全体的にみると女性よりも男性の方が「セクハラである」と
思うケースが多いことが分かった。男性の方がセクハラだと認識しているのに、なぜセク
ハラは増加しているのか?私は「セクハラ」という行為が本来の人権侵害行為ではなく、
万引きのような軽犯罪レベルの行為として認識されているのではないかと思うのだ。
「うっ
かり」「ついつい」「このくらいなら・・・」という軽い気持ちで発生しているのではない
だろうか?このあたりの意識を変えていくためにはマスコミのような大きな力が必要にな
ってくる。セクハラ被害者が表に立って訴えることは滅多にないだろうから、セクハラが
重大な「人権侵害行為」であって女性差別であることをマスコミが事あるごとに伝えてい
けば、時間はかかるだろうが理解が深まってくるのではないだろうか。
日本は世界的に見て、法整備は整っているといえるが、意識が薄い。これでは法整備し
たところでセクハラ被害者は増え続けるだろう。このあたりの意識強化が課題といえるの
ではないだろうか。
ここで、アメリカでタイトルⅦが施行されて間もない 1970 年前後の裁判について述べる。
セクハラ対策の先進国であるアメリカだが、公民権法7版が施行されても始めはまだセク
ハラは「人権侵害」であるとは認められないものであった。理由は「 女性だから という
ことではない」「個人的なこと」「例外的なこと」というものであった。この「個人的」「自
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然なこと」という言葉は、セクハラ行為を人権侵害行為ではなく社会的、文化的に許容で
きるものに変えてしまう力を持つ。そして、あらゆる法的救済措置から除外させてしまう
のだ。このようなこと(多くの女性が経験しているであろうこと)で訴える彼女達を「例
外」「病的」なものとして見ていたのだ。
このアメリカの事例を見て、大阪府知事事件の時の一部マスコミ発言を思い出す。日本
の遅れがハッキリと分かる。日本の遅れは30年分にもなっているのだ・・。
日本と各国を比較してみて・・
セクハラ対策について各国をみたわけだが、予想通り、各国様々であった。アメリカの
ように早くから法整備がなされ国民の意識も高い国から、日本のように法整備はなされて
いるが意識が低い国、EUという共同体の中でも、法整備、国民の意識ともに高いスウェ
ーデン、今回は掲載しなかったが法整備すらなされていないギリシアなど・・・。やはり
国民性や、その国の抱える問題等との兼ね合いで各国が足並みを揃えるということはない
ようだ。
このあたりを簡単に図に表してみた(図1)。縦軸でその国の「法整備」の高さを表示し、
横軸でその国のセクハラに対する「意識」の高さを表示している。
「法整備」にはセクハラ
法の有無・被害者救済措置などが含まれる。だが、法整備・意識ともにその判断基準は今
回調査してきた私の独断である。この図から分かることは、やはりアメリカ、スウェーデ
ンが抜きん出ているということ。そして、日本同様法整備は整ってきているが意識が追い
ついていない国が多いということ。それと、今回は法整備・意識共にマイナスになってし
まっているブラジルと中国だが、全く取り組みが成されていないことはないので、これか
ら世界に追いつくことは間違いないだろう。
今回強く感じたのは、女性の社会進出率が高い国はセクハラ対策もきちんと行われてい
るし、国民の意識も高いということである。職場に女性の居場所があるということは、そ
れだけ男性が女性を「一人前の社会人」として見ていることだろうから、セクハラが少な
いのもうなずける。日本は昔から家父長制・性別役割分業によって歩んできた歴史がある。
最近になってようやく「女性が強くなった」などと言われ始め「亭主関白」という言葉も
聞かなくなったが、まだまだ男性社会であることに違いはない。長年の慣習はそう簡単に
変えられるものではないが、これは変えなくてはいけないことである。男性中心の考え方
から脱却し、女性を性の対象としてではなく、自分と同等(それ以上)の社会人として見
ることが今求められているのだろう。
まとめ
日本は国連・ILOの指導のもと、セクハラ法を完成させた。セクハラ被害相談件数が
増えているということは効力があったということなのだろうが、被害者の救済措置や企業
へのセクハラ防止対策の徹底化などまだ改善すべきところはたくさんある。企業が数々の
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防止対策を講じれば「セクハラ」というものを身近に感じることができるだろうし、救済
措置が完備され、広く知られるようになれば被害が軽いうちに食い止めることも出来るだ
ろう。アメリカやヨーロッパ諸国など日本よりセクハラ対策が進んでいる国はたくさんあ
る。これらの国の政策と日本の状況を見つつセクハラ対策を進めていってもらいたい。男
と女が顔を合わせることのない社会なんて無い。ならば当然いざこざは生じるだろう。こ
れはしょうがないことだと思う。だが、セクハラという「差別」を含む行為は無くすこと
が可能なはずである。これには国の力だけでなく個人の力が不可欠である。私もセクハラ
根絶のために私ができることを見つけ実行していきたいと思う。まずは身近にいる女性に
対して、今まで以上に感謝の心を持って接することにしようと思う。
図1
法整備
●アメリカ
●スウェーデン
●日本
●フランス
●韓国
●フィリピン
意識
●中国
●ブラジル
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