熱方程式と確率論 小倉幸雄 1. はじめに 確率を含む現象の考察に熱方程式を用いた最初の文献は 1900 年のバシェ リェの論文とされている.それが数学と関わりが深いとされている物理の論 文ではなく,株価の変動をブラウン運動を用いて考察したものであることは 興味深い.そういえば,ブラウン運動の発見者であるブラウンも生物学者で あった.アインシュタインは 1905 年に,バシェリの論文とは独立に,そし てブラウンの発見とさえ独立に,確率論を用いた考察により熱方程式を導き, それを用いて当時問題となっていた原子が存在するかという議論に大きな一 石を投じる論文を書いた.その後,ペランの考察と実験,ウィナーの数学的 構成と熱方程式を用いたブラウン運動についての仕事は続き,次第に数学と しての体裁が整備されて行くのであるが,ここで述べたかったのは,その歴 史の詳論ではなく,熱方程式と確率論は歴史的にも極く自然に結びついてい るということである (もっと詳しい歴史については [米沢] や [入門] を参照さ れたい). 今日,熱方程式と確率論の関係を平易に論ずる手段として,離散モデルに よって近似する方法が多く用いられている.熱方程式の基本解は,後に説明 する正規分布 (ガウス分布) の密度関数であり,硬貨投げという離散モデルに よって近似されるからである.また,それによって本質が見えてくることも ある.本稿では,この硬貨投げによる近似を用いて,熱方程式と確率論の関 連を述べる.その際,直観的な理解の助けにシミュレーションを援用するこ とにする.また,最後にこのことに関連する数理ファイナンスの問題につい ても簡単に触れる. 2. 硬貨投げと熱方程式 公平な硬貨を何回も投げる繰り返し試行を行おう.k 回目に表が出たら Wk = 1, 裏がでたら Wk = −1 とすると,1 と −1 からなる系列,W1 , W2 , . . . , Wk , . . . 1 が得られる.法則を式で書くと 1 P(Wk = 1) = P(Wk = −1) = , 2 k = 1, 2, · · · (2.1) である.もっと一般に,すべての 1 ≤ i1 < i2 < · · · < in と wk ∈ {1, −1} (k = 1, 2, . . . , n) に対して P(Wi1 = w1 , Wi2 = w2 , . . . , Win = wn ) = 1 2n (2.2) である.(2.2) をみたす系列 {Wk } を (公平な) 硬貨投げとよぶ.“公平な” とい うのは,表の出る確率と裏の出る確率が等しいという意味であり,(2.2) は独 立性とよばれる性質 P(Wi1 = w1 , Wi2 = w2 , . . . , Win = wn ) = P(Wi1 = w1 )P(Wi2 = w2 ) · · · P(Win = wn ) (2.3) を意味する.図 1-1 は公平な硬貨投げ W1 , W2 , · · · , W50 を描いたシミュレー ションの結果である.なお,本稿のシミュレーションには大阪大学の杉田洋 氏が作られた擬似乱数を用いた. 図 1-1 硬貨投げ 50 回 図 1-2 酔歩 50 歩 (図 1-1 のデータを酔歩にしたもの) 硬貨投げそのものより Xn = n X Wk , k=1 2 n = 1, 2, . . . を用いると,法則を捉えやすくなる.これを,標準酔歩という.図 1-2 は,図 1-1 のデータから得られる標準酔歩を描いたものである.また,図 2 は 1,000 √ 歩の酔歩を 100 回走らせたものである.点線は y = ± 2n log log n のグラフ であり,任意の r > 1 について,大きな n に対して −2rn log log n ≤ Xn ≤ 2rn log log n が成り立ち,また 0 < r < 1 については,無限個の n に対して Xn < −2rn log log n であり,(別の無限個 n に対して) Xn ≥ 2rn log log n で あることが証明されている.この性質は (公平な硬貨投げについての) 重複対 数の法則 と呼ばれている. 図 2 1,000 歩の酔歩を 100 回走らせたときの図 標準酔歩 {Xn } については,詳しい性質が調べられている.最も簡単なも のは Xn =0 n→∞ n lim (2.4) が確率 1 で成り立つことである.これは (公平な硬貨投げについての) 大数 の強法則 とよばれている.上の重複対数の法則を認めれば (2.4) は,limn→∞ √ 2n log log n/n = 0 であることから容易に導かれる. 1 次元熱方程式とブラウン運動 図 2 から観察できるもう一つの性質は,酔歩の経路は適当に散らばってい るが,横軸 y = 0 の近くほど多くなっていることである.この頻度をグラフ にしたものが図 3 である. 3 図 3 1,000 歩の酔歩を 500,000 回走らせたときの頻度 この図から,歩数を止めたときの頻度は,よく目にする釣鐘形であり,さ らに歩数を増やすと,その散らばり具合が増えることがみてとれる.このこ とを詳しくみるために,t > 0 と n = 1, 2, . . . に対して, X[nt] Bnx (t) = √ + x, n x∈R とおく.ここで [nt](ガウス記号) は nt を超えない最大の整数であり,n → ∞ のとき [nt]/n → 1 となる整数である.{Bnx (t)} を用いると,図 3 の散らばり 具合を補正した極限定理 Z lim P(a ≤ n→∞ Bnx (t) ≤ b) = b p(t, x, y)dy (2.5) a が得られる.ここに, p(t, x, y) = √ 1 −(x−y)2 /2t e 2πt (2.6) である.勿論,図 3 は x = 0 の場合である.x = 0, t = 1 の場合の (2.5) の本 質的な部分は 1730 年代にド・モアブルによって得られている ([安藤]).今日 では (2.5) は (公平な硬貨投げについての) 中心極限定理とよばれている (例え ば [入門]). (2.6) に現れる p(t, x, y) は熱方程式 1 ∂2 ∂ u(t, x) = u(t, x) ∂t 2 ∂x2 の基本解である.このことは,有界連続関数 f に対して u(n) (t, x) = E[f (Bnx (t))] 4 (2.7) が,n → ∞ のとき u(0, x) = f (x) をみたす (2.7) の解 u(t, x) に近づくことを 意味している.ただし,E は確率 P による平均であり ¶ µ ¶ X µ k k x x E[f (Bn (t))] = f √ + x P Bn (t) = √ + x n n k ¶ X µ k = f √ + x P(X[nt] = k) n k である.なお,[楽] に上のことについての別の方向からの簡単な紹介がある ので興味のある読者は参照されたい. (2.5) はまた Z x P(a ≤ B (t) ≤ b) = b p(t, x, y)dy (2.8) a をみたす確率過程 {B x (t)} の存在を示唆している.実際,そのような確率過 程の存在は知られており,それを (1 次元) ブラウン運動とよぶ (厳密には,ブ ラウン運動とは,(2.8) の他に {Bnx (t)} が t について連続であることと, 「増分 の独立かつ定常性」という性質を満たす確率過程のことをいう). (2.5) と (2.8) から任意の有界連続関数 f に対して lim E[f (Bnx (t))] = E[f (B x (t))] (2.9) n→∞ が導かれる.また,(2.8) から u(t, x) = E[f (B x (t))] が,u(0, x) = f (x) をみたす (2.7) の解 u(t, x) であることが分かる.つまり, 熱方程式の解はブラウン運動の関数の平均値として実現される.このことか ら,熱方程式に係るいろいろな問題が,ブラウン運動の挙動から得られる性 質を調べ,その平均値をとることによって解かれる. 多次元熱方程式とブラウン運動 上の議論を多次元の場合に拡張するのは難しくない.すなわち,自然数 d ≥ 2 (1) (2) に対して,d 個の (2.3) の意味で独立な公平な硬貨投げ {Wn }, {Wn }, . . . , (d) {Wn } をとり, Xn(i) = n X (i) Wk , i = 1, 2, . . . , d k=1 5 (2.10) (1) (2) (d) とし,X n = (Xn , Xn , . . . , Xn ) とおく.今度も,t > 0 と n = 1, 2, . . . に 対して, X [nt] B xn (t) = √ + x, x ∈ Rd n とおく.このとき上の独立性より,すべての I = I1 × I2 × · · · × Id に対して P(B xn (t) ∈ I) = P(Bnx1 (t) ∈ I1 )P(Bnx2 (t) ∈ I2 ) · · · P(Bnxd (t) ∈ Id ) が成り立つ.ただし,x = (x1 , x2 , . . . , xd ) であり,各 Ii は閉区間とする.す ると,(2.5) から Z lim n→∞ P(B xn (t) ∈ I) = Z ··· p(t, x, y)dy I が得られる.ただし, p(t, x, y) = 1 2 e−|x−y| /2t d/2 (2πt) で,これは d 次元の熱方程式 d X ∂2 ∆= ∂x2i i=1 ∂ 1 u(t, x) = ∆u(t, x), ∂t 2 (2.11) の基本解である.これはまた,Rd 上の有界連続関数 f に対して u(n) (t, x) = E[f (B xn (t))] が,u(0, x) = f (x) をみたす (2.11) の解 u(t, x) に近づくことを意味している. d 次元ブラウン運動,すなわち Z Z x P(B (t) ∈ I) = ··· p(t, x, y)dy I と「経路の連続性」と「増分の独立かつ定常性」をみたす確率過程の存在は 容易に示される.実際,d 個の独立な 1 次元ブラウン運動 B x1 (t), B x2 (t), . . . , B xd (t) をとり,それらを成分とするベクトル B x (t) = (B x1 (t), B x2 (t), . . . , B xd (t)) をとればよい.このときも,任意の Rd 上の有界連続関数 f に対して u(t, x) = E[f (B x (t))] は,u(0, x) = f (x) をみたす (2.11) の解である.図 4 は 2 次元酔歩のシミュ レーションの結果であるが,歩数が多いのでブラウン運動の挙動に近いと考 えられる. 6 図 4 2 次元酔歩 (500,000 歩) 最後に,リーマン多様体上にも熱方程式があるが,その解もその上のブラ ウン運動を用いて表せる.多様体上のブラウン運動を構成する方法はいくつ かあるが,接空間上に上で述べたブラウン運動を走らせ,これを展開の逆射 によって多様体に巻きつける方法が分かり易い (例えば [Stroock]). 3. 数理ファイナンスの話題から 前節で,熱方程式とブラウン運動との関係を述べたが,そこで用いた議論 は数理ファイナンスの問題に適用できる. リスクがない債券の資産額 まず,リスクのない債券の利息の計算から始めよう.単位期間の利率が r の債券がある.ある個人または団体がこの債券に投資したとして,k 単位期 間過ぎたときのこの債券の資産額を Rk とする.このとき,R0 は初期投資額 とすると,複利方式により Rk = (1 + r)k R0 , k = 0, 1, . . . (3.1) が得られる. このモデルの連続近似を考える.連続近似には数式が簡単になり,本質的 な性質を捉え易いという利点がある.n = 1, 2, . . . に対して,単位期間を 1/n 7 にし,それにつれて利率を r/n とする.このとき,(3.1) は (n) (n) Rk = (1 + r/n)k R0 , k = 0, 1, . . . (3.2) となる.ただし,ここでの単位期間は 1/n に短縮されているので,元のスケー ルで考えるためには,期間を n 倍しなければならない.従って, (n) Rn (t) := R[nt] , t≥0 (3.3) を調べることになる.このとき,(3.1) と (3.2) より Rn (t) = (1 + r/n)[nt] Rn (0), t≥0 (3.4) が得られる.これより,初期投資額が limn→∞ Rn (0) = R0 を満たせば,R(t) = limn→∞ Rn (t) が存在して, R(t) = ert R0 , t≥0 (3.5) となることが分かる.(3.5) は微分方程式 d R(t) = rR(t), dt R(0) = R0 (3.6) の解である.微分方程式に詳しい人は,(3.6) を自然と考え,その解として (3.5) を得るだろう.(3.6) は dR(t) = rR(t)dt, R(0) = R0 (3.6)0 とも書き表せる. リスクがある証券の資産額 上の議論をリスクのある場合に拡張しよう.この場合は,利率の代わりに 単位期間の期待収益率 b が用いられ,リスクは公平な硬貨投げによるノイズ となって現れる.b は正とは限らない (実は利率 r も正でなくとも上の議論は 正しい).ある個人または団体がもつ k 単位期間後のこの証券の資産額を Sk とすると,(3.1) に対応して k Y Sk = (1 + b + aWj )S0 , k = 0, 1, . . . (3.7) j=1 という関係式が成り立つ.ただし,一般に Qk j=1 aj は k = 1, 2, . . . のときは 積 a1 a2 · · · ak を表し,k = 0 のときは 1 とする.S0 は初期投資額であり,a は ノイズの大きさを決める定数である (ボラティリティとよばれることもある). 8 公平な硬貨投げ W1 , W2 , . . . は,1 と −1 を取り替えても法則は変わらないか ら,a は正でも負でもよいが,簡単のために a > 0 としておく. n = 1, 2, . . . に対し,単位期間を 1/n にし,それにつれて期待収益率を b/n, √ √ ボラティリティを a/ n とする.a/n でなく,a/ n にするのは中心極限定理 √ (2.5) の反映である.すなわち,単位時間を 1/n にしてもノイズは 1/ n 倍に しかならないのである.このとき (3.2) は (n) (n) S k = S0 k Y √ (1 + b/n + Wj / n), k = 0, 1, . . . j=1 となり, (n) Sn (t) := S[nt] , t≥0 は [nt] Y √ Sn (t) = Sn (0) (1 + b/n + Wj / n), t≥0 (3.8) j=1 を満たす.ここで n → ∞ のときの極限をとるために,今度は (3.8) の対数を とって log Sn (t) = log Sn (0) + [nt] X √ log(1 + b/n + Wj / n) j=1 とする.ここで,x が十分小さいときは log(1 + x) + x − x2 /2 ( “+” はおよ そ等しいという意味) であることを用いると, · ¸ [nt] [nt] X X √ 2 2 Sn (t) + exp bt + a Wj / n − a /2 Wj /n Sn (0) j=1 (3.9) j=1 √ が得られる.ただし,b2 /n2 の項と 2bj Wj /n n の項は,上式に残っている項 P[nt] √ に比べて小さいので無視した.2 節の Bnx (t) の定義より j=1 Wj / n = Bn0 (t) であるので,ある意味で lim a [nt] X n→∞ √ Wj / n = aB 0 (t) j=1 と考えてよい.また,硬貨投げについての大数の法則を拡張した一般の大数 の法則から lim a n→∞ 2 [nt] X Wj2 /n = a2 t j=1 9 が示される.従って (3.9) より,初期投資額が limn→∞ Sn (0) = S0 を満たせば, ある意味で極限 S(t) = limn→∞ Sn (t) が存在して,{S(t)} は S(t) = exp[bt + aB 0 (t) − a2 t/2]S0 (3.10) を満たすことが示唆されるが,このことは (「ある意味で」という定義をきち んと与えることにより) 厳密に証明されている (例えば [IW]). (3.10) の S(t) の満たす方程式は確率微分方程式とよばれるものである.そ れを求めるには伊藤の公式が必要である.伊藤の公式はいろいろな形で与え られているが,ここで用いるものは,滑らかな関数 f (t, x) に対して, µ ¶ 1 0 0 0 0 0 df (t, B (t)) = fx (t, B (t))dB (t) + fxx (t, B (t)) + ft (t, B (t)) dt 2 が成り立つという公式である.ただし, ∂ fx (t, x) = f (t, x), ∂x ∂2 fxx (t, x) = f (t, x), ∂x2 ft (t, x) = ∂ f (t, x) ∂t である (例えば [IW], [長井]).(3.10) に伊藤の公式 (3.11) を適用すると,S(t) が dS(t) = S(t)(a dB 0 (t) + b dt), S(0) = S0 (3.11) を満たすことが容易に示される (元来ならば dB 0 (t) の意味を詳しく説明しな ければならないが,ここでは解 (3.10) が先に与えられているので,詳細は省 略する).これがリスクのある証券の資産額の満たす最も簡単な確率微分方程 式である. 派生金融証券の価格づけ 派生金融証券 (デリバティブのことで,派生金融商品ともいう) には多くの 種類があるが,ここではその中で最も簡単なもの,すなわち (3.6)0 を満たす リスクのない債券 A と (3.11) を満たすリスクのある証券 B のみを考える市場 において派生されるものを考える.すなわち,取り得る戦略が債券 A と証券 B の売買のみに限定されている場合である. T > 0 として,時刻 t ∈ [0, T ] における債券 A への投資額を k(t)R(t),証券 B への投資額を h(t)S(t) とする戦略 {k(t), h(t)} を考える.ただし,{k(t), h(t)} は負の値も許すとする (負のときは,空売りすることになる).戦略 {k(t), h(t)} を取ったとき,時刻 t における資産額 V (t) は V (t) = k(t)R(t) + h(t)S(t), 10 t ∈ [0, T ] である.戦略については通常次のことが要請される. (a) {V (t)} は, dV (t) = k(t)dR(t) + h(t)dS(t) (3.12) を満たす.この性質は自己充足的とよばれている. (b) 定数 L > 0 が存在して P(V (t) ≥ −L) = 1, t ∈ [0, T ] である.このとき,この戦略 {k(t), h(t)} は許容的であるという. (c) k(t), h(t) は,時間 [0, t] における情報のみから決まる. なお,初期価格 V (0) = v を明示するときは {V (t)} を {V v (t)} で表す.V v (t) は v について単調増加である.いま, F ≥ 0, E[F ] < ∞ として,満期時刻 T における請求権が F である証券の価格を決める問題を考 える.すなわち,(a)-(c) を満たす戦略のみをとるという前提で,満期時刻 T に売り手 (証券の発行者) が買い手に F だけ支払う約束をする証券の現在時刻 0 における価格を決める問題である.このとき,売り手と買い手の要求はそ れぞれ次のようになるだろう. 売り手の要求 売却代金 v を初期資金にした時刻 T での資産額 V v (T ) が,そ の時に支払う額 F より大,すなわち V v (T ) ≥ F となるような (a)-(c) を満た す戦略 {k(t), h(t)} が存在しなければならない. 買い手の要求 支払金額 v をマイナスと考え,−v を初期資金にした時刻 T で の資産額 V −v (T ) が,それにそのときに受け取る額 F を加えて 0 以上,すな わち V −v + F ≥ 0 になるような (a)-(c) を満たす戦略 {k(t), h(t)} が存在しな ければならない. 詳しく説明する余裕はないが,実は上の売り手と買い手のそれぞれの要求 を満たす証券の価格 v0 が唯一つ存在して, v0 = e−rT E[F ecB(T )−c 2 T /2 ], c= r−b a で与えられる (実は戦略も決められる) ことが知られている. 11 さらに,F が F = g(S(T )) という形をしているときは,v0 は熱方程式を一 般化した楕円型方程式 1 ut + ax2 uxx + rxux − ru = 0, 2 u(T, x) = g(x) (3.13) の解 u(t, x) を用いて,v0 = u(0, S0 ) で表される.(3.13) の型の方程式は拡散方 程式ともよばれている.熱方程式がブラウン運動に関連しているように,拡 散方程式は拡散過程とよばれる確率過程に関連している.更に,多くの場合 拡散過程は (3.11) のような確率微分方程式の解で与えられる. ある定数 K > 0 について,g(x) が g(x) = max{x − K, 0} で与えられるとき,この請求権はヨーロッパ型請求権とよばれ v0 は具体的に v0 = S0 Erf(d+ ) − Ke−rT Erf(d− ) (3.14) で与えられることも知られている.ここで, Z x log(S0 /K) + (r ± a2 /2)T 1 2 √ e−y /2 dy, d± = Erf(x) = √ 2π −∞ a T である.なお,上のことについての詳しい証明と更に進んだことを知りたい 人は例えば [長井] を参照されたい. (3.13) はブラック-ショールズの微分方程式とよばれ,(3.14) はブラックショールズの公式とよばれている.ブラック-ショールズの微分方程式の導き 方には彼らの 1973 年の原論文にあるような別の方法もあるが,ここでは同値 マルチンゲール測度とよばれるものを用いる方法 (その定義は陽に出しては いないが) に従った.ショールズとマートンは 1997 年にこの公式に係る業績 によりノーベル経済学賞を受賞した.マートンは彼らと独立に同じ頃この公 式を導き,ブラックは 1995 年に 55 才で死去していたので残りの二人の受賞 となったようである.また,彼らの議論の拠り所となった確率微分方程式の 理論は 1942 年に伊藤清教授が創ったものである.伊藤教授には,多くの分野 に影響を与えている確率微分方程式の理論を初めとする確率解析の基礎を築 いた業績により 2006 年に第 1 回ガウス賞が授賞された. ●参考文献 [米沢] 米沢富美子,ブラウン運動,共立出版,1986. 12 [入門] 池田信行, 小倉幸雄, 高橋陽一郎, 眞鍋昭治郎, 確率論入門 , 培風館, 2006. [安藤] 安藤洋美,確率論の生い立ち,現代数学社,1992. [楽] 小倉幸雄,松本裕行,確率論とラプラシアン,数学の楽しみ,12 号,39–55, 日本評論社, 1999. [Stroock] D. Stroock, An Introduction to the Analysis of Paths on a Riemannian Manifold, Amer. Math. Soc., 2000. [IW] N.Ikeda and S.Watanabe, Stochastic Differential Equations and Diffusion Processes, 2nd. ed., North-Holland/Kodansha, 1989. [長井] 長井英生,確率微分方程式,共立出版,1999. 13
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