長編小説「ファイナルファンタジー4 序章 Story」(作 24nissy) この長編小説は、サイト『4あわせ ファイナルファンタジー4小説サイト (以下〝4あわせ“) 』管理人 24nissy が、テレビゲーム「ファイナルファンタ ジー4」 (エニックス・スクウェア)のストーリーを小説化したものです。 「4あわせ」は、管理人 24nissy の趣味のサイトであり、その内容に関してエ ニックス・スクウェア社その他、関係者とは一切関係がありません。 この長編小説は、 「ファイナルファンタジー4」のストーリーを極力忠実に再 現していますが、管理人の主観に基づいた表現や設定などが存在する場面もあ ります。 今後とも、『4あわせ』をよろしくお願いいたします。 『4あわせ ファイナルファンタジー4小説サイト』管理人 24nissy 【Ver.α】 -1- この長編小説は、2次著作物ではありますが、管理人 24nissy の著作です。 許可なく転載、改変などすることを禁じます。 プロローグ あまりに深く冥い紫と、まばゆい狂気の白銀が支配するこの世界。今、この 時間は人間にとって脅威以外の何ものでもない。 闇を駆ける遠吠えは、わたしを襲うために仲間を集める魔物の合図かもしれ ない。近くに遠くに聞こえる虫の音は、旅人を安心して喰らうためのカムフラ ージュかもしれない。小さな池に映る、わたしの焚き火の明かりと2つの月の 輝きの下は水棲の化け物の住処だ。見上げた木立の隙間に見える星の瞬きの中 に、吸血コウモリの獲物を狙う鋭い眼光があるかもしれない。 やつらに狂気をもたらす銀色の月光は、わたしの手元においてある抜き身の ミスリル鋼の剣をさらに強く銀色に光らせる。旅人にとって夜の闇と白銀は、 死をもたらす不吉の色だ。 しかし、不思議と私の心は落ち着いていた。今日の夕焼けの光景のほうが、 はるかに不吉に思えたからだ。 「赤」 。なぜこれが不吉に思えたのだろう。エブ ラ-ナというはるか南の大陸では、赤と白の縞は婚礼などに使う縁起のよいも のだと聞いたことがある。なのになぜ。血の色だからか。すべてを燃やす火の 色だからか。男を惑わす魔性の女の唇の色だからか。 いや、2つの月の一方が目に見えて赤くなったからか。夜空に浮かぶ月が2 つになったのは、実はそんなに昔のことではなく、わずか数十年前だと言われ ている。まあ、わたしが生まれた時から見てきた月は2つなのでどうでもいい ことだ。しかし、赤くなった月ははじめて見た。夕焼けだから、というのでは ない。しばらく前から赤いのだ。いや、これだけならばさして何ともおもうま い。これらの「赤」を不吉たらしめていたのは、2つの月を天頂に背負う5隻 もの飛空艇を見たからだ。南からやってきたそれらの、蝙蝠の羽を思わせる奇 抜で巨大な翼は、日の光を受けて赤いシルエットと化した船体の中にあって一 際赤かった。地を響かせる轟音とともに上空を過ぎ去っていくその姿にいいよ うのない悪寒を覚えたのはなぜだろう。 そして、夜の闇の恐怖を拭うもう一つの要因は、昨晩見た夢である。近頃よく 夢を見る。一人の青年の夢だ。この深く冥い紫の闇の中にあってもなおその黒 さを際立たせる甲冑を身にまとい、しかしその心は苦悩に満ちている。詩人と して、たまらない心の動きを示す青年だ。彼を書くしかない。わたしはそう心 に誓った。夢は1回見始まると2~3回は連続でその続きを見る。昨晩はミシ ディアにいる夢であった。 一度訪れたことのあるその光景は、相変わらず宗教的かつ排他的なものであっ た。だが、祈りの塔と呼ばれる巨大なピナクルが美しかったのはよく覚えてい る。彼の行き先もそこであった。 なぜ私がこのような夢を見るようになったのかはわからない。だが、ネタを くれるなら、私は甘んじてなんでも受け入れる楽観主義者である。今日も寝る のが楽しみだ。魔物は怖いがそうおいそれとは襲ってくるまい。いつものよう -2- 『4あわせ ファイナルファンタジー4小説サイト』 (http://www.dion.ne.jp/~mikipnut/) に楽観を決め込んで、わたしは横になった。 目をつぶり、すかさず私は寝息をたてる。旅人は寝つきが悪いようでは体調 を維持できない。そこでわたしはスリプルの魔法を自分にかける。スリプル草 などを使うよりは体にいいだろう。早めに寝てたっぷり寝よう。明日も早くに 起きて発たねばならない。行き先はバロンだ。 焚き火の「赤」に全身を染め上げられて、わたしはまた夢を見た。 1―贖罪 明るくなり始めた東の空の明るさが、目に痛い。冷たい風が、肌に痛い。日 ごろ聞きなれたはずのエンジンの轟音が今は、 耳に痛い。 己の行いへの後悔で、 心が痛い。 一睡も出来なかった夜が、まもなく明ける。彼は一晩中、船のデッキに立っ ていた。そうすることが、昨夜の行いに対する彼に出来る唯一の贖罪であるか のように。 地平線のかなたを見つめ続けていた。彼が見据える方角には、祖国、軍事国 家バロンがあった。頭と顔を覆う暗黒の兜の下の彼の目は、だが、憂いに満ち ていた。 ふと辺りを見渡してみる。船のクルーたちが寝る間を惜しんで船を動かして いる。彼らとてまったく寝ていないにもかかわらず、その表情には微塵も疲れ を見せない。しかし、やはりどこか憂いと後悔をたたえている。彼らもまた、 指揮官と同じ思いを抱えたまま船を動かしていたのだ。 いや、彼らは知っている。自分たちにはするべき仕事があった。まだ気を紛 らわせることができた。だが、彼らの指揮官は違う。一晩中デッキに立ってい た彼は、クルーの様子を見ているようで、その心はずっと血の涙を流し続けて いたことを。彼がまとう夜の黒よりも深い黒甲冑の下の顔が、いかに苦衷に満 ちているかも。心やさしき団長が、昨晩の出来事に心痛めないはずがない。誇 りと栄光に満ちた我らが『赤い翼』が、あのような無抵抗のものに対して・・・。 いったい国王陛下は何をお考えなのだ。今回ばかりではない、近頃陛下の言動 にはおかしいところが多い。いつまでこんなことが続くのか・・・。 「やめるんだ!」 指揮官の突然の怒鳴り声に、デッキのクルー全員が振り向いた。 2―略奪 思い出したくもないことが頭をよぎる。軍事国家バロン所属、飛空艇団『赤 い翼』は、はるか南東の大陸にある魔法国家ミシディアへと向かった。何をし に? 略奪だった。 「ミシディアにある『水のクリスタル』を奪ってくるのだ。ミシディアの魔導 師どもはクリスタルの膨大な魔力を 利用してよからぬことを企んでいる。災 いとなる前にクリスタルを奪い、余の元に持ってくるのだ。」 バロン国王はそう言った。具体的にはどんな企みなのかは語らない。ただも ってこいの一点張り。彼は合点がいかないまま、艦隊を発進させるしかなかっ た。 ミシディアは、魔法の研究が盛んな国家である。その宗教的とさえ言える魔 -4- -3- 第一章 オープニング 4―『赤い翼』 「面舵いっぱい、魔物の群れの側面に回りこめ!砲撃開始!」 飛空艇の艦隊は一糸乱れぬ動きで魔物の群れの側面へと回りこみ、轟音とと もに装備された巨大な砲門から黒い弾丸を吐き出す。 だが、 砲撃にひるんだ敵はわずかのようだ。 巨大かつ異形の翼を羽ばたかせ、 醜悪な牙を朝日にきらめかせ、魔物たちはデッキ上のバロン兵をなぎ倒してい った。 その様子を見た彼は、自らに迫ってくる魔物に対してデッキを蹴って向かっ ていった。1本の黒い線にしか見えない動きをギラつく凶悪な眼球に映しこん だ魔物は、次の瞬間鞘鳴りの音とともに黒い閃きを見て、そこで意識が途切れ た。空中で交錯した魔物と彼は、着地と同時に正反対の運命をたどっていた。 真っ二つになった魔物に目をくれず、デッキの一番前へと出た彼は、懐から棒 状のものを取り出した。 それを強く握り締めた後、魔物が固まっている空に向かって放り投げた。朝 日を背に受けた魔物たちの黒いシルエットに消えたそれは刹那すさまじいまで の炎を吹き上げた。 『赤い牙』と呼ばれるそれは、この飛空艇の主砲に匹敵する 火力を封じ込めた、魔力の牙である。大量の敵と対峙するときの必須アイテム といえる。 後方で爆発音が聞こえた。 「3番艇左舷エンジン損傷!」 魔物の攻撃は牙や爪などといった物理攻撃ばかりではない。炎も吐けば魔法 も使う。そんな力にやられたのか。と同時に、彼の乗る旗艦と3番艇の間に青 白い巨大な閃光が巻き起こる。 『青い牙』は、同様にして自然の稲妻と同等とい われる雷を封じ込めた牙である。3番艇で放ったものだろう。 強力な稲妻にひるんだ魔物に、主砲の砲弾が炸裂していた。敵は多い。戦い はまだ続く。 5―暗黒剣 散開した各飛空艇からの砲撃音が鳴り響き、気がつけば太陽もすっかり姿を あらわしている。予想外の敵の数と、昨晩のことが尾を引いて、いまいち味方 の士気は上がらない。このままでは疲弊するのはこちらの方だ。 「キリがない!これでケリをつける!」 デッキの先端に立った彼は、甲冑同様水がしたたりそうなほど黒く光るその 剣を右手に構え、一瞬動きを止めた。 「むうううッ!」 無声の気合を込めた彼の周囲から、黒き蛇のごとき魔力が吹き上がった。地 獄に通ずる穴から悪魔が姿を見せたような光景、というのがふさわしい彼の黒 き力は、次の瞬間、彼が高く掲げた剣が向かう方向へと流れ、朝の冷たい大気 を切り裂き魔物の群れへと突っ込んでいった。 まばゆき朝日さえも遮る暗黒の光は、多くの魔物の命とともに天空へと昇っ ていく。 空を突き刺した黒い光の先には、一方が赤い2つの月が戦いを見届けていた。 月は、この戦いの終幕を告げるように朝日の中にかき消されていった。 -6- 苛立ち 3―苛立ち クルーたちは一瞬自分たちがたどってしまった思考、口にしてしまった言葉 に、心の中で舌打ちをした。だが、いったん吹き出してしまった不満は容易に は収まらない。クルーたちは口々に彼に向かって言った。 「しかし、今回の任務はひどすぎます!」 「無抵抗の魔導師たちから略奪など!」 「栄光ある『赤い翼』がするべきことではありません!」 「いったい、陛下はどうなされてしまわれたのですか!」 彼には一切言い返すことは出来なかった。彼自身、国王に対してそれこそ胸 倉つかんで問いただしたいことばかりなのだ。だが、大恩ある主君に意見でき るはずもない。黙って従うしかないのだ。それにしてもこの団員たちの不満と 不安、どうすればいいのか。彼自身の苛立ちも漸く頂点に達しようとしたその 時。 「団長、申し上げます!魔物の群れが艦隊に急接近しております。飛行タイプ がおよそ100!」 こんなときに。100とはかなり多い。やはりこの空飛ぶ船「飛空艇」は、 もともと大空の支配者だった翼持つ者たちには癪に障る代物に違いないのだろ う。だが、軍事国家バロンの虎の子『赤い翼』は、ろくに統率もとれていない 魔物の群れに墜とされるほど、ヤワではない。 「直ちに持ち場に戻れ!総員、戦闘配備!」 動揺から即座に戦闘配備へと移行する兵たちの動きは、さすがエリートの 『赤 い翼』である。だが、それにしても最近は魔物の数が多い。しかも強力になっ ている。なぜなのかはわからないし、今それを考える余裕もない。どうやら今 回の敵も思いのほか強敵のようだ。 -5- 法信仰ゆえ、他国に対し排他的な態度が見られている。そんな国に、世界の4 大元素を支える膨大な魔力を持つ”水のクリスタル”があるのだから、警戒の 対象としてはわかるはなしだ。だが、史上ミシディアがその魔力をもって他国 に対して起こした事件は皆無である。 それは、実際にミシディアに着いたときによくわかった。軍隊があるわけで もなく、多くの宮殿魔導師は侵略の脅威に怯えていた。それでもクリスタルを わたすまいとする彼らの抵抗はあまりに非力であった。象が蟻を踏み潰すよう なやり方に吐き気すら感じながら、彼は『水のクリスタル』を手にとった。国 中の憎悪を一身に浴びながら、『赤い翼』はミシディアを後にした。 2つの月が何かを語るには、まだ早かった。 7―変貌 後続の艦隊から、次々と信号旗による着艦準備完了の合図が送られてきた。 「着艦態勢に入る。」 最近になって定められた悪魔をモチ―フにした凶々しいバロン国旗を思わせ る、 全身黒ずくめの甲冑に身を包んだその男の名は、 セシル=ハーヴィと言った。 デッキに流れる心地良い風を感じると、セシルはやはりこれも黒ずくめの兜 を脱いだ。 ・・・その甲冑の下から出てくるには、あまり似つかわしくない、輝くような 銀色の髪と、多少幼いようだが正義感に満ちた精悍な顔であった。 笑うとさぞかし華やかな表情になるのであろうが、今だ彼の顔から憂いは消 えない。それでも、 あの魔物の大群との戦闘を経てなお疲労の表情がないのは、 8―疲弊 係留作業が続く中、セシルは一人の男と向き合っていた。近衛兵団長ベイガ ン。 国王の側近であり、その近辺警護を司るエリートにして一流の騎士である。 やや高圧的な態度も見受けられるが、同じ軍団長として尊敬していた。 「無事帰られましたか。おお、クリスタルを手にいれてきたのですね。 」 我がことのように喜んでくれるベイガンには気の毒だが、セシルにはその言 葉は素直には喜べない。 「・・・でも、ミシディアの人々はあまりに・・・。 」 苦渋の表情と言葉に、ベイガンは一瞬眉をひそめたが、すぐにこう告げた。 「王が直ちに参上してクリスタルを献上しろとの仰せです。お疲れのところ申 し訳ないが、そのまま王の間へ来ていただけませんか。 」 艦隊行動を終えた直後の団長をそのまま呼びつけるとは、余程の緊急時でな いと有り得ないことだ。だが、王を待たせるわけにもいかない。そのままベイ ガンについていくことになった。 精神的な疲れからか、王の間までがいやに長く感じた。今の王と自分の距離 のように。修行時代に自ら剣をとって稽古をつけてくれた。遠征の時には常に 傍らにおいてくれた。みなしごの彼が父親を感じていられた。それなのに、最 近の王にはなかなか近付けない。一体何があったのか。疑問は疑問を呼び、不 安は不安を呼ぶ。 9―王の間にて それでもやっと王の間へとたどり着いた。重々しい巨大な扉が開くその間す らも長く感じるほど、彼の心は疲弊していた。 「おお、帰ったかセシル。」 バロン王。強大な軍事力をもってしてもなお歴代バロン王を苦しめた、幻獣 -8- -7- 軍事国家バロン 6―軍事国家バロン 軍事国家バロンには、大きく分けて8つの軍団がある。近衛兵団、竜騎士団、 飛空艇団、暗黒騎士団、バロン陸兵団、バロン海兵団、白魔導師団、黒魔導師 団である。もともと強力かつ特殊な騎士団で知られたこの国に大きな変革をも たらしたのは「飛空艇」という乗り物の出現である。 翼なき人類に、大空を舞う羽を与えた軌跡の産物である。大量の人的資源と 物資を運搬できる飛空艇は、世界をまたにかける夢の掛け橋となるものである。 はずだった。 山岳地帯に現れる悪しき幻獣などの対策に苦慮していた現バロン王は、飛空 艇を軍事的に利用することを考えた。強力な騎士団の力に、飛空艇の機動力が プラスされれば、驚異的な威力になるに違いない。そんなコンセプトで生み出 されたのが、飛空艇団『赤い翼』であった。ところで、飛空艇そのものに攻撃 能力がついたのは最近である。それは誰もが、凶暴化著しい魔物対策だと考え ていた。 バロン城の一室で昨晩から、やはり一睡もせずに祈りの姿勢を崩さず祈り続 ける女性がいた。栗色の腰まで届く美しく長い髪がその顔を隠していた。朝の 太陽もだいぶ高いところまで上がったその時、彼女の耳は『赤い翼』のエンジ ン音を聞いた。はっとして見上げたその顔に安堵の表情を浮かべたのはすぐだ った。 それにしても美しい。 月の女神もかくや、という黄金の輝きを放つ美貌である。窓に乗り出したそ の体にまとうは、清潔感と神聖さあふれる純白の魔導師のローブである。一晩 中祈りの言葉を紡ぎ続けたその唇から、今日はじめてそれ以外の言葉があふれ でた。 「よかった・・・。無事だったのね、セシル・・・。」 彼が一流の暗黒騎士であることを物語る。 暗黒騎士。漆黒の剣に、人の内なる負の力を宿して戦う強靭な戦士である。 バロン特有の騎士の一つで、古よりバロンを守ってきた誇り高きクラスであり、 最近では特に重用される傾向がある。因みに、先程の戦闘における彼の技は、" 暗黒剣"と呼ばれる奥義の一つで使い手の生命力を敵を撃つ力に変えるもので ある。 セシルはみなしごであった。 幼き頃にバロン王に拾われるまでの記憶はない。 当然両親の顔など知りはしない。バロン王にこそ父を感じていた。王のために 暗黒剣を極め、 「赤い翼」の指揮官となった。 だが、 「赤い翼」の強力な武装化、暗黒騎士の重用、国王の変貌、そして今回 の略奪。バロンは変わっていく。そこに確実に不安を感じる。自分は一体どう なってしまうのか。 大きい振動が、彼を現実に引き戻した。飛空艇がドックに入ったのだ。 10―疑い 10― 「王!」 突然の大声に、飴玉を与えられた子供のようだった王の顔に驚愕が浮かんだ。 「王は一体何をお考えなのですか?弱き者からの略奪など、 「赤い翼」のすべき 事ではありません。みな陛下に不信を抱いております。 」 セシルを見下す、王のあわれむようで無慈悲な目こそ、彼を戦慄させた。 「お前をはじめとしてか?」 「!決してそのような・・・。」 そんな言葉が無駄なことを彼は悟った。 「お前程の者が、余のことを理解してくれんとはな。余はお前の父ぞ。何故父 の申すことに従えん?」 それを言われると、彼は沈黙せざるを得ない。 「余を信用できぬ者に「赤い翼」を任せてはおけんな。セシル=ハーヴィ、即刻 只今より、飛空艇団「赤い翼」の団長の任を解く!」 予想外の展開に、セシルは二の句をつげなかった。 「かわって、幻獣討伐の任につけ。バロン北西部のミストの谷に霧の化け物が 11―カイン= カイン=ハイウインド 11― 「陛下、セシルに限って陛下に不信を抱くはずがありません!」 王の傍らには、もう一人バロンの軍団長が控えていた。先程からセシルの様 子をうかがっては何か言いたそうな顔をであったが、この急展開についに口を 開いた。 「 「赤い翼」の指揮はセシル以外の者にはつとまりません。どうかご再考を!」 セシルの黒甲冑とは対照的に、全身青ずくめの甲冑はバロンでは"竜騎士"の 証であった。 「カイン、お前まで余に逆らうか!ならばお前もセシルについて幻獣討伐へ行 け!」 2人が王を見上げるその表情は驚愕に満ちていた。思わず腰を浮かしかけた セシルを警備の近衛兵が制した。 「これ以上言うことはない!幻獣討伐がすむまでは顔も見とうない。下がれ!」 閉じる扉の向こうに最後に見えた、王の後ろ姿の赤いマントと、ベイガンの 冷ややかな笑いがやけに二人に不吉を感じさせた。 カイン=ハイウインド。かつては飛竜の背にまたがり天空を駆けたと言われる、 バロンにおいて最も古い騎士階級である"竜騎士団"の団長である。ハイウイン ド家は先祖代々の竜騎士の家系で、カインの父も優れた竜騎士だった。カイン 自身も疾風のごとき槍の遣い手であり、その強靭な足腰をもって空高く舞い、 敵陣に突き刺さる勇猛さはセシルにひけをとるものではない。実際二人は幼い 頃からの親友であり、ライバルとして切磋琢磨してきたのである。 「カイン、すまない。こんなことにお前を巻き込んでしまって・・・。 」 さすがのセシルも、度重なる不可解な出来事にすっかり精神を弱らせてしま った。弱気な発言をするセシルにカインは声をかけた。 「フッ、気にするな。陛下はお疲れなんだ。その幻獣とやらを倒せば陛下も許 して下さる。 「赤い翼」にも戻れるさ。腕試しにも丁度いい。 」 血気盛んなカインらしい台詞に、セシルは安らぎを感じた。競い合い、助け 合ったライバルの言葉はこの上なく頼もしい。 「それより、お前も疲れているだろう?明日の準備はオレに任せて、今日はも う休め。 」 「すまない・・・。 」 「おいおい、いつまでそんなに弱気なんだ?いつまでもそんな様子なら・・・。 」 カインの優しい目は、その一瞬鋭い戦士の目へと変貌し、セシルを射る。 「噂の幻獣は、オレが仕留めさせてもらう。」 -10- 出るという。 それを退治して参れ。 そしてその先にある"ミストの村"の村長に、 この指輪を渡してくるのだ。 」 ベイガンが、王から受け取った小さな箱をセシルに渡す。あまりの仕打に呆 然自失の彼に救い舟が出たのはその時だ。 -9- と呼ばれる強力な魔物たちがバロン国内には俳徊していた。現バロン王は、そ の体の内側から溢れ出るような強力なカリスマ力とその決断力、実行力で、軍 を今の形に再編成し長期にわたる幻獣討伐遠征を行った。自らも優れた騎士で あるバロン王自身が仕留めた幻獣もいる。そんな王の凱旋を人々はいつも心か らの尊敬でもって迎えるのである。 だが、いつから王はあんなにも目をギラギラさせるようになったのだろう。 獲物を狙う猛獣のような目で、王はミシディアのクリスタルを求めた。 「クリスタルをこちらへ。」 言われるままに、セシルは傍らのベイガンへとクリスタルを手渡した。王へ の不信をその表情に浮かべる若い司令官をベイガンは一瞥すると、王の元へと クリスタルを運んだ。 「本物のようです。」 そして王の耳元で一言付け加えた。 「どうやらセシルは、恐れ多くも王に対して不満をもっているようです。 」 だが、王の目にはクリスタルの輝きしか見えず、クリスタルの響きしか聞こ えない。 「何。だが今はクリスタルが先だ。これが手に入ればよい。セシル、下がって よいぞ。 」 セシルは黙って下がるべきだった。だが、慰労の一言すらないその王の言葉 に、一瞬にして昨晩から今朝までの出来事が頭をよぎった。略奪に脅えるミシ ディアの人々、怨嗟の表情、部下たちの無念と不安。そして何より自分自身に ある思い…。 13―お姫様 13― シドと会ってからまもなくだった。 14―バロンの バロンの夜 14― 再びやってきた夕闇に浮かぶバロンの巨城は、闇に溶けこむほどに暗いシル エットでたたずんでいた。中でも一際目立つ2本の天突く巨塔の間に見える2 つの月は、今日も寒気をもよおすような銀色の月光をなげかける。この上もな く美しく、この上もなく怖い光景。まさに悪魔的と言えなくはないか。 塔の一方はバロンの武器庫である。そしてもう一方はバロン高級士官の宿舎 である。 その宿舎塔の階段を登りながら、セシルはローザのことを考えていた。 バロン王の数数の遠征に、白魔導師として同行し、多くの苦難をともに乗り越 えた女性、その娘がローザである。 その母をも大きく超えると言われる潜在能力を秘めたこの娘は、幼い頃から セシルの心配をするのが日課のようだった。王に厳しく鍛えられたあの時も、 カインと取っ組み合いのケンカをしたあの時も、人々を脅かす魔物をカインと ともに倒したあの時も。怒るより、誉めるより、彼女はセシルの心配をした。 彼女は女性だったのだ。幼きセシルに、その心配は鬱陶しいとさえ感じるもの だったが。 我に返れば、彼はすでに自分のベットに横になっていた。さすがに甲冑は脱 いでいるがあとはそのままのだらしない格好だった。だが、今の彼にはそれ以 上動く気力はなかった。もう彼は疲れていた。闇に吸い込まれるように、彼は 眠りについた。 -12- 12―職人シド 職人シド 12― 「オイ、セシル!」 声と同時に、背中を張り飛ばされたセシルは思わずよろめいた。こんな馬鹿 力で人をひっぱたく彼の知り合いは一人しかいない。 「部下たちに伝えておけ!ワシの可愛い飛空艇をもっと大事に使えとな。3番 艇の損傷、ありゃオーバーヒ―トじゃ。こりゃ徹夜もんじゃな。」 振り返った彼の目の前に、全身鉄を思わせる筋肉に、白いものが混ざる髭面 の頭をのせた、一人の男が立っていた。 「すまない、なんなら手伝おうか?シド。 」 苦笑混じりにセシルは答えた。大空と天空をこよなく愛するバロン国隨一の 飛空艇技師、それがシドだ。頑固な職人気質だが、若者好きで愛嬌がある。 「いや、結構じゃ。余計に壊されてはかなわん。ところで、浮かない顔じゃな?」 息子も同然のように接してくれるシドに話さない訳にはいかなかった。 「なんじゃと?「赤い翼」はお前以外のヤツに仕切れるか! 一体陛下は何をお考えなのじゃ。 」 セシルには返す言葉もあるわけがない。 「大体最近の陛下はおかしいのじゃ。ワシの可愛い飛空艇をあんなにも武装さ せて・・・。 人殺しの道具ではないのじゃぞ!」 「シド・・・!」 シドの動きが止まった。言い過ぎに気付いたようだ。バツの悪そうな顔を向け ると子供のように笑った。 「ダハハ。すまんな。まあ幻獣なぞ、お前の暗黒剣で一撃じゃ!さ、今日はワ シは帰る。飛 空艇も心配じゃが、帰らんと娘がうるさくてな。」 彼には娘が一人いるだけである。その娘は、シドが帰らないと心配で、帰る たびにいつも彼を叱るのだ。そう言って立ち去ろうとするシドは、一言付け加 えた。 「さっきから、お前のお姫様がお前を探しておるゾ。早く会ってやれ。 」 「セシル・・・。 」 彼にとってのお姫様の声は、探すまでもなくすぐに聞けた。城の一室で一晩 中セシルの無事を祈り続けていた、 あの女性だ。その表情は再会の喜びに沸き、 咲くような笑顔を浮かべた。 「無事だったのね。あまりに急なミシディアへの任務だったんで、心配だった わ。 」 ミシディア。その言葉だけで彼の心はさらに疲弊する。 「何もないよ、ローザ。ミシディアでの任務には、なんの危険もなかった・・・。 無抵抗な 魔導師相手に、傷など負いはしない・・・。 」 ローザと呼ばれた女性は、彼の心の陰を覗いてしまった気がした。振り返る その背中に、これ以上彼には踏み込めないことを感じたのか、ローザは言葉を 紡ぐのをやめた。最後に一言だけ呟いた。 「あとで、あなたの部屋に行くわ・・・。 」 足音が響く廊下に立ち尽くしていたセシルが振り返った時には、彼女の姿も 足音も聞こえなくなっていた。少しうつむいて輝く銀髪に隠れた表情は、暗く 陰になってうかがうことは出来ない。 「ローザ・・・。 」 -11- ライバル心剥き出しの言葉に、セシルも負けるわけにはいかなかった。思え ば幼い頃から常に、カインの挑発にセシルは応じてきた。 「僕だって、負けはしない!」 セシルの体から吹き上がる闘気を感じたのか、軽くセシルの肩を叩いてカイ ンは言った。 「ははは、その調子だ。ゆっくり休めよ。 」 バロンがいくら変わっても、2人は変わりはしない。セシルはその事を確信 した。 16―黒と白の永遠 16― 「・・・僕は、ミシディアで取り返しのつかないことをしてしまった。 「赤い翼」 が 無抵抗の魔導師から略奪を・・・。何の罪もない人々を・・・!」 震えるセシルの声をローザは黙って聞いていた。その目はいまだ厳しさを失 っていない。 「僕の心も、この暗黒騎士の姿同様・・・。」 暗い部屋の中で黒い影でしかない彼の弱き心もまたその色なのか。 「・・・僕は、陛下の命令には逆らえない、弱い暗黒騎士なのさ。 」 輝く白が、黒い塊に近付いていく。ふわりと彼の側に座った彼女は力強く言 った。「「赤い翼」のセシルは、そんな弱音は吐かないはずよ。私の・・・。 」 柳のような柔らかい手が、セシルの背に触れた。その感触は、同情でも慰め でもない。 「私の好きなセシルは・・・。」 風の流れる音、夜の囁き、月の輝き・・・。美しき静寂は、2人の間に無限 を思わせる時間をもたらした。放浪の画家がこの光景を見たら、感激にむせび 17―旅立ちの 旅立ちの朝 17― ちの朝 同じ太陽光でも、太陽が直接放つ光は黄金色であった。はるか、東の水平線 の日の光は海を、山を、街を、城を、全てを黄金色に染め上げる。それは明け の明星も、月の輝きも奪い去り、魔物の支配する死の時間は、人々の生活が支 配する生の時間へと変化させる。 朝の光は、 黒き甲冑を纏い旅立ちの準備をする男の元にも平等にやってくる。 その黒は、日の光の暖かさをも遮断するかのように、冷たく鋭く光沢を放つ。 その暗黒騎士の歩は、城の入り口へと向かっていた。 正門の前に一人の男が立っていた。代々伝わると言っていた年代物とさえ思 われるその青き甲冑は、だが、朝日を受けて見事な輝きを見せる。手にした荷 物の一つを黒い甲冑に放り投げると、黒い甲冑はそれを受け取り一言言った。 「頼りにしてるぜ、カイン。 」 竜を形どった兜の下にある表情は、不敵な笑みを浮かべる。 「フッ、まかせておけ。 」 この時点では、長い旅となることを当然全く予期せぬままセシルとカインは 旅立った。いや、この二人だけではない。早朝の部屋でひたすらセシルの無事 を願うローザも、娘の説教に疲れておおいびきをかいて寝るシドも、まだ見ぬ 運命の出会いの人々にもまた、長い旅と戦いの宿命が待っていた。 2つの月だけが全てを知っているように、 今はただ、 天空にたたずんでいた。 -14- 泣くことだろう。白と黒のコントラストは、それほどまでに美しかった。 永遠は、セシルの一言で消えた。 「もう、遅い。君も休むんだ。」 先程までの動揺は全く感じられない。振り返った顔にも誇り高き暗黒騎士の 顔が蘇っていた。むしろ、ローザの方が先程の強さがどこへ行ったか、心配そ うな声に変わった。 「でも、明日はミストの谷へ行くんでしょう?」 「大丈夫、カインも一緒だ。 」 それ以上彼女に言えることはなくなったようだ。羽根が舞うように立ち上が ってセシルになおも心配そうな視線を送ると、一言言った。 「気を付けてね・・・。 」 そして、部屋は再び深い影に支配された。月は、まばゆい銀色をなげかけて いた -13- 15―ローザ= ローザ=ファレル 15― 戦士の性とは悲しいものだ。体は眠りをむさぼりたくても、遠くに聞こえる 足音に頭が目覚めてしまった。だが、すぐに警戒を解いた。知っている足音、 いやむしろ安心を運ぶものだったからだ。かといって、それとどう接していい か、今の彼にはわからない。 「セシル、入るわよ・・・。 」 小さい扉を叩く音の後に、小さく聞こえたその声に正直セシルは戸惑った。 こんな混乱した気持ちでローザと会いたくない・・・。 全てが夜の色に支配される中で、彼女のローブは、そしてその肌は、いや、 その存在自体が白かった。その眩しさに目を細めた彼に、ローザは言葉を投げ かけた。 「本当なの?「赤い翼」をやめるって。それに帰ってきてから様子が変よ。一 体ミシ ディアで何があったの?」 「赤い翼」を率いるバロン屈指の暗黒騎士も、その心を萎えさせて、彼女の 姿を直視できなくなっていた。 思わず目を伏せた彼は、 長い沈黙の後に言った。 「・・・何もないよ。心配するようなことは、何もない。」 彼女に背を向けてベッドに横になった彼を見て、ローザの目つきが変わった。 「だったら、こっちを向いて。」 凛とした声がセシルを撃った。近頃のどんな戦闘においても感じたことのな い、痛恨の一撃だった。時折彼女は、シドにも負けない頑固さを示すときがあ る。そして誰よりも強くなる。激しく胸打ち揺さぶる彼女の言葉、いや、その 毅然たる態度に、セシルの弱い心が奮い起つ。それでも、のそりと起き上がり 眩しそうに目を細めるセシルが言えたのは、弱音だった。 バロンの城下町 1―バロンの バロンの酒はうまかった。 酒場の踊り子の踊りも、 バロンの娘とは思えない情熱的なものだった。 何せ、 世界一の軍事国家のお膝元である。どんな規制があるかも知れず、どんなにも のものしいものかと警戒していたのだ。 灰色の煉瓦敷きの大通りと、同じ色の建物、そして所々に掲げられるバロン の国旗。人々の心もまた、同じ色が支配しているものかと思っていた。 ところが、意外に開放的な明るい雰囲気と猥雑な程の生活感に溢れた城下町 であった。 「うちの父さんは、いつもいつも飛空艇にばっかり夢中なのよ!あたしは心配 してるのに全然人 の言うことを聞かないし!なんかさみしいじゃない・・・。 」 酒なんか飲んでいいのか、と思うような若い娘がそんな事を愚痴っていたそ の相手が、なんとバロン兵だった。秩序を重んじそうな軍事国家の兵たち自身 が、一番酒場で盛り上がり庶民に溶け込んでいる姿は、この国家が良い治世を 受けている証拠と言える。名君の誉れ高き現バロン王の国だけある。 だが、酒場で兵士たちの間からさえもまことしやかに囁かれるのは、その王 の最近の乱心ぶりだった。人々の前に姿を現すことがなくなり、城の一室にこ もっては近衛兵団長ベイガン以外の誰にも会わなくなったことは、城下町で知 らぬ者はいない。優れた人材を遠ざけ、飛空艇を武装化し、あまつさえ魔物を 飼っているとさえ言われている。 そんな不安渦巻くバロンを後にしたのはつい昨日だった。チョコボの背に乗 って今向かうのはミストの谷と呼ばれるバロン北西部だ。次の目的地であるミ ストの村には、どうしても抜けなければならない場所だ。 危険な幻獣が跳梁跋扈しているとの噂だが、この間見た夢に出てきた青年は その幻獣を倒しに行ったのだ。この目で見て、この耳で聴き、この肌で感じた ことを記録にとめるのが、この夢を見ている私の役目であろう。 それにしても、野生のチョコボはやはり速い。この"飛べない鳥"の驚異的な 脚力と、人になつきやすい温厚な性格は、人々の貴重な足として昔から重宝し ている。街で飼育されるチョコボを借りれば簡単だが、大抵街の近くには野生 のチョコボの森が存在する。私はいつも、ちょっと危険だがそちらを利用する。 単純に速いからだ。 この調子なら今日中にミストの谷の手前でキャンプを張れそうだ。今日も夢 の続きが見れればよいのだが。 1―白いドラゴン 吹き荒れる極寒の霧の嵐の勢いは、2人の男を洞窟の壁へと叩きつける。2 人のうち一人、黒い甲冑の男はそれでも慌てた様子もなく、もう一人の男へ声 をかけた。 「ヤツは霧の姿の時は攻撃を受け付けないらしい。どうする、カイン。」 竜の頭を模した兜の下の目が、鋭く輝く。手にした槍を構えた男は当たり前 のように答えた。 「無論、実体化した瞬間を叩く!」 異常に膨張した下半身の筋肉から繰り出す跳躍力で壁を蹴ると、その矢のよ うな突進はまとわりつくように充満した霧の中を縦横無尽に切り裂いてゆく。 竜騎士の竜騎士たる所以は、この驚異的な跳躍力から繰り出すまさに、竜の突 撃にある。 散らされていく霧は、その乳白色を再び濃く、濃くさせる。実体のないはず の霧は、次第に一つの形をとった。それは竜。白いシルエットは、奇しくもド ラゴンの姿である。 「今だ、セシル!」 ミストの谷 2―ミストの ミストの谷は、かつて名もなき谷に、急に立ち込め始めた謎の霧が旅人を惑 わせることから名づけられた。近頃のバロンの調査で、この霧が自然のもので はないことが発覚、何者かが発生させた作為的なものであることが分かった。 元々バロン北西部には幻獣と呼ばれる超常の力を持つ魔物が出現することで 知られている。ヤツらの仕業であろう、ということは子供でも理解できる。セ シルとカインは、 幻獣討伐という危険な任務を押し付けられた形になる。 だが、 この二人の実力者に、多少の無理難題は慣れっこである。バロンを出発した二 人は、チョコボの生息地である南の森でチョコボを捕獲すると、一直線にミス トへと向かった。 ドラゴンの口から、強烈な乳白色のブレス吐き出される。白い世界の中にあ って、明らかに異質の色である黒と青は、それぞれ1本の線となってブレスを かわす。後に残された岩場は、やはり白い噴煙をあげてその姿を消失させた。 「ヤツのブレスには、酸が含まれているのか・・・。」 着地して構え直すセシルは、天井を蹴って一個の弾丸と化すカインを見た。 「だったら、溶かされる前に決着をつけてやるぜ!」 弾丸は、ドラゴンの土手ッ腹に文字通り風穴をあけた。 「ちぃッ!ここも駄目か!」 そう、先程から今いち手応えがない。ダメージを与えた気がしないのだ。見 るがいい、あいた腹の風穴は見る間に塞がっていくではないか。砂埃をあげて -16- 第三章 ミストの悲劇 -15- 第二章 旅人1 4―霧、晴れる セシルは、腰にぶら下げてある皮袋を手にした。中から、幾つかの赤い小片 を取り出すと、目の前に広がる霧に向けて放り投げた。すさまじい火炎の渦が 霧を包み込んだ。"ボムのかけら"と呼ばれる魔力の炎に、霧はたまらず再びド ラゴンの姿に戻った。 「カイン、ヤツの頭を狙え!」 そう叫んだセシルは暗黒の輝きを放つ剣を白きドラゴンへと向けると、ピタ リと動きを止めた。ドラゴンはすかさずセシルに酸のブレスを吐きかけるが、 ブレスは彼の目の前で分かれて背後の岩を溶かす。白きブレスの後には、吹き 上がる黒き命の力に包まれたセシルの姿があった。 漂う黒き力に、彼の剣は行き先を示した。 「くらえッ!」 朝日すら拒む黒い光線は、ドラゴンの首より下を全て吹き飛ばした。 -17- 3―霧の洞窟 バロンを出発したのち、霧に包まれた森を視界におさめると2人はチョコボ を帰した。チョコボは帰巣本能が強く、途中で乗り捨てても勝手に巣まで帰る のだ。 噂通り 10 歩先も見えないような濃霧の森の中にありながら、2人は意外にも 簡単に霧の発生源と思われる洞窟を発見した。 霧に巣くう魔物たちを一掃しながら奥へと進む2人は、時折不思議な声を聞 く。 「引き換えしなさい・・・。 」 魔物のものとは思えない穏やかな女の声に2人は眉をひそめたが、引き返せ と言われて引き返すわけにはいかない。構わず奥に進んだ2人は、再びその声 を聞く。 「あなた方はバロンのものですね。 」 断定だった。沈黙を守る2人に声は続けた。 「この先にはミストの村しかありません。そこに用があるというのなら、通す わけにはいきません。 」 彼等に答える義務があろうはずもなかった。陛下の命令は絶対だからだ。そ れでも、この声から感じる優しさ、懐かしさはなんだろう。思いながらも、黙 って歩を進める2人の前に、急激な大気の流れが起こった。 「それでは、仕方ありません・・・。」 さすがの2人も、うなりをあげて収束する霧に足を止められた。振り返った その目が映し出したのは、白いドラゴンだった。 昔語り 5―昔語り 「それにしても損な役回りだな。」 洞窟を抜けた先は、切り立った崖の間道だった。先程の激闘を微塵も感じさ せない、見晴らしのいい地平線の彼方まで見えるような景色と、あまりにのん きな陽気の中を歩くカインが、セシルにそう話しかける。 「ん、どうした?いきなり。 」 意外に狭い間道は、油断するとあっと言う間に谷底へ真っ逆さまであるにも かかわらず、2人の様子はあっけらかんとしたものだ。今更危険な地形などを 恐れていられない。 「こんな辺境のドサ回りは、階級が下のオレたち竜騎士なんかがすればいいん だがな。 」 竜騎士の待遇が悪い訳ではない。暗黒騎士の重用が、それほど著しいという ことである。 「それを言ったら、バロン8大軍団長たるお前にもふさわしいとは言えないだ ろう。 何故陛下は、 あ んなにも暗黒騎士を重用なさるようになったのだろう。 カイン、お前は暗黒騎士になるとは考えな かったのか?」 「オレとて暗黒剣を極めれば、階級も上がったろうがな。オレには竜騎士の方 が性に合っている。それに・・・。 」 カインの青い竜の甲冑は、日の光を受けてその鮮やかさを一層増したようだ。 代々伝わる古いものなのだが、不思議と傷んでおらず纏うものの身を守り続け た。 「この甲冑からは、いや、竜騎士でいることは、幼い頃に死んだ父を感じられ るような気がしてな・・・。 」 両親がいないセシルにもわかる話のような気がした。彼が纏う暗黒の鎧、漆 黒の剣は、負のイメージの象徴でありながら、彼に育ての父であるバロン王を 感じさせる。 「フッ、らしくない話をしてしまったな。もうすぐミストだ。 」 この危険地帯を越えれば、ミストの村らしい。幻獣に守られ、自然の要害を 擁し、他の集落との交流が一切ないと言われる排他的な村へ、何故彼等が派遣 されたか。間もなく答えは出る。 6―炎塔 間道を抜けた先は心地よい風が吹く高原となっていた。そのはるか先に集落 らしきものが見えてきた。不思議と何かに護られているような、神秘的な雰囲 -18- すかさず再生しようとするドラゴンの頭は、次の瞬間もう一人の竜の牙に貫 かれていた。天井を蹴り垂直に突進したカインの槍がドラゴンの頭もろとも地 面を穿ち、その砂埃がおさまる頃には霧もすっかり消えていた。目の前にあっ た洞窟の出口は、快晴の日差しに白く光っていた。 着地したカインは、再び原型を失い散らばっていく霧を見た。 「ヤツの弱点はどこだ・・・。」 少女の泣き声 8―少女の 2人を正気に戻したのは、子供の泣き声だった。今彼等になすべきは、王の 不可解な命令の分析では断じてない。意図せずとも彼等がもたらしてしまった この惨劇から、一人でも多くの住人を救うことだった。いや、それは己にこそ 救いを求めるゆえかもしれない。一人でも村人を救うことが、少しでも己の罪 を軽くさせるのだ・・・。 ・・・だが、神は罪人(とがびと)にさらなる重荷を背負わせる。 不思議な光景だった。その少女には炎の脅威は及ばなかった。彼女を中心と した一定範囲はどうやら、冷気の壁に護られているようだ。恐らく無意識だと 思われる少女の力だとすれば、黒魔導師としての高い素質を感じる。泣きじゃ くる彼女が守るのは己自身か? いや、傍らで倒れているもう一人の女性であるようだった。この炎の舞う世 界でこの2人はそれとは無関係であった。では、何故この女性はこの混乱に眠 るように横たわるのか。 「お母さんが・・・。お母さんが・・・!」 繰り返し呟いて泣く少女は、横たわる女性に覆いかぶさって鳴咽する。 「お母さん?お母さんは一体どうしたんだい?」 この混乱から早く少女を連れ出したかったが、少女の母の無傷の様子に不審 を感じた。 「お母さんのドラゴンが・・・。ミストドラゴンが死んじゃったから、ドラゴ ンを召喚したお母さんも・・・。」 泣きじゃくる少女を前に、2人は全てを悟った。 この村は、幻獣を異世界からこの世界に呼び寄せてその力を行使出来る「召 喚師」の村なのだ。ミストの谷の霧も、洞窟に現れた霧のドラゴンも、村全体 を包む神秘的な雰囲気も、全て説明がつく。ドラゴンに感じた穏やかかつ強い 母性は、召喚師である少女の母親が召喚したものだったからだ。 つまり・・・。少女の母親の命を奪ったのは、ボムたちではない。セシルと カインの2人だった。 9―事実 「陛下は、この召喚師の村を危険だとお考えになったのだ・・・。だから・・・。 」 カインの事実と等しいであろう推理を、セシルは聞いていなかった。 「何てことだ・・・。では、あのドラゴンを僕たちが倒してしまったから・・・。 この子の母親を死なせてし まった・・・。 」 少女がはっとセシルを見上げた。周囲の炎の色に染まるその目に驚愕が浮か び、次いで憎しみへと変化する。 「!・・・じゃあ、おにいちゃんたちが、お母さんのドラゴンを・・・!」 その幼い体にそぐわない、強大な魔力が辺りの炎を吹き飛ばし始める。逆立 -20- ボムの指輪 7―ボムの 厚き雲にすっかり日の光を遮られた村に、巨大な炎の塔が誕生した。吹き飛 ばされた二人が振り返り目にしたものは、塔から次々に現れる炎の魔物"ボム" たちであった。灼熱する己の体を破裂させることで、より強力な豪熱を炸裂さ せるという特徴を持つ厄介な魔物だ。 数えきれぬ程のボム達は、村の至る所で爆発を起こし始めた。見る間に村は 紅色に染まり、それぞれの家から火だるまの人々が飛び出してくるのを二人に は見守ることしか出来なかった。彼等にはまだ、現状が理解に至るまで、その 光景を冷静に観察出来なかった。 身じろぎ一つ出来ないセシルとカインの目の前で、次々と人が焼かれていく。 村の全ての建造物が同じ朱に染まり、つい先程まで静かな村は、本来有り得な い光景を繰り広げる。破裂を続けるボムの1匹がセシルの目の前で破裂するが、 その炎のシャワーを浴びたセシルは動じない。 だが、その顔は次第に険しさを増していく。 「何故だ。何故この村はこんな目に遭わねばならないのだ?」 今だ呆然自失の表情のカインは、うわのそらで答えた。 「陛下は、この村を焼き払うつもりでオレ達に指輪を持たせたんだ・・・。 」 理解できなかった。有無をいわさず村を焼き払うなどと。名君の誉れ高きバ ロン王がすべき事ではない。あの厳しかった王が。あの優しかった王が。あの 慈悲深い王が。その叫びは肺腑からのものだった。 「何故だ―――――ッ!!バロン王――――――――ッ!!!」 燃え盛る業火にかき消されたその叫びは、セシルの無力を物語ってい た。 -19- 気を醸し出すその村こそが、目的地ミストの村と知れた。 近付いてくるにつれ、あんなにも晴れわたっていた天気さえも、村を護るよ うに厚い雲に覆われ始めた。セシルとカインが村の入り口に着いた時には、今 にも泣き出しそうな雲が周囲を夜と見間違うほどの暗黒の世界へと変貌させて いた。 二人には、その紅蓮の炎を予期できなかった。村長の家から吹き上がる炎の 柱は、まるで火山がマグマを吹いたような圧倒的迫力で村を照らす。 バロン王の命令に従い村長の家を訪れた二人は、警戒の態度を崩さない村長 へ"ボムの指輪"の入った小箱を渡した。村には人気がなく、小高い所にある少 し大きい家がそうだろうと見込んで訪ねた所が当たりだった。 開けた小箱から指輪を取り出した村長が、その瞬間炎に包まれるのを、二人 は夢を見るような様子で見ていた。網膜に焼き付いたその本来なら衝撃的な光 景が、理解できなかった。 なおも指輪から吹き出す炎は、村長の家の天井を突き破り、二人を戸外へと 弾き飛ばしてしまう。 1―オアシス 死が隣り合わせの世界ほど、その美しさに心奪われるものだ。この黄金の輝 きが視界一杯に広がる光景は、後世に残すべき芸術とさえ言える。 それは同時に無防備な人間に様々な形で死神の鎌を振り下ろしてくる、恐怖 の姿でもある。 ダムシアン砂漠とはそういうところである。 昼間の灼熱の日差しと、夜間の極度の冷え込み。すさまじい強風とそれがも たらす砂嵐。魔物の群れ。 そして何より、地を泳ぐ半魚人に襲われて、砂漠ではダイヤモンドよりアダ マンタイトより貴重な水の入った袋を切り裂かれたのが運の尽きだった。あと 3日その状態だったら、この黄金に輝く砂の粒の仲間入りだった。 だが、捨てる神あれば拾う神あり、とはよく言ったものだ。今、私はダムシ アン砂漠の最大のオアシスであるカイポの村で静養中である。 さすがの楽観主義者の私が死を意識し始めた矢先に、ぼやけた網膜が辛うじ て結んだフォ―カスは、生い茂る木々ときらめく水色のオアシスだった。 全く砂漠の民とは優しさと慈悲に満ちた人々だ。村の入り口に倒れていた私 を助けて必死に看病してくれていたそうだ。ここの唯一の医者が言うには、衰 弱しているだけだが、もう少しで"高熱病"にかかるところだった、ということ だ。"高熱病"にかかると治療が困難らしく、良くわからないが、まあ、ここで も強運が働いたということにしておこう。 ところで強運といえば、丸一週間意識がなかった私らしいが、その間に例の 夢を見ていた。静養ついでに手記にまとめているが、今考えたら、夢の青年の ようにして砂漠を渡ればよかった・・・。 -22- 10―大地の 大地の精霊タイタン 精霊タイタン 10― 「よくも、お母さんを―――――ッ!」 少女が叫んだ瞬間に、全ての魔力の気配が消え去った。全ての時間が止まっ たようだ。全ての音が消えたようだ。だが、召喚に力尽き崩れ落ちる少女の背 後に想像を絶する巨人がいたことが、まだ赤に染まる村をより一層異様な光景 にさせた。 「あの巨人は・・・?」 大地の精霊、巨人タイタン。丸めた体を持ち上げたその巨体は、彼の背後に そびえる山にも匹敵するような威容だった。鋼の筋肉の上に乗った頭がセシル とカインの方に向いた時、一旦は消えた身を縛りつける魔力は再び二人に叩き つけられた。 「まずいッ!」 カインに言えたのはその一言だけだった。その巨体に似合わないスピードで 接近したタイタンの巨石を思わせる拳は、カインの体を地面から削ぎとってい った。天高く吹き飛ばされたカインは、そのまま村のはるか奥の崖下へと消え た。 「カインッ!」 残されたセシルに言えたのも、その台詞のみであった。タイタンの隙をつい て少女を助け起こした彼は、振り返ったタイタンの目が鋭く光る様を見た。そ してすさまじい轟音を聴いた彼は、地面の激しい、と言うには桁違いの突き上 げる揺れを受けて、少女を抱いたまま宙を舞っていた。 暴走を続けるタイタンの魔力は、なおも炎に包まれる村を激しい大地の波で 飲み込み、縦横無尽に走る巨大な亀裂が何もかも飲み込んでいく。咆哮をあげ るタイタンは更なる狂乱を大地に呼び起こす。付近の山々を切り崩し、崖を崩 壊させ、その土埃に巻かれてタイタンの姿が見られなくなっても、ミストの村 の破滅はなおもしばらく続いていた。 第四章 旅人2 -21- つ緑の髪が輝き始める。ゆっくりと立ち上がる少女の目は、人を感じさせない 凶暴なものだった。 「ま、待て!今はこの場を逃れることが・・・。 」 必死に制止するカインは、その場を動くことが出来なかった。セシルも精神 的ショックもさることながら、少女の圧倒的な力にその場に縫いつけられた。 「こ、この魔力は・・・?」 驚異的な魔力は、村の炎を次々と吹き飛ばし、大地を鳴動させ、感じたこと のない気配が大気を圧縮する。 「これは、召喚魔法だ!何か、とんでもないものが召喚されようとしている!」 空間が弾け飛ぶ感覚がわかる。光が乱舞する。何かが裂ける耳障りな音。少 女の背後に異様なシルエットが浮かぶ。異世界とこの世界の道が繋がったよう だ。 とりあえず一安心だった。 -23- ダムシアン砂漠 1―ダムシアン砂漠 死が隣り合わせの世界ほど、別して甘美的に美しいものだ。黄金の砂丘に赤 をもたらす太陽の大きさと美しさは、後世に残すべき芸術とさえ言える。 そして、それに無防備に見とれるものに、死神は様々な形で手にした鎌を振 るい、命を狩り取っていく。間もなく訪れる夜の心まで凍てつかせる寒さ、そ の後にやってくる意識まで蒸発させる猛烈な暑さ、激しく全てを巻き上げて地 形すら大きく変化させる砂嵐、魔物の群れ。 ダムシアン砂漠とは、そういうところであった。赤の鮮やかさに開けた目を 思わず細めたセシルは、自分が今まで眠っていたことを知った。見回すと、そ こは小さなテントの中であった。何故かあちこち痛む体を持ち上げてテントの 外に出た彼は、何よりその太陽の大きさに心奪われた。 思わず立ち尽くす彼は、男の声を聞いた。 「目覚めたかい。」 頭にタ―バンを巻き、くすんだ茶色のローブを纏ったその男は、一目で砂漠 の男と知れた。 男は黙って水の入った袋を差し出した。礼を言って一口水 を飲むセシルを見ながら、男は経緯を話してくれた。 砂漠の民 2―砂漠の セシルはダムシアン砂漠の縁、そびえ立つ岩場のふもとに倒れていたそうだ。 脱がした甲冑の下は、アザだらけだったそうだ。どうやら岩場から落ちてきた らしい。 落ちたらどう見ても即死の高さにもかかわらず息があることにまず驚いたが、 さらに驚いたのが、彼が抱き締めていた少女だった。 セシルが必死にかばったためか、ほとんど外傷はなかったが、激しく衰弱し ていた。セシルはふと辺りを見回した。よく見れば男は一人ではない。幾人か の行商人とおぼしき男女が、キャンプを張っていた。傍らでは必死に少女の看 病をする女性の姿が見られた。彼等は砂漠を渡るキャラバンだったのだ。 キャラバンが向かった先は、ダムシアン砂漠最大のオアシス、カイポの村だ った。 セシルが抱いていた少女の衰弱ぶりが激しかったので、キャラバンは予定を 早めて村までセシルを案内してくれた。砂漠の民の優しさと慈悲深さに触れた 彼は、キャラバン隊に深く礼を言うと、少女を抱いて宿へと駆け込んだ。 「いらっしゃい・・・?おや、お嬢さんの顔色が悪い!お客さん、お代はいい から奥のベッドにお嬢さんを!医者を呼んできましょう!」 宿の主人もまた、砂漠の民であった。この村唯一という頭に白いものが混じ る初老の医者が間もなく現れ診断した結果、衰弱しているが栄養をとらせてし ばらく安静にすれば良くなるということだった。 3―眠り その医者は家に戻ると、奥のベッドに眠る患者の様子をうかがった。額に置 かれた熱さましのタオルは、すでにその役目を果たせないほどに熱かった。交 換すべくタオルを取った下の顔は、熱にうなされる若い女性のものだった。 「"高熱病"・・・。厄介な病気じゃの・・・。」 水を汲んだ桶にタオルを入れた医者は、もう何度目かの彼女のうわ言を聞い た。 「セシル・・・。 」 一方、さすがのセシルも、体中に残るダメージがまだ抜け切らない。砂漠横 断の疲れも取れず、その日はすぐに横になった。だが、意識がすぐに眠りにつ かなかった。 落ち着いてみると次々に浮かぶ疑問と後悔、バロン王の謎の命令と、それに 従った自分がもたらしたミストの村の惨劇。 閉じたまぶたに写る人々の苦しみ、 研ぎ澄まされた耳に聞こえる人々の叫び。 何故こんなことになったのか。そして、タイタンの一撃に吹き飛ばされたカ インの行方。キャラバン隊は、少女を抱いたセシル以外には誰もいなかったと 告げた。カインのことだ、死にはしないだろうが心配である。 そして・・・。ふと、隣のベッドを見る。まだ憔悴しているが、今は落ち着 いて寝る少女は、砂漠横断中は激しくうなされていた。必死に母を呼び続ける その姿が、セシルにはやりきれなかった。だが、彼はその声を黙って聞いた。 それは贖罪だった。 少女のあどけない寝顔は、罪深き暗黒騎士にも間もなく眠りの許可を与えた。 4―刺客 廊下の燭台の明かりが、部屋にわずかに入ってくる。音もなく開いたドアに 浮かぶ黒い影は、滑るように奥のベッドの傍らへと近付いた。 少女が眠るベッドの毛布の下のふくらみを確認した影は、懐から燭台のわず かな光に反射してギラつく短刀を取り出した。逆手にとってもう一方の手を添 えると、一気にそれをふくらみへと突き刺した。 ・・・手応えがなかった。 そのまま動きが止まった。 影の喉元に、深い闇にあってなおその黒を際立たせる剣の尖端が、まさに紙 一重で突きつけられていた。 影の視線が、ゆっくりと剣の持ち主をたどっていった。闇に浮かぶ、見るも のを凍てつかせるしなやかな野獣の眼を視界におさめた影は、それゆえにむし ろ殺気をみなぎらせる抑揚のない声を聞いた。 「バロンの兵が、この少女に何の用だ。」 -24- 第五章 カイポの村 少女リディア 5―少女リディア バロン兵の逃走の様子を一瞥したセシルは、しゃがみこんで足下にすがりつ く少女の瞳をのぞきこんだ。不思議と少女の表情からは、恐怖も憎しみも感じ られない。 「僕が、君に対してしたことは、いくら謝っても償いきれるものではない・・・。 僕は君のお母さんを・・・。 」 見るものに死を確信させる野獣のものだった目は、今や弱々しい憂いの表情 をたたえていた。少女はそれを不思議に思った。 この人は何なの?本当にお母さんを遠い世界へ追いやった人? それでも、今の自分の状況が、彼を憎むことで良い方向へ発展すると思うほ ど少女は幼くはなかった。そして、これだけは確かだった。 「でも、守ってくれた・・・。」 初めて少女は、セシルに語りかけてくれた。 「まだ、バロンが君を狙ってくるかもしれない。君を・・・、守らせてくれな いか?」 今、自分を守ってくれるのは彼一人だけ。そんな現実的なことより、セシル -25- 4―蒼の世界 厚い雲に隠れていた砂漠の月が、砂の一粒一粒に光をもたらし、闇が支配し ていた部屋にも蒼い世界をもたらした。 脂汗にまみれるバロンの軍服を着た影は、その視界の端に、おびえてセシル の足下にすがる少女の姿を見た。任務を受けた栄光あるバロンの将兵として、 辛うじてこれだけを言った。 「・・・そ、その少女はミストの村の生き残りだろう。ミストの召喚師どもは 全滅させろとの陛下の おおせなのだ。例外はない。」 同時にバロン兵は、そのことを口にしたことを後悔していた。間違いなく今 のが自分の遺言となるであろうことを、激しくうちつける殺気から悟っていた。 「僕は、この子を守る。これ以上ミストの村のために誰かが死ななくてもいい。 」 彼の足元でおびえる少女は、思わず彼を見上げた。彼女が見た彼の眼は、大 いなる慈悲に満ちていた。これが、お母さんを殺した人の目? 「・・・帰って、そう王にお伝えしろ。」 セシルから放射されていた強烈な殺気は、一瞬にして消え失せた。呪縛から 解き放たれたバロン兵は、ゴムまりのように弾け飛ぶと、窓のガラスを割って まっしぐらに逃走した。ある意味見事なまでの逃げっぷりだった。 カイポの朝 6―カイポの ダムシアン砂漠は、商業国家ダムシアンの領地である。元々オアシスに生ま れた小さな集落だった場所が、旅人同士の交易が行われるうちに国家へと発展 したものである。 もっともダムシアンの城は、北の山脈を越えたところに移動している。しか し、砂漠におけるオアシスでの交易は当然なおも盛んで、砂漠最大のオアシス であるカイポもまた行商人による交易で非常に活気溢れる村である。 一晩で見違えるほどに生気を取り戻したリディアは、何故だかやたらとセシ ルになついてくれた。それをリディアの強さと感じたセシルは、己の弱さを恥 じた。そんな彼女の気晴らしになればと、朝の散歩に出た二人が見たのが、朝 の市場で活気づき、あちこちで威勢のいい声が響き渡るそんなカイポの姿だっ た。 だが、セシルが一番驚いているのは、おそらく初めて見るであろう外界の様 子に目を輝かせるリディアの回復ぶりである。高い魔力を持つ者は自然治癒能 力も高いことはこの世界では常識だが、それにしても回復が早い。巨人タイタ ンすら召喚した潜在能力は、計り知れないものがある。 召喚師・・・。確かに恐るべき存在と言える。ミストの村もこの娘も、やは り危険な存在なのか。陛下のお考え通り、消えるべきものなのか。 セシルはすぐにその考えを振り払った。だからといって、あのような理不尽 な目に遭ういわれはない。何より、それをもたらしてしまった自分がそう考え るのは卑怯だ。今はリディアを守る。そして、バロンに戻り、今度こそ勇気を 出して陛下に諌言する。 僕は、バロンの士官なんだ・・・。 日もだいぶ高くなり、二人は医者の家に礼を述べるために歩を進めた。 7―高熱病 「ローザ!」 ベッドに横たわる、熱にうなされる女性の姿は紛れもなくローザのものだっ た。駆け寄ったセシルは彼女の苦しそうな表情に心を痛めた。バロンで待って いたはずのローザが、何故こんなところで・・・。 「セシル・・・、セシル!死なないで、セシル!」 毛布を握り締める彼女の手を両手で包みこんだセシルは、悲痛なローザの声 を聞いた。彼女は意識がないようだった。 -26- の本当の心に触れた気がした少女は、この男への憎しみがすでに氷解している のを感じていた。 「あたし・・・、リディア・・・。 」 少女はそれだけ言うと、目を閉じてセシルに倒れかかった。まだ彼女は動け る体ではなかった。 影は、動けないその姿勢のまま口を大きく開いた。そのまま激しくあえぎだ した。背中を冷たいものが落ちていく。あまりに猛烈な殺気の放射の直撃を受 けて、影はすでにその漆黒の剣が喉を突き抜けている感覚さえ感じていた。何 故だかそれは、極上の快感だった。 「2日前に、町外れで倒れていたんじゃ。どうやら"高熱病"にかかっておる。 今時砂漠の民が"高熱病"にかかることはないんじゃが・・・。 」 医者の言葉は耳に入って入っていなかった。幼い頃から、いつもセシルの心 配ばかりしていたローザは、今このような状態にあってもなお、セシルの身の 上を案じている。 そして、今自分にできることは何もない。彼が極めた暗黒剣も、バロンの高 級士官の地位も、今ローザの病に何の力にもならない。ミストの村だって救え なかった。一体僕の力は何なのだ。何の役にもたちはしない。無力じゃない か・・・! 1―恋物語 「お主、暗黒騎士ではないか?むう、助かった。お主の力を貸してもらえぬか? ワシの 黒魔法と、お主の暗黒剣ならば!」 一目見るなり声をかけてきたのは、かなり上級の黒魔導師が装備することを 許される魔力の強いローブを身に纏った、真っ白い髪と髭をもつ老人だった。 ダムシアンに抜ける地下水路があるとカイポの村で聞き、村からまっすぐ北 上したセシルとリディアは、確かに地下水路の入り口を見つけた。だが、その 入り口では、不自然なほどの多くのキャンプが張られていた。そして、そのキ ャンプを片っ端から訪ねて回る老人を見かけた。行商人たちに話を聞くと、こ んな話だった。 地下水路に、8本の足を持つ見たことのない凶悪な魔物が棲みついた。並の 力では歯が立たず、ダムシアンの軍隊の出動を待っている。ところが、今すぐ ダムシアンへ行きたいと言って腕の立つものを探している老人がキャンプをま わっているのだ。セシルとしても足止めを食うわけにはいかない。渡りに船と その老人を捜したところ、一目で暗黒騎士と見抜かれたわけだ。 実はカイポでも、老人の話は聞けた。この頃、カイポでは1つの恋物語が展 開していた。アンナという娘が、砂漠を渡ってきた一人の吟遊詩人と恋に落ち た。だが、その父はどこの馬の骨とも知れない者に娘はやれないと、頑なに二 人の仲を認めなかった。 父にとって家族はもはやアンナ一人。その大事な一人娘を世界を旅して回る ような放蕩者に渡したくはなかったのだ。 それでもアンナと詩人の絆は強かった。二人は駆け落ちをしてしまう。ダム シアンの城に向かったという。 当然、父は激怒した。連れ戻す。しかし、その理由は、娘を取り返すという よりは、二人が向かったダムシアン城に非常に不吉なものを感じたからだ。す ぐさま二人の後を追ったその父の名はテラ。その名は、魔導師たちに”賢者” として崇め敬われる伝説に近い存在だった。 魔導師テラ 2―魔導師テラ テラと名乗ったこの老人、一見無愛想な風貌だが、人格者であることは、と もに入っていった地下水路での魔物との戦闘の中で理解した。絶妙のタイミン グで放たれる数々の魔法は、がら空きのセシルの背後を守り、まだ大きな力を 制御できないリディアを救った。 本当はリディアはカイポの村に置いてきたかったのだが、いつまたバロンが 狙ってくるとも限らないし、なにがなんでもセシルの側を離れたがらないリデ ィアを説得できそうにはなかった。 「”高熱病”か。そればっかりはワシの魔法でもどうにもならん。」 -28- -27- リディアの決意 8―リディアの 「なにか、ローザを救う方法はないんですか?!」 今にも飛びかかりそうなほどの勢いで振り返ったセシルに、医者は難しい顔 をした。 「”高熱病”には、特別な素材が必要じゃ。今、”高熱病”にかかるものはほ とんどおらんので、それはちと入手が難しい・・・。」 医者が告げた”特別な素材”とは、 『砂漠の光』と呼ばれる特殊な宝石だとい う。石というよりは何かの分泌液の塊で、その黄金の目映きは宝石に匹敵する という。そして『砂漠の光』ニ関しては、ダムシアンの王族しか詳しいことを 知らない。 ローザの様子をずっと見ていたリディアは、一つのことを考えていた。この 人はセシルにとって大事な人なんだ。リディアは母を、村の人々を失った。も う、大事な人を失う者を見たくない。そんなのは、あたしが最後でいい!! 「ローザさんを助けようよ!ダムシアンのお城に行けば何とかなるんでしょ? だったら、いってみようよ!!」 リディアの強き意志の輝きは、負の力を纏う彼にとってあまりにまぶしすぎ るものだった。本来セシルが救うはずの少女の心は、セシルの弱く臆病な心を 励まし続ける。だが、今その自分を恥じているときではない。ローザを救える のは僕しかいない! すぐさま二人は旅支度を調えると、カイポの村を飛び出した。 第六章 ダムシアン地下水路 -29- 3―寝顔 この地下水路はなにぶん長い。一気に山脈の下を抜ける道のためである。 そこで、往来する旅人や商人のために、魔物が近寄れない強い結界を張って ある場所がある。そこでキャンプするわけだ。 さすがのテラも、その地点まで来るとそれ以上の行軍を控えてテントを張っ た。自身もだいぶ体が悲鳴をあげていたが、リディアの疲れた顔を見かねたか らだ。 火をおこし、携帯用の食料を口にしたリディアはすぐに横になって眠ってし まった。セシルとテラは顔を見合わせて、少し無理をしたかな、と反省した。 「かわいい寝顔じゃ。娘の幼い頃を思い出す・・・。」 先ほどまでの鼻息の荒さをまったく感じさせない穏やかな表情が、白い髭の 上からでもよくわかった。子どもがたまらなく好きなのだろう。 「この娘はかなりの強い魔力の持ち主のようじゃ。いったいどこの娘なのじ ゃ?」 たき火をつつきながら尋ねるテラに、セシルは少し顔を暗くした。 「ミストの村の召喚師の娘でした。 」 テラは、ほう、という顔をした。ミストの村のことは知っていたが実在した のだな、と感心するテラに、それ以上本当のことは言えなかった。 「”高熱病”に冒されているのはだれなのじゃ?」 僕の仲間です、と答えた彼の目が、とても強い想いに光ったのをテラは見逃 さなかった。 「大切な人なのじゃな。大事に想うのならば、決して手放さないことじゃ。離 れ離れにな ってからでは、とりかえしのつかないことになる。」 その言葉に、テラのアンナに対する思いを感じた。決して詩人との仲を悪く 思っているわけではないのだろう。だが、大切な娘は手元に置いておきたいに 違いない。今、リディアを守らねばならないセシルになら、少しだがその気持 ちは理解できた。 そのリディアの安らかな寝顔は、二人も早く寝なさい、とまるで母親のよう 4―ド忘れ 翌日、3人は巨大な滝の頂上に立っていた。この滝を下るとすぐにダムシア ン城に至る谷へと出ることができる。 本来なら滝の横に間道があるのだが・・・。 「よいか、例の8本足の化け物は、この滝壺にいる。今からこの滝を真っ直ぐ に飛び降りて、先制攻撃をかける。 」 リディアがびっくりしてテラに問いかける。 「いくら何でも高すぎるよ。あたしはちょっとこわいなあ。」 吸い込まれそうなほどの高さをのぞき込んで、今日も天真爛漫な明るさを見 せるリディアもさすがに息をのんだ。蛍光のコケがあたりを照らし、幻想的と もいえる滝の光景なのだが、滝壺は暗闇に覆われなにも見えない。 「心配するな、滝壺のところで浮遊魔法”レビテト”をかける。ヤツの鼻先に 出て、一気に攻める!」 相変わらず強気なテラの意見に、これ以上の反対は無意味なようだった。万 が一を考えてリディアを抱き上げたセシルは、テラにうなずきかけた。 「行くぞ!」 意を決して、3人は滝壺へとダイブした。猛烈な勢いで左右の景色が下から 上へと流れていく。傍らでともに落ちる大量の水は止まって見えた。不快なの か、快感なのか、はらわたをかき回されているようなその浮遊感に、セシルは 少し気持ち悪そうな顔をするが、その腕に抱かれたリディアは何故か楽しそう だ。子どもであることはときおりうらやましい。 その加速度はいよいよ高まり、意識をも削ぎ取りそうなスピードに達したと き、滝壺の轟音が耳に届いてきた。 「テラ、今だ!」 しかし、テラには一向に”レビテト”の魔法を発動させる気配がない。しき りに何かを思い出そうとしている顔だ。 「テラ!まさか・・・。」 いたずらをとがめられた子どもの顔で、テラは申し訳なさそうに言った。 「すまん、魔法を忘れてしもうた・・・。 」 3人の悲鳴は、一瞬で滝壺に消えた。 5―オクトマンモス 滝壺に叩きつけられても、水がクッションになるので死ぬことはないと思っ ていたが、それでもその衝撃で一瞬気を失ったようだ。 すぐに目覚めたセシルが見たのは、滝壺から這い出した8本の赤い巨大な足 に捕らわれたリディアとテラの姿だった。テラは必死にもがいているが、リデ -30- に言っていた。 「フフッ、どれ、ワシたちも一寝入りしようかね。」 賢者テラも寄る年波には勝てないらしく、かつての強大な魔法を思うように 駆使しることはできなくなっていた(単に物忘れしているだけらしいが) 。それ でも凶悪な魔物に挑むために最前の策を巡らす強靱な意志は、セシルとリディ アには頼もしかった。 そんなテラに事情を説明すると、そんな答えが返ってきた。 「お主たちも急ぎということじゃな。ダムシアンになにか良からぬ雰囲気を感 じる!はやくアンナたちを止めなければならないのじゃ!」 気持ちが先に突っ走るあたり、その60はかたいと思われる年齢を考えたら、 非常に若さを感じる。そんなテラの勢いに引きずられるように一行は水路を進 んでいった。 オクトパス・ファイヤー 7―オクトパス・ 「思い出したぞ!」 すかさず、魔法の詠唱に入ったテラの足下から、先ほどとは比べものになら ない黄金の光が滝の上まで届きそうな勢いで立ち上った。バチバチッという電 撃の弾けるテラの体からはなおも強大な魔力が吹き出し続ける。 「セシル、タコの動きを止めて!」 リディアの呼びかけに、セシルはオクトマンモスの足の一本を踏み台にして 宙高く舞った。 その体からは、 負の力である暗黒のオーラがあとを引いていた。 空中でその暗黒の剣をかざした瞬間、テラの魔力と対照的なその闇の輝きは、 オクトマンモスの6本の足を道連れに滝壺に突き刺さっていた。 「さすが、暗黒剣の力じゃ!やつの動きが止まったぞ。今じゃ、セシル、どけ ぃ!」 着地したセシルがすかさず後方へ飛ぶと、テラの目がかっと開いた。 「くらえぃ!極大雷撃魔法”サンダガ”!!!」 一瞬、滝の落下が止まったように見えた。それほどの魔力の力場がオクトマ ンモスを中心に発生した。視界を埋め尽くす程の巨大な雷の柱がテラの体から 発射されると、その力場へ向かって炸裂し、耳をつんざく大爆音が巻き起こっ た。 勢い余った電撃は、ものすごい勢いで滝を遡り、滝の頂上の上にある天井を えぐった。落ちてきた天井の巨石がオクトマンモスの巨体を押しつぶす頃には、 その体は黒焦げ灰と化していた。 断末魔の叫びすらなかった。 -32- リディアの機転 6―リディアの 「よいか、今からドでかい魔法をやつに食らわせる!セシル、お主なんとかヤ ツの注意を引いてくれ!リディアはワシについておれ!」 頷いたセシルはすかさず反対の岸を目指しオクトマンモスを飛び越えると、 その上空から青い粉をばらまいた。粉はすぐに渦を巻いて、急激に大気の温度 を下げ始めた。 凍てついた空気はそのまま魔物に襲いかかる。 ”南極の風”は、 冷気を封じ込めた魔法の粉である。 その怒りをセシルへと向けたオクトマンモスは、6本の足を次々とセシルへ と叩きつけるが、黒い残像を残して動くセシルには一向に当たらない。 一方、ドでかい魔法の詠唱にはいったはずのテラは、なんとやはり魔法を忘 れていた。 「しまった、やはり思い出せん・・・!」 傍らにいるリディアが目を剥いた。 「ちょっと、おじいちゃん!しっかりしてよ!」 「と、言われてもなあ・・・。」 先ほど、 その大ボケでとんでもない目に遭ったリディアが、強硬手段に出た。 テラの持つ精神集中のための杖を奪い取ると、両手で構えた。 「いいかげんにしろ、じじい!」 どこで覚えたのか、ものすごい罵声とともにテラの頭を殴り飛ばした。まさ に火花が出そうな衝撃に、テラの頭は一瞬ひらめいた。 -31- ィアは気を失っていた。 「おお、セシル、無事か!」 テラのある意味無責任な台詞が聞こえた。それは同時に、今から隙を作るか らリディアを助け出せ、という意志疎通だった。頷いたセシルが岸に上がり、 すかさず地を蹴ると、テラは魔物の足に巻かれた不安定な状態ながら魔法を放 った。 テラの体から立ち上った黄金の魔力が大気に弾け飛ぶと、弾けた地点から強 烈な雷撃が発生した。叩きつけるような爆音を響かせて魔物を襲う雷撃は、一 瞬魔物の動きを止めた。 そこに神速の黒い矢が一本走り抜けると、魔物の足が2本落とされていた。 無論、テラとリディアを捕らえていた足だ。黒い矢はとって返すと、二人を抱 え上げて元の場所へと戻ってきた。そのときに、リディアも目を覚ましたよう だ。 「テラ、ヤツは?」 「オクトマンモス、ヤツはあんな雷撃ではビクともせん!来るぞ!」 残った6本の足で滝壺から這い出してくる魔物の姿は、一見するとただのタ コなのだが、その凶悪さは並の魔物の比ではない。2本の足を斬り落とされて、 怒り狂う醜悪な眼球が3人をとらえた。 運命の交錯 2―運命の バロン王の思惑、アンナと詩人の想い、ローザの発病と『砂漠の光』 、テラの 感じた不吉、そしてクリスタル。すべての運命の交錯が”ダムシアン城”でな されようとしていた。 そして、それがもたらす結果は・・・。 悲劇だった。 地下水路からダムシアン城まではさしたる距離はない。健脚の持ち主で1日、 どんなにゆっくりでも2日で足りた。セシルたちにはそれが遠く、果てしなく 遠く感じた。 そして、必死に駆けるセシルたちを無情にも追い抜いていったものは、空に いた。灰色の空に一層映える血の色の羽根を持った悪魔が5隻、爆音を轟かせ、 規則正しく並んでダムシアン城方面へ向かったとき、セシルは我が目を疑った。 3―落日 ダムシアンの王族は代々、吟遊詩人として優れた能力を持ち、その竪琴から 奏でられる穏やかな音色とその美声は魔物でさえも鎮めると言われている。 もし、生き残りの王族がいたら、この惨劇という言葉をもってもまだ足りな い、この城の有様をどのように歌っただろう。 完膚無きまでに破壊された宮殿。略奪の限りを尽くされた城下町。今だにあ ちこちで赤い舌を延ばし続ける炎。累々と転がる罪もない人々。 『赤い翼』は、 その翼にどれだけの血を吸っただろう。 まもなく沈む太陽を背に、ダムシアン兵があちらこちらで生存者の捜索と救 出に奔走し始めた頃、セシルたちはかつて城であった場所へと全速力で向かっ ていた。特にテラの顔が青い。このときばかりはよく当たる己の予感をのろい 続けた。 「アンナ・・・。」 そして、かつて砂漠に浮かぶ蜃気楼のようなはかなき美しさを称えられた宮 殿では、テラの予感通りの光景があった。今まさに沈もうとしている赤く丸い 太陽の光の中に横たわるアンナ、傍らで泣くばかりの詩人、まわりを埋め尽く す瓦礫の山。 「おおーッ!!アンナーーーーーッ!!!」 老人の声と思えない肺腑の声を張り上げたテラは、アンナの駆け落ちの相手 であろう詩人を激しく突き飛ばすと、アンナの体を抱き上げた。 「アンナ、しっかりせい!アンナ!」 突き飛ばされた詩人もまた、再びアンナの元へと駆け寄るが、目に見えない 力、いや、明らかにテラの魔力に吹き飛ばされた。詩人を睨むテラの目には、 吹き出すほどの強烈な憎しみの炎が宿っていた。 4―砂に帰れ 「アンナ、目を覚ませ!アンナ、アンナ!!」 アンナにはまだ息があったようだ。父の切なる呼びかけに、アンナは目を開 いた。傍らにいたセシルはそのアンナの顔を見て悲痛な表情になった。恐らく テラも気づいているだろう、アンナの顔に浮かぶ、明らかな死相・・・。 -34- 希望の先に 1―希望の 大空は、鈍色の厚い雲に覆われていた。長い地下水路を抜けた先に待ちかま えていたのは、水路に巣くうオクトマンモスを倒すために今まさに突入せんと するダムシアンの兵と、後に続くダムシアン城側で待機していた商人や旅人た ちであった。 セシルたちがオクトマンモスを倒したことを告げると、いきなり彼らは英雄 扱いを受けることとなった。交易立国のダムシアンにとって、その交通手段の 遮断は死活問題である。それを救った彼らはある意味ダムシアンの恩人である。 だが、彼らを称える大勢のダムシアン兵の姿を見て、セシルは何かいやな予 感がした。 そうだ、彼は『砂漠の光』が必要で、テラはアンナを連れ戻したくて、それ でダムシアンに向かった。そしてテラがかねてから感じていた不吉、今自分が 感じた予感。そして城を留守にしてきた多くのダムシアンの兵たち。 そして、ダムシアン城には、何が? セシルは卒然としてすべてを悟った。 「テラ、ダムシアンが危ない!」 突然のセシルの叫びに、テラをはじめとして歓喜と称賛に沸き上がる人々は 一瞬静まり返った。セシルが大急ぎで事情を説明したと同時に、先ほどまで歓 喜に沸いていたダムシアンの兵士たちとセシルたちは顔を青ざめて、城へ全速 力でかけだした。 「間に合え、間に合えッ!間に合えェェェェェッ!」 もっとも重要なことだった。それを忘れていた。 ダムシアンには、クリスタルが。バロン王が狙う”火のクリスタル”があっ たのだ。 「 『赤い翼』!何故だ!だれが指揮している!?」 今は疑問を口にしても何の力にもならない。前に駆け続けることにのみ意味 がある。たった一つの思いを願うその集団は、ひたすらに駆けた。 ”ダムシアンを守りたまえ!” そして、その願いがはかなく散ることを、彼らはすぐに知った。 まだ、城との距離はかなりあるが、その爆撃音は悲劇の確信とともに、セシ ルの、リディアの、テラの、ダムシアン兵たちの体を貫いていった。 まもなく、城の方角は赤に染まった。 -33- 第七章 その名はゴルベーザ 甲冑ゴルベーザ 5―黒い甲冑ゴルベーザ 「突然、城の上空に飛空艇が5隻・・・。あっという間に城を、街を焼いてい った。人々が爆撃と炎から逃げまどう中、飛空艇からはバロンの国旗を掲げた 軍団が来たんだ・・・。その中に、一際黒ずくめの甲冑の男が一人・・・。 」 アンナが愛する人と呼んだギルバートという青年は、長い沈黙の果てにポツ リポツリと事の顛末を語り始めた。 「黒甲冑は言ったんだ。 『この国にある”火のクリスタル”を渡せ』と。父と母 は、クリスタルは渡せない、と言った・・・。」 おそらく、黒い兜の下の顔は笑いの形に歪んでいただろう。かざした右手か ら、大量の魔力の矢が炸裂すると、ダムシアン王と王妃を宮殿の外へと吹き飛 ばした。次に狙われたギルバートの前に飛び出したのがアンナだった・・・。 「その・・・。その黒い甲冑の男の名は・・・?」 激しい怒りとともにセシルは尋ねた。 『赤い翼』を正真正銘の略奪集団へと追 いやったその男が許せなかった。そして、今だアンナの亡きがらを抱きしめた まま微動だにしないテラの無念を思った。 セシルの隣で、アンナの最期を看取ってから、涙ばかりを瞳一杯にたたえな がらそれを受け止めようとする強い意志を宿らせるリディアも健気だった。大 切な人を失う様を再び見せつけられた彼女の怒りと悲しみもまた深い。 これ以上、 6―これ以上 以上、何を 夜のきらめきが、悲劇の城と街をすっかり覆っていた。遠くに、街の救援活 動に追われる人々の喧噪が聞こえる。その一方でこの宮殿は静寂だった。ただ 一つ聞こえるのは、男のすすり泣きだった。 「ううっ・・・。アンナ、アンナァ・・・。」 勇敢だった女性の横には、直面する悲劇に立ち向かえない臆病な男がしゃが みこんでいた。その顔は涙と泥と埃で汚れていた。 「アンナ、君がいなければ・・・、僕は・・・。ううっ、アンナ・・・。 」 セシルには他人事に思えない。この臆病者の姿は自分自身だ。自分はバロン 王への不信を諫言できなかった。流されるまま、命じられるがまま、たどって きたその道程。なくしたものは何だ? 誇り高き『赤い翼』 。罪なきミストの村。生死不明のカイン。リディアの母の 命。ダムシアンの平和。アンナの命。心弱き暗黒騎士が、次になくすのは何だ? 大切な人、ローザの命か? リディアは黙ってギルバートを見つめていた。やはり拭おうともしないで、 涙を浮かべながら、怒りの目で。そしてそれは言葉になった。 「バカ!!よわむし!!」 ギルバートは、そんな少女の目にさえ怯えるほどに心を萎えさせていた。 「そんな目で見ないでくれ・・・!怖い、怖いよ・・・!」 そんなたわごとに、リディアは動じない。 「おにいちゃんにとって、アンナさんは大事な人だったんだね。でも、でも! アンナさんは死んじゃったんだよ!もう生き返らないんだよ!おにいちゃんは、 アンナさんに助けてもらったんだ。あたしたちは生きているんだよ。おにいち -36- 三者三様の心の奥底に、それぞれの思いとともに刻まれた名は。 「ヤツは・・・。ゴルベーザ。ゴルベーザ、と名乗った・・・。」 伏せた顔にどんな表情があったのかはわからない。ただ、それまではまった く動くことのなかったテラが、その名を聞いて上げた顔には、激しいと言うに もまだ足りない修羅の怒りが宿っていた。 「ゴルベーザ・・・。そやつの首、かならずワシが・・・!アンナの仇は、ワ シがとるッ!」 穏やかな顔のアンナをそっと横たえると、その時だけ優しい眼差しを送った テラは、すぐにその表情に厳しいものを取り戻すと宮殿を飛び出そうとした。 「一人では無理だ、テラ!」 だが、セシルはテラの魔力、いや、怒りに吹き飛ばされた。今、彼の邪魔を するものは、すべて同じ目に遭うだろう。そして、セシルをはったと睨みつけ たテラの目を見たセシルには、それ以上何もできなかった。 ”アンナの弔いを頼む・・・!” 次に気がついたらもう、テラの姿はなかった。 -35- 「お父さん・・・。お父さん、来てくれたんだ・・・。うっ・・・。 」 「しゃべらんでいい!今、ワシが治して・・・。 」 「いいの・・・。もうわたしは・・・。それより聞いて・・・。」 アンナの表情は、死におびえることもなく、あまりに穏やかだった。 「勝手に駆け落ちなんかしてごめんね・・・。彼は、ギルバートは、ダムシア ンの王子だったの。だから・・・。でも、でもね・・・、彼は・・・、お父さ んにわかってもらおうとして、カイポに戻るつもりだったの・・・。 」 傍らには、ギルバートと呼ばれた詩人がアンナのそばに戻ってきていた。 「お父さんなら、わかってくれると思った・・・。頑固なところとかは、わた しとそっくりだものね・・・。」 アンナの体が激しくのけぞった。セシルは、これがまもなく天に召されよう としている人間の合図であることを知っている。 まもなく夕日が沈む。 「お父さん・・・、彼を許してあげて・・・。ギルバート・・・、ギルバート! 私・・・、あい・・・ 愛してる・・・!!」 それで最後だった。アンナの薄いルージュの唇は、もう二度と言葉を紡ぐこ とはない。アンナのしなやかな細い手がテラの手を握り返すこともない。 夕日の光が消え、今また一人、ダムシアンの輝ける砂の海を逝く。 テラは、アンナを抱いたまま動かなかった。それは”後悔”を形にした姿だ った。 -37- 勇気の旋律 7―勇気の 乾いた音は、ギルバートのすべての思考を停止させた。彼の頬を張ったセシ ルの心にもまた、その音は深く突き刺さった。この臆病者め!お前はこれ以上 大切な者を、ローザを殺す気か! 「僕たちは、生きているんだ。死んだ者のために、僕たちは成さなければなら ないことがある。いつまでも泣いていることは、成すべき事ではない。 」 ギルバートの表情が変わった。同じだ。この暗黒騎士は、僕と同じ目をして いる! 「僕の仲間が、カイポの村で”高熱病”にかかっている。治療のためには、 『砂 漠の光』が必要と聞いたんだ。 『砂漠の光』はダムシアンの王族にしか手に入れ られない。僕たちには、君の力が必要なんだ。」 ギルバートは、リディアを見た。先ほどとうって変わって、優しい目で彼を 見つめていた。 「リディアは・・・。僕のせいで、母親と故郷を失った。でも、ダムシアンを、 アンナさんを、そしてローザを助けるために、僕を助けてくれた。 」 ギルバートは動かなかった。その目はアンナを見つめていた。アンナは穏や かな顔で眠っていた。彼は思いだしていた。テラに許しをもらうためにカイポ に戻ろうと言った、アンナの一言。 ”ギルバート、勇気を出して!!” 「・・・。」 うつむいていた顔があがった。 「その、ローザという人は、君にとって大事な人のようだね・・・。大事な人 は・・・、なくしちゃいけない・・・!」 その瞳には、力強さが目に見えて戻ってきた。 彼の吟遊詩人としての美声と竪琴は、この瞬間から、彼自身の勇気を探す旅 を歌う物語を奏でることとなる。 ダムシアンの復興 1―ダムシアンの ダムシアンの街は、思いの外早い復興に沸いていた。 ダムシアン兵の対処が早かったため、瓦礫の中からは多くの生存者が救出さ れた。さらにわずかに3日後には、かなりの数の商人、旅人が救援物資をもっ て大挙押し寄せてきた。 彼らとしては、もちろん被災した人民を救う目的もあろうが、商業国家であ るダムシアンの後ろ盾あっての交易を守りたいのが本音だとは思うが。 何にせよ、彼らの助けと救援物資は、何とかダムシアンを立ち直らせた。 当然カイポからも、多くのボランティアを募りダムシアンへと派遣された。 わたしもボランティアの一人として参加した。カイポの村で命を救われた私が、 ダムシアンの危機に日和見をきめこむわけにはいかない。 ダムシアンの街の人々は、突然のバロンの暴挙に怒りを訴えていたが、思い の外冷静だった。彼我の戦力差を考えれば当然だが、これが常に死と隣り合わ せの砂漠の民の考え方なのだろうか。 ともかく彼らは自分の生活の復興に全力を尽くした。もちろん私も、できる 限りのことをしてきたつもりだ。 さて、ダムシアンの復興に先陣を切るべき王族は、今ここにはいない。王と 王妃は残念ながら宮殿で亡くなっているのが確認された。ただ一人の王子は、 街の復興を重臣に託すと、外界へと旅立ったらしい。 その王子の名は、ギルバートという。 おや、今私が見ている夢での青年の道連れは、ギルバートといったはずだ が・・・? -38- 第八章 旅人3 ゃんは生きなきゃダメだよ!大切な人の分まで!アンナさんの分まで!!」 幼き少女にここまで罵倒されて、それでもなお、ギルバートの精神は錯乱し ていた。 「そうさ、僕はアンナに助けてもらわないと、生きることもできない弱虫さ。 僕にはアンナがいないとダメなんだ。アンナがいなかったら僕はもう、どうし ようもないんだ!!」 2―アントリオン 「『砂漠の光』とは、”アントリオン”という、砂中に棲む魔物が産卵の時に体 内から分泌する液体が凝固したものなんだ。」 ギルバートの説明では、アントリオンは、ダムシアンの東、広い浅瀬の先に ある窪地に巣を構えているという。そこへは、船で行くには岩場が多く、泳ぐ にしては広すぎた。そこで、ダムシアン王族のみが使える乗り物、”ホバー船” が必要なのだ。ダムシアン王族のみが知る『砂漠の光』の秘密はそれだった。 空気の強力な噴射力を利用して、砂漠を、そして海の上を滑るホバー船は瞬 く間にアントリオンの巣へとたどり着いた。そこは、巨大なすり鉢状の砂地獄 であった。 ふっと吸い込まれそうになる幻想的なほどに深いその砂地獄の底に、アント リオンは棲んでいるという。 「アントリオンのそばに行けば、 『砂漠の光』が何個か落ちているだろう。一気 にホバー船で近寄るよ。」 「えっ、アントリオンって魔物でしょ?襲って来るんじゃないの?」 ホバー船の乗り心地がすっかり気に入ったリディアは、ずっとホバー船の先 端で大騒ぎだった。今もそこから疑問を投げかけた。 「アントリオンはおとなしい生き物なんだ。 昔、 ”高熱病”が蔓延した頃には、 反撃の角 3―反撃の 自らの想像と、実際のアントリオンの姿とのギャップに目を白黒させるリデ ィアにギルバートが告げた。 「大丈夫、いつもあんなものだよ。じゃ、いくよ!」 一気にアントリオンの懐に滑り込んだホバー船に、その巨大な角が振り下ろ されたのは次の瞬間だった。轟音と砂埃を巻き上げて叩きつけられた角を間一 髪かわしたギルバートの表情には驚愕が浮かんでいた。 「そんな!なぜアントリオンが襲って来るんだ!?」 「僕がヤツの気を引きつける!その隙に『砂漠の光』を取ってくるんだ!」 セシルはホバー船を飛び出すと、アントリオンの背中へと着地した。素早く 漆黒の剣を逆手に構えると、その背に突き立てた。緑色の体液が激しく吹き出 す。 身の毛もよだつ咆吼があがり、2本の角は器用にうなりをあげて背中のセシ ルを狙う。 「あったよ、あれでしょ、 『砂漠の光』って!」 激しく身悶えるアントリオンの懐を高速で滑るホバー船の先端に必死につか まるリディアは、ひときわ輝く黄金の光を見て叫んだ。 「リディア、操縦代わって!」 無茶よ、と叫ぶリディアに操縦桿を握らせると、腰に命綱を結んだギルバー トはホバー船から大きく身を乗り出した。船は一直線に光へと向かう。 「リディア、もう少し右だ!」 といって、リディアに操縦の仕方がわかるわけもない。 「わかんないよー!!」 アントリオンの巨体がホバー船に接触したのはそのときだった。二人の悲鳴 を残してホバー船は激しく回転しながら吹き飛んでいった。 トレジャー・ハント 4―トレジャー・ 二人の悲鳴に思わず振り返ったセシルは腰の革袋に手を突っ込んだ。 -40- ホバー船 1―ホバー船 相変わらず照りつける太陽は、どんな旅人にも容赦なかった。 無慈悲な表情で砂漠を行くキャラバン隊を見下ろす岩山と、はるかな地平線 を揺らめかせる陽炎。それはいつものダムシアン砂漠の光景だった。 だが、たった今、キャラバン隊の前を通り過ぎていった一陣の風は、いつも の砂漠の光景にそぐわないものだった。 「あははっ!気~持ちいい~~~~~!ねえ、もっとスピード出そうよ!」 リディアののんきな声は、セシルとギルバートを苦笑させた。確かに肌をな ぞる砂漠の風がこんなにも心地よいものとは思ってもいなかった。 「だったら、そんなところに座ってると危ないぞ。こっちにおいで。 」 セシルの言葉に、リディアは顔を膨らませた。 「大丈夫っ。いいからもっと速く!ローザおねえちゃんが待ってるよっ。 」 「それもそうだね。じゃあいくよっ。しっかりつかまってなよ。」 ギルバートがそう言うと、セシルは、懐から黄金の石を取り出した。手のひ ら大のその石こそ、ダムシアンの秘宝『砂漠の光』だった。 体に受ける風が一段と強くなった。ギルバートが”ホバー船”のスピードを 上げたのだった。 砂漠の風と化した船は、カイポの方角に向かっていた。 父上と一緒に毎日のようにここに来たけど、襲ってきた試しはないよ。見た目 が少し怖いけどね。 」 ホバー船がアントリオンの巣へと進入した。円を描くようにして徐々に底へ と向かっていく。 「ほら、見てごらん。 」 すり鉢状の底から砂をかきわけて現れたアントリオンの姿は、確かに”かな り”怖かった。10メートルはあろうかという巨体に、その体長に匹敵する2 本の角が生えているその様は迫力だった。角の間にある凶悪な目が、彼のまわ りを旋回するホバー船をにらみつける。とても、おとなしい魔物に見えるもの ではない。 -39- 第九章 勇気って? 病魔からの解放 5―病魔からの からの解放 『砂漠の光』を受け取ったカイポの医者は、あっけないほど簡単に薬を調合 してくれた。薬を飲んだローザの顔色が、見る間に良くなっていったのを、3 人は安堵とともに見つめていた。 「もう安心じゃ。すぐに目を覚ますじゃろう。」 セシル、リディア、ギルバートが見守る中、ローザが目を開いたのは、それ からまもなくのことだった。 「セシル・・・。」 どこで失った意識なのか、わからない。ただ、再び目を開けてはじめに瞳に うつした人は、彼女がその意識を途切れさせる寸前まで想っていた人、セシル だった。 「貴方がミストの村の事故で死んだって、バロンで聞かされたの。でも、わた しには信じられなかった。だから、バロンを飛び出してここまで・・・。でも ここで倒れちゃったみたいね・・・。」 セシルがこれほどまでにローザを愛おしく思ったことはかつてなかった。 バロン王の狙い 6―バロン王 ギルバートがちょっと気まずそうに話に割り込んできた。 「ローザさん・・・。私はダムシアンの王子、ギルバート=クリス=フォン= ミューアと申します。バロンからきた貴女なら、ゴルベーザという人物が何者 かわかりませんか?」 3人の顔に、少し影がさしたようだ。その名は、それぞれの心に深い傷とと もに刻まれた名だ。 「・・・彼は、セシルの後任として『赤い翼』の指揮官に任命された男よ。陛 下がどこからともなく呼んできた者らしいわ。全身禍々しい漆黒の甲冑に覆わ れて、顔をみたことはなかった。すぐに任務だってことで・・・。!?そうだ、 ダムシアンへ向かったんじゃ?」 「ええ、ダムシアンは『赤い翼』に襲われて・・・。父と母も・・・。クリス タルも奪われました。 」 リディアがセシルの袖を引っ張ったのはそのときだ。 「ああ、ローザ。この子がリディアだ。ミストの村の生き残りだ・・・。 」 幼い笑顔がローザへと向けられた。 「よろしくねっ、ローザおねえちゃん!」 「こちらこそよろしく、リディア。 」 まだ憔悴したローザだが、その笑顔は相変わらず花が咲いたようだった。 「ねえ、ゴルベーザってクリスタルを集めてるんだよね。ってことは、残りの クリスタルがある場所も襲うつもりなのかな?」 何気なく事態の確信をついたリディアの発言に、一同が凍り付いた。 「そうだ・・・。ミシディアの”水のクリスタル”、ダムシアンの”火のクリ スタル”・・・。陛下は、世界中のクリスタルを集める気なんだ!」 大事なものは手放 7―大事なものは なものは手放しちゃいかん 手放しちゃいかん バロン王は世界中のクリスタルを狙っている。この事実の威力にだれもが二 の句を告げなかった。 「・・・あと、残されたクリスタルは2つ。ファブールの”風のクリスタル”、 トロイアの”土のクリスタル”・・・!」 ギルバートが絞り出すようにしてやっと言った。 -42- 「無事でよかった・・・。本当に・・・!」 取り返しのつかない、多くの無益な死を目にしてきたセシルに、まだ憔悴し たローザの笑顔はかけがえのないものだった。 「カインはどうしたの?姿が見えないようだけど・・・。 」 「カインはミストの村ではぐれたきり、行方がわからない・・・。 」 「そう・・・。 」 ローザの端正な顔が少しうつむいた。 -41- 「こいつッ!」 すかさず、”ボムのかけら”をありったけアントリオンへと放り投げた。一 瞬の間をおいて、アントリオンのまわりで多くの爆発が巻き起こる。 思わずひるんだアントリオンの背中で、やはり爆風に巻かれながらセシルが 見たのは、激しいきりもみ回転から猫のように着地したホバー船の姿だった。 空気の塊であるホバー船のその安定感は他の乗り物に追随を許さない。二人と も無事のようだ。 「大丈夫かい、リディア!真っ直ぐだ!そのまま操縦桿を動かさないで!」 「口の中に砂が入ったー!」 すかさず高速移動に入ったホバー船は、 『砂漠の光』の側を駆け抜けた。ギル バートの手にその光が握られているのをセシルは確認した。 「よし、ここから脱出する!」 背中から角を蹴って宙に舞ったセシルの暗黒の剣から漆黒の光がもれた。構 えた剣の先から黒き蛇がのたうつように黒い光線が放たれる。光線がセシルと アントリオンの一方の角を繋いだとき、その角は天高く宙を飛んでいた。 激しくアントリオンがひるんだ隙に、セシルの着地点に滑り込んだホバー船 は彼を拾う。 「まだくるよっ!」 リディアの叫びと同時に、怒りに狂う目を向けるアントリオンの残った巨角 が砂塵を巻き上げて叩きつけられる。操縦を代わったギルバートは、それを巧 みにかわす。アントリオンの一際大きな咆吼を最後に聞いたとき、ホバー船は 砂地獄を飛び出していた。 「なぜ、どうして、アントリオンは僕たちに襲いかかってきたんだ・・・?」 オアシスの夜 8―オアシスの さすがに、その日はカイポで休むことにした。ファブールへは、途中で山越 えをしなければならない。体調不十分ではかえって危険だ。 ところどころに松明が燃えるカイポでも、夜の闇の深さは同じである。みな が寝静まった深夜に、動くものはなかった。 しかし、この夜に限っては違ったようだ。村の北、オアシスのほうから、し ばらく前まではよく聞かれた音が流れてきた。 竪琴だ。美しい旋律が村を縫うように漂っていた。オアシスの闇に浮かんだ シルエットは、ギルバートのものだった。この村でアンナといた頃、彼はここ でアンナにせがまれて竪琴を奏でた。 ギルバートは、アンナとともにこの村に戻るつもりだった。魔導師を隠居し たテラはこの村でアンナと暮らしていた。ギルバートはアンナを連れてカイポ を飛び出した。しかし、アンナはテラに許してもらおうとして、カイポに戻る と言った。ギルバートにもこのままではいけない、という気持ちがあった。ギ ルバート、勇気を出して! 「アンナ・・・。勇気とはなんだい?僕には、まだわからないよ・・・。 」 ギルバートの戦い 9―ギルバートの 突然の出来事に、ギルバートの竪琴の音色は混乱に乱れた。岸に着地したサ ハギンは、醜悪な目玉をギルバートに向けると、偏平の足をペタペタと音を響 かせて近づいてくる。 自分が狙われていると悟ったギルバートは、近くの石を夢中で放り投げるが、 それはいたずらにサハギンを挑発するだけだった。 「た・・・、助けて・・・。アンナ・・・、アンナ・・・!」 地を蹴ったサハギンがギルバートに肉薄すると、鋭い爪を振りかざしてギル バートを吹き飛ばした。なおも近づいてくるサハギンの姿に、ギルバートは半 狂乱となった。 「ギルバート、しっかりして!ギルバート!」 はっと我に返ったギルバートが辺りを見回しても、誰の姿もない。だが、確 かにアンナの声が・・・。 「ギルバート、前を見て!」 宙高く飛んだサハギンはうなりをあげて蹴りを繰り出すが、ギルバートは間 一髪でそれをかわす。見上げたギルバートが見たものは、宙に浮かぶアンナの 姿だった。 「勇気を出すのよ!」 アンナに気をとられたギルバートは、続くサハギンの攻撃をかわせず再び吹 き飛ばされたが、身軽に着地すると、持ち上げたその顔は、アントリオンとの 戦いに見せた勇敢な顔だった。 ギルバートは腰に下げた袋をそのままサハギンに投げつけると、素早く吹き 飛ばされた竪琴を手にとった。袋はサハギンに当たると同時に、強烈な光を発 した。闇を切り裂くその雷は、”ゼウスの怒り”と呼ばれる魔力のアイテムだ った。水棲の魔物に雷はよく効くのだ。 思わずひるんだサハギンは、さらに周囲に響き渡った音色に激しく身震いす ると、耳を塞ぎながら奇声を張り上げた。ギルバートが奏でたその音色は、同 じく水棲の魔物の精神にダメージを与える歌としてダムシアン王家に伝わる奥 義の一つであった。 -44- これから彼らは、ゴルベーザという強大な敵と戦わなければならない。ダム シアンの襲撃に対して無力だった僕に、死に逝くアンナに何もできなかった僕 に、勇気を出すなんてできるのだろうか。 かぎりない優しさと、憂いに満ちたその音色に魅せられた者は、何も人間と は限らなかったらしい。 またたく夜空と2つの月を鏡のように映していたオアシスの湖面を突如乱し て飛び出したのは、人型の姿とその体中についたひれ、そして耳まで裂けたそ の凶暴な口、その姿から”サハギン”であることが知れた。 -43- 「次に狙われるとしたら、ファブールよね・・・。」 ローザが言う。それを聞いたセシルの決断は早かった。 「ファブールに行く!これ以上のゴルベーザの暴挙を食い止めなければ!」 彼の発言は、バロンを離反することと同義である。だが、目の前でなされよ うとしている悲劇を指をくわえて見ているわけにはいかない。 「ファブールはダムシアンの東、ホブスの山を越えなければ。 」 ギルバートも、もうダムシアンの二の舞を踏む国が生まれるのは見たくない。 「ゴルベーザをやっつけようよ!テラのおじいちゃんだっているかもしれない し。」 幼い体に、リディアは一人前の使命感をたぎらせていた。 「わたしも、行くわ・・・。 」 ローザが体を起こした。驚いたセシルは、あわてて制止する。 「君はダメだ!ここで体が良くなるまで・・・。 」 「私は白魔導師よ。回復魔法が使える。足手まといにはならないはずだわ。 」 とても病み上がりとは思えない強い光を宿らせた瞳がセシルを射抜いた。彼 女の芯の強さは折り紙付きだ。 ここまで頑固になれば、 絶対に譲らないだろう。 「・・・ローザは君と一緒にいたんだよ・・・。 」 「ローザおねえちゃんも一緒に連れていこうよ!」 セシルはテラの言葉を思い出していた。彼はこれができずに、アンナを失っ たのか。 ”大事な人を手放しちゃいかん。取り返しのつかないことになる・・・。” 「わかったよ、ローザ。一緒に行こう。」 氷山を行く 1―氷山を 寒い・・・。いくら北の果てでもこれは寒い。だいたい、周りを見れば巨大 な氷山が寒々しく浮いている。いつ船が衝突して沈むかもわかったっものでは ない。そういう意味でもさらに寒々しい。 だが、ダムシアンからファブールに向かうのには、北からの航路を通るしか ない。陸路となると、ホブス山をの登る。そして、ホブス山は厚い氷に覆われ ていて、とてもじゃないが登るには危険極まりない。海のプロにまかせて、海 路を行くのが正しかろう。 ダムシアンの復興は順調だが、ファブールにも支援を求めよう、ということ で使節団が結成されファブールに派遣された。 宗教国家ファブール。宗教、というよりは武術国家というのがふさわしいこ の国は、素手で魔物を仕留める強力な修行僧を多く抱える、異質な国である。 その武力はかなりのものを持つ国ではあるが、もともと一つの寺院であった という。つまり、自己鍛錬を目的として修行僧が集まり国家を形成したわけで あり、他国を脅かすような様子はまったくない。 お国柄、代表的な産業があるわけではないのだが、格別貧しい国でもないの で支援にはやぶさかでないとは思われる。 船の右舷に出てみる。 正面に見える山こそ、大陸屈指の険しさで有名なホブス山である。 ファブールの精鋭”僧兵部隊”は、毎年山が一番厳しい表情を見せる一定時 期に山に籠もって修行をするという。ちょうど今頃と言われているが・・・。 いや、とてもじゃないが、黒い雲から雷さえも轟くのが見えるあの山には近づ きたいとは思わない。 くしゃみ一つ飛び出したところで、私はあてがわれた自室へと引っ込んだ。 -46- 第十章 旅人4 -45- 10―勇気を 勇気を出して! して! 10― 頭に蛇がのたうつような苦痛に、サハギンはたまらずオアシスに飛び込んだ。 それきりオアシスの湖面が邪悪な意思に揺れる事はなく、穏やかな2つの月の 銀の輝きを煌かせた。 「アンナ!やったよ、アンナ!」 ギルバートの目の前まで降りてきたアンナは、かつての優しい笑顔でギルバ ートを迎えた。なぜ今アンナがここにいるのか。そんなことはどうでもよかっ た。 「がんばったわね、ギルバート!」 「アンナが・・・、アンナが励ましてくれたから・・・。帰ってきてくれたん だね。これからもいっしょに・・・。」 子供のように無邪気な喜びを見せるギルバートに、アンナは少し悲しげな顔 をした。 「だめなの、ギルバート。わたしはもうすぐ、大きな魂と一つにならないとい けないの。あなたが心配で、あなたに会いたくて、あなたに最後のお別れを言 いたくて・・・!」 悲しげだが、晴れやかな表情を見せるアンナに、ギルバートは瞳に涙をたた えてわがままを言った。 「だめだ!僕はアンナがいないとだめなんだ!どこにも行かないでくれ、アン ナ!」 「大丈夫、あなたはさっきまであんなにも勇敢だったわ。それに、わたしはど こにも行かない。いつまでもあなたの心の中に・・・。 」 アンナの体が、徐々に目映い光を放ち始めた。 「ギルバート、勇気を出して!」 ギルバートの視界が白く焼かれたと同時に、白い尾を引いて天まで伸びる光 を見たとき、アンナの姿はすでになかった。光が消えるまでしばらく立ち尽く していたギルバートは、涙を拭くと一言つぶやいた。 「アンナ・・・。やってみるよ・・・!」 勇気を求める若者の一部始終を見ていたのは、月だけだった。 フードの下の顔 2―フードの セシルには、頑なに炎への拒否反応を見せるリディアの理由がわかっていた。 ミストの村。 彼女の故郷は、ボムの炎に焼かれたのだ。母の死と村の焼失という悲劇を” 炎の赤”という色で心に刻み込んだ彼女に、炎の魔法は使えなかった。セシル の心は痛んだ。 しかし、ローザは強かった。 「いーい、リディア。このホブス山を越えないとファブールには行けないの。 そのためにはこの氷を溶かさないといけない。そして、 その氷を溶かせるのは、 リディア、あなただけなの!」 相変わらず、フードの下の顔をうかがうことはできない。 「でも、炎は、怖い・・・。 」 ローザは説得は諦めない。 「あなたは見てきたはずよ。ミストの村とダムシアン。街は焼かれ、罪もない 人々が傷つき倒れたわ。今、ファブールは同じ目に遭おうとしている。お願い、 勇気を出して!」 ギルバートがローザを、リディアを見た。 「勇気・・・。勇気を出さなきゃいけない・・・。 」 セシルはいたたまれなかった。 ”僕がこのトラウマを作ったんだ・・・。なのにリディアに炎を使わせよう と・・・。” 「お願い、リディア!」 「勇気を出すんだ、リディア!」 二人の必死の説得をどう感じたのか。しばらく立ち尽くしていたリディアの 体から、身を圧するほどの魔力がその小さな体から吹き出したのを感じた。両 手を氷の壁に突き出した彼女は、フードの下に隠れた顔を上げた。強い決意を 秘めた瞳だった。 「ファイア!!」 リディアが叫ぶと、初歩の魔法とは思えない熱量を持った炎の帯が氷の壁へ と襲いかかる。急激な超高熱を受けた壁は、激しく溶けだした。あまりに急激 な溶解に、氷の壁は水蒸気爆発を起こした。 爆音と白い煙の中に飲まれたリディアが、力尽きてローザにもたれかかる。 それを支え起こしたローザたちが見たものは、切り開かれたホブス山の入り口 だった。 「ありがとう・・・、リディア・・・。」 ローザの言葉に、疲れた顔で、リディアはいたずらっぽく笑った。 弁髪の男 3―弁髪の 一人の男が、気の遠くなるほどの数の魔物に囲まれていた。 しかし、 その表情に焦りはまったくない。この寒いのに上半身の肌をさらし、 きれいに剃り上げた頭に弁髪がのっかっていた。 右と左の腰にはそれぞれ1本ずつの短剣を携えていたが、それらを抜くこと はなく両の拳に特殊な形状の爪を装着していた。 魔物たちは、明らかに怯えていた。男の足元に転がる夥しい仲間の屍が、彼 らを萎縮させる。男の戦闘力は想像を絶していた。 セシルたちが見た光景とは、思わず頭を引っ込めてしまいそうなほどの凄ま じい蹴りを炸裂させるその男の姿だった。それでも、男を囲む魔物の数は一向 に減らない。 -48- いや! 1―炎は、いや! それは、あまりに厚い壁だった。 寒風吹き荒れ、雪が舞い散るホブス山の入口は、いや、おそらく山のいたる ところは厚き氷の壁に阻まれて進むことはできまい。 大人用の防寒具しか用意できなかったため、顔まで隠れてしまうフードの下 のリディアの表情はうかがうべくもない。だが、一向は今まさにリディアの決 断で、ファブールへの道を切り開けるかどうかが決まる状況だった。 「・・・炎は、いや!」 ローザの体調が気がかりだったが、バロン屈指の白魔導師の力は伊達ではな かった。カイポからダムシアンに向かうホバー船内で、あっという間にその体 調を回復させていった。 「ね、足手まといにはならないでしょ?」 呆れ顔になるセシルを、ギルバートとリディアは顔を見合わせて笑った。 ファブールに向かうのには、 ダムシアンの北から船を出すのが一番安全だが、 一刻を争うことを考えると、陸路のほうが早い。それほどに北の海の氷山は船 の航路を妨げる。 それにいまだバロンの襲撃の混乱冷めやらないダムシアンに、船を出す余裕 はない。陸路は素人には危険極まりないが、一行はやむなく山越えの準備をす ると、ホバー船をホブス山の麓へと走らせた。ホバー船はそこに乗り捨てるし かない。 リディアは、黒魔導師として高い潜在能力を持っていた。すでに、魔導師と しての初歩的な魔法をいくつかこなす。ところが、一つだけ使えない魔法があ った。それは魔法の中では初歩の初歩、炎の魔法”ファイア”だった。 ホブス山の入口の厚き氷を取り除く術は、その氷を溶かす以外にない。その 氷を溶かす熱量は魔法の力以外では、飛空艇の砲撃といった強力な兵器が必要 になる。 「・・・炎は、いやなの!」 -47- 第十一章 ホブス山にて ボムもいや! 5―ボムもいや もいや! 「これはさすがに、キリがないな・・・。 」 さすがのセシルもつぶやいたが、ここで一つの異変が起こった。ただでさえ 寒い周囲の気温がさらに下がっていくのを感じたのだ。異変に気づいた4人が 振り返ったところにはリディアが、今にも泣き出しそうな表情で膨大な魔力を 放出させていた。 「・・・ボムは・・・、ボムはイヤ――――――――――――――――ッ!!!」 その小さな体から巻き起こった氷嵐の舞は、うなりをあげてボムの群れに襲 い掛かる。 今にも空へと吹き飛ばされそうな風圧に耐えていた4人が、ふと空を見上げ ると、ボムたちが同情したくなるほどの哀れな姿で氷漬けになっていた。 「ボムはやだよー!こわいよー!!え――――――ん!!!」 音を立てて落ちてくるボムたちを尻目に、一人大声で泣き声をあげるリディ アを、4人は呆気にとられて見ていた。セシルの頭に氷づけのボムが落ちて当 たっても、その表情は変わらなかった。 「あぶないところを助けていただいて、かたじけない。礼を申す。 」 男は深々と頭を下げた。 果たして危ないところだったのかどうかはともかく。 「拙僧は、ファブールのモンク僧、ヤンと申すもの。ファブールの僧兵部隊を 率いているものでござる。」 ファブールの精鋭、僧兵部隊は、この時期になると自己鍛錬を目的としてこ の自然の猛威厳しいホブス山に籠もって修行に明け暮れるという。 「ところが、山に籠もってまもなく、見たこともないほどの魔物の群れに襲わ れて・・・。あれほどの強力な魔物たちは見たことがない。精強を誇る僧兵部 隊が、私を残して全滅するとは・・・。」 部下たちの無念を思ってか、しばし目を伏せるヤンに、セシルたちは声をか けられない。 ファブールの危機 6―ファブールの 「して、あなた方はなぜこのような危険な山へ?」 セシルはかいつまんで事情を説明した。 「・・・では、ファブールの主力である僧兵部隊をファブールから引き離して おいて、それぞれを攻め落とそうという算段か!」 突如訪れた国の災いに、ヤンは怒りを覚えた。 「僧兵部隊への攻撃があったということは、ファブールにもまもなく攻撃があ るということじゃないか?」 ギルバートの指摘に、ヤンは頭を抱えた。 「なんということだ・・・。今、城にいるのは修行が浅い見習の修行僧だけ・・・。 バロンの侵攻に耐えられはしない・・・。 」 -50- 4―マザーボム 「助太刀する!」 一斉に武器を構えて殺到したセシルたちに、男はこちらも見ずに答えた。 「かたじけない!」 魔物は、巨大な煙の塊のような姿だった。火山から吹き出すマグマに目玉を つけたような、そう、”ボムを巨大化したような”そいつは、見た目どおりに、 口から炎を吹いた。散開してかわした4人が反撃にうつる。 ローザはその白魔導師としての名声のほかに、弓の名手としてバロンでは高 名だった。その正確無比かつ電光石火の矢が魔物の目玉を一つ貫くと、怒り狂 った魔物はローザを狙い出した。 「そやつは”マザーボム”!一気に倒さないと、大爆発を起こすぞ!」 男はそう叫ぶと、ローザに気をとられたマザーボムとの間合いを一気につめ た。 軽やかに地を蹴ると、気合一閃、マザーボムの腹に相当すると思われる場所 にもの凄い蹴りを叩き込んだ。 一瞬原型をとどめないほどにまで歪んだその体は、瞬きする間に他の魔物と 同じく岩壁に一体化する運命をなった。 「・・・なんと・・・。」 まったくすることもなく戦いが終わってしまったセシルとギルバートは、そ の威力に唖然としたが、すぐに気を取り直した。 「・・・いや、まだだッ!」 突然の大爆発は、マザーボムが叩きつけられた場所だった。爆風の衝撃に耐 える4人が目にしたのは、見上げる空一面を埋め尽くす大量のボムの群れだっ た。 マザーボムの体内に潜んでいたものだった。 -49- すぐにでも助けに入るべきなのに、まったく危機感を感じさせない戦いぶり に、一行は見とれていた。 光の弧を描き唸る両手に装備した爪は魔物を容赦なく切り裂き、大砲のよう な蹴りが岩壁へと魔物を叩きつける。 ある種、 芸術とさえ言える戦闘術だった。 気がつけば、魔物はあらかた片付いていた。呼吸を整えるために大きく吐き 出した白い息ですらも、オーラを放ちそうなほど気力充実した姿だが、さすが に負傷が目立ってきた。 しかも、 その彼の前に最後に立ちはだかるのは、どうやら大物のようだった。 「あれは手強い!助けよう!」 一行は、男の助っ人に駆け寄るが、リディアだけが顔を引きつらせて動かな かった。 「や、やだ・・・。あれって・・・。」 セシルがたまらず言った。 「でもこれ以上、ゴルベーザの好きにさせるわけにはいかない!僕たちが手伝 います。 」 「しかし、ファブールの戦いに他の方々を巻き込むわけには・・・。 」 「これは僕たちの戦いでもあるんだ!ぜひ、手伝わせてください!」 ヤンは少し考えたが、深々と頭をさげると言った。 「重ね重ね、かたじけない。ぜひ手伝っていただけるか?」 セシルはうなずいた。 ギルバートもうなずいた。 ローザはリディアをなだめていた。 リディアはまだ泣きべそをかいていた。 ファブール城 1―ファブール城 その荘厳さ、くぐるものの精神を圧する重々しさ。虎の姿を刻み込んだ、見 上げるほどの巨大な鉄製の扉が開いていくのを、セシルたちは息を飲んで見守 った。 宗教国家ファブールは、その武術による個人の戦闘力の高さが有名だが、そ の力に溺れない強靭な精神を鍛えることを最大の目標とするモンク僧の国であ る。その精神の集合体が、この正門の姿に表れていた。 「長旅でお疲れであろうが、さっそく王に謁見し、現状を報告いたしたい。 」 セシルたちはうなずいた。 「ほら、リディア、着いたよ。起きなさいって。 」 ギルバートは、途中で疲れて眠ってしまったリディアをずっと背負っていた のだ。 「んー・・・。着いたのー・・・?」 王の元へと馳せ参じる一行の緊張感を、リラックスというにはあまりに気の 抜けた声が少し和らげた。 ファブール城は、外敵からの侵入に備えて城の中に街を持っている。 バロン城などは同じ平城でも、城の外に街がある。バロンの場合、外敵に対 して街そのものを第1の砦として敵を誘い込み迎え撃つ。そのため街は入り組 んだ道で構成され、最後の手段として街を焼き払うことで敵を殲滅させること もできる。 一方ファブールは、街と一体化することでその施政をスムーズにすることが できる。また、外敵からも国民を守ることができる。 バロンとファブールの国家の性質の違いを如実にあらわすデータの一つと言 える。 王族の気品 2―王族の そのバロンの侵攻にさらされている事実をセシルたちが報告すると、ファブ ール王はさすがに驚いた。 「うむむ、にわかには信じがたい話だ・・・。確かに、ダムシアン襲撃の件は 聞いているが・・・。 」 「まことなのです!至急迎撃の用意を!」 ヤンが国家の危機を訴えるが、王はまだ信じられない。 「だが、そこの者。その暗黒の剣はバロンの暗黒騎士のものではないか。バロ ンの者の言うことを信じろと申すか?」 王の慧眼にセシルは一瞬たじろいだ。 「確かに、僕はバロンの暗黒騎士です。ですが、バロンが行う、いや、ゴルベ -52- -51- 第十二章 ファブール攻防戦 るべき家 3―帰るべき家 その日の晩に物見の斥候から、バロンの飛空艇がファブール南の平原に布陣 したとの報告が届いた。間一髪といえた。夜中の布陣は、必勝を期しての明朝 の攻撃を意味する。ファブールの民にとってまんじりともしない夜が更けてゆ く。 ファブールの重臣であるヤンの住まいは、バロンと同じように2本の塔の一 方に用意されている。出陣の用意を整えるために、ヤンは住まいに戻ってきて いた。 「白い”力だすき”を用意してくれ・・・。」 意外なことに、彼は妻帯者であった。そしてファブール僧にとって、白い力 だすきは死地に赴く戦士の装束である。並みの妻なら、黙って夫にたすきを渡 して涙するところだろうが、この妻は一味違った。 たすきをもってくると、いきなりヤンの背中を張り飛ばした。 もの凄い音に、塔のふもとにいた警備の者が思わず上を見上げたほどだった。 派手に吹っ飛んだヤンが振り返ると、その眼前に妻が仁王立ちしていた。 「ふん、なんだい。こんなかわいい女房残して、勝手に死にに行く気かい?ま だ子どももいないってのにさ。」 いつものこととはいえ、ヤンもさすがに言い返した。 「死ににいくつもりはない!だが、相手はあのバロンだ。覚悟というもの が・・・。 」 妻は強い視線でヤンを見つめた。 「男は勝手なもんだ!覚悟の一言で、残された者を切り捨てて戦いにいって死 んじまうんだ!」 ヤンは妻の瞳がその口調とは程遠い弱々しいものに変わっていくのを見た。 たすきを差し出すと、妻は顔をそむけた。 「死ぬなんて許さないよ!必ず生きてかえっておいで!」 その仕草が、妻が涙を見せまいとする強がりであることを知っているヤンは 薄く笑った。 「承知した。必ず生きて帰ってこよう。」 たすきを受け取ったヤンは、頼もしく言った。 ファブール王の人柄 4―ファブール王 「昔な、ファブールにも暗黒騎士がいたのだ。 」 客室に案内されたセシルの元にファブール王が現れると、そんな言葉を切り 出した。どうも王様らしくない。そんな気さくさが彼の魅力なのだろう。 「この国は求道者の国でな。その男も暗黒剣を極めた男であったが、その力に 限界を感じていたという。」 セシル自身もそれを感じていた。昨今凶暴化著しい魔物たちに、その剣の効 きは鈍っている感じだ。 「彼は、心まで負の力に染まっていたわけではない、立派な騎士だった。暗黒 騎士を捨てる決意をして、この地に暗黒剣を置いた。だが、今のバロンはそん な暗黒騎士を重用していると聞く。バロン自体が暗黒剣の負の力に支配されて いるのではないか。そんな気がしてな・・・。」 暗黒剣の力や飛空艇団『赤い翼』の威力は、人間の闇の心、すなわち破壊や 殺戮の心を呼び覚ましてしまったのか。ファブール王の話に、セシルはそう感 じていた。 「お主からは、そんな負の力に負けない強い命の輝きを感じる。先ほどは本当 に失礼した。なにとぞこの国を守ってくだされ。 」 深々と頭を下げる王に、セシルは慌てた。さすがに礼節を重んじる国であっ -54- -53- ーザの非道の数々をこれ以上広げたくはないのです!」 「お願いします、王!」 二人の説得にも、王はなかなか決心がつかない。 王の謁見の間の扉が開いたのは、その時だった。 「ファブール王、私の顔をお忘れですか。 」 驚いて振り返る二人と王が目にしたのは、王族としての気品あふれる颯爽と した姿で歩み寄るギルバートの姿だった。 「彼らが言う事は本当です。私はダムシアンで、やつらがもたらした惨劇をこ の目で見ております。ファブールを、ダムシアンの二の舞になさるおつもり か!」 マントを翻して立ち止まったギルバートは、強い視線でファブール王を射る。 戦闘となると、どちらかというと及び腰で少々情けないところを見せる彼。 だが、今彼が見せる王子としての誇り高さと社交性は二人を、ファブール王で すらも圧倒した。 「ダムシアン王子、ギルバート殿か!これは失礼した、まことのことであった か。すまぬ、二人とも。すぐに迎撃準備をとらせよう!」 王に侍る重臣たちは、すかさず謁見の間を飛び出していった。 「ヤン、 、おぬしたちにも戦ってもらうが、大丈夫か?」 ヤンの言葉は、王でなくともこの上なく頼もしく聞こえた。 「無論でございます。この者たちには、 私とともに最前線に出ていただきます。 」 セシルとギルバートは力強くうなずいた。 「女子たちがおったな。そちらには救護班として後方についてもらう。頼んだ ぞ!」 謁見の間を出たヤンとセシルはギルバートに訊いた。 「そういえば、どうして謁見に遅れたんだい?」 途端に普段のちょっと情けないギルバートに戻った彼は、恥ずかしそうに言 った。 「いや、あの・・・。リディアを寝付かせてたから・・・。」 夜明けの永遠 6―夜明けの けの永遠 朝日はいつでも美しかった。 二つの月がまだ明け方の紫の空に浮かぶ。その月を背負う黒い点、それがま もなく消える狂気の月光に代わって、ファブールに破滅をもたらそうとしてい た。破滅の翼は、月光の代わりに日光を受けてさらなる血の色を映えさせる。 「来ました!バロンの飛空艇『赤い翼』です!」 臨戦態勢がすっかり整ったファブール僧たちに、焦りはなかった。 「城門に集合!バロンの軍勢を迎え撃つ!」 ヤンの号令一下、ファブール僧たちが続々と城門に向かっていく。後方待機 のローザの視線を感じたセシルは、ヤンたちに先に行ってもらった。 「・・・セシル・・・。」 相変わらずセシルの心配をする不安そうなその瞳が、この時はとてもいとお しかった。 「僕たちは死ににいくわけじゃない。必ずファブールを、君を守ってみせる。 」 見せまいと思っていた涙が、あふれてしまった。 「・・・死なないでね・・・。」 城門の戦い 7―城門の 打ち倒された正門からバロン兵が殺到すると、ファブール僧たちも一斉に向 かっていった。 両手に装備した爪をギラつかせるヤンの表情も鋭い眼光を放つ。 ギルバートの構える竪琴の糸は、朝日に煌いて妖しい光を見せる。 見習い修行僧の中を突破してきたバロン兵の部隊にヤンが人波に消えた瞬間、 すさまじい衝撃音とともに彼を中心に人の群れがはじけとんだ。振り上げた脚 を凛と構えたその姿が、 バロン兵を圧倒する。 次に蹴りを食らったバロン兵が、 見上げるほどの城壁を飛び越えていくほどの驚異的な蹴りの冴えを見せる。 一方、戦場にそぐわない美しい旋律を奏ではじめたギルバートに襲い掛かっ たバロン兵は、突然その動きを止めた。殺戮の予感に飢えていたバロン兵の目 がその色を失った。そして突如互いに向き合うと、激しく同士討ちを始めた。 精神を混乱に導く旋律は、ダムシアンに伝わる奥義の一つだった。 本来見習いであるはずの修行僧たちの活躍も目覚しい。強力な砲撃で幕を開 けたこの戦いのはじめのアドバンテージはバロン側にあったが、なんとか五分 までもつれこんできたようだ。 「城の上空に、飛空艇出現!」 すばやくヤンが空を見上げると、 『赤い翼』が3隻、爆撃の態勢に入っている のが見えた。多少の爆撃にはこの城は動じないが、外にいるのは危険だ。 「総員、建物の中に退避!バロン兵を第2ラインで迎え撃つ!」 そのとき、ヤンとギルバートが見たのは想像を絶する光景だった。 暗黒の風 8―暗黒の 激しく城を揺るがす爆撃にまぎれて降ってきた物体・・・。それは、魔物だ った。 「馬鹿な!バロンは魔物まで戦力として使うのか!?」 大きく動揺したファブール兵たちに、魔物たちは襲い掛かり始めた。退避が 遅れたファブール兵たちが次々と爆撃と魔物の餌食となってゆく。 「くっ、このままでは見殺しにしてしまう!」 爆撃の凄まじさに前線に出ることができないヤンとギルバートは歯噛みした。 -56- 5―おせっかい バロンの攻撃を前に、いつもなら静かに眠りに就く頃のファブール城は騒然 としていた。 「セシルのところに行かなくてもいいの?」 バロンとの戦闘において後方支援を言い渡されたローザとリディアをはじめ としたファブールの女性陣は、城にあるポーション(魔法の薬)をかき集める 作業に追われていた。これからこれらを城内の各所に配置しなければならない。 作業の最中、リディアはローザにませた質問をした。 「・・・いいの。人はそのときにできることを一生懸命やらないとね。今、わ たしたちができるのは、薬を分けておくこと・・・。」 ローザがそこまで言うので、 それ以上リディアは追求はしなかった。 そこに、 もう一人おせっかいがやってきた。 「ローザ、ファブールについてから、さっぱり休んでないじゃないか。交代し よう。これでも薬の知識はあるんだよ。」 ギルバートだった。それでもローザは言った。 「これっきりセシルに会えなくなるわけじゃないでしょ?わたしたちは死にに いくんじゃないもの・・・。きっとセシルは私たちを守ってくれるわ。 」 もう二人ともそれ以上何も言わなかった。セシルとローザの絆はもはや、言 葉を必要としないらしい。 二つの月は、バロンとの決戦を控えたファブールを、今日も照らし続ける。 やっと、それだけ言えた。 セシルは軽くローザを抱き寄せると、しばらくそのまま動かなかった。想い はそれだけで通じた。傍らで二人を見ていたリディアが思わず赤面しながら、 その二人の時間に永遠を感じていた。 城を揺るがす轟音が、永遠を引き裂いた。 目覚ましの酉の声にしてはあまりに凶暴な声が、激しく巨大な虎の正門を撃 ちつける。開戦を告げる第一撃は、2枚の正門の一方を打ち倒してしまった。 ファブールの絶望的な防衛戦は、今、幕を開けたばかりだった。 -55- た。 10―最前線 10― 2階の大階段は、1階からの唯一つの階段である。敵戦力は、この階段を通 らねばクリスタルルームへと行くことはできない。ここを退くと、あとは最上 階の謁見の間まで一気に押されることになる。戦局を大きく分ける重要なポイ ントだ。 この大階段に集まったファブール戦力は、開戦時の約半分強といったところ だ。どのファブール兵も疲労の色が激しい。 「よいか、みなのもの!ここを破られれば後はないと思え!」 ヤンの檄に、ファブール兵から大きな歓声があがる。追い詰められた状況に あって、彼らの士気は高かった。 セシルは悲しかった。あの栄光の翼を天空に翻したうるわしき『赤い翼』は、 弱き者からの略奪集団と化したばかりでなく、その戦力に魔物まで使うような 部隊にまで堕ちたのである。名君の誉れ高きバロン王のなさることとは思えな い。すべての元凶はやはりゴルベーザ。自然と剣を握る手に力が入った。 「来たぞ!」 バロン兵の喚声が階下から聞こえてきた。 先陣を切って階下から現れたのは、 邪悪な翼をひらめかせて飛んできた飛行型の魔物だった。 すかさず床を蹴ったセシルは、宙を飛ぶ魔物に十字の形ですれ違った。横に 薙ぎ払った黒き剣は、魔物の上半身と下半身に永遠の別れを告げさせた。 もう一匹飛んできた魔物は、ギルバートの奏でた竪琴の音色を聴くと、激し く態勢を崩して壁に激突した。神経をえぐる音色に、精神を破壊されたのだ。 続いて、銀色に輝く剣や槍をギラつかせて階段を駆け上がるバロン兵に、ヤ ンは足を大きく広げて動きを止めると、胸の前で合掌して大きく息を吸った。 一気に間合いを詰めるバロン兵に、ヤンは閉じた目をかっと開いた。 「はあッ!」 その気合に思わずたたらを踏んだバロン兵は、その体に巨大な鈍器を叩きつ けられたような衝撃を受けて、後に続く連中とともに再び階下へと落ちていっ た。ヤンが繰り出した拳は、その衝撃波だけで十分に敵にダメージを与えられ る。 それでも彼らが倒した敵は、バロンの総戦力から考えると微々たるものだ。 3人はこれから”軍事国家バロン”の名の凄まじさを身をもって知ることにな る。 11―劣勢 11― 「こ、これが最後のポーションだ・・・。 」 ヤンの胸を大きく抉った傷が、ポーションの魔力で辛うじて塞がった。彼の 息もすっかり乱れ、手にした爪もすでに折れている。 「やつらは一体どれだけいるっていうんだ・・・。」 額に脂汗をべったりと浮かべたセシルがうめいた。暗黒剣は己の生命力を敵 を撃つ力に変える奥義。すでにセシルの体力は暗黒剣を撃てない状態だった。 手にした剣も刃こぼれがひどい。 -58- 9―孤軍奮闘 「クリスタルはどこにあるんだい?」 戦闘が城内に移った場合の手筈どおり、戦線を城内の狭い通路にするために セシルたちは1階の通路を移動中だった。その途中、ギルバートが尋ねた。 「御安心めされい。王の謁見の間のさらに奥にクリスタルルームがござる。そ こは我々の最後の砦。そこに至るまでに、城内に敵を誘い込み・・・。 」 突如、通路にまばゆい太陽の輝きを導く窓が割れた。バロン兵が飛び込んで きたのだ。それをとらえたヤンの瞳。 「叩く!!」 バロン兵は着地すらできなかった。ヤンの拳をカウンターの形で喰らったバ ロン兵は、もときた場所へ顔を変形させながら吹っ飛んでいった。 「くっ、思ったより敵の行動が早い!」 他の窓からも次々とバロン兵が魔物が乱入してくる。 「ほああああああッ!」 裂帛の気合とともにヤンが繰り出した蹴りは、大気中に真空を作り出す。真 空の風は次々とバロン兵と魔物たちを切り裂いた。 黒い残像を振るうセシルが通り過ぎる風を感じた魔物たちは、セシルが剣に ついた血糊を振り落とすと、一斉に崩れ落ちた。 ギルバートが、手にしたキラーボウでところかまわず矢を撃ちまくる。目を 射られた魔物が、けたたましい叫び声をあげる。 「敵の数が多い!2階の大階段でこやつらを迎え撃つ!そこまで退くのだ!」 彼我の戦力差を考えたとき、ファブール側は十分に善戦しているのだが、だ んだんと後手に回りつつある。 籠城する側としては、よくない状況だ。 -57- と、二人は背後に寒気がするほどの殺気と魔力を感じた。そこだけ、空気が 凍りついたような、凄まじさだった。 二人の間をすりぬけた漆黒の風は、同じ色の剣に同じ色の暗黒の魔力を水の ように滴らせていた。その剣を魔物の群れに向けると、拡散された暗黒の光線 は、正確に魔物だけを貫いていった。 「遅いぞ、セシル殿!」 言葉とは裏腹に、明らかに安堵の表情を浮かべたヤンが怒鳴った。 「今のうちに城内にみなを避難させる!戦線を後方に下げるんだ!」 ファブール兵たちは全員、転がり込むようにして城内への退避に成功した。 バロンの圧倒的物量を誇る軍団が、城内へとなだれ込んできた。 もはや日は高く昇り、月の姿は見えなくなっていた。 13―悪魔の 悪魔の降臨 13― すかさず、全員がクリスタルルームに飛び込むと、その扉を閉めた。そこに は避難した女性たちとギルバートを襲う魔物の姿があった。 「こんなところにまで入り込んでッ!」 セシルの剣の一閃は、その一瞬で魔物を八つ裂きにした。疲労のピークにあ ってなお、その剣の冴えは最高潮とさえ言える迅さを見せる。 満身創痍の3人が扉の方を振り返ると、すぐに突き破られると思っていた扉 からは何の反応も無い。気がつけば、先程の戦闘の様子が嘘のような静寂がク リスタルルームを包んでいた。 彼らの背後でファブールの”風のクリスタル”が、その高く掲げられた台座 の上から自身を巡る激烈な戦闘をまるで他人事のように、その穏やかな光をた たえていた。 じりじりするような沈黙は、突然の轟音と天井の崩壊で破られた。 多量のレンガが落ちてくる中を、避難していた女性たちが悲鳴をあげて逃げ 回る。見上げたセシルたちが目にしたのは、すっかり高くなった日の光を背に 受けてもなお、その寒気をもよおす暗黒の姿をさらに黒く黒く浮かび上がらせ る悪魔の姿だった。 クリスタルルームの高い天井から、ゆっくり、ゆっくりと降りてきたその姿 をよく見ると、一人の全身黒い甲冑に覆われた男が、やはり暗黒の色に全身を 染め上げられた禍々しい姿の竜が作る力場の中にたたずんでいた。 ガラスが割れるような音とともに、力場から解放されて着地したその男は、 バロンの国旗に描かれた悪魔を象徴したような姿に、それにふさわしい邪悪な 魔力を全身から発していた。激しい魔力の圧力を受けながら、セシルは目の前 の男こそ、今回の数々の事件の諸悪の根源であることを知った。 14―ゴルベーザという ゴルベーザという男 14― という男 「貴様が・・・、ゴルベーザだな。 」 ギルバート、リディア、ヤンの顔色が変わった。それぞれ、ゴルベーザの陰 謀により大切な人々を失ったのだ。だが、彼らの怒りを嘲笑するかのような声 が、それに答えた。 「いかにも、私がバロンの『赤い翼』の指揮官、ゴルベーザ。 」 兜の奥の双眸が赤く輝いた。 「いかがだったかな、今回のファブールのパーティーは。その様子だと、だい ぶ楽しんでいただいたようだな。」 くっくっと、いかにもおかしくてたまらないと言わんばかりの笑いが漏れた。 その様子を見たヤンとギルバートが激昂した。 「貴様がゴルベーザ!ホブス山で無念の死を遂げた私の部下と、この城で散っ た修行僧たちの仇、とらせてもらう!」 「アンナの命を奪ったお前を、許すわけにはいかない!」 -60- 12―止められない波 められない波 12― さすがのヤンとセシルも、一息いれようとしていたまさにその時、ファブー ル兵の一人が竜の扉に近づいていった。ヤンが何気ない視線をその男に向ける と、なんとその男は扉の錠を開け放ってしまったではないか。 「貴様、何をする!」 セシルはその男の様子に異変を感じた。剣を構えると叫んだ。 「そいつは、人間じゃない!」 人の皮を突き破って出てきたのは、肉体を持たない精神の塊、手っ取り早く 言えば、”幽霊”のような魔物だった。 ヤンの気合を込めた拳がその実体の無い体を突き抜けると、魔物はおぞまし い叫び声をあげて、蒸発するように消えていった。体内の”気”を使ったヤン の技の数々は、邪悪なるものを退ける聖なる力を備える。”気”は、魔導師が 使うところの魔力と同じだ。 幽霊を倒しても、開いてしまった扉から次々と敵が押し寄せる。もはや謁見 の間は砦ではなかった。さらにこの事態に追い討ちをかける出来事が起こった。 「うわぁッ!」 奥のクリスタルルームで、ギルバートの叫び声が聞こえてきた。後方支援の 女性陣をギルバートは一番奥のクリスタルルームに避難させていたが、そこで も何かがあったらしい。 「皆のもの、クリスタルルームまで退け!そこが正真正銘最後の砦ぞ!」 -59- ギルバートはすでに、女性陣の避難のためにこの戦線を離脱していた。戦況 はそこまで悪化していた。まわりを見渡せば、ファブール兵の姿もめっきりと 少なくなった。 ヤンは断腸の思いで叫んだ。 「やむをえん!全員けが人を連れて謁見の間まで退がれ!」 城にとっては聖域というべき王の間に敵を踏み込ませるのは、武人として屈 辱的な恥辱といえるが、この状況ではやむを得なかった。なにがなんでも、バ ロンにクリスタルを渡すわけにはいかなかった。 謁見の間の扉は、正門と同じ虎の姿を彫りこんだ鋼鉄製である。いったん閉 じれば、さすがにたやすくは開けられないはずである。けが人を含む生き残り が謁見の間に駆け込むと、ヤンはその扉を閉じて錠をかけた。これで態勢を整 える時間が稼げる。 「謁見の間まで退いたが、そういえば王はどちらに?」 「王に万が一のことがあってはならぬ。居住塔の方で待機していただいてお る。」 ファブール城にそびえる2本の塔の一方に、王の寝室があった。王はそちら に護衛とともに置いてあった。 16―カインの カインの殺意 16― 「カイン!生きていたのか!?」 セシルと、その後方にいたローザが、驚きと安堵をその顔に宿らせたのは、 しかし一瞬のことだった。 手にした槍をセシルに向けたカインは、親友を見るとは思えない冷たい視線 で彼を見下して言った。 「剣を構えろ、セシル。俺がこの手で殺してやる。」 何が何だか、わからなかった。 ミストの村での惨劇を見たカインはバロン王への不信をあらわにし、憤りを 感じていたはずだ。セシルたちに味方こそすれ、敵対するとは、ましてやゴル ベーザの味方になるなどと。 「どうした、かかってこないのならば、こちらから行くぞ!」 一気に間合いを詰めたカインの槍が、うなりをあげて繰り出される。目にも とまらない突きの連続攻撃に、セシルは身をかわすのが精一杯で、反撃できな い。 「やめろ、カイン!どうしたというんだ!何故ゴルベーザの味方する!」 槍に気を取られていたセシルは、カインが不意をついて繰り出した強力な蹴 りをかわせなかった。 その一撃を腹に喰らったセシルがもんどりうって倒れると、起こした顔の前 でカインがセシルの額に槍を突きつけて立っていた。 「俺はお前との死闘を望んでいた。ライバルとしてどちらが上かをはっきりさ せたかった。 」 「馬鹿な!目を覚ませ、カイン!」 何を呼びかけても、カインの瞳にかつてのぬくもりを取り戻すことはできな い。 「無駄だ。今のカインは、お前との戦いだけを望んでいる。何を言っても動じ はせぬよ。 」 ゴルベーザが、二人の様子を愉快でたまらないという様子で眺めている。 17―動揺 17― 「お前の力とはこんなものだったか。さあ、立て、セシル。とどめをさしてや る。 」 カインの表情に、かすかに動揺が走ったのは、その時だった。 「やめて、カイン!」 二人が振り返ると、ローザが駆け寄ってくるのが見えた。セシルは、そちら に気をとられたカインの槍を握ると、力任せにカインの体ごと放り投げた。身 軽に着地したカインが見たものは、二人の間に割って入るローザの美しい姿だ -62- 15―竜の来訪 15― 二人に素早くローザが駆け寄る姿を横目に見たセシルは、その視線をゴルベ ーザに向けた。その目は、激しい憎しみと闘争本能に満ちていた。 「貴様が『赤い翼』の指揮官だと?ふざけるな!ただの略奪と殺戮の集団に貶 めておきながら、何を言うか!!」 ゴルベーザの答えは、相変わらず人を食ったものだった。 「わたしは、陛下からクリスタルを集めるよう命じられた。クリスタル奪取の ために、最良の軍団を編成したまでだよ、前の団長殿?」 「だまれッ!」 その体力はどこから溢れてくるのか。この日最大の暗黒の気をその剣から立 ち上らせるセシルは、その剣をゴルベーザに向けた。黒き蛇が獲物を狙うよう にその巨大な口を広げてゴルベーザに襲い掛かる。 が、その一撃もまた、”黒竜”の尾の一振りにあっさりとかき消された。 予想外の光景に、呆然としたセシルにゴルベーザは告げた。 「あわてずともよい。貴公には、もっとふさわしいダンスのパートナーを用意 してある。入って来い。」 ゴルベーザが破壊した天井に、一人の男のシルエットが浮かんだ。日光を背 に受けたその顔を見ることはできないが、セシルにはその姿に見覚えがある気 がした。 その姿がかき消えたと思った瞬間、一個の砲弾と化したその男がセシルに襲 い掛かった。間一髪でかわしたセシルの目の前で、爆音とともに床が大きく抉 れて舞い上がった。その威力もさることながら、セシルの顔が驚愕の表情を浮 かべたのは、ほこりの中から立ち上がったその男の顔を見たからだ。その独特 の竜の兜の下に見えた、強靭な戦士の顔・・・。 「カ・・・、カイン!」 ミストの村で、巨人タイタンの一撃を喰らって崖から転落して以来、行方も 生死もわからなかったセシルのライバルにして唯一無二の親友、カイン=ハイ ウインドだった。 -61- ギルバートのキラーボウから放たれた矢が、うなりをあげてゴルベーザに迫 る。その矢に追いつくかのような勢いで突っ込むヤンは、そのままゴルベーザ に蹴りをくれる態勢に入った。 「お前たちのような雑魚に、用は無い。」 ゴルベーザを守るようにして、宙に漂っていた竜、”黒竜”は、その言葉を 合図にするかのように、すばやく動き出すと二人に向かってその紅の眼から赤 光を放った。 「がっ・・・!な・・・なに・・・?」 ギルバートが放った矢もろとも、その動きを封じられた二人の体は、その後 とんでもないスピードで壁に突進し激しく壁面に叩きつけられた。二人はそれ っきり動かなくなった。 -64- 18―国敗れて 国敗れて 18― 「セシル!」 思わずセシルを見たローザが、身も心も凍てつきそうな殺気を感じると、振 り返ったその目の前にゴルベーザの黒い影が立っていた。 「・・・!」 黒い兜の奥に見えた血の色の光を見た瞬間、ローザの意識は消えた。セシル がぼんやりした視界にゴルベーザを収めた時、彼の大切な人は、黒い影の中に 囚われた白い影となっていた。 「やめ・・・ろ・・・。ローザを・・・放せ・・・。」 遠くなっていく意識の中で叫んだセシルは、かすかにゴルベーザの声を聞い た。 「この女に免じて、この場は見逃してやる。カイン、クリスタルを取ってまい れ。」 「ハッ。 」 クリスタルを掲げた台座は、とても人の手の届く高さではないのだが、カイ ンの跳躍力には無意味なものだった。あっさりとクリスタルを奪い取ったカイ ンは、セシルに言い残した。 「命拾いしたな。だが、次こそは殺す。」 意識が消える瞬間、カインの姿を見たセシルはそのセリフを聞いた。 あとの記憶は無い。 ヤンもギルバートもピクリとも動かない。リディアは、ゴルベーザの圧倒的 な力に身動き一つできなかった。生き残りのファブール兵も、女たちにも言葉 はなかった。 寂として静まりかえるクリスタルルームに、まもなく外から飛空艇が飛び立 つ爆音が響いてきた。 太陽は天頂にまで達していた。 ファブールは、負けたのだった。 -63- った。 「だめだ、ローザ!下がるんだ!」 構わずローザはそのまま叫んだ。 「カイン、一体どうしたの・・・。なぜ、貴方がこんなひどいことを・・・。 」 カインの様子が、明らかに変わった。片手で頭を押さえると、苦しそうにう めきだしたのだ。 「ううッ・・・。ローザ、俺は・・・。」 暗黒のマントを翻して、ゴルベーザが動き出したのはその時だ。 「ほう、貴様にとってこの女はそんなに大事か。ならば私がもらっていってや ろう。」 「な・・・何!やめろ・・・!」 その邪悪な申し出に、 我に帰ったセシルがローザをかばおうとする。 しかし、 ゴルベーザがかざした右手の魔力の一撃に、壁際まで吹き飛ばされた。 なかった。うつむいたその顔に、身を押し潰すような悔しさが浮かんでいるこ とは、幼いリディアにもわかった。 なにより、リディア自身もまた、ゴルベーザを前にして何もできなかった自 分が悔しくてたまらない。だが。 「どうしたの、みんな!なにをそんなに落ち込んでいるの!!」 意外な人物の叱咤に、3人は顔を上げた。 「ローザおねえちゃんも連れてかれちゃった、クリスタルも取られちゃった。 だけどさ、だけど、あたしたちは生きてるじゃない!生きていればさ、必ずチ ャンスがあるじゃない!そんなにやる気のないことでどうするの!」 呆気にとられてしまった。大の大人が、小さな女の子の強さに打ちのめされ ていた。リディア強い”女性”だった。 「そうだな・・・。そうだった・・・。」 憂いの晴れない顔ではあったが、今彼らがすることは、絶望に打ちひしがれ て落ち込むことではない。 「バロンに潜入する?」 ギルバートの提案は、その性格に似ず大胆なものだった。 「戦力差に劣る我々が、最後のトロイアのクリスタルを守れるとは思えないん だ。ならば少数でバロンに潜入して、クリスタルを取り戻すのが最良だと思う けど・・・。」 なるほど、理にかなっている。もはや、軍事国家バロンに対抗できる戦力は、 思い当たる中にない。なんとかクリスタルを奪取し返すしか、手段はない。 チャンスが 2―必ずチャンスが 「だが、軍事国家バロンにそのような隙があるものだろうか・・・?」 ヤンが眉をひそめた。そこに一人の男の声があった。 「いや、バロンにも隙がある!」 部屋の入口に、セシルの姿があった。 「セシル、大丈夫なの?」 リディアが素っ頓狂な声をあげた。 「バロンの現在の最大戦力は『赤い翼』だ。8大軍団の中でも一番に優遇され ている。その分おそらく今は、バロン海兵団が手薄のはず。狙うなら、海だ!」 セシルの瞳に、すでに落胆の影は見当たらない。どうやら、吹っ切れたよう だ。セシルも、いや、ギルバートもヤンにも、あのリディアの一喝が効いたよ うだ。 ゴルベーザが去ったのち、気がついた3人は、その無力感から身動き一つし -65- 夜明け 1―血の滲む夜明け こんなに静かな夜明けは、久しぶりのような気がする。 ファブール特有のホブス山からの寒風が吹きつける中、修行僧たちが早朝の 修行に飛び出していく様子は、かつてのファブールの平和な光景。 どこか違う違和感は、破壊の爪痕痛々しい城の姿。包帯をッ巻きつけた人々 のうめき声。夜明けの光がまもなく照らし出すファブールは、敗残国という姿 をさらけ出した場所になっていた。 完敗だった。完膚なきまでに叩きのめされて、ゴルベーザには手も足も出ず、 クリスタルは奪われた。そして・・・。 『赤い翼』は、その翼にさらなる血を吸い、悲劇の物語がまた一つ増えただ けだった。 朝日の輝きに目を細めたセシルは、無念の思いを全身で表現していた。握り 締めたその拳は、今日もまた血を滲ませる。かみしめた奥歯からはまたしても 歯軋りの音がする。眉間に深く刻まれた縦皺が消えることはない。 「ローザ・・・。」 3―デスブリンガー 「あいわかった。さっそく船を手配させよう。」 バロンの襲撃に負傷した王は、寝室に臥せっていた。バロンへの潜入作戦に 際し、船の調達を王に依頼した返事だった。 「ヤン、お主もついていくのだ。セシル殿を助け、クリスタルを取り戻してく れ。 」 「御意。 」 ヤンの返事は相変わらず頼りがいに満ちていた。この返事は、万人を安心さ せる。 「ありがとうございます、ファブール王。必ずクリスタルを取り戻してみせま す。 」 セシルの礼に、王はうなずくとベッドから身を起こした。 「王、御無理をなさらずに・・・。 」 「いや、よい。セシル殿、これを受け取ってほしい。」 近くに侍る兵を呼ぶと、兵は一本の剣を持ってきた。仰々しくファブール国 旗に包まれたその剣を受け取った王は、その包みを解くとセシルに差し出した。 その剣は、血の色の宝玉をその柄に埋め込み、その刀身すべてが人の心の負 の力を体現したような暗黒に染まっていた。その姿は、邪悪な地獄の魔神の姿 を思わせた。 「暗黒剣、”デスブリンガー”・・・。かつて、暗黒剣を極めたある暗黒騎士 は、この地にその暗黒剣を置いた。求道者の象徴として、ファブールに奉られ ていたものだ。役に立つだろう、持っていってくれ・・・。 」 デスブリンガーを受け取ったセシルには、その暗黒騎士の気持ちがわかる気 がした。 -66- 第一三章 リヴァイアサン -67- 4―港の喧騒 ファブールの港は賑やかだった。その国の文化がいかようなものであれ、港 に行けば様々な国の文化が混ざり合った異国情緒たっぷりの光景が目にできる。 その国独特の華やかな衣装、交わされる多くの言語、飛び交うカモメとその 鳴き声、漁から帰ってくる漁船、威勢のよい市場のざわめき。国にいかなる災 いあっても、港にはエネルギーがあふれていた。 ファブール城の北には大きな湾があり、流氷の浸入もわずか、波も穏やかな ため良港として名を馳せていた。湾に入ってくる魚が多く獲れるため、産業の 少ないファブールにおいて重要な産業ともなっている。 今、その港に巨大なガレオン船が停泊していた。王御用達の船にのみ許され たファブール国旗を掲げるその船は、多くの海の男たちの活気に満ちていた。 男たちの喧騒がこだまする桟橋のそばに、セシルたちの姿があった。 「奥さんも無事で、何よりだったね。」 リディアが、見送りに来たヤンの妻に言った。 「あたりまえさね。バロン兵が家の中にまで押し入ってきたけど、フライパン でぶっ叩いてやったよ。これでもアンタの女房だからね。」 力強くヤンの背中を張り飛ばす妻に、ヤンはむせ返った。 「では、くれぐれも留守を頼む。」 「まかせときな!」 そこに、船長からの出航の声が聞こえた。 「な~に、おれたちにまかせておいてくだされば、バロンなんかあっという間 に着いちまわぁ!まさに大船に乗ったつもりで乗っていてくだせえ!」 砂漠の民といい、海の男といい、プロとは頼りになるものだ。 歴史の風と郷愁の 郷愁の涙 5―歴史の 錨を揚げた船は、その巨体に似合わない意外なスピードで滑り出した。男た ちの喧騒飛び交う甲板の舳先に立っていたセシルは、ファブールの寒風に身を 委ねていた。 多くの求道者たちがこの風にさらされて、道を極めていった歴史を感じたい と思った。 かつての暗黒騎士がこの地に”デスブリンガー”を置いたその心を、この風 に感じたいと思った。 セシルはその暗黒剣の力をもってして、実は何も守れていない。ミストの村 も、ダムシアンも、ファブールも、親友カインも、そしてローザも・・・。自 分が進むべき道はこのままでいいのか。このままで取り戻せるものがあるのか。 そして、それをまた守れるのか・・・。 夕日が海を赤く染める頃には、ファブールの大湾の入口にさしかかっていた。 これから南に下って、バロンの東に広がる大海へと船は進路をとる。 竪琴の穏やかな旋律が象徴するように、海は静かだった。甲板に流れるギル バートの歌に、船長をはじめとしたその場にいた船員たちは耳を傾けていた。 それは郷愁の旋律だった。 屈強な男たちの目から、とめどなく涙があふれるのをリディアは不思議なも のを見るように眺めていた。 「大人の男の人でも、泣くんだね・・・。 」 傍らで、同じようにその音色に浸っていたセシルは、リディアのつぶやきを 聞いた。 「おかしいかい?」 リディアは首を振った。そういう彼女も、その瞳に涙をたたえていた。 「ううん。きれいだな、と思って・・・。 」 間もなく、ギルバートの歌はその物語の終焉を迎えた。竪琴の音色が消えて も、その余韻が甲板にいつまでも響いていた。 6―謎の嵐 だが、ギルバートの歌の終焉と同時に、バロンまで続く大海の遥かなる水平 線が見渡せた紺碧の大空は、薄暗い雲に覆われ始めていた。さしたる時を待た ず、辺りは暗闇が支配する世界となった。 「こりゃー、時化るかもしれねーなー・・・。」 あふれる涙を拭おうともしない船長は、そうつぶやいた。 渦を巻くようにして天空の一点に集中する厚い雲の様子は、素人目にも海が 荒れる前兆であることが知れた。 ・・・それだけだろうか? 時をおかずして、波が高くなり船は激しくうねりだした。甲板に立つのがや っととなり、船員たちは慌しく駆け巡る。セシルたちは、自分たちがその作業 の邪魔になるとは感じながら、何か、いやな予感がそれぞれの体を駆け巡って おり、その場を離れることができなかった。 「おかしい、こんな嵐ははじめてだ・・・。」 何かに引きずられているような、異様な力が船の動きを奪っているような感 覚があった。そして何か、巨大な気配があたりを覆い尽くしていた。 「船長!前方に巨大な渦巻きが発生しています!」 船長が見せた驚愕の表情は本物だった。いくら嵐でも、こんなところに渦巻 きが発生するわけがない。彼の長年の海の男としての勘はそう告げていた。 だが、その大渦に飲まれすぐに船の舵がきかなくなると、船上の一同は、と んでもないものを見ることになった。 -68- 「だが、暗黒騎士の力には限界がある・・・。心してまいれ。 」 王の心づくしが、セシルにはありがたかった。 「重ね重ね、ありがとうございます。必ずや、御期待に応えてみせます。 」 王は満足そうにうなずくと、疲れたのかベッドに横になった。 8―無力 「や、やつは一体・・・?」 倒れるマストからリディアを救出したセシルが振り返って見上げたものは、 邪悪さとは縁遠い、あまりに神々しい白の輝きに彩られたリヴァイアサンの姿 だった。 その巨体を大きくうねらせて、船を、セシルを見下ろすその目は、なぜか大 いなる慈悲に満ちていた。深い深い青の眼にセシルの、そしてリディアの姿を うつしこむ白蛇に、二人は不思議と恐怖を感じなかった。 なぜ、リヴァイアサンはこの船を襲う・・・? 「うわああああッ!」 最初の犠牲者は、ギルバートだった。大きく縦揺れする甲板に弾かれて、そ の姿は嵐に高くうねる波の向こうに、アンナ、という叫びとともに、あっとい う間に消えた。 「ギルバート殿!」 ヤンは一言叫ぶと、 ギルバートが消えた方向に目を凝らした。 そしてなんと、 すかさずその海へと飛び込んでしまった。ヤンの姿もまた、すぐに見えなくな ってしまった。 「ヤン!ギルバート!」 本当に一瞬で二人は甲板から消えた。そちらに気を奪われたセシルにも、悲 劇は訪れた。 リヴァイアサンの尾の一撃が甲板に叩きつけられると、爆音と ともに船はそこから真っ二つに割れた。すさまじい衝撃を喰らったセシルは一 瞬どうなったのかわからなかった。 そして我に返った時には、その手の中に抱いていたリディアの姿はなかった。 セシルの脳裏に巡ったもの。燃えるミストの村、タイタンの一撃を喰らうカ イン、廃墟と化したダムシアン、夕日ととともに逝ったアンナ、バロンに蹂躙 されたファブール、そして目の前で連れ去られたローザ。 今、彼の手の中からもう一つ、”守らせてくれ”と言った少女が、その手か ら離れていった。なぜだ!僕はそんなに無力なのか!暗黒騎士なんて口だけ だ!何の役にも立ってないじゃないか!また僕は大切なものを・・・。 ちっぽけな一人の男の意思などには構わずに、その渦巻きは全てを飲み込ん でいった。リヴァイアサンが、海を震わせる咆哮をあげて渦巻きとともに大海 に消えた。 途端に穏やかになったその海面に浮かぶものは、完膚なきまでに破壊された ファブール船の姿とその国旗、そしてそれらを照らすのんきな太陽の光だけだ った。 -70- -69- 7―海の守護神 この世界の海には、守護神がいるとされている。 この青き星の多くの面積を占める海を人間の手から護るその姿は、聖なる白 の輝きに身を包んだ巨大な蛇、と伝説は語る。それは海の男たちに、目に見え ぬ力となっていつの世も彼らを脅かしていた。現実にその姿を見た者はいない と言われている。 だが、海の男たちの経験ではありえない数々の嵐などの自然現象で沈んだ船 は、数知れず。生き残った船員たちは口を揃えて言う。 海原の主の名を。 今、彼らの目の前に現れたものは、その大いなる大海の支配者だった。考え られないほどの急勾配になったすり鉢状の巨大な渦巻きの中心から、一本の白 い柱がうねりをあげて天空の厚い雲にまで伸びていた。 その柱は、すぐに激しい轟音とともに海へと倒れこむと、かわりにその渦巻 きから現れた姿は、”聖なる白の輝きに身を包んだ巨大な蛇”・・・。 「あ、あれが・・・。 」 がっちりとした体躯に白い髭が目立つその船員はその恐れを隠そうともせず に言った。 「伝説の海の主・・・。」 まだ若いその船員は、その姿を見てファブールを出る前の港での噂を思い出 していた。 「本当に実在したのか・・・。」 ベテランの船長でさえ、動揺を隠し切れない。 セシルもまた、 港での噂を聞いていた。 『バロンの海には守護神が現れる・ ・ ・。 』 「伝説の白蛇、 『リヴァイアサン』!!」 「引きずられているぞッ!」 船は瞬く間に、その巨大な渦巻きの中に放り込まれていた。激しいスピード の中で、船員たちの混乱は極に達していた。 「馬鹿野郎ッ!うろたえるんじゃねえ!お客人が不安になるだろうが!ファブ ールの海の男が、これしきのこと切り抜けられないようでどうするッ!」 船長の、この嵐にも負けない一喝が船内に響き渡った。腹の底に響く一喝を 受けた船員たちは一瞬我に返って静まり返った。しかし、耳をつんざく大音響 とともに、メインマストが倒れこむのを見たとき、再び混乱の中へと戻ってい った。 -72- 国家ミシディア 1―魔法国家ミシディア 夜もとっぷりと更けた北の海を行く船の一室に、一本のロウソクの明かりが 灯った。 その白髭をたくわえた老いた魔導師は、懐かしそうに故郷の話をし始めた。 退屈な船旅だ。たまには年寄りの与太話に身を委ねていたくなったのだ。 ダムシアン援助の要請のつもりが、逆に同じくバロンの襲撃っで疲弊したフ ァブールの手伝いをするはめになったダムシアンの使節団は、それでもダムシ アンほどの被害がなかったファブールから援助物資を受け取って帰途について いた。 相変わらず氷山が行く手を遮る航路の途中に知り合ったこの老人は、魔導師 の総本山”魔法国家ミシディア”の出身だと言う。古くから魔法の研究が盛ん なのは、その辺境の大陸には多くの伝説が語り継がれており、土地そのものに 強い呪術的、魔法的なものが宿っていたからだ。古より、他国の侵略を受けた ことがないことも、その神秘性に一役買っていた。 その神秘性を象徴するような、不思議な光景が街には多く見受けられる。 機能性よりは外見を重視したような、特に天使や悪魔、勇者の姿などの彫刻 を施した建物。ところどころで謎の行動を見せる魔導師たち。聞けば、”10 年間立ったまま”の男や、”ひたすら水浴びをする”女など、その行動理念は 理解不能だ。 あちらこちらにある沐浴の神殿や、教会。とりわけ目立つのは、街の中央に 聳え立つ巨大なピナクル(尖塔)だった。 「そこは、”祈りの塔”と呼ばれておってな。”火のクリスタル”が安置され ているのもそこじゃったな。そのクリスタルに関係するのかどうか知らんが、 ミシディアでも最大の伝説が眠る場所として知られておってな。えーと、確 か、”りゅうのくちよりうまれしもの”・・・。 」 初耳だった。わたしもミシディアに行ったことがあるが、その排他性にうん ざりしてとっとと出てきてしまったのだ。だが、この魔導師は、街の最大の伝 説を語ってくれるという・・・。 「”てんたかく”・・・、うーん、あとは忘れてしまったわい・・・。 」 まあ、期待はしていなかったが・・・。 大きな衝撃が、船体を揺らした。船長たちと氷山の戦いは、まだまだ続いて いるようだ。 「それにしても、ここは寒いのう。暖かいミシディアに帰りたくなってきたの う。」 せいせいと故郷を語ったせいか、突然望郷の念にかられた魔導師は、そそく さと自分の寝床へと向かっていった。さて、わたしもいいかげん眠くなってき た。 実は、私は先程まで激しくうなされていたらしい。”白蛇”とか”渦巻き” とか、寝言を叫んだあげくに目が覚めてしまったそうだ。いつもの夢の続きを 見ていたらしいが・・・。また、その続きを見られればよいのだが。 相変わらず2つの月が、悪戦苦闘を続ける船をのんきに眺めていた。 -71- 第一四章 旅人5 ミンウの真意 2―ミンウの たやすく死に逃げようとしていた考えの浅い男の心を、”祈りの塔”で迎え たミシディアの長老ミンウは、たやすく見抜いた。 「何をしにきたのじゃ、バロンの暗黒騎士よ。ここは、もうお主のくるべきと ころではない。早々に、出て行かれるがよい。」 当然の反応だった。それだけ冷たく言い放ったミンウに対し、今、これしか することはないセシルは、これだけは譲らなかった。 「・・・僕が、この国にしてしまったことに関しては、弁解の余地はありませ ん。どんな罪も甘んじて受けましょう。申し訳ありませんでした・・・。 」 それだけいうと、もはや体がいうことをききはしなかった。大きく態勢を崩 3―光の夢 その晩の夢に、ローザが現れた。 暗黒騎士の自分の後ろで守られていたが、 そこに現れたのは、カインだった。 彼の弾丸の一撃は、セシルを弾き飛ばした。あわてて態勢を立て直したセシル が見たものは、巨大な暗黒の手に捕らわれるローザの姿だった。おそらくゴル ベーザの手の中でもだえ苦しむローザに、彼はなす術がない。彼女の可憐な白 が、ヤツの闇の中で消えた時、セシルは絶叫する。そして振り下ろした剣が発 した光は、かつての暗黒ではなかった・・・。 己の絶叫で目が覚めたセシルは、しばらく動けなかった。 一晩ゆっくり寝れば、たいがいのダメージは回復できる。それが、戦士とい うものだ。さすがにもうしっかりした足取りで礼拝堂に向かうセシルには、昨 晩の夢が気になった。 神秘的な朝日の輝きを淡く細やかに散らせてその美しさを一層映えさせるス テンドグラスの光の中を、セシルは歩き続けた。それは、死刑台にのぞむ死刑 囚の足取りではなかった。 昨日、長老は言った。 「お主の中に、強烈な命の輝きを見たのじゃ。 」 そして、夢の中で彼が放った、黄金の光。 自分には、光が出せるのか。光をもたらせるのか。 そうだ、僕は生きているじゃないか。ローザも連れ去られただけだ。殺す理 -74- という逃げ道 1―死という逃 セシルには、すがるものが欲しかったのかもしれない。 もう、自分を助けてくれる者はいない。自分の力も信じられない。そして、 唯一彼は、今自分ができることを見つけた。とりあえず、それにすがりたかっ た。世の中に、自分の居場所を失うことは、悲しいことだった。 リヴァイアサンに襲われた直後からの記憶がなかったセシルが気がついたの は、見知らぬ浜辺だった。塩水にやられた目が、辛うじてその瞳に映したその 場所は、かつて彼が『赤い翼』を率いてクリスタルを奪いにきた場所、ミシデ ィアだった。周りを見渡しても、だれの姿もない。ヤンを、ギルバートを、そ してリディアを声を出して呼んだが、全く反応はなかった。 「ひとり・・・か。」 だれも守れなかった。僕はもう一人だ。だったら、何故、僕は海で死ねなか ったのだろう。もう、必要じゃないのに。それでも、セシルの弱い心は、なお も生きる理由を探し続けた。生にすがりつくその心は、とりあえず一つ、すべ きことを見つけた。 かろうじて見える目を頼りに、体を引きずるようにして歩くセシルに、ミシ ディアの民たちは罵詈雑言を浴びせかける。 この悪魔め! バロンの犬! 人殺し! 何をしに戻ってきた! ミシディアから出て行け! 石やものまで飛んでくる中を、救いを求める哀れな子羊は、真っ直ぐに”祈 りの塔”へ向かう。せめて、せめて、自分のしてしまったことを謝らなければ。 とりかえしのつかないことをしてしまった自分の行いを・・・。 そうしたら、この国の人に、殺されてもかまわない・・・。 すと、目の前が暗くなっていくのを感じた。 このまま死んでもいいと思った。 なぜか、自分には死は訪れなかった。まぶしい朝日に目が覚めたセシルは、 自分がベッドの上に横たわっているのを知った。ふと周りを見渡すと、すぐ傍 らに長老ミンウが座っているのが見えた。 「・・・本当は、殺してしまおうかと思った。それほどまでに、お主がこの国 にもたらした災いは大きい。 」 セシルに言葉はなかった。なぜ、いっそのこと殺してくれなかったのか。 「だが、お主の中に強烈な命の輝きを見たのじゃ。心まで闇に染まった暗黒騎 士であるならば、決して感じることのない、光あるものの輝きを・・・。それ に、どうやらお主はわけありのようだ。話してみるがよい。」 とりあえず、また一つ、セシルにはすべきことができた。絶望に打ちひしが れる暗黒騎士の独白を、ミンウは黙って聞いた。 それは、長い話だった。 気がつけば、すでに太陽は、その身を赤い夕日へと姿を変えていた。 「今日はこのままもう休め。明日、朝一番に礼拝堂までくるがよい。 」 それだけ言うと、ミンウは席を立って姿を消した。セシルは、明日こそ死ね る、と思った。 -73- 第一五章 ミシディアの試練 竜の口より 生まれし者 天高く 舞い上がり 闇と光を 掲げ 眠りの地に さらなる約束を もたらさん 月は 果てしなき光に包まれ 母なる大地に 大いなる恵みと 慈悲を 与えん 「もし、お主がその忌まわしい暗黒の力を捨て、新しき力を手にしたいと欲す るならば、ミシディアのはるか東、”試練の山”を登るがよい。山がお主を認 めたのならば、お主は新しい力を手にするだろう。」 雲をつかむような話だとは思ったが、己の前に急に広がった道を進むことに 迷いはなかった。もう、臆病者でいるのはごめんだ。 「やります。ぜひ、やらせてください。」 双子の魔導師 5―双子の セシルの言葉に、ミンウはうなずいた。 「よろしい。だが、試練の山を一人で登るのは、さすがに辛いじゃろう。供を 二人つけよう。出てまいれ、パロム、ポロム!」 供がつくとは思わなかった。だが、右も左もわからない辺境の大陸で、土地 勘を持つ者についてもらうのは心強い。だが、背後で開いた扉から現れた二人 に振り返ったセシルは、思わず目を大きく見開いた。 -75- 伝説が照らす道 4―伝説が 「まちがいない・・・。お主からは、命の輝きを目映いほどに感じる・・・。 」 刺すような憎しみを放っていたその瞳に今は驚嘆を浮かべ、礼拝堂でセシル を浮かべた長老ミンウは言った。 「事情はすべて理解した。ゴルベーザなる男こそ、諸悪の根源。今、お主を罰 しても、事の解決にはならん。それより、私はお主の中の光に賭けてみたい。 それは、暗黒騎士たるお主にふさわしくないものだ。」 もし、殺されそうな展開になったら、長老を人質にしてでも逃げるつもりだ った。セシルの体からは、強い気力と生気が立ち上っていた。それを感じたミ ンウは言葉を続けた。 「ミシディアには、こんな伝説がある。」 「セシル様ですね。お話はうかがいましたわ。私が、貴方様のお供として試練 の山まで案内させていただく、ポロムと申します。以後、お見知りおきを。 」 なんと、二人は子どもだった。リディアと同じくらいの男の子と、女の子。 「ほら、パロム!あなたもきちんとあいさつなさい!」 パロムと呼ばれた少年は、頬を膨らませて答えた。 「わかってるよ、うっせーなー。ふーん、おめーがあの時のバロンのやつか。 この天才魔導師のパロム様が手助けしてやろうってんだ。ありがたく思うんだ な!」 そう言って胸を張るパロムの頭に、女の子の方ポロムのゲンコツがとんでき た。 「おごり高ぶってはいけない、と長老様がいつもおっしゃってるでしょ!」 「いちいち頭を叩くなよな!」 二人のやりとりに、しばし唖然としたセシルに長老は付け加えた。 「見てのとおりまだ子どもだが、その才能は私が保証する。決して足手まとい にはならんはずじゃ。パロム、ポロム、よろしく頼んだぞ。 」 二人はどうやら双子らしい。お姉さんらしいポロムはしっかりものだった。 「おまかせください、責任を持って成し遂げます。」 弟のパロムは、お調子者だった。 「へっ、いい子ちゃんぶってよ!面倒くさいけど、仕方ねーから、手伝ってや るぜ。 」 「お主たちの修行も兼ねておるのじゃ!」 セシルは、厄介払いを受けたような気が、ちょっとだけした。 もの力 6―子どもの力 街で受ける冷ややかな視線がまだ痛かったが、それは贖罪として甘んじて受 けた。それでも幼い双子の彼に対する態度には救われる。余程、異国の人物や 話が珍しいのか、しきりに様々なことを尋ねてくる。 「バロンは確かに憎き敵なのですが・・・。セシル様の故郷ですよね。どんな ところなのでしょう?」 「なあ、あんちゃん。ローザっていうねえちゃんは、あんちゃんのなんなんだ い?もしかして、彼女か?」 普通の大人だったらうんざりするような質問攻めが、厳しい戦いの連続を駆 け抜けて疲れ果てたセシルの心を癒していく。思えば、リディアにもこうやっ て励ましてもらっていたのだった。子どものポジティブさはうらやましく、そ してありがたい。 街で山登りの支度を整えると、さっそくミシディアを出発した。 ミシディアにもチョコボがいる、ということで近くの森を訪れると、二人は おおはしゃぎでチョコボとじゃれあいだした。 「よくパロムは、魔法の修行を抜け出してはここで遊んでいるんです・・・。 -76- 由もない。必ず生きている。 とすると、助けられるのは、僕だけ・・・。自分の光を信じて、僕はローザ を助ける! 今は、死ねない! なる騎士パラディン 8―聖なる騎士 騎士パラディン なぜか、この山に現れる魔物は、アンデッド、つまり死んだ肉体を蘇らせて 行使する”不死”の魔物ばかりだった。 実は、暗黒剣はこういった”不死”に対してまったくといってよいほど、効 かないのだ。同じ負の力を用いて発生したもの同士だからだ。ファブール王に 託された”デスブリンガー”も、その力を発揮できない。 「それにしても、今日はアンデッドばかりだな。どうしたってんだ?」 「そうね。”試練の山”にアンデッドが出るっていう話は、あまり聞かないけ ど・・・。 」 パロムの黒魔導師としての力には驚かされたが、ポロムの白魔導師としての 力も、驚愕に値するものだった。 白魔導師が行使する、肉体の負傷などを回復する魔法”ケアル”は、アンデ ッドには破邪の力となる。彼らが生の営みとは反対の性質を持つからだ。彼女 が放つその破邪の魔法は、いかなるアンデッドをも近づけさせない。セシルが することは、まったくなかった。 「”試練の山”だってのに・・・。僕がすることは、何もなくていいのかな・・・?」 少し不安になったセシルはつぶやいてみた。 「”試練の山”での試練とは、その道中にあるわけではないんですよ。 」 ポロムの言葉に、パロムが付け加えた。 「なんでも、頂上にこそ最もツラい試練があるとか言うぜ。だからあんちゃん は安心してオレたちの後ろにいてくれよ。じじいに言われた以上、あんちゃん を頂上まで連れて行くのがオレたちの役目だからな。 」 そういえば、 「新しい力が手に入る」と言われていたが、具体的なことは聞い ていない。新しい力とは一体・・・? 「”試練の山”の試練に打ち克った者、その者はその内なる光を解き放って、 神々しいまでの聖なる騎士『パラディン』になることができる、と伝説は伝え ています。 」 「 『パラディン』 ・・・。 」 セシルには、ピンとこなかった。 一方その頃 9―一方そ 「 『パラディン』 ・・・。 」 -78- 試練の山 7―試練の ”試練の山”。見てくれは何の変哲もない、なかなか見事な景観を誇る巨大 な岩山である。登山のプロから見たら、名前ほどの苦労はすることなく山頂を 極めるのは簡単なことだろう。 では、この山を”試練の山”たらしめているのは何かというと、あまりにも 過酷な自然環境だった。 山であることを考えても、あまりに急激かつ強烈な天候の変更。氷嵐荒れ狂 い、雷が舞い踊る。幾多の強力な魔物の脅威。自然、というにはあまりに理不 尽でいて不自然な現象が、次々と旅人を襲う。 今、彼らの目の前に起こる現象もまた、そんな試練のひとつなのだろう。天 をも焦がす勢いで燃え盛る炎の壁が、その行く手を塞いでいる。もはや、自然 現象でもなんでもない。 「ここは、いや、このミシディアっていうところそのものが、すでに魔力の大 陸なんだ。だから、この地ではこの程度のことは珍しくないんだぜ。 」 パロムが、普段の傲岸不遜な態度からは想像できない知性を披露した。言い ながら腕まくりをしつつ前に出るパロムにポロムは声をかけた。 「余計なことは言わなくていいから、早く火を消しなさいよ。 」 パロムは口を尖らせて言った。 「わかってるよっ。うるせーなー。 」 すぐに巨大な火の塊に振り返ったパロムの瞳に突如、緑色が輝きだした。そ の小さな体からは想像もできない膨大な量の魔力がセシルの体を圧した。見る 間に炎の壁を覆い尽くすようなその魔力は、急激な温度低下を引き起こした。 「いくぜ!大冷却魔法”ブリザラ”!!」 たちまち巻き起こった氷嵐の宴は、わずかに炎の壁とせめぎあったかと思う とすぐにそのすべてを飲み込んだ。あとには何事もなかったように山道が広が っているだけだった。 「ざっとこんなもんよ。」 さすがのセシルが、その威力に驚いた。あのリディアのブリザラを上回るか のようなプレッシャーを感じた。長老がその才能を認めるだけのことはあった。。 「では、先にまいりましょう。 」 このパーティーの主導権は、この双子にあった。 -77- でも、私も遊びの時間のときにはよくここでチョコボと遊ぶんですよ。 」 「ほら、あんちゃん!速そうだろ、こいつ!あんちゃんのと勝負させてみよう ぜ!!」 なぜ、死のうと思い詰めていたのか。この二人には、死の影を微塵も感じさ せない若々しいエネルギーが宿っていた。セシルは、この強い心の光が欲しか った。 チョコボの背に揺られ、セシルは試練の山でのいかなる試練にも耐えようと する決意を固めた。この力を手に入れられるのならば。暗黒の力を捨てられる のならば。ローザを助けられるのならば! 街の外の世界や、セシルとのふれあいの中ではしゃぎまくる二人を連れた一 行は、 チョコボの足の速さも手伝って意外に早く試練の山の麓まで辿り着いた。 二人の表情も、さすがに少し緊張してきたようだ。だが、セシルに迷いなど あるはずもない。3人は試練の山へと足を踏み入れた。 10―土のスカルミリョ スカルミリョーネ 10― その部屋にはゴルベーザとカインの他に、四角い画面に映る”試練の山”を 食い入るように見つめる4つの影と8つの目があった。その影の一つが、ゴル ベーザの前へと歩を進め、恭しく頭をたれた。 「セシルを葬る役目、この”土のスカルミリョーネ”におまかせあれ。 」 闇の色に近い深い紫のフードに、その姿をすっぽりと覆われて、外見はよく わからない。だが、そのしわがれた声だけでスカルミリョーネと名乗ったこの 男が、邪悪が形をとった者であろうことは容易に想像できた。 「フン、”試練の山”にアンデッドは現れん。貴様の仕業なのだろう。 」 ゴルベーザの言葉に、スカルミリョーネは低く笑った。 「暗黒剣は、アンデッドを前にその切れ味が鈍ります。私の可愛い子どもたち ならば、ヤツを仕留めるのもたやすい。」 カインは、その顔に浮かぶ不快感を隠そうともしなかった。このような策略 めいたことでセシルを屠ろうとするスカルミリョーネを彼は嫌っていた。 11―忘却の賢者 11― あまりに美しく壮観な下界を見下ろせるその場所は、この山の環境がもう少 しよかったら観光名所として名を馳せたに違いない。 その自然の大きさを実感できる”試練の山”5合目付近の開けた広場での景 色の中で、立ち尽くす男がいた。白髪に、やはり白く長い顎鬚をなびかせるそ の老人は、人間の小ささと己の無力を痛感していた。 その小さな銀縁メガネの底に光る瞳は、この5合目に至る狭い間道を登って くる一行をとらえた。このような辺境の山を登る酔狂な者もおるのだな、と感 心した。 が、その3人組のうち2人が子どもなのを見てさらに驚いた。そして、もう 一人の青年。どこかで見覚えがあった。あれはどこかで、確か、ダムシアンの 地下水路だったか・・・? 「テラ!テラじゃないか!」 自分の記憶を辿るのに精一杯だったテラは、突如声をかけられてあわてて振 り向いた。 「おお、お主か、思い出したぞ!久しぶりじゃのう。 」 バロンによるダムシアン襲撃の中で、大切な一人娘を亡くし、仇をとると言 い残してダムシアンを去っていった老人、”賢者”テラだった。 「ミシディアの伝説の魔導師、テラ様!お初にお目にかかりますわ。私はミシ ディアで修行中の白魔導師、ポロムと申します。 」 「へえ!じいちゃんが、あのテラか!」 -80- 「よかろう、”土のスカルミリョーネ”。見事セシルの首を取って参れ。 」 その顔を窺い知ることのできない深いフードの暗闇に、やはり紫がかった赤 い亀裂が生まれたのを、カインは背中を走る悪寒とともに見た。笑っている。 「ありがたき幸せ。このスカルミリョーネ、必ずや御期待に応えて御覧に入れ ましょう。 」 足音一つさせず、スカルミリョーネは部屋を出た。その後姿をカインは侮蔑 の視線で見送った。 「フフッ、カインよ。そう嫌な顔をするな。あやつに任せておけばよい。 『四天 王』の一人、”土のスカルミリョーネ”にな。それにお前にはセシルは仕留め られん。 」 「そのようなことはございません!今度こそ必ずや・・・。 」 「ファブールでの失態を忘れたのか?お前はその女に気を取られ、ヤツに止め をさせなかったではないか。 」 カインは、”その女”に視線を向けると、苦い顔をした。そこには、透明な 円筒状の厚いガラスに閉じ込められたローザの姿があった。その時、意識がな いはずのローザの可憐な赤い唇が動いたのを見た。それはこう告げていた。 「セシル・・・。」 -79- セシルと同じ言葉を口にした黒い甲冑の男に、カインは問い返した。 「セシルのやつめがパラディンになる、というのはどのような意味となるので しょう。 」 カインは、ファブールにおいてセシルを完膚なきまでに地に這わせた。今更 クラスチェンジなどでその差が埋まるとは考えられない。 「・・・奴には本来、暗黒騎士としての素質はなかったのだ。 」 黒い甲冑ゴルベーザの言葉に、カインは眉をひそめた。あれほどの強力な暗 黒剣を使いこなす男に、暗黒騎士の素質がないとは。 「天性の騎士としての才能のみで極めた力だ。奴の心は、本来光に属する強い 力が宿っている。パラディンとなれば、水を得た魚。そうなっては後々やっか い。」 ゴルベーザがマントを翻した。その甲冑が溶け込みそうなほとだった暗闇は 突如まばゆい明かりの中にさらされた。 異様な光景だった。かなりの広さの部屋だった。無機質な銀色の壁に、その ところどころから細かい金属の集合体が見える。人の耳には聞こえないほどの 低いうなりをあげて明かりを降り注がせる天井。数多くのボタンを備える機械 からは様々な色が光を放つ。 ゴルベーザの背後には、四角い壁があった。いや、その四角に今、一つの光 景が映し出されていた。さすらいの画家が精魂込めて描いたかのようなこの写 実的な絵は、実は今現在の場所の光景を映し出しているにすぎない。そこは、 今セシルたちが登る山、”試練の山”だった。 飛空艇などの技術もまた、この世界においてはオーバーテクノロジーと言え る代物だが、彼らが座するこの場所は、それに輪をかけた超高度科学技術の結 晶だった。 13―死霊の歓迎 13― 暗雲垂れ込める空模様が、この山がもたらした自然現象ではないことは容易 に想像がついた。この山頂に立ち込める邪な気の充満は、何者かが彼らの行く 手を阻もうとしているのだ。 「くくっ、セシル。貴様をパラディンに目覚めさせるわけにはいかん。貴様は ここで死ぬのだ。そして、わたしの可愛いアンデッドの一人になるがよい。 」 山頂には、意外にたやすくたどり着いた。さすがに切り立った岩山と、強風 吹き荒れるその山頂の光景は、何かを護っているかのような異様な雰囲気に包 まれていた。 その中に一際異彩を放つ建造物が聳え立つのを見た一行は、そこが目的地で あることを知った。誰が架けたか、その建造物が立つ岩山への橋を渡ろうとし た一行の前に現れたのは、大量のアンデッドの群れだった。 -81- 12―”メテオ” テオ”の存在 12― 「そういえば、他の連中はどうしたのじゃ?リディアは?あの腰抜けのギルバ ートは?」 セシルは少し暗い顔をして、事の顛末をあらかた話した。 「そうか・・・。やはり、憎むべきはゴルベーザ!」 「テラは、この山に一体どのような目的で?」 再びその表情に憂いをたたえると、テラは言った。 「ゴルベーザのヤツめを屠るためには、手持ちの魔法だけではなんともならん。 そこで、この山に眠ると言われる伝説の大魔法”メテオ”を求めてきたんじゃ が・・・。ワシは無力じゃ。すっかり衰えてしもうた・・・。 」 思いの外強力なアンデッドに阻まれて、足止めを食っていたという。 「それでは、テラ様も頂上まで御一緒しましょう。私たちとしましても、テラ 様が御力添えしてくだされば心強いですわ。」 「・・・うむ、そうさせてもらおうかの。 」 セシルも当然賛成だった。だが、彼には一つ気になっていたことがあった。 先ほどからテラは、セシルの名を呼ばない。 「・・・テラ、僕の名前、覚えているんだろうね?」 しばらくの沈黙の後、テラは気まずそうに言った。 「・・・実は、そこだけ思い出せん。なんだったかの?」 パロムは不安そうに言った。 「大丈夫かよ、このじいさん・・・。」 14―双子の 双子の実力 14― 再び襲い掛かるそのアンデッドが宙に飛んだ時、すさまじい業火がセシルの 目の前を焼いていった。その後には、アンデッドの灰だけが舞い散った。 「大丈夫か、あんちゃん!」 パロムの魔法の冴えは、いよいよ鋭かった。アンデッドが嫌う炎の渦が、パ ロムの体に纏われた。天まで突くかのような炎の柱は、パロムの驚異的なまで の潜在能力を示すものだった。 「みんな焼けっちめー!大火炎魔法”ファイラ”!!」 アンデッドの群れの真ん中へと倒れこんだ炎の柱は、ことごとくアンデッド の群れを焼き尽くした。一瞬で取り巻きを失ったスカルミリョーネが思わずひ るむ。が、その身が激しく痙攣を始めた。 「なっ、なに・・・!?」 フードの下の窺い知れない邪悪な顔は、おそらく聖なる輝きを放つポロムの 姿を捉えているだろう。 「消えなさいッ!大治癒魔法”ケアルラ”!!」 本来なら、肉体の治癒をもたらす輝きは、スカルミリョーネの体の崩壊を促 した。 「ぬうぅ、貴様らッ!この、このスカルミリョーネを、よくも・・・!」 スカルミリョーネを包むオレンジの光が消える頃には、その足元に紫のフー ドが残されているだけだった。 「なんだ、こいつ。 『四天王』とか言ってたくせに、弱っちいやつだな。」 「ほんとね。ここまであっけないとはね。 」 セシルとテラの表情の方が、よほど呆気にとられていたのだが。 「・・・することが、なかった・・・。」 15―死せる者 せる者の執念 15― 目的地に架かる橋を渡り始めたセシルは、その建物になぜか懐かしさを感じ た。 近くまできて分かったが、明らかにこの世界のどこにも見受けられない文化 と技術で作られているもののようだ。いや、これが人のための建物かどうかも -82- 「ゴルベーザの手のものか!」 橋の手前で、闇が歪んで一つの形をとった。闇に近い深い紫のフードの男。 「ゴルベーザ様『四天王』が一人、”土のスカルミリョーネ”。まずは、わた しのアンデッドで歓迎してさしあげよう・・・。 」 その言葉を合図に、一斉に飛び掛ってきたアンデッドたちに、セシルたちは 身構えた。アンデッドの振り下ろす爪を受けたセシルの剣は反撃の一閃をひら めかせるが、アンデッドの体にはまったく食い込まない。 「くっ、やはり暗黒剣ではだめか!」 丁寧に挨拶したポロムに対し、パロムは相変わらずだった。すかさずポロム のゲンコツを受けることになったパロムは、いつものように文句をつけた。 その様子を見たテラの顔は、以前リディアに見せたように、穏やかなものだ った。 16―死象 16― 先ほどとは比べ物にならない、すさまじい巨象を思わせる体躯を、稲光が照 らし出した。象の牙が生える場所に相当するところからは、それ以上の凶悪な 角が2本生えていた。その間から、醜悪かつ邪悪な顔が、その口元に赤い亀裂 を作っていた。寒気のする笑い顔だ。 デスブリンガーを抜いて飛び掛かったセシルだが、その体にはやはりその暗 黒剣は効かない。その角に吹き飛ばされる結果となった。 「ふしゅるるるるるるる・・・。無力、無力よなああああああぁぁぁ・・・。 そんな剣、まったく効かんぞ・・・。」 身軽に着地したセシルは、後方に飛びながらデスブリンガーをスカルミリョ ーネに向けた。暗黒の光の束がスカルミリョーネに襲い掛かるが、暗黒の雲に 溶け消える運命だった。 「何度やれば気が済むのだ・・・。お前の試練は、ここで終わる。お前の死で な!!」 だが、セシルの表情に笑みが宿ったのはその時だ。セシルに気を取られたス 17―ふたりがけ ふたりがけ 17― 「悪あがきを。くらえ、ファイラ!」 2本の角が豪熱の赤に染まると、すさまじい炎の光線が2人に襲い掛かった。 まともに喰らってしまったセシルとテラだったが、テラは苦しげな顔で叫んだ。 「確かに、セシル一人ではここで貴様に殺されて、この試練を乗り越えられな かっただろう。だがな、セシルの心に溢れる光は、こんなにも頼りがいのある ものたちを魅きつけたのじゃ。セシルはこの試練を超える運命なのじゃよ。 」 セシルがテラを抱えたまま、その場を離れた。すかさず追おうとしたスカル ミリョーネのまわりには、その身を凍りつかせるほどの強力な魔力のフィール ドが自身を覆っていることに気づいた。 「この力は・・・?」 振り返ったスカルミリョーネが見たのは、幼い2人がその姿を何倍も大きく 見せる魔力を放っているところだった。 「オレたち姉弟の力を、ナメちゃいけねーぜ!!」 「これが、私たちの、とっておきですわ!!」 2人の瞳が、赤い光を放った。 同時に髪を逆立てる魔力の噴出が巻き起こる。 スカルミリョーネを包むフィールドが、徐々に赤みを帯びてきた。 「合体魔法”プチフレア”!!」 2人が叫ぶと同時に、スカルミリョーネの空間が一気に紅に染まった。その 瞬間猛烈な爆発がスカルミリョーネを巻き込んだ。激しい爆風があたりの岩石 を崖下へ吹き飛ばす。立て続けに響き渡る大爆音が、スカルミリョーネの体を 破壊していく。 ”フレア”という魔法は本来、全ての物質を蒸発させる熱量を発生させる超 威力の魔法として、半ば伝説化されている。たとえ、”プチ”でも、その威力 は凄まじい。 「がああッ!ぐおおおおおあああああ!!ぐぎゃあああああああああああ -84- カルミリョーネが、次の瞬間、苦痛の咆哮をあげた。その体の表面では、溶け るようにして皮膚の崩壊が始まっていた。 「ぐうっ、貴様のような小汚い輩には、この魔法はよう効くじゃろうて・・・。」 猛毒に苦しむテラが、それでも唱えた魔法は”バイオ”。生物の表面に生息 する細菌などを活性化、巨大化させ、肉体にダメージを与える恐怖の魔法であ る。 「・・・じじい!おのれ、こざかしい!!」 その巨大な角を振り上げたスカルミリョーネは、さらにその身を業火に焼か れることになった。セシルの投げたアイテムは”ボムの右腕”。”かけら”以 上の炎を巻き起こす強力なアイテムだ。 その隙に、テラを助け出したセシルを、スカルミリョーネはそのギラつく目 で追った。 -83- あやしい。 なぜなら、入口と思われるものがないからだ。並の一軒家ほどの大きさしか ない建物のどこにも入口どころか窓一つない。磨き上げた金属の輝きが、セシ ルたちの姿を映しこんでいた。こののっぺりとした何の変哲もない謎の建築物。 これが、この山を”試練の山”たらしめているとしたら、これ以上に不思議な ものはない。 「こ・・・、これは一体・・・?」 4人はその建物の異様さに心奪われ、建物に映る暗雲の邪悪さが増している ことに気づいていなかったようだ。雷すら飛び交うその強い光が、一瞬4人の 視界を奪った。再び、その目が建物の鏡のような表面をとらえた。そこに、暗 黒にまぎれた巨大で邪悪なものの姿をも新たに映していることに気づいた。 「危な・・・!」 セシルの言葉は、巨大な2本の角の大気を薙ぎ払う音にかき消された。悲鳴 すらあげられず、後方にいたパロムとポロムがその角に弾き飛ばされると、激 しく地面に引きずられて動かなくなってしまった。 「貴様!生きて・・・。」 テラの言葉もまた、そこで遮られた。何か、緑色の液体が飛んできたかと思 うと、テラの体に降りかかった。途端にテラは激しく身もだえだした。どうや ら、猛毒の塊のようだ。 「ふしゅるるるるるるる・・・・・。ヨクモ・・・、よくも、このスカルミリ ョーネを殺してくれた・・・。はあああああ・・・・。だが、私の体は、この 程度では、滅びはしない・・・。死してなお恐ろしい、このスカルミリョーネ の恐怖を、思い知れ!!」 あ!!!」 断末魔の悲鳴は、なおも続く爆音にかき消された。空間内に続く驚異的威力 の爆発は、最後に大きい爆発でスカルミリョーネの巨大を宙に舞い上がらせて 終わった。己の肉体を焼いた煙が尾を引いて、スカルミリョーネは底が見えな い崖の下へと落ちていった。 間もなく、あたりを暗闇に覆っていた雲は晴れ、その金属の建物の表面は、 鮮やかな青空に染まった。 1―鏡に映る僕 やはり、スカルミリョーネとの一戦も試練の一つであったに違いない。改め て建物のまわりを調べたところ、入口がポッカリと開いていた。 不思議な空間だった。外見からは、部屋一つ分のスペースしかないものと思 っていた。内部は、暗闇に支配された広大な空間だった。4人が内部に入ると 同時に、入口は閉まっている。前に進むしかなかった。 「なんだぁ、ここは。真っ暗で何も見えねーぜ。 」 「いいから黙って歩きなさいって。 」 パロムの文句を、ポロムがたしなめる。いつもの2人の姿だが、どこか緊張 しているのがわかる。 だが、セシルの心に不安は無かった。この身を包む奇妙な安心感はなんなの だろう。暗闇を歩く自分に、微塵の恐怖も感じない。 不意に、強い光が4人の目を焼いた。彼らの目の前から、光の帯が左右へと 猛スピードで広がっていく。まぶたを閉じてもなお瞳に光が突き抜ける。 ようやく慣れてきた目を開けてみると、想像を超えた光景が広がっていた。 右も左も端が見えない広大な空間だった。そして目の前に同じく左右に限り なく続くものは、目にしみるほどの光を放つガラス・・・、いや、クリスタル の壁だった。 規則正しく凹凸が続くため、あちこちに4人の姿が映っていた。驚きの声を あげるテラたちに対し、セシルは正面に映る自分の姿を見つめていた。 暗黒騎士の僕。負の力を行使し、 『赤い翼』を率いて、結果的に多くの人々を 傷つけてきた。その『赤い翼』とゴルベーザを敵にした時、自分の無力を知っ た。この上、暗黒剣を失うことが本当に正しいのか? 2―光の剣 「セシル・・・。わが息子よ・・・。 」 4人は、突然男の声を聞いた。いや、それは頭に直接響いた、と言ったほう が正しい。 「よくきてくれた・・・。私の名前は、クルーヤ。私はこの日がくるのを長い 間待っていた。本当に長い間、待っていた。」 セシルは沈黙を守った。その声にもまた、いいようのない懐かしさを感じた からだ。 「お前の願いはわかっている。その悪しき暗黒騎士の姿を捨て、内なる光の姿 を解き放つがよい。」 その言葉と同時に、セシルの正面のクリスタルが小さな波を立てて揺れ出し た。そこに現れた白いシルエットは、壁から完全に現れるとその光を弱めてい -86- -85- 第一六章 パラディンとメテオ 「大丈夫。見ててくれ・・・!」 4―光と闇の交錯 セシルを睨むセシルの頬を黒い線が切り裂く。赤い血が滴り落ちる。 だが、セシルはその光の剣を構えようとはしない。なおも飛びかかるセシル の闇の閃光を、セシルはたじろぎもせず肩に受ける。食い込んだ剣から、鮮血 が吹き上がってもセシルの表情に動揺は無い。 「セ、セシル様!?」 一向に反撃の気配を見せないセシルに、ポロムの方が動揺した。 「あんちゃん!反撃しないと、やられちゃうぜ!?」 地団駄するパロムもまた、今にも飛び掛りそうな勢いだ。 セシルの猛攻は続く。身を縮めて接近すると、黒い残像を扇状に残した摺り 上げの一撃が、セシルの胸を大きく抉る。痛々しい巨大な傷からまた、激しく 鮮血が飛ぶ。 さすがに青くなってきたセシルの顔には、 なおも不安の色が無い。 業を煮やしたセシルは大きく後方に飛びのくと、闇の水を滴らせるその剣を セシルに向けた。剣から放たれる邪悪な暗黒の蛇がセシルを襲う。それはかつ て見たことの無い強力な暗黒剣だった。 このとき初めてセシルはその光の剣を己が眼前にかざした。清流の輝きを思 わせる刃の奥で白光を放つセシルの目を見たとき、セシルの暗黒の表情が揺ら いだ。 剣の目の前で2つに切り裂かれた暗黒の光は、セシルに届かなかった。 気がつけば、セシルの深い傷の跡は消えていた。 焦燥の目でセシルに突っ込んでくるセシルは、大きく剣を振りかぶった。 白と黒が交錯したのを3人は見た。一瞬時が止まったようだった。 白のセシルが手首を返して剣を振り切ったとき、黒のセシルは大気に溶ける ようにして消えた。 「あんちゃん・・・。勝ったのか・・・?」 パロムが、まだ何が起きたのかわからない表情でつぶやいた。 「セシル様!大丈夫ですか!?」 あわてて近寄ってくるポロムの頭を撫でたセシルの顔は、優しい光に満ちて いた クラスチェンジ 5―クラスチェ 「・・・見事だ。さすが、このクルーヤの息子よ。お前の光の力は、本物のよ うだ。 」 頭に響く声はなおも告げる。 「力よりも、強さよりも、大切なものがある。いつか、わかる日がくる。ゆけ、 セシル!”あの男”を止めるのだ。 」 空間が、一層の光を放ち始めた。すぐに視界は白い世界に支配された。 「待ってください!あなたは一体・・・!」 -88- までの僕、明日からの 明日からの僕 3―昨日までの からの僕 己の手を見てその輝きに目を奪われたセシルは、あることに気づかなかった。 セシルの変貌に驚いていたポロムが、まずそのことに気づいた。 「セシル様、前を!」 はっとして目の前を見たセシルは、そこに本来映るはずの自分の姿が別のも のであることに気がついた。いや、それは先刻まで自分の姿だった、暗黒騎士 の自分だった。 「こ、これは!?」 驚くセシルに対し、鏡に映るセシルはその瞳に暗黒の力を宿らせてセシルを 見据える。そして手にしたデスブリンガーをおもむろに構えると、セシルに向 かって目にも止まらない突きを繰り出してきた。 「ば、ばかな!?」 光の世界にあって一際目立つ黒い力がセシルを掠めると、クリスタルの壁の 歪みの中をセシルは飛び出してきた。 気がつけば、なおも黒く光る瞳を向けるセシルは、デスブリンガーを片手に たれ下げたまま、セシルを睨みつける。今にも体中を引き裂きそうな殺気がセ シルに吹き付ける。 「セシルよ。自分の過去と戦うのだ。過去と決別しない限り、お前に光は宿ら ない。」 再び響いた声に、セシルは落ち着きを取り戻した。 そうか、僕の過去か。バロン王に逆らえなかった僕。誰も守れなかった僕。 一度は死に逃げようとした僕。弱かった僕! 「セシル、助太刀する!」 テラが身構えるが、断固たる決意を込めて、セシルは言い放った。 -87- った。 それは、一本の剣だった。セシルの驚愕の表情をその両刃に映して銀色の光 をなおも放ち続ける。柄にやはりクリスタルと思しき宝玉を埋め込んだその姿 は、”神”の姿を形にしたような、といっても過言ではないほどの神々しさを 持っていた。 「さあ、その剣を取るがよい。」 その言葉に操られるように右手を差し出したセシルは、その剣に触れた。突 然、セシルの体ごと白い輝きに包まれた剣のまばゆさに、テラたちは手をかざ してそれを防いだ。それでもより強い光を放ったセシルの体は、次の瞬間発光 を止めた。 そこに立っていたのは、かつての暗黒による負の力を刃のようにギラつかせ た暗黒騎士の姿ではなかった。その銀髪からも、強い意志を伝える瞳からも、 その手足からも、 全身からも、人の心にある正の力を放出した光あるものの姿。 「『パラディン』 ・・・。これが・・・。」 テオ修得 6―メテオ修得 「おお!おおお!!」 先ほどから、 全く言葉が無かったテラのその叫びに、 3人はテラを見つめた。 「思い出す・・・。思い出していくぞ・・・。忘れていた魔法の数々・・・。 あの光を浴びて・・・。おおお・・・。」 搾り出すような声だった。驚きに満ちていたその目が、さらに大きく見開か れた。 「・・・!なんと、あの光が、授けてくれたのか・・・!?こ、これは・・・。 メ・・・”メテオ”・・・!!」 3人の驚愕こそ、本物だった。 ”メテオ”。その名は、最強の黒魔法の名と、破滅の言葉として知られてい る。その魔法の実体は、指定された魔法フィールドに重力の変化を促して、は るか天空より隕石の大群を呼び寄せるものだ。音速を超える隕石の群れは、目 標を完膚なきまでに破壊する。 かつて、この魔法が行使された例は片手で指折り数えるほど。いかなるケー スにおいても、下は国の滅亡、上は大陸の消失といった想像もつかない破壊現 象を引き起こした。タブーといっても過言ではない危険な魔法である。 「メテオ・・・。メテオがあれば、こわいものはない!ゴルベーザとて、恐る -90- るに足りん!何をしている、セシル!早く山を下りるぞ!!」 テラに引きずられるようにして山を下りはじめたセシルを見て、パロムとポ ロムは再び顔を見合わせた。 「・・・とりあえず、後にしましょ。」 「そーだな。 」 4人の試練は、今、終わりを告げた。それは、テラが言ったように、彼らに とって超えるべき運命であったのだろうか。いや、そもそも彼らの試練は終わ ってはいない。むしろこれからが過酷な運命にその身を委ねねばならないのだ。 それでもセシルたちは、それらを超える運命であるのかも知れない。 あとわずかで空に浮かぶ月ならば、何か知っているかもしれない。 -89- あわてて問うセシルの言葉も、光にかき消された。 それは瞬く間だったのか、長い時間が過ぎたのか、わからなかった。4人が 気がついたときには、そこは試練の山の頂上だった。そこにあったはずの無機 質な建造物も消えていた。果たして、現実のことかどうかもわからない。 しかし、見よ。セシルの神々しいまでの光を放つその姿を。セシルは、 『パラ ディン』にクラスチェンジを果たしたのだ。だが、セシルには、どうしても気 になることがあった。 「なぜ、あの声は、僕のことを”息子”と呼んだのだろう。”あの男”・・・。 ゴルベーザのことであろうか?」 パラディンになったことで、その心の強さが増したようだ。彼を取り巻く全 体像を見渡す余裕がある。 虚空の一点を見つめたまま微動だにしないその背中を見て、パロムとポロム は顔を見合わせた。 「・・・いいのか、ポロム。このまま黙ってて。 」 「本当にパラディンになられるとは、思ってなかったから・・・。 」 当惑の表情を浮かべる2人はしかし、すぐに決意に変わった。セシルの側に 近寄ると、その気配に振り返ったセシルに素っ頓狂な声をあげて言った。 「セシル様、お話があります。」 「あんちゃん!実は・・・。 」 だが、その声を遮る声が、2人の背後で起こった。 バロンの酒場 1―バロンの テーブルや椅子がひっくり返る音とともに、自分も床に転がっているのが、 何故だか理解できなかった。私は、 ちょっとバロン兵に訊いてみただけなのに。 それとも、尋ねた相手が悪かったのか。悪魔を思わせるバロンの黒ずくめの軍 服がイマイチ似あっていない弁髪の男。いきなり、蹴り飛ばすなんて・・・。 ダムシアンの復興も、一段落ついたようだ。そこで私は、今回のバロンの軍 事行動の真意を確かめるべく、一度バロンに戻ることにした。ファブールもま たバロンの侵攻を受けて手ひどい目に遭っている。 以前に立ち寄ったバロンは、よいところだった。街の人々は優しく、バロン 兵もまた、厳しい規律の中にも明るく陽気で、強力な軍隊特有の暗さも見受け られない。酒場なんかでは、庶民と軍人がともに、バロン特産の赤ワインを酌 み交わしては大騒ぎしていた。自分もそこに混じって騒いでいたものだ。 それが、今はどうだ。街の中は兵隊が我が物顔で歩き回り、人々はその顔を 見るとそそくさと道をあける。子どもたちは家の中へと逃げ込み、その窓はか たく閉じられる。かつての活気溢れる街の姿は、どこにもなかった。 激しい罵声に顔を向けると、バロン兵の一人が年寄りの男を大声で怒鳴りつ けていた。一悶着したあと、そのバロン兵はとんでもない暴挙に出た。腰に差 した剣を抜くなり、一刀両断にその老人を斬り捨てたのだ。 信じられない、といった表情を残して、老人はその場に倒れた。バロン兵は その返り血を浴びて真っ赤になった顔から、耳に障る哄笑を残して去っていた。 血の海と化した老人の元へと駆けつけると、すでに老人の息はなかった。 何故、バロンは変わってしまったのか。今も昔も、情報収集の基本は酒場と 相場が決まっている。そう考えて、すかさず酒場へと駆け込んだ。実は、以前 に訪れた時にワインのキープをしていたのだ。最上級のブドウ酒だ。それを一 口飲んでから、取材を開始した。それが、いきなり・・・。 弁髪の男は、私が座っていた席に近づくと、そのワインの瓶を手に取った。 「ほう、 『カウント』 ・・・。貴様、なかなかの舌を持っている・・・。 」 そういうと、男は一気にワインを飲み干してしまった。ま、まだロクに飲ん でいないのに・・・。そのくせ、すぐに顔を真っ赤にしながら、男は続けた。 「このバロンで、つまらぬ事を嗅ぎ回らぬことだな。死ぬことになる。 」 台詞の最後の方は、激痛とともに聞いた。立ち上がった私の腹に、深々と拳 が突き刺さっていた。強烈な吐き気とともに、意識が遠のいていく。消えてい く意識の中で、最後に考えたのは、 ”この男、酒に弱いんじゃ・・・。” だった。 消えた意識の下で、また私は夢を見た。 聖騎士の帰還 1―聖騎士の 「セシル様、生きていらっしゃったんですね!お父さんが、シドがお城から帰 ってこないんです!何か、何か、知りませんか!?」 バロンに戻ってきて情報収集にとりかかったら、いきなり入ってきた情報が これだった。 「シドが!?一体いつから?」 今にも泣き出しそうな顔で、シドの大切な一人娘は続けた。 「一週間くらい前から・・・。どんなに仕事が忙しくても、必ずお父さんは3 日に一度は帰ってきてくれていました。なのに・・・。新型の飛空艇が完成間 近と言ってました。 」 バロンに帰ってきてみると、同じ街なのか、と疑いたくなるような、ひどい 有様だった。 「バロンって、いつもこうなのか?なんだか住みづらそうだなあ。」 最初は街の大きさに驚いていたパロムも、バロン兵がのさばり、民の活気が 消えうせた街をそう酷評した。 一体、バロンは、どうなってしまったのか・・・。 2―デビルロード ”試練の山”からミシディアに戻ると、パラディンとなったセシルの姿を見 て、街の人々の反応が変わった。 「まさか・・・。パラディンになれる者がいたとは・・・。」 「あなたも、苦しんでいたのですね。これからも、がんばってください。」 一部でなおも憎しみの目を向けるものもいたが、セシルの光の輝きの前に、 文句は言えなくなっていた。 「おお、その姿はまさしく、伝説のパラディン・・・。お主の光の力は本物だ ったようじゃな。」 長老ミンウもまた、セシルの成長を素直に喜んでくれた。 「ありがとうございます。長老の理解があってのことです。」 「ワシの助けも、お主の心の光あってのこと。お主は試練を超える運命だった のじゃな。 」 セシルの隣にいたテラが、ずいと前に出てきた。 「ミンウ、久しぶりじゃな。 」 「うむ、テラか。何年ぶりかの。お主が娘を連れて、ミシディアを飛び出して から・・・。 」 テラの顔がわずかに翳ったのを見て、ミンウは心を痛めた。アンナが死んだ ことはすでにセシルに聞いていた。 -92- 第一八章 バロンの変貌 -91- 第一七章 旅人6 3―わがまま その時だった。傍らで話を聞いていたパロムとポロムが口を挟んだ。 「長老様、私たちも、セシル様についていきたいと思います。 」 「あんちゃんたちには、オレたちがついてないとダメだからな!」 突然の双子の申し出に、ミンウは慌てて言った。 「何を言う!おぬし達の役目は、山の案内。もう役目は・・・。」 なぜか、そこで言いよどんだミンウに、双子は言い返した。 「長老様はおっしゃいましたわ。これは2人の修行でもあると。」 「最後まで見届けないと、修行になんねえよ!役目もまだ果たしたとは、言え ないだろ?」 パロムの言葉に、セシルが首を傾げた。 「役目、とは?」 ポロムがセシルに向き直ると、頭を下げた。 「実は、長老様に、セシル様の監視をおおせつかっていたのです・・・。 」 「わるかったな、あんちゃん!」 バロンの軍服を着たヤン 4―バロンの 「実は、私の頭にも聞こえていたのじゃ。 」 試練の山での声は、ミンウにも届いていた。そしてそれは、こう言ったとい う。 「祈るがよい。さすれば、伝説は蘇る。」 デビルロードの入口まで4人を見送りに来た長老ミンウは、そんな話をした。 「これから私は、”祈りの塔”に入り、お主たちの無事に、この世界に、ミシ ディアの伝説に、祈りを捧げようと思う。 」 デビルロードは、道、というよりは、池と言った方が正しいように思えた。 強力な魔法陣が組まれたその中心に、半径2メートルほどの白い円があった。 時たま、黒い光を放つその池は、確かにデビルロードの名がふさわしい。 4人が次々にデビルロードに飛び込んでいくのを見送って、ミンウは一言つ ぶやいた。 「クリスタルの輝きと加護があらんことを。」 バロンの酒場で幾人かのバロン兵とともに酒を飲むその男を見て、セシルは 目を丸くした。 丸く剃りあげた頭にちょこんと乗る弁髪、精悍だが静かな顔、しなやかな筋 肉、 無駄の無い物腰。 なぜか妙に似合わないバロン軍服に身を包んだその男は。 「ヤン、ヤンじゃないか!生きていたのか!」 リヴァイアサンの襲撃で、船から投げ出されたギルバートの救出に荒れ狂う 大海に飛び込んだヤン。それきり行方不明だったが、無事バロンに着いたよう だ。 ワイングラスの4分の1ほどに入った赤いワインをくゆらせながら、懐かし さ全開の表情で男を見つめるセシルの顔を、冷たい視線でヤンと呼ばれた男は 見ていた。 「どうした、僕だ。セシルだ。お互い無事だったんだな。よかった。ギルバー -94- 「すまないことをしたと思っている。 」 ミンウにまで頭を下げられて、セシルはあわてた。 「いえ、当然のことです。それだけのことをしたのですから・・・。 」 「そう言ってもらえるとありがたい。そこで、この2人だが・・・。 」 パロムとポロムの瞳には、覆しがたい決意が光っていた。 「オレたちの実力、わかってるだろう?」 「そういうことですわ!」 セシルは優しく笑った。 「わかりました。責任を持ってこの2人、お預かりします。」 「なに、心配するな!ワシの魔法で守ってみせる!」 鼻息の荒いテラとセシルに、ミンウは深く頭を下げた。 -93- 「じゃが、 『試練の山』でワシは、”メテオ”を手に入れた!これでゴルベーザ など、恐るるに足りん!!」 簡単なことでは動じそうにないミンウの顔に、さすがに驚きが浮かんだ。 「あの”メテオ”を!さすが、伝説の賢者テラじゃ。だが、憎しみのみでゴル ベーザに立ち向かえば、お主が死ぬことになるぞ。気をつけるのじゃ。 」 セシルには、その言葉がよくわかった。ゴルベーザへの憎しみだけでは勝て はすまい。今、彼が考えるべきことは一つ。カインを、ローザをこの手で助け 出す! 「僕とテラは、バロンに行こうと思います。ゴルベーザを倒し、ローザを救う には、飛空艇が必要です。飛空艇技師シドならば、力を貸してくれるでしょう。 そして、バロン王に会って、どうしてこのようなことになったのかを問うつも りです。その上で、クリスタルも・・・。 」 ミンウはうなずいた。 「よろしい。ミシディアからは船は出せん。だが、この街の近郊には、”デビ ルロード”と呼ばれる魔法の道がある。デビルロードはバロンの近郊に通じて いる。」 約150年前。バロンとミシディアの間に安保条約が締結される。それを記 念して、ミシディアの魔法技術の結晶、そして、その頃突如として世に現れた 謎の技術を応用して完成したのが、両国を異次元を通じてつなぐ道だった。そ の驚異的な技術・魔力は、 ”デビルロード”の呼称をもって敬意を表されたが、 その名は皮肉にもバロンの暴挙を体現するものとなる。 そしてあの事件以来、 ” デビルロード”は封印されている。 「”デビルロード”の封印を解く。バロンへはそれで行ってくれ。 」 バロン城潜入作戦 潜入作戦 6―バロン城 「いかに記憶を失っていたとはいえ、思わぬ醜態をさしてしまった。まことに かたじけない。このヤン、一生の不覚でござる。 」 滑稽なほどに落ち込むヤンを励ますのに一苦労だった。目が覚めたヤンはど うやら、正気を取り戻したようだ。バロンに流れ着いたのはよかったが、その ショックで記憶を一時的に失い、そこにゴルベーザによって洗脳を施された、 といったところだろう。セシルのパラディンとしての力は、ゴルベーザの闇の 力も払うことができるほどのものだった。 「そちらの御仁たちは?」 ヤンが尋ねた。セシルが一通りの紹介を終えると、ヤンに一つの疑問を投げ かけた。 「シドという飛空艇技師をバロン城内で見かけなかったか?1週間ほど前から 登城したきり戻ってこないそうだ。 」 「いや、見かけなかった。その御仁は一体?」 「シドに相談すれば、きっと飛空艇が手に入る。ゴルベーザを追うには飛空艇 が必要なんだ。 」 「では、その御仁の救出が、第一ということになる。」 ヤンとセシルの会話に、パロムが口を挟んだ。 「でもこの様子じゃ、城には近づけないぜ。セシルあんちゃんの顔が売れすぎ だよ。 」 5人が黙り込んでしまった時だ。ヤンが横たわるベッドの端から何かが落ち た。澄んだ金属音を響かせたそれは、カギの束だった。 「ヤン、この鍵は?」 「ああ、私に部下を率いさせていたからな。どこかの・・・。 」 ヤンが思わずはっとなった。 「そうですわ!城の別の入口の鍵ですわ、きっと!」 ポロムが声を高くして言った。 ガラ空きの城 きの城 7―ガラ空 結局使えた鍵は、バロンの街外れにあった城の用水路の入口のものだけだっ た。 それでも無事城の内堀へと出た一行は、城内に忍び込むのに成功した。飛空 艇ドックを見ると、飛空艇は一隻も見当たらない。まだ『赤い翼』は遠征中の ようだ。 「主力がいない。今がチャンスだ。 」 -96- シルVSヤン 5―セシルVS VSヤン 「このヤンに喧嘩を売るとはいい度胸だ。すぐに叩きのめして、城に連れてっ てやる。 」 酒場の正面の広い大通りで、2人は向かい合った。バロン兵が顔をにやつか せて見守る中、セシルは辺りを見回した。その視界に1本の棒切れをとらえる と、それを手にとった。 「どうした、勝負してやろうというのだ。剣を取るがよい。」 ヤンがそう言って構えるのを横目に見ながら、セシルはその棒を軽く振って 答えた。 「僕は、これでいい。 」 ヤンの額に血管が浮かんだ。 セシルを見守るテラたちの方が、気が気でない。 「後悔するなよ。いくぞ!」 その声より速いようなヤンの突撃がセシルを襲った。素人目には全く見るこ とのできない突きの連続攻撃を、セシルはすべてかわしていた。槍のような蹴 りを繰り出したヤンはそれをかわされると、その勢いで宙に舞った。流星のよ うな跳び蹴りが大通りのレンガを大きく砕いた。 が、セシルの姿はそこにはなかった。 すばやく振り返ったヤンの眼前に、セシルの穏やかな顔が突きつけられてい た。 「!!」 思わずかっとなったヤンがすかさず返しの回し蹴りをうなりをあげて振り回 した。セシルはすばやくしゃがんでかわす。そのまま立ち上がる勢いで跳ねた。 その足がヤンの顔を蹴ると、空中で華麗に宙返りしたセシルは音もなく着地し た。 「貴様!」 怒り心頭のヤンの突進を前にして、初めてセシルは手にした棒を構えた。い かなる力か、棒が光を放ち始めたではないか。そのまま、ヤンの突きをかいく ぐると、ガラ空きの腹部に横薙ぎの一撃を入れた。ヤンの背中から黒い光が一 瞬飛び出したように見えた。そしてヤンの体が揺らぐと、その場にぐったりと 倒れこんだ。 「まだやるか?」 動揺するバロン兵に棒切れを向けると、セシルは優しく微笑んで言った。 -95- トはどうしたんだい?リディアは?」 立て続けに質問を飛ばすセシルを穴があくほどに見つめていたヤンは、ワイ ングラスを置くとおもむろに立ち上がった。 「ああ、よく知っているとも、セシル=ハーヴィ。お尋ね者のセシル、貴様の 名はな!」 その言葉と同時に、するどい刃のような拳がセシルの目の前に繰り出された。 紙一重でかわしたセシルは、驚いた様子だが、すぐにすべてを理解した。 「ゴルベーザに、洗脳されたのだな・・・。いいだろう、ヤン。ここでは店に 迷惑だ。外に出よう。 」 8―匂い 「・・・ベイガン殿!御無事でしたか!」 セシルの声に気づいたその男は、安堵の表情を浮かべた。 「おお、セシル殿!貴公も御無事でなにより。」 近づいてきた男に、セシルたちも素早く駆け寄った。お互いの無事をたたえ あう。 男は、バロン国”近衛兵団”団長、ベイガンであった。 だが、パロムとポロムだけは、難しい顔をしたままその場を動かなかった。 「・・・我々近衛兵団も、ヤツの、ゴルベーザの正体に気づいたのです。です が、ヤツを倒そうと仕掛けたのですが、返り討ちに遭い・・・。私以外は全滅 しました・・・。」 「では、城内にだれもいないのは・・・。 」 悲痛の表情でうつむくベイガンの無念を、セシルは思った。 「ゴルベーザには逃げられてしまいました。今から陛下にゴルベーザを遠ざけ るように諌言しようと思いました。 」 「そうですか!では、ともに参りましょう。貴公が一緒だと、心強い!」 「はっ!」 すかさず駆け出すセシルたちだったが、パロムとポロムは一向に動かない。 ベイガンの変貌 9―ベイガンの 「何を言うんだ、この子たちは?」 ベイガンがいぶかしむが、途端にテラとヤンが彼に対して身構えた。 「この子たちは、鋭いからな。 」 「先ほどからの邪悪な気配・・・。もしや!」 セシルもまた、それを感じていたのだが、確信も無かったし、それを信じた くなかった。 「プンプン匂うんだよ、魔物の匂いがな!」 「どうせなら、もっとうまく隠してほしいものですわ!」 パロムの構えたロッドから、黄金の稲妻が炸裂した。 その光が狙ったその相手は、なんとベイガンだった。人とは思えないスピー ドでそれをかわしたベイガンが、大広間の中心に着地する。途端に邪悪な殺気 を放ち始めた。目が赤く光る。 「いけないなぁ、ボクたち・・・。おいたをしちゃ・・・。」 「くっ、ベイガン!まさか、きみも!」 その姿が徐々に崩れていく。将軍の軍服を破いて飛び出した肉体は、魔物の ものだった。特に両腕がより大きく膨らみ始めた。 「ゴルベーザ様はね・・・。私に、こんなにも、素晴らしい力を、与えてくだ さったのだよ・・・。こんなに素晴らしい力をねッ!」 先程の紳士の顔はどこに行ったか、醜悪さ丸出しの表情で地面を蹴ると、そ の体にはアンバランスなほどに巨大化した右腕を振るった。狙いはパロムだっ た。 10―墜ちた騎士 10― 「ぬううううッッ!!」 その間に割り込んで、ベイガンの巨大な拳を受け止めたのはヤンだった。 激しく床を削りながらなんとか押しとどめたが、その右腕の手のひらが開く のを見たヤンは驚いた。手のひらの真ん中に、不気味な口が、巨大な牙をギラ つかせているではないか。その口に食われたヤンは、激しく悶えた。なんと、 血を吸われている。 「ヤンのおじちゃん!」 -98- 階段を登り始めたヤンとテラが、それに気づいた。 「どうした、2人とも。休んでいるヒマはないぞ!」 テラの呼びかけに、セシルとベイガンも振り返る。 「・・・くさいんだよ!」 パロムが叫んだ。 ・・・誰に? 「・・・匂いますわ!」 ポロムも続く。 ・・・何が? -97- それでも、城内にはバロンの精鋭”近衛兵団”が王の側に侍っているはずだ。 だが、団長のベイガンに会えば、何とかなるはず。5人は素早く城内を移動し 始めた。 どうも、様子がおかしい。城内のいたるところには近衛兵団が警備にあたっ ているはずだ。一人一人気絶させてでも進む予定だったが、人っ子一人いない ではないか。 「なんだよ、誰もいないじゃん。」 パロムが拍子抜けの声で言った。 「世界一の軍事大国の城が、ガラ空きなんて・・・。」 ポロムも不思議そうに首を傾げる。 いかに主力の『赤い翼』が遠征中とはいえ、警備兵までいないのは異常だ。 それでも5人の神経は緊張していた。もぬけの殻の城内にもかかわらず、邪悪 な気配だけは肌がちりちりするほどに感じていたからだ。 王の間へと通じる1階の大広間へと5人は踊り出た。やはりそこには誰もい なかった。 「何か、来る!」 テラの声と同時に、大広間の正面の瀟洒な樫の扉が音を立てて開いた。そこ に立っていたのは、バロンの中でも最上級の士官が身に纏う軍服をひらめかせ た男だった。歴戦の勇者を思わせる凛々しい顔に、一筋の汗を流して息を荒げ るその男の名は。 -99- 11―氷の棺 11― だが、ベイガンにはわかっていなかった。4人の攻撃がすべて時間稼ぎでし かないことを。なおも猛攻を続けるベイガンをかわす4人は、不意に大きく後 方に飛びのいた。 「なに!?」 その時、急激に室内の温度が下がるのを感じた。まるで氷の中のような寒さ に振り返ったベイガンは、陽炎に揺れる魔力の迸りを見た。 体中を貫く、強烈な悪寒が絶望だと知ったのは、魔力の嵐の中にいたテラの 言葉を聞いたからだ。 「今までのような、寝ぼけた魔法とは一味違うゾ。」 「じ、ジじぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいぃぃいぃぃぃ!!」 ベイガンの叫びは、テラの魔法の詠唱にかき消された。 「極大冷却魔法”ブリザガ”!!」 ベイガンの頭上の空気が一気に冷却され凝縮した。異様な雰囲気に見上げた ベイガンは、そこに絶望を見た。 天井を埋め尽くす巨大な何本もの氷柱が、 すべて彼に向いていたのだ。 何か、 ガラスが割れるような音とともに、それらは次の瞬間には、全てベイガンの体 を刺し貫いていた。 ベイガンの断末魔の声も、最期の表情も、氷の中へと消えた。 「・・・ふいー。だめだぜ、あんちゃん。油断しちゃ。 」 「あんなに魔物くさいのに、気づかなかったんですか?」 幼い2人の指摘に、3人は顔を見合わせた。この子たちは、本当に天才だっ 12―月光に 月光に照らされた謁見 12― その軍事力ばかりが取りざたされるバロンだが、その城の美しさもまた、こ こを訪れる旅人の目を奪う。 高くそびえる城壁と、それにからむツタすら美しい。 堂々とした巨大な鉄製の正門には、このバロンを象徴する竜騎士の姿が彫り こまれている。 2本そびえる塔は星空を背にその高さを一層際立たせる。 外見もまた美しいが、内部もなた凝った作りで知られている。飛空艇のドッ クですら、無骨ながらその見上げる大きさに圧倒される。その色合いはなくと も壮大な造りは、軍事国家バロンを象徴するものとして各国首脳を唸らせる。 中でも、王の間の造りは常識を逸しながらも幻想的な仕掛けがあることで有 名である。その異様に高い吹き抜けの天井は、すべてガラス張りなのだ。降り 注ぐ陽光の元の謁見は、バロン王の後光をより一層強調させる。初めて見た者 は、このつくりに例外なく驚愕する。 (もちろん、必要に応じて日を遮る天井が 設けられる) 。 王の間へと足を踏み込んだヤンやテラたちは、まずその造りに驚いていた。 すでに日が暮れていたようだ。見上げた天井はまばゆい月光を王の間へ導く。 だが、セシルの目は、月光の彩りが蒼く蒼く浮かび上がらせる王座へと、そ こに座る人物へと向けられていた。 「陛下・・・。 」 陛下、と呼ばれた人物の顔は、月光の影となってはっきりと見ることはでき ない。その口が動いた。 「おお、セシル。よく戻ってきてくれた。お主がミストの村で行方不明と聞か されて、心配しておったぞ。 」 王の言葉に、セシルは本来跪いて応えるところであった。だが、セシルの心 には、悲しい予感が閃いていた。 「うむ、その姿はバラディン。そうか、パラディンになったのか。なかなか、 見事な姿だ。だがな、パラディンはいかんぞ、パラディンは。 」 セシルの予感は確信に変わった。 13―バロンの バロンの正体 13― 王は父だった。 父は己を超える息子を見て、喜んでくれこそすれ、とがめだてしたりはすま い。ましてや、聖なる力を持つパラディンを嫌うその態度は、闇の者の姿・・・。 悲しみと怒りを同居させたセシルの姿は、月光に溶け込んで美しかった。 「陛下・・・。いや、バロン!貴様の悪行の数々で、どれだけ多くの人々が苦 しんだことか!貴様を許すわけにはいかない!」 -100- た。 パロムの稲妻が、その右腕を撃つ。その衝撃に思わずヤンを放り投げたベイ ガンがパロムに襲い掛かる。吹っ飛んだヤンの元に、ポロムが駆け寄る。傷は 浅いようだ。 まだ間合いがあるのに、ベイガンは左腕を大きく振るった。その左腕は、一 気にパロムの場所まで伸びたではないか。パロムはあっと言う間にその手に捕 らわれの身となった。 「くっ、放せ!放せって、この化け物!」 その強がりはすぐに悲鳴になった。強い握力にその幼い体が締め付けられる。 「パロム!」 セシルの剣が、ますます光の輝きを待つ。それを視界に捉えたベイガンの目 には白い線にしか見えまい。電光石化の一撃は、パロムを捕らえる左腕を両断 した。 「あ、あんちゃん・・・。ありがと・・・。」 苦しそうに礼を言ったパロムは、さらに驚くべきものを見た。両断されたベ イガンの左腕が、まるでトカゲの尻尾のようにすかさず再生したのだ。 「くっくっくっ・・。だから、お前たちの攻撃など効きはしないのだよ。 」 15―泡沫と 泡沫と化せ 15― 「ぬうう、貴様ら!調子に乗るなよ!」 突如渦を巻く水量が急激に増した。それはこの王の間すらを埋め尽くす量だ った。瞬く間に激流に飲み込まれた5人は、激しく壁に叩きつけられた。なお も体を押し潰す水圧が5人を襲う。 確かな手応えに、醜悪な舌なめずりを見せるカイナッツォの背中では、突き 刺さったままのセシルの光の剣が徐々に強い光を放ち始めた。 強烈な水圧に苦しみながらも、セシルの顔に焦りは無い。目をつむると、穏 やかな顔で精神を集中し始めた。その時、カイナッツォの背中の剣が、強烈な 光を放った。 ちょうど、巨大な光の光線に貫かれたような格好になった。天から降ってき た光の槍に縫いとめられたようなカイナッツォは、 突然の痛みに思わず怯んだ。 水流の勢いは一気に弱まった。 「今だ、みんな!」 セシルの声に応えるように、ヤンが巻き上げられた水流の勢いで天井を蹴っ た。一個の砲弾と化してカイナッツォに向かう。ひねりこむような両足による 蹴りが、甲羅を粉々に砕いた。 身の毛もよだつ不気味な悲鳴とともに繰り出した苦し紛れの水鉄砲は、ポロ ムの防御魔法”シェル”に阻まれた。 「もう、その攻撃は効きませんわ!」 さらにその後ろで、パロムとテラが鳥肌の立ちそうなほどの魔力を2人同時 に放っていた。その相乗効果が、かつてない稲光を生む。 「いくよ、テラのじいちゃん!魔力を受け取って!」 「いいぞ、今じゃ!極大電撃魔法”サンダガ”!!」 かつて、ダムシアンの地下水路でオクトマンモスに同じ魔法をかけたが、今 回は威力が違った。王の間全体を、凄まじい轟音とともに黄金の光が縦横無尽 に駆け巡る。 それらは徐々に収束して、一本の柱となっていく。次の瞬間にその柱は、カ イナッツォの背に突き刺さったセシルの剣に炸裂していた。一瞬消えた雷は、 カイナッツォの体を焼き尽くし、その四肢から放出された。 「があぎゃああああああぁぁぁぁあああぁぁぁぁあぁぁあぁぁああぁあぁぁぁ ぁああ!!!」 耳障りな断末魔は、最後にセシルが抜き取ったその剣に止められた。黒焦げ と化したその首が、胴体と永遠の別れを告げた時、セシルはつぶやいた。 -102- 14―手玉 14― さらにその体から大量の水が噴き出すと、カイナッツォの体を中心に渦を巻 きだした。ヤンが鋭い助走から飛び蹴りを喰らわせるが、水の壁に阻まれて届 かない。 「そんなチンケな蹴りでは、この水の壁は破れんよ。くらえ!」 水の帯が弾丸のようにヤンを撃った。一瞬で壁際まで吹き飛ばされたヤンは、 腹を押さえて思わずうめく。 「気持ち悪いヤツ!大電撃魔法”サンダラ”!!」 水棲の魔物に雷、が魔導師のセオリーだ。案の定、パロムが放った煌く稲光 はカイナッツォを包む渦を切り裂いた。そこにすかさずセシルが飛び込む。 「・・・貴様は許せない。貴様は陛下を侮辱した。」 床ごと斬りあげる刷り上げの一撃がカイナッツォの首を狙った。だが、甲羅 に首を引っ込めてそれをかわした。 「それしきの攻撃、かわせないとでも思ったか?」 余裕を見せるカイナッツォ。 「だって、カメだもん。ノロマなのが当たり前ってもんだろ?」 パロムの冷静な突っ込みに、カイナッツォは怒り狂った。意外に単純なヤツ だ。 「貴様、このカイナッツォを侮ると、痛い目に遭うぞ!」 その姿形からはそうぞうできないスピードで宙に飛ぶと、その巨体でパロム を押し潰そうとする。そんなカイナッツォの真下に回りこんだテラからもまた、 稲光が炸裂した。 「阿呆め!隙を見せたな!大電撃魔法”サンダラ”!!」 カイナッツォの土手っ腹に激痛が走る。真下からの衝撃にもんどりうって地 面に激突したカイナッツォの怒りの形相はさらにテラに向けられた。 そこに真上から追い討ちに飛んできたのは、光の剣を逆手に構えたセシルだ った。テラに気を取られていたカイナッツォの甲羅に、深々と突き刺さった剣 の威力に、カイナッツォは悲鳴をあげた。 -101- ゆらりと立ち上がったバロン王の顔に張り付いていたのは、邪な笑みだった。 「バロン?だれだ、そいつは?・・・ああ、そうか。 『私の国は渡さん』などと ほざいてこのオレに逆らいやがった男だったっけなぁぁぁぁ。へっへっへ っ・・・。」 突然に邪悪な気配を剥き出しにしたバロン王に、 5人は身構えた。 その姿は、 暗闇に溶け込むように黒く、黒くなると、徐々に携帯を変えていく。 「ゴルベーザ様に逆らう、愚か者ども・・・。 『四天王』が一人、”水のカイナ ッツォ”の力、とくと味わうがよい!」 青の巨体が月光を跳ね返す。その姿は、巨大な亀を思わせた。顔から手足、 甲羅までのすべてが蒼だった。だが、その頭に浮かぶ顔は、嫌悪感に満ちる張 り付いた笑いだった。 カイナッツォの蒼が、徐々にその足元から広がっていった。セシルたちの足 元までたどり着いたそれを見ると、それは水だった。 「くっくっ・・・。大質量の水の奔流、貴様らに受け切れるか?」 1―髭面登場 「ぬおおー!おのれゴルベーザ!このワシをあんなカビ臭いところに閉じ込め おって!思い知らせてやる、そこになおれぃ!!!」 カイナッツォの消滅とともに、王の間の扉から現れた男は、手にした彼の体 長にも匹敵するハンマーを激しく床に打ちつけた。爆音とともに床が大きく抉 れ、ほこりが舞い上がったその向こうに見えた顔は。 「シド!無事だったか!」 セシルの呼びかけに我に返ったシドは、セシルを見るなりその髭面に満面の 笑みを浮かべた。 「なんじゃ、セシル!生きておったのか!」 まるで生きているのが残念そうな台詞に、セシルは苦笑した。こういうとこ ろで損をする頑固な性格なのだ。 「ゴルベーザから新しい飛空艇の催促があってな。人殺しの道具は作りとうな と言ったら、牢に閉じ込められてしもうた。ところが、急にあたりが静かにな った気がしてな。秘蔵の爆薬で脱出したのじゃ。 」 さすがのゴルベーザも、職人肌のシドは扱いづらかったのだろう。自慢気に 胸を張るシドを、テラは珍しいものを見る目で眺めていた。その視線に気づい たシドは尋ねた。 「おい、セシル。なんじゃこのじじいは?」 「!!じじいとは失礼なやつじゃ!お主の方がよっぽど、じじいじゃろ!」 「ワシャ、そんなに老けておらんわ!!」 火花が出そうな睨み合いに、セシルとヤンは顔を合わせて肩をすくめた。 「シド。こちらはミシディアの魔導師、テラだ。そして・・・。」 「シド殿ですな。お初にお目にかかる。ファブールのモンク僧、ヤンと申しま す。 」 「礼儀を知っておるの、お主!」 感に堪えない、と言った表情でシドはヤンに挨拶を返した。 「それに引き換え、こっちのじじいは・・・。 」 「やかましいッ!」 なおも言い争う2人の間に割って入ったのは、ポロムだった。 「まま2人とも。ケンカをなさってばかりでは、後に差し支えますわ。私はミ シディアの白魔導師ポロム。以後お見知りおきを。」 そう言って、丁寧に頭を下げるポロムに、シドはばつの悪そうな顔をした。 「けッ。じじい同士でよくやるよな!」 「申し訳ありません。あちらの口の悪いのが弟のパロムですわ。 」 子ども好きのシドには、ませたポロムも生意気なパロムも可愛いのだろう。 思わず相好を崩す。 -104- 第一九章 散る命、舞う翼 -103- 「陛下・・・。仇をとりました・・・。安らかにお眠りください・・・。 」 セシルの涙とともに、カイナッツォは月光に溶けて消えた。 3―怨念 王の間と大広間をつなぐ通路がある。バロンの士官は、王の謁見の際にここ を歩く。そこで気持ちを落ち着ける。来客もまた、その向こうのバロン王の姿 を思って緊張を高める。さして広いわけではないが、ここでは数多くの人々の 思いが蓄積する場所だった。 その赤絨毯の上を駆ける6人は、ただならない気配を感じて立ち止まった。 最後方のパロムがポロムの背中に鼻をぶつけて、文句をいいかけたその時。 「・・・フシュルルルル・・・。さすがだなぁ、貴様ら・・・。この”水のカ イナッツォ”様を葬り去るとはなぁぁぁぁぁぁぁ・・・。」 不快感をいやがうえにも呼び覚ます耳障りな声。同時に、通路には寒気を催 す気配が黒い霧となって彼らを覆う。ポロムが露骨に嫌な顔をした。 「しつっこいですわね!」 姿の無いカイナッツォに吐き捨てた。 「くっくっくっ、それがオレ様の身上でね・・・。それにな、オレ様は寂しが りやでな・・・。一人で地獄に行きたくはないんだよ・・・。 」 突如、通路全体が大きく揺れ出した。慌てて見回すと、壁が特に大きく揺ら 4―幼き決意 「くっ、壁が迫ってくる。押し潰そうという魂胆か!」 先頭のシドは、すかさず出口まで駆け寄ると扉を蹴破ろうとしたが、むなし く跳ね返される結果となった。むきになってハンマーを振るうが、結果は同じ だった。 「こっちは開かないぞい!」 「ちっ、こっちも開かんわい!」 王の間の扉に手をかけたテラもまた、苛立ち紛れに扉を蹴る。 「よぼよぼの力では、開くものも開かんぞい!」 「じゃかあしい!お主のような馬鹿力のみに言われたくはないわ!」 この緊迫時になおも口げんかをする暢気な2人の罵声が飛び交う中、確実に 壁は6人を押し潰そうと迫りつつある。 「どうすれば・・・。 」 さすがのセシルにも、打つ手がない。 パロムがポロムを見た。その瞳に強い決意が輝くのをポロムは見た。 普段がいいかげんな分、覚悟を決めたパロムの顔は凛々しさに満ちる。思え ば、2人がチョコボの森から迷って魔物に襲われた時も、修行の厳しさに挫け そうになった時も、パロムはそういう顔を見せて、姉に勇気をくれた。 うなずくポロムを見たパロムもまた、この時ほど姉の存在をありがたく思っ たことはない。いや、それまでも幾度となくそう思ってきた。自分がハメを外 した生意気ができるのも、いつも姉というブレーキ役がいるから安心するのだ。 いつでも、この2人はいっしょだった。2人で1人の双子なのだ。 石化の魔法 5―石化の 「パロム、ポロム!何を!?」 突然、2人はそれぞれ反対の迫り来る壁に向かって走り出した。その壁に両 手をそえると、押し返す態勢に入った。だが、子どもの非力で押し返せるほど、 簡単ではない。 「セシル様!短い間でしたが、お兄様ができたようで、楽しかったですわ!」 ポロムが叫んだ。その体が、灰色の魔力に包まれているのを彼らは見た。 「あんちゃん!必ずローザっておねえちゃん、助けるんだぜ!」 パロムもまた、同じ灰色の光を放ち始める。それを見たテラは叫んだ。 「お主ら、もしやアレを・・・。いかん、やめるんじゃ!」 -106- いでいる。 「お前たちに、付き合ってもらうとしよう・・・。 『四天王』の恐ろしさ、とく と味わって死ぬがよい!」 力尽きたのか邪悪な気配は途切れたが、なおも壁は激しく振動する。それは 突然の異変を見せた。なんと、一つの轟音とともに、動き出したではないか! -105- 2―一人娘 「さっそくだがシド。ローザがゴルベーザに攫われた。飛空艇がないと救出に いけないんだが、なんとかならないか?」 「何!?お前がついていながら、なんたるザマじゃ。ゴルベーザめ、ローザに 怪我でもさせたら、タダではおかんぞ!」 意気込むシドにテラが続いた。 「そうじゃ、ワシの娘も、アンナも殺された。ゴルベーザを倒さねばならん! それで飛空艇はどこじゃ!」 娘が殺された、と聞いたシドは一瞬痛ましい顔をした。己もまた一人娘だけ が残された家族だ。その娘が殺されるなど、悲劇の極みである。シドはこの瞬 間、テラという人物を理解した気がした。 「あーもう、わかっとるわ!飛空艇なら、だれにもわからんところに隠してあ る!ワシの最高傑作がな。ついてこい!」 言うが早いか王の間を飛び出したシドに続いて、セシルたちも駆け出した。 しかし、パロムが王座の方を見たまま、動かなかった。すかさずポロムに耳を 引っ張られる結果となったが、それでもパロムは言った。 「おい、ポロム。なんかおかしくないか?変な気配が残ってるような・・・。 」 「・・・。確かに何だか、嫌な予感がする・・・。」 だが、すでにセシルたちは出て行ってしまった。やむを得ず2人は後を追っ た。 だれもいなくなった王の間に差し込む月光が、部屋の隅により一層濃い影を 浮かび上がらせる。 6―命の柱 静寂。4人は言葉もなかった。壁は止まっていた。だが、そんなことはどう でもよかった。4人にとって重要なのは、彼らの目の前にあるものだった。 幼い子どもが2人、壁に両手をついて押し返そうとしている姿だった。 だが、それは本来の色のある生の躍動に満ちた姿ではない。無機質の灰色だ った。それは石だったのだ。2人の体からはあちらこちらから石の柱が生え、 床のレンガと同化していた。さらに壁のいたるところもまた、体から触手のよ うに伸びた石で同化していた。 彼らは、即席の石の柱となることで、迫り来る壁を押し止めたのだ。 石化魔法”ブレイク”。魔導師の行使する魔法の中では最上級に属するもの である。目標の肉体の生命活動を著しく低下させ、有機物である生物を無機質 の石へと変化させる一撃必殺の魔法である。 石化してすぐならば、治癒魔法”エスナ”で元に戻らないことも無いのだが。 「・・・早まりおって・・・。今、元に戻してやる・・・。」 だが、そのエスナが使えるテラには、わかっていた。今から自分がすること が無駄に終わることを。 「治癒魔法”エスナ”!」 暖かみを帯びたオレンジの光は、石化した2人を優しく包む。しばらくその ままだった光は、弱々しく消えていった。 2人は石化したままだ。己の意思で石化した者の解除はできないのだった。 それは、4人を救おうとしたパロムとポロムの強い覚悟を表すものと言える。 「馬鹿者め・・・。どうせ死ぬなら、老いぼれ一人でよかったのじゃ・・・。 」 うつむいて言葉を紡ぐテラの横で、ヤンが震えていた。握り締めた両拳の隙 間から、血が滴り落ちていた。 「・・・このような、幼子が・・・。」 シドが、苛立ち紛れにハンマーを出口の扉に投げつけた。あっけないほどに 簡単に吹き飛んだ扉が、シドの神経を逆撫でした。 がる翼 7―舞い上がる翼 暗闇を進むシドに、3人は必死についていった。深い地下へと潜っていくの が分かる。立ち止まった4人の前に、不意に足元から明かりが灯った。 自信に満ちた笑顔を見せるシドの傍らで、3人は息を飲んだ。下から照らさ れた飛空艇の威容は、想像を超えたものだった。 美しい流線型のフォルム、輝くローター、格納された白い翼は神々しさすら 感じさせる。なんと言えばいいのか、圧倒される威風堂々とした雰囲気を周囲 に投げかける。 デッキに立ってなお、最先端の技術の粋を施したことをまざまざと見せ付け る各種装備に目を奪われた3人は、突然の軽い振動を感じた。シドが、飛空艇 のエンジンに火を入れたのだ。それは、この大空を舞う翼に命を与える儀式だ った。 飛空艇の前方、格納庫の入口が開く。目映い光が差し込む。それは、明けた ばかりの朝日の輝きだった。鈍い振動音を響かせて、飛空艇はバロン城の中庭 まで出てきた。朝日のきらめきをその身に受けて、一層美しさを強調する飛空 艇。そのエンジン音はいよいよ高まり、甲板から何本も生えるローターは爆音 とともに一枚の円と化した。蝙蝠の羽を思わせる翼が大きく展開された。 「さあ・・・、行くぞ。 『エンタープライズ』。お前の命は、あの子たちの命を もらったものだ。高く、高く、大空を舞え!!」 シドの呼びかけに、エンジンは最高潮の回転音を発する。直後、重力の鎖か ら解放された翼は、あっという間にバロン城をその眼下に収めることのできる 高度へと飛び立った。 「トロイアへ、行こう。必ずゴルベーザは”土のクリスタル”を狙ってトロイ アに現れる。全ての決着は、そこでつける!」 2つの月の月光に溶けて消えた幼い命は、朝日とともに新しい命に宿った。 その翼は、倒すべき敵の元へと、飛び去っていった。 そのきらめきだけが、バロンの上空に残った。 -108- 「・・・許せん、ゴルベーザめ!お前ら、何をしている、飛空艇に行くぞ!2 人の敵討ちじゃ!」 セシルは石化した2人を改めて見た。2人の瞳は、石と化してなお、強い光 を放っているように見えた。その瞳は言っていた。 前に進んで、あんちゃん! ゴルベーザを倒してください! セシルの頬を、一筋の涙が伝った。 ・・・それっきりだった。それを軽く親指 で払うと、先に駆け出した3人の後を追った。 もの言わぬ石像の口元が笑ったように見えたのは、おそらく光の加減であろ う。いや、笑ったと思いたい。さもなければ、この姉弟が、あまりに可哀想で はないか。 -107- なおも壁は2人の力を意に介さないように迫る。 「いい、パロム!行くわよ!」 「おう!」 彼らの光は、壁全体を包みだした。何かを凝縮するきしみのような音。それ が悲劇をもたらす音なのをセシルは悟った。 「だめだ!やめるんだ、パロム!ポロム!」 セシルの悲痛な叫びは、2人の最期の言葉に遮られた。 「石化魔法”ブレイク”!!」 激しい灰色の発光に目を焼かれた4人は、急激に何かが固まっていくような 音を聞いた。何か巨大なものがぶつかり擦れあい、凍りつく。まるで悲鳴のよ うに続くその音は、最後にひときわ大きい高く澄んだ音で、突如止まった。 ョコボ 2―黒チョコボ 「クエーーーーーーーーーーーッ!!」 耳に聞こえたその叫び声は、強靭な後脚による蹴りをズーにぶち込んだチョ コボのものだった。 体の全てをその2本の足で支えるチョコボの地面を蹴る威力が凄まじいこと は、子どもでも知っている。 -110- 1―深い森 深い森に、間もなく夜が訪れる。 幸い、川沿いを遡ってやってきたので、清流のささやきを子守唄に眠ること ができそうだ。手近な場所に、手頃な河原を見つけた私は、さっそく野営の準 備をする。やはり、気楽な旅が性に合う。 結局バロンを脱出した私は、再び北上して今度は西に向かった。東に向かえ ばダムシアン砂漠だが、西にはこれまたやたらと広い森林が旅人を待っている。 そこを北上すると、水と女性とチョコボの国トロイアである。 トロイアの最大の特徴は、8人姉妹の女性神官によって統治される、女性上 位の政治形態にある。というか、女性しかいない国なのだ。近衛兵をはじめと した兵士もまた女性である。 もっとも、この国が他国による侵略を受けた試しは無い。その理由の一つと して、トロイア国の南、広大な森林がある。戦略的要衝として、この森林の果 たす役割は大きく、トロイア本国の攻略は困難とされているからだ。 ちなみに、この森林に生息するチョコボも多いことから、この国ではチョコ ボの研究が盛んである。何でも、”飛べない鳥”であるはずのチョコボに、空 を飛ぶチョコボがいるというのだ。ぜひ、一度お目にかかりたいものだ。 河原で黙々と焚き火の準備をしていた私は、突然、あたりが翳ったのを感じ た。ふと見上げたその空から、濃紺の物体が急降下してくるのを見た。穏やか な広い川の水面すれすれで、巨大な翼を広げたその物体は急に止まった。 その姿は、”ズー”と呼ばれる醜悪な姿の鳥だった。 なおも翼を羽ばたかせて私に突っ込んでくると、せっかく起こした火が瞬く 間に消されてしまった。 すかさず地面に差し込んでおいたミスリルの剣を抜き取ると、軽く振ってこ びりついた土を払い落とした。 方向を転じて襲いかかるズーをかわした私は、そこに横薙ぎの一撃を放った。 しかし、予想以上のヤツの速さにそれは空振りに終わった。たたらを踏んだ 私が振り返ると、そこにはすでにズーの巨大な嘴が眼前にあった。瞬きする間 に、私の体はこの嘴に貫かれるだろう。なぜか冷静に自分の死を感じた私は、 ズーの嘴が突然視界から消えたことの方に驚いた。 さらに驚いた光景が、ズーが吹っ飛んだ方向に展開されていた。 なんと、チョコボが空を飛んでいる!いや、あれはチョコボなのか?間違い ない、色が黒いようだが、あれは間違いなくチョコボだ。流星のようなスピー ドでズーを蹴り飛ばすチョコボに、魔物はたまらず退散していった。 すぐに私のもとへと降り立ったそのチョコボは、地を駆けるものと比べると 格段に羽根が大きかった。その漆黒の翼が、私には勇ましいものに見えた。 すぐに私はチョコボに礼を言ってその額を撫でた。するとチョコボはクチバ シを激しくパクパクさせて足をバタつかせた。腹が減っているのだと察しをつ けた私は、干し肉をありったけチョコボに出してやった。命の恩人には当然の 報酬であろう。 このチョコボは妙に人に慣れている。おそらくトロイアの研究の対象として たびたび人と触れ合っているのだろう。 どうやら、 明日のうちにトロイアに着きそうだ。このチョコボの背を借りて、 一気に大空の旅ができるかと思うと、少し胸が高鳴る。 今日もいい夢が見れそうだ・・・。 -109- 第二〇章 旅人7 2―取引 「ローザは無事だ。そこで、お前と取引がしたい。」 「取引?」 一息おいたカインが、言葉を続ける。 「・・・トロイアの”土のクリスタル”をとってこい。ローザはそいつと引き 換えだ。 」 カインの言葉に、今にも飛び掛りそうなシドを制したセシルが言った。 「どうしたんだ、カイン。誇り高き竜騎士のお前が、なぜゴルベーザなどとい う邪悪な者につくんだ。一体、何があったんだ!」 カインは動かなかった。軽くうつむいたその顔は、竜の兜の陰になってうか がうことはできない。 「なぜ、ローザを巻き込んだ。頼む、カイン。ローザを返してくれ。正気にな るんだ!」 カインから立ち上る邪悪な雰囲気は、一向に消えることは無い。それでもセ シルは見た気がした。ふと悲しげな目をしたカインを。 「・・・伝えることは、それだけだ。 」 それだけ言うと、カインは飛空艇の奥へと消えていった。間もなく、 『赤い翼』 はどこへともなく飛び去っていった。 「彼奴は一体、何者でござるか?」 ヤンとテラの疑問に、セシルは苦々しく答えた。 「バロンの竜騎士、カイン。僕の親友だ・・・。 」 沈むセシルの表情を見テラは、話題を変えた。 「やつらはなぜ、トロイアを直接攻めずに、我々にクリスタル奪取をさせよう としているのだ?トロイアは女性の国。軍隊もあるが、やってやれないことは あるまい。 」 「何かわけあり、としか思えませんな・・・。 」 考え込む2人だが、セシルの心は決まっていた。 「・・・トロイアに行こう。何か、わかるはずだ・・・。」 飛空艇『エンタープライズ』は、その針路を北西にとった。その先には、広 大な森林の海と、豊かな水の国トロイアがある。 3―謀略 豊かな森の大陸の端、高山がそびえるその麓に、トロイアはあった。 かなりの落差を誇る豪快な滝の音が日々の暮らしに溶け込んだ、水の国であ る。深い森と滝の風景に美しく映える城もまた見事の一言に尽きる。トロイア は、常にその自然とともにあった国である。 もし、ゴルベーザがこの国に侵攻をしない理由があるのならば、この環境と 風景を破壊したくないからではないか。そう思ってしまう。だが、事情はそれ ほど甘くはないようだ。 そのトロイアの景色が、四角の巨大なディスプレイに映し出されている。そ れを見つめるのは、黒い甲冑の男。傍らには蒼い竜の甲冑の男。 ・・・カインが セシルたちに出会う少し前の彼らの姿だった。 かつて、 『試練の山』 でのセシルの様子を伺っていた画面。 超科学技術の要塞。 ゴルベーザの本拠での彼の一言は、邪悪なものにふさわしくないものだった。 「美しいな。良い国だ・・・。 」 ゴルベーザの言葉に、カインは首を傾げた。 「なぜ、 トロイアを攻めないのですか。 ファブールほどの軍隊ではありません。 比較的簡単に攻め落とせるのでは。 」 カインの進言に、ゴルベーザは意外なことをつぶやいた。 「今、トロイアにクリスタルはないのだ。 」 -112- 1―会合点 「ちっ、さっそくお出ましかい!!」 シドの舌打ちに、飛空艇『エンタープライズ』の後方へ走るセシルが見たも のは、真紅の翼がするどく風を切って空を駆ける飛空艇『赤い翼』の姿だった。 バロンを飛び立って、すぐにセシルたちはゴルベーザの『赤い翼』に追われ る展開となった。 「どうする、セシル!叩くか、逃げるか?」 血気盛んなシドの言葉。だが、 セシルは意外なものを目にすることになった。 「待て、シド!あれは、白旗だ!」 『赤い翼』はその船の先端に、白い旗をたなびかせていた。白旗は、どこの 国でも、いつの時代にでも通用する降伏の印である。 「ひさしぶりだな、セシル。 」 空中でのランデブーを可能にするホバリングは、 飛空艇の一つの特徴である。 今、空中での会合点で、セシルに声をかけた人物。それは、あのカインだった。 擦れあうほどに接近したそれぞれの飛空艇の縁で、セシルは親友の姿を見た。 「カイン・・・。」 厳しさと戸惑いを浮かべるセシルの表情を尻目に、シドが言葉を荒げる。 「何の真似じゃ、 カイン!お前、 自分が何をしているのか、わかっとるのか!?」 かつての懐かしい人であるシドにも、カインの表情は冷めていた。一瞥をく れただけで、すぐにセシルに視線を戻した。 「パラディンか・・・。確かに、お前にはその姿が似合っているようだな。 」 親友の称賛の言葉も、その冷めた目では嬉しさも湧かない。その瞳に、さら なる悲しみを宿らせて、セシルは言った。 「・・・そんなことを言いに、また僕の前に姿を現したわけではないだろう。 」 かたい表情を崩さないセシルに、カインはその口元に薄い笑いを浮かべた。 -111- 第二一章 水の国トロイア 5―漂着者 その部屋は、はるか遠くに巨大な滝を、間近に鮮やかな緑の森と清流の響き を一挙に視界に収めることができる美しい窓が特徴だった。 それでも、置かれたベッドに横たわる人物に侍る医者とその助手の表情は冴 えない。それは、ベッドに横たわった人物の病状の深さを物語るものだった。 その病人は、トロイアのはるか南の川の河口に漂着していたという。激しく 体力を消耗し危険な状態だった。この城に運んでも症状は一進一退を続け、予 断を許さない状況であった。 セシルたちがその病人に出会ったのは、やはり偶然ではないのだろう。セシ ルとテラの2人がただならぬ気配を感じて部屋に入ってみると、そこに横たわ っていた人物は、なんとギルバートだった。 「ギルバート!無事だったんだな、よかった・・・。」 ヤンと同じく、リヴァイアサンの襲撃で行方不明だったギルバートだ。喜び を隠さないセシルの隣で、テラの顔は厳しかった。その時、ギルバートの目が 弱々しく開いた。 「あ・・・。セシル。君も無事だったんだね・・・。僕も、なんとか・・・。 」 ふと目を移したところにテラがいたことに驚いた。 「!テラさん・・・。申し訳ありませんでした・・・。僕の身勝手で、あんな ことになってしまいました・・・。 」 ダムシアンで2人はロクに会話も交わさずに別れている。ギルバートはテラ に詫びたくて仕方なかったのだろう。だが、テラの返事はつれなかった。 「・・・お主に謝ってもらったところで、アンナは生き返らんわ・・・。」 気まずい雰囲気になったところで、ヤンとシドが入ってきた。ヤンを見つけ てギルバートはその顔に笑みを浮かべた。 ひそひ草 6―ひそひ草 「ヤンも無事で・・・。そうだ、あとリディアは?ローザはどうしたんだい?」 「リディアは見つからなかった。ローザは、ゴルベーザに捕まった。トロイア のクリスタルと引き換えになってしまった。」 苦々しく答えたセシルに、ギルバートもまた沈んだ表情になってしまった。 ふと、思いついたように医者の助手に、窓際の植木鉢を取ってくれるように 頼むと、ギルバートはセシルに言った。 「クリスタルを取り返す、となると、ダークエルフと戦うんだね。だったら、 これを持っていってくれないか?」 受け取った植木鉢に生えていた2つの緑色の植物。その一方を茎の真ん中あ たりから折ってセシルに差し出した。不思議な植物だった。それは、大きな葉 が3枚螺旋状に広がり、例えるならちょうどラッパのような形状である。中を 覗けば、その奥にひっそりと小さくも可憐な青い花が咲いているのが見える。 「それは『ひそひ草』というんだ。ダムシアンの宝の一つでね、ここでの治療 -114- 4―8人の神官 「・・・と、いうわけで、現在トロイアにはクリスタルがないんです・・・。 」 トロイアを統治する8人姉妹神官の一人は、力なくつぶやいた。 セシルたち4人はトロイアに到着すると、すぐに国の首長である神官への面 会を求めた。妙に大柄な女性の近衛兵に取次ぎを求めたが、すぐには相手にし てくれなかった。 日ごろ平和な国であるのは、こうした近衛兵の毅然とした態度による統治が 功を奏している言えよう。 そのことに感心した4人だが、それで引っ込むわけにはいかない。クリスタ ルの名を出したところ、顔色を変えた近衛兵は神官へととりなしてくれた。 神官たちは、円卓に座り今日もクリスタル対策の会議を行っていた。先の発 言は、神官の中でも一番おとなしい神官のものだった。 「まったく!ぬけぬけとダークエルフにクリスタルを奪われるなんて!悔しい ったら、ありゃしない!」 どうやら次女と思しき気の強い神官が叫んだ。 「ダークエルフの魔力は強大です。ヤツの根城である北東の洞窟には、現在そ の魔力によってやっかいな仕掛けが施されています。」 唯一メガネをかけた神官の言だ。 「クリスタルは国宝です。本来なら、門外不出なのですが・・・。 」 背の高い神官だ。政治をするよりは、踊り子でもした方が様になる華やかさ がある。 「もし、あなた方でダークエルフからクリスタルを取り戻していただいたら、 しばらくの間ですが、クリスタルをお貸ししましょう。 」 束ね役である神官の長女が、結論を下した。 という訳で、クリスタルを取り戻す役目はセシルたちになった。 -113- 予期せぬ事実に、カインは驚いた。 「トロイアには古より、数多くのダークエルフの伝説がある。それこそ、子ど もの童話から、現実に侵攻を受けた歴史にいたるまで、数限りなくな・・・。 」 「・・・ということは、クリスタルは・・・。」 「最近、トロイアの北東にダークエルフが再び現れたという。今、クリスタル はヤツの手元にある。ヤツの魔力の洞窟は少々やっかいだ。そこでだ・・・。 」 「セシルに取ってこさせる・・・。 」 「こちらには、その女がいる。ここにきて、役に立ちそうだな。」 カインは、ローザが閉じ込められている強化ガラスの牢に近づいた。ローザ はなおも眠り続けていた。その寝顔を見たカインは、そっとガラスに手を添え た。ゴルベーザからは、そのカインの表情を窺い知ることはできなかった。 ダークエルフの ルフの客 8―ダークエ これだけの仕掛けを考えるヤツなのだから想像はしていたが、それにしても ひどい。洞窟を進む中で、ダークエルフの下僕と思しき輩が、よってたかって 襲い掛かってくる。 「まったく、ダークエルフとやらは根性が悪いのう!このワシが性根を据えて やるわ!」 そんな中にあって、テラの魔法の冴えは際立っていた。伝説の魔導師の全盛 の力が惜しみもなく磁力の洞窟に炸裂する。襲い掛かる魔物たちは一蹴される 運命だった。 やがて、多くの篝火が焚かれた小高い祭壇と思しき場所へとたどり着いた。 暗い洞窟にあって、篝火が照らし出す祭壇の様子は、それはそれで神秘的な雰 囲気をかもし出していた。それは、中に入るとより一層強く感じるものとなっ た。 「これは・・・。 」 外のゴツゴツした岩壁の無骨なイメージを一気に覆す、クリスタルの輝きに 満たされた光の世界だった。 見渡すほどの広い部屋に、透明感あふれる輝きの壁面と、その中央に築かれ たクリスタルを掲げた台座。幻想的なその風景に、一つそぐわないものは、ク リスタルの前に立つ、邪悪な影だった。 「・・・貴様ラ、ヨク、ココマデ辿リ着イタ。ワタシノ、磁力ノ洞窟ヲ、ココ マデキタノハ、貴様ラガ、ハジメテダ。」 男の声と女の声、子どもと老人の声が全部入り混じったような不快な声とと もに振り返ったその影。その姿は、血色の悪そうな灰色の体、妙に長い手足、 エルフの特徴である長い耳。そして切れ長の目が邪悪な光を放つ。 「・・・貴様がダークエルフだな。クリスタルを返してもらおう。 」 セシルが臆することなく宣告した。 ダークエルフは少し首を傾げると言った。 「ナゼ?ナゼ、コンナニキレイナモノヲ、貴様ラミタイナ、汚イ人間ニ、返サ ネバナラナイノダ?」 言うが早いか、ダークエルフがかざした右手から強烈な衝撃が発生した。相 変わらず強い磁力に動きを奪われていたシドは、かわすこともままならず、壁 まで吹き飛んだ。 9―テリトリー 「くっ・・・、おい、テラのじじい!さっさとあんな気色悪いヤツ、お主の魔 法でふっとばさんかい!」 「じじい、じじいとうるさいやつじゃ!黙って見ておれ!」 その体からは、すでにダークエルフを圧する魔力が立ち上っていた。その気 配が寒気をもよおす凶々しいものになる。あの魔法は。 -116- 磁力の洞窟 7―磁力の ダークエルフの洞窟は、トロイアの北東の大きな島にある。海峡を渡らねば ならないが、森深い島なので飛空艇は着陸できない。 そこでトロイアの8人姉妹神官は、4人に”黒チョコボ”を貸してくれた。 さすがに4人は驚いた。いかにチョコボの研究で有名なトロイアとはいえ、ま さか『空飛ぶチョコボ』を発見していたとは。特にシドの喜びはひとしおだっ た。彼は飛空艇の研究のために、世界中の空を舞う生物の研究も重ねていたか らだ。 真っ先にチョコボに飛び乗ると、瞬く間に飛び去ってしまった。慌ててセシ ルたちも自分のチョコボで後を追った。そんなわけで、あっという間に洞窟に はたどり着いた。 この島は古の昔より、ダークエルフの本拠としてトロイアでは伝説に多く登 場する。そんな土地柄なのか、強い魔力が根付いているのを4人は感じていた。 そしてそれは、4人が洞窟に入って、より一層痛感することとなる。 「くっ、なんだここは!?」 洞窟に入った途端、全員の動きが止まった。彼らの身に付ける装備に異変が 起こっている。 ・・・どうやら、金属製の装備が原因のようだ。 「なるほど、魔力の正体は、”磁力”なのじゃな。みな、金属の装備を手放す のじゃ。 」 洞窟全体が、強力な磁力を放っているのだ。それが彼らの動きを封ずる。 とはいえ、テラはともかく、残りの3人の武器は金属でできている。ヤンの 爪は磁力の影響を受けないようだが、セシルの剣とシドのハンマーはどうしよ うもない。 「これでは身動きもとれないし、身を守る鎧も身につけられない・・・。 」 一行は、テラの魔法とヤンの戦闘力を頼りに進まざるを得なくなってしまっ た。 -115- 中に気晴らしに育てていたものだ。 ・・・僕はこのとおり、戦える体じゃない。 だから、僕の代わりにそれを持っていってほしいんだ。 」 セシルは『ひそひ草』を受け取ると言った。 「・・・わかった。必ずクリスタルを、ローザを取り戻す。君はここで体を治 すのに専念してくれ。 」 セシルの言葉に対して、テラの言葉は厳しかった。 「お主のような臆病者はここでじっとしておるのがお似合いじゃ。セシル!早 くダークエルフの洞窟に行くぞ!」 それだけ言うと、部屋を出て行ってしまった。残された一同が心配そうにギ ルバートを見ると、自嘲気味に笑っていた。 「いつも、テラさんはあんな感じです・・・。僕の分も、頼んだよ。 」 残った3人は力強くうなづいた。 10―ギルバートの ギルバートの竪琴 10― ベッドの脇に置いたもう一方の『ひそひ草』をじっと見つめていたギルバー トは、その瞳に一つの決意を光らせて、ベッドから身を起こした。おもむろに 立ち上がろうとするギルバートを見て、医者はあわてて駆け寄ってきた。 「ギルバート様、貴方はまだ動ける体ではありません!どこへ行こうとなさる のです!。」 医者に、弱々しい笑みを見せたギルバートは言った。 「大丈夫だ。すぐそこの竪琴のところさ。 」 部屋の中には、ギルバートが漂着した時にさも大事そうに抱えていた竪琴が 置かれていた。 『ひそひ草』を抱えたギルバートは、おぼつかない足取りで竪琴 まで近づくと、それを手にとって、そのまま床に倒れこんでしまった。 「ギルバート様!だめです、ベッドにお戻りください!」 さしのべた医者の手を、意外な強い力で振り払ったギルバートは、そのまま 壁へともたれかかった。 「今、セシルたちは危機に陥っている・・・。僕になら、助けてあげられるか もしれない・・・。だから・・・。 」 壁にもたれかかったその前に『ひそひ草』を置き、竪琴を構えると、ギルバ ートは目を閉じた。その時急に、ギルバートの体に強烈な生気が溢れ出したの 11―戒めの旋律 めの旋律 11― テラが、魔法防御魔法”シェル”を唱えてダークエルフの猛攻を耐えている が、このバリアが破られるのは時間の問題だった。 「一体、どうすれば・・・。 」 歯噛みするセシルは、ふと何か場違いな音を聞いた気がした。 心に響く美しい旋律。心を大きく支配していた焦りが急速に消えていくのを 感じた。 これは、竪琴・・・、ギルバートの竪琴の音色だった。幻聴ではない、確か に聞こえる。 「こ、この音色は?」 すさまじい魔法の連発に、全く間合いに入れないヤンがつぶやいた。ヤンの 耳にも届いているようだ。 セシルははっとなって懐を見た。竪琴の音色は、なんと『ひそひ草』からだ った。 ダムシアンの秘宝『ひそひ草』は、一つの種子から、必ず2つの花を咲かせ る。そしてこの花の最大の特徴は、その特異な形状の葉にある。なんと、一方 の葉が拾った音を、もう一方の葉から発することができる。今、ギルバートの 竪琴の音色は、彼の目の前に置かれた『ひそひ草』を通じて、セシルの持つも う一方の『ひそひ草』へと伝わっているのだ。 「これは・・・、ギルバートの竪琴の音色だ!」 セシルの叫びに、一番驚いたのはテラだった。そして、その音色は驚くべき 効果を生み出した。 「ガ・・・!ナ、ナンダ、コノ、不快ナ、ソノ音ハ・・・。ガアアアアアア!! ヤ、ヤメロォォォォォォォ、ヤメテクレェェェェ!!」 突如、ダークエルフがその長い耳を塞いで激しく悶えだしたのだ。途端に、 ダークエルフの魔力は弱まり、洞窟全体の磁力もなくなっていくのを感じた。 「・・・この歌は、ダークエルフの魔力を弱める!今なら倒せるよ、セシル!」 竪琴の旋律にのって、ギルバートの声が『ひそひ草』から聞こえてきた。 12―逆襲の 逆襲の拳 12― 「わかった・・・。ありがとう、ギルバート!」 セシルは『ひそひ草』に向かって叫ぶと、先程までは重くてまったく使えな かった光の剣を構えた。 「大丈夫だ、使える!シド、ハンマーを使うんだ!」 -118- を医者は驚きの目で見た。 瀕死の体だった彼の体のどこに、 このような力が・・ ・。 まるで輝きを放つかのようなギルバートの繊細な指の動きが、美しい旋律を 奏でだした。それは部屋中に、いや、城の誰の耳にも、さらには緑と水があふ れる美しいトロイアの街にも、陶酔の調べとなって響いた。 -117- 「猛毒魔法”バイオ”!!」 かつて、 『四天王』の一人スカルミリョーネに炸裂した、猛毒の感染により肉 体を崩壊させる恐怖の魔法だ。だが、身の毛もよだつ緑色の魔力は、ダークエ ルフの体で何事もなかったように消えてしまった。 「ば、ばかな!?」 「コノ、ワタシノ洞窟デ、貴様等人間ノ、チンケナ魔法ナド、キキハシナイノ ダヨ。今度ハ、コチラノ番ダナ!」 ダークエルフからも、強烈な魔力が吹き付ける。その体から立ちのぼった炎 の渦が4人を襲う。間一髪全員がかわすが、次に見た光景に絶句した。すぐ目 の前に氷の嵐が襲い掛かってきているではないか。 「これは、大冷却魔法”ブリザラ”!こんな短時間での詠唱ができるとは!」 セシルの言葉を、テラが訂正した。 「違う!これは『同時』なのだ!なんという魔力・・・。」 冷凍の暴風に身を晒して壁に叩きつけられた4人は、さらにそこに強力な雷 の雨を降らされた。なんと、大雷撃魔法”サンダラ”も同時に炸裂していたの だ。 「こ、これでは、歯がたたん!」 頼みの綱のテラでも、どうにもならないようだ。 「せ、せめて、剣が使えれば・・・。」 そのセシルの声を、彼の懐からのぞいた『ひそひ草』が聞いた・・・。 -119- 13―鎮魂歌 13― 「これは・・・。ダークドラゴンじゃ。よし、こやつなら、魔法が効く!」 叫んだテラがすかさず手にした杖を高く掲げると、魔法の詠唱に入った。 そのテラに向かって、ダークドラゴンは闇色のブレスを吐きかけた。まるで 暗黒剣を思わせる暗黒の光の束は、テラの目の前ですべて弾かれた。 そこには、 光の残像を残して剣を薙ぎ払ったセシルの姿があった。 「おいたのおしおきを、しなければなぁ!」 シドのハンマーが、ひるむダークドラゴンの顎に真下から炸裂した。大きく のけぞるダークドラゴンの腹に、さらにヤンの飛び蹴りがめりこんでいた。鋭 い弾丸と化したヤンの体がその腹を貫くと、洞窟全体を揺るがすドラゴンの咆 哮が響き渡った。 「これでとどめじゃ!極大爆炎魔法”ファイガ”!!」 夕日のような紅に染まったテラの体から、同じ色の光線がダークドラゴンに 放たれた。暴れ回るダークドラゴンの体が徐々に赤に変わると、その光はさら に膨らんでいった。 「ガアァアァアアアァアァアァアァアァアァァ!!人間ガアアァァァアアアァ アァアアァアアァ!!」 断末魔の声は、大爆発を起こしたその肉がすさまじい爆炎の柱と化して、祭 壇の天井を貫き洞窟を突き破って天高く舞い上がった炎とともに、天空に消え ていった。 14―勇者の寝顔 14― 「ギルバート!」 トロイアに帰ってきた4人が、なだれこむようにギルバートの部屋へと入っ てきた。 「・・・よかった。無事だったんだね・・・。 」 出かける前より青い顔になったギルバートが微笑んだ。 「ギルバートのおかげさ。クリスタルも無事取り返せたよ。 」 満足気な顔のギルバートに、テラが顔をのぞかせた。その顔がどこか照れ臭 そうにしている。 「テラさん・・・。 」 「う・・・む。 ・・・お主のお陰で助かった。礼を言う。お主は、勇気ある男じ ゃ。 」 頬をかきながら、いかにも言いづらそうに話すテラは、最後にギルバートに 目をやると、軽く微笑んだ。 「・・・アンナも喜んでおろう。あの娘は、お主に愛されて、幸せだったのだ な。養生して、アンナの分まで生きるのじゃぞ。 」 それだけ言うと、さっさと部屋を出て行ってしまった。よほど照れていたの だろうか。 「・・・勇気・・・。僕にも勇気が出せたんだ・・・。テラさん・・・。 」 ギルバートは、自分に言い聞かせるようにしてつぶやくと、ふっと目を閉じ た。 「ギルバート様はお疲れです。もうお休みさせてあげてください。 」 セシルたちは、一人の勇者のあどけない寝顔に敬意を表して、部屋を後にし た。 15―招待状 15― トロイアの8人姉妹神官は、取り返されたクリスタルを見ると大ハシャギし て、口々にお礼を言った。国を治める者の姿としてはあまりに天真爛漫なその -120- 「わはは、調子に乗り過ぎたようじゃ!洞窟が崩れる!」 テラののんきな台詞とともに、洞窟が轟音を響かせ始めた。崩壊の兆しだ。 「クリスタルは?」 ヤンが見回すと、すでにセシルのその手にクリスタルがあった。 「手に入れた!脱出する!」 間もなく、トロイアの伝説に数多く登場したダークエルフの洞窟は、この地 上から消えてなくなった。 洞窟を脱出した4人の耳にはまだ、ギルバートの奏でる美しい歌が響いてい た。 まるで、鎮魂歌のように。 シドが、髭だらけの口元に舌なめずりをすると、ハンマーを担ぎ上げた。 「どーれ、この生意気な耳長野郎にたっぷり礼をしてやらにゃいかんようだ な!」 セシルとシドは、同時にダークエルフに飛びかかると、なおも音色に苦しむ ダークエルフの両腕を斬り飛ばし、たたきつぶした。 ダークエルフの悲鳴が響く中、セシルたちの背後から飛んできたのはヤンだ った。その動きの速さが明らかに人の限界を超えている。テラが、ヤンに高速 化魔法”ヘイスト”をかけたのだろう。 「ほーあちゃぁぁぁぁぁッ!!!」 ヤンの奇声とともに、まさに目にも止まらない連続攻撃がダークエルフに叩 き込まれる。ヤンの手足は、すでに見ることはできない速さだ。 「ぅあたあッ!!」 ヤンの最後の拳が、ダークエルフのどてっぱらを突き抜けたとき、口から大 量の緑色の血が吐かれた。 「コ、コウナレバ、ホンショウヲ現スシカナイ!!」 ダークエルフの体が激しく灰色の煙と化して立ちのぼったかと思った瞬間、 まばゆい発光を始めた。一瞬視界を奪われた4人が次に見たものは、やはり灰 色の体を月光のごとく輝かせる一匹の竜の姿だった。 ゾットの塔 1―ゾット 迎えの者は、 『赤い翼』艦隊の一隻だった。 言われるがままに舵を南へ向けたシドにも、爪を磨き上げるヤンにも、魔道 書を読み耽るテラにも、飛空艇の舳先に立ち微動だにしないセシルにも言葉は なかった。無理もなかった。彼らはこれから決着の場へと赴くのだ。数多くの 悲しみと無念を背負って、4人が向かった先はどこか。 「なんじゃあ、ありゃあ!!」 さすがのシドが、驚嘆の声をあげた。その声に3人の目がとらえたもの。そ れは想像を絶するものだった。 塔だ。神のおわす天空にさえ届くかのような高い塔だ。 だがそれをより異様なものにしている要因。なんと、この塔は宙に浮いてい るではないか。よく見れば、塔の表面はレンガなどではない。金属である。と ころどころを蛇のように這うパイプ群、赤や緑の目を光らせる発光体、すべて が見たことのないもの。 そう、 この塔は、 世界の技術を超えたオーバーテクノロジーの集大成だった。 「・・・こいつは、たまげた。飛空艇を極めたワシでも、なにがなんだかわか らんわい。 」 シドが思わず舌を巻いた。残る3人も同じ思いだった。 『赤い翼』の船は、塔の最下部、本来なら塔の地下に相当する場所に入って いった。そこには他にも『赤い翼』艦隊の船が接舷していた。よく見れば、そ の一箇所が空いている。そこに入れ、ということなのだろう。 「空中に船をとめるとは、思わなんだ・・・。」 船を降りて塔の内部へと侵入したシドは、むしろ好奇心丸出しの声で、辺り を見回していた。そんなシドを横目に、残る3人の緊張は、いやがうえにも高 まる。いよいよだ。ヤンには、国の仇。テラは娘の仇。セシルにはローザを救 うという目的がある。そのためにゴルベーザを倒さなければならない。その本 拠に来たのだ。 「・・・ようこそ、諸君。気に入ったかね。この”ゾットの塔”は。 」 またもや、 どこからともなく声が聞こえてきた。気配がないところをみると、 このテクノロジーの賜物で、声を伝達しているのだろう。 「見ての通り、そこは塔の最下層。パーティーは、最上階で行うことにした。 諸君には申し訳ないが、最上階まで御足労願おうか・・・。 」 不愉快な低い笑い声とともに、声は途切れた。 シドが怒りを隠さずに言った。 「上等じゃ!あまり待たせては可哀想じゃ。とっとと行くぞい!」 「紳士たるもの、時間には正確でないとな。」 テラが続く。ヤンも駆け出した。 「姫もお待ちでござる。 」 -122- 第二二章 破滅の言葉“メテオ” -121- 姿に、セシルたちは多少ドギマギした。 その時、円卓の間を邪悪な空気が漂うのを感じた。 「・・・無事、クリスタルを手に入れたのだな。さすがだな・・・。 」 4人の顔が、途端に野獣のそれに変わった。憎んでも憎みきれない最大の諸 悪の根源。忘れもしないその声の主。どこからともなく聞こえるゴルベーザの 声は続けた。 「ふふっ、そう怖い顔をするな。約束どおり、我々のパーティーへ招待しよう。 君のパートナーもお待ちかねだ。外に出て飛空艇に乗りたまえ。 迎えを出そう。 」 一方的に用件を言うと、 邪悪の気配はあっという間に消えた。 8人姉妹神官、 今の気配の異様さにおろおろするばかりだ。 「申し訳ありません。今聞いたとおりですので、クリスタルはしばらく・・・。 」 セシルが元の優しさをたたえた顔で本当に申し訳なさそうに言うのを見て、 神官の長女は決意を込めた瞳で言った。 「わかりました。どうやら、トロイア一国の問題、というわけではなさそうで すね。クリスタルはお貸しいたします。」 「感謝します。 」 それだけ言うと、セシルたち4人は城の外へと駆け出した。その様子を城の 窓から見送った8人神官は手を組んで祈りを捧げると、長女の言葉に耳を傾け た。 「私たちだけ、高みの見物はできません。各国の首脳に使者を出します。あの、 ゴルベーザという悪しき者に対して、我々ができることを探すのです!」 俄かに慌しくなったトロイア城を、間もなく飛空艇『エンタープライズ』が 見下ろしながらはるかなる天空へと飛び立っていった。 まるで、夕刻を迎えて姿を現し始めた2つの月へと旅立つかのように。 3―敵意と優しさ 残された2人は、なおも視線をぶつけ合い続ける。 「・・・だいたい、なぜ新参者のあなたがこれほどまでにゴルベーザ様に近づ けるの?あんた、生意気なのよ!」 カインの目は、より強く光る。 「オレの方が実力がある、と言うことだろう。貴様たち『四天王』のていたら くを見れば、おのずとわかること・・・。 」 「あんな連中と、一緒にしないで!スカルミリョーネも、カイナッツォも、 『四 天王』になれたのが不思議なくらい、弱かったんだから!」 「ふっ。お前とて、同じかもしれんのだぞ・・・?」 カインがその頬に、軽く心地よい風を感じたと、思った瞬間、その喉元にな にか鋭いものが突きつけられていた。 それは、 バルバリシアのブロンドの髪が束ねられ、 刃物と化したものだった。 「いいかげんにしなさいよ。この”風のバルバリシア”がその気になったら、 あんたを消すことも簡単なのよ・・・。 」 喉元からは、わずかだが血の筋が滴っている。カインの口元に小さく笑みが 浮かんだ。 「・・・すまなかった。わかっているよ、お前の実力は。だが、今回は譲って もらう。セシルとの決着は、オレがつけなければならない・・・。」 バルバリシアの髪が力を失い再び重力にしたがって垂れる。美しいウェーブ になびいた。その姿は妖艶だった。そして、その目からは、先程までの怒りが きれいに消えていた。 「・・・あの女のせい?あんたが連れてきた、あの・・・。なぜ、あの女に、 そんなにこだわるの?・・・好きなの?欲しいの?何故!?」 バルバリシアは、己の目が涙をたたえていることに気づいていなかった。た だ、カインの剥き出しの敵意と優しさに同時に触れたとき、心には次々に疑問 が浮かんできた。叫ばずにはいられなかった。なぜかは、わからなかった。 だが、返事はなかった。カインの目は、ディスプレイのセシルをにらみつけ ていた。その目が、今の自分と同じ目であることに、バルバリシアは気づいた。 4―憎しみの先に ゾットの塔。それは、かつて太古の人類が天空を目指して建造し、神々の怒 りに触れて破壊された伝説の塔を思わせる。その高さもさることながら、人の 手には余る代物に思えるのだ。いたるところのオーバーテクノロジーの数々。 今、その塔の高さにさすがに息があがってきた一行が、とある小さな部屋に 逃げ込んで息を整えてきた。このままでは、キリがない。 「な、なんなんじゃ、この塔は。どこまでいったら最上階なんじゃ?」 シドが、息を荒げて文句をいう。 「・・・黙って登れんのか、お主は。 」 テラがまたシドにからむ。この2人の場合、それは仲が良い証拠なのだ。 「どうする、セシル殿。このままでは、体力がもたんぞ。 」 「・・・仕方ない。ここでしばらく休もう。やつらの目的はこのクリスタルだ。 それまではローザに危害を加えることはあるまい・・・。」 -124- カインの獲物 2―カインの セシルたちの塔内における奮戦を、 例のディスプレイで眺めるゴルベーザは、 やはり食い入るように画面を見つめるカインに話しかけた。 「どうだ。今度こそ、セシルを葬ってやれるか?」 カインは答えない。画面内のセシルを見つめ続けている。その様子を見て、 軽く笑ったゴルベーザはそのまま後ろを見た。 「・・・お前は、どうだ?バルバリシアよ。」 バルバリシアと呼ばれた黒い影は、仰々しく答えた。 「私にお任せくだされば、セシルごとき、物の数ではありません。カインのよ うな新参者の出る幕などございません。」 その台詞が終わるかどうかと同時。バルバリシアの足元に高い金属音が鳴り 響いた。 軽い振動音を残したそれは、槍だった。 思わず一歩引いたバルバリシアが見上げると、画面の光を背に受けて黒いシ ルエットと化した、カインがあった。目ばかりが、強い光を放っている。 「・・・セシルは、オレが倒す。貴様は、手を出すな。 」 足音を響かせて近づいてきたカインの迫力に、バルバリシアは動けなかった。 目の前まで来たカインが槍を抜くと、バルバリシアをにらみつけた。 美しい女性だった。背が高くスラリとしたスタイルに、煌く長いブロンドの ワンピースを身に纏っている。 足元まで伸びた長いストレートの髪もまた、輝くようなブロンド。 多少切れ上がった瞳が気の強さを感じさせるが、 目鼻立ちの整ったその顔は、 絶世の美人と言える。 濡れたような鮮やかな紅の唇からは、今は、その美しさにふさわしくない歯 軋りが聞こえた。 「やめんか、バルバリシア、カイン。」 ゴルベーザの制止に、2人は主を見た。 「どちらにせよ、やつらがここまでたどり着いたら、の話だ。私は奥にいる。 いらざるもめごとを起こすでない。 」 そう言うと、ゴルベーザはディスプレイの下にある奥へ続く扉へと消えてい った。 -123- 「ローザ・・・。待っていてくれ!!」 強い光を宿らせたセシルも、駆け出した。 不利な取引 5―不利な 「ようやく、来たか。待ちくたびれたぞ・・・。 」 最上階で姿を現した黒い甲冑は、その傲岸不遜の態度を見せつける。その姿 が癪に障る。その隣には、カインがついていた。 その手に”土のクリスタル”を輝かせたセシルは、あふれる様々な感情を押 し込めて言った。 「約束どおり、クリスタルを持ってきた。ローザをはなしてもらおう。 」 ゴルベーザは、その兜の奥の瞳に赤い光を宿らせる。 「・・・クリスタルが先だ。女は、その後だ。」 「そんなことが、信じられるか!ローザを出せ!」 顎を突き出して、4人を見下すゴルベーザが言った。 「こちらとしては、女を殺しても何の不都合もない。クリスタルは貴様らを殺 6―命、燃やして 「ワシの名は、テラ。貴様にダムシアンで、娘を殺された。覚えてはおるまい な。貴様はそれだけの殺戮を重ねてきたのじゃ。アンナはその中のほんの一人 なのじゃろう。だがな。 」 テラは、手にした杖を軽く振った。それまでは全く魔力を感じさせなかった にもかかわらず、ゴルベーザの体に強烈な雷が迸った。思わず後ずさったゴル ベーザに、テラは言葉を続けた。 「ワシには、大切な、一人娘だったのじゃ!」 振りかぶった杖をゴルベーザに突きつけたテラの体から、かつて感じたこと のない魔力が噴出した。それは、個人が出す魔力としては、ありえない桁違い なものだった。付近の壁に隠れる機械類がスパークを起こす。 これは、明らかに、テラは“命を燃やしている”! 「テラは死ぬ気だ!みんな、テラを助けるんだ!」 3人が飛びかかろうとしたが、なにか見えない壁に弾かれる結果となった。 「テラ、だめだ!やめるんだ!」 だが、テラの耳には届かない。 「ぬう、何という魔力・・・。」 そばにいたカインも、ゴルベーザとテラの間に割り込めないでいた。 「死ねィ!極大火炎魔法“ファイガ”!」 テラの杖から赤い光線が発射された。光線がゴルベーザをとらえると、ゴル ベーザの体は赤い球体に包まれる。 あっという間にそれは、 大爆発を起こした。 きりもみで吹っ飛ぶゴルベーザの体は、壁に叩きつけられた。 -126- して奪っても良いのだからな。さあ、クリスタルをよこせ。 」 「クッ!」 やむを得ず、セシルはクリスタルを放り投げる。ゴルベーザがそれを受け取 ると、低く笑った。 「クリスタルは渡した!ローザを返せ!」 「ローザ?なんのことだ?」 予想していたとはいえ、あからさまな約定違反に4人は色めきたった。 「貴様!卑怯な!」 そう言って飛び出そうとしたセシルを、横に突き飛ばした男がいた。 テラだ。 ゴルベーザが立つ一段高い場所へと、その階段をゆっくりとのぼっていく。 その動きの滑らかさに、その場にいた全員が見とれていた。気がつけば、ゴル ベーザの目の前にテラは立っていた。 「貴様、何者だ?」 ゴルベーザを鋭く射抜くその視線は、すでに人のものではなかった。憎しみ に燃えるその目は、悪魔か神か。 -125- さっそくシドがテントを広げると、その中にもぐりこんでいきなり高鼾をあ げた。ある意味、才能である。 「ったく・・・。緊張感のかけらもないんか・・・。」 そのわきに腰をおろしたテラは、なおもギラギラと目を光らせていた。それ が、セシルには不吉に思えてしまう。 「テラ。ゴルベーザと戦うときには、やはり・・・。」 「ああ、”メテオ”を使う。 」 「だが、”メテオ”を使うには、テラの魔力では足りないのでは?」 大陸すら消し去る魔法である。過去にこの魔法を行使したケースでは、一人 の魔導師が発動したことはない。例えば、軍団として組織された魔導師の集団 などが行使している。史料によれば、最低でも100人からでないと発動しな い、という。 「お主は、肝心なことを忘れている。おぬしが暗黒騎士だったときのことを思 い出すがよい。 」 暗黒騎士が使う奥義”暗黒剣”。行使する者の生命力を敵に撃つ力に変える ものだ。強力な魔力を持たない騎士でも、大量の敵や強敵に対抗できる切り札 である。 「テラ・・・。もしや、あなたは!」 テラは自嘲気味に笑った。 「ワシとて、死ぬつもりはない。心配するな。」 テラはそう言うが、セシルにはそれが嘘だとわかる。それほどに、テラの憎 しみは深い。憎しみに駆られた力は、結局本人に死をもたらすだけなのだろう か。今の自分は、ローザを救いたい一心で戦っている。 ・・・本当にそれだけなのだろうか。ゴルベーザ憎さで戦っているだけでは ないのか。 だとすると、死の影がすぐ隣に忍び寄っているのは、自分ではないのか。 禁断のメテオ 8― ―禁断の 白光を放っていたテラの体と魔方陣が、赤い光に変わった。それが天に届く と、天空を覆っていた暗雲はすべて吹き飛んだ。 そこには、脅威の光景があった。 赤い、まさに血の色の無数の光の玉が、まるで満天の星空のごとく、空を覆 っていた。なぜ、破滅の光景とは、どんなものであれ美しいのだろう。それは、 大空のはるか上、宇宙と呼ばれる空間に漂う、巨大な岩石の塊だった。空気と の摩擦で赤く燃えるほどの超高熱で、この青き星に落ちてくる。 どこに? 「ぬおおおおぉぉぉおぉぉおぉぉおぉぉぉお!!!」 隕石群の目標であるゴルベーザが叫んだ。次の瞬間。 第一弾がゾットの塔を縦に貫いた。それは、恐怖の叫びをあげるゴルベーザ の姿をそぎとっていた。残された者は、それに驚くヒマはなかった。さらに赤 い巨弾が次々にゾットの塔をすさまじい爆音とともに打ち砕き、貫いていった。 破滅の行使者、テラは赤い光の柱の中で雄叫びをあげていた。なおも強大な 魔力を撒き散らすその姿は、まさに地獄の蓋が開いた、という比喩でも足りな い光景だった。 「わああああぁぁぁぁぁッ!!ロ―――――ザァ!!」 セシルには、すでにゴルベーザの生死など、どうでもよかった。ただ、この 大破壊の中で、愛する者の無事を願った。 「ぐああああああぁあぁぁぁぁあ!!」 その一方で、カインが激しい悲鳴をあげた。と、いきなり糸の切れたマリオ ネットのようにその場に倒れこんで、動かなくなってしまった。 塔の破壊はまだ続いていた。その果てしない高さを誇ったゾットの塔のいた るところを破壊していく。それでもなお、赤い悪魔はまだ獲物を喰い足りない のか。おそらくゴルベーザが落ちていったと思われる底部の方へと集中的に炸 裂し始めた。 塔のいたるところで、塔の破滅を知らせる警報と光が発生し始めた。そんな 塔の悲鳴をかまうこともなく、それでも悪魔の群れは獰猛にゴルベーザを追い 続ける。 破壊の痕跡 9―破壊の まるで無限の時間に思えた破壊の調べは、突然その終末を迎えた。その爆音 はすべて途絶え、赤い悪魔は、夢であったかのようにその姿を消した。あとに 残されたゾットの塔はまるで虫食いの葉のような穴を、ところどころに残して いた。それは黒い煙を噴き、炎さえも巻き起こしている。 破壊をもたらした張本人からも、もう魔力は放たれていない。先程の嵐が嘘 のように静かに立ち尽くしていた。セシルたちは動けなかった。まだ、彼らの 目の前で起きた出来事のショックから立ち直れていない。 -128- 7―切り札 その様子を見ても、テラの表情に焦りはない。 「ふっ、ふっ。知っとるわ。やはり、あれでないとだめかの。 」 ゴルベーザの口から、ほう、という言葉が漏れた。 「何か、切り札があるのかね?もっとも、何をしても私には効かないがね。 」 「そうかね。では、後悔せんようにな・・・。」 そう言うと、急にテラはその魔力を消した。 いや、違う。 場を包む、この肌を切るような緊張感は、これから起こる尋常ではない出来 事のプロローグであった。2人を見守るセシルたちも、 カインも全く動けない。 「・・・?」 ゴルベーザは、今、己がいる場所に、妙な違和感があるのを感じた。何かに、 包囲されているような、閉じ込められているような気配が辺りを包む。 突如、テラの足元に、大きな真紅の魔法陣が現れた。それはすぐに激しく発 光すると、白い煙を発した。それが天井に吹き上がると同時に巨大な魔力の噴 出が起こった。次の瞬間その激しさは天井すべてをはるかなる天空へと吹き飛 ばした。 「な、なにぃ!!」 予想もしなかった力だったか、ゴルベーザが驚きの声をあげた。 白光が天を突き刺すと、大空は見る間に暗雲に覆われ始めた。ゾットの塔全 体が揺れ始めている。その天空から何か轟音が聞こえてくる。 「き、貴様!まさか、アレを使ったのか!」 ハリケーンのような暴風が、その場にいる全員を襲う。テラの魔力の渦だ。 ゴルベーザだけが何とか立っているが、残りの面子は全て壁際まで飛ばされて、 身動きが取れないでいた。 ゴルベーザの口調に、いつもの余裕は全くなかった。 セシルたちは体の震えが止まらなかった。魔法というものの恐ろしさを、そ の身に強く刻み込んでいた。 「ゴルベーザ!年貢の納め時じゃ!!!」 テラの言葉は、破滅の言葉を、放った。 ――――― メテオ! ――――― -127- 「まだまだぁ!極大雷撃魔法“サンダガ”!」 その体は、さらに大爆音を響かせて雷の鎧を纏う。激しく渦巻いた稲妻をま とめあげたテラはそれをゴルベーザに向ける。一瞬でゴルベーザをとらえた雷 は、黒い甲冑の色すら変えるような輝きで炸裂した。 しかし、その輝きが消えると、ゴルベーザは何事もなかったかのように立ち 上がった。 「ふっ、大した力だな。だが、その程度ではまだまだ通じないな。 」 11―躊躇 だが、突如ゴルベーザの気配が大きく揺らぐと、数歩にじり下がったではな いか。さらに頭を抱えると、うめき声とともに苦しみだした。 「う・・・?ぐぅぅぅぅぅぅ・・・。な、なんだ・・・?き、貴様は一体・・・?」 主人の苦しみに呼応して、黒竜もまた大きく痙攣したかと思うと、黒い粉雪 と化して大気に溶け消えた。 「き、貴様、もしや・・・?がぅぅうぅぅぅぅぅぅ・・・。 」 セシルは、ゴルベーザの不可解な反応が理解できない。だが、本能ではチャ ンスだと思い全身に力をこめる。だが。 「くっ・・・。この場は・・・、見逃してやる・・・。カイン!この場は退く ぞ。 ・・・カイン!?」 名を呼ばれた竜騎士は、うつ伏せに倒れたまま呼びかけに応じない。ゴルベ ーザの口から舌打ちが鳴った。 「・・・術が解けたか。まあ、いい。貴様はもう、用済みだ。セシル、次に会 った時が、貴様の死ぬ時だと知れ。さらばだ・・・。」 「ま、待て・・・。逃してたまるか・・・。」 それでも、セシルの体は言うことを効かない。先程の黒竜同様、闇のシルエ ットとなったゴルベーザの体は、粉雪のように舞うと風に吹かれるようにして 消えた。 「くっ・・・。 」 気がつけば、静寂の中に塔の外の風の音ばかりが聞こえてくる。それは、一 つの命を運び去ろうとする死神のささやきなのだろうか。 賢者の死 12―賢者の 「ふう・・・。仕留め損なってしまったな・・・。」 あの炎を噴くような怒りは、どこへ行ってしまったのだろう。まるで、街の すみっこで小さな子どもたちに己の自慢話を語って聞かせる好々爺の顔である。 今にも泣きそうな子どもたちの顔を見て、テラはなぜか、とても満足だった。 「しゃべるな、テラ!」 セシルがなんとかしようとするが、彼にはなす術がない。 「だめじゃよ。ワシの全ての命を使ったのじゃ。助かるまい・・・。 」 -130- 10―倒せない者 せない者 10― 「ぐうううぅぅぅ・・・。この、ゴルベーザによくぞ恐怖を与えてくれた・・・。 だが・・・、まだ、この程度では、死んではやれんな・・・。 」 ゴルベーザは、悪魔に魂を売ったのだろうか。”メテオ”という魔法でも、 やつを仕留めることはできなかった。 それでも、セシルはゴルベーザを恐れなかった。もはや、やつも虫の息。倒 せる、いや、倒さねばならないのだ。 そっとテラを横たえると、セシルは光の剣を構えた。 「ゴルベーザ・・・。貴様は生きていてはいけないんだ・・・。」 剣を大きく振りかぶって飛んだセシルだが、彼はそこにゴルベーザの笑みを 見た。 「・・・確かにメテオとは恐れ入った。かなりのダメージも負った。だが、そ れでも貴様一人くらい倒すのは、ワケはない!出でよ、”黒竜”!」 2人の間の空間に暗黒の歪みが生じた。闇の閃光が、セシルを吹き飛ばす。 それはすぐに、竜の尾の形をとった。ファブールであいまみえた時に歯が立た なかったあの竜だ。 「うわぁッ!」 何か、鉄の枷を手足にはめられたような、すさまじい体の重さに身動きが取 れなくなる。強く空気をはじけさせて具現化した黒竜は、すかさずゴルベーザ を守るように彼の身を包むと、ゴルベーザはおぼつかない足取りでセシルに近 づいてきた。 「セシル!」 「セシル殿!」 シドとヤンがすかさずゴルベーザに飛びかかるが、辿る運命は同じだった。 「・・・ザコは、引っ込んでおれ。セシル、今、とどめを・・・。 」 苦悶の表情で睨むセシルの顔を覗き込んだ黒い影。目ばかりが強烈な殺意に 爛々と輝くゴルベーザ。 セシルの脳裏を巡ったのは、テラの容体、突然倒れたカイン、ローザの顔だ った。 -129- だが、テラがその姿勢を崩して倒れこんだとき、セシルたち3人は弾けたよ うにしてテラのまわりに集まった。 「テラ、テラ!」 セシルがテラを抱き上げると、先程の迫力がどこへ行ったか、穏やかな顔で 目を閉じていた。セシルの呼びかけにも応じない。 「起きんかい、このクソジジイ!あんな目に遭わせてくれおって!仕返しして やるから、目を開けんかい!!」 シドが、言葉とは裏腹に目に涙さえ浮かべて叫ぶ。その横のヤンも心配そう な目でテラを見ている。 その視線をふとあげた。驚愕の表情となった。セシルとシドがそれに気づい て振り返る。そこには驚きの光景があった。 ゴルベーザだった。 頭の兜の半分ほどが砕け、その銀髪が見える。漆黒の甲冑も無残に引き裂か れている。彼の威容を誇示していた漆黒のマントも、すでに見る影もない。さ すがに息も荒い。 だが、あれだけの大破壊の中を、何故、生きているのか。 カインの後悔 1―カインの 悲嘆に暮れる3人が我に返ったのは、一人の男のうめきを聞いたからだ。 「くっ・・・。 」 頭を抱えて、ゆっくり立ち上がった男は、今、自分の状況が理解できていな いようだ。周りを見回すと、セシルたちの姿を見つけた。 「・・・!セシル!」 「カイン!?」 セシルは彼の目に、すでに邪悪が宿っていないことに気づいた。 「セシル、オレは?・・・いや、オレはとんでもないことを・・・。 」 どうやら、ゴルベーザの強力な魔力で操られていたのだろう。突如、カイン は己の両手を見ながらわななきだした。 「すまない、セシル!オレは、なんてことを・・・!オレは、自分が、許せな い・・・!」 セシルはおもむろに立ち上がると、カインへと近付いていった。 「・・・もういい、大丈夫だ、カイン。気にするな。」 それでも、カインの震えは止まらない。 「いや、違うんだ!ゴルベーザの術だけではないんだ!オレは、お前が憎かっ た。オレはローザを想っていた。だが、ローザは、お前を・・・!!」 その瞳からは、涙さえも溢れている。よほど無念なのだろう。 「・・・オレは、ローザに側にいてほしかったんだ!だから、お前を・・・! そんなつまらない嫉妬から、オレはお前を苦しめてしまった・・・!」 顔を伏せて嗚咽するカインの前に立ったセシルは、拳を握ると軽くカインの 腹を叩いた。その顔には、優しい笑みが浮かんでいた。 「やめろよ、カイン。もう、いいんだ。もう、過ぎたことだ。そんなに、自分 を責めるな。 」 一言一言、かみ締めるように言うセシルは、パラディンとして神々しい光を 発しているようだった。 「今は、ゴルベーザを倒すこと。そして・・・。 」 だが、そのとき、2人は肝心の事を思い出した。2人同時に叫んだ。 「ローザ!」 「カイン、ローザはどこだ!?」 「しまった!奥の部屋だ!ゴルベーザが仕掛けたトラップが、動いているかも しれん!」 言うが早いか、光のように奥の部屋へ駆け込んだ。ヤンとシドも続く。 別離の終わり 2―別離の ローザは、無事だった。強化ガラスの牢の中で咳き込みながら、ガラス越し -132- 第二三章 風のバルバリシア -131- 「このクソジジイ!勝手にくたばるなんぞ、ワシが許さんぞ!!」 シドが必死に叫ぶが、それも無力だった。 「・・・テラ殿・・・!」 テラの脈をとっていたヤンは、あまりに弱々しくなっていく脈に、思わず絶 望の表情を浮かべた。 「だが・・・。ゴルベーザのヤツめも、手ひどくダメージを受けたようじゃ。 倒せない相手ではない・・・。3人とも・・・、アンナの仇を頼む・・・。 」 テラの目は、すでに3人を見ていなかった。その目は、彼が突き破った天井 を、遥かなる天空を見ていた。何が見えるのか、セシルたちには及びもつかな かったが、テラは一言呟いた。 「・・・アンナ・・・。また、おまえと・・・。一緒に暮らせる・・・な・・・。 」 天を掴むようにして持ち上げた震える右手た、ふとおちた。それっきり、動 かない。 怒りに身を任せて、怒りのままに駆け抜けた一人の賢者は、限りない優しさ に包まれて逝った。 彼の命を奪ったのは、怒りという負の感情なのか。それは、間違いだったの だろうか。 それでも、偉大な伝説の魔導師テラの顔は、なんの答えも示さない。ただ、 穏やかだった。 なぜ、穏やかなのだろう。テラの死に悲しむよりも、セシル にはそれが不思議だった。 ・・・自分も、こうなるのだろうか? 3―女の私、敵の私 「バルバリシア、なぜ・・・。」 2人の様子が正視できなかったカインは、 バルバリシアに疑問を投げかけた。 「ゴルベーザ様には、殺せと言われた。でも、できなかった・・・。なぜかは、 わからない・・・。」 伏せ気味だった顔を少し上げると、カインに微笑みかけた。それは少しさみ しげながら、百花繚乱の笑顔だった。 「・・・あんたが、愛した女、だからかな。」 それは、確実に美しかった。ゴルベーザの配下とは思えなかった。カインは 何も言えなかった。それでも、わずかに口が動いたその時。 それは、 一つの爆音から始まった。はるか下の方から聞こえてきたその音は、 かれあう者たち 4―惹かれあ 暴風の壁は、徐々にその包囲網を狭めていく。このまま吹き飛ばそうとして いる。だが、セシルたちにはなす術がなかった。 すさまじい金属音が、 一行の耳に鳴り響いた。部屋の出口に響いたその音は、 カインの槍が炸裂したものだった。槍が巻き起こした音速を超えた衝撃波は、 暴風を荒々しく切り裂いた。 「今だ、セシル!ローザを連れて、先に脱出しろ!」 親友の言葉に、それでもセシルは戸惑った。 「だが、カイン!お前はどうする!?」 「・・・オレは、こいつと決着をつけねばならない。大丈夫だ、すぐに行く!」 その言葉に、カインの決意を感じてしまったセシルは、それ以上カインを止 めることができなかった。 「すまない、カイン!」 弱まった風の壁を転がるようにして脱出した4人を、バルバリシアは意外に 冷静な表情で見つめた。 「・・・なぜ、見逃した?」 投げた槍を引き抜きながら、カインが問うた。 「確かに、あんたとは決着をつけないといけない、と思ってね。」 部屋の嵐はおさまっていた。おもむろに上げたバルバリシアの右腕が、風を 巻いたのをカインは見た。 -134- 徐々に大きくなりながら迫ってくるようだった。 セシルたちの右斜め上後方が、小さなスパークとともに爆発を起こした。爆 風からローザをかばったセシルは、一つの予感を感じた。 「塔が、崩れる!」 次々に炸裂する爆発音は、この塔の断末魔の叫びだった。 「こりゃだめだ!もう、もたん!脱出するぞ!」 シドがそう言ってセシルの背中を張ると、セシルも叫んだ。 「よし、脱出する。カイン!」 だが、途端に部屋に異変が起こった。激しい暴風が部屋を駆け巡り、出口に さしかかっていたヤンが、大きく弾かれた。風の壁ができている。 「バルバリシア!」 部屋の異変からバルバリシアの仕業と見たカインが彼女を見ると、ブロンズ のドレスをはためかせて風を巻き起こす姿があった。その顔には、先程の笑顔 はない。 「・・・確かに、その女は助けたわ。でも、ゴルベーザ様に逆らったあんたた ちを、このまま逃がすわけにはいかないのよ・・・。それが、 『四天王』の一人、” 風のバルバリシア”の役目・・・。特に、裏切り者のカイン!あんたは逃がさ ない!!」 -133- に一人の女性と向き合っていた。その女性は、壁にあるレバーに手をかけてい た。 バルバリシアだった。 「バルバリシア!何を!」 カインがそう叫んだ瞬間、バルバリシアのブロンドの髪が鋭い槍と化してガ ラスを破壊するのを見た。なおも咳き込むローザは、 カインに向かって叫んだ。 「違うの、カイン!この人は、私を助けてくれたの!ガスで窒息しそうなとこ ろを、この人が止めてくれたの!」 驚いたカインは、バルバリシアを見た。彼女はどこか、悲しそうに微笑んで いた。 「ローザ!」 そのカインの背後からセシルが飛び出すと、ローザの大きく見開かれた目か ら、みるみる涙があふれてきた。 「セシル!」 よろめく足で駆け寄るローザを、風のように優しく駆け寄って抱きとめたセ シルは、ローザの髪の香りを感じた。 それは、ファブールで引き裂かれた2人の、久しぶりの再会だった。 2人は強く抱き合ったまま、動かなかった。言葉もなく、抱き合っていた。 まるでそれだけですべてが伝わるかのように。長い別離のように思えた。 そして、また巡りあえた。セシルは強く感じていた。自分にかけがえない人 を。自分を愛してくれている人のことを。自分がこの人を愛していることを。 もう、二度と離してはいけないことを。 「ローザ、すまなかった・・・。さみしい、つらい、想いをさせた・・・。 」 ふるふると頭を振るローザがセシルを見上げた。それだけで、十分だった。 「テラのじじいが、守ってくれたのかもな・・・。」 「うむ・・・。よかった・・・。」 ちん、と手鼻をかんだシドがつぶやくと、ヤンがそれに答えた。 6―嵐の予感 3人の悲鳴がはるかな縦穴の底にまで消えた刹那、奥の部屋から一人の男が 爆音を轟かせて壁を突き破った。 激しい回転とともに次の壁に叩きつけられるはずのその男、カインは、身軽 に壁に着地するとそのまま壁の縁に手をかけて動きを止めた。だが、その口か らは一筋の血が流れ、空いた片手で腹を押さえている。 「・・・大きい口を叩いた報いよ。さすがのあんたでも、効いたでしょ?」 声のした方には、影しかなかった。そこに今、動く影が現れた。一歩、一歩、 その歩を進めるたびに、足元からおさえきれない、というように風が巻き起こ 空中戦 7―疾風の空中戦 穴はかなり巨大なものだった。塔の内部を完膚なきまでに破壊してなおも見 えない穴の底まで続いている。メテオという魔法の威力や、推して知るべし、 である。 その脅威を目の当たりにして空中を進むバルバリシアは、ふと上空に気配を 感じた。見上げた瞬間に彼女の脇を通り過ぎた影は、彼女の腕に一筋の赤い線 を残していた。白い肌に血が滴り落ちる。 「カインッ!」 影は、階下の穴の縁に着地すると、すかさず床を蹴った。 「お前の得意な空中戦を挑んでやろう、と言うんだよ!」 一個の蒼い弾丸と化したカインが、そのままバルバリシアに突進した。 し かし、それをバルバリシアは激しい大気の渦による壁で弾き返した。 「後悔するわよ!」 再び嵐の渦がカインを襲う。が、すかさずそれを壁を蹴ってかわす。そこに、 しなやかな脚を振り上げるバルバリシアの姿があった。 「くっ!風はおとりか!」 「もらったッ!」 その美しく細い脚からは想像もできない勢いで振り下ろされた蹴りが、再び カインの腹を襲う。カインは、縦穴を叩き落されるようにして吹っ飛んだ。 「とどめッ!」 蹴りを喰らい吹っ飛ぶカインを、バルバリシアは左手の人差し指で指した。 そこに風の渦が収束すると、一本の細い灰色の光線となって放たれた。 -136- る。 影の横で、爆発が起こる。その光が影を照らした。 吹き荒れる暴風の予兆を、肌を刺すような緊張感を全身に漲らせることで表 現した女性、バルバリシアの姿だった。 床に着地したカインは、その押し潰されそうなほどのプレッシャーを感じて いた。ダメージも大きいようだ。それでもその表情に焦りは無い。 「さすが、といっておこう。だが、それだけでは、オレは殺れんよ。 」 強い意志と知性を感じさせる切れ長の目がさらに吊りあがり、赤い唇からは キリッと歯軋りが鳴った。 「ならば、今、とどめを刺してあげるッ!」 渦を巻いた右手の風が、全てを砕くハリケーンと化してカインを襲う。それ をジャンプ一番かわしたカインは、なんとそのまま、セシルたちも飛び込んだ 縦穴へと突っこんだ。 「逃げる気?」 その足元からすさまじい爆風を噴き上げると、ジェット噴射のようにしてバ ルバリシアもまた穴へと飛び込んだ。 -135- ローザの強さ 5―ローザの 脱出、と言ってもすでにメテオのダメージで、やってきた道はすべてふさが れていた。飛空艇『エンタープライズ』は最下層においてきたままだ。 「どうする、セシル殿」 ヤンの問いに、さすがに返事に窮したセシル。そこにローザがあっさりと答 えを出した。 「ここを使いましょう。」 と言って、下を指差した。 そこは、メテオの最初の一撃が塔を縦に貫いた巨大な穴だった。確かに最下 層の方までは通じていそうだが。 「おい、ローザ。さすがにこの高さから飛び降りたら、ただでは済まんぞい?」 久しぶりに会ったローザのとんでもない意見に、シドが目を丸くした。 「大丈夫。私が浮遊魔法”レビテト”を使います。もう、時間がないの。 」 確かに、すでに塔の爆発は顕著になり、塔全体が激しく揺れている。もう、 長くはもつまい。 「し、しかし・・・。 」 突拍子も無い意見に、思わず穴を覗き込んだヤンは、底が暗くて見えないそ の高さにさすがにたたらを踏んだ。 しかし。 「いいから、私にまかせてッ!」 セシルたち3人がその台詞を聞いたのは、すでに空中だった。ローザに背中 を押されたのだ。 セシルは、昔から時折見せるローザの驚くべき頑固さを思い出していた。ロ ーザが側にいるという嬉しさを改めて感じながら、その口は思わず悲鳴をあげ ていた。 「いくわよッ!」 すかさず後を追ったローザの勇ましい姿は、ついさっきまで捕らわれの身で あったとは思えないものだった。 やはり、ローザは強かった。 9―風に溶けて バルバリシアの腹に、カインの槍が突き刺さった。勢いカインに抱きつく形 になったバルバリシアは、致命的な血を吐きながらカインの体を抱きしめて離 さなかった。 「バ、バルバリシア!」 バルバリシアの様子が今までと違うことに戸惑ったカインは、彼女の一言で 動けなくなった。 「・・・このままで・・・、逝かせて・・・。 」 舞い上がった2人の体が、その時落下にうつった。カインは、そのままバル バリシアに抱きしめられながら、縦穴をまっしぐらに落ちていく。 その姿は、その瞬間まで死闘を繰り広げていた者同士とは、思えなかった。 「あんたは、強かったね・・・。なんでかな・・・?」 少女のような無垢な表情で問うバルバリシアに、カインは答えた。 「きっと・・・守るものが、あったから・・・。 」 2人の体から、 わずかずつ黄金の光が漏れ始めた。 バルバリシアの体からだ。 「ローザ、か・・・。私にも、守れるものがあれば、良かったのかな・・・?」 「君は、女性だ。守ってもらうほうが、ふさわしい・・・。 」 「・・・バカ・・・。 」 そう言って微笑んだバルバリシアに、カインは何も言えなかった。バルバリ シアの体が黄金の光に包まれていく。 落下する速度にそぎ取られていくように、 その光ははかなく舞い散り始めた。 「そのまま・・・、抱いていてね・・・。 」 それだけ言って目を閉じたバルバリシアの穏やかな顔は、すぐに光に包まれ て見えなくなった。カインの腕の中から、何の感触もなくなったのは、そのす ぐ後だった。 ブロンドのはかない光は、太陽に溶けるようにして、消えた。カインは、身 動きひとつせず、深い、深い縦穴を落ちていった。 10―崩れる塔 れる塔からの脱 からの脱出 10― 「浮遊魔法”レビテト”!」 あちこちで爆発を繰り返す塔を一直線に落ちていく4人は、ローザの魔力を 受けて、縦穴の底付近で重力の枷を断ち切られた。突然空中で姿勢制御が可能 になった一行は、ローザの導きで、そのまま底に到達、塔の通路を高速で進ん だ。 あっという間に飛空艇『エンタープライズ』にたどり着いたシドは、セシル に怒鳴る。 「すぐに、ワシがエンジンを叩き起こす!お主は舵を頼む!すぐに、出るぞ!」 「了解!」 すでに塔の最下部、飛空艇ドックの大半の『赤い翼』艦隊はいなくなってい た。2隻ほど黒い煙を噴いて炎上しているが、あとは脱出したのだろう。 「ぬう、ゴルベーザめが。なんとか脱出したのか・・・?」 ヤンが歯噛みする一方で、ローザが不安な顔をする。 -138- 8―瞳が語るもの 叫びながら落下していく、石化したカインに近付いて驚愕した。それは、脱 ぎ捨てられたカインの竜の甲冑だった。中身は無い。 「そうだ。オレの実力は、その程度ではない!」 その声は、真上からだった。反射的に上げた顔には、太陽を背負う黒い影が 降ってくるようにしか見えなかった。カインがその槍を振るった。 それでも動物的カンで身をひねったバルバリシアの肩が、大きな傷口を作っ て大量の血を噴いた。大きくのけぞったバルバリシアに、 さらに壁を蹴って突撃するカインの槍を、かろうじて風の壁でくわえ込んだ バルバリシアは、そこでカインと落下しながらの鍔迫り合いの形となった。2 人の目が合う。高い澄んだ音とともに2人は分かれた。 バルバリシアが、その身を中心に球の形に巨大な嵐を炸裂させた。猛烈な勢 いでカインに迫る壁を、カインは槍で受け止めた。槍と嵐の壁の激しいせめぎ 合いに、身動きがとれないカインの背後に、バルバリシアの姿が現れた。先程 の蹴りの態勢に入っている。 「もう、楽にしてあげる・・・。カインッ!」 空中戦を挑んだ理由が、この瞬間に凝縮されていたような行動を、カインは とった。 槍をつかむ両手を一瞬離したカインは、その足を軽く嵐の壁に触れさせた。 跳ね上がる脚の勢いで一回転したカインは、そのままバルバリシアの蹴りをか わした。 「な、なに!?」 槍をつかみ直してそのまま回転した足でバルバリシアを蹴り飛ばすと、彼女 は自ら生み出した嵐の壁に弾き飛ばされる結果となった。 大きく舞い上がったバルバリシアを追って、嵐の壁を蹴ったカインがバルバ リシアに迫る。 その時、ふと彼女の目が見えた。その目は、カインを見つめて揺れていた。 憎しみでも悲しみでもない、不思議な目だった。ただそれを、カインは美しい と思った・・・。 -137- それは、正確にカインの胸をとらえた。直後、何かが凝縮されて固まる高い 音が立て続けに起こった。カインの体が灰色に変色していく。それは石化だっ た。 「意外にあっけないのね!あんたはそんなに、弱かったの?私が認めたカイン は、そんなじゃなかったはずよ!」 リオ天文台 1―コリオ天文台 「2つの月のうち、一方の大きい方、こちらには生物はいない。だが、小さい 方の月にはどうやら生物がいるのではないか、と思わせる痕跡がある。」 樹齢100年の老木にも負けないような太さの白い筒の中を覗きながら、コ リオは話し続けた。久しぶりに訪れた友人である私にも見向きもしない。相変 わらずの研究熱心なやつだ。 「だが、お前も見て分かるとおり、その月が赤く染まり始めている。 ・・・ほら、 これを見てみろ。 」 コリオは、自分が覗いていた筒の覗き口をゆずった。そこを覗き込んだ私が 見たのは、普段見る月をはるかに巨大にした、血の色に染まった月だった。 「そんな現象は、見たことが無い。過去の記録にも無い。天文学者の私が言う べき台詞ではないようだが、何か、よからぬことが起ころうとしているよう な・・・。 」 アガルトの村は、南に群れるいくつかの島の中でも一番大きな島の中心地で ある。 村の背後に、 標高4000メートルを越えると言われる火山が聳え立つ。 この島の大きさを考えると、かなりの大きさである。 それだけこの島一帯は火山列島なわけであり、そのため地震も多いらしい。 火山が関連した伝説も多い土地である。曰く、 「地上に太陽があれば、地底にも”マグマ”という太陽がある。」 「アガルトの御先祖は、地底からおいでなすった。 」 「自分たちは、ドワーフの子孫だ。 」 「太陽の石を掲げれば、故郷への道、開かれん・・・。 」 ドワーフ、それはこの世界に住む亜人種の一つ、と言われている。 群れで行動しあまり高級な知識を持たないゴブリン、高い知性を持ち排他性 の高いエルフ、並外れた巨体を持つオーガなど、亜人種には多くの種類がある が、ドワーフの特徴はその背の低さと好戦的な性格、その割に器用な手先であ る。 実は、コリオの白い巨大な筒「望遠鏡」も、ドワーフの技術の応用である。 一説には、飛空艇の技術さえもドワーフが開発したものではないかと言われて いる。 世界随一の研究成果を残す”コリオ天文台”を除けば、悠久の時を刻むだけ の平和な村である。今、世界を包むバロンの脅威と戦乱とは、無関係な場所だ った。 唯一つ。最近ここは地震がやけに多いそうだ。今日はここで例の夢の続きを 見る予定なのに、途中で地震に起こされたりしなければよいのだが。 -140- 第二四章 旅人8 -139- 「セシル!カインがまだこないわ!」 「あいつなら、大丈夫!すぐに来ると言った!」 何が大丈夫なのか根拠はまったくないが、それが男の友情なのだろうと、ロ ーザは感じてしまった。それだけで安心してしまうのだ。 不意に、飛空艇が大きく揺れ出した。いや、違う。塔全体が傾きだしている。 いよいよ、塔を支える浮力がなくなってきたのだ。 「エンジンがあったまったぞ!発進準備完了!いつでもいけるぞ!」 その声と同時だった。飛空艇の上空で起こった爆発の中から、蒼い影が現れ た。それは煙の尾を引きながら急激に落下すると、飛空艇の舳先を掴んでその 身を一回転させた。 「カイン!」 4人が叫ぶと、そのまま舳先に着地して叫んだ。 「遅くなった!すぐに船を出せ!もう、この塔はもたん!」 「よっしゃ、セシル、行け!」 「『エンタープライズ』 、発進!」 ローターが急激なうなりをあげると、初速でトップスピードにのったような 衝撃をともなって『エンタープライズ』は塔を飛び立った。 『エンタープライズ』が、太陽の光まぶしいはるかな天空の彼方に消える頃、 ゾットの塔の中央部が最大の爆発を起こした。そこからポッキリと折れた塔は、 結局神の怒りに触れて破壊された伝説の塔のように崩れ去る運命だった。爆発 を繰り返し、四散五裂した塔は、そのまま大量の瓦礫と化して海の藻屑と消え た。 2―地底の世界 3人が、カインの意外な言葉に思わず顔を見合わせた。 「4つで全部ではござらんのか?」 ヤンが思わず問うと、カインはまたうなずいた。 「光あるところには必ず闇がある。逆もまたしかり。セシル、パラディンにな ったお前ならよくわかるだろう。」 セシルがうなずくのを見て、カインの話は続く。 「この世界にも、同じ事が言えるんだ。すなわりこの世界の反対の世界。それ は、”地底の世界”・・・。 」 一同が思わず息を飲んだ。そして、そこから一つの重要な事実を悟った。 「と、言うことは、地底の世界にも・・・!」 「そう、クリスタルがある!ゴルベーザの狙いは、おそらくそれだ!!」 一同、静まり返ってしまった。よもや、この世界に裏があり、そこにもクリ スタルがあるなど、及びもつかなかった。 「すると、我々も急いで地底へと駆けつける必要がある・・・。 」 ヤンがつぶやいてみたが、そんな方法などすぐに思いつくはずも無い。 だが、 カインは腰につけていた道具袋から、あるものを取り出すと言った。 「・・・これは、ゴルベーザがオレに、地底に行くためにと言って渡した代物 だ。 」 それは、カインの手のひらに乗る程度の大きさの小さな赤い石だった。純粋 に赤いわけではない。ところどころ黒ずんだ部分もあり、全体的にオレンジ色 に輝いているような不思議な光を放つ。 「ヤツはこれを、”マグマの石”と呼んでいた。地底に行くための何か、重要 な鍵なのかもしれん。 」 「よし、なんとかそれを使って地底に行く方法を探そう。」 セシルの言葉に、3人はうなずいた。 天文学者コリオ 3―天文学者コ そのヒントは、意外に簡単に見つかった。シドの一言だ。 「ドワーフの子孫なら、 何か知っておるかもな。アガルトの村に行ってみるか。 」 なんでも、飛空艇の技術向上のために世界中を飛び回ったシドは、そのアガ ルトの村でドワーフが伝えたと言われる非常に細やかで繊細な機械技術を習っ たという。その技術は、かつてドワーフが地底にいた時から発展したものだ、 とも聞いていた。 娘の心配をよそに、飛空艇『エンタープライズ』を駆るシドは、その針路を アガルトの村へと向けた。 「あそこに住むコリオという男は、世界一の天文学者だ。何か知っていれば良 いのだが・・・。 」 まもなく、巨大な火山をたたえた小さな島が見えてきた。その麓に飛空艇を とめた一行は、そのままアガルトの村を訪れた。 「平和な村ね・・・。 」 ローザが、村を駆け回る子どもたちの姿を嬉しそうに目で追いながらつぶや いた。世界はゴルベーザの手によって混乱に落とされている中で、ここだけは 時間が止まったような平和な空間だった。 -142- まどい 1―とまどい バロンは、時ならぬ嵐に見舞われていた。厚い灰色の雲に時折走る稲光と、 激しく土を抉り壁を叩く雨音が、人々の不安を掻きたてる。 すでに、王が偽者であったことは国民の誰もが知る事実であった。バロンの 行く末を誰もが不安に感じながら、暴虐の限りを尽くした偽の王がいなくなっ たことで安心もしていた。 そして、悪しき呪縛からバロンを解放した元飛空艇団『赤い翼』団長セシル の名は、英雄として称えられていた。 そのセシルは、バロン城の自室にシドを除く全員、すなわちローザ、カイン、 ヤンを迎えて、今後の対策を立てていた。シドはさすがに娘が心配で家に帰っ たのだ。 「・・・テラのメテオでも、ゴルベーザを倒すことはできなかった。そして、 4つのクリスタルもまた、ゴルベーザの手元にそろってしまった・・・。 」 「テラ殿・・・。」 ヤンが落胆の表情を見せる。テラの亡骸を、できれば持ってきたかった。あ れほどまでに愛していた娘アンナとともに、葬ってやりたかった。だが、あの 状況ではさすがに如何ともならなかった。それが、無念だった。 「ゴルベーザの足取りもわからない。やつは、クリスタルを集めて何をするつ もりなんだ・・・。」 「カイン、あなたは何か、聞かされていないの?」 ローザの問いに、まだ戸惑いの表情を見せるカインは少し沈黙した。 なぜ、あれほどの行いをした自分を、セシルとローザはこれほどまでにあっ さりと受け入れたのだろう。即座に殺されても良いとさえ思っていたのに。だ が、今それを問う場面ではない。代わりに答えた。 「詳しくは聞かされていない。だが、クリスタルがそろうことで、月への道が 開かれる、などということを言っていたことがある。それが何を意味するのか はわからない。 」 「月への道?」 うなずいたカインは、さらに続けた。 「それに、クリスタルは”水””火””風””土”の4つだけではないんだ。 」 -141- 第二五章 地底への道 に外へ出た。ヤンは早々に寝てしまっている。 5―心の中の憎いヤツ 今だ、カインは憤り、戸惑っている。セシルとローザが互いに想い合ってい ることは、すでにそれこそ少年時代から分かっていたことだ。 例えば、ローザが作ったシロツメクサの冠は、いつもセシルの頭にあった。 バロンで行われた武術大会、セシルとの試合でカインが辛うじて勝ったとき、 ローザは彼をたたえる前にセシルが心配で彼に駆け寄った。 それでも、それをよしとしてきたではないか。オレの想いはまだ消すことが できない。なら消えるまで、ローザを想い続ける。それだけだったはずだった。 なのに。 決してゴルベーザの洗脳術だけではない。嫉妬だ。そんな心の弱さが、オレ を間違いに引きずり込んだ。騎士として、情けない限りだ。一方で、己の心の 弱さを克服してパラディンとなったセシル。 オレは、それにも、嫉妬しているのか? ふと気がつけば、噂の深い井戸の前まできていた。たかが井戸にもかかわら ず、 一段盛り上がった小高い丘の真ん中に作られている。まるで祭壇のように。 当然、深すぎて水など汲むことはできない。 何気なく井戸の底を覗いてみたが、こんな夜中に覗いても、余計に底は暗闇 にまぎれて見えたものではない。 人の気配がした。振り返ったカインは、闇の中に浮かぶ白い影に目を細めた。 「どうしたの?一緒に飲まないの?」 ローザは少し首を傾げて訊いた。幼い少女時代から、この癖があった。それ がひどく可愛らしい。 「濁り酒は、どうもな・・・。セシルは?」 「ふふっ、すっかりコリオさんとシドに気に入られちゃってるわ。 」 ローザも、初めは3人の酌をしていたのだが、シドたちが『セシルとの子ど もはいつ見せてくれるんだ~!?』などと言ってからかうので、思わず赤面し て出てきたのだ。 れる心、揺れる大地 れる大地 6―揺れる心 「静かなところね。こんな静かな夜は、久しぶり・・・。」 2人は井戸のすぐ隣、緑鮮やかな芝生の上に腰を下ろした。カインの心が痛 んだ。彼女に心静まらない夜を過ごさせたのは、自分だ。 「違うの、カイン。確かに、ゴルベーザに捕まっている時は不安だった。でも、 あなたが側にいたから、少し安心してた。あなたがいてくれて、良かった・・・。」 「でも、オレはオレの心の弱さで、君をあんな目に遭わせた・・・。 」 ふるふると、美しい髪を揺らして首を振る。 「いいの、もう。あなたは、私を助けてくれたわ。それで、十分・・・。ねぇ、 あのブロンドの髪の女性、バルバリシアって・・・。」 -144- 4―古い伝説 シドが、地底についての話をすると、さすがのコリオも首を傾げた。 「残念ながら、私にも詳しいことは分からない。だが、お前が目をつけたよう に、ここは地底と縁が深い。年寄り連中に聞いてみろ。必ず何かわかるだろう。 今日は泊まりか?ぜひうちに泊まってくれないか?」 「いいのか?夜こそが、お前の研究に大切な時間なのだろう?」 「いいさ。たまにはお前と濁り酒でも、飲りたくてな。昔のように・・・。 」 「うむ、呼ばれようかの。」 親友との再会を喜ぶシドを置いて、セシルたちは情報収集に村に出た。 しかし、実りは薄かった。村の老人たちはさすがに物忘れが多く不確かな情 報だらけだった。とりあえず信用できる情報としては、 「最近地震が多い」 「しばらく前に火山に、赤い物体がいくつか飛び込んでいくのが見えた」 「村で評判の、底の見えない深い井戸から、何か音が聞こえる」 「『”太陽の石”を掲げると、故郷への道が開ける』という伝説」 といったところだ。”太陽の石”を”マグマの石”と置き換えれば、やはりこ こに地底への道の入口があると考えてよい。しかし、”マグマの石”を結局ど うすればよいかがわからず、一向はそのままコリオの家に招かれることになっ た。 おあつらえむきに宵闇となったその晩、久しぶりの気分の良い酒に大騒ぎの コリオとシド、そしてその肴にされたセシルを横目に、カインは夜風にあたり -143- さっそく一行は、天文学者コリオの研究所を訪ねた。シドとは、以前に訪れ たとき以来の親友だと言う。同じ職人としての気質が合ったのだろう。 「おお、シドか。久しいな。 」 「おう、コリオこそ。相変わらずだな。」 研究所の一番奥、巨大望遠鏡がある部屋へ通された一行は、シドの声に懐か しそうな声をあげながら、一向に望遠鏡から目を離さないコリオを見た。研究 熱心もここまでくると病気に思えてしまう。 「教授・・・。お客人がきてるんですから・・・。」 助手が見るに見かねてコリオに声をかける。 「うむ、いや、すまんな、 シド。 お前も知っているだろう。 あの月の赤いのを・ ・ ・。 その研究で忙しくてな。」 「いや、構わんよ。研究の邪魔をしちゃ悪い。だが、こちらも急ぎでな。一つ だけ、聞かせてくれ。 」 「ん、なんだ?」 その時だけようやくこちらを向いたコリオは、意外に若い研究者だった。4 0前後、といったところか。熱心な研究者らしい子どものような目の輝きを持 っているのが印象的だ。 かれた道 8―開かれた セシルたちに、言葉はなかった。 朝日は、いまだに吹き上がる火山の噴煙を、黒くも灰色にも煌かせる。風に なびくそれがすっかり村を覆い、アガルトの村はいつもより少し薄暗い朝を迎 えていた。 村の人々は、朝のあいさつもそこそこに、昨晩の恐怖と不思議を口々に語っ た。しかし、すっかり余震も収まり、その噴煙の姿を除けばいつもの平和な村 の姿となんら変わるところはなかった。 そんな村の様子を眼下に、セシルたちは飛空艇を飛ばして上空から火山の様 子を見ていたのだ。 「こいつは、たまげた・・・。 」 二日酔いに頭を抱えるシドが、ようやくつぶやいた。 穴だ。噴煙の向こうに、朝日に照らされた火山の様相は一変していた。十字 に引き裂かれた山の中央部に、巨大な穴がぽっかりと開いているではないか。 そこは、暗闇に支配されて、中をうかがうことはできない。まるで、あの井戸 のように。 「”太陽の石”がうんぬん、の伝説は、このことだったんだな。 」 カインもまた、驚きを隠さない。 「あの伝説どおり、とすると、村に被害がなかったこともうなずける。子孫た ちが地底に帰ることを考えて、村を避けるような仕組みがあったんだ。 」 セシルの話に、皆がうなずいた。 「と、いうことは、これで・・・。 」 「地底に行けるわね!」 ヤンの言葉を、ローザがつないだ。 -146- 7―火山の噴火 「な、なんなの・・・?」 それでも、なおも緊張感漂う周辺の雰囲気に、顔を強張らせたローザが呟い た、その刹那。アガルトの村が誇る4000メートル超の火山が、突然火を噴 いたではないか! 「な、なにぃ!」 再び大爆音とともに大きな地震が起こり、よろめくローザをカインは抱きと めた。危険を感じた2人は、即座にその場を離れることにした。 一方セシルたちもまた、大地震に驚いて外に出ると、地獄の釜が火を噴いた ような光景にあっけにとられていた。 「バ、バカな!あの火山は、休火山だ!こんないきなり、噴火を起こすな ど・・・!」 コリオが絶句するその目前で、さらに想像を絶する光景が繰り広げられた。 なんと、火山が真ん中から割れ始めたではないか! 上空から見るとわかるが、火山は4等分になっていた。なおも火を噴く溶岩 が、その分かれた溝を道として流れ始めた。灼熱の波が、火山の麓へ襲い掛か る。 村は大混乱へと陥っていた。家財道具を担いで逃げようとしている人々が辺 りを行き交う中で、その人々の間を縫って現れたのは、カインとローザの2人 だった。 「大丈夫か、2人とも!」 「セシル、”マグマの石”だ!井戸に放り込んだら、火山が爆発した!」 「なんだって!?」 言う間に、溶岩はかなりのスピードで山の斜面を駆け下りてくる。このまま では村も危ない、と思ったその時。 「・・・いや、この村は、大丈夫だ!」 コリオが叫んだ。 確かに、 同じく上空から見ると、 アガルトの村は火山の南西に位置している。 そして火山はきれいに東西南北に分かれている。すなわち溶岩もまた東西南北 に流れ、アガルトの村には至らないのだ。まるで、わざわざ村を避けてくれて いるかのように。 コリオの言葉どおり、村には何の被害もなかった。だが、なおも余震が続く その晩は、セシルたち一行も含めて、まんじりともしない夜が続いた。 -145- カインの瞳が揺れた。不思議な色だった。 「・・・あいつは、敵だ。だから、倒した・・・。」 「そうかな・・・。あの女性の目は、そうは言ってなかったような・・・。あ れは、あなたを・・・。」 カインは、手元の短く手入れされた芝を何本かちぎると、はらはらと夜風に 舞わせた。それは闇の中にあっという間に消えていった。 「・・・オレには、君だけが・・・。」 その台詞は、最後まで口にできなかった。突然足元から、突き上げるような 地震が起きたのだ。直下型。それも大きい。 「カイン、その腰の道具袋!」 はっとして腰を見たカインの目に、赤く光を放ち、かつ煙を噴き始めた道具 袋が見えた。すかさず中から取り出したのは、”マグマの石”だった。しかも、 かなりの高熱を発して光っている。 その熱さに、カインが思わず手からこぼしてしまった石は、なんと井戸の中 へ落ちてしまった。 なお、大きく揺れる地面。よろめきながら井戸をのぞきこんだ2人は、妙に はっきりと石が落ちていく反響音を聞いた。それはいつまでもいつまでも続い た。 それが不意に途絶えた瞬間、地震も突然止まった。 そう、今まさに、地底への道が開いたのだ。 1―マグマの海 火。 一般にその色は、”赤”で表現される。 子どもが絵描きをすると、火は必ず赤い絵の具で描かれるだろう。 しかし、 火を注意深く観察すれば、その色のみではないことは容易に気づく。 白から赤に至るまでの、無限のグラデーションがある。それこそ、いかに素晴 らしい技巧を誇る画家でさえも表現不可能なほどに。 地底の岩の大地を照らす、マグマの海、まさにそんな色だった。常にその色 のコントラストを変えて大地を照らすそのマグマこそ、もう一つの太陽。 飛空艇 『エンタープライズ』 から地底の様子を見下ろしたセシルたち一行は、 あまりに想像を絶した光景に、言葉を失った。 マグマによる水平線、それだけでも驚異的な驚異的なのに、その上に天平線 とでも言えばいいのか、そんな赤茶けた天上が続く。それは、はるか彼方で一 本の線として交わる。 地下という閉塞した空間をよく表現しているようで、なおかつその広大さを 強調してもいるような、不思議な景色だった。 「え~い、なんて熱さじゃ!エンジンが燃えそうだわい!!」 ただ一人、赤く変色さえ始めているエンジンとの格闘中のシドは別だった。 マグマの海の激しい熱気は、船体に深刻なダメージを与えていた。 「これは、船を改造せねばならんな!一度バロンに戻りたいが、いかんか?」 「いや、待たれよ、シド殿!あれは・・・?」 ヤンが指差した正面に見えたのは、照り返すマグマの光を受けて、より一層 その色を深める翼を持った悪魔の姿。 「 『赤い翼』!」 2―謎の戦車隊 『エンタープライズ』のはるか前方を、かなりの高速で飛び交う5隻の『赤 い翼』艦隊はどうやら戦闘状態にあるようだ。 甲板から身を乗り出すようにしてその様子をうかがうセシルが見たのは、 『赤 い翼』のはるか下方、地面を転がるようにして『赤い翼』の爆撃から逃げ惑う 物体の姿だった。 「あれらと戦っているのか?」 「セシル!戦闘の中へ突っ込んでしまうぞ!」 「回避は!?」 「エンジンがもたん!不可能じゃ!」 シドの悲鳴のような報告に、セシルは即断した。 「戦闘空域を突っ切って、不時着する!」 -148- -147- 第二六章 キング・ジオット ジオット 4―キング・ジオッ 「では、お前たちは、あの翼の赤い船の連中とは、関係ないと言うのだな。 」 ドワーフとは、総じて強靭な肉体を持つが小柄である。 しかし、この”キング・ジオット”は違った。ドワーフとしては異例の18 0センチほどの上背に、鉄を打ちつけたような筋肉を誇る横幅の大きい体躯。 丸太のような腕が、傷だらけの鎧から剥き出しになって生えている。頭には他 のドワーフよりも巨大な角のついた兜。その顔は、精悍な顔つきの中にどこか 気品を感じさせる。 ここは、ドワーフ”キング・ジオット”の城。その王の間である。華麗さ、 というものはまったく感じさせないが、ところどころヒビの入る柱、巨大な斧 が掲げられた壁、キング・ジオットほどの巨体でもなお合わない巨大な玉座。 その豪快さ壮大さ、ドワーフの気概をよく現した空間である。 「はい。むしろ、我々の敵です。ゴルベーザという人物は、御存知ですか?」 「うむ。黒ずくめの鎧に邪悪な雰囲気を纏った、おそらく向こうの大将・・・。 やつの狙いは、クリスタル・・・。 」 5人の顔に緊張が走る。 「やはり、地底にもクリスタルがあるのですね!」 「うむ、無論じゃ。この地底を支える力の源・・・。だがすでに、4つのうち 2つまで、やつの手元に奪われてしまった。」 「むう、アガルトで見られた『火山に飛び込んだ赤い影』とは、やはり『赤い 翼』のことだったか!」 ヤンがうなる。あとの4人も遅かったか、という表情を見せる。 「ゴルベーザを止めなくてはなりません!あとの2つのクリスタルはどこ に!」 キング・ジオットが、穴が飽くほどに5人、いや、セシルを見つめた。セシ -150- ーフの城 3―ドワーフの 「あの戦車隊、一体何者だ?かなりの戦力だ・・・。」 そんなセシルの疑問も、次の船を襲った爆音と大きい振動に吹き飛んだ。 「右舷2番ローター被弾!バランスがとれん!緊急着陸する、みんな、どっか つかまっとれ!!」 かろうじて戦闘空域を飛び出した『エンタープライズ』は、黒い煙を噴きな がら急激に高度を下げ始めた。 地面に激突する寸前でいったん軽く浮き上がり船体を水平にする。そして、 そのまま強烈な衝撃とともに地面に激突した。 はじめはシドに言われたとおりに柱や手摺りなどにつかまっていたセシルだ が、 着地の衝撃に耐えられず、 甲板を跳ね回り飛び回ることになってしまった。 着地の轟音も消えて、 戦闘の音も次第に消えていっても、 『エンタープライズ』 の一行は動こうとしない。そんな彼らを見下ろしていたのは、地底の天井に届 いてしまいそうなほどの巨大かつ、壮大な城の姿だった。 「ラリホー!」 先程からそんな声が聞こえてくる。まだ、頭が痛くて目が開かない。何が起 きたのかよくわからないが、それでも何とか目を開けてみようとする。 「お、目が覚めたか。ラリホー!」 豪快な顔だった。シドにも負けない髭面に、かつての海を荒らした”バイキ ング”を思わせる角の生えた兜、戦い慣れたような精悍な目つき、その口元は 白い歯を見せて笑っている。 彼らは、亜人種ドワーフだった。どうやら、セシルたちは彼らに拾われたよ うだ。 「お前たち、運がいい。あの空飛ぶ船に乗ってたやつだから、やっつけるとこ ろだった。 」 怖いことをさらりと言う。ドワーフたちによると、話はこうだった。 セシルたちの飛空艇『エンタープライズ』は、彼らの城の目の前で航行不能 状態で沈黙していたらしい。中を調べると、セシルたち5人が気絶していた。 翼が赤い飛空艇の連中とは様子が違うので、王の命令でとりあえず介抱してい たのだそうだ。 「と、いうことは、 『赤い翼』と戦っていた戦車隊は・・・。 」 「我々の誇り、ドワーフ戦車隊だ、ラリホー!お前たち、キング・ジオットが お呼びだ。みんな起きたら、みんなで行け。」 -149- 「よっしゃ!」 覚悟を決めたか、 『エンタープライズ』はその身を千切り飛ばすようなスピー ドを出して、『赤い翼』と謎の物体との戦闘空域に突入した。 「セシル、あの丸いのは、”戦車”だ!」 カインが下をのぞきこみながら叫んだ。セシルがすかさずその横に飛びつい て見てみると、確かにそれは”戦車”だった。 変わった形状だった。見てくれは、完全に球体なのだ。その足元は、小さな キャタピラが2つついていた。 戦車だけに、大砲もついている。それもまた、球体の特性を最大限に活かし ている。球体の上3分の1ほどの大砲の部分がそのまま、いかなる方向にも対 応して動くのだ。水平射撃も、垂直も含むいかなる仰角射撃も思いのままだ。 今、一台の戦車が、爆撃に大きく吹き飛んだ。しかし、ここにも球体の特性 が働いている。地面に激突しながらも、少し転がると身軽に着地して態勢を整 える。ユニークかつ、精巧な科学技術と言える。あの安定感は、ホバー船に匹 敵する。 地底の大地を揺るがす爆撃の規模を考えた時、戦車隊の被害はかなり少ない。 だが、戦車隊の大砲もいまいちその威力に欠け、なかなか飛空艇に致命的ダメ ージを与えられない。 ルカのお人 6―ルカのお のお人形 すかさず飛び込もうとするキング・ジオットをはじめとした一行は、その緊 張感にそぐわない、不思議な声を聞いた。それは、子どもの声のようだった。 「クス、クス・・・。クス・・・クス・・・。 」 笑い声のようだった。無邪気に遊ぶ子どもの声そのものだった。その違和感 を抱きながら、キング・ジオットを先頭にセシルたちはクリスタルの間へと飛 び込んだ。 透明感あふれる空間だった。見上げるほどの高い天井も、柱も、壁も、床で さえも、ガラス張りである。それらは全て、その部屋の主、クリスタルの輝き を受けて美しかった。 そんな輝きをさらに受ける子どもたちの踊りはしゃぐ声。 「お前たち!一体どこから入ったのじゃ!」 キング・ジオットの身の竦むような一喝にも、子どもたちはまったく動じな い。そしておもむろに振り返ってその顔を見せた子どもたちに、セシルたちは 驚愕した。 「あーっ!あれって、あたしのお人形!!」 のっぺりとした何の感情も示さない表情。壊れたロボットのようなぎこちな い動き。一見華麗な衣装を身につけているが、それが不気味さを一層際立たせ ている。その人形たちを見て、ルカが叫んだ。 「クスクスクス・・・。」 「ボクは、カルコ。」 「ボクは、ブリーナ。 」 「ボクたちが、このクリスタルをもらいにきてあげたよ・・・。 」 6体の人形のうち、3体がふらふらと前に出てきた。人形たちは、キング・ ジオットの前に立つと、カクンと腰を曲げておじぎをした。すぐに顔を上げる と、無表情な顔に口をカタカタと動かした。笑っているのだ。 「ルカ、許せよ!!」 キング・ジオットは一言言うと、彼の脇に侍っていたドワーフが持っていた 武器を手に取った。それは、彼の巨体をさらに超える、あまりに巨大な片刃の 斧だった。2メートルに近い長さの刃にクリスタルの輝きをギラつかせる驚異 的な斧。次の瞬間、斧はうなりを上げて横薙ぎに払われた。なんと片手である。 不愉快な笑い声を響かせていた3体の人形は、見る影もなく吹き飛んでいた。 -152- 5―侵入者 飛空艇の脅威を身をもって知ったドワーフたちにとっても、その飛空艇を持 つセシルたちを味方にしたことは大きいようだ。 「だが、ワシの飛空艇『エンタープライズ』は、とてもじゃないが、ここのマ グマの熱に耐えられん。ここで応急処置をした後、バロンで改造したいがどう じゃ?」 キング・ジオットは、その白い歯を全開にして笑うとうなずいた。 「よかろう。ここの資材や人手はいくらでも使うがよい。よろしく頼むぞ。 」 「まかせておくのじゃ。セシル、それでよいか?」 セシルたちも力強くうなずいた。 「では、さっそくとりかかるか。」 そう言うと、シドはやる気満々で王の間を飛び出していった。 ヤンの目つきが変わった。軽く目をつむると、床に手をついたままの姿勢で 動かなくなった。 「ヤン、何かあったのか・・・?」 カインが聞いても、ヤンは動かない。 彼はファブールの修行僧として、常に己に修行を課してきた。その神経はい つも緊張状態にあり、良く切れる刃物のように研ぎ澄まされていた。 今、彼 の神経は、 この城にそぐわない異質の者の気配を感じていた。強い光を放って、 目を見開いたヤンは叫んだ。 「王の背後、壁の向こう!何者かが潜んでいる!」 王の間に居合わせた一同が色めき立った。 「王!玉座の後ろには、何が!?」 「・・・クリスタルの間じゃ。何故だ!あそこには、ワシの許しなくば、入れ ぬはず!ルカ、クリスタルの間を開けい!」 「はいっ!」 ルカ、と呼ばれたのは、王のすぐ脇に控えていた、王とは対照的にドワーフ の中でもかなり小柄な女性だった。一見子どもにしか見えないほどだが、彼女 が醸し出す雰囲気はどこか気品があり、ただの子どもではないのだろう。 彼女が玉座の裏にあるスイッチと思しきものに触れると、背後の壁が重苦し い音をたてて開き始めた。 -151- ルもまた、キング・ジオットを見つめ返す。その顔には何の迷いもない。パラ ディンとしての光り輝くその瞳に、キング・ジオットは何を感じたのだろう。 しばらくセシルを見つめていた王は、突然王の間を震わせるほど大きく笑っ た。 「がははっ!お主は、信用してよい男のようじゃな。お主たちのこと、信じよ う。」 セシルも、その顔にさわやかな笑みを浮かべてそれに答えた。 「安心せい、残りの2つのクリスタルは奪われん!なにせ、1つはこの城に隠 してある。このわししか、入れないところにな。 」 王としての圧倒的な信頼感が、彼の体から滲み出ていた。今、彼らは心強い 人物を味方にしたと確信した。 1―来客 「・・・やはり、人形では相手にならなかったか。」 もう、この声が聞こえても、セシルたちに焦りはなかった。逆に、カルコブ リーナを一蹴したキング・ジオットたちに動揺が広がった。どこからともなく 聞こえてくるその声に、キング・ジオットは声を荒げた。 「何者じゃ、貴様!姿を見せい!」 「・・・ふっふっ。何者と言うか。よかろう、教えてやる。 」 キング・ジオットの目の前で、先程カルコブリーナが発したような黒い光が 弾けた。しかし、そこから発する邪気は、カルコブリーナとは比較にならない。 噴きつけるような力の前に、うまく足が動かない。 「我が名は、ゴルベーザ・・・。愚かなドワーフどもよ、我にひざまずくがよ い!」 突然空間が歪んだかと思うと、そこにやはり”黒竜”に身を守られたゴルベ ーザの黒い甲冑姿が見えた。以前のようにガラスの割れたような音とともに、 クリスタルの間には静寂が訪れた。ただ、そこに現れた黒い影だけが、異様な 雰囲気を醸し出していた。 「ドワーフどもよ、先刻は世話になった・・・。礼として、このクリスタルを 戴いていくことにしよう。そして・・・。 」 兜の奥が赤い光を発し、ギッとセシルを向いた。 「そちらにも、礼が必要だな・・・。ゾットの塔での借り、今、返そうぞ!」 すっと、右手をかざしたゴルベーザから放たれた魔力は、キング・ジオット たちを瞬く間に吹き飛ばした。しかし、セシルたちは動じない。 「むう?」 ゴルベーザはいぶかしむ。逆に、セシルたちの表情には余裕がある。 「ゴルベーザ・・・。総大将自ら出陣とは、余裕だな。だが、今のでわかった・・・。」 セシルの剣がまばゆく輝きだすと、彼らを押さえつけていた魔力をその一振 りで断ち切った。 セシル、カイン、ヤンの3人がすかさず三方へ分かれると、ローザが弓に矢 をつがえてすかさず放つ。電光石化の矢がゴルベーザの胸を襲うが、漆黒のマ ントを翻らせてすべて叩き落す。しかし、その隙が命取りだった。 「貴様は、まだテラの”メテオ”によるダメージが残っているんだ!今なら、 貴様を倒せる!」 黒竜の赤光 2―黒竜の ヤンが懐に飛び込むと、目にも止まらない突きを繰り出す。さらに、そこへ カインも突っこむと、槍の連続攻撃を炸裂させる。 たまらずゴルベーザが両手でかろうじて受けるが不意に2人が後ろに飛ぶと -154- 第二七章 美しき召喚師 -153- 7―王の実力 「カルコが、やられたよ!」 「カルコが、やられた!」 「ブリーナ、どうする?」 「ブリーナ、くっつく!」 残りの3体が、さして焦った様子もなくカルコと呼んだ人形の様子を見やる と、すぐに空中に飛んだ。 キング・ジオットの怒りの斧が空中に振るわれたが、ブリーナと名乗る3体 の人形は身軽にそれをかわした。そのまま空中でクリスタルの光をも遮る黒い 光を発した。 一瞬視界を奪われた一行が気がつけば、そこには見上げるほどの巨大な人形 が立っていた。相変わらず表情がない顔が、巨大化してなお一層不気味に見え る。 「カルコブリーナ、このおっさん、気に入らない!殴る!」 おもむろに振り上げた拳を、キング・ジオットに向けて振るう。鈍そうな巨 体にふさわしくない意外なスピードで、拳はキング・ジオットの立っていた場 所を抉った。 手ごたえを感じたカルコブリーナの口がカタカタと嬉しそうに動いた。 だが、 それは突然止まった。 「んー・・・。蚊でも刺したかのー?」 カルコブリーナの巨拳をその顔に受けながらも、一歩たりとも動じずに、キ ング・ジオットは立ち尽くしていた。ダメージを受けている様子はまったくな い。 「よくも、ルカの人形を台無しにしてくれたな!」 グルン、と目を回したカルコブリーナがすかさず蹴りを繰り出す。それを斧 で受けたキング・ジオットは今度は壁まで吹っ飛んだ。いや、自ら後ろに飛ん で、吹っ飛んだのだ。 次いで壁も蹴ると、斧を持ちながら激しく前転を始めた。斧というローター を回して飛んでいるようだ。キング・ジオットの斧はうなりをあげてカルコブ リーナに迫る。 カルコブリーナは防御に腕をかざした。が、気合一閃、床に叩きつけられた 斧は、大爆音とともに床のガラスを撒き散らした。 細かく散ったガラスの向こうに、真っ二つになったカルコブリーナの姿があ った。すぐに黒い光が弾け飛ぶと、そこには、汚くボロボロになった小さな人 形が1体、転がっているだけだった。 とともに現る 3―霧とともに現 ゴルベーザは、この空間に違和感を覚えた。なぜか”この世界”にいる気が しない。異様な雰囲気が、この部屋を支配しつつあることを感じていた。 それは、突然だった。先程、ゴルベーザが登場したのと同じように、空間の 空気が爆ぜるようにして白い光が舞い散った。 「何!?」 ゴルベーザの疑問とともに、徐々に乳白色の霧が辺りに立ち込め始めた。そ れはすぐに視界を埋め尽くすほどに濃くなった。 「セ、セシル!これは・・・、あの時の!」 「ああ!」 カインの問いに、セシルは一つの希望とともに答えた。 乳白色の霧は、突如一箇所に集まると竜の形を成した。白いシルエットの竜 ゴルベーザの苦戦 4―ゴルベーザの 黒竜の枷を脱したセシルは、その声とともに中空に舞っていた。剣を構えて ゴルベーザに突っこむも、ゴルベーザの魔法に落とされてしまう。 「その隙が、命取りなり!」 その声は、ゴルベーザの懐から聞こえた。腹に感じた強い衝撃とともに、ゴ ルベーザは彼の腹に蹴りをぶちこむヤンの姿を見た。 黒い甲冑の防御力でも吸収できない威力に顔をしかめながら吹き飛ぶゴルベ ーザの背後から、カインの槍が矢のように迫っていた。素早く振り返ると、両 手の小手でその槍を受け止めた。激しい火花を散らせながら空中でもつれる両 者は、そのまま地面に激突した。 素早くその場を退いたカインを見たゴルベーザは、次の瞬間、再び異様な気 配を感じた。 「また、幻獣か!」 彼の頭の上で、黄色い光が弾けると、突如巨大な拳が彼に向かって降ってき た。セシルにはそれに見覚えがあった。ミストの村でカインを吹き飛ばしたあ の拳。 土の精霊タイタンのものだった。 立ち上がったゴルベーザは、両手を上に向けると、その拳を受け止めた。爆 音とともにゴルベーザの足元のガラスが舞い上がる。凄まじい衝撃をモロに受 けながら、ゴルベーザはその拳と激しくせめぎ合っていた。 間一髪、タイタンの拳をいなすと、ゴルベーザは間を取るべく床を蹴るが、 セシルがすかさずそれを追う。 -156- は、声にならない咆哮を轟かせる。そしてその口から同じ乳白色のブレスを吐 いた。 霧の奔流は瞬く間に黒竜を包み込むと、黒竜の体を同じ霧状に溶かしてしま う。断末魔の絶叫とともに、白の中に黒は消えた。 「・・・霧のブレスで、黒竜を吹き飛ばすとは・・・。何者だ!」 ゴルベーザの言葉と同時に、ミストドラゴンの霧の体から割って出てきたの は、神秘的な緑のローブに身を包んだ一人の若い女性だった。 年の頃は16・17歳ほどか。まだ、幼さが強くその表情に残るものの、多 少切れ長の瞳に整った目鼻立ちが気の強さを感じさせる。ローザとはタイプが 違うものの、美しい女性だった。 女性は懐から、一本の棒状のものを取り出した。規則正しく節が並び、先が 尖った一風変わった代物だ。それをセシルたちの方に投げると、それは緑色の 光を発して砕け散った。 その光を浴びた4人は、黒竜の束縛から解放された。”ユニコーンの角”と 呼ばれる、高級な治癒アイテムだった。 「今だよ、セシル!」 -155- その背後から、光の剣を振りかぶったセシルが宙に舞っていた。 「覚悟!」 強烈な金属音を発して、光と闇は交錯した。続いて起きた金属音は、ゴルベ ーザの兜が真っ二つになって落ちたものだった。 その音に振り返ったセシルが見たものは、兜の半分から見えるゴルベーザの 素顔。銀髪に、思ったより若いような表情、意外にそこには邪悪さがあまり感 じられない。 なぜだろう、セシルはその顔を懐かしい、と思ってしまった。 動きの止まってしまったセシルを見たゴルベーザはすぐにその顔を片手で隠 すと怒鳴った。 「むううっ、よくも。”黒竜”!そやつらを始末せい!」 主の命令にすかさず動いた黒竜は、すぐにその尾の一振りでセシルたちを弾 き飛ばした。身軽に着地した3人がすぐに反撃に移るが、黒竜の瞳の輝きを受 けると、瞬く間にその動きを封じられてしまった。 「くっ、やはり、あの竜の動きは止められんか!」 カインが、なんとか体を動かそうともがきながら言う。 「あ、あの力は一体・・・。 」 ヤンも、その場に縫い付けられて動けない。 「セシル・・・。なんとか、ならないの・・・?」 ローザもまた、動けなくなっていた。 「まだ・・・、僕の光の力が弱いというのか・・・?」 セシルが悔しそうに歯噛みする。 「やはり、お前たちでは私には敵わぬ。黒竜!とどめをさせい!」 黒竜の瞳の色が徐々に赤みを増していく。それに伴って、4人の身を縛る痛 みも増していく。 絶対絶命だった。 -157- まどいの剣 5―とまどいの いの剣 「こ、このゴルベーザが・・・。こんな連中に不覚をとるなど・・・!メ、メ テオのダメージさえなければ・・・。」 そうつぶやくゴルベーザの顔が翳った。ふと顔を上げると、そこにはクリス タルの輝きを反射させた光の剣をゴルベーザに突きつけたセシルの姿があった。 「これまでだ、ゴルベーザ。覚悟してもらう・・・。」 その光景を見た謎の女性を含めた4人は、勝利を確信した。 ダムシアンを焼き尽くし、アンナの命を奪った。ファブールを侵略し、多く のモンク僧を殺めた。 『赤い翼』を貶め、ローザをさらった。その悪逆、筆舌に 尽くしがたい。宿敵、ゴルベーザとの戦いが、今ここに決着しようとしていた。 「・・・セシル?」 ローザが声をかけた。残りの3人も、何か異変を感じたようだ。 セシルは、なぜか一向に止めの一撃を振るわない。 「・・・?」 当のゴルベーザが不審に思ってセシルの顔を見た。セシルの顔は、迷ってい た。目には先程の闘志の欠片も見えず、戸惑いの表情を隠さずにいた。突きつ けた剣は、弱々しく震えていた。 「どうした、セシル!」 カインが声をかけるが、セシルにはこう答えるのが精一杯だった。 「・・・ゴルベーザ・・・、お前は、一体・・・?」 ゴルベーザは、これを好機ととらえた。 ゴルベーザの体が、闇の色に染まっていく。徐々にその形を失い、完全に黒 の塊と化す。異変に気づいたセシルが我に返るその隙をついて、その物体は目 にも止まらぬスピードで走り出した。 「・・・逃げる気か!」 ヤンがすかさず追うが、 滑るようにして台座を駆け上がる影に追いつけない。 慌てて振り返ったセシルが見たのは、黒の光に巻き取られるようにして消えた クリスタルだった。 「甘いぞ、セシル!クリスタルはいただいていく・・・。この借りは、いつか 必ず返す!!」 その声を残して、黒は空中に消えた。後には静けさしか残らなかった。 しき召喚師 6―美しき召喚 召喚師リディア 「リディア!あなた、リディアよね!?」 ローザの声に、残った3人もまた緑のローブの女性に振り返った。その顔に 無邪気な笑顔をたたえて、女性は頷いた。 「驚いた?間に合ってよかった。もうちょっと遅かったら、やばかったね。 」 ファブール攻防戦を経て、バロンへの潜入作戦を計画したその途上。船はバ ロン沖で幻獣リヴァイアサンの襲撃を受けて大海の藻屑と消えた。その時海に 投げ出された少女、それがリディアだ。 彼女が最初に召喚した幻獣、それはセシルとカインがミストの洞窟で対峙し た、彼女の母親そのものといえる存在、ミストドラゴンだった。 「実はね、リヴァイアサン様はあたしを幻界に連れて行くために船を襲った の。 」 「幻界?」 ローザの問いに、リディアが説明を続けた。 「この世界とは、異質の世界・・・。人間を超越した力の持ち主、幻獣の住む 世界。あたしはそこで、召喚師としての修行を積んだの。世界を包む邪悪な陰 謀がある。お前はそれを阻止するための運命と力がある。リヴァイアサンがそ う言って・・・。 」 「その姿は一体?」 「幻界は、 この世界とは時間の流れが違うの。 だからこんなに成長しちゃった。 どう?綺麗になった?」 思わずポーズをとるリディアを、いろんな意味で見とれていたセシルにカイ ンが訊いた。 「おい、この女性は一体・・・?」 「ミストの村の、あの少女だ。あの強い魔力を出していた・・・。 」 「・・・こいつは、驚いたな・・・。 」 頭をカリカリとかくカインを横目に、セシルの表情は曇った。 セシルは、リディアに負い目を感じている。あの、炎のミストの村・・・。 7―変わらぬ強さ ふと愛らしく首を傾げてセシルを見たリディアに、セシルの胸は痛んだ。 「だけど、僕たちはミストの村をあんな目に遭わせた張本人。リディア、キミ は・・・。 」 リディアは突然うつむくと、 頭を激しく振った。 鮮やかな緑色の髪が揺れる。 そうすることで、彼女の過去すべてを振り払うように。 「言わないで!確かに、あたしのお母さんは、死んだわ。でも、それはゴルベ ーザという悪意のせい。そして世界を包み込もうとしているとてつもない邪悪 な気配。それを前にして、いつまでも昔のことは言っていられない!」 そして、リディアは光すら放つような笑顔を見せた。 -158- 舌打ちしたゴルベーザは、右手に魔力を込めた。地面を蹴ると、右手を振り 上げて飛んだ。強い光を発する剣を構えて駆けるセシルとすれ違う。 光と闇の交錯。 一瞬、時が止まったような静寂。長くは続かない。振り返ったセシルが剣を 払うと、ゴルベーザの右脇の甲冑が鋭い金属音とともに砕けた。ゴルベーザは 軽くうめくと右腹を押さえてうずくまった。 「あたしも戦うわ!あたしは、そのために役に立つ力を身に付けたわ。召喚魔 法と、黒魔法の威力は、昔の比ではないわよ!」 大きく、美しくなってもリディアは、リディアのままだった。セシルは、パ ラディンとなった今でも、この強さに救われることを改めて知った。 「・・・ありがとう、リディア・・・。 」 「セシルっ。これからもよろしくねっ!」 閑話休題。 後にセシルたちは、あのリヴァイアサンの襲撃では一人の死者もいなかった ことを知る。船こそ大破轟沈したが、リヴァイアサンが乗組員のすべてをどこ かの岸に無事たどり着かせたのだそうだ。 リヴァイアサン曰く、 「一応、海の守護神、ということになっているからの。ハデにやってみせない とな。」 長い白髭をたくわえた老人姿のリヴァイアサンがカカカとあまり上品とは思 えない声で笑うと、リディアはすっかり呆れた顔になった。 リヴァイアサンは、意外に軽い性格らしい。 潜入作戦 1―潜入作戦 赤茶けた地表がどこまで続くのか。ゆるやかに流れるマグマの川はどこへ行 こうというのか。空にあるのは、マグマの照り返しを受ける岩の天井。地底の 大地は、その厳しさばかりを強調した世界だった。 今、土埃を巻き上げて進む物体がある。丸い物体に、2つの三角形のキャタ ピラが回っている。球体の上のほうにちょこんと一本の太い棒が生えている。 かなりの数だった。優に20は下るまい。 ドワーフの戦車隊である。その内の一つの戦車の天頂につけられたハッチが 開いている。そこから顔をのぞかせていたのは、セシルだった。時折車体を揺 らす振動にその銀髪は弾み、その目はただ一点を見つめていた。 それは、地底の世界にあって明らかに異質。銀色の壁に様々な光を灯し、多 くのパイプが縦横無尽に駆け巡る。そう、それはあのゴルベーザのかつての本 拠、ゾットの塔を彷彿とさせた。 その塔は、地底の天井では収まり切らず、どうやら地表にまで突き出してい るようだった。単純な大きさの比較をするなら、ゾットの塔では比較にならな い。人が作ったとは到底思えない巨大なその塔。 名を、”バブイルの塔”という。 時間を少し遡る。 「申し訳ありません。むざむざとクリスタルを奪われてしまいました・・・。」 ゴルベーザの一撃で気絶していたキング・ジオットに、 セシルたちは告げた。 だが、意外にサバサバした様子で、キング・ジオットは言った。 「むう、ゴルベーザの力を侮っていたやもしれんな。まあ、過ぎたことは仕方 ない。 それに最後の1個は、 いくらなんでもゴルベーザでも奪うことはできん。 」 自信満々に言い切るキング・ジオットに、セシルたちは首を傾げた。 「最後のクリスタルは、”封印の洞窟”というところにある。そこには古より 特殊かつ強力な結界があり、それを解く方法は一つ。そしてそれはワシしか知 らん!」 大声で笑い出したキング・ジオットを、脇にいたルカは恥ずかしそうに見上 げた。その胸に、無骨なドワーフが作ったにしてはあまりに華麗で精巧な首飾 りが光っていた。 「それよりじゃ。お主たちに是非頼みがある。やつらの本拠地を突き止めてあ る。そこに乗り込んで、奪われたクリスタルを奪い返してほしいのだ。 」 かなり無理な注文だが、セシルたち5人に迷いはなかった。ゴルベーザを取 り逃がした責任もあるし、少数で本拠に忍び入りクリスタルを奪還する作戦は 以前も考えたもので、決して無謀ではない。 「やります。ぜひ、やらせてください!」 「うむ、よろしく頼む。まず、我がドワーフ戦車隊が正面からヤツらの本拠に -160- -159- 第二八章 バブイルの塔 3―白衣の狂者 「では、エブラーナへと向かわれる、ということで?」 「うむ、あそこの兵士は特殊だ。完全なる制圧には、私の力が必要だろう。 」 天井は淡い光に包まれて見ることすらできない。それほどまでの高さの吹き 抜けの底に2人の男がいた。 一人の男が立つその場所は、 逆に底が闇に包まれて見えない吹き抜けの中央、 突き出した床に立っていた。それは、何か白い光を発する特殊な場所のようだ った。 「ここはお前に任せる。くれぐれも早まったことだけはせんようにな。 」 光る床に乗る男は、背が高い。まるでマグマをそのまま塗りこめたような赤 い顔に、同じ燃えるような赤いマントですっかり体を覆ったその姿は、一目で 只者ではないことを感じさせる重圧があった。 「ははっ。このわたくしに、全て、おまかせあれ・・・。 」 恭しく頭を垂れた男。赤い男と対照的に背が小さく、白衣を身に纏ったその 猫背をさらに丸くしていた。一見、医者か科学者だが、こんな場所にいる男が ただの医者などであるはずがない。 このフロアまでたどり着いたセシルたち5人が、ただならぬ雰囲気に、物陰 に身を隠して見た光景が、それだった。 白衣の男の言葉とともに、赤い男の足元がより強い光を放つ。何かが振動す るような音が周囲に響くと、男の姿が歪み出す。空気を切るようなシュッとい う音がした瞬間、赤い男の姿はなくなっていた。 光が完全に消えたその時、頭を垂れたままの姿勢だった白衣の男が小刻みに 震え出した。震えが大きくなると、突然天井を向いて大声で笑い出した。 「なーっはっはっはっはっはっはっ!やったぞ!ワシはやったぞー!」 真っ白の髪、小さなメガネ、痩せこけた頬、顔中に刻まれた皺、見るからに 不健康そうな老人の姿だが、笑い転げる彼には生気が溢れていた。 「ワシが、このバブイルの塔の責任者じゃ!ルビカンテのヤツは、地上へ行っ てしもうた!ワシの好き勝手ができるぞい!!」 スキップまでして大騒ぎする老人の姿を見て、セシルたち5人は呆気に取ら れてしまった。そして、思わずリディアがつぶやいてしまった。 「・・・へんな、おじいさん・・・。 」 老人の動きが急に止まった。両手を上げて、片足も上げた喜びのポーズのま ま、首だけがギリギリと5人の方を向いた。その目が5人をとらえると、その 皺だらけの口元にいやらしい笑みが浮かんだ。 4―ルゲイエの罠 「・・・貴様等、もしかしたら、セシルとその一味か?ふっふっふ。いよいよ このルゲイエにも、ツキがまわってきたということかいのう?」 襟元を正した男は、白衣を翻して5人に向き直った。よく見れば、白衣はあ ちらこちら黒く汚れていた。 「・・・ワシは、このバブイルの塔の責任者にして偉大なる科学者、ルゲイエ。 貴様等ここにあるクリスタルが狙いか?」 「え、何?クリスタルくれるの?」 リディアの緊張感のかけらもない声に、ルゲイエはおろか、セシルたちも呆 -162- 巨砲の姿 2―巨砲の バブイルの塔は、その外見に見合うだけの広さがあった。 意外なことに、真正面の入口が開いていた。そこから侵入すると、城が一つ 入ってしまいそうなほどの大広間があった。その一番奥に上へ行くエレベータ ーとおぼしきものを見つけてセシルたちは駆け寄る。 外からは、ひっきりなしに戦車と塔の防衛システムとの戦闘による爆撃音が 響くドワーフたちのために、一刻の猶予もない。 塔の中の警備はなぜか薄い。外の戦闘に気を取られているにしては、それで も数が少ない気がする。しかし、そのことを詮索する理由も時間もない。得た りや応とばかりにセシルたちは上へと向かう。 「セシル殿、これは・・・?」 1階の大広間に負けないような広い空間に出た時だった。 そこには決定的に1階と違うものがあった。その空間すべてを占拠するよう に、巨大な機械があったことだ。 それらはすべて、小さな山なら一つ収まってしまいそうなほどの1本の筒を 取り巻くようにして配置されていた。それら全ては、数え切れないほどのコー ドで繋がれていて、その姿は科学的というよりはすでに生物的でさえあってグ ロテスクだった。 「何かの入口、というわけでもあるまい。 ・・・もしかして兵器か?」 カインがそっと巨大な筒の縁を触りながら言う。 「大砲・・・ってことかい?それにしては、あまりに大きい。 」 セシルが筒を見上げて感心していると、ローザが袖を引っ張った。 「早く行かないと、外のドワーフさんたちが・・・。」 「あ、ああ・・・。そうだな。よし、行こう!」 5人はすぐに、さらに上へと向かうエレベーターを探した。 一行がそのフロアから姿を消してまもなく、その筒は低く唸るような音とと もに、目映いばかりの様々な光を発して動き出した。筒は前にせり出すと、そ の行く手を遮る壁が筒の大きさに合わせて中央から開いた。塔の外壁も大きく 開くと、そこから筒は姿を現して、高い金属音とともに長くその身を伸ばした。 それは、マグマの照り返しを受けて、不気味に輝いた。 -161- 陽動をかける。その隙に忍び込んでくれ。 」 かくして、”バブイルの塔潜入作戦”が始まった。 スーパールゲイエキャ エキャノン砲 5―スーパールゲ 「ラリホー!キング・ジオットに報告!バブイルの塔から、太い筒が飛び出し てきました!」 ドワーフの戦車隊は、塔の自動防衛システムによる戦闘の真っ最中だった。 高い運動性を誇る戦車は巧みに塔の砲撃をかわし、すでに何ヶ所かの砲台を破 壊するに至っていた。予想以上の戦果に、キング・ジオットは気をよくしてい た。 「また、懲りずに砲台が出てきたか?かまうことはない、また潰してやれ!」 「ですが、大きさが半端ではないです、ラリホー!」 部下の慌てぶりが気になったキング・ジオットは、彼専用の戦車に乗り込む と、前線へと駆け出していった。 「な、なんじゃ、あのデカいのは!?」 その異様な光景を見たキング・ジオットは、塔の砲撃をかわしながら、その 大砲へ一撃を入れた。彼の戦車砲は、特別にカスタムされた戦車隊最強の威力 を持つものだ。それでも、大砲に炸裂した爆発は、その規模から考えると豆粒 ほとでしかない。 さらに、その攻撃が合図であったかのように、その大砲の奥のほうに光が見 えた。その光の膨らみが徐々に大きくなっていく様子を見たキング・ジオット は、後頭部の髪がチリチリするのを感じた。 これは、彼なりの不吉の前兆だった。 「戦車隊、一時退避!あの大砲の前から逃げるのじゃ!」 目に見えない線を通して人の声を伝達する装置に向かって、キング・ジオッ トは叫んだ。同時に戦車隊は、全力で戦線を後退させていった。 その直後。 「・・・・・・・・・・!!!」 何か叫んだキング・ジオットの声は、光の奔流にかき消された。彼の視界を 埋め尽くす光の帯がその網膜を焼いた瞬間、激しく地面を抉りながら地底の地 平線までを貫いていた。抉られた地面からは、マグマの壁が吹き上がり、マグ マの海は2つに分かれていく。 その爆風は戦車隊の一部を吹き飛ばし、ドワーフたちの悲鳴が聞こえてはか き消されていく。遠くで轟音が響く。地底の果てで、岩壁を砕いた音だろう。 一歩間違えば、地底世界そのものを崩壊させる威力だった。 6―機械人形 外から聞こえる爆音に、セシルたちは緊張した。 「くっくっくっ・・・。ワシの自慢のキャノン砲が発射されたようじゃの。さ て、一体どれだけのドワーフが蒸発したことやら・・・?ヒッヒッヒ・・・。 」 大きく見開かれた目に狂気を宿らせて、ルゲイエは叫んだ。 「心配するな。すぐに貴様らもあの世へ送ってやるわ!行け、バルナバよ!」 人とも獣とも思えない雄叫びとともに、”バルナバ”という名と思しきロボ ットはその巨大な足で床を蹴ると、セシルたちに襲い掛かってきた。巨石を思 わせる拳を振りかざすバルナバ。 「速い!?」 鈍重そうな見かけにそぐわない意外なスピードに、セシルたちは驚いた。 しかし、バルナバがその拳を振り下ろしたのは、セシルたちのところではな く、 ルゲイエのところだった。 大爆音とともに床を抉るすさまじい拳の衝撃に、 ボロ布のように吹っ飛んだルゲイエは頭を抱えた。 「あたた・・・。このバカもんが!お前の相手はワシではない!そっちのセシ ルたちじゃ!まだ、脳みその回路がイかれておるな・・・?」 あうう、とバルナバはうめいて右手で頭をかいた。後ろからその姿を見たセ -164- -163- れた。 「アホか!なんでわざわざ大切なクリスタルを渡さなければならんのじ ゃ!・・・それにどちらにせよ、ここにクリスタルはないわい!」 間抜けな会話に、さりげなく告げられた事実。5人の顔に驚愕が走った。そ の反応に満足なのか、調子に乗ったルゲイエはさらに告げる。 「ここは、地底のバブイルの塔。クリスタルは地上の塔にあるのだ。そんなこ とも知らずに、御苦労なことよ。貴様等の陽動作戦など、とっくにお見通しな のだ!そして、外にいるドワーフの戦車隊も、ワシの最高傑作スーパールゲイ エキャノン砲で吹き飛ぶ運命なのじゃ!」 再び天井を仰いで高笑いするルゲイエを前にして、5人は罠にはめられたこ とを知った。 「キャノン砲って、さっき見たあの大きい筒かしら?」 ローザが誰にともなく尋ねる。 「きっとそうだ、早く止めねば!」 ヤンがすかさず振り返って駆け出す。 「そうは、いかん!」 ルゲイエの叫びとともに、5人の背後に、轟音とともに何か巨大なものが落 ちてきた。 「くくくくっ。貴様たちもここから逃がさん!ワシの可愛い息子が、相手をし てやる!」 巨大なものは、どうやら人の形をしていた。しかし、その腕も足も体全てが、 人の持つものにしては不自然なほど大きい。そして、体のところどころに色と りどりのコードとパイプで繋がれ、その肌は無機質な輝きを見せる。 「人造人間・・・。」 カインがつぶやく。その眼前で、 『息子』と呼ばれた巨体はゆっくりと丸めて いた体を起こす。体中つぎはぎだらけの顔には表情がない。何の感情も示さな いその瞳が、5人を冷たく見下ろしていた。 いたからだ。 「ワシの発明品に不可能はないワイ!さあ行け、バルナバよ!あやつらをたた きのめせ!」 再び軽やかに宙に飛んだバルナバは、今度はその巨大な足で踏み潰そうとし てきた。 しかし、結局バルナバの造られた命はそこまでだった。 「な、なんじゃ?」 なにか異変を感じたのか、ルゲイエがその一言を放った瞬間、バルナバはセ シルたちの上空で謎の大爆発を起こした。その爆風から飛び出したルゲイエは、 そのまま吹き抜けの底へと落ちていった。 「・・・自爆スイッチを押してしもうたー・・・・!」 身構えていたセシルたちは、思いがけない展開に首を傾げた。 「自爆スイッチなんて、作らなければいいのに・・・。 」 つぶやいたリディアがふと見上げると、吹き飛んだルゲイエの白衣が宙を舞 っていた。床に落ちたそれが、小さな金属音を出したのを聴いたリディアがポ ケットを探ると、一枚のカードが出てきた。 「何かな、これ?」 リディアが手にとって眺めるのを、隣で見ていたカインが受け取った。ひと しげく見てみたあと、カインは言った。 「これは鍵だ。ゾットの塔でもこんなカードで開く扉があった。おそらく、キ ャノン砲とやらのコントロール室の鍵だろう。 」 「よし、急ごう。これ以上、ドワーフたちの被害を広げるわけにはいかない!」 うなずいた一行は、すかさず階下へと駆け出した。 -166- 7―雷のロンド 「お願い、雷の精霊”ラムウ”!力を貸して!」 リディアが突き出したロッドから黄金の光が放射されると、バルナバを包ん だプラズマが一個の白い形を持った光になった。それはすぐに一人の老人の姿 になった。 大気の放電現象を司る精霊ラムウは、自然界最強の破壊力を持つ雷を自在に 操る幻界の裁判官。長く白い顎髭からも放電しているラムウが、手にした杖を かざした。巨大な黄金色のスパークが、バルナバを包む。 突然の爆音をバックミュージックに、雷撃のロンドがバルナバを襲う。美し くも恐るべき破壊の光景。バルナバの叫びも、ルゲイエの驚きも、すべて撃音 がかき消した。 雷の嵐は、ラムウの杖の一振りで終わった。ラムウという指揮者がかき消え るようにして去った舞台には、黒こげのバルナバがたち尽くしていただけだっ た。 「えーい、ふがいない!こうならば、最後の手段。このワシがバルナバを操縦 するわい!がったーーーーーーい!!」 どたばたとバルナバに向かって走るルゲイエは、バルナバの頭部にもぐりこ んだ。すぐに黒焦げのバルナバの目に光が灯った。すると、動けなかったはず のバルナバは、突然咆哮をあげて動き出した。 「馬鹿な!あそこまで体が破壊されているのに!」 ヤンが思わず叫んだ。彼は、身動きが取れなくなるように体の急所をついて -165- シルたちはその姿が妙に愛嬌があるように感じた。しかし、振り向いたその瞳 に強烈な殺意を見て、再び緊張した。 床を蹴ったバルナバはまたその大きな拳を振り下ろしてきた。その正面に立 ったのはヤンだった。流星のように落ちてくるその拳を掲げた両手で受け止め ると、衝撃で床が大きく凹んだ。 「むうううううッ!」 歯を食いしばって耐えるヤンは、そのまま両手を振るってバルナバを大きく 投げ飛ばした。 受身も取れず、壁に叩きつけられたバルナバが落ちてくる前に、ヤンはその 懐に飛び込んだ。 「ほぅおおおおおおおあおあああああああッ!!」 空中で繰り広げられるヤンの高速の拳と蹴りは、バルナバの急所を的確にと らえている。止めに組んだ両手を振り下ろして床へと叩きつけると、さらにそ の腹に槍のような蹴りをブチこんだ。 「ヤンのおじちゃん、そこから離れて!」 リディアだ。その声を聞いてその場を退いたヤンは、バルナバの巨体を包む 放電現象によるプラズマが炸裂しているのを見た。 ヤンの決意 2―ヤンの ふと振り返ったヤンの背後で、何かが動く気配があった。素早く気絶から立 ち直った科学者のようだった。まともに動かない体を引きずり、機械のパネル にしがみつくようにして立ち上がると、パネル上の赤いレバーを引き下げた。 それを見たリディアが叫んだ。 「あー!何してるの、そこの人!」 その声に再び振り返ったヤンが、科学者の胸倉をつかんで問いただした。科 学者は弱々しくもふてぶてしい笑みを浮かべて言った。 「くっくっくっ・・・。このキャノンを暴走させたのだ・・・。その威力は、 バブイルの塔一帯を全て焼き尽くすぞ・・・。ドワーフの戦車隊なぞ、木っ端 微塵にきえてなくなるわ・・・。」 その顔に、修羅の表情を浮かべてその科学者を放り投げたヤンが、思わずパ ネルを力任せに叩いた。 「ちぃっ!どうすれば、これを止められるのだ!?」 「・・・ここを破壊すれば、いいかもしれんが・・・。 」 カインが顎に手をやりながらつぶやいた。しかし、この巨大な大砲を破壊す るのは簡単なことではない。 正面のディスプレイに、目まぐるしく変化する数字が見えた。おそらくカウ ントダウンだろう。その数字は、間もなく残り5分を示そうとしていた。外に 知らせる時間はない。 「あきらめるな!何かの操作で止められるかもしれない!」 セシルが必死になって操作盤を叩くが、ディスプレイのカウントダウンは、 無情に数字を減らしていく。 突然、大きな振動が部屋を揺らした赤いランプが部屋を照らし、不快な音で アラームが鳴り響く。いよいよキャノン砲の最後の力が炸裂しようとしていた。 「セシル殿、部屋の外に敵が!!」 ヤンの声に、セシルが舌打ちした。こんなときに。4人が慌てて部屋を飛び 出したそのときだった。 重い金属音とともに、彼らが飛び出した扉が閉められてしまった。 中に、ヤンを一人、残したままで。 「なっ?ヤン、ヤン!ここを開けろ!」 外に敵などはいなかった。4人は、ヤンが4人を部屋の外に出すために嘘を ついたと悟った。セシルが必死になってドアを叩くが、厚さは10センチはあ った金属の扉はビクともしない。 ボムの魂 3―ボムの 「カイン、鍵を!さっきの鍵で・・・。」 「だめだ!暴走の衝撃のせいで壊れている!開かない!」 カインがカードを取り出したが、肝心の差込口がへしゃげていて使えない。 「セシル殿!早くドワーフたちのところへ!一刻も早く塔から離れるのだ!」 中からヤンの声が聞こえた。セシルたちは必死に扉に体当たりをするが、む なしく跳ね返されるのみだ。 -168- 1―キャノン砲を止めろ なおも、そぎ取られた地面からはマグマの壁が吹き上がり、マグマの海は大 きく揺れていた。振動は今だ収まらず、遠くに聞こえる岩壁を砕いた音も響き 続ける。 「ラリホー!戦車が3台大破!ほかはなんとか避難したようです!」 悲鳴のような報告に、それでもキング・ジオットは、予想をはるかに下回る 被害に胸をなでおろしていた。 「くっ、セシル殿たちからの連絡はまだか!」 「まだ、何もありません!ラリホー!」 叩きつけるようにして、無線機の受話器を置いたキング・ジオットは思わず 歯噛みした。 「あのような大砲に、もう一撃されてはたまらぬ・・・。まだか・・・?」 一方、塔の内部。 セシルたちがそのフロアに戻ってきてみると、先程とは様子が変わっていた。 壁まで迫りだした大砲は、どうやら壁の外にまで突き出しているようだ。血管 のようなコードは、本当に血が通っているかのように激しくうねり、膨大なエ ネルギーを大砲に送り込んでいるのが分かった。 カインが、ルゲイエから奪った鍵を何かの機械に通していた。聞き慣れない 電子音とともに、その機械が青く発光した瞬間、隣の銀色の扉がシュッと開い た。 5人がすかさず中に飛び込むと、さして広くもない薄暗い部屋に、ルゲイエ と同じような白衣を着た科学者が数人、様々な機械やディスプレイの操作に忙 殺されていた。 しかし、5人の侵入を見ると、血相を変えて叫んだ。 「な、なんだ、貴様等!キャノン砲の邪魔をするのか!?」 「申し訳ござらんなッ!」 疾風のごとき動きで部屋を駆け回ったヤンが、再びその場に戻ってくると、 科学者たちは全てその場に崩れ落ちた。全員が気絶していた。 「・・・して、いかようにしてキャノン砲とやらは止めればよいのでござろう?」 5人が手分けして機械を調べるが、とても理解できる代物ではない。 「ヤン、これは一人くらい残しておいた方がよかったな?」 カインの言葉に、ヤンは少し恥じ入った。 「いや、面目ござらん。一刻も早く、という一念で・・・。」 -167- 第二九章 男の散り様 バブイルの塔脱出 4―バブイルの もの凄い爆音とともに、キャノン砲の根元で巻き起こった爆発をキング・ジ オットは見た。すでに白い光を大砲の底に光らせていたキャノン砲は、そのエ ネルギーごと砲身を傾け始めた。 続けて起こった大爆発に、キャノン砲は根元から吹っ飛ぶ。キャノン砲が持 っていたエネルギーが、宙に飛んだ砲身をすかさず爆発させた。周辺に断末魔 のようにエネルギーの残骸を撒き散らすと、一部の戦車にダメージを与えた。 「やむをえん、戦車隊はすべて戦域より離脱する!セシル殿たちの救出は後回 しじゃ!」 苦渋の表情に真っ白の歯をキリキリと鳴らしてキング・ジオットは叫んだ。 「セシル殿たち・・・。どうか、無事であってくれよ・・・!」 一方、バブイルの塔内部。深い縦穴を落下する4人。ローザが慌てて魔法を 唱えた。 「浮遊魔法”レビテト”!」 いつぞやのように、4人の体は重力の足かせから解放される。素早く姿勢を 整えた4人の頭上で、巨大な爆発が起きた。 「ヤン!」 セシルが叫んでみるが、無駄なことだった。返事代わりに、かなりの大きさ の塔の破片やキャノン砲の一部などが降ってきた。 「セシル、ここは危ない。ここから外に出よう!」 カインの言葉にセシルはうなずくと、宙を舞いながら、塔の隙間から外に出 た。ところが外もまた、凄まじい数の破片が降っていた。巧みに体を動かして それらをかわしながら4人は安全なところまで逃げようとした。 しかし、セシルはその時、頭をよぎった邪悪な気配に、不吉なものを感じた。 「・・・くくく・・・。鬼のいぬ間に命の洗濯・・・だったか。私がいない間 に、好き勝手やってくれたようだな?」 「ゴルベーザ!どこだ!」 宿敵の声が、頭に響く。この混乱に襲われたら、ひとたまりもない。 「・・・今は、そこにはいない。別の客の相手があるのでな。だが、お前たち がしたおいたの罰を、与えねばな。 」 「きゃあっ!!」 突然、ローザが頭を抱えて苦しみだした。今、レビテトを制御しているロー ザの精神集中が乱れる。それは、魔法が消えることを意味している。彼らはま だ、地上から300メートルほどの高さにあった。 ゴルベーザは、気配だけで魔法制御の妨害を行っているのだ。 頑固職人シド 5―頑固職人 職人シド 「さすがにその高さではお前たちでも無事ではすむまい。さらばだ、セシ ル・・・。 」 ゴルベーザの気配が消えると同時に体を支えていたローザの魔力が消えた。 4人は瞬く間に命綱のない万事-ジャンプを試みることになった。彼らの体は、 上空から落ちてくる様々な破片をわき目に見ながら真っ逆さまに落ちていく。 薄れゆく意識の中で、セシルは、自分の名を呼ぶ声を聞いた気がした。 「セシル-------ッ!」 その野太い声は、気のせいではなかった。かろうじて繋ぎとめている意識を -170- -169- 「ばかな、ヤン!何をするつもりだ!」 「私は、なんとかここを破壊いたす!セシル殿は早くドワーフのところへ!」 無茶だ、と叫びながら、なおも体当たりをするセシルとカインの隣で、リデ ィアもまた声をあげた。 「だめだよ、ヤンのおじちゃん!死ぬ気でしょ!だめぇ!死んじゃやだぁ!」 瞳に涙を浮かべて叫ぶリディアは、ヤンのとても静かな声を聞いた。 「・・・妻に、すまぬ、とだけ、伝えてくれ・・・。」 次の瞬間、扉の近くで爆発が起きた。扉に夢中だった4人は、その爆風をモ ロに受けてしまった。吹き飛んだ4人は、そのまま暗き吹き抜けの底へと落ち ていった。 ディスプレイのカウントダウンは、すでに1分を切っていた。赤いランプが ヤンの体を、表情を照らし続ける。立ち尽くす彼の右手には、一つの赤い玉が 握られていた。 ”ボムの魂”。自爆することで敵にダメージを与える魔物”ボム”の力を封 じ込めた魔法アイテムである。”ボム”の力は当然自爆にある。 つまり、このアイテムは、使用者の命を爆発力に変える一撃必殺のアイテム である。人間の純粋な魂は潜在力が高く、凄まじいまでの破壊力があるとされ ている。 ヤンは、懐から白いタスキを取り出した。器用にそれを身に付けると、それ を妻から受け取った時のやりとりを思い出して、一人笑った。 「・・・子どもか。私の代わりに、側に置いていてやりたかったな・・・。 」 手のひらに乗る赤い玉を見つめながらつぶやく。死への恐怖など微塵もない が、妻に対する申し訳なさが心苦しかった。生きて帰る、とも言った。しかし、 それが果たせない。 「この私の妻になる、ということはそういうことだと、こういう覚悟がいるこ とを、あれはわかってくれているはずだ。 」 カウントダウンは間もなく30秒を切る。 「・・・愛しているよ・・・。」 ヤンは、ディスプレイに向かって床を蹴ると、右の拳に”ボムの魂”を握っ たままで、ディスプレイにその拳をブチこんだ。凄まじいスパークの嵐に、カ ウントダウンの数字が消えた瞬間、ヤンの体から白い光が放たれた。すぐにそ れが部屋の全てを白い色に染めて視界を埋め尽くした。 飛空艇チェイス 6―飛空艇チ 「技師長、大変です!『赤い翼』と思われる飛空艇が一隻、かなりのスピード で追ってきています!」 ニヤけていた顔に即座に緊張を蘇らせると、シドは飛空艇の後方へと走った。 「チィッ!送り狼がきたか!『エンタープライズ』、戦闘速度!砲撃を後ろに向 けろ!エンジンが焼けるまでスピードを上げろ!セシル、舵を取れ!」 次々に言葉を投げかけるシドがエンジンに向かう。カインとローザも砲撃手 として後方の砲座についた。リディアだけは飛空艇の勝手が分からず、オロオ ロしていた。 「このワシの『エンタープライズ』に追いつけるものなら、追いついてみろ!」 突然飛空艇のスピードが上がり、リディアはその場に尻餅をついてしまった。 溶岩の海を背景に、2隻の飛空艇の超高速のチェイスが今、始まった。 「沈めッ!」 カインの叫びをそのまま表現したような弾丸が大気を切り裂く。しかし、正 確に狙ったはずの弾丸は、 『赤い翼』の機敏な動きにかわされた。 「ローザ!右舷の弾幕薄いぞ!」 「わかってるッ!」 カインが無線機に叫ぶと、その返事とともに砲撃が飛んだ。カインの弾をか わした『赤い翼』は、そちらの弾に反応できず、甲板に一つの爆発が起きた。 「どう、カイン!?」 ローザの声に、カインは言葉がなかった。 「今がチャンス!一気に引き離す!」 シドが叫ぶと、 『エンタープライズ』はさらにスピードを上げる。甲板から引 き剥がされそうな風をその身に受けて、セシルは舵にしがみついていた。その 左下方に、ドワーフの城が見えた。それは、一瞬で視界から消えた。 「 『赤い翼』!なおもスピードを上げて追ってきます!」 青年技師の報告を受けると、シドの表情に驚愕が浮かんだ。 「馬鹿な!『赤い翼』も改造されているのか?なんという性能じゃ・・・。 」 その場を任せて飛空艇の後方に走るシドは、『赤い翼』を見て舌打ちした。 げまくれ! 7―逃げまくれ くれ! 「カイン、ローザ!こうなれば、あいつを墜とす!しっかり狙ってくれよ!」 無線機に怒鳴るシドに「了解!」という返事が2つ返ってきた。 徐々に距離がつまる2隻の間では、右へ左へ火線が飛び交う。しかし、互い に巧みに砲撃をかわし、 致命的なダメージを与えられないでいる。 気がつけば、 2隻は地底の果てまでたどり着いていた。 「セシル、ぶつかっちゃうよぉ!」 ほうほうの態でセシルの隣までやってきたリディアが、舵を取るセシルに叫 ぶ。しかし、迫り来る赤茶けた岩壁を前に、セシルは一向に舵を切る様子がな い。 「きゃあぁ!」 思わず両手をかざして目をつむるリディアを横目に、セシルが無線機に怒鳴 った。 「カイン、ローザ!合図と同時に、天井に弾丸を撃て!・・・3、 ・・・2、 ・・・ 1・・・!」 言いながら岩壁の寸前で舵をきった『エンタープライズ』は、急激な方向転 換に機体を軋ませた。 「今だ、撃て!」 ほぼ直角に近い動きからロケットのように飛び出した『エンタープライズ』 -172- -171- 奮い起こして声のする方を見た。 そこには自分に向かってくる一隻の飛空艇の姿があった。牽制の砲撃を繰り 返しながら、4人の落下点に入った飛空艇は、4人を甲板に受け止めると、す ぐにその場を離脱した。 「あいてててて・・・。」 お尻をさすりながら、ゆっくりと顔を持ち上げたリディアは、目の前に頬擦 りされるととても痛そうな口髭と顎鬚を持ち、頭にゴーグルをつけた中年の男 の姿を見た。 「大丈夫か?」 手を差し伸べた男の手をとって立ち上がったリディアは、可愛らしく首を傾 げた。こういうところは、子どもの頃のリディアと変わっていない。 「ありがとう。 ・・・おじさんは、誰?」 「ワシか!ワシはバロンにその人ありと言われた、飛空艇技師、シドじゃ!」 胸を張るシドに、バロンの技師用の作業着を着た若者が声をかけた。 「技師長、敵の砲撃射程外に出ました!」 「おう、ご苦労!巡航速度にしてドワーフの城へ向かえ!」 元気のいい返事とともに、若者は駆け出していった。 セシルが『赤い翼』の団長だった頃からシドについて技師修行をしていた青 年で、頑固者のシドも認める技量を持っている。 「シド、戻ってきてくれたのか!」 まだ頭を押さえながら、セシルが姿を現した。 「セシル、無事だったか!ローザとカインは?」 「大丈夫、無事だ!シドのお陰だよ!」 まるでキング・ジオットを思わせる白い歯を剥き出して笑ったシドは言った。 「バロンでの改造が終わったのじゃ。とりあえず溶岩の上は飛べるぞい!一度 ドワーフの城へ行ったのじゃが、潜入作戦でこちらに向かったと聞いて、駆け つけたのじゃ!」 その大声を聞いて、ローザとカインもやってきた。 幻獣イフリート 8―炎の幻獣イフリート そう言って振り返ったシドの顔に、またもや驚きが刻まれる。 『赤い翼』は、 潰された船体前部から煙さえ吐きながら、なおも追ってくるではないか。 「しつこい・・・!」 その時、甲板では異変が起きていた。 「シド!リディアが振り落とされた!」 「何ぃ!」 急激なスピードアップに、リディアが甲板から弾き飛ばされてしまったのだ。 「急に無茶するからだ!」 「仕方なかろう!」 猛烈な風圧が吹きつける甲板で、どうしようもない会話を交わす2人。その 下では、リディアが宙に舞っていた。 「キャァァァァ!イフリートォ、助けてッ!」 翠の髪をはためかせて落ちるリディアが叫ぶと、その彼女のはるか下、溶岩 の海の一部が、さらに赤く赤く光りだした。それは、体中を炎で覆われた1匹 の獣の姿だった。獣はすぐにリディアの方へ猛スピードで迫ると、その背に彼 女を拾い上げた。 「ありがとう、イフリート!あの飛空艇を追って!」 炎の精霊”イフリート”。彼が纏う炎は、その暖かさで癒しを施すこともで きれば、地獄の業火としてゆく手を塞ぐ敵を焼き尽くすこともできる。 リディアを乗せたイフリートは、その”地獄の業火”を両手に纏いながら、 『赤い翼』に迫った。その両手を振るうと超高熱の炎の帯が飛んだ。 それは『赤い翼』の推進力を生むローターの柱を直撃した。その爆発の中を、 一陣の熱風を化して突っ切ったイフリートの炎は、さらに外のローターも全て 破壊してしまう。 一気に『エンタープライズ』に到達したイフリートはリディアを降ろすと、 すぐにまた溶岩の海へと飛び込んでいった。 「シドのおじちゃん、ひどいッ!」 リディアの怒った顔に、シドはすまなそうな顔をした。 「すまんすまん・・・。それより、お前さん凄いのォ!あれならば、さしもの 『赤い翼』も追ってはこれまい・・・。 」 振り返ったシドが、呆れ顔で絶句した。 確かに一瞬スピードを落とした『赤い翼』だが、ローターを失いながらも、 なおもスピードを上げているのだ。せっかくつけた差も、再び徐々に縮まりつ つある。 シドの決意 9―シドの 「・・・ワシの知らない超科学技術が施されているのじゃ・・・。くそっ、こ のままじゃ、振り切れんぞ!」 途絶えることなく主砲からカインとローザが放つ弾丸が 『赤い翼』 を狙うが、 シドにはすでにそれが無駄に近いことを悟っていた。 「セシル!間もなく、地底の出口だ。そっちに向かえ!」 「了解!」 地底の風となって、 『エンタープライズ』は地底の出口、つまり地上への入口 へと駆ける。 作戦がある、 と言われて振り向いたセシルの目に、 シドの異様な姿が映った。 体中に何か、手のひらに乗るような黒い塊を大量に結びつけたベルトを身につ けている。 奇しくも、それは白いタスキをかけたヤンの姿に似ていなくもない。 「シド、その姿は!?」 セシルが目を疑った。黒い塊は、爆弾だった。 「今からワシが『エンタープライズ』から飛び降りて、地上への穴を塞ぐ!そ の隙に地上に脱出して、バロンへ行け!」 「しかし、それではシドはどうなる?」 弾を撃ち尽くしたカインとローザが甲板に上がってきた。シドの姿を見た下 -174- -173- の主砲から真上に向かって弾丸が飛んだ。 それが天井の岩壁を穿つと、天井は大量の巨石となって降り注いだ。後を追 ってきた『赤い翼』はそこに飛び込んでしまった。ものすごい轟音と土埃の中、 『赤い翼』の姿は見えなくなった。 「よっしゃ、やるな!セシル!」 舵でガッツポーズをとるセシルだったが、その目はすぐに信じられないもの を見た。 茶色い土埃を吹き飛ばしながら、 『赤い翼』は何事もなかったかのようにその 姿を現した。 「なんてこった・・・。セシル、地底の出口の方に向かえ!」 再び身を持っていかれそうなスピードとともに、地底の空を流星のように駆 け出す『エンタープライズ』のすぐ後に、埃にまみれた『赤い翼』が追う。先 程のダメージはないのか、その差は徐々に縮んでくる。 「見ておれ、こうなったら・・・。 」 シドが突然スピードを落とした。当然後を迫ってくる『赤い翼』は減速でき ずに『エンタープライズ』の船体後部に激突した。凄まじい衝撃が船体を揺ら す。 「この程度でイカれるようなヤワな船ではないぞ!みな、何かにつかまってお れぃ!!」 シドがよろめく体で再びエンジンを燃え上がらせると、『エンタープライズ』 は矢のように飛び去った。 「これで、ついてはこれまい!」 11―散った2人の男 11― ものすごい爆発が暗い縦穴の底を赤く染めた。直後、猛烈な爆風が『エンタ ープライズ』を激しく巻き上げる。おそらく、”シド”と叫ぶ4人、いや、青 年技師も含めた声が、すさまじい爆風と土埃に消えていった。すぐに地上の出 口が白く大きく輝いて迫っていた。 久しぶりの強い地震に揺れるアガルトの火山の火口から、大量の土砂ととも に『エンタープライズ』が姿を現した。すぐに態勢を立て直すと、その場を離 脱した。 ややあって、アガルトの村の近くに着地した『エンタープライズ』だが、船 内からは、声一つしない。青年技師を含む5人が、無力感に打ちひしがれてい た。 「・・・ヤンのおじちゃんも、シドのおじちゃんも、なんで・・・。 」 しゃくりあげるようにして泣くリディアがつぶやいた。 「・・・どいつもこいつも、死に急ぎやがって・・・。 」 カインが顔をそむけてつぶやく。言葉とは裏腹の顔をしていることは、容易 に想像できた。 ローザも、口に手を添えてひたすらに涙を流していた。全く、言葉はない。 セシルには、涙はなかった。彼にはわかっていた。ゴルベーザを倒さない限 り、この悲劇はいつまでも続く。今ここで、悲しみで歩みを止めたら、必ず悲 劇はまた起こる。この戦いを始めた以上、ゴルベーザを倒すまでゴルベーザを 追わねばならない。悲劇はそうすることでしか終わらない。 -176- 10―シド、 シド、一世一代の 一代の見せ場 10― 突然、シドが走り出した。一同が地上の明かりに気をとられていた瞬間だっ た。 「だめだ、シド!」 セシルが叫ぶが、シドは一言だけ、残していった。 「セシルとローザの子どもが見られなかったのが、少々残念じゃがの!!」 場違いだとわかっていながら、セシルとローザは思わず顔を真っ赤にしてし まった。そんな2人を尻目に、シドは、地上と地底を結ぶ縦穴に腕を大きく広 げて空を舞った。 「シド-----!!」 4人の叫びは、上昇する飛空艇の乱気流に飲まれて消えた。 一方、落ちるシドは、すぐに『エンタープライズ』を追う『赤い翼』の上方 へと到達していた。 「このワシが作った最新式の爆弾は、 伊達じゃないぞい!バロンの飛空艇技師、 シド!一世一代の見せ場じゃあぁっ!!」 叫んだシドは、胸元の爆弾のうちの一つのピンを抜いた。その姿は、縦穴の 影に溶けて見えなくなった。 アガルトの村。 アガルトの火山は地形が変わってからというものの、すっかり小康状態を保 ち、大きい地震は絶えていた。噴火の被害もまったくと言っていいほどなかっ たアガルトの村は、今日も気だるい午後の陽光の中、平和な一時を満喫してい た。 「教授・・・、教授!」 天文学者コリオは、あいも変わらず巨大な望遠鏡を覗き込んでいた。この時 間に、一体何が見えるのか素人にはうかがい知れない。助手の声に、見向きも せずに答えた。 「なんだ・・・?何か、あったのか?」 「こ、これを見てください・・・。 」 助手の慌てぶりが気になったのか、面倒くさそうに振り返ったコリオが見た のは、赤ワインの瓶のカケラだった。赤く染まったラベルを見て、それがかつ てシドから贈られたバロンの名物ワインであることを知った。 「どうしたのだ、これは・・・?」 「蔵の中の掃除中に突然音がしたので、調べてみたらこの有様です・・・。 」 助手からワインの瓶のカケラを受け取ったコリオは、その表紙で瓶の尖った 部分で指を切ってしまう。指から滲む血を、コリオはじっと見つめていた。 「シド・・・!」 -175- 院が思わずそう叫んだ。この高さから飛び降りるだけでも、ただで済むわけが ない。 「余計な心配はするな!このワシが死ぬとでも思ったのか?」 「無理よ!いくらなんでも、それでは・・・!」 ローザが声をつまらせる。 「セシル様、技師長の言うとおりにしてやってください・・・。」 青年技師が、頬を腫らせて近付いてきた。彼なりにシドを止めようとして、 頬を張られたのだろう。シドの頑固さはわかっていた。そして、覚悟もまた理 解してしまったのだ。 「だめッ!」 予想外の強い声に、思わずシドが振り向いた。瞳一杯に涙を浮かべてリディ アが立っていた。彼女はすでに、死に対してのの嗅覚が異常に鋭かった。幾多 の死を目の当たりにしてきた彼女が、今またシドの死を感じてしまったのだ。 「もう、誰かを失うのはいやぁ・・・。シドのおじちゃんまで、こんなに大切 な人たちを残して、いっちゃうの・・・?」 シドが少し、うつむいた。それぞれの思惑を乗せて、 『エンタープライズ』は すさまじいスピードで地底の出口に達した。マグマの照り返しが薄くなり、あ たりは暗くなり始める。はるか上空に、小さく光る地上の太陽の明かりが見え る。長い長い縦穴だ。 ブラーナ 1―エブラーナ 首から一筋の血が滴り落ちる。そこから私は、冷たい刃物の感触を感じてい た。ピクリとでも動けば、この刃物は、私の首を宙へと飛ばすだろう。 「・・・この地へ、何をしにきた?」 何の感情も持たない声が、耳元から発せられた。恐怖のあまり、脂汗すらか く余裕もない私に、その答えを口にすることができるはずもない。 その後の時間が一体どれだけ経過したかはわからない。数秒だった気もする し、丸一日だったかもしれない。ただ、声は最後にこう言った。 「・・・引き返せ。このまま進むというのなら、殺す。 」 私を包むさっきはすぐに消えた。私はその場にしゃがみこむと、激しく肩で 息をした。あの間、まったく息ができていなかったことに気づいた。少し落ち 着いた私は、辺りを見回していた。 実にのんきな田園風景だった。馬車の轍が目立つ広い街道。 右手には、ただっぴろい稲作の田圃が、見渡す限り続く。多少雑草が目立つ が、美しく黄金色に輝く稲穂は、収穫の時期であることを告げる。 左手には、対照的に薄暗い森が延々と続く。妖気すら漂うような不気味な森 だ。その森のはるか向こう、高い岩山のさらに奥に、この平和な光景にとって どう考えても異様なものが一つ。 銀色の壁で覆われた、一本の塔。それは、先端が上空の雲に隠れて見えない ほどまでに高い代物だった。 私がエブラーナにきたのは、その謎の塔の噂を聞いたからだ。アガルトの村 で天文学者コリオは、あの塔と月の関連性を調べていた。月が赤くなった頃と、 謎の塔が不気味な発光を始めたのが、ほぼ同一時期だという。彼の依頼もあっ て、塔の調査にきた矢先の、先程の出来事だった。 謎の塔も不思議だが、エブラーナの様子はもっとおかしい。城を訪れたが、 なぜか城は完膚なきまでに破壊されていた。城下町にも、人の気配がない。村 を繋ぐ街道にも、人の気配はほとんどない。まるで、エブラーナという国から 人がいなくなったような、そんな感覚だった。 エブラーナは元々変わった国だった。 ここは島国であるため、他の国家の文化的影響を全く受けず、独自の文化が 発達していることで有名だ。例えば、城を守る兵士。彼らは他国から”忍者” と呼ばれる。類まれなるスピードと技を持ち、人を惑わす妖かしの術を使うと 言われ、戦士としての戦闘能力は世界最強とさえ言われている。 エブラーナの王族もまた優れた忍者としての素養を受け継ぎ、国王というよ りは忍者の頭領として君臨している。特に、王族のみに伝承される奥義がある という。私を先程襲った気配も、忍者のものなのだろうか。 エブラーナという国が丸ごと姿を消したのも、彼らの成せる業(わざ)なの -178- 第三十章 旅人9 -177- 以前のセシルでは、この考え方はできなかった。パラディンの光の心が、彼 を導く。この戦いを通じて、彼は確実に変わっていった。それは、彼を”息子” と呼んだクルーヤという謎の声の導きなのか、自分の意思なのか。 すべてを整理するのは、すべてが済んでからでよい。セシルは、次の行き先 を告げた。 「・・・バロンに行こう。シドが言うことに従おう。」 親方を失ったショックから一言もなかった青年技師が、ここで発言した。 「この飛空艇に、ダムシアンのホバー船を積めるようにします。それで、エブ ラーナへ向かいましょう。」 セシルは、海の向こう、はるか西を見た。そこには、特殊国家エブラーナと、 そしてバブイルの塔の地上部分があるはずだ。 忌まわしき悪夢の塔、バブイルの塔が。 か。ますます背中に寒気が走るのを感じた。 ピーヒョロと鳴く鳥の声と、のどかな風景は、そういった思惑からは遠く離 れた心和ますものだった。 1―遺したもの ホバー船を取り囲んだものは、セシルたちの目には人の形をとった影にしか 見えなかった。しかも、ホバー船のスピードに、走りでもって軽々とついてき ている。ざっと見回して、10の影。 「気配なんて感じなかったぞ!こいつらは・・・?」 カインが少し動揺している。一流の戦士である彼でさえ、気配を感じられな かったことに異常を感じているのだ。 「もしかして、これが噂に聞く”忍者”・・・?」 ローザも一筋の汗を滴らせてつぶやく。彼らの殺気の照射を受けて、意識が あるだけでもたいしたものだ。 「だったら、ホバー船を止めて話をしないと!」 リディアの話はもっともだ。 セシルはホバー船のスピードを徐々に落とすと、 完全に動きを止めた。 「エブラーナの忍者の方々ですか!?僕は、 バロンの騎士セシル。 あなた方に、 頼みがあってきました。バブイルの塔への侵入を手伝っていただきたい!」 セシルはその瞳に決意を宿らせて言った。 エブラーナへと向かう3日ほど前。バロンに戻ったセシルたちは、すぐさま 飛空艇の改造に取り掛かった。 「シドの親方は、 元気ですか?まあ、殺したって死ぬ人ではないですからねェ。 元気すぎて、迷惑でしょ?」 シドの死を知らないバロンの技師たちに、セシルと青年技師はぎこちない笑 顔で応えた。 今は地底のドワーフの城にいるということにして、飛空艇の改造を頼んだ。 そこに、シドの娘までもが登城してきてしまった。 「父さんが、地底に?相変わらず、あたしなんてほったらかしで・・・。死ん だお母さんだけでなく、あたしにまで寂しい思いをさせて、仕方ないわねッ!」 プリプリと怒って帰っていったシドの娘に、本当の事は言えなかった。 シドが考えていたことは、こうだ。ホブス山で乗り捨てた、あのホバー船。 あれを拾い運べるように飛空艇を改造する。そして、地上からバブイルの塔に 潜入してクリスタルを奪取しようということだった。 地上のバブイルの塔への潜入は、エブラーナの協力がほしい。エブラーナの 地は浅瀬が続く地形が多いらしい。ホバー船は便利だった。 バロンについた次の日の朝には、あっという間に改造が済んだ。 シドが遺した技師たちは、優秀だった。 ブラーナの今 2―エブラーナ ホバー船の回収の帰り、彼らはファブールに寄った。ヤンの奥さんに、彼の -180- -179- 第三一章 忍者エッジ 無茶な王子 3―無茶な 慌てて椅子を立った大臣は、すぐに椅子に座り直して頭を抱えた。 「・・・今、バブイルの塔へ行っても、若お一人では”ルビカンテ”に勝ては すまい。 ・・・まったく、若の血気盛んなのも困り者じゃ。」 「いかがなさいますか?」 「ワシが行く。”2つ”。 」 「はっ。 」 簡潔な会話は終わった。”2つ”とは、20人、の意だ。20人ついてこい、 ということであろう。洞窟の闇に溶け消えるようにしてエブラーナ兵がいなく なると、大臣も部屋を飛び出そうとした。そこにセシルが声をかけた。 「大臣、我々もお供します。 」 「うむ、ならば、頼む!」 セシルたちは落ち着く間もなく、バブイルの塔へと繋がる地下通路へと飛び 込んだ。 地下通路のところどころで、エブラーナ兵が倒れていた。体中に、火傷のよ うな跡を痛々しく剥き出しにして、口々に王子の心配をしていた。 「王子様は、いつもこんな無茶をするのかい?」 カインが大臣に尋ねた。見かけによらない強靭な足腰で駆ける大臣に、カイ ンも驚いていた。 「ただ今、 唯一のエブラーナの王族でござるが、 若は少々短気であらせられる。 若さゆえの勢い、と思うのじゃが・・・。 」 大臣を含む5人が、滑るように洞窟を駆ける。いつの間にか、背後に20人 ほどの黒い影も追ってきている。大臣が呼んだ配下の忍びだろう。 一気に洞窟の最深部までたどり着いたとき、一人の男が洞窟の影から吹き飛 んできた。思わず受け止めたセシルが見ると、ブスブスと黒い煙を体中から匂 わせていた。かろうじて動く口は、こう告げていた。 「わ、若が・・・。ルビカンテと・・・。 」 それだけ言って、男は力尽きた。 「・・・大丈夫、気を失っただけのようだ。」 その言葉と同時に、 奥から凄まじい轟音が聞こえた。 そして壁が赤く染まる。 エブラーナ兵をそっと横たえると、セシルたちは奥に駆け込んだ。 4―炎の激闘 男は、一人立ち尽くしていた。マグマを塗り込めたような赤い顔。同じ真っ 赤のマントに体全てを覆い隠した出で立ちは、どこかで見覚えがあった。 「ふふふ・・・。なかなかの手並み。そこらのザコとは違うようだな。 」 誰に話しかけているのだろう。よく見れば、彼の周辺にごく一瞬何かの姿が 見える。人のようではある。 赤い男がおもむろに手を振った。その手に渦巻いた炎の帯を、正面に放つ。 何かを弾き飛ばすような音とともに、何かが壁に激突した。落ちてきた何かが 着地した姿は、一人の青年だった。 薄紫の装束に全身を包み、口元も同じ色のスカーフで覆い隠している。足は ガッチリとした脚絆で固められている。短く切り込んだ銀色の髪は、炎に焼か -182- -181- 死を伝えねばならなかったからだ。 しかしヤンの奥さんが見せた態度は、彼らの予想したものではなかった。 「なーにいってんのよぅ!あたしの亭主が、そう簡単にくたばるわけないじゃ ないか!きっと地底のどこかで、のほほんとしてるに違いないさ!」 カンラカンラと笑う奥さんの手料理を御馳走になった一行は、その後すぐに ファブールを発った。 しかし、4人にはわかっていた。今頃奥さんが部屋の片隅で、声を殺して泣 いているであろうことを。 エブラーナでホバー船を走らせて、数日。 薄暗い洞窟だった。 ところどころに備え付けられた松明の光が、洞窟を動く人々の影を長く伸ば す。よく見れば、痛々しく包帯を巻いた兵士や、ギプスで固めた足を吊る姿が 見受けられた。人々にも、どこか活気が欠けている。元気なのは、そこらを駆 け回る子どもの姿ばかりだった。 エブラーナもまたバロンの侵攻を受けて、城を放棄せざるを得なかったそう だ。国王と王妃も行方不明になってしまった。今、彼らはエブラーナの西、浅 瀬の奥にある洞窟に身を隠し、再起を図っているという。 だが、忍者という兵士はその特殊性ゆえに数が少なく、しかもその大半を『赤 い翼』の爆撃で失ってしまった。独自の文化を持っていたがゆえに、最新鋭の 技術に全く対応できなかったためだった。 なぜ、エブラーナは侵攻を受けたのだろう。忍者の戦闘能力を恐れたのか、 バブイルの塔にはそれだけの秘密があるのか、それはわからない。 エブラーナの大臣と名乗った老人が、その様子を訥々と語ってくれた。しか し、その物腰は油断なく、彼自身もまた優れた忍者であることを告げていた。 「だが、ここの備蓄物資も底を尽きかけており申す。このままでは、”ヤツ” に一矢報いることもかなわず・・・。」 老大臣は顔を伏せた。その様子が、彼らの無念をセシルたちに理解させた。 「・・・間もなく、若が物見から帰って参る。今、この洞窟を掘り進んでバブ イルの塔へと繋げている最中でござる。しばらくお待ち願いたい。 」 と、告げた直後。大臣の部屋に転がるようにして飛び込んできたのは、エブ ラーナの忍者の一人だった。見ると、傷だらけである。 「だ、大臣!若が、若がお一人でバブイルの塔の方まで行かれてしまいまし た!」 「なんと!」 5―いつか見た憎しみ 赤い男の炎が一瞬消える。すると、青年の足元から炎の竜巻が巻き起こる。 「ぐあああぁあぁぁああ!?」 身動き一つできない勢いに、瞬く間にその身を焼かれる。赤い男が軽くマン トを翻らせると、竜巻はあっという間に消えた。竜巻の勢いで天井まで巻き上 げられて激突した青年は、受身も取れず地面に落ちた。 「お主の実力は、まだ未熟・・・。だが、私はお主のような元気な戦士は気に 入っている。鍛えて出直してくるがよい。 」 赤い男は、すっと右腕を上げると、その身が炎に包まれた。炎が細まると、 彼の姿も消えていた。 「ま、待ちやがれ・・・!ち、ちくしょう・・・!!」 うつ伏せて動きがとれないまま、青年は拳を叩きつけて悔しがった。 「わ、若!」 大臣が、青年の元に駆けつける。 忍者エッジ 6―忍者エッ エッジ 「なっ、何するんでぇ・・・?」 ひっくりかえった姿勢から立ち上がった青年は、一人の女性の姿を見た。両 手でロッドを構えて、瞳に一杯の涙を浮かべて、しゃくりあげて泣くリディア の姿だった。 「なんで、そんなに簡単に死にに行こうとするの?なんで、みんなで生きてい こうとしないの?あたしはもう、誰が死ぬところも見たくないの!そんな悲し いことを言うのはやめて!」 怒鳴りかけた青年も、セシルたちも、呆気にとられてリディアを見つめてい た。 「テラのおじいちゃんも・・・。ヤンのおじちゃんも・・・。シドのおじちゃ んも・・・。もう、死ぬのはいやぁ・・・。誰も死んじゃだめ・・・。」 肩を震わせて泣くリディアの目を青年は見た。そこには、多くの死を見つめ てきた者だけが持つ深い悲しみの色が見えた。そして、その死を強い意志で乗 り越えてきた強さも。 青年は、自分がこの女性にかなわないことを悟ってしまった。彼女の強さと 比べたら、すぐに頭に血が昇る自分など弱っちいことを知ってしまった。彼女 ほどの修羅場を自分は知らないのだとわかってしまった。 「リディア・・・。 」 セシルがなぐさめようと方をなでる。しかし、リディアは一向に泣き止まな -184- 「若!?こいつが王子様かい!?」 カインたちも言いながら側に寄る。 「大丈夫なの?きゃっ、ひどい火傷・・・。」 リディアが素早く駆け寄ると、青年の顔を覗き込んだ。まだ、彼の目から、 憎しみの炎は消えていない。それがリディアを怯えさせた。それでも差し伸べ た手を、青年は強く払った。 「うるせぇ!オレは、 ヤツを、 ルビカンテを追うんだ!絶対に、 ヤツを倒す・・ ・! 邪魔をするな!」 無理やり立ち上がろうとする青年に、セシルは声をかけた。 「一人では、無理だ!僕たちもバブイルの塔に行くんだ。手伝って欲しい・・・。」 短刀を地面に突き立てて、何とか膝立ちになった青年は、セシルを見て苦し そうに鼻で笑う。 「フン・・・。お前のようなボッチャンじゃ、ヤツは倒せねぇ。それに、ヤツ は、オレの獲物だ。誰にも手出しはさせねぇ。引っ込んでろ!!」 やっと、足を踏ん張って立ち上がったその時だった。 「バカァッ!!」 青年の目の前が一瞬真っ暗になった。強烈な衝撃を顎に感じたその瞬間、転 げるようにして壁際まで吹っ飛んだ。 -183- れ焦げている。気の強さを象徴する切れ長の瞳からは、怒りが火を噴きそうな ほどにあふれていた。 「うるせぇ!父上と母上をどうした!今度こそ、吐いてもらうぜぇ!!」 手にした短刀を逆手に構え直すと、彼の姿が歪んだ。と思った刹那、彼は赤 い男の首元で刀を振りかぶっていた。光より速い、と錯覚させるような動きだ った。 しかし、赤い男は顔色一つ変えずに、その一撃をほんのわずかの差でかわす と、ガラ空きになった彼の腹に再び炎を叩き込んだ。 たまらず吹き飛んだ彼は、懐から何かを取り出して投げる。赤い男が軽くマ ントを翻してからめとったそれは、手のひら大の金属板に4ヶ所尖った刃物” 手裏剣”だった。立て続けに放たれた手裏剣すべてを落とした赤い男が振り向 くと、なにやら右手を変わった形にして構える青年の姿があった。 「死ね!”火遁”!!」 ”印”を組んだ右手が赤く赤く輝くと、赤い男に負けないほどの炎の帯が噴 き出した。赤い男はその場を微動だにせず、再びマントを振るう。青年が放っ た炎は、瞬く間に中空に消えた。 「この程度の炎では、私は倒せはせんよ。 」 「やかましい!」 食いしばった歯をさらに軋ませて短刀を振るう青年の攻撃をあっさりかわす と、赤い男は続けた。 「・・・炎とは、こうして使うものだッ!!」 突然、赤い男の足元から炎の渦が立ちのぼる。彼のマントも激しく舞い上が る。赤い目がさらなる赤光を放つと、広げた右手をぐっと握り締めた。 「”火炎硫”!!」 1―再潜入 茶色い壁の一部が崩れ落ちる。埃の中から、5人の男女が姿を現した。そこ は、太陽の光が燦々と降り注ぐ広い盆地だった。そして、そこを埋め尽くす程 の巨大な塔が聳え立っていた。 バブイルの塔。 太陽の光にまばゆく輝く塔を見上げて、5人にはそれぞれに思いを馳せる。 「くくく・・・、ルビカンテ。今度こそ、ギタギタにしてくれる。待ってろよ・・・。」 両の拳を打ち合わせて気合を入れるエッジを、やれやれ、といった表情で横 目に見るカイン。そのエッジの後頭部をロッドで殴り飛ばしたのは、リディア だ。 「あんまり、怖いことを言わないでよっ。 」 頬を膨らませるリディアに、いたずらをとがめられたようなエッジの顔。な ぜかエッジはリディアに頭が上がらない。おかしくて仕方ない、とばかりにく すくす笑うローザ。 「どこから入ればいいんだ?」 セシルがエッジに尋ねると、エッジはいたずらっぽい笑みを浮かべた。 「そんなもん、正面からブッ壊して入るに決まってるだろぉ!」 そう言って、懐から”ボムの右手”を取り出すと、壁に向かって投げた。山々 を揺るがす大音響とともに、バブイルの塔の壁にはポッカリと穴が開いていた。 相変わらず中は無駄に広く、しかも今度は入り組んでいた。電子の目が無機 質に彼らの姿を追う中、5人は上へ行く道を探していた。 「・・・クリスタルはやはり、上の階にあるのだろうか。 」 セシルがなにげなく口にした疑問に、エッジが食いついた。 「クリスタル?なんだ、そりゃ?お前たち、ルビカンテの野郎を倒しにいくん じゃなかったのかよ?」 「オレたちの目的は、ルビカンテの親玉、ゴルベーザが盗んだクリスタルの奪 還だ。ルビカンテのヤツは正直、手強い。できれば、避けて通りたいところだ がな・・・。 」 カインが危惧を口にすると、エッジが腕を振り回して言う。 「だーっ!てめえ、口も悪い上に根性なしか!もういい、黙って見てろ。ルビ カンテは、オレが倒す!」 一人意気込むエッジの頭に、再びロッドが飛ぶ。 「一人で敵わなかったくせに、偉そうなのよ!少しは、力を合わせるってこと を考えなさいよ!」 リディアの言葉にエッジは文句を言うが、それには力がなかった。 「もう、リディアの尻に敷かれているのかしら・・・?」 ローザが笑うと、エッジはむきになって言い返す。 -186- 第三二章 再会という名の悲劇 -185- い。青年は、さっきまであんなにも怒りに滾っていた心が急速に静まっていく のを感じていた。 ゆっくり立ち上がると、言った。 「・・・そんな、キレーなねえちゃんに泣かれちまったら、どうしよーもねー な。 ・・・わかったよ。ここは一発・・・。手を組もうじゃねーか。 」 まだふらつく足を引きずりながら、なおも付け加える。 「せいぜい、オレの足を引っ張らないようにな。ちゃんとついてこいよ!!」 カインが呆れて肩をすくめる。 「・・・そんなザマで、それだけの大口が叩ければ上等だ。おい、ローザ。ふ らふらの王子様を治してやってくれよ。」 くすくすとローザが笑うと、治癒魔法を唱えてくれた。しばらくして、青年 の体の傷が癒えていく。軽く飛び跳ねると、青年は嬉しそうに言った。 「ありがとうよっ、ねえちゃん!あんたも美人だぜっ!」 セシルがカインと顔を見合わせて苦笑する。 「おい、王子様。あんたの名前は?」 「王子様、王子様ってうるせぇな。お前気にいらねえ!!オレには、エッジっ ていう名前がある。オレを呼ぶなら、エッジ様と呼びな。」 忍者らしからぬ、軽い性格だった。 ブラーナ王の行動 3―エブラーナ 人の影は、一段高くなったフロアに2つあった。天井の淡い光が照らしたそ の姿は、それが一組の男女であることを示した。2人とも身分の高そうな衣服 を身に纏い、その物腰には決して油断も無駄もない。 顔が見えた。決して若くない。50は越えているであろう。その瞳は鋭く光 り、2人そろってかなりの手だれであることをうかがわせた。しかし、その口 元には優しい笑みを見せて、その厳しい顔を和らげていた。 服をよく見れば、エブラーナの国旗に使われている紋章、すなわち、魔法儀 式の時に使われる独鈷と呼ばれる武器を十字に置き、手裏剣が2つ添えられ、 中央に梵字をひとつ書かれたものが、縫いこまれていた。当然、それを身に付 けることができるのはエブラーナの王族のみ。 セシルがそこまで思考を辿らせた時、エッジが叫んだ。 「親父、おふくろ!生きていたのかよ!」 懐かしさを全開にして、エッジは2人の前に飛び出した。心なしか、目が潤 んでいる。 「おお、エッジ。城が落ちて以来だな・・・。立派になった・・・。 」 エブラーナ国王が声をかけた。隣にいるのはどうやら王妃のようだ。 「本当に・・・。私たちがいない間、さぞかし苦労をかけたでしょう・・・。」 そう言って、袖で目の下を拭う王妃にエッジは駆け寄った。 「いや、大丈夫だよ。みんな親父とおふくろが帰るのを待ちわびていたんだ! だから、親父もおふくろも、みんなのところへ帰ろう!」 まるで小さな子どものような顔で嬉しさを表現するエッジに、国王が言った。 「ふふふ、そうか。では、苦労をかけた礼をしてやらねばな・・・。 」 「な、何言ってんだよ、親父!礼なんていいっての!さ、早く帰ろ・・・?」 その言葉は最後まで出なかった。エッジは突然腹に、巨大な鈍器で殴られた ような強い衝撃を受けたからだ。 「な、何・・・?」 吹き飛ばされながら、素早く姿勢を直して着地したエッジは、腹を押さえな がら2人を見上げた。 国王の右腕が、体長に匹敵するほどに異常に膨張していた。その顔には、先 程までの優しい笑顔はない。 「どうしたんだよ、親父!その腕は一体・・・?」 エッジが国王に気を取られている間に、隣の王妃の腕から、一本の触手が飛 んだ。それは一瞬でエッジの体を捉えると、凄まじい電流をエッジの体に流し こんだ。 「があああッ!お、おふくろぉ!?」 冷たい笑みを顔に張りつけた王妃が触手を素早く巻き取ると、エッジは力な くその場に倒れ付した。 悲痛な叫び 4―悲痛な 「・・・ゴルベーザに、何かされたのだ・・・。 」 苦々しくカインが言った。4人が手に武器を構えてエッジに駆け寄る。 「ま、待ってくれよ・・・。 」 -188- 最上階 2―最上階 無機質な壁の向こう、通路の奥からのそりと何かが姿を現した。大きい。そ れは、銀色の壁の輝きをその身にも映しこむほどに磨き上げられたミスリルの 体を持つ巨人だった。 ミスリルの巨人はセシルたちの姿を見つけると、その体からは想像もできな いスピードで踏み込んできた。 「いいか、オレ様がちょっと本気になればなぁ・・・!」 エッジは、腰に差した両刀に手をかけた。その姿勢で床を蹴ると巨人の懐に 飛び込んだ。 数条の黒い光が見えただけだった。 しかし、エッジが巨人の反対側に着地すると、隠密用に黒く塗られた刀を腰 に収めてしまった。巨人はなおも振り向いてエッジを追う。 いや、巨人は異変に気づいた。己の右足が脱落していることに。次いで振り 上げたはずの左腕が地面に落ちているのを見た。さらに視線がやけに低い。腰 から両断されて上半身がそのままの姿勢で床に落ちたからだ。最後に首が床に 落ちた。 それっきり、巨人は動かなくなった。 「どーよ。」 エッジの過剰なまでの自信家ぶりが、決してハッタリではないことはよくわ かった。 かなり、高いところまで上ってきただろうか。地底でも見たような、天井が 淡い光に包まれて見えないような高い吹き抜けのフロアにたどりついた。フロ アの半分は一段高くなっており、厳重に錠をされた頑丈そうな扉に守られた部 屋があった。 「・・・エレベーターがない。ここが最上階か?」 カインが周辺を見回して言った。 「ってことは、あの中にクリスタルがあるの?」 リディアが嬉しそうに続いた。 「いや、待って!誰か、いる!」 ローザの言葉に、一同が緊張した。 しかし、その中でエッジの表情だけが、驚きに変わっていった。 「あ、あれは・・・。まさか・・・?」 -187- 緊張感のない一行に、セシルは少々呆れた。 5―別れ 「お・・・やじ・・・。おふく・・・ろ・・・!」 それでも必死に呼びかけるエッジに、止めの拳を振り上げた王と、傍らで見 つめる王妃。 だが、異変が起きた。 その姿勢のまま激しく身震いしたかと思うと、苦しそうにうめきだした。 「ぐおおぉぉおぉぉぅ!エ、エッジ・・・。」 なんとか顔を上げたエッジは、すかさず呼びかけた。 「親父!おふくろ!」 「ぎゃあぁあぁッ!エッジーッ!」 不意に、フロア全体を包んでいた悪意が全て消えた。糸の切れた人形のよう に動きを止めた王と王妃からは、ついさっきまでの邪悪が感じられない。フロ アは静まり返ってしまった。 「エ、エッジ・・・?」 姿は魔物のままだが、王の顔は元の威厳あるエブラーナ王のものに変わって いた。驚きと後悔の念を強く浮かべた表情だった。それは、王妃の方も同じだ った。 「親父、おふくろ!正気になったのか?」 愛する息子の言葉からすべてを悟った2人は、己の不甲斐なさに強く歯噛み した。そしてエッジに近付くと、優しく声をかけた。 「すまない、エッジ。どうやら我々は、犯してはならない罪を犯したようだ。 それは決して、許されるものではない。」 「ごめんなさい、エッジ・・・。私たちが、弱かったのね・・・。 」 すすり泣く王妃の言葉に、エッジは強く反発した。 「違う!親父はいつでもオレを鍛えてくれた。勝てたことは、一度もない。お ふくろはいつでも心の強さを語ってくれた。それにいつも勇気づけられてきた んだ・・・。 」 王と王妃は、首を振った。すると突然、苦しそうにうめきだした。 「どうした、親父、おふくろ!」 「くうぅ、この姿では、やはりもはやこの世にはいられない・・・。エッジ、 我々の首をはねてくれ!」 エッジの顔に驚愕が走った。 「な、何故!?オレにそんなことが、できるか!」 「エッジ、お願い。言うことをきいて!私たちの首を・・・。それが私たちの 贖罪・・・!」 「だめだ、おふくろ!死んじゃ、だめだぁ!」 流れる涙を拭おうともせず、泣き喚くエッジの頭上を、何かが走った。光り 輝く一本の線。それは、光の剣に太陽のような輝きを宿して振るった、セシル の横薙ぎの一撃だった。セシルの表情には、何の感情もない。いや、唯一、憤 怒の色だけがあったようだった。 宙に飛んだ王と王妃の首を、まるで夢の中での出来事のように虚ろな目でエ ッジは見つめた。それは妙に長い時間に思えた。しかし、すぐに2つの首は空 中に消えた。残された体の方も、淡い光に包まれた。 光はそのまま2人の人の姿になった。在りし日の王と王妃の姿だった。かつ てエッジに何度も見せたであろう優しい笑顔を浮かべると、エッジとセシルた ちに深く頭を下げた。エッジは涙で歪む目に、その姿を焼き付けた。すぐに、 2人の姿は天井の光に溶けて消えた。 フロアは、また静かになった。エッジの慟哭の声だけが響いていた。 -190- -189- エッジの声に4人が振り向いた。苦しそうに立ち上がると、両手を広げて4 人を制した。 「な、何かの間違いだ、こんなことは・・・。オレが何とかするから・・・。 」 「間違いでもなんでもないよ、我が息子よ。我々はゴルベーザ様から新しい命 をいただいたのだよ。どうだ、この素晴らしい体は?」 見る間に王の体は巨大化していく。厳しくも威厳に溢れた顔も、たっだの醜 悪さ丸出しの化け物へと変わっていく。 「人間のひ弱なものとは、大違い。どう、エッジ。あなたもゴルベーザ様に忠 節を誓って、この体をいただかない?」 王妃の口元が大きく裂けていく。同時に、醜い翼が背中に生える。足も蛇の ようなものに変化して、激しくうねる。 「やめろよ、親父、おふくろ・・・。やめてくれよ・・・!」 弱々しい足取りで一歩ずつ近付くエッジに、王と王妃は容赦なく飛びかかっ た。王がまるで丸太のような足で蹴りを繰り出すのを、エッジは黙って喰らっ た。床に引きずられるようにして倒れたエッジにのしかかるようにして王妃が 飛び乗ると、再び強烈な電撃を浴びせる。 「わあああッ!親父、おふくろーーーーッ!」 「エッジ、今助ける!」 その光景にたまらず飛び出したセシルの足元に、高い金属音が数回鳴った。 エッジが投げた、手裏剣だ。 「・・・来るな。」 「エッジ!」 リディアの叫びも、今のエッジの決意を覆せない。 「・・・来たら、殺す。」 エッジの目に宿った光に、セシルたちはそれ以上言うことはできなかった。 なおも息子に対して攻撃を加える王と王妃に、エッジは耐えた。そして、必 死に呼び続けた。彼が愛する父と母を。しかし、最後に王の拳を胸に喰らうと、 ついに立ち上がれなくなった。 -191- 1―憎しみの果てに リディアが、流れる涙を落ちるに任せながら、つぶやいた。 「・・・ひどいよ・・・。こんなことって・・・。」 ローザも、瞳に涙を浮かべたまま顔をそらせていた。カインの顔にも、無念 の表情が宿っていた。 セシルは、倒れているエッジに手を添えると、その手からオレンジの光を発 した。パラディンとなった彼には、多少の治癒魔法が使える。エッジの体が多 少ながら回復すると、エッジはゆっくり立ち上がった。 さらに、ゆっくりセシルに振り返ると、その顔にいきなり拳を飛ばした。セ シルは黙ってその拳を頬に受けた。エッジが一言言った。 「・・・ありがとうよ・・・。」 当然、治癒魔法の礼ではあるまい。伏せたままのエッジの顔は、窺い知るこ とはできなかった。 「・・・ルゲイエ、あのマッドサイエンティストめが。余計なことをしおって。 」 彼らの背後の温度が突然上がった。そして、何者かの強烈な気配が吹き付け てくる。ふと、小さな火が空中に浮かんだかと思うと、それは瞬く間に、一本 の巨大な炎の渦と化してフロアに立ちのぼった。 「・・・貴様・・・!」 エッジがつぶやいた。何者かは、彼が一番よくわかっている。 最後の『四天王』、ルビカンテ。 炎の渦をかき分けるようにして、あの赤い男の姿が現れた。相変わらずビリ ビリと強烈な重圧を投げかける。が、その顔にはあの自信に満ちた表情を見る ことはできなかった。 「エブラーナの王と王妃を、ルゲイエに預けていたのが悪かった。2人はヤツ の生体実験に使われたのだ。だが、部下の過ちは私の過ち。その非礼は詫びよ う。すまなかった・・・。」 強い憂いの表情。言葉の節々に見える、悔恨の情。目を伏せ、頭を下げたル ビカンテの姿は、敵ながら誠意に溢れた姿だった。 しかし、今のエッジには、憎しみ以外の感情を受容する余裕はなかった。 「ルビカンテ・・・。よくも、親父とおふくろをあんな目に・・・!貴様だけ は許さねぇ・・・!絶対に、許さねぇぞ!!」 エッジの体から、凄まじいプレッシャーが溢れ出した。セシルたちがその場 に立っているのがやっとのような、凄まじさだった。その目は怒りのあまり、 妖しい赤い光まで宿している。修羅の表情だった。 リディアは、その目に脅えた。いや、恐ろしかったのではない。かつて、リ ディアはその目を見たことがある。 テラの目だった。 りの力 2―怒りの力 「ほう。怒りとは、人間をかくも強くするものなのか・・・。だが、そんな力 が、果たしてこの『四天王』最強の”火のルビカンテ”に通用するのかな?」 ルビカンテは右手を顔の前にかざすと、轟、と炎を纏わせた。 「・・・試してみるがよかろう!」 その腕を正面に向けると、炎の弾丸がエッジに向かって放たれた。エッジが 立っていた場所でそれが炸裂したが、そこに彼の姿はなかった。 「むう?」 ルビカンテが眉間に皺を寄せた、その瞬間。背後にエッジが現れた。すでに 逆手にとった刀を振り上げている。間一髪、その斬撃をかわしたルビカンテは その地点に拳を振るうが、確かにエッジを貫いた拳には手ごたえがない。 「残像!」 叫んだルビカンテは、さらに背後に気配、いや、”殺気”を感じた。そこで はすでにエッジがムチのような回し蹴りを振るっていた。 素早く振り返って左腕を構えると、強烈な衝撃とともに蹴りをブロックでき た。だが、反動で大きく飛び退いたエッジがその手に特殊な印を結ぶと、空中 から激しい水の弾丸を放つ。 「む、これは!」 ”水遁”と呼ばれる忍術。大きくマントを振るって弾丸を受け止める。激し く水蒸気を上げる炎のマントの向こうに見えたルビカンテの鋭い目が、色を変 えた。 「・・・洞窟での動きとは、まるで別人。人間の感情が、そこまでの力をもた らすとは・・・。」 一方、エッジの目は強く爛々と光る。 「なんだよ、まだ、死なねぇのかよ!死ねよ!死ね、死ね!」 火が吹くような憎しみの瞳をさらに強く強く輝かせて、エッジは刀を両手に 構えてルビカンテに突っ込んだ。黒い閃光と、炎の応酬が始まった。怒りに身 を任せて刀を振るうエッジの動きは、すでにセシルたちの目には追うことはで きなくなっていた。戦いに割り込む隙を見出せない。 「死ね!死ね!死ね!死ね!死ね!死ねぇ!!」 エッジの叫びだけが、フロアにこだまする。その姿は、セシルたちほどの歴 戦の勇者にも、恐怖を感じさせるには十分だった。それほどまでにエッジの怒 りは深かった。 リディアは震える足で戦いを見つめていた。しかし、考えていることは一つ だった。 -192- アンナを失って、ダムシアンを飛び出したテラの目は強い憎しみと怒りに支 配されていた。そして、テラの辿った道は一つ。 ”死”。 第三三章 怒りを超えて エッジの本気 4―エッジ そこにローザがやってきた。 「ローザのねえちゃん・・・。このこまっしゃくれた小娘を頼む・・・!」 うなずいてリディアを受け取ったローザは、すかさず治癒魔法を唱えようと した。 その手が、止まった。 その顔から、突如、夥しいほどの脂汗が滴り落ちた。かつて感じたことのな い、すさまじいという言葉でも足りない殺気を感じたからだ。それは、目の前 で発せられていた。 そう、エッジからだった。 「エ、エッジ・・・?」 信じられなかった。それは人の発することのできる殺気ではなかった。いか に強力な魔物でも無理だ。いや、すでにそれは殺気ではない。空気を凍りつか せる何か、としか言えない。 息が苦しい。 かろうじて、エッジの目を見た。人のものではなかった。すでに、人として の輝きがなかった。それは、機械。そう、殺人マシーンの目というのが一番正 確かもしれない。 セシルも、カインも、ルビカンテも、その動きを止めた。エッジの殺気を感 じたからだ。動けなかった。彼らの動きを止めさせたのは、恐怖だった。確実 にこれからここに訪れるであろう死の気配を感じさせる恐怖だった。 ゆらり、と立ち上がったエッジが振り返る。静かな顔だった。先程の修羅の 顔は消えていた。何の感情も示さないのっぺりとした表情。むしろ、それが恐 ろしい。 全てを凍りつかせる視線がとらえた獲物は、ルビカンテだ。 エッジの姿が、突然消えた。 次の瞬間、ルビカンテの左腕は宙を飛んでいた。 5―敗れた理由 「な、何!?」 すかさず残された右腕を振るった。扇状に炎が撒かれるが、そこには何もな かった。すぐにルビカンテは、左腹に強烈な痛みを覚えた。深く切り裂かれて いる。 「こ、これは一体・・・!?」 思わず宙に飛んだルビカンテの背後に気配があった。そう感じた瞬間、背中 に強烈な蹴りがブチこまれていた。床を抉らせて叩きつけられたルビカンテは、 すかさず立ち上がるとその右腕に炎を渦巻かせた。 「おのれィ!これを喰らえ!”火炎硫”!!」 渦巻いた炎の帯は、すぐにエッジの体を包んだ。焦りの汗にまみれる顔に、 勝利を確信した笑みを浮かべた。 が、それはすぐに驚愕に変わった。 -194- ない! 3―憎しみは、何も生まない! ルビカンテが大きく間合いを取った。そこに、エッジが両手で印を結ぶ。彼 の体が、激しいプラズマに包まれた。 「これで、死ねよ!忍術”雷迅”!」 すさまじい数の雷の触手が渦を巻き、ルビカンテを襲う。並の黒魔法など圧 倒する威力。忍術の恐怖はセシルたちの想像を超えた。 しかし、思わぬことが起きた。ルビカンテとエッジの間に、もう一人の姿が 割り込んだ。 リディアだ。 「キャアアアアッ!」 雷は容赦なくリディアの体を貫いていった。セシルもカインもローザも、ル ビカンテでさえも、驚きを隠せない。エッジの憤怒の表情が、一瞬で戸惑いに 変わった。 「リ、リディア!?」 すぐに雷を止めると、リディアの側に駆け寄った。崩れ落ちたリディアを素 早く抱き上げると、後方に飛んだ。そこにルビカンテの炎の弾丸が飛んできた が、セシルの一撃に真っ二つに切り裂かれた。 「ローザ、リディアを頼む!カイン、援護してくれ!」 「応!王子様は世話が焼けるぜ!」 2人はすぐにルビカンテに飛びかかる。さすがに2人がかりではルビカンテ も手一杯になる。目にも止まらない高速戦が繰り広げられる。 一方、リディアをそっと横たえたエッジには、戸惑いの表情が消えない。 「な、なぜ、あんな真似を!あんなことをしたら・・・。」 リディアの体からは煙が立ちのぼる。体中が引きつっていた。火傷がひどい 証拠だ。それでもかろうじて目を見開いたリディアに、 エッジは少し安心した。 「エッジ・・・。だ、め・・・。そんなに、憎しみをむき出して戦っちゃ・・・。 」 エッジにはリディアの言葉が理解できなかった。目の前で、両親をあのよう な目に合わされて、憎しみにかられないほうが不自然だ。 「違うの・・・。あたしは見たの・・・。憎しみにかられて戦った人を・・・。 そしてあたしは知った。その人の最期を・・・。 」 はっとした。今のエッジには、死を考えることはできなかった。 「このままじゃ、あなたも死んじゃう・・・。憎しみは、何も生まない・・・!」 リディアは苦しそうにうめくと、そのまま気を失った。リディアを抱き締め たエッジは、動かなかった。 -193- ”この戦いを止めなければ。じゃないと、エッジが死んじゃう!” 炎風のあとに 1―炎風の 「お、おい、リディア!大丈夫かよぉ!?」 再び倒れこんでしまったリディアに、エッジが子どものような声を出して素 早く駆け寄った。先程までの殺気など、どこへやらである。 「あたしは大丈夫よっ。あんたと違ってローザの魔法はすごいんだからっ。 」 倒れながらも強がりを言うリディア。どっちもどっちだ。 「・・・この調子なら、2人とも大丈夫だな。 」 「もう、王子様、なんて言えないなぁ・・・。」 セシルとカインが、それぞれつぶやいた。2人ともエッジの実力に、度肝を 抜かれていた。 「若-----!わ-----か------!エドワード・ジェラルダイン様-------!!」 突然、フロアの扉が開くと、エブラーナ大臣が大勢の配下の忍者を引き連れ て乱入してきた。 「若、助っ人にきましたぞ!ルビカンテのやつはどこでござるか!?」 キョロキョロとあたりを見回す大臣を、エッジは呆れた顔で見つめた。 「その名で、オレを呼ぶな!もう終わっちまったよ・・・。」 「なんと、若がルビカンテを討ち取りなすったか!?さすが、若じゃ!」 彼らは、地下通路でエッジに帰れと言われてしまい、一度は帰ったがすぐに 追いかけてきたのだ。 「なに?エドワード・ジェラルダインって?」 リディアが首を傾げて尋ねる。エッジが頭をボリボリかいて答えた。 「・・・オレの本名だよ。長ったらしいし、むずかゆくなるから、オレが略し たんだよ。 」 腹を抱えて笑い転げるリディアとカインに、エッジは難しい顔をした。 「これで、エブラーナも安泰じゃ。さ、若。城に戻りましょう。お国の再建を なさいませんと・・・。 」 エッジが、すごく意外そうな顔をした。大臣がそれが決して良い兆しでない ことを知っている。 「わ、若?もしや・・・?」 「確かに、ルビカンテの野郎は倒した。だが、聞けば他に黒幕がいるってー話 じゃねーか。そいつを倒さない限り、エブラーナも平和にならない。違うか?」 大臣が答えに窮していると、したり顔でエッジが続ける。 「だから、このオレ様がこいつらの代わりに、そいつ、えーと確かゴルベーザ だったか、そいつを倒しにいくのよ!」 狡猾な罠 2―狡猾な 「おいおい、王子様。それでいいのかよ。 」 -196- 第三四章 飛空艇ファルコン -195- 激しく巻き上げられたエッジに、しかしダメージはなかった。彼の体をすご い勢いで水の膜が覆っていた。”水遁”の応用。ルビカンテの火炎は、彼の体 に届かない。 「・・・あれが、忍者か・・・!」 カインがようやくつぶやいた。任務の遂行のために、感情を一切挟み込む事 なく淡々と仕事をこなす。それが忍者、という噂を聞いていた。 いかなる色も持たないエッジの瞳には、すでにルビカンテの死が既定事実と して見えているのか。ルビカンテは相変わらずエッジの攻撃に翻弄されていた。 不意に、ルビカンテの炎の弾丸がエッジをとらえた。吹き飛んだエッジに追 撃すべく、すかさず突っ込んだルビカンテは、エッジが高く宙を舞ったのを目 で追った。 その瞬間だった。ルビカンテの体を急激な気温の変化が襲った。思わず振り 返ったルビカンテが見たのは、よろめく体で魔法を放つリディアの姿だった。 「大冷却魔法”ブリザラ”!!」 彼女のロッドから、氷嵐の渦がルビカンテを襲う。そのすさまじさに足を止 めてしまったルビカンテが天を仰ぎ見ると、そこには彼の死神の姿が、顔の前 で交差させた両腕に刀を構えて降ってきた。 その目には、なおも光がない。その顔に、表情がない。 ルビカンテの首が、宙を飛んでいた。 彼は考えていた。人間ごときに、私は倒せない。しかし、私は敗れた。 なぜだ。ああ、わかった。 人間は、一人ではない。力をあわせて私に挑んできたではないか。このエッ ジという若者が覚醒したのも、一人ではなかったからだ。なるほど、 そうか・ ・ ・。 「・・・見事だ・・・。」 ルビカンテが残した一言は、それだけだった。 とし穴の底 3―落とし穴 「レッ、”レビテト”ッ! かろうじて浮遊魔法を唱えたローザだったが、混乱で魔法の制御が不完全だ った。多少スピードが落ちたが、結局かなりの距離を落ちた末に、5人は床に 激突した。 「いったーい・・・。お尻大きくなっちゃう・・・。 」 いつぞやのようにお尻をさすりながら立ち上がったリディアは周辺を見渡し た。残りの4人もなんとか無事のようだ。 「落とし穴とは、古典的な罠にひっかかっちまったな・・・。 」 カインが舌打ちした。 「どうするよ。かなり落とされちまった。こりゃ、地底の方まできちまったぜ。 」 エッジが頭をなでながら言った。 「仕方ない。とりあえず、外に出るか。出口を探そう。 」 セシルが言った。 気がつけば、彼らは薄暗い場所へとたどり着いていた。気配から、かなりの 広さを持つ空間のようだが、暗くて何も見えない。 「なんだぁ、ここは・・・。 」 エッジが一言つぶやいたっきり、暗闇の奥に姿を消してしまった。 「あっ、こら。どこ行くんだ、このおバカ!」 リディアもまたエッジを追っていなくなってしまった。 「・・・すっかり、尻にしかれてるわね・・・。 」 「まあ、ほっとけよ。それよりここは、もしかして・・・。 」 「うん、これは・・・。」 ようやく慣れてきた目で辺りを調べまわすセシルは、そこからある一つの結 論を導き出した。 それを裏付けるかのように、突如、空間に明かりが灯った。 4―新たな翼 「お、明かりがついたぜ。オレ様が見つけたんだぜ。 」 「子どもみたいにいじりまわしてただけでしょ!」 それこそ子どもみたいにはしゃぐ2人を、セシルは見ていなかった。 ここは、巨大な飛空艇ドッグだった。そして、今セシルたち3人が立ってい る場所は、飛空艇の甲板だった。 「これは・・・?」 「翼が赤い。 『赤い翼』の新型じゃないか?バロンでは見たことのないタイプだ がな。 」 カインの言葉に、ローザが一言つぶやいた。 「使えないのかしら、これ・・・?」 ぎょっとなってセシルとかカインがローザを見た。とてもローザの発想とは 思えなかったからだ。 「あら、大胆ね、ローザおねえちゃん。 」 「いいねぇ、それ。あんな連中に使わせるくらいだったら、オレたちで有効に -198- -197- カインが言うのに反応してエッジが振り返った。 「だーかーらー、王子様ってゆーな!お前たちだって、オレ様がいた方が嬉し いだろ?」 「嬉しくはないが、助かるかもな。 」 「がー!口の減らねえ野郎だ!まあ、そういうわけだ、じいよ!」 がっくりとこうべを垂れた大臣は、やむを得ないといった表情で顔を上げた。 「・・・若が一度言い出されたことは、覆りはしませんからな。わかりました。 若が不在の間は、我々で国家再建をいたします。若は心置きなく暴れてくださ れ。」 「おうよ!まかせとけ!」 現れた時と同じように、風にようにして消えた忍者群をエッジはずっと見送 っていた。 「さーて、じゃあそのクリスタルとやらをもらいに行きますか?」 もみ手をしてエッジが言うと、4人もうなずいた。 一段高くなったフロアは、まるで祭壇のようだった。重そうな金属の扉には 意外なことに鍵がついていなかった。5人が扉の前に立つと、扉はひとりでに 開いてしまう。 「・・・これは、怪しいわねぇ・・・。」 リディアが警戒した。しかしエッジが構わず奥に進む。4人も後を追った。 巨大で美しいクリスタルルームだった。全面厚いガラスに覆われた部屋を、 8つある祭壇のうち7つにそれぞれ収められたクリスタルの輝きが満たしてい た。 「きれいね・・・。」 ローザがつぶやいた。セシルも思わずその光景に見とれていた。 「はっはっは。まあ、見とれてる場合じゃないだろう?とっとといただいて帰 ろうぜ。 」 そう言って一歩足を踏み出したエッジだが、その足に何も感触がないことに 気がついた。 「あ?」 「何?」 「これって、もしかしてさぁ・・・。」 「ひっかかるのが恥ずかしいような・・・。」 「落とし穴・・・?」 彼らの足元に広がるのは、漆黒の落とし穴。クリスタルルームの輝きは、あ っという間に彼らの視界から遠のいた。 1―地底への生還 相変わらずマグマの海は赤く輝き、 ゴツゴツした天井を同じ色に染め上げる。 年中夕焼けのような美しい光景ではある。ダムシアン砂漠も、ホブス山も、バ ロンの大海も、死と隣り合わせの世界の美しさは、地底でも変わらない。 地底の太陽に照らされるのは、生の営みを感じさせない光景ばかりではない。 飛空艇『ファルコン』が見下ろすのは、ドワーフたちが日々をたくましく生き る故郷、キング・ジオットの城だった。 赤く照らされたキング・ジオットの城は、突然の『赤い翼』の襲撃に上へ下 への大騒ぎになった。そのことを忘れていたセシルたちは、危うく撃ち落とさ れそうになり、白旗を掲げてようやく着陸した。 「セシル殿、よくぞ無事で!」 「御心配をおかけしました。キング・ジオットも御無事でなにより。 」 バブイルの塔潜入作戦ではぐれたきりだったキング・ジオットとの再会だっ た。聞けば、戦車隊にも多少の被害があったが、戦死者も出ずに無事脱出でき たそうだ。その後は『赤い翼』にもこれといった動きはなく、膠着状態だとい う。 「残念ながら、クリスタルの奪取はなりませんでした・・・。 」 「うむ、まあ仕方あるまい。もとより無茶な作戦であったかもしれぬ。おぬし たちが生きて戻ってきてくれただけでも、ありがたい。 」 しかし、キング・ジオットは腕を組んで考え込んでしまった。善後策が見つ からないのだろう。 「しばらくは、 『赤い翼』も動くまい。お主たちは、しばらくこの城で休んでい ただきたい。ワシがまた、何かよいことを考える・・・。」 言われて退出しようとした一行を、キング・ジオットが引きとめた。 「そうそう、何かの大爆発で塞がった地底の入口の調査中にな、すごいものを 見つけた。今は医務室にいるから、寄ってみるといい。 」 ”医務室にいる”? セシルたちは、首を傾げた。 シドの生還 2―シドの 言われるがままに、一向は医務室へと足を運んだ。すると、何か城全体を揺 るがすような野太いダミ声が聞こえてきた。 「あーっ、まったくここのメシはなんて不味いんじゃ!ワシの娘でももうちょ っとマシなものを作るぞ!」 セシルはカインと、ローザはリディアと顔を見合わせた。 「なんでえ、このやかましい声は。どれ、顔を見てやるぜ。 」 エッジが医務室のドアを開けると、また怒鳴り声が聞こえてきた。 -200- 第三五章 生還者たち -199- 使ってやろうぜ。」 エッジとリディアが、そろって言った。 「いいんじゃないか、セシル。どうせこの塔を脱出しなけりゃならないんだ。 」 「・・・また、罠じゃないといいけど・・・。」 エッジがセシルの肩を強く叩くと、言った。 「まーまー、細かいことは気にすんなよ。うん、いい船だ。よし、この船に名 前を付けるってーのはどうだ!」 勝手に言って、勝手に考え出した。 よく見れば、動かすのにはどこも支障がないようだった。燃料が空だが、探 せばどこかにあるだろう。 「・・・よし、この飛空艇で脱出しよう。発進準備にかかる。 」 4人がそれぞれに準備に取り掛かる中、エッジは甲板で一人名前を考えてい た。 「よっしゃ。”ファルコン”だ!おお、かっこいーじゃねーか。よし、”ファ ルコン”でいこう。」 「いいから、あんたも手伝いなさいッ!」 下からスパナが飛んできて、エッジの頭を直撃した。 しばらくして。 「格納庫、開きます。 」 ローザの声に、舵を取ったセシルがうなずいた。轟音を響かせて、目の前の 巨大な扉が開いていく。ローターがうなりをあげて飛空艇を持ち上げる。扉の 光が5人の視界を一瞬奪った。すぶに見えてきた光景。それは、赤茶けた天井 と、黄金色に輝くマグマの海。 「よーし、”ファルコン”、発進!!」 「うるさいわねぇ・・・。」 大きな振動とともに、飛空艇『ファルコン』は地底の空へと飛び出した。 ファルコンの改造 3―ファルコ キング・ジオットには休んでいろ、と言われながら、セシルたちは慌しく『フ ァルコン』の整備に追われることになった。その陣頭指揮には、包帯だらけの シドがいた。 「こりゃ、動きが鈍い!急がなければ、またゴルベーザがやってくるぞ!」 別にゴルベーザが攻めてくる理由は微塵もないが、そう言ってハッパをかけ るのが一番効果があった。 「だああっ。なんでこのオレ様がこんな重労働しねーといけねえんだよぉ!」 エッジが背中に大きな木箱を背負ってフラフラと歩いていた。 「いいから、黙って働け!この『ファルコン』を飛べるようにしたいのじゃろ、 名付け親殿!?」 「こんなことなら、名付け親なんて自慢しなければよかったぜ・・・。おっ?」 ようやく木箱を下ろしたエッジは、差し入れにやってきたリディアとローザ の姿を見かけた。すかさず近付くと、2人が持ってきた弁当をひったくるよう にして食べ始めた。 「ちょっと!まだそんな時間じゃないわよ!」 「いいじゃんかよ。あのジジイ、やたらとこのオレ様をこき使いやがる。何様 だと思って・・・。 」 言いながら弁当を頬張るエッジの頭に、いつぞやのようにスパナが炸裂した。 思わず口のものを吹き出したエッジが振り返ると、シドがわめいていた。 「聞こえたぞ!ワシはバロンの飛空艇技師長、シド様じゃ!わかったら、とっ とと働け!」 なぜ突然ファルコンの整備が行われることとなったか。それは、第一にキン グ・ジオットが考えた作戦の準備だった。 「こうなったら、最後の一つのクリスタルを死守するしかあるまい。”封印の 洞窟”の封印を解く!」 「ですが、それは危険ではないのですか?」 セシルが尋ねるが、キング・ジオットは言い切った。 「ゴルベーザが、いかなる手段で封印を解くとも限らない。手元に置いていた 方が安全であろう。 」 封印の洞窟は、溶岩の海の向こうにあるという。ところが、 『ファルコン』に は溶岩の海を渡るための強度が足りないことが発覚した。そこで急遽ファルコ ンの改造となったのである。それを聞いたシドは、怪我をおして陣頭指揮にあ たったのである。 第2の理由、それはドワーフたちの噂だった。 「ラリホー!戦車隊が撤退するときに、バブイルの塔の大砲から変な光が見え た。あれは、大砲のエネルギーじゃないぞ。」 「むかしから聞く妖精のいたずらの伝説に似ていたな。ラリホー!」 「ラリホー!あの恥ずかしがり屋の”シルフ”のか。 」 何てことはない話だった。しかし、セシルたちはその噂を聞く、ということ そのものに何かしらの予感を感じた。根拠がない予感だが、セシルたちは伝説 で言い伝えられているシルフの洞窟とやらに行ってみることにした。 そこもまた、溶岩の海の向こうだった。 -202- -201- 「だから、ワシャ医者はいらんと言っておるじゃろう!この頑丈な体のどこに 医者が必要なのじゃ!?」 男はベッドの上で寝転がっていた。頑丈な、といいながらその体には痛々し い包帯が巻かれていた。その顔がこちらに振り返ると、その髭面の顔に見る間 に喜色が浮かんだ。 「シド!シドじゃないか!」 「おー、おまえたち!無事だったのか!」 5人はあわててシドの側に駆け寄った。 「なんだかわからんが、生きておったらしい。地底の入口に倒れていたところ をドワーフに拾われたそうだ。」 本人は覚えていないが、身に纏った爆弾が爆発する寸前、ベルトが体から外 れて、シド本人はまっさかさまに落ちたのだ。爆風と落下の衝撃で重傷だった が、本人の言う頑丈な体がシドの命を救ったと言える。 「あれだけ、カッコつけておきながら・・・。」 カインが呆れた顔で言った。瞳は嬉しくて仕方ない、と言っている。 「よかった・・・。シド・・・。」 ローザがシドの手を握り締めて涙声で言った。 「なんだ、このジジイ?」 珍しいものを見るように、エッジがジロジロとシドを見つめる。リディアが エッジの頭を思い切りどついた。 「ジジイじゃないの!この人はシドってゆーの!」 「いってーなー。」 「なんじゃ、お主。リディアの尻にしかれているのか?」 「る、るせえ!」 シドのいやらしい笑みに、あたふたとエッジが答える。一同に笑が起こった。 「・・・シド、本当によかった。生きていてくれて・・・。」 「お主たちの子どもを見るまでは、死ねないようだな!」 また、セシルとローザの顔が真っ赤になる。エッジとリディアが口笛を吹い てからかう。 「シド・・・!」 「恥ずかしがることはないじゃろ!がははははは!」 怪我人のくせに、口だけは達者だった。 シルフの洞窟 5―シルフの どこまで行っても、マグマの海は赤く燃えて大地を照らす。地上と違って生 の営みがない大地は、変わりばえがしない。 「まったく、色気のねえ景色ばかりだぜ。リディアの胸より、マシか?」 「聞こえてるのよッ!」 リディアがロッドを振り回して、エッジを追いかける。 「相変わらずだなぁ、あの2人は。ん、おい、セシル。シルフの洞窟ってな、 あれのことじゃないのか?」 舵を取るセシルの横で双眼鏡をのぞくカインが、前方を指差した。 そこは、地面が深く抉れたすり鉢上になっていた。かつて、アントリオンの 巣で見たような光景だが、大きさも違うし、滑らかな砂ではなく、ゴツゴツと した岩場がかなり危険である。すり鉢の底は暗闇の穴になっていた。 「あそこには、飛空艇は着陸できないなぁ。縁に着陸して、歩いていこう。 」 さっそく岩場を歩いてみるが、見かけ以上に歩きづらい。一行は苦労して暗 シルフが守るもの 6―シルフが 結局、危険はなさそうなので全員が降りてきた。 奥の建物は、不思議な形だった。意外に開けた空間を占領するかのように太 い樹木の根が突き出していた。その一部に小さくドアのように加工されている 場所があった。 「中に、入れるのかしら・・・。」 ローザのつぶやきに、エッジが答えた。 「入ってみりゃー、わかるぜ。」 いつものノリで、ドアに手をかけてみる。ところが、その瞬間ドアは中から 開いた。 「汚らわしい人間め!ここから出ていけ!」 「ここは、人間なんかがくるところじゃないのよ!」 「”あの人”を取り返しに来たの?帰って!」 出てきたのは、緑の光を散らせて飛ぶ小さな人の姿だった。 透き通るような翼を2枚羽ばたかせて手にしたホウキを振り回しながら暴れ まわるも、両手におさまるくらいの大きさでは迫力に欠ける。 どうやら、彼女たちがシルフのようだった。 「ま、待って!あたしたちは、あなたたちに迷惑をかけるつもりできたんじゃ ないの!ちょっと話をきいて!」 リディアが必死に話しかけるが、そのリディアの頭をポコポコとホウキで叩 -204- 闇の縦穴までたどり着いた。 「うーん、深そうね・・・。 」 ローザが覗き込んでみる。底はボンヤリと緑色に光っていた。光ゴケのよう にも見える。いずれにしても、かなり深そうだ。 「ロープがあるが、降りてみるか?」 「よし、僕が降りよう。カインは命綱を持っててくれるか?」 間もなく、身体に命綱を巻きつけたカインの綱を握って、セシルが縦穴を降 りていった。 「気をつけてねー!」 ローザの声を背に、セシルはゆっくりと降りていく。しばらくすると、彼は 緑の光に包まれ始めた。 しかしそれが光ゴケではなく、魔力が燃えているものであることに気がつい た。これだけの光量を出す魔力の光は、ここにそれなりの魔力の持ち主がいる 証拠である。 ちょうど上からセシルの姿が見えなくなった頃、セシルは底へとたどり着い た。なんとか立って進める高さの横穴があり、その奥に、なにやら建物と思し きものが見えた。 「誰かが、住んでいるのか・・・?」 -203- がんばれジジイ 4―がんば シドは、 灰色のレンガの天井を見つめていた。自分の見たものを信じられず、 目をパチパチさせた。 どうやら、彼はベッドに横たわっていたようだ。ガバッと起き上がったシド がまわりを見渡すと、ベッドに突っ伏して寝ているローザの姿があった。穏や かな寝顔だった。そっとその寝顔に手を伸ばしたその時。 「あーっ、起きやがったな、ジジイ!死んじまったのかと思ったぞ、心配させ やがって!」 ドアから入ってきたエッジの大声に、シドが慌てて人差し指を立てた。思わ ず片手で口を押さえたエッジは、そっとシドに近寄ると、手にしたコップを渡 しながら、小さい声で言った。 「・・・あんたは途中で倒れたんだよ。そんな身体で無茶しやがって・・・。 ローザがずっと看病してたんだよ。 」 シドはその言葉に少しショックを受けた。昔なら、この程度ではなんともな かったのに。 「年考えろよ。飛空艇の改造は終わったぜ。あとはゆっくり休んでくれよ。 」 「ワシも、年なのかのぉ・・・。」 がっかりと肩を落とすシドの背中をポンと叩くと、エッジは一言言った。 「娘がいるんだろ。あんただけの身体じゃないんだ。大切にしな。 」 エッジはそれだけ言って、出ていった。 ローザの寝顔を見ながら、シドはつぶやいた。 「その言葉に、甘えさせてもらうか・・・。」 するとすぐにベッドに横になって、そのまま寝てしまった。 間もなく、ローザはシドのひどいイビキで目を覚ますことになる。 1―『赤い翼』動く シルフの洞窟から帰ってきたセシルたちを、ドワーフたちが大騒ぎで迎えた。 「ラリホー!ゴルベーザが動いたんだな!」 「 『封印の洞窟』が危ない!ラリホー!」 話をまとめると、こうだ。 しばらく動きのなかったゴルベーザ率いる『赤い翼』が、 『封印の洞窟』周辺 に現れたそうだ。しばらく何らかの動きがあったあと、またいなくなったそう だ。 「お主たちが出掛けている間の出来事じゃ。もはや、一刻の猶予もない。 『封印 の洞窟』に赴いて、クリスタルを確保してきてほしい!」 到着早々、キング・ジオットに出撃命令を受けることとなってしまった。 「ですが、洞窟の封印はどうやって解けばよろしいのですか?」 「うむ、ぬかりなく用意してある!ルカ!」 元気のよい返事とともに、いつものようにキング・ジオットの側に寄り添っ ていたルカが、その首に下げたネックレスを外した。ルカはセシルに近付いて それを手渡した。それは白く輝く、不思議なネックレスだった。 「さすがのゴルベーザも、それが封印を解く鍵だとは気づくまい!ルカが幼い ころから身に付けていたネックレス、それを『封印の洞窟』の祭壇に掲げるの じゃ。さすれば、道は開けるじゃろう。」 かくして、シドを見舞う余裕もなく、一行はすぐに『封印の洞窟』へと飛び 立った。 ややあって。 赤いマグマの世界にあって、そこだけは深い青の世界だった。静寂を色と形 で表現した場所。それが『封印の洞窟』の入口だった。 地底の中にあっても、格段に高度がある山の頂上は、街が一つ収まりそうな ほどの広さの盆地だった。 その真ん中に、飛空艇『ファルコン』を着陸させた一行は、その不気味な青 が凝縮した入口を見つめていた。 「強い、霊感を感じる・・・。」 リディアが呟いた。その頬を一筋の汗が流れ落ちる。 「ただごとじゃねーな、ここは・・・。 」 エッジの表情も、厳しいものに変わった。 封印の先には 2―封印の 彼らはさらに、入口でこの洞窟の恐ろしさを知った。 「な、なんだ、このプレッシャーは!?」 カインが驚きの声をあげた。彼らの足を縛りつけるような、強烈な重圧が彼 -206- れるヤン 7―眠れるヤン 「少し前に、あの銀色の巨大な塔が爆発したの。そこで強い命の光を見たから、 近付いてみたの。そしたら、この人が倒れていたの・・・。」 狭い入口をなんとかくぐって中に入ると、優しい光に包まれた柔らかそうな ベッドに横たわるモンク僧の姿を見つけた。 ヤンだ。 バブイルの塔に潜入した際、巨大砲の発射を身を挺して阻止してくれたが、 以来生死不明になっていた。だが、目の前にとりあえず無事の姿を見て、エッ ジを除く4人は安堵のため息をもらす。特に、リディアなどは涙ぐんでヤンの 生還を喜んでいた。 あのすさまじい爆発の中にありながら、ほとんど外傷は見当たらない。経緯 を聞かされたエッジがヤンを見て不思議がった。 「当然でしょ。これだから、人間ってモノを知らないから嫌いなのよ。 」 ツンと顔をそむけるシルフに、エッジが今にも飛び掛りそうになった。その 頭を張り飛ばして、リディアがそのわけを訊いた。 「あの爆発は、”ボムの魂”で、ヤンの命の力で起こしたものなのよ。だから、 ヤン本人に傷はできないの。 」 「じゃあ、もうヤンは助からないの?」 リディアはすかさず問い返す。シルフは頭を振った。 「すぐにあたしたちが助けたしね。しかるべき処置はしたわ。ヤンの命は、全 て使われたわけじゃなかったの。 ・・・ヤンは、生きているわ。 」 セシルたちが、もう一つ、安堵のため息をついた。 だが、気弱そうなシルフがそのあとをつなげた。 「でも、ヤンは目を覚ましてくれないの・・・!こんな純粋な魂を持った人間 は初めて・・・。私たちの愛じゃ、足らないの?」 いきなり湿っぽくなったシルフたちを見て、エッジはカインに耳打ちした。 「なんで、このヤンとかいうおっさんはよくて、オレたちはダメなんだ?」 「妖精のことだから、よくわからん・・・。」 結局、いかなる手段でもヤンを目覚めさせることはできず、一行はシルフの 家を後にした。 第三六章 封印の洞窟 -205- く。 「人間なんかと、話すことはないわ!」 「そうよ、出ていって!」 「”ヤン”は、あなたたちなんかには、渡さないわ!」 そのシルフの言葉に、エッジをのぞく4人がギョッとした。 ”ヤン”だって? 3―最後のクリスタル 4人は、すぐに洞窟の底へとたどり着いた。 そこは、入口でも感じたような、深い蒼が強烈な引力をもって凝縮したよう な色が支配した空間だった。見渡すと深い谷のようになっていて、谷の底は人 が10人ほど横に並ぶとふさがる程度の広さしかない。 奥に少し進むと、悪魔の胸像を埋め込んだ巨大な壁が立ちはだかっていた。 その下に古く重そうな扉がある。 「・・・ちょっと、怖いわね。 」 胸像を見上げたローザが、セシルに寄り添ってきた。セシルがその頭をそっ となでるのを、カインは後ろで見ていた。無意識に視線を逸らす。 「こいつが、番人だってか?動かないんじゃ、しかたねーわな。」 エッジが扉へと近付く。扉に触れると、大した力を加えることもなくあっさ りと開いた。遠慮会釈なく中へと入っていったエッジを追って、4人も中へと 入った。 クリスタルのある場所は、どこも美しい。その輝きがこの部屋を作るのだろ うか。 永きにわたってクリスタルをたたえ続けたクリスタルルームの雰囲気に、さ すがのエッジも息を飲んだ。緊張した5人の顔を、クリスタルの輝きは照らし 続ける。 「・・・最後の、クリスタル・・・。 」 セシルが、ゆっくりと祭壇へと上がる。そっと手をかざすと、クリスタルは その輝きをより一層増したようだ。両手におさまる大きさのクリスタルを布に 包み込むと、セシルは思わず大きく息をついた。 その時、初めて気づいた。彼は祭壇を上るときから無意識に、ずっと息を止 めていたのだ。 「よし、こんな気色悪いところからは早いところ出ようぜ。身体にまでカビが 生えらぁ。 」 エッジがとっとと元の道を帰り始めた。残る4人も扉をくぐる。 しかし、カインはふと何かが動いたような重い音を聞いた。振り返ってみる が、何の異常もない。首を傾げてまた歩き出した。 ゴリ。 今度は全員が振り向いた。 「セシル、これは!?」 「・・・この、邪悪な気配!ただものではない!」 突如、谷が大きく揺れ始めた。はるかな高みから砕けた岩が落ちてくる。が、 すべて谷底に落ちる前に砕けてしまう。谷底を包む強大な魔力が砕いているの だ。 デモンズウォール 4―デモンズ 「見ろ!悪魔の石像だ!」 エッジの叫びに、全員の視線が石像に注がれた。 刹那、古ぼけた灰色の石像は、鮮やかな黒へと染まっていく。艶のある黒に 包まれた隆々たる筋肉、凶々しい面構え、血の色に光る瞳。動き出した石像は、 -208- -207- らを襲った。もの凄い魔力の重力だった。 「これも、封印の力だというのか!?」 それでも、なんとか松明の炎が燃える祭壇へと近づいていくと、その真ん中 に立った。上から見るとわかるが、松明の炎は星の形に並んでいた。 そこでセシルは両手でルカのネックレスを持つと、それを高く掲げた。 突如、ネックレスが凄まじい白い光を放った。洞窟に振動が起こる。全ての 松明の炎が吹き飛んで、同じく白光を放ち天井を照らす。 ネックレスから放たれた光は、ゆっくりと巨大な球体となると、急激なスピ ードで祭壇の周りを走り始めた。あまりのスピードに球体の光が一本の線と化 すと、うなりをあげて祭壇の奥、巨大な扉を直撃した。 高い炸裂音が鳴り響くと、光は全て消え去り、振動も消えた。 5人が扉を見守ると、扉は重苦しい音を立てて開きだした。その奥では、黒 い光が漏れる暗黒の世界が広がっていた。 それは、深い深い洞窟だった。洞窟は少し進むとすぐに広い空間になってお り、そこいは大きな穴がさらなる闇の世界を広げていた。いつかのように飛び 降りることもできず、一行はロープで降りるしかなかった。 「どこまで続くんだぁ、この洞窟は・・・。こんなジメジメしたところは、オ レ様にふさわしくねぇぜ。」 かなりの深みへ下りたころ、エッジが洞窟の果てしない深さにぼやいた。そ こにカインが言う。 「忍者のくせに、場所の良し悪しを問うのか?やっぱり王子様だな。 」 「うるせぇ!オレ様には、ハデに暴れられる場所が似合ってるっていってんだ よ!」 この2人はいつもこの調子だった。エッジがロープを掴みながら暴れている と、上からリディアの声が降ってきた。 「ちょっと、暴れないでよ、危ないでしょ!か弱い女の子がいるのよ!」 「おめーが弱い?はっ、そんなにタフな女は見たことがないぜ!」 そう言って見上げたエッジは、ヒラヒラとしたローブの裾を見た。そこに足 が降ってきた。 「上を見るなッ!」 あ、という声とともに、エッジの手からロープが離れた。悲鳴とともに、深 い闇の底へと落ちていった。 しかし、すぐに下から声が聞こえてきた。 「おーい、ここが終点のようだぜ。 」 5―ダイヤモンドダスト 「セシル、やつを牽制する!」 「わかった!」 吹き飛ばされた姿勢から立ち直ったセシルとカインが、デモンズウォールに 飛びかかった。そちらに気を取られたデモンズウォールのスピードが少しさが った。 「お前ら、下がれ!」 背後から、エッジの声が聞こえた。すかさず2人がデモンズウォールから離 れると、そこに凄まじい水流が襲い掛かってきた。 「忍術”水遁”!」 印を結んだエッジの輝く青の手から、大量の水が発生しデモンズウォールを 包む。 「リディア、今だ!」 エッジの声に、リディアの瞳が緑色に輝く。 「”シヴァ”、力を貸して!」 両手をかざしたリディアの頭上で、蒼い光が弾ける。それは急速に、一人の 人のシルエットとなって凝縮した。腕を払うと同時に、澄んだ高い音が響き、 その姿は美しくも冷たい青色の肌を持つ女性となった。 氷の精霊”シヴァ”。彼女の冷たい視線は、すべての生きとし生けるものの 命を凍らせる力を持つと言われる。 その両腕をデモンズウォールに向けると、そこから超低温の嵐”ダイヤモン ドダスト”が吹き荒れた。デモンズウォールを包んだ”水遁”の水が瞬く間に 凍りついていく。 「よし、作戦成功!どうだ、このオレ様の知恵は!」 「あたしが考えたの!ありがとう、シヴァ!」 その冷たい蒼の唇がふと微笑みの形になったように見えた。”ダイヤモンド ダスト”に溶けるようにして、シヴァは消えた。凍りついたデモンズウォール は動きを止めていた。 「よし、今のうちに・・・?」 すかさず駆け出したセシルとカインは、パキパキという高い音を聞いた。お そるおそる振り返った2人は、巨大な透明の壁と化した氷にヒビが入るのを見 た。それは振動とともに大きくなってくる。 「ダメだ、逃げろ!」 5人がすかさず走り出す。その背後で、爆音とともに、デモンズウォールが 氷の壁を突き破る。細かい氷の結晶の煌きに邪悪な瞳の赤光を反射させて、怒 り狂ったデモンズウォールは5人の後を追う。 6―逡巡 「ローザ、もう少し!」 すでにロープまでたどり着いたエッジに抱えられたリディアが叫ぶ。素早く ローザはロープによじ登った。 下を見下ろしたローザが見た光景は、まさにデモンズウォールに押し潰され ようとしているセシルとカインの姿だった。 「セシル、飛べ!」 カインの言葉にセシルは地面を蹴る。その上では、ローザが手を差し伸べて いた。 「セシルーッ!」 そのローザの叫びは、カインの胸を抉った。また、胸に痛みが走る。それに 気を取られたカインは、自分の飛ぶタイミングを一瞬逃した。 ローザの手を取ったセシルは、ローザを抱き寄せるとすぐに壁を蹴ってロー -210- -209- 谷底を震わせる雄叫びをあげた。 「あ、悪魔の壁(デモンズウォール)!?」 リディアが叫ぶと、デモンズウォールは、その巨大な両の拳で壁を叩いた。 なんと、その直後にその壁が前にせり出し始めたではないか。 「ま、まずいぜ。逃げ場がねぇ!」 エッジがリディアを小脇に抱えると、谷底まで下りたロープまで駆け始めた。 「ど、どこ触ってんのよ!」 「ば、馬鹿!暴れんな!」 素早くセシルも、ローザを両腕で抱え上げると走り始めた。少し顔を赤らめ たローザが腕を絡めてセシルにしがみつく姿を、カインは複雑な気持ちで見て いた。何か、胸に痛みが走る。 「くっ、速いぞ!」 意外な速さで5人に迫るデモンズウォールが、拳を振り上げた。巨石のよう に振り下ろされた拳は、セシルの背を襲った。 「がぁッ!」 宙を舞ったセシルとローザの間から、クリスタルを包んだ袋が飛んだ。 「クリスタルが!」 かろうじて着地したローザは、素早くクリスタルを拾い上げた。そこに再び デモンズウォールの拳がうなりをあげて落ちてくる。 その間に割り込んできた蒼い影があった。地面を激しく叩いた拳の後には、 何もなかった。 「大丈夫か、ローザ。 」 素早くカインがローザを助けあげていた。己の腕の中にローザがいることを 感じたカインの胸が、また痛んだ。先ほどより痛みが大きい。 「よし、早く逃げるんだ。」 着地したカインはローザを逃がすと、自分も後ろを見ながら走り出した。デ モンズウォールの勢いは、なおも衰えない。 ーフの酒宴 1―ドワーフの ドワーフが陽気な種族であることはわかっていたが、この騒ぎようは想像を 超えていた。 セシルたち一行が無事クリスタルを持ってキング・ジオットの城へと帰還す ると、ドワーフたちは一斉に王をはじめとしてお祭り騒ぎを始めた。 「わっはっはっ!これでゴルベーザのやつめを出し抜いたことになるぞ!これ は目出度い。皆のもの、酒宴じゃ!酒盛りの準備をせい!」 そう言ったキング・ジオット本人が真っ先に王の間を飛び出していった。瞬 く間に城中を引っくり返したような大騒ぎが巻き起こる。 「おい、何の騒ぎじゃ?騒々しくて寝てもおれん。」 シドを見舞った時にもそう訊かれた。正直にワケを話したのがまずかったか もしれない。見る間にシドの顔に喜色が浮かんだ。 「なんじゃ、酒か?酒が飲めるんじゃな?よっしゃ、ワシも混ぜィ!」 相変わらず包帯だらけのミイラのような体を起こすと、医務室を飛び出して いった。 「だめよ、シド!あなたは怪我人なんだから・・・!」 ローザがいくら叫んでも聞くものではない。ローザはこのとき、彼の娘の苦 労がわかった気がした。 間もなくセシルたちも、まるでさらわれるようにして酒宴会場まで連れて行 かれた。 「よいか、皆の者!最後のクリスタルをセシル殿たちが確保してきてくれた。 今日はそれを祝う酒宴じゃ。大いに騒げ!」 城の一階には、バロンにも負けない大広間があった。なぜか、巨大なチョコ ボの石像が2つ、王の間へと続く扉の両側に置かれていた。 今、その大広間には所狭しと数多くの丸テーブルが置かれ、簡単な料理とグ ラスが乗っかっていた。さらにテーブルの間を縫うようにして酒樽が置かれ、 まわりをドワーフたちが囲んでいた。 王の言葉と同時に、ラリホー!の掛け声がかかり、一斉に酒樽の蓋が割られ る。ドワーフたちがグラスを酒樽に突っこむと、彼ららしい豪快な酒宴の始ま りだった。 「いいねぇ、いいねぇ!このノリ!オレ様好みだぜぇ!」 エッジもグラスを手に取ると、酒樽に突っ込んで並々と酒を満たした。それ は白がフワフワと浮かぶ、アガルトの村でも飲んだ濁り酒だった。エッジはそ れを一気にあおると、ドワーフたちの歓声を受けていた。 「若いもんには負けられん!見ておれ!」 シドも負けじと、酒を一気に喉へと流し込む。 怪我人には酒は厳禁なのだが、 そんなこともお構いなしだ。セシルたちが呆れて見守る中、エッジとシドの飲 -212- 第三七章 裏切りのカイン -211- プを伝い登った。隣を、カインが強靭な脚で高く飛ぶ。 しかし、飛ぶタイミングを逸したカインは、そこに迫る巨木の幹のようなデ モンズウォールの豪腕の一撃をモロに喰らってしまった。そのまま壁に叩きつ けられたカインは、その寸前、ローザを抱くセシルの姿を見た。 また、胸が痛む。 「グォッ!」 くぐもった声とともに、土埃の中に消えたカインを見たセシルの瞳が、白く 光った。 「カイン!」 ローザを素早くロープに掴ませると、セシルは剣を抜いた。剣からは目が眩 むほどの凄まじい光が放たれる。それを両手で逆手に構えると、デモンズウォ ールの額に一気につきたてた。 「消えろぉっ!」 その巨大な悪魔の顔の頭から顎まで貫いた光の剣に、悪魔は断末魔の声を出 すこともできなかった。突然動きを止めたデモンズウォールは、元の灰色の石 へとその色を変えて、すぐにせり出した壁ごと砂粒となって谷底に散った。 「カイン、無事か!」 セシルはすぐに、カインが叩きつけられた場所まで下りて、デモンズウォー ルの巨腕が貫いた壁をのぞいた。かろうじて手が届くところにカインはいた。 「が・・・ふ・・・。か、壁が意外に・・・柔らかいから、助かったよ。 」 ダメージは深いようだが、なんとか意識もしっかりしていた。セシルは思わ ず安堵の息をもらした。 「ローザ!すぐにカインの治療をしてくれ!」 ローザがあわててロープを下りてきた。ローザの治癒魔法に、かつてない安 らぎを感じている自分に、カインは少し戸惑っていた。 間もなく、5人は『封印の洞窟』を後にした。 -213- 2―胸の痛み 「なんじゃ、セシル殿。飲んでおらんのか?遠慮はいらん、へべれけになるま で飲んでくだされ!おい、ルカ。セシル殿に酌をしてやれい!」 ルカがクスクスと笑いながら、セシルのグラスを満たしてくれた。ありがと う、といって笑ったセシルはそのグラスを一気に飲み干した。 酒宴の興はいつ果てるともなく続き、歓喜の声はいつまでもキング・ジオッ トの白にこだましていた。 チョコボの像の下、台座によりかかってグラスに満たされた白い液体をクル クルと回す男。 カインだった。 何気なくその酒を口にしてみる。意外にしつこくない、上品な味だった。ワ イン党の彼は、以前アガルトの村でこの酒を口にしていなかった。 「どうしたの?」 ローザが近付いてきた。酒が入ったせいか、顔を少し赤らめた笑顔を浮かべ るローザはいつにも増して魅力的だった。 「いや、この濁り酒というのになかなか馴染めなくてな。しかし、意外にうま いようだ。」 2人は、コン、とお互いの杯をあてて乾杯した。華のようなローザの笑顔に、 カインの顔にも微笑が浮かんだ。 「・・・さっき聞いたの。ドワーフの人々にとって、いや、地底にとってチョ コボっていうのは神の鳥なんですってね。だから、こんなに立派な石像がある んだそうよ。地上では乗り物だって話をしたら、驚かれちゃった。 」 クスクスと笑うローザを、カインは眩しそうな目で見つめていた。 思えば、ゾットの塔で捕らわれの身だった彼女は、一度も笑ってはくれなか った。助けに来たセシルの顔を見て、初めて笑顔を見せてくれた。悔しかった のを覚えている。 また、胸が痛んだ。 見れば、セシルがシドの小脇に抱えられて連れ回されていた。セシルの表情 も楽しそうだ。何故、セシルは裏切った自分を簡単に許したのだろうか。友情 なのか、それとも、余裕なのか。自分には決して手にすることのできないロー ザを手にしている、その余裕なのか。 また、胸が痛んだ。 「『封印の洞窟』ではありがとう。あの拳に当たったら、私じゃペチャンコだっ たわ。」 そう言って笑ってくれるローザを見て、カインの心は少し誇らしくなった。 ローザへの想いが少し届いた感じがした。 しかし、いくら想っても、それが届かないことも、セシルを見つめるローザ 3―宴のあとで シドがおおいびきをかいて、テーブルの上で大の字になって寝ていた。他の ドワーフたちも思い思いの格好で倒れていた。気がつけば、キング・ジオット の姿もない。セシルたちもあてがわれた客室へと引き上げていた。 いつの間にか、宴は終わっていた。 今、王の間に一人の男の影があった。男は玉座のわきにあるスイッチに手を かけた。シドのいびきばかり聞こえてくる王の間に、重い石をこする音が響い た。 クリスタルルームには、再びまばゆい光が反射していた。 『封印の洞窟』のク リスタルは、またこのクリスタルルームに安置されていた。 男は迷う事無くクリスタルへと歩みを進めた。その歩みが、ふと止まった。 クリスタルが掲げられた祭壇の陰に、気配を感じたからだ。 「・・・夜風に当たりたいなら、ここじゃねぇだろ。もっとも、マグマの熱風 が酔い醒ましになるとは思わねぇけどな。 」 のそりと出てきたのは、腕を組んだエッジだった。先ほどまで大酒をくらっ ていたとは思えない確かな足取りに、鋭い眼光を放っていた。 もう一人、エッジとは反対側から出てきた人影は、セシルだった。 その瞳には悲しみが宿っていた。なんとなく、ではあるが、またこんなこと が起きる予感があったからだ。 「・・・クリスタルをもらう。」 一言だけ言った男は、再びクリスタルへ向けて歩を進める。同時に、エッジ の腰の両刀が、かすかな鞘鳴りの音とともにその黒い刀身にクリスタルの輝き を反射させた。 裏切りのカイン 4―裏切りの りのカイン 次の瞬間、高い金属音が鳴り響く。キリキリと鍔迫り合いの音がする。 男がエッジに膝蹴りを繰り出した。エッジが素早くかわす。黒の閃光が幾重 にも男を襲う。男はそれを巧みにかわすと不意に高く飛んだ。 「セシル、そっち行ったぞ!」 階段の下で待ち受けるセシルが、やむを得ないといった感じで剣を抜く。そ の目の前に着地した男の顔を、光の剣が照らし出した。 カインだった。 「何故・・・。何故なんだ。カイン、目を覚ませ!お前は、ゴルベーザの術に 操られているだけなんだ!」 -214- の瞳から感じていた。 また、胸が痛んだ。 カインはその時、聞き覚えのある声を聞いた気がした。 酒宴は、まだ、終わりそうにない。 み比べが続いた。 ミシディアの異変 1―ミシディアの かつてミシディアに来た時もその宗教色が強いお国柄を痛感したものだが、 現在のここはそれに輪をかけて凄まじい祈りの国と化していた。大人も子ども も、まさに猫も杓子も、このミシディアを象徴する”祈りの塔”を向いては祈 りを捧げているではないか。 なんでも、この国の元首たる長老の命令なのだそうだ。 「今こそ、ミシディアの伝説を蘇らせる時!皆のもの、祈るのじゃ!」 そう檄をとばした長老自ら”祈りの塔”へとのぼり、一心不乱に祈り続けて いるそうだ。 今、この国唯一の小さな酒場でチビチビと酒をやっているのだが、本来この 国ではタブーであるはずの酒を売るようなここのマスターでさえ、時間が来る と祈りを捧げ始めてしまう。 この調子では酒もまずくなる、と外に出てみると、そこもまるで人が道を埋 め尽くすようにみんな地面に突っ伏して祈っていた。 最近になって、まばゆい光がミシディアの方角から見える、との噂が各地で まことしやかにささやかれるようになった。この青き星の力がミシディアに集 まっていくような、 そんな光景だという。 その真相を突き止めに来たわけだが、 いざきてみるとこの異様な状態だったわけだ。 さらに話を聞くと、時折この地では地震が起きるようになったという。震源 はミシディアの街の目の前に広がる広大な湾、まるで”竜の口がパックリと開 いたような”ところだという。 湾は、ミシディアがもう少し商業的に発達していたら、貿易の要衝としてさ ぞかし重宝したであろう良湾である。波は穏やかで、街が隣接している。北へ 行けばダムシアン、北西にはバロンがある。 だが、今、湾はとんでもない異変にさらされている。湾全体が煌々と輝いて いるではないか。 そして、その海の底から感じられる圧倒的な存在感。素人にもこれからっこ こで何か想像を絶することが起きることは容易に考えられた。 一体、ミシディアに何が起きたのか。否、何が起きるのか。世界はどうなる のか。 真相は、私の想像力でははるかに及ばないところまできているようだった。 それが、私の夢の中で明らかになる。 -216- 第三八章 旅人10 -215- その悲痛な叫びに応じたのは、冷たい視線と、声だけだった。 「・・・オレは、お前が憎い。それだけだ。」 突き出される槍の一撃をかろうじてかわしたセシルが、反撃の剣を振りかざ した。 が、カインの顔を見た瞬間に、 その剣を打ち下ろすのをためらってしまった。 そこに、カインの蹴りが炸裂する。セシルは階段の下に叩き落されてしまっ た。 「馬鹿野郎!何してる!」 エッジの罵声が聞こえた時には、すでにカインの手にはクリスタルがあった。 「野郎!」 すかさずエッジが飛びかかろうとしたその間に、一つの影が割り込んだ。 その白い影はローザだった。その後ろからリディアも部屋に入ってきていた。 「カイン、やめて!あなたはそんなに弱い人ではないはずよ!ゴルベーザなん かに、負けないで!」 ローザの呼びかけに、カインの眉が少し動いた。だが、まるで氷のようなそ の瞳は何の感情も見せない。 「・・・これで、月への道が開ける。世界は、我らのものとなるのだ!」 カインが叫ぶと、強く床を蹴って飛んだ。そのまま分厚い天井を砕くと、舞 い散るガラスの破片の向こうにカインの姿は消えた。 「月への道、だと?クリスタルってのは、一体・・・。 」 エッジが忌々しげにつぶやいた。刀を鞘におさめた。 舞い散るガラスの破片の中で、セシルはその天井を見つめていた。その表情 には、ただ悲しみだけがあった。 「カイン・・・。何故・・・!」 シドの意地 2―シドの キング・ジオットがあわてて振り向いた。 「な、何。ミシディア!?お主、ミシディアを知っておるのか?いや、ミシデ ィアは実在したのか?」 「はい、地上の魔導師の国です。」 「う、うむ。伝承のとおりじゃ。今、その国はどうなっておる?」 「長老ミンウが、この世界を救うために”祈りの塔”に入られて、一心不乱に 祈っておられます。伝説を復活させるためだとか・・・。」 にわかにキング・ジオットの顔が明るくなった。 「それじゃ!間違いなくそのミンウという御仁は、伝説の復活を成就させよう となさっておる。セシル殿、ミシディアへ向かわれよ!この世界を救うには、 それしか道は残されておらんかもしれん。 」 「し、しかし、地上への出口は塞がれております。バブイルの塔へも潜入でき ません。 」 セシルが言った。地上への出口は、シドの自爆で塞がれたっきりだ。バブイ ルの塔は、カインが去って間もなく、謎の発光を始め、近寄れなくなっていた。 「ワシにまかせておけい!」 扉の開く音とともに、姿を現したのはシドだった。相変わらず包帯だらけの 身体に、松葉杖をついていた。キング・ジオット同様、頭を抱えていた。やは り二日酔いなのだろう。 「 『ファルコン』の船首に、巨大なドリルをつけてやるわい。地上への出口の土 は柔らかい。簡単に掘って進めるじゃろう。」 「おい、シドのおっさんよ。その身体で動いたら、今度こそ死んじまうぞ!」 エッジがらしくないことに心配するが、そんなことを聞くシドではない。 「大丈夫じゃ、その分お主に働いてもらうからな。この老骨の体を気遣ってい る場合ではなかろう!すでにワシができることは、飛空艇をいじることのみ。 ならば、やらせてくれい。」 シドの決意に、セシルたちはそれ以上口を挟めなかった。 「シド殿、 天晴れ!資材と人手はいくらでも出す。さっそくかかってほしいが、 大丈夫か?」 キング・ジオットの言葉に、シドはうなずいた。 「もちろんじゃ。じゃが、その前に、ワシにも二日酔いの薬をくれ・・・。 」 3―力を尽くして ドワーフたちもまた、二日酔いに痛む頭を抱えながら、いきなりシドに叩き 起こされて『ファルコン』の改造に駆り出された。 「この星の一大事なのじゃ!一日で仕上げるぞ!」 シドの矢のような催促に、ドワーフたちは悲鳴をあげながら作業を進めてい った。 「まーた、オレ様は荷物もちか?もっと楽させろよ!」 エッジがまた文句を言うが、例によってスパナが頭に飛んでくると、すぐに おとなしくなった。 セシルもドワーフに混じって改造作業に余念がない。今、彼にできることは それだけだった。できることがある、ということは幸せだった。 一刻も早く、 『ファルコン』にドリルを。そして、ミシディアへ。そうすれば、 ゴルベーザの狙いもわかり、カインを救うことだってできる。 そんなセシルたちの姿を、ローザたちは作業場の片隅で見守っていた。 シドの叫び声と喧騒の中、あっという間に一日が過ぎていった。 また、シドは目をパチクリさせた。 なぜか見えるのは灰色のレンガの天井。 -218- 地上の伝説 1―地上の カインがクリスタルを奪って逃走した。 全く予想外の出来事に、キング・ジオットは二日酔いで痛む頭を抱えて悩ん だ。 「申し訳ありません。我々の側からこんな失態を・・・。」 「いや、起こってしまったことは仕方がない。だが、さすがに策がない。ゴル ベーザめがクリスタルを全部そろえたことで何が起きるのかもわからんのだ。 」 キング・ジオットがしきりに首をひねる。セシルたちには言葉もない。特に セシルの脳裏には昨晩のカインの顔がこびりついて離れない。 なぜ、あんなにも深い憎しみと冷たさを宿した目で僕を見たのだろう。セシ ルには、わからなかった。 ルカがもってきた二日酔いの薬を水で流し込みながら、キング・ジオットは 呟いた。 「こうなれば、伝説に頼るしかないのか・・・?」 「伝説、とは?」 ローザが問いかけると、キング・ジオットはまだ片手で頭を押さえながら言 った。 「かつて、地上から伝えられたと言われる伝説・・・。この星に危機が訪れた ときに、この星を救うとされるものじゃ。えーと、なんじゃったか?」 「”りゅうのくちより うまれしもの てんたかく まいあがり・・・”です わ。」 ルカが口添えした。 キング・ジオットが、おうそれじゃ、と応えるのと、セシルたちが、それは、 と叫ぶのは同時だった。 「その口伝!それはミシディアのものだ!」 -217- 第三九章 魔導船 縦穴は大量の土砂の落下により、まるで新しい山を形成したかのような形で ふさがれていた。 セシルたちは『ファルコン』の中に避難すると、特設された内部の舵での飛 行を始めた。セシルが舵のとなりにある大きいレバーを引くと、『ファルコン』 前部に装備された巨大な銀色のドリルが猛烈なモーター音とともにまわり始め た。 始めはゆっくりと壁にドリルを近づけると、ドリルは簡単に壁を抉り取った。 予想通り、崩れたばかりの土なので柔らかいようだ。 「よっし、このまま一気に突き崩そうぜ!」 エッジが拳と手のひらを打ち合わせて意気込む。 「振動がひどいだろうから、みんな、どこかにつかまるんだ。 」 セシルの言葉に、3人が思い思いの場所につくと、 『ファルコン』は塞がった 縦穴へと突入した。 のぞき窓はあっという間に土くれに包まれて何も見えなくなる。強い振動が 船体を襲う。しかし、ドリルは順調に動いているようだ。 「も、もう少し・・・!」 強い振動に辛うじて舵をつかむセシルは、ふいに船体の揺れを感じなくなっ た。同時に、目映い光がのぞき窓から差し込んできた。 「お天道様か?やったぜ、地上に出たぜ!」 エッジが素早く甲板に飛び出す。すぐに悲鳴が聞こえた。 「な、何?なにがあったの?」 リディアがあわてて外に出るが、そこにエッジの声がした。 「オ、オレ様の『ファルコン』が、泥だらけだぁぁ!誰がこれを洗うんだぁぁ ぁ!」 「あんたのなら、あんたが洗えばいいでしょ!」 「そんな殺生なー!」 エッジの叫びが尾を引いて、 『ファルコン』は雲一つない晴れ渡った大空を、 土くれをポロポロと落としながらミシディアへと駆けていった。 クルーヤの声 5―クルーヤの ミシディアの海は、白い光に包まれていた。 そして、そこに感じる圧倒的なまでの存在感。なにか、想像もつかない代物 がそこにあることは、誰の目にも明らかだった。 ミシディアに到着すると、長老ミンウ自らが街の入口で出迎えてくれた。 「長老、お久しぶりです。 」 「うむ、立派なパラディンに成長しておるようだな。よく、戻ってきてくれた。 」 長老は、連日の身も心も捧げ尽くすような祈りで、激しく衰弱しているよう だった。しかし、その目だけは強い意思を輝かせていた。 「長老、そのお体は・・・。余程の苦行、御無理をなさったのでは・・・。 」 -220- 地上へ 4―地上へ 「シ、シド?」 「お、おい、じいさん!」 「シド!」 シドの異変に気づいた4人が思わず呼びかける。リディアがふるふると首を 振った。 「や、やだ・・・。シドのおじちゃん・・・!」 リディアの瞳に大粒の涙が浮かんだ、その時。 「・・・んごぉぉおぉぉぉぉおぉぉぉぉ・・・。 」 気持ちよさそうないびきだった。 「・・・んだよ。寝ただけかよ・・・。」 文句の言葉とは裏腹に、エッジの顔には明らかな安堵が浮かんでいた。 「ふふっ、おやすみなさい、シド・・・。 」 ローザが毛布をかけなおした。 「ありがとう、シド・・・!」 セシルが呟いた。返事をするように、シドのいびきが引っかかった音を出し た。 丸一日ほど経過した。 「よし、土の中に突入する。みんな船内へ避難してくれ。」 キング・ジオットの城を出た『ファルコン』は、あっさりと地底の出口へと たどり着いた。 -219- おかしい。さっきまで『ファルコン』の甲板で叫んでいたはずだが。 ふと、視界にローザが割り込んできた。どうやら自分を覗き込んでいるよう だ。体を起こそうとしたが、うまく動いてくれない。さらにセシル、リディア、 エッジの顔が見えた。 「シド、じっとしてて。あなたはまた倒れたのよ。今度は絶対安静にしてなき ゃだめ。 」 ローザがまるで子どもを叱るように言った。 「うむむ・・・。また、倒れたのか・・・。」 「いい年なんだから、じっとしてなよ、じいさん!」 エッジが乱暴に言う。それがエッジなりの最大の心配の表現であるのをシド は理解している。優しい青年なのだ。 「ドリルの装着はもうほとんど終わった。あとはテストをしたらすぐにここを 発つつもりだ。だから、シド。あとはゆっくり養生してくれ。 」 セシルの言葉に、頭につけっぱなしのゴーグルを外すと、シドは言った。 「・・・そうじゃの。さすがに疲れたわ。少し、眠らせてもらおうかの・・・。 」 まるで消え入りそうな声のシドの言葉と同時に、シドは目を閉じた。ゴーグ ルを手にした手が力なく床に落ちた。ゴーグルが床に転げる。 「私のことはよい。それに、祈りの最中で私は聞いたのじゃ。クルーヤ、と名 乗る人物の声を。ゴルベーザが8つのクリスタルをそろえたことを。お主がも うすぐここへ来ることを。そして、”船”のことを・・・。」 「”クルーヤ”・・・!僕を、息子、と呼んだあの・・・。」 長老はふらつく足元を側近の魔導師に支えられると、すぐに”祈りの塔”に 戻ると言った。 「もう少しじゃ。もう少しで伝説は蘇る!今、地上の人々も、地底の人々も、 この星の平和を願っておる。その祈りは間もなく届く!」 ”祈りの塔”の最上階で、強い魔力を放ちながら祈りを捧げる長老たちの後 ろで、セシルたちも祈りを捧げていた。 不意にセシルの頭に、かつて聞いたとても懐かしい声が聞こえた。そう、” 試練の山”で聞いた、あの声。 「セシル、我が息子よ。」 「”クルーヤ”!」 奇跡の始まり 6―奇跡の 思わず叫んでしまったセシルを、その場にいた全員が見た。彼らの頭にも、 声が聞こえていた。 「・・・時は満ちた。月と青き星の道はつながってしまった。このままでは、” あの者”が青き星に破壊と絶望をもたらす。セシルよ、月に行け。お前に船を 与える。セシルよ、月へと赴くのだ・・・!」 全員が、呆然とその言葉を聞いていた。聞こえてきたときと同じように、ク ルーヤの声は突然消えた。しかし、立ち尽くしたセシルの顔には涙があった。 「何故・・・、こんなに懐かしい・・・?クルーヤ、あなたは、一体・・・?」 その場にいた全員が静まり返ったその時、一人の魔導師が、転がるようにし て祈りの間に入ってきた。 「ち、長老!海が、 海が割れておりまする!白く輝いていた海が、 真っ二つに!」 「な、なんと!?」 すぐに、セシルたちは湾へと向かった。 想像を絶する光景だった。 -221- りゅうのくちより うまれしもの てんたかく まいあがり やみとひかりを かかげ ねむりのちに さらなるやくそくを もたらさん つきは はてしなき ひかりにつつまれ ははなるだいちに おおいなる めぐみと じひを あたえん 7―魔導船 「く、鯨?鯨じゃないのか、あれは?」 「あんな大きいのか、鯨ってのは?」 「巨大な、鯨・・・。 」 セシルも、かざした手をのけてみた。そこに映ったものは、大変奇異なもの だった。 艶が溢れる黒に、流れるような体。おそらく前の部分なのだろう、その部分 がやたらと大きく張り出していて、確かに”鯨”を思わせるシルエットだ。 まるで生き物のように滑らかな体を持っているが、ところどころに見受けら れる機械的なディテールから、それは乗り物であることが知れた。 「”魔導船”・・・!」 長老ミンウが、つぶやいた。 「な、なんと・・・!伝説の通りじゃ・・・!」 ちなみに、ミシディアのある大陸を、はるかな上空から見下ろすとおもしろ いことがわかる。 大陸は、竜を横から見た姿そのままだった。今、謎の鯨が現れた場所は、竜 の口に相当する。同じように竜の目の部分は、ミシディアの街。さらに、”試 練の山”は竜の腹の部分に相当した。 つまり、まさに”りゅうのくちより うまれしもの”だった。 長老ミンウに”魔導船”と呼ばれたそれは、すでに発光が止まっていた。 海も、突然力を失ったかのように、その深く長い谷間を再び海の底へと沈め た。 -222- 湾を縦一直線にした形で、海が割れていた。それは、対岸まで続いていた。 巨大な滝のように海水が流れ落ちる水の壁。その底からは目映き七色の光が天 を突き刺している。 「こ、これは・・・!」 ミシディアを軽い地震が襲った。海からは凄まじい轟音が聞こえてくる。何 か天変地異が起こるような異様な雰囲気でありながら、目の前で乱舞する光は 神々しさを感じさせる。 「み、見ろ!光が・・・!」 湾岸にあふれたミシディアの魔導師たちの中からどよめきが起こった。天を さしていた七色の光は、突如、その向きを変えて空の一点に集約され始めた。 一点に集まった光は、目が眩むほどの白い光の塊となった。それは徐々に小 さな点から、膨らみ始めた。少しずつ、巨大な何かへと膨らんでいく。形は、 その眩しさでまったくわからない。 「あれは、一体・・・。 」 セシルが手をかざしながら、ふとつぶやいた。 光が膨らむのを止めたようだ。徐々にその光が弱まっていく。 しかし、船だけが、いつまでも宙に浮いたまま淡い光をたたえていた。 長老の話によれば、この巨大な船は”魔導船”と呼ばれる船であるという。 ローターの音すらまったくさせずに静かに着地した船の中に入ってみることに した。 -224- -223- がる伝説 8―舞い上がる伝説 中は、あのゾットの塔やバブイルの塔を思わせる、オーバーテクノロジーの 集大成と言える造りだった。 なぜかそこだけはやけにアナログな舵だけは、しっかりと残っている。 その周囲に幾つかの座席が置いてあり、さらにその後方に、一段高くなった 祭壇のような場所がある。のぞいてみると、そこにはクリスタルと同じものが ある。 「伝説によれば、それは”飛翔のクリスタル”と呼ばれる、クリスタルの子ど もみたいなものらしい。この船に、はるかな天空を超えてあの月に達する力を 与えるという潜在能力を秘めるという。」 「月?あのお月さんかよ!本当にあんなところまで行くってのか?」 「伝説では、という話じゃがな。」 長老ミンウの言葉に、驚きを隠せないエッジがあちこち見回す。 なおも船内を歩いてみる。そもそも一つの城なら収まりそうなほどの大きさ なのである。内部には寝室すら完備されている。 「ここに住んでもいいような環境だなぁ。 」 エッジが、ベッドというよりはカプセルのような寝床を見て言った。 「”飛翔のクリスタル”に手をかざして祈りを捧げれば、”魔導船”は自動的 に月へと乗る者を誘うそうじゃ。頼む、セシル殿。月へ行き、この世界で何が 起きているのか、ゴルベーザの目的は何か。全ての謎を解き明かしていただき たい。」 丁寧に頭を下げる長老ミンウに、セシルは力強く応えた。 「必ず、全てを解き明かして戻って参ります。長老、重ね重ね、ありがとうご ざいます。」 間もなく、4人を乗せた”魔導船”が空高く舞い上がった。内部では、セシ ルたち4人が”飛翔のクリスタル”を囲んでいた。 「お月さんに何があるのか、わからんが、こうなったら最後までつきあうぜ!」 エッジが叫んだ。 「もう、ミストの村みたいなことは、たくさん・・・!」 リディアが目を閉じる。 「ゴルベーザを倒すだけじゃない。この星に生きる全ての者のために・・・。 」 ローザが手をかざした。 「月・・・。一体、そこに何が・・・。」 セシルが”飛翔のクリスタル”に手を触れた。残りの3人も手を触れると、 ブリッジは白い光に包まれた。同時に外側も同じ光を放つ。日光すら凌ぐ光が ミシディアの街を、長老ミンウの顔を照らす。 ”魔導船”が真っ白い塊になった瞬間、何かが打ち出されたような音がした と同時に、目に残光を焼き付けて、その姿は消えていた。 今、この戦いの舞台は、月にまで達しようとしていた。 2―小さな不安 彼らには何なのかさっぱりわからなかったが、それは超科学技術によるベッ ドである。人一人が入れる程度のカプセルになっていて、中に入って眠る者に 身体の回復や栄養を施す機能を持つ。究極的には冬眠用である。 今、エッジがそのカプセルの一つの蓋を開けっ放しにして、 寝転がっていた。 その表情にはなんの感情も浮かべていない。 身じろぎひとつしない彼は、この部屋に入ってくる気配を感じていた。 リディアだった。 「ねえ、エッジ。いるんでしょ?」 鮮やかな緑の髪が揺れた。エッジの鍛え抜かれた嗅覚が、かすかなその髪の 香りを感じた。能面のようだった表情が少し動いた。 天井を眺めるエッジの視界に、リディアが入ってきた。心なしか、不安そう な顔だった。リディアは、エッジが寝転がるカプセルの隣のカプセルに腰をお 3―激励 「そうじゃねぇ。そうじゃねぇんだ。 」 体をリディアの方に向けたエッジが言った。 「人ができることなんて、たかが知れてる。でも、人には必ずやれることがあ る。それをやればいいんだ。少なくとも忍者はそう考える。」 忍者のような陰に生きる者は、個人としての働きは優れているが、表立って 国や軍を動かすようなことには向いていない。エブラーナが極めて小国なのは、 そういう性質のためだ。 「お前は4人の中で唯一召喚魔法が使える。それで目の前の敵を吹っ飛ばす。 とりあえず、それでいいんじゃないのか?世界をどうするかは、他のやつに任 せようぜ。 」 リディアの顔はうつむいていてその表情をうかがうことはできない。その顔 が不意に上がった時、その顔はいつものエッジに見せる意地悪そうな顔になっ ていた。 「そうねっ。あんたは頭が悪いから、それがいいかもねっ。 」 「うるせぇ!頭がいいやつだって同じだ!それしかねぇんだよっ!」 言いながら、2人は大声で笑っていた。 リディアは、胸につかえたしこりが取れたと感じた。気がつけば、彼女は忍 者らしからぬエッジの野放図さに知らず知らずのうちに励まされているのだっ た。 「・・・じゃあ、あんたは何のために戦うの?」 「お前と同じさ。目の前に敵がいるからぶった斬る。それでいいさ。 」 リディアが悪戯っぽい笑顔を浮かべた。エッジの瞳が大きく見開かれた。 「ありがとっ!」 それだけ言うと、リディアは部屋を出て行った。エッジは半身を起こすと、 リディアの細身の後姿を見送った。彼女が部屋を出て行ったあとも、その出口 を見つめていた。 -226- 1―宇宙 強い衝撃が体を包んだ。しかし、次の瞬間には何事もなく立っていられた。 「ん、なんだ?動いてんのか?どうなってんだ?」 キョロキョロと周りを見たエッジは、正面のブリッジ全体を包む180度見 渡せるウインドウの景色に首を傾げた。 真っ暗だ。確か、まだ昼間だったはずだ。 「壊れちまったのか?んー。 」 ウインドウを覗き込んだエッジが、突如悲鳴をあげた。 「お、おい、リディア!見ろよ、あ、あれ!あの青いのなんだ!?でけえぞ!」 一人で混乱しているエッジを横目に、リディアがウインドウをのぞく。次い でセシルとローザも見るが、3人は同様に言葉を失った。 彼らの視界を埋め尽くした青の輝き。吸い込まれそうなほどの美しさを誇る それは、もちろん彼らの住む大地、青き星である。 「信じられねぇ・・・。」 「ここ、もう”宇宙”ってところなの・・・?」 リディアがクリクリした可愛らしい目をさらに大きくして驚いていた。 「あれが、私たちの暮らす大地なの・・・?」 ローザも呆然とした表情だった。傍らで、エッジがまた騒ぎ出した。 「おい、あれ!あっちがお月さんじゃねぇのか?あんなにでけぇ!」 もう、子どものような目になって大騒ぎするエッジの視線を追うと、夜空に 浮かぶ2つの月のうち、赤く染まって生物がいる痕跡があるという月の方に向 かっているようだった。 一行は、しばらく暗黒の世界に見とれて動けなかった。 ろした。 「・・・あたしたち、ゴルベーザに勝てるのかな?なんだか、世界を巻き込ん で混乱させるようなやつに、あたしたちができることって、あるのかな?」 リディアはそこで、口をつぐんだ。彼女の気持ちはわかる。 吸い込まれそうな宇宙の黒を見たエッジもまた、己の小ささ、非力さという ものを感じて不安になっていた。宇宙にまで飛び出さねば対抗できないような 強大な敵を相手に、己ができることを見失いそうになっていた。 「・・・お前みたいな小娘が世界を救おうなんて、厚かましいんだよ。」 リディアの眉間に、いつもエッジをどつく時のような縦皺が一瞬浮かんだ。 が、すぐに消えた。 「そうよね・・・。あたしにできることなんて、何にもないのかもね。 」 -225- 第四〇章 月の民フースーヤ 5―月の世界 限りなく城に近い灰色である。 ところどころに高い岩山も見えるが、その灰色は、青き星よりは多少丸みが ある地平線の彼方まで続いている。下を見下ろせば、地面を大きく抉ったクレ ーターが各地に見える。予想以上の大きさだ。生物の営みは、一切感じられな い。それは、無機質が支配する世界だ。 いや、唯一、人がいることを思わせるものが見える。白い世界にあって明ら かに蒼い輝きを放つものが一つ。どうやら、建物のようだった。 「ここが、月・・・。 」 かろうじて、セシルの口からその言葉が出ただけだった。魔導船は、しばら く月の大空に滞空を続けると、おもむろに下降を始めた。それでも4人の表情 から驚きが消えることはなかった。 恐る恐る外に出たエッジだったが、意外なことにこの月には空気もあれば、 青き星よりもはるかに小さい天体であるにもかかわらず重力も通常のままであ る。 「うわー・・・。空が真っ黒・・・。」 リディアが空を見上げてつぶやいた。空気があれば空は青いはずなのに、な ぜか黒い。その空気が澄んでいるせいか、先ほど見えた建物がはっきりと視認 できる。 とりあえず、4人はそこへと向かうことにした。 途中のクレーターの大きさに苦労したり、聳え立つ岩山を迂回したり、月で の驚きをその身で痛感しながら、建物の前に立った4人の顔からは、まだ驚き が消えない。 まるで、クリスタルでできているかのような神々しいまでの蒼い輝きを煌々 とあたりに放っている。それが見上げるような高さまで続いている。同じく見 上げるような巨大な扉には精巧な月の姿が刻み込まれていた。 今、彼らの目の前で、その扉が音もなく開いていくではないか。中からは、 外と同じく蒼い光が薄く漏れ出した。 「・・・招待されている、ってことで、いいのか?」 いつもなら容赦なくズカズカと入り込んでいくエッジですらもその神秘的な 雰囲気にたたらを踏む。扉が開き終わっても、4人はしばらくその様子を見守 ることしかできなかった。 「入ってみよう。 」 しばらくして、セシルがやっと言った。 6―謎の老人フースーヤ クリスタルタワー、とでも言えばいいのか、この建物の中もまたかつて見た -228- 4―包み込むように ブリッジに立つセシルは、宇宙を見ていた。 相も変わらず、宇宙は暗い。太陽はあんなにも強く宇宙を照らすのに、青き 星はあんなにも美しく輝くのに、月はあんなにもまばゆい銀色なのに。 セシルは不思議だった。光の力は、宇宙の広さに及ばない小さい光なのか。 自分の力もそんなものなのだろうか。 背後のドアが、シュッという軽い音をたてて開いた。ボタン一つで自動的に 開く不思議なドアだった。そこには、一つの白い影があった。 「・・・やすまなくていいの?セシル。」 ローザが、頭上の巨大なディスプレイを見上げながら近付いてきた。表示さ れているものの意味はさっぱりわからないが、たった今”45:23:02” と表示された数字の意味だけはわかった。あと約2日はかかるようだ。 「ローザ。なんだか、寒いね。」 セシルの言葉に、ローザが驚いた。ローザがあわてて駆け寄ると、そっとセ シルの手を取った。 「疲れているのよ。少し寝ないと・・・。 」 不意に、ローザは強い力に引かれた。気がついたときには、セシルの胸の中 に強く抱かれていた。 「ちょ・・・。セシル・・・?」 痛いほどに抱き締められたローザ。すぐにセシルの心臓の鼓動を感じた。激 しく動いていた。それは、不安を訴えていた。ローザは置き場に困っていた両 腕で、セシルを抱き締めた。 「・・・宇宙の暗さに吸い込まれてしまいそうだ。僕の光の力さえも・・・。 なんだか、自分が、小さく感じるんだ。」 小さく震えてさえいるセシルを感じて、ローザの顔が母親のような優しさに 変わった。 「ふふっ、何を言っているの?私の中じゃ、あなたの存在はとても大きいの よ?」 セシルの顔に、驚きが走った。 「私の心の宇宙だって、広いのよ。なのに、あなたの光で、一杯。 」 そっとローザの顔を見たセシルは彼女の笑顔を見た。いつも見せてくれた美 しい笑顔。 「あなたの光の力は、きっとこの宇宙さえも包み込むことができるわ。 」 「そうだな。ごめん、どうかしていたよ。 」 二人の瞳がお互いを見つめあう。その瞳がふと閉じられた。”飛翔のクリス タル”がひときわ強く輝いた。 その白い輝きは、1つに重なった2つの白い影をも飲み込んだ。 -227- 「本当は、少し、違うんだけどな・・・。 」 それだけつぶやくと、エッジはまた横になった。 7―明かされた事実 「フースーヤ・・・。 」 「月の民、だって?」 エッジがいぶかしむ。聞いたことのない言葉だった。 「さよう。この月を故郷とする、眠りの民。私は彼らの眠りを見守る者。 」 フースーヤ、と名乗った老人が階段を下りてくる。4人は魅入られたように その動きを見つめていた。 「かつて、繁栄の限りを尽くした人類があった。お前たちの住む大地、そこか ら見上げた煌く夜空の星々。それらを太陽の光がかき消す前に、一番に目映く 光る星を知っておるか。 」 「明けの明星・・・。 」 ローザがつぶやいた。フースーヤはローザを見ると軽くうなずいた。 「その星は、滅んだ。我々は、その星を捨てた。この月に移り住んで、永い眠 りについた。その頃、青き星には、ようやく人類が文化と呼べるものを築き始 めていた。 」 フースーヤが階段を下りた。銀色の顎鬚が、重力に逆らうようにフワッと揺 れた。 「・・・我々は、待った。青き星の民が、我々と対等の文化を持つまで。そし て、我々は青き星の民に迎えられて青き星に移り住むつもりだった。 」 一瞬の沈黙があった。セシルの胸に、なぜか、懐かしさが満ちてきた。 「・・・クルーヤは、青き星の美しさに魅せられた者だ。彼は、ただ一人青き 星へと降り立った。飛空艇や、デビルロードをはじめとした技術は、彼がもた らしたものだ。クルーヤは、彼の地で一人の女と結ばれた。そして、2人の子 どもを成した。 」 フースーヤは、セシルに向き直った。 「その一人が、セシル、お主だ。」 不意に明かされた事実の衝撃に、セシルは呆然となった。 「父さんが、月の民・・・?」 「なんだぁ?セシルが宇宙人の息子だってのか?」 エッジの無遠慮な言葉に、リディアの拳が飛んできた。 「つ・き・の・た・み、って言ってるでしょ!もうちょっとセシルを気遣って あげてよ!」 「おんなじじゃねーかよ!」 混乱しながらも結局いつもどおりの2人を横目に、セシルはまだその衝撃か ら覚めていなかった。 8―闇の者ゼムス 「”試練の山”で、あの声は、クルーヤと名乗り、僕のことを息子と呼んだ。 フースーヤ!あの声は、僕に光の力を授けてくれたあの声は一体・・・?」 フースーヤはそっと右手を上げると、その立派な顎鬚をゆっくりと撫でた。 「クルーヤは死んだ。しかし、彼の意識と力は、青き星に根付いている。彼に は、ただ死ぬわけにはいかない理由があった。 」 「理由・・・。 」 セシルのつぶやきに、フースーヤはうなずいて答えた。 「月の民にも、邪悪がいたのだ。ヤツの名は、”ゼムス”!ヤツは、我々の技 術力をもってして、青き星の侵略を企んだ。そのために、ヤツはバブイルの塔 を青き星に送り込んだ。クルーヤは死してなお、ヤツの野望を阻止すべく青き -230- -229- ことのないものだった。 上を見れば、まるで日の光のような柔らかい光が差し込む高い吹き抜けがあ る。絹の糸をあしらったような繊細で精妙な装飾がより一層神々しさを感じさ せる。 巨大な獣をモチーフにした像が広間に2体、何かを守るかのように置いてあ る。広間は、月光を思わせる柔らかい光にボウッと包まれている。奥に少し大 きい扉も見えるのに、そこは果てもなく広がる空間にも見える。 「・・・たまげた。言葉がねえや。 」 頭をガリガリとかきながら、エッジは感極まったように誰に言うともなくつ ぶやいた。それは、セシルたちの気持ちを代弁したものでもあった。 「ねぇ、見て!」 リディアが広間を指差した。一見何もない。いや、4人の視界に歪みが生じ た。突如、広間に何かの存在を感じた。ゆがみは急激に何かの形をとった。 高い、台座だった。 見上げる程の階段の上に、人の手によるものとは思えないほどの彫刻を施し た椅子が一つある。 さらに、そこに小さな光がポッと浮かんだ。すぐにそれは大きくなると、人 ほどの大きさまで膨らんだ。 そう、それは、人だった。 ゆっくり光がなくなると露わになるその姿は、一人の老人だった。 銀の顎鬚が床に届くほどに長い。同じ色の髪。顎鬚でほとんど見えない顔だ が、不思議な光をたたえるその瞳からは、年老いた印象は一切感じられない。 むしろ生気を強く煌かせている。老人は4人を見ているようで、遠くを見てい るようでもある。 「よくぞ来た・・・。クルーヤの息子よ・・・。 」 深い顎鬚の中で、唇が動いたようだ。抑揚の効いた、静かな声だった。 「クルーヤの息子・・・!あなたは、一体・・・?」 老人は、まるで床を滑るように動き出した。長い顎鬚の錯覚。だが、それを も思わせない。 「私の名は、フースーヤ。月の民。 」 -232- ムスの目的 9―ゼムスの 「その、”ゼムス”ってゆー野郎の目的はなんなのよ、じいさん。 」 エッジが単刀直入に訊く。わずかな間をおいて、フースーヤは言った。 「青き星を焼き尽くし、そこに己の文明を築く。そのために、クリスタルの力 をもって月と青き星のバブイルの塔の間で、 ”次元エレベータ”を作動させる。 青き星に送られるのは、 ”バブイルの巨人”。それは、青き星の破壊神となる!」 「ひどい・・・。」 リディアが首を振る。フースーヤはうなずくと、右手を大きく振った。 「そうだ、我々はゼムスのたくらみを阻止せねばならん!私は青き星へ行く。 お主たちの力も貸してもらう。」 「おう。なんだかまだよくわからんが、とにかく一番悪いのは、その”ゼムス” って野郎なんだな!てめーでは何もしねえなんていけすかねぇ。ぶっちめてや るぜ!」 大きく腕を振り回しながら、エッジが答えた。リディアもうなずく。 ローザは、今だ呆然とするセシルを心配そうに見た。 「父さんが・・・。月の民・・・。 」 フースーヤは、そっとセシルの肩に手を置いた。 「今は、全てを理解せずともよい。我々はすぐに”バブイルの巨人”の復活を 阻止せねばならん。行かねばならんのだ。 」 「セシル・・・。」 ローザの不安そうな瞳に、セシルは我に返った。動揺した自分を自嘲気味に 笑うと、ローザの髪をそっと撫でた。 「そうだな。今は、その”バブイルの巨人”を止めるのが先だ。僕たちの星へ、 戻ろう。僕たちの星を、守るんだ。 」 月の暗黒の空に浮かぶ青き星の輝きが、より一層増したようだ。 月の民は、クルーヤは、あの星をどのような想いで見上げたのだろう。そし て、青き星からこの月をどんな気持ちで眺めたのだろう。 セシルには、まだわからなかった。 -231- 星に力を残した。お主がパラディンになったのも、クルーヤの力・・・。 」 とまで言ったフースーヤは、セシルを見るとその瞳に優しい光を浮かべた。 「いや、違うな。その光の力は、お主のものだ。クルーヤの力は、きっかけに すぎん。 」 まだ後ろで騒ぐエッジとリディアを尻目に、フースーヤは続けた。 「だが、その心に闇を隠していた者がいた。バブイルの塔の技術力は、”ゼム ス”の思念波を拡大増幅させて伝える。そして、それを受けて闇の者なった。 その名を、ゴルベーザと言う。」 その名に、4人の動きが止まった。4人が、いや、ギルバートも、テラも、 パロムも、ポロムも、シドも、ヤンも、みながゴルベーザを追ってきたのだ。 「ゴルベーザは、操られていたのだ。すべての元凶は、”ゼムス”。そして、 ゴルベーザを操って、”ゼムス”は青き星のクリスタルを全てそろえてしまっ た。」 第四一章 旅人11 -234- -233- こうの異変 1―海の向こうの異 右を見ても、左を見ても、ほんのわずかに丸みを帯びた青い水平線が見える のみだ。いや、その水平線も空の青さと混然一体としていて、はっきりとは見 ることはできない。穏やかに浮かぶ白い雲がなかったら区別はつくまい。実に 晴れやかな気分にさせる天気だ。 甲板に吹く潮風も心地良い。塩っ気のある風は陸の風と違ってやさしくはな い。が、常にピリピリとした緊張感をもたらすそれは、心にほどよい昂揚感を 与える。 しばらく前にリヴァイアサンが船を襲ったというこの海域だが、今はいたっ て平和だった。 背後にそびえる樹齢100年の杉の大木を思わせるようなマストには、目に まぶしい真っ白の帆が潮風をその身一杯に浴びて膨らんでいる。乗員たちの喧 騒がそこかしこで交差している。公開はいたって順調だった。 この船は、バロンに向かっていた。ミシディアから派遣された船なのだが、 目的は私、というか乗組員には明かされていない。この船に乗るミシディアの 長老のみが知っているそうだが、他のものを一切近づけないそうだ。 かつて、バロンの侵攻を受けたらしいミシディアの長老が、そのバロンに一 体いかなる用件なのか。非常に興味をそそられる。 何もなかった地平線に、不意に銀色のものが見えた。それは、塔の先端であ る。あの方角だと、確か、エブラーナにあった塔だ。 間近に見ても先端が雲に隠れて見えなくなるほどの高さに驚いたものだが、 エブラーナからかなり離れたこの海上においてもその姿が見えるほどとは、や はりとんでもない高さであるといえる。 感心してみていた私は、その方角に黒い雲が発生していくのを見た。まるで 塔を中心に渦を巻くようにして集まっていく。何か自然の雲の動きには見えな かった。そう、邪悪の意思がそれを呼んでいるような。 背筋に冷たいものが滑り落ちる。その光景に不吉を感じているのだ。ただ、 はるか遠くの土地の天候が荒れようとしているだけなのに。 「な、なんということだ・・・。」 その切羽詰った声に振り返ると、そこには一人の痩せこけた、だが精悍な顔 つきの老人が目を凝らしていた。 「やむをえん。バロンに着いたら、この船はすぐにミシディアへ戻れ!私は用 件を済ませたら、デビルロードで戻る!」 ミシディアの長老だった。私の頭の中で一瞬でいくつかの計算がなされると、 すかさず長老へ質問を投げかけようとした。 喉まででかかった質問が、咳となって外に出たのは、その背中をだれかに思 い切り張られたからだ。咳き込みながら振り返ると、鉄を打ち込んだような頑 丈そうな筋肉の男が立っていた。この船の船長だ。 「聞いただろ?お前も突っ立ってないで、働いてもらうぞ。 」 傷だらけの顔がニターッと笑った。つられて私も笑ったが、ひきつっている のがよくわかった。 ほどなく、わたしは身を粉にして船内を駆け回るハメになった。これだけ動 き回ってヘロヘロになれば、今日もよく寝れそうだ。 2―降り立った悪夢 内部の闇の歪みは、なおも大きくなる。耳障りな何かがきしむ音が鳴り始め る。大木が折れるような音、空気がはじけるような音。歪みはさらに大きくな る。 突然、影と男は、凄まじいほどの圧倒的な存在感がその場に発生したのを感 じた。まるで、押し潰されそうなほどの巨大な存在だ。ビリビリとその身を震 わせる。さらにそれは、徐々に大きくなっていくのを感じた。 塔全体が揺れ始めた。激しく塔を支える大地を揺らす。塔の発光がさらにま ばゆくなった。キーンという高い音が、影と男の耳を貫く。空間の歪みが、渦 を巻き始めた。 影と男の視界は、すでに天地を逆さまにしたような、尋常のものではなくな っていた。平衡感覚もなく、宙に浮いている錯覚があった。 雷が間近に落ちたような轟音がしたのを最後に、すべては何事もなかったよ うな静寂へと戻っていた。影と男は、キャットウォークの上に立っていた。相 変わらず闇はあたりを包んでいた。 塔は、 その銀色の無機質な壁に、 2つの月の神秘的な月光を跳ね返していた。 歪みも音も、すべてが途切れていた。 キャットウォークがガクンと音をたてて動き出した。今度は下へ、下へと下 がりだした。 ゆっくりと下がる床の上で、影の目に相当する場所から赤い光が漏れた。ど ことなく満足そうな光に見えないこともない。闇にじわりと尾を引く赤を横目 に、男はすぐに前方を見据えた。 そこに何か、巨大なものがあった。それは、闇に溶け込んではっきりとした 姿では確認できない。 しかし、確実にそれは、邪悪を形にしたものだ。闇が、形を成したものだ。 それだけは、言えた。 「ふふふ・・・。降り立ったか、巨人・・・。 」 影のつぶやきを、男は聞いていなかった。その巨大なものの姿に目を奪われ ていた。床が、最下層までたどりついても、2人はまったく動かなかった。 ブラーナ 3―嵐のエブラーナ エブラーナの大地は、季節外れの嵐に見舞われていた。もともと人気のない 地だが、嵐の凄まじさに森を動き回る動物たちもその姿を隠してしまった。 木々を吹き飛ばす猛烈な風と、激しく地面を穿つ大粒の雨が降りしきる。空 は黒く厚い雨雲に覆われて、本例太陽は天頂にある時間帯にもかかわらず、夜 のような暗さだった。 雨雲の中では、稲光が縦に横に暴れ回る。その雨雲を貫くバブイルの塔に宿 っていた謎の発光は、しばらく前から途絶えている。時折その無機質の壁に、 雷の光が反射しているのみだ。 -236- 1―歪む闇 何か、不快な音がする。 低い、唸るような音だ。断続的に続く。長く耳にすると、精神に障る、非常 に不快な音だ。 そこは、闇だった。一寸先も見えないような闇ではない。見れば、小さな赤 や青、緑など、さまざまな光があたりに散りばめられている。それがより一層、 闇の深さを際立たせている。 そこにしばらく前から立ち尽くしている一人の人間がいた。男のようだ。闇 に目を慣らしていた。 ふと頭をもたげる。天井はない。明かりがあっても、天井が見えない高さだ った。さらに周囲を見回してみる。その小さな光が、まるで満天の星空のごと く見えるのみである。 男は、自分が余りに広い空間にいることをその感覚で知った。事実、そこは 世界一の大きさを誇るバロン城を入れても足りるほどの広さがあった。 男は、人が3~4人程度は入れるような広さのスペースが、はるかな高さに までチューブ状に伸びている場所に近付いた。エレベータだ。男はそれに乗り 込むと、かなりの高さにまで上った。 エレベータを出た彼を出迎えた影がいた。 「来たか。見ろ、間もなくだ。」 男は無言で影の横に立った。そこはキャットウォークのように前にせり出し ている。端に立てばやはり闇に包まれた底が広がるのが見える。 不意に鳴り響いていた低い音が、少し高くなった。小さな発光体もその光を 強くし始めた。キャットウォークが壁際まで移動し始めた。移動しながら男は 下を見下ろす。相変わらず闇しか見えない。 しかし、その闇が動いた。闇ごと空間全体が揺れているような。視界が全て 二重三重にブレて見える。さらに、それが少しずつ歪んできたではないか。闇 が歪むなどということが、起きるのか。 外は、静かな夜だった。山に囲まれたこの地に生物の気配はない。その麓に 広がる深い森にはウサギなどの小動物の姿が見られる。 そのウサギの群れがふと、顔を上げた。その視線の先には、見上げてもその 頂上が見えない塔があった。ウサギはその赤い鼻をヒクヒクと動かすと、突然 振り返って逃げ出した。何を感じたのだろうか。 ウサギたちの白い体を輝かせるのは、塔の後ろに見える2つの月の光だ。そ のうちの一方、小さく赤い月がさらにまばゆく輝きだした。それに呼応するよ うに、塔全体もまた発光を始めた。 -235- 第四二章 復活の巨人 破壊神降臨 4―破壊神降臨 バブイルの塔の根元から、凄まじい暴風が巻き起こった。 瞬く間にバブイルの塔全体を包むと、塔を中心に展開していた嵐の雲は、猛 烈な風にあっという間に吹き消されていた。 一気に目映い太陽の光がエブラーナの大地を照らすが、何か、禍々しさに満 たされた緊張感が周囲に漂う。大地を揺らす振動音が、セシルたちの耳にも届 いた。 「な、なんだよ。何か起こるのか?」 「フースーヤ!これは、一体・・・。」 そのフースーヤは、右手の拳を握って震わせながらその拳をウインドウにた たきつけた。その音に、4人は振り返った。 「・・・ゼムスめ!」 その声と同時に、バブイルの塔を包む山脈の麓の一部が赤い光に染まった。 それは炎の壁と化して、大爆音とともにはるかな天を衝いて舞い上がった。 「な、何!?」 爆発の衝撃が魔導船まで達した。大きく傾いた船に、思わずよろめいたロー 悪魔の力 5―悪魔の 巨人はゆっくり、ゆっくりとその歩みを進める。炎の壁を抜けて平地に立っ たその姿。バブイルの塔と同じ月光を思わせる銀色の無機質な皮膚、鍛え抜か れた筋肉を思わせる流線型の美しいフォルム、特に胸板の厚さが際立つ。 まるで、神が産み落とした人間の姿をそのまま巨大化したような、それは一 種の芸術とさえいえる。 その顔は、しっかり人の顔だった。しかし、その表情に感情を宿らせること はなく、赤く光る2つの眼ばかりが背筋を凍らせる悪魔の光を放つのみである。 両腕を広げた巨人は、その腕を満足そうに見やると、突然震え始めた。いや、 あれは明らかに“雄叫びをあげている”姿だ。聞こえるはずもないその声がセ シルたちの耳を貫いている錯覚を感じたとき、巨人の足元が大きく抉れた。そ の輪は瞬く間に広がり、月のクレーターのようになっていた。舞い上がる岩石 が、周囲に吹き飛んでいく。 「な、なんて破壊力だよ・・・。 」 エッジはそれだけ言うと、絶句した。 「こうなる前に、ヤツを止めねばならなかった・・・。おのれ、ゼムス。こん なにも早く“次元エレベーター”を立ち上げるとは・・・!」 巨人の目が妖しく輝く。キラリ、と光った赤光は、一筋の光線となってエブ ラーナの大地と海を舐める。それは、すぐに消えた。セシルたち5人がそれに 気を取られたその一瞬。 もの凄い爆音とともに、オレンジの光の壁が舞い上がる。すさまじい爆風が 再び魔導船を襲う。 「きゃああ!」 リディアが思わず尻もちをついてしまう。 「あれを止めるのか?一体、どうすれば・・・。 」 セシルの問いに対して、フースーヤの答えは、絶望的だった。 「・・・一度、動き出した巨人を止める術は、ない。もはや、破壊するしかな -238- ザをセシルが抱きとめるが、その表情は苦渋に満ちていた。 「フースーヤ、もしや・・・。 」 なおも燃え盛る炎の壁の向こうに巨大な黒いシルエットを確認したセシルが、 フースーヤに問う。黒いシルエットは、 徐々にその姿をはっきりとさせてゆく。 「遅かったのじゃ。“次元エレベーター”は作動してしまった・・・。あれが、 あの忌まわしき姿こそが・・・。 」 炎の壁は、大きく2つに分かれた。その炎に照らされた姿は、一人の人だっ た。 人というには、大きい。吹き飛ばされた山一つ分にも相当する高さ。 それは、巨人だった。 「・・・バブイルの、巨人・・・!」 -237- エブラーナの城は、破壊の痕痛々しくその姿を風雨にさらしていた。忍者に とって、城などというものは大した値打ちがあるものではない。あくまで国家 の統治という便宜上から存在するものだった。それでも歴史ある城の廃墟と化 した姿は見るにしのびない。 突如、厚い雨雲の一角が、大きく円状に広がった。当然そこからは太陽の光 が差し込むが、その上にさらに強力な白い光が、まるで神の降臨を思わせるよ うに発生した。それは、1本の光の柱だ。 そして、それは急激にひとつの形をとった。それは、白い鯨だ。ひときわ激 しく光を放つと、その光は突然消えた。 ”魔導船”が、帰ってきたのだ。 「おおっ、あれはオレの城じゃねーか。帰ってきたんだな。」 エッジがブリッジのウインドウに張り付くようにして外を眺めると言った。 「それにしても、ひどい天気ね。」 ローザが心配そうにつぶやいた。 「おう、そうだなぁ。こんな時期にこんな嵐は珍しいや。」 「そういえばバブイルの塔も、光ってないね。」 リディアが首をひねった。 ”魔導船”はゆっくりとエブラーナの城の上空へと移動していた。そのエブ ラーナのようすを見ていたフースーヤの顔は、決して穏やかではなかった。 「・・・おかしい。バブイルの塔の様子が静かだ。そのくせ、この嵐・・・。 」 顎鬚を撫でながら、眉間に皺を寄せてつぶやく。 その時だった。 7―幼く強い助け それだけ言うと目をつむったリディアをならってセシルも目をつむってみた。 確かに何かが聞こえる。空気を切り裂くような連続音。それは、セシルには慣 れ親しんだ懐かしい音だった。 徐々に大きくなってきたその音は、フースーヤたちの耳にも聞こえてきた。 「あれは!」 セシルが叫んだその視線の先に見えたのは、黒い点の数々だった。それは少 しずつ一つの形をとった。 流れるような美しいフォルム。爆音を響かせ回るローター。左右に張り出し た蝙蝠の羽のような翼。その色は、赤い。 『赤い翼』の艦隊だった。 「何故、 『赤い翼』がここに!?」 セシルの疑問の声をよそに、艦隊は次々に魔導船の近くを通り過ぎていく。 その中の1隻が魔導船の近くで止まった。魔導船の後部には、飛空艇1隻ほ どなら収納できるスペースがある。急いでそこを開いたセシルたちは、降り立 った飛空艇の中から驚くべき人物を目にした。 「あんちゃん!久しぶりだな!」 「ご無沙汰しておりましたわ!」 ちょんとセシルたちの前に立った子どもが、2人。セシルの目は、驚愕と安 堵に満たされた。 「パロム、ポロム!どうして・・・?生きていてくれたのか!」 ゴルベーザ四天王“カイナッツォ”の怨念の犠牲者となったはずの幼い魔導 師たち。 生きていてくれた。 思わず膝をついてしまったセシルに、パロムとポロムが抱きついてきた。そ の小さな身体2つを抱き締めたセシルの瞳に、暖かい涙が浮かんだ。 「よかった・・・。」 しかし、その感動もすぐにパロムの一言で吹き飛んだ。 「あっ、このねえちゃんがローザねえちゃんかい?セシルあんちゃんが惚れる だけのことはあるぜ。美人だもんな!」 「あんたは、あいさつもなしに、失礼でしょッ!」 ポロムのゲンコツが、 パロムの頭に炸裂した。 セシルには見慣れた光景でも、 残りの4人には初めてだった。 ミンウの話 8―ミンウの 「セシル、この子たちは・・・?」 「ミシディアの見習い魔導師、パロムとポロムだ。僕がパラディンになれたの も、2人の助けがあったからなんだ。」 「なんだよ、この生意気なガキどもは・・・。 」 -240- 6―動き出した人々 「エブラーナ方向で、異変!巨大な爆発と炎が断続的に発生している模様!」 紫のつなぎの装束に同じ色のマフラーを巻いたその姿は、エブラーナの忍者 だ。それを聞いた数人の男たちが、一斉にうなった。 「むう。あの声の言うことは、本当であったか。 」 「と、いうことは、巨人とやらがすでに、この星に・・・。」 刺さると痛そうな硬い髭面の男が叫んだ。 「飛空艇の準備は、なんとか間に合ったぞい!」 その言葉に、一人の青年が立ち上がった。 「世界の命運を左右する局面です!全軍をあげて、出撃するべきです!」 その場にいた全員がその言葉にうなずいた。すぐに全員が部屋の外へと飛び 出すと、 付近は騒然となった。 飛空艇のローターの音が立て続けに鳴り響くと、 次々に飛び出していった。 それは、死出の旅か、勝利へ続く道か。 その頃。 魔導船は、アガルトの村の付近の空域まで避難していた。中にいた5人に言 葉はなかった。巨人の絶望的な破壊力に、圧倒されていたのだ。 「なんとかなんねぇのかよ!月の民なんだろ!」 エッジがいらだちまぎれにフースーヤに叫んだ。 「ヤツの口。唯一の侵入口は、そこしかない。」 フースーヤが言ったのは、それだけだった。それ以降、再び魔導船には静寂 だけがあった。それは己の無力を象徴しているようだった。 ふと、リディアが顔を上げた。ウインドウに駆け寄ってはりついた。 「どうした、リディア?」 セシルが声をかける。振り返ったリディアが、人差し指を唇に当てて「しっ」 と言った。その様子に、セシルも駆け寄った。 「何か、聞こえるの・・・。 」 -239- い・・・!」 「あれを壊すの!?」 リディアの素っ頓狂な声は、全員の気持ちの代弁だった。 「内部に潜入できれば、手段がないこともないのだが・・・。 」 「近付く前に、消し炭にされちまうわぁ!」 エッジが悲鳴に近い声で言った。 「とりあえず、いったん退く!」 セシルが魔導船の舵を取ると、船はすかさずエブラーナを離れ始めた。 青き星に破滅をもたらす破壊神は、なおも雄叫びをあげ続けていた。 トロイアの森から 1―トロイアの 「バロンへ行った使者が、帰ってきたのですか?」 トロイアの8人姉妹神官が総立ちになった。彼女らはいつものように、円卓 を囲んで善後策を協議中だった。 この頃になって、彼女らが遣わした各国への使者が続々と帰ってきていた。 バロンへの使者の到着は最後になった。 「はっ。バロン王が偽者で、それをセシル様が退治なさった、という話も本当 でした。そのためにバロンの国政は大変混乱していて、交渉が難航してしまい ました。帰国が遅れ、申し訳ありません。 」 「姉様、外に飛空艇がきております!」 ローターの回転音が城を震わせた。翼の色が赤い。 『赤い翼』だった。 使者の報告は、こうだった。 結局、バロンの暫定的な国政を、シド同様更迭されていた元セシルの部下だ った『赤い翼』団員によって行うことになった。そのために、城に残された『赤 い翼』の戦力を使えるようになったそうだ。 「それは、吉報だわ。では、ただちに各国の戦力を集結します。はじめは、ダ ムシアンへ行きましょう。 」 「神官様!わたしも連れて行ってください!」 樫の扉の向こうで、凛とした声が聞こえた。 扉が音をたてて開くと、その中に一人の青年の姿があった。 ギルバート=フォン=ミューア。ダムシアン王子、その人だ。 「セシルたちだけ戦わせるわけにはいかない!僕だって、戦える!」 8人姉妹は、びっくりした表情をすぐに笑顔に変えた。セシルたちがきてか らの彼の病状は日を追うごとに快方に向かっているのを知っている。 「・・・是非、お願いします。ギルバート様。」 ギルバートは、恭しく頭をたれた。 2―微風が吹く ダムシアンの復興は、日を追うごとに進んでいた。今だ建物に関しては破壊 の跡が痛々しいが、貿易に関しては空爆前の状況に戻っていた。ダムシアンの 商人魂はたくましい。 仮宮殿でギルバートを出迎えたのは、ダムシアン大臣だった。 「王子、お久しゅうございます。よくぞ御無事で・・・。 」 「じいこそ、よくぞダムシアンをここまで復興させてくれた。 」 「なんの。商人たちの助力なくしては、ありえませんでした。 」 「そうだね。彼らには、感謝しないとね。 」 トロイアの姉妹神官たちを乗せた『赤い翼』の艦隊は、ダムシアンの兵力を -242- 第四三章 セシルという名の絆 -241- 自分も生意気なのを棚に上げて、エッジが言った。2人はすぐに反撃する。 「なんだよ、お前の方がよっぽど生意気そうな顔してるぞ!」 「名乗りもしないで、人のことを生意気などと言って、失礼な方ですわっ。 」 エッジの開いた口がふさがらない。なおも言葉を連ねようとする2人に、一 人の老人が声をかけた。 「これこれ、それくらいにしなさい。」 振り返ったパロムとポロムは、少々バツの悪そうな顔をした。ミシディアの 長老、ミンウだった。 「長老!」 「バロンを訪れた際に、石化した2人を見つけたのじゃ。ミシディアの魔法技 術の粋を集めてディスペル(解呪)した。ふふっ、この2人にここまでの力が あるとは思わなかった。セシル殿、世話になった。」 「いえ、結果的には2人を守れなかったのですから。本当によかった・・・!」 感涙にむせぶセシルの隣にいるフースーヤに、ミンウは気づいた。 「セシル殿、こちらの御仁は・・・?」 「月の民、フースーヤ。この世界で何が起きているのかを教えてくれた。 」 フースーヤが一歩前に出た。 「そう、すでに青き星に“バブイルの巨人”が復活してしまった。ヤツをなん としても止めねばならん。」 いきなり結論から話したフースーヤに、ミンウがうなずいた。 「うむ、“あの声”の言った通りじゃ。そう思って、すでに『赤い翼』をエブ ラーナへと向かわせた。」 「“あの声”とは?」 フースーヤの疑問に、ミンウが答えた。 それは、セシルがこれまで辿ってきた旅を振り返るような話だった。 んの力 3―奥さんの力 「ギルバート殿、久しぶりだ。」 「ファブール王こそ、すっかりお体がよろしくなられたようで、何よりです。 」 ファブールでは、いつもと変わらない修行僧たちの姿があった。ファブール 攻防戦のあとも、悠久のときを同じようにして過ごしてきたこの国は、大きく 変わることはなかった。 怪我をしたファブール王も、 すっかり全快したようだ。 「この私にも、この世界に何かが起ころうとしていることがわかる。この老骨 も、お手伝いさせてもらう。 」 「ありがとうございます。よろしくお願いいたします、ファブール王。 」 トロイアの姉妹神官が深々と頭を下げた。 王の間を出て1階へ通じる大階段へと出たファブール王たちは、思わずギョ ッとして足を止めた。 1人の女性が、立ち尽くしていた。 長い髪をぶっきらぼうにまとめあげた頭に、強い意志を光らせる瞳。その手 には、何故かフライパンが握られていた。 ヤンの奥さんだった。 太陽の下へ 4―太陽の キング・ジオットの城は、いつものようにマグマの太陽に照らされて、赤く 赤く染まっていた。いつものように“ラリホー”の挨拶が交わされ、いつもの ように平和、のように見えた。 そんな中、けたたましいダミ声が城に響き渡った。 「な~んじゃ。こんなにいいものがありあまっとるではないか。何故教えんか ったんじゃ。 」 男と一緒にいたドワーフたちは、その迫力におされながら答えた。 「い、いや、あんたはそのケガ人だし、動けるのがおかしいっていうか・・・。 ラリホー・・・。 」 その男は、そんな言葉は一切聞いていないかのようにガラクタの山をかきわ けていた。 ここは、ドワーフ戦車隊の格納庫。その一角には、戦車を作る際の部品やら 材料やらが山のように積まれていた。 「確か、以前に撃墜した『赤い翼』がある、と言っていたな?」 「ラ、ラリ・・・。確かに、1隻だけだけど・・・。 」 「よっしゃ、十分じゃ。それを持って来い。すぐにお主たちを地上へ送る飛空 艇を作ってやるワイ!」 ツンツンに尖った顎鬚がとても痛そうなその男は、足に巻かれた分厚いギブ スを松葉杖で叩き割ると、本来歩けるはずもない重傷のその足でドタバタと駆 け出していった。 キング・ジオットが、ドワーフの戦車隊を地上へ派遣することを提案したの は、セシルたちがミシディアへ向かった直後だった。 「ゴルベーザめが何をたくらんでおるのかはわからんが、必ず我らの力が役に 立つ時がくる!何とか地上へ行く方法を考えるのじゃ!」 -244- 「な、何事じゃ。客人がおるのだぞ!」 そんな王の言葉にもまったく怯む様子もなく、鋭い視線が一行を射る。 「王、私も連れていってくださいませ。夫が、地底で死んだなどと、どうして も信じられないんですよ。これは、あたしの目で確かめさせてもらわないとね ぇ。 」 じりっ、とにじり寄るヤンの奥さんに、思わず一行は後ずさってしまった。 王を前にしても、なおもその迫力は衰えない。さすがに、ヤンの妻を務めるだ けのことはある。 「わ、わかった!わかったから、そのフライパンをどうにかせい!こわいぞ!」 はっ、となって、ヤンの奥さんは自分の手を見た。すぐにフライパンを握っ たその手を後ろに隠す。 照れ隠しの苦笑いを浮かべると、ギルバートたちからも引きつった笑いが起 こった。 -243- 併合するために、ダムシアンに寄った。ギルバートは、久しぶりの故郷の地を 踏むことになった。 そして、ギルバートには行くところがあった。 「急いでねー。ダムシアンの兵力を乗せたら、すぐにファブールに向かいま す!」 姉妹たちがてんてこ舞いになって動き回る中、ギルバートはダムシアンの街 の郊外へと向かった。 そこには、アンナの墓があるのだ。 墓石は、 砂を被って半分ほど埋もれていた。 こうして消えていく悲しい墓も、 この地にはかなりある。それが、ダムシアンという土地だった。 ギルバートは丁寧に砂を払うと、アンナの名が刻んである場所に花を添えた。 それは、あの『ひそひ草』だった。 「・・・アンナ。僕は、君の事を忘れた日なんて、一日もない。君は、どうな のかな?」 相変わらず、ダムシアン砂漠の日差しは強い。帽子も被らないギルバートは しかし、それがまったく気にならない。 「今頃、テラさんと幸せに暮らしているよね。でも、僕には、まだやらねばな らないことがある。アンナ、僕は、勇気を出せているかな?」 彼の頬を、優しい砂漠の風が撫でた。よく、アンナがしてくれたように。 「・・・ありがとう、アンナ。もう、行かなくちゃ。」 すっと立ち上がったギルバートが振り返ると、すでに発信準備を終えてロー ターが激しく回る飛空艇の威容があった。ギルバートは慌てて駆け出した。 この気持ちは何 ちは何? 6―この気 シドは、セシルたちに聞いてヤンの生存を知っていた。飛空艇を飛ばすと、 あっという間に地底に飛び込んだ。すぐにセシルたちに言われた“シルフの洞 窟”に向かう。 その間、奥さんはずっと無言だった。右手にフライパンを握ったまま腕を組 んで甲板に仁王立ちしている姿は、並の男より迫力があった。 巨大なクレーターの中心の縦穴にたどり着くと、シドと奥さんだけが縦穴を 降りた。 すぐにシルフの住処へとたどり着いたが、やはり外界を嫌うシルフたちが手 に手に小さな武器(といってもホウキの類)を持って出てきた。 だが、入口に壁のように立ちふさがる奥さんの迫力に唖然となり、何もでき なかった。 「ちょっと、お邪魔するよ。 」 そう言って、シルフの住処に入り込んだ奥さん。 人には少々狭い部屋の片隅に、その部屋には到底合わないサイズのベッドが ある。 そこにヤンの姿を見出した。 ヤンは、何事もないように眠り続ける。 一瞬、奥さんの顔に驚きの表情が走った。そしてシルフたちは、彼女の目に ごく一瞬だけ、涙のようなものを見た気がした。 シルフたちは、その涙のようなものに、強く心を掴まれた感じがした。 7―愛のフライパン しかし、奥さんの顔はすぐに不機嫌なものに変わる。手にしたフライパンを 握り締めて、ツカツカとヤンに歩み寄った。 「なっ、なにをするの!やめ・・・!」 シルフが制止する間もなく、奥さんはフライパンを振り上げた。 -246- 5―サミット ミシディアは、 建国以来はじめてといえる来客の数に、 混乱の極みにあった。 トロイアの神官、ダムシアンの兵たち、ファブールのモンク僧、ドワーフの戦 車隊。 そして何より『赤い翼』の来襲に、ミシディアの人々は色めき立った。 「あの『赤い翼』は、害を成すものではない。我々が倒すべき相手は彼らでは ないのだ。ミシディアの者たちよ、静まるがよい。」 長老ミンウがそう説得しなかったら、各国の指導者を乗せた『赤い翼』は撃 墜されていたかもしれない。 さらに、ミシディアにはエブラーナの忍者たちもやってきていた。 「バブイルの塔が謎の発光を始めたために、隠れ家の洞窟が使えなくなってし まったのじゃ。そこで態勢を立て直すべく、ミシディアへと逃れてきたのじゃ が。」 エッジが“じい”と呼んだ大臣は、そう言った。 さっそく、ミシディアでは世界初である“サミット”が開かれることになっ た。ゴルベーザの企みを突き止めて、ミシディアに集結した各国の戦力をもっ てその計画の阻止を図ることが統一見解として取り決められた。 彼らには、信じるに足る共通のもの、“セシル=ハーヴィ”があった。話し 合いは、円滑に進んだ。 一方その頃。 話し合いには参加していなかったシドの元に、異変が起きていた。久しぶり のバロンの技師たちとの再会を喜んでいたシドたちの前に、巨大な黒い影が立 ちふさがったのだ。 鍛えられた太い右腕に、なぜかフライパンを握ったその影は、 シドに言った。 「あんたたち、バロンの技師さんだろ?飛空艇を作ったんだよねぇ・・・。 」 不思議な迫力に押され、シドたちは頭を激しく縦に振った。 「ファブールは、あんたたちが作った飛空艇で、えらい目に遭っているんだよ ねぇ・・・。 」 影がじりじりと近付いてきた。シドたちも、じりじりと後退を始めた。 「そこで、ちょーっと頼みがあるんだけどねぇ・・・。 」 「ななな・・・、なんじゃい!」 なんとかシドが虚勢をはって叫んだ。その時、影の顔が見えた。 「地底に行ってほしいのさ。そこにあたしの夫、ヤンがいるって話を聞いてね ェ。 ・・・いいかい?」 ヤンの奥さんだった。手にしたフライパンがブン、と振られた。鋭く空を切 るその音に、シドたちは頭を先程より激しく縦に振った。 -245- しかし、当然飛空艇はないし、バブイルの塔は近づけない。そんな話をうっ かりシドにもらしてしまったドワーフがいたから大変。相変わらず包帯だらけ のミイラのようなシドは、城中をくまなく走り回って材料を探していたのだ。 ほどなくして、あっさりと飛空艇は完成した。シドの猛烈な創作意欲がドワ ーフたちを無理やり引きずりまわした成果である。 その飛空艇は、船体に戦車を積めるように改造した、少々不恰好なものだっ た。まるで、“でぶチョコボ”が無理やり飛んでいるような、ふっくらとした 腹部に戦車を積むことができる。 「よし、これでとりあえずミシディアに向かうぞい!そこに行けば、何かわか るんじゃろ、キング・ジオット?」 「ワシの台詞をとらんでくれ、シド殿。」 かくして、ドワーフの戦車隊はミシディアへと向かった。 ミンウが見たバロン 8―ミンウが ミシディアに見知らぬ子どもが迷いこんできたのは、ちょうどサミットが終 わるころだった。街のはずれで泣いている子どもを見つけた魔導師は、子ども の証言に驚いた。 「あのね・・・。白い池を見つけたの。近くで遊んでいたらね、ボールが池に 落ちちゃったの。拾おうとして池に入ったら、知らないところにきちゃっ た・・・。」 しゃくりあげて泣く子どもがいた場所。それは、パラディンになったばかり のセシルたちがバロンへ向かったときに使った禁断の道、“デビルロード”の 側だった。 「デビルロードを通って、バロンから子どもがきた、というのか・・・?」 長老ミンウは、その報告に首を傾けた。デビルロードは、かつて多くの魔導 師の命を奪った危険な道である。それを、この年端もゆかぬ子どもが通ってき たとは、考えられない。 「パラディンであるセシル殿が通ったことで、浄化作用が起きたのかもしれん な。 」 そこで彼は、自らを含む志願者を募り、デビルロードへ飛び込んでみること にした。 かねてより、ミンウには、自分がバロンに呼ばれているような気がして、な らなかった。 まるで、救いを求められているような。そんな感じだった。 そこで、無事デビルロードを通過できたら、バロンを一回り見てこようと思 っていた。 「おそらく何事も起こるまいとは思うが。では、参るぞ!」 意を決してミンウたちは、デビルロードへと飛び込んだ。 しかし、覚悟を決めたわりにはあまりにあっけなく、次の瞬間には見知らぬ 街へとたどり着いていた。 表大通りには威勢のいい商人たちの呼び声が響き、酒場の窓からは人々の騒 ぎ声が聞こえる。見上げれば洗濯物を干すロープがまるでくもの巣のように張 り巡らされ、街を流れる川っでは、その洗濯にいそしむ女たちの姿が見える。 かつてのバロン王が統治していた、よき日のバロンがそこにあった。 「抱いていた印象と、ずいぶん違う・・・。」 驚きの表情を隠さず、ミンウはバロンの街並みを行く。 その後、バロンの城を訪れたミンウは、驚くべきものを見出すことになる。 言うまでもなく、石化したパロム、ポロムの双子である。 クルーヤの声 9―クルーヤの 急造の円卓を囲む顔たちは、浮かない顔だらけだった。 ミンウの留守中でも、ミシディアでは相変わらずギルバートをはじめとした 世界のトップたちが、忙しく動き回っていた。今日はもう何度目かの話し合い が始められていたが、一向に明らかにならないゴルベーザの狙いに対応のしよ うがない。一同の苛立ちも、ようやく高まってきた。 その時だった。 不意に、会議室の空気が薄くなったような感じがした。同時に、強烈なプレ ッシャーが一同に襲い掛かってきた。非常に高い音が、耳を貫いていった感覚 があった。 「・・・エブラーナへ、行くのだ。 」 聞き覚えのない声が聞こえてきた。どよめく一同をよそに、声はなおも続け る。 「青き星に、大きな災いが降り立つ。戦える者は、エブラーナへ行くのだ。災 いを止めるものは、月の民を連れて、間もなく戻る・・・。 」 -248- -247- 「いーつまで寝てるんだい!とっとと、起きなぁ!」 まるで洞窟全体を揺るがす衝撃で、フライパンはヤンの頭に炸裂した。シル フたちは小さな悲鳴とともに思わず首をすくめる。思わず頭を押さえたシルフ もいた。 フライパンの余韻音だけを残して、まるで時が止まったように誰も動かなか った。 しかし。 「う・・・ん。なんだ?もう、修行の時間か・・・?」 眠そうな声が、聞こえてきた。 「すまん・・・。もう少しだけ、寝かせてくれ・・・。 」 頭をさすりながら、全く動くことのなかったヤンが寝返りをうった。 そこに、 すぐに耳をつんざく大音響が響き渡った。 「な~にふざけたこと言ってんだい!あんたがのほほんと寝てる間に、セシル さんたちは大変な目に遭ってるんだよ!早く起きて、あんたも手伝ってきな ぁ!!」 その言葉を聞いたヤンは、突然跳ね起きた。 「なに、それはまことか!?」 素早くぐるりと周囲を見回す。そこには、呆然とした表情のシドとシルフた ち。 そして、見慣れた奥さんの、それでもいつもよりは少し優しい修羅の表情が あった。 「・・・む?ここはどこだ?」 シドにも、シルフたちにも言葉がなかった。奥さんの厳しい瞳に、優しさが 宿っていた。そこにわずかに涙の雫が散ったことに、気づく者はいなかった。 ただ、シルフの一人が、つぶやいた。 「・・・これが、愛の力なのかしら・・・。」 制攻撃 1―先制攻撃 ミシディアの長老ミンウの話が続く中、魔導船はエブラーナの上空へと戻っ てきた。彼らの目に、再び忌まわしい巨人の姿が飛び込んできた。先ほどより も、大地の痛みが激しい。しばらく暴れていたのだろう。 赤い目がさらに鋭く光る。光線が地面をなめると、大地を大きく抉って爆発 した。その攻撃力にはまったく衰えがない。 「くっ。やはり、あの巨人に対抗する術はないのか?」 セシルの言葉に、だが、ミンウは言った。 「確かにあの巨人の攻撃力は絶大。しかし、我らとてむざむざとやられるわけ にはいかん。見なされ、彼らの勇姿を!」 ミンウが、鋭く指差した先にあったものは。 荒らされたボコボコの大地に転がるものがあった。球体に2つのキャタピラ、 1本だけ生えた砲身。見覚えのあるそれは、ドワーフの戦車隊。 「キング・ジオット!あんなにたくさんの戦車を。」 巨人の足元を動き回る戦車を、巨人はさもうっとおしそうに足を動かして踏 み潰そうとする。しかし、卓越した操縦技術を持つドワーフ隊に、巨人の緩慢 な動きは通じない。 「全部隊に命令!新型砲の射程圏内に侵入した。直ちに攻撃に移れ!」 ことさらに巨大な特殊砲身を装備したキング・ジオットの戦車から無線で命 令が飛んだ。 一斉に戦車隊の砲身が巨人に向けられる。すかさず、全ての戦車から火が噴 かれた。 巨人の下半身が強力な爆発に包まれた。巨人はその衝撃に思わず後ずさった。 「よし、効いている!続けて攻撃せよ!」 キング・ジオットは攻撃の予想以上の成果に、子どもが見たらひきつけを起 こしそうな鬼の形相に笑顔を浮かべた。 しかし、それもすぐに驚愕に戻った。 煙に包まれた巨人が大きく右腕を振るうと、その爆煙を吹き飛んだ。そこに は、ほとんど無傷の巨人の姿があった。 「ちっ。よいか、ひるむでない!砲身が焼け付くまで、撃ちまくるのだ!」 2―疾風怒濤 振るった巨人の右腕に拳が握られ、そのまま1台の戦車のすぐ側に落ちてき た。 間一髪それをかわした戦車は、 地面に転がりながらも態勢を整えて逃げる。 なおもその戦車を追う巨人の左腕が、爆発とともに大きく弾かれた。 その方向を見上げた巨人は、そこに飛空艇の姿を見た。 「巨人の頭上へまわってくれ!爆撃する!」 -250- 第四四章 巨人との戦い -249- 声の言う事は、抽象的であった。だが、一同の頭には、一瞬でよぎったもの があった。 銀色に輝く巨人の姿。その身体に紅を照り返す。紅は、破滅の炎。 誰の目にも、これが現実に起きてはいけない光景だと自覚するには、十分な 映像であった。 それだけ言うと、部屋は元の雰囲気に戻った。一同には言葉もなかった。や っと口を開いたのはギルバートだった。 「もしかして、あれはセシルが言っていた“クルーヤ”の声・・・?」 以前に彼が聞いた、“クルーヤ”の声の雰囲気に、よく似ていたのだ。 話し合いは一転、軍議と化した。直ちに再編した軍を動員すると、次々に飛 空艇に乗り込んだ。間もなく帰ってきたミンウを乗せると、“世界軍”艦隊は 次々とミシディアを発進した。 それは、勝利へ続く道であると、信じて。 3―旅の意味 「巨人がひるみました!我々も爆撃に行きます!」 急激に巨人との距離を詰める1隻の飛空艇があった。その甲板には8人の神 官が勇ましく立っていた。 飛空艇は迫ってきた巨人の拳を巧みにかわすと、ギルバートの船と同じよう に船底を開くと、大量の爆弾を投下した。 「あれは、トロイアの神官たち!」 力強い味方の数々に、セシルたちは巨人への恐怖を忘れた。 なおもファブール王やセシルの元部下であるバロンの『赤い翼』が巨人を取 り巻いている。空を覆う翼の赤い飛空艇の姿は、かつての『赤い翼』を彷彿と させる誇り高きものだった。 大地には、豆粒のようながら、巧みに転がる戦車が砲撃を続ける。 世界が、一体となって戦っている。それを象徴するような、壮大な光景だっ 4―動き出した戦局 そんなシドに、フースーヤが詰め寄った。 「ならば、お主の腕で巨人に近づけるか?」 「なんじゃ?このジジイ。 」 「ワシは月の民、フースーヤ。 」 「つきのたみー?」 シドが頭につけたゴーグルを直しながら言った。 「巨人の口にまで近づけてくれんか。そうすれば、我らでなんとかする。 」 「誰にモノを言ってるんじゃい!バロンにその人有りと言われた飛空艇技師シ ドじゃぞ!」 はちきれんばかりの分厚い筋肉を誇る胸を張ってシドが答えた。 「やれるのじゃな!」 フースーヤが叫ぶと、側にいたミンウが言った。 「私たちが巨人の隙を作ろう。シド殿、セシル殿たちを頼む。 」 「よし、まかせろ。 」 ミンウがブリッジを出ていった。 「よし、セシルたちもワシの飛空艇に乗れ。」 シドに促されて、セシルたちもブリッジを出た。 一方、戦局には少しずつ動きが出てきた。 地面を穿った巨人の拳が、巨大な岩石を吹き散らす。その1つに当たったド ワーフの戦車が黒い煙をあげて沈黙してしまった。中から転がるようにしてド ワーフたちが出てきた。 -252- た。 セシルは、嬉しくなってきた。 「セシル殿。お主のおかげなのじゃ。 」 ミンウの言葉に、セシルが驚いた顔で振り返った。 「お主はバロンの士官でありながら、クリスタルを守り世界を救うために戦っ てくれた。お主の旅が、我々を結びつけたのじゃ。 」 「そんな・・・。僕がしたことなど。」 セシルがドギマギしながら答えた。その時、ブリッジのドアが開き、大きな ダミ声が響いた。 「おう、ミンウ殿。あんたの指示通り、魔導師たちを全員飛空艇に乗せたぞ。」 「シド!大丈夫なのか、動いても?」 どう見積もっても、こんな短期間で直る傷ではなかった。しかし、シドはと ぼけた顔をして言った。 「何を言っとるのじゃ。このシド様があの程度の傷で寝ていられるかい。この 飛空艇のプロがおらねば、飛空艇は誰も動かせまいて。 」 大声で笑うシドに、セシルは呆れた。 -251- 船縁から下を覗き込む青年の姿。 「ギルバート!身体はもう大丈夫なのか!?」 セシルは、トロイアでケガに臥せっていた彼の姿を思い出していた。 あの弱々 しいイメージがすっかりなくなり、王者の貫禄すらその顔に宿らせて飛空艇を 率いていた。 巨人の頭上にまわったギルバートの飛空艇の底が2つに割れた。そこから、 かなりの数の爆弾が投下された。それらはすぐに巨人の上半身を爆発に包んだ。 ギルバートの飛空艇が通り過ぎると、後続の飛空艇がさらなる爆撃のために 巨人の頭上にさしかかった。その巨人の目が、爆煙の向こうに光った。 「危ない!」 それを見たローザが叫ぶ。同時に伸びた悪夢の光線は、一瞬で飛空艇を捉え る。赤い爆発とともに、飛空艇は激しい爆煙に包まれた。 「くっ・・・。 」 セシルが目をそむけた。しかし、すぐに隣りにいたエッジの歓声を聞いた。 恐る恐る外を見たセシルは、大きく吹き飛ばされながらもなんとか姿勢を整 えた飛空艇を見た。 それは、柔らかい緑の光に包まれていた。 「むう、不用意に近寄りすぎたようだ。礼を言う、シルフ殿!」 飛空艇の甲板に立つ弁髪の男。彼の周りに漂う、小さな羽根のシルフ。 「ヤン!よかった、目覚めてくれたんだ!」 セシルの安堵のため息をよそに、ヤンの飛空艇は巨人から離れていった。 「ギルバート殿たちを援護する!巨人の攻撃が届かないところから砲撃せ よ!」 まるでトンボのように巨人の周りを飛び回るヤンの飛空艇は、遠巻きに砲撃 を繰り返す。 反撃の口火 6―反撃の 巨人の猛攻が続く。大きく胸を張った巨人は、その胸を目映く光らせた。 「・・・?あれは初めて見るぞ。みな、警戒せよ!」 ギルバートの叫びと同時に、飛空艇たちは一斉に退いた。 さらに目映く巨人の胸が光る。それは一条の太い光となって、大地を薙ぎ払 った。 「うおおおぉぉっ!」 ヤンの声があふれる光の中に消えた。光はバブイルの塔を包む山々を貫いた。 禁断のフレア 7―禁断の 直後、その飛空艇を縦に貫くようにオレンジの光がそそり立った。その後方 に待機しているシドの飛空艇の甲板に立っていたセシルは、皮膚がビリビリと 震える強烈なプレッシャーを感じていた。 「こ、この魔力!テラの、“メテオ”のような・・・。 」 その魔力は、全てミンウがその身に受けていた。ミシディアの施政者だけが 身に纏う紫色のローブを激しくはためかせて、その目には強いオレンジ色の光 が輝いていた。 低い音とともに、飛空艇を突然球体の巨大な魔法陣が包んだ。難解な魔法文 字が次々と光りだす。普通、魔法陣は平面である。それを立体である球でない と発動しないほどの強大な魔法を行使しようとしていることになる。 大地に聳え立つオレンジの光を中心に、地面が大きく抉れだした。土くれが 宙に舞い上がる。大地が激しく振動を始めた。 「行け、じじい!ブチかましてやれ!」 「長老様!」 パロムとポロムの叫びに、ミンウが答えた。 「これが、ミシディアの秘術!」 ――――超高熱破壊魔法 フレア!―――― ミンウの魔法の詠唱の終了と同時に、巨人が飛空艇と同じように魔法陣に包 まれた。その魔法陣の内部が次第に赤く変色していく。 -254- 5―劣勢 いくら砲撃しても、巨人はひるみはするのだがダメージがあるようには見え ない。それは、飛空艇で爆撃しても同様だった。 「きゃあぁ!」 巨人の光線が、トロイアの神官たちが乗る飛空艇のローターの1つをかすっ た。瞬く間にローターが吹っ飛ぶ。飛空艇は大きく態勢を崩した。 「神官殿、退かれよ!危険だ!」 ヤンが叫ぶ。すかさずヤンの飛空艇の砲撃が巨人をとらえるが、ひるみはし てもダメージにはならない。しかし、トロイアの神官たちの飛空艇はなんとか 巨人の攻撃範囲から脱出したようだ。 「このままでは、ジリ貧だ!」 さすがに月の超技術の結晶を相手に、劣勢が際立ってきた。決定的な被害は まだ出てはいないものの、このままの状況が続けば敗北は目に見えて明らかだ。 「・・・何!?聞こえない!」 巨人の振り回す腕を巧みにかわすギルバートの飛空艇の中で、彼は無線機に 怒鳴り返していた。ミンウからの通信が入ったのだが、戦いの爆音でほとんど 聞き取れなかった。 「・・・よいか、セシル殿たちが巨人の内部へと潜入する!今から我らミシデ ィア隊で巨人の隙を作る!お主たちでその支援をしてくれ!」 ようやく聞こえた無線は、そんな内容だった。 「了解!」と叫ぶヤンの声も聞 こえた。 すぐに、巨人の上空を飛び回る『赤い翼』の動きが変わった。四方に散った 飛空艇は、 果敢に砲撃を浴びせながら動き回る。 地上でも連絡が入ったようだ。 ドワーフの戦車隊の動きが慌しくなった。 山全体が赤い光と化すと、 それは溶岩となって超高熱の塊を空へと舞い上げた。 巨人の目が放つ光をはるかに凌駕した威力だった。 「・・・なんて、威力だ・・・。」 かろうじて光をかわしたヤンがうめいた。 その直後に無線機から声が聞こえた。 「 『赤い翼』全艦隊に告ぐ!ミシディア隊が到着した。一斉射撃のあとに、後退 せよ!」 ミンウの声だった。素早く後方を見たヤンの視界に、ミンウたちミシディア の魔導師を乗せた飛空艇が接近していた。甲板では、かなりの数の魔導師たち が何か呪文を唱え続けていた。 その先頭に、ミンウの姿があった。ミンウもやはり、なんらかの魔法を行使 する態勢のようだ。その両脇では、パロムとポロムの幼い2人の姿もあった。 額にべったりと汗を浮かべて、膨大な魔力を発生させている。 ミンウの指示に従ったギルバートやヤンたちの飛空艇が、一斉に爆撃と砲撃 をくらわせる。ドワーフの戦車隊も負けじと足元から執拗な砲撃を繰り返す。 たまらず、巨人の動きが止まった。 「今じゃ、皆の衆!魔力を私に集中させるのじゃ!」 巨人の正面でホバリングするミシディア隊の飛空艇でミンウの叫びが響いた。 -253- 「くっ。近付きすぎるな!」 キング・ジオットが無線をひったくるようにして掴むと叫んだ。さらにそれ を叩きつけると、丈夫そうな白い歯をギリギリと鳴らした。 「いくら砲撃しても、一向に効いている気配がない!このままでは、ラチがあ かん。」 潜入成功 9―潜入成功 「オーバーヒートを起こしておる。今なら巨人の内部に侵入できる。シドとや ら、巨人の口じゃ。そこへ飛空艇を。」 「わかっておる。しっかりつかまっておれ!セシル、お主が舵じゃ!」 セシルが舵に取り付くと、彼らを乗せた飛空艇は弾丸のように巨人に向かっ ていった。飛空艇が近付いてきても、巨人は動く気配がない。 「よし、このまま飛び降りる。私の後に、ついてまいれ。 」 フースーヤがそう叫ぶやいなや、長い顎鬚をなびかせて宙空に舞った。続け ざまに残るセシル、ローザ、エッジ、リディアの4人も飛び降りる。 巨人の周囲には、まだ“フレア”の高熱が残っていた。それをフースーヤが 防御魔法シェルで防護壁を張りつつ落下する。その後に4人が続く。 「浮遊魔法“レビテト”!」 さらにフースーヤが唱えると、5人は吸い込まれるようにして巨人の口へと 消えていった。 「セシル殿たちが巨人への潜入に成功した!我々はこのまま待機、セシル殿た ちが脱出するまで手出し無用!」 まだ息が荒いミンウが、無線機に怒鳴った。 間もなく『赤い翼』の各機が巨人を遠巻きにしてそれぞれに着地した。戦車 隊も十分の距離をとって動きを止めている。 正直、どの部隊も疲労困憊だった。もう少し戦闘が長引いていたら、勝敗の 趨勢はどちらに傾いていたかは自明の理であった。 「あ、あんちゃん・・・。 」 「あ、あとは、がんばって・・・。 」 パロムとポロムがその様子を見届けると、その場に崩れ落ちた。あまりに強 大な魔力を使い切ったために、気絶してしまったのだ。 「僕たちにできることは、ここまでか。セシル、頼む・・・!」 ギルバートが祈るようにつぶやいた。 それは、この世界を、青き星を守るためにこの戦いに赴いた全ての人々の気 持ちの代弁だった。 -256- 8―巨人の脅威 ミンウがその右手につかんだものは、ごくわずかな“空気”だった。彼が握 った“空気”という物質は、そのまま巨人を封じ込めた魔法陣の内部に瞬間移 動した。巨人のいる魔法陣の内部にも空気がある。そこにさらに空気が送られ た。1つの空間に2つの物質が重複してしまったのだ。 無理矢理同じ空間に存在させられた物質を構成する“分子”は、その矛盾の ために分子構造そのものの崩壊を余儀なくされる。それは、とてつもない膨大 な熱量を発生させる。推定では、数億度とさえ言われている。 “メテオ”同様、人の扱うにはあまりに危険な魔法、それが“フレア”だっ た。 「くはぁっ!ど、どうじゃ!?」 さすがに片膝をついて激しく肩で息をするミンウ。それでもすぐに立ち上が って船縁に取り付いた。そして、巨人を見やる。 徐々に細くなっていく黒い柱の向こうの巨人の姿はまだ見えない。これで、 止めとなったのだろうか。 「・・・いや、まだじゃ!」 フースーヤが叫んだ。 柱の端から、少しずつ何かが見え始めた。それは大きな肩だった。爪先も見 えた。腕も足も、最後には顔も。黒い柱が完全に消えたその中に、巨人が立ち 尽くしていた。 なんと、無傷だった。 「・・・やつは何でできておるのじゃ!?」 シドが舌打ちをした。その隣りで、リディアが叫ぶ。 「でも見て!巨人の動きが止まっているわ!」 リディアの言うとおりだった。ダラリと腕を下げ、それでも胸を張って巨人 はそれっきりの姿で止まっていた。その堂々とした姿は、なぜか、神々しくさ え見えた。 -255- 「むううううぅ!」 ミンウの叫びが続く。震える右手を手のひらの上に掲げていた。左手が右腕 を強く握り締めている。突然広げた右手を、何かを握り潰すようにした。 巨人を包む魔法陣の赤が、巨人に向かって凝縮したように見えた。 その場にいた全員が、世界を揺るがすような大音響が耳を貫くのを感じた。 それは、巨人の内部で起こった。 あまりに強く赤い光はすでに、白っぽい光にしか見えず、その光の中にさら に黒い炎が踊り狂っているのが見える。魔法陣は徐々に、球体から円錐状に形 を変え、ミンウを包むオレンジの光とは対照的に、黒い光の柱となって、天を 貫いた。 2―巨人胸部 エッジが床に転がる目玉“アイズ”の残骸を蹴ると、忌々しそうに呟いた。 「なんだよ、さっきからこのうっとおしい目玉はよう・・・。 」 「巨人の自己防衛システムの一環じゃ。我々人間にも免疫という防衛システム があろう。それと同じじゃ。 」 「けっ、なんだよ。じゃあ、この巨人はいっぱしに人間らしくなってるっての かよ。生意気な。 」 「あんただって生意気なくせに。」 リディアの呟きをエッジは聞き逃さなかった。追いかけるエッジに、逃げる リディア。 その2人が彼らがいた通路の行き止まりにある扉の向こうに消えたとき、2 人の声が消えた。 「どうしたの、エッジ、リディア・・・。 」 心配になったローザを先頭に扉をくぐった3人も言葉を失った。 そこは、吹き抜けになっていた。天井も吹き抜けの底も辛うじて見て取るこ とができるが、その空間の広さはただごとではなかった。電子の光に照らされ て、ボンヤリとした淡い白が空間を包んでいた。 5人が立っている床は、空間のちょうど真ん中に広がっており、バロン城の 大広間ほどの広さだった。縁には1メートルほどの高さの手摺りがあるだけで、 それを乗り越えたら吹き抜けの底までまっしぐらである。ところどころに何か を動かすための操作盤と思しき機械類が置いてあった。彼らが入ってきた扉の 反対側にもう1つの扉があった。 「・・・巨人の胸に相当する場所じゃ。おそらく、あの扉の向こうに巨人の心 臓がある。 」 「心臓?」 セシルは思わず聞き返した。この無機質的な巨人の心臓という言葉にピンと こなかった。 「もちろん、機械の心臓という意味じゃ。それならなんとか破壊できるはず。」 「んじゃ、とっととそれをブッ壊しにいこうぜ!」 言うが早いか、いきなり駆け出したエッジ。 次の瞬間、彼は宙に舞った。 「・・・何か、いる!」 3―蘇る4人の邪悪 エッジが叫ぶと同時に、何もない空間から赤い球体が空にいるエッジに向か って飛んできた。1発ではない。エッジの動きにあわせて、5発だった。空中 で4発かわしたエッジは、 最後の5発目を素早く抜いた2本の刀で受け止めた。 「だああッ!」 気合一閃、刀を振りぬいて赤球を斬ったエッジ。だが、その身体からは黒い 煙が立ちのぼっていた。超高熱の弾丸だったのだろう。着地したエッジの顔に は、一筋の汗が滴っていた。その顔に緊張感がある。 -258- 1―巨人の免疫 転がり込むようにして巨人の口に飛び込んだ5人は、すかさず立ち上がった。 フースーヤはあたりを一瞥して次の侵入口を探していたが、セシルたち4人 は予想をはるかに上回る巨人内部の光景に絶句していた。 紙の作りたもうた人間の身体の神秘もかくや、と言わんばかりの精密な造り だった。細微な電子の光の群れが周囲を照らし、波打つようにして指1本分ほ どの細さのチューブが張り巡らされている。 うなるような低い音がセシルたちの身体を小さく震わせる。それが巨人の心 臓の音なのだろうか。口の中にもかかわらず、予想外に広い。豪邸1つくらい なら収まるだろう。 「こちらじゃ。急ぐがよい。 」 フースーヤの声が、4人を我に返らせた。フースーヤはその顎鬚を浮かせて、 巨人の喉に相当すると思われる縦穴に飛び込んでいった。慌てて4人も後につ いていく。 人の身体には、外部からの侵入物を排除するシステムとして“免疫”という ものが存在する。血液中に含まれる白血球が、外部の細菌等を攻撃し、排除す るものだ。人の身体は常々この白血球によって守れらている。 となれば、この人体の神秘を体現した“バブイルの巨人”にもそれは、存在 するのだろうか。 「あれだ!あの目玉を破壊するのだ!」 フースーヤの叫びと同時に、その目玉“アイズ”は、その体を縦に2つに分 割された。 バチバチと黄色い電気の光という血を散らせて床に落ちるその向こうに現れ た影は、エッジその人だ。 「よし、そっちのヘンテコな竜を頼むぜ!」 「まかせて!大電撃魔法“サンダラ”!」 リディアの手にしたロッドから、白熱した雷撃の帯が炸裂する。それは、“機 械竜”の体を一瞬で突き抜けて、耳障りな竜の絶叫を呼んだ。 「うおおッ!」 セシルがその隙をついて光の剣を高く振り上げた。苦し紛れに竜の口から赤 い超高熱の“熱線”が吐かれたが、紙一重でセシルはそれを見切っていた。同 時にセシルが跳ぶと、扇状に美しい残像を残して剣が振り下ろされた。 “機械竜”の長い首はカン高い金属音をたてて床に落ちた。竜の巨体はそれ っきり動かなくなった。 -257- 第四五章 決着四天王 4―力を合わせて 「なぜ、お前たちが!」 セシルは見たものが信じられなかった。彼らは全てこれまでの戦いの中で倒 してきたはずだった。 「我々は、確かに、お前たちに敗れ去った。」 赤いマントの男、ルビカンテが言った。 「フシュルルルル・・・。だが、簡単に死んでやるわけには、いかない・・・。 」 醜い象、スカルミリョーネが続く。 「偉大な主、“ゼムス”様が、我々に復活の力をくださった。 」 真っ青の亀、カイナッツォの舌なめずりしながらの言葉は、邪悪さに満ち満 ちていた。 「私たちは、気づいたのよ。 」 ブロンドの髪の女、バルバリシアがその切れ長の瞳を光らせて言った。 「そう、我々は一人ずつ挑んでお前たちに敗れた。そしてお前たちは、小さな 力を合わせて我々を倒した。だから、我々も力をあわせるのだ。」 ルビカンテの言葉と同時に、“四天王”はそれぞれ身構えた。セシルたちも 武器を手にして構える。 「ゆくぞ!」 “四天王”は一斉にセシルたちに飛び掛ると、炎・猛毒・水・風を混合させ た渦を浴びせかけた。しかし、セシルたちの目前で、それは目に見えないバリ アに弾き飛ばされた。 「ぬっ?」 着地したルビカンテは、そのバリアの向こうに一人の老人の姿を見た。 「フースーヤ!」 両手を高く天井にかざしたフースーヤの目は、右目が赤く、左目が青く光っ ていた。 「よいか、私が“精神波”でお主たちの力を一時的に高める。その間に決着を つけるのじゃ。巨人が動き出す前に心臓を破壊せねばならん。時間はないぞ!」 セシルたち4人がそれぞれに四天王に飛び掛ると、フースーヤの目はさらに 鋭く輝いた。フースーヤから飛び出した4本の光が、セシルたちをとらえる。 「こ、これは!?」 ローザが、自分の身に起きた出来事に驚いた。バルバリシアの一撃が掠めた 傷が、すぐに塞がっていく。 「すげぇ、なんか力があふれてくるようだぜ。」 エッジが身体の底から湧きあがってくるようなその力に驚いていた。 「よし、勝負だ!」 エッジVSル VSルビカンテ 5―エッジ ルビカンテの前に立ったのは、エッジだった。最初の一撃を交差させた後、 2人はお互いを見据えたまま立ち尽くした。 「お前とは、1勝1敗だな。 」 エッジのどこか嬉しそうな言葉に、ルビカンテも答えた。 「そうだな。 」 「もう、エブラーナも親父たちも関係ねェ。今度こそ、男同士1対1で決着を つけようぜ!」 手にした刀をルビカンテに向かって突き出す。ルビカンテも同じように右拳 をエッジに向かって突き出した。 「私も、お前とは決着をつけたかった。お相手、つかまつる。 」 2人の姿が同時にかき消えた。その後に見えたのは、黒い光の筋と、飛び交 う炎の弾丸のみだった。常人をはるかに超えた高速戦だった。 不意の鍔迫り合いの形で、2人の動きが止まった。ギリギリと音をたてて鍔 迫り合う2人の顔には、なぜか満足そうな笑みが張り付いていた。 「お主の両親のことは、本当にすまなかった。改めて、詫びよう。」 -260- -259- 「この技!前に見たことがあるぜ!」 その汗を右手の親指で払ったエッジは、聞き覚えのある声を聞いた。 「・・・覚えていてくれて、光栄だな。」 セシルたちの前に、赤い炎が現れた。始めは小さな炎だが、それはすぐに渦 を巻いて巨大な炎の柱となった。 「うぬらへの恨み、忘れたことはないぞえ・・・。」 その隣りで、滲むようにして闇が染み出してきた。それは次第に濃くなって いって1つの形をとった。 「言っただろ?オレ様はしつこいって・・・。」 何もない空間から、わずかに水が溢れた。少しずつその量が増えてくると、 目に見えない器にたまるようにして、それは巨大な亀の姿へと変貌した。 「まだ、死ぬわけには、いかないのよ・・・。」 小さな風の吹く音がした。次第に高まると、渦巻いた大気の柱となって、す さまじい暴風と化した。 「お前たちは・・・!」 セシルの驚愕の言葉と同時に、4人の邪悪が姿を現した。 1つは、巨大な象の姿を思わせる巨体に巨大な角が2本。その間に浮かぶ、 醜い笑顔。 1つは、 水色の身体に同じ色の甲羅を背負い、 醜悪な笑顔を張り付かせた亀。 1つは、ブロンドのキャミソールにショートパンツをはいた身軽な格好に、 床にまで達する輝くような豊かなブロンドの髪を持つ美しい女性。 1つは、マグマを塗りこめたような赤黒い顔に、燃えるような赤いマントに 身を包んだ精悍な顔つきの男。 ゴルベーザ“四天王”たちだ。 合体技 7―邪悪の合体技 巨大な水の塊の弾丸を、セシルは正面から喰らってしまう。後ろには、リデ ィアがいた。 「ちょっと、セシル!大丈夫?」 吹き飛ばされたセシルに駆け寄ったリディア。すぐに2人はその場を跳び退 いた。2人がいた場所に、吐き気がしそうな緑色の液体が飛んできた。床が白 い煙をあげる。かなりの猛毒だ。 「くくく。オレ様の水鉄砲を喰らって、よく立っていられる。 」 カイナッツォが、もう何度目かの不愉快な舌なめずりをする。 「フシュルルル・・・。我が猛毒を喰らって、死ぬがよい。」 その隣りで、赤く裂けた口を笑みの形にしたスカルミリョーネの巨体が震え ていた。さすがにこの2人の四天王の同時攻撃に、セシルとリディアは手を焼 いていた。 「きったないヤツ!まとめて燃やしてやるッ!“ファイラ”!!」 鋭く振ったリディアのロッドから、炎の津波が出現した。それはスカルミリ ョーネとカイナッツォを追い詰めるように襲い掛かる。 しかし、それでも2人の顔から邪な笑みは消えなかった。津波が、2人を包 む。 「やった♪」 リディアが喜びの声を上げた刹那。炎はその中心から現れたものによってか き消された。 それは、深い緑色の水の球だった。次第に膨張していくその中心に、スカル ミリョーネとカイナッツォの姿があった。 「くくっ。スカルミリョーネの猛毒を混ぜ合わせた特製の大津波だ。これを喰 らったら、さすがのパラディンも、一撃だろうなぁ。」 「死して、我がアンデッドの一員となるがよい。 」 膨張した猛毒水は、突然破裂した。セシルとリディアに覆い被さるようにし て、大量の猛毒水が落ちてくる。その絶望的な光景を、止める術は2人にはな かった。 「くっ!」 セシルのうめきがむなしく響く。 バロン王 8―復活バロン王 ところが、その隣りでリディアが頭を押さえていた。 「何?誰があたしを呼ぶの?はぁっ、あ、頭が・・・!キャアァ!」 急激に力を吸い取られるような脱力感があった。同時にセシルたちと猛毒水 との間の空間に歪みが生じた。何かが裂ける強烈な音。スパークする白い光。 それは、幻獣を召喚するときの現象だった。 セシルたちの視界が白で焼かれた。スカルミリョーネたちも一瞬何が起きた かを理解できなかった。その光の中では、フロアを埋め尽くすかと思われた猛 毒水が全て吹き飛ばされていた。 白い光は、突然止んだ。恐る恐る目を開いたセシルと、強い脱力感からペタ ンとお尻をついて座り込んでしまったリディアは、彼らとスカルミリョーネた ちの間に一人の人が立っているのを見た。スカルミリョーネたちも、その人物 を眩しそうな顔で見つめている。 男だった。 顔を見ると、 鼻の下に生やした口髭が似合う50前後の男だった。 -262- 6―技の応酬 鍔迫り合いの態勢からエッジが蹴りを繰り出した。ルビカンテがすかさず退 いてそれをかわす。エッジがそれを追う。幾重にも黒い閃光がルビカンテを襲 うが、ルビカンテは紙一重でかわす。 空中に飛び上がったルビカンテが特大の火炎球をエッジに叩きつける。かわ しきれなかったエッジはそれをまともに喰らってしまった。 「しまった!」 すぐに火炎を振り払ったエッジは、空中で右手をエッジに対して向けるルビ カンテの姿を見た。 「“火炎硫”!!」 ルビカンテの右手を包むようにして発生した火炎の竜巻がエッジを襲う。超 高熱がエッジの身を焦がしていく。 「もらったぞ!」 ルビカンテの勝利を確信した言葉だった。が、エッジも負けてはいない。 超高熱の渦の中から、すかさずルビカンテに向かって跳んだ。猛烈な水蒸気 からのぞいたエッジの身体を、 水の膜が包んでいた。 驚いたルビカンテの腹に、 強烈な蹴りが炸裂した。かろうじて着地したルビカンテは思わず腹部を押さえ る。そこからは白煙があがっていた。 顔を上げたルビカンテの目に、水の膜に包まれたエッジの右足が見えた。 「どうよ、“水遁”の応用の味はよう。」 エッジは、“水遁”の術を全身に施して“火炎硫”を脱し、さらに右足を包 んでルビカンテを蹴り飛ばしたのだ。 しかし、エッジの顔には余裕とは程遠い笑みが浮かんでいた。“火炎硫”の ダメージがバカにならないのだろう。 2人の死闘は、いつ果てるともなく続く。 -261- 意外なルビカンテの殊勝な言葉に、エッジの目が丸くなった。 「・・・ありがとよ。だからって、手加減はしてやれねぇぜ?」 「それは、いらぬ世話というものよ。」 ルビカンテの口元がふっと緩んだ。エッジは嬉しくて仕方なかった。 「だったら、覚悟しろよッ!」 10―幻獣の 幻獣の命 10― だが、次に聞こえるはずの轟音は聞こえなかった。かわりに、激しい剣戟の ような高い音が聞こえた。セシルたちは、そこに驚くべき光景を見た。 なんと、バロン王がいつの間にか抜いた剣を高く天にかざすと、その先端で カイナッツォの動きを止めていたのだ。 「き、貴様、何をした?う、動けねぇ!」 顔だけが苦しげによく動くが、カイナッツォの身体はピクリとも動かない。 その向こうでは、スカルミリョーネもまたもがいていた。バロン王に見据えら れただけで動けなくなっていたのだ。 「お主たちのような未熟者にセシルたちの邪魔をさせるわけにはいかん。そろ そろ消えてもらうこととする。 」 バロン王は、既成事実を告げるように淡々と言った。カイナッツォが何か言 おうとしたが、バロン王が軽く剣を振るうと、その巨体は無様にスカルミリョ ーネの隣へと転がった。 「リディアよ。ミストの召喚師よ。 」 突然名を呼ばれたリディアは、飛び上がるようにして驚いて素っ頓狂な返事 をした。 「私は、この者たちに命を絶たれた。だが、私はまだ死ぬわけにはいかなかっ た。そして、私は新たに幻獣としての命を与えられたのだ。もし、私の力が必 要な時がきたなら、強く私の名を呼ぶがよい。」 バロン王はセシルを見た。 「セシル。バロンを、この世界を頼んだぞ。必ず、『ゼムス』を倒すのだ。」 溢れる涙を拭おうともせず、しかし顔を引き締まらせて、セシルはうなずい た。 「我が名は・・・。“オーディン”・・・!」 11―オーディンの ーディンの斬鉄剣 斬鉄剣 11― 最後にそう言ったバロン王の姿が再び白く輝いた。それは徐々に、一つの騎 馬に乗る騎士の姿へと変わった。 不思議な姿だった。 白銀の鎧に身を包んだその真っ白の騎馬の脚は、 なんと8本あるではないか。 しきりに脚を踏みかえるその馬“スレイプニル”の鼻息は荒い。その目は、前 方の獲物スカルミリョーネとカイナッツォを睨んで離さない。 騎乗の騎士の姿も凄まじい。凶々しいとさえ言える灰色の装飾を施した鎧に 身を包む騎士の顔は、修羅の表情だった。 そして、手にしている剣。肉厚な刀身は軽い反りがあり、精巧な装飾がなさ れている。人一人に相当するほどの長大な剣だった。反射する光でさえも身を 殺がれそうなほどの切れ味を感じさせる。水が滴るような銀色だった。 -264- バロン王の挑発 9―バロン王 「貴様は、バロン国王!なぜ、なぜ貴様がここに・・・!」 カイナッツォが震える声で叫んだが、バロン王は聞いていない。 ゆっくりとセシルの方に振り返ると、その厳しさをたたえた顔に、今は優し い笑みを浮かべていた。 「陛下!御無事で・・・、御無事であらせられたのですね!」 「セシル。立派な姿だ。かつて、私はお前に暗黒剣を教えたが、やはり間違っ ていたようだな。 私はお前の心にあふれる光の力に気づいておった。 お前には、 パラディンとしての姿が、よく似合う。」 セシルは何か言おうとしたが、頭を振るばかりで言葉にならない。しかし、 その目を大きく見開くと、バロン王に危機を告げた。 「陛下!後ろを・・・。」 カイナッツォが背を向けたバロン王に猛毒の弾丸を放っていた。 しかし、バロン王は振り返りもしない。右手をすっと真上にかざすと、猛毒 の弾丸は王に炸裂する寸前で全て弾けとんだ。 その顔には、かつて全てのバロンの将兵が見上げた威厳に満ちた神々しいま での表情が宿っていた。ゆっくりとスカルミリョーネとカイナッツォに向き直 る。 「『ゼムス』にもらった力といっても、この程度か?不意打ちとはいえ、仮にも このバロン王の命を奪ったことがあるのだ。もう少し、頑張ってみせよ。 」 痛烈な皮肉だった。カイナッツォの醜い顔が、さらに激しい憎悪に歪む。 「ほざいたなぁ!ならばそこに直れ!踏み潰してくれる!」 挑発に乗った単細胞のカイナッツォは、床を蹴るとその巨体をバロン王にの しかけてきた。いかなる人間でも、あの巨体に潰されてはただではすむまい。 -263- 身に纏っている服装を見ると、目映い竜を思わせる優雅な曲線を描く白銀の 鎧に、同じ色の目に染みるようなマントを羽織っている。頭には、高貴な者が 身につけるに相応しい黄金色の冠がある。マントの柄をよく見ると、かつての バロンの国旗に使用していた、1本の聖剣をあしらった紋章が、美しい刺繍に よって施されている。 何より、男から滲み出る高貴さ、気高さ、威圧感。セシルは、かつてこの男 に跪き忠誠を誓っていたことを思い出した。そして、この男に、父を感じ、慕 っていたことも。 「・・・陛下!バロン国王陛下!」 カイナッツォに浮かんだ驚愕が、その男がカイナッツォの不意打ちによって 暗殺されたかつてのバロン王であったことを説明していた。 セシルの瞳から滂沱として涙がこぼれ落ちた。知らぬ間に亡き人にさせられ ていた自分の君主であり、父であった人。その人が今、目の前にあることの感 動に震えていた。 12―バルバリシアの バルバリシアの髪 12― 電光石化のローザの“よいちの矢”は、風の壁に阻まれてことごとく床に落 ちた。 すかさずバルバリシアが灰色の石化光線をその細い指から放つが、それは目 の前でかき消えた。ローザの防御魔法“シェル”だ。 「私の石化を打ち消すなんて、やるわね。 」 技の1つを無効化されたにしては、動揺を微塵も感じさせない表情でバルバ リシアは言った。対するローザの表情は焦燥が見え隠れする。 決め手に欠けるのだ。 ローザの弓の腕前はバロン一と言われている。が、バルバリシアの操る風と では相性が悪い。白魔導師の彼女に攻撃魔法は使えない。 バルバリシアの長い髪が大きく揺れた。ローザはこの緊張の戦闘の場にふさ わしくない不思議な香りを感じた。 優しい、香りだった。 「カインが御執心だった女、ローザ。そんなものなのかしら?」 バルバリシアの赤い唇が潤んだ。自信に満ちた笑みの形になる。 しかし、ローザの表情が平静に戻っていることに気づいた。ローザが突然言 13―カインの カインの好きな香水 きな香水 13― なぜ、こんなにカッとなったかはわからない。考えるよりも早く、バルバリ シアはその右手をローザに向けていた。渦を巻いた暴風がローザを襲った。 ローザの防御魔法“シェル”が彼女をドーム状に包んで暴風から彼女を守る。 しかし、凄まじい形相で風を繰り出すバルバリシアの力に、バリアは次第に歪 み始める。 「あんたには、関係ないことだわ!」 バルバリシアはそう叫ぶと、より一層右手に力をこめた。ローザのバリアは さらに大きく歪む。が、まだ破れない。 「カインはね、その香水が好きなの。」 ローザの戦闘中とは思えない台詞に、バルバリシアの目が丸くなった。ロー ザは言葉を続ける。 「私がバロン中を探して見つけた香水なの。気に入っていつもつけていたのに、 セシルは鈍感だから全然気づいてくれない。でも、カインはすぐに気がついて くれた。“ローザにぴったりだ”って言ってくれたのよ。私は、カインのそん なところが、大好き。 」 バルバリシアの攻撃が、止まった。 彼女は思い出してしまった。 捕らわれの閉じ込める時に感じた香水の香り。ローザを追うカインの視線の 意味。こっそりとゾットの塔を抜け出して買い求めたその香水。その香りを感 じてくれたカインがただ一度だけ見せてくれた小さな笑顔。 バルバリシアは、いつの間にか自分の顔が涙に濡れているのを感じた。 「ね、バルバリシア。戦うのはもうやめましょう。カインが悲しむだけだわ。 」 強烈な攻撃にさらされていたローザは、思わず片膝をついてしまった。それ でも優しい笑顔をバルバリシアに向けてそう言った。 バルバリシアは戸惑っていた。自分の中で急激に戦闘意欲が失われていくの を感じてしまった。目の前にいるのは憎い敵のはずだった。自分は“ゴルベー ザ四天王”の一人、“風のバルバリシア”。ゴルベーザ様の邪魔をするものを 排除するのが役目・・・。 -266- った。 「ゾットの塔では、助けてもらったわね。ありがとう、バルバリシア。 」 ローザが、ニコリと笑った。 地獄の鬼でもなごんでしまいそうな優しい笑顔のローザに、今度はバルバリ シアの方が戸惑った。 「な、何を昔のことを。あんたのためにしたことじゃないわよ!」 「わかってる。同じ女だもの。 」 そして、ローザは意外なことを言った。 「さっきね、その綺麗な髪から感じたのよ。私と同じ、香水の匂い。 」 -265- 幻獣、『オーディン』 。それは、神の名としてバロンの辺境の地に知られてい る。 突然“スレイプニル”が跳んだ。スカルミリョーネとカイナッツォには、そ れを目で追うことしかできなかった。一瞬で距離を詰めたオーディンは、その 長大な剣“斬鉄剣”を振り下ろした。それは、誰の目にも一筋の白い光にしか 見えなかった。 スカルミリョーネとカイナッツォは何の異常も感じなかった。2人は気配で オーディンが2人の背後に着地したことを知った。そちらに振り返ってみよう と思った。動かなかったはずの身体が、わずかに動いた。 「・・・。」 カイナッツォが何か言おうとした。口がパクパクと動いた。 それだけだった。」 己の口に違和感を感じたカイナッツォは、自分の視界が右と左で上下に分か れて動き始めていることに気づいた。徐々にズレが大きくなってくる。 そこで、彼の意識は、消えた。 同じ事がスカルミリョーネの身にも起きていた。2体の醜悪な巨体は、その 身の真ん中からきれいに二分されていたのだ。あまりに鮮やかな切れ味に、ス カルミリョーネにもカイナッツォにも痛覚を感じさせることすらなかった。 血にまみれた4つの怪物の破片が床に倒れこむと、オーディンの姿は血煙の 向こうに消えていった。 セシルとリディアはその様子を微動だにせずに、見守っていた。 15―ルビカンテの カンテの笑顔 15― 「バルバリシア!」 ルビカンテは必死に叫んだが、バルバリシアははっと顔を上げただけで動か ない。声がした方を向いた瞬間、自分に向かってくる手裏剣に気づいた。 もうかわせる距離ではない。思わず目をつむった。 何も、起こらなかった。自分の身には何も起こっていない。 そっと目を見開いたバルバリシアは、その瞬間熱いものに腰を抱かれていた。 16―駆け引き 16― 「いいねぇ、ルビカンテのおっさん!そうこなくっちゃよ!」 エッジが嬉々としてルビカンテを迎える。火が出るようなルビカンテの蹴り を両腕でブロックした。 「ふふ、そうか?」 ルビカンテはすかさず吹き飛んだエッジに火炎弾を数発浴びせる。そこには すでにエッジの残像があるのみだった。見上げたルビカンテはそこにエッジの 姿を見た。 「でもな、そろそろゲームオーバーだ。もう、遊んではやれねぇんだ。オレた ちにもやることがあってな。 」 そのエッジの言葉を聞きながら、しかしルビカンテもまた宙に舞った。 彼が寸前まで立っていたその空間を、凄まじい氷の嵐が通り過ぎていった。 その発生源であるリディアは、ブリザラがかわされたことに驚いていた。 かつて、ルビカンテが敗れる原因となったコンビネーションだった。 「それは、お前が死ぬエンディング、ということか?」 2人の攻撃を見切ったルビカンテは、渾身の力をこめた灼熱の拳を握り締め た。それを落ちてくるエッジに叩き込んだ。 「・・・何ッ!」 手ごたえがない。 なんとそれもまた残像だった。 本体のエッジが、ルビカンテの背後から迫る。 「終わりにさせてもらう!」 「ルビカンテ!」 エッジの声とバルバリシアの声は、同時だった。 -268- 14―友との死 との死闘 14― あちこち焼け焦げた忍び装束の下から火傷に引きつった皮膚が見える。 しかし、エッジの心を満たしているのは戦いの昂揚感のみ。痛みが介入する 余地はなかった。 懐に右手を突っ込むと、数枚の鉄の板を取り出した。それは手のひら大の大 きさで、正三角形を2つ上下逆さまにして重ねたような形をしている。それは 鋭い刃物になっていた。エブラーナの忍者が好んで使う飛び道具、“手裏剣” だった。 それを右手の指の間に挟みこむと、ルビカンテのいる方向へと右手を振った。 指の間から弾けた手裏剣は、音速をも超えてルビカンテを襲う。 1つがルビカンテの肩に食い込んだ。一瞬苦しそうな表情を浮かべるルビカ ンテだったが、それはすぐにエッジと同じ満足げな表情へと戻った。 ルビカンテの身体も、どこもかしこも凄まじい切り傷ばかりである。自慢の 赤いマントもかなり引き裂かれている。脇腹の傷は特に深そうだ。しかし、当 然ルビカンテの心にその痛みは届かない。 彼もまた、心行くまでこの戦いに強く引き込まれていた。 2人にとって、 全力で戦えるその時間は至福であり、 その相手は友と言えた。 “火炎硫”の柱が数本立ちのぼり、エッジを包んだ。それは徐々にエッジを 追い詰めていく。すかさず両手で印を組んだエッジが叫んだ。 「“水遁!”」 火炎の柱に負けない特大の水の柱が立ちのぼった。それは瞬く間に火炎を消 し去っていく。 水の柱を割って現れたエッジは、すかさず手裏剣を3枚、ルビカンテに投げ る。しかし、それは予想されていたかルビカンテにあっさりとかわされてしま う。 ルビカンテはその手裏剣の行く先を見た。 そこには、バルバリシアが立っていた。 それと一緒に大きく後方へと跳びさがった。 ふと顔を上げるとそこにはルビカンテの顔があった。さらに視線を落とす。 その赤い胸に手裏剣が3本、深くめりこんでいた。 「ルビカンテ、あんた・・・!」 ルビカンテは着地すると、そのまま片膝をついた。バルバリシアもしゃがみ こんでその顔をのぞく。心配そうなバルバリシアの顔を見たルビカンテは、そ の手を彼女の頭に乗せてワシワシを動かした。 「何を突っ立っていたのだ。まだ敵は倒れていないではないか。 」 ルビカンテ特有の堅苦しい物言いに、バルバリシアは買い言葉で言った。 「う、うるさいわね。作戦だったのよ。それをあんたが邪魔して・・・!」 ルビカンテが笑ったのを見た気がした。バルバリシアは不思議な気分になっ た。 「・・・ごめん。 」 「・・・いいさ。 」 2人はそれだけ言葉を交わすと、すぐに前方に跳んだ。 -267- 「バルバリシア・・・。」 ローザの声に、バルバリシアの思考は四散五裂する。 「やめて・・・。もう・・・!」 1―巨人の心臓 ボンヤリと薄い光を放つその巨大な球体。大の大人が30人ほど手をつない で輪になれば届くだろうか。その表面はまるで陶磁の焼き物のように滑らかで 銀色の光沢を放つばかりだ。ほかにこれと言って特徴がない。 その球体をかなり小さくしたようなものが2つ、その巨大な球体の周りを飛 び交っている。これは大人が4人ほどで囲めそうな大きさだ。それ以外の外見 は全く巨大なものと同じだ。 四天王を撃破したセシルたちが巨人の心臓部へ突入すると、その眼前にあっ た光景がそれだった。別の意味で想像を超えたその姿に、 エッジがつぶやいた。 「これが心臓?ただの球っころじゃねーか。 」 球体を見上げたフースーヤはしかし、確信をもって言った。 「いや、これじゃ。これを破壊すれば巨人もまた破壊できる。 」 そう言ってあたりを見回した。手近なところにあった小さなディスプレイを のぞく。手元のパネルをいくつか操作する。セシルたちはまだ球体に見とれて いた。 フースーヤがパネルを拳で叩いた。その音に4人が振り返った。同時に部屋 の全体に赤い光が灯り、甲高い警報音が鳴り響く。 「だめじゃ、やはりロックされておった。正攻法で破壊するのは無理じゃ。素 直に壊した方がよいようじゃな。 」 まるで他人事のようにフースーヤが言った。 「フツーにぶっ壊した方が正攻法っていうんじゃねーか?」 エッジの一言にフースーヤが顎鬚を撫でながら言った。 「ふむ、そのとおりじゃな。じゃが、気をつけるのじゃ。心臓の“迎撃システ ム”と“防衛システム”が働き出した。まずは、“防衛システム”から破壊せ ねば、心臓すなわち“制御システム”はいくれダメージを与えても機能を修復 してしまうぞ。 」 防衛システムと 2―防衛システム システムと迎撃システム エッジは首を傾げた。 「なんだよ、ややこしいな。わかるように言ってくれよ。 」 「上を見るのじゃ。 」 フースーヤの何気ない一言に上を見たエッジは、自分に向かって赤い“熱 線”が迫ってくるのを見た。間一髪かわしたエッジはその相手をよく見てみた。 巨大な球体“制御システム”のまわりを飛んでいた小さな球体2つのうち、1 つが赤く輝き、もう1つは緑色に輝いていた。 「今、“熱線”を放った方が“迎撃システム”。緑色の方が“防衛システム” じゃ。緑色の方を先に破壊するのじゃ。」 -270- 17―決着 17― 「セシル!」 ローザが見た光景は、手にした光の剣を目映く輝かせたセシルが、バルバリ シアの攻撃を空中で受け止めていた場面だった。光と嵐が激しくせめぎあう。 しかし、エッジにはその一瞬で事足りた。 首だけが後ろを向いたルビカンテの胸から、黒い刃が生えた。エッジがルビ カンテの背に乗っかるような姿勢になった。手にしたエブラーナ王家に伝わる 秘剣“菊一文字”がルビカンテの背に突き刺さっていた。 「・・・満足だったぞ、エブラーナの王子よ。」 「エッジっていうんだ。地獄の鬼に伝えてくれよ。」 2人はもつれるようにして床に落ちた。床に激突する寸前、エッジは刃を抜 いてルビカンテから離れた。かわりに、バルバリシアが駆け寄る。 ルビカンテは、 すでに事切れていた。 とても満足そうな笑顔が印象的だった。 バルバリシアはその身体を抱き上げた。 「バルバリシア・・・。」 ローザがバルバリシアに声をかける。すでに、勝敗は決していた。 これ以上戦っても・・・。ローザはそう言おうとしたが、バルバリシアはそ の前に首を振った。穏やかな表情だった。 「ねぇ、ローザ。」 ルビカンテを抱いたバルバリシアの周辺から風が巻き起こった。先ほどとは うって変わった微風のような優しさだ。徐々に2人を包み始める。 「あんたとはさぁ・・・。」 次第に高まっていく風の音に、バルバリシアの言葉はかき消された。2人の 姿が風の向こうに消えると、風は吹き抜けの天井へと昇っていった。風に優し く頬を撫でられたローザは、涙が止まらなかった。 「うん・・・。友だちになれたよね、きっと・・・。」 4人はしばらくその場を動けなかった。 “精神波”を止めたフースーヤが声をかけるまで、4人が我に返ることはな かった。 第四六章 クルーヤの息子たち -269- ルビカンテに迫るエッジに、バルバリシアの両手から、触れるもの全てを切 り裂く嵐が放たれた。勢いがついてしまったエッジにそれをかわす術はない。 嵐とエッジの間に割り込む光があった。 能停止 4―機能停止 「くっ、これ以上、てこずるわけにはいかない。フースーヤ!」 セシルの叫びに、フースーヤがうなずいた。フースーヤは両手を“制御シス テム”に突き出すと、その両目を白く光らせた。長い顎鬚が激しく揺れる。 セシルの光の剣が再び伸び始める。すかさずそれを縦に振り下ろす。たちま ち“防衛システム”が真っ二つになった。 「“迎撃システム”を残しておけば、“物体199”は使えない!」 セシルはさらに高く空中に飛ぶと、剣を逆手に握った。そのセシルの右肩を “迎撃システム”の熱線が貫いた。セシルの表情が苦痛に歪むが、握り締めた 剣は離さない。 「うおおぉぉっ!」 巨大な光の剣は“制御システム”に突き刺さった。根元まで食い込んだ剣を 離すと、セシルは“制御システム”の壁を蹴りその場を離れた。 同時に、フースーヤの眼がより強く輝いた。突き出した両腕に黒い魔法文字 が次々に浮かぶ。それはさらに光を放ち始め、手のひらの前に光の球となって 集まり始めた。先ほどの“物体199”もかくや、と言わんばかりのプレッシ ャーを周囲に投げかける。 ローザは、その魔力に驚いた。その巨大さではない。それは攻撃魔法である にもかかわらず、 『白魔法』の輝きを持つ魔力だったからだ。 「神聖攻撃魔法“ホーリー”!!」 フースーヤの叫びとともに、弾丸のように白い球体が撃ち出された。それが セシルの光の剣に吸い込まれていく。一瞬その光が消えた。 “制御システム”の巨体が小さく震え始めた。徐々にそれは大きくなる。突 然、もの凄い破壊音がセシルたちの耳を貫いた。どうやらそれは“制御システ ム”の内部で起きたいるらしい。 制御を失った“迎撃システム”が床にゴロリ、と落ちてきた。すぐにその後 を追うようにして“制御システム”の巨体もまた床に落ちてそれっきり動かな くなった。セシルが光の剣を抜き取ると、 、その小さな穴から黒い煙が噴き出し た。 「ホントに壊れたのか、コレ?」 エッジが刀でツンツンと“制御システム”をつつきながらフースーヤに尋ね た。 -272- 3―物体199 セシルは、剣を振り上げたその姿勢でふと上を見上げた。 何か、黒い球体が見えた。“防衛システム”でも“迎撃システム”でもない ようだ。 それは、まっすぐセシルに向かって落ちてくる。それを見たフースーヤが叫 んだ。 「だめじゃ、セシル!それを受けてはならん!大きくかわせ!」 それを聞いたセシルは、“制御システム”の壁を蹴って方向を変えた。セシ ルがいた場所を黒い球体は通り過ぎた。 それは、そのまま床に落ちると、その床を何事もなかったように抉って引き 続き落下を続けた。巨人内部もまたその装甲と同じで傷をつけるだけでも容易 ではない。それをあっさりと削り取ってしまうあの黒い物体。 「あれは、“物体199”・・・。 」 フースーヤが呟きとともにその額に汗を浮かべたその言葉、“物体199”。 並の物質ではありえない濃縮された凄まじい質量を秘めた謎の物質。ブラッ クホールの性質にも似たそれに触れるだけで、その超重量に全てのものは跡形 もなく潰される。月の禁断の技術の一つである。 “防衛システム”と“迎撃システム”を失った“制御システム”の最終防衛 手段である。 「おい、もう1つ落ちてきたぜ!」 エッジが叫ぶやいなや、全員が大きく跳びさがった。エッジが立っていた場 所を先ほどと同じように黒い球体が床を削りながら落ちていく。 さらに、2つの物体が降ってきた。なんと“防衛システム”と“迎撃システ ム”だった。 “制御システム”が2体の機能を復活させてしまったのだ。 -271- 「簡単に言うぜ、まったく。 」 エッジがぼやきながらも“防衛システム”に斬りかかる。しかし、“菊一文 字”の斬れ味をもってしても、その滑らかな表面に傷をつけることができない。 「けえっ。こう刃が滑っちゃどうしようもねぇな!」 「何それ、負け惜しみ?なっさけな~い。 」 リディアがロッドから“サンダラ”の雷を放つ。“防衛システム”に直撃す ると、“防衛システム”はフラフラと宙を泳いだ。効果があったようだ。 「おっ、雷が効くのか。ならば。」 エッジが素早く両手で印を結ぶ。その手がまばゆく黄金色に輝く。エッジの 身体から強力な放電が起きた。 「ブッ壊れちまえ!“雷迅”!!」 突き出した両手から雷が渦を巻いて炸裂した。それは瞬く間に“防衛システ ム”と“迎撃システム”の機能をダウンさせた。 「よし、チャンス!光の剣よ、その力を示せ!」 セシルが青眼に剣を構えると、光の力を剣に集めた。それは徐々に剣の光を 強め、巨大な1本の剣になった。それを振りかざして、セシルは“制御システ ム”に飛びかかる。 「セシル、危ない!」 ローザの叫びが聞こえた。 6―乱心ゴルベーザ 「よくも、よくも巨人を・・・!このゴルベーザ様の計画を、よくも・・・。 」 セシルは、ゴルベーザのようすがおかしいことに気づいた。 いつものような、余裕を示す態度が見られない。人を見下す威圧感がない。 よく見れば、大きく肩で息をしている。荒げた息も聞こえてくるではないか。 それは、ひどくゴルベーザを小さく見せた。 「貴様らぁ!よくもーッ!」 右腕に炎を巻きつけてゴルベーザが飛び込んできた。空中でその右腕を大き く突き出す。そこから炎の弾丸が繰り出された。“ファイガ”のつもりなのだ ろうが、心に乱れがあるためか、本来の破壊力の10分の1も出せていない。 部下であるルビカンテの火炎弾にも大きく劣る。 セシルたちはそれを、難なくかわした。 「ぐおおおおぉぉッ!」 まるで獣のような叫び声をあげて、なおもゴルベーザは襲い掛かる。 セシルとゴルベーザの間に一人立ちはだかった者がいた。フースーヤだ。 「・・・ 『ゼムス』のマインドコントロールが切れかかっておるのじゃ。巨人を 破壊したショックでな。精神に破綻をきたしておる。」 続けざまに3発放たれた“ファイガ”を身動きする事無く受けたフースーヤ だったが、炎はフースーヤの眼前ですべて吹き飛んだ。もちろん防御魔法“シ ェル”だ。 ゴルベーザは左腕でフースーヤに殴りかかった。フースーヤは軽くその腕を 手にした杖で受け止める。両者は顔を突き合せるような格好になった。 「今、その呪縛から解放してやろう。悪しき思念よ、この者から去るがよい!」 フースーヤの両目が輝いた。“精神波”を放った時と同じ赤と青の光だ。強 力な魔力が2人を中心に渦巻いた。セシルたちの耳を、人の耳には聞こえない ほどの高い音が突き抜けていった。ゴルベーザが苦しそうにうめきだした。 「ぬうんッ!」 フースーヤの眼光がゴルベーザを射抜いた。パキーンというカン高い音がし た。見れば、ゴルベーザの黒いフルフェイスの兜が真っ二つに割れていた。 大きくのけぞったゴルベーザは、その姿勢のまま背後に吹き飛ばされ背中か ら床に叩きつけられた。対するフースーヤも、顔中に汗をべったりとかいたま ま片膝をついた。大きく肩で息をする。 まるで、何事もなかったような静寂が訪れた。誰も言葉を発することは、で きなかった。 遠くで何かが爆発したような低い音が聞こえてきた。巨人の断末魔が、始ま ろうとしていた。 7―父の名 「ぐ・・・。 」 仰向けに倒れたゴルベーザの口から小さくうめきが聞こえた。全く動かなか ったセシルたちの目がようやくそちらを向いた。ゴルベーザは頭を片手で押さ えながらゆっくりと上半身を起こした。軽く頭を振って意識をはっきりさせよ うとするが、まだ視線が泳いだままだった。 -274- 5―闇の化身再び ローザの治癒魔法で右肩の傷を癒してもらいながら、セシルはそのローザの 横顔を見つめていた。その視線に気づいたローザが優しく微笑む。 「大丈夫?セシル・・・。」 「うん、なんとか。」 思わず視線をそらせてしまったセシルが目にしたのは、周辺をキョロキョロ と見回すフースーヤの姿だった。 「フースーヤ?まだ何かあるのかい?」 セシルの問いに、そちらを見ようともせずフースーヤは答えた。 「うむ。どうやってここから出ようか考えておった。」 「はぁ!?おいジイさん、出口を知っててここまで来たんじゃねーのかよ?」 エッジが驚いて尋ねた。 「いや、考えておらなんだ。来た道を戻るほうが早いか。急がねば巨人は間も なく爆発して砕け散る。」 「おいおいおい・・・。」 呆れかえったエッジの顔が、急に引き締まった。フースーヤもリディアも素 早く身構える。 治療がすんだセシルも背後にローザをかばって光の剣を構えた。 心臓の間の気温が下がったような感覚だった。不意にあたりが暗くなった気 がした。いや、彼らの眼前で明らかに“闇”が小さく染み出してきたではない か。 「貴様等・・・。」 忘れられない声とともに、闇はすぐに一人の人間の形ほどに大きくなった。 身を圧するプレッシャーをセシルたちに浴びせかける。一陣の風が吹くように 闇はかき消えた。 そこに残ったのは、黒い甲冑、黒い兜、悪魔を思わせるシルエット。兜の奥 に光る邪悪な赤い2つの眼。 直接会うのは、久しぶりだ。 -273- 「内部はズタズタになっておる。これで巨人は間もなく破壊される。 」 「ふーん・・・。」 いぶかしむエッジを横目に、セシルは安堵の息をついた。 これで、これ以上青き星に巨人による破壊がもたらされることはなくなった のだ。 クルーヤの息子たち 8―クルーヤの セシルの体を、強烈な電撃が走り抜けたようだった。 今、世界中を敵に回してセシルたちを苦しめ続けた宿敵ゴルベーザの口から 漏れた言葉。それは、セシルの父の名だった。 そう言えば、月の宮殿でフースーヤは言った。 「クルーヤには、2人の息子が いる。」と。 そう言えば、感じたことがある。ゾットの塔でも、キング・ジオットの城で も、 ゴルベーザと相対したセシルがゴルベーザに感じたのは、憎しみではない。 “懐かしさ”だったことを。 今、全てが明らかになった。 「えっ?クルーヤって、セシルのお父さんの名前じゃなかったっけ?」 リディアの驚きの声に、エッジが続いた。 「じゃあ、何か。ゴルベーザはセシルの兄貴だってのか?」 「何でお兄さんなのよ。弟かもしれないでしょ!?」 「バカ!どう見てもヤツの方が年上に見えるだろうがよ。」 「わからないでしょ!セシルが見た目より年とってるかもしれないし。 」 どうやら混乱しているようだ。意味もない会話をするエッジとリディアをよ そに、ローザがセシルに近寄る。 ゴルベーザの背中 9―ゴルベーザの 「そうか・・・。どうやら私は、取り返しのつかないことをしてしまったよう だ。 」 うなだれて呟いたゴルベーザに、フースーヤが告げた。 「 『ゼムス』のマインドコントロールは、人の心に棲むわずかな悪しき心に作用 する。ほんのわずかなものであっても、それを増幅してその者を邪悪の化身に 変えるのじゃ。お主は、月の民の血を引いておる。ことさらマインドコントロ ールの支配下におかれやすかったのじゃろう。」 セシルが驚いて言った。 「ということは、僕が『ゼムス』のマインドコントロール下におかれることに なったのかもしれないんだ。 」 だが、ゴルベーザが言った。 「だが、私の心にはわずかに悪しき心があったのだろう。それを『ゼムス』に 利用されたということだ。 」 ゴルベーザはゆっくりと立ち上がった。 「ならば、私が成すべきことは、一つ・・・。 」 振り返ると、足を引きずるようにして歩き出した。 「ゴルベーザ!どこへ・・・。 」 セシルの問いに、ゴルベーザは告げた。 「もちろん、 『ゼムス』に引導を渡しに行くのだ。私が犯した罪は、死をもって しても償いきれるものではないであろう。だが、少なくとも『ゼムス』を倒す までは、私は死ぬわけにはいかない。 」 その背中からは、邪悪さは全く感じない。むしろ頼りがいに溢れた広さと懐 かしさに満ちているようだった。 おかしいではないか。 10―憎しみの行き先 10― ミシディアからクリスタルを略奪し、バロンの『赤い翼』をただの殺戮集団 へと変貌させた。 ミストの村を焼き払い、ダムシアンやファブールを壊滅させ、ローザをさら った。 地底にまで侵略の手を伸ばし、ついには“バブイルの巨人”までもこの青き 星に降臨させた。 ヤツのまわりには、常に死が付きまとっていた。結果的に助かった者も大勢 -276- 「セシル・・・!」 「そんな。ゴルベーザが、僕の、兄さん・・・。 」 動揺するセシルたちをゴルベーザは見つめていたが、すぐにその顔を伏せた。 現状を含めて、事態の全てを悟ったようだ。 -275- セシルと同じ輝くような銀髪が印象的だった。肩ほどにまで伸びたその艶や かな髪に少し隠れてはっきり見えないが、顔もそんなに年をとったようには見 えない。いや、それどころか十分に若い。20代半ばか後半か、というところ だ。あの邪悪な闇の甲冑に身を包んでいたとは思えない、さっぱりとした顔で ある。そこには、邪悪さの微塵も感じることはできない。 「・・・?」 セシルはそのゴルベーザの素顔に何かを感じた。 そういえば、以前にゾットの塔でもゴルベーザはセシルの顔を見ると苦しみ だして、セシルにとどめをささないままに逃げ出した。 キング・ジオットの城でも、兜から半分出たゴルベーザの素顔を見たセシル は、振り上げたけ剣を振り下ろすことができなかった。 ゴルベーザはもう一つ頭を振ると、ようやく意識をはっきりさせたようだ。 しかし、ふと見回した状況が理解できていない表情だ。 「わたしは、一体・・・。」 「・・・ 『ゼムス』の束縛から、解放されたか。」 ゴルベーザは声のする方向、フースーヤを見た。ゆっくりと立ち上がったフ ースーヤはゴルベーザの顔を見て言った。 「なるほど、よく似ておる。 ・・・。お主、父の名を覚えておるか?」 今だ、現状の理解に至らないゴルベーザだが、その問いには素直に答えた。 「父の名・・・。クルーヤ、か?」 11―コーヒーの香り 11― 神経が切れそうなほどの緊張感が漂っていた飛空艇甲板だった。 しかし、今は少し和らいでいる。飛空艇のあちこちで、手が空いた乗組員が 持ち場につきながら戦闘食を食べていた。 ギルバートも右手に双眼鏡を、左手にパンを持ってずっと巨人を見つめてい た。時折、口元にパンを持っていくのだが、決しておいしそうに食べているよ うには見えない。 食べているという自覚があるかどうかも怪しい。 彼の神経は、 まだ緊張していた。 セシルたちが巨人に潜入してから、かなりの時間が経過した。その間、巨人 はピクリとも動かない。 『赤い翼』もドワーフの戦車隊も巨人を遠巻きにしたま ま待機したままだ。内部からの巨人破壊は、首尾よくいったのだろうか。 「ギルバート様、あまり根をおつめになると、いざというときにお体が動かな くなりますよ。 」 その声に振り向いたギルバートは、そこに一人の男の姿を見た。バロンの飛 空艇技師の一人、シドの弟子だった。手に湯気の立ち上るカップを2つ持って いる。 「どうです、お茶をいれたのですが。 」 鼻腔をつく香りに、ギルバートは呆れて言った。 「 『赤い翼』は、飛空艇にコーヒーを持ってくるのか?」 「セシル団長がはじめになさったんですよ。飛空艇は乗組員全員がいつでもフ ル動員していることはあまりありません。手が空いた者は、こうしてコーヒー をいれて飲むのが習慣になってます。 団長自らが、 率先して飲んでいましたね。」 ギルバートは、颯爽と空を舞う飛空艇の甲板でコーヒーをすするセシルの姿 を想像して、プッと吹きだした。 「ありがとう。いただくよ。 」 礼を言ってコーヒーを受け取ったギルバートは、再び巨人に向き直った。コ ーヒーを口元に運んで、一口すする。 その瞬間。 巨人の肩から、巨大な爆発が起きたのを見た。ギルバートは思わず、ブッと コーヒーを吹き出した。 「巨人の右肩から爆発一つ!巨人の攻撃によるものではありません。こちらか らの攻撃によるものでもありません。」 報告がすかさずギルバートの元に飛んできた。ギルバートは、コーヒーを素 早く喉に流し込むと命令を出した。 「飛空艇の発進準備をしておくんだ。いつでも飛び出せるようにしておいてく れ!」 さらに手にしたパンを口に詰め込むと、無線機へと走り出した。 巨人の腹部から、また爆発が起きた。 12―復活の竜 12― 強い振動が、4人を揺らした。倒れそうになるローザを支えたセシルは、目 の前の通路が爆発でふさがれたのを見た。そこは巨人の口に通じていた、元来 た道だった。 「ちぃッ。これじゃもう戻れないぜ!」 エッジが素早く辺りを見回すが、脱出できそうな道は見当たらない。 四天王と戦った場所まで引き返してきた。天井でも大きな爆発が起きた。青 き星では製造できない超合金の塊が4人のすぐそばに落ちる。 ゴルベーザが去ってすぐに、大きな爆発音が聞こえてきた。ゴルベーザたち -278- -277- いたが、テラやその娘アンナはもう帰らない。憎しみの対象以外の何者でもな かったはずだ。全世界の敵のはずだ。 なのに、なぜ。 「わたしも、ついていこう。 」 その声にゴルベーザが振り向いた。フースーヤだった。 「月の民の不始末は、月の民の眠りを見守る私の責任。私もついていき、お主 を助けよう。」 「・・・お願いします。」 ゴルベーザの返事を聞いたフースーヤは、セシルに振り返った。 「“バブイルの巨人”は、間もなく破壊される。これでもう青き星の危機は去 った。後は我々に任せるがよい。よくやってくれた。」 それだけ言うと、フースーヤは心臓の間を出て行った。その後にゴルベーザ が続く。出口で、ゴルベーザは1回だけセシルに振り向いた。 「セシル。」 セシルはその声を聞いた。しかし、なんて返事をすればいいか、わからなか った。 「さらばだ。」 ゴルベーザの姿はすぐに消えた。セシルは動かない。 「セシル!」 ローザが呼びかける。リディアもよってきた。 「セシル、いいの?お兄さんでしょ?」 セシルが不思議そうにリディアを見た。ゴルベーザによる惨劇をより多く見 ているのは、セシルを除けばこの中ではリディアである。彼女にゴルベーザを 許せる道理はなかったと思っていた。 「そんなことは、後で考えるわ!でも、今お兄さんを行かせたら、きっと後悔 するよ!」 「いいのかよ、セシル!」 エッジもセシルの肩をつかんで叫ぶが、セシルにはやはりわからない。 「僕は・・・!」 14―巨人の断末魔 14― 「これ以上は、巨人の爆発が顕著で近づけません!」 「バカモノ!セシルたちがどうなってもいいってのか!?いいから寄るんじ ゃ!」 シドの怒鳴り声とともに、シドが乗る飛空艇『エンタープライズ』は巨人の すぐそばを旋回中だった。巨人の爆発が起こるたびに船体を大きく揺らす。 すでに巨人の身体は爆発に包まれていた。両腕などは脱落し、今また頭が大 きく吹き飛んだ。誰の目にも、これが巨人の最期であることが理解できた。 と、なると、あとは潜入したセシルたちの回収が残っていた。 ヤンが乗った飛空艇のすぐ隣を、吹き飛ばされた巨人の頭が落ちていった。 轟音とともに大地に激突したそれはすぐにまた大きな爆発を起こして四散した。 さすがにシドほどは近づけないが、ヤンの飛空艇も巨人の周りを旋回中だった。 「セシル殿・・・。 」 祈ることしかできない自分がもどかしかったが、今は巨人の周りを飛んで彼 らの姿を探すことにのみ意味があった。 「眼を皿のようにして探せ!なんとしてもセシル殿たちを助け出すのだ!」 ヤンがそう叫んだときだった。 巨人の膝が爆発を起こしたが、その中に小さな黒い塊を幾つか見た気がした。 それは、シドの『エンタープライズ』でも確認された。 「親方!巨人の膝に何かいます!」 シドがすかさず双眼鏡をのぞく。そこに見えたのは、確かにセシルたちの姿 だった。 「セシルたちじゃ!180度旋回、セシルたちを回収しろ!」 と自分で叫びながら、シド自身が舵よもげろと言わんばかりに力いっぱい舵 を回した。 すかさず甲板に転がり込んだセシルたちを確認すると、 『エンタープライズ』 は弾丸のように巨人から離れた。 巨人の胸からひときわ大きい爆発が起きた。旋回中のシドたちの飛空艇を大 きく揺らす。脚が脱落すると、巨人の身体は無様に地面に叩きつけられ、もの 凄い爆発の柱が天を衝いた。 巨人の、青き星に破壊をもたらすはずだった破壊神の断末魔は、一晩中続い たという。 -280- 13―脱出ダイビ ダイビング 13― 「話は後だ!このまま吹き抜けを飛び降りるんだ!底に出口がある!」 「わかった。」 足を踏み出そうとしたセシルは、その場を動こうとしないエッジを見た。 「今さら何しにきやがった、この裏切り野郎!そんなこと言ってオレたちをを だまそうってんじゃないだろうなぁ!」 カインの表情に、少し陰が入った。しかし、こういうときに頼りになる人が いた。 ビシッと指をカインの方へ突き出したエッジの後頭部を、リディアは思い切 りロッドで殴り飛ばした。情けなくエッジは気絶してしまう。 「この期に及んで、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!カイン、エッジ を運んで!」 有無を言わさない迫力に、カインがエッジを背負う。 「ローザ、底まで着いたら“レビテト”を頼む!」 「わかったわ!」 それだけ言うと、5人(気絶者1名)は空中に躍り出た。 直後に、彼らが立っていた場所に、最大級の金属の塊が落ちてきた。床に直 撃すると、床を支えていた通路が折れ、床は吹き抜けの底へ落下をはじめた。 「セシル、あそこだ。あの小さな通路が見えるか?」 カインが指差した場所に、小さな黒い通路の入口が見える。 底は間もなくだ。 「わかった。ローザ、頼む!」 「浮遊魔法“レビテト”!」 5人は落下した勢いそのままで急激にその落下方向を変えると、カインが示 した通路へと飛び込んだ。 そのすぐ後に、巨大な床の塊が底に落下して、もの凄い轟音をあげた。通路 は、セシルたちが通過するとすぐに爆発してその入口をふさいだ。 -279- が去った出口は瞬く間に爆発にふさがれた。やむなく来た道を戻ったのだが、 どこもかしこもふさがれてしまった。 巨人の崩壊が、始まってしまったのだ。 「どうする・・・?」 ローザの問いかけに、セシルは答えられなかった。すでに、進退窮まってい る。 また一つ、金属の塊が落ちてきた。それが床に落ちる寸前に、セシルは声を 聞いた気がした。 「セシル―――――ッ!」 床に激突して、金属の塊はそのまま床を突き破って吹き抜けの底まで落ちて いった。 しかし、その穴の向こうにいつの間にか一人の男が立っていた。 顔を上げたその男の顔を見て、セシルの顔には喜色が浮かんだ。 「カイン!」 キング・ジオットの城からクリスタルを奪って逃走して以来の、カインの姿 だった。 ゴルベーザが『ゼムス』のマインドコントロールから解放されて、そのゴル ベーザに操られていたカインも正気に戻ったのだろう。 2―戦勝の宴 ふと、あたりを見回してみる。視界一面に人が倒れていた。みな真っ赤な顔 で寝こけている。白いテーブルクロスと木製のテーブルが、あちこちに散乱し ている。 ミシディアの白魔導師が彼らの介抱にてんてこ舞いだった。その中にポロム の姿があった。今彼女が拾い上げた子どもは、なんとパロムだった。このワル ガキが、大人に付き合って酒を口にしてすかさず倒れたことは、想像に難くな い。 倒れている連中の一部に大きなタンコブがあるのを、 ヤンは見落としていた。 普段飲めもしない酒を飲んだヤンが暴れまわった結果だということを、当然本 人は覚えていない。もちろんヤンだけでなく、シドやキング・ジオットの分も ある。 その中の一人に、ダムシアンの国旗を縫いこんだマントを纏った若者も一人 いた。頭に大きなタンコブが一つできた状態で目を回していた。ヤンを止めよ うとしたギルバートであることもまた、言うまでもない。 一晩中続いた祝勝の宴も、ようやく朝日とともに少しずつ静まりはじめてい た。 “バブイルの巨人”から脱出してきたセシルたち5人を、世界の連合軍は大 歓声で迎えた。ある者は船縁を叩き、ある者は指笛を吹き、ある者はあらん限 りの声を振り絞って勇者たちの名前を連呼した。今だ火を噴き続ける巨人の姿 を見れば、この戦いの勝者は火を見るより明らかだ。 我々は、勝ったのだ。 セシルたちは、大地をも揺らすようなこの大歓声が自分たちに向けられてい ることを知って驚いた。 なんともいえない気持ちだった。思わず鼻をかく。それを見たローザがクス ッと笑った。それはセシルの照れを表す仕種だったからだ。 エッジは『エンタープライズ』の先端に器用に立ってその歓声に両手を振っ て応えていた。リディアが呆れた顔でエッジを見つめていたが、さすがにこの 時は突っこまなかった。自分もこの大歓声に感動していたからだった。 戦勝の興奮は、そのままミシディアにまで持ち込まれた。いつの間にか準備 されていた祝勝パーティーの会場と(シドが弟子を使って用意させていた) 、ど こから持ってきたのか大量の濁り酒の樽(当然キング・ジオットがアガルトの 村から取り寄せたもの)が用意されており、そのまま戦勝の大騒ぎとなったわ けだ。 3―聖地の朝日 魔法研究の聖地での酒は、当然禁止である。だが、さすがのミンウも見て見 ぬふりだった。長老自ら禁を破るわけにはいかないのでミンウは席を外してい たが、ほとんどの魔導師たちはミシディアではまず飲む機会がなかった酒に舌 鼓を打った。 セシルたちはしばらくいいようにシドたちの酒の肴にされて引きずりまわさ れていたが、さすがに戦いの疲れがあり、しばらくするとミシディアの宮殿に あてがわれた部屋へと引き上げた。 そもそもシドたちにも戦いの疲れがあるはずなのだが、無尽蔵の体力でその まま一晩中騒ぎ続けていた。 -282- 未聞の祝杯 1―前代未聞の はるか東の“試練の山”に、いつものようにパラディンを司る聖なる後光が きらめきはじめた。 間もなく、夜が明ける。 雲一つない今だ少し暗い青空と朝日。ミシディアは、 今日もよく晴れそうだ。 ミシディアでは、早朝から起きている人は珍しくない。日の出とともに食を 断つために早起きする人。まだ冷たい海で体を清める者が出掛け始める。魔導 研究のため徹夜をしてみたり。それはさまざまだ。 しかし、今現在ミシディアでこの時間に起きている者は、おそらくミシディ ア史上例を見ない理由でおきていた者たちであろう。 「シ―――ド―――殿―――!どうなされたぁ―――!ま―――だ―――酒が 減っておらんようですなぁ―――!」 キング・ジオットが千鳥足でシドに近付いてくる。シドの手にはまだ、例の ドワーフ特製の白い濁り酒がグラスに半分ほど残っていた。 キング・ジオットはシドの肩に抱きつくと、手にした瓶の酒をシドのグラス に満たした。勢いあまってこぼれるのもおかまいなしだ。 「かぁ―――ッ!キ―――ング・ジオット、酒臭いぞ、お主!」 悪態をつきながらも、そのグラスを一息にあけたシドは豪快に笑った。 「ホレ、返杯じゃ!」 「おお―――、かたじけない!」 シドが手近な瓶をひったくるようにして手に取ると、キング・ジオットの杯 を満たした。キング・ジオットはすかさずそれを喉に流しこんだ。 「ラー――リホ―――!」 「ラ―――リホ―――!」 2人は肩を抱き合いながら、いつまでも「ラリホー!」と歌い続けていた。 シドが瓶を放り投げると、それが一人の見事に頭が剃りあがった男に当たっ た。 「む・・・、もう修行の時間か・・・?」 頭をさすりながら、ヤンが眠そうに呟いた。頭の先から肩くらいまでまだ真 っ赤である。相当飲んだ挙句に酔いつぶれていたらしい。 -281- 第四七章 月へと… カインの後悔 4―カインの 何気なく、カインが言った。 「セシル。」 「ん、なんだい?カイン。」 セシルの口調は、幼い頃からまったく変わらない、親友に向けたそれであっ た。二度にわたる裏切りにも、セシルの心には何の動揺もないのだろうか。 「・・・オレがしてしまったことは、取り返しがつかないことだ。一度ならず、 二度までもオレはゴルベーザの術中に陥ってしまった。もう、オレにはお前た ちとともに行くことはできん。」 突然のカインの告白に、しかしセシルは動じなかった。 「やめろよ、カイン。もう自分を責めるな。過ぎたことだよ。 」 「だが・・・!」 セシルが、カインの方を向いた。 エッジの覚悟 5―エッジ エッジの一言に、リディアの拳が飛んだ。 いつもと様子が、違う。 軽く右手でその拳を受ける。驚いたリディアがエッジの顔を見上げると、そ の顔が凍った。 バブイルの塔で、あのルビカンテを倒したときと同じ、感情を示さない冷た い顔だった。 カインがエッジの方を見たその瞬間、その鼻先に冷たい物が突きつけられて いた。エッジの、“菊一文字”だ。誰の目にもそれを抜いた瞬間が見えなかっ た。 「・・・オレはお前が信用できねぇ。二度あることは三度あるって、言うしな。 」 常人が受ければ卒倒どころか死すらありそうな、暴風の殺気の放射を、カイ ンはその身に受けていた。 しかし、その顔にすでに迷いはなかった。光が宿ったその瞳は決して怯んで はいない。 「そのときは・・・。 」 見開いたカインの両眼は、戦士のものだった。 「背後から容赦なく、その刀でオレを斬るがいい!」 長い時が流れたような気がした。5人は、全く動かなかった。 しかし、太陽はようやく“試練の山”の山稜を出てその丸い姿を現したとこ ろだった。5人の顔が、より一層朝日に照らされて輝く。 エッジの顔が、不意に緩んだ。口元に不適な笑みを浮かべる。 「・・・そうさせてもらうぜ。 」 気がついたときには、“菊一文字”は鞘に収められていた。 「おい、見ろよリディア。まったく、きれいな朝日だよなぁ!」 「いったいわね、叩かないの!」 -284- 「・・・ 『ゼムス』のマインドコントロールは、何かの偶然でゴルベーザへと向 けられた。しかし、同じクルーヤの息子である僕が彼と同じことをしたかもし れないんだ。 」 カインがうつむいた。セシルはその肩をドスンと強く叩いた。 「フースーヤとゴルベーザは、 『ゼムス』を倒すと言った。そして、僕たちの戦 いは終わったと言った。だけど、僕はまだ終わってないと思う。 『ゼムス』を倒 さない限り、僕たちの戦いは終わらないと思うんだ。だから、カイン。僕に、 力を貸してくれないか。」 カインの顔は、臥せられたままだ。ローザもリディアも、優しく微笑んでい た。 しかし、一人。エッジの顔が晴れない。 「・・・また、裏切ったりしなければ、いいんだがな。 」 -283- 前代未聞のミシディアの晩は、こうして明けていった。 まばゆい朝日に、“試練の山”が黒いシルエットになった。眩しそうに目を 細めながら、セシルはその光景に見とれていた。 ミシディアにとって、“試練の山”は聖地である。その姿を最も美しく映え させる場所に、 『祈りの塔』はあった。今、セシルたちがいるのは、その中の最 上階、ミンウが“魔導船”復活のために祈り続けた場所だった。朝、目が覚め たセシルは、何かに導かれるようにしてここまで来た。 隣にいつの間にか、ローザの姿があった。 セシルの前方に回りこむと、その背中をもたせかける。セシルはそのローザ の両肩にそっと手を添える。2人は、美しい朝日に見とれていた。 祈りの間の入口で、2人の男女が中の様子をうかがっていた。リディアとカ インだった。 「ちょっと、入りづらいよね・・・。」 「そうだな・・・。」 2人もなぜか早朝に目が覚め、足が向くままここまで来た。中に入るのを躊 躇している2人に、その背後から無遠慮な声が聞こえた。 「よ~う、リディア!子どもが早起きするとは、いい心がけだ!」 エッジの顔が、リディアのとび蹴りで歪んだ。その声にセシルとローザが振 り返った。3人が気恥ずかしそうに入ってきた。 「どうしたんだい、みんな。 」 「・・・なぜだろうな。なんとなくさ。」 セシルの問いに、カインが答えた。それっきり、5人は朝日が昇る光景に見 とれていた。 エッジがその左手に、“菊一文字”をい握っていることに、だれも気づかず に。 ステンドグラスの ラスの光の下で 7―ステンドグ 高くなった日の光を7色に分けて大聖堂に降り注がせる巨大なステンドグラ シルとローザの ローザの決意 8―セシルと 一瞬、2人には何を言われているのかわからなかった。 「 『ゼムス』は、強大な敵だ。君たちにもしものことがあってはいけない。後は、 僕たちに任せるんだ。 」 「なんで?なんで今更そんなことを言うの?今までずっと一緒だったじゃな い!」 リディアが叫んだが、セシルの表情に動揺はない。 「セシル、なぜ・・・?」 ローザのすがるような瞳にも、セシルはきっぱりと言った。 「連れてはいけない。ここに、残るんだ。 」 「そ、お子ちゃまはおうちでおとなしくしてるもんだ。 」 そう言ったエッジの顔に、リディアの拳がめり込んでいた。 「人を子ども扱いして!こうなったら、意地でもついていって・・・。 」 「リディア。 」 鼻息の荒いリディアも、ローザの一言に黙ってしまった。それほど、ローザ の声には迫力があった。 ローザは、そのまま大聖堂の中へスタスタと歩き出してしまった。 「ち、ちょっと、ローザ!」 慌ててリディアが後を追う。少し行くと振り返った。 「バカ!!」 すぐにリディアの姿も大聖堂の中へと消えた。セシルが小さく息をついた。 「・・・へっ。 」 -286- 旅立ち 6―3人の旅立ち 「な~んじゃ、セシル。そんなに慌てて行くこともあるまいに・・・。 」 まだ手に酒瓶をもちながら、二日酔いのシドが言った。隣にいたギルバート が顔を歪める。 「ちょっと、シド・・・。酒臭いよ・・・。」 「あ~ん!?ワシのどこが酒臭いんじゃぁ~?」 シドがハーッと息を吐きかけると、ギルバートがたまらずひるんだ。 「それにしても、急でござるな。いま少し休まれなくて大丈夫でござるか?」 ヤンが少し青い顔をして言った。強がっているが、こちらも二日酔いで頭が 割れるように痛いそうだ。 「フースーヤはもうおそらく“次元エレベータ”を使って月へ戻ってしまった だろう。僕たちもすぐに後を追わないと。 」 セシルは、ゴルベーザが正気に戻ったこと、実の兄だったことをまだ誰にも 話してはいなかった。 「早いところ『ゼムス』って野郎をブッちめたいのよ。いいからあんたたちは、 この散らかった祝勝会場を片付けてくれよ。」 エッジが拳を打ち合わせながら意気込む。 「すまないが、後は頼む。」 カインが本当にすまなそうに言った。 「セシルあんちゃん、カインあんちゃん、エッジのあんちゃん、頑張ってこい よ!」 「私たちは、ずっと皆様方の無事を祈っていますわ!」 パロムとポロムが幼い笑顔を満開にさせて言った。エッジが2人の頭をなで る。 「おーよ、まかせとけよ!」 太陽はまもなく天頂にさしかかろうとしていた。真っ黒の鯨はその金属の皮 膚をきらめかせている。一向はそのすぐそばで別れを惜しんでいた。キング・ ジオットやミンウたちの姿もあった。 セシルたちは、祝勝パーティーが明けたその日のうちに、月へ行くことを決 め、すぐに準備したのであった。 しかし、2人ほどそこにいるべき姿が見当たらない。 ローザと、リディアだった。 ス。ミシディアのある大陸を上空から見たのと同じ竜の姿がモチーフとなって いる。 その淡い光を受ける2人の美女の姿があった。緑のローブの女性は、苛立た しげにあたりを歩き回る。白いローブの女性は、祈りをささげる人々が座る椅 子に腰をおろしていた。うつむいたその顔をうかがうことはできない。 「・・・う~・・・。 」 緑のローブの女性が、白のローブの女性に近づいてきた。彼女が座る椅子の 前のテーブルを力いっぱい叩いた。ほかには誰にもいない大聖堂に、その音が 木霊する。 「リディア・・・。 」 叩いた手が痛かったのか、手を振るリディアは叫んだ。 「ねぇ、このままでいいの、ローザ!?」 「・・・。 」 しばらく前、一行は月へ行く準備のためにこの大聖堂の前で落ち合った。そ こでローザとリディアはセシルにこう言われてしまったのだ。 「ローザ、リディア。君たちはここに残るんだ。 」 -285- リディアの背中を叩いたエッジは、すかさずその後頭部を殴り飛ばされる。 しばらくして、祈りの間には、酔っ払って酒臭いシドとキング・ジオットが 乱入してきた。その様子に、セシルもローザも、カインも笑った。 10―セシルと シルとローザの ローザの決意 10― 「月に着くまで、ゆっくり休むことにしよう。」 セシルの言葉にうなずいた2人はブリッジの出口に立った。ドアの前に立つ だけで、ドアは自動で開く。エッジがドアの前に立つと、シュッという音を立 ててドアが開いた。 そのエッジの顔に小さな足がめりこんでいた。 エッジは、何がなんだかわからない、といった表情で吹っ飛んでいった。セ シルとカインがドアを見る。 そこには、ハイキックの姿勢の一人の女性がいた。緑のローブのその姿は、 リディアだった。 「リディア!どうして!」 無重力のブリッジを壁際まで吹っ飛びながらエッジが叫んだ。セシルとカイ ンはさらにリディアの背後に驚くべき人を見た。言うまでもなく、ローザだ。 「ローザ・・・。どうしてついてきたんだ。」 セシルが怒鳴ったが、ローザの瞳に宿る強い意志に逆に気圧された。幼い頃 からこの顔をしたローザに勝てたためしがない。ローザの頑固さは、時にシド を軽く上回ることを思い出した。 「セシル、ずるいわよ。また私を一人にする気・・・?」 ローザがセシルの胸に飛び込んできた。思わず受け止めたセシルは、カイン と顔を見合わせた。カインが両手をすくめて一つため息をついた。 「ローザは、お前と一緒にいたいんだよ。 」 抱きとめられた姿勢で、ローザはセシルを見上げた。少し眉がつりあがって いる。 「・・・怒ってる?」 ローザが小さくうなずいた。こうなるともう、何を言っても無駄だった。 一方リディアは、 エッジを蹴った勢いでフワフワとブリッジを漂い始めた (宇 宙は無重力だ) 。慌てて手足を振るリディアをカインがその肩をつかんで押さえ た。 「あ、ありがと。そうよ!だいたいこの5人の中で、唯一黒魔法と召喚魔法が 使えるのは誰だと思ってるの?エッジ、少なくともあんたよりは働けるんだか らね!」 「なにぃ!てめーこのオレ様よりも強いとぬかしやがったな!」 「当然でしょ!」 「この小娘!」 「わ、ちょ・・・。オレを巻き込むな・・・。あいてっ!」 2人のどつきあいにカインが巻き込まれていた。一方で、セシルはローザの 機嫌を直すのに大変だった。 こうして結局5人は、最終決戦に赴くとは思えない雰囲気で月へと向かった。 月は、いつにも増して赤く輝いている気がした。 -288- 9―月へと・・・ セシルたちは、魔導船のブリッジで“飛翔のクリスタル”を囲んでいた。 すでに、魔導船はその船体をまばゆく輝かせている。外では、ギルバートた ちが見守っている。 「・・・生きて、帰ってこないとな。」 カインが何気なく言った。すっと右手をクリスタルにかざす。 「ったりめーよ!オレ様にはまだやることが腐るほどあるんだ!」 エッジが叫んだ。鼻の詰め物をとると、同じく右手をかざした。 「行こう、月へ・・・。」 セシルが右手をかざした。すぐに、“飛翔のクリスタル”はその光でブリッ ジを埋め尽くした。同時に漆黒の魔導船も聖なる白い光の塊と化す。それは、 ゆっくりと宙に舞い始めた。 「おお・・・。 」 ギルバートが驚嘆のため息をもらす。すぐそばでパロムとポロムが大騒ぎを していた。 突風のような軽い音がした瞬間に、魔導船は天空の彼方へ、白い尾を残して 昇っていった。瞬く間の出来事だった。 突き上げるような振動がセシルたちを襲ったのは、一瞬だった。光が晴れる と、ブリッジのウインドウから見える光景は、すでに漆黒の宇宙だった。ウイ ンドウの上にある数字は、“48:20:02”を示していた。以前に月へ向 かったときと同じようだ。 -287- エッジが鼻の下をこする。 「・・・鼻血出てるぞ。」 カインの一言に、こすった指が真っ赤になっているのを見たエッジはぎょっ となった。 中心核へ 2―月の中心核 「『ゼムス』の邪悪な意思は、強力だ。」 「我々は、ヤツの意思を閉じ込めるために使う力で、精一杯だ。 」 「それでも漏れ出た意思の力は、クルーヤの息子を操り、我々と青き星のクリ スタルとの間で“次元エレベータ”を作動させ、“バブイルの巨人”を復活さ せたのだ。」 セシルは、クルーヤの息子、という言葉に反応した。 「クリスタルよ。そのクルーヤの息子「ゴルベーザ」は、あの後、どうしたの ですか?フースーヤは?」 思わず声に出して問うた。8つのクリスタルがキラッと輝いた。 「もう一人のクルーヤの息子よ。ゴルベーザとフースーヤは少し前に、我々の 導きで“月の中心核”へと向かった。」 「“月の中心核”?」 カインが言葉の意味をわかりかねて尋ねた。 「この月の命に相当する場所。しかしそこは、今は『ゼムス』の邪悪な意思に よって支配された場所。過去に我々クリスタルの力によって封印された魔物た ちも巣食う危険な場所でもある。 」 「はっ。あんなバカでけぇ巨人を見た後で何が出てきたってこわかねぇよ!い いから、さっさとオレたちをその“月の中心核”とやらへ案内してくれよ!」 エッジがじれったそうに言った。 「よいのか、クルーヤの息子よ。」 はじめからセシルの顔に迷いはない。振り返ったセシルは、満ち溢れた自信 をもってうなずく力強い4人の仲間の顔を見た。 「ならば、我らの中心に立つがよい。」 言われるがままに、5人はクリスタルたちの真ん中へと立った。 「我らの力で、お前たちを“月の中心核”へと、導こう!」 それぞれにそれぞれの色で輝いていたクリスタルが、すべて白く輝きだした。 それは、部屋を埋め尽くし、すぐに強い決意を宿らせた5人の表情も白の闇の 中に消し去った。5人は宙に浮いたような感覚を受けた。すぐにそれは、急激 な落下感に変わった。 しかし、落下に対する恐怖は微塵もなく、何かに吸い込まれていくような安 心感があった。まるで、命の海へとダイヴしたような。 5人の意識が、一瞬途切れた。 -290- クリスタルの輝き 1―クリスタルの ぼやけた淡い光が天井を包み、触れればはらりと砕けるガラス細工のような 装飾が、美しい。 巨大な獣をモチーフにした像が2つ並び、荘厳な雰囲気をかもし出す。 人の手で成したとは思えない、幻想の世界だった。 月のクリスタルタワーは、いつもと変わらない悠久のときを今日も刻むだけ だった。 しかし、ここでフースーヤと会ったカインを除く4人が見たことのないもの が、一つだけ増えていた。フースーヤが現れた台座の裏に、一つの扉が現れて いたのだ。 「うわー・・・。」 リディアの感嘆の声が木霊したきり5人が押し黙ってしまったのは、その扉 の中の光景に絶句したからだ。 5人の姿を映しこむ床と壁のきらめきの中で、 8つの台座があった。 それは、 何とそれぞれ宙に浮いているではないか。どこへともなく宙を漂う台座の中に あるもの、それこそが、5人を一番驚かせたものだ。 クリスタルだ。8つのクリスタルが、それぞれの台座に収まっていた。 「青き星の者よ。」 頭の中に響く声に、5人は思わず周囲を見渡す。人影はない。 「驚くことはない。我々“月のクリスタル”の意思である。」 8つのクリスタルがより一層輝いた。部屋の中にクリスタルの光が乱舞する。 それは、到底この世のものとは思えない美しさだった。 「月の民は、我々クリスタルの力によって繁栄を築き、我々の力によって今も 守られている。 」 「なぜ、青き星にクリスタルがあったのかは、わからない。だが、我々は青き 星のクリスタルに導かれてここへやってきた。」 不意に明かされた“もう一つの月”の秘密に、5人は言葉がなかった。 -289- 第四八章 月の中心核 2―白竜 「な、なんだ!?」 思わず置物を放り投げたエッジは、その竜の置物が急速に巨大化する様を見 た。 冷たい鉄の触り心地だったそれは、急激にその皮膚を鮮やかな生気に満ちた 白へと変貌する。美しささえ内包したなめらかな動きでエッジをその長い体長 で包む。 -291- 1―謎の洞窟 一見、ゴツゴツした岩の洞窟のようにも見える。しかし、星空のごとくきら めく小さな光がそこをただの無機質な洞窟と感じさせない。見上げた天井は暗 闇に覆われて見ることはできない。その天井へと伸びる何本もの岩の柱の姿が、 なんとなく不思議なものに見えた。 エッジはその向こうに、白いものを見た。まだ頭がしっかりしないのかと思 い、頭をブンブンと振ってみた。が、確かにそれは白かった。 “月のクリスタル”が月の中心核へと導くと告げて意識を失った。エッジが 次に気がついたときは、一人で見知らぬこの場所で立ち尽くしていたのだ。あ たりを見回したが他に誰の姿もない。セシルたちとはぐれてしまったようだ。 「なんだよ、あのクリスタル・・・。偉そうな口をたたいておいて、きちんと 人を案内もできないのかよ・・・。 」 右も左もわからない場所なので、とりあえず目に付いたその白いものに近づ いた。 それは、自然の洞窟の中にあって、唯一人の手で造られたものであることを うかがわせる祭壇だった。 白い柱が立ち並び、その中央が少し盛り上がっている。そこに、何かが奉ら れているようだった。エブラーナの王の間くらいの広さはあった。とはいって も、さして広いわけではない。 「・・・なんだぁ、こりゃ。 」 祭壇の中央でエッジが見たのは、小さな竜の置物だった。 まるで蛇のように長く伸びた胴体に、小さくついた頭。顔は気高さに満ち、 体長に匹敵する長い髭を持っていた。 「エブラーナの伝説に出てくる竜に似てるなぁ・・・。 」 ひょいとその置物を手に取ったエッジの、その手が凍りついた。 突然周囲に満ちた強烈な殺気を感じたからだ。空気を凍らせる殺気が、一ヶ 所に凝縮していく。 エッジが手にした、その置物に。 「・・・あな、めずらしや。この地に再び人が訪れるとは、おもわなんだ。 」 3―挑発 ギロッと動いた白竜の目玉にエッジの姿が映った。すでに、“菊一文字”を 突き出した姿だった。 「遅ぇ!」 “菊一文字”は確実に、白竜の目を貫いたはずだった。しかし、白竜の目が 猫のようにギッと引き絞られた。 「何ィ!?」 エッジの足が白竜の髭にからめとられた。 素早くエッジを岩壁へ叩きつける。 「ぐふ・・・。 」 さらに地面へと叩きつける。が、エッジはその顎鬚を斬ると、身軽に着地し た。斬られた白竜の顎鬚は、すぐに復元した。 「大口を叩いた割には、その程度かえ?」 エッジの目には、白竜の口元が笑いに引きつったように見えた。 癪にさわった。 「ほう。てめぇ、誰に口をきいてるんだ?それは、このエッジ様に言ったの か!?」 「汝に申したのじゃ。愚かしい人間よ。 」 エッジの姿が消えた。白竜の目にはその姿がとらえられていない。 その顎が、激しい衝撃を受けた。そこに蹴りを繰り出したエッジの姿があっ た。 -292- 不意に動きを止めると、つい、ともたげた頭でエッジを見下ろす。長い髭が ゆらゆらと動いている。神秘的な目がエッジに向いた。 「我が名は、 『白竜』 。汝、彼のような地へいかなる理由がありて来た?」 突然の出来事に、エッジもさすがに驚いた。だが、すぐに負けん気のほうが 勝った台詞を吐く。 「何しに来たか、だと?突然出てきて何を聞いてくるかと思えば・・・。 」 ビシッと白竜を指差して、エッジは叫んだ。 「いいか!オレ様はこの月で悪事を働く『ゼムス』をブッちめにきた、正義の 味方様だ!」 白竜の目が、キラリと光った。 「汝、 『ゼムス』様を屠ると言うか。あの御方は我ら月の中心核に封じられし者 どもの主。御方にあだなす者を、見逃すわけにはいかぬ。」 「へっ。そうすると、お前が月に封じられた魔物の一匹ってわけか。面白ぇ! てめぇの実力、このエッジ様が試してやろうじゃねぇか!」 「その言葉、後に悔いても遅いぞえ。 」 その言葉が終わるかどうかのタイミングで、白く太い尾がエッジのいた場所 に叩きつけられた。激しく岩石を巻き上げて地面を穿つ。 しかし、そこにエッジの姿はなかった。 第四九章 妖刀 -294- 4―村雨 砕け散ったエッジの体が揺れた。それは、空気に溶けて消えた。 「残像!」 白竜が気づいた時には、 頭の上に乗る人間の体重を感じていた。 エッジは“菊 一文字”を逆手に構えていた。 「後悔、しろよ。」 まっすぐに“菊一文字”を白竜の頭に突き刺した。白竜の目がカッと見開か れた。その口からは、おぞましい叫び声が轟いた。刀を突き刺したエッジは、 さらに印を結ぶ。 「忍術、“雷迅”!!」 白竜の巨体を、雷の束が駆け巡った。巨体は激しく波打ち地面を揺らす。体 内に直接送り込まれた雷のエネルギーは白竜の五臓六腑を焼き尽くした。 「とどめだッ!」 刀を抜いたエッジは、暴れ回る白竜の首を落とそうとする。 しかし、そこで思いもよらなぬことが起きた。首を中ほどまで断ち切ったと き、“菊一文字”が澄んだ金属音とともに折れたのだった。 断末魔の悲鳴と同時に白竜は倒れ、そのまま動かなくなった。地面に着地し たエッジは、 勝利の余韻も忘れて折れた“菊一文字”を見つめて呆然となった。 「この刀が折れるなんて。こいつの体は、一体何でできてやがんだ?」 不審に思ったエッジは、黒焦げとなった白竜の首の傷跡を調べた。生々しい 遺体にそぐわない金属の輝きを見つけた。 「これは・・・!」 取り出したそれは、一振りの刀だった。見る者を妖しく魅きつける美しい鞘 からエッジは刀を引き抜いた。 エッジの背中を冷たいものが滑り落ちていった。それほど、その刀は美しい 輝きに満ちていた。それは、死に魅せられた危険な香りのする輝きだった。ま るで、死神の鎌のような。 エッジは思わず、すぐに刀を鞘に収めた。 「こいつのせいか。ふう、“菊一文字”も折れちまったことだし、しゃーねー。 この刀を使うか。銘は何にしようか・・・。うん、“村雨”がいいな。」 手早く“村雨”を背中に差すと、あたりを見回した。 「どう行けば、 『ゼムス』のところに行けんだぁ・・・?」 エッジはあてもなくフラフラと歩き出した。 -293- 「ぬ・・・!」 「このオレ様にケンカを売ったこと、後悔するんだな!」 顎を蹴り上げながら、白竜の尾がエッジを追う。しかし、尾がとらえたのは、 エッジの残像だった。 「忍術、“火遁”!」 赤く光る印を結んだエッジの手から炎の渦が巻き起こる。それは、瞬く間に 白竜を包むはずだった。 それは、突然の暴風に消えた。 「調子に乗るな、人間よ。」 白竜の口から吐き出されたその竜巻は、全てを切り裂く“ミールストーム” だった。一瞬で炎を消し去った竜巻は、炎の発生源であるエッジをも飲み込ん だ。 エッジの体が、粉々に砕け散る。白竜の目が邪悪な笑みの形をとった。 ダイタリアサンの野望 2―ダイタリアサ 今、その一部が蒼く輝く。そこから、何かが水しぶきをあげて現れた。 「どうした。もう逃げんのか?」 かなりの高さにまで舞い上がったそれは、鮮やかな蒼の皮膚を持つ、巨大な 蛇の姿だった。その頭をリディアに向ける。肉食動物のような凶暴な目が、獲 物を追い詰めた歓喜の色を浮かべる。口元は大きく裂けて、赤い口腔がよく見 える。 笑っているのだ。 「もっとも、この大海原の支配者“ダイタリアサン”から逃げ切るなどは、ま さに海が干上がりでもしない限り不可能というものだがな・・・。 」 大きく体を波打たせるダイタリアサンと名乗った蛇を警戒しながら、リディ アは手にした一振りの刀をギュッと握り締めた。 エッジと同じく一人きりで月の中心核へと運ばれたリディアは、しばらく洞 窟をさまよったあげくに、まるで祭壇のごとく盛り上がった岩を発見した。頂 上を見ると、刀が一本刺さっていた。 不思議に思ったリディアが思わずそれに手をかけると、あっさりと抜けた。 エッジが喜ぶだろうと思って持って帰ろうとしたその瞬間。 祭壇の大岩が真っ二つに割れた。転がり落ちたリディアが目にしたのは、こ の巨大な蛇の姿だった。 「大海原の支配者?よくもそんな大法螺が言えたものね。だいたいこの月に海 なんてありはしないじゃないの!」 事実、なぜかこの月には水たまり一つ存在しない。滅びた故郷の星を戒めの ために模倣したのか、いずれ訪れる青き星の予感を感じて、その衛星であるも う一つの月に無意識に似せたのか。それを知る術はない。 「かつて、月の民どもが繁栄を極めた星には、水があふれていた。オレはそこ の支配者だった。青き星の侵略が成った暁には、あの美しい青い海は、オレの ものになるのだ!」 凶悪なその眼に恍惚を浮かべて、ダイタリアサンは己の野望を語った。リデ ィアは唾棄したい気分を必死に押さえた。 大海嘯 3―大海嘯 「残念でした!あんたみたいに気色悪い蛇に、あんなきれいな海を支配されて たまるもんですか。あの海には、もうちゃんとした立派な支配者がいるんです からね!」 氷嵐の渦がリディアを襲った。ダイタリアサンの“ブリザラ”。リディアは 身を丸めて耐えしのぐが、ところどころに凍傷の跡がつく。 「ほう、青き星にも海の支配者がいるというのか。ならば、喚んでみせろ。こ の偉大なるダイタリアサン様に、勝てるというのならなぁ!」 地面を覆い尽くしていた海水の量が一気に増えた。それはリディアを包むよ うにして高い高い壁を作り出した。リディアの視界すべてが海水に覆われた。 「くくく。小娘がその“正宗”に手を出したあげくに生意気な口を利いた罰だ。 この“大海嘯”を喰らうがいい。お前は、美しいからな。永遠の海の中で眠る 権利をくれてやろう。 」 「あんたみたいな化け物に褒められても、嬉しくないわね。 」 天井さえ埋め尽くす海水の壁が、そんなリディアの小さな強がりさえも飲み 込もうとしていた。圧倒的なその海水の量に押しつぶされて、リディアに生き 残る術はない。 「あんたなんて・・・、リヴァイアサン様にかなうわけがないんだー!」 -296- リディア、ピンチ! ンチ! 1―リディア、 「ちょっと、か弱い女の子相手に、これはないんじゃないの!?」 体中から炎を噴き出す獣の背から声が聞こえた。緑色のローブを神秘的に輝 かせるその姿は、リディアである。先ほどから、召喚した幻獣“イフリート” の背に乗って逃げ回っているのだが、“あの巨体”からはなかなか逃げ切るこ とができない。 「くくっ、幻獣使いとはない。いつまでそうして逃げ回るつもりだ。 」 まるで洞窟全体から聞こえてくる声が、今のリディアの癪に障った。かなり 狭い通路に逃げ込んだつもりなのに、安心した気がしない。 「まだ来るっていうの・・・?」 辺りを見回すリディアは、洞窟を揺らす振動を感じた。徐々にそれは大きく なる。 「“イフリート”!上からくる、逃げて!」 声と同時に、天井が砕けた。岩石とともに落ちてきたそれは、大量の海水だ った。海水は一瞬で通路を埋め尽くし、リディアとイフリートを追う。 「追いつかれちゃう!」 すぐにリディアと“イフリート”は海水に飲み込まれてしまった。岩石をぶ つけられたような衝撃に、目の前が一瞬暗くなる。“イフリート”が苦手の水 の攻撃にたまらず、“幻獣界”へと逃げ帰ってしまった。 リディアはそのままかなりの距離を流され、気がつけばかなり広い縦穴の底 へとたどり着いた。小さな町一つなら余裕でスッポリと入ってしまうような広 さだ。右を見ても左を見ても天井もボンヤリとした暗闇に覆われて判別できな い。岩壁に付着していたあの小さな光だけが、本当の夜空のようにキラキラと 見えるのみであった。 それほどの広さにもかかわらず、流れ着いた海水は立ち上がったリディアの 足首ほどの高さにまで溜まっていた。いかに大質量の海水が発生したかを物語 る。 -295- 第五〇章 海の王者の名は ダイタリアサンの歯軋り 歯軋り 5―ダイタリアサ わずかにその身をゆらゆらと揺らし、ダイタリアサンを見下ろすその姿は、 ダイタリアサンに酷似していないこともない。 しかし、その姿の神々しさは比するべくもない。まるで、母なる海にその身 を浮かべているような安心感が、その鱗から放たれる輝きから感じられる。そ の眼は優しさに満ち、長い髭が知性の高さを物語る。まるで耳のようなヒレが ゆっくりと羽ばたいている。 リディアは、驚きの表情でその姿を見上げていた。それは、かつてファブー ルの船を襲って彼女を幻獣界へと誘い、召喚師としての資質を開花させた、幻 獣界の王の姿。 青き星の大海原の主、リヴァイアサンだった。 「よくぞ、このワシを召喚することができた。さすが、ワシが見込んだだけの ことはあるな、リディア。」 「リヴァイアサン様・・・。お久しぶりです。」 リディアの安堵の表情に満足したのか、リヴァイアサンの体が小さく波打っ た。 「実はな、ワシも退屈しておったのだ。たまには幻獣王としての威厳も若い幻 獣たちに見せておかねばな。イフリートなどは、ワシの言うことも聞かず暴れ てしまって、困ったものよ。 」 突然、和んだ会話をかわすリディアとリヴァイアサンを見て、ダイタリアサ ンの口から歯軋りが聞こえた。しかし、その体の震えが止まらない。 「貴様!突然現れたかと思えば、オレを無視か?何者だ、名を名乗れ!」 リヴァイアサンがダイタリアサンに向き直ると、それに応じた。 「お主が喚べ、というから喚ばれたのじゃ。ワシは、青き星の大海原の主、リ ヴァイアサン。なるほど、お主が海を支配したのでは、海は腐ってしまいそう だな。 」 あからさまな侮蔑の言葉に、ダイタリアサンはいきりたった。 「ほざけ!ならばオレと勝負だ!どちらが海の主にふさわしいかはっきりさせ てくれる!」 「よいのか?今のワシは手加減を知らぬぞ?」 「喰らえぇ!」 ダイタリアサンが大きく吼えた。再び膨大な量の海水が巻き起こる。見る間 にリヴァイアサンとリディアを包み込む。 「“大海嘯”に飲まれて、砕け散れ!」 6―月の海 「これが、“大海嘯”だと言うのか?これっぽっちに水でか?」 「何ィ!?」 己を包む海水を一瞥したリヴァイアサンの髭が天を指した。それだけで、ダ -298- 召喚、幻獣王 幻獣王 4―召喚、 ダイタリアサンの視界に、一つの小さな水の玉があった。シュルシュルと音 を立てる水球の中に、人の影があった。 リディアだった。愛らしい瞳を大きく見開き、その表情は、驚きに満ちてい る。水球が小さな音をたてて散った。 ダイタリアサンの体が大きく波打った。動揺していたのだ。 「き、貴様。あの“大海嘯”から、どうやって・・・。 」 彼はさらに、彼自身を包む得体の知れない者の気配を感じていた。その姿が 小さく震え始めた。 「リヴァイアサン・・・様?」 リディアが、小さくつぶやいた。 ダイタリアサンの“大海嘯”がまさにリディアの命を奪おうとした、その生 と死の間で彼女の頭に聞こえた言葉があった。 「ワシの名を呼んだな、リディア。 」 リディアは懐かしさとともに、その身に大きな力が宿るのを感じた。巨大な 海水が、彼女に叩きつけられた。それは、全て彼女には届かない。全ては水球 の外の出来事だった。 「もう一度、ワシの名を呼ぶがいい。リディア、お前のために、ワシの力をふ るおう。 」 激しく動揺するダイタリアサンを横目に、リディアの顔には安堵と自信が満 ち溢れた。リディアは両手を広げて、大きく叫んだ。 「幻獣王“リヴァイアサン”!現れ出でて、我のためにその力を行使せよ!」 青き輝きが、リディアを包むように渦を巻いて立ち昇った。雄々しく吼える その輝きは、周囲の岩壁を砕き散らして、なおも昇り続ける。 そして、それは急激に落下をはじめる。その様を見ていたダイタリアサンの 体の震えが大きくなる。 ダイタリアサン自身にもわからなかった。それは、恐怖だった。 青き輝きは、その根元から鮮やかな青い鱗に姿を変える。瞬く間に先端にま で達すると、高い音とともに、白い光がリディアとダイタリアサンの視界を灼 いた。 -297- 美しい青の輝きに飲み込まれて、リディアの姿が消えた。海水が叩きつけら れる大爆音の中で、 ダイタリアサンはその邪悪な顔をさらに邪な笑みに歪めた。 白い飛沫が舞う空間が徐々に収まりつつあった。引き潮のように引いていく 海水の中に、残されたものは何もない。一本の刀がそこに残されるのみ。ダイ タリアサンはその光景を想像した。 満足だった。 -300- 7―真の海の王者 「・・・・・・!」 ダイタリアサンの悲鳴は、轟音にかき消された。凄まじい水圧に舞う白い泡 沫の中で、ダイタリアサンの姿は消えた。なおも流れ込む海水の中で、リヴァ イアサンの咆哮はなおも轟く。 「す、すごい・・・。 」 先ほどと同じように小さな水球に守られているリディアは、その威力に感嘆 していた。しばらく続いた海水の奔流は、突然途切れた。リヴァイアサンの姿 が、ボンヤリとした青い光の中にあった。 「ふむ、久々に力を使ったら、加減できなかったわい。月を丸ごと海にしてし まったわ。」 あまり上品とは言えない大声で、リヴァイアサンが笑った。幻獣界にいたと きのリヴァイアサンは、王のわりには決して気取らない気さくなおじいさんだ った。 「リヴァイアサン様、助かりました。」 「なんの。お前が立ち向かう敵は、もっと強大な者だ。ワシの力が必要になれ ば、何度でも呼ぶがよい。青き星の、海の主の名を。」 うなずいたリディアを満足げに見やると、リヴァイアサンの体はさらに青く 光る。青い飛沫となって、その巨体は空気に溶け消えた。 リディアはその場にペタンと座り込んでしまった。大きく息をついた。 「ふう、さすがに疲れたな。しばらく休もっと・・・。 」 ずっと、さも大切なもののように抱きしめていた刀“正宗”にもたれかかる ようにして、リディアはしばらくそのまま座り込んでいた。 先ほどの騒ぎが、嘘のような静かさだった。 -299- イタリアサンの発した海水は激しく渦を巻いて天井へと舞い上がり、そのまま 消えてしまった。 「な・・・。バカな!?」 「お主は一度、知っておいたほうがよさそうじゃな。なぜ、青き星は青く輝く のか、そしてそれを統べることの重みというものを、その身をもって、な。 」 ダイタリアサンの瞳にはっきりと恐れが浮かんだ。しかし、逃げ出すことも かなわない。リヴァイアサンの眼が、厳しく変わった。 「見るがよい。これが、真の“大海嘯”だ。」 ダイタリアサンと同じように、雄々しく吼えた。青い鱗がさらに輝きを増し た。空間は青に染まる。 同時に、月の表面に異変が起きていた。 太陽の光を受けて、生き物の影も見られない白い岩の光景を銀光にして青き 星に反射させる月の表面に、突然水の膜が張り出した。それは、大きなうねり になり、嵐のように荒れ狂い白い飛沫を舞い散らせる。 月は、水の星になった。 月を包んだ海水は、月の一角を突き破って地底へと流れ出した。ダイタリア サンのそれとは、比較にならない量の海水が、ダイタリアサン目がけて押し寄 せてくる。 つわもの) 2―兵(つわもの もの) プレイグの右手が上がる。その手に現れたのは、体長をはるかに上回る巨大 な鎌だった。髑髏の口から生えているクネクネと曲がった鎌の刃が不気味さを より一層引き立てる。 プレイグが放つ殺気が、より叩きつけるようなものに変化した。カインは重 力が増した感覚になった。 「死に行く者に、名乗る時間を与えよう。 」 プレイグの申し出に、カインの目が光った。 「わざわざ、すまんな。お前はそうして自分が葬り去った兵(つわもの)の名 -301- 1―死神の守る槍 それは、真っ白い槍だった。柄はおろか、その刀身すらも刃物らしからぬ神々 しい白い光を放っていた。台座すらも白い祭壇に捧げられた槍は、不思議にも 宙に浮いてゆっくりと回り続けていた。洞窟の薄暗い中にあって、ここだけは まばゆい光にあふれていた。 カインは思わずその光景に見とれていた。 「ここは、一体・・・。」 一瞬途切れた意識だったが、気がついたときにはこの光景を目の当たりにし ていた。まるで、導かれたかのように。 カインは、操られたように槍に近づいた。それを手にする直前に、らしくな く呆然としていたその顔に、緊張が走った。背後に、強烈な死の気配を感じた からだ。 振り返ることなく、カインは言った。 「番人、ってわけか?この槍を守るにしては、ひどく似合わないな。 」 影は、カインの皮肉にかまわず言った。 「その槍は、 『ゼムス』様が嫌う、聖なる力を封じた槍だ。それを振るうという のなら、見過ごすわけにはいかない。」 カインがゆっくりと振り返る。影の姿が光にさらされる。 奇妙な外見だった。巨大な球体なのである。赤い球体に、小さな手と足が生 えている。さらに緑色の血色悪そうな翼が、その体を宙に羽ばたかせていた。 はっきり言ってしまえば、不恰好である。目玉は凶悪さを極めた光をギラつか せ、その口は端から端まで大きく裂けて、真っ赤な口腔を笑みの形にしていた。 しかし、カインの頬には一筋の汗が落ちる。カインは本能的に感じていた。 この珍妙な魔物から、かつてないほどの強力な死の気配が吹き付けてくるのを。 見かけほどの敵、どころか、かつてないほどの強敵であるほどを。 「我が名は、『プレイグ』。すべての生き物に、死を誘う死神。“ホーリーラン ス”を求める愚か者には、死を。」 3―死の宣告 今一度、カインは壁を蹴ってプレイグに迫る。しかし、やはりプレイグを見 た瞬間、その視界が歪む。いや、プレイグの鎌だ。それを見ると視界が歪むの だ。カインの槍はまたしても、見当違いの場所を貫く。 カインはプレイグとすれ違う瞬間、鎌を振るうプレイグを見た。不思議だっ た。 まるで、コマ送りのように連続写しにカインの視界に焼きついたプレイグの 鎌は、確実にカインを真っ二つにした。しかし、カインの体には何の影響も無 い。 「貴様、一体何をした・・・?」 着地したカインは、急激な脱力感に片膝をついた。なんとか上げた顔が見た のは、プレイグの鎌の髑髏がカタカタと笑う光景だった。 「カイン、お前は我が『死の宣告』を受けたのだ。この鎌の姿を見たときから、 お前の魂は、死神に魅せられていた。」 「な、何・・・?」 「お前の命は、あと10を数える間。 」 プレイグの不吉な宣告を、当然カインは信じていない。しかし、鎌に斬られ た瞬間から感じた、この無理やり魂を抜き取られるような脱力感が否応なしに カインの体を襲う。カインは上体を倒して、かろうじて肘で体を支える。 「こ、こんなバカなことが・・・。 」 「あと、5を数える間。 」 -302- を脳裏に刻み込んできたのだろう。そして、オレの名は、お前を葬り去った者 の名として、お前とともに黄泉へと行くのだ。」 「みな、そう言うな。 」 カインの姿が消えた。素早くプレイグは鎌を自分の眼前に構える。すぐに、 鍔迫り合いの音が響き渡った。カインは不適な笑みとともに言い放った。 「オレの名は、カイン=ハイウインド。」 「良い名だ。だが、黄泉へと旅立つのはお前だ。 」 不意にプレイグが前につんのめる。カインの姿がボヤけて消えた。 残像だった。 カインは壁を蹴ると、音速より早くプレイグに迫る。プレイグはまだ完全に 対応できる態勢にない。 「どうした、お前の実力はそんなもんか?」 間違いなく、カインの槍はプレイグの横っ腹を貫いた。 しかし、 カインの視界が一瞬ボヤけた気がすると、 槍はむなしく空を切った。 「カイン。お前の槍は、動かぬものを貫くこともできぬのか?」 プレイグの侮蔑の声が聞こえた。着地したカインには、 事態が理解できない。 「くっ。 」 第五一章 試練の名は“死” 5―白い彗星 「ぐ・・・。なれば、貴様は何故死の誘いから覚醒したのだ。 」 「簡単さ。オレはまだ、死ねないんだよ。 」 プレイグは今一度鎌を振るうが、結果は同じだった。 「オレは裏切りを繰り返した。そのためにセシルを苦しめ、ローザを悲しませ た。オレは、生きてその償いをせねばならん。自分だけ先に死ぬなどという、 楽はできないさ。」 「わからん。甘美なる死の誘いを、たったそれだけの理由で断つことができた というのか?」 「オレには、重要なことだ。お前なら、どうかな。死神の鎌を振るうお前に、 死の誘いとやらを断つことができるのかな?」 ハッ、としたプレイグが、すかさず宙に舞う。逃げようとしているのは、確 かだ。 「見逃してもよいが。 ・・・セシルたちを襲うかもしれんな。」 引き抜いた槍を、素早く放り投げる。大砲のようなうなりをあげて、槍はプ レイグを貫いた。田楽刺しになったプレイグが悲鳴をあげる。 カインは、“ホーリーランス”に駆け寄ると、それを手にとった。見た目よ り重く感じた。物理的重さではない。精神的に何か、ズシリとのしかかるよう な感じだった。 「うおおッ!」 台座を蹴ったカインが、プレイグを狙う。その時槍は、より一層輝いた。カ インの姿が、一個の彗星と化した。 「うあ・・・あ・・・。」 プレイグは、己に迫る死神の姿におののいた。聖なる白い光こそが、彼の死 神の鎌だった。彗星はプレイグのいた場所を通り過ぎた。 その後に、プレイグの影はまったくなかった。 「オレの心に、このまばゆい光は少々重いな・・・。」 カインの心には、まだ薄い靄のように、“とある”負の感情が残っている。 ホーリーランスの聖なる光は、その心を重く責め苛む。 カインはホーリーランスを一振りすると、周囲を見渡して歩き始めた。 カインにはわかっていた。それは、甘んじて受けねばならない試練であるこ とを。 それは、死の誘惑を断つことよりも余程つらいことでもあった。 -304- 4―拒まれた死 プレイグのカウントダウンが終わると同時に、カインはその姿勢で動かなく なった。プレイグの顔には、満足げな笑みが浮かんだ。 仕留めた獲物を確認するためか、ゆっくりとカインへと近づいてきた。 「死の運命から逃れることはあたわず。安らかな死を、ありがたく享受するが よい。」 カインの傍らに降り立ったプレイグは、カインの腕を掴むと、その体を引き 上げた。生気の抜けた体に、その顔は安らかですらあった。 プレイグの満足の顔が、突然変貌した。苦痛の表情だ。 「グァ・・・。な、何!?」 丸い体に、 槍が突き立っていた。死んだカインがなおも握り締めていた槍だ。 なぜ、死んだカインの槍が、プレイグを刺し貫くのか。 「き、貴様、なぜ?」 死んだはずのカインの目が厳しくきらめいた。その肌に急激に生気が、そし て闘気が満ちていく。その左手に握られていた槍が、プレイグの腹にめり込ん でいた。プレイグは苦痛のためにカインを掴んだ腕を放す。 「ふふ、どうやらオレは、死神にも嫌われたらしいな。 」 「ざ、戯言を・・・。 」 苦しげな顔で、プレイグは再び鎌を振るう。先ほど同じコマ送りのような攻 撃だ。 しかし、今度は鎌はカインに当たると弾き飛ばされてしまった。 「どうやらその鎌は、精神に作用する攻撃らしいな。お前は、精神に死を錯覚 させることで、肉体にも死をもたらすのだ。」 プレイグの目に動揺が浮かんだ。図星のようだ。 -303- プレイグの口がさらに大きく笑いに歪む。カインの上体がゆっくりと持ちあ がる。無理やり上げた顔で、再びプレイグを見上げた。 「3・・・2・・・1・・・。」 カインの体がガクリと崩れ落ちた。バッタリとうつ伏せに倒れる。 「・・・0!」 2―ルナサウルス ローザの頭に声が響いた。厳かな、落ち着きのある声だ。その間にも、骨は 徐々に何かの形を形成し続ける。 「月の中心核に封じられたほどの魔力を秘めたこの秘宝を守るのが、この私、 『ルナサウルス』の役目。」 骨の組みあがる速度が高まる。徐々にそれは白い光を発した。ローザの視界 が一瞬白に支配されると、彼女の目の前に巨大な物が立ちはだかっていた。 2本で身体を支える足を形成する骨が大きく張り出している。そのくせ、手 に相当する前足はその体長のわりにひどく小さい。その上に乗っかった頭もま たアンバランスなほどに大きい。その身体全て真っ白の骨で構成されていた。 空洞のはずの恐竜の目が鈍く光った。ローザは先ほどからの頭に響く声とい い、その目からうかがえる知性といい、見かけのような力を振るう魔物ではな いことを悟った。 「魔法反射魔法“リフレク”!」 果たして、ルナサウルスは白魔法ではかなり高度な魔法を放った。ルナサウ ルスの身体が一瞬虹色に輝く。その光はすぐにルナサウルスを中心にした空間 を球状に包む光に変わった。 それは、威力の大小を問わず、いかなる魔法をも行使者へと反射させる究極 の魔法防御の壁であった。 ローザは元々攻撃の魔法を持たない。ローザはかまわずに手にした“よいち の弓”に“よいちの矢”をつがえると、唯一その攻撃が功を奏しそうな頭へと 矢を放った。 電光石火の矢をかわせるものはいない。ルナサウルスはその矢をことごとく 頭蓋骨に食い込ませた。 しかし、大きくひるんだルナサウルスだが、すぐに姿勢を戻した。突き刺さ った矢がもろくも砕け散る。 「私に矢は効かぬ。この身を粉々にでもせんかぎり、“リボン”は私が守り抜 く。 」 デルタアタック 3―デルタアタッ ルナサウルスの目が、緑色に光る。 「見たところそなたも白魔導師。リフレクが使えるかもしれぬ。だが、この魔 法は反射できぬ。覚悟!猛毒魔法“バイオ”!」 緑色の光が束となって、発生する。それは目標を捉えると、目標を猛毒に冒 すばかりでなく、その皮膚の表面に付着する細菌、微生物などの生命活動を活 発化、巨大化させ寄生する母体にダメージを与える凶悪な魔法である。 ところが、緑の光はルナサウルス自身を襲う。ルナサウルスは、自分を狙っ たのだ。 自身を狙ったバイオは、当然リフレクの反射を受ける。反射された魔法の行 き先は、なんとローザだった。反射された魔法をさらに弾く術は無い。素早く 防御魔法“シェル”を唱えたローザだったが、完全にその威力を吸収できない。 シェルのバリアの中で、徐々にローザの身体が毒に蝕まれていった。 「 『デルタアタック』を防ぐ術は無い!」 ルナサウルスがその巨体を揺らして、ローザへと歩み寄る。その空洞の瞳に 輝く光は、勝利を確信したように強く光る。 その歩みが、突然止まった。ローザが立ち上がったのだ。その身に負ったダ -306- 1―骨の山 骨の山だった。 深い青の岩壁が四方を包む広間のようになったその場所は、かなりの広さだ った。その中央に、白い骨の山があった。 驚いたローザはそれに近づいてみる。かなりの量と言えた。ちょっとした小 高い丘のようだった。しみ一つ無い、綺麗な白である。放置された骨特有の腐 敗臭などは一切無い。 さらに調べると、山の頂上は巨大な頭蓋骨だった。肉食の巨竜を思わせる獰 猛な牙が特徴の頭蓋骨だ。 「こんなに大量の骨。相当巨大な生き物だったようね。 」 骨の山を一回りしたローザがつぶやいた。頭蓋骨を改めて見た。ふと何かが 光っているのを見た気がした。ここからではよく見えない。ローザは意を決し て骨の山を登ることにした。 所詮、骨でしかない。足元は不安定極まりなかった。それでも、やっと光が 見えるところまで登ると、頭蓋骨の中を覗き込んだ。 「あれは・・・?」 ボンヤリと小さな光の玉が浮かんでいた。その中のある小さな物を守るよう に、ローザは思わずそれに手を伸ばした。 地面が激しく鳴動をはじめた。足元がおぼつかないローザは、バランスを崩 して山を滑り落ちてしまった。背中から地面に叩きつけられたローザが頭を振 りながら立ち上がると、驚くべき光景が繰り広げられていった。 先ほどまで彼女が立っていた骨の山を形成していた小さな骨が、全て宙に浮 いていたのだ。 「こ、これは・・・?」 骨は大きく渦を巻くと、中央の頭蓋骨目がけて集まり始めた。カチカチとい う音が聞こえる。目を凝らしたローザは、それがまるで精密機械の部品のよう に骨が組みあがっていく音であることを悟った。 そう、骨は合体しているのだ。 「そなたは、この聖なる“リボン”を欲するのか?」 -305- 第五二章 リボン 白魔法ホーリー 5―白魔法 一方、ローザの手のひらの光は、徐々に大きくなっていった。両腕に抱えき れないほどになった光球を、ローザは両手を頭上にかざしてさらに集中した。 どんどん光は大きくなる。 「だ、だがその魔法とて、“リフレク”の魔法防御を突き破ることはできん ぞ!」 「だから、私もリフレクを唱えたのよ。 」 ルナサウルスはすでに恐慌をきたしていた。体中の骨がカタカタと音を立て る。取り付かれたようにバイオを唱え続けては反射させ続けるが、全て吹き飛 ばされるのみであった。 「くっ。今の私には、これが限界。いくわよ!」 ―――神聖攻撃魔法“ホーリー”!――― 大人の身体で3人ほどが手を広げると届きそうな大きさの光球を、ローザは 天に撃ち出した。そちらには、目標はないはず。果たして光球はローザ目がけ て急激な落下をはじめた。ローザを包む虹色の壁がより一層輝きを増す。 『デルタアタック』による反射で加速力を増した魔法なら、絶対魔法防御を 突き破れる。魔法物理学による特殊現象の一つだ。今、ローザの魔法“ホーリ ー”は、ローザのリフレクを踏み台にして、本来の目標であるルナサウルスへ と撃ち出された。 ルナサウルスの悲鳴は、リフレクの壁とともに砕け散った。ルナサウルスの 身体を貫いた光球は地面に炸裂すると、大きく地面を穿ち、周囲の岩石を巻き 上げながら大爆発を起こした。 聖なる光の奔流の中に、ルナサウルスの骨の身体はまさに彼の言ったとおり に粉々に砕け散って消えた。 あまりに強い光に目を閉じたローザだが、まぶたの裏にまで光は侵入してき た。強い風が吹き荒れたような音がローザの耳を通り過ぎた。 6―白いリボン 光は、突然に途切れた。 おそるおそる目をあけたローザは、かつて骨の山であった場所を大きく抉っ たクレーターを見出した。 「見よう見まねだったけど、なんとかできたようね。 それにしてもすごい威力。 人が使うには、過ぎた力・・・。 」 ローザの顔は大量の汗だった。大量の魔力の放出にともなう発汗作用だ。 白魔法“ホーリー”。 -308- ローザの切り札 4―ローザの 「なれば、なんとする。そなたに私を倒す術があるというのか?確かにそなた の白き魔力の威力は高いようだが、それは私には届きはしない。」 ルナサウルスの言うとおりだった。たとえ肉体を回復させる“ケアル”のよ うな魔法でも、リフレクは反射させてしまう。それが、リフレクという魔法の 使いにくいところでもある。 「簡単よ。あなたと同じことをすればいい。」 ローザの身体が一瞬虹色に輝いた。それは、すぐに彼女を球状に包む壁へと 変わる。ルナサウルスが唱えたのと同じ、“リフレク”だ。 「くっ。だが、我が『デルタアタック』はその壁では防ぎきれん。そして、そ なたにこの私を倒す魔法があるのか?治癒魔法ごときでは、私を葬り去ること はできんぞ!」 いらだちを隠さず、ルナサウルスは叫んだ。ローザは相変わらず笑顔だ。 「大丈夫。それについても、考えてあるわ。」 「減らず口を!」 緑色の光の束が再びローザを襲う。ローザは素早く宙に跳ぶと、それをかわ した。その姿がそのまま宙にとどまる。 ローザの身体が激しく発光をはじめた。 「う・・・ん・・・。この魔法、すごい処理能力がいるのね・・・。もっと、 集中を・・・。 」 ローザが両手を胸の前にかざした。手のひらの間に小さな光が生ずる。ロー ザの身体をリフレクとは違う球体のものが包んだ。 それは、魔法陣だった。太古の魔法文字がその表面に浮かぶ。ミシディアの 長老ミンウが唱えた、究極魔法フレアに似ていた。 「そ、そなた、その魔法はもしや・・・?」 激しく動揺したルナサウルスは、立ち続けにバイオを唱える。が、その全て が魔法陣に弾き飛ばされる。 「そうよ。フースーヤのようには、いかないかもしれないけどね。 」 -307- メージを考えると、何事もなかったようにスクッと立ち上がったその姿は、ル ナサウルスには不可解だった。 ローザはうつむいたまま、両手を左右に広げた。 「治癒魔法“ケアルガ”!」 白い光が何本もローザの足元から立ち上る。すぐにそれは、ローザの身を包 む。ローザの肌に宿っていた忌まわしい毒がたちどころに消えていく。治癒魔 法でも最大の効果を誇る“ケアルガ”のプレッシャーは、ルナサウルスはその 迫力にわずかに後ずさった。身体の一部がわずかに崩れ落ちる。 治癒魔法を浴びたはずの身体が崩れるのは、何故だ。 ローザが顔を上げた。劣勢を全く苦にしていない、輝くような笑顔だった。 「やはり、あなたは見かけどおりのアンデッドだったのね。あまりに神々しい 雰囲気に惑わされそうだったわ。」 死せる肉体を行使するアンデッドには、治癒魔法は逆の作用を引き起こす。 すなわち、その肉体を崩壊させる。 1―巨竜 漆黒の翼は、艶やかに輝いていた。大きく羽ばたくと見えるその内側は、血 を塗りこめたように真っ赤である。圧倒的な威圧感を見るものに与える威容は、 その翼だけではない。 鍛え抜かれたミスリル片を思わせる銀の輝きを放つ胴体、古代の裸体像でも 表現不可能の滑らかでしなやかな筋肉が張り出したその巨大な2本の脚。巨体 の割りに小さい手が2本。長い首の先にある頭からは、悪魔を思わせる複雑な 形の角がボンヤリとした光を放つ。 猫の目を思わせる獲物を狙うその眼は邪 悪さに満ち、突き出して大きく裂けた口は、今にも灼熱の炎を噴き出しそうな 凶暴さである。 一見すると、その姿は青き星においても生物としては最大級の力を持つ魔物 “竜”のそれを思わせる。 しかし、今、セシルの前に立ちはだかったこの竜の力は、そこらの竜と比べ ても段違いであることをうかがわせた。そして、身の毛もよだつほどの邪悪さ も。 「ほう、わかるか。オレの力が。」 ギョロン、と眼を向けてセシルを見下ろした。抜き放った剣を下方へと垂れ 下げて構えるセシルは、その眼をにらみ返した。抜き身の剣の輝きが、竜を照 らす。 「くくく、パラディンか。貴様、何を感じてオレの元へとやってきたのだ?」 「・・・光の導くままに。 」 「くははは・・・!そうだろう、そうだろうなぁ!」 クリスタルの光で灼かれた視界が再び景色を取り戻したときには、見も知ら ぬ青い輝きが包む洞窟の中にいた。見回しても彼のほかに誰もいない。クリス タルと『ゼムス』の力のせめぎあいの中に放り出された5人は、その力の嵐の 中で離れ離れになったのであろう。 セシルはしばらくも歩かないうちに、己の心に輝く光が、とある方向を示し たのを感じた。迷いも無くそれに従ったセシルが行き着いた先に、この竜が現 れた。 セシルは、その竜の体内に封じられた強力な光の力を知った。己の心は、そ の封じられた光を求めたことも知った。 2―ダークバハムート 「そうよ、 『ゼムス』が忌み嫌う光の力を、このオレが身体の中に封じたのよ。 そして、光の力を使うパラディンを仕留めれば、 『ゼムス』はさぞかし喜ぶだろ うよ!」 醜く裂けた口を大きく広げた。赤い口の中が、さらに赤くなった。小さな光 -310- 第五三章 最後の聖剣 -309- それは、メテオやフレアとともに禁断の言葉として伝えられる伝説の魔法だ。 メテオやフレアと同じく本来ならば多人数による魔法の行使で最大の威力を発 揮する魔法だが、個人で使っても、その威力は計り知れない。かつて、フース ーヤが巨人の心臓“制御システム”に対して使用したことがある。 ローザはクレーターの底で鈍く光るものを見つけた。素早く駆け寄ってみる と、ボンヤリと浮いていたそれは、小さな2つのリボンだった。ほんのわずか にピンクに染まった白いリボンは、それ自体が光を放っているようにも見えた。 「ルナサウルスの言っていた“リボン”って、これかしら。普通のリボンに見 えるけど。」 そっと手を差し出すと、リボンを包んでいた光は弱々しく消えていった。ハ ラリ、とリボンが地面に落ちた。ローザはそれを拾い上げた。 「きれいなリボン。」 ローザは、いつもポニーテールにまとめている髪を結んでいた紐をほどいた。 美しいブロンドの髪が腰ほどの長さにまで垂れる。軽く頭を振ると、髪は鮮や かに波打った。リボンを手にしてその髪を再びまとめあげると、手早くリボン を結んだ。 「これでよし。でもセシルはきっと気づいてくれないんだろうなぁ。あと一本 はリディアにあげようかしら。」 もう一本のリボンを丁寧に畳むと懐にしまいこんだ。周囲を見回したローザ は仲間を求めて歩き出した。 3―メガフレア ダークバハムートの角が赤く輝き始めた。眼がカッと見開かれた。さらに大 きく口を開いた。 「長い時を生きた。そのオレの楽しみは、オレが最強だと自覚する、その瞬間 だ。オレに挑んだ全てのヤツが、オレの前で蒸発して消えた。そして、オレは 勝利の余韻に震えるのだ!貴様もオレの快楽のために、消えろ!」 身体全体が炎の色に染まった。ダークバハムートの頭が陽炎に歪みだした。 最後に大きく羽ばたいたダークバハムートは、雄叫びをあげた。 セシルは、一言つぶやいた。 「よく、しゃべるやつだなぁ・・・。」 ―――メガフレア!!――― 赤い光がダークバハムートの口から、発せられた。それは、セシルを含む周 囲のものを全て赤に染めた。徐々にそれは濃くなってゆく。岩は白い煙をあげ 始めた。岩石の融点をはるかに超えた高熱は、沸点をも超えてしまった。 4―光と影の宿命 大きく高笑いするダークバハムートは、小さな声を聞いた。 「幻獣神『バハムート』の名前は、リディアから聞いたことがある。そうか、 バハムートは実在したんだ。 」 驚きの表情でダークバハムートは左右を見回した。その首が、ピタッと止ま った。まだ、煙にあふれる削り取られた地面の縁だった。 「あちち・・・。 」 煙から手が伸びた。まだ熱をもった岩をつかむ。そこから、ひょい、と身体 を持ち上げたその姿は、まばゆい光を全身から立ち上らせた一人のパラディン、 セシルの姿だった。 わずかにその銀髪が焼け煙を噴いているが、その身体にはほとんどダメージ はなかった。 「立っている場所まで吹き飛ばされたからなぁ。 」 「き、貴様!何故・・・?」 頭や身体を叩いて埃を払いながら、セシルは言った。 「強い光に照らされてできた影は、その姿をより強く濃く大地に映す。君の力 も、光である『バハムート』の力の影として、強い力を使うことができる。 」 手にした光の剣を軽く振った。 「でも、闇は光を遮ることはできない。だから、光に属する僕を倒すことはで きない。 」 ダークバハムートが大きく吼えた。翼を広げると、その醜い口から赤球がま るっで大砲の連発のように立て続けに轟音を響かせて発射された。 -312- ダークバハムートの口から、さらにものすごい爆風が飛び出した。超高熱の 熱風が、全てを蒸発させる。その爆発は爆発を呼ぶ。赤い光の中に消えたセシ ルの背後には、何も無くなった。 月の表面に赤い爆発が起きた。内側からの赤い光は、暗黒の宇宙にまで達し た。 蒸発した岩石の白い煙と爆風による土埃、崩れる洞窟の岩石の落下の中で、 ダークバハムートは震えていた。己の引き起こした惨事の凄まじさに浸ってい た。身体の底から突き上げてくるような快楽の衝動に身を任せていた。 いつもながら、とてつもない破壊力だ。向かうところに敵は無い。 『ゼムス』 とて、この力の前にひれ伏すのだ! 「くくく。たまらねぇ・・・。たまらねぇぜ・・・。 」 地面に降り立ったダークバハムートは、その巨大な翼で身を包むと、満足そ うな眼でいつまでもきれいに消えてなくなった、いまだ煙だらけの光景を見と れていた。 「どこにいるかわからねぇ『バハムート』よ、見ているか!オレの力を・・・! 貴様など、及びもつかないこの圧倒的な力!くははは!」 -311- が発すると、顔をセシルに向き直る。赤球がセシルに対して撃ち出された。 セシルはその場を動かず、剣を一閃した。彼の眼前で赤球は2つに引き裂か れると、セシルの背後で爆発した。 「ふふ、さすがにパラディンよ。こいつは久しぶりに本気が出せそうだなぁ。 とくと見るがよい。こんな小さな月は、その気になれば簡単に破壊できるのだ ぞ?この『ダークバハムート』の力ならばな!」 先ほどとは比べ物にならない大きさの赤球が、立て続けにセシルに放たれた。 セシルは剣を目前に縦に掲げるとそのまま動かない。剣は、さらに輝く。 ダークバハムートが放つ赤球は、執拗だ。セシルに炸裂した爆発の中になお も撃ち続ける。すでに数十発、100発以上もの赤球が炸裂した。爆発は爆発 と結びつき、徐々に大きな爆発になる。 最後に特大の赤球が爆発に飛び込むと、天を衝く赤い柱となって、ダークバ ハムートの漆黒の身体を赤く染めた。 ダークバハムートの表情に、油断は無い。しかし、その口元は不敵な笑みに 歪む。その巨大な翼を大きく振るった。爆風は瞬く間に吹き飛ばされた。 その爆風の中央に白く輝く人影があった。剣を眼前に構えた先ほどとまった く変わらない姿で立ち尽くしていた。 「まさか、これが本気だとは言うまい?」 セシルの言葉に、ダークバハムートの顔はますます邪悪な笑みを浮かべた。 「くくくくく!いいぞ、いいぞ貴様!ゾクゾクしてきたぞ!」 ダークバハムートは翼を羽ばたかせて、宙に舞った。 「オレは見たいんだよ!久しぶりにオレの本気をな。そして、貴様は跡形も無 く蒸発して消えるのだよ。そして、オレは知る。この宇宙で最強なのは、この オレだということをな!」 -314- グナロク 5―ラグナロク 「やかましいぃぃっ!」 ダークバハムートの全身が、再び赤く輝いた。“メガフレア”の態勢だ。大 きく開いた口から漆黒の炎がチラチラと漏れる。 白い光が、流星のごとく空を切った。それは、開かれたダークバハムートの 口に飛び込んだ。 「ぎゃああぁあぁッ!」 セシルの光の剣だった。ダークバハムートに向けてそれを投げつけたセシル は、素早くその後を追った。口の奥に突き刺さった剣を抜き取ると、ダークバ ハムートの頭の上に立った。剣を逆手に構える。光の剣は、輝きを増した。 「漆黒の宇宙の闇となって、光を見守ってくれ。 」 ダークバハムートの頭に、剣の根元まで突き刺した。同時に白い光の刃は、 ダークバハムートの身体を一文字に貫く。 耳障りな断末魔が、 洞窟を揺らした。 剣を抜いたセシルは、地面へと飛び降りた。 しばらくその場に立ち尽くしていたダークバハムートだったが、その眼が光 を失うと、その身体はボンヤリとした漆黒へと変貌した。まるで、黒き雪のよ うに小さな粒子となって大気の中に舞うと、自らが開けた月の表面へと続く大 穴の中に消えていった。 漆黒の中に、小さな白い光が漂っていた。セシルがその側に近づくと、ゆっ くりと白い光が落ちてきた。何かを語るように、光は瞬いてみせた。 セシルは小さくうなずくと、 光の剣を天に向かって高く掲げた。 小さな光は、 ゆっくりと剣に吸い込まれるようにして消えた。すぐに剣は、かつてないほど のまばゆさをもって輝いた。洞窟全体を照らし出すような強さだった。セシル は、手の中の剣が形を変えていることを視界を灼いた光の中で感じた。 周囲を照らした光は天を貫く一本の光に変化すると、ゆっくりと光は収まっ ていった。 セシルが目にしたその剣は、より神々しく輝く姿に変化していた。 真っ白い刀身に刻まれた、小さな魔法文字。刃が放つ光ですら全てのものを 切り裂くような輝きである。人の手では到底造りだせない繊細な装飾が施され た柄。初めて見る剣なのに、セシルの手にしっくりとなじむ。まるで、生まれ たときから手にしているような親近感がある。とても軽い。 「・・・?ラ・・・グナロ・・・ク・・・?」 セシルの頭に小さな声が聞こえた。思わず剣を見つめた。その顔が、ふっと 和らいだ。 「聖剣『ラグナロク』 。よし、一緒に行こう。」 『ラグナロク』がキラッと瞬いた。セシルはそれを鞘に収めると、何事も無 かったように歩き出した。 宿命の5人は、月の中心を目指す。そこで待つのは、別の宿命を背負う2人 の男と、全ての諸悪の根源である。 -313- しかし、その全てがセシルの目前で弾かれる。 「でも、危険な存在に変わりない。力なき闇に戻してあげよう。」 -315- 中心核の輝き 1―中心核 頭上を見上げたカインは、思わず眉間に皺を寄せた。彼の頭の中は、見たも のに対する理解のためにブンブンと音をたてんばかりに動いていた。しかし、 どう考えてもその光景は説明がつくものではなかった。 光が、あった。 澄み切った青空のごとく、まばゆい光がカインのしなやかで強靭な身体を照 らしていた。不思議と、光には熱を感じない。これだけの光量をたたえながら、 熱をもたないとは、とてつもないエネルギーを持つ物体(?)といえる。 しかし、やはりどう考えてもおかしい。 確か、彼は月の地表からクリスタルに導かれ、月の中心核を目指し地底深く 潜っていることになっている。もし頭上を見上げたとき、見える光景は無機質 な岩壁以外ありえないはずだ。 ところが、この光景はどうだ。 まるで地上に立っているがごとき錯覚がある。 岩壁はその光に照らされ続けてそうなったのか、透き通るようにまぶしい。 よく見れば、カインの姿が鏡のようになって映りこんでいる。数え切れないカ インの顔は、どれもいぶかしみの表情を浮かべている。 「カイン!」 聞き覚えのあるこれもまた透き通った声が響く。振り返ったカインは、そこ にローザを先頭にした4人組を見た。 「おお、無事だったか。」 カインの言葉に、エッジが右腕を振り回しながら答えた。 「あったりめーよぉ!このオレ様を、誰だと思ってるんだ?」 「そういえば、王子様だったな?」 リディアが無邪気な声で大きく笑った。ムキになったエッジがわめき散らす 中、セシルがカインの側へ近づいてきた。 「すぐそこでみんなに会ったんだ。よかった、みんな無事で。ところで、カイ ン。この光景は?」 「わからん。確かオレたちは、中心核へと向かっていたはずだが。 」 カインが黙り込んでしまったところに、ローザが付け加えた。 「でもこの光、クリスタルの輝きによく似ているわ。」 その言葉に改めて頭上を振り仰いだセシルたちは、その光の球の向こうにも 薄暗く透明の岩壁が見えることに気づいた。つまり、セシルたちは途方もなく 巨大な球体の内側に立っていることになる。言われてみれば、規模こそ違え、 クリスタルを奉っていた部屋、“クリスタルルーム”の雰囲気にそっくりであ る。 「おそらく、ここが月の中心核なのだろう。」 カインのつぶやきは、セシルたちの耳に届いたのか。いや、カイン自身の耳 いの気配 2―闘いの気 エッジは、中心核にいたる道程で、幾度となく小さな振動音を聞いていた。 忍者ならではの優れた聴覚が、それは闘いの音であることを彼に悟らせた。お そらく、セシルたちのだれかが戦っているのだろうと、その時は考えていた。 しかし、今5人全員がそろってもなお、聞こえてくるこの戦闘音が不可解で 仕方なかった。しかも、徐々に大きくなってくるのだ。 突如、エッジは腹ばいになると、耳を地面にあてて動かなくなった。すぐに その表情がこわばる。その振る舞いに、セシルたちも聴覚を集中した。 「何者かが、戦っている?」 「3人だ。こりゃ、ただごとじゃねーぜ。 」 セシルの問いに、エッジは間髪要れずに答えた。 まもなく、5人全員が感じられる振動が起きた。カインが素早く指差す。 「あそこだ!」 まさにその瞬間、透明な岩盤は大きく膨らみ、おびただしい量の岩は細かな 土くれとなって宙に舞った。同時に、赤い巨大な炎の柱が、膨大な空間である この中心核を貫いていった。 その爆音の中に、セシルたちは2つの黒いシミを見つけた。 黒いシミは、徐々にはっきりとした形を整えていった。人の形だった。 まるで吐き出されるようにして、2つの影は炎の柱を飛び出してきた。激し く叩きつけられた影は、それでも巧みに着地をしたが、大きく地面を削りなが らようやく止まった。 その姿は青く薄く球状の魔法の膜に覆われていた。防御魔法“シェル”のよ うな力と思われる。 セシルたちは、その薄い膜の向こうに見えた姿に驚いた。影が立ち上がり、 そのバリアが大気に溶けるようにして消えると、その姿ははっきりと確認でき た。 ゴルベーザの瞳 3―ゴルベーザの 地面にまで達する真っ白の顎鬚が身体全体を覆っている老人。その眼は赤と 青に爛々と輝き、眉間に深い縦皺を刻む。手にした杖を構え直したその姿は、 月の民フースーヤ、その人である。 もう一人の影は、水が滴るような黒の甲冑の艶が目を引く。その姿は悪魔そ のものにも見える。しかし、それに違和感を与える首から上の部分。兜を被ら ないその頭は、中心核の輝きを美しく反射させる長い銀髪。セシルの表情から 幼さをとったような精悍な顔つき。今、その表情は、苦渋に満ちている。 ゴルベーザ、その人である。 -316- にすら入ってはいない。3人の目は、神秘的な光を放つ中心核をまぶしそうに 見つめるだけだった。 第五四章 邪なる者ゼムス しき挑発 5―悪しき挑発 「なれば、 フースーヤ。貴様のその老醜は、 忌まわしいものとは思わないのか?」 袖に隠されていた顔が、少しずつ露になった。ローブと同じ色のフードを被 った頭が見えた。目に相当する部分は陰になって闇の色だった。 透き通るような白い肌が見え始めた。皺一つない。 まるで、 女の唇のように赤くぬめった唇は、 わずかに笑いの形に歪んでいた。 セシルたちの想像を裏切る、意外に若い姿だった。 「貴様は“月の民”の本質がわかっておらぬ。我らは星を一つ死へと至らしめ、 水も空気もない漆黒の宇宙へと旅立ち、広大な空間を超え、時間さえも操り、 死をも超越する存在へと昇華した。 」 フードに隠れた目が、突如赤く輝いた。光を目に入れたセシルたちは、急激 に体力が低下していくのを感じた。黒魔法“ドレイン”の効果のようだ。“ド レイン”は、敵の体力を吸い取り、魔法行使者へと還元する攻撃魔法だ。 「貴様のような老いた身体をさらして生きる必要は、ない。貴様こそ、忌まわ しい姿よ。 」 赤く光るゼムスの目は、ギョロリとゴルベーザを見た。 「ゴルベーザ、貴様も同じよ。下賎なる青き星の女になぞ、月の民の血を引く 子を産ませたクルーヤ。蛙の子は蛙。貴様も忌まわしい男よ。 」 血に染まった唇が、より強い笑いの形になる。 「もっとも、そのおかげで、貴様を利用できたわけだが。 」 ゴルベーザが右手をゼムスに対して突き出した。すぐにその掌から光の球が 発生して撃ち出された。猛烈なスピードに球は楕円形に歪む。だが、光の球は ゼムスの眼前でパアン、という炸裂音とともに弾けて消えた。 「ゴルベーザ、挑発に乗るな!」 「・・・!」 フースーヤが叫ぶと、ゴルベーザの歯がギリッと鳴った。 手出し無用! 6―手出し 「ファファファファファ・・・!」 ゼムスが耳障りな高笑いを響かせた。ローブをはためかせて、膨大な魔力を 周囲に暴風として浴びせかけた。 セシルたちは、立っているのがやっとだった。 「我は月の民にあって、なお強大な力を持つ者。選ばれた者。この宇宙におい て、最も偉大なる存在。 」 目深に被っていたフードが、バッと吹き飛んだ。漆黒の長い髪を全て後ろに -318- まわしい姿 4―忌まわしい しい姿 セシルの気持ちもかまわず、彼らの前に突如現れた炎の柱は、なおも周囲を 紅蓮の赤に染め上げる。そこには、否応なく戦いの空気が張り詰めていった。 「おい、じーさん!こりゃー、一体何事だい?」 「すぐに、わかる!」 エッジの問いに、フースーヤは怒鳴り返した。 「見よ!あの忌まわしき姿を!」 フースーヤの指が指し示す先で、炎はより一層大きく膨らんだ。その表面に 小さな手が生えた。手は、炎を巻き取るように大きく振られた。途端に、あれ だけの火勢を誇っていた爆炎は、瞬く間に消えた。代わりに、その中心に右腕 を上空に高く掲げた一人の男の姿が残されていた。 その姿を視界に収めたセシルたち5人は、無意識に身構えた。その頬を、一 筋の汗が流れ落ちる。本能的に、目の前の男が危険であることを、かつてない 危険な存在であることを察知していた。 背は高い。2メートルを優に超える。鮮やかな青いローブで全身を覆ってい る。たっぷりとした、余裕のある着こなし方だ。床にまで達している。振り上 げた右腕の長い袖に隠れて顔が見えない。 今、その手がゆっくりと下に下がり始めた。とたんにその身体を、炎が燃え るように紫色のオーラが包み込んだ。オーラはまるで悪魔の姿を模した形に揺 らめく。 「忌まわしい、と言ったか?」 子どもの声のようにも、聞こえる。老人のそれにも、聞こえる。若い女性の ような気もする。壮年の男のたくましさも感じる。複数の人間が一斉に話して いるような声だった。 ただ一つ確実なのは、吐き気をもよおすほどの邪悪さがその声に満ちていた ことだ。 -317- 「フースーヤ!それに、ゴルベーザ?」 リディアが驚いて声をあげた。その声に、2人は振り向いた。 「おお、お主らか。」 フースーヤの目が大きく見開かれた。見れば、身体のいたるところから薄く 黒い煙を噴いている。先ほどの爆炎の威力がいかなるものであったかを物語る。 それは、ゴルベーザの身体も同じだった。 ゴルベーザを見つめる、セシルの表情は複雑だった。いかに操られていたと はいえ、あれだけの惨劇を引き起こした張本人が、まさか自分の兄だったとは。 バブイルの巨人内部で真相を聞いたときには、全く実感がなかった。 今も、そうだ。兄だとは割り切れない。憎むべき敵としてのイメージが抜け きらない。 ゴルベーザがセシルの視線に気づき、ちらとことらを見た。その目が小さく キラリと光ったような気がした。視線は、すぐに前方の爆炎に戻った。 セシルは少し、戸惑った。今、ゴルベーザの目に宿った感情は、“優しさ” だったような気がしたからだ。ひどくそぐわないものを見た感じだった。 ローザが、心配そうにセシルを見つめる。 ゴルベーザの実力 7―ゴルベーザの 対するゼムスは、その様子を一瞥しただけでその場を一歩も動かない。 「よいのか?せめてムシケラ同士、力を合わせぬでも。 」 「ほざけィ!」 フースーヤが振るう杖から、 巨大な炎の弾丸を撃ち出した。極大火炎魔法“フ ァイガ”。弾丸は炎を巻いて、ゼムスを襲う。ゼムスは右手を開いてそれをす っと上げると、弾丸を受け止めた。軽く手を振ると、炎ははかなく散った。 「ほれ、この程度の力・・・。」 その余裕の表情はすぐに消え、はっと見上げたゼムスの視界にゴルベーザの 姿があった。 「これなら!」 ゴルベーザの漆黒の鎧の艶が、黄金色に変わった。その体から、稲妻の嵐が 発生した。極大電撃魔法“サンダガ”。それは、雨。豪雨と化して、ゼムスの 立つ地面を片っ端から砕いた。 見守るセシルの網膜に、 黄金の光が焼きついた。 轟音が耳を貫いていく。 「おおお!」 なおもスコールのごとく、雷は降り続ける。ゴルベーザの雄叫びはいつ果て 8―激戦 しかし、これだけの攻撃を叩き込んだところを見た割には、2人の表情は冴 えない。エッジは、なおも背中がピリピリするのを感じている。それは、彼な りの危険を知らせるサインである。 それは、攻撃を叩き込んだゴルベーザ本人も感じていた。勝負を決したほど の力を行使して、なおその表情に油断はない。 果たして、砕け散った岩石の欠片が渦を巻いて吹き飛んだ。その中心に立っ ていた一つの人影。 纏う蒼いローブには傷一つない。むろん、まるで女性のそれのように真っ白 なその顔にも。相変わらず邪な笑みを張り付かせて、自らを「神」と名乗る男 は立ち尽くしていた。 「ファファファ、さすが月の民の血を引きし男。我が選んだ男よ。だが、それ でもダメだな。 『神』を倒すにはいたらぬ。 」 ゼムスはそれだけ言うと、軽くその右手を振った。その目の前から、炎の壁 が猛烈な勢いで噴き出した。それは、徐々にゴルベーザとフースーヤを押し潰 すために近づき始めた。 フースーヤは素早くゴルベーザの前に立つと、両手を高く天に掲げてその両 目を鋭く光らせた。すぐに、その身体は青い光の球体に包まれた。 「ゴルベーザ、いくぞ!パワーをためろ!」 「いいですとも!」 その声に応じたゴルベーザは、両腕を大きく広げると目を閉じて集中をはじ めた。その鮮やかな銀髪がより一層輝き始める。 「何を試みても、無駄だ。 」 ゼムスが右手を2人に向ける。徐々に迫る炎の壁は、一気に2人に襲い掛か -320- るともなく響き渡る。雷一本一本が、巨大な獣ですら一撃で粉砕する威力を持 つ。それがすでに、数十本以上もゼムスに叩き込まれていく。想像を絶する膨 大な魔力である。 雷に砕かれた透明の岩石が、月の中心核の輝きに照らされて、キラキラとき らめく。ゴルベーザがようやく着地すると、それらはゆっくりと地面へと落ち ていく。その中にあったはずのゼムスの肉体は、完膚なきまでに破壊されたは ずだ。 「・・・すげーな。 」 エッジのつぶやきに、となりにいたカインはゆっくりとうなずくしかなかっ た。 エッジは、はじめてゴルベーザの力を目の当たりにした。 カインは、ゼムスの影響下にあったとはいえ、このゴルベーザに操られてい た。 そんな2人の感慨は、ひとしおだった。 -319- おくった頭が見えた。20代で通用する外見だが、吐き気がするほどの邪悪さ をあたりに撒き散らしていた。口元には、忌まわしい笑みが浮かぶ。 「我が名は、『ゼムス』 。それは、神の名なり。」 セシルは、目の前のこの男が、青き星に限らずこの宇宙にとって危険な存在 であることを知った。倒さねばならぬ敵であることを知った。 そして、それが困難を極めることであることも知った。 「セシルたちよ。この戦い、手出し無用!」 フースーヤの言葉に、セシルをはじめとした5人は我が耳を疑った。 「おい、そりゃねーだろ、じじい!この血色悪そーなやつに、あんたら2人だ けで戦うのか?」 エッジが思わず叫んだ。それは、5人の気持ちの代弁だった。 「フースーヤ、無理だ!ゼムスは、そんな簡単には・・・!」 「違う!」 セシルは、声のした方を向いた。ゴルベーザだ。 「違うのだ、セシルよ!お前たちを戦いに巻き込ませるわけにはいかない理由 があるのだ。」 ゴルベーザの表情には、厳しさがあふれていた。それは、フースーヤも同じ だった。 「ゆくぞ、ゴルベーザ!」 「はい!」 言葉と同時に、2人は別々の方に跳んだ。 10―“あの”魔法 10― 「かあああぁぁぁッ!」 フースーヤの雄叫びがより一層高まる。その体が白く光りはじめた。その背 後のゴルベーザの身体もまた、白く輝きだした。 「・・・。」 ゼムスの眉が一瞬縦皺を刻んだ。その足元は、2人が放つ魔力による地震を 伝える。さらにその身に吹き付ける魔力が直接身体を震わせる。この力は、た だごとではなかった。 突然、その表情から感情が消えた。その白い肌のためか、まるで能面のよう 11―W・メテオ 11― ゼムスの身体も激しく発光をはじめた。その光は、凶々しさにあふれた漆黒 の光。それは、フースーヤたちの光と激しいせめぎあいを始めた。 「まだだ、ゴルベーザ!もっと、もっと力を!」 「はあああぁぁぁぁッ!」 2人の姿は、白い光の中に消えた。彼らの頭上で、黄金色の光が弾け始めた。 何かが炸裂する音。無理やり物を引き裂くような、身の毛もよだつ音も混じる。 「いいぞ!待っていたぞ、その力を!さあ、聞かせるがよい、忌まわしきその 言葉を!使うがよい、禁断の魔法を!我は、その力を待っていた!」 セシルは、今こそゴルベーザがこの戦いへの介入を止めた理由を悟った。こ の強大な力を前に、身を引かないことは死を意味する。 そして、彼は叫ばずにはいられなかった。 「に・・・・・・!」 セシルの叫びは、轟音にかき消された。 ―――ダブル・メテオ――― 耳をつんざく爆音と同時に、セシルたちは黒い巨大な穴を見た。弾ける白い 光の乱舞の奥に見える、漆黒の巨大な穴。そこにはきらめく小さな光がある。 それは、夜空に輝く満天の星空のようでもある。 -322- 9―予感 「ここまでとは、想像していなかった・・・。」 セシルが白魔法の力を全開にして背後の4人を守っている。その表情は驚愕 を隠そうとはしない。彼らの行使する力は、天変地異に匹敵するものだ。まる で、この月自身が震えているようだ。 「これは、ただごとじゃない・・・。」 リディアが身を縮めながらつぶやいた。彼女はいま、かつて感じたことのな い魔力の高まりを感じていた。寒気を催すほどの力である。 「セシル・・・。」 ローザもまた、そのとてつもない力に不安を感じていた。そのローザを背後 に守りながら、セシルの頬に一筋の汗が落ちる。 「ローザ、“シェル”を張る準備をしておくんだ。きっと、とてつもないこと が起きる・・・!」 うなずいたローザは、両手を組むと魔法の集中に入った。セシルは高まる心 臓の鼓動を、やかましいほどに感じていた。 これから起きる出来事の凄まじさを予想して。 猛烈な破壊音がしたと同時に、 炎の壁が大気へと散り消えた。その中心には、 青い球体に包まれたフースーヤとゴルベーザの姿があった。彼らの魔力が、あ の強烈なエネルギーの塊であったはずの炎の壁を吹き飛ばしたのだ。 「ぬう?」 ゼムスの顔から、初めて笑みが消えた。彼としては、それなりの力を使った つもりなのだろう。それを弾かれた。 ゼムスはさらに、強烈な光弾を目にもとまらないほどに連射した。その一発 が、小さな山なら吹き飛ばせる威力がある。 ところが、その全てが、フースーヤのバリアによって、直前で弾け消える。 に見える。なまじの怒りの表情より、はるかに恐ろしいものに見える。しかし、 その表情はさらに恐ろしいものへと変貌した。 それは、強烈な邪気を含んだ笑みだった。 「そうか。貴様ら、“あれ”を・・・!」 フースーヤとゴルベーザの身体を、白い輝きの球状の魔法陣が包んだ。急激 にその表面に複雑な魔法文字が描かれていく。文字もまた赤く不気味に輝く。 まるで、壁のような魔力の衝撃が周囲に撒き散らされる。バリアを張っていた セシルたちが危うく吹っ飛びそうになったほどの力だった。 体が押しつぶされそうなほどの魔力を放つこの魔法を、セシルは見覚えがあ った。 それは、忌まわしい言葉。 かつては、小は国を跡形もなく消し去り、大は大陸ですらも消滅させた力。 この魔法を使った復讐の鬼は、その命の全てを吸い取られて、逝った。 今、その魔法が目の前で再び放たれようとしている。 「よいだろう、使うがよい!貴様たちの全ての力を!」 ゼムスが大きな声で笑い出した。まるで、狂ったかのような姿だ。いや、狂 っている。狂気にかられている。そして、なぜか歓喜にかられているようにも 見える。その姿を見たリディアは、身が凍りつくような悪寒を感じた。 -321- る。激しいせめぎあいとともに、フースーヤのバリアと炎の壁がしのぎを削り あう。極限の力と力のせめぎあいに、 激突点から激しいスパークが巻き起こる。 セシルたちも自分たちの身を守るので精一杯である。 -324- 12―潰えた野望 12― 穴から飛び出したそれは、やはり隕石である。だが、その大きさが半端では ない。彼には、それはまるで月そのものが落ちてきたようにしか見えない。 それほど、巨大だった。 目の前は、灼熱して赤く燃える隕石の表面しかうつっていない。その圧倒的 な質量を見るだけで、彼の身体は押し潰された錯覚にとらわれる。セシルは、 激しくあえいだ。そうしないと、息ができない。 そのプレッシャーは、あげてゼムスに注がれていた。その隕石の大きさに対 して、 「神」を名乗る男は、悲しいまでに小さかった。彼が放つ黒き光も、小さ な小さな抵抗にしか見えない。彼がいかに力をふるおうとも、その全てが巨大 な隕石に吸い取られる。何もかも焼き尽くす熱とともに、隕石はゼムスへと迫 る。その表情は、赤い熱の光に遮られて、もはや見ることはできない。 フースーヤとゴルベーザの姿は、まだ白い光の中にある。中からは2人の雄 叫びが聞こえるのみだ。 小さなゼムスの影は、ほんの少し隕石とせめぎあった後、あっけなく灼熱の 赤の中に消えた。着弾の衝撃で地面は大きく抉れ、すぐに熱で溶け始め、さら に蒸発してしまう。 ものすごい白煙に包まれながら、隕石の巨体はなおも月の中心核を大きく削 り取る。これだけ広大な月の中心核内部においても、今やその影響がない部分 はどこにもなかった。そこかしこで岩が吹き飛び、溶け、蒸発する。太陽のよ うに輝く中心核も、隕石の熱の光の中に消えた。 セシルたちには何も見えなくなった。何も感じなくなった。自分の声も聞こ えない。もしかしたら、死んでしまったのかもしれなかった。 実際には、ものすごい熱気を帯びた暴風に飲まれて吹っ飛んでいるのだが、 セシルを始めとした5人には、そんなことを理解する感覚は残されていなかっ た。 青き星でも相変わらず月の観察を続けている天文学者コリオは、突然に起き たその現象に驚いた。隕石が着弾した衝撃波は、猛烈な勢いで月の大地を掘り 進み、月の表面へ達した。白い無機質な大量の岩を巻き上げて、月の一角を完 全に欠けさせてしまう。漆黒の宇宙へと、岩石は散っていく。まるで、風船が 破裂したようにも見えた。 圧倒的な力の中に、神を名乗った男の小さな野望は、はかなく消えた。 「力を 合わせる」とは、なんと大きな力を生むことか。とてつもない破壊の光景の中 にかすかに聞こえた声は、誰の耳にも届かない。 「我が肉体が滅びようとも・・・。魂は・・・、ふ・・・め・・・つ・・・!!」 -323- 漆黒の穴が徐々に赤くなり始めた。絶望的なほどの地響きと轟音が聞こえ始 めた。 かつて、伝説の大魔導師としてその名を馳せたテラという男。彼が放ったメ テオは、空を埋め尽くすほどの流星群がゴルベーザもろともゾットの塔を跡形 もなく打ち砕いた。その隕石の大きさは、それでも巨大な岩石といった表現が 合う程度のものでしかなかった。 しかし、セシルの視界を埋め尽くした、このメテオは違った。 2―勝利の余韻 ふらつく足元をセシルが支えてようやく立ち上がったローザは、聞き覚えの ある声を耳にした。 「おう!お前らも生きていたか!」 「ローザ!みんなも、よかったっ!」 エッジとリディアの2人が、意外に確かな足取りで近づいてくる。いついか なるときも、この2人は元気だ。 「セシル、あれを!」 カインが突然、声をあげた。そのカインが顔を向けた方向、そこには淡い青 い光に包まれた2つの物があった。いや、それは、人だ。よく見ると、大きく 肩で息をしている。かなり消耗しているようだ。 もちろん、この光景を生み出した張本人たち、フースーヤとゴルベーザだ。 「フースーヤ!」 ローザがまだふらつく足で近寄ると、フースーヤの様子をうかがった。激し く体力を消耗しているが、意識ははっきりしている。 「・・・お主ら、無事だったか。よかった。 」 出会ったときから仏頂面を崩したことがないフースーヤの皺と髭に覆われた 口元に、微かに笑みが浮かんだ。 「この月を吹き飛ばしかねない威力の魔法だった。お主たちを巻き込まないた めに、青き星に残したというのに。仕方のないやつらじゃ。 」 台詞とは裏腹に、その口調はどこか嬉しそうだ。ゼムスを倒したという手ご たえがあったのだろう。 「へっ!せっかくこのオレ様がブッちめてやろうと思ったのによ!これじゃあ、 出番がねぇじゃねぇか!」 エッジがフースーヤの背中をドスンと叩くと、フースーヤは力尽きたように 腰をおろした。 「おいおい、じいさん。大丈夫かよ。 」 「ふう、お主のような若造に心配されてしまうとは。私も老いたか?」 「かぁーっ。口の減らねぇじいさんだぜぇ。」 大声で笑うエッジの横で、セシルは複雑な顔で立ち尽くしていた。その視線 を追うと、そこには同じく消耗しきったゴルベーザの姿があった。 シルの涙 3―セシルの 「・・・・・・。 」 もの言わぬセシルの視線に気づいたゴルベーザだったが、疲労の色の濃い顔 をわずかにあげてセシルと目を合わせても、肩だけが大きく揺れるだけで言葉 はない。 「セシル、いいの・・・?」 ローザが隣で心配そうな顔でセシルにたずねる。それでもセシルはどうして よいかわかならい。 不意にゴルベーザがゆっくりと立ち上がった。 「セシル。 」 突然名を呼ばれたセシルは、弾けるように身体を動かした。と、ゴルベーザ の姿勢が崩れた。疲労のため、足元がおぼつかない。 「・・・・・・・!」 気がついたときには、セシルはゴルベーザの身体を受けとめていた。ゴルベ -326- 1―目が覚めて 始めに感じた感覚は、聴覚だった。 何かが、さらさらと落ちる音だった。時折大きなものが落ちる音も混じって きた。 ローザはそれを聞いて、自分がまだ生きているのを確認した。 まず、自分の様子を確かめることにした。手足は動かない。感覚を感じない。 まぶたを動かしてみる。かろうじて、動く。ゆっくりと、目を開けてみた。ボ ヤけた視界が広がるばかりだ。 少しずつ、体が動き始めた。それでも、まだほんのわずかずつだ。 声が、聞こえてきた。 「・・・ザ!ローザ!」 すぐそばで聞こえた声だった。わずかに動く首をひねってみる。視界が徐々 に定まってきた。 「あ・・・。セシル・・・。 」 ローザを抱きかかえたセシルは、ローザの意識が戻ったことに安堵の表情を 浮かべた。彼の後ろに、やはりほっ、とした顔のカインもいた。 「よかった。無事だったのね・・・。」 まだはっきりとしない虚ろな表情で、ローザはつぶたいた。途端にセシルと カインはお互いの顔を見合わせると、呆れた顔をした。この女性は、いつでも 自分の身よりも他人の方が心配なのだ。 軽く頭を振ったローザは、ようやく周囲の様子を確認することができた。そ れは、驚くべき光景だった。 周囲の景色は、一変していた。まず、先ほどから聞こえる音は、細かく砕け 散った岩壁の欠片だった。月の中心核の光に照らされて、まるでダイヤモンド ダストのように輝いている。その中心核の向こう側に見える光景は、星空だっ た。ポッカリと空いた岩壁の向こうに、漆黒の宇宙に輝く星空が見えた。 「あの巨大なメテオが開けた穴らしい。こんな威力は、見たことがない・・・。 」 カインが恐れを隠さずにつぶやいた。明らかに、天体一つを破壊できる、驚 異的な威力だった。この攻撃の前には、いかなる防御も無と帰するであろう。 -325- 第五五章 憎悪の炎ゼロムス ロムス” 5―“ゼロムス” フースーヤの眉間に深い皺ができていった。 「この邪悪な気配。比較にならんくらい、巨大だが・・・。 」 フースーヤの言葉を、ゴルベーザがつないだ。 「ええ、ヤツと、同じもの!」 炎が大きく、揺らめいた。それだけで、常人なら死を招きかねない衝撃波が 彼らを襲う。 「・・・我は・・・。 」 聞き覚えのある声だった。しかも、つい先ほどまで。 「我は、 『完全暗黒物質』 。邪悪なるゼムスの意思が生み出した、憎しみの炎。」 見る間に炎は巨大化し始めた。そして、徐々になんらかの形をとり始めた。 「我は、闇。我は、死。我は、無。我が名は、 『ゼロムス』!」 世界は、白に覆われた。色の反転したこの世界で、それはすなわち、“闇”。 次にセシルたちが視界を取り戻したときには、世界の色は元に戻っていた。 しかし、彼らが以前いた世界に無かったものが、一つ。 抜けた青空のような、鮮やかな青だった。洗練された淑女の波打つ髪のよう に、美しい青の管が、全身を包みうねっている。まさに、それは“髪”だった。 中心核の照り返しに輝く巨体が滑らかに回転すると、その髪を割って、何かが 見えた。 顔のようだった。そこだけは、肉腫のように醜く突き出した顔だった。年老 いてるとも言えるし、幼子の顔にも見える。ただ、その2つの瞳だけが吸い込 まれそうなほどの、深い深い、蒼だった。憂いすらたたえている、神々しいも のにも、見える。 この邪悪に、ふさわしくないものだった。 ロムス、その存在 6―ゼロムス、 セシルたちの頭に、何かが響いた。それは、歌声だった。ひどく高い音が続 くようにも聞こえる。体の芯を揺さぶるような低音にも聞こえる。 「歌っているというのか?」 カインがつぶやいた。つぶやくのが、精一杯と言うべきか。今、彼の身体は、 強烈な脱力感に見舞われていた。もうすでに一歩踏み出すのが、やっとの状態 だった。 「ゼムスは、欲した。あの、青き星を。」 尻もちをついて座り込んでしまった。リディアは、歌声に混じって聞こえて きた声に、顔をあげた。 「何故か。あの美しい星を支配したいためだ。では、何故支配するのか。 」 フースーヤが杖を頼りに、辛うじて立ち上がった。目ばかりが爛々と赤と緑 -328- 4―謎の炎 戦勝と運命に踊らされた者たちの解放を喜び合っていた一同。 突然、目の前に映る光景の色が、全て反転するのを見た。すなわち、銀色の 命の光は、闇より深い黒に。光に対なす影が、目に染みる白に。 全員の顔が、一斉に凍りついた。 同時に、体の奥まで凍てつかせるような急激な気温の低下を感じた。いや、 実際に温度が下がっているわけではない。魂を掴み、握りつぶす巨大な手のよ うな重圧で、身を凍りつかせる寒気が、彼らを襲っている。殺気、と呼ぶには、 あまりにも巨大で膨大なものだった。それは、この月はもちろん、青き星や太 陽、この宇宙さえ包み込むような勢いを感じさせる。 「い、一体ぜんたい、なにが!」 エッジは盛んに周囲を見渡すが、色の反転した世界の中に不審なものは、無 い。 「セシルッ!」 突然ゴルベーザが叫ぶと、セシルの前に立ちはだかった。驚いたセシルが見 上げると、そこにはどこから現れたか、漆黒の炎が燃え盛っていた。今、それ は彼らにのしかかるようにして襲い掛かってくる。 「うおおおおッ!」 ゴルベーザの防御魔法もむなしく、炎に激突した2人は大きく吹き飛ばされ てしまった。それでもなんとか態勢を整えて着地した2人は、そこにあったは ずの炎の姿を見失った。 「く、一体・・・?」 軽く頭を振ったセシルが、次に焦点を結んだ場所。 そこには、小さな炎がチロチロと燃えていた。それは、先ほどのものと比べ ると、ひどくはかなく見える。吹けば消えそうだ。 だが、彼らを押し潰す重圧は、まさにその炎から放たれていた。 -327- ーザの体格以上の重さを感じた。 「・・・すまん。」 なんとか立ち直ったゴルベーザが一言言った。 その時、なぜかセシルの頬を涙が伝った。とめどなく流れる涙は、止めよう がない。セシル本人にも、理由がわからない。ただ、心臓の鼓動だけがやけに やかましく身体を揺さぶるのだった。 彼を見つめるローザの目からも涙が滂沱として流れ落ちていった。 月の中心核に照らされた地面が織り成す銀色の世界は、相変わらず美しかっ た。 月の民がこの月で眠りについたさらにはるか太古の昔から、この月の命とし て輝き続けていた。 今も、変わらない。そして、これからも変わらない。 この月に、脅威をもたらすものは、消えたのだから。 クリスタルの光 8―クリスタルの 「いかん、ゴルベーザ!“アレ”を使うのじゃ!」 かろうじて口だけを動かしたフースーヤが叫んだ。うなずいたゴルベーザは、 力なく立ち上がると懐に手を突っ込んだ。ゴルベーザは、それを取り出すと両 手で包み込み、 上空へと掲げるように突き出した。ゆっくりとその両手を放す。 はじめは、白く光る何か、だった。そのまぶしさに、形は見てとれない。ほ んのわずかな煌きの瞬間に、姿が見える。どうやら、石のようだ。こうしてい る間にも、隕石群はまさに眼前にまで達しようとしていた。 「“クリスタル”よ!邪悪な意思にとらわれた隕石たちを消すのだ!そして、 あの邪悪なる闇の塊、“ゼロムス”をも屠り去れ!」 掲げられた“クリスタル”から、膨大な数の光の帯が発生した。それらは瞬 く間に隕石群の数を上回ると、次々と隕石群に襲い掛かる。それでもなお残っ た光は、全てゼロムスへと炸裂した。 ゴルベーザの身体に、衝撃が走る。“クリスタル”の光と隕石群、そしてゼ ロムスの力とのせめぎあいが、そのまま彼の身体を貫く。 「ぐううう・・・。 」 体中を駆け巡る五体をバラバラに引き裂き、あまつさえ魂すらも四散させる ような力に、ゴルベーザは歯を食いしばって耐える。それを傍らで見守るフー スーヤだが、凄まじい振動のためにゴルベーザの姿をはっきりと見ることはで きない。 「この後ろには・・・、セシルが・・・!」 ゴルベーザが耐える少し向こう。そこには気絶寸前の意識の中、彼を見守る セシルの姿があった。 「・・・さ・・・ん・・・!」 セシルが意識を途切れさせる瞬間に見たのは、弾け飛ぶ白い“クリスタル” の輝きだけだった。 9―宴の後 「だははははっ!」 高い音を立ててぶつかりあったグラスには、すでにヒビが入っている。しか -330- 執念のメテオ 7―執念の 「くぅぅ、力が、足りぬ・・・ッ。 」 「やむをえん。残った力、私に貸すのじゃ。」 ゴルベーザの力を受け取ったフースーヤの体が、 すぐに白く輝いた。 それは、 すぐに球体の魔法陣となり、その中にフースーヤの姿が消えた。かすむ視界の 中で、セシルはあの恐るべき魔法が再び発動したのを見た。 「消えうせろ、ゼロムス!究極破壊魔法“メテオ”!」 ポッカリと空いた月の大地から見える、漆黒の宇宙。そこに、無数の赤い点 が発生した。見る間にそれは大きくなり、やがて黒を赤に染め変えた。空気と の摩擦で燃える隕石群であることは、言うまでも無い。 絶望的な振動と落下音とともに、それはすぐにでもゼロムスの巨体を打ち砕 くはずだ。 「・・・・・・。」 ゼロムスの表情に、微塵も動揺は見られない。その巨体を揺らめかせて、静 香に宙に浮いていた。 「むぅッ?」 光の中にあるフースーヤの表情が曇った。 はっと上空を見上げた。 本来なら、 すでに隕石群はゼロムスを跡形も無く破壊し尽くす頃だ。 ところが、隕石は一個たりとも落ちてくる気配が無い。 「フースーヤ、あれを!」 ゴルベーザの声に、目を凝らしたフースーヤの表情が、愕然となった。 赤い隕石群がボンヤリと色を変え始めていた。それは、赤から徐々に濃くな っていく。やがて血の色を通り過ぎ、青みを帯びたかと思うと、闇より深い紫 に変貌した。 「ゼロムス、貴様・・・?」 キッ、とゼロムスをにらみつけたフースーヤの体は、突然動かなくなった。 まるで、強力なヒモで身を縛られた感じだ。 「貴様たちの小さな力が、 我に通用すると思ったのか?あの小さな隕石どもは、 我の意識となった。我の、思いのままに動く・・・。」 月の上空に止まっていた紫の隕石群は、重力を思い出したかのように再び落 下を始めた。 だが、当初とは目標が違う。 -329- に光を放つ。 「壊すためだ。美しいものは汚す。創造物は破壊する。人も、動物も、植物も、 全て、死ぬ。青き星も例外ではない。では、何故、支配するのか。 」 ゴルベーザがセシルをかばうように立ち上がる。その後ろで、セシルは片膝 で立っているのがやっとだった。 「壊したいからだ。我が手で、死を与えたいからだ。どうせ、死ぬもの。ゼム スは、全てを破壊するつもりだった。」 ゴルベーザに近づいたフースーヤがうなづきかける。それにゴルベーザもこ たえた。そして、素早く印を組むと、魔法の詠唱に入った。 「我は、ゼムスの意思。ゼムスの野望。生まれてくる必要は無い。この我が、 無へと帰してやる。全ては、“ゼロ”へ・・・!」 ゼロムスの邪悪なその唇が、叫びの形に大きく開かれた。その巨体を震わせ る。 吼えている。 10―予感 10― 手に残ったグラスの取っ手をひょいと放り投げると、シドはテーブルから飛 び降りてフラフラと歩き始めた。 歩く余地などないように地面に横たわる人々につっかえながら、それでも彼 がまっすぐ目指す場所、それはどうやら、“祈りの塔”のようであった。 「・・・あれ、シドさん。どうしたんだい?」 祈りの塔の入り口で、外の様子に呆れ顔で立っていたのは、ギルバートだっ た。シドが近づくと、その酒臭さに少々辟易した。 「なんじゃろうなぁ・・・。急にここにこなければならない気がしてなぁ。 」 ボリボリと髪をかいたシドの言葉に、ギルバートの表情が引き締まった。 「シドさんもかい?僕も部屋にいたんだけど、月を見ていたら、急に・・・。 」 2人が人の気配を察したのは、その時だった。振り返ってみると、そこには 数人の人影があった。 11―祈りの塔 りの塔の異変 11― 月明かりに照らされたミシディアの夜景が美しく映える時間だった。 試練の山を取り囲む深い森の緑はより一層昏く、対照的にボンヤリと銀色に 煌く山の輝き。このミシディアで一番高い建物である“祈りの塔”からの風景 である。 だが、今その光景は識別不能なまでに歪んでいた。部屋の中央に立つ長老ミ ンウは、身を引きちぎられそうなこの異常事態の真っ只中にいた。 「ぐううッ。これは、一体・・・?」 祝勝会も早々に引き上げたミンウは、引き続きこの“祈りの塔”で祈りを捧 げ続けていた。だが、突然部屋の様子が暗くなったかと思うと、その景色が歪 みだしたのだ。 「・・・これが、“ゼムス”の力だというのか・・・?」 青き星において、今現在最も月に対して影響力をもつ場所がこの“祈りの 塔”である。 そこから多少なりともセシルたちに力を送るミンウの祈りが、“ゼ ムス”、いや、今や“ゼロムス”と化した憎悪の炎の力を触発した。 月を覆い尽くすほどに溢れた力は、この“祈りの塔”を介して青き星をも浸 食しようとしていた。 「じいちゃん、おい、じいちゃん!死んでねーだろーな!」 まだかろうじて機能している聴覚が、パロムの甲高い声を聞いた。続けてド アを叩く音が聞こえる。 「下がっておれ。私が。 」 ヤンの声が聞こえたすぐ後に、ドアは一瞬膨らむと粉みじんに砕け飛んだ。 その向こうに、ヤンたちの姿があった。 「長老殿!これは・・?!」 部屋に入ったギルバートたち5人は、すぐに身を蝕む重圧にさらされること になった。 「おそらくは、“ゼムス”の力!このままでは、ここを中心にこの青き星がヤ ツの力に侵されることになる!」 12―祈りを力 りを力に 12― ミンウの苦しげな言葉に、シドがケッと喉を鳴らした。 「なんじゃあ、せっかく良い気分で酔っておったのに!」 口では他愛も無い言葉を放っているが、顔は真剣そのもの、泥酔者のそれで -332- 「どうやら、気のせいではなかったようでござるな。 」 「あんちゃんたちもかい?」 「みなさんも・・・!」 ファブール国モンク僧ヤン、ミシディアの見習い魔導師パロムとポロムの3 人だった。 -331- し、そんなことにはおかまいなしに並々と注がれている液体は、いつもの濁り 酒だ。 シドはそれを一気にあおって、酒臭い息を大きく吐いた。そのシドと乾杯を したキング・ジオットもグラスを傾けるが、さすがにもう勢いが無い。 「うううーっプ・・・。もうだめじゃ・・・。」 ついにキング・ジオットが力尽きて、地面を揺らすようにして仰向けに倒れ てしまった。それを見下ろしたシドは、手酌でグラスに酒を満たすとわめき散 らした。 「なああああああああんじゃあ、キ―――――ング・ジオットォォォ!もう終 わりかぁぁ。もうちょっとつきあわんかい!」 シドは手近なテーブルに乗っかると、その上に仁王立ちになって一人高笑い した。ふと見回すと、酔い潰れた人々が累々と一面に横たわっていた。 セシルたちが月へと旅立った後も、祝勝会は後片付けどころかいつ果てると も無く続いていたのだった。もうすでにシドのペースについていけないギルバ ートやヤンなどの面子は、それぞれの部屋で思い思いの時を過ごしている 「・・・ん?」 狂ったように笑い転げていたシドが、ふいに動きを止めた。気がつけば、空 は満天の星空となっており、いつものように2つの月がミシディアを銀色の世 界へと変えていた。 シドは、その星空を見上げた。 すっかり赤く染まってしまった小さい方の月を見つめて、その眉間に皺を寄 せた。 シドが握り締めていたグラスが、突然割れた。白い濁り酒が泡沫となって、 大地に吸われた。 「セシル・・・。」 14―意思の彗星 14― ミンウは、地上からものすごいシュプレヒコールが巻き起こっているのを聞 いた。皆が、セシルの、カインの、エッジの、ローザの、リディアの名を叫ん でいる。それはミシディアの大地はおろか、この青き星そのものを揺るがすバ イブレーションとなっている。 今、確実に世界の意志がこの“祈りの塔”に集まっているのを感じた。ミン ウをはじめとした祈りの間にいる6人は、体の奥底から突き上げられるような 強力な衝動を押さえられずにいた。 「すごい・・・。これが、人々の意志の力・・・。」 ギルバートが感嘆の声を漏らす。その体が徐々に、 白い輝きに包まれ始めた。 それは、残りの5人も同じだった。 「届け、我らが祈り!悪しき憎悪を打ち砕くために!」 ミンウが叫ぶと、彼らを包んだ白い光は、まるで流星のごとく夜空を駆け上 り始めた。 祈りの塔を包む暗黒の思念を貫く、6条の光。光の先端は、それぞれの姿を かたどっていた。 その視線の先には、すでに真っ赤に変貌した月の姿があった。 今、ギルバートの光に向かって、どこからともなく2つの光が飛んできた。 それらは、ギルバートを守るようにして並んだ。ふと視線を向けたギルバート の光は、それがテラとアンナの光であることを知った。 「・・・・・・!」 驚きの表情になるギルバートの光を見たテラとアンナは、その表情を笑顔の 形にすると、すぐにギルバートの光に溶け込んだ。 祈りの間で竪琴を奏で続けるギルバートの目から、煌く涙がこぼれた。 「アンナ・・・。テラさん・・・。 」 彼らの光のすぐ後ろから、膨大な数の光が後を追ってきた。キング・ジオッ トとその娘ルカ。トロイアの神官姉妹。ヤンの奥さん。シドの娘と弟子たち。 世界中から集まった勇敢な兵士たち。ゴルベーザ、つまりは“ゼムス”の野望 のためにその命を散らせた者たち。 -334- 13―届け、この想 この想い 13― そう叫んだシドは、月に向かって右手を突き出すと親指を立ててそれを下へ 向けた。そして唾を飛ばしながら、聞くに堪えない罵声を叫び続けた。 どうやら、それが彼なりの祈り方らしい。 「ふふっ。」 ギルバートが、おかしくて仕方ない、と言わんばかりに吹きだした。 「そうだね。今の僕たちにできるのは、自分の力を振り絞って祈ること。 」 ギルバートは、 腰に下げた竪琴を手にとると、 目を閉じて竪琴を奏で出した。 不思議なことに、苦しげだった表情も、旋律が流れ始めると同時に、穏やかな ものに変わり始めた。 「セシル殿、みんな。我らの力、存分に使いなされ。」 ヤンがどっか、と腰をおろすと、禅の姿勢になった。大きく息を吐き出すと、 目を閉じて瞑想に入った。 「ほら、パロム!あんたもやるの!」 「いちいちうるせぇな!」 素早くミンウの両脇についたパロムとポロムが、ミンウを助け起こした。 「さあ、長老様!私たちも!」 [じいちゃん、くたばってる場合じゃあないぜ!] 苦しげながらも、決して希望を忘れない輝くような幼き顔に、ミンウがうな ずいた。 その頃、塔の外でも、様子が変化していた。 「ラァァァァァァァァァァリホォォォォォォォォォォォォッッ!!起きんかい、 皆の衆!」 塔そのものを吹き飛ばしそうな大声が、酔い潰れた人々が横たわる祝勝会場 を駆け抜けていった。先ほど自身も酔い潰れたはずのキング・ジオットだった。 「皆も感じるであろう、この悪しき力を!セシル殿たちの危機を!皆、起きる のだ!そして、祈るのだ!我らの力を、セシル殿たちへ届けるのだ!」 意外なことに、キング・ジオットの檄に、酔い潰れた人々はすぐに起き上が った。その顔は、皆一様に引き締まっている。そして、希望に満ちている! -333- はない。 「こ、こんな力が・・・!」 ギルバートが恐れを隠さずに言う。 「化け物だぜ、“ゼムス”っていう、悪いヤツは!」 パロムが歯を食いしばる。 「しかし、長老様。この力は“思念波”。とすれば。」 ポロムもまた苦しげな顔だが、目だけは冷静に事態を捉えていた。 「うむ、そうじゃ。この力は一種の脳波(マインドブラスト) 。これに勝る祈り を捧げれば、打ち勝つことができる!」 「おそらくここまでの力が届くということは、セシル殿たちも危機にさらされ ていよう。なんとか我らで、力になれないものか・・・。」 だが、そう言うヤンの顔は、明るくはない。この強大な思念波に対抗するだ けの祈りを捧げる自信が無いのだ。それは、ギルバートたちも同様だった。 一人の、例外がいた。 「・・・許せんな!」 突然のダミ声に、一同が驚いて見た視線の先にいたのは、シドだった。 「そうではないか!せっかくの人の酒に野暮な真似をしてくれおって!どうし た、お前たち、祈れ!『セシル、こんな真似をするふとどき者を、さっさとブ ッ倒してしまえ!』ってなぁ!」 16―クリスタル、 クリスタル、その力 16― ゼロムスによってメテオを支配され、切り札だった“クリスタル”を使わざ るを得なかった、あの瞬間。 だが、その力をもってゼロムスの力を殺ごうとしたゴルベーザを、ゼロムス が嘲笑った。 「何を笑う・・・!」 ゴルベーザの叫びに、ゼロムスが答えた。 「ゴルベーザ、お前は自分が何者か、わかっているのかね。」 「!?」 襲い掛かるメテオの隕石を全て砕いた“クリスタル”の輝きは、取って返し て一つの巨大な光を形成すると、ゼロムスの巨体を貫いた。 だが、すぐにそれは暗黒の光へと、変わった。 「な・・・!」 驚愕するゴルベーザに、ゼロムスは言った。 「これまで暗黒の力を行使した『暗黒騎士』のお前に、光の“クリスタル”は 使えぬ。 」 巨弾となった暗黒の光が、ゴルベーザを弾き飛ばした。身を引き裂くような 衝撃の中で、ゴルベーザはゼロムスの声を聞いた。 「・・・ただ、暗黒に回帰するのみだ!」 薄れゆく意識の中で、握り締めていた“クリスタル”が小さくキラリと光っ た。その小さな光に応えるように、青き星から何かが迫って来ているのが見え た。 次にゴルベーザが目覚めたのは、セシルの腕の中だった。 “クリスタル”を見たセシルが尋ねた。 「これは・・・?」 「光の力の集合体。この月と青き星を育んできた、命の結晶。暗黒の力を持つ 私には、使えなかったが・・・。お前なら・・・!」 17―光とともに 17― ゴルベーザは、思い通りにならない震える左手を差し出した。かつて、セシ ルたちの宿敵として強大な力をふるってきた手とは思えない、あまりに弱々し い仕草だった。そこに握られた小さな結晶もろとも、セシルは力強くその手を 握り締めた。 「ゼロムスを・・・、倒すんだ・・・!」 うなづいたセシルは、そっとゴルベーザを横たえた。 石と化したかのようにその様子を見守っていたローザは、突然その肩を叩か れた。はっとして振り返ったローザは、そこに立つカインの姿を見た。その後 ろにはエッジとリディアもいた。 ゼロムスの力に吹き飛ばされて瀕死だったはずだったが、彼らの体からはか つてないほどの力があふれているのがわかった。ローザ自身も、体の底から突 き上げるように溢れる力を感じていた。 「起きろよ、ローザ。戦っているのは、俺たちだけじゃないようだぜ。 」 ふっと笑みを浮かべたカインの後ろで、エッジが子どもっぽくニカッと笑っ て見せた。リディアも満面の笑みだ。 「・・・?」 その時、ローザはカインたちの背後に白い塊を見た。それは、人の形に見え -336- 15―白の世界 15― 長い睫は、動かない。横たわるローザのまぶたは、閉じられたままだ。当然、 意識もない。すでに周囲で何が起こっているのかを知る術は無い。 ないはずの意識が、一つの色を認識し始めた。白だ。脳裏をも白く焼き尽く す光が、まぶたを突き抜けてくる。それは、暖かかった。うららかな春の日差 しを思わせる安心感があった。次に感じたのは、痛覚だった。だが、同時にそ の痛みも徐々にひいていくのも感じていた。 「う・・・ん・・・。 」 痛みが消えたと同時に、意識が覚醒した。それでもまだはっきりしない頭を ひとつ振ったローザは、目の前の光景に驚愕した。 「セ、セシル・・・?」 確かここは、月の中心核。そして、自分たちに立ち塞がった強大な敵、ゼロ ムスの暗黒の力が支配する世界だったはず。 それが、どうしたことだ。 彼女が見たのは、白い世界の中にある一人の黒い男を抱き上げる白い男の姿 だった。 白の男は、セシル。黒い男は、ゴルベーザ。 「セシル・・・。この力は、一体・・・?」 セシルの腕に抱かれるゴルベーザは、全ての力を使い果たし、満身創痍だっ た。その表情は、今彼らを包むこの白い光の安らぎに戸惑っていた。 「光の力とは、人々の信じる力。僕には、感じる。今、青き星の人々が一つに つながったことを。それは、ゼロムスの力にさえ、匹敵している!」 「・・・そうか。」 ゴルベーザはつぶやくと、握り締めていた透明に輝くもの、“クリスタル” をセシルに示した。 -335- 光はやがて6人の光を飲み込むと、1本の膨大な光の束となった。それは、 ものすごい勢いで“ゼロムス”の暗黒の思念波を押し返し始めた。 光は成層圏を越え宇宙に達してもなお勢いを止めない。流星を超え、彗星と 化した光の束は、完全に暗黒を打ち砕くと、赤く輝く月を包み込むようにして 貫き、その地表を目映い白で染めた。 19―カイン・ カイン・ローザ・ ローザ・セシルの シルの挑戦 19― スコールのように襲い掛かる闇の触手は、カインの寸前で空しく弾き飛ばさ れるばかりだ。先ほどからゼロムスの力に呼応するように、カインが握る槍は 輝きを増しているのだ。しかし、逆に持ち主であるカインの表情はわずかに苦 痛を示している。 「重い・・・。 」 この心に自らの信じる正義と、悲しい負の感情を同居させるカインを、光の 力の塊である“ホーリーランス”は執拗に責め続けていた。 “お前に、使いこなすことができるのか?” 「黙れ!」 カインは一言叫ぶと、“ホーリーランス”を大きく振るった。鮮やかな白い 円を描いて、闇の触手は全てかき消えた。消えた触手の向こうに、なおも光と せめぎ合う闇の塊、ゼロムスの姿を見た。 「あれは、オレ自身だ。オレの闇だ。倒さねばならぬ敵・・・!」 カインは、ホーリーランスを地面に強く打ち込んだ。 「セシル!」 セシルの隣に駆け寄ってきたローザを、セシルは強く抱き寄せた。 「ちょっ・・・。どうしたの?」 眼前では、巨大な闇であるゼロムスが吠える様が繰り広げられているこの場 において、どうにも不釣合いな行動をされて、しかしローザの心には強い安ら ぎが広がっていくのを感じた。 「僕は、信じていたよ。ゼロムスのような巨大な闇の力があるなら、それに匹 敵する光の力があることを。それが、みんなの意思の力だった。 」 ローザは、セシルの顔を見上げた。焦りなどまったくない。自信に満ちた笑 顔だった。 「こんなに嬉しいことはない!僕たちは孤独じゃないんだ!」 セシルはローザを抱きしめたその姿勢から、腰に下げた聖剣『ラグナロク』 を抜いた。それは、その刀身が見て取れないほどに白い輝きを放っていた。 「暖かい・・・。 」 ローザがラグナロクの光に照らされて、そうつぶやいた。もう、負ける気は しなかった。 「ローザ、僕たちはいつもいっしょだ。この戦いも勝って、いつまでもいっし ょにいてくれるかい?」 「・・・はい!」 セシルはローザをぐっと抱き寄せると、ローザの小さな唇に自分の唇を重ね 合わせた。突然のことに顔を真っ赤にさせたローザを満足そうに見ると、セシ ルはラグナロクをゼロムスに向けた。 「ゼロムス。これが、最後の戦いだ!」 -338- 18―エッジ エッジとリディアの リディアの挑戦 18― 中心核にあふれる光の奔流を、突如闇の竜巻が遮った。暗黒の触手を四方に 飛ばしながら轟く竜巻の中心に、醜悪な顔があった。先ほどの余裕とはうって かわり、セシルたちの耳を打つゼロムスの叫び声は苦痛に満ちている。 「こ、この力・・・。な、何だ!?」 ゼロムスの動揺は、しかしより強大な闇の力となって周囲に撒き散らされて いる。 「かぁ~・・・。奴の力は底無しか?限界が見えねぇぜ。」 「なによ、ビビってるの?」 エッジのぼやきに、リディアが突っ込みを入れる。ここでいつもあわてるエ ッジの顔は、今は闘争心にあふれた力強いものだ。まぶたが閉じられる。 「そうじゃねぇ。楽しみだぜぇ・・・。」 少し開かれたその目は、すでに人間のものではなかった。獲物を狙う、猫科 の獣のそれである。彼の両手が腰に差された2本の妖刀に伸びた。柄に手がか かると、鞘からは紫色のオーラが立ちのぼり始めた。 「手加減は、いらないようだからな・・・。」 ゆっくりと抜き放たれた“ムラサメ”“マサムネ”それぞれの刀身は、周囲 にあふれる光と闇のせめぎあいの中で、また別の濡れたような銀の輝きを放つ。 まさしく抜き身の殺気を受けるリディアの表情は、しかし全く恐れを見せな い。逆にその赤く美しい唇の端を少し上げた。意志の強さを象徴する眉が、キ ッと吊り上がる。膨大な魔力が陽炎となり、揺れる足元。 「そうね、たまには真面目にやってね・・・。」 -337- た。大きさがまちまちだった。 ローザはその愛らしい瞳を大きく見開き、すぐにその目をこすった。次に開 けた目には、白い影の姿は無かった。 「どうしたの、ローザ?」 「う、ううん。なんでもないわ。」 リディアの問いに、ローザは必要以上に手を振って応えた。 その手が、強い光を反射させた。セシルが手にした“クリスタル”の輝きだ った。ゴルベーザからセシルへと手渡された“クリスタル”は、より一層月の 光そのもののように輝く。 それは、セシル自身の心の輝きだ。 第五六章 ラスト・バトル 2―闇の姿 突如、光はセシルに吸い込まれるようにしておさまった。周囲には先ほどと 同じ、月の中心核に照らされた景色があるのみだった。 いや、一つだけ違うものがある。何か、黒く蠢く物がある。 巨大な物だった。闇を強い引力で凝縮したような、紫がかった闇。 ガキン、という音が何度か聞こえた。と、その巨体が闇の面積を大きくし始 めた。 立ち上がっているのか? ラスト・バトル 3―ラスト・ 意識のあるゼロムスの姿は、その力に見合ったそれなりの神々しさを備えて いた。神秘的な姿ですらあった。 しかし、今彼らの目の前にあるゼロムスは、悪の闇の醜悪さのみで構成され た物体である。 人が持つに過ぎたる野望、欲望、力。その醜さの象徴に成り下がった。 「見るに堪えねーな。今すぐ殺す!」 エッジが一声叫ぶと、地面を蹴った。 「同感だ。 」 カインが槍を構えなおす。 「あたし、あーゆーの、嫌いなの!」 リディアが魔法の詠唱に入る。 「セシル、 、彼を早く救ってあげましょう。光なき闇の姿が、あんなに醜いなん て。 」 「ローザ。 」 「闇を抱える光は、それゆえに悩み苦しむ。だから、命はあんなにも美しく輝 くのよ。輝けない命があるなんて。 ・・・悲しすぎるわ。」 セシルは、自分の愛する女性が、この人でよかったと思った。 「僕たちはそのための力を、もらった。あの青き星から。」 ローザは力強くうなずいた。 -340- -339- 1―白い閃光 「があああああああ----っ!」 耳障りな雄叫びが月の中心核にこだまする。同時に、闇の触手が周囲に散乱 する。地面に落ちた触手は、溶けるようにしてその闇を地面に浸食させる。 おぞましい光景である。 「へっへっへっ。やっこさん、かなり怒ってるぜ。」 エッジがつぶやいた。 「だが、どうする、セシル。あれでは近づけないぞ。」 カインがセシルに尋ねた。 「心配は、いらない。 」 セシルはずいと前に出ると、左手に握られたまばゆい物体をゼロムスに向け た。ゆっくりと手を広げると、吸い込まれそうな透明感が目を引く石が現れた。 左手に右手を重ね合わせたセシルは、その両手を少しずつ離していく。間にあ る石は、本来なら地面に落ちてしまうが。不思議なことに、石はその光をより 一層輝かせて、宙に浮いていた。 「“クリスタル”よ!」 光の奔流とともに、耳を高い音が貫いていった。カインたち4人は、ものす ごいエネルギーの嵐の中にほうりこまれたような錯覚を感じた。だが、それは 同時に暖かい安らぎの中にいる気持ちにもさせた。 「邪悪を撃て!そして、彼のものの正体を暴け!」 クリスタルの輝きに敵意を燃やすゼロムスの闇が、今まさにセシルたちを覆 い尽くそうとしたその瞬間。クリスタルを中心に、球状の光が広がっていった。 それは、まさに一瞬。 黒の世界を瞬く間に白の世界に変えたクリスタルは、セシルの手の中で粉々 に砕け散った。だが、その破片たちは、白い閃光と化す。白の世界の中で、な おも黒いシミのようにその姿を留めるゼロムスへと襲い掛かった。 声の一つもあげることかなわず、大量の流星に貫かれたゼロムスの姿はすぐ に白の中に消えた。 大きく息を吐くような声がする。粘着質のものが地面を叩く音が続く。キラ リ、としたものが見えた。牙のようでもあったが、判別はできない。 「なんなのだ、あれは?」 カインが、目の前の光景のあまりの異様さに思わずつぶやいた。彼の驚きは もっともだ。 闇の塊、としか形容のしようがなく、どこが手でどこが足で、などといった 判別は不可能である。 ただ、一つだけ判別可能な部分があった。今、巨大な闇の真ん中に、赤いも のが2つ輝いた。それは、ひときわ大きく輝くと、さらにその下により大きな 赤い亀裂をあらわす。ゆっくり、ゆっくりと大きくなっていく。 「笑ってやがるぜ・・・。 」 エッジが不愉快そうに言う。彼が手にする“村雨”“正宗”の刃がギラつい た。まるで、エッジの意思を示すように。 「気色悪い・・・。 」 リディアは手にしたロッドを握りなおした。 「セシル、あれは・・・?」 ローザの問いに、セシルは答えた。 「・・・ゼロムスだ。 」 常識知らず 5―常識知らず しかし、その彼を見上げたリディアは顔色を変えた。 「エッジ、後ろ!」 「何!?」 空中で振り返ったエッジは、そこに黒い触手が集まってまるで蟹の鋏のよう になった物体を見た。それは猛烈な勢いでエッジに落ちてくる。 「グッ・・・。 」 エッジのくぐもった声は、すぐに鋏が地面に叩きつけられる音にかき消され た。透明の美しい地面の欠片がキラキラと宙に舞う。 「エッジ!」 リディアの叫びもまた、すぐに悲鳴に変わった。彼女にも同じ鋏が振り下ろ されようとしていた。 しかし、彼女はその鋏を一瞬白い線が突き抜けていったのを見た。とたんに 鋏は大きな爆発音を残して四散した。 「油断するな!こいつには常識は通用しない!」 白い光は流星だった。そこからカインの声が聞こえる。流星は、リディアの 隣に着地した。 「エッジは!」 エッジが心配になったリディアは、彼が吹き飛ばされた方向を見た。 「フッ。ヤツにも、常識は通じないらしいな!」 カインのつぶやきとともに、リディアの目に飛び込んだのは、自身の数十倍 はあろうかという鋏を刀で支えているエッジの姿だった。 「エッジ!」 「この野郎!けっこうビックリしちまったぢゃねーか!」 刀を横に薙ぎ払うと、“正宗”の切れ味は、それだけで鋏を真っ二つに切り 裂いてしまう。 「へっへっ。結構楽勝なんじゃねーか、こりゃあ!」 「油断するな、と言ったばかりだぜ、王子様!」 「嫌味なヤツだよ、てめーは!」 口では大喧嘩しているわりには、カインとエッジのコンビネーションは抜群 だった。リディアの黒魔法も、ここにきて凄まじい威力を見せる。 6―闇の本質 だが、逆になぜか防戦一方のセシルの表情からは、憂いが消えない。 「感じないか、ローザ。」 セシルの背後に守られたローザも、その端正な顔に厳しさを宿らせてうなず く。 「ええ。凄まじい、暗黒の塊が“ゼロムス”の中に集約されている・・・!」 セシルの防戦に業を煮やしたゼロムスの触手の束が、雨のようにセシルに襲 い掛かる。セシルが聖剣『ラグナロク』を一振りすると、風に溶けるようにし て触手たちは消えた。 「カイン、エッジ!油断するな。一気にケリをつけてしまおう!」 剣を構えなおしたセシルの両脇に、カインとエッジが着地した。両者とも、 一様に表情が暗い。 「手ごたえが、ねぇ!」 -342- 妖刀の斬れ味 4―妖刀の ゼロムスの体のどこともつかない場所から、大量の触手が飛んでくる。地面 をなめるようにして這うそれらは、エッジの姿を見ると跳ねるようにして襲い 掛かってきた。 「なっ・・・。 」 そのエッジの戸惑いの声は、しかし触手の攻撃によるものではなかった。 まるで黒い津波のような光景を、それでもかまわず突っ込んだエッジが、 “村 雨”“正宗”両刀を振るうと、黒の触手は何の手ごたえも感じさせないほどに あっけなく切り裂かれた。 「こ、こいつの斬れ味。すげぇ・・・。」 黒い返り血を撒き散らした触手だったが、何故かその醜い血を一滴も刃に残 すことのない“村雨”“正宗”は、エッジの両手に握られてなお一層なまめか しいほどの銀光を周囲に閃かせる。 「オラオラオラ!」 懐に飛び込んだエッジは、二刀をゼロムスの体に突き立てると、そのまま一 気に上に跳んだ。ゼロムスの身体に、白い光の傷が2本走っていく。 「いやっほう!リディア、ヤツがひるんだぜ!いまだ!」 「オーケー!」 小さな痙攣とともに触手の動きが一瞬止まる。その隙をついたリディアの魔 法が炸裂した。 「極大火炎魔法“ファイガ”!!」 赤い光線がゼロムスを捉えると、巨大な火球がリディアの小さな身体から撃 ち出される。エッジが広げた傷痕に向かって一直線に向かったそれは、赤く大 きな大爆発を起こした。ゼロムスの痙攣がより大きくなっている。効いている ようだ。 「上等!」 エッジが称賛の声をあげた。 -341- 「最後の勝負だ!ゼロムス!」 セシルは『ラグナロク』に強い光を宿らせると、ゼロムスに向かって高く飛 んだ。 光と闇が交錯する、最後の闘いの火蓋は切って落とされた。 -343- エッジの油断 7―エッジ 「へっ。難しいこと言ってんじゃねーよ。手ごたえが無くても、オレ様が斬っ て斬って、斬りまくればいいんだよぉ!」 言うが早いか、エッジが一人で飛び出した。 「待ちなさい、エッジ!調子に乗るんじゃないの!」 リディアの制止も、聞くものではない。 「くくく。この“村雨”“正宗”の切れ味ならば、敵うヤツァいねぇ!」 エッジの瞳に自信を超えた、“危険な何か”が現れた。 ゼロムスの闇の触手が次々にエッジを襲うが、セシルたちの目にはただの銀 光にしか見えない妖刀の煌きに、瞬く間に切り落とされる。 「ハッハー!喰らえ!」 両刀を大きく振りかぶると、それらを鋭く振り下ろす。音速をはるかに超え た衝撃波は、ゼロムスの巨体を深く、深く切り裂く。 「見たか!」 巨大な傷の向こうに、エッジの余裕の表情が見えた。衝撃波は、ゼロムスの 身体を両断して、それで勝負は決した。 かのように思えた。 エッジのその余裕の表情が、戸惑いの表情に変わるまでは、ごくわずかの間 しかなかった。 自らの攻撃の手ごたえを感じながら、着地に移るエッジは見た。その両断し たゼロムスの巨大な傷痕から、闇の光線が幾多も煌くのを。光線はまるで網の ように、見えた。 光線は、エッジの腕を、脚を、腹を、胸を、体中を貫いていった。 「あ・・・?」 まるでボロ雑巾のようなエッジが、無様に落下すると、瞬く間にそこは血の 海と化した。 ――――ビッグバーン―――― 中心核が、幾重にも重なって見えた。激しい振動は、全ての生に強烈な衝撃 を与え、ところかまわず岩くれを巻き上げ、ひび割れ、粉々に砕いていく。 月は、中心核から崩壊の兆しを見せる。巻き起こる闇の竜巻は、それ一本一 本が星すらも破壊しかねない稲光をともなった磁気嵐となり、たちまち中心核 の全てを覆った。 形あるもの、その全てを敵とみなした嵐は、月の内部を所狭しと破壊して回 る。月の表面に点在するクレーターのいたるところをブチ破り、闇の嵐が飛び 出しては周囲に闇の力を撒き散らす。 嵐の中心にある、巨大な闇、ゼロムスは、巨体を震わせながらその勢いを止 めようとはしない。濃い紫色の奥底で、濃縮された闇の力は、突然一本の柱と なって頭上の中心核の輝きを貫いた。 中心核の輝きすらも飲み込んで、岩壁を砕いた柱は、瞬く間に月の地表に達 する。そこにあったクリスタルタワーは、その美しい表面の輝きに一瞬闇を映 しこんで、闇の柱の中に消えた。 時間も、空間も、何もかもを破壊したと思わせた嵐“ビッグバーン”は、い つまでも続くのか。 -344- ビッグバーン 8―ビッグバーン 「エッジ!」 リディアが必死に叫んだが、その叫びも次の衝撃を前にかき消されるのみだ った。 両断されたゼロムスの身体は、見た目ほどのダメージではないようだ。 それどころか、 激しく闇の力を渦巻かせて、 活性化しているようにも見える。 「くっ・・・。 」 セシルは、ゼロムスの中に集約されつつある巨大な闇の塊が、とてつもない 破壊の嵐を巻き起こそうとしている予感を感じていた。すでにそれは、確信と 言えた。 「我こそは、破壊。我こそは、無。我こそは、死。肉体も精神も魂も、その全 てを破壊する力。それは、闇。 」 うなるような、歌うような、魂を圧する強烈な言葉がセシルたちの身体を戦 慄をともなって貫いた。同時に、闇の渦は強烈な黒い光を周囲に放ち始めた。 「やばい!」 セシルはラグナロクを青眼に構えると、大きく気合を込めた。巨大な光の柱 が、フースーヤ、ゴルベーザを含む7人を包んだ。 滅せよ。それが、生の運命。 エッジがうめくようにつぶやいた。 「確かに、ヤツの身体を切り裂くことはできる。だが、それがダメージになっ ている気がしない。」 カインの頬を、一筋の汗が落ちる。 「ゼロムスの本質、あの暗黒を砕かないと、勝てないようよ。 」 いつの間にか、リディアが背後に立っていた。 「僕たちの本質、光の力で、ヤツを砕くしかない。」 「でも、それはどうすれば?」 セシルの言葉に、ローザは問う。 「この闘い、精神力の勝負になると思う。決してくじけない心。あきらめない 心。僕たちは、青き星の人々から、その力をもらった。 」 10―宇宙を 宇宙を統べる者 べる者 10― 「ローザ。その愛、見事な力だ。」 聞き覚えのない声が、聞こえた。セシルの背後からだった。 リディアだ。だが、明らかに声が違う。 「安心せよ。ローザは力を使い果たして眠っているだけだ。」 セシルを見下ろすその瞳は、リディアのものではない。明らかな神々しさが 宿っていた。 「よくぞ、あの闇の力を押さえることができたものだ。これ以上の闇の力の増 11―メガフレア 11― 幻獣神バハムート。 青き星においても最強の生物の名として知られる、ドラゴン。かつては人を も超える知性と長寿の肉体をもった彼らの最大究極の神として、バハムートの 名は知られている。 翼の巻き起こす風は全ての邪悪を砕き、強靭な肉体は全ての力を受け付けな い。 そして、その体内に秘めた力は、全てを蒸発させる想像を絶する熱エネルギ ーを有する。 ローザが高めた白の力を利して、召喚師リディアを媒介に、バハムートはこ の月に姿を現した。 すべきことは、一つ。 邪悪の粛清。 「過ぎたる力を持った邪悪よ。元の場所へ帰るがいい。 」 慈愛すら感じられるその言葉とは裏腹に、バハムートの角は強く強く紅く輝 いた。 なおも、闇の嵐は激しく吹き荒れバハムートをも襲おうとしてる。 ―――――メガフレア――――― 大きく開かれた口が、紅のエネルギーを収縮させる。それは、瞬く間に超巨 -346- 幅は、宇宙のバランスを崩壊させる危険なもの。 」 まるで、操られているかのようにリディアの唇は動く。 「生死は、 繰り返されてこそ意味のあるもの。 永らくその繰り返しを見てきた。 これからも見守り続けるのが、私の役目。 」 ゴウ、とリディアを中心に灼熱の風が渦を巻いた。同時に、リディアの背後 に巨大なオーラが立ち昇った。 「ローザの光の力、そして今のこの娘ならば、私を喚べる。 」 それは、次第に一つの形をとった。巨大な翼を広げ、長い頭をもたげて、そ れは現れた。 「月の民は、私をこう呼んだ。」 ボヤけた形だったそれは、青い光をひとたび放つと、艶光る蒼い皮膚をもっ たものに変わった。 その端々にまで力がみなぎっているのがわかるその翼。鉄の硬さを思わせる、 逞しい四肢。艶やかで長い首をたどっていくと、炎を思わせる真紅の角を輝か せる頭がついている。 その瞳は、先ほどのリディアと同じものだ。 「“宇宙を統べる者”。幻獣神『バハムート』と。」 -345- 9―愛の力 どこか満足気に蠢く闇の奥底、ゼロムスの気配は、突然動揺を示すように揺 らめいてみせた。 周囲を闇に覆われた世界で、小さな、本当に小さな白が存在していた。それ は、ささやかだけれども、強靭だった。 どれだけ闇の攻撃を受けても、決 して動じない。小さな光だが、秘めたる力は、拮抗している。 ゼロムスの怒りを示すように闇の嵐はなおも激しく吹きすさぶが、光は全く 動じない。 闇がそれに動揺した瞬間を、光は見逃さない。 溜めていた力を瞬間に解放する。光は、あっという間に闇の領域を削ってい き、圧倒する。光の中にあったものが、今見えた。 ローザだ。 「失うわけには、いかない。この月を。あの青き星を。大切な仲間を。 」 その華奢な体からは想像もできない光の力を解き放って、ローザは立ち尽く していた。 「そして。」 ローザは首だけ後ろを振り返ってみた。そこには、白い騎士が闇に対抗すべ く力を溜め込んでいた。 「愛する人、セシルを。」 愛の力。 人と人をつなぐ、最も強力な力。 心のありようを素直に示した、最も強大な絆。 ローザの白い魔力は、無限の愛の力を利して、破壊と無と死を唱える力に否 を唱え続けた。 「守りたい。傷ついた者を。弱い者も。強い者も。何よりも、愛する人を。 」 「ローザ!」 セシルが叫ぶと、ローザは再び振り返る。そして、ひとたび微笑むと、ゆっ くりと目を閉じた。 ローザの細い体が崩れ落ちる。 セシルは、その身体をしっかりと抱きとめ た。 大な爆発となって、前方に放たれた。 月の全てを飲み込もうとしていた闇の 嵐は、溢れる紅の嵐の中に溶けた。風も、稲光も、磁気嵐も、闇でさえも。 その全てを瞬間で蒸発させて、紅の爆発はゼロムスをも飲み込む。 濃紺のゼロムスの闇は、それでも一瞬の抵抗を見せる。 もっとも、それが無駄に終わるのは目に見えていた。 ゼロムスの巨体を成していた、その醜悪な肉腫も、触手も、何もかもを、あ っという間に焼き尽くした。 宇宙の絶対の力。 裁きの力。 宇宙を統べる者。 13―精神の 精神の刃 13― 「けっ。宇宙の支配者だか何だか知らんが、えらそーなヤツだったな。」 エッジのボヤきにリディアは目くじらをたてるが、エッジが慌てて制する。 「わかってる、わかってるよ。オレが悪かったんだよ。 」 再び2本の妖刀を抜き放つと、その刀身に自らを映しこんでみた。 「物理的な切れ味ばかりにとらわれてたなんて、オレらしくなかったな。そん な力が、通用する相手じゃなかったのに。 」 その時、エッジの気配が変わった。あの、獣の殺気を込めた、忍者エッジに。 「オレの全てでもって、あの闇を砕く。もう、自分にだって負けはしねぇ。 」 エッジは、2本の妖刀を十字に重ね合わせた。そして、それに激しく気合を 込め始めた。 「切り札ってのはな・・・。 」 ゼロムスの闇がその気配を察したか、闇の触手を大量に伸ばしてきた。肉体 にではない、精神に作用する攻撃だ。 「ここぞというときに見せるから、切り札なんだよッ!」 エッジの光の力が、刀に宿った。交互に重なった刀は、鋭い光を発した。 「“風魔手裏剣”!」 エッジが叫ぶと、巨大な光の手裏剣と化した2本の刀を力いっぱい振るった。 闇の触手はその手裏剣を止める術を知らなかった。その全てを弾かれると、 風魔手裏剣はなおもスピードをあげて闇の中心に突き立った。 揺らめく闇が、うねる海のようにその場にいる全員の精神を圧迫し始めた。 苦しんでいる。 14―聖なる槍 なる槍 14― 苦し紛れに伸ばした触手が、ローザをそっと横たえたセシルの背後を襲う。 それを知ってか知らずか、セシルの顔に焦りはない。 まさに触手がセシルを襲う寸前。 白い弾丸がセシルの背後に降り立った。触手はその強烈な精神の光を前に、 あっさりと砕け散った。 「あまり、人を頼りにするなよ。」 白い弾丸が、つぶやいた。 -348- -347- 12―心の戦い 12― リディアはがっくりとその場に膝をついた。息が荒い。さすがに幻獣神を召 喚することになるとは思わなかった。 「ローザの力があったとはいえ、よくぞ私の召喚に耐えた。 」 その巨大な翼でリディアを包むようにすると、バハムートは言った。 「む、無我夢中でした。エッジが、エッジがやられて、それで、助けたくて・・・。 どうすればいいか、わからなくて・・・!」 バハムートの顔が、リディアの方を向いた。 「それが、人の最大の力。心配するな。あの青年なら。 」 「えっ?」 脂汗にまみれたリディアが顔をあげると、そこにはすまなそうな顔をしたエ ッジが立っていた。 あれだけの攻撃を受け、なおかつ“ビッグバーン”にさらされたにしては、 無傷同然の格好だった。 「正直、油断したよ。でも、変わり身の術って便利な忍術があってな。もっと も、かなりヤバいタイミングだったけどな。」 頭をポリポリとかいてみせるエッジの仕草に、リディアは無性に腹が立った。 「このバカタレ!あんだけ派手にやられてみせて、そんないい加減なことして いいと思ってんの!?」 「だ、だから謝っただろうよ・・・。」 「ど・こ・が・謝ったっていうのよ!」 力を使い果たしたはずのリディアが“星屑のロッド”を振り回すと、エッジ の顎にヒットした。 「ゼロムスの肉体は、破壊された。だが、ヤツを砕くには、光の力による精神 の破壊を成さなくてはならない。」 バハムートが告げた。 「あの闇は、お主たち人間の闇そのものだ。ヤツを砕けるのは、同じ人間の手 で成さねばならない。 」 バハムートの言葉に、セシルはうなずいた。 見れば、確かにゼロムスの巨体は消えたものの、魂を圧する闇の気配は消え るどころか膨らむ一方だった。その中心、一番闇が濃いところで、ゼロムスの 雄叫びが響く。 「人間たちよ。お前たちの戦いだ。私にはもうなすべきことはない。必ず、勝 つのだ。 」 バハムートはそれだけ告げると、蒼い泡沫となって消えた。 15―光と闇 15― 小さく、うごめく、闇。 破壊の意思。欲望の権化。無への回帰。 人の全てに、それは存在する。 ここで消える闇は、その全てから見るとほんのひとかけらにもならないのか もしれない。 だが、同時にそれを包む光も、全ての人に有するもの。 僕たちは、光を守っていこう。 闇を抱えながら、生きていこう。 悲鳴とも、叫びとも、形容のしがたい声が耳にこだまする。光の世界の中に あって、なお抵抗の意思を見せる小さな闇。完全暗黒物質と名乗ったゼロムス は、そんな状態にあってもなお鋭く闇の手足を伸ばし、その本質にしたがって 行動を続ける。ささやかにも見えるが、その内在されたエネルギーはまだまだ 強大だった。 「ゼロムス。悲しみの魂よ。 」 セシルは、聖剣『ラグナロク』を手にその闇の前に立った。 「光に包まれることの無かった、悲しみの心。僕たちの光の中で、安らかな眠 りを。」 -350- その言葉に反応するように、ゼロムスと名づけられた闇はうごめいた。 「・・・我を破壊したとしても、我は無限にある。誰の心にも、闇がある。我 はまた、よみがえる。 」 「だが、光もまた無限にある。 」 セシルの言葉に、怒りを示したのか。 闇は、 強烈な光の中を急激に膨張した。アメーバのように醜く手足を伸ばし、 セシルを飲み込もうとする。 「我は、闇!我は、破壊!我は、無!我は、死!いつか必ずよみがえる!」 鋭く迫る闇の手を、セシルは小さく飛び退いてかわした。手にしたラグナロ クが、周囲の光に溶け込むように輝いた。 「いつまでも、抱えていこう。ゼロムスという、闇があったことを。 」 再び、セシルは跳んだ。上段に構えたラグナロクを、鋭く振り下ろした。 全ての光をともなって、闇はその中に消えた。 「・・・僕と、兄さんの心の中に。いつまでも、抱えていこう。 」 -349- 「身体の方が、先に動くんだろ?」 セシルが皮肉っぽく言ってみせた。 「フッ。違いない。」 白い弾丸、カインが、ホーリーランスを一振りするとつぶやいた。 「あの闇の嵐すらも退けた力を、今オレは身体の奥底から感じる。 」 ホーリーランスはその言葉に応えるように、一層輝いて見せた。 「しっかりついてこいよ、セシル。 」 カインは素早く槍を構えなおすと、再び地を蹴った。漏れでた槍の光が、豊 かな湧水を思わせるほどに膨れ上がる。 白い、彗星。 エッジの『風魔手裏剣』に激しくもだえていたゼロムスの闇は、その身を波 打つようにして白い彗星の行く手をさえぎった。 無駄だった。 清流の流れに溶け消える雪のように、闇はカインの突撃を止める術を知らな かった。 「消えろ、ゼロムス!オレの中の、闇よ!」 白い輝きの中に、カインの叫びがとどろいた。 闇の中心に突入した輝きは、月の中心核を覆い尽くした濃紺の闇をすべて飲 み込んで爆発した。 月は、白の世界になった。 世界の今 2―世界の この1年で、再び世界を見て回った。 戦乱の影響が一番少なかった、トロイア。 それでもトロイアを統治する神官姉妹の悩みは尽きることがないという。 女しか生まれない国。 この国が真の平穏を手に入れる日は、 いつになるのか。 復興著しかったのは、ダムシアン。 対巨人戦において、勇敢に陣頭指揮をとったあの王子、ギルバート=フォン =ミューアは、亡くなられた王と王妃の遺志を継ぎ、ダムシアンの王に即位し た。海千山千の砂漠の商人たちも、穏やかな新王の人柄には敬意を表し、王の 奏でる郷愁の竪琴に涙すると言う。 悲劇の女性アンナの墓は今、小さな廟の中に移動し、その中では王がひそか に育てていると言う“ひそひ草”が少しずつ数を増やしつつあるそうだ。 変わらない時を刻み続ける、ファブール。 戦乱に負傷した先王に代わり、新王に即位したのは、かつてのモンク僧長ヤ ン=ファン=ライデン。ところが、この王はその姿を見ない時のほうが圧倒的 に多い。理由は言うまでもなく、すぐに修行のために城を飛び出してしまうか らだ。一方、后となったヤンの奥さんも、堅苦しいという理由だけで王妃とは 思えないラフな格好で街中をうろついているという。 もっとも、困っているのは大臣たちだけで、国はいたって平和だという。 一番変わったのは、ここかもしれない。ミシディア。 ほぼ鎖国状態だったこの国に、あの戦乱は多大な他国文化の流入をもたらし た。その混乱は、1年程度では収まりがつくものではないが、それでも長老ミ ンウは各国との国交正常化交渉を行うべく国内の沈静化につとめた。 そのかいあってか、とりあえずバロンとの国交正常化が軌道にのったらしい。 1年後には、ミシディアの研修生たちを乗せた船がバロンの港に入るという。 ミンウがその船に乗せたいと思っている双子の魔導師の片割れが今、同じ部 屋で必死に魔法書の書き取りをしている。相変わらず人の言うことを聞かない パロムへの罰だった。 パロムの姉ポロムが、そんな弟の愚痴を私にこぼしてくれた。 ちの今 3―勇者たちの今 結局、未知の世界。エブラ―ナ。 もともとが忍者同士の抗争の果てにできた国家である。今は忍術という一子 相伝の切り札をもつ現王家に従うが、虎視眈々とその座を狙う一族も存在する とかしないとか。 そんな中、唯一賑やかな話題を振り撒くのが、その現王家を継いだエドワー ド・ジェラルダイン王である。聞けば、王としての責務をほとんど成していな いばかりか、 年中町娘の尻を追い掛け回す毎日なのだそうだ。大臣の胃の痛さ、 察して余りある。 だが、その一方でその王が奏でるという笛の音が話題になることがある。私 もその笛を聞いたが、闇夜に響き渡るその音色は妙に胸をかきむしる悲しみの 音色だった。 明確な理由は、不明である。后として迎えるつもりでいた女性が行方不明に -352- 1―1年後 あの夢を見なくなってから、1年ほど経った。 だが、その1年は少なくとも私にとってはあっという間だった。それは、世 界の誰もが感じただろう。 それほど、世界は劇的に変化していた。 バロンは、すさまじい喧騒の中にあった。中央の大通りをも埋め尽くす、す さまじい数の人、人、人。年に数度ある祭でも、このような人手は望めまいと バロンの人々は言う。そこいら中にバロンの国旗が掲げられ、所狭しと踊り狂 う人々や、今年できたてのワインをビンごとかっくらう者もいる。 今、自分の目の前を不自然に赤い顔をした少女が通り過ぎていったが、この 人いきれの中でなければ濃厚なワインの香りがプンプンであったことにたやす く気づいただろう。 ところでそのバロンの国旗だが、しばらく前まで使用されていた悪魔をモチ ーフにしたものではない。以前まで使用されていた聖剣をあしらったものに変 更されていた。 さて、すでにその大通りを幾度かの行列が通過していった。しかし、このバ ロンの人々が待ちわびているのがこれらの行列ではないことは、これらの行列 が狭苦しそうにようやく城へ向かう様を見れば、明らかである。 本来ならば、その行列一つをとっただけで大騒ぎになるものなのであるが。 トロイア神官姉妹御一行様。 新しいダムシアン王御一行様。 新しいファブール王御一行様。 ミシディア首脳陣御一行様。 新しいエブラ―ナ王御一行様。 キング・ジオット王以下ドワーフ御一行様。 地上はおろか、地下世界すらをも含めた、世界の首脳が全て一同に集まろう としている。 そう、1年前にも同じことがあった。だが、あの時とは明らかに違うところ がある。 これは、平和の集いなのだ。 今ごろ、城では新たなバロン王の戴冠式が始まっていることだろう。 この人々は、新たなバロン王のお披露目を待っているのだ。 -351- 第五七章 旅人12 1―あの時 急遽王の控室と化した寝室に、人影はようやく2つだけになった。 王になったセシル、王妃になったローザ。 「やれやれ、やっと一息つける。」 バロン歴代の王のみが身にまとうことが許されるマントを、セシルは重たげ に脱ぐとベッドに放り投げた。 「セシルったら。だめよ王様がそんなことじゃ。 」 ローザの言葉に、セシルはわざとらしく顔をしかめてみせた。 「からかうなよ、王妃様。」 ローザがクスクスと笑った。 セシルは窓から外を見た。高い塔の下に広がる光景は、いつものバロンとは 少し違う。 「あの人々が、全てあなたを待っているのよ。」 そうローザに言われても、実感は全くない。 空を見上げてみた。 昨晩もそうしていた自分を思い出す。あの2つの月を見上げていた。 今日と言う日を祝福するかのような晴天の空に、もちろん今は2つの月はな い。 太陽の輝きに、少し目を細めた。 何かを、聞いた。 瞬間、脳裏をよぎった、あの瞬間。 1年前の、あの日。 「私も・・・。ともに行かせてはもらえませんか?」 顎鬚に埋もれたフースーヤの表情はとても読めないが、大きく見開かれた瞳 が驚きを示していた。 「お主が、か?」 あの最終決戦を終えた月の中心核。 光の奔流が収まった中でお互いの無事を確認しあった後、フースーヤは月の 民として再び眠りにつくべきときがきたと告げた。 そのとき、ゴルベーザが 発した一言だった。 2―葛藤 「私は、戻れません。あれほどのことをしたのですから。 」 「そんな。全てゼムスの仕業・・・!」 リディアが声をあげたが、ゴルベーザの深い悲しみの瞳を見て言葉を途切れ させた。 「それに・・・。父、クルーヤの同胞である月の民の人々に会ってみたいので -354- 4―最後の夢へ 先ほど、ミシディアの知り合いに久しぶりに会った。そこで私は、妙なうわ さを聞いた。 聖地“試練の山”に、最近人が住みついている、というのだ。 この知り合いと言うのが変わり者で、これまでもたびたび近づくことすらタ ブーとされている“試練の山”に出入りしているのだ。そのたびに死にそうな 目に遭うにもかかわらず、だ。 だが、この時ばかりはさすがに彼も懲りたらしい。彼は、バッタリとこのう わさの男に出くわしたのだ。 だが、男は鋭く槍を突きつけると、巨大な岩石につぶされたかのような殺気 を叩きつけて、こう言ったという。 「この山に、立ち入るな。オレはまだ、帰るわけにはいかないのだ。 」 太陽を背にしたその男は、竜頭の化け物に見えたという。 命からがら麓に逃げ帰った友人は、そこで自分が失禁していたことにようや く気づいたという。 常に世界の中心だった、バロン。 飛空艇も、飛空艇団『赤い翼』も、戦乱のきっかけになったものは結局、残 っている。だが、それはこの戦いの教訓として、そしてこれからの平和の象徴 として現王が存続を希望したからだ。そして、その考えに異を唱えるものはい なかった。 偽者により暗殺された王を継ぎ、今日戴冠するかつての勇者。彼が作るバロ ンの未来は、きっと明るいことだろう。 そして、今日。また世界はバロンから始まろうとしていた。 この日の夜、私は最後の夢を見た。 第五八章 エピローグ -353- なったとか、それらしい理由もないこともないが、これ以上の深入りは私には 命取りになりそうだった。 そうそう、ミストの村にも行った。ほぼ壊滅したと思っていた村は、それで も少数の生き残りの手でかろうじてのこっていた。ただでさえ少ない人口が激 減したせいで、召喚師という血筋は近い将来確実に絶えることになるだろう。 だが、村人はそんなわずかな間だけでも人間と幻獣の橋渡し役になると言っ て幻獣界へ旅立った少女が、この村に寄ったことを教えてくれた。 かつて、この村に住んでいた、翠色の髪の少女。 これはまた聞きの話だが、地底の話も仕入れた。 あの『赤い翼』とも互角の戦いを繰り広げたドワーフの戦車隊。すでにない らしい。もう戦争は起こらないと豪語したキング・ジオットが、全て城修復の資 材にしてしまったそうだ。さぞかし無骨な城の外観を予想できるが、彼ららし いと頬も緩む。 れの言葉 4―別れの言葉 「どうしたの、セシル。」 窓の外を見つめたまままったく動こうとしないセシルを不思議に思ったロー ザが言った。 「・・・。 」 頬を伝う、暖かいものが不思議だった。 「いや・・・。兄さんの声を聞いたような気がして・・・。 」 震えた肩を知ってか知らずか、ローザはたずねた。 「何て、何て言っていたの?」 セシルは軽くうつむいて首を振った。 「気のせいだよ、多分。」 ローザが思い出したのは、あの夜だった。暗黒騎士のセシルが己を責めた、 あの日の夜。あの時のような、月光に沈んだ力の無い背中。 ローザが一歩踏み出した、その時だった。何かが爆発したかのような、猛烈 な音。寝室のドアが開いた音だった。 「な――――――んじゃあ、2人とも!むぁ―――――だこんなところにおっ たんか!」 戴冠式を間近に控えて、まったくいつもどおりの作業着姿のシドが現れた。 「シ、シド!あ、あまり驚かさないでよ・・・。 」 大きく目を見開いて、ローザは慌てた。 「何を言っとるか。式は準備万端だっていうのに、お主らがまだ出てこないと いうから迎えにきたのではないか。 」 「あら、もうそんな時間なのね。」 シドは大きくため息をついて呆れた。 「なんじゃあ、せっかくの晴れの日に、なんととぼけた連中じゃ。 」 「ごめんなさい、つい。 」 ローザがまたクスクスと笑った。 「まったく、イチャつくのはこれからイヤというほどできるワイ!さて、ロー ザ!いや、お后様とお呼びした方がよいか?」 むず痒そうな顔をして、シドは言った。 「いいわよ、ローザで。」 「そうか。ではローザ!花嫁たるもの、化粧が大事じゃ!メイドが首を長くし て待っておるぞ!」 「はい。 」 -356- 3―兄弟 「では、我々は眠りにつく。 」 言うなり、フースーヤの身体がフワリ、と宙に浮いた。 「・・・青き星の平和を、願っておるぞ。 」 同じく、スッと宙に身体を浮かべたゴルベーザは、それでもセシルを見つめ ていた。 「セシル、いいのか、行かせて?」 カインが鋭く詰め寄った。 「あなたの、お兄さんなのよ!」 リディアが必死に訴えた。 「おい、セシル!」 エッジがセシルの肩をつかんだ。 「セシル。」 ローザが、優しく言った。 「・・・さらばだ。」 ゴルベーザはそれだけ言うと、中心核の輝きに顔を向けた。 「兄さん!」 小さく、ゴルベーザの身体が震えた。 再び振り返ると、セシルが眩しい瞳をゴルベーザに向けていた。 暖かい輝 きだった。 「さよなら・・・。兄さん・・・。 」 中心核の輝きが増したようだった。 逆光になったゴルベーザの顔は、見え なかった。 「ありがとう・・・。セシル・・・。」 -355- す。」 フースーヤの瞳に、優しさが宿った。 「そうか。お主にも月の民の血が流れておる。それもよいかもしれぬ。 」 フースーヤは月の中心核を見上げて、さらに言った。 「だが、永い眠りになるぞ。 」 迷いなく、ゴルベーザはうなずいた。 そして、セシルに向き直った。 「兄と・・・。呼んでくれたな、セシル。 」 「・・・。」 ここで「兄さん」と呼びかけるのは、簡単だと思った。 だが、それを口にしようとするたびに、これまでの絶望的な戦いの日々が頭 をよぎる。 常にその影に、ゴルベーザがいた。 「・・・許してくれるはずも、ないか。今まで、お前たちを、さんざん苦しめ てきた、私だ。 」 「そんな・・・。」 ローザが思わず口にした。その視線がセシルに注がれる。カインたち3人も、 同じであった。 6―夢で会いましょう セシルは、少し銀の輝きが減った夜を、不思議とは思わなかった。 王の寝室は、それでもかなりの明るさの月光を受けて、レンガの無機質さを 際立たせていた。 カインに帰ってきてもらえなかったのが残念であったが、幻獣界からリディ アもきてもらい、懐かしい面子で戴冠を祝ってもらった。 その時に出た涙は、懐かしさからではない。 それが、別れだということはなんとなく理解できた。 だから、今日の夜空に月が1つであることを、まったく不思議とは思わなか った。 天涯孤独だと思っていた。自分は、この世には必要の無い人間なのだ、と。 事実は、月の民の息子。過酷な運命を約束された、悲劇の血。 それでも、この世に生まれてよかったと思う。 王として、父として、幼い自分を支えてくれた、前バロン王。 競い合い、支えあい、欠かすことのできない、親友カイン。 母を知らない自分に母性と愛を与えてくれた、ローザ。 戦乱をともに戦い抜いた、かけがえのない戦友たち。 そして。唯一の肉親、ゴルベーザ。 もう、振り返るまい。 僕は、一人ではない。だから、今は、さようなら。 「いつか、また・・・。 」 この夜空のどこかにある、あの月へ、届け。 距離ではない。心がある限り。 「だから、今は、さようなら。」 セシルの言葉を、寝室のドアの向こうでローザが聞いていた。 流れてきた涙の理由は、どうでもよかった。 「セシル・・・。 」 小さく軋んだドアの音の向こうの声に、セシルは振り返った。 全てを知っているのは、月だけ。 バロンの海に、今晩も船が行く。 凪の海に、月の銀光は川のよう。 夢をみた男は、眠りから覚めた。 舳先で夜風に吹かれてみた。 -358- 5―消えた月 アガルトの村。コリオ天文台。 世界の激変も、バロンの戴冠式も、この辺境の島の時の流れにはまったく関 係の無いものであった。 今日も天文学者コリオは、巨大な望遠鏡を飽きもせず覗き込んでいた。 1年前の大戦後、あんなにも赤く変色していた小さい方の月が、すっかり元 の色に戻ってしまったことが不思議で仕方ない。 近頃の研究は、彼にとっては楽しくて仕方なかったのだ。 「教授。お茶をいれましたよ。」 助手がいつものように声をかけた。 「ん・・・。」 コリオの気の無い返事を聞いても、もはや習慣である。テーブルに置きっぱ なしの3時間前に出した冷えたお茶の代わりにそれを置く。 すると、珍しいことにコリオが振り返った。 「・・・?どうしたんです?教授。 」 「ん・・・。さすがに疲れたようだ。一息つこう。」 「あらら、珍しい。慣れないことすると、月が消えてなくなっちゃいますよ。 」 「ふふ。違いない。」 日ごろほとんどといってよいほどに笑わないコリオが、微笑を浮かべた。 親友であるシドから、バロン王戴冠式の招待状は来ていた。それが今日であ ることも知っていた。世俗のことは興味が無いとはいえ、ちょっとは手を休め て祝いの気持ちになっても、無理からぬことといえた。 「どうだ?シドから新たに送ってもらった、あのワイン。」 「こりゃ、アガルトに雪が降るな。 」 言いながら、助手は地下のワイナリーに嬉々として降りていった。 慣れない酒にコリオがあっという間に酔い潰れた晩。 二日酔いに目覚めた翌日の夜、コリオはその光景を激しい頭痛のせいだと信 じた。 月が、消えていた。 月の民が住むと言われた、あの月が。 -357- 慌しくシドが出て行くと、ローザは再び窓を見た。 セシルが、にこやかに 微笑んでいた。 「みんなに会うのも、久しぶりね。セシルも、急いでね。」 「ああ。 」 セシルの返事を聞くと、ローザは安心したようにいそいそと寝室を出て行っ た。 それを見送ると、セシルは再び窓の外に視線を向けた。 大通りに溢れかえる人々を見下ろすと、すぐにその目はまた空に向けられた。 今度はそこに、2つの月の姿を見出した気がした。 「聞こえたんだ、確かに。兄さんの声で。 」 すぐにそれは、青の中に消えていった。 「・・・さよなら、と・・・。」 男は銀光の川を見つめていた。 いつかまた、夢を見ることを祈って。 -359- 《fin》
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