Kyushu Communication Studies, Vol.10, 2012, pp. 1-13 ©2012 日本コミュニケーション学会九州支部 【 研究論文 】 法廷における談話分析 田中 弘恵 (長崎県立大学シーボルト校) Discourse Analysis in Juror Trials TANAKA Hiroe (University of Nagasaki, Siebold) Abstract. According to a survey of jurors conducted by the Japanese Supreme Court in March 2011, while 71.7% of the jurors answered that the prosecutors’ arguments were easy to understand, only 40.4% had the same response with regard to those of defense attorneys. In order to clarify the reason for this discrepancy, I focused on the speech acts in opening statements of both prosecutors and defense attorneys in juror court trials, and analyzed them both statistically and linguistically. My resources for the analysis were my handwritten notes recorded during the juror deliberations of nine criminal cases. Discourse analyses of both texts were conducted using the model of illocutionary force advocated by Hotta (2010), which has been proposed on the basis of Austin’s theory of speech acts (1976). After that, t tests were conducted to compare the illocutionary forces as well. The statistical data show that the illocutionary force of the prosecutor is significantly higher than that of the defense attorney. It was clarified that there were more sophisticated patterns of speech acts by prosecutors, and they were also more likely to use highly aggressive speech acts in their opening statements. These findings suggest that defense attorneys need to improve their speech acts in their opening statements in order to enable jurors to better understand their speech acts and bring defense attorneys up to par with their counterparts in prosecution. 0.はじめに Shuy(2003)が “The area of law provides an open opportunity for discourse analysis, especially since law is such a highly verbal field”(p. 437)と述べているように、欧米では、法 廷におけるコミュニケーションに関する研究は、談話分析など言語学的な手法を用いた実証的な 1 データに基づく研究が活発に行われている。一方、我が国では、このような研究は近年やっと関 心が高まってきたばかりと言える。それは、司法制度に裁判員制度が新たに導入されたことで、 刑事裁判の運用に変化があったことが大きく影響している。いわゆる「調書裁判」という呼ばれ 方が象徴するように、 「書き言葉」中心で専門家の間だけで行われていた審理が、一般市民から選 ばれた裁判員が参加することで、彼らにもわかりやすいように「話し言葉中心」になっていった。 しかし、一般市民から選ばれた裁判員にとって、法曹専門家の説明が本当にわかりやすくなった かは疑問である。その例として、最高裁判所作成の「裁判員等経験者に対するアンケート調査結 果報告書」 (最高裁判所、2011)が挙げられる。この裁判員経験者を対象に行われた調査の中で、 「検察官、弁護人、裁判官の法廷での説明等はわかりやすかったですか」という質問に対する結 果を報告している。この報告によれば、検察官の説明がわかりやすかったと答えた人の割合は全 体の 71.7%、また、裁判官の説明がわかりやすかったと答えた人の割合は全体の 88.6%であった のに対し、弁護人の説明がわかりやすかったと答えた人の割合はわずか 40.4%であった。いわゆ る法曹三者と呼ばれる専門家の説明において、 「わかりやすさ」に明らかな差があることが示され ている。 そこで、本研究においては、裁判員裁判における非専門家である裁判員に対する専門家の説明 の「わかりやすさ」について、言語学的な視点で実証的なデータをもとに考察する。はじめに、 「話し手」の検察側及び弁護側の談話に着目し、実際の裁判員裁判における検察官及び弁護人の 談話から言語学的特徴を検討する。 1.背景 1.1 裁判員制度 裁判員制度は、裁判員6名と職業裁判官3名が同等の権利で、審理や評議を通じて、被告が有 罪か無罪か、有罪であればどのくらいの刑罰が妥当かを判断し判決を下す制度である。制度の対 象となる事件は、死刑または無期懲役もしくは禁錮に当たる罪に相当する事件、および短期1年 以上の懲役もしくは禁錮にあたる罪に係る事件、および短期 1 年以上の懲役もしくは禁錮にあた る罪に相当する事件のうち、犯罪行為により被害者を死亡させた罪に関するものである 1) 。2009 年 5 月に始まったこの制度は、司法制度改革の一環として、国民の司法参加を促進するものとし て新たに導入された。司法制度審議会意見書は、こうした司法への国民参加の基盤を整備する理 念として、 「国民が司法に参加する場面において、法律専門家である法曹と参加する国民は、相互 の信頼関係の下で、十分かつ適切なコミュニケーションをとりながら協働していくことが求めら れる。また、司法参加の場面で求められる上記のような法曹と国民との十分かつ適切なコミュニ ケーションを実現するためには、司法を一般の国民に分かりやすくすること、司法教育を充実さ せること、さらに、司法に関する情報公開を推進し、司法の国民に対する透明性を向上させるこ となどの条件整備が必要である」と述べている 2) 。 次に、本研究で分析の対象とした刑事裁判の手続きの1つである冒頭陳述について述べる。冒 頭陳述は、裁判が始まり裁判官による被告人に対する人定質問、検察官による起訴状朗読、弁護 人の意見陳述などが行われる「冒頭手続き」のあとに行われる手続きである。従来の刑事裁判で は、この冒頭陳述については検察官だけが義務づけられて、弁護人についてはほとんどの事件で 冒頭陳述は行なわれていなかった (前田、2009、p. 156) 。しかし、裁判員制度の導入に伴い、弁 2 護側も必ず冒頭陳述をしなければならなくなった(岡田、2009、p. 13)。冒頭陳述で語られる内 容については、刑事訴訟法が次のように規定している。検察官については、 「証拠調べのはじめに、 検察官は証拠により証明すべき事実を明らかにしなければならない」 (296 条)3) とし、弁護人に ついては、 「公判前整理手続きに付された事件については、被告人または弁護人は、証拠により証 明すべき事実その他の事実上及び法律上の主張があるときは、296 条の手続きに引き続き、これ を明らかにしなければならない」(316 条の 30)4) 、「裁判所は証拠調べの初めに証拠により証明 すべき事実を明らかにした後、被告人または弁護人にも、証拠調べにより証明すべき事実を明ら かにすることを許すことができる。 」 (刑事訴訟規則 198 条)とされている。さらに「検察官が刑 事訴訟法 296 条の規定により証拠により証明すべき事実を明らかにするにあたっては、公判前整 理手続きにおける争点及び証拠の整理の結果に基づき、証拠との関係を具体的に明示しなければ ならない。被告人または弁護人が同法 316 条の 30 の規定により証拠により証明すべき事実を明 らかにする場合も同様とする」 (裁判員法 55 条)5) とされ「証明すべき事実」を明らかにするこ とが規定されている。いずれにしても、裁判員にとっては、 「検察官」及び「弁護人」のそれぞれ の主張を初めて直接聞き、事件の全体像や、同時に何が争点となっているのかを知る重要な機会 となる。 1.2. 先行研究 欧米では、法廷内における専門家と非専門家の間におけるコミュニケーションに関する研究は、 Forensic Linguistics と呼ばれる法言語学の領域において専門的に行われている(Coulthard & Johnson, 2007, p. 5) 。我が国では、裁判員制度導入以前から、法律の専門家と非専門家の間のコ ミュニケーションの分析はなされていたものの、心理学あるいは通訳研究といった、限られた領 域の中の1つの分析手法として利用されてきた。大橋(2002)は、いくつかの事例から、証人尋 問場面における法律家と証人の間におけるコミュニケーションについて談話分析を行い、心理学 的見地から検討を行っている。また、同様のコミュニケーションの検討には、1つの子供の公判 調書をもとに裁判官、検察官、弁護人の発話を量的に談話分析し考察した仲(2001)の研究があ る。被告人や証人が外国人であった事件については、法廷における彼らの証言や供述を法廷通訳 人が訳す場合の訳出の問題を社会言語学の視点から論じた中村(2008)の研究や、実証的データ の談話分析によって検証し、司法通訳人の課題について考察を行った毛利(2010)の研究などが 挙げられる。しかし、いずれも分析手法としてコミュニケーションの分析が利用されているが、 法廷内というコミュニケーションが行われる場の特殊性と当事者の特別な専門性等、および談話 データの入手困難性から、実証データの蓄積と解析が進んでいるとはいえない状況であった。裁 判員制度導入により一般の市民が参加するようになり、評議の際の裁判官と裁判員のコミュニケ ーション分析を中心に、近年研究は活発化している。荒川・菅原(2010)は模擬裁判を実験的に 行い、裁判官と裁判員の議論の構造の分析とその後のインタビューによって得られたデータから、 裁判員の心理を分析し、裁判員の納得する評議について今後の課題を示唆している。一方で、河 津(2006)や後藤(2009)は 法廷内での効果的な話し方について論じているが、これらは法律 の実務家の立場から法廷における弁論技術について論じるにとどまり、法廷におけるコミュニケ ーションを実証的データに基づき言語学的に分析したものは少ない。堀田(2010)は、法廷にお ける専門家と非専門家の間のコミュニケーションを分析する理論として、 「発話の力」分析モデル を提案した。このモデルは、評議における裁判官と裁判員の議論におけるコミュニケーションを 3 定量的に分析し、両者の議論の形態やダイナミクスを明らかにする目的で考案された(p. 61)。 モデルは、Austin や Searle らが唱えた発話内行為(illocutionary acts)の遂行的発話と叙述 的発話を、法廷談話分析用に選定された 27 の類型に分類している(p. 61)。「発話の力」につい ては、Thomas(1995)が語用論の立場から次のように述べている。“In pragmatics we use the term force to refer to the speakers’ communicative intention”(p. 18) 。話し手が発話を行った 際に、聞き手がその発話の意図を理解できるかが言葉の効力である。言い換えれば、文脈や場に おける言葉の持つ意図が聞き手にわかること、すなわち「わかりやすさ」と解釈される。 「発話の力」分析モデルは、27 の発話行為を6つの項目によって力の大小を決定し、発話の力 の強いものからランク付けしている。27 の発話行為は次の通りである。1.命令・指示・要請、 2.行為依頼、3.発話指名、4.論点の確定・まとめ、5.発言への感想・評言、6.許可、 7.自由発話要求、8.指摘、9.確認・詳細追求、10.質問(Open)、11.説明(法律)、12. 説明(事実・証拠) 、13.提案、14.質問(Yes/No・二択) 、15.その他の質問、16.相槌・復 唱、17.他者の発言への補足、18.反対・別視点の提示、19.宣言、20.謝罪、21.意見(主張) 、 22.自己の発言への補足、23.引用、24.同調、25.応答(叙述的)、26.応答(肯定/否定)、 27.その他(堀田、2010、p. 62) 。この 27 の類型を、さらに発話の力の大小を決定するための 要素として、(a)発話者と聞き手の立場の差を前提とするか否か、 (b)発話者が議論を主導する 性質の発話であるか否か、 (c)聞き手の否定的フェイスへの影響の有無、(d)聞き手の返答・対 応への拘束性の有無、(e)情報・知識格差の有無、 (f)自発的発話であるか否か、という6つの 項目から個別に判断している(堀田、2010、p. 63)。堀田は、自らもこの分析モデルを利用して 実証的データの分析を行い、法廷の場におけるコミュニケーション研究に言語学的課題を提起し ているものの、堀田以降、このモデルを活用した実証的な研究は行われていない。 そこで本研究においては、法廷における専門家と非専門家のコミュニケーションにおいて、一 般の人々からなる裁判員に対する「わかりやすさ」とは何かを言語学的に考察する目的で、 「発話 の力」分析モデルを用いて実証的データを分析し、専門家の談話の特徴を明らかにした。 本研究において分析の対象となった談話は、モノローグ形式ではあるが、その談話は聞き手で ある裁判官や裁判員に向けて行われており、聞き手と話し手のインターアクションとしての形式 を満たしていると考える。さらに「発話の力」分析モデルは、法廷におけるコミュニケーション の分析という目的で考案されている。法廷の談話を発話行為という形態から観察記録し、数量的 に検討、評価する手法については、妥当かどうか批判もあろう。しかしながら、談話を量的に評 価する手法は法言語学(Forensic linguistics)の分野では確立され、よく用いられる手法である。 裁判員制度の下でコミュニケーションのあり方について言語学的視点で検討することは今後の重 要な課題でもあり、法廷内というデータの記録採取が制限された現状では、この手法を用い観察 及び量的検討を行うことは妥当であると考える。 2.方法 調査期間は、2011 年 7 月から 9 月までの間で、場所は北部九州にある 4 つの裁判所で行った。 データ分析の素材は、裁判員裁判の冒頭陳述を一般傍聴人として傍聴した際に自筆及び速記で記 録したメモを用いた。裁判所における一般傍聴人はいくつかの制約があり、録音や撮影は禁止さ れているものの、メモや筆記用具を持ち込んで直接書き込むことは認められている。法廷内でメ 4 モをとり研究の目的で使用することについての可否は、あらかじめ裁判所に確認を行った。傍聴 メモは Microsoft Excel 2010 で作成し、コピーした用紙を法廷に持参し使用した(付録 A 参照) 。 この傍聴メモは、冒頭陳述における検察官と弁護人の談話を正確に自筆と速記で記録できるよう 工夫し、発話の番号、検察官の談話、弁護人の談話をそれぞれ時系列に記録できるように配置さ れている。それぞれの談話は、1回の発話ごとに自筆と速記を使用して記録していくため、 「主語」 と「述部」にわけて迅速に記録できるよう欄を配置している。 「主語」と「述語」が1つずつ存在 する発話を 1 回の発話とし、時系列に書き込みを行った。それぞれの冒頭陳述の時間の計測欄も 配置した。法廷の持ち込み制限上、時間計測は、腕時計(CITIZEN XC Duratect)のストップウ オッチ機能を使用し計測を行った。この傍聴メモを利用した予備調査は 2011 年7月に、実際に行 われた裁判員裁判で実施し、自筆及び速記での記録が可能であることを確認し本調査を開始した。 集計は、傍聴メモに書き込んで行った談話における遂行動詞を「発話の力」分析表に当てはめ、 27 の類型に分類した。 「発話の力」計測には、分析表の6つの項目の合計プラスに照らし合わせ その合計により計測した。計算と集計には Microsoft Excel 2010 を用いた(付録 B 参照) 。 3.結果と考察 表1は、分析の対象となった検察官及び弁護人の冒頭陳述における時間と発話数をまとめた表 である。一番下の欄にそれぞれの項目における合計時間と発話数を示した。全体では、検察官の 談話時間 8467 秒で発話数は 746 回、一方弁護人は 6728 秒で 668 回であった。 表2は、ケース毎に算出した、検察官と弁護人の「発話の力」平均(M)と標準偏差(SD)で ある。 平均値は、 「発話の力」分析表により発話の力を発話毎に算出、合計を求め、これをケース毎の 全体発話数で割った。CASE1 は、検察官の「発話の力」の平均値は 2.92 であるのに対し、弁護 人は 1.6 であった。同様に、CASE2 は検察官 2.93 と弁護人 2.82、CASE3 は検察官 2.93 と弁護 人 2.32、CASE4 は検察官 2.94 と弁護人 2.83、CASE5 は検察官 2.88 と弁護人 1.49、CASE6 は 検察官 2.89 と弁護人 1.49、CASE7 は検察官 3.05 と弁護人 1.79、CASE8 は検察官 2.93 と弁護 5 人 2.61、CASE9 は検察官 2.85 と弁護人 2.31 という結果であった。検察官のケースごとの平均 値を比較してみるとその値は一定している傾向にあるが、弁護人のケースごとの平均値を比べて みると、検察官に比べ一定せず差が大きかった。そこで、さらに検察官と弁護士の「発話の力」 を比較検討するために、検察官及び弁護人それぞれにおける9つのケース全体の平均値を算出し た(表3、図1) 。検察官の発話の力の平均値は 2.86 に対し弁護人は 2.33 で、検察官の発話の力 が弁護人の発話の力より大きいことが明らかになった。信頼性については、t 検定を5%水準で行 った。その結果、検察官と弁護人の「発話の力」においては有意に差があることが明らかになっ た。 図1:発話の力 次に、検察官及び弁護人の冒頭陳述がどのような発話行為で構成されたかを比較するため、検 察官及び弁護人の全発話行為におけるそれぞれの発話行為の構成を割合(%)で示した(図2)。 尚、グラフ内に表示した数値は、検察官及び弁護人の発話行為のいずれかで 10%を超える発話行 為に限っている。 6 図2:発話行為構成の比較 「発話の力」の 27 類型の発話行為で、両者ともに一番使用が見られたのは「説明(事実・証拠) 」 で、検察官 60.99%、弁護人 47.23%であった。次に、 「宣言」は検察官が 12.66%に対し弁護人が 8.07%で、 「命令・指示・要請」は検察官が 7.64%に対し弁護人が 4.93%、 「論点の確定・まとめ」 は検察官が 7.1%に対し弁護人が 3.14%、 「確認・詳細追求」は検察官が 4.42%で弁護人が 2.39%、 「自己の発言の補足」は検察官が 2.68%で弁護人が 2.69%、 「その他」は検察官が 1.21%で弁護人 が 13.76%、 「意見 (主張) 」は検察官が 1.21%で弁護人が 11.66%、 「説明(法律) 」は検察官が 0.54% で弁護人は 3.74%、 「謝罪」は検察官が 0%で弁護人が 2%の結果であった。 「発話の力」の中の 27 発話行為の中で両者の発話行為で観察されなかった発話は「質問」 、「提案」 、「相槌・復唱」、「引 用」 、「同調」 、「応答」であった。これらは、会話や議論では使用が見られるものの、今回は一方 向性の談話を対象とするため確認されなかった。 以上の分析の結果をまとめると、 (1)冒頭陳述においては、検察官の発話の力は、弁護人の発 話の力に比し有意に大きかった。 (2)ケースごとの検察官の冒頭陳述の発話の力の平均は一定し ている一方で、弁護人の発話の力は一定でなく差が大きかった。 以上の結果ふまえた上で考察を行う前提として、まず法廷における「話者の意図」に注目した い。本研究における「話者」は、検察官及び弁護人である。公判過程を通じた両者共通の「意図」 は、聞き手である裁判員や裁判官を説得することである。ルベット & スタイン(2009)は、こ のそれぞれの当事者が聞き手を説得する過程を「物語りの場」(p. 1)としている。「話者の意図」 とは、「最も説得力のある形でストーリーを語ることに成功した当事者が勝訴を得ることになる」 (p. 1)と述べるように、それぞれの当事者自身が語る物語における正当性を話し手に対し語りか け説得し、その結果、相手の物語と比べてより自分の物語を有利な形で評決を下してもらうこと である。ところで、法廷での検察官や弁護人の それぞれの一連の発話は、「制度的談話」 (Institutional talk)と呼ばれる特殊な発話形態に分類されるのが一般的である。この談話は、 Coulthard & Johnson(2007)が、“Institutional interaction is typically asymmetrical, since 7 power and control are located in the institutional participant, rather than being equally distributed”(p. 15)と述べるように、話者と聞き手の力関係に差がある特徴的談話であること から「非対称」的と形容されることが多い。また、Drew & Heritage(1992)は、“ Institutional talk is normally informed by goal orientations of a relatively restricted conventional form”(p. 22)と述べるように、専門家と非専門家の間で行われる一連のコミュニケーション過程は、法律 により極度に制限されているため、一般的な会話形式とは異なる形式にそって一つの目標に向け 形成される。このような制度的談話においての双方の専門家の「話者の意図」は一層明確である はずだ。それぞれの「意図」を判断者(聞き手)に対し伝えるには、一般日常の会話に比べより ストレートな表現で、かつ聞き手にとって、よりインパクトが強い言葉で語りかけるほうが、当 事者にとって有利に働く。 以上のことをまとめると法廷のような制度的談話が行われる場における専門家の発話が非専門 家にとって「わかりやすい」とは、話者の発話の力がより強いことイコール、検察官及び弁護人 それぞれの立場からの「意図」が裁判員により伝わりやすいこと、いいかえれば、聞き手側にと って「わかりやすい」ことである。以上のことを前提に、刑事訴訟法及び刑事訴訟規則、裁判員 法と分析結果を照らし合わせ検討を行う。 検察官および弁護人両者に共通した発話行為の特徴として、「説明(事実・証拠)」が全体の談 話の中心を占めていることがあげられる。この発話行為は、主として事件の全体像を語る部分で あり、刑事訴訟法 296 条、刑事訴訟規則 198 条、裁判員法 55 条の根拠条文が謳っている通り、 証明すべき事実」である。そこで、検察官および弁護人それぞれにおいて「説明(事実・証拠) 」 が全体に占める割合をみると、検察官のほうが高く弁護人が低い傾向があった。刑事裁判におけ る立証責任は検察官にあり、検察官は裁判員の「合理的な疑いがなくなる」まで証明しなければ ならず、 「その証明は高いものが要請される」 (岡田、2009、p. 13)のである。これらの要請によ り、検察官の発話が、事件の全体像を裁判員に対し明確に伝えようとしていることが検察官の発 話において「説明(事実・証拠) 」が比較的高い割合を示した1つの理由であると考えられる。さ らに注目すべき点が、 「説明 (事実・証拠)」前後に表れる発話行為である。最高検察庁の「裁判員 裁判における基本方針」6) は、裁判員裁判に臨む検察官の基本姿勢を細かく打ち出している。そ こでは、冒頭陳述で検察官が述べるべき事実について「犯行に至る経緯」 、「犯行状況」、「犯行後 の状況」 、「被告人と被害者の関係等」、「被告人の身上」、「前科、前歴、その他の情状」と具体的 に挙げている。事件によっては異なることもあるが、このような情報を 10 分程度の冒頭陳述に盛 り込むことが求められている。そこで裁判員にとってわかりやすい説明にするための工夫として、 「一文一文は短い文で話すこと」や「物語形式が望ましい」と記されている。さらに「理解を助 けるための手段」として「冒頭陳述メモ」や「ビジュアル化の手段」を提示している。 「冒頭陳述 メモ」とは、冒頭陳述で話される要旨や争点などが記載された 1 枚ないし 2 枚程度の用紙のこと であり、検察官が冒頭陳述を始めるまえに裁判員に配布する資料をさす。この使用方法について も、 「裁判員にとっては,メモをとりながら口頭での陳述を聞くことができるという点で便利であ り,冒頭陳述を理解することも容易になるであろうし,後の記憶喚起にも役立つ」と説明を加え ている。これらの方針は、検察官の発話行為がどのような順番でなされるかという配列に表れて いる。検察官の冒頭陳述の構成(図2)は「宣言」、「説明(事実・証拠)」、「命令・指示・ 要請」、「論点の確定・まとめ」の4項目だけで約 90%を占めた。1事件ごとにこれらの発話が 8 どのように配置されているかを見た場合、配列は規則的であった。具体的には、検察官は次の話 題を提示する際、「ご説明します」という発話行為「宣言」を行った。この宣言により、裁判員 の注意が次の話題に喚起されると考えられる。その後、「冒頭陳述メモの○ページの○○と記載し ている箇所をご覧ください」等の発話行為「命令・指示・要請」が続いた。これにより、これか ら話す事項についてメモのどこを見ればよいか裁判員はメモを確認することになる。そして、次 の話題「説明(事実・証拠)」へと移った。1つの冒頭陳述で、このパターンが何度か繰り返さ れた後に「論点の確定・まとめ」で終了した。この発話行為の直前にも「宣言」、「命令・指示・ 要請」のセットがさしはさまれた。ここで繰り返される「命令・指示・要請」は、「発話の力」 分析表でも発話の力が最も大きい。冒頭陳述メモあるいはパワーポイント等の「ビジュアル化の 手段」は、基本方針によれば、「裁判員の理解促進のため」と述べられている。検察官のこうし た補助資料の利用には、検察官による「ご覧ください」(命令・指示・要請)という発話行為を 必ず伴うために、その結果全体の発話の力を強める結果となる。 次に、弁護人の発話の力が検察官に比べ弱くなった要因について、発話行為の特徴から検討す る。先に指摘したように、弁護人の冒頭陳述における発話行為全体に「説明(事実・証拠)」が占 める割合は、検察官に比べて低い傾向にあった。これは、検察官に比べ自分が主張する事件のス トーリーを十分に語らないことが考えられる。また1つの発話は、聞く側にとっては理解しやす いとされる「短い文」で話されていない可能性も考えられる。短い文で語られないことは、全体 における発話総数の減少を意味し、その分発話の力としての力を弱め、内容面においても聞く側 にとっては不明瞭になる。 弁護人の談話の構成は「説明 (法律)」、 「その他」 、 「意見(主張) 」 、そしてわずかではあるが「謝 罪」といった発話行為で全体の半分を占めた。「謝罪」は、「反省をしております」という発言に あたる。これは被告人の弁護という立場上、回避できない発話行為であるものの、 「説明(法律) 」 を除けばこれらの発話行為は比較的力の弱い発話行為で構成されるのが特徴である。さらに、検 察官に規則的にみられた「命令・指示・要請」が、比較的弁護人においては低かった。これは、 裁判によっては、補助資料を活用していないと考えられる。以上の特徴は、弁護人の発話の力を 弱体化させていると考えられる。 裁判という特殊な場においては、 「話す」側の専門家と「聞く」側である裁判員の間のコミュニ ケーションは、法律の専門的知識という点で両者には情報知識の格差、立場の差があり、そのよ うな場面では、日常会話にみられる対等な関係でのコミュニケーションとは反対のルールに従っ たほうが、制度内のコミュニケーションの目的は達成されるとは先に述べた通りである。このこ とは、「発話の力」を決定づける要素にネガティブフェイスへの影響の有無が、「発話の力」のラ ンキング表で考慮されていることからも十分考えられる 8) 。そこで、法律の専門家に求められる のは、 「聞き手」である裁判員に対し発話の力のより大きい発話行為を用いて、説明を行うことな である。 4.まとめ 本研究では、法廷における専門家の「わかりやすさ」という点に着目し、実際の冒頭陳述にお ける専門家の談話を検証し「発話の力」から考察を行った。裁判における専門家の「わかりやす さ」と「発話の力」に相関があることが示唆された。法律の知識がない裁判員にとっては、双方 9 の専門家から提示される主張、立証が判断の根拠であり、両者の主張を比較することによって最 終的な判断をする。専門家の説明の仕方にはじめから差があるということは、裁判員制度の趣旨 である「国民の理解の増進と信頼の向上」には程遠い。また「合理的な疑問を残さない証明」を 検察官のみが負っているとはいえ、公正な裁判を施行するためには、裁判員にとって両者の説明 のわかりやすさ、理解度が等しくあることが前提となる。弁護人は、 「発話の力」を大きくするこ とにより、より「わかりやすい」説明を行うことが求められる。 今回は、実際の裁判を傍聴し手書きと速記を使って話し手側に限定されたデータ収集であった。 制度的談話における聞き手のわかりやすさという点においてこの結果を一般化し信頼性の高いデ ータにするには、聞き手側である裁判員に焦点を置いたデータ収集を行う必要もある。例えば、 実際の裁判員経験者に、専門家が行った談話についての理解度テストを行う等である。しかしな がら、守秘義務等による法廷でのデータ入手の困難性を考えると現在のところ不可能に近い。今 後は法廷における制約が緩和されることが望まれる。 註 1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) 8) 「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」 (平成 16 年法律第 36 号)第 2 条 1 項 1 号、2 号。 「司法制度改革審議会意見書」 http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/(2012 年 2 月 26 日閲覧) 。 「刑事訴訟法」 (昭和 23 年 7 月 10 日法律 131 号) 。 前掲 3)。 前掲 1)。 裁判員裁判における検察官の基本方針 http://www.kensatsu.go.jp/saiban_in/img/kihonhoshin.pdf ( 2012 年 2 月 2 日閲覧)。 国民の裁判員裁判への負担をできるだけ軽減するためにわかりやすく迅速なものにするために検察側の基 本姿勢を国民に明らかにするため公開されている。ここでは、裁判員裁判がいかに国民に対しわかりやす く、的確な公判活動をするための行動指針が細かく記されている。 ネガティブフェイスは Brown & Levinson(1978)のポライトネス理論の鍵概念であり、ブラウンとレビン ソンによればフェイスとは人間に普遍的に備わる基本的欲求で、2つのフェイスを持ち合わせているという。 1つは他人と近づきたいと願うポジテイブフェイスで、一方で他人に踏み込まれたくない、邪魔されたくな いといったネガティブフェイスである。日常生活では、人はこの2つのフェイスへの配慮をしながらフェイ ス侵害度に応じた言語使用(ストラテジー)を用いることで円滑な人間関係をきづいていくとされる。例え ば相手の邪魔されたくないというネガティブフェイスを侵害するおそれのある時は直接的な表現を使わな い、謝罪する、敬語を使用する等である。 引用文献 荒川歩、菅原郁夫(2010)「評議におけるコミュニケーション―コミュニケーションの構造と裁 判員の満足―」 『社会心理学研究』第 26 巻、第1号、73-88。 大橋靖史(2002) 「法廷における尋問者と証人のコミュニケーション」 『法と心理』第 2 巻、第1 号、12-23。 岡田悦典(2009) 「新しい裁判制度に向けて」岡田悦典、藤田政博、仲真紀子編『裁判員制度と 法心理学』 (pp. 6-22) 、ぎょうせい 河津博史(2006) 「冒頭陳述の技術」『自由と正義』第 57 巻、42-53。 後藤貞人(2009) 「裁判員制度と弁護人への期待」日本弁護士連合会編『裁判員裁判における弁 護活動』 (pp. 17-22) 、日本評論社。 最高裁判所(2011) 「最高裁判所裁判員等経験者に対するアンケート調査結果報告書」閲覧日 2012 年 2 月 26 日 http://www.saibanin.courts.go.jp/topics/pdf/09_12_05-10jissi_jyoukyou/ h22_keikensya.pdf 10 ルベット、S. 、スタイン、R.E. (2009)『現代アメリカ法廷技法』菅原郁夫、小田敬美、岡 田悦典訳、慈学社出版。 仲真紀子(2001) 「子どもの面接」 『法と心理』第1巻、第1号、80-92。 中村幸子(2008) 「スラング交じりの証人質問模擬法廷における通訳の影響」 『通訳翻訳研究』第 8 巻、97-111。 堀田秀吾(2010) 『法コンテキストの言語理論』ひつじ書房。 前田裕司(2009) 「裁判員選任手続・裁判員裁判と従来の刑事裁判との違い」東京弁護士会 弁 護士研修センター運営委員会編『裁判員裁判』 (pp. 150 - 162) 、東京弁護士会。 毛利雅子(2010) 「英語話者の証人尋問における通訳の課題と対応策」 『日本大学院総合社会情報 研究科紀要』第 11 巻、81-89。 Austin, J. L. (1962). How to do things with words. Cambridge, UK: Harvard University Press. Brown, P., & Levinson, S. (1978). Politeness: Some universals in language usage. Cambridge, UK: Cambridge University Press. Coulthard. M., & Johnson. A. (2007). An introduction to forensic linguistics: Language in evidence. New York: Routledge. Drew. P., & Heritage. J. (1992). Talk at work. New York: Cambridge University Press. Roger, S. W. (2003). Discourse analysis in the legal context. In D. Schiffrin, D. Tannen, & H.E. Hamilton (Eds.), The handbook of discourse analysis (pp. 437-452). Malden, MA: Blackwell Publishers. Thomas, J. (1995). Meaning in interaction: An introduction to pragmatics. New York: Pearson Education. 11 付録 A: 傍聴メモ 12 付録 B:発話の力ランキング 『法コンテキストの言語理論』より(堀田、2010、p. 64) 注) 13
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