時間当たり生産量を増やすために

●まえがき
印刷作業は、印刷機や加工機などの生産設備を使い、印刷物を製造していま
す。しかしその作業は、印刷中の品質の不安定さや、仕事が変わるたびに行う
切り替え作業、刷り出し調整作業など、作業者の技能と細かい心遣いに依存す
る作業が多い職種といえます。
従来の印刷会社は、いかにして品質の良い印刷を行うか、品質の高い印刷物
を作るかが、会社の評価や信用を高めるといった、高級印刷物志向の考え方が
ありました。しかし一方で、印刷機械が多色化、高速化するにしたがい、印刷
物の大量生産が可能になり、同業社間で受注競争が激化し、それにともなう印
刷価格の下落が生じました。したがって高品質の要求はあるものの、受注する
ためには、まず印刷の受注価格(取り値)が優先されるようになってきました。
印刷物を、高性能な生産設備を使い、より安価に生産するためには、生産能
率の向上と製造原価の低減が不可欠になります。したがって、いかに時間当た
りの生産数量を増やしていくかが、工場管理の主な目的になってきました。
印刷作業の価格体系は、印刷機で1色の印刷を行う、通し単価という概念にな
っています。つまり印刷の価格は加工賃といった意味合いで、生産金額はこの
通し単価の積算額となります。したがって生産金額を上げるためには、印刷枚
数をいかに多くするか、単位時間当たりの生産量を増やす、生産能率を上げる
ということになります。
生産能率は生産量を稼働時間で除したものですが、当然作業の中には準備作
業といわれる印刷機を停止して行う切り替え作業と、印刷を行っている運転作
業があります。能率を上げるためには、印刷機が印刷している時間、つまり運
転作業の時間比率を増やすことと、印刷機の運転速度を上げることです。これ
により生産数量が増加し、それにともない生産金額も増加します。
能率管理とは、時間当たりの生産数量の増加を図るため、準備(切り替え)
作業の短縮と運転速度の向上、さらに作業中に発生するムダやチョコ停(機械
のちょっとした停止)の防止などを図っていくことです。しかし、最近は仕事
のロットが小さくなり、切り替え作業の回数が増大し、能率を下げる原因にな
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第9章 能率管理──時間当たり生産量をふやすために
っています。この切り替えや調整時間を、いかに短くするか、いかに印刷機を
停止させることなく高速で連続的に運転させるか、が生産能率の向上にとって
重要な課題です。
以下、能率に関する工場での管理手法について述べいきます。
1 生産性の向上
─
─設 定 し た 工 数 の 各 時 間 を 短 縮 す る
工場では機械設備を使用し、材料を使い生産を行います。生産性とはこの活
用度を示すものです。投入された生産要素と製品の生産量との比で表されます。
いいかえれば、生産性の向上を図るということは、設定されている標準工数に
対し、実績の工数をいかに少なくするか、また標準時間に対し、実績時間をい
かに短くするかということです。そのために、その作業のムダやロスを改善す
ることが大切になります。
つぎに、生産性の向上について説明いたします。
(1)生産性とは──生産量を生産要素で割ったもの
生産性(Productivity)とは、生産量(生産金額)を生産要素(人・材料・
設備)で除したものです。この中で、人にかかわる生産性を労働生産性といい、
これは従業員1人当たりの生産量(高)で表されます。材料生産性とは、生産量
を材料の使用量で、設備生産性は生産量を機械台数で除したもので表されます。
表9-1の生産性の公式に示すように、生産性は生産量を生産材投入量で除した
もので表します。そして、生産量は生産数量と生産額、生産材投入量は人と材
料と設備で構成されます。さらに人は労働生産性、材料は原材料生産性、設備は
設備生産性で表されます。一般的に、このような指標で生産性を示しています。
(2)労働生産性の向上策──労働装備率、設備資産回転率、加工比率を高める
労働生産性を高めるためには、労働装備率(設備資産/従業員数)の充実、
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表9-1 生産性の公式
設備資産回転率(高いほど有効利用されている)の向上を図り、設備投資効率
の向上と加工高比率の向上が必要になります。すなわち、労働生産性を上げる
には、労働装備率、設備資産回転率、加工高比率を向上することになります。
この中の加工高比率を向上するには、各種の改善活動を行い生産効率を上げ
ることが大切です。表9-2に労働生産性の構成内容を示し、このような相関関係
を表しています。
(3)生産性の向上策──作業能率と設備稼働率に着目
生産性の向上対策は、大きく分けると「能率の向上」と「稼働率の向上」と
に大別されます。能率の向上は単位時間当たりの生産量を増やすことで、稼働
率の向上は運転時間の比率を増やすことです。表9-3に生産性向上対策の体系を
表にしています。
① 能率の向上──技術・作業方法・品質の改善、作業者の能力アップ
能率向上の対策として、技術的な改善、作業方法の改善、品質の改善、さら
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第9章 能率管理──時間当たり生産量をふやすために
表9-2 労働生産性の構成内容
に作業者の能力アップなどの諸対策を実施します。
具体的には、機械の改善による自動化や非熟練化、作業方法を見直し治工具
を改良します。品質の改善は、再発防止、標準化、品質管理体制の強化などを
実施します。作業者の能力アップは、技能の向上、意識の変革などを図ってい
きます。このような諸施策を実施しながら能率の向上を図ります。
② 稼働率の向上──作業やムダな動作の効率化が欠かせない
稼働率とは、実働時間(拘束時間−休憩時間)と運転時間の比率をいい、稼
働率の向上には、人、機械などの稼働率を上げることと生産管理の効率化が加
わります。
141
表9-3 生産性向上対策の体系
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第9章 能率管理──時間当たり生産量をふやすために
具体的な対応は、作業の効率化、手待ち時間の撲滅、ムダな動作の効率化な
どです。機械としては、切り替え作業の効率改善、故障の減少などです。さら
に管理面の問題としては、生産計画の正確な立案、負荷の平準化などが改善策
になります。
2 IEによる改善
─
─科 学 的 に 調 査 ・ 分 析 し 、 改 善 の 方 向 づ け を す る
生産現場を担当する管理者は、部下である作業者が、良い製品を、安く、速
く、楽に、さらには安全に生産できるように、つねに考えていると思います。
しかし、ややもすると日常の生産に慣れ、製品の流れ、運搬方法、動作、治工
具など、従来からのやり方や工具などを、深く考えず、踏襲している場合が多
くみうけられます。
改善を進めるためには、問題意識を持つことと、最適な改善のアプローチを
行う必要があります。改善を行う際に、科学的に調査、分析、改善の方向づけ
を行うのがIE(Industrial Engineering)手法です。このIE手法による能率向
上対策と稼働率向上対策について述べます。
(1)現場改善のIE的活動──管理データからの数字にもとづいておこなう
生産現場には、管理的な数値がほとんどないか、あっても断片的で利用でき
ない場合が多いものです。しかし、IE手法による生産性向上の改善活動は、各
種の管理データから問題点、改善点、評価などを、数字にもとづいて順次出し
ていく方式を取ります。
したがって「問題点の発見」から着手し、つづいて現状分析、問題点の摘出、
改善テーマの設定、改善の実施と、具体的なステップを踏みながら、改善を進
めていきます。さらに改善実施後は、その効果の確認(評価)を行います。評
価が悪ければ、再度最初にもどり、繰り返し実行します。評価が良くなれば、
これを標準化し、作業標準書に記載し定着化を図ります。
143
表9-4 現場改善のIEアプローチ(IE:Industrial Engineering)
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第9章 能率管理──時間当たり生産量をふやすために
IE手法の改善の進め方は、このように数字にもとづく“5W1H”“QC手法”
などの合理的な問題点の見つけ方や、解決方法を駆使する方式です。表9-4に現
場改善のIEアプローチを表にし、各種の解決手法について記しています。
(2)IEの手法──体験を通じて自分自身の技術にする
具体的に改善を進めていくと、最初の「問題点の発見」が大切ですが、これ
には過去の管理データや、“現場の7大任務”(表9-4の注3)や、“生産の4要素”
(4M…作業者、設備、材料、作業方法)、“5W1H”(同上注1)、さらに“5W2
H”(同上注4)、その他“QC手法”(同上注2)などの手法を使用し、現状分析
のうえ、真の問題点の把握を行います。
改善はそれぞれの切り口に応じ、それに適した手法を使用し、組織化したグ
ループで挑戦していきます。IEは実践の学問です、体験を通じて自分自身の技
術にしていくことが大切です。
(3)工程分析──原材料から製品までの流れに沿って
工程分析は、生産工程や作業方法を調査、分析し、問題点を把握する手法で
す。これは原材料から製品までの工程の流れにそって、各工程ごとに表示記号
(例えば製版□、刷版△、印刷◎、加工○、検査☆)などを用い、各工程を表示
し、またそれぞれの工程で停滞、移動などの流れ線図を作成し、それに工程細
目ごとに秒単位の時間を記します。全工程をこのような総括表にまとめること
により分析結果を定量化し、より細かい問題点の摘出に役立たせます。言葉の
定義は、
①稼働…付加価値を生む作業
②準稼働…現状システムでは仕方がないが、改善すれば稼働に持っていける
③非稼働…付加価値を生まない作業
改善は、まず非稼働の除去、ついで準稼働をなくするためのシステムの改善、
稼働状態であっても、工数を減らすための改善が必要です。
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(4)動作分析──18種類の動作要素に記号をつけて分析
動作分析は動作研究で有名なF.B.Gilbreth氏によって創始されたもので、作業
はすべて少数の基本動作の要素で組み合わされ、決められた順序で行われてい
る、という考え方にたっています。したがって問題点をピックアップするため
に、この18種類の動作要素に記号をつけ、工程内の動作をそれぞれ記号で表に
記入し、分析します。
さらに内容を以下の3つに分け、その中で第2類、第3類が改善の対象となり
ます。
①第1類…仕事を進めるのに必要な(働く)要素(例えば、掴む、位置決めな
ど)
②第2類…この要素があると働く要素を遅らせるもの(例えば、探す、選ぶな
ど)
③第3類…仕事が進んでない要素(例えば、保つ、遅れなど)
3 TPM
─
─設 備 保 全 を 通 じ て 生 産 性 の 改 善 を は か る
最近では生産現場の合理化、生産機械の省力化、自動化などが進みつつあり、
工場は一段と設備指向の傾向になってきています。つまり、品質の安定が図れ
る信頼性の高い設備や、高速で生産性の高い設備が導入されてきています。こ
うした中で、設備に関する諸問題が、故障、安全、品質、能率などに影響を与
えています。とくに大型の設備や、電子機器搭載の設備になると、故障が発生
したり正常に働かないと、生産性の低下につながります。
しかしオペレーターは、保守や保全は専門の保全マンに任せきりで、
「私使う
人、あなた直す人」といった形になり、生産設備の稼働率は大幅に低下してい
ます。しかし保守や保全は、少し知識があればオペレーターでも可能となりま
す。したがって、オペレーターに自分の設備は自分で守るという意識を持たせ、
自分たちで保守、保全を行っていきます。このように設備保全を通じ、設備の
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第9章 能率管理──時間当たり生産量をふやすために
生 産 性 を 高 め 、 職 場 の 活 性 化 を 図 る 活 動 に 、 TPM( Total Productive
Maintenance)があります。
印刷企業も印刷機などが大型化、装置産業化してきています。したがって、
生産設備の生産効率を上げていくことは企業収益を確保するためにも重要な課
題となっています。この設備改善を通じ生産性を向上させるTPMを採用し、効
果を上げている印刷会社もあります。
(1)TPMとは──設備改善を通じあらゆる改善をはかる
このように生産設備の高能率化にともない、設備の保全はますます重要にな
ってきています。そこで、全員参加の生産保全のTPMが、多くの企業で進めら
れています。
TPMを要約すれば、
①設備効率を最高の状態に保ことが目的
②設備の一生涯を対象とし、PMのトータル システムを確立する
③その状態を維持保管できる人材を養成する
④設備の計画部門、使用部門、保全部門、とあらゆる部門で同時に実施する
⑤経営者から第一線作業者にいたるまで、全員が参加する
⑥小集団の自主活動を中心にして、PMを推進する
⑦結果的に企業の体質改善を図る
(2)TPM推進の7ステップ──経営者がめざすビジョンを明確にし、推進する
設備を効率よく使いこなす、全員参加の運動を社内で推進するためには、従
業員がやる気を起こすような工夫が必要となります。それには、経営者の目指
すビジョンの明確化と、それをかならず実現するという強い意志を持ち、改善
活動の推進に当たる必要があります。したがって、TPMを推進するためには強
力な組織と人の配置、実施するための体系的な計画が必要になります。
表9-5にTPMの7段階の推進ステップを示しています。まずあるべき姿を明確
にし、方針を出し、職場の5Sから始めていきます。第3ステップまでは従業員
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表9-5 TPM推進の7ステップ
の意識改革で、第4ステップからは実際の改善活動に入っていきます。
① ステップ1…方針
TPMを推進する場合、その果たす役割が分かっていなかったり、職制主体の
活動であったりして、活動が低迷する例が多くみられます。目標値を示すだけ
でなく、あるべき姿を全員に明確にして、よく理解させることが大切です。
② ステップ2…職場の5S
TPMの基本は全員参加ですが、活動が軌道に乗らない初期の段階では、なか
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第9章 能率管理──時間当たり生産量をふやすために
表9-6 設備5Sの7ステップ
なかベクトルが合わないものです。このようなときに生産活動の基本になる5S
(整理、整頓、清掃、清潔、躾)の活動を進めることです。
この活動は全員参加の入門として、参加しやすく、お互いの活動が見やすく、
しかも生産活動の7大任務(P:Productivity/生産性、Q:Quality/品質、
C:Cost/原価、D:Delivery/納期、S:Safety/安全、M:Morale/士気、
I:Infomation/情報)に大きく寄与するだけでなく、TPM活動の自主保全の
第一歩が達成できる点でも効果があります。
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職場の5Sは、文字どおり職場の環境改善が主体ですが、その活動が軌道に乗
れば、順次設備の5Sへ移行し、問題点の発生源対策に取り組みます。表9-6に設
備の5Sの7ステップを示していますが、設備の5Sは第1ステップの、初期清掃か
ら始まり、第7ステップの自主管理までの活動をいい、これを順次推進していき
ます。
③ ステップ3…自主保全
生産現場のオペレーターの、設備保全に対する現状認識は
自分たちの設備という認識はなく、保全技能の習得はない
点検や故障時の修理は、すべて保全マン任せであり、事後保全が中心となっ
ている
故障記録、保全記録が不十分で、保全に関する情報が不足している
といえます。したがって、まずステップ3の段階では、自分の設備は自分で守
るという意識作りが必要です。表9-7に自主保全教育のレベルアップを示してい
ますが、このように順次教育を行い、レベル4まで向上させます。
表9-7 自主保全教育のレベルアップ
④ ステップ4…生産保全
ステップ4からが全員参加の改善活動に入ります。この活動の中で中心になる
のは、段取り時間の短縮など、ムダと6大ロス(故障、段取、調整、チョコ停、
速度、不良の各ロス)の低減です。さらに、手作業工程の自動化や、無人運転
をねらった改善活動なども行います。
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第9章 能率管理──時間当たり生産量をふやすために
⑤ ステップ5…品質保全
「品質は工程で作り込む」といわれるように、不良は作らない、次工程へ流
さない、との考えのもとに工程の中で1個1個を保証する、自工程保証体制を
目指します。とくに、人的ミスの撲滅で、不良品が次工程へ流れないような、
ポカヨケ治工具の開発に取り組みます。
もうひとつは品質規準の一斉点検を行い、現作業とのズレを見つけ、品質管
理のルールを再度明確化し、問題点の検討項目をチェックシート化し、改善を
進めていきます。
⑥ ステップ6…設備改革
この段階までくると、活動の最終段階に入ってきます。設備化・自動化から、
さらに無人化をねらった設備への機能アップのための改良、改善や、独自の
(自分たちに最適な)設備の開発なども行います。
自動運転、無人運転を可能にするためには、つぎのような保全活動を推進し
ます。
計画的な保全体制の確立
オーバーホールと改良保全の推進
電気設備の保全活動
保全マンの技能向上と、多能工、知能工化
⑦ ステップ7…協力会社への展開
さらに企業の生産を分担している協力会社(外注先)にも、同様の活動の展
開を図らなければなりません。とくに品質面では、協力会社を含めた体質改善
を進めなければ、本当の効果を上げることはできません。
協力会社にも、経営者を含めた全員参加による体制で進めるよう指導してい
く必要があります。
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